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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月07日
written by 双剣士 (WebSite)
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椋4

 引っ込み思案でおとなしくて、いつも口ごもってばかりの委員長。そんな彼女が顔を伏せたままの姿勢とはいえ、逃れようもない口調で自分を詰問していることに朋也は内心で驚いていた。形だけとはいえ公園に2人っきりで居るときに、杏の話題を出したのは悪かったかな……妙な居心地の悪さを感じつつも朋也はあわてて言葉を返した。
「いや別に、深い意味はないけど」
「そうですか……そうですよね。お姉ちゃんと岡崎くんにとっては、それが自然なんですよね」
 案外あっさりと矛を収める椋。しかし膝の上に置かれた両手は小刻みに震えていた。彼女の姉に対する複雑な気持ちを知る由もない岡崎朋也であったが、彼女が寂しがってることくらいは分かる。名前で呼び合うことなんて大したことじゃないだろうに、と内心で思いつつも優しく言葉をかけてみることにした。
「その、じゃあ……さ、名前で呼ぶことにしようか、ふじ……り、椋」
「あ、いえその、いいです、いいです!」
 名前で呼ばれた椋は涙のにじんだ眼をあげると、顔を真っ赤にしたまま両手をぶんぶんと横に振った。これだから女ってのは分からない、と呆れ顔をする朋也に、椋はいつもの口ごもり癖が嘘のように早口でまくし立てた。
「いいです、恥ずかしいです! すみません変なこと言って、岡崎くんにそんな風に言われたら、私、あの……いつもどおりでいいです!」
「それなんだけどさ、そっちだって俺のこと、名字で呼んでるだろ? 岡崎くんって」
「……あっ……」
「杏のやつなんか、2年のときから呼び捨てだったぜ。俺のことも、春原のこともさ」
 だから別に深く考えることなんてない……そういうつもりで掛けられた朋也の言葉。だがそれは、沸騰寸前まで煮えたぎっていた椋の心を急速に醒ましていった。姉と親しげに喧嘩しているのは岡崎くんだけという訳じゃない、そんなことを今まで忘れていた自分が恥ずかしい。そして熱情が醒めるにつれ、自分を駆り立てていた感情が“嫉妬”であることが、嫌がおうにも思い起こされていった……当然ながらその背後にある、朋也に対する自分の気持ちも。
「藤林?」
 急に口数の少なくなった椋の顔を朋也が覗き込む。恥ずかしくて顔を上げられない。目と口を固く結んだ藤林椋は、なにをどう振舞ったらいいのか分からないまま、公園のベンチで身を縮こまらせ続けた。すると、
「……きゃっ」
「あ、起きた?」
 冷たい缶ジュースを頬に押し当てられて反射的に目を開けた先には、少年の悪戯っぽい笑顔があった。自分はこの笑顔を好きになったんだ、と椋はぼんやりと思った。少年のそばにいる自分の姉がこの笑顔に魅かれないわけがない、とも漠然と感じた……そして正にこのとき、藤林椋は自分の姉が朋也に向けている思いがわかったような気がした。
《お姉ちゃん!》
 今までもやもやしていたものに光が差したようだった。朋也とはあくまで喧嘩友だち、といわんばかりの振る舞いを見せていた姉になぜ自分が劣等感を持たなければならなかったのか、今になってようやく得心が行った。なぜ商店街で自分があんなことを言ったのか、なぜ姉の杏が今日に限って傍若無人な振る舞いを見せていたのか……すべてが1本の線で繋がったような気がした。椋は勢いよくベンチから立ち上がった。
「岡崎くん、ごめんなさいっ!」
「……へ?」
「勝手なことばかり言って、本当に……でも私、お姉ちゃんをひとりにして置けません……」
 一緒に逃げようといった女の子が、今度は逆のことを口にする。朋也はあっけに取られたように表情を凍らせたが、しばらくしてから大きくうなずいた。そもそも公園まで逃げてきたこと自体、普段の藤林椋らしくない行動だったのだから……本来の彼女に戻ったのなら、それに反対するいわれなどない。男の自分に理解のできない行動ではあっても、次に何をすればいいかくらいは分かる。
「行こうか、藤林」
 優しく差し伸べられた手を、今度はためらわずに椋は握った。そして朋也が背を向けた瞬間を見計らって、椋は胸の奥の決意を小さな声で言葉にした。
「行きましょう……朋也くん」

                 **

 夕日が差す帰り道。藤林杏は荷物満載になったショッピングカートを、汗だくになりながら押していた。商店街から家までは歩くと大した距離ではないのだが、上り坂が何度かあるので荷物が多いと骨が折れる。こうなることを予想してなかった自分が悪いのは分かっているが。
「ふぅ……辛い役どころよねぇ」
 父親がゴルフに出ていて車を使えない、と聞いたときは本気で血の気が引いた。とても自分1人で抱えていける量ではないし、こういうときに限って下僕の春原は電話に出ない。商品を買った店に持ち込んで半分以上の品は自宅直送にしてもらったが、それでも少女の細腕で持ち運べる量にまで減らすことは出来なかった。顔見知りのお店がカートを貸してくれなかったら、今頃どうなっていたことか。
「ったく、これだから困るよな、見境なく買い込むやつは」
「なによっ、もとはといえばアンタが……って、あれ? 朋也、なんで?」
 からかいじみた言葉とともに荷物がぐっと軽くなる。反射的に文句を言いかけた杏は、ここにいないはずの少年がカートの横を歩いているのを見て驚きの声をあげた。少年はぶつくさと文句を言いながら荷物の一部を胸に抱え、杏と同じ方向に歩いてくれていた。そして少年が歩くのと反対の側からは、カートを押す別の人物の手がそっと添えられた。
「ごめんね、お姉ちゃん、遅くなって」
「椋……あんた……」
 とっさに声が出ない。自分と同じ顔をした双子の妹は眩しそうに目を細めながらカートを押していた。どこに行ってたのよと怒るべきか、なんで戻ってきたのよと詰問すべきか……杏の頭をいろんな思いが駆け巡る。だが結局のところ彼女が口にしたのは、いつも通りの憎まれ口であった。
「……別に、あたし1人だって大丈夫だったのに」
「でも私のせいで、お姉ちゃんには苦労かけたし……」
 いろいろな意味の詰まった言葉。少なくとも杏にはそう感じられた。得意の毒舌を封じられた杏は、困ったような顔をしながらカートを押す手に力を込めた。2人と1人が歩く坂道の後ろには、夕日の作る長い影が静けさをたたえながら揺れていた。

Fin.

筆者コメント
 藤林椋ルート、これで一応の完結です。まだまだ3人の物語は始まったばかりですが、この先を書くのは別の機会になるでしょう。
 どうやら私の脳内では、初々しさの塊みたいなキャラになってしまいましたね、彼女。


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