CLANNAD SideStory
気になるあの娘と、晴れた日に
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椋2
「……あ、あの……岡崎くん、おはよう……ございます……」
翌日、日曜日の朝。呼び出された商店街入口にたどり着いた岡崎朋也は、肩をすぼめて挨拶する藤林椋に軽く手を挙げると、きょろきょろとあたりを見渡した。
「藤林……だけ、か?」
「……はい」
「変だな、てっきり杏も来てると思ってたんだが」
いきなり掛かってきた、夕べの電話。藤林からの電話なんて珍しいこともあるもんだ、と思って受けたのは良かったが、椋は口ごもってばかりで用件がいっこうに伝わらない。じっと待っていると急に話し手が姉の杏に交代して、
『明日の朝に商店街に来なさい、来なかったら月曜日に、目玉を安全ピンでえぐり取ってやるから!』
と物騒なことだけ言って電話を切られたのだった。最悪の日曜日になりそうだ、という悪寒だけを朋也に残して。
「……あの、お姉ちゃんは私の代わりに電話に出てくれただけで……」
「あ、そうなのか」
「……あの、お姉ちゃんが一緒でないと……岡崎くん、嫌ですか……?」
うつむいて手を前に組んだまま、椋は寂しそうに朋也を見上げた。いきなり呼び出されたうえにそんな目で見られても、朋也だって反応に困る。
「い、いや別に、そんな……」
「……そうですよね。お姉ちゃんだから、岡崎くん来てくれたんですよね……お姉ちゃんと仲良さそうだし……いつも昼休み一緒にいるし」
「べべべ、別に、あいつとはそんなんじゃ……」
「……私なんて、岡崎くんになんにもしてあげられないし……」
勝手につぶやいて勝手に落ち込んでいく藤林椋。だが朋也の方としても訳の分からないまま慰めの言葉は掛けられない。ともかく、自分を呼びだした用件を聞かないと……そう思って椋の方に一歩近づいた、その瞬間。
ぶぅん!!
不意に耳に飛び込んできた風切り音。ほとんど条件反射のように朋也が身をすぼめると、飛んできた何かが彼の頭のあった位置を猛烈なスピードで通り過ぎていった。あわてて投じられた大元へと目を向けた先には、般若の表情をした少女が仁王立ちしていた。
「朋也! あんた、椋を泣かしたわね!」
「やっぱりお前かぁっ!」
「会って1分もしないうちに、あたしの大切な妹を! じっとしてなさい、今度は広辞苑を投げつけてやるわ!」
「死ぬわぁっ!」
控えめな椋の制止も聞かず、朝っぱらから口喧嘩を始める杏と朋也。そんな2人の様子を眺めながら、椋はいっそう深い溜め息をつくのだった。
**
「はい、じゃ次はこれと、これと、これもね。いやぁ、男手があると助かるわぁ」
「ぎぎぎ」
「泣き言いわないっ! 男冥利に尽きるでしょうが、さわやかに笑って見せなさいよ」
なし崩し的に姉の杏まで加わって、女2人と男1人のトリオはウインドウショッピングへと繰り出した。きゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐ藤林杏は、つまらなそうについてくる朋也の腕に買い物の戦果を次々と積み上げていき、また次の店へと駆け込んで行く。最初のうちこそ姉と一緒に店を回っていた椋も、汗を滴らせながらついてくる朋也の姿をみて徐々に表情を曇らせ始めた。
「お、岡崎くん……あの、私も持ちますから……」
「いいっていいって、どうせ男はこういうことにしか役に立たないんだから」
「……で、でもお姉ちゃん、これじゃ岡崎くんが可哀相……」
「朋也は喜んでるわよね〜。たまの日曜日に、両手に花なんだもん。椋の占いに出た通りじゃない、充実した素敵な日曜日になってさ」
意地悪そうな笑みを浮かべながら杏は朋也に流し目を送った。表向きの占いは『異性と過ごす素敵な1日』、その意味するところは正反対……予想通りになってるでしょ、と瞳の奥で語っている。買い物をしている張本人が言っても説得力はないが。
「これのどこが、ハッピーな日曜……」
「……ご、ごめんなさい岡崎くん。私も持ちます、持ちますから……」
「い、いや大丈夫、大丈夫。藤林のせいじゃないから」
朋也にだって意地がある。杏に良いように乗せられていると分かっていても、泣きそうな顔で椋に心配されては虚勢を張らざるを得なかった。椋がそばにいなければ、杏の横暴に異を唱えることも出来るのだろうが……その意味で藤林杏は、実に巧みに朋也の急所を押さえていると言わざるを得ない。
「……岡崎くん……」
そして、藤林椋の立場は複雑だった。彼女は昨日の占いの結果が最悪であったことを知っている。いま目の前で起こっていることは、まさに朋也にとって災厄以外の何者にも見えなかった。しかもこの災厄は、元はといえば自分が姉にあんな相談をしたせいなのだ。
「……お姉ちゃん、もうやめよう……」
「こんなチャンス滅多にないわよ。別にあたしたち、朋也にタカってるわけでもないしさ。荷物持ちくらい軽いもんよ」
優しいはずの姉が、このときばかりは話を聞いてくれない。椋の苦悩は一段と深くなった。そして朋也に対する姉の傍若無人な振る舞いを見ているうちに、ふと椋の心に小さな黒い影が宿った。
《私だったら怖くて出来ないことを、お姉ちゃんは平気でやってる。こんなにしても岡崎くんに嫌われないって自信が、お姉ちゃんにはあるんだ……》
朋也と一緒に談笑し、口喧嘩し、面倒なことも気軽に押しつける杏。良くも悪くも朋也の近くにいる姉の杏。それに引き替え、電話ひとつ満足にできない自分は……占いの結果ひとつ、正直に教えてあげられない自分は……。
「……岡崎くん」
「ん?」
藤林杏が6件目の店に飛び込み、山のように積み上がった荷物の山を地面に降ろした朋也が一息ついたとき。椋は静かな決意を込めて、朋也の袖を引っ張った。
「……逃げましょう、一緒に」
「へっ?」
「お願いします、逃げてください……お姉ちゃんのことは放っといて、私と一緒に」
清水の舞台から飛び降りるような覚悟で、藤林椋は一気にまくし立てた。
- 筆者コメント
- あーもう、世話の焼ける姉妹だこと!
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