CLANNAD SideStory
気になるあの娘と、晴れた日に
SSの広場へ/
ことの発端へ/
椋2へ
椋1
「……お姉ちゃん……あの、ちょっといい?……」
「ん? なにかあったの?」
台所で昼食を作っていた藤林杏は、少し遅れて自宅に帰ってきた妹に声をかけられ、何の気なしに振り返った。
「あのね、岡崎くん……お姉ちゃんがよく話してた、岡崎くんのことについて、さっき占ってみたの」
「……ふうん」
思いがけない少年の名前。それが妹の口から出てきたことに少しだけ動揺しつつも、杏は表面上は興味無さそうに生返事をした。
「……ほら、うちの学校のバカの双璧だって、お姉ちゃんが去年まで話してた岡崎くん……今はもう、クラス違っちゃったけど……」
「わかるわよ、朋也のことでしょ? それで?」
妹に念を押されるまでも無いことだった。去年まで毎日のように口喧嘩をしていた悪友、クラスが変わった今でも休み時間ごとにじゃれあいに行く異性の友人。進学校の息苦しさを忘れさせてくれる、憎めない不良生徒。
「その岡崎くんが……私のせいで、大変なことになっちゃったの……」
いまでは朋也と同じクラスにいる、双子の妹の椋。引っ込み思案で友達の少ない椋が朋也のことを話題に出来るのは、きっと姉の自分にとっても共通の知人であるからだろう。微笑ましさとちょっぴりの複雑さを噛みしめながら、藤林杏は朋也と話す椋の姿を脳裏に思い描いた。
「あの……お姉ちゃん、聞いてる?」
「あ、あぁごめん、聞いてるわよ」
「……あのね、実は、そのぉ……」
言いづらそうに言葉を詰まらせる椋。付き合いの長い姉は慣れたもので、半身になって椋の言葉を待ちながら一方の手で野菜炒めのフライパンをかき混ぜた。そのまま2人の間に、油のはねるパチパチという音だけが響いた……そしてしばらく経った後、我慢の限界を超えた椋の口から、穏やかでない一言が飛び出してきた。
「……あのぉ、岡崎くんに、とんでもない災いが降りかかるって占いに出ちゃったの!」
**
「……ふうん、なるほどね」
昼食の席で放課後のいきさつを椋から聞いた杏は、どこか面白そうにうなずいた。妹の占いの的中率の低さ……すなわち逆的中率の高さを熟知している杏としては、正直それほど深刻な事態とも思えない。これで朋也の身の安全は保証されたわね、と胸をなでおろしたい気分ですらあったが……そんな言葉を妹の前で口に出来るわけも無かった。
「岡崎くんにはこんなこと言えないから、すごく良いことがあるって答えておいたんだけど……」
「……可哀そうに」
「え、何か言った、お姉ちゃん?」
「ううん、なんでも」
椋の占いが当たらないことは朋也だって知っている。そんな彼が、椋の宣告を聞いてどんな気分になったか、杏には手に取るように分かった。素直に災いの宣告を聞かされていれば、今頃は朋也も心穏やかで居られたでしょうに……運の無いヤツ。
「……ねぇ、お姉ちゃんどうしよう? どうしたらいいと思う?」
「どうって……それ聞いた朋也は、なんて言ってた?」
「……えっと、なんだか乾いた笑顔を浮かべて……すぐに出て行っちゃった……」
思わず吹き出してしまう杏。この件で心を痛めているのは世界でただ2人、当の朋也と目の前の椋だけだった。2人の認識は正反対なのに、心配している事柄は完全に同一方向……傍観者たる杏にとっては、おかしくて仕方がない。
「……お姉ちゃん、笑いごとじゃないのに……」
「あ、あぁごめん、そうだったわね」
占いの結果ごときで真剣に悩んでいる椋。日頃は『占いは、あくまで占い』と口癖にしている妹なのに、今回は随分と深刻そうに見える。占いが当たらないことを確信している杏は、元気付けるように軽く言葉を繋いだ。
「放っとけば良いじゃない。あんなバカ、殺したって死にゃしないって」
「……でも、そんなわけには……」
いつしか椋は目に涙すら浮かべていた。そこまで責任を感じることは無いでしょうに……と、そこまで思い至ったところで杏はふと気がついた。この子、ひょっとして朋也のこと……。
「椋?」
「どうしよう、私のせいで岡崎くんに何かあったら……大怪我でもしたら、私……」
椋は思考の無限回廊に入っていた。何事もくよくよ悩むタイプの妹ではあるけれど、他人のことでこれほどまでに思い悩むのは17年付き合ってきた杏にとっても珍しい光景だった。そしてこういうとき、姉としての役割は決まっている……杏は自分の気持ちに鍵をかけると、意識的に蓮っ葉な口調を作りながら大胆な提案をした。
「だったら、あんたに出来ることは1つしかないわね」
「……なぁに、1つって?……」
「責任取るのよ。あいつが不幸なことに会わないように、一緒にいて見張っててあげるの。他に手がある?」
- 筆者コメント
- ヒロインを食っちゃってるよ、お姉ちゃん……。
SSの広場へ/
ことの発端へ/
椋2へ