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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月08日
written by 双剣士 (WebSite)
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美佐枝2

「じゃ、今夜はここで寝なさいよね」
 夕食の後。美佐枝が朋也を案内したのは、いかにも入居者が出ていったばかりと言った風情のある学生寮の一室であった。新学期が始まってからずいぶん経つ今の時期に、まだこんなに散らかった部屋が残っていたことに朋也は軽く驚いた。
「この部屋……で?」
「そ。お布団は後で運んできてあげるから」
「美佐枝さん、よりにもよって一番汚い部屋を俺に押しつけてない?」
「分かる?」
 悪びれるでもなく口元をつり上げる相楽美佐枝。
「春まで住んでたやつが豪快に汚していってくれてさ。片付けなきゃとは思ってたんだけど、どうも男臭くて腰が引けてた部屋なのよね。男手が欲しいなって思ってたわけよ」
「……まさか」
「残ってるの適当に捨ててくれていいから、自分で住みやすくして頂戴」
 いきなり人使いの荒い寮母であった。逃げ場がないことを薄々感じながらも、いちおう朋也は反撃を試みた。
「俺、もう少し美佐枝さんは優しい人だと思ってた……」
「すごく親切じゃないの。この部屋を片付けてれば今夜と日曜くらいすぐにつぶせるでしょ、誰にも会わずに」
「基本的人権の尊重を求める!」
「春原の部屋で寝転がっていられるあんたには、似合いの部屋よ」
 ああ言えばこう言う。百戦錬磨の年齢不詳寮母に頭を下げた時点で少年の敗北は決定していた。相談する相手を間違えたことを、今頃になって朋也は激しく後悔していた。

                 **

 窓を開けて空気を入れ換え、がさごそとゴミを端に寄せて1人が横たわれるだけのスペースを確保する。不本意ではあるがそれだけは最初にやっておかなければならなかった。端に寄せるだけじゃなくてちゃんと片付けなさい、と美佐枝には言われそうだが、自分の部屋でもないのに細々と片付けをするほど朋也はお人好しではない。暇だが。
「……こりゃいかん」
 しかし埃と悪臭の立ちのぼる空間に身を置いてみて、岡崎朋也はあっさりと前言を翻した。ゴミに囲まれたまま一夜を過ごせる環境ではない。これなら廊下で寝た方がマシだ……だがうかつに廊下で横になろうものなら、学生寮の名物であるラグビー部員たちの突進に踏み潰される恐れがある。
「ひいぃぃいいぃぃぃ〜〜〜」
 廊下の向こうから情けない叫び声が聞こえ、ずしんずしんと響く幾人かの足音が寮内に響き渡る。あまり係わり合いになりたくない状況が深夜の学生寮では進行しつつあるようだった。美佐枝さんの掌に乗せられているな、とは思いつつも、岡崎朋也は今夜の寝床を作るために必要最低限の片づけを開始した。


「……ん?」
 健全な男子高校生の1人暮らし部屋に取り残された、同じく健全な男子高校生である岡崎朋也。ある意味で興味深い品々に囲まれた彼の片付け作業がてきぱきと進むはずもなかった。こりゃ美佐枝さんが手を触れたがらないわけだ、と納得しながら朋也は閲覧と積み上げを繰り返して平坦部分を広げていったのだが……どかした物陰に隠れた部屋の壁の落書きを見たとき、思わず手が止まった。

    /|\    / | \   /  |  \  /   |   \   ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄   お  |  み      |  さ   れ  |  え      |

《みさえって……まさか》
 朋也は広げていた雑誌を放り投げ、他にも落書きがないかどうか部屋中の壁や物陰を探し回った。思ったとおり相合傘の落書きは部屋のあちこちに散乱しており、なかには平仮名でなく漢字で書かれた名前もあった。それを見た朋也はようやく得心が行った。
《美佐枝さんのこと、好きだったんだ……ここの人》
 無理もない。多感な年頃に、同じ屋根の下であれだけの美人が暮らしているのである。おそらくは学生寮に暮らした少年たちの大部分が、一度はあの人に熱を上げていたことだろう。ラグビー部の連中が子供じみた悪戯を繰り返すのも、寮に縁のない学生までが放課後に押しかけてくるのも、結局はあの人がいるから。振り返ってみれば自分だってその1人には違いない。
《愛されてるもんな、美佐枝さん》
 以前ここに住んでいた人と少しだけ心が通じたような気がして、朋也は温かい気分になった。あれほど臭くて汚いと思っていた部屋の中のガラクタたちにも、多少の親しみと既視感を覚えられるような気がしてきた。少年は胸を熱くしながら片付けを再開した。

                 **

 だが。夜中に様子を見に来た寮母さんにこの話をしたときの彼女の反応は、朋也とは正反対のものであった。
「キモっ!」
「み、美佐枝さんそれはないんじゃ……慕われてたんだからさ、かりにも」
「キモいわよ、自分の名前を壁に書かれてブツブツつぶやかれてたなんて! あーもう、想像しただけで鳥肌が立ってくるわ!」
 自分の肩を抱きながら大げさに震えて見せる相楽美佐枝。そんなもんかな、と朋也は首をかしげた。俺だったら、クラスの女子がこっそり自分のことを思ってくれてたと知ったら、とりあえず喜ぶけどな。
「はぁ……岡崎あんた、女の子の気持ちがまるっきり分かってないわね。どーして男ってこう鈍感なんだか」
 朋也の話を聞いた美佐枝は深刻そうに頭を抱えると、深呼吸をしてから大声でまくし立てた。
「女の子はねぇ、自分のことを好きなやつが何十人いたって嬉しくなんかないの! 1人でいいのよ1人で、他になんにも出来ないやつでも、ずっと自分のことだけを見ててくれる人がいれば!」


筆者コメント
 次回、美佐枝さんの恋愛論が始まります。ネタバレなしでどこまで書けるか微妙なところではありますが、まぁ頑張ってみましょ。


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