CLANNAD SideStory
気になるあの娘と、晴れた日に
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美佐枝1
「……で、なんであたしのところに相談にくる訳?」
土曜の放課後。藤林の占いによって死刑宣告に近い衝撃を受けた岡崎朋也は、いつしか春原たちの住む学生寮の管理人室に転がり込んでいた。寮母の相楽美佐枝は憂鬱そうに額を押さえた。
「占いがなんだってのよ。まったく、男のくせに情けない」
「“とびっきり”なんて言葉をそう簡単に使うやつじゃないんだ。教え子の悩みを何とかするのも、美佐枝さんの努めだろ?」
「あいにくとあたしは先生じゃないし、岡崎を寮に住まわせた覚えもないんだけどね」
口ぶりは冷たかったが、美佐枝の表情は手のかかる弟をもった姉の思案顔に良く似ていた。なんだかんだ言っても突き放すことなんて出来やしない。腕白な寮生たちが何かと厄介を掛けにくるのも、学園の女子たちが『美佐枝相談室』と称して放課後に列を作るのも、つまるところはそんな美佐枝の面倒見の良さを皆が頼りにしているからだろう。
「……はぁっ」
大きな溜め息をついた美佐枝は、優しく頬をゆるめて不良生徒に向き直った。
「要するに今日と明日、アクシデントに遭わないようにして欲しいわけね」
「ああ、それでいい」
「せっかくの休日を棒に振ることになってもいい?」
「それで命が拾えるなら」
「……わかった、それじゃあ……」
と、美佐枝が何かを提案しようとした瞬間。美佐枝の部屋のドアが、コツコツと控えめにノックされた。
「美佐枝さん、いるか? ちょっと話を聞いて欲しいのだが……」
「あちゃあ、もう時間か」
美佐枝はおおげさに額をたたくと、すぐに朋也に出て行くように命じた。女子が相談に来ているというのに、男子生徒である朋也を部屋に置いてくわけには行かない、というのが彼女の言い分である。
「とりあえず春原の部屋にでも隠れときなさい。話はまた後でするから……あ、いま来た娘が怖がるといけないから、裏の窓から出てくのよ」
「う、裏の窓って確か、覗きよけに鉄条網を張ってあるんじゃ……」
「ガタガタ言わない! 男でしょ、道は自分で切り開くのよ!」
**
「はいはい、どうしたの? お姉さんに話してみなさい」
「実は私の友人に、朝寝坊の常習犯がいて……ちゃんとした生活をさせるために、毎朝そいつの家まで起こしに行ってやりたいのだが」
「良い心がけね。麗しい友情ってやつかしら?」
「いや、問題はそいつが男子だってことなんだ。どうだろう美佐枝さん、男子を起こしに家に上がり込むというのは、はたして女の子らしい振る舞いといえるだろうか?」
「いらっしゃい、どうしたの、何があったの?」
「あの、わたし……演劇部を作りたいんですけど、何から始めたらいいのか、わからなくて」
「それは困ったわね。誰か経験のある人に相談してみたらどうかしら?」
「いえ、具体的に何を揃えるとか言うのは、あんまり重要じゃなくて……一緒に頑張ってくれてる男の子がいるんです。その人の期待に応えられないのが、なんだか申し訳なくて」
「どうしたの、寂しそうな顔をしてるわね?」
「私、子供の頃に仲の良かった男の子がいて……こないだ、その子と再会できたの」
「良かったじゃない。それで?」
「それなのにその子、私のこと思い出してくれないの……私、どうしたら良いかわからないの」
「はいはい、お次はなに?」
「聞いてください、ヘンな人がいるんです! 風子なんにも悪いことしてないのに、勝手にトイレに閉じこめたり、別人に入れ替わって風子をからかったりするんです! 問答無用に最悪ですっ!」
「あら、あなたまで? 珍しいこともあるものね」
「いえ、困ってるのはあたしじゃなくて、あたしの妹のことなんですけど。あの子、クラスメイトの男子に余計なことを言ったって落ち込んでて、気にするなって励ましても駄目なんです。あれで結構根に持つタイプだし……相手は殺しても死にそうにないやつだから、大丈夫だとは思うんですけどね〜」
**
「……ふぅ、やれやれ」
女の子たちの相談の列がようやく途切れた頃には、もう太陽は地平線に沈みかけていた。美佐枝は窓から差す夕陽を浴びながら小さく背伸びをして……そして、隣の部屋に引いたままの自分の布団がこんもりと膨らんでいることに気がついた。もしやと思って蹴飛ばした布団の下からは、数時間前に部屋から出ていったはずの少年の身体が転がり出た。
「岡崎! あんた、なんでこんなとこで寝てるのよ!」
「……あ、いや、あんまりいい匂いがするもんで、つい……」
「変態か、おどれは!」
平手打ちから膝蹴りを介してのコブラツイスト。流れるような美佐枝の連係攻撃に、当校きっての不良生徒は瞬く間にギブアップの声を上げた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ところで岡崎、さっきの女の子たちの話、まさか盗み聞きなんてしてなかったでしょうね?」
「し、してない、してない。俺さっきまで熟睡してたから……」
「ふぅん、まぁ、信じてあげる。もし聞いてたりなんかしたらタダじゃおかないからね。乙女の悩みを盗み聞きするようなやつは、あの子たちを困らせてる男子共々、市中引き回しの上で磔の獄門にしてやるんだから。いい?」
……本来なら6度にわたって死罪を申し渡されるはずだった少年は、生来の寝付きの良さのおかげで九死に一生を得たのだった。
- 筆者コメント
- 美佐枝さんはシナリオ的には淡泊なんですが、キャラ的には意外と濃いところがあるので楽しく筆が進みました。芳野祐介との因縁についても、いつかは補完SSを書いてみたいものです。
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