CLANNAD SideStory  RSS2.0

気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月04日
written by 双剣士 (WebSite)
SSの広場へ陽平・芽衣2へ陽平・芽衣4へ

陽平・芽衣3

 一夜明けた日曜日の昼過ぎ。陽平の部屋で他愛のない馬鹿話をしていた芽衣と朋也は、小さく目配せを交わし合うとおずおずと部屋の主に話しかけた。
「ね、ねぇ、おにいちゃん……」
「なんだよ、急にあらたまって。おこづかいならやらんぞ」
 お気に入りのロックCDをヘッドホンで聞きながら、寝転がった姿勢で横柄に答える陽平。普段こづかいをせびってるのはお前の方じゃないのか、と朋也は突っ込みをいれたくなったが危うく我慢した。なにせ昨夜から練りに練った演技の本番である。始まる前から脇道にそれるのだけは避けなければならない。
「あのね、来週のお祭り……おにいちゃんと一緒に、見たいなぁって思って」
「なんだ、そんなことか。僕は行かないぞ、子供じゃあるまいし」
「でも、去年もその前も帰ってきてくれなかったじゃない」
「そんな顔したって駄目だ。僕は週末は忙しいんだからな、青春真っ只中の若者として」
 日曜の昼間から寮の部屋でだらだらしている現状を妹の目の前でさらしながら、陽平は全く説得力のない理由で妹の懇願を軽くあしらった。悲しそうに顔を伏せる芽衣だったが……もちろん、ここまでは予定通りである。芽衣は意識的にすがる瞳を作りながら朋也の方を向き直った。
「それじゃ、岡崎さん……」
「わかったよ、芽衣ちゃんの言ってたとおりだった。春原の代役、俺が引き受けてやる」
「本当ですか! 良かった、ありがとうございますっ!」
「……おい、代役って何の話だ?」
 いぶかしげに突っ込んでくる陽平のことを、わざと無視して芽衣と朋也は話を続ける。
「良かったぁ、どうしようかと思ってたんです。あの人、おにいちゃんに会えるの楽しみにしてたみたいだし」
「でも、本当に俺なんかでいいのか? そりゃ春原よりはましなつもりだけど」
「いいんです、どうせ一晩限りのことだし。それに本物に会わせたら幻滅させちゃうかもって、ほんとは心配だったんですよ。岡崎さんだったら堂々と紹介できます」
「だから、何の話してんだよ、芽衣!」
 イライラを爆発させるように叫ぶ陽平に、芽衣と朋也は“しまった”という表情で口をつぐんだ。もちろんこれもシナリオ通りの息のあった演技である。
「な、なんでもない、気にするなよ。きちっとお前の代わり、果たしてきてやるからさ」
「お祭りのことは気にしないでいいからね、存分に青春を満喫して、おにいちゃん」
 にこやかな作り笑顔を見せる2人。だが陽平としては当然、はいそうですかと引き下がるわけには行かない。
「なんだよ、僕1人だけ仲間外れってわけ? 岡崎、僕たちって友達だよな?」
「仲間はずれなんかじゃないさ。この件に関してお前は部外者。さっきお前がそう言った」
「部外者じゃない! 芽衣、僕に会いたがってる人って誰のことだ?」
「おにいちゃんは心配しないで、うまくやっとくから。それじゃ岡崎さん、くれぐれもお願いしますね♪」
「ああ。芽衣ちゃんのたっての頼みとあれば、喜んで相務めましょうほどに」
 ……これで事態を他人まかせにできるほど、春原陽平はお人好しではない。彼はあの手この手を使って事情を聞き出そうとしたのだが、とうとう2人の口を割らせることは出来なかった。

                 **

 そして夕方。地元に帰るため駅に向かう道を歩いている芽衣の背中に、春原陽平は汗だくになりながらようやく追いついた。目障りな岡崎朋也は学生寮の部屋においてきてある。というか、見送りなしで寮を出ていった妹を追いかけるために、トイレに行く振りをしてこっそり抜け出してきたのだが。
「おにいちゃん……見送りに来てくれたの? 珍しいね」
「芽衣、本当のことを言ってくれ……嘘だよな? 僕を田舎に帰らせるために、岡崎と組んで根も葉もないことを言ってるだけだよな?」
 息を切らしながら陽平は妹に問いかけた。対する芽衣は、さすが岡崎さん、と心の中で思った。実体もなく思わせぶりなことを言ってるだけでは、いずれこの思考に行き着くかもしれない。自分が田舎に帰らずに済むという都合のいい推論であり、しかも実はそれこそが紛れもない真実。もし陽平がこれに飛びついてしまうと、来週も自堕落を極めるであろうことは火を見るより明らか。
 このために夕べの電話と、今日午前中に用意したダメ押しアイテムが必要になるのだ。芽衣はわざとらしくならないよう注意しながら、笑顔で兄に返事をした。
「嘘じゃないよ。でも、どうしておにいちゃんがそんなに気にするの?」
「気になるって! 当たり前だろ!」
「気にしなくて良いのに。私と岡崎さんとでうまくやっておくから……あっ!」
 慌てた様子でポシェットの中を覗いた芽衣は、愕然としたように口元に手を当てると、すぐに来た道を逆方向に駆け戻り始めた。置いてきぼりにされかけた陽平はあわてて妹を追いかけ、彼女の横に並んだ。
「ど、どうしたんだ、いきなり?」
「たいへん! 岡崎さんに渡すつもりだったのに持って帰るとこだった! あぁ、電車まであんまり時間がないのに!」
「なんだ、忘れ物か? そんなに急いで戻らなくても、僕が届けてやるよ。岡崎は僕の部屋に居るんだからね」
「おにいちゃんには関係ないよっ!」
 意固地になったように駆け続ける芽衣。しかしさすがに中学生の女の子、すぐに息を切らして歩き始めてしまった。元サッカー部の持久力をもつ陽平は彼女の隣で駆け足しながら親切めいて語りかけた。
「無理だって、ここからいったん戻ってまた駅に行ったら電車に間に合わなくなるぞ。タクシー代だって無いんだろ?」
「おにいちゃんには……関係、ないんだってば。これは直接、岡崎さんに渡さないと……はぁ、はぁ」
「おい芽衣、ふたりっきりの兄妹だろ? そんなに僕のことが信用できない?」
 ……こうして揉めた末に、陽平は封の切られた厚い封筒を妹から預かったのであった。絶対に中を見ちゃダメだからね、としつこく念を押していった芽衣の姿が駅のホームに消えた途端に、陽平は封筒の中身を広げて食い入るように熟読した。そこには芽衣とその兄に会えるのを楽しみにしていると女性らしい端正な文字で書かれた手紙と、柔らかい雰囲気を持つ丸顔の女性の写真が入っていた。

                 **

 翌週、春原陽平は岡崎朋也に頼み込み、自ら進んで彼の奴隷となった。そして財布と体力を空っぽにされた末に、ようやく朋也が代役として春原の田舎に行くことを断念させ、自らお祭りに行く段取りをつけることに成功したのだった。

                 **

 そして翌週の土曜日。春原陽平は意気揚々として地元行きの電車に乗り込んだ。見送りに来ていた岡崎朋也は陽平と別れた後、ホームの物陰に隠れていた女性のもとにこっそりと歩み寄った。
「あいつです、あれが春原陽平……あいつの降りるところで一緒に降りれば、芽衣ちゃんが迎えに来ることになってますから」
「わかりました。岡崎さん、ありがとうございます」
「でも良いんですか、別にそこまでしてくれなくても……春原が田舎に帰った時点で、もう目的は達してるわけですし」
「でも春原さんきっと楽しみにしてるでしょうし、顔も見せないまま空振りって言うのも可哀相ですから。任せてください、頑張ってきます♪」
 極上の笑顔を浮かべながら胸の前でガッツポーズをする女性の姿に、朋也は人選ミスを悟った……そうだった、この女性の面倒見の良さは折り紙付きだったんだ、と。


筆者コメント
 ……もう分かりますよね、この女性が誰だか? 次回はオチだらけの最終話をお届けします。この女性と朋也がどこで知り合ったのかは突っ込み禁止と言うことで。


SSの広場へ陽平・芽衣2へ陽平・芽衣4へ