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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月03日
written by 双剣士 (WebSite)
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陽平・芽衣2

「岡崎さん、折り入って相談があるんです」
 その日の夜。泊めてもらうお礼にと手料理の夕食を振舞った春原芽衣は、舌鼓を打つ朋也に湯飲みを差し出しながら神妙に話を切り出した。いかにも申し訳なさそうに肩をすぼめる彼女ではあったが、もちろんすげなくあしらうつもりは朋也にはない。
「なに? 俺に出来ることだったら」
「岡崎さんなら分かると思うんです。おにいちゃんを田舎に戻ってこさせるには、なんて言ったら良いと思いますか?」
 春原家のある東北の田舎町では毎年小さなお祭りをやっており、今年はそれが1週間後の土曜日曜に開かれるとのこと。しかし春原陽平は高校に進学して以来、一度も祭りの日に帰ってきたことがない。きっとサッカー推薦で高校に入りながら途中で落ちこぼれてしまった手前、旧友たちと顔をあわせたくないんだと思う、というのが芽衣の言い分であった。
「あいつがそんなデリケートなやつかなぁ」
「おにいちゃん、中学までは本当にサッカーに夢中で……ここの高校に進学が決まったときも、さんざん周囲に自慢していきましたから」
「地元の期待の星ってやつ? ますます信じられないなぁ、あの春原がねぇ」
「あ、別にそんな美化しなくてもいいんですよ。おにいちゃんの性格のことは、地元の人はみんな知ってます。こだわってるのは本人だけで」
 苦笑する芽衣とは裏腹に、朋也は心の中で陽平に同情した。あいつの気持ちはよく分かる。普段からヘタレ呼ばわりされてきた少年時代の中で、唯一自慢できるのがサッカーだったとしたら……そのサッカー部で問題を起こして退部させられた今、地元にはとても顔向けできないだろう。妹の芽衣がいなかったら実家にだって帰りたくないに違いない。
「事情は分かった。でもさ、なんで芽衣ちゃんはあいつに帰ってきて欲しいわけ? 来年になったらあいつも卒業して田舎に帰るんだからさ、いつでも祭りくらい行けるだろ」
「……心配なのは、そこなんです」
 旧友に会いたくないからといって、地元に帰らず学生寮に閉じこもっていた2年間。もし今年もそうやって逃げてしまうとしたら、ますます地元に帰りづらくなるんじゃないでしょうか、と芽衣は言った。このままじゃおにいちゃんは地元以外の場所で就職先を探すかもしれない、だから就職活動を始める前にトラウマを治しておいてあげたい、と。
《……本当に兄思いのいい子だな、芽衣ちゃんは》
 まだ中学生なのに兄の行く末を心配している芽衣の姿に、朋也は心から感心した。なんとか協力してやりたいとは思う。しかしちっぽけな意地とかプライドのために損を承知で突っ走らざるを得ない、そんな陽平の気持ちも同じ男として痛いほど分かってしまうのだった。
「私がいくら誘ってもおにいちゃんは聞いてくれません。昔の友達に説得を頼んだりしたら薮蛇になりそうだし……頼りになるのは岡崎さんしか居ないんです」
「はっきり言って、正攻法じゃ難しいと思う。俺や美佐枝さんが言ったところであいつは聞く耳持たないだろうよ」
 芽衣をがっかりさせるのは忍びなかったが、朋也はあえて最初にはっきりと断言した。だが敏感な芽衣はその言葉の裏の意味を読み取って、元気な瞳を輝かせた。
「なにか別の方法があるんですねっ!」
「わからない。まだ思いつかないけど、とにかく餌が必要だ。春原がそのためだけに地元に帰りたくなるような、お祭りや友人たちなんておまけくらいに思えるような、強烈なやつが」
「新しいゲーム機を買ったとか? おにいちゃん宛にラブレターが届いたとか?」
 ……さすがは春原の妹、あいつの好みを熟知している。中学生の女の子に見透かされてるあいつもどうかとは思うが……そんなことを考えながら朋也は突っ込みを入れた。
「そうだな。そういう線か……でもゲーム機はまずいな。あいつが実家の部屋に閉じこもってゲームやってたんじゃ意味ないだろ」
「本当に買ったりなんかしませんよ! とにかくおにいちゃんを地元まで連れてこられれば、あとはどうにでも……」
「こらこら、男の純情を踏みにじるんじゃない。ますます地元嫌いになったらどうするんだ」
 荒削りかつパワフルな芽衣の計画にあわててストップを入れる朋也。対する芽衣の反論は辛辣そのものだった。
「でもラブレターなんて、実現性ゼロ以下じゃないですか」
「ラブレターでなくていい、春原が下心を抱ける相手ならいいんだ……そうだ、芽衣ちゃんの友達なんてどうかな? それなら引受け手も見つかるだろ」
「妹と同い年の子に、おにいちゃん興味なんか持たないですよぉ」
「年上のお姉さんとか、知り合いはいないの?」
「いますけど、お兄ちゃんの知ってる人じゃ意味ないですし。こないだ恋人役をやってくれた早苗さんみたいな、ああいう親切な人がいてくれたら良かったんですけど」
 芽衣が初めてこの街に来たとき、陽平の恋人役を買って出てくれた古河早苗さん。兄には不釣合いすぎる美人だったために芽衣を騙すことはとうとう出来なかったが、引き受けてくれただけでも奇跡のような人だった。あんな親切な人はめったには現れないだろう。まして来週のお祭りに間に合わせるなんて絶望的……。
「……いや、いるぞ」
「えっ?」
「春原が顔を知らなくて、こういうややこしい役を進んで引き受けてくれそうな人が」
「ほ、本当ですかっ?」
 朋也はやにわに立ち上がると、電話機を手にして番号をプッシュした。目指す相手の番号ではなく、彼女の電話番号を知ってそうな知り合いの家の番号を。


筆者コメント
 たいへん長らくお待たせいたしました、連載再開です。この話も全4話に伸びます。つーか3話で完結するほうが珍しくない?


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