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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月19日
written by 双剣士 (WebSite)
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風子2

「ふ〜ん、このガラクタを、ねぇ」
 風子と別れて下校して、いつものように春原の部屋に転がり込んだ岡崎朋也。そんな彼が机の上に投げ出した木彫り細工を眺めながら、春原陽平は他人事のようにつぶやいた。
「岡崎が幽霊と遊んでるってうわさは聞いてたけど、まさか両手いっぱいのプレゼントをもらう間柄になってたとはなぁ」
「言っとくが、俺とあいつはお前が考えてるような関係じゃないぞ。会いたくもないのに勝手に出会っちまうんだ」
「そりゃ困ったねぇ。可愛い幽霊にまとわりつかれて、この色男、ウリウリ」
「……そうだよな。考えてみればガキだろうが幽霊だろうが、相手がいるだけマシだよな。お前と話しててそれに気づいた」
「すみません幽霊でもいいから紹介して欲しいっす、岡崎さま導師さま」
 つかのまの春原の優位は早々と崩れ去った。おまえ本当にプライドないのな、と呆れ顔で親友を見下ろした朋也は、ふと何かを思いついたように手を打った。
「そうか、春原だってうちの生徒の1人だったよな、一応は」
「あんた、今まで誰と話してるつもりだったっすかぁ?」
「じゃこれ、全部お前にやる。可愛い幽霊とのお近づきの印だ、ありがたく受け取れ」
 星型の木彫りの山を指差しながら朋也は上機嫌。これで風子との約束は一挙にクリア、とばかりにプレゼントという名のお荷物を気軽に押し付けた彼であったが……押し付けられた方はたまったものではない。
「ちょっと待て、困るよ、こんなのもらっても!」
「お近づきのきっかけが欲しいんだろ? 喜ぶぞぉ、あいつきっと」
「いらないって、こんなの置いて行かれてもさ! 食べることも遊ぶことも出来ないし!」
「……そうだよな。こんなのもらったって喜ぶやつなんて……うん?」
 途端に表情を引き締めた朋也は、いきなり立ち上がると何も言わずに春原の部屋を出て行った。後には訳も分からず絶句する春原と、高々と積まれた木彫りの山が残された。

                 **

「チョコ、ですか?」
「そうだ」
 春原の部屋から放課後の学校に舞い戻って、空き教室で木彫りに励む風子を見つけて。朋也が得意げに提案した内容に、小柄な少女は眉をひそめた。
「チョコなんて削ってても楽しくないです。岡崎さんには風子の木彫りの可愛らしさが分からないんです。ヘンな人は黙っててください」
「ずれてるのはお前のセンスのほうだ、風子。さっきの木彫りを学校の連中に配って歩いた、この俺が言うんだから間違いない」
 しれっとした顔で朋也はでたらめを言った。
「考えても見ろ。お前の目的は、お姉さんの結婚式を祝福してくれる人を増やすことだろ? お前の前衛芸術とやらの理解者を増やすことじゃないだろ?」
「とてつもなく失礼です。ヘンな岡崎さんと常識ある大人の風子とじゃ、どっちが正しいかなんて考えるまでもないです。可愛いプレゼントをもらったら、相手の人だって大喜びするに決まってるんです」
 風子の確信はチョモランマよりも高く、核シェルターよりも堅固だった。朋也は子供をあやすように辛抱強く少女を説得した。
「こっちはお願いする立場なんだから、相手に合わせることを考えろ。可愛い女の子からチョコを差し出されたら、誰だって喜んで受け取ってくれるもんなんだよ。時期的に多少問題がないでもないけど、一応お前だって女だしな」
「やっぱり岡崎さんは失礼です。一応じゃなくて、風子はアダルトな魅力にあふれた一人前の大人の女の子です」
「ああ、ああ、その通りだな。だったら尚更、渡すのはチョコの方がいいって。肝心なのは素材じゃなくて、お前の気持ちなんだしさ」
「…………」
「お前はそいつの可愛さに自信を持ってるんだろ? 問題は相手に渡すときだけなんだ。だったら利用できるものは何でも利用したほうがいいんじゃないか。相手は700人もいるんだろ」
「…………」
「言ってみろよ。お前のこれ、今まで何人が受け取ってくれた? あと何人残ってる?」
「最悪です。岡崎さんはとっても意地悪ですっ!」
 彫りかけのサイコロを胸に抱きしめながら、風子は邪念を振り払うように激しく首を横に振った。

                 **

 結局、渋々ながらも朋也の提案を試してみることになった風子であったが……その提案に潜む落とし穴に気づくのに、時間はかからなかった。ナイフで外形を削ろうとすると、チョコレートは手で持っているだけで溶けてしまうのだ。
「最悪です、これじゃ削れないです! せっかく可愛いチョコにしてあげようと思ったのに!」
「……なぁ、型に流し込んで作るってのは、やっぱりダメか?」
「当然です。岡崎さんは乙女心が分かってないです。形だけ似せればいいってもんじゃないんです」
 大きな四角のチョコレートの塊を握りしめながら、手をベタベタにした風子は台風のように朋也に文句を言い続けた。冷蔵庫がないとダメかな、と朋也は自分の読みの甘さを恥じた。だが生徒のいない空き教室に冷蔵庫などあるわけもないし、700個ものチョコを削って配るとなれば保管するための大型冷蔵庫も必要になる。そんなのがありそうなのは食堂か学生寮、しかし幽霊の風子にそんな許可が下りるわけもないし……。
「ふうちゃん、こんにちは。今日も頑張ってますね」
「渚さん! 聞いてください、岡崎さんがヘンなことを言うんです」
 そのとき、空き教室に2人の共通の友人が姿を現した。振り返った朋也は彼女を見た途端、あっと声を上げて手を打った。そうだった、こいつの家は自営業だったよな、と。


筆者コメント
 風子の話もプロットに悩みました。本編序盤という設定の上でネタバレせずに書こうと思うと、どうしても単発ギャグじみた展開になってしまいます。深みを持たせるために芳野祐介を出すつもりでしたが……いろいろ考えた末に、別の人たちを登場させることにしました。次回の舞台は古河家に移ります。


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