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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年06月04日
written by 双剣士 (WebSite)
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風子1

 土曜日の放課後。ささやかではあるが薄気味の悪い宣告を受けた岡崎朋也が教室から下駄箱に向かっていると、曲がり角の向こうから奇妙な会話が聞こえてきた。
「こんにちは。それ要らないんですよね? えっ、風子にくれるんですか、どうもありがとうございます」
「いや、要るんだけど」
「あぁっそんなに熱心に勧められても風子こまってしまいます。でも断ってばかりでも悪いですから、お言葉に甘えることにしますね」
「だからさ……ね、ねぇちょっと、それ僕の」
「いやぁこんな親切な人に会えるなんて、風子とっても幸せです。それでは、さようならっ!」
「ちょっと待ってよっ!」
 双方まるっきり噛み合わない会話の後、とたとた〜と近づいてくる足音。なんとなく、朋也にはこれから起こる出来事が見えるような気がした。立ち止まって右手をまっすぐ前に突き出した姿勢で待つ。すると駆け足で角を曲がってきた1人の女生徒が朋也の正面に走り込み、朋也の右手に額を抑えられて前進を止めた。脚だけは駆け足を続けたまま廊下のうえで空転している。
「あぁっ、楽しみですワクワクです忙しいですっ。このサイコロが風子の手でかわいく削られて、可愛さアップしてみんなのハートをキューピットですっ! 早くしなきゃ、早くしなきゃ」
「いや、だから、お前ね……」
「どうしましょう、こんなに可愛いプレゼントなんて犯罪です! こんなのをもらっちゃったら、誰でもきっと神棚に飾って毎日磨いて、夜はお布団で抱きしめながら眠ってくれるに違いないですっ! そして毎日これを眺めて、プリチーな風子とおねぇちゃんのことを思い出してくれるんですっ! あぁ、なんて素敵なんでしょう!」
「…………」
 相も変わらず自分だけの世界で空転し続ける小柄な少女。延髄チョップで痙攣させてやりたい衝動に激しく駆られた朋也であったが、彼女を追う足音が曲がり角の向こうから近づいてくるのに気づいて方針を変えた。少女が抱えている木のブロックをひょいっと奪い取ると、手近な教室に少女を放り込んで扉を閉める。そこへ1人の男子生徒が走り込んできた。
「はぁ、はぁ……ね、ねぇ、女の子がこっちに来なかった? こんくらいの背丈で、妙にすばしっこくて、ちょうど君が持ってるような木のブロックを抱えてて……」
「誰も来なかったけど?」
「おかしいな、そんなはずは……その子に僕のブロックを勝手に持って行かれちゃって、返してもらわないと困るんだ。一応そのブロックには僕の名前を、そう、ちょうどそんな風に書いてあるからすぐに分かると……ってそれ、僕のじゃん!」
「ん? これは俺の」
 マジックででかでかと書いてあるブロック側面の姓名を、朋也はあえて読めない振りをした。
「返してよ、それ僕のなんだから。それ来週の授業で使うんだから」
「奇遇だな。俺も同じことを先生に言われたよ」
「君は君のを使えばいいでしょ、それ返して」
「さっきから言ってるだろ、これは俺の、俺のなの。わかった?」
「でも、そこに名前が……」
「わかった?」
「…………」
 学内で不良として名を馳せている岡崎朋也のゴリ押しである。男子生徒は口をぱくぱくと震わせたが、やがて力無く腕を下に降ろした。まぁまだ1回も削ってないブロックだし、また先生にもらえばいいか……そう自分を納得させながら引き下がろうとする。朋也の強引すぎるカツ上げ作戦は成功するかに見えた。
「わわっ、ここはどこですか! 風子の木彫りはどこに行っちゃったですか?」
「あっ、君は……」
「あやや、さっきの親切な人とヘンな人が向かい合ってます! 風子の木彫り欲しさに男2人で修羅場ってるみたいです!」
 しかし、いきなり教室の扉を開けて現れた少女が全てをぶち壊す。朋也は軽く頭を抱えながら、少女に向かってかがみ込んだ。
「いけません、風子のために2人が戦うなんて! いくら風子が可愛いからって、いくら風子を独占したいからって、風子と一緒に手をつなぎたいからって……エッチですっ!」
「……これ、見える?」
「当然です。どこをどう見たって風子のサイコロです」
「それを、こう、転がす〜」
「きゃう〜〜ん」
 毛糸玉とじゃれ合うネコのごとく、床に転がしたサイコロに飛びついてゴロゴロと転がる少女。朋也は首だけを男子生徒の方に向けた。男子生徒は引きつった表情を浮かべながら、見てはいけないものを見てしまったかのようにじりじりと距離を取ると、一目散に逃げ出した。ほっと息をつく朋也。
「風子、もういいぞ。熱演ごくろう……」
「風子のサイコロ、風子の木彫り♪」
 少女は天然だった! もはや優しくしてやる気も起こらず、朋也は少女のお尻を軽く蹴飛ばした。ようやく現実世界に舞い戻ってきた少女……伊吹風子いぶき ふうこは廊下に寝そべったまま、きょとんと朋也の方を見上げた。
「あ、ヘンな人」
「言うことはそれだけか?」
「何してるんですか。風子とっても忙しいんです。ヘンな人と遊んでる暇、ないんです」
 こめかみをひくつかせながら朋也は手をさしのべた。素直にそれに掴まって身を起こした風子は、ここまでのいきさつを朋也から聞いて首を傾げた。
「……要するに、風子の木彫りを岡崎さんが取り返してくれたんですか?」
「どこをどう聞いたら、そう言う結論になる?」
「それで、お礼をしろって言うんですか? かよわい女の子に身体で払えっていうんですか? エッチですっ!」
 ……もはや反論する気も起こらない。柄にもない親切心を出したことを後悔しながら、朋也は無言で背を向けた。すると背後から、嬉しそうな声が投げかけられた。
「いいこと思いつきました! 岡崎さん、お礼をします」
「ん?」
「これどうぞっ」
 振り向いた朋也の胸に、星形をした木彫りのレリーフが10個ほど押しつけられた。お前どこからこんなものを、と突っ込もうとする機先を制するように、風子は得意げにまくし立てた。
「それを明日までに、学校の人たちに配ってください。配るときには、風子のおねぇちゃんの結婚を祝ってくれるようお願いしてください」
「……要するに使い走り?」
「ちがいます、お礼です。明日までにそれ全部を配ってくれたら、きっと岡崎さんに幸運が舞い降ります!」
「ちょっと待て、それって不幸の……」
「名付けて、幸運のヒトデ・イリュージョンですっ!」
 風子は得意満面だった。


筆者コメント
 お待たせしました、風子編の第1話です。やっぱり彼女には、無い胸を張りながら根拠レスな自信を振りかざす姿がよく似合います。


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