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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月20日
written by 双剣士 (WebSite)
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風子3

「大きな冷蔵庫ですか? ええ、ありますよ」
 その日の夕方。風子を伴って古河パンを訪れた朋也の質問に、渚の母親である古河早苗はにこやかに答えた。良かったですねと風子の手を握る渚に向かって、早苗は優しく問いかけた。
「渚、その子はお友だち?」
「はいっ」
「そうですか。いらっしゃい風子ちゃん、どうぞあがってくださいな」
 風子の素性を誤魔化すためにいろいろと用意しておいた言い訳は、何ひとつ使う必要がなかった。予想以上に好調な滑り出しに朋也は安堵の溜め息をもらしたが……本当の苦労は、実はこの先に待ち受けていたのだった。

                 **

 渚が買い集めてきた板チョコを溶かして固め、風子に手渡す早苗。手の熱を伝えないためのゴム手袋、削るのに使う小ぶりの包丁、チョコを冷やすための氷水。ちゃぶ台に座り込んだ風子の周りには至れり尽くせりの環境がそろえられていた。
「他になにか、用意するものはありますか?」
「いえ……」
「何でも言ってくださいね。チョコの原料もたくさん仕入れておきますから」
 そんなことしてここの経営、大丈夫なんだろうか……柄にもなく朋也が心配するなか、風子は並べられた道具の前で身を硬くしていた。これまで一人ぼっちで削り続けてきたころとのギャップが大きすぎて戸惑っているのだろう。手にしたチョコの塊をじっと見つめると、こわごわした手つきで包丁をあてる。そして……指の滑った拍子に手元が狂い、宙へと包丁を踊らせる風子。
「ふぅちゃん! 大丈夫ですか?」
「うぅ……やりにくいです。カッターのほうが切りやすいです」
「ダメですよ、風子ちゃん」
 どうやら手を切ったりはしてないようだが、慣れない道具の扱いにくさに風子は泣きそうな顔になる。だが早苗はそんな彼女の甘えを許さなかった。
「口に入れるものなんですから、カッターナイフなんか使っちゃダメです。包丁が無理ならケーキ用のナイフを持ってきてあげますから、それでなさい」
「…………」
 歯のついてないケーキ用のナイフで硬いチョコを削るのは無理、下手をすると全体を割ってしまいかねない。そんな心配が朋也の脳裏に浮かんだが、さすがにその点もぬかりはなかった。
「はい、風子ちゃん」
「…………あ、あれ? すごく切りやすいです、粘土細工みたいに切れます!」
「マジ?」
「すごいです、なんか楽しいですっ!」
 子供のようにはしゃぎながらチョコを切り進める風子。そんな彼女を見守る朋也たちに、早苗は湯気を上げるボールを抱えながら説明した。
「あらかじめナイフをお湯で温めておくんですよ。そうすれば切りやすくなります」
「お母さん、すごいですっ」
「渚も早く、好きな子にチョコを作ってあげられるようになってね」
「…………」
 にこやかな爆弾発言に顔を赤らめる古河渚。そんな周囲に構わず風子は黙々とチョコ彫刻に没頭し始めていた。ときどきナイフを熱湯につけ、削りかけのチョコを氷水につけて冷やす。コツをつかんだ風子はサクサクと作業を進め、やがて満足そうに出来上がったチョコ板を一同に差し出した。
「完成です! 自分で言うのもなんですが、可愛くできましたっ!」
「すごいです、ふぅちゃん! いまにも歩き出しそうです!」
「ヒトデですねっ」
「……え、ええっ?」
 拍手喝さいの女性陣とは対照的に、言葉を失う岡崎朋也。あの奇妙な彫刻のことを星型だと今の今まで思っていたのに、そうじゃなかったのか……そんな朋也を不服そうに風子が見上げる。
「なんですか岡崎さん、これの可愛さが分からないんですか? やっぱりヘンな人です」
「……それ、ヒトデ?」
「当然です。ヒトデ以外の何に見えるって言うんですか」
「可愛いヒトデですよねっ」
「そうですね」
 どうやら渚と早苗には抵抗なく受け入れられるらしい。軽いカルチャーショックに朋也は頭がくらくらしてきた。センスがずれていたのは俺のほうだったのか、と。


 その後。自信をなくして言葉少なになった岡崎朋也は、風子を残して早々と古河家を後にした。風子はそれからも夜遅くまでチョコヒトデを作り続け、そのまま机に突っ伏して眠ってしまった。渚も風子より先に床についてしまい……居間には山積みになったチョコヒトデと、古河早苗だけが残された。

                 **

 翌日。空き教室の伊吹風子は、つんと唇を尖らせてそっぽを向いたまま普段のように木彫りに励んでいた。彼女の足元では朋也と渚が神妙に正座していた。そしてその周囲には、虹色に輝くヒトデパンが散乱していた。
「ごめんなさい、ふぅちゃん! こんなことになるなんて、わたし思わなくて……」
「早苗さんに悪気はないんだよ。プレゼントする相手を喜ばそうと思ってしたことなんだ。ただその、ことパンに限っては、あの人ちょっと趣味が変わってて……」
「もういいです。岡崎さんたちを信じた風子がバカでした」
 風子は周囲の雑音を振り払うように木のサイコロを削っていた。彼女が昨夜に丹精込めて作ったチョコヒトデが、朝起きてみると極彩色のヒトデパンに変わっていたのだから機嫌が悪くなるのも無理もない。早苗は『これで相手の方も喜びますよっ』とイノセントな笑顔で話していたのだが……。
「こんなパン、相手が喜ぶわけないです」
「…………」
「…………」
 性格も立場も違う3人だが、この指摘には完全に同意。
「やっぱりチョコなんかじゃダメです。風子、誰にも頼らずに1人で頑張ります」
「ふ、ふぅちゃん、そんな悲しいこと言わないでください」
「そうだ、俺たちに出来ることならなんでもするから」
 悪いのはお節介な早苗であって渚でも朋也でもないのだが、ここでそれを言っても仕方ない。風子の機嫌を直すべく全面的に白旗を上げる渚と朋也。そしてしばらくして……風子が出した和解条件は、以下のようなものだった。
「それじゃ今度は木彫りのヒトデ20個、明日までに学校のみんなに配ってください。おねぇちゃんの結婚式のこともよろしくです。名付けて、ヒトデ・イリュージョンPart2ですっ!」
 否応もなく首を縦に振りながら、朋也は心のなかで思った。今度ばかりは春原に押し付けるわけにも行かないよな、と。

Fin.

筆者コメント
 いささか歯切れの悪いオチになってしまいましたが、風子ルート完結です。この時期の風子を書くのは難しいことが良く分かりました。他の方の風子SSの多くが彼女の退院後を扱っているのも、分かるような気がします。


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