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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月06日
written by 双剣士 (WebSite)
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ことみ2

 その後。部長こと古河渚と藤林姉妹は演劇部の部室でことみの弁当をパクつきながら、いつものように脳天気な談笑に花を咲かせていた。こういう土曜日も悪くない、ことみも喜んでるみたいだし……と普段の朋也なら考えるところだが、今日に限ってはそうも行かない。
「ことみ、ことみ」
「なぁに、朋也くん」
 せっかく小声で呼んでいるのに、普段通りの眠そうな表情のまま全身で振り向くことみ。それをみた杏たちの会話がぴたりと止まる。そして視線が朋也に集中した後、人の悪そうな笑顔で突っ込みを入れる役目は当然この少女であった。
「なぁに朋也、今日はなんだか落ち着きがないわね。そんなに早く、ことみとふたりっきりになりたいわけ?」
「……そ、そうなんですか……?」
「……残念です……」
 杏はまだしも、椋と渚に暗い顔をされては無下にあしらうこともできない。苦笑いをしながらごまかすしかなかった。
「い、いや、いいんだ」
「あの……ひょっとして私たち、おふたりの邪魔をしてるんじゃ」
「そんなことないの。みんなと一緒、とても楽しいの」
「そうですねっ!」
 ことみの裏切りフォローに天然めいた笑顔で答える渚。こうなるともう朋也には制止する術などないのだった。談笑する3人に聞こえないよう小さく溜め息をつく朋也の袖を、くいくいと引っ張る藤林杏。
「……あんたも大変ね」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「あら、だって気分悪いじゃない。災厄の元凶みたいな扱いされちゃあ」
 軽く片目をつぶる杏。彼女が妹の占いの結果を聞き、朋也と同じ解釈に至ったことは明らかであった。わかっていながら……と奥歯を噛みしめる朋也のことを諭すように、小声で話しかける。
「あんたさ、ちょっとは気をつかいなさいよね。あんな占いの後でことみとあんたが姿を消したら、椋と部長がどう思うと思ってんのよ」
「…………」
「こんな鈍感のどこがいいんだか」
 痛烈な捨て台詞を残すと、杏はけろっとした顔で談笑の輪に戻っていった。なんだかんだと言いながらも皆のことを一番よく見ている彼女。少し腹立たしく思いながらも、なぜか憎めない朋也であった。そして『このまま今日ずっと、下手すりゃ明日も金魚のフンみたいにくっついてくるかも』と彼女たちのことを危惧していた自分を、少しだけ恥じたのだった。

                 **

 そして、夕刻の帰り道。いつものように3人と別れ、ことみと朋也は帰途についた。藤林杏は約束通りあっさりと、明日の予定も聞かずに2人を解放してくれた。ようやくふたりきりの話ができると安堵した朋也であったが、先に口を開いたのは少女の方だった。
「朋也くん」
「ん?」
「あの、これ……さっき、杏ちゃんにもらったの。朋也くんと2人で行って来なさいって」
 ことみが差し出したのは2枚のチケット。どこの映画だ、と思ってチケットを覗き込んだ朋也は、意外な招待場所に少しがっかりした。
「プラネタリウム……?」
「杏ちゃんのお父さんからもらったらしいの。姉妹2人で見に行っても詰まらないから、朋也くんと私にくれるって」
「……にしても、子供向けじゃないのか、これ?」
 藤林杏の下手な嘘に苦笑しながらも、思ったままの感想を口にする朋也。高校生同士で見に行くとこじゃないだろ、と続く言葉を吐きそうになった瞬間……首筋に冷たいものを感じた彼はあわてて身を翻し、ぎこちない作り笑いをことみに向けた。
「いや、いいよな、たまにはこういうのも。なっ、ことみ」
「……朋也くん、なんか汗だくみたいなの」
「気にしない気にしない、あははは」
 自分がさっきまで身を置いていた空間を通り過ぎ、街路樹に突き刺さっている英和辞典のことを巧みにカモフラージュする朋也。対することみはイノセントな微笑みを浮かべながら小首を傾げた。
「朋也くんが気に入ってくれて、嬉しいの」
「それじゃまた明日、ここで。約束な」
「指切りげんまん、なの」

                 **

 その翌日。いつもの交差点で落ち合った2人は、新築なったばかりのプラネタリウムへと一緒に向かった。先に歩き出そうとした朋也をことみは追わず、少し寂しそうに手を差しだした。朋也がその手を自然に握ると、ようやくことみも彼を追って歩き出すのだった。
「いい天気で良かったな、ことみ」
「…………」
 返事の代わりに手をぎゅっと握ってくる儚げな少女。ことみの様子が昨日までと違う、と朋也は何となく思ったが、プラネタリウムの上映時間が迫っていたので何も言わずに歩き続けた。そして入館口までたどり着いたとき、おずおずとことみが口を開いた。
「朋也くん」
「ん? どうした、ことみ」
「この手……ずっと離さないで欲しいの」
 甘えるような恋人の一言。だが相手は他ならぬ一ノ瀬ことみであった。忘れたはずの藤林椋の占いがむくむくと脳裏に浮かび上がってくるのを、岡崎朋也は作り笑いの陰で懸命に押さえつけた。


筆者コメント
 別に狙ったわけではありませんが、明日は七夕です。七夕と言えばことみです(脳内直結)。明日はその辺の話を。


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