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気になるあの娘と、晴れた日に

初出 2004年07月07日
written by 双剣士 (WebSite)
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ことみ3

「……さて、夜空に掛かる天の川をご覧ください。天の川を挟んで輝く2つの星、七夕で有名な彦星と織り姫星でございます……」
 2人並んでソファに座り、人工の夜空を見上げる朋也たち。プラネタリウムの音声解説はいよいよ佳境、天の川伝説の説明に移っていた。互いに顔を見つめ合うでもなく言葉を交わすこともない奇妙なデートに、正直いって飽き気味だった朋也であったが……。
「朋也くん」
 つないだ手をぎゅっと握りながら、つぶやくようにささやいたことみの声。朋也はさりげなく耳を彼女のそばに寄せた。ことみの口からは解説の音声にかぶせるように、悲しげな独白が途切れ途切れにあふれ出してきていた。
「彦星は鷲座のアルタイル、織り姫星はこと座のヴェガというのが正しい名前でございます」
「私の名前、お父さんがつけてくれたの。世界には目に見えないたくさんの琴があって、いろんな音楽を奏でてるから素敵なんだって」
「昔の中国では、彦星は牛飼いの青年に、織り姫星は機織りの上手な女性に例えられていました。2人はたいそう真面目な働き者でした」
「私、お父さんたちのしてたことが分かるようになりたくて、一生懸命に本を読んだの。私は悪い子だったから、それしかお父さんとお母さんに近づく方法がなかったの」
「その働きに感心した神さまは、ご褒美に2人を夫婦にしてあげました」
「そうしたら、ようやく朋也くんに会えて……杏ちゃんや椋ちゃん、渚ちゃんともお友達になれたの。とってもとっても嬉しかったの」
「ところが結婚した2人は、仲良く暮らすあまり自分の仕事をおろそかにするようになってしまいました。怒った神さまは2人を天の川の両側に引き離し、一生懸命仕事をするなら年に一度、七夕の日にだけ2人を会わせてあげることにしました」
「でも、それももうお終いなの……」
「ことみ?!」
 思わずあげた大声に館内の視線が集まる。だが朋也はそんなことにかまわず、身を起こして隣の少女の顔を見下ろした。暗い館内で輪郭が曖昧な少女の頬には、天空からの星の光が細い筋になって映し出されていた。
「本来の七夕は旧暦の7月7日、いまの暦では8月22日頃に当たります。そのころには彦星と織り姫星の間を流れる天の川の端に三日月が掛かり、川を渡るための船に例えられたと言われています」
「昨日、また留学の誘いがあったの。行ったら当分、日本には戻ってこれないの」
「留学? そんなの当然断るんだろ、なぁ、ことみ」
「そのつもりだけど……でも遅かれ早かれ、こんな日はやってくるの」
 人工の天空を見上げることみの瞳が、ガラス細工のように輝いた。
「来年になったら、みんな卒業してしまうの。せっかく出来たお友達とも、それでさようなら、なの」
「そ、卒業がなんだよ。会おうと思えばいくらでも会えるじゃないか」
「卒業したらみんな別々の道を歩いていってしまうの。みんなで座ってお弁当を食べたり出来なくなるの。仲良しのお友達とおしゃべりばかりすることを、神さまは許してくれないの」
 ちがう、と言下に否定できない響きが彼女の言葉にはあった。子供の頃から友達らしい友達も持たずに独りぼっちで暮らしてきたことみ。彼女にとっては今の生活の方がイレギュラーであり、うたかたの夢なのだ。
「しかし言い伝えによれば、七夕の日に大雨が降ると天の川を渡ることが出来なくなるそうです。そんな日には彦星と織り姫星は、天の川を挟んで見つめ合いながら涙を流すと言われています」
「昨日からずっと、そんなことばかり考えてたの」
「…………」
「朋也くんたちに会えて、本当に嬉しかったの。でもお父さんやお母さんとお別れしたように、朋也くんたちともお別れする日がいつかはやってくるの。仕方のないことなの」
「……でも……」
「私もいつまでも、朋也くんに甘えてばかりは居られないし」
「…………」
「甘えさせてやんなさいよ、朋也!」
 そのとき。聞き慣れた声が恋人たちの語らいに割り込んできて、細い腕が2人の肩を抱いた。振り向くとプラネタリウムの座席のすぐ後ろには、さも当然のようにお馴染みの3人の姿があった。周囲の迷惑も顧みず藤林杏は声を張り上げた。
「せっかくのデートなのに、なに辛気くさい話をしてんのよ、ことみ!」
「杏ちゃん……どうして……」
「そんなに先のことばっかり考えて楽しい? これだからド天才ってのは!」
 ぼやきながら肩を揺さぶる杏。乱暴な仕草ではあったが、陰鬱に沈むことみの涙を止める効果は確かにあった。続いて口を開いたのは、控えめな妹の方だった。
「あの、ことみちゃん……確かに卒業する日はいずれ来ますけど、でも、そんなに怖がったり不安がったりすること、無いと思います……この先どうなるかなんて、分かりませんし」
「そうですっ!」
 両目に涙をいっぱい溜めながら、小さな演劇部長は両手を握りしめて断言した。
「変わっていくのは悪いことじゃないです! わたしたちはことみちゃんの友達です! 一緒の学校に通えなくなったって、いくらでも会う機会はあるし電話で話すことだってできます! 独りぼっちになるなんて、そんなこと、ないです!」
「古河……」
「新しい友達だってできるし、楽しいことだって見つかります! 怖がらないでください、わたしたち応援してますから!」
 館内に響き渡る渚の声に、さすがの藤林姉妹ですら度肝を抜かれた。いつしか星座の説明放送は停止し、警備員たちも足を止めていた。小さな演劇部長は館内の視線を一身に集めていた……そしてしばらくして、どこからともなく小さな拍手がわき起こった。拍手は連鎖するように広がり、人工の夜空に輝く星々のように館内を埋め尽くした。

                 **

 上映終了のブザーが鳴る。その途端に逃げるようにプラネタリウムを飛び出してきた5人の表情は、傍目にも分かるほど真っ赤に染まっていた。
「は、恥ずかしかったです……まだ胸がドキドキいってます」
「で、でも、格好良かったです。私、感動しました」
「ごめん、あたし部長のこと誤解してた。ああいうクサイ台詞が言えたのねぇ」
「えへへ……」
 複雑な盛り上がりを見せる3人の横で、戸惑ったように立ちつくすことみ。そんな彼女の頭を、朋也の大きな手がぺしっと押さえつけた。涙目で見上げる少女の顔を優しく見下ろす朋也。
「朋也くん……私、なんて言ったらいいか分からないの……」
「いつも通りでいいんだ。ほら、練習したやつがあったろ」
 ことみはこくりと頷くと、すたすたと4人の前方に歩き出して振り返った。そしてぺこりと頭を下げた。
「みんな、どうもありがとう。良かったらこれからも、お友達でいてくれると嬉しいですっ!」
 一礼して顔をあげた少女の前には、太陽のような笑顔が広がっていた。ことみの天の川には当分雨など降りそうになかった。


筆者コメント
 いささか唐突な感は否めませんが、ことみルート完結です。ネタバレ的にはぎりぎりセーフですよね? ちなみに七夕の言い伝えについてはこのサイトを参考にさせていただきました。

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(おまけ) ネタバレ覚悟の毒吐きギャグ分岐(文字色反転中)
「卒業したらみんな別々の道を歩いていってしまうの。みんなで座ってお弁当を食べたり出来なくなるの」
「そんなことないです、私たちはずっと友達ですっ!」
「無理なの。来年の今頃は杏ちゃんは保母さんの学校へ、椋ちゃんは看護婦さんの学校に行ってしまうの。そして渚ちゃんは留年して、独りぼっちで高校にまだ通ってるの」
「…………」
「…………」
「私とはもう、住む世界が違うの (くすくすっ)」
「そ、そんなこという人は嫌いですっ!」
 ことみの天の川は氾濫の一途をたどり、数少ない交友関係を跡形もなく飲み込んだ。さすがの朋也も、自分はどうなるのか、とは怖くて突っ込めなかった。
         (おしまいっ)