偽花嫁、請け負います
先頭ページに戻る/登場人物紹介を見る
タイムマシンに乗ってきた船島良子(。以前に彼女がこの時代に来たときには、未来に送り返すためのタイムマシンの動力がなくて由宇子たちはえらい苦労をした。おかげで2人の夜の語らいを良子に邪魔され、危うく良子自身が生まれなくなる危機に陥りかけたのだが……その事件が一段落して以降も、良子は母親と喧嘩するたびにこの時代に遊びに来ている。
「だってぇ〜、あっちの由宇子ままはいじわるで、こっちの由宇子ままは優しいんだも〜ん」
「あははは……」
由宇子は苦笑せざるを得ない。娘のことが可愛いのはもちろんだが、自分の娘となれば可愛がってばかり居られない気持ちも良く分かる。もし良子がこちらの両親に度を超してなついてしまえば、深刻なタイムパラドックスが生じる危険性はますます高まる。
「可哀想だけど、早く未来に帰さなくちゃね」
『由宇子、何もそんなに急ぐ必要はないんじゃないか? 今日は他の所員は誰もいないんだし、こちらから送り返すタイムマシンもいつでも動かせるんだろう』
「わ〜い、大輔ぱぱ大好き〜」
さすがに由宇子の娘というべきか、大輔の気持ちは声に出さなくても良子には分かるらしい。現金な良子は由宇子から離れて大輔に飛びついた。由宇子は小さく溜息を吐いた。
《いくらうちの事務所で透明人間や心霊現象やタイムマシンが日常化してるからって、タイムパラドックスを甘く見ちゃいけないのに》
宇宙人がこういう心配をするというのも妙なもんだが。
「大輔さん、やっぱり良子ちゃんは未来に帰した方がいいよ」
『しかし……』
「私ももう見送りに行かなきゃいけないし。もしその間に大輔さんに依頼が来たら、良子ちゃんずっと大輔さんについて行っちゃうよ。何かあったら大変じゃない」
『良子は俺が守ってみせる』
「未来の大輔さんも今頃そうやって格好を付けてると思うよ。良子は俺が探し出す、って」
未来とはいえ他ならぬ自分のことである。愛娘が居なくなったらどうなるか、大輔には容易に想像が付いた。大輔は良子の顔を穴が空くほど見つめてから、そっと良子を抱きかかえて由宇子に差し出した。
『……帰してやろう、今すぐに』
「うん」
「ええ〜っ、やだやだぁ〜」
じたばたと暴れる良子を抱いたまま、由宇子は実験室へと向かった。タイムマシンの座標を設定し、素早くポッドの中に飛び込む。
**
「ごめんね、迷惑かけて」
「ううん、いいの。それより良子ちゃんをよろしくね」
未来の由宇子と過去の由宇子は、笑顔で挨拶を交わした。良子はずっと暴れていたが、未来の由宇子が怒ってないことを見抜くと安心したように彼女の胸に顔を埋めた。
「積もる話もしたいけれど……今の私はまだ、未来のことを聞かない方がいいんだよね」
「そうだね。まぁ、とにかく今の私は幸せだから、あなたも心配しなくて良いよ」
「それを聞いて安心したよ」
過去の由宇子は輝くような笑顔を浮かべると、未来の由宇子と良子に向かって一礼した。そして過去のHELPS事務所に帰るため、タイムマシンに乗り込む……だがその扉を閉める直前、タイムマシンの傍へ未来の由宇子が駆け寄ってきた。
「ねぇ、ひょっとして……あなたの時間では、これから千彰さんの新婚旅行なんじゃない?」
「……そうだけど」
「そう……」
未来の由宇子は表情を暗くした。そしてしばしの逡巡の後、言葉を選びながら過去の由宇子に向かって話しかけた。
「負けないで」
「……えっ?」
「負けないでって、あの2人に……千彰さんに伝えて。私の口からはあまり細かいことは言えないけど、お互いを信じていれば大丈夫だからって」
「由宇さん、それってどういう……」
「お願い」
未来の由宇子は謎めいた言葉を残して、タイムマシンの扉を閉めた。
**
「ただいま」
『お帰り。もう時間がないぞ』
現代のHELPS事務所に戻ってきた倉品由宇子は、さっそく大輔に未来の由宇子が話したことを相談するつもりだった。だが時計の針はそれを許さなかった。
「由宇さんたら! こんなぎりぎりの時間に座標を設定しなくても!」
『急いでるところ悪いが、相乗りさせて欲しいそうだ』
口の中で1人愚痴る由宇子に向かって、事務所の扉のほうを指さす大輔。そこにはよそ行きのスーツに身を包んだ女の子と、ライダースーツに全身を包んだ青年の姿があった。
「えへへ、どうもぉ〜」
「楓音さん、それに徹さん?」
「すみません、出発が遅れちゃって……ここにくれば、港へ直接いけるんじゃないかと」
今泉徹はフルフェイスのヘルメットをかぶったまま、面目なさそうに事情を説明した。早朝の喧嘩に時間を費やした2人は、物質転送装置を頼りにしてバイト先のHELPS事務所を訪れたのだ。ちなみに徹の格好がこうなのは……透明な肌を露出させずに人前に出るには、これしか方法がないからに他ならない。解除薬の発明者たる由宇子には一目で事情が分かった。
「徹さん、また何か悪戯しようとしたんだね」
「と、とんでもない。俺は別に何も……」
「いまさら何言ってんのよ!」
どこからか取りだしたハンマーでヘルメットを一撃する楓音。崩れ落ちる徹をふんと見下ろしてから、由宇子たちの視線に気づいてあははと照れ笑いを浮かべる。余人には真似の出来ない息の合った漫才ぶりに大輔は静かに拍手を送り、由宇子は冷や汗を流しながら微笑んでみせた。
「ちょうど良かった。私もこれから行くところだったんだよ。転送装置、こっちだから」
「徹っ、いつまで伸びてんのよ!」
楓音はライダースーツの襟首を掴んで、ずるずると引きずりながら由宇子の後に続いた。