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名も無き慕情(レス返し)
日時: 2014/12/01 02:05
名前: 明日の明後日

あ、こんばんは、明日の明後日です。


短編です。3話目まで書き終えてからスレ立てしようかと思ってましたが、この調子だといつまで経っても立たないので思い切ってフライングしてみました(3話の途中までは終わってます)。

CPとしてはハヤマリです。見方によっては違います(
もしこのタイトルに覚えのある方がいらっしゃっいましたら恐縮です。ひなゆめ存続時に書こう、書こう、と思いつつも結局書けず仕舞いでいた長編なのですが、やっぱり全部書き切ることは不可能っぽいので要所、というか後半部分を掻い摘んで短編としてお送りしたいと思います。

多分7話くらいで完結するはず(すぐに完結するとは言ってない
それでは、本編第一話、どうぞ。

※4/16微修正

――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ―――――見てしまった。





 ―――――見てしまった。





 ―――――見てしまったのだ。




















 PiPiPi、PiPiPi。甲高い電子音が今や遅しと鳴り響く。毎朝毎朝、決まった時刻にご苦労様なことで。
 たまには休みの日もあったっていいだろうに、この時計は部屋の住人を覚醒させるべく、毎朝決まった時刻になると、けたたましく吼えるのだ。

「まったく、余計なものを」

 時計を設置した張本人への恨み言をこぼしつつ、布団から頭と、それから手だけを出して、音源へと向かわせる。
 伸び切ったところで、脱力。掌は重力に従って、そのまま時計の上に落下する。ガチャン、というノイズにも似た音とともに金切り音が鳴り止んだ。
 束の間の喧騒が過ぎ去り、部屋の中がしんと静まり返ることを確認した私はモゾモゾと体を動かして、布団の中に頭を突っ込んで再び身体を丸め込ませる。

 それから程なくして、


 ――トントン


 扉を叩く音。それに続いて「朝ですよ」と扉越しのせいか少しくぐもった様な声が耳に入る。せっかく取り戻された静寂を破る不埒者に、私はあからさまに顔を顰めた。
 わざわざ言われずとも、そんなことは知っている。今し方、朝の平和を守るために安眠妨害の機械仕掛けと死闘を繰り広げたところなのだから。

「今日は休む」

 ひょこっと顔だけを布団から出して、一言。扉の向こうへと放り投げる。「昨日も休んだじゃないですか」との返答を、うるさい、と一蹴して再び布団の中へ潜り込む。
 しばらくは説得を試みる声が木霊してはいたが、狸寝入りを決め込んで返事を返さないでいると、溜息のような息遣いと、その後にツカツカと靴音が続いて、やがてそれも聞こえなくなる。
 どうやら諦めたらしい。まったく、人の気も知らずに呑気なものだ。










 朝というのは憂鬱なもので、毎日毎日、私の意志やら願いやらとは無関係にやってくるこの憂鬱な時間帯が、私は嫌いだった。
 この日もご多聞に漏れず、朝というものはやっぱり憂鬱で、しかしその度合いだけで言えば、この日の朝は殊更に強度を増していた。
 原因ははっきりとしていて、十中八九、昨晩目にした――というか目撃してしまった――ある光景がそれに該当するのだろう。
 幽霊とかお化けとか妖怪とか、そういった類のものではないが、その光景はなかなかに衝撃的で、私を自室の中に縛り付けておくには十分なものであったらしい。
 はいそこ「普段から引きこもりじゃん」とか言わない。

「しかしなぁ」

 どうしたものか。布団の中で独りごつ。見て見ぬ振りを決め込むか、はたまた当人たちに問い詰めるべきか。
 問い詰め、事実を確認したところで、その後一体どうしろというのか。まさか思い過ごしということはないだろうし、何かしらの決断を迫られることは明白だろう。
 正解が分からないままぐねぐねと思考を捏ね繰り回し、答えの出ないうちに意識を失って、電子音で呼び戻されたのがつい一時間ほど前のこと。
 盛大に二度寝を堪能しようと思ってはいたものの、議題の重要性もあって変に目の冴えてしまった私は寝るに寝付けず、膝を抱え込むような姿勢でごろごろ転がって時間を潰していた。

「なんだ、起きてるんじゃないですか」

 唐突な一言に、何事かと顔を向けてみれば「まったくもう」と言いたげな呆れ顔が目に入る。
 返事を待つことなく、世話焼きなメイドは窓の方へと歩いていってカーテンを勢いよく開け放った。シャッ、という摩擦音が実に恨めしい。
 眩い陽の光が窓ガラスを貫通して、部屋の中を跳ね回って、やがて私の目の中へと飛び込む。突き刺されるような錯覚を覚えて、私は思わず目を細めた。
 布団で顔を隠そうとするも、それより早く彼女の手が伸びてきて、抵抗むなしく布団を剥ぎ取られてしまった。

「そんな元気があるなら、早く着替えて学校へ行きなさい」

 布団を奪い返そうと飛び掛るも、さっと避けられ、一言。頬を膨らませる彼女の面を横目でちらりと見て「嫌だよ」と返してから、ついでに一つ、問いを投げた。

「ハヤテは?」
「もうとっくに出掛けましたよ。剣道部の朝練に付き合うとかで」

 剣道部、ねぇ。嘘ではないが正確でもないな、と直感が告げる。「ふーん」と興味なげな雰囲気をとりあえずは装って、私の着替えを用意する彼女の顔色を窺う。

「いいのか?」

 そう声を掛ければ、けろりとした顔で、

「何がですか?」

 なんて返してくるものだから私は面を食らって「なんでもない」と頭を振るしかできなかった。
 そんな私の様子を訝りながらも、彼女は着替えの服を枕元に置いて「朝ごはんはどうしますか」なんていつも通りに訊いてくる。
 その表情が、もしかしたら昨夜の光景は私の見間違いか、或いは夢だったのではないかと錯覚を誘発する。

 しかし、そんなはずはない。そんなはずはないのだ。

 昨晩、私は確かに、この目で目撃した。絶対に絶対に、見間違いなんかじゃなく、夢なんかじゃなく、確かな事実として。見たのだ。

「ごはん食べないなら片付けちゃいますよ?」
「いや、食べるよ。着替えたらすぐ行く」

 返事のない様子を否定と捉えたのか、他の議題へと話を移す彼女に寝巻きを脱ぎながら言葉を返す。
 枕元に置いてある服を手にとってから、それが制服ではなくて只の普段着であることに気が付いた。

 考えなければいけないことはたくさんある。でもそれは、ごはんを食べてからにしよう。
 まずは血糖値を上げて、脳を活性化させてから。昨夜見た、あの光景に関して色々思索を巡らせて見ようじゃないか。





 二階の奥の方の部屋。窓の外、バルコニーの上、月明かりに照らされる中。

 マリアとハヤテが、唇を交わしていたことに関しては。





 また、後で考えることにしようじゃないか。





















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Re: 名も無き慕情 ( No.1 )
日時: 2015/01/13 01:54
名前: 明日の明後日

こんばんわ、あるいはこんにちわ、もしかしたらおはようございます。明日の明後日です。
3話目を書き終えてから2話目を投稿する予定だったのですがいかんせん筆が進みません(
全国版ポケモン図鑑がもうすぐ完成するのでそしたら執筆に時間を回せるかな(

そんなこんなで2話目です。どうぞ。

※4/16微修正
※2016/4/12誤字修正

――――――――――――――――――――――――――――――――





 むかむか、いらいら、もやもや。

 この全部であって、どれにも当てはまらないような感情を胸に、行ってらっしゃい、と手を振りながら私は同輩の少年を送り出す。
 なんでも剣道部の朝練の手伝いを頼まれてしまったとかで。ここ一週間ほど、普段よりも一時間ほど早く、彼は屋敷を出ている。
 早く出るからといって、その仕事に手抜かりはなく、庭の木々の手入れやら夕食の仕込やら、登校するかも分からない主のお弁当まで、普段通りにきっちり仕事をこなしていく。
 それはそれで大変助かるのだけれども、しかし、なんだか面白くないといった風情で、私は彼の朝練参加を訝っていた。そう、面白くないのだ、端的に言うならば。

「お人好しも程々にしてほしいものですね」

 短い一言。ほとんど無意識的だった呟きに意識がいくらか遅れて追いついた。今のは一体なんだろう。自ら紡いだ言葉の真意を図りかね、はて、とこめかみに指を当てる。
 三十秒ばかり思考を捏ね繰り回して、しかしこれだという決定的な解は得られず、とは言えいつまでも思索に耽っている訳にもいかないので、私は屋敷へと踵を返すことにした。

 さて、寝ぼすけさんを起こしてしまいますか。



 むかむか、いらいら、もやもや。胸に灯る名前も知らない情念は収まらぬまま。










 しまった。

 そう気付いたのは昼の一時過ぎ。主に少し遅めの昼食を提供し、余り物で賄い飯でも作ってしまおうかと台所に戻ったときのことだった。
 食卓代わりのテーブルの隅っこの方にちょこんと寂しげに座っていたのは、黄色いナプキンに包まれた少し小さめのお弁当箱。
 今朝、ナギの専属執事が彼女のためにと用意したものだ。結局、今日も学校はお休みだったけれど、お昼に出せばいいだろうとそのままにしておいたのに
 今の今まですっかり忘れていた。どうしよう。今渡すか、夕食に回すか、捨てるなんていうのは言語道断、明日に回すのもやめておいた方がいいだろう。
 選択肢は色々と出てくるものの、どれもが異なる理由で不適当な気がして、処置を決めかねているうちに、

 ぐぅ〜っ、と。

 大変恥ずかしいことに、お腹が鳴ってしまいまして。

 今日はいつもより洗濯物が多くて、干すのに時間が掛かるだろうと見越して朝食はお茶漬け一杯で簡単に済まし。
 もうすぐ月末だから早めにやっつけてしまおうと事務の仕事に取り掛かり。不足の書類を取りに書斎に入れば棚のちょっとした埃が気になって。
 ついつい昼過ぎまで掃除に没頭してしまい、主から昼食を急かされたのが、つい三〇分ほど前のこと。
 堪え性のない主の催促を背に受けながら、簡易ではあるけれど手を抜くことなく食事を用意して、ようやく自分もごはんにありつける、と息を吐いた矢先の出来事がこれである。

 そう、お腹が減っていたのです。自らの責務に心血を注ぎ、満足とは言えない朝食を摂ってから気付けば七時間余りが経とうとしていたのですから無理もないことでしょう。
 そんな状態で、自分のためのものではないとは言えどすでに完成された食事が置いてあり、不意に鳴った腹の虫で自らの空腹を思い知らされ。
 午前の仕事で溜まった若干の疲労と、無意識下で膨張していた空腹感。そして小匙一杯程度の悪戯心に流されてしまった私を、一体誰が責めることができましょうか。





 思ったよりも量が少なくて、結局自分で作って食べたのは、ここだけのお話。










 言わなきゃバレないだろう。そう高を括っていた時期が、ええ、私にもありましたとも。しかして、そのような打算は得てして容易く打ち破られるもので。

 帰宅早々、件のお弁当の製作者がナギに向かって「お弁当の方はいかがでしたか?」なんて訊ねるのを耳にして、私は心臓の飛び出る思いだった。
 当然、心当たりのあるはずもないちっちゃなお嬢様は「お弁当?」と小首を傾げて、

「何のことか分かるか?」

 数秒ほど考え込んでから、こちらへと話題を振る。思わずビクンと肩が跳ねる。
 なんと答えればいいのやら「えっと、そうですねぇ」なんて言い淀んでいると、

「まさかマリアさんが自分で食べちゃうはずがないし」
「そりゃそうだ、いくらマリアが食いしん坊だからって、人のお弁当勝手に食べるなんてしないだろ。第一、お昼は普通に自分でごはん作ってたし」
「そうですよね、いくらマリアさんが食いしん坊でも、自分で作ったごはんとお弁当の両方なんて食べきれないでしょうしね」
「だよなー」
「ですねー」

 まるで打ち合わせでもしていたかのような二人の会話に、私は逃げ道を塞がれる。なんですかコレ。なんなんですかコレ。知ってるんですか?二人とも知ってるんですか?
 私がお腹減らしてついついナギのお弁当に手を伸ばしてしまったことを知った上で話しているんですか?もう知っているからさっさと謝れと。自首した方が罪は軽いぞと。
 まったく、なんて空々しい。

「でもそれなら、お弁当はどこへ行っちゃったんでしょうね」
「不思議だなー」
「不思議ですねー」
「もしかしたら、タマかもなー」
「有り得ますねー」

 この天然どもが。
 どうやら微塵の悪意も一撮みの皮肉も抱かずに私を窮地へ追いやっているらしい二人。その邪気のない様子に、とうとう居た堪れなくなって。

「今夜は出前でも取ってください!」

 捨て台詞を置き、塞がれたはずの逃げ道を物理的手段を以ってこじ開ける私なのだった。





 出前も何も、夕食の仕込みは済んでいるんだったな、なんて苦し紛れの言葉を振り返ることができる程度には、落ち着きを取り戻した時分。
 考え無しに逃げ出した結果、寝室を過ぎて更に奥へと進んだ先の、普段は用のない大部屋の一つへと辿り着いた。
 こざっぱり、と形容するには行き過ぎたほど片付いている部屋の様子を見渡して、はて、ここは何のための部屋だったか、なんて考えているうちに、 片付いているのではなく、只単に物がないだけだと気が付いた。
 どうやらまだ頭が冷え切ってないようだと自覚すると同時に、ゆっくり腰を落ち着けることもできないような場所へやってきてしまったという事実にげんなりする。
 とはいえ今来たばかりの道を引き返すのもなんとなく格好が付かなくて、せっかく来たのだからと少しばかり肩を落としながらも、先ほどまでとは打って変わって、ゆったりとした歩調で部屋の中ほどまで足を踏み入れる。
 部屋の中を一通り見渡してみて、窓の様子からここがバルコニーのある一室であることを思い出した。丁度いい、しばらく風に当たっていこう。
 そう思い立って窓際へと足を進めて窓を開け放つと、圧力差でも生じたのか一瞬だけびゅうっ、と風が吹き込んできて、それに目を細めながらも手摺の方まで歩みを進めれば、広大なお屋敷に似つかわしい豪奢な中庭が目に入る。
 見慣れているせいか特に面白みはないけれども、西日の差すそれはなかなかに乙な雰囲気を醸し出していて、緩やかに流れる風は走り回ったせいで火照った身体にはひんやりと心地良い。
 しばらくはここでやり過ごそう。適当に時間が経てば、誰かが探しに来るだろう。










「風邪をひいてしまいますよ」

 優しい声とともに肩を揺すられ、重い瞼をゆっくり持ち上げる。どうやら少し眠ってしまっていたらしい。
 目元を擦り、腕を伸ばして身体をほぐす。手摺に靠れていたとはいえ立ったまま居眠りとは、自分はそんなに器用な人間だったろうか。
 パキパキと背骨の鳴る音を聞きながらそんな詮無いことを考えて、それから陽がすっかり沈んでしまったらしいことに気が付いた。
 まずい、夕食の仕度をしなくては。と、焦ったのもつかの間で。私の懸念を知ってか知らずか、隣に佇む少年は一言、言い聞かせるように口にした。

「ごはんの準備はもうできてますから」

 安堵とともに大きく息を吐く。それから少し遅れて、胸に灯るは罪悪感。勝手にお弁当を頂戴したばかりか、夕食まで任せ切りにしてしまうことになるとは。
 予め仕込みを済ましておいたとはいえ、一人でやっつけてしまうのはそれなりに手間だったろう。その間自分は呑気に眠りこけているだなんて、盗人猛々しいにもほどがあるというものだ。

「ありがとうございます」

 それから、すみませんでした、と。非礼を詫びるべく、言葉を継ごうとする――のだけれど、それよりも早く、

「すみませんでした」

 何故だか、謝られた。それも結構な勢いで頭を下げられつつ。
 余りに唐突で、余りに予想外な、まさに不意打ちという他ない彼の言動に思わず呆けてしまう。一体何を謝っているんだろうか、この執事君は。
 訝りつつも「どうしたんですか?」と訊ねても返ってくる答えは「僕の配慮が足りないばっかりに」とどうにも要領を得ない。
 何がなんだかまるで分からないのだけれど、しかしその真剣な面持ちに気圧され、謝罪すべき立場にいるのは自分であるということすら忘れてしまう。
 どう返したものか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら彼の真意を推し量ろうと思考を重ねるも、謝罪されるような案件は皆目見当がつかない。
 そうしている間にも彼は彼で、何やら捲し立てていたようだったのだけれど、私は私で頭の中を整理していたものだから、話の内容は半分どころか、三割程も頭の中に入ってこなかった。
 程なくして彼の熱弁は終わりを迎えたらしく、一瞬の静寂が訪れて、それに気付いた私は思考を打ち切って彼の顔へ目を遣った。硬く拳を握り、強い決意の光をその眼に宿らせて、

「明日からは、マリアさんの分のお弁当もちゃんと用意しますから!」

 なんてのたまう彼の頬を、気付けば私は両手を使って抓っていた。
 ぷちっ。なんて音が聞こえたのはきっと気のせいに違いない。





「まったく!ハヤテ君はホントにまったく!」

 ぷんすか、といった風にぶう垂れて背を向ける。一体全体、何をどう間違えばそんな結論に辿り着くというのか。
 別にお弁当が羨ましくて手を出した訳ではないし、お昼の準備くらい自分でできる。「そんなに食いしん坊じゃありまんよーだ」と拗ねた様子で主張して、横目でちらりと天然執事さんの方を見遣る。
 なんだかしょんぼりした様子で「また怒らせてしまった」と溜息混じりに溢している。

 そんなに落ち込まれたら、まるで私が悪者みたいじゃないですか。っていうか“また”も何も、私はそんなに怒りんぼじゃありません。
 なんて思いつつも、あんなにも分かりやすく凹まれてしまうと、あまり悪態を吐くのも憚られる。まったく、ずるいんですから。

 どうして思考がこうも明後日の方向を目指すのか。必死過ぎて行先を見失っているのか、地図も磁針も持たずに飛び出した結果なのかは分からないけれど。
 道に迷っても一所懸命に相手の気持ちを汲もうとするあたり、彼の優しさが窺い知れる。尤も、相手の気持ちを“汲めている”かどうかはまた別の話で、それが上手くいったりいかなかったりで、どちらかといえば上手くいかないことの方が多いから、ああして落ち込んでしまうのだろう。

 まったくホントに仕方がないなぁ、と。しょぼくれた背中に「いいですか」と声を掛ける。
 まぁ、そもそもの発端として、私がお弁当の存在を忘れていたことが原因ではあるのだし。お弁当も美味しかったし。

 今回ばかりは、その方向音痴な善意に免じて、間抜けな気遣いを有り難く頂戴することにしよう。

「ウィンナーは、タコさんにしてくださいね」

 私の言葉を聴くなり、彼はパァッとその顔を華やがせて、しかし生意気にも「意外と子供っぽいんですね」なんて悪戯っぽく笑って見せるものだから、
 「そんなこと言う子にはお仕置きです」と目を瞑らせて、さてどうしてやったものかと腕を組んで考える。





 そうだ。

 数秒も経たないうちにはたと思い当たって、彼のすぐ目の前まで歩み寄ると、くいっ、と爪先を少しだけ伸ばして肩に手を置く。

「いつも恥ずかしい思いをさせてくれる、お返しです」

 耳元でそう囁いて。

 唇をそっと押し付けた。










 たっぷり十秒、唇を重ね合わせてから顔を離すと「えと、あの」と動揺しつつも何か言おうとしている執事君がそこにいたので、びしっとデコピンを見舞って黙らせる。

「さ、夕ごはんにしましょうか。明日も朝練なんですから、しっかり食べないと身がもちませんよ」

 振り向き様にそんな軽口を叩いて歩き出す。心持、足取りが軽いような気がした。

 そうだ、明日の朝ごはんにはちょっぴり豪華なものを作ろうか。






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Re: 名も無き慕情(第二話更新) ( No.2 )
日時: 2015/02/01 22:10
名前: 明日の明後日

こんばんわ、明日の明後日です。
やっとのことで三話目です。この話だけに多分三ヶ月くらい苦戦してました(苦笑
なんでこんなに書けないのか、と考えたときに「実はこの話必要ないんじゃね」とか思ったこともありますが多分そんなことないです。多分。
起承転結の承にあたる部分です。後日修正が入るかもしれませんが、書き上がるだけ書き上がったのでとりあえず投下。


――――――――――――――――――――――――――――――――





 とある土曜日のことだった。気分転換と称して街に繰り出した私は慣れない路地をこれといった宛ても無く一人で練り歩いていた。
 一度通った気がするようなしないような、といった風に似たような景色の中を彼是二時間ほども彷徨っているのだから、いい加減うんざりしてきたところである。
 さて、ダラダラと迂遠な表現で現状をぼかして伝えることにも然程意味は無いので率直に言ってしまいますと。まぁ、なんというか。道に迷ったというか、道を見失ったというか。
 そんな感じです。自分の過ちを素直に受け入れるのも、大人の度量というものです。私はお姉さんなのでこのくらいは当然のことなのです。えっへん。
 心の中で誰にとも無く胸を張る。そうしたところで、迷子だというこの状況を打破できるはずもなく。虚しさに肩が落ちる。背中も丸まって、足取りは自然と重くなる。とぼとぼ。

 痛み出した足を更に酷使すること二十分弱、漸く店と思しき建物を発見した。足が気持ちだけ軽くなる。そこに向かって歩みを進めるに連れて、建物の全容が段々と明らかになって、
 とうとう目前まで辿り着くと、小洒落た佇まいと手書きの看板の中身からどうやらその建物が喫茶店らしいということが分かった。やっと休憩できる。その事実に、どっと肩の力が抜けた。

「あー、疲れた」

 そんな、週末の午後の一コマ。





 疲労感と、安堵と、それからある種の感動を胸に宿しながら、シックな木の扉を押し開けばカランカランと金属音が鳴り響く。扉に設えられたベルの音だ。
 次いで「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」と、朗らかな声が歓迎の句を紡ぐ。初めての店ということもあって、少し気負いつつも私は窓際のテーブル席へと腰を下ろした。
 不躾と思いながらもキョロキョロと店内の様相を見回してみれば、土曜の午後だというのに客の入りはまばらである。外観は小洒落た感じだったしお店の中も清潔にしているので、
 意外と言えば意外だった。店主――カウンターの向こうでコーヒーを啜りながら新聞を流し読みしている男性がそうなのだろう――を見れば、頭を真っ白にしたおじいちゃん。
 のんびり和やかな雰囲気を纏い、正に好々爺といった風体である。お店の雰囲気にもそれが滲み出てるようで、お客さんが少ない割に経営難という様子は見て取れない。
 もしかしたら、このお店は老後の趣味のようなもので、利益やら売り上げやらは度外視しているのかもしれない。駅周辺や商店街といった人通りの多い場所からは随分離れているし、
 傍に大きな商業施設も見られない、こんな辺鄙とも言えるような場所にお店を構えているのだから、相当宣伝に力を入れなければお客さんなんて滅多に来ないだろう。
 そう考えれば、この客入りの少なさにも得心というものである。

 半ば、というか八割方失礼と言って差し支えないであろうことに思索を巡らしていると、店員さんがお絞りとお品書きを携えてやって来た。一言、礼を添えてそれらを受け取る。
 去り際に「ごゆっくりどうぞ」と言う店員さんの声に二割程耳を傾けながら、お絞りを広げて手を拭う。晩秋の少し乾いた空気に長時間晒されたお陰か、両手はすっかり冷えていて、
 ほかほかと湯気を上らせるお絞りは少しばかり熱かった。ぴりぴりとした、指先に血の巡る感覚が心地よかった。
 お品書きに目を通して、意外と凝った物を出しているんだな、なんてことを思いながらも定番の紅茶とケーキのセットを注文。そうしたところで、漸く私は人心地付いた気持ちになる。

「なかなか疲れるものですね、気分転換というのも」

 ふぅ、と一息吐いた後、続け様に零れたのはこんな一言。全く、慣れないことはするものじゃない。

 年中無休、二十四時間フル稼働、コンビニ顔負けのスーパーメイドたるこの私とはいえ、年がら年中お屋敷の中に篭っていては気が滅入ってくるというもので、
 時には仕事を忘れてリフレッシュする時間が必要なのだ。このところ気に食わない事態が続いていたのだし、尚更である。そんな訳で以って屋敷を出た私ではあったのだが、
 これといってすることもしたいこともないということに三十分程足を動かしてから気が付いた。無目的に外に出るなんて事は滅多なことではしないせいか、考えたところで目処は付かず。
 かといってすごすごと屋敷へ引き返すのも癪に思えて、いっそのこと気になる場所が見つかるまでぶらぶらと徘徊してやろう、なんていうネジの外れた結論に行き着いた。
 それだけならばまだよかったのだけれど、只歩くだけというのもつまらない、などという冒険心がひょっこり顔を見せ、それにそっくりそそのかされた。

 どうせ行く当てなどないのだし、普段はあまり立ち入らない道を歩いてみよう。

 なんとも埒外な思い付きである。少なくとも、現在位置を確認する術を持たない人間の考え付くことではないだろう。
 ちなみに、このとき私は自身のケータイのバッテリーが著しく劣化していることをさっぱり忘れていた。
 そんな状況で一本外れた路地に足を踏み入れてみた結果、先に語った通り、見事に道を見失って三時間近くに渡って見慣れない街路を彷徨う羽目になったのだった。
 漸く見つけたお店が喫茶店であったことは僥倖と言えるだろう。立ち食いのお蕎麦屋さんとかだったら失望の余り泣いていたかもしれない。

 …無計画?行き当たりばったり?うるさいですね、ジャンクにしますよ。

 漂うコーヒーの香りに鼻を擽られたり、剣道部の練習はもうとっくに終わってるだろうなとか考えてみたり、フロアとキッチンを忙しく行き来する店員さんを目で追ったり、
 相変わらず新聞を片手にコーヒーを啜る店主の様子を観察したり、あの人はもうお屋敷に戻っているのかなとか思ってみたり、カウンター席に座っていたお客さんがお会計に手間取っている様子を横目で見たり、
 帰り道はどうしようまた道に迷わないかしらと店を出た後のことを懸念してみたり、夕飯の支度はお任せすることになっちゃうなごめんなさいねと心の中で謝ってみたり、
 こんな調子じゃ剣道部への参加に文句を言える立場じゃないなとか自虐してみたり、いや直接的に文句を言ったことはそういえばなかったなと思い直したり、
 しかし一時的とはいえそっちに傾倒しすぎていやしないかと勘繰ってみたり、剣道部には学院中のアイドルが在籍してるのだから気持ちは分からないではないけれどとか同調してみたり、
 「引き受けたからには」と責任感を持って物事に臨む姿勢も決して嫌いではないというかむしろ好ましいくらいなのだけれどとか庇ってみたり、でも頼まれ事を片っ端から
 引き受けて全部に全力で取り組んでいたらその内倒れてしまうんじゃないかと心配してみたり。
 大体ヒナギクさんもハヤテくんのそういう性格は分かっているはずなんだからちょっとは配慮するべきなのではとか、いやでもきっとその配慮をハヤテくん自身が押し退けたに違いないとか、
 そうですかそうですかそんなにまでしてヒナギクさんと一緒にいたいんですかカッコイイところ見せたいんですかチューまでしてあげたのにその後何もリアクションがないのはそういうことですか、
 それともあれですかリアクションがないのはやっぱりハヤテくんがヘタレなだけでこのまま有耶無耶な感じでなかったことにしようとか思ってるんですかそんなに私のチューは嫌でしたかヒナギクさんのチューの方がよかったですか、
 やっぱり私なんかよりヒナギクさんの方が

「マリアさん?」

 不意に名前を呼ばれて、暴走気味の思考は強制的にシャットダウン。聞き覚えのある凛々しい声音は、他でもない、つい今し方まで私の思考を支配していた人物のものだった。
 声のした方に視線を移せば、彼女はその目鼻立ちのくっきりした端正な顔立ちに、驚きとも安堵ともとれる色を移していた。

「珍しいですね、こんなところで会うなんて」

 「ホントですね」と返しながら、殆んど反射的に相席を勧める。先程までの頭の中のことを思うと少々ばつが悪いけれど、当の彼女はそんなことを知る由もないのだから、特段気にすることでもないだろう。
 私の誘いに快く応じてくれた彼女は「ではお言葉に甘えて」と前置きしてからテーブルの向かい側の席に腰を下ろした。羽織っていた白いダッフル生地の上着を脱ぎながら彼女は話す。
 曰く、このお店に立ち寄るのは初めてで少々気後れしていたのだけれど中で私という知り合いを見つけて安心して気が抜けたのだそうだ。なるほど、先程の顔色はそういう事情があってのことか。
 小心者ともとれる一面を見て、少々意外に思ったけれど、そういえば彼女は高いところが大の苦手だったということを思い出して、あながち的外れでもないのかも、と思い直した。

「マリアさんはここ、よく来るんですか?」
「いえ、実は私も初めてなんですよ」

 彼女の問いに、素直に答える。それが切欠で、ここに辿り着くまでの経緯を詳細に語ることになってしまったのだけれど、こと道に迷ったという点ではどうやら彼女も同じだったらしい。
 一安心、というと語弊があるけれどともかく恥ずかしさ五割減である。ついでに好奇心も五割り増し。白皇の生徒会長ともあろう傑物が道に迷うだなんて、もしかするとのっぴきならない事情があったのではなかろうか。
 仔細を問うてみれば返ってきたのは「ちょっと考え事をしていて」という当たり障りのない返答。立ち入った話ならば深く追及しない方がいいのだろうけれど、しかし向かいの彼女はと言えば頬をちょっぴり赤く染めていて、そわそわと落ち着かない様子である。
 それが話を聴いて欲しいが自分から切り出すのは恥ずかしい、という可愛らしい心情から生ずる態度であることを数秒経ってから察して、結局私は詳細を追及することにした。

「何か変わったことでもあったんですか?」
「何かあったというか、何かしでかしたというか」

 しかし返ってくる言葉はいまひとつ要領を得ない。普段ははっきりばっさりとした物言いをする彼女がここまで口籠るとは。これはさては、あれですね。
 向かいで恥ずかしそうに俯く彼女の様子から、凡その当たりを付けた私は、努めて軽い感じでカマを掛けてみる。

「もしかして、誰かに告白されちゃったりなんかしたりしちゃったりして〜、みたいな話ですか?」

 彼女の肩が、ビクン、と跳ねる。顔がみるみる赤くなる。これはどうやら、当たりらしい。この人の恋愛下手っぷりは、ナギやそのご学友方から聞き及んでいる。
 他人、更に言うなら異性からその手の好意を直接的に向けられるのが初めてで、どうすればいいか分からなくなってしまっているのだろう。
 ここは生徒会の先輩として、みんなの頼れるお姉さんとして、何か助言を送った方がいいのだろう、きっとそうに違いない。しかし悲しいかな、かく言う私もこと恋愛については丸っきりご縁がない。
 …灰色の青春?うるさいですね、スクラップにしますよ。

「さすが、やっぱりヒナギクさんはモテるんですね。お相手はクラスの方ですか、あ、それとも剣道部の?」
「いや、そうじゃなくて、あの」

 私の言葉に、彼女は俯かせていた顔を上げ、何やら必死な様子で弁明する。どうやら私の推測は的を外れていたらしい。

「いや、違うっていうか、その、違うんですけど、あんまり違わないというか」
「じゃぁ、もしかして、ヒナギクさんの方から告白したとか」

 ぴたっ。そんな音が聞こえた気がした。それで殆んど確信した。
 五秒間くらい、二人の間の時間が凍結して、その間に店員さんが紅茶とケーキを持ってきた。
 程なくして、テーブルの向こうの少女が口を開いた。頬は相変わらず紅潮していて、視線はやっぱり恥ずかしげに伏せていた。
 そのくせ、声ばっかりが、やたらと強く、耳の中に響いていた。

「私が告白したんです…その、ハヤテくんに」





 ホットで頼んだはずのミルクティーはなぜだか随分と冷めていた。
 






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Re: 名も無き慕情(第三話更新) ( No.3 )
日時: 2015/03/31 20:02
名前: 明日の明後日

こんにちは、明日の明後日です。
明日から新年度ですね、一体何が起きてるのか分かりません。

一話完結を除けば二ヶ月ほどパッタリ筆が止まっていましたが、ムジュラもクリアしたし時間的にも割りと余裕ができたので執筆再開です(笑
いえ、ただサボっていた訳ではないのです、どうすればベターな出来栄えになるかと今後の構想と展開を練っていたんです(言い訳
一応、今後の流れも殆んど固まったっぽいので、これからは更新ペースを上げていきたいなとは思っています。上がるといいなぁ(遠い目
そんな感じで四話目を投下。

※4/2微修正


――――――――――――――――――――――――――――――――





 携帯電話の集音性能は知らない間に随分なハイペースで進歩していたらしく、顔が見えないどころか距離さえうんと離れているにも関わらず、その声音から話し相手の表情を読み取れるくらいにはシャープに音を拾って、クリアに再生してくれるらしい。
 些細なことではあるけれども、これも日本の科学技術が日進月歩している証拠であって、このペースだと後100年くらい経てば黄色いネコ型家庭用お手伝いロボットや、竹トンボみたいな形の反重力装置、ピンク色のドア型ワープマシンとかもきっと開発実用化されていて量産体制に入っているに違いない。
 未来の新技術に思いを馳せつつ、しかし携帯電話もこれ以上の小型化なんて可能なんだろうかなんてことを考えながら、私は学校違いの友人と電話で話していた。ひょんなことから知り合った彼女との付き合いはまだ一年にも満たないけれど、私との関係はもはや親友――戦友と言った方が適切だろうか――と呼べるほどのものである。

『それにしても、ヒナさんのヘタレっぷりがここまでだなんて思わなかったんじゃないかな』

 顔は見えないけれどもその口ぶりから察するに、きっとこの上ない呆れ顔を浮かべているであろうことが窺い知れる。すごいぞシャ○プ、すごいぞドコ○。

「そんなこと言ったって。だって、その、ほら、仕方ないのよ」
『仕方ない、ねぇ』

 含みのある口調に、言葉が詰まる。彼女の言わんとするところは分かる、「逃げてばっかりいないでちゃんと向き合え、

『なかったことになんて、ならないんだからさ』

 私の思考に被せるようにして話す彼女の言葉は、過剰なほどに正論で無情なまでの真理だ。

「うん、分かってる。明日こそはちゃんと、逃げないで話をするから」

 貰った勇気を決意に変えて、言葉に乗せる。

『ぶーっ、それは一昨日も聞きましたー』

 茶化された。

「こ、今度は絶対!明日こそは絶対逃げないんだから!!」
『はいはい、頑張ってね。でも、あんまり悠長に構えてると私も戦線復帰しちゃうんじゃないかな』
「えっ」
『ではよい報告を待っております。おやすみー』
「こら!待ちなさい歩っ…切られた」

 なんだか非常に気になる一言を残し、友人は一方的に電話を切った。胸の中には困惑と焦燥感とが綯交ぜになったもやもやが残って、先の決意を曇らせる。
 いけない、こんなことではまた呆れられてしまう。心中の蟠りが成長しないうちに、さっさと寝て忘れてしまおう。





 戦線復帰なる歩の言が、おそらく私を焚き付けるためのブラフであったのだろうという考えに行き着いたのは翌朝の通学路でのことだった。
 特に切欠があってそれに思い当たったわけではないけれど、それまで胸の中で渦巻いていたもやもやがスッと消えてなくなって、足取りも軽くなる。
 友達にそこまでさせた以上――そうまでしないと動きを見せないと思われてそうなのが癪ではあるが、そう思われるような心当たりは正直両手に余るので、心遣いとして好意的に受け取っておくことにした――今日こそは逃げずにハヤテくんとしっかり話をしなければならない。
 今は円滑に会話を開始するためのイメージトレーニングの真っ最中。半月ほど前に私がハヤテくんに告白してからというもの、会話どころか顔を見ることも碌にできていないけれど、伊達に二週間以上も逃げ回っていたわけではなく、敗因はキチンと分析している。例えば、告白した次の日の朝なんかは

「おはようございます、ヒナギ」
「お、おおおはようハヤテくん、ごめん私、することあるから先に行くね!」

 って言う感じだった。その週の休みの日の部活では

「お疲れ様でした、ヒナギクさん。よければ一緒に帰」
「ご、ごごご、ごめんっ、私残ってもう少し練習していくから!」
「でしたら僕も一緒に」
「いいってほら、あの、その、なんていうか一人で集中したいっていうか!だから先に帰ってて!」

 他にも例を挙げれば切りがないけれど、この半月と少しの間、こんな感じで会話を一方的に打ち切ってきたのだ。そしてその原因はずばり「先に話しかけられてテンパッてしまっていた」からである。
 生徒会長たるこの私とはいえ、四六時中緊張感を張り巡らせて生きているわけではない。むしろ日常的には気を緩めていることの方が多いかもしれない。そんなときに意中の――しかも告白なんていう大それたことをしてしまった――相手から不意に声を掛けられれば、頭に血が上って落ち着きを失ってしまうのも無理ないと言えよう。
 すなわち「先に声を掛けること」。これが私の考案した必勝戦術。緊張感を保った状態でこちらから声を掛ければ、会話の主導権を握ることができるはず。主導権さえ握っていればこちらのペースで話を進めることができるし、そうすれば落ち着きを失わずに済むはずだ。
 但し、この戦術には肝要といえる二つのポイントがあって、一つ目は大前提として相手よりも早く向こうの存在を察知すること。捕捉の遅れは甚大な被害を招く。ステルス機の重宝される所以である。
 これを達成するための策はもう施してあって、今日は家を出る時間をいつもより二十分ほど遅らせた。私が彼と距離を置こうとしているような素振りを見せているにも関わらず、ハヤテくんは律儀にも朝練への参加を続けてくれている。
 つまり、いる場所が予め分かっているのなら後から来た方が先に相手を見つけやすいはずだから、そこに着く時間をハヤテくんよりも遅らせればいい、ということだ。ハヤテくんは大抵私よりも十分ほど遅れて剣道場にやってくるから、剣道場に着く時間を誤差も含めて二十分遅らせるようにしたのだ。
 さて、二つ目のポイントは話す内容を決めておくこと。せっかく先に相手を見つけたとしても、言葉に詰まってしまってはそのアドバンテージが無に帰してしまう。もちろん、朝なのだから「おはよう」と普通に挨拶を交わせばいいのだけれど、それだけでは会話の主導権を握ることができない。
 その次に、どのような話題でどのように話を進めるかをきちんと考えておく必要がある。相手は話し上手のハヤテくんなのだから尚更だ。
 そういう訳で、私はああでもないこうでもないとうんうん唸りながら、いつもよりも少しだけ日の高い通学路を歩く。





 結論から言うと、私の地味で地道な努力が身を結ぶことはなかった。すなわち、ハヤテくんと話をすることはできなかった。というのも、朝のホームルームが始まるまで彼はとうとう姿を現さなかったのだ。
 朝練に来なかったときには身勝手な振る舞いにいよいよ愛想を尽かされたかとビクビクしていたが、教室にもその姿がないところを見ると少々心配になってくる。
 彼の主であるところのナギの姿が見えないのはいつものことだけれど、二人揃って欠席というのも珍しい。ひょっとするとまた何かトラブルに巻き込まれているのだろうか。
 具体のない懸念にやきもきしているうちに、クラス担任のお姉ちゃんが定刻に五分ほど遅れてやって来た。今日は二日酔いではないようで、普段よりも三割ほど表情が締まっているように見える。
 とは言ってもしっかり遅刻しているあたりがお姉ちゃんらしい。いや、褒められたことではないけれど。というか二日酔いじゃないというだけで評価が改められるという事実がそもそも問題ではなかろうか。
 私が生活態度の改善について説教をするべきか否かについて思案している間に、お姉ちゃんは出欠の点呼を始めていたようで気だるげに間延びした声で以って出席簿に丸を付けていく。

「ナギちゃんはー。今日もお休み、と」

 クラス全員の点呼を終えて、お姉ちゃんは教室全体を見渡すように頭を動かす。三十一の机と椅子と、二十九の顔ぶれ。空いている二つの席にそれぞれ二、三秒ずつくらい視線を注いでから、お姉ちゃんは出席簿を置いて、教卓に両手をついた。。
 嫌だなー言いたくないなーでも言わなきゃダメだよなー誰か代わりに言ってくんないかなー、とでも言いたげな顔をして「えー、あー、そのー、」と言葉を濁す。
 やがて意を決したのか、あるいは腹を括ったのか。もしくは「何かあるならさっさと言えよ」というクラスの雰囲気を察知したのか。わざとらしく咳払いをしてから、毅然とした声音で話し始めた。

「みんなに一つ、お知らせがあります」

 いつもはおちゃらけているお姉ちゃんが真面目な顔と口調で話すものだから、教室内の空気も自然と張り詰める。私も思わず、背筋を伸ばした。自然と肩に力が入る。
 重たい緊張感を孕んだ沈黙が教室中を支配して、しかし十秒も経たない内にお姉ちゃんの声に王座を奪われた。その天下も長くは続かず、

「綾崎ハヤテくんが、学校を辞めることになりました」

 困惑と混乱とが質量を増しながらが空間を埋め尽くして、やがて破裂したようにざわめきが湧き上がった。




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Re: 名も無き慕情(第四話更新) ( No.4 )
日時: 2015/04/13 23:15
名前: 明日の明後日

こんばんは、明日の明後日です。

後二時間くらい早く投稿できるかと思ったけど全然そんなことはありませんでした(汗
そろそろ終わりが見えてきました(近いうちに終わるとは言ってない
そんなこんなで五話目を投下です。なんかやたらと長くなってしまった。

※4/14修正
※6/13微修正

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 十一月の最後の日曜日。剣道部の練習を終え帰路についていた僕は、人間関係などというそれなりにはありふれているであろう悩みに脳みその容量を割きながら、全身丸裸で尚も佇む街路樹の寒々しい有様とその足元に積もった枯葉を見てそういえばお屋敷の庭にも落ち葉が積もり始めていたなぁなんてことを思い出していた。
 お屋敷の門前まで辿り着いて、そこから玄関扉まで向かう道すがら、庭の様子を検めてみると落ち葉が随分たくさん積もっていて、午後はこいつらの掃除でもしようかな、と画策する。前の庭だけでも相当な量だからお屋敷の周り全部をやっつけるとなったら大分骨が折れそうだ。
 そうしているうちにやがて玄関扉は目の前まで迫っていて、正門からここまでの無駄に長い道のりに改めて呆れながらノブに手を掛けようとした丁度そのとき、ポケットの中のケータイ電話がぶるぶると声は上げずに鳴き出した。
 どうやら電子メールを受信したらしい。中身を確認して、それが己が主からの呼び出しの通達であったことを知ると、僕は改めて玄関扉を押し開いてそのまま遊戯室へと向かった。

 豪奢な扉に拳を打ち付けること三回、それから「失礼します」と断りを入れてから部屋の中へと踏み入る。そこには僕の雇い主であるナギお嬢様の小さな背中。その更に向こうでは、大きな液晶画面の中でグロテスクなモンスターが血飛沫を撒き散らしながら吼えている。
 お嬢様はこちらに一瞥もくれぬまま「なんだ、早かったな」とだけ返事をして、一呼吸置いてから事も無げにこう言った。

「お前、今からマリアとデートして来い」

 それはきっと唐突な思いつきでもあったんだろうし、計画的な策略でもあったんだろう。お嬢様のこの発言が、今後の僕の人生を左右する主因となることをこのときの僕はまだ知らない。
 ひょっとしたらお嬢様がこんなことを言い出さなかったとしても結果は変わらなかったのかもしれないけれど、ともかくとして、十一月の最後の日曜日の午後の予定は他ならぬご主人様の命により、落ち葉掃除からマリアさんとのデートに摩り替わったのだった。





 そんな訳で以って、休日の午後という街の最も賑わう時間帯に僕とマリアさんはなるべく人混みを避けるようにして私服姿で二人並んで歩いていた。服装に関してはこれまたお嬢様の命である。曰く「休みの日のデートに仕事着で行く奴があるか!」とのことで。

「まったく、ナギの気まぐれにも困ったものですね」

 呆れ気味に呟くマリアさん。フリルのカチューシャを着けていないその横顔も、エプロンドレスではない服を纏うその全容もひどく珍しくて、ついつい目を向けてしまう。
 ボーダー柄のニットセーターにショートパンツと編み上げのロングブーツ。派手さのない秋っぽいコーディネイトだけれどマリアさん自身が飛び切りの美人であるせいか、けばけばしさのないしっとりとした華やかさが確かに見て取れる。

「どうしたんですか、ハヤテくん。そんなにじろじろ見て」

 いけない、そっと横目で盗み見るくらいの気持ちだったのに、本人にもはっきり分かるくらいに視線を注いでしまっていたらしい。マリアさんはきょとんとした眼差しを僕に向けながら頭を傾けていて、その様子はなんだかあどけない。
 マリアさんは落ち着いた振る舞いと大人びた雰囲気の所為で実年齢よりも年上に間違われがちだけれど、時折見せる子どもっぽさには年齢相応、ともするとそれよりもずっと幼い印象を感じさせるときさえあって、そんなとき僕は彼女と自分とでは一つしか歳が違わないんだということを実感する。

「今変なこと考えていませんでした?」

 視線からか、はたまた表情からか。マリアさんはどうやってか、僕が頭の中で何やらよくないことを考えているようだと察知したらしく、目付きを急にジトッとしたものに変えて詰め寄ってきた。
 彼女の言うところの“変なこと”が年齢に関するものなのかどうかは定かではないけれど、正直に答えたらきっと怒られるんだろうなと僕の危機管理センサーが警鐘を鳴らすものだから、どうにか誤魔化せないかと思案を巡らせてみた結果、

「いえ、変なことっていうか、マリアさんの私服姿ってあまり見たことなかったから新鮮だなと思って」

 それは心からの本音だったし、お屋敷を出たときからずっと感じていたことでもあった。だからこそ、とっさに口を衝いて出たんだろうし、ただの出任せのようにもならなかったんだろうと思う。
 マリアさんは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になって、しかしそれは数秒も経たない内にはにかむような笑みへと変わっていった。

「それは、お互い様ですよ」

 軽い調子で言うマリアさんに僕も笑いながら同調して、

「でもハヤテくんのその服、よく似合ってますよ」

 馴染みのない言葉に、身体がむず痒くなる。どうにも照れ臭い。それを面に出すまいと、それから女性の服装にこれといった感想も示さないのは失礼だという考えもあって、いい褒め言葉はないかと考えを巡らせるのだけれど、それを思いつくより先にマリアさんが

「冴えない男の子って感じがして」

 なんて上機嫌に付け加えるものだから、僕は情けない声音で情けない応答をすることしかできない。

「それはないですよぉ、マリアさーん」

 大袈裟に肩を落として俯く僕を他所に、彼女はやっぱり上機嫌で、鼻唄なんて交えながら軽い足取りで先を行く。
 ここまでご機嫌なのもなかなか珍しい。その様子に呆気にとられていると、彼女は数メートル先でくるっとターンして、

「ほらほら、そんなにのんびり歩いてると置いていっちゃいますわよ」
「はいはい、今行きますよ」

 その素振りがなんだかひどく子どもっぽく見えて、僕は少しだけ顔を緩めてから足取りを速めて彼女の隣に並ぶのだった。





 平日だろうが休日だろうが祝日だろうが、THE・HIKIKOMORIのお嬢様は基本的に自室から出てこないので、お屋敷の中にいても彼女と二人でいる時間はかなり多い。
 その所為か今まで気が付かなかったけれど、改めて思い直してみるとマリアさんと二人で外出をするなんてことは今までに数えるほどしかない。
 遅めの昼食を摂りながら、そのことをマリアさんに話してみると「確かにそうですわね」との同調と、それから食品や日用品をはじめとした消耗品その他の調達は業者にほぼ一任しているから買出しに行く必要が殆んどないからではないかという意見を頂いて、なるほど確かにと得心した。
 お屋敷を離れアパートに生活していたときは例外として、僕があそこで働き始めてから買出しに行った回数なんて五指に余るほどでしかない。学校へ行っている間にマリアさんが済ませてくれているものとばかり思っていたのだがどうやらそうではなかったらしい。密かに引け目を感じていた分だけ損した気分である。

「でもそれだと、マリアさんもお嬢様に負けず劣らず引篭もってるってことになっちゃいますね」
「そんなことありませんわ。私はナギと違ってちゃんと部屋から出てますし、外でお庭のお手入れとかもしてますし」
「それってあんまり変わらないような」
「変わります、全然違いますわ」
「でもお屋敷の、っていうか敷地の外に出てないことには変わりないですし」

 そこまで言ったところで、返す言葉が見つからないのかマリアさんは尻切れ蜻蛉に「それはそうですけど」と言って、顔をしゅんとしょげさせる。
 しまったと思った。
 軽い調子で茶化してみたもののどうやら思った以上に落ち込ませてしまったらしい。慣れない行為は慣れない結果を生むということか。誰かを怒らせることは日常茶飯事なのだけれど、落ち込ませるなんてことは殆んど経験がない。
 はてさて、一体どうやってフォローすればいいだろう。次の言葉をあれこれと探してはみるものの、なかなか適当なものが見つからない。

「もういいですわ」

 そうこうしている内に、マリアさんは顔を上げる。何やら決意めいた声音。

「そこまで言うなら、業者からの取り寄せはやめることにします」
「あ、いえ、そんなつもりで言った訳じゃ」
「いーえ、ハヤテくんの意見なんて聞きません。もう決めちゃいましたから」

 僕の情けない応答を、マリアさんはつんとした態度で突っ撥ねる。

「これからは必要なものは全部買出しです、ハヤテくんは毎回荷物持ちです」
「荷物持ち、ってことはマリアさんも一緒に?」
「当然です。ハヤテくんは一日で百万円使い切っちゃうくらい浪費癖があるようなので、一人で買い物させたらお金がいくらあっても足りません」
「いやいや、あのときは色々とトラブルに巻き込まれてですね、」
「そんなのいつものことじゃないですか」
「ぐっ…でも、それだとマリアさんも変なことに巻き込まれるかもしれないですし、やっぱり買出しは僕が」

 一人で行きますよ。そう言おうとした僕に、マリアさんが「でも」と声を被せる。
 一呼吸置いて。優しい笑み。眼差しには確かな信頼。

「守って、くれるんでしょう?」


 ―――その顔は、ズルイでしょ…


「それとも、ハヤテくんが守ってくれるのはナギのことだけなんですか?私のことは、守ってくれないんですか?」

 でもそれはすぐに意地悪なものになって、下から覗き込むような角度でこちらを見上げてくる。分かりきった問いに僕は、

「そ、そんなことないですよ!マリアさんのことは、僕が守ります!」

 マリアさんは満足したように笑って姿勢を元に戻す。「それでよし」とでも言いたげな彼女の雰囲気は何秒ともたずに霧消して、それからなんだかそわそわしたものになる。
 マリアさんは視線を伏せながら――というか逸らしながら―――こう言った。

「面と向かってそんなこと言われると、なんだか照れちゃいますわね」

 いやいや、貴女が言わせたんでしょ。





 服を見に行ったり、近場の観光地に足を運んでみたり、路上販売のケバブを食べてみたり、映画館の上映案内を見てがっかりしたり、書店に立ち寄ってお嬢様が好きそうな本を一冊ずつ選ぶなんて遊びをしてみたり、
 マリアさんの強い希望でカラオケボックスに入ってみたり、他人のキャラソンを選曲するマリアさんにツッコミを入れたり、流行りのラブソングのサビの部分で目が合ってなんか気まずくなったり、
 どうしたらお嬢様が学校にきちんと通うようになるかについて揃って頭を悩ませてみたりしているうちに、日は随分と傾いていて、宵闇がじわじわと茜色の空を地平線の向こう側へと押し込める。
 もう十二月も間近なのだから、夕方の五時を回ればすっかり暗くなってしまって、秋の深まりを通り越して冬の到来を視覚的にも日々感じ取っていた僕なのだけれど、マリアさんと来たら「知らない間に随分と日が短くなってたんですね」なんて感慨深げに言うものだから「やっぱり引き篭りじゃないですか」とか返してみたくなったりもする。
 そんなことを言えば機嫌を損ねるだろうことは明白だから適当な相槌を打つだけに留めておくけど。
 そんな僕らは今、マリアさんの提案で以って小さな喫茶店で一服している。背凭れに身体を預けながらホットのコーヒーを飲み下せば、自然と安堵にも似た溜息が零れる。心地よい疲労感。
 マリアさんもそれは同じだったようで、背筋を丸めて肩を下げて完全に脱力モード。だらけているようにも見えるその様が、なんだかおばあちゃんみたく見え―

「ハヤテくん、何か失礼なことを考えていませんか?」
「いえいえ」

 この人、心でも読めるのではなかろうか。

「それより、マリアさんでもこんなお洒落なお店を知ってるんですね」
「ちょっと待ちなさい。でもってなんですか、でもって」
「あ、いや、深い意味はなくてですね、」
「なら一体どんな意味があるんですか」
「あ、いや、その、」

 追及を逃れるべく別な話題を振ってみたものの、それはそれで彼女の琴線に触れるところがあったらしくマリアさんはぐぐいっと詰め寄って、むーっとした視線を僕に注ぐ。なんだか今日はこんな感じの展開が多いなぁ。
 マリアさんは十秒ほどそうしていたのだけれど、やがて観念してくれたのか「ま、いいですわ」と小さく呟いてから背凭れに身体を戻した。
 ほっと心の中で胸を撫で下ろしながら、店内の様子を見渡してみる。出任せなところが大きかったとはいえ、お洒落な店と言った手前きちんと観察しなければという謎の使命感に駆られたのだ。
 外観も内装も、こじんまりという表現が意外なほどしっくりくるお店だけれど、外見もなかなかにお洒落な佇まいをしていたように思う。内装はどうかと言えば、床も壁もテーブルも窓ガラスまでも電球の灯をツヤツヤ反射するくらいに清潔で、どれだけ丁寧に掃除をしているかが分かる。
 正直言って、こんなにお客さんが少ない――僕らの他には二、三人がバラけて座っているだけである――のが不思議である。
 まだ人通りの減る時間でもないのにな、なんて胸の中でぼやきながらコーヒーに手を伸ばす。それに数瞬遅れて、マリアさんが口を開いた。

「前に一度、来たことがあるんですよ」

 さっきの話の続きだと理解するまでに二、三秒掛かった。「そうだったんですね」と短く返してからコーヒーに口を付ける。強い苦味と仄かな酸味、それから芳ばしい豊かな香りが口の中一杯に広がる。
 マリアさんは思い出したように、

「そういえば、ヒナギクさんと付き合ってるんですか?」
「ごふっ!?」

 吹き出した。あまりにも不意打ちすぎた。
 幸い、カップに口を付けていたお陰で向かいの席までは飛び散らなかったようだけれど、代わりに熱々のコーヒーが鼻の周りとフリースシャツの胸の辺りをバッチリ捉えて、容赦なく熱をぶつけてくる。
 「あらあら、大変」とどこかのんびりした声が向かいの席から飛んでくるのを聞きながら、差し伸べられたお絞りを受け取って顔とテーブルを拭いて、それから――殆んど悪あがきに近いけれど――シャツの濡れた部分をぽんぽん叩く。

「大丈夫ですか?」

 心配四割自責三割呆れ二割その他一割といった組成の声で言うマリアさんに「ええ、まあ」と返事をしつつ、これは間違いなく染みになるな、と隅っこの方で考える。
 適当なところで一段落付けて、座り直す。マリアさんはミルクティーの入ったカップを両手で持って、中身を啜る。二回、三回と繰り返してからカップを置いて、しかし手は離さないまま、先の問いをもう一度投げてくる。

「で、どうなんですか?ヒナギクさんに告白されたんでしょう?」

 さすがにもう吹き出したりはしないけれど、それでも動揺は隠せない。

「まぁ…というか、なんで知ってるんですか?」
「前にこのお店に来たときにヒナギクさんに会ったんですよ。そのときに彼女から」

 僕の疑問にマリアさんは事も無げに答た。なるほどそういうことかと納得しつつも、ヒナギクさんが他人にこの手の話をすることが少々意外に感じられた。

「それで、ハヤテくんはなんて答えたんですか」

 野次る風でもなく、マリアさんが答えを急かすので、僕は件の女子との近況を語ることにした。少々居心地が悪いけれど、逃れることもできなそうだし、半ばやけっぱちになっていた部分もある。

「そのですね――」

 先週、部活動を終えた後に帰り道の途中で告白されたこと、答えに窮しているうちに彼女が走り去ってしまったこと、それ以来話をしようとしても何かしら理由を付けてかわされてしまっていること。
 彼女のことが好きなのかどうかよく分からないこと、でも告白されたこと自体は嬉しかったこと、どうして自分なんかがと不思議に思うこと、そもそも借金持ちの身では女の子と付き合う資格はないと思っていること、それを彼女に話したことがあるということ。
 どう答えればいいか、まだ迷っていること。

 殆んど独白のようにのたまって、優柔不断な自分に反吐が出そうになる。今の自分に誰かと付き合う資格はないと考えているくせに、いざ直接的に好意を向けられてみればそれを突っ撥ねることができないでいる。自己矛盾にも程がある。
 臆病だの卑怯だの自らを罵る言葉はいくらでも出てくるというのに、性根を奮い立たせるまでには至らない。
 分かっているのだ。自分が、拒まれることが怖くて拒むことができない、臆病で卑怯な腰抜けだということを。
 そしてそれを許容して、あまつさえ正当化してしまっている自分がこの上なく腹立たしい。

「何をそんなに悩んでるのかよく分かりませんけど、」

 それまで静かに僕の語りに耳を傾けていたマリアさんは、特に前置きもなくそう言ってカップに手を伸ばす。一口呷って「ふぅ」と一息。それから極々軽い口調で、

「そんなに悩むくらいなら、私と付き合ってみますか」

 意を汲みかねて無意識に声が零れる。

「えっ、」
「さ、飲み終ったらもう出ましょう」

 マリアさんは事も無げに言って、カップの中身をぐいっと呷る。何がなんだか訳が分からなくなって、とりあえず僕も飲み干してしまおうと残ったコーヒーを一気に呷ろうとしたのだけれど、思ったよりも量の多かったそれはカップの端から零れ落ちる。思わずカップから口を離して、その反動で更に中身が零れて太腿に直撃。

「うわ、っちっちっち!」

 更なる連鎖は幸いにも起きなかったけれど、一人で愉快に跳ね回る僕を見てマリアさんは呆れた風に、

「まったく、何してるんですか」

 腰を浮かせて、自分のお絞りで僕の顔を拭う。食べ方の下手な子どもみたいで、なんだか恥ずかしい。
 やがて手が引っ込んで、礼を言おうと口を開きかけたのだけれどそれは叶わず、次の瞬間には何か柔らかいもので塞がれていた。
 数秒も経たない内に離れて、すぐ目の前でぱくぱく動く。

「その気になったら、いつでも言ってくださいね」
「え、え、え?ええ?」

 小さな囁きに混乱する僕の様子なんてどこ吹く風で、彼女は足早に席を立ってどこか上機嫌な調子で僕を急かす。

「ほら、早くしてください。ナギがお腹空かして待ってますわよ」

 かくして、お嬢様の命によるマリアさんとのデートは、僕に大いなる混乱と多少の気恥ずかしさを齎して幕を引いたのだった。






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Re: 名も無き慕情(第五話更新) ( No.5 )
日時: 2015/04/26 15:15
名前: 明日の明後日

こんにちは。明日の明後日です。
最初に七話で終わるって言ったけど終わりません(汗
多分八話、ひょっとすると九話目までかかるかも。
ともかく、終わりが近づいてきてモチベーションは比較的高めです(更新頻度が上がるとは言ってない
そんな感じで六話目を投下です。今回も長い(

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 白皇学院の正門を潜った先には、煉瓦造りの並木道が広がっている。どこぞの運動公園に迷い込んだのかと錯覚するくらい、バカみたいにだだっ広い道の端には桜に紫陽花、楓に水仙と、四季折々の花がたくさん――名前を知らない品種まで含めればそれこそ星の数ほどあるのではなかろうか――植わっていて、通り掛かる人々の目を楽しませる。
 春には春の、夏には夏の、といった具合にこのメインストリートの景観は季節ごとにそれぞれ全く異なる趣を醸し出す。その移ろいを間近で見たいがために我が校へ入学してくる生徒は毎年一定数いるそうだ。初等部から高等部までエスカーレーター式に進級してきた私にとっては大半の風景は変わり映えのしない飽き飽きしたものなのだけれど、このメインストリートに関して言えば誇りに思う部分もあったりするので、そんな酔狂な人々の気持ちも分からないではない。
 この道をまっすぐ進んでいくとやがてY字路に差し掛かって、そこを左に進めばほどなくして初等部の校舎が見えてくる。それを更に通り過ぎて十分ほど歩いた先には高等部の校舎がある。
 中等部への校舎へは先ほどのY字路を右に進まなければいけないので中等部・高等部の新一年生がうっかり道を間違って遅刻する、なんてことは年度の始めにはよく見られる光景である。
 ちなみに三つの校舎は、我が白皇学院のシンボルたる時計塔、通称ガーデンゲートを重心の位置に置いた正三角形の頂点にそれぞれ位置する。設計者の地味な拘りが感じられる部分である。
 ガーデンゲートと三校舎は広大な敷地の殆んど中心に位置していて、食堂やカフェテラス、シアタールームや演劇場などといった全学年共用施設もこの付近に集中している。
 もちろん、我らが動画研究部を始めとする各部活動の部室なども各校舎からそう遠くない所にあって、しかし共用施設が三校舎の描く三角形の内側に多く配置されているのに対し、これらはその外側に置かれているものが多い。
 ここ、剣道場なんかもその例に漏れず、高等部棟と初等部棟を結ぶ道を時計塔とは反対側に逸れたところに威厳たっぷり、威風堂々といった風体で聳え立っている。

 念のため断っておくと、白皇の剣道場は名実ともに、正真正銘の剣道場である。つまりどういうことかというと、体育館の一角を拝借する、他の活動との共用するといった形ではなく、剣道部専用の練習場所としてこの建物が彼ら、いや彼女らには与えられているのだ。
 高校の部活事情に明るい訳ではないので主観が多分に混じっているが、この手の建物は“第○体育館”とか“格技場”なんていう名前をつけられて、空手部やら柔道部やら合気道部やら剣道部やら、武道系の部活動が共用している場合が多いのではなかろうか。
 なぜそのような形ではないのか、という疑問については、予算も敷地も有り余っているからというブルジョワジーな理由もないではないが、それよりも部活動としての実績が大きく反映された結果なのではないかと私は考えている。
 壁に飾られている額縁入りの表彰状を見るだけでも、少なくとも過去に二回は団体戦で全国優勝を成し遂げたのだということが分かる。高等部棟では各部活動の実績を讃えるべくガラス張りのショーケースが校舎のいたるところに設置されているが、その中に剣道部宛てのトロフィーや衝立などもそれなりの数が飾られていたように思う。
 要は我が校の剣道部は名門強豪の類であるから、学院側からの期待も大きく相応の援助を受けているということである。空手部や柔道部にも専用の練習場所は与えられてはいるが、規模や設備面ではここと比べるべくもない。なんせ、部員ごとのロッカーや更衣室はもちろんのこと、シャワールームに加えてサウナまで備わっているというのだから驚きである。

 さて、そんな名門白皇学院剣道部な訳ではあるのだが、昨今は新入部員の質の低下に悩まされているそうな。名門であるがゆえに、新入部員も中学時代にはそれなりに腕を慣らした人材ばかりが集まるのが常ではあるのだが、ここ二年ほどは何やら不純な動機で入部を希望する生徒が後を絶たないという。
 その“動機”とやらは今、私の前方十数メートルのところでピシッと背筋を伸ばして正座している一人の少女のことに他ならない。目鼻立ちのくっきりした端整な容貌に、綺麗でまっすぐな長い髪、凛とした佇まい。大和撫子然とした風貌のせいか、その身に纏う剣道着も実に様になっている。
 なるほど、このようなとびきりの美少女がいるというなら、多少運動が苦手だろうが剣道未経験者だろうが同じ部活に入部しようと思うのも分からないではない。多少なりともお近づきになることはできるだろうし、ひょっとすると初心者という立場を上手く使えば手取り足取り指導してもらえるなんてこともありうるかもしれないし、あわよくば甘い恋に発展する可能性も、などという目論見が透けて見えるようである。
 しかし今の彼女が放つ感情剥き出しのオーラは、怒りと批判と敵対心を混ぜて溶かして固めたその上に不条理を塗したかのようで、はっきり言ってあまりお近づきになりたくないというところで大多数の同意を得られると思う。
 比較的短気な方ではあるが、それでも穏やかな素振りを見せることの多い彼女が一体どうしてこんなにも怒り狂っているのかというと、今朝のホームルームで学級担任であるところの雪路から告げられたある出来事が深く関わっているというか、むしろそれしか関わってないというか。
 そして今、その怒りの矛先が現れた。戸を引いて剣道場へと一歩踏み込む。小さな背には不釣合いにも見える長い長い金髪を従えて、彼女は二歩三歩と歩みを進める。
 随所に優雅さを感じさせる立ち居振る舞いは、幼少からの英才教育の賜物なのだろう。だらしのない印象ばかりが先に立つが、やはり彼女も伊達に三千院を名乗っているわけではないらしい。
 ここ白皇学院は日本国内屈指の金持ち学校であるが、三千院と言えばその中でも頭一つどころか二つも三つも抜けている世界規模で数えても指折りの大富豪である。そんな三千院家の一人娘にして家督後継者の第一候補が彼女、三千院ナギという訳だ。
 道場の壁際に陣取る私たちの方へと一瞥をくれてから、彼女は口を開いた。

「一体何の用なのだ、ヒナギク」

 さっさと終わらせてくれ。普段より一オクターブ低い声音からはそんな気だるさを感じ取れる。彼女と対峙する少女、桂ヒナギクはそれを受け取って、私と同じようなことを思っただろう。根拠はない。 

「着替えてきなさい」

 息を飲む音。きっと泉のものだろう。ひょっとすると私かもしれない。多分理沙ではないと思う。

「久し振りに、稽古をつけてあげる」

 感情を押し殺した声が、恐ろしかった。





 ハヤ太くん、もとい綾崎ハヤテが白皇学院を退学することになったいう事実は当人がそれなりの有名人であるせいか、瞬く間に学院中に広まった。
 我々生徒会の面々は彼との親交が比較的深かった所為か、朝から怒涛の質問攻めに遭い、しかし私たちもそれを知ったのは他と同様に朝のことであるから、何か答えられるはずもなく寄せては返す人波に気力と体力をごりごり削られて、昼休みになる頃には皆すっかり疲弊し切っていた。
 超人染みた体力を誇るあのヒナでさえぐったりしていたのだから、それだけで私たちが如何に凄絶な午前中を過ごしたかが推し量れるというものだ。
 そんな学院中が疑問と不満で飽和し切っていたところに、学院の内外問わず件の少年に最も近しいであろう人物、他ならぬ綾崎ハヤテの主がいつものようにぶすっとした顔を携え登校して来たのだからちょっとした騒ぎになるのも無理はないだろう。
 その騒ぎの中で誰よりも早く彼女、三千院ナギに接触したのはやはりというか意外にもというか、ヒナだった。二人は二言三言、言葉を交わして、しかし人並みに揉まれて遠巻きに見るしかできなかった私には詳細を聞き取ることができなかったのけれど、辛うじて一言だけ拾うことができた。

「放課後、剣道場に来なさい」

 ヒナの思惑は凡そ把握できたから、私たち三人は万が一の制止役という名目でヒナの“稽古”に立ち会うことにしたという訳である。人払いにはなかなか骨が折れた。

「ねぇ、ヒナちゃん。ホントにやるの?」

 不安げな声で泉が訊ねる。ヒナは短く「当然よ」とだけ返して、そのとき丁度ナギくんが更衣室から出てきた。ヒナも私たちも反射的にそちらを見遣る。以前指摘されたように、サイズの小さい子供用の胴を着けているようだ。両手にぶら提げている小手と面も相応のサイズと見受けられる。
 ナギくんは毅然とした表情で歩を進め、やがてヒナの正面、三メートル程手前まで来て足を止める。丁度開始線の上だ。

「八つ当たりに弱い者虐めとは、天下の生徒会長も随分と落ちぶれたもんだ」

 ヒナの顔を睨みつけて、ナギくんは対峙者の行為を嘲る。対するヒナはふんと鼻で笑って、

「これはまた随分な言い様ね、何をどうしたらそういう解釈になるのかしら。貴女のそのひん曲がった性根を叩き直してあげるって言ってるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」

 それから二人は面を被って、それぞれ三歩ずつ進む。竹刀をかち合わせる。試合開始の合図。尤も、この手合いが試合と呼べるような代物でないことは、ここにいる誰もが知っていた。





 正直なところ、弁の正しさで言えばナギくんに分があると私は思う。
 ヒナはナギくんの根性を叩き直すと言ったが、それならば今このタイミングである必要性が全くない。すなわち、ナギくんの日頃の素行を鑑みればもっと早くにこのような“指導”がなされていても少しも不思議ではないのだ。
 では何故今なのかと言えば、分かりきった問いではあるけれども、ハヤ太くんの退学が関わっていると見て間違いない。詰まるところ、彼の退学――それとナギくんから聞いたであろうその理由――についてヒナは納得していないのだろう。
 だからといって、ナギくんを剣道で滅多打ちにしたところでハヤ太くんの退学が取り消されるとは到底思えないし、ヒナ自身そんな拷問染みた考えは持ち合わせていないだろう。
 だとすれば、この試合はナギくんの言うように八つ当たりと呼ぶのが相応しいのだろう。想い人がいなくなってしまったという事実が辛すぎて、しかしそれがなかったことにはならないということも知っているから、せめて持て余した感情をその根源たる少女にぶちまける。生産性の欠片もない行為。
 そして弱い者虐めというのもそれほど的を外れていない。片や剣道部主将にして不動の大将、片や運動音痴の不登校児である。二人の実力差は火を見るより明らかで、事情を知らない第三者から見れば経験者が初心者を一方的に甚振っているようにしか見えないだろう。

「小手ーっ」

 裂帛のごとき叫び、次いで竹刀の布地を叩く音が大きく響く。カタン、と乾いた音がそれに続く。ナギくんが竹刀を落としたのだ。四回目、いや五回目だろうか。

「拾いなさい」

 ヒナが冷たく言い放つ。ナギちゃんは苦悶に顔を顰めて――面を着けている所為でよく分からないが恐らくは――しかし弱音の一つも吐かずに竹刀を拾って立ち上がる。中段に構えてヒナに対峙する。竹刀を合わせて、距離をとる。しかし間合いの遥か外側から相手の竹刀は飛んできて、また小手を打つ。カタン。

 私は剣道に関しては全くの門外漢であるが、小学生のときにヒナと出会ってから彼女の試合はそれこそ数え切れないくらいに観てきた。それ故に、剣道の――武道の何たるかはおぼろげながらも承知しているつもりである。
 元来、武道とは相手を痛めつけ、降伏させる為の物ではないと私は認識している。武道とは、日々鍛錬を積み研鑽を重ね、時には道を同じくするものと剣あるいは拳を交え心身の発達を促すもの。辛い修練に耐え、心を鍛え体を育み技を磨いて、道徳と礼節を重んじる人格を養う営みのことを指す言葉なのだろうと思う。
 しかしヒナは今、対峙する相手――すなわちナギくんを痛めつけるために竹刀を振るっているように私には見える。というのも、稽古が始まってからというものヒナの攻めは執拗なまでにナギくんの小手に集中しているからだ。胴体から離れているそこを狙うのが有効打を得るには効率的ということもあるのかもしれないが、恐らく理由は別のところにある。
 本来、剣道の打ち込みはその鋭さと派手な音の割には痛みを殆んど伴わない。上級者になるほどその傾向は顕著である。無論、そのための防具な訳ではあるのだが、競技者が“当てる”ことのみを意識して打っているという点も大きな要因であるように私は思う。
 つまり、防具に当てるだけでなく最後まで振り抜くことで、打ち込みの威力は防具を貫通し得るのだ。とは言え胴では厚みがあり過ぎるし、大上段から面を打ち下ろすのは危険度が高いだろう。喉元への突きは言わずもがな。すなわち、今ヒナがやっているように小手目掛けて竹刀を振り抜くのが最も安全確実にダメージを与える手段なのだ。
 ばしっ。もう何度目か分からない。ヒナの竹刀がナギくんの小手を叩く。カタン。ナギくんは手から零れた竹刀を拾って、それからよろよろ立ち上がる。肩が激しく上下する。立っているのも辛そうだ。

「そろそろ止めた方がいいんじゃないか」

 私の左隣で呟くように言ったのは理沙である。声の調子から、万が一を懸念している様子が窺い知れる。
 確かに、理沙の言う通りこれ以上続けるのはまずいかもしれない。恐らくヒナは、自身の行為がナギくんの言ったように単なる八つ当たりでしかないということに気付いていない。彼女は本気で、幼い友人を諭すために全力で“指導”に当たっている。このまま続けていたら、取り返しのつかない事態までことが進んでしまうかもしれない。
 しかし私は、ヒナに制止の声を掛けることができない。
 ナギくんの弁が正論だと認めつつ、それでもこれまでヒナの行動を諫めなかったのは私自身、ハヤ太くんの退学を些か以上に受け入れ難く思っているということに他ならない。当然である。曲りなりにも、私は彼のことを紛れもなく友人だと認識していたのだから。
 しかし私は、ヒナのようにナギくんを直接問い質すということをしなかった。
 ヒナが真っ先に食って掛かったからタイミングを逸してしまった。そもそもナギくんがハヤ太くんをどうこうしたという確証などないし、仮にそうだったとして私が何か言ったところでナギくんが前言を撤回するとは思えない。
 笑えるくらいに情けない。言うに事欠いて、やる前から結果が分かってるだなんて。そんな戯言、傍観者に回ることの言い訳にもならない。それともヒナなら、完全無欠の生徒会長様ならあの頑固者のわがままお嬢様をどうにかしてくれるとでも思ってたのか。

 ああ、そうだとも。

 本当に結果が変わらないと思うのなら、こんな暴力的な手段は始まる前に止めていたはずだ。でもそれをしなかった。詰まるところ、私はヒナに期待していたのだろう。私ではダメでも、ヒナならことによってはナギくんに考えを改めさせてくれるのではないかと。
 そして今でもその期待は変わらない。だって彼女は、桂ヒナギクなのだ。高いところと負けることがこの世で一番嫌いな、白皇学院の生徒会長なのだ。性根を叩き直すと彼女は言った。故にただ痛めつけるだけで終わるはずがない。そんな結果は負けと同義である。
 汚れ役を押し付けているだけだということは分かっている。だからこそそんな私に、彼女を制止する資格などない。傍観者でいよう。ここで割って入って、当事者を気取るような真似はしてはならない。
 しかしそんな私の決意は脆くも崩れ去る。

「面ーっ」

 気合の篭った一喝。耳と、それから目を疑った。
 大上段からの一撃。ヒナとナギくんの身長差は平生でも十センチ以上あるはずだが、ナギくんは疲弊の所為か背を丸めていたから、実質的には二十センチ以上の差があったように思う。
 脳天にそれを受けたナギくんはがくっと膝を崩してその場にしゃがみこむ。いくらなんでも、それはまずいだろう。洒落にならない。

「おい、ヒナ、」
「黙ってなさい」

 堪らず声を掛ける私。ヒナは厳しい声で以って介入を阻む。そのせいで、泉も理沙も開きかけの口を噤んでしまう。

「立ちなさい、ナギ」

 ナギくんは息せき切って、しかしもう一度膝を伸ばすことができない。当然だ、とっくに限界は超えていただろうに、むしろここまで持ったことが不思議なくらいだ。
 ヒナは竹刀を中段に構えて、膝を突いたままのナギくんに対峙する。早く立てと、視線だけで急き立てる。ナギくんは俯いたまま。ヒナは声を荒げる。

「貴女は!このくらいで根を上げるの!?その程度の覚悟でハヤテくんを、」
「うるさい」

 唐突に響いた静かな叫びがヒナの怒号を遮った。水を打ったように、場が静まる。視線が集まる。
 片膝を立てて、それに手を突く。もう片方の手で、竹刀を立ててそれに縋る。手に、腕に、脚に、太腿に、胸に、背中に、肩に、そして眼に。身体の一番内側から力という力を根こそぎ搾り出して供給する。ぐぐっと立ち上がる。
 もう一度中段に構えて、対峙する相手をぎろりと睨みつける。

「お前に、私たちの、何が分かる」

 芯のある声で、ナギくんが言った。泣くのをこらえているようにも聞こえた。










 それからのナギくんは凄かった。怒涛の攻めだった。決して鋭くはない、むしろ鈍くて隙だらけの大振りな太刀筋ではあったのだけれど、必死の剣幕に気圧されたのかヒナは反撃することができなかった。しなかっただけかもしれない。よく分からない。
 ナギくんはぶんぶんと闇雲に竹刀を振り回しながら、必死に何か捲くし立てていたけれど、涙交じりの声は気合の掛け声と竹刀のぶつかる音に混ざり合って上手く聞き取ることはできなかった。
 最終的に、ナギくんはヒナから一本もぎ取った。剣道のルールはよく知らないから、それが本当に一本と呼ばれるものなのか私には判断がつかないけれど、ともかくもナギくんはあのヒナの面に上段からの一撃をぶち当てた。大金星である。
 しかしその途端、ナギくんは電池の切れたおもちゃみたいにぴたっと動きを止めて、それから前のめりに倒れ込んだ。慌ててヒナが抱き止めて、今はなし崩し的に保健室で介抱しているはずだ。

 私たちはというと、そのまま剣道場に残って、二人の帰りを待っている。縁側に腰を下ろして、足をぷらぷらさせている。

「泣いてたな」
「うん」

 理沙がぼそりと呟いて、泉が首を縦に振る。

「ああ」

 頷いて、私は空を仰いだ。ペンキで塗りたくったみたいな紺色の濃い空。もう冬なんだってことを実感する。
 小学生のときにヒナと出会って、それから彼女の試合は数え切れないくらいたくさん観てきた。けれど、今日の試合はそのどれとも遠く掛け離れたものだった。
 あんなに感情を剥き出しにして戦ったヒナは初めて見たし、ナギくんがそれを受け止めて押し返しさえするだなんて思いもしなかった。
 いい試合だった。不安もあったし焦りもしたけれど、そう思う。





「ヒナの負けだ」





 澄んだ空気が吐く息を白く曇らせて、その中にそっと一言、紛れ込ませた。






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Re: 名も無き慕情(第六話更新) ( No.6 )
日時: 2015/06/10 01:16
名前: 明日の明後日

明日の明後日です。こんばんわ。
推敲してたらもうこんな時間。そして気が付いたら五月が終わって、六月も三分の一が過ぎようとしているという。時間が経つのって早いですね(白目
八話目は一通り書き終わってるのでそれほど間を空けずに投下できるかと思います。


そんな訳で七話目。そろそろ話を纏め上げに掛かります。


6/11 微修正

――――――――――――――――――――――――――――――――





 気が付いたら保健室にいた。ついでに言うとベッドに横たわっていた。

「あれ、って、痛つつつ…」

 なんでこんなところに、と続くはずだったその呟きは体の節々に走る鈍い痛みによって遮られて、呻き声に変わってしまう。

「目が覚めたみたいね」

 私の呻きを聞いてか、カーテンの向こうにいたシルエットが隙間からひょっこり顔を出した。シャッとカーテンを明けて、こちらへ歩み寄る。朝を思い出すから、この音は嫌いだ。

「起きられる?」

 傍らの椅子に腰掛けて、慮るような調子で訊ねてくる。彼女こそは、我が校の誇る生徒会長にして剣道部主将、竹刀の一振りで風を巻き上げ竜巻を起こすと噂される女剣士、桂ヒナギク。一説によれば彼女の振るう木刀は名工の鍛えた日本刀ですら真っ二つに斬って捨てるらしい。あながち嘘じゃないから恐ろしい。
 そこまで考えを巡らしたところで、そういえばつい今し方までコイツにボコボコに痛めつけられていたのだということを思い出して、同時に保健室にいる理由にも凡その見当が付いた。
 剣道上での記憶は途中から霞が掛かっているようで、一体いつまで立って竹刀を握っていられたのかもよく分からないけれど、恐らく私は体力の限界を迎えて気を失ったのだと思う。
 それを彼女がここまで運んでくれたのだろう。そもそもの原因が向こうにあるのだから別に感謝はしないけど。

「無理だ。誰かさんのせいで身体のあちこちが痛くて動けない」

 せめてもの仕返しに憎まれ口を叩いて背を向ける。とは言え、九割方事実なのだけれど。身じろぎもできない程ではないけれど、あまり動きたくないくらいにはあっちもこっちもギシギシ痛む。
 ヒナギクは苦く笑って、珍しくもしおらしいことを言う。

「ごめんなさい。貴女の言う通り、随分と大人気ない真似をしたわ」

 背中越しに様子を盗み見ると、頭を下げているようだった。なんだか罰が悪く感じられて、「ふん」と鼻を鳴らして首を戻す。

「別にいいさ。お前の気持ちだって分からなくはないし」
「うん…ありがとう。ごめんね」
「そんなことより、喉が渇いたぞ。何か飲むものはないのか」

 いちいち見慣れないリアクションをするヒナギクに私の方が照れ臭くなってきて、それを誤魔化すために話を逸らす。ごろんと寝返りを打ったら、脇腹が軋むように痛んだ。ギシギシ。

「そうね、軽い脱水症状だって先生が言ってたし、何か飲んだほうがいいわよね」

 おい待てそれ初めて聞いたぞそういうことはもっと早く言え。
 そんな私の密やかな糾弾を彼女が知る由もなく、ヒナギクは備え付けの冷蔵庫をごそごそと漁っている。やがてパタン、と扉の閉じる音がして、

「飲み物は切らしてるみたいだから何か買ってくるわ。リクエストはある?」
「んー」

 顎に指を当てて三秒くらい考える。特に浮かばなかったので、

「なんでもいいや、任せる」

 了解、と返事をしてヒナギクは保健室を後にする。どうでもいいけど、生徒が保健室の冷蔵庫を勝手に漁ったりしていいのか。










 私がそれを決行に移したのは、例のデートから丁度一週間が経った日曜日、つまりはつい昨日のことだ。昨日一晩で練り上げたシナリオをベッドの中で幾度となく反芻していたにも関わらず、陽の昇りきらないうちから目を覚ました私は、マリアにそれを茶化されながらも簡単な朝食を済ませてから、専属の執事を書斎へと呼びつけた。

「失礼します」

 ノックの音が三回響いて、扉が開く。その向こうにハヤテだけでなく、マリアの姿までが見られたことに心の中で舌打ちして、けれど大きな狂いにはならないと自らに言い聞かせてから、本題を事も無げに告げた。

「ハヤテ、お前はクビにする」

 唐突な解雇宣言に、ハヤテは寝耳に水といった様子で「え?」と一言だけ驚きを口にして、後は目を丸くするばかりだった。本気なのか冗談なのか窺いかねて、続く言葉を待っていたのかもしれない。

「ナギ、貴女ったらまたそんなこと言い出して」

 静寂は長くは続かず、しかしそれを破ったのは私でもハヤテでもなく、一緒にくっついて来ていたマリアだった。端の方で控えていた様だったが、私の言に堪らず口を挟んでしまったのだと思う。
 というか、またってなんだ、またって。クビだクビだうるさかったのは私じゃなくてクラウスだろ。アレか、タマの一件か、でもアレだってクラウスに唆されただけだし結果クビにもならなかったし。人聞きの悪いことを言うもんじゃないぞ。
 そうじゃなくて。 

「マリアは黙っていろ。冗談でも気まぐれでもない」

 横からの介入を一言の元に切って捨てる。ハヤテの顔が俄に凍り付くのが見て取れた。

「ど、どうして」
「主の言い付けも守れないような執事は三千院には必要ない。それだけだ」

 やっとの思いで搾り出したであろう問いに、しかし対する私はそれを蹴散らすように淡白に答えを返した。はずだ。

「何のことか分からないって顔をしてるな、ハヤテ」

 黙って頷くハヤテに、そりゃそうだろうな、と口の中で言葉を転がす。縋るような面持ちに、私は頬をガチガチに強張らせて、

「お前が始めてこの屋敷に来たとき、言い付けたことを覚えているか」

 言いながら、マリアの方にちらりと視線を送る。ハヤテは首を捻って、どうやら一年前の記憶を探っているらしい。
 ここから先は、正直あまり言いたくなかった。事と次第によっては私の犯した、人としてあるまじき行為が露呈する恐れもあるし、そもそもとして詭弁に近いレベルの理屈だ。
 しかも、マリアがそこにいる。すぐそばでマリアが聞いているのにこんな話はしたくない。いやいや逆だろう、だからこそ、私は話さないといけないはずだ。だってそう決めたじゃないか。
 答えを待つ振りをして、視線を逸らす。机の方へ向かわせる。開いたままの漫画用ノートの上に鉛筆が数本転がっていて、その隣には二つの髪飾り。昨日、二人から渡された誕生日プレゼント。デートのとき二人が別々に用意したという、全く同じ髪飾り。
 そのときに思い知った。この二人はバカなのだと。だってお互い好き合ってるのに、わざわざ時間を用意してやったのに、せっかく二人きりなのに。それでもこいつらは私を中心に物事を考えるのだ。そんなことは、バカのすることに他ならないだろう。
 だから私は決めたのだ。そしてそれを全うするために、今、私が言うべきことはたった一つしか有り得ない。うんうん唸って記憶を辿るハヤテに、頭から浴びせ掛けるように言った。

「マリアに手を出したら絶対に許さない。そう言ったはずだ」

 頭から浴びせ掛けるような私の言葉に、ハヤテは悪戯のばれた優等生みたいな顔をする。しかし、応答を示したのはまたしてもマリアだった。

「ナギ、それは先週のデートのことを言ってるんですか」
「それもある」
「でもあれは貴女が、」
「そうだったな。確かに、お前らにデートをさせたのはこの私だよ」

 ここからが正念場だ。下手な演技は、マリアには勿論のこと、平静さを取り戻せばハヤテにだってすぐ見透かされる。

「でもな、私は『キスして来い』だなんて覚えは一つもないぞ」

 心臓がばっくんばっくん飛び跳ねる。身体が熱く火照って、額にじんわり汗が浮かぶ。
 これは決して、ハッタリなんかじゃない。しかしだからこそ、ハッタリであるかのように見せなければならない。

「お嬢様、どうしてそれを」
「ナギ、貴女まさか」

 誰の目にも明らかに、二人の顔は動揺の色を映していた。こんなときまで仲がいい。ハヤテとマリア、この二人の他には知り得ない秘密を私が知っていたのだから、無理もないと言えばそれまでだけれど。

「まさか…なんだ?マリア」

 勘付いたらしいマリアに、こちらから仕掛ける。

「後を尾けさせたんですか?」
「仮に違うと言ったとして、お前は信じるか?」

 マリアは表情を歪ませて、しかしそれ以上の追及はして来ない。何を言っても、私が口を割ることはないと察したのだろう。
 これで大勢は決した。後は私がしくじりさえしなければシナリオ通りに事が運ぶ筈だ。

「まぁ、いくらなんでもそんなことはしないけどな。屋敷の中でお前たちがキスしてるのを見たんだよ。マリア、お前が私の弁当を食べちゃったあの日だ。それで鎌を掛けてみたらこの様だ」

 我ながら清々しいほどの白々しさに、吐き気すら覚える。でも、あと少し。

「でもナギ、あれは私が」
「どっちからだろうと関係ない。ハヤテがマリアを惑わしたのは否定のしようがないだろう」

 マリアは飽くまでも食い下がるけれど、それを遮るようにして私は言い放つ。状況から察するに、立場が逆であることは百も承知だ。
 けれどこれはマリアではなく、ハヤテの処遇に関しての議論だ。詭弁だろうがなんだろうが、ハヤテが受け入れてしまえばマリアの口を挟む余地はない。
 そしてハヤテはまず間違いなく、この話――つまりは解雇宣告を受け入れる。何故ならば、ハヤテがマリアを意識していたことは紛れもない事実で、それを私が知っているということを彼自身が承知しているからだ。
 だからこそ、解雇の理由に対してハヤテは反論することができない。現にハヤテは、私がそれを告げてから殆んど口を開いていない。

「何か異論はあるか、ハヤテ」

 そして何より――これを利用するのは本当に、眩暈がするほど嫌だけれど――ハヤテは私のわがままなら、なんだって叶えてしまうのだから。

「…いえ。お嬢様の仰る通り、今日限りでお嬢様専属の執事を辞職させて頂きます」

 ハヤテはそう言って、回れ右をして書斎を後にする。マリアは私とハヤテの間とで視線を往復させて、どちらに声を掛けるか判断しかねているようだった。
 私は机の上の髪飾りを手に取って、片方だけ引き出しの中にしまう。それから、ハヤテの後を追おうとしたマリアの背に声を掛けた。

「待て、マリア。お前にも話がある」

 私の仕事は、後半分、残っている。






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Re: 名も無き慕情(第七話更新) ( No.7 )
日時: 2015/06/11 19:03
名前: 明日の明後日

明日の明後日です。こんばんわ。
一週間に二回更新という止まり木へ来てから初の快挙です(笑
恐らく次回で最終話になるはず。イメージは大分固まっているので、日曜日くらいには投下したいところですが果たしてどうなることやら(汗

今回はというか今回もというか、結構長め。頑張って削ったけどそれでも長い。
というわけで八話目を投下です。

――――――――――――――――――――――――――――――――





 結局、ハヤテくんを解雇した理由についてナギが詳細を語ることはなかった。気が向いたら話すと彼女は言ったけれど、きっと話すつもりなんて最初からないんだろうし、もし話すことになったとしてそれはずっと先のことになるんだろうなと思う。
 どうやら只ならぬ事情があるらしいこと、そしてそれに対して彼女が出したハヤテくんを解雇するという結論には彼女なりの気遣いというか思い遣りというかがあってのことだということは試合の中で彼女が見せた必死の気概から察することができた。それでもやはり腑に落ちないというのが正直なところなのだけれど。
 ナギは、私に彼女らの何が分かるのか、と言った。全くその通りだと思う。ハヤテくんが執事を――それから学校までを辞めることになった理由も背景も何もかもが不透明で、擦りガラスの向こう側の出来事を眺めてるような気分になる。
 そして分からないことはもう一つあって、

「私がいたらダメなんだ、って。一体なんのことかしら」

 試合の終盤、ナギは竹刀を振り回しながら必死に何事かを叫んでいた。面を被っていた私には、涙交じりの声を正確に聞き取ることは出来なかったけれど、そのフレーズだけははっきりと耳に残っている。
 額面通りに受け取れば、ナギがいることで何かが上手くいかなくなる、ということなんだけれど、何がどうダメになるのか、そもそもどうしてナギがいてはダメなのか。きっとハヤテくんをクビにしたこととどこかで繋がっているのだろうけれど、それ以上のことは私にはさっぱりだ。ナギが何を考えているのか一ミクロンも分からない。

 あれもこれも訳が分からなくって、あちこちと道に迷った末に脳みそが辿り着いたのは、告白の返事はどうなるんだろう、というところだった。
 結局のところ、自分はその焦りにも似た想いに振り回されているだけなんだろう。あんな理不尽な試合をナギに強要してしまったのも、胸の内で暴れ回るそれをきちんと制御できていなかったせいだ。
 結果的にはあの試合を通して、ナギの心の内を垣間見ることができたのだけれど、だからといってその行為が正当化される訳ではない。暴力的にも程がある。

「また今度、ちゃんとお詫びをしないとね」

 尤も、落ち着いて話し合いを求めていたところで、ナギが素直にその心の内を明かしてくれたかどうかはまた別の話ではあるのだけれど。





 その後の詳細な経緯は省く。気が付くと私は道に迷っていて、でもその道に微かながらも見覚えがあるように感じられて、それを頼りに道を進んだ結果、以前にも立ち寄った覚えのある喫茶店が視界に現れた。そこで、幾らか前に道に迷ったときと同じ道を辿っていたらしいという事を悟った。
 このお店の紅茶はなかなかの逸品だったしせっかくだから休憩でもしていこう、と思いながら扉を押し開くと、

「あら、ヒナギクさんじゃないですか」

 入ってすぐ右手のテーブル席で、マリアさんがティーカップ片手に声を掛けてきた。これなんてデジャヴ?

「また道に迷ったんですか?」

 前と同じように勧められるままに向かいの椅子に腰を下ろして、しかしまさか今日も遭遇するだなんて思いもしなかった私は、なんだか期待を裏切られたような気分にもなって、自分のことは棚に上げつつ軽口を利いてみる。
 マリアさんは困ったように笑って、

「ま、そんなところですかね」

 予想外のリアクションに面を喰らう。なんだか普段と様子が違う気がして、けれどうそういうふわっとしたものではない決定的な違いが一つあったので、ついついそちらに関心が傾いてしまう。

「今日はメイド服じゃないんですね」
「ええ、まぁ」
「えっと。何か、あったんですか?」

 けれどやっぱり、どことなく様子がおかしくて、声色にも覇気がないように感じられる。
 言葉に迷いながらも訊ねてみる。誤解を招かないように断っておくと、これは元気のなさそうな彼女を純粋に心配しての質問であって、何かしらのアクシデントがない限りマリアさんはメイド服を着ていなければならないとか思っている訳ではない。

「何も無かった、と言えば嘘になりますね」

 マリアさんの返答を聞いて、今の問いは愚問だったと内省する。友人であり家族でもあるだろう同僚が突然解雇となったのだ、それを「何も無い」と切って捨てるほど、彼女は冷淡ではない。 今まで当たり前のように毎日顔を合わせていた人物がいなくなるという事態には、流石の彼女も狼狽したことだろう。

「やっぱり、ハヤテくんのことですか?その、クビになったって」

 訊くべきか否か迷って、けれど結局は訊くことにした。彼の解雇騒動が私たち、白皇生の耳に入っていることくらい承知しているだろうし、何かあったのかと尋ねておきながらそれを話題に出さないのは気遣いとしては露骨過ぎる。
 マリアさんは一瞬だけ驚いたように目を丸くして、でも元に戻す。さっきみたいに笑って言った。

「流石に知ってますよね。学校も辞めさせるって言うんですから。ナギは今日、学校には?」
「はい、来ました。お昼過ぎからですけど」
「あらあら、やっぱり困った子ですわね。何か変わった様子はありましたか?」
「それは、その、私の方が取り乱しちゃってて」
「あら、そうでしたか」

 正直に「やつあたりに剣道でボコボコにしました」と言うことは流石にできなかった。
 マリアさんは紅茶を一口啜って「少し苦いですね」と呟くように言ってから、角砂糖をカップの中に一つだけ落とす。
 波立つ水面を見つめながら、ティースプーンでくるくると砂糖を溶かす彼女の面差しには、一体どんな想いが溶け込んでいるのだろう。



 それからマリアさんの勧めでオーダーしたチョコレートケーキのセットが届くまで沈黙は続いて、その間私としてはむず痒いような居心地の悪さを感じていたのだけれど、マリアさんはそうでもなかったようで、むしろ私が紅茶に口を付ける瞬間を待っていたかの如く狙い済ましたタイミングで、

「そういえば、ハヤテくんからの返事はまだ貰っていないんでしたっけ」
「ぶふっ!?」

 吹き出した。幸いにして、被害は口の周りとテーブルの上と、それからカップを持っていた左手だけに抑えることができた。ケーキも無事だ。
 カップを置いてお絞りで顔と手を拭う。熱かったけれど、火傷には至るほどではなさそうだ。次いでテーブルを拭こうとしたら、マリアさんが「あらあら、大丈夫ですか」なんて白々しく言いながらも既に済ませてくれていた。
 二人とものお絞りが紅茶まみれになってしまったので、店員さんを呼んで新しいものをお願いすると、一分も経たない内に湯気が立つくらいほかほかのお絞りを持ってきてくれた。

「似たような反応するんですね、ハヤテくんと」

 お絞りを受け取ってから、マリアさんが言う。なんだか楽しんでいる気がする。

「なんのことですか。っていうか、なんで知ってるんですか」
「ハヤテくんから聞いたんですよ。そういえば、そのときもこのお店でしたね」

 凡その事情を察する。似たような反応というのはそういうことか、「そういえば」も何もまるっきり意図的じゃないか。
 一緒にこのお店に来たということは少し意外だったけれど、別段驚くことでもないだろう。買出しの帰りとか、お茶を共にする機会なんていくらでもあるんだろうし。

「返事、聞かなくていいんですか?」

 事も無げに問うてくるマリアさんに、私は言葉を詰まらせる。
 そりゃあ、聞きたい。聞きたいに決まってる。そのことばっかり考えて、危うく大事故を起こすところだったくらいだ。
 けれど一度感情を暴走させて、体の内側に留めていられない部分は全て吐き出した上で改めて考えてみると、色々と思うところもある。だから私は、

「分かんないです」

 と答えた。マリアさんは意外そうな顔をする。続きを促しているように感じられて、私は話を続ける。

「勿論、聞きたいとは思いますけど。でも、困らせるだけかな、とも思ったりして」

 以前彼は、借金があるから誰かと付き合うことは出来ないと言っていた。今回のことで、借金の問題がどう結論付けられたのかは分からない。けれど「仕事は辞めてもらうけど金は返せ」なんていうのはいくらなんでも酷いと思うし、ナギもそこまで非道ではないだろう。今日の彼女の様子を見ても、そう思える。
 とすれば、借金は帳消しにされた可能性が高いと言える。すなわち、ハヤテくんの恋愛観を縛る鎖のようなものがなくなったのだ。けれども、今の彼には住む場所も帰る家もない。そんな状況で、彼が誰かと付き合おうなどと考えるかどうかと問われれば、答えは火を見るより明らかだ。仮に私の家に住まうよう勧めたとしても、それをあっさり受け入れてしまうほどの図太さを彼は持ち合わせていない。
 だからきっと、もし返事を聞くことができたとしても、彼は私との交際を断るに違いない。けれど、それは私の気持ちと向き合って決めたことじゃない。彼を取り巻く状況が彼からノー以外の選択肢を奪っている。
 都合のいい解釈かもしれないけれど、私はそんな風に捉えてしまう。もしハヤテくんが本当に私と付き合うのが嫌で断ったのだとしても、どんなに口汚い言葉で私のことを罵ったとしても私はその解釈に辿り着くだろう。むしろ私のためを思って、心を傷めてまで罵声を浴びせてくるのではとすら思う。そんなことはさせたくない。
 それでも、万が一を――私の思いもよらない方法で現状を打破して告白を受けてくれるという可能性を考えると、やっぱり返事を聞きたいとも思ってしまう。
 困らせるようなことはしたくないけれど、一縷の望みに懸けたい気持ちもあって、拮抗している。だから、自分が本当はどうしたいのか、自分でもよく分からない。

「そうですか」

 私の話を黙って聴いていたマリアさんは短く頷いて、紅茶を一口呷る。

「振られるのを怖がってるだけって言われたら、何も言い返せないんですけどね。今まで散々逃げ回ってたんですし」

 長々と語ってしまったことが照れ臭くなってきて、頭を掻きながら自虐して誤魔化す。
 私の強がりを見透かしてか、マリアさんはくすりと笑ってからティーカップを戻す。柔らかな笑みは優雅な仕草と相まって、危うく見惚れてしまうくらいに楚々としていて、凄く綺麗な人だなと、改めて思った。
 そんな密やかな私からの称賛を彼女が知る由も無く。唐突と言うには十分すぎるくらいに間を空けてから、マリアさんは言った。

「さっきの質問ですけど。三分の一、正解です」

 理解するのに、少々時間を要した。さっきの質問というのは、マリアさんがメイド服でない理由についてのことだろうと数秒掛かって思い当たる。
 何かあったのか、その何かとはハヤテくんの解雇のことを指しているのかと、私は訊ねた。それに対しての答えが今、ようやく帰ってきたという訳だ。
 マリアさん曰く、私の考えは正解ではあるけれども、満点ではないということらしい。当たらずとも遠からず、いや、半分にも満たないのだから外れずとも近からずと言った方が適切だろうか。

「残りの三分の二は…?」
「そうですね、どう話せばいいやら」

 正解を催促する私に、マリアさんはすぐには答えない。窓の外をぼんやり眺めながら、考えをまとめているようだった。
 遠い思い出を見つめるような面差しが夕日に照らされて、それがすごく絵になっていたからだろうか。
 あるいはその様子から、彼女の心境をなんとなしでも感じ取っていたからかもしれない。
 私は急かすことなく、彼女の口が開くのをじっと待つ。時間にしてどれほどかは分からないけれど、やがて彼女はゆっくりと語り出した。

「ヒナギクさんは先程『分からない』とおっしゃいましたね。自分がどうしたいのか分からない、と」
「はい」

 多分だけれど。彼女は私の返答を求めてはいなかったと思う。だってその口調が、私に言って聞かせるためのそれじゃなく、自らの心の内を整理しようとしている風に聞こえたからだ。

「私も同じです。自分が何をしたいか、自分は何をすればいいかが分からないんですよ」

 マリアさんは笑ってそう言う。道に迷ったというのはそういうことか、と合点が行った。そしてその面持ちが今日、初めに見せた笑顔と同じものだと気が付く。

「あの子が…ナギがハヤテくんをクビにするって言い出したとき、最初は只の気まぐれだと思ったんですよ。あーあ、またハヤテくんがナギを怒らせるようなことをしたんだろうなって」

 紅茶を一口啜る。随分とぬるくなっていて苦味が強い。

「でも、違いました。ナギは本当にハヤテくんを辞めさせるつもりで、正当な――という言い方が正しいのかは分かりませんけど理由もちゃんとあって。それで本当に、ハヤテくんは執事を辞めることになってしまって。私はすごく、すごく、」

 自身の感情を表す言葉が上手く見つからないのか、話はそこで一度途切れる。数秒間掛けて探し当てた彼女の言葉は、極々ありふれたものだった。

「そう、ショックで。一年にも満たない短い期間ですけれど、殆んど毎日顔を合わせて、一緒に仕事をして、笑ったり怒ったりナギのわがままに手を焼かされたりして、そんな日常が慌しくも楽しくて、私はそんな日々が大好きで、ずっと続くと思ってて、でもそんなことはなくてハヤテくんは執事を辞めることになって、しかもそれは私のせいで、訳が分からなくって、今も分からなくって、」

 昂奮してるのか、マリアさんは声に湿り気を帯びさせて、段々と早口になっていく。やがて加速する感情に舌が追いつけなくなったのか、はたまた溢れる言葉で気道が埋め尽くされたのか、マリアさんは話すのを止める。そのまま幾秒かが経って、肩を上下させながら大きく息を吸って、吐いて。

「本当に、どうすればいいんでしょうね」

 自嘲気味な笑みを浮かべて、そう言った。なんて返していいか分からなかった。
 だから一つだけ、私からの感想を伝えることにした。

「マリアさんは、ハヤテくんのことが好きなんですね」

 つまりは、そういうことだった。好きな人が目の前からいなくなってしまって、途方にくれている。たったそれだけの、シンプルな話だった。

「はい、大好きです」

 想いを吐き出したことで、憑き物でも取れたのだろうか。そう言って笑うマリアさんの笑顔は、今までのそれとは違って豪く無邪気で、ひどく可愛らしかった。年長者に対して可愛いと思うのは、これが初めてだ。

「でも、この気持ちがヒナギクさんの言うようなものなのかは、よく分かりません。ハヤテくんはナギと同じで、私にとって家族みたいなものでしたから」
「なんでもいいじゃないですか、そんなの。好きなものは好きなんだから」

 そんな言葉がポンと出てくることに、自分で驚いた。
 投遣りにも聞こえる私の意見に、マリアさんは「そうですね」と笑う。彼女としてはそんなつもりは毛ほどもないんだろうけれど、表現の稚拙さを笑われてるような気になって、もっとマシな檄の飛ばし方はないものかと思考の歯車を回す。


 ―――お前に、私たちの、何が分かる―――


 八割方が空回りだったけれど、残り二割が上手く噛み合って、記憶の欠片をどうにかこうにか釣り上げる。ガッコンガッコン、粉々に砕いて、再構築。それまで曖昧で不透明だった部分までもが、鮮明に甦る。

「その、ナギがハヤテくんをクビにした理由は分からないですけど、多分それはハヤテくんのためを思ってのことだと思うんです。今日ナギと、少しだけ揉めましたけど、話をしてそう思いました」

 本質は崩さず、けれどフェイクを入れるのも忘れない。家族を剣道でボコボコにしたなんてことが彼女に知られようものなら、その後の私の未来がヤバイ。

「ナギが言ってたんです、自分がいたらダメなんだって」

 今なら分かる。あのとき、ナギはこう言っていたのだ。


 ―――お前に私の何が分かる、お前にハヤテの何が分かる、お前にマリアの何が分かる、お前にあいつらの何が分かるって言うんだ―――


 ―――私がいたら、ダメなんだよ、私がいたら―――


 記憶の中で叫ぶナギに被せるように、言う。

「『私がいたら、あいつらは幸せになれないんだ』って」

 マリアさんの目が俄に見開かれる。驚きを隠せない、というのはこんなときに使う言葉なんだなと隅っこの方で考える。

「どういうことか、私にはよく分からないですけど、でも“あいつら”っていうのはきっと」
「ヒナギクさん」

 最後まで聞かずに、マリアさんはガタンと音を立ててながら、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる。じっと私を見据えるブロンドの瞳に宿っているのは、強い決意。

「何をすればいいか、分かりましたわ。ありがとうございます」

 深々と頭を下げてから、マリアさんは店を後にした。と思ったらぱたぱた戻ってきて、

「お礼と言ってはなんですけど、ここは私がご馳走しますね。それからナギのこと、よろしくお願いします」

 と言って伝票を掻っ攫って会計を済ませてもう一度こちらにお辞儀をしてから、今度こそ店を後にした。何がなんだかよく分からないけれど、どうやら私の言葉が彼女の背中を押したらしい。
 それはそれでいいとして、ナギをよろしくとは一体どういうことだろう。今回のことで不快な思いをさせたかもしれないけれど今後とも、とかそういうことだろうか。
 どうせナギのことは今も昔も、そしてこれからも気に掛けていくつもりだから、どのような意図があったとしても私にはそれほど重要ではないのだけれど。

 せっかくご馳走してもらったのだし、今はケーキを楽しむことにしよう。遠慮する暇も隙も与えてはくれなかったけれど、お礼だと言うのだから気にはしない。
 マリアさんお勧めのチョコレートケーキは仄かに苦くて、すっかり冷めてしまったぬるい紅茶はやっぱり苦くて。
 失恋の味ってこんなものかと、窓の外の、殆んど沈み掛けの夕日を見て思った。

「あれ。そういえば、なんでマリアさん、ナギが学校に来たこと知らなかったんだろ」

 それを私が知るのはもう少し後のことになるのだけれど、それはまた別のお話。




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Re: 名も無き慕情(第八話更新) ( No.8 )
日時: 2015/06/14 18:38
名前: 明日の明後日

宣言通り…だと……?
こんばんは、明日の明後日です。前回更新時に話した通り、月曜を迎える前に最終話をお届けすることができました。やったね!

そういう訳で九話目です。完結が合同本発刊と被るのってどうなんだろうと思いながら投下。
――――――――――――――――――――――――――――――――





 少年を探し出すのに、苦労はしなかった。或いは長い時間を掛けて何事かを成し遂げることを苦労と呼ぶのなら、喫茶店を出てからの私の行動は苦労と呼ぶにはそれなりに相応しかったのかも知れない。けれど私がそれを苦に感じることは全くなかったのだから、やはり苦労と呼ぶには値しないのだろう。
 闇雲にあっちもこっちも探し回って、手当たり次第に二時間も三時間も歩き回って、けれど不思議と不安に思うことは無かった。私が店を後にしたのは夕方の六時を少し回ったところだった。彼は私が目を覚ます前には姿を消していたから、その時点で彼が屋敷を出てから優に十二時間以上が経過していた計算になる。少年が並外れた健脚の持ち主であることを考えると、とっくに東京都外に出てしまっていてもおかしくはなかった訳だ。
 けれど私は諦めることはしなかった。絶対に見つけられるという確信と、何が何でも見つけ出してみせるという決意。そして、もう一つ。三つの想いが私に際限なくエネルギーを与えて、私の足は止まらない。綾崎ハヤテに会いたいという想いは止まらない。
 思い当たる場所は粗方洗って、さて次はどこを探そうかという頃合。私はふと思い立ってとある公園に足を向けた。街灯は数こそ多いもののその放つ光は頼りなくて、他には自販機の明かりくらいしか夜を照らすもののないその公園は、眠らない街と呼ばれるこの東京には不釣合いに思えるくらいには暗かった。
 そして、寂れた公園の一角を薄明るく照らす照明の下、青いペンキの禿げたベンチの上に見慣れたしょぼくれた背中を発見した。全身がぶわーっと、熱くなる。ずっと動かし続けていた足を、急に止めたせいだろうか。駆け出して、飛びついてしまいたい。そんな衝動をどうにか抑え付け、胸に手を当てる。深呼吸。
 火照った身体が幾らか鎮まるのを待って、少しだけ平静さを取り戻した私は、改めて今にも消えてしまいそうな背中をじっと見つめる。
 はてさて、一体どうやって声を掛けたものか。とりあえず見つけ出すことだけ考えていて、いざそうなったときのことがすっぽりと抜けていた。もしかしたら、あのまま衝動に任せて突っ走ってしまった方が良かったのかも分からない。今更駆け寄って抱きついて、というのは少々恥ずかしい。
 とは言え、このままぼさっと突っ立っているという訳にもいかず、なんだかんだで思考は浮ついたままなので、ここから先は遊び心に委ねてしまうことにする。
 抜き足差し足、とまではいかないまでも気付かれないよう回り込んで、彼の背中に忍び寄る。

「その時少年は…確かに人生のどん底にいたという…」
「何勝手にモノローグ付けてるんですか、マリアさん」
「あら、まだツッコむくらいの元気は残ってるんですね」

 向き直って呆れ気味に言うハヤテくん。私はおちゃらける様に返して彼の隣に腰を下ろす。

「っていうか、もっと驚いてくれたっていいんじゃないですか。つまんないですわ」
「そう言われましても」

 ハヤテくんは困ったように笑う。それから存外に明るい声で、

「でも、どん底って言う程じゃないと思うんすけどね」
「あら。ハヤテくんの人生で今以上にどん底だったときなんてあるんですか」
「確かに、あの夜とどっちがマシかって感じではありますけど」
「コートがあることを考えると今の方が少しマシってところですか」
「そうですね。それに一応、借金は無かったことになったわけですし、ヤクザに命狙われてる訳でもないので」

 ふむふむ。言われてみれば確かに、あのクリスマスイブの夜よりは随分とマシな状況なのかもしれない。

「確かに、どん底って言うほどではないかもしれないですわね」

 それならモノローグのところからやり直そうかという私の提案は丁重にお断りされ、そこで会話が途切れる。話題に一区切りが付いたということだろう。
 私たちの他には誰もいないせいか、会話が止まってしまうと公園内は異様なくらいに静かだった。遠くから電車がレールを跨ぐ音が聞こえてくる。
 静けさと薄暗さが相まって、なるほど行き場を失った負け犬が逃げ込むにはぴったりだ。ちょうど、今の私たちみたいに。

「マリアさんはどうしてこんなところに?」
「随分と今更ですね」

 負け犬の一匹が静寂を破って、もう一匹が呆れたように返す。

「探してたんですよ、ハヤテくんを」
「それはどうして?」
「挨拶もせずに出て行った人の言う言葉じゃありませんわね」
「そっちの方が気が楽だったもので。すみません」

 頬を掻きながらハヤテくんは謝る。

「ダメです、許しません」
「どうすれば許して貰えますかね」
「そんなの自分で考えなさい」

 困ったように笑いながら「手厳しいなあ」と零すハヤテくん。お腹の上辺りで腕を組んで十秒くらいうんうん唸ってから、また同じように笑って、

「ちょっと、すぐには思い付きそうにないですね」

 甲斐性のない回答に私は少しだけムッとして、むくれる様に言う。

「『キスしたら許してくれますか』くらい言えないんですか」
「いやいや。どんだけナルシストなんですか、僕は」
「じゃあ、キスしてくれたら許してあげます」

 ハヤテくんはピシッと固まって、石みたいに動かなくなる。と思ったら数秒も経たない内に元に戻って「えっ、いや、あの」と返答に窮しているようだった。
 ここまで露骨に動揺してくれればからかい甲斐もあるというもので、もう少しだけいじめてやりたい衝動が湧き出てくる。今度はそれに素直に従う。

「するのかしないのかハッキリしてください」
「えと、その……じゃあ、失礼して」

 そう言ってハヤテくんはこちらへ向き直る。頬は紅く染まって、視線は泳いでどうにも落ち着かないようだ。
 やがて覚悟を決めたのか、ハヤテくんの視線は私の目を捉えて、じっと離さない。少し恥ずかしい。

「い、行きますよ」

 ハヤテくんはその手を私の両肩に置いて、強張った声で言う。唾を飲み込む音。

「何その気になってるんですか。冗談なんですから、真に受けないでください」

 そして私は、足元から引っくり返すような調子でその気概を遮った。
 ハヤテくんはきょとんとした顔をして、しかし次の瞬間には誤魔化すように破顔して「そうですよね」と大袈裟に頷く。
 必死な素振りが痛ましく見えて、というかそもそも私のせいでもあるので、救いの手を控えめに差し伸べる。

「がっかりしました?」
「というか、めちゃくちゃ恥ずかしいです」
「ハヤテくんがいけないんですよー、自分で答えを考えないから」

 おちょくるのと諌めるのとが半々くらいで混ざったような口調で話す私にハヤテくんはやれやれと首を振って、

「全く、マリアさんには敵いませんね」

 呆れの混じった声で言う。
 それを降参と見做して、今度は少し真剣味を増した声音で、しかしそれには気付かれないようさらっと言ってのける。

「それじゃ、宿題ということにしましょうか。答えが見つかるまで、ずっと私の傍にいてください」

 ハヤテくんは「いやいやいや」と首を振って、どうにも意を汲みかねているようだった。頓珍漢な受け答えをする子どもへの対応に困る教師みたいだ。

「それこそ無理な話でしょう。僕はもうこの街にはいられないんですから」

 「マリアさんだって知っているでしょう?」と続けて、ハヤテくんは呆れたように鼻を鳴らす。
 あの後――ナギが私に話をしたそれよりも後に、彼女はハヤテくんの借金を帳消しにする代わりにあることを要求したと聞いた。
 彼女の前に二度と姿を現さない、すなわち学校も辞めて街からも出ていくというのがそれだ。なかなかにえげつない選択を突き付けたなぁと思う。
 そういえばそんなことも言ってたな、と思い出しながら、しかし私はそれの理由としての性質を否定する。

「別に大した問題じゃないでしょう」

 だって、と付け加えて、もったいぶるように少し間を空けてから、

「私もクビになっちゃいましたから」

 ハヤテくんは「え」と声を漏らして、それからは目を瞠るばかりで何も言わない。

「あの後――つまり、ハヤテくんがクビの話を了承して部屋から出て行った後、部屋に残るようナギに言われて、そこで」

 経緯を簡潔に説明する。ハヤテくんは何も言わない。唐突な告白に混乱してるんだろうなと思う。当然と言えば当然だ。
 私は彼の言葉を待ちながら、空を眺める。雪でも降らすんじゃないかってくらい冷え込んだ冬の夜空はしかし綺麗に晴れ渡っていて、大きなお月様が空の天辺に登り詰めようとしていた。公園の心許無い照明をか細い星々の光が突き抜けて、薄い光のカーテン越しに見る星空はなかなかどうして幻想的だ。

「どうして」

 一人ロマンチシズムに酔い知れる私を連れ戻したのは困惑交じりの疑問の声だった。声のした方に視線を送って、続きを促す。

「どうしてマリアさんまでクビに?」
「ハヤテくんを誘惑したから、だそうですわ」

 極々自然な問いに対して私は端的に答えた。ナギの言を大まかにまとめれば、そういうことになる筈だ。

「どういうことですか、だっておかしいじゃないですか」

 当然と言えば当然の疑問。ハヤテくんは私に手を出したからクビになった。私はハヤテくんを誘惑したからクビになった。
 一見すると相反しているように見えるけれど、しかし裏を返せば私たち二人とも似たような理由でナギのもとを離れざるを得なくなったということに他ならない。
 つまりは、それが答えだ。

「いいじゃないですか、細かいことは」

 私はハヤテくんの疑問には答えない。そんなことを知ったところで、何かが変わる訳じゃない。
 変えられもしない今までのことよりも、幾らでも変えていけるこれからのことの方がずっとずっと大事で、だから私はまずこの微妙な距離感を変えるべく、問いを投げる。

「兎に角、これで宿題が無理じゃないって分かったでしょう?それとも、ハヤテくんは私の傍にいるのは嫌ですか?」

 ずるい訊き方だなと自分で思う。

「そういう訳じゃないですけど」
「ならいいじゃないですか」
「でも」

 まだ言い足りないことがあるらしく、ハヤテくんは食い下がる。

「別に、無理に僕に合わ」
「えいっ」

 的外れな世迷言を話し始めたので、言い終わる前にデコピンを見舞って黙らせた。
 どうやらこの執事君、いや元執事君は、私がクビとなる原因を作った責任感から彼に付き合おうとしてるとか考えているらしい。
 外からの好意に無頓着な彼らしいといえば彼らしいし、状況を顧みればそう考えるのもそれほど不自然ではないのかもしれない。
 つまらない誤解ではあるけれど、そのまま放置しておくには忍びない。その大小に限らず、誤解というのは早々に解消しておくに限る。

「別にハヤテくんに付き合ってあげてる訳じゃありませんわ」

 ベンチから立ち上がって、二歩進む。

「私がそうしたいから、ハヤテくんの傍にいたいと思うから、私が勝手にそうしてるだけです」

 ものすごく恥ずかしいことを言ったと思う。でもこんな言い方じゃ、ニブチンのハヤテくんにはきっと伝わらない。だからもっとストレートに、ダイレクトに、開けっ広げに着飾ることなく。
 そう思うだけで、鼓動が速くなるのを抑えきれなくなる。血液が沸騰しそうだ。頬が熱い。鼻が、目が、耳が、顔中が熱くって、喉が熱くって胸が熱くってお腹が背中が腕が手が指先が。身体中が熱くって、風の冷たさなんてもう分からない。内側から爆発してしまいそう。
 傍にいなさいと言ったときにはこんなことなかったのに。想いに報いろと要求するのは容易でも、想いそのものを曝け出すことはこんなにも恥ずかしい。今すぐこの場から消え去ってしまいたいくらいだ。

「つまりですね」

 逃げ出したい気持ちを捻じ伏せて向き直る。きっと顔はトマトみたいに染まっていて、そんな顔をハヤテくんに見られたくなくて俯きそうになるけれどそんな気持ちはへし折って視線の先にまっすぐ彼を見据える。息を吸って、

「私は、ハヤテくんのことが、好きなんです」

 彼がどんな顔をしているのか、茹った頭では正常な認識ができなくて、なんでもいいから何か言ってくれと彼の言葉を待つけれど答えは一向に返ってこなくって、きっとまだ一秒かそこらしか時間は経っていなくって、でも今の私にはその一秒がうんと長く感じられるものだから沈黙がずっとずっと続いているように思えて、その沈黙に耐え切れずに必要のない言い訳まで始めてしまう。

「べ、べべ、別に好きと言ってもその、いわゆる男女間のアレ的なものじゃなくてですね、家族愛とか友情とかそういった類のアレで、だから、その、勘違いしないで欲しいというかその、つまりですね、」

 くすり、と鼻から抜けるような声が聞こえて、それでハッと我に返る。余分な熱が抜かれて、冷静さを取り戻す。
 ハヤテくんは口元に手を当てて、おかしそうに頬を緩めている。今のはどうやら、漏れ出した笑い声らしい。

「何笑ってるんですか」
「いえ、別に」
「っていうか、何かないんですか。感想というか」

 はち切れんばかりの羞恥心と緊張感を抑え付けた末の告白を、笑って済ませられたら堪ったものではない。
 ハヤテくんは「そうですねー」と顎に手を当てて、わざとらしく首を傾げる。やがて思いついたかのように、

「マリアさんは、僕のことが好きなんですよね」

 なんだそれ。思いながらも口には出さず。隣に腰を下ろして素直に答える。

「はい。さっきも言った通りです」
「でもそれは、男女間のアレ的なものではないんですよね」

 ぐっ。言葉に詰まる。つい勢いで否定してしまったけれど、まったくこれっぽちも違うかと言われたら多分そうではない訳で。

「違うのかもしれませんし、そうなのかもしれません。よく分かりません」

 自分の気持ちが分からない。それの持つ名前が分からない。私に分かるのは、私が彼を慕っているという事実だけだ。
 私の受け答えにハヤテくんは「そうですか」とだけ言って、また考えるような素振りを見せる。
 その横顔を見ながら私は今の問答の意味について考えるのだけれど、それらしき回答が得られるより前にハヤテくんが口を開いたので、私は思考を断ち切って耳をそちらへ傾ける。

「では、僕からもマリアさんに宿題を出すことにします」

 脈絡のない発言に、クエスチョンマークを頭の上に浮かべるけれど、続くハヤテくんの言葉でそれはすぐに掻き消えた。
 ハヤテくんは笑って言う。その笑みは、いつもの困ったようなそれじゃなく。

「マリアさんの気持ちがどんな好きなのか。それが分かるまで、ずっと僕の傍にいてください」

 柔らかな、穏やかな、暖かな、優しげな。相応しい形容が思い付かないけれど、いつも笑ってる彼の見せる数少ない心からの笑顔で、私の胸はいっぱいになる。

「はい」

 お返しに私も、唇を空に浮かぶお月様みたいな形にして笑って言った。それから彼の方に体重を預けて、私の右手を彼の左手に重ねる。指が絡まって、にぎにぎしてみると確かな手応えの後に、ぎゅうと握り返す力を感じる。
 右手と、身体中に溢れる確かな温もりを感じながら、私は冬の空を仰いでこれからのことを考える。

 きっと、大変なことがたくさん起こる。今までのように。もしかしたら、今まで以上に。それでも私はこの人の傍にいたい。共にありたい。寄り添いながら歩んで行きたい。
 この気持ちが、いわゆる恋愛と呼ばれるものなのか、それとも単なる友愛に過ぎないのか、或いは家族愛に等しいそれなのか。はたまたもっと質を異にする別の何かなのか。
 まだ、分からないけれど。時間はたっぷりあるのだから、これからゆっくり考えていけばいい。ひょっとするといつまで経っても答えは出ないかもしれない。でも私は彼の傍にいると決めたのだから。

 分からないままなら分からないままにして、これからの人生を彼と共に生きていこう。

 胸に灯る名も無き慕情に、そう誓った。





 - 了 -

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Re: 名も無き慕情(第八話更新) ( No.9 )
日時: 2015/06/14 18:41
名前: 明日の明後日


後書きです。

七話で終わるとか言っておきながら九話掛かったり、ちょくちょく微妙な修正が入ったりともっとしっかり練ってから投下しろよと言いたくなるような連載でしたが「名も無き慕情」本編は以上を以って完結です。
>>0でも言ったようにこのお話はひなゆめ存続時から考えていたお話で、書き始めたはいいもののどう展開させればいいかちっとも浮かばずに気付いたらフォルダの肥やしになっていたというよくある悲しい過去があります(笑
知らぬ間にひなゆめが消滅してしまって、そのまま永久にお蔵入りさせておこうと思ったんですが昨年10月頃にここ「ひなゆめファンの止まり木」を発見し、ほぼ同じルールでSSを書けるということで再び筆を執るに至りました。筆を執るとか言うとなんか偉そうですねw


ポイントとなる事件だけをピックアップしてまとめたというのも>>0でお話した通り(まとまったとは言ってない
本来はもう少し人物を登場させて、主要人物(ハヤテ、マリア、ナギ、ヒナギク)たちと絡ませて彼らの心情の機微をじっくりとっぷり描写したかったのですが、いかんせん今の私にはその技量はないようです(汗)事件の起こらない話を書けるようになりたいものです。


書く際に意識したところは細かいところを挙げればキリがありませんが、大きく二つ。
ひとつは投稿順を時系列順とはずらしたところ。最後の四話くらいはまんま時系列順ですが。
そうした理由についてはほとんど遊び心としか言いようがないのですが(笑)、一番話を面白く見せるにはどうすればいいのか、ということを考えた結果このような順となりました。そういうことにしておきましょう。後はミスリードしてくれないかなーとか思ってたり思わなかったり。
もうひとつはオチ、すなわち「マリアさんもクビになっていた」という事実をほのめかしつつも最後まで隠し通すこと。作者としてはそこが一番ショッキングな出来事というか、このお話の肝となる部分なので中途半端な形で明らかになることはどうしても避けたかった訳です。
当初はそのときのナギとマリアさんのやり取りを書く予定でしたが、挿入するタイミングが見当たらなかったので、七話の最後のような形に落ち着きました。
難しかったのは八話で、台詞回しが露骨すぎれば(読者様方に)バレてしまうけれど、伏線になる程度は仕込みたいということでなかなか苦労しました。

以上二つが、本作に望む上で新たにチャレンジというか工夫してみたところです。実を結んだかは不明(汗


以上も踏まえ、自己評価としては100点満点中75点と言ったところ。マリアさんがあからさまにハヤテに恋してたりとか、一話・四話などはもう少ししっかり書けただろとか、諸々反省点はありますが、全体的には結構いい出来だったと自分で言ってしまいます(笑
六話以降は我ながらかなりしっかり書けたと思うので、そこだけをフォーカスしたら90点に届きそうな気もしたりしなかったり。


あんまり詳細な裏話を細かく語るのはここでは控えますが、最後にひとつだけ。
作者としては、このお話の主人公はマリアさんでもハヤテでもなく、ナギだと考えています。実際にあらすじ画面でもメインキャラとしてハヤテ+ナギ+マリアとしています。
どうしてそう考えるのか、という点については最後までお読み下さった皆様には分かって頂けるのではないでしょうか。


この後はおまけをいくつか投下する予定。おまけ投下がいつになるかは未定。その後は短編集を予定しています。これもいつになるかは(ry


それではこの辺りで失礼したいと思います。明日の明後日でした。
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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Re: 名も無き慕情(最終話更新+後書き) ( No.10 )
日時: 2015/06/17 22:38
名前: きは

完結おめでとうございます。

連載開始の頃から拝見しておりましたが、無事に完成へと至って何よりです。
特に終盤の怒涛のペースには思わず舌を巻きました。やっぱ自力が違うのかなぁとw


本作は一人称を用いて多角的に世界観を表現されましたが、その構成力がすごいと感じました。
読み始めた当初は「あれ?オムニバス形式かな?」と錯覚するほど、時系列と書き出しを絶妙にずらし、ハヤテを取り巻く人間関係と同様に一筋縄でいかせない手腕はさすがだと思いました。

突き詰めてみると、ヒナギクがハヤテに剣道部の朝練を付き合ったことから話は始まるんだなぁ。ナギとの剣道といい、最後のマリアとの会話といい、ヒナギクもこのお話を動かしている一つのファクターなんでしょうね。


でもなんだかんだ言ったって、後書きでナギが主人公という話は非常に納得できました。マリアも解雇にさせるとは予想できなかったからです。
ナギ視点でのお話は1話と7話の2回ありました。1話ではハヤテとマリアの関係を知ってしまったことへの葛藤。7話では2人を信頼した上で2人を解放(という表現が正しいのか・・・)する。
本来ならもっともっと、ナギのモノローグを増やしたりするのかなと思ったのですが、そこを剣道(一方的)やヒナギクとマリアの会話のシーンを使うことで立体的に表現したことが凄いなと。


ヒナギクとナギの剣道ですけど、なぜか「帰ってきたドラえもん」でのび太がジャイアンにケンカを挑むシーンとダブってしまった。
ハヤテが「四次元ポケットをもたないドラえもん」という公式設定だから仕方ないんですかねぇ・・・。



本作でのマリアの思考ぐらいまとまってない感想ではありますが、ひとまず、「感動した!(某総理大臣並感)」ということだけ伝わればいいかなと思っております。


また、おまけのほうにも期待しております。乱文失礼しました。
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Re: 名も無き慕情(最終話更新+後書き) ( No.11 )
日時: 2015/06/18 21:38
名前: 明日の明後日

こんばんわ、明日の明後日です。レス返しです、この単語がもはや懐かしい(笑


>きはさん

感想ありがとうございます。なんだか褒めちぎっていただいてしまったようで恐悦至極といったところです。


> 連載開始の頃から拝見しておりましたが、無事に完成へと至って何よりです。
> 特に終盤の怒涛のペースには思わず舌を巻きました。やっぱ自力が違うのかなぁとw

最終話付近の更新ペースには自分でもびっくりしてるくらいですw一週間経たないで三回も更新とかやれって言われても無理ww
茶室でも少しお話しましたが、そもそもとしてこのお話は初めにエンディングを思い付いて、そこから膨らめていったという経緯があります。
当初から思い描いていたシーンの近くだということで、モチベーションが高まってたせいだと思ってます。それを自力と呼んでいいかどうかはひとまず置いておくとして(汗


> 本作は一人称を用いて多角的に世界観を表現されましたが、その構成力がすごいと感じました。
> 読み始めた当初は「あれ?オムニバス形式かな?」と錯覚するほど、時系列と書き出しを絶妙にずらし、ハヤテを取り巻く人間関係と同様に一筋縄でいかせない手腕はさすがだと思いました。

世界観と呼べるようなものが本作にあるかは私自身よく分かりませんが、多角的な表現ができていたこと、時系列をずらすことで先を読ませない構成にできていたことが分かって胸を撫で下ろす思いです。
書き出しをずらしたのは私個人の変なこだわりというか、本筋とはそれほど関係ないところからお話を始めた方が技巧派っぽく見えてかっこいいからというだけの理由ですが(笑)、それもお話の構成を形作るのに一役買っていたようで棚から牡丹餅というかなんというか。
後書きでも述べたように、主だった工夫のひとつなので評価していただけたようで嬉しい限りです。


> 突き詰めてみると、ヒナギクがハヤテに剣道部の朝練を付き合ったことから話は始まるんだなぁ。ナギとの剣道といい、最後のマリアとの会話といい、ヒナギクもこのお話を動かしている一つのファクターなんでしょうね。

確かにその通りですね、言われるまで気付きませんでした(笑
八話目でのマリアとの対話は当初は予定していなくて、というか八話目のエピソード自体がそもそも存在していなくて「このままだとナギをボコボコにしただけでヒナギク退場やんwしかも失恋確定だし、扱いひどすぎるわw」という考えから生まれた(プロット的には)後付されたお話だったのです。
結果的には物語全体の自然な繋ぎとなり、かつ物語を押し進める最後の一押しになったと思うので、書き上げるのは苦労しましたがその甲斐があったなと思います。
そしてその最後の一押しをしたのがヒナギクであり、またきはさんのおっしゃるようヒナギクがハヤテを剣道部の練習に誘ったところがお話の起点になっている部分もあるので、もしかするとこのお話の影なる支配者(謎)は実はヒナギクなのかもしれません。なんや全然扱いひどくないやん!(必死



> でもなんだかんだ言ったって、後書きでナギが主人公という話は非常に納得できました。マリアも解雇にさせるとは予想できなかったからです。
> ナギ視点でのお話は1話と7話の2回ありました。1話ではハヤテとマリアの関係を知ってしまったことへの葛藤。7話では2人を信頼した上で2人を解放(という表現が正しいのか・・・)する。
> 本来ならもっともっと、ナギのモノローグを増やしたりするのかなと思ったのですが、そこを剣道(一方的)やヒナギクとマリアの会話のシーンを使うことで立体的に表現したことが凄いなと。

そこに共感を示していただいただけで、作者としてはもう頭の上がらない思いです。
単行本一巻巻末プロフィールのマリアさんの項で「ナギにとって世界で一番大事な人」という一節があるのですが、その設定が私としては大好きな訳です。そして、普段は甘えていてもいざとなればナギはマリアさんを第一優先に行動するだろう、という個人的な見解からこのお話が生まれたのです。確かそうだったはず(うろ覚え
一話目では「マリアとハヤテの関係を知った」というよりかは「マリア→ハヤテのベクトルがあることを知った」と言った方が適切かなと思います。七話目について、解放という言葉には私も違和感を覚えますが、他にそれらしい言葉も見つかりません。ニュアンスは確かにそんな感じですね。
ナギはこのお話の中では登場人物の誰よりも頭を悩ませたはずで、その心理もきっちり書きたいという思いはあったのですが、今回はオチを隠すという部分を優先しナギの葛藤についての描写は七話目程度のものとなりました。これでオチがバレバレだったら目も当てられませんが、隠し果せたようで一安心。
立体的な表現という何やら恐ろしげなお言葉を頂いてしまいましたが(笑)、高くご評価いただいたようで却って萎縮するような思いです。


> ヒナギクとナギの剣道ですけど、なぜか「帰ってきたドラえもん」でのび太がジャイアンにケンカを挑むシーンとダブってしまった。
> ハヤテが「四次元ポケットをもたないドラえもん」という公式設定だから仕方ないんですかねぇ・・・。

言われてみればw
イメージというか状況というか、確かによく似ていますねww
読者に指摘されて気付くことの方が多い作者(汗



それでは、まとまりを欠きますが以上を以ってレス返しとさせていただきます。
繰り返しとなりますが、きはさん、感想どうもありがとうございました。またお会いしましょう。


明日の明後日でした。
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Re: 名も無き慕情(レス返し) ( No.12 )
日時: 2015/06/18 23:08
名前: ひよっくー

こんばんは、ひよっくーです。
ひとまず完結おめでとうございます。
チャットでたびたび創作に関するお話をしたことはありましたが、明日の明後日さんが書かれた長編を読むのは、これが初めてのことで(もしかしたらひなゆめ時代にあったかもしれませんが……)、完結してからゆるゆると読了させていただきました。

この作品におけるマリアはなんだかミステリアスといいますか、なんの気なく大胆な行動をとったかと思えばドジな部分を見せたり、お姉さんぶってみたり、本人の一人称においても他者の視点から見た場合でも、原作での魅力一つ一つに焦点を合わせられ、とても可愛らしい女の子として描かれているのがわかります。

また、複数の一人称視点を用いて、その話のスポットを浴びる人物を外から見せる手法はお見事という他ありません。美希から見たヒナ、ヒナから見たマリアの描写は特に。
キャラクターの横のつながりが見えますし、描写を伴うことでモノローグを使うよりもキャラクターの立ち位置、心情が見える、と思います(なんだかちょっとうまい言い回しが見つからないのですが……)。

気になった点としては、ナギのこと。
ハヤテのごとく二次創作においては、時々邪魔者のように扱われるナギですが、自分のこと優先してしまうであろう二人を自分から遠ざけてしまうとは……。頭が良くて人間関係において不器用な面があるだけに、全て丸く収める方法を取れなかったのかもしれないなあ、と。
個人的には、二人がこの女の子を、いつか救う日が来ることを願って止みません。
というかおまけで(ry
などと言うのは過ぎた領分、かな?

ともかくそのおまけに関しても、今後に期待しております。
もちろんあくまでフラットな気持ちで。ここ重要。催促みたいに受け取らないでくださいね!

と念押しして、感想を締めたいと思います。
最期にもう一度
完結、おめでとうございました。
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Re: 名も無き慕情(レス返し) ( No.13 )
日時: 2015/06/19 23:20
名前: 明日の明後日

明日の明後日です。今日は少し涼しかったですね、でも雨はやめて欲しいです。
そんな感じでレス返しです。


>ひよっくーさん

こんばんは、感想ありがとうございます。


> この作品におけるマリアはなんだかミステリアスといいますか、なんの気なく大胆な行動をとったかと思えばドジな部分を見せたり、お姉さんぶってみたり、本人の一人称においても他者の視点から見た場合でも、原作での魅力一つ一つに焦点を合わせられ、とても可愛らしい女の子として描かれているのがわかります。

マリアの可愛さと言えば色々と思い浮かびますが、なんと言っても自己矛盾を抱えているところにあると思います。
年増扱いされるのは嫌なのにお姉さん的な扱いを求めたりすることがその最たる例でしょうか。他にも服装に関してのことだったりとか、基本完璧超人なのにたまにポンコツだったりとか、金銭感覚が異常なのか正常なのか両極端だったりとか、常識人のフリして実は世間知らずだったりとか。最近(と言っていいのかは分かりませんが)では自分の励ましなしにナギが立ち直る姿を見て愕然とする様子が描かれましたね。
マリアさん可愛いよマリアさん。という訳で、そんなステキな彼女の魅力を少しでも表現できていたようで、感無量といったところです。とにかく、マリアさん可愛いよマリアさん(大事なことなのでry


> 複数の一人称視点を用いて、その話のスポットを浴びる人物を外から見せる手法はお見事という他ありません。美希から見たヒナ、ヒナから見たマリアの描写は特に。
> キャラクターの横のつながりが見えますし、描写を伴うことでモノローグを使うよりもキャラクターの立ち位置、心情が見える、と思います(なんだかちょっとうまい言い回しが見つからないのですが……)。

ふむふむ、そういった見方もできるのですね(爆
私としてはそれぞれのお話における主人公というか、一番相応しい語り手を選んで書いていただけなのですが確かにそういった効果も得られるのかもしれないと新たに気付かされました。
ひよっくーさんのおっしゃるように、六話目と八話目はそれが顕著なように思います。六話目は当初は美希視点のお話ではなかったのですが、諸々の事情でそのようになりました。結果論では在りますが、そうして正解だったなと自分でも思います。
ただ、外からの視点で人物の心理やら関係性やらを描く場合には台詞回しがより重要になりそうですね。今回それができていたかは、まぁ、置いておきましょう(汗


> 気になった点としては、ナギのこと。
> ハヤテのごとく二次創作においては、時々邪魔者のように扱われるナギですが、自分のこと優先してしまうであろう二人を自分から遠ざけてしまうとは……。頭が良くて人間関係において不器用な面があるだけに、全て丸く収める方法を取れなかったのかもしれないなあ、と。
> 個人的には、二人がこの女の子を、いつか救う日が来ることを願って止みません。
> というかおまけで(ry
> などと言うのは過ぎた領分、かな?

そうなのです、ナギは不器用な子なのです、だからこそ、別離によってしか二人を祝福することができなかったのですよ!(拳を握りながら
そのことを読み取っていただけたようで、作者としては感無量というところです(二回目
救われない、というのは私個人としては少し違う気がするというかなんというか。というのも、この件に関してナギが誰かを責めるようなことは絶対にないと思うのです。後悔するかもしれないし泣くこともあるかもしれないけれど、最終的には自分の選んだことだからと折り目をつけて人生経験のひとつとして胸のうちに落とし込んでいくと思うのです。
少なくとも、彼女にはそれだけの器があると私は思っています。これが、救いを必要とするような在り方だとは私は思いませんし、強いて言うならそのうち勝手に救われます(爆
ただ、捉え方は十人十色ですし、上記の考え方には作者ゆえの希望的感想とか私個人の人生観を多分に含んでいるところがありますので(笑)、これを押し付ける気は毛頭ございません。
おまけに関して言えることは、おまけは飽くまでおまけなのでコメディちっくなことしかやりませんよー、というところでしょうか(笑


ではでは、まとまりを欠く前にこの辺りで失礼したいと思います(現状でまとまっているとは言ってない
感想どうもありがとうございました。明日の明後日でした。
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