文章チェックフォーム 前画面に戻る

対象スレッド 件名: Re: 名も無き慕情(第六話更新)
名前: 明日の明後日
誤字を見つけたら
教えてください

悪戯を防ぐため
管理人の承認後に
作者に伝えます
誤った文字・語句 
          ↓
正しい文字・語句 
【参考】対象となる原文

Re: 名も無き慕情(第六話更新)
日時: 2015/06/10 01:16
名前: 明日の明後日

明日の明後日です。こんばんわ。
推敲してたらもうこんな時間。そして気が付いたら五月が終わって、六月も三分の一が過ぎようとしているという。時間が経つのって早いですね(白目
八話目は一通り書き終わってるのでそれほど間を空けずに投下できるかと思います。


そんな訳で七話目。そろそろ話を纏め上げに掛かります。


6/11 微修正

――――――――――――――――――――――――――――――――





 気が付いたら保健室にいた。ついでに言うとベッドに横たわっていた。

「あれ、って、痛つつつ…」

 なんでこんなところに、と続くはずだったその呟きは体の節々に走る鈍い痛みによって遮られて、呻き声に変わってしまう。

「目が覚めたみたいね」

 私の呻きを聞いてか、カーテンの向こうにいたシルエットが隙間からひょっこり顔を出した。シャッとカーテンを明けて、こちらへ歩み寄る。朝を思い出すから、この音は嫌いだ。

「起きられる?」

 傍らの椅子に腰掛けて、慮るような調子で訊ねてくる。彼女こそは、我が校の誇る生徒会長にして剣道部主将、竹刀の一振りで風を巻き上げ竜巻を起こすと噂される女剣士、桂ヒナギク。一説によれば彼女の振るう木刀は名工の鍛えた日本刀ですら真っ二つに斬って捨てるらしい。あながち嘘じゃないから恐ろしい。
 そこまで考えを巡らしたところで、そういえばつい今し方までコイツにボコボコに痛めつけられていたのだということを思い出して、同時に保健室にいる理由にも凡その見当が付いた。
 剣道上での記憶は途中から霞が掛かっているようで、一体いつまで立って竹刀を握っていられたのかもよく分からないけれど、恐らく私は体力の限界を迎えて気を失ったのだと思う。
 それを彼女がここまで運んでくれたのだろう。そもそもの原因が向こうにあるのだから別に感謝はしないけど。

「無理だ。誰かさんのせいで身体のあちこちが痛くて動けない」

 せめてもの仕返しに憎まれ口を叩いて背を向ける。とは言え、九割方事実なのだけれど。身じろぎもできない程ではないけれど、あまり動きたくないくらいにはあっちもこっちもギシギシ痛む。
 ヒナギクは苦く笑って、珍しくもしおらしいことを言う。

「ごめんなさい。貴女の言う通り、随分と大人気ない真似をしたわ」

 背中越しに様子を盗み見ると、頭を下げているようだった。なんだか罰が悪く感じられて、「ふん」と鼻を鳴らして首を戻す。

「別にいいさ。お前の気持ちだって分からなくはないし」
「うん…ありがとう。ごめんね」
「そんなことより、喉が渇いたぞ。何か飲むものはないのか」

 いちいち見慣れないリアクションをするヒナギクに私の方が照れ臭くなってきて、それを誤魔化すために話を逸らす。ごろんと寝返りを打ったら、脇腹が軋むように痛んだ。ギシギシ。

「そうね、軽い脱水症状だって先生が言ってたし、何か飲んだほうがいいわよね」

 おい待てそれ初めて聞いたぞそういうことはもっと早く言え。
 そんな私の密やかな糾弾を彼女が知る由もなく、ヒナギクは備え付けの冷蔵庫をごそごそと漁っている。やがてパタン、と扉の閉じる音がして、

「飲み物は切らしてるみたいだから何か買ってくるわ。リクエストはある?」
「んー」

 顎に指を当てて三秒くらい考える。特に浮かばなかったので、

「なんでもいいや、任せる」

 了解、と返事をしてヒナギクは保健室を後にする。どうでもいいけど、生徒が保健室の冷蔵庫を勝手に漁ったりしていいのか。










 私がそれを決行に移したのは、例のデートから丁度一週間が経った日曜日、つまりはつい昨日のことだ。昨日一晩で練り上げたシナリオをベッドの中で幾度となく反芻していたにも関わらず、陽の昇りきらないうちから目を覚ました私は、マリアにそれを茶化されながらも簡単な朝食を済ませてから、専属の執事を書斎へと呼びつけた。

「失礼します」

 ノックの音が三回響いて、扉が開く。その向こうにハヤテだけでなく、マリアの姿までが見られたことに心の中で舌打ちして、けれど大きな狂いにはならないと自らに言い聞かせてから、本題を事も無げに告げた。

「ハヤテ、お前はクビにする」

 唐突な解雇宣言に、ハヤテは寝耳に水といった様子で「え?」と一言だけ驚きを口にして、後は目を丸くするばかりだった。本気なのか冗談なのか窺いかねて、続く言葉を待っていたのかもしれない。

「ナギ、貴女ったらまたそんなこと言い出して」

 静寂は長くは続かず、しかしそれを破ったのは私でもハヤテでもなく、一緒にくっついて来ていたマリアだった。端の方で控えていた様だったが、私の言に堪らず口を挟んでしまったのだと思う。
 というか、またってなんだ、またって。クビだクビだうるさかったのは私じゃなくてクラウスだろ。アレか、タマの一件か、でもアレだってクラウスに唆されただけだし結果クビにもならなかったし。人聞きの悪いことを言うもんじゃないぞ。
 そうじゃなくて。 

「マリアは黙っていろ。冗談でも気まぐれでもない」

 横からの介入を一言の元に切って捨てる。ハヤテの顔が俄に凍り付くのが見て取れた。

「ど、どうして」
「主の言い付けも守れないような執事は三千院には必要ない。それだけだ」

 やっとの思いで搾り出したであろう問いに、しかし対する私はそれを蹴散らすように淡白に答えを返した。はずだ。

「何のことか分からないって顔をしてるな、ハヤテ」

 黙って頷くハヤテに、そりゃそうだろうな、と口の中で言葉を転がす。縋るような面持ちに、私は頬をガチガチに強張らせて、

「お前が始めてこの屋敷に来たとき、言い付けたことを覚えているか」

 言いながら、マリアの方にちらりと視線を送る。ハヤテは首を捻って、どうやら一年前の記憶を探っているらしい。
 ここから先は、正直あまり言いたくなかった。事と次第によっては私の犯した、人としてあるまじき行為が露呈する恐れもあるし、そもそもとして詭弁に近いレベルの理屈だ。
 しかも、マリアがそこにいる。すぐそばでマリアが聞いているのにこんな話はしたくない。いやいや逆だろう、だからこそ、私は話さないといけないはずだ。だってそう決めたじゃないか。
 答えを待つ振りをして、視線を逸らす。机の方へ向かわせる。開いたままの漫画用ノートの上に鉛筆が数本転がっていて、その隣には二つの髪飾り。昨日、二人から渡された誕生日プレゼント。デートのとき二人が別々に用意したという、全く同じ髪飾り。
 そのときに思い知った。この二人はバカなのだと。だってお互い好き合ってるのに、わざわざ時間を用意してやったのに、せっかく二人きりなのに。それでもこいつらは私を中心に物事を考えるのだ。そんなことは、バカのすることに他ならないだろう。
 だから私は決めたのだ。そしてそれを全うするために、今、私が言うべきことはたった一つしか有り得ない。うんうん唸って記憶を辿るハヤテに、頭から浴びせ掛けるように言った。

「マリアに手を出したら絶対に許さない。そう言ったはずだ」

 頭から浴びせ掛けるような私の言葉に、ハヤテは悪戯のばれた優等生みたいな顔をする。しかし、応答を示したのはまたしてもマリアだった。

「ナギ、それは先週のデートのことを言ってるんですか」
「それもある」
「でもあれは貴女が、」
「そうだったな。確かに、お前らにデートをさせたのはこの私だよ」

 ここからが正念場だ。下手な演技は、マリアには勿論のこと、平静さを取り戻せばハヤテにだってすぐ見透かされる。

「でもな、私は『キスして来い』だなんて覚えは一つもないぞ」

 心臓がばっくんばっくん飛び跳ねる。身体が熱く火照って、額にじんわり汗が浮かぶ。
 これは決して、ハッタリなんかじゃない。しかしだからこそ、ハッタリであるかのように見せなければならない。

「お嬢様、どうしてそれを」
「ナギ、貴女まさか」

 誰の目にも明らかに、二人の顔は動揺の色を映していた。こんなときまで仲がいい。ハヤテとマリア、この二人の他には知り得ない秘密を私が知っていたのだから、無理もないと言えばそれまでだけれど。

「まさか…なんだ?マリア」

 勘付いたらしいマリアに、こちらから仕掛ける。

「後を尾けさせたんですか?」
「仮に違うと言ったとして、お前は信じるか?」

 マリアは表情を歪ませて、しかしそれ以上の追及はして来ない。何を言っても、私が口を割ることはないと察したのだろう。
 これで大勢は決した。後は私がしくじりさえしなければシナリオ通りに事が運ぶ筈だ。

「まぁ、いくらなんでもそんなことはしないけどな。屋敷の中でお前たちがキスしてるのを見たんだよ。マリア、お前が私の弁当を食べちゃったあの日だ。それで鎌を掛けてみたらこの様だ」

 我ながら清々しいほどの白々しさに、吐き気すら覚える。でも、あと少し。

「でもナギ、あれは私が」
「どっちからだろうと関係ない。ハヤテがマリアを惑わしたのは否定のしようがないだろう」

 マリアは飽くまでも食い下がるけれど、それを遮るようにして私は言い放つ。状況から察するに、立場が逆であることは百も承知だ。
 けれどこれはマリアではなく、ハヤテの処遇に関しての議論だ。詭弁だろうがなんだろうが、ハヤテが受け入れてしまえばマリアの口を挟む余地はない。
 そしてハヤテはまず間違いなく、この話――つまりは解雇宣告を受け入れる。何故ならば、ハヤテがマリアを意識していたことは紛れもない事実で、それを私が知っているということを彼自身が承知しているからだ。
 だからこそ、解雇の理由に対してハヤテは反論することができない。現にハヤテは、私がそれを告げてから殆んど口を開いていない。

「何か異論はあるか、ハヤテ」

 そして何より――これを利用するのは本当に、眩暈がするほど嫌だけれど――ハヤテは私のわがままなら、なんだって叶えてしまうのだから。

「…いえ。お嬢様の仰る通り、今日限りでお嬢様専属の執事を辞職させて頂きます」

 ハヤテはそう言って、回れ右をして書斎を後にする。マリアは私とハヤテの間とで視線を往復させて、どちらに声を掛けるか判断しかねているようだった。
 私は机の上の髪飾りを手に取って、片方だけ引き出しの中にしまう。それから、ハヤテの後を追おうとしたマリアの背に声を掛けた。

「待て、マリア。お前にも話がある」

 私の仕事は、後半分、残っている。