文章チェックフォーム 前画面に戻る

対象スレッド 件名: Re: 名も無き慕情(第五話更新)
名前: 明日の明後日
誤字を見つけたら
教えてください

悪戯を防ぐため
管理人の承認後に
作者に伝えます
誤った文字・語句 
          ↓
正しい文字・語句 
【参考】対象となる原文

Re: 名も無き慕情(第五話更新)
日時: 2015/04/26 15:15
名前: 明日の明後日

こんにちは。明日の明後日です。
最初に七話で終わるって言ったけど終わりません(汗
多分八話、ひょっとすると九話目までかかるかも。
ともかく、終わりが近づいてきてモチベーションは比較的高めです(更新頻度が上がるとは言ってない
そんな感じで六話目を投下です。今回も長い(

――――――――――――――――――――――――――――――――





 白皇学院の正門を潜った先には、煉瓦造りの並木道が広がっている。どこぞの運動公園に迷い込んだのかと錯覚するくらい、バカみたいにだだっ広い道の端には桜に紫陽花、楓に水仙と、四季折々の花がたくさん――名前を知らない品種まで含めればそれこそ星の数ほどあるのではなかろうか――植わっていて、通り掛かる人々の目を楽しませる。
 春には春の、夏には夏の、といった具合にこのメインストリートの景観は季節ごとにそれぞれ全く異なる趣を醸し出す。その移ろいを間近で見たいがために我が校へ入学してくる生徒は毎年一定数いるそうだ。初等部から高等部までエスカーレーター式に進級してきた私にとっては大半の風景は変わり映えのしない飽き飽きしたものなのだけれど、このメインストリートに関して言えば誇りに思う部分もあったりするので、そんな酔狂な人々の気持ちも分からないではない。
 この道をまっすぐ進んでいくとやがてY字路に差し掛かって、そこを左に進めばほどなくして初等部の校舎が見えてくる。それを更に通り過ぎて十分ほど歩いた先には高等部の校舎がある。
 中等部への校舎へは先ほどのY字路を右に進まなければいけないので中等部・高等部の新一年生がうっかり道を間違って遅刻する、なんてことは年度の始めにはよく見られる光景である。
 ちなみに三つの校舎は、我が白皇学院のシンボルたる時計塔、通称ガーデンゲートを重心の位置に置いた正三角形の頂点にそれぞれ位置する。設計者の地味な拘りが感じられる部分である。
 ガーデンゲートと三校舎は広大な敷地の殆んど中心に位置していて、食堂やカフェテラス、シアタールームや演劇場などといった全学年共用施設もこの付近に集中している。
 もちろん、我らが動画研究部を始めとする各部活動の部室なども各校舎からそう遠くない所にあって、しかし共用施設が三校舎の描く三角形の内側に多く配置されているのに対し、これらはその外側に置かれているものが多い。
 ここ、剣道場なんかもその例に漏れず、高等部棟と初等部棟を結ぶ道を時計塔とは反対側に逸れたところに威厳たっぷり、威風堂々といった風体で聳え立っている。

 念のため断っておくと、白皇の剣道場は名実ともに、正真正銘の剣道場である。つまりどういうことかというと、体育館の一角を拝借する、他の活動との共用するといった形ではなく、剣道部専用の練習場所としてこの建物が彼ら、いや彼女らには与えられているのだ。
 高校の部活事情に明るい訳ではないので主観が多分に混じっているが、この手の建物は“第○体育館”とか“格技場”なんていう名前をつけられて、空手部やら柔道部やら合気道部やら剣道部やら、武道系の部活動が共用している場合が多いのではなかろうか。
 なぜそのような形ではないのか、という疑問については、予算も敷地も有り余っているからというブルジョワジーな理由もないではないが、それよりも部活動としての実績が大きく反映された結果なのではないかと私は考えている。
 壁に飾られている額縁入りの表彰状を見るだけでも、少なくとも過去に二回は団体戦で全国優勝を成し遂げたのだということが分かる。高等部棟では各部活動の実績を讃えるべくガラス張りのショーケースが校舎のいたるところに設置されているが、その中に剣道部宛てのトロフィーや衝立などもそれなりの数が飾られていたように思う。
 要は我が校の剣道部は名門強豪の類であるから、学院側からの期待も大きく相応の援助を受けているということである。空手部や柔道部にも専用の練習場所は与えられてはいるが、規模や設備面ではここと比べるべくもない。なんせ、部員ごとのロッカーや更衣室はもちろんのこと、シャワールームに加えてサウナまで備わっているというのだから驚きである。

 さて、そんな名門白皇学院剣道部な訳ではあるのだが、昨今は新入部員の質の低下に悩まされているそうな。名門であるがゆえに、新入部員も中学時代にはそれなりに腕を慣らした人材ばかりが集まるのが常ではあるのだが、ここ二年ほどは何やら不純な動機で入部を希望する生徒が後を絶たないという。
 その“動機”とやらは今、私の前方十数メートルのところでピシッと背筋を伸ばして正座している一人の少女のことに他ならない。目鼻立ちのくっきりした端整な容貌に、綺麗でまっすぐな長い髪、凛とした佇まい。大和撫子然とした風貌のせいか、その身に纏う剣道着も実に様になっている。
 なるほど、このようなとびきりの美少女がいるというなら、多少運動が苦手だろうが剣道未経験者だろうが同じ部活に入部しようと思うのも分からないではない。多少なりともお近づきになることはできるだろうし、ひょっとすると初心者という立場を上手く使えば手取り足取り指導してもらえるなんてこともありうるかもしれないし、あわよくば甘い恋に発展する可能性も、などという目論見が透けて見えるようである。
 しかし今の彼女が放つ感情剥き出しのオーラは、怒りと批判と敵対心を混ぜて溶かして固めたその上に不条理を塗したかのようで、はっきり言ってあまりお近づきになりたくないというところで大多数の同意を得られると思う。
 比較的短気な方ではあるが、それでも穏やかな素振りを見せることの多い彼女が一体どうしてこんなにも怒り狂っているのかというと、今朝のホームルームで学級担任であるところの雪路から告げられたある出来事が深く関わっているというか、むしろそれしか関わってないというか。
 そして今、その怒りの矛先が現れた。戸を引いて剣道場へと一歩踏み込む。小さな背には不釣合いにも見える長い長い金髪を従えて、彼女は二歩三歩と歩みを進める。
 随所に優雅さを感じさせる立ち居振る舞いは、幼少からの英才教育の賜物なのだろう。だらしのない印象ばかりが先に立つが、やはり彼女も伊達に三千院を名乗っているわけではないらしい。
 ここ白皇学院は日本国内屈指の金持ち学校であるが、三千院と言えばその中でも頭一つどころか二つも三つも抜けている世界規模で数えても指折りの大富豪である。そんな三千院家の一人娘にして家督後継者の第一候補が彼女、三千院ナギという訳だ。
 道場の壁際に陣取る私たちの方へと一瞥をくれてから、彼女は口を開いた。

「一体何の用なのだ、ヒナギク」

 さっさと終わらせてくれ。普段より一オクターブ低い声音からはそんな気だるさを感じ取れる。彼女と対峙する少女、桂ヒナギクはそれを受け取って、私と同じようなことを思っただろう。根拠はない。 

「着替えてきなさい」

 息を飲む音。きっと泉のものだろう。ひょっとすると私かもしれない。多分理沙ではないと思う。

「久し振りに、稽古をつけてあげる」

 感情を押し殺した声が、恐ろしかった。





 ハヤ太くん、もとい綾崎ハヤテが白皇学院を退学することになったいう事実は当人がそれなりの有名人であるせいか、瞬く間に学院中に広まった。
 我々生徒会の面々は彼との親交が比較的深かった所為か、朝から怒涛の質問攻めに遭い、しかし私たちもそれを知ったのは他と同様に朝のことであるから、何か答えられるはずもなく寄せては返す人波に気力と体力をごりごり削られて、昼休みになる頃には皆すっかり疲弊し切っていた。
 超人染みた体力を誇るあのヒナでさえぐったりしていたのだから、それだけで私たちが如何に凄絶な午前中を過ごしたかが推し量れるというものだ。
 そんな学院中が疑問と不満で飽和し切っていたところに、学院の内外問わず件の少年に最も近しいであろう人物、他ならぬ綾崎ハヤテの主がいつものようにぶすっとした顔を携え登校して来たのだからちょっとした騒ぎになるのも無理はないだろう。
 その騒ぎの中で誰よりも早く彼女、三千院ナギに接触したのはやはりというか意外にもというか、ヒナだった。二人は二言三言、言葉を交わして、しかし人並みに揉まれて遠巻きに見るしかできなかった私には詳細を聞き取ることができなかったのけれど、辛うじて一言だけ拾うことができた。

「放課後、剣道場に来なさい」

 ヒナの思惑は凡そ把握できたから、私たち三人は万が一の制止役という名目でヒナの“稽古”に立ち会うことにしたという訳である。人払いにはなかなか骨が折れた。

「ねぇ、ヒナちゃん。ホントにやるの?」

 不安げな声で泉が訊ねる。ヒナは短く「当然よ」とだけ返して、そのとき丁度ナギくんが更衣室から出てきた。ヒナも私たちも反射的にそちらを見遣る。以前指摘されたように、サイズの小さい子供用の胴を着けているようだ。両手にぶら提げている小手と面も相応のサイズと見受けられる。
 ナギくんは毅然とした表情で歩を進め、やがてヒナの正面、三メートル程手前まで来て足を止める。丁度開始線の上だ。

「八つ当たりに弱い者虐めとは、天下の生徒会長も随分と落ちぶれたもんだ」

 ヒナの顔を睨みつけて、ナギくんは対峙者の行為を嘲る。対するヒナはふんと鼻で笑って、

「これはまた随分な言い様ね、何をどうしたらそういう解釈になるのかしら。貴女のそのひん曲がった性根を叩き直してあげるって言ってるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ」

 それから二人は面を被って、それぞれ三歩ずつ進む。竹刀をかち合わせる。試合開始の合図。尤も、この手合いが試合と呼べるような代物でないことは、ここにいる誰もが知っていた。





 正直なところ、弁の正しさで言えばナギくんに分があると私は思う。
 ヒナはナギくんの根性を叩き直すと言ったが、それならば今このタイミングである必要性が全くない。すなわち、ナギくんの日頃の素行を鑑みればもっと早くにこのような“指導”がなされていても少しも不思議ではないのだ。
 では何故今なのかと言えば、分かりきった問いではあるけれども、ハヤ太くんの退学が関わっていると見て間違いない。詰まるところ、彼の退学――それとナギくんから聞いたであろうその理由――についてヒナは納得していないのだろう。
 だからといって、ナギくんを剣道で滅多打ちにしたところでハヤ太くんの退学が取り消されるとは到底思えないし、ヒナ自身そんな拷問染みた考えは持ち合わせていないだろう。
 だとすれば、この試合はナギくんの言うように八つ当たりと呼ぶのが相応しいのだろう。想い人がいなくなってしまったという事実が辛すぎて、しかしそれがなかったことにはならないということも知っているから、せめて持て余した感情をその根源たる少女にぶちまける。生産性の欠片もない行為。
 そして弱い者虐めというのもそれほど的を外れていない。片や剣道部主将にして不動の大将、片や運動音痴の不登校児である。二人の実力差は火を見るより明らかで、事情を知らない第三者から見れば経験者が初心者を一方的に甚振っているようにしか見えないだろう。

「小手ーっ」

 裂帛のごとき叫び、次いで竹刀の布地を叩く音が大きく響く。カタン、と乾いた音がそれに続く。ナギくんが竹刀を落としたのだ。四回目、いや五回目だろうか。

「拾いなさい」

 ヒナが冷たく言い放つ。ナギちゃんは苦悶に顔を顰めて――面を着けている所為でよく分からないが恐らくは――しかし弱音の一つも吐かずに竹刀を拾って立ち上がる。中段に構えてヒナに対峙する。竹刀を合わせて、距離をとる。しかし間合いの遥か外側から相手の竹刀は飛んできて、また小手を打つ。カタン。

 私は剣道に関しては全くの門外漢であるが、小学生のときにヒナと出会ってから彼女の試合はそれこそ数え切れないくらいに観てきた。それ故に、剣道の――武道の何たるかはおぼろげながらも承知しているつもりである。
 元来、武道とは相手を痛めつけ、降伏させる為の物ではないと私は認識している。武道とは、日々鍛錬を積み研鑽を重ね、時には道を同じくするものと剣あるいは拳を交え心身の発達を促すもの。辛い修練に耐え、心を鍛え体を育み技を磨いて、道徳と礼節を重んじる人格を養う営みのことを指す言葉なのだろうと思う。
 しかしヒナは今、対峙する相手――すなわちナギくんを痛めつけるために竹刀を振るっているように私には見える。というのも、稽古が始まってからというものヒナの攻めは執拗なまでにナギくんの小手に集中しているからだ。胴体から離れているそこを狙うのが有効打を得るには効率的ということもあるのかもしれないが、恐らく理由は別のところにある。
 本来、剣道の打ち込みはその鋭さと派手な音の割には痛みを殆んど伴わない。上級者になるほどその傾向は顕著である。無論、そのための防具な訳ではあるのだが、競技者が“当てる”ことのみを意識して打っているという点も大きな要因であるように私は思う。
 つまり、防具に当てるだけでなく最後まで振り抜くことで、打ち込みの威力は防具を貫通し得るのだ。とは言え胴では厚みがあり過ぎるし、大上段から面を打ち下ろすのは危険度が高いだろう。喉元への突きは言わずもがな。すなわち、今ヒナがやっているように小手目掛けて竹刀を振り抜くのが最も安全確実にダメージを与える手段なのだ。
 ばしっ。もう何度目か分からない。ヒナの竹刀がナギくんの小手を叩く。カタン。ナギくんは手から零れた竹刀を拾って、それからよろよろ立ち上がる。肩が激しく上下する。立っているのも辛そうだ。

「そろそろ止めた方がいいんじゃないか」

 私の左隣で呟くように言ったのは理沙である。声の調子から、万が一を懸念している様子が窺い知れる。
 確かに、理沙の言う通りこれ以上続けるのはまずいかもしれない。恐らくヒナは、自身の行為がナギくんの言ったように単なる八つ当たりでしかないということに気付いていない。彼女は本気で、幼い友人を諭すために全力で“指導”に当たっている。このまま続けていたら、取り返しのつかない事態までことが進んでしまうかもしれない。
 しかし私は、ヒナに制止の声を掛けることができない。
 ナギくんの弁が正論だと認めつつ、それでもこれまでヒナの行動を諫めなかったのは私自身、ハヤ太くんの退学を些か以上に受け入れ難く思っているということに他ならない。当然である。曲りなりにも、私は彼のことを紛れもなく友人だと認識していたのだから。
 しかし私は、ヒナのようにナギくんを直接問い質すということをしなかった。
 ヒナが真っ先に食って掛かったからタイミングを逸してしまった。そもそもナギくんがハヤ太くんをどうこうしたという確証などないし、仮にそうだったとして私が何か言ったところでナギくんが前言を撤回するとは思えない。
 笑えるくらいに情けない。言うに事欠いて、やる前から結果が分かってるだなんて。そんな戯言、傍観者に回ることの言い訳にもならない。それともヒナなら、完全無欠の生徒会長様ならあの頑固者のわがままお嬢様をどうにかしてくれるとでも思ってたのか。

 ああ、そうだとも。

 本当に結果が変わらないと思うのなら、こんな暴力的な手段は始まる前に止めていたはずだ。でもそれをしなかった。詰まるところ、私はヒナに期待していたのだろう。私ではダメでも、ヒナならことによってはナギくんに考えを改めさせてくれるのではないかと。
 そして今でもその期待は変わらない。だって彼女は、桂ヒナギクなのだ。高いところと負けることがこの世で一番嫌いな、白皇学院の生徒会長なのだ。性根を叩き直すと彼女は言った。故にただ痛めつけるだけで終わるはずがない。そんな結果は負けと同義である。
 汚れ役を押し付けているだけだということは分かっている。だからこそそんな私に、彼女を制止する資格などない。傍観者でいよう。ここで割って入って、当事者を気取るような真似はしてはならない。
 しかしそんな私の決意は脆くも崩れ去る。

「面ーっ」

 気合の篭った一喝。耳と、それから目を疑った。
 大上段からの一撃。ヒナとナギくんの身長差は平生でも十センチ以上あるはずだが、ナギくんは疲弊の所為か背を丸めていたから、実質的には二十センチ以上の差があったように思う。
 脳天にそれを受けたナギくんはがくっと膝を崩してその場にしゃがみこむ。いくらなんでも、それはまずいだろう。洒落にならない。

「おい、ヒナ、」
「黙ってなさい」

 堪らず声を掛ける私。ヒナは厳しい声で以って介入を阻む。そのせいで、泉も理沙も開きかけの口を噤んでしまう。

「立ちなさい、ナギ」

 ナギくんは息せき切って、しかしもう一度膝を伸ばすことができない。当然だ、とっくに限界は超えていただろうに、むしろここまで持ったことが不思議なくらいだ。
 ヒナは竹刀を中段に構えて、膝を突いたままのナギくんに対峙する。早く立てと、視線だけで急き立てる。ナギくんは俯いたまま。ヒナは声を荒げる。

「貴女は!このくらいで根を上げるの!?その程度の覚悟でハヤテくんを、」
「うるさい」

 唐突に響いた静かな叫びがヒナの怒号を遮った。水を打ったように、場が静まる。視線が集まる。
 片膝を立てて、それに手を突く。もう片方の手で、竹刀を立ててそれに縋る。手に、腕に、脚に、太腿に、胸に、背中に、肩に、そして眼に。身体の一番内側から力という力を根こそぎ搾り出して供給する。ぐぐっと立ち上がる。
 もう一度中段に構えて、対峙する相手をぎろりと睨みつける。

「お前に、私たちの、何が分かる」

 芯のある声で、ナギくんが言った。泣くのをこらえているようにも聞こえた。










 それからのナギくんは凄かった。怒涛の攻めだった。決して鋭くはない、むしろ鈍くて隙だらけの大振りな太刀筋ではあったのだけれど、必死の剣幕に気圧されたのかヒナは反撃することができなかった。しなかっただけかもしれない。よく分からない。
 ナギくんはぶんぶんと闇雲に竹刀を振り回しながら、必死に何か捲くし立てていたけれど、涙交じりの声は気合の掛け声と竹刀のぶつかる音に混ざり合って上手く聞き取ることはできなかった。
 最終的に、ナギくんはヒナから一本もぎ取った。剣道のルールはよく知らないから、それが本当に一本と呼ばれるものなのか私には判断がつかないけれど、ともかくもナギくんはあのヒナの面に上段からの一撃をぶち当てた。大金星である。
 しかしその途端、ナギくんは電池の切れたおもちゃみたいにぴたっと動きを止めて、それから前のめりに倒れ込んだ。慌ててヒナが抱き止めて、今はなし崩し的に保健室で介抱しているはずだ。

 私たちはというと、そのまま剣道場に残って、二人の帰りを待っている。縁側に腰を下ろして、足をぷらぷらさせている。

「泣いてたな」
「うん」

 理沙がぼそりと呟いて、泉が首を縦に振る。

「ああ」

 頷いて、私は空を仰いだ。ペンキで塗りたくったみたいな紺色の濃い空。もう冬なんだってことを実感する。
 小学生のときにヒナと出会って、それから彼女の試合は数え切れないくらいたくさん観てきた。けれど、今日の試合はそのどれとも遠く掛け離れたものだった。
 あんなに感情を剥き出しにして戦ったヒナは初めて見たし、ナギくんがそれを受け止めて押し返しさえするだなんて思いもしなかった。
 いい試合だった。不安もあったし焦りもしたけれど、そう思う。





「ヒナの負けだ」





 澄んだ空気が吐く息を白く曇らせて、その中にそっと一言、紛れ込ませた。