Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.1 ) |
- 日時: 2013/11/27 15:52
- 名前: プレイズ
- プレイズです。今回が2話目になります。
ちなみに前回の1話は最初にアップした際の文章中にて、ハヤテがまだ白皇に入学する前の時期の事のはずなのに、何故かその時期に既に白皇に入学していたかのようにとれる書き方をしてしまっていたので、そこの不備が端正されるように先日その部分だけ修正しておきました。
では以下からが本編です。
==========
ハヤテ達が人だかりの元まで行くと、そこでは係員らによって受付のための列が出来ていた。
「参加者の人はこちらで受付をしてこちらの用紙をお取りくださーい!大会の概要が書かれてまーす!」
脱出アトラクション大会に参加する希望者達は、皆各係員の前に列を作って並んでいる。
十数人の係員が長テーブルに座して、受付をしながら卓上に積まれた参加概要を配っていた。
そこに出来た各列はそれぞれ20人ぐらいいると見え、かなりの参加者がいるようだ。
「うわ、これは相当な数が大会に出るみたいだな」
「うーん……以前のマラソン大会とかも結構な人がいたけど、今回はあの時よりもっと多い気がする」
彩葉とハヤテが群衆を見てその多さに幾らか驚いている。
そんな二人の横を通り抜けてナギが言った。
「まあ、ここにいる連中は当日参加の奴らだからな。事前に参加の申し込みをしている奴は既に受付をパスして参加概要を受け取っているからここにはいない」
「ってことは、実際の参加者はこの倍以上はいるって事か。おいおい、そんな大勢の人が犇めく中で大会の進行はちゃんと出来るんだろうな」
「出来るんじゃないか。まあかの白皇の実行委員達だからな。それに今回はレアな隔年イベントということもあって、準備には念に念を重ねてきてるはずだ」
そうか、なら安心だな、と頷いて彩葉は言った。
「ナギはもう概要はもらってるのか?」
「いや、私も一応事前に申し込んでおこうと思ってたんだが、すっかり忘れていてな。だからまだもらってないよ」
「って事は受付もまだって事だよな。俺もなんだ」
彼は次いでその隣へと顔を向けた。
「じゃあハヤテは?執事のお前ならその辺はぬかりないんだろ」
「そうそう、ハヤテならきっともう持ってるはずだ」
「いや、それがですね……」
少しばつが悪そうな顔をして執事は呟く。
「実は、さっきお嬢様たちの口から聞くまでこのイベントの事は一切知らなかったんです。まさか今日そんな催しが開かれるなんて思ってなくて……」
「おいおい……私の執事ともあろうお前がそれじゃいかんだろう」
「すみません」
「ってことはハヤテ、お前もか」
「うん、受付もまだ済んでない」
彩葉に微妙に手を向けて横に振るハヤテ。
「じゃあ俺ら全員ここでこの長い列に並ぶのか。待つのおっくうだよ」
「まあ仕方ない。しばらく待ってればすぐに捌けるだろ」
「でも待ってる間の時間がもったいないですし、概要でもあれば待ち時間を使ってそれを見ておきたいですね」
「え、でも概要って受付をしないともらえないんだろ」
「あ、そっか……。しまった、じゃあやっぱりここで順番が来るまで待ってる他ないか」
「皆ー!そこにいたのー」
刃が少し離れた所から走ってきた。
「小鳥遊、お前どこ行ってたんだよ」
「先に受付を済ませてたクラスメイトの子から概要をもらってきたよ」
彼は鞄から何枚か綴りになっている参加概要を取り出して見せた。
「おお、概要をもらってきてくれたのか」
「列を待ってる時間を有効利用して読んでおいた方がいいと思って」
「さすがだな。お前は私の執事よりも有能かもしれん」
「ちょ、お嬢様〜」
ナギの言葉に少しショックを受けるハヤテ。
「あはは、まあ役に立って良かったよ。これで時間短縮できるね」
「どういう事だ?小鳥遊」
「ここを見て、彩葉」
言って彼は参加概要の一文を指さした。
そこにはある注釈が書かれている。
【当大会、脱出アトラクションでは事前に用意されたいくつかのアイテムを使用する事が出来ます。しかし、大会当局により許可された事前配布アイテム以外の物は使用する事が出来ません】
【用意されたアイテムは、当大会への申し込み申請の先着者順に優先して選択取得する事が出来ます。ですので、申し込みの申請が遅れて後になった方ほど、使えるアイテムは選べなくなっていきます】
「ええっ、そ、それは困るのだ」
「って事は俺ら、もう残り物のガラクタしかもらえないって事!?」
【しかし、それだとあんまりなので当日参加の方にもちゃんとアイテムをご用意してあります】
【午前8時45分までに時計塔の最上階までお越しくださった方々に、良品のアイテムをご用意しています。使えるレベルのアイテムが欲しい当日参加者の方は、ぜひふるってお急ぎください】
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.2 ) |
- 日時: 2013/11/28 02:13
- 名前: プレイズ
- 「は、8時45分までに時計塔最上階に?」
ハヤテは少し動揺して呟いてから、少し離れた右遠方にそびえている時計塔を見た。
時計台の時刻は8時30分を示している。
「げぇっ、もうあと15分しかないですよ」
「まずいハヤテ……!今まだ列には15人以上は並んでいる。1人につきかかる受付時間を加味すれば、近くはない時計塔まで時間内に着くのはかなり難しいぞ」
焦りの表情を浮かべてナギが言った。
「今すぐに向かいたいところですが、受付がまだな以上、それが済むまでは向かい様が……」
「別に本人が受付に直接出向かなくてもいいんじゃない?」
「え?」
焦るハヤテに刃が落ち着かせるような微笑みを向けて言う。
「多分、生徒証とかを代理の人に渡して受付してもらえば、大丈夫だと思うよ」
「そ、そうかな……?」
「じゃあ、係員の奴に聞いてみるか」
話を聞いた彩葉がすぐに動く。
傍を歩いていた係員と思しき生徒に向けて、彼は手を上げて声を張り上げた。
「すいませーん!そこの係員さんちょっとー」
「ふぁい?」
声をかけられた少女がこちらに振り返った。
金色の目に、髪には黄色のヘアバンド。
背は小柄で一見すると中学生のように見える。
「どうされたんですかー?何かトラブルでも発生しちゃいましたかあ?」
「いや、ちょっと今急いでて。受付したいんだけど、受付には本人が直接行かないとダメですかね」
彩葉が訊くと、少女はちょっと考えてから答えた。
「いえ、別に本人が出向かなくても問題なしです。白皇の学生だと確認が出来る生徒証を代理の人に受付で見せてもらえれば、それで受付出来ます」
「そっか、ならここで並んでなくても大丈夫ってことだ」
「よかったな、これで時間内に間に合いそうだぞ」
「はいっ、じゃあ僕は今すぐに向かいますね」
ハヤテは執事服の内ポケットから生徒証を取り出す。
「ではこの生徒証を渡しておきます。お嬢様達はここで受付を済ませちゃってください」
「わかった。では頼むぞハヤテ」
「頑張ってね、ハヤテ」
「ちゃんと良いのを選んでこいよ」
「わかってるよ。向こうに着いたら携帯に連絡するから、欲しいアイテムを言って」
時計塔の方に身体を向け、執事は走りだした。
それを見て少女が、授業中に早弁をしている生徒を見つけたように叫ぶ。
「ああーー、この人酷いです!他の人に受付を押し付けてどっか行っちゃったです!」
「仕方ないでしょ!今は時間がないんですよ!」
少女に吐く様に返してハヤテは走り去っていく。
それを見て呆れるように彼女は言った。
「シャルナちゃんシャルナちゃん、見てください。あの人、態度悪すぎです!」
「それは文ちゃんの彼への日頃の接し方に問題があるんじゃない」
色黒の肌にメガネをかけた少女が冷静に彼女にツッコむ。
二人とも胸に実行委員のバッジをつけていて、ここの受付を任されている係員だ。
「まったく、最近の生徒さんはなっとらんですね。反吐が出ちゃうです」
「おいおい、何だあの子……何か高校生に見えないぞ」
「ふふっ、あの人はちゃんとれっきとした高校生だよ」
呆れた感じに訝しがる彩葉に苦笑して刃が言う。
「彼女、日比野文さんは将来の生徒会長候補とも言われてる人なんだよ」
「えぇ!?そうなの?」
「まあ、でも確かに高校生には見えないよな」
刃とは微妙に異なり、ナギは多少失礼さを内包した笑いを浮かべている。
「そんな、笑っちゃ悪いよ。それを言ったらナギだって人の事は言えないんじゃない?」
「なに……?お、おい私が子供っぽいというのか」
「はは、同感だな。ナギも中学生にしか見えないわ」
「なにィ!」
子供っぽいと言われナギは、2人に食ってかかる。
「お前達、聞き捨てならないな。私を子供扱いする気か」
「いや、ご、ごめん。失礼だったかも」
「ふん…!まあいいさ、どうせ私は13歳で高校生には見えないんだろ」
「(ってか、それって普通に年齢相応だからいいんじゃないか……?)」
と心の中で微妙に理解できない彩葉であった。
どうやら微妙に彼女のコンプレックスに触れてしまったようである。
その後しばらくナギがふて腐れたため、それから並んで待つ間、2人は彼女の機嫌を直すのに注力を要したのだった。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.3 ) |
- 日時: 2013/11/30 03:34
- 名前: プレイズ
- 白皇学院のシンボルでもある時計塔。
そこは、普段は生徒会の人間しか入れないとされている。
許可を受ければ一般の生徒も入ることは出来るが、そうして入る生徒は極稀だ。
何故なら、別段特に必要な用事がなければ一般の生徒は時計塔の中へ来ることがない。
しかし今日ばかりは違っていた。
ハヤテが時計塔の入り口の元までたどり着くと、何人かの一般の生徒と思しき人が散見されている。
「よし、どうにか既定の時間には間に合ったぞ」
タイムアップという最悪の事態は避けられ、ハヤテはほっと息をついた。
辺りを見ると、彼の他にも数名の一般生徒がいるようだ。
時計塔内部にこれだけ生徒会外部の人間がいるのを見るのは、ハヤテは初めてな気がした。
「うわー、時計塔の中ってこんなふうになってるんだ〜」
「俺、入ったの初めてだぜ」
彼ら一般生徒は、初めて見る時計塔の中にわずかに歓声を上げている。
「(そうか、普通の生徒はここって普段入ったりしないから、ああいう反応になるんだろうな)」
ハヤテはいつも適度に訪れているためすっかり慣れてしまったが、普通であれば新鮮な反応を示すのは当然なのだ。
それに気づいた彼は、一般生徒であるのに当たり前にここを出入りしている自分に今更ながら意外な感情を抱いた。
「(そういえば、もう当たり前にこの時計塔に毎回訪れているよな、僕。入学当初からは考えられないよ)」
入学時の事を思い出し、ハヤテは少し感慨に浸った。
「あれ、ハヤテ君じゃないか」
「あっ、カユラさん。こんな所で合うなんて奇遇ですね」
気付かないうちに、横に見慣れた生徒が立っていた。
緑のショートヘアーの、ハヤテ達と同じムラサキノヤカタの住人だ。
「ここにいるって事は、カユラさんも当日参加でアイテムを取りに来たんですか」
「うん、そう。秋葉で同人誌を買い漁ってばかりいたから、すっかりこれの申し込みを忘れていたよ」
「はは、カユラさんらしいですね」
少し微笑ましそうにハヤテが笑う。
彼女、剣野カユラはそういったオタク的な書物・物品に関して見聞をする事を好むオタクエリートである。
故に、よく秋葉に出かけて同人誌などを読み買いしている事が多い。
「しかしここに来るのは入学した時以来だな」
当時の事を思い返して、だが新鮮な目で彼女は辺りを見渡す。
「前も思ったけど、年季の入った造りでいてなおかつ洒落た所だ」
「そうですね。僕はもう結構慣れたから普段そういう所を意識して見てなかったですけど、改めて見るとなかなかアンティークとして優れている建物だと思います」
この時計塔は結構以前から存在しているようであり、風格を感じさせた。
歴代の生徒会の面々が職務遂行の場として使ってきているため、その分の品格の高さも漂っている。
「このエレベーターもそうだ。旧式だがとても洒落てる」
「某百貨店の並に凄い優れたアンティークエレベーターですよ、これ」
塔内の造りに今更ながらに感心しつつ、ハヤテはカユラ達他の生徒と共にエレベーターの到着を持った。
周囲にいる生徒はハヤテとカユラの他には5人ほど。
受付を済ませて概要をもらって、それをよく見なければ、ここに集まる事は出来ない。
当日参加者専用にここで良品アイテムの取得が出来る事は、先の場では特に説明がなく、概要にしか書かれていないのだ。
なので、綴りになっている概要をよく読み込まなければそれを知ることは出来なかった。
さらに規定の時間は比較的早い時間帯に指定されていたので、受付に遅く行っていたらここには間に合わない(裏技を使ったハヤテは例外だが)。
そのため、必然的に数は絞られているようだ。
しばらくすると、上階からエレベーターが降りてきた。
ゴトン、という機械の音がして、昇降機が1階に停止する。
「どうも、早い時間に呼び出して申し訳ない」
扉が開いて一人の男子生徒が出てきた。
胸に実行委員のバッジを付けている。
「僕は生徒会兼実行委員の田中悠真です。ここに集まっている皆さんは、当日参加のアイテムを取得しに来た方々ですね?」
周囲を見渡し、彼は確認するように述べた。
「最上階の生徒会室に、この後の脱出アトラクションで役に立つ良品のアイテムをご用意してあります。今からご案内しますから、エレベーターに乗ってください」
集まった生徒達に中に乗るように伝え、彼は先に入って開のボタンを押した。
続いてハヤテ達もエレベーターに乗り込む。
全員が乗り終わると、悠真は扉を閉めて最上階のボタンを押し、エレベーターは上昇を始めた。
「どんなアイテムがあるんだろ?」
「一番使える奴を選ばなくちゃね」
生徒達は、この後選ぶアイテムを何にしようかと話している。
「(さて、まずは全部のアイテムを見て、吟味しないと)」
ハヤテも、有利なアイテム選びをする手筈を考えていた。
すると、
『ガコン!!!』
突如として何か大きな音が響いた。
音と共にハヤテは身体が上下に強く揺れたのを感じた。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.4 ) |
- 日時: 2013/12/02 00:52
- 名前: プレイズ
- ども、プレイズです。
今回からちょっと文章の行の間隔を狭めてみました。
狭めた理由は、今までのだと少し開けすぎで、小説の文章がスペースを縦に多くとってしまって読みにくい感じがしてきたのと、行間が狭い方が地の文を多く書けるからです。
では、以下からが本編です。
==========
皆、一瞬何が起きたかわからなかった。
ただ強い揺れが起こった事だけは認識できた。
「キャアア!」
「な、何だ……!」
「今、凄い音がしたぞ……!」
不意に襲った衝撃に、生徒達は驚いた。
上昇していたエレベーターが突如乱れて強く揺れたのだ。
さらに、次の瞬間、今度はエレベーター内の電灯が消えた。
一瞬のうちに光が無くなり、突然周囲が真っ暗になる。
「う、うああっ!?」
「キャアアア!」
「何が起こったんだ!?」
急に襲った不測の事態に生徒達はパニックになった。
いきなり瞬間的な揺れに襲われたと思ったら直後に視界が暗転したのだ。
これで取り乱すなという方が無理である。
「何!?何なのお!?」
「な、何で真っ暗なんだ……!」
「灯り、灯り点けろ!」
所々でパニックになった悲鳴が上がる。
暗闇の中では、何も見えない。
状況のわからない不安が恐怖となって彼らを襲った。
しかし、すぐに淡い灯りが灯った。
やわらかな光が一点闇の中にほんのりと輝く。
小さなランプが暗い室内を光で照らしだしていた。
「あ、灯り……」
「よ、よかった」
「皆さん落ち着かれてください。何も問題ありません。ご安心を」
ランプを点けたのは、実行委員の悠真だった。
彼は全く取り乱すことなく、冷静に生徒達を見渡した。
片手に持った小さな小型ランプを軽く持ち上げ、安心させるように笑顔を向ける。
「実は意図的にエレベーターを機能停止させてもらいました」
突拍子もなく彼は生徒達に向けて意外な言葉を吐いた。
「えっ」
「…は?」
「な、、、」
悠真の言葉に、一同はすぐには意味をくみ取れない。
「ただ普通にアイテムをお渡しするのは、ちょっと慈悲が過ぎると思いまして。少し趣向を凝らさせてみた次第です」
「な……、え……?」
「ど、どういう事よ……?」
「つまり、これは事故で停止したのではなくて我々実行委員がわざと止めた、という事ですね」
「な、何だと……?」
このエレベーター停止の事態は事故で起こったのではなく、故意に行われたのだという。
予想外の真相を聞かされて彼らは驚いた。
まさかこんな狂言機能停止を起こされるなど、思うはずもない。
「な、何でそんな事をしたんだ?」
「今言った通りです。ただ普通にアイテムを提供するのではつまらない。だから、こういうお遊びを織り交ぜてみたんですよ」
「ええ…?そ、それじゃ、単に面白いからって理由で……って事?」
「YESです」
「て、てめぇ、そんなあほな理由でエレベーター止めたのか?」
「ビビっただろがぁ!」
「ふざけないで!!死ぬかと思ったじゃないの!」
生徒達から口々に悠真に向けて暴言が飛ぶ。
だが当の本人は慌てることなく落ち着いて受け流した。
「ははっ、申し訳ない。まあ、これも脱出アトラクション大会の趣向の一つですから。ハラハラ感があって面白いでしょう」
「何ですって?面白いとか、よく言えるわね!」
「そうだ!俺は気が飛びそうになったんだぞ!」
「笑ってんじゃねえぞ、このボンクラ!」
「……まったく、つまらん茶番だったな」
「……はは、ですね」
暗がりの中で荒ぶる生徒達を見て、呆れたように脇で見物するカユラとハヤテ。
2人とも怒りよりも失笑を漏らしたい気分であった。
「で、どうするんだよ、この状況は」
「そうね。エレベーターが止まってるんじゃ、困るじゃない」
「早く動かせよな」
暗いエレベーター室内で生徒らは悠真に詰め寄る。
詰め寄られた彼は両手を前に掲げて首を横に振って説明した。
「いや、エレベーターは動かせませんよ」
「は?何言ってんだ。お前らが止めたんだから当然動かせるだろ」
「このエレベーターを止めるにはちょっと手間がかかりましてね。何せ旧式タイプですから技術的に融通が利きません。そのため、一度止めると復旧までに一定時間かかる仕様なんですよ」
「何だと……?」
理解できない、という表情を浮かべる生徒達。
この実行委員の男はそこまで無駄に面倒な事をしてまで、こんなたいそうな事態を作り出したというのか、と。
「信じられねえ。開いた口がふさがらねえぜ」
「じゃあ、復旧するまで私らここに缶詰ってわけ?」
「マジ?それちょーウザイんだけど」
悠真の話を信じるとここでしばらく閉じ込められる事になるわけで、生徒達からすれば迷惑な事この上ない。
彼らはこの事態を引き起こした一端であるこの実行委員に睥睨の目を向けつつ、しかし他に脱出しようもないので半ば諦めてここで待機する事を仕方なく受け入れる事にした。
「ですが、皆さんあまり悠長にしておられる時間はないのではないですか?お急ぎになった方がいいでしょう」
「え?何でですか?」
「お忘れですか?概要に書かれていた一文はこうですよ。【午前8時45分までに時計塔“最上階”までお越しくださった方々に良品のアイテムを差し上げます】」
「えっ、てことは――」
「そう。まだあなた達は条件をクリアしてはいない、という事ですよ」
悠真の口から予想だにしない言葉が出た。
まだ、アイテムの取得条件は達成されていないのだ。
正しい条件は、8時45分までに時計塔の最上階までたどり着くこと。
彼らは一斉に腕時計を見た。
「い、今、8時39分……!」
「やべえ、もう時間ないぞっ!?」
生徒の一人が悠真に問いただした。
「おい、今は非常事態だろ。エレベーターが止まってるんだから。なら規定時刻を延長するんだよな?」
「いいえ、それは認められません」
「何でだよ!」
憤る男子生徒に悠真は言う。
「これは非常事態ではないからです。我々が意図して作り出した想定された状況です」
「な、何だって……?」
「ってことは、あなたは僕らがこの止まったエレベーターから脱出して既定の時間内に最上階まで行く事を、アイテム取得の条件と考えているわけですか?」
「その通りです。あの概要の文章は最初からこの事態も込みで意図されたものですから」
ハヤテの問いに薄く微笑を浮かべながら悠真は答えた。
「へえ、それは面白いな。ようやくちょっとやる気が出てきたよ」
「ほう、そう言ってもらえるとこの計り事をした冥利に尽きます」
カユラがほんの僅かに、纏う雰囲気を愉し気な物に変化させた。
「でも、どうやってここから脱出するの?エレベーターは止まってるのよ」
「そうだよな。しかも電灯類が完全に消えてるし、通電自体通ってねえ」
「これじゃ、ドア開けようとしても開けられないんじゃない?」
「いや、そうでもないよ」
エレベーター扉の前に歩み寄って、カユラは扉と扉の間をのぞきこんだ。
「カユラさん、僕がやりますよ」
「そうか、ならお願いしようかな」
カユラに代わり、ハヤテがドアの前に立った。
そしてゆっくりとドアの扉と扉の間に指をあてる。
ぐっ、と力を込めてハヤテは腕を両サイドへ開くように押し始めた。
「おお」
「開いたか!?」
ぐぐっと、扉が左右に開かれだした。
完全に停止しているはずのエレベーターのドアが、手動で動かされていく。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.5 ) |
- 日時: 2013/12/05 02:37
- 名前: プレイズ
- ギギギ、と少し重たい音を軋ませてエレベーターの扉が開かれていく。
電源が断たれ機能を停止している鉄の扉は、人的なパワーによって押し動かされた。
ハヤテは腕に力を込め、一気に扉の壁を両サイドへと解き放つ。
扉の先の景色がしっかりと確認できるほどに、扉は端へと移行を完了した。
10秒とかからずにエレベーターの入り口はオープンされたのだった。
「開いた――」
ほっとしたように彼は呟いた。
しかし、すぐに声のトーンが停滞する。
「…残念ですね。階の位置からはズレていたようです」
開かれたドアの先は、壁になっていた。
眼前にドア形式の構造のようなものは見受けられない。
「え……?か、壁?」
「どっかの階に止まってるんなら階の扉があるはずじゃねえのか?そうしたもんがなく壁ってこたぁ……」
「ええ、どうやら階と階の間で止まってしまったみたいですね」
通常、エレベーターが備え付けられている建物というものは、エレベーター自体に付いている扉があるのに加えて、到着した階に取り付けられている外側の扉があるのだ。
エレベーターの扉が開くのと同時にその階に取り付けられている扉も開き、それによってエレベーターに乗っている搭乗者はその階に降りることが出来る仕組みになっている。
もしエレベーターがどこかの階に着いた状態で停止していたのなら、目の前にはその階の扉があるはずだった。
だが、それがない――。
つまり、不運にも階と階の間で停止してしまったということになる。
「おいおい、って事は脱出不可能じゃねえか…!」
「そんな……じゃあ、アイテムはもうget出来ないって事、、、」
「いや、ちょっと待って」
カユラが開かれた内ドアの下方をのぞきこんで言った。
「下の方に少しだけ扉の上部が見えてるよ」
「えっ?ど、どこ…?」
「下だと……?」
生徒達は言われて初めて下方へと視線を移した。
すると、確かにエレベーターの地面の高さの所から、少し扉の上部分が姿をのぞかせていた。
「おお、ほんとうだ。これ階の扉じゃないか?」
「違いねえ。これを開ければ出れるぜ」
「でも扉の上部分がちょっと見えてるだけよ?開けるのも難しそうだし、開けれても出るの無理っぽいんだけど」
女生徒が困難そうに顔を歪めて言う。
「見えてる扉部分はせいぜい20cm強ってとこかしら。この幅じゃあくぐれそうにないし……」
見えている外扉の幅は、彼ら高校生がくぐり抜けるには極めて厳しい長さであった。
この大きさでは、つっかえてしまってとても脱出する事は不可能である。
せめてもう少し縦に余裕のある状態で止まっていてくれたらよかったのだが。
可能性が断たれた生徒達はため息をつく。
「くそぉ……高校生の図体じゃここ通るのはちょっと無理ゲーか」
「ちぃ……せっかく扉が見つかったっていうのによお」
「ははっ、これはちょっと停止位置が極端になりすぎましたねえ」
悠真が苦笑して言った。
「…なんだと?」
「いや、本来はもう少し外扉が見える状態で止める予定をしていたんですが。どうやら少し停止位置が上にズレてしまったようですね、これは」
「はあ?んなら、条件の件は不問にしてアイテムをくれよな。脱出のしようがねえんだから」
男子生徒の申し出に、しかし悠真は首を縦には振らない。
「それは出来かねます。脱出のしようがないわけではありませんから」
「なにい……?いや、無理だろ。お前は物理的に不可能な事をやれっていうのか?」
「カユラは、脱出は可能だと思うよ」
「え?」
下方に見えている扉をのぞきこんでいたカユラが顔を上げた。
「私ならこの狭さでも通れる気がする」
「そうかしら?さすがに高校生でこの幅を通るのは……」
言って女生徒はカユラの身体を見て気付いた。
よく見ると彼女はこの中で身長がひときわ小さい。
高校生、というにはいささかミニなサイズであった。
「あれ、言われてみればあなた結構小さいわね」
「確かに。――君の高さならいけるかもしれねえな」
「なるほど。小柄なカユラさんなら……」
ハヤテは僅かな期待を込めてカユラの方を見た。
彼女は少しだけ口元に微笑みを浮かべている。
「まあ任せてよ。多分大丈夫だから」
「しかし、くぐっている最中に万が一エレベーターが動きだしたりしたら危険です」
「そうだぜ。安全が確保できないと――」
「それに関しては心配ご無用」
自信に満ちた声に生徒達が振り返ると、悠真が不安を消し去るかのようににこやかに笑っていた。
「現在エレベーターの通電は完全に遮断しています。さらに、停止した直後に昇降機の外側左右2箇所から、このイベントのために設置したプレス機で圧力をかけてエレベーターを完全にこの場所に固定していますから。安全面に関してはご安心ください。エレベーターが急に作動して動き出したりはしませんので」
「な、何だと……」
プレス機、などというたいそうな単語が実行委員の口から聞かれ、彼らはまた驚く。
「プレス機だって……?」
「て、てめえ、どこまで手が込んでいやがんだ?」
「はっはっは!アトラクション大会の輝かしい成功のためなら、我々は喜んで手間暇をかけますよ」
「さすがに引くわ……」
あまりに大げさすぎる仕掛けに生徒達は二の句が継げない。
だが呆気にとられる彼らをスルーして悠真は言った。
「さて、もうそろそろ残り時間がないのではないですか」
「えっ……って、うおっ!もうあと4分しかない!?」
いつの間にか時間に余裕はなくなっていた。
早く脱出をしないとタイムアップになってしまう。
「でも脱出できたとしても出来るのはこの子だけだろ?それじゃあ俺たちにはアイテムはもらえないって事か?」
「いえ。我々もさすがにそこまで非情ではありません。あなた方全員がこのシチュエーションでここから出るのは苦しい。十分に配慮する必要がある。少し停止位置を上にし過ぎたのはこちらのミス。ですから彼女1人がエレベーターから脱出して時間内に最上階までたどり着くことが出来れば、皆さんにアイテムを進呈することにしましょう」
「よし。それなら問題ねえぜ」
「そういうふうにするならOKよ」
悠真の説明に生徒達は納得した。
「さあ、そうと決まれば早くこの扉を開けちまおう」
時間はもう残っていない。とにかく今は一刻も早く階の扉を開ける事が必要だ。
彼らは僅かに見えている外扉の上部を見た。
扉の上部の上にはレバーのようなものがついている。
「扉を開くには、まずあれを引く必要がある」
カユラが言った。
こうした非常時の際は、外扉の上部についているレバーを引くと階の扉を手動で開閉する事が出来るのだ。
早速、男子生徒の一人がレバーを引き、扉のロックを解除する。
「これで扉は開くはずだ。だが、これ開けるのムズくないか?」
「でしょうね。何せ上部分が少し見えてるだけですから」
言ってハヤテはしゃがみ、面積の狭いドア部分の中心に手を当てた。
扉と扉の間に指を入れ、屈んだ状態で彼は再び腕を両サイドへと力を込めた。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.6 ) |
- 日時: 2013/12/09 00:03
- 名前: プレイズ
- 力んだ腕が小刻みに震える。
指の力をドアの中心に込め続けたものの、動く様子はない。
ハヤテは階の扉を開けようと腕を広げにかかるが、ゲートはなかなか隙間光を漏らさなかった。
先程とは違って僅かなスペースしか触れることが出来ないため、開く力が扉全体に伝わらないようだ。
「…くっ、一筋縄ではいかないかな」
額に一筋の汗を伝わせてハヤテが呟く。
「おい、開かねえのか?もう時間がねえぞ」
「俺がやる、代われ!」
業を煮やした男子生徒の一人がハヤテに交代を申し出た。
ハヤテは仕方なく立ち上がって彼とスイッチする。
「う……お、ぉぉ…!」
代わった生徒が扉部分を手でこじ開けようとするが、やはり開く気配はない。
地面から見えている扉部分は本当に微少であり、僅かしかない扉部分の溝に指をあてて、その小さな面積に両側へのパワーを伝えるのは、想像以上に難しかった。
扉が開けられず、男子生徒は悔し気に声を漏らす。
「ぐ、、じ、じぐしょぉ……」
「やはり開きませんか」
ため息をついてハヤテは顎に手をあてて考え込んだ。
「困りましたね。階の扉が意外と分厚くて重みがあるようです。それと、手でこの面積の扉を開けるのは難しいですよ、意外と。これは本来なら自動で開く、取っ手のないタイプの扉ですから。扉の微細な隙間に指をあてて開けるには、ある程度の面積が必要です。この極細の隙間には指は入りませんから、手の力のエネルギーが幾分か伝わるぐらいの面積が、ある程度は現出していないと開けるのは難しそうですね」
「う〜ん……さすがのハヤテ君でも、この端部分だけの扉を手動で開けるのは難しいか」
手こずるハヤテにカユラも困り顔を浮かべた。
他の生徒達も、手をこまねく様に舌打ちしたり策を考えようと思い悩んだりしている。
「なら、何か道具を使ってみたらいいんじゃないですか?」
「えっ」
背後から声がし、ハヤテは振り向いた。
さっきまで一度も耳にしなかった声だったので、彼は少しドキっとして目を瞬間見開いた。
「隙間に指が入らなくてお困りなら、何か極細の挿し込める物を扉の間に入れてみたら開くかもしれませんよ?」
背後の壁にもたれる様に寄り掛かるようにして、1人の女生徒がたたずんでいた。
彼女は興味有り気に、下方に微妙にのぞいている階の扉を見ているようだった。
少女は、見た所着ている制服が通常の白皇の物とは少し違う。
白い制服シャツに薄グレーのセーターを着込んでおり、下は紺のスカート。
セーラー服は着ていなかった。
髪は薄い茶色で少しだけ伸ばしている感じだ。
「道具を使う……?そうか、何か細くてここに挿せるような物があれば―」
言われて初めてハヤテは道具を使う事を思い至った。
落ち着いているようであった彼だが、アイテムゲットの時間制限が迫っていたため、気付かないうちに焦りがあって思考に余裕がなくなっていたらしい。
「でも、道具って勝手に使ってもいいわけ…?確か概要には、大会当局が許可した指定のアイテムしか使えないって書いてあった気がするけど」
疑問を抱いたカユラが悠真に尋ねた。
「構いませんよ。今回はまだ大会開始前ですから。必要であれば各自がお持ちの道具を使用していただいて結構です」
問いに対し、悠真はまた不安を消し去るような笑顔で是認の意思を示した。
「ってかまだ大会開始前のはずなのに、何でこんな大がかりな計り事をしてやがるんだよおめえは……」
「そうですねえ。確かに今はまだ本番開始前の序章に過ぎません。しかしやはりお楽しみは必要です。スマートにするばかりでは、つまらない上にただただ退屈でしょう」
「「「「どこがだよ!!!」」」」
笑う悠真の顔に向けて一斉に生徒達がムカついた様に吐く。
彼らからすれば、悠真の言うお楽しみとやらは心臓に悪い事この上ないのだった。
ただアイテムを取りに行くだけのために、こんな大事に付き合わされてはたまらない。
「そうか、なら問題ない。じゃあ何か超細い挿せるような物を、持ってる人は出して」
荒ぶっている生徒達に影響される事なく、カユラが皆に言った。
その声を受けて、彼らは数秒逡巡した後に落ち着きを取り戻した。
「おっと……!今はこんな文句を吐いてる暇はねえな」
道具はないかと訊かれて、全員が一瞬今手持ちの持ち物を考えた。
持ち合わせの中でこの隙間に入るほど細い物、となるとすぐには思い浮かばない。
「ねえ、執事服を着てるって事は、あなたは執事さんですよね?」
「えっ?あ、はい。そうですけど」
先程初めて声を聞いた少女がまたハヤテに声をかけた。
「なら、あれを持ってるはずです。たしか――バトラーズ・フレンドっていうオープナーを」
「……!ああ、そうか、あれなら調度いいかも」
彼女に言われてハヤテははっと気付く。
彼は執事服の内ポケットをまさぐった。
「ありました。これを使ってみましょう」
執事の手から、何かの金属器具が取り出された。
「それは何の道具?」
「これはワインのコルクを抜くのに使うコルク抜きです」
カユラの質問に、ハヤテは器具から伸びた爪のような部分を持ちながら答えた。
「へえ、でもコルク抜きにしては見慣れないタイプだな」
「まあそうですね。これは通常のスクリュータイプの物とは違って、瓶とコルクの隙間に挿して使うタイプの器具なんです。コルクを傷つけたくない場合とかに重宝するんですよ」
銀色に光るステンレスのO字部分を左手の指で持ち、2本伸びている爪の1つを右手の指で持ってハヤテは再び屈んだ。
「扉を開けるためとはいえ、このアンティークエレベーターを傷つけたくはありませんからね。この器具の爪部分は打ってつけでしょう」
執事は扉の僅かな隙間にオープナーの金属端を慎重に、そして手短に挿し入れた。
「よし、入った」
爪が隙間にきちんと挿入された事を確認すると、今度はO字の金属部をゆっくりと回す。
ハヤテ側から見て扉の右側の側端部に金属端の爪が吸い付く様に密着した。
次に彼は奥に挿した金属端を支点として、爪の手前の根本部にあてた指を力点にして扉を左方向に押し始めた。
すると、先程とは異なり、扉に動力が伝わった感触があった。
『ギッ』
短く音が聞こえ、僅かに扉が左にズレた。
手応えありだ。
「うん、行けそうです」
「おお…!」
「やったの!?」
生徒達から声が上がる。
金属端ごしに力を横向きに作用された扉は、ズズズっと左側に動いていく。
そして、指一本分が入れられるほどの隙間が出来た。
「これで後は手で開けるだけですね」
ハヤテは金属端を外し、指を入れて今度は両サイドへと扉を押した。
力が伝わる量が十分になった事で、扉は一気に大きく開かれていく。
「やったぜ!」
「っしゃああああ」
生徒達から歓声が上がった。
見事、扉は完全に開け放たれたのだった。
「やりました……!」
「おっし、よくやったぜ執事服君」
「これで何とかなりそうね」
扉が解放され、ようやくエレベーター内に外の光が差し込んだ。
開いたのは高さ30cm未満程度のスペースでしかないが、ランプの淡い光よりもしっかりした明るい光が地面サイドから室内を照らし出していた。
「しかし、よくあんな器具を使って手先で上手く開けるための操作が出来たな」
「いや、たまたまですよ。業務で使う器具を少し応用しただけです」
賛辞の声に、ハヤテは少し謙遜して軽く手を横に振った。
この器具は執事の仕事で使うものなので扱いが手慣れており、彼としては御しやすかったのだ。
「でも、上手くテンソルを使いこなされてましたね。第2種てこ、見事な作用力・効き目でしたよ」
「テ、テンソル……?」
先程道具の使用を提案した少女がハヤテに言った。
ハヤテは言葉の意味がわからず、ちょっと理解できてなさそうな微妙な表情を浮かべる。
「物理学や力学で用いられる用語の事だよ。まあ力の量や方向に関する事を意味する言葉だと思えばいい」
「は、はあ……そうなんですか」
カユラに説明してもらい、ハヤテは大まかなニュアンスだけは何となく把握した。
が、その手の学力的知識は平均的な彼である。
あまりよくは理解できないという困った顔をしていた。
「ふふっ、直感って奴ですか?でも凄いと思いますよ。適した道具を選択してそのシチュエーションにおける理想的な使用方法を瞬時に思いつくんですから」
「い、いや〜それは買い被りすぎでは…?まあ必死にやってたら上手くいった……みたいな」
「くすくす。ま、そういう事にしときます。とりあえず、扉も開いたことだし、後は――」
「私が上手くやるだけだな」
カユラが開かれた扉のスペースの元に近づく。
彼女は床に腰を下ろして地面の先端部を手でつかむと、壁と開かれた扉の間の僅かなスペースに足を滑り込ませた。
「気をつけてくださいよ、カユラさん」
「大丈夫だよ。ノープロブレムだ」
事もなげに言って、彼女は穴に足を通していく。
そして、足が通過し終わると次は胴体をゆっくりとスペースに沈めていく。
彼女の小柄な身体は穴との僅かな間隔をギリギリの密着度で通り抜けていった。
「おい、大丈夫か?」
「あんまり無茶して身体を押し込まない方がいいわよ」
「大丈夫。もう後は頭だけ」
生徒達の心配をよそに、カユラは残った頭部も上手く角度を取って通過させていく。
そして、エレベーターの地面部の先端をつかんでいた手を放し、『スタン』と彼女は階の地に降り立った。
15秒ほどで、彼女はエレベーターの外に完全に脱出する事に成功したのだった。
「よし、脱出成功っと」
外に出たカユラは少し爽快な顔をする。
人が多くて狭かった昇降機内より、やはり広い外の方が気持ちがいい。
彼女は、うーんと伸びをして、上方のエレベーターの方を振り返った。
「カユラさん、急いでください!もう残り時間2分しかありません!」
「おっと、そうだったな。急いで上に行かないと」
ちらり、と腕時計を見る。
時刻は8時43分を表示していた。
「頼むぜ!ちゃんと間に合ってくれよ」
「お願い、アイテムを私たちの手に!」
生徒達は祈るようにカユラに託す。
「ふふ、不安がる事なんて何もないよ」
彼女は柔らかな微笑みを浮かべて彼らに言った。
「――絶対大丈夫だよ」
どこかで聞き覚えのある気がする某作品の名文句が彼らへと送られた。
言い終わると、彼女は踵を返して脇の非常階段をかけ登っていった。
「はは、カユラさん……。らしいですけど、ちょっと寒いですよ」
「これで間に合わなかったら爆笑ものですね」
足音が遠ざかっていく中で、ハヤテが少し脱力して苦笑し、グレーセーターの少女は失笑の気をのぞかせたのだった。
「さて……非常階段の表示を見るに、ここはまだ4Fらしい」
階段を駆け上がりながらカユラは目的地までの距離と所要時間を計算していた。
今通り過ぎた踊場の頭上には【▼4--5▲】の表示が掲げてあった。つまり脱出して降り立った階は4階という事になる。
そしてさっき廊下に掲示されていた塔内の案内図を見た限り、生徒会室がある最上階は階数で表すと12階のようだ。
そこまで行くにはまだ8F分上がらねばならず、少しばかり時間を要する。
「残り時間は既に2分を切っている。これはちょっとギリギリになりそうだ」
彼女は歩を速めて最上階へと急いだ。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.7 ) |
- 日時: 2013/12/12 02:00
- 名前: プレイズ
- タタタタタタ
カユラは息を乱して階段を駆け上がる。
今彼女はようやく11階まで上がってきた。
「く……あと何十秒残ってる、、、?」
急いでいるため彼女は腕時計を見る事もなく、ただ上を目指して段を蹴っていく。
残すは後1F分だけ。
脚のバネを最大値にしてカユラは上へと直行する。
小柄な体格からは想像できないスピードで、彼女は一気に階段の頂点に到達した。
『バン!』
弾けるようにドアを押し開けて、生徒会室の中へ入る。
一心に階段を駆け上ってきたため、彼女はかなり息を荒げて白い吐息を幾度も吐いていた。
「はぁ、はぁ……」
「何だ、誰かと思えば―」
カユラの視線の先の前方には、一人の女生徒が座っていた。
机の椅子に腰かけて、少女はティーカップを片手にこちらを見ている。
「カユラちゃんじゃないか」
意外そうに言い、彼女はカップをソーサーに置いた。
すると、同時に『リリリリリ』とベルの鳴る音が響いた。
「おや、調度リミットがきたみたい」
ふっ、と微かに笑みを見せて彼女は傍のタイマー時計の押しボタンをポンと押した。鳴っていたベルの音が止む。
時計はきっかり8時45分を表示していた。
「ま、間に合った?」
「ギリギリセーフ」
滑り込みでin出来たらしい。
少女の返答を聞いてカユラは大きく息をついた。
はあーっ、と長く吐息を吐く。
「ああーよかった、何とかなった。ほっとしたよ」
「期限時刻に間に合ってよかったな。しかし何でこんな時間ギリギリになったんだ?脱出に手間取ったのか」
意外な様子で聞いてくる少女。
カユラの方も意外顔をして言う。
「その様子だと、エレベーターが止まった事も知っている感じですね。オールバック先輩」
目の前のアーロンチェアに腰かけている少女、花菱美希に向けてカユラは訊いた。
問われた美希は軽く笑みを作る。
「ああ、把握しているよ。そりゃあ私も生徒会兼実行委員の一員だからな」
「なるほど。それでここで待っていたわけですか」
返答にカユラは納得した。
言われてみれば確かに彼女も生徒会役員だ。
生徒会が実行委員も兼ねる事を考えれば、彼女が顛末を知っていても何もおかしくはない。
「でも、脱出に時間がかかったのは仕方ないんじゃないかと思う」
カユラはまだ少し息を乱している。
吐息を吐きながら、彼女は美希に物申すように言った。
「エレベーターが、階の扉が僅かしか見えない位置で止まった。そこの扉を開けるのに結構手間がかかったよ。もう少し階の扉が見える位置で止まってくれていたら、もっと余裕で間に合ったはず」
「え〜〜そうなの?」
それは初耳だ、と言って美希は首を傾げる。
「おかしいな。エレベーターは階の扉が半分は見える位置で止める事になってたんだけど」
「実行委員の人が、止める位置をミスったと言ってた」
「あらら、それはいかんな〜……」
ため息をついて、美希は傍のティーカップを手に取った。
カップを口へと運び、彼女は紅茶を一口含んだ。
「事実だとすれば、手違いを起こしてしまった事になる。我々運営側の不手際だな」
「実行委員の人もそう言ってて、だから私一人が時間内に着ければエレベーターに乗ってる全員にアイテムを進呈するって言ってたよ」
「そうか。それでさっきあんな血相変えてギリギリの到着になったわけね。どれ、じゃあちょっと電話してみるか」
美希はポケットから携帯を取り出すと、どこかへとかけた。
「もしもし、田中君か?今の状況はどうなっている?」
電話に出た相手は先ほどエレベーターに居合わせていた実行委員らしい。
「ん?ああ、彼女ならちゃんと間に合ったよ。時間ギリギリだったがな」
美希がカユラの時間内到着を伝えると、電話の向こうから何人かの歓声が聞こえた。
アイテムゲットが確定した事による喜びの反応のようである。
その後、美希はしばらく状況の確認等を相手と話した。
そして、大方把握し終わった彼女は少しため息をついて彼に伝える。
「…わかった。はあ〜しかしマズったな。初っ端から運営側が手違いを起こしては生徒達に示しがつかないぞ。我々も兜の緒を締めないとな。では、一度切るよ。彼女に全てのアイテムを見てもらって、また再度かけ直すからその時に他の生徒諸君に電話越しに欲しいアイテムを選んでもらおう」
そう言って電話を切り、彼女は「あ〜〜」と少し上を見上げてエラーを口惜しがるように呟いた。
ティーカップを取ると、美希はまた紅茶を一口含んだ。
「やはりエレベーターの停止に関して不備が生じていたようだ。すまない」
「やっぱりそうか。さすがにあれは少し無茶だなと思った」
美希の言葉を受けて、彼女は頷いて納得する。
ふう、と吐いてカユラはようやく少し呼吸が落ち着いた。
「………?」
彼女はふと、疑問に気付いた。
辺りを見渡すと、生徒会室にはどうやら美希1人しかいないようだ。
いつも彼女と一緒にいるはずの泉・理沙の姿は見えない。
「あれ、そういえばオールバック先輩だけ?他の2人の先輩は…?」
「ああ、泉と理沙なら今開会式の準備に体育館に行ってるよ」
「そうなんだ、それでここには先輩しかいないわけですか」
カユラは生徒会室の中を見回して言う。
「無敵先輩もいない。てっきりここで出迎えてくると思ってたんだけど」
「ヒナも同じく開会式で体育館さ。他の生徒会役員も体育館か当日参加者への受付とかに行って出払ってるから。ここでアイテム進呈をする役は私1人というわけ」
結構寂しかったんだぞ〜?とちょっと恨み節を言いつつ、彼女は説明した。
「ま、この役には誰も手を上げなかったんでな。仕方なく私が買って出たんだよ」
「なるほど。そうだったんですか」
椅子に深く腰かけて、美希は両手を繋いでグーンと伸びをする。
ちなみに彼女が座っているのは生徒会長の席だった。
「しかしいいんですか先輩。そこは無敵先輩の席では?」
「いいんだよ、今は私がこの部屋の主なんだ」
楽し気に笑って、椅子のアームレストに片肘をつく。
彼女はその手の甲に顎を乗せてカユラの方を見た。
「さて、ではお約束のアイテムを見せてあげようか」
脇の一角を指差して彼女は言った。
カユラがそちらを見ると、長テーブルが3つほど連ねて置かれていた。
その卓上にはテーブルクロスが一面に被せられている。
アイテムはその下に置かれているようだ。
「ここにアイテムがあるの?」
「そう。今からじっくり見て選ぶといい」
美希は椅子から立ち上がり、長テーブルの元へ歩み寄った。
カユラもそちらへと移動する。
「じゃあ、アイテムのお披露目といこう」
テーブルクロスを手に持ち、美希はそれをバサッと取り払った。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.8 ) |
- 日時: 2013/12/21 02:21
- 名前: プレイズ
- 一方、その頃ナギ達はというと――
--白皇校舎前の一角--
前に連なっていた列はかなり捌け、ようやくあと数人で順番が回ってくるところまできた。
周囲では、秋の少し冷たい季節風が時折吹いて落ち葉を舞わせている。
その微妙に風が過ぎる中で、生徒達は列に並んで受付の番を待っていた。
ちなみにナギは待っている間ずっと不機嫌だった。
だが刃と彩葉が根気よく機嫌を直させようと努めたため、どうにか彼女の機嫌も直ってきたようだ。
「ナギ、さっきはほんとごめん……。僕の口が過ぎたよ」
「ふん、まったくだ。私を子供扱いしおって」
ナギは腕を組んで不満顔をしている。
しかし、さっきに比べるとふて腐れた態度はかなり治まっていた。
「俺らが悪かった。まあ調子に乗りすぎたな」
「……まあ、わかればいい。私もちょっと大人げなかった」
はあ、と息を漏らしてナギは腕組みを解いた。
「まあもうよい。これから大会が始まるというのに、長々とこんな事でウダウダしていられん」
「そうだね、今日は長丁場なんだ。嫌な気分をリフレッシュして、すっきりとした気持ちでのぞんだ方がいいよ」
「ああ。気分が冴えない状態でやっても上手くいかないだろうしな」
ようやく機嫌を戻したナギに2人はほっと胸を撫で下ろした。
「お、いつの間にかもうあとちょっとじゃん」
気がつくと並んでいた列はかなり捌けており、もうあと2人で番が回ってくるところだった。
彩葉はついっと時計塔の方を見て時間を確認する。
「もう8時45分か。ハヤテの奴、ちゃんと間に合ったんだろうな」
「大丈夫だよ、ハヤテなら。今頃とっくにアイテムを吟味し終わってこっちに電話をかけようとしてるところだろう」
ハヤテに対して自信を持っているように、ナギは彩葉に言った。
「そうか、まああいつの事だ。おそらくそうだろうな」
「ねえ、2人とも、今のうちに概要を見ておかない?」
刃が再び鞄から概要を取り出して、彼らに見せた。
「あ、そういえば列を待っている間に概要を読んどこうと思ってたんだっけ」
「そうだったな。すっかり忘れていた」
ナギは刃の持つ概要を横からのぞき込む。
彩葉も反対側からのぞき込んだ。
「えっと、まずは……どこから読もうか?」
両脇の2人にそれぞれ首を振り向けて刃が訊く。
「とりあえず優勝賞品と大会の競技形式を確認しておきたい」
「そうだな。俺もそれを知りたい」
「わかった。え〜っと、それはここの箇所に書いてあるね」
2人の意見を聞いて、刃は該当の事が書かれている項目を指で指し示した。
【優勝賞品:賞金は無し。優勝賞品として優勝者の望む物を与える。ここでいう物とは、物品・食料・イベント・書物等である。ただし物品には金銭や家屋などは含めないものとする】
【競技形式:所定の場所からの脱出(制限時間あり)】
【参加資格:白皇学院在籍の高校生である事】
【脱出競技は計2回行う。評価はポイント制で加点方式。競技1回につき、制限時間内に脱出出来れば5点。脱出出来なければ0点。脱出までの所要時間が早い上位3名には、さらに付加ポイントを付与。1位に3点、2位に2点、3位に1点がそれぞれ加えられる。2回の競技を終えた時点で最も合計獲得点数が高い者を優勝者とする】
【脱出に際して、他の者と協力して脱出する事もOKとする。ただし、先にゴールラインに達した者を先着とするため、他の参加者と組むにあたっては上位3位以内に与えられる付加ポイントが得られない可能性を考慮する事が必要である】
【※当大会では事前に用意されたいくつかのアイテムを使用する事が出来ます。しかし、大会当局により許可された事前配布アイテム以外の物は使用することが出来ません。もし許可されていないアイテムを使用した事が確認された場合は、当該使用者に−5点のペナルティを科します】
「ほう、なるほどな。なかなか凝っているルールじゃないか」
「面白そうじゃん。俄然興味が湧いてきた」
「ふふ、でもよくこんな細かいルールを考えられるよね」
3人はルールを読んでそれぞれ興味を向上させた。
「優勝賞品は賞金じゃなく、優勝者の望む物か」
「マラソン大会とは違った趣向だな。だが良いじゃないか。そっちの方がただの金よりもロマンがある」
そう言って微笑を浮かべ、ナギは少し思慮を巡らせるように顎に手を当てた。
「ナギは優勝したら何をもらうつもり?」
「そうだなあー」
訊いてくる刃に彼女はしばらく考えた。
そして、少し口元をにまりとさせた。
「―ふふ、うんそうだな。決めたぞ」
「何にするの?」
「秘密だ」
ナギは微笑して答えない。
「え〜なになに、気になるよ〜!」
「内〜緒なのだ」
はぐらかすナギに刃は余計気になってしまう。
が、ナギは不敵な微笑を見せるのみで教えようとはしなかった。
「ちぇ〜、ナギの意地悪」
「はは、まあ今は伏せておくよ。どうせ私が優勝すればわかる事さ」
彼女は自信ありげに言う。
「しかしナギ、大した自信だな。優勝出来んのか?」
「まあ見ていろ。私にだって勝算はある。それに私にはハヤテがいるしな」
「そうだった、お前には執事が付いてるんだった。でもハヤテが味方っていうのはちょっとズルいよな」
少しやっかむように彩葉が言う。
「お前にだって執事はいるだろう」
「まあな。確かに俺にも執事が付いてる。だがやっぱハヤテは強敵だぜ。敵に回したくはないな」
彩葉はハヤテの凄さを知っているため、彼のやばさは十分に理解していた。
なので彼がライバルになるのは、優勝するためには好ましくはない。
「ふふ、だったらナギ達と組めばいいんじゃない?」
「おいおい簡単に言うなよ、小鳥遊。組んだ所で最終的には争う事になるんだぞ。ライバルと組む事にメリットがあるか?」
「それは確かにそうだけど。でも、組んだら脱出はしやすくなるわけだよ?とりあえず脱出が出来れば5点はもらえるわけだから。力のある人と組むメリットは小さくないんじゃない?」
「……なるほどな。確かにそうかもしれない」
刃の進言に彩葉は少し考えるように頷く。
「くく、まあ組んでやってもよいぞ」
「…!」
ナギが含み顔で彩葉に笑みを向けた。
「だがまあ状況によっては、だな。組んだ方がよさそうだとなれば、組むっていうのでいいんじゃないか」
「………」
ナギの言葉を受けて彼は考えた。
「ま、いいだろう。その方がスムーズに脱出が運ぶ状況だと判断したら、組む事にするか」
「ああ、それでいい。その方が優勝に手が届きやすくなるしな。私にとってもお前にとっても」
双方ともにメリットがあるので、ナギ達は状況によっては組む事に決めた。
「ねえねえ、僕も場合によっては協力させてもらってもいいかな?」
「もちろんいいぞ。お前は結構骨があるからな」
「小鳥遊、お前だったら気兼ねなく組めそうだから、俺もOKだ」
刃も同じく状況に応じて組む事になった。
「じゃあ、今度はどこを読む?」
概要を見やすいように広げて、再び刃が両サイドの2人に顔を振り向けて言った。
「次はプログラムが見たいな」
「そうだな。大まかな流れを把握しておきたいし。ってか最初はどこへ行けばいいんだ?」
2人の要望に沿って刃は概要を1枚めくった。
次のページには大会のプログラムが載っている。
彩葉の質問に、彼はプログラムの最初の方を指差して答えた。
「この後は、まず体育館で開会式があるよ」
「何時から?」
「えーと午前9時からだね」
「もうすぐか。じゃあ受付が済んだらすぐに体育館に行かないとな」
「その後はどういう進行をする構成になっているんだ?」
今度はナギが訊いた。
刃は指を軽くゆっくり擦らして、プログラムの順序を追っていく。
「その後、メイン会場に移動して最初の脱出アトラクション競技が始まるみたい」
「メイン会場ってどこだ?」
「うーんと……あれ、書いてない」
プログラムには、開会式後メイン会場にて競技開始とだけ書かれている。
その会場がどこなのかは、何故か記述されていなかった。
脇に注釈で【実施会場は後でお知らせします】とあるのみだ。
「変だな。普通は概要やプログラムに書いておくものだろう」
「そうだね。まあどこか広い所でやるんだと思うけど」
「使われてない旧校舎辺りを使うんじゃないか?あそこなら数百人単位でも収容可能だろ」
メイン会場がどこになるのか予測を始める3人。
しかし、その時前方から声がかかった。
「お待ちの方、次どうぞ」
「あっ、もう順番みたいだ」
受付の女生徒に呼びかけられ、彩葉が我に返って振り返る。
いつの間にか自分たちの番が回ってきていた。
彼らはその後、それぞれ受付を済ませた。
不在のハヤテの受付もナギが代理人として生徒証を見せ、支障なく完了した。
「よし、これで晴れて大会に参加できるな」
「じゃあ早速体育館に移動するか」
「ってかハヤテからまだ電話こないな。もうとっくに時計塔の最上階に着いてるはずなんだが」
「もしかして、間に合わなかったとか……?」
刃が少し不安そうな顔を見せて呟く。
「ははっ、まさか。そんなの有り得んよ。心配するな小鳥遊」
「そうだな。俺もあいつがそんなヘマするとは思えない」
彩葉がナギに同意して頷いた。
「受付をショートカットして時計塔に向かったんだ。あいつの腕なら時間十分で到着してるはずだよ」
「そっか、うん、じゃあきっと大丈夫だよね」
2人の自信あり気な言葉に、刃は安心したように微笑んだ。
「きっと優良な使えるアイテムを選ぶのに夢中でこっちに連絡するのが遅れてるんだろう」
「あ〜多分それだよ。結構用心深いからなあいつ」
ハヤテからの連絡がまだきていないが、彩葉達はひとまず体育館に向かう事にした。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.9 ) |
- 日時: 2013/12/25 21:29
- 名前: プレイズ
- --エレベーター機内--
カユラが脱出してから数分して、悠真の携帯電話の着信音が鳴った。
電話に出た彼はまず彼女が時間内に着いたかどうかを相手に尋ねた。
同時に生徒達は悠真の携帯の受話器口に寄って向こうが何と言うかを聞き取ろうとした。
すると『彼女は間に合った』という声が彼らの耳に聞こえた。
「やった、どうにか時間内に到着できたみたいだな」
「よし、よくぞ最上階までタイム内にたどり着いた!」
「これで、アイテムがもらえるのね!」
「っしゃあああ、これでゲッツ!ゲッツ!!」
生徒達はアイテムの取得が確定した事で喜びに湧く。
そのために今回ここへ来たわけで、これでもしもらえないとなっていたら意気消沈になる所であった。
その後、悠真は相手と少し話し込んでいた。
何やらエレベーターの停止位置が予定よりズレた事を報告していたようだった。
「―わかりました。ではまた後ほど」
電話を切り、悠真は生徒達に言った。
「今しがた上から連絡がありました。先程向かった彼女が最上階の生徒会室に時間内に到着したとの事です」
彼の報告にまた生徒達は喜んで湧く。
「じゃあ、約束通り俺達にアイテムをくれるんだろうな?」
「ええ。提示した条件を達成されましたので、もちろん全員にアイテムを差し上げましょう」
「っし!アイテムゲッツ!ゲッツ!」
「やったわ、これでアイテムが手に入るのね!」
他の生徒達が湧く中で、ハヤテはほっと溜息をついた。
「よかった……これでお嬢様にアイテムを持ち帰る事ができる」
「お嬢様…?それって、もしかしてあなたの雇主の事ですか?」
隣にいるグレーセーターの少女が、ハヤテに言った。
「あっ、はい」
「ってことは、あなたの主さんが受付が遅れて当日参加になって、それで執事のあなたがこうして出向いてきたって事ですか?」
「ええ、そうです」
「へ〜、じゃああなたはそのお嬢様のためにアイテムを取に来たってわけですね」
興味あり気な微笑みを向けて彼女は訊いてくる。
「そうですね。あと、他の友人にもアイテムを持って帰りたいと思っています」
「なるほど。それはいい心がけです。他人思いの人って素敵ですよ」
フフ、といって彼女は微笑した。
「あなたもやはり当日参加でここに?」
今度はハヤテの方が少女に訊く。
「………」
問われて、彼女は少し向き直った。
そして口を彼の耳元に寄せて、声を潜めて呟いた。
「いえ、私はただの――偵察です」
「え……?」
意外な答えにハヤテは少し驚く。
少女は彼の耳元に口を寄せたまま続けた。
「ふふ――まあ、その辺りの事は、またここから出た後で」
妖しく微笑して、彼女は耳元から顔を遠のけた。
=======
☆すみません、今回は短めです。
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Re: 脱出!!大アトラクション大会 ( No.10 ) |
- 日時: 2014/01/02 00:30
- 名前: プレイズ
- どうも、新年一発目の更新です。
未熟者で稚拙な文章ですが、今年もよろしくお願いします。
では以下からが本編です。
=======
それからしばらくして、また悠真の携帯が鳴った。
彼はポケットに手を伸ばし、電話を取る。
「はい、田中ですが」
電話に出ると、相手は美希だった。
彼女によると、カユラにはアイテムを一通り全て見てもらい、選んでもらったという。
そして、次に今エレベーターに乗り合わせている者達にアイテムを選んでもらうから、生徒の誰かに代わってくれ、との事だった。
「―了解です」
悠真は電話機を耳元から離すと、生徒達に言った。
「再度上からの電話です。皆さんにアイテムを選んでいただくので、まずどなたか代わってもらってよろしいですか」
言われて生徒達は皆を見回す。
「誰か代われってよ」
「どうする?」
「では、僕が」
ハヤテが悠真の元に進み出た。
彼から携帯を受け取り、スピーカー部に耳を当てる。
「もしもし、代わりました」
『―んん…?その声はもしかして、ハヤ太君か』
電話口の向こうからは、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「その声は……もしや花菱さんですか?」
『ああ私だ。君も当日参加でアイテムを取りに来たのか』
「ええ。ちょっとこちらに不届きがあって申請が遅れてしまって」
美希は、これからアイテムの詳細を伝えるからそれを聞いた上で君らの欲しいものを選んでくれ、と言ってきた。
『今カユラちゃんにアイテムを一通り見てもらったから。なので、ここにあるアイテムの情報は彼女に伝えてもらおう。じゃあ代わるよ』
『―もしもし』
「あ、カユラさんですか」
『うん、私。ハヤテ君か』
電話を替わったカユラは、アイテムは全て見終わったと伝えてきた。
聞いたハヤテは、少し頷いてから彼女に言う。
「そうですか。あ、それよりもまず、ありがとうございます。カユラさんのおかげでアイテムを取得出来る事が叶いました」
『いやいや、礼には及ばない。私はただ出来る事をしただけだから』
「他の方々も皆さん感謝していらっしゃいますよ。カユラさんのおかげでアイテムをもらえる事が出来た、ありがとうと伝えておいてくれ、って」
『はは、それは嬉しい反応だな。ま、だから言っただろ。絶対大丈夫だよ――ってさ』
某宣言の通りに間に合った事を少し愉し気に言うカユラ。
「……はは、まあそれはネタセリフですけど、実際に大丈夫だったのはさすがカユラさんです」
『ふふ、まあそういうこと』
若干呆れ混じりに苦笑するハヤテに、カユラは誇らしさを混ぜた声で返した。
『さて、では本題に移ろうか。さっき全部のアイテムを見せてもらったよ』
彼女は先ほど美希に用意されたアイテムを見せてもらっていた。
そして今、そのアイテムの情報を伝えるために電話を取り次いだのだ。
『今からアイテムの種類を言うから。その中から欲しいやつを選んで』
「わかりました」
『まず――』
彼女が伝えてきたアイテムは全部で10種類あった。
数が多いため、以下にその詳細を付記しておく。
§用意されているアイテムの内訳§
1つ目は『鍵束』 使うと、鍵のかかったドア等の施錠を外すことが出来る。 ただし、鍵は数十個の物がリングに束になって付いているため、その対象に合致する鍵かどうかは逐一挿し回して確かめなければならない。 ※この鍵束は、無いと脱出が出来ないというわけではない。鍵付きのドアを通過しなくても脱出可能なようにちゃんと考えられている競技なのでご安心を。 ただ、鍵付きのドアの中には稀に近道となるルートに繋がっているものもあるので、持っていればメリットになるアイテムである。
2つ目は『白色金の懐中電灯』 暗がりを明るく照らし、視界を見やすくするのに役に立つ。 光源の明るさを調節でき、ライトの色を色とりどりに変更できる。 ただの懐中電灯よりも高性能である。
3つ目は『地図』 脱出の舞台となる建物内の構造を把握することが出来る。 ただし、そこまで詳細には書かれていないので大まかな略図程度の物である。
4つ目は『高性能小型PC』 某社製7.2型液晶の軽量小型PCハイエンドモデル。 ハイテクパソコンを駆使しての情報収集・検索等が出来る。超小型で軽量なので携帯しやすく持ち運びも楽々。 他にも、建物内にある機器をBluetoothを駆使して遠隔操作する事なども腕利きの人なら可能。 電源はモバイルで長時間使用できる。もし電源の残量がやばくなってもご安心あれ。建物内のコンセントは自由に使用可能なので必要ならばいつでもアダプターで充電しちゃおう。
5つ目は『エアソフトガン』 遠距離の標的に向けての射的が出来る。 ただし腕の優れた者でなければ的に命中させることは難しい。
6つ目は『ローラースケート』 足に付けて走れば通常の速度より速く移動が可能。 ただし常時装着は不可。装着して走行可能な時間は脱出競技1回につき5分までとする。 装着して走行すると、ローラースケート本体の側面に残り走行可能時間が表示される。 残りタイムが10秒を切ると、アラーム音が鳴る。0秒になるまでに走行を停止してスケート靴を足から外さないと失格となるので注意する事。ただし、失格となってもその後の競技全部に出れなくなるわけではない。その回の競技のみ失格でその回の獲得点数は0点となる。
7つ目は『金属探知機』 建物内にある“金属”を探知する装置。 細かな品目ごとに探知が可能。 ※特例として、建物内で拾った金属は自由に使用できるものとする。
8つ目は『電気ケトル』 寒い時でもこれで安心!飲み物を温めて飲んで温まろう。
9つ目は『鉤縄』 先端に鉄鉤がついている縄で、壁などを上るのに役に立つ道具。 足場がない壁などを上りたい時などに重宝する。
10個目は『???』 黒い風呂敷に包まれている謎のアイテム。 形は球体で、大きさは野球ボールを2回りぐらい大きくしたサイズ。 ベールに包まれているため使用方法・効能等は不明。 なお、使用するまで風呂敷を解くのは禁止。
さて……長くなったが、以上がもらえるアイテムの詳細である。
『今の説明でわかったかな』
「はい、まるで地の文の解説を読んでいるみたいによくわかりました」
カユラによると、もらえるアイテムは1人につき2つまでとのことらしい。
10種の中から欲しい物をそれぞれ選んで教えてくれ、とのことだった。
話を聞いたハヤテは、カユラに少し時間をくれと言って一度保留にした。
まず、彼は他の生徒達にその事を伝えた。
そして、次に自分の携帯からナギ達へと連絡を入れ、彼女らにもアイテムの詳細を話してどのアイテムが欲しいかを訊いた。
数分後、彼女らの答えを聞いて通話を終わり、その後で他の生徒達の希望するアイテムを聞いた。
しばらくして、全ての生徒から(グレーセーターの少女除く)希望のアイテムを聞き終わったハヤテは携帯の保留を解除した。
「あ、もしもし。カユラさん、お待たせしました」
『皆欲しいアイテムは決まった?』
「はい。では今から希望するアイテムを伝えますね―」
ハヤテはメモった生徒達の希望アイテムを電話越しにカユラに伝えた。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.11 ) |
- 日時: 2014/01/03 23:10
- 名前: プレイズ
- ども、プレイズです。
前回の更新分に一箇所誤りがあったので、その部分を修正しておきました。
修正個所は【5つ目は『モデルガン』】→【5つ目は『エアソフトガン』】です。
書いた際にモデルガンをエアガンと混同しちゃってたので……(汗) モデルガンだと弾が発射できないので誤りでした。
あと、本作のタイトルの方も若干変更しました。 【大】の字を削除しています。表現がちょっと大仰すぎると感じたので。
では、以下からが本編です。
=======
ところ変わって、白皇学院の体育館。
開会式の開始まではあと10分といったところ。
現在、館内は多くの生徒達の声でざわついている。
既にここには700人弱は入っているだろうか。
さすが白皇の体育館だけあって、その規模は大きい。
大勢の生徒を収容できる十分な広さを誇っていた。
室内では色々な箇所から生徒達の話し声が聞かれる。
館内に入って受付済の控を係員に見せた者から順に、前の方へ進んで列を作って待機していた。
「いや〜、それにしても凄い数だね。今は全校集会で集まってるわけでもないのに」
少しひょうきんな声でそう言い、瀬川泉が新鮮な様子で少し目を見開いた。
「まあ今回は5大行事の一つだからな。それに優勝賞品として自分の欲しい物をもらえるとあれば、そりゃあ皆こぞって参加するさ」
こう言ったのは泉の後ろに立っている朝風理沙である。
「それに今回は色々と趣向が凝らされているから、興味を惹かれる生徒も多いだろう」
「そうだね〜。概要のルールの項を見たら面白そうだったもん」
泉はワクワクした様子で、集まった多くの生徒達を見渡した。
「でも、この大勢の中から一番にならないといけないのは大変そうだね」
「ああ。皆、己の欲する物を獲得するために目の色を変えているようだ。1位を取るためにありとあらゆる手段を駆使してきそうな殺気を生徒達から感じるぞ」
理沙の言う通り、この場に集まった生徒達の多くは普段の様子とは異なる異彩を放っていた。
獲物を狩るような、狂気に満ちたオーラを醸し出している。
「くく、まあ俺にかかれば優勝もお手の物ですがね」
「あ、虎鉄君」
泉達の隣にいつの間にか現れたのは、瀬川家執事の瀬川虎鉄。
彼は不敵な笑みを見せて泉に言う。
「今回の大会、ぜひともこの俺が優勝してみせますよお嬢」
「虎鉄君はりきってるね〜」
「何せ、勝てば欲しい物がもらえるそうじゃないですか。その“物”の中には、イベント等も含むってありましたからね」
虎鉄は、グっと拳を握りしめて気勢を上げた。
「俺はこのアトラクション大会で優勝して綾崎を鉄道旅行に誘う!そしてサ○ライズ出雲に乗って、寝起きを共にして綾崎に鉄道の魅力を堪能してもらうぞ!」
「あはは虎鉄君、やっぱりハヤ太君が動機なんだね。でも、仮に優勝できたとしてもハヤ太君は旅行を受けてくれないんじゃない?」
「いえいえ心配には及ばないですよ。優勝して賞品に誰かとの旅行イベントを希望した場合、指名された相手に拒否権はないそうですから」
「ええっ、そうなの?」
はい、そうなのです。
実は優勝賞品として生徒の誰かとのイベント参加を優勝者が希望した場合、参加を要請された生徒は拒否する事は出来ないというルールになっています。
ただし、それが適応される対象は“今回のアトラクション大会に参加をしている生徒”という決まりになっているので、参加申請していない生徒には適応されません。
つまりこの大会に参加をする生徒は、誰か他の優勝した生徒から賞品のイベントに同席するように希望された場合、例え行きたくなかろうと強制的に参加しなければならない、という事になります。
なので参加者たちは、それを事前に承知した上でこのアトラクション大会に臨む必要があるのです。
「ほえ〜、そんなルールがあったんだ……」
泉は虚を突かれたように驚いて目をパチクリさせた。
それを見て理沙が意外そうに言う。
「何だ、泉は知らなかったのか?」
「いや、私はそこまでしっかりと概要を読んでなかったよ〜…」
「おいおい。仮にも生徒会役員ともあろう者が、それでは少しぬけすぎだぞ」
「そ、そうだね……」
それからしばし無言になり、泉は何か考え込んだ。
「ま、そういう事なんで俺は今回の大会、何としても優勝してやるつもりですよ」
「しかし君も相変わらずのハヤ太君ラブだな虎鉄君」
「ははは!そうですとも、俺は綾崎を心の底から愛していますから!」
理沙の言葉に羞恥心の欠片もなく肯定する虎鉄。
相手が同性である事などおかまいなしの溺愛ぶりだ。
「ははん、威勢がいいな瀬川虎鉄」
と、そこへ不意にどこからか声がかけられた。
「だがお前に優勝はさせない!優勝するのはこの僕――」
泉の反対隣りから、また一人男子生徒が現れた。
「――東宮康太郎だ!!」
啖呵を切って、彼、東宮康太朗は虎鉄に宣言する。
優勝するのはこの僕だ……!と。
「おいおい、誰かと思えば東宮の坊ちゃんか」
「くくくっ、今回の大会でお前に勝ち目はない。何せ僕が優勝するんだからな」
自信満々な様子で康太郎は言った。
「あの東宮君とは思えない自信のあり様じゃないか、どういう心境の変化だい?」
「ふふふ、僕は今回の大会で勝つためにずっと修行してきたんだよ」
理沙の質問に彼はその理由を説明する。
「修行?」
「ああ、山に籠って鍛錬を積んできたのさ。体力と精神を鍛えるべく、心身を鍛える修行をな」
「…それは凄まじいな。しかし、意外だ。何故そこまでの事をするんだい?それもあの貧弱な東宮君が」
「それはだな、今回の優勝賞品の選択肢にイベントってのも含まれてるだろ?」
康太郎は目をキラリと光らせて言った。
「この大会で優勝したら、桂さんをクリスマスにイルミネーションを回るツアーに招待するんだ。そして、一緒にイルミネーションを見て歩いたり、ホテルでディナーを食べたりするつもりさ。桂さんと……!」
「ああ、やはりヒナが理由だったか」
納得したように理沙が頷く。
「君もヒナのためによくそこまでするね」
「そりゃあもう!桂さんとクリスマスを一緒に過ごせるなら、どんな過酷な修行だってこなしてみせるさ」
燃える意志を瞳に宿し、彼は宣言する。
「だから、今回優勝はこの僕、東宮康太朗がいただく。他の奴らには悪いがな」
「ほう……東宮の坊ちゃんにしては、大した意気込みじゃねえか」
虎鉄が口元を少し笑わせた。
「なら容赦なく潰させてもらおうか」
「くく、僕はもう以前の僕じゃない。修行で鍛えた生まれ変わった僕の力を見て驚くがいい」
お互いの願望を実現させるため、火花を散らせる2人。
その間で、泉はまだ無言で何かを考え込んでいた。
「泉、どうした?急に黙り込んで」
「あ、いや……」
理沙に訊かれて彼女は少し動揺して、頭を振った。
「ね、ねえ虎鉄君」
「何ですか、お嬢」
「少し相談なんだけど、虎鉄君と組んでもいいかな?」
不意に泉は虎鉄に協力する事を申し出た。
「お嬢が俺と?でも、今回は俺の願望は綾崎との鉄道旅行ですからお嬢の希望とは絶対違いますからね。俺と組んでもお嬢にはメリットにはならないんじゃ……」
「ううん、別にいいんだよ。だって私は優勝しても特に願望がないんだっていうか、そもそも私が優勝する事自体有り得ないから自分の願望とか考えもしてなかったよ。だから私は虎鉄君が優勝して、虎鉄君がハヤ太君との願望を叶えて、それで虎鉄君が喜ぶなら、私はそれで嬉しいから。だから、虎鉄君のために協力したいなって」
彼女は虎鉄を思うように、笑顔で言う。
「そうですか。ありがとうございます、お嬢。なら、お嬢にも協力してもらって俺の優勝をサポートしてもらいましょう」
「うん、じゃあ私も虎鉄君に協力させてもらうね」
こうして、泉も虎鉄のサポートをすることになった。
「しかし、そういえばお嬢は生徒会でしょう?桂にしてもそうだ。この大会には運営としての参加で、普通に大会に参加することは出来ないんじゃないですか?」
「うん、まあそうなんだけど、生徒会でも全員が運営に回るんじゃなくて何人かは参加者として大会に出ることになってるんだよ」
「ええ、そうなんですか?」
生徒会は今回の大会で実行委員も兼ねているので、多くは運営側につく。
なので運営についている生徒は大会に参加者としては参加できない。
しかし、生徒会のうち何名かは生徒会代表として、運営ではなく参加者として参加できる事になっていた。
ちなみに生徒会で参加枠に入ったのは、ヒナギク、泉、その他に数名いる。
「なるほど。それでお嬢がちゃんと大会に出られるってわけだ」
「えへへ、そうなんだよ〜」
「そう、つまり桂さんもイベント同席を依頼すれば受けてくれる対象になるってわけなのさ」
康太郎がまた瞳を光らせて言った。
「だからお前は桂を誘うために本気になれるってわけか。合点がいったぞ」
「くく、優勝は僕がもらう」
不敵な笑みを見せて康太郎は笑った。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.12 ) |
- 日時: 2014/02/09 22:37
- 名前: プレイズ
- どうも、プレイズです。
前回からめっちゃ日が開いてしまいましたね。
最近私生活の方が色々立て込んでいて、なかなか更新する事が出来ませんでした。 更新が一月以上出来てなくてすみません。
では、超久しぶりの更新ですが、以下からが本編です。
=======
エレベーター機内では、ハヤテが生徒達の希望するアイテムをカユラへと伝え終わっていた。
『わかった。じゃあ今メモったアイテムリストを伝えておくよ』
「お願いします」
ハヤテは要件を伝え終わり、また美希が電話を取り次いだ。
『もしもし、私だ。では今伺ったアイテムを必要個数分用意しておくから、そこから出た後で生徒会室まで来てくれ』
「わかりました。あ、そうだ花菱さん、このエレベーターはいつ再稼働する予定なんですか?」
懸案事項を思い出したハヤテは美希に尋ねた。
『ああ、そうだったな。そのエレベーターは旧式タイプだから機能停止からの再稼働にちょっとばかし時間がかかるんだ。時間にしてだいたい15分ぐらいは通電が止まったままの状態が続くかな』
「そうですか……ではその後はまたちゃんと動くんですよね」
『ああ。目安時間経過後に通電が復活する。それを確認したら、こちらでプレス機のプレスを解除するよ。そうすれば、エレベーターがまた動くようになるから。後は最上階へのボタンを押して上がってきてくれ』
「わかりました」
『こちらのミスで迷惑をかけてしまってすまない。では悪いがもうしばらくの間、そこで待機していてくれ』
美希は運営の不備を謝罪し、しばしエレベーター内で待機するように伝えてから電話を切った。
「ふう。まあ、という事のようです。もうしばらくの間、ここで待機して待ちましょう」
ひとまず取り急ぎの要件はクリア出来、ハヤテは息を吐いて皆に伝えた。
「ちぇ、エレベーターが動くまではここで缶詰か」
「早く電気が通ってほしいわ」
「まあしかしアイテムはもらえる事になったし、それは安心したぜ」
「んだな、とりまアイテムは確定ゲッツ!」
生徒達はアイテム取得が叶ったため、とりあえずは一息ついて落ち着いた。
多少の不満はありつつも、皆少しの間ここで待機することに決めて腰を下ろした。
と、その時ハヤテの横にいたグレーセーターの少女が、不意に何かに気づいた様に言った。
「あれっ、そういえば……」
「どうしました?」
「いえ、たしかもうすぐ……」
少女は腕に付けている自身の腕時計を見る。
「今もう8時52分……」
「それが何か?」
ハヤテが彼女に訊いた。
しかし少女が答えるより速く、他の生徒達も彼女の言葉を聞いて慌てだした。
「って、うおっ!もうそんな時間かよ!?」
「大変…!早く体育館に行かないと」
「どうされたんですか?何か問題でも……」
彼らが焦る理由がわかりかね、ハヤテは尋ねた。
「9時から開会式が始まるんだよ。今すぐ行かねえと、間に合わねえ」
「開会式……?」
「ああそうさ。お前知らねえの?概要にそう書いてあったろう」
ハヤテはしまった、と思った。
アイテム取得の期限時刻ばかりに気を取られていたため、その後の予定に関しては全く目を通していなかったのだ。
「そうか、開会式が。ですが、別に開会式に出られなかったからといって問題はないのでは?別段競技に支障があるわけでもないですし」
「確かに、出なくても別に失格になるわけじゃねえ。だがそこで何か情報が告示されるらしいんだ。脱出競技に関する有用な情報がな」
「情報が告示される?そんな事が概要に書いてあったんですか」
「そうよ。だから、開会式にはぜひ出たいと思っていたの。でも、この状況じゃ……」
生徒達は困惑した様子で腕時計を見る。
「もうこんな時間……エレベーターも動かないし、これじゃあ開会式に出れそうにないわね」
「くそっ!何とかならねえのかよ、実行委員!」
不満を爆ぜるように男子生徒の一人が悠真に尋ねた。
「そうですねえ。確かにこの状況では皆さんが開会式に出席する事はまず不可能でしょう」
悠真はしばし考えた後、彼らに言った。
「では、体育館にいる生徒会役員に電話を繋ぎましょうか。その向こうの電話とこちらの電話をスピーカー通話にして、こちらに向こうの音声を伝えてもらうように取り計らいましょう」
--体育館--
体育館の舞台袖に、2名の生徒が待機していた。
そのうちの1人、紫の髪をした淑やかな女子が口を開く。
「もうあと3分ほどで開始ですね、会長」
「そうね、じゃあそろそろ壇上へ行く準備をしようかしら」
ピンクの髪をシャラリと棚引かせて、麗しくも凛々しい佇まいをした少女が言った。
彼女はこの後の挨拶のために今ここで待機をしている。
時間が間近となったのを確認し、紫の髪の少女が舞台袖を一度降りて、下に待機していた少女に声をかけた。
「こちらは準備が出来たわ。では呼びかけの方をお願いね」
「了解です」
報告を受けて、メガネをかけた知的そうな少女がマイクに手をかけた。
と、その時。
彼女のポケットから不意にバイブ音がした。
「――ん?」
マイクを放し、彼女は懐から携帯を取り出した。
「はい、春風です」
『あ、春風先輩ですか。式の直前に電話して申し訳ない。田中です』
聞こえてきた声は、同じ生徒会である田中悠真のものだった。
「何だ、悠真君か。どうしたんだ?何か問題でも発生したのかい?」
『はい――。それが――』
その後、千桜は悠真としばし通話し、向こうの状況を概ね把握した。
「なんと……それはトラブルだったな。わかった、じゃあこっちの携帯をスピーカー通話状態にしておくから、それでこちらの音声をそっちのメンバー全員に聞こえるようにしよう」
『助かります』
千桜は携帯を操作し、スピーカー通話に切り替えた。
「さて、では気を取り直して――」
再びマイクに手をかけ、彼女はスイッチを入れてそれを口元へ取り寄せた。
そして少し呼吸を整えてから、館内へ向けて呼びかけた。
『えー、皆さん、只今から開会式を執り行います。お静かにお願いします』
ざわついた館内はすぐには静かにならず、しばらくがやがや状態が続いた。
しかし彼女が根気よく勧告を続けると、少しして生徒達はある程度静かになった。
『―では、準備が整いましたので』
千桜はまた一呼吸置いて、続ける。
『只今から秋の脱出アトラクション大会、開会式を始めさせていただきます。では始めに、開催にあたりまして生徒会長の桂ヒナギクより開会の挨拶をお願いしたいと思います』
紹介に続き、舞台の袖から1人の少女が姿を見せた。
ピンクの髪をシャラリと棚引かせて、彼女は壇上へと歩いていく。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.13 ) |
- 日時: 2014/02/26 21:48
- 名前: プレイズ
- 壇上に立ったヒナギクは、軽く一つ咳払いをした。
「コホン」
左右往々を見渡して、生徒達の姿を視野に収める。
そして、マイクを持ってナチュラルに健勝な微笑みを見せた。
『皆、今日は白皇の一大イベント、秋の脱出アトラクション大会ね』
開口一番、彼女は親しみ深く言葉を彼らへかけた。
『今日は少し肌寒いけど、ちゃんと動ける準備は出来てるかしら。ま、ここに集まってる時点で皆やる気があるのは確定してるから問題はないと思うけど』
ヒナギクが問いかけるようにして言う。
下で見ている生徒達は、それぞれ頷く者もいれば微妙な表情で苦笑いを見せる者もいる。
彼らの反応に彼女は少し笑った。
『フフ、何だか寒いのが嫌な人もいるようだけど、今日はそんな事を気にしてたらこの大会を勝ち取れないわよ。2位以下は望みの商品は何ももらえないから、優勝という結果にかかる価値はとても大きい。優勝するためには、当然しっかりと体を動かして頑張らないといけないから』
一つ呼吸を開けて軽くマイクを握り直す。
『今回の大会は、もうとっくに知っていると思うけど、脱出競技よ。指定の会場内にて、指定されたゴール地点までたどり着けばクリアー。当然脱出競技だから、会場内にはバリケード的な物や仕掛けが色々と施されているわ。そして時には走ったり駆け下りたりもしないといけないし、体も動かして頑張らないといけない。知力と体力が要求される、なかなかに面白味のある競技よ。それを計2回行って、合計獲得点数が一番多い人が優勝になるわ』
細かなルールについての説明は概要を見てね、と言って彼女は続けた。
『私からは、何点か大事な情報を言わせてもらうわね。では、まずはメイン会場の発表からしようかしら』
言って彼女は壇上を少し離れ、右横へと移動した。
すると、壇上の背後の壁際に投射スクリーンが降下してきた。
そして数秒の後、そこに映像が映し出される。
ヒナギクはポケットから取り出した伸縮式差し棒を手に持つと、映像に向けて差し棒を伸ばした。
『これが今回の大会で使用するメイン会場』
指し示された映像は、どこかの屋内と思しき場所のようだ。
映っているのはおそらく廊下と見える。
スクリーンに映し出された情景を見た生徒達は、口々に言った。
「あれ、あんな場所うちにあったっけ…?」
「あれってどこかの…廊下……?でも私あんな廊下、見たことない気がするんだけど」
「俺も白皇で見た覚えないぞ、あんなとこ」
映っている屋内の場所は、ここにいる生徒達が目にした事のない景観だった。
多方向から天上や壁面の照明が輝き、廊下の面に乱反射して、まるでプリズムのような光を放っている。
『この場所を皆が知らないのも当然。この施設はこのイベントのためだけに使用される決まりになっているの。だから普段は公開されていないし、一般の生徒の目には触れさせないように非公開にされているから』
ヒナギクは差し棒を使って説明する。
『この建物の名前は通称“雄飛深館”。白皇の敷地内にある、とある森林の中に存在している施設よ。校舎からは離れた所にあって、森の中に紛れる様に入り口が隠されているから、普段はまず目にする機会がない建物ね』
ここで、映像が別の物に切り替わる。
何かの、ゲートのようなものが映し出された。
『これがその雄飛深館の入り口。森の奥深くに小さな祠のような小屋があるの。その小屋の中が地下に通じていて、そこをくぐってこの館に入ることが出来るってわけ』
次いでまた映像が替わった。
今度は、下へと伸びる階段が表示される。
『この館は館自体が入口以外全て地下に建設されているという、世にも珍しい地下施設なの。地下は5階まである構造になっていて、脱出競技に使うのに適した施設になっているわ。広さもかなりあって、多くの生徒数でも収容可能よ。 ――と、まあ会場についてはざっとこんな感じといったところかしら』
一通り会場に関して説明し終わって、ヒナギクは一息ついた。
そして、にこりと微笑んで言う。
『でも、ちょっと今のままじゃ生徒の数が多すぎるのよね』
含んだ笑顔を見せて彼女は続けた。
『皆。競技に入る前に、少し肩慣らしをしてみない?本競技に入る前に、一つ簡単な“予選”をしてみたいと思っているんだけど』
彼女の不意の問いかけに、生徒達はざわついた。
予選というものがある事など、彼らは当然想定していない。
「ええ、おい、それまじ?」
「予選って。それに落ちたらどうなるの?」
「まさか、そこで脱落……?」
生徒達の疑問に生徒会長は微笑んで答える。
『ご名答。その通りよ。この予選で落ちればその時点で“脱落”となり、その後の本競技には参加出来なくなるわ』
「「「「「「な、何だってーー!!?」」」」」」……×χ
衝撃の事実が会長の口から述べられた。
本競技の前に実施される予選をクリアできなければ、その時点で失格となるというのである。
生徒達は驚きに狼狽えざるを得ない。
「う、嘘だろ。ヘマすれば初っ端でドロンになるかもしれないのか」
「ま、待ってよ。私まだ心の準備が……」
「やべえって。俺、そんなもんがあるなんて思ってもいなかった」
皆、不安を口にして少しきょどり始めた。
突発的な予選施行の発表に、生徒達は戸惑いを隠せないようだ。
『あはは、まあそんなに慌てることはないわ。では、今から最初に始める予選のルールを説明するわね』
可笑しくてちょっぴり失笑してから、ヒナギクは予選についての説明を始める。
『あなた達にはまず4つの集団に分かれてもらうわ。今の状態だと数が多すぎて予選を遂行しにくいから。その後で旧校舎に入ってもらって、そこで各々脱出競技を行い、それをクリアする事が予選の条件よ』
予選の会場は旧校舎か、という声が所々から聞こえた。
どうやら、大方本選の競技会場がそこになると予想されていたらしい。
しかし、旧校舎は本選ではなく予選の会場であった。
『ただし――』
と、彼女は付け加える。
『これは予選だから、ただクリアするだけではダメなの。予選の通過順も重要。今ここには約800人の生徒がいるわ。それを4分割するから各集団にはそれぞれ200人集う事になる。予選を通過できるのは、その各200人の中で通過が早い“上位50人”だから、注意してね』
ざわっ
条件を聞いた生徒達は少しどよめいた。
「まじ……?結構条件厳しくないー?」
「私、50位以内なんて無理無理無理ぃ…!!」
「く、くくっ、皆狼狽えるな。たかが予選でびびってて優勝出来ると思う、うのか…?」
「そういうお前が震えてんじゃねーか。しかし、まさか予選があるなんて寝耳に水だったから参ったなこりゃー」
予選を通過しなければ本競技に出れない、という初出の事実に多くの生徒達が不安を色濃くする。
ヒナギクはしかし笑顔で言った。
『皆、この競技はそもそも、望みの物品・事象を得るために優勝する事を目指してやるものよね?だから、言い方は悪いかもしれないけど、その思いが強ければ200人中の上位50人に入るのはさほど難しくないと思うわよ』
麗しさを帯びた健勝なその微笑には、意気込みと自信が感じられる。
『ちなみに今回、私も生徒会の代表として参加させてもらうわ。目標はもちろん優勝よ。皆も優勝を狙っているのなら、私を倒して1位を取るつもりで競技に臨んできてね』
ざわっ
「生徒会長も競技に参加するのか…!?」
「ぇえっ!会長を降さないと優勝出来ないというの!?」
会長の競技参入が発表され、また彼らはどよめいた。
『ふふ、じゃあ早速だけど、予選用にグループを区分けしましょうか』
生徒達がざわつく中、ヒナギクは言う。
『受付済の控は皆持っているわよね?ちょっとその裏を見てもらえるかしら』
生徒達が控の裏を見ると、控それぞれに番号が書かれていた。
控にはそれぞれ1〜4までの番号のうちの1つが割り振られている。
『そこに書かれている番号ごとに、それぞれ分かれてもらうことにするわ』
生徒達の列の最前列に、プラカードを持った4名の生徒会役員が歩み出てきた。
掲げられたプラカードには1〜4の各番号が書かれている。
自分の控と同じ番号のプラカードを持っている生徒会役員の元に移動するようにと、ヒナギクから生徒達へ指示が出された。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.14 ) |
- 日時: 2014/02/28 00:03
- 名前: kull
- いつも感想ありがとうございます、kullです。
しばらく忙しかったのですが、時間が出来たので小説を読ませてもらいました。 では、一話から最新話までまとめて感想を。
脱出大会、しかもそのためにほぼ専用施設など、相変わらず白皇の行事はとんでもないですねww まだエレベーターのところしか出てませんが、これからが楽しみです。 オリキャラの小鳥遊と彩葉のこれからの活躍も期待しています。 彩葉とハヤテの会話を見る限り、ハヤテは彩葉と結構親しい感じがしますね。
細かいところなんですけど、「バトラーズ・フレンド」「テンソル」など、あんまり馴染みの無い言葉が色々と使われていて、「プレイズさん博学だなー」って思ってましたw あとアイテムが一つ一つ名前と設定がしっかり考えられていて、よく作られてるなー、とも思いました。 あのアイテム達がどういう役に立つのか楽しみです。
お忙しいとは思いますが、お互い執筆頑張りましょう!
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.15 ) |
- 日時: 2014/03/03 01:45
- 名前: プレイズ
- kullさん、感想ありがとうございます。
小説に感想をいただけてとても嬉しいです。
では以下にレス返しを。
*今回イベントのための専用施設が登場したわけですが、まあそこは白皇ですからねw 財力・スケールが一般の学校とは桁違いなのでなせる業ですw 今後のメイン会場での描写にご期待ください。
*お気付きの通り、ハヤテと彩葉は親しい仲です。(といっても彩葉は2年の2学期からの編入生、という設定なのでハヤテとは出会ってまだ2ヶ月ほどなんですよ) 彩葉や小鳥遊らオリキャラ達も今後色々描写していく予定ですので、お楽しみにしていてください。
*バトラーズ・フレンドやテンソル等の、文章中に含めたそういう言葉に関心を持っていただけて嬉しいです。 アイテムに関していただいた感想もそうですが、そういう細かな所までしっかり読んでいただけているんだなというのがわかって、書き手として嬉しいですね。 バトラーズ・フレンドやテンソルは、エレベーター脱出でネタを考えて趣向を凝らしてみた所、それらを使ってみようと考えて、織り交ぜてみました。 そこの部分に感想をもらえて嬉しかったです。ありがとうございます。 アイテムは今後の脱出競技で色々使っていくと思いますので、乞うご期待ください。
なかなか更新がテンポよくは出来ないですが、今後も私の小説をお読みいただけたら幸いです。 kullさんの小説も楽しみにしていますよ。 お互いに執筆頑張っていきましょう。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.16 ) |
- 日時: 2014/03/15 00:10
- 名前: プレイズ
- ヒナギクの指示によって生徒達は4つの集団に区分けされた。
『皆、自分の番号のグループに分かれたかしら。予選はこのグループで行うから、自分のグループの実行委員の言う事はよく聞いておくようにしてね』
グループ分けが完了したのを確認すると、ヒナギクは再び差し棒を手に持って説明を再開する。
投射スクリーンには、旧校舎の映像が映し出されていた。
『予選はここ、旧校舎で行うわ。グループごとに校舎内にて脱出競技形式の予選を行い、各グループ50人がクリアした時点で予選終了よ』
注意点として、と言って彼女は続ける。
『アイテムの使用に関してだけど、今回予選に関しては使用不可とするわ。アイテムを使用したらその時点で失格になるから、気をつけてちょうだい』
ええ〜!という声が生徒達から上がった。
ヒナギクはその声を抑えるように言う。
『まあ最初は簡単な予選だから。アイテムがなくてもちゃんとクリア出来るようになってるから、そこは安心してくれて大丈夫よ』
アイテムがなくても支障なし、と言う彼女の言葉に生徒達は安心した。
『さ、では私からの告知は以上で終わりよ。最後に、私から皆に大会に向けてのエールを送らせてもらうわね』
すぅっ…とたおやかに息を吸って、彼女は笑顔で言った。
『この大会に参加している皆は、当然優勝を目指しているはず。この千人近い生徒達の中で1番になるには、精一杯頑張る事はもちろんだけど、色々と考えて工夫をしないとね。ただ我武者羅に頑張るだけじゃ、優勝するのは難しいはずよ。心・技・体の全てが高い基準にある事が、優勝するための条件だと思うわ』
彼女は、今一度生徒達全体を見渡して、エールの言葉を送る。
『1位を勝ち取れるよう皆が奮起して、己の力を最大限出し切れる事を願っています。健闘を祈るわ。では、私からの挨拶は以上です』
会釈をして、ヒナギクは舞台袖へと下がっていった。
『生徒会長、桂ヒナギクからの挨拶でした。では、早速ですが、この後皆さんには各グループごとに旧校舎の方に移動していただきます。それぞれ自分のグループの実行委員の指示に従って、行動するようにお願いします』
アナウンスの千桜から生徒達に、各実行委員の言う事に従って動く様にと指示が伝えられた。
予選の具体的な進行については、現地にて実行委員から説明があるとの事だ。
開会式はヒナギクの挨拶とグループ分けのみで手短に終了し、各グループごとに実行委員の指示の元に、旧校舎に移動する事になった。
「では皆さん!これから1番グループから順番に旧校舎へ移動を開始しちゃいます!といっても私たち4番グループはしばらくここにいとかないといけませんが。4番グループはドンケツだから、第1、第2、第3グループが移動した後に、ラストに移動を開始しちゃうので。それまではこの場にてしばし待機しておいてくださいね!」
明るく溌剌な語調で、4番グループの実行委員である菓子尾波亜が、所属グループの生徒達に指示を出した。
移動は1番グループから順次行うため、最後である4番グループは移動まで少し時間があるのだそうだ。
3つのグループが移動を終えるまで4番グループの生徒達はしばし待機しておく事になった。
「あーあ、あいつらとは別れちゃったか。組むって言った傍から」
ぼやくように呟き、蓮水彩葉は軽く両肩を上げた。
彼はバングルを指で引っ張ってパチンと鳴らす。
彩葉に割り振られていた番号は、ナギ達とは別の番号であった。
なので彼は今彼女らと別れて別グループに配されている。
(……まあ、予選を通過して本選へ行けばまたあいつらとも落ち合えるだろうし。とりあえずはまずこの予選を通過してからだな)
彼がそう思って佇んでいると、後ろから声がかけられた。
「あれれ〜?もしかしてそこにいるの彩ちん?」
「え?」
彼が振り向くと、見慣れた顔のクラスメイトが立っていた。
「何だ、泉か。お前も4番のグループになったのか?」
「うん、そうだよ。同じグループだねっ」
声をかけてきたのは同じクラスの瀬川泉だった。
すすっ、と彼の方に近付いてくると、泉は安心したように言った。
「よかった〜彩ちんと一緒で。1人で不安だったんだよ〜」
彩葉は1人でいるらしい彼女に、意外そうに言う。
「あれ、お前他の連れはどうした?虎鉄とか」
「虎鉄君とは別のグループになっちゃった〜、せっかく組むって約束したのに〜!」
彼女は嘆く様に彼に言う。
「それはついてなかったな。じゃあ美希や理沙は?」
「美希ちゃんも理沙ちんも生徒会で運営スタッフに就いてるから、競技には出られないんだよ〜……」
「ああ、そうかあいつら生徒会か。ってか泉、お前も確かそうだろ」
「私は特別に生徒会代表で出ることになってるから。ヒナちゃんとかと同じで」
「…生徒会の代表?お前が?」
意外そうに眼をしばたかせて彩葉は言った。
「ヒナギクはわかるが、お前は代表って感じじゃなくないか?」
「うん、まあそうなんだけど……。生徒会の代表枠で4名出ることになってて、でも立候補が3人しかいなくて、誰か1人出てってことになったの」
その結果、くじ引きで決めることになり、当たりくじを引いた泉が代表枠に入ることになったのだ。
「なるほどな。そりゃ随分と貧乏くじを引いたもんだよ」
「そうだよ〜、私そんな代表なんてガラじゃないよ〜」
溜息をつく泉。
そんな彼女を見て彩葉は言った。
「ま、代表とか気負わずに気楽に参加すればいいんじゃないか。どうせその辺の格好はヒナギクとかがつけてくれるだろうからさ」
「うん。そうだね。ありがとう彩ちん」
彼の励ましに笑顔になる泉。
「でも、私は虎鉄君の願望を叶えてあげたいんだ。虎鉄君が願望を叶えて喜んでくれたら私も嬉しいし。だから虎鉄君と組んでサポートすることにしたの。だから予選で落ちるわけにはいかないんだよ〜」
「虎鉄の願望を叶える…?って、その願望って大方ハヤテをどうにかしてっていう類なんじゃないのか?」
「いやいや、別にハヤ太君をどうにかするってわけじゃないよ。ただ鉄道旅行に誘って一緒に旅行するっていうだけだから」
少し卑猥な事を想像していそうな彩葉に、泉はあわてて否定する。
「ふーん、ただあいつ了承するかな?絶対嫌がりそうだ」
「問題ないみたいだよ。優勝者が他の生徒とのイベント参加を希望すれば、希望された生徒は拒否できないみたいだし」
それを聞いた彩葉は少し憐れんだ苦笑を見せる。
「…くはっ、そりゃハヤテも災難だな。虎鉄に優勝されたらホモテツツアーに強制連行かよ」
「彩ちん言い方が穿ちすぎだよ〜。何も虎鉄君はそんな乱暴しようとか思ってるわけじゃないから」
泉によると、虎鉄は真っ当な鉄道謳歌を主な主題に置いてハヤテを旅行に招待するつもりらしい。
ハヤテに鉄道の魅力を感じてもらい、それによって2人の仲もより親密に、というのが趣旨なのだそうだ。
「へえ、それは意外とちゃんとした旅行願望じゃんか。てっきりもっと野性的な事を旅行中にする目論見だと思ってた」
「にはは……虎鉄君って、信用ないんだね〜」
実兄でもある虎鉄の、他者から見た評価に泉は溜息をついて苦笑する。
「ところで、彩ちんは優勝したら何を願うの?」
「ん、俺か?」
泉が彩葉に訊いた。
「そうだな。……少し言いにくいんだけど」
彼はちょっと人目を気にして声を潜める。
彩葉は彼女の元に近付くと、耳元に口寄せして小声で呟いた。
「――XXXXXXXXX」
「うぇっ!?」
答えを聞いた泉は驚いて声を上げた。
「っておい、大きな声を出すなって!」
「わぷっ、ご、ごめん」
彩葉に口を塞がれ、泉は声を収める。
「今はまだあまり公にしたくないからさ、誰にも言うなよ、今の」
「う、うん。わかった」
彩葉に口外しないように言われ、泉は戸惑いつつも頷いた。
=======
☆今回の更新はここまでです。
何か、あんまり話が進みませんね……。
もう少し進行ペースを速めた方がいいかも。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.17 ) |
- 日時: 2014/03/17 03:01
- 名前: プレイズ
- --旧校舎--
現在時刻は午前9時30分。
先陣の第1グループ約200人の生徒達が旧校舎の正門前に到着していた。
先導していた朝風理沙が生徒達に言う。
「皆、聞いてくれ。これから旧校舎内にて、2グループずつ予選をしようと思っている。まず最初に第1・第2グループが予選をし、終了次第次に第3・第4グループが予選を行うことになってる」
4つのグループのうち、1・2グループが先に校舎内で予選を行い、終了次第、後発の3・4グループが予選を行うことになっているそうだ。
「さて諸君、今からこの中で予選を行うわけだが、その前に私から簡単にルールを説明しておこう」
彼女はポケットから紙切れを取り出した。
メモ書きされた紙を目で追いつつ、理沙はルール説明を始めた。
「先程会長からちらっとだけ説明があったが、私からはそれに加えてもう少し詳細なルールを説明する。よく聞いておいてくれ」
「まず、スタート地点についてだ。我々第1グループは、旧校舎の2階からスタートして競技を行う。スタート時は1階は使用しないから、競技開始時には1階には降りていないようにしてくれ」
★以下、予選の主な詳細を箇条書きで記しておく。
・予選開始時は、2階のどの教室でもいいので、各自好きな教室からスタートする。(これは第1グループが、である) クラス用の教室ではない教室(音楽室や校長室等)からスタートしてもいい。
・ゴールは特定の場所ではなく、そして一箇所ではない。校舎内のどこかにある“押ボタン”を見つけて、それを押した者がクリアーとなる。 ただし押ボタンは1度押すと2度目以降は押せない仕組みになっているので、最初に押した者がクリアーである。(押ボタンの傍には監視カメラが隠して設置してあるため、誰が最初にボタンを押したかはちゃんとチェックされる。なので不正行為は出来ない) ちなみにこの押ボタンは校舎内に各グループ用に全部で計50個ずつ設置されているので、それら50個が全て押された時点で予選終了である。
「1つ補足だが、押ボタンには側面に小さく番号が刻印されている。自分の所属グループの番号が刻印された押ボタンを押さないとクリアにはならないから、注意してくれ」
理沙によると、押ボタンには1〜4のどれかの番号が刻印されているとのこと。
自分の属するグループの番号のボタンを押さないとクリアにはならないというルールだ。
「ちなみに、我々第1グループは2階からスタートし、第2グループは1階からスタートすることになっている。予選が始まれば、階の上り下りは自由だ。なので、途中で他のグループの生徒達と入り乱れるシーンも出て来るだろう」
ここまで言い終わったところで、理沙が生徒達に向けて訊いた。
「では、説明は以上だ。ここまでの説明で何か質問はあるかい?」
質問がある者は手を上げて訊いてくれ、と問いかける理沙。
すると、手が1人上がった。
「はい、そこの君」
「あの〜他の子と協力するのは予選でも有りなの?」
質問者の男子生徒に理沙は頷いて答えた。
「協力する事は可能か、という事かい?結論から言うとOKだ。他の生徒と協力してもらっても構わない。だが、まあ見つけた押ボタンを押して有効になるのは最初の1人だけだからな。他の生徒と協力してボタンを発見できたとしても、それを押してクリアー出来るのは1人だけだから、それをそう割り切れるのなら組むのもいいだろう」
ちなみに、誰かと協力する場合、他のグループの生徒と組むのも可らしい。
「では他に質問は?」
理沙が続けて問うた。
しかし、他に手を上げる生徒はいないようだ。
「他に質問はないようだな。じゃあ早速だが、校舎の中に移動を開始しよう」
理沙は生徒達を先導して旧校舎の中へと入っていく。
第1グループの生徒達は、彼女の後について校舎内へと向かった。
「わ〜、旧校舎の中ってこんなんなんだ〜」
内部の使い古された内装を見て、小鳥遊刃が珍しいお化け屋敷でも見たように興味をそそられた顔になった。
木造である旧校舎内は、既に使われていないためにかなり傷んでいる。
廃墟、とまではいかないが結構古風な様相だ。
「僕ここ初めて見るから、すっごいわくわくしちゃうな」
「お前、よくこんなとこに興味持てるな。私は、全く楽しくないぞ」
まるでハイキング気分な刃を見て、ナギが呆れ顔をする。
「え〜楽しいよ。凄い古そう、この床とか壁とか」
刃が指差した床は、木が老朽して部分的に欠損していた。
このボロい感じがいかにも旧校舎、といった絵面を呈している。
「こっちの壁には何か落書きがあるな。それも尋常じゃない数が」
ナギが目をやった先には、こちらもやはり古びている木造の壁があった。
壁面には色鉛筆やチョークで書かれたと思われる落書きが、至る所に溢れている。
【巨人・大鵬・卵焼き】【イカシタ太陽の塔】【巨人V9最高!!】……等と、廊下の壁のどこかしこに色々と書きなぐられてある。
「ふふっ、旧校舎って楽しそうなところだね」
「どこが……?薄気味悪いだけではないか、こんなとこ」
ナギは少し不気味な感じがある旧校舎はあまり好きではない。
今はまだ日中で多少明るい光が差し込んでいるから平気だが、これが夜で真っ暗だったらとてもじゃないが平常心ではいられないだろう。
「まったく、さっさと予選なんて終わらせて本選行きを決めるぞ」
「え〜僕は別に少し時間かけてもいいんだけど。だってここをちょっと探検したいし」
「ならお前1人で探検しろ。私はこんなところまっぴらだ」
お気楽に言う刃にナギはつっぱねる。
ナギとしては出来るだけ早くここから出たいところなのだ。
刃は少し残念がるが、仕方なくナギに同意する。
「はぁ……わかったよ、ナギ。予選突破がまず第一だもんね」
「そうだ。ともかくこの予選を突破しないことには始まらん」
そうこうしているうちに、ナギ達は校舎の2階にたどり着いた。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.18 ) |
- 日時: 2014/03/29 00:38
- 名前: プレイズ
- 2階へと到着した第1グループ一行は、廊下を歩いてしばらく進んだ。
少し歩いた所で、理沙が後ろを振り返って生徒達の方を確認する。
全員が階段を上り切ったのを確認すると、彼女は拡声器を口に当てて彼らに言った。
「おーい諸君!では先ほど言った通り、この2階の教室のどれかに入って、予選開始のスタンバイをしてくれ」
生徒達は予選の施行に際して、スタート時はどこかの教室に入っていなければならない。
理沙の指示により、彼らは早速どれかの教室へと入室する運びとなった。
「一つ注意しておくが、スタート時に教室以外の廊下とか階段とかに陣取るのはやめてくれ。もしそうした行為が確認されたら該当生徒はその場で失格になるから、その辺は気をつけて行動してほしい」
彼女から生徒達へ一つ注意勧告がなされた。
教室以外の場所からのスタートが確認された場合は、その場で失格となり以降の競技には参加できなくなるそうだ。
ちなみに、生徒会役員の目を盗んでそうした不正行為をされたとしても、首尾は万全らしい。
「旧校舎内には我々の手によって各場所に監視カメラが設置されている。もし不正行為がなされたとしても、別の場所でチェックしている役員の目にすぐとまるから、やめておいた方が身のためだぞ」
「監視カメラだって…?」
「何か、随分と凄い手の込みようじゃない…?」
監視カメラ、というワードに生徒達は少しざわつく。
「まあ、今回は隔年の大きなイベントというわけで我々も色々と力の入り様が違う。生徒達諸君も、その辺はおいおい実感していく事になるだろう」
含んだように笑む理沙。
「さあ、ではまずはそれぞれどれかの教室に入ってもらおう。出来るだけスムーズに予選を始めたいから、あまり時間をかけずに移動を済ませちゃってくれ」
とりあえずは、彼女の指示により、生徒達は皆どこかの教室に移動する運びとなったのであった。
刃とナギは、まず最初に入る教室を選ぶことにした。
「さて、じゃあどこの教室へ行こうか」
「そうだな、まずは――」
音楽室がいいな――。とナギは言った。
「音楽室……へえ、でもどうしてそこに?」
「ふつうの教室からスタートってのも捻りがない。出来るだけ特殊そうな所から始めてみようと思ってな」
「なるほど。確かに音楽室って、何かありそうだよね」
音楽室といえばピアノがまず置いてある。
壁の上には著名な音楽家の肖像画が展示されているものだ。
「案外ピアノの鍵盤とかに押しボタンがあったりして」
「どうかな。まあ別にその教室にボタンが無くてもいいんだ。とりあえずスタート地点を工夫してみて、それで当たれば最高だし、無くてもそこから考えてまた他の場所でボタンを探していけばいい」
ナギは考えを巡らせるように言う。
彼女としては、予選突破が出来ればいいので、まずは1番の刻印があるボタンを早期に発見する事が第一。
始めの教室にボタンが無くても、その後で頭を使ってリカバリーすればいい。
序盤でボタンが見つけられなかった場合も想定して、ナギは落ち着いて計画を練っていた。
「わかった。じゃあまずは音楽室に行ってみよ、ナギ」
「ああ」
刃はナギの前を、先導するように歩いていく。
楽しそうに、未知なる校舎を探索していくようにして。
「音楽室は……っと、あっ、この奥みたい」
ふわり、とチェックのスカートを軽く舞わせて廊下の角を曲がる。
刃が指差した先の上方には【音楽室】と書かれた古びたプレートがかけられていた。
「着いたか。…ふうん、やっぱり見た感じ古さ全開だな」
使い古された教室の扉は年月が経ってかなり変色している。
壁や扉の窓硝子も、埃や滲みで雲っていて、中を全く見通すことが出来ない。
「ねえ、早く中に入ろっ」
刃は扉に手をかけると、逸る気持ちを抑えられないようにナギに言った。
好奇心が昂って、中を見たくてたまらないようだ。
「わかったわかった。じゃあ入ってスタートの準備をするとするか」
「わァ〜い」
嬉しそうな顔で応じ、刃は扉を開けて中へ足を踏み入れた。
彼――小鳥遊刃は、少し変わった雰囲気を持っている。
少し幼さを感じさせる気質は、ちょっとほんわかさを帯びたところにあるだろうか。
珍しいものに対しては、何にでも興味を持って目を輝かせて接近する。
今回のような、薄汚い朽ちた廃墟などの類に関しても相変わらずだ。
私からすれば、こんな場所のどこに興味を抱けるのかわかったもんじゃない。
……まあ、でもそれは一応ちゃんと少年らしくもあり、刃の少年としての純真な心だといえる。
彼が特異なのは、その事ではないんだ。
今、あいつが着ている服装。
淡い紺のブレザーとチェックのスカートを身に着けて、上も下も完璧に女子が着る制服を着こなしている。
ぱっと見た感じでは、到底男だとは気付けない。
私から見て、あのハヤテよりもらしく似合っているぐらいだ。
まあそれもそのはず……か。
何故、女子の着る服を刃が身に着けているのか。
それは、あいつが少女の心も併せ持っているからだ。
少年であると同時に――女子としての刃も、存在している。
多少控えめだが華やかな制服に身を包んでいるのは、その心を包み隠さず露わに表現しているため。
――小鳥遊刃。こいつは両方の心を内に持った、私の同級生。
その気質同様に、彼はキュリオシティを抱かせる。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.19 ) |
- 日時: 2014/04/03 00:45
- 名前: プレイズ
- 刃とナギは音楽室へと足を踏み入れた。
するとそこには意外な光景が広がっていた。
「あれ……?」
不思議そうに刃が言った。
「ピアノが無いよ?」
「馬鹿な、そんなはずは―」
中に入ると、音楽室に当然あるはずのものがなかった。
重厚なあのグランドピアノの存在を室内に認めることが出来ない。
「ここは音楽室だろう?何故ピアノがないのだ」
「さあ、何でだろ?」
疑問符を浮かべつつ刃は室内を見回す。
大きく面積を占めているはずのあれがないため、教室の前方三分の一は広く空いていた。
中央から奥にかけては生徒用の台と座席が設置されている。
そしてさらに奥に目をやる最中、彼は視界の端に異物を捉えた。
「あ……他にも誰か来てたみたいだね」
彼が見る視線の先に、一人の青年が佇んでいた。
執事服を身に着けた美しい容貌の男が。
「おや……誰かと思えば、三千院家のお嬢様と―」
男の目はナギの姿を捉え、次いでその横へと視線を移す。
「―小鳥遊君じゃないか」
「………冴木氷室」
教室奥の端の方で気配を消しているように、大河内家執事の冴木氷室が佇んでいた。
彼はナギと刃の存在を確認し、淡く不敵に笑みを浮かべる。
「音楽室なんて意外性あふれる所に来るとは、なかなかに面白い人達だ」
「え〜っと……それを言うなら氷室さんも同じだと思う…かも」
おずおずと刃が返した。
それを受けて氷室は雅な笑みで言う。
「ふふ、そうとも言えるね。ちなみに僕がここへ来たのは、ひとえに旋律を奏でるためだよ」
「旋律…?」
氷室はその容貌からうかがい知れる通り、芸術関連の事に興味が豊富で長けている。
音楽に関してもそれは当てはまり、ピアノを流麗に弾く事も彼は得意としていた。
「旋律を奏でる……つまり、ピアノを弾くってこと?」
「そうさ。開始時間までいくらか時間があるから、暇に飽かせて待ち時間の余興にとね」
しかし、所在なさそうに彼は虚空を眺めた。
「だが残念な事に目的の備品は置かれていないようだ。折角目当てで来たというのに、面白くない始末だよ」
「それは無駄骨……だったね、氷室さん」
暇をもてあます形になった氷室を見て、刃は目に涙を浮かべる。
「ああ、可哀想な氷室さん。本当なら今頃優雅に鍵盤を操って女子生徒達に歓声を浴びていただろうに……」
「おいおい小鳥遊、それはちょっと嫌味すぎだろう」
諌めるようにして、しかし失笑を堪えるようにナギが言った。
「折角のピアノ演奏が聴けなくなったのは残念じゃないか。きっとさぞ美しい音色が堪能できたはずさ」
「そうだね。でもその音を聴くことは、もう叶わない…………ああ、神様って何て無情な」
溜息をついて刃は憐れんだ憂い顔を見せる。
当の氷室は、若干口角を揺らしてまた微笑を浮かべた。
「…これはこれは、ご期待に沿えなくて済まないね。だが、骨折り損になったのは君たちも同じなんじゃないかい」
さっきの会話からすると、きっと君たちも何かピアノに意図があってここに来たんだろう――?と彼は訊いた。
「ああそうさ。私たちはピアノにもしかしたら押しボタンが仕掛けられているかもしれないと見込んでここへ来た。だが、そのピアノ自体が設置すらされていないんじゃ、骨折り損でしかなかったよ」
はあっ、と大きく溜息をつき、ナギは壁の方を見渡した。
壁の上の方には、十数枚の肖像画が飾られている。
「ピアノはないが、ああいう定番なのはちゃんとあるんだな」
「ほんとだ、いろんな音楽家さん達の絵が掛けられてるね」
刃はそちらに駆け寄り、一枚一枚を見渡した。
「へえ〜チャイコフスキーとかシュトラウスとか、結構色々あるんだ」
「ほう、君はそれらを見てちゃんと音楽家の名がわかるんだね」
意外なように氷室が言った。
「うん、多少は」
「小鳥遊はピアノ結構上手なんだ。だから、意外かもしれんがこれぐらいの知識は持ち合わせている」
「そうなのかい。知らなかったな。これはまた一つ面白い知識を得たよ」
氷室が微笑を浮かべたその時、不意に室内にキーンという音が響いた。
軽く鼓膜を刺激するような音が、教室から廊下まで響き渡った。
「っ……!な、何なのだ」
「これは……」
いきなりの耳障りな音に驚き、ナギは反射的に両耳をふさいだ。
『……、、…、……』
ザザッという濁った音が聞こえる。
半端に切れ切れになりながら、何やら音声が聞こえてきた。
『えー、……聞こえるか、諸君』
「上からみたいだね」
刃が上方を見上げて言った。
声はどうやら上に設置されている校内放送用のスピーカーから聞こえてきたようだ。
『この放送は、運営スタッフによる進行用のアナウンスだ。今から始める予選に関して、注意事項の確認とスタート・終了の合図等に使用させてもらう』
不明瞭ではあるが、スピーカーから音声が伝わってくる。
声の主は理沙のようだ。
『皆、速やかな移動ご苦労だった。全員の教室入室を確認したので、今から予選を開始しようと思う』
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.20 ) |
- 日時: 2014/04/16 22:37
- 名前: プレイズ
- どうもこんにちは、プレイズです。
また日が開いちゃいましたね。
まず、前回の分で修正した箇所が一つあるので報告をしときます。 『刃はピアノ結構上手なんだ』→『小鳥遊はピアノ結構上手なんだ』 この部分のナギのセリフを修正しました。 まあ修正したのは投稿した直後なので、修正前の文を見た人は少ないと思いますが一応念のため。 ナギは刃の事を小鳥遊と呼ぶので、ミスって刃と表記しちゃった箇所を修正しておきました。
では、以下からが本編です。
=======
『では、始める前にルールの最終確認をしておこう』
細切れ音のノイズを挟みながら、放送口から音声が聞こえてくる。
理沙による、生徒達に向けての説明だった。
『まず、アイテムは使用禁止だから使用しないように。ただし、それは事前に大会当局が認可した配布アイテムや、自分が所持している手持ちアイテムに関しての話だ。予選に関しては、教室や廊下等の旧校舎内で見つけた物に限り、自由に使用して可としよう』
彼女の話によれば、事前配布されたアイテムや自分が元から持っているアイテムは使用を禁じられるそうだが、旧校舎内にある物は自由に使ってOKとのことらしい。
「なんだ、では役に立ちそうな物を見つけたら好きに使えるのか」
「みたいだね。それなら、結構立ち回りやすいかも」
アイテムの使用が限定的だが可能とわかり、ナギ達としては喜ばしい。
何もなしの素手だけよりかは、何かアイテム的な物を使える方がいいだろう。
『それともう一点大事な事がある。もしどこかに閉じ込められたりしてしまった時の場合だ』
理沙が付け加えるように言った。
『ここは旧校舎で、内部の物は色々と古びている。故に品質の劣化が激しい物が多い。だからというわけでもないんだが、特に破損して困る物はないと思ってくれ。脱出に必要だと判断したら、強引な手で物を壊したりしてもかまわないし、可とする事にしよう』
「閉じ込められる……そうか、予選も一応脱出形式なのだったな」
開会式でヒナギクも語っていたが、大会では何かバリケード的な物があるらしかった。
予選においてもそれは同じらしい。
『見つけた押しボタンを最初に押した者から順次予選通過となる。クリアーした生徒は、校舎を出てグラウンドに集まっておいてくれ。さっきと同じように自分と同じ番号を持った実行委員の元に、な。あ、それと。このグループで50人が予選をクリアーした時点で、うちのグループの予選は終了だ。予選終了はこの放送で伝えるから、終了の放送が流れた時点でまだボタンを押せていない物は予選敗退ということになる』
用意されているボタンの数は計50個。
つまり先着50人しか通過できないのだ。
『では、私からの説明は以上だ。皆の健闘を祈っているぞ』
手短に理沙からのルール説明が終わった。
後は予選を遂行するだけだ。
『じゃあ早速今から予選を始めるぞ。皆、好きなようにボタン探しを始めちゃってくれ』
理沙が言い終わると、ビーー!という機械音が響いた。
どうやら予選開始の合図らしい。
放送を聞いて、2人も行動を開始する。
「よし、じゃあ私達も動くとするか」
「うんっ始めよっ。でもどうする、ナギ?」
最初の行動を窺うように刃が言った。
「まずは、この部屋をちょっと調べてみよっか?」
「そうだな。とりあえず机の中を一通り見て、押しボタンがあるか調べるぞ」
ナギ達はまずは生徒用の机の中をチェックする事にした。
「その辺りには、何もないようだよ」
「えっ?」
奥にいる氷室がこちらに言った。
「そこは既にさっき調べていてね。全ての机の中を調べてみたが、特に有用な物はなかったよ」
「へえ、もう調べていたのか。……なるほど、そういえばさっきもう最初からこの教室にいたもんなお前」
ナギは氷室の方を向いて彼に言った。
「しかし、お前がこの大会に参加しているのは意外だな。金にしか興味がないんじゃなかったのか。今回は優勝しても金銭は出ないんだぞ」
「知っているよ。だが僕にもちゃんとお金以外の欲求があるのでね」
口の端を美麗に浮かせ、氷室は片手を軽く持ち上げた。
その手には何か赤く光る物が包まれている。
「氷室さん。それは何?」
「これはルビーさ。時価数十万円はくだらない、宝石だよ」
「えっ……――そうなの!?」
びっくりしたように目を見開いて刃が駆け寄った。
氷室の手に乗せられている石は、まぎれもなく本物のルビー。
純情的な紅い光を帯びたそれは、見る者を魅惑させる。
「うわ…ァ……」
本物のルビーを前に、刃は食い入るように見入った。
「ふふ、欲しいのかい」
「うん、欲しい……」
「はは。何だ小鳥遊、そんな安っぽい出来損ない何かがいいのか」
横で同じく見ているナギが笑って言った。
「えっ、出来損ない?」
「見た感じそのルビーはかなり質が悪い。中の不純物の構成が微妙で光沢が薄いな」
ルビーを一瞬で品定めし、彼女は鼻で笑う。
「数十万程度の物なんてそんなもんさ。そんな安物しか持ってないなんて、自慢できるようなものじゃないな」
「はは、さすが三千院家のご令嬢だ。確かにおっしゃる通り、このルビーは大した代物ではない」
見せていたルビーを手にしまい、氷室が微笑を向けた。
「僕が欲しているのはこの手の普通のルビーではない“特化物”だからね」
「特化物?」
「20カラットクラスの、世界でも指折りのルビーがあってね。僕はそれをぜひともこの手に所有してみたいと思っているのさ」
こんな小さく安価なありふれた物ではなくね、と言い添える。
氷室の願望は、特級の価値を持つ大きくレアなルビーを手に入れる事。
「その手のルビーはだいたいどこかの美術館に所蔵されているか、企業が権利を取得していてね。個人で買い取るには莫大なお金がかかる。金づるの大河坊ちゃんをたきつけたとしても、なかなか実現が難しい事だったのさ」
口の端をまた美麗に持ち上げて、彼は言う。
「しかし、今回の大会で優勝すればその願望も叶えられる。白皇学院がその財力を持って買い取ってくれるからね。そしてそれを僕が譲り受ける形で、この手の物となるわけだ」
「なるほどな。お前がこの大会に出ている意味が納得できたよ」
金銭の受領は無理でも、白皇学院を介する事で超高額な宝物を手にする事が出来る。
そうした上手いやり方を、彼はその鋭い狡猾な美の感性から編み出していた。
「ねえねえ、氷室さん」
「ん、何だい」
刃が氷室のしまわれた手を見て言った。
「それ……もしいらないなら、僕にくれないかなっ」
「このルビーをかい。あげてもいいが、お金はちゃんといただく事になるよ」
「〜〜え…」
彼からの回答は無情にもノー。
無料でもらい受けれる事を期待していたらしい刃は、がっかりしたように軽くブーたれる。
「氷室さんのケチ。どうせ安物なら、1つくらい譲渡してくれてもいいんじゃない?」
「いやいや、それはさすがに出来ないね。例えお金持ちから見て価値が低かろうと、これは一般的には真っ当な宝石だ。ただでやるには高価が過ぎるよ」
氷室に美麗な微笑で拒否され、刃は溜息と共にテンションが下がった。
「はぁ……何だか憂鬱な気分」
「はは、まあいいではないか。仮に小鳥遊が優勝すればそんなルビー程度楽に手に入るんだから」
ナギが刃に笑顔を向けて言う。
「うん……そうだね。でも僕が叶えたいのはそんな事じゃないから」
聞こえないような声でそう言い、彼はナギから顔を背けた。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.21 ) |
- 日時: 2014/05/23 20:43
- 名前: プレイズ
- 「さて、ではもう出るとするか。これ以上ここにいても無駄なようだからな」
ふう、と息をついてナギが言った。
「押しボタンが無さそうな以上、もうこの教室に用はない。さっさと別のとこに探しに行くとするか」
ナギは踵を返してドアの方へ向かった。
「行くぞ小鳥遊。ここにはもう押しボタンはない。他をあたろう」
「えーっ、もう出ちゃうの、ナギ?もう少し色々見ていこうよ」
「いや、ボタンが無いとわかったんだから、これ以上ここにいる意味はない。余計な物色は時間の無駄なだけだ」
彼女は刃の腕を引っ張って、扉を開けて出ていく。
「わ、ま、待ってよナギ」
「うるさい。今はボタン発見と予選の突破が第一なのだ」
ナギは刃を半ば強引に部屋から連れ出し、音楽室から離れていった。
「さて、行ったようだね」
彼女らが出ていった後、1人音楽室に残された氷室はまた微笑を浮かべていた。
彼は意味深な表情で、ポケットに手をしのばせる。
「全くちょろいものだ。あんな言葉を真に受けるとわ……くくっ」
可笑しさを口の端からのぞかせ、彼は手の中の物を見つめた。
その掌の上には、押しボタンが乗っていた。
それは四角い台座に設置されていて、掌に収まるサイズだった。
「既に机の中を調べ済だったのは事実だが、ボタンを見つけた事を馬鹿正直に言うなんて、するわけがない話だ」
ほくそ笑んで氷室は言う。
実は彼はナギ達が入室する直前に、机の中に入っていた押しボタンを見つけていた。
しかしまだ予選開始の合図前だった事もあって、とりあえずポケットにしまっておいたのだ。
そして邪魔なナギ達が入ってきたのを見るや、彼はボタンの事を隠してその場をやり過ごす事を考えた。
ナギ達に嘘を言って煙に巻いた上で、悠々とボタンを押してしまう魂胆だった。
「ふふ。では、早速押させていただこう」
氷室は改めて掌の押しボタンを見やる。
側面には『1』の刻印が施されていた。
押せばクリアーとなる条件を満たしている。
「ふ〜ん、やっぱり嘘だったのかー」
「!?」
背後から声がし、氷室はバっと振り返った。
「た、小鳥遊君……」
「ふふっ、氷室さんそれ、何?」
後ろに、微笑んだ刃が立っていた。
いつの間に現れたのか、彼は氷室の背後を取っていた。
「…さっき出ていったんじゃなかったのかい」
「うん、出ていったよ。一応ね。そうすれば氷室さんも安心して馬脚をあらわすと思って」
笑顔の彼は、しかしその内にどす黒い刃を潜ませている。
嘘つき者の喉元に、冷たい真鍮の刃を添え当てるような、冷たい微笑みを裏手に持って易しく笑んでいる。
「……まさか、裏をかくつもりが逆にかかれていたとはね」
「あはは、やっぱりそうなんだ」
刃は一歩、氷室に近付いた。
「氷室さん。それ、僕にくれない?」
「それは無理だ。断らせていただくよ」
彼の申し出を否定する氷室。
刃は、また一歩近づく。
「ねえ氷室さん、それを僕にくれない?」
「嫌だと言っているじゃないか。予選突破のチャンスをみすみす明け渡すほど僕はお人よしじゃない」
2度続けて氷室は否定の意思を示す。
刃が、また近づいた。
「ねえ………」
「ちぃっ」
ひゅん、と一陣の風が空を切った。
氷室は反射的に上体を反らす。
その僅か上を鋭い木片が過ぎ去っていた。
『ガシャアア!』
破裂音を立てて、後方の壁が破損する。
振り返ってみると、木片が突き刺さって壁の一部を損壊させていた。
「おいおい、いきなり何て事をするんだい」
驚いた様子で、しかし氷室は反撃に転じた。
反った体勢から腰を落とし、刃に向けて足払いをかける。
しかし、彼の足は空を切った。
刃が飛んでいたからだ。
「ねえ、ボタンを渡しなよ」
冷たい目でそう言い、彼は氷室の背後に降り立つ。
避けられた氷室は、後ろ目がけて肘打ちを飛ばした。
しかし、刃はこれも身体をズラしてかわす。
「無駄だよ…氷室さん。これで――」
彼は氷室の押しボタンを持っている腕を手刀で縦に切った。
肘を叩かれ、はずみで持っていた押しボタンが下に落ちる。
「しまっ――」
失態に僅かな声を漏らして、氷室は押しボタンを手放してしまった。
地面に落ちる前に、別の手がパシッとそれをキャッチする。
「よし、これで目標物ゲットだな」
ナギが満足そうにはにかんで、押しボタンをつかんでいた。
いつの間にかナギまでも氷室の傍に来ていたのだ。
「なに……!さ、三千院のお嬢様まで」
「くく、この私を出し抜けると思ったか」
不敵に笑って彼女は氷室を見上げた。
「あんな見え透いた口車に乗せられるか。私は三千院家の令嬢だぞ。そういう汚い嘘を使う連中の相手をこれまでいくらしてきたと思っているんだ」
ナギは富豪のパーティーの席でそうした輩とは幾度も接してきている。
そのためその手の事には免疫がついており、簡単にはひっかからないのだ。
「くそ……まさかここまでやるとわ」
刃の立ち振る舞いにやられてボタンを奪われ、ナギに策略の面で上をいかれた。
氷室は彼女らの予想外の力の前に、負けを認めざるを得ない。
「ふん……まあいいさ。この予選では負けを認めるとしよう」
彼は観念して、この押しボタンを諦めた。
身をひるがえして、彼はドアの方へ歩いていく。
「それは君たちにあげるよ。残念だが、ここは引く事にする。だが本選では……覚悟しておきたまえ」
ドアの外へ出ると、氷室は突如吹き荒れた風と共に姿を消した。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.22 ) |
- 日時: 2014/05/30 14:49
- 名前: プレイズ
- 氷室は押しボタンを諦めて去って行った。
ナギ達は彼からボタンを奪う事に成功したのだった。
「よし、これで押しボタンは手に入った」
ボタンの台座を握り、ナギは笑顔で言う。
「上手くいったね、ナギ。でも最初はこの教室にボタンがある可能性をほんとに捨てたのかと思っちゃった」
「まあ騙すには味方からっていうしな。その方がお前も素のリアクションが出るし、氷室を欺きやすくなると思ったんだ」
彼女は氷室の嘘を見抜いた上で、騙されたふりをしていた。
ナギは氷室を出し抜くために、あえて諦めて教室を出ていく形を取ったのだ。
ボタンを諦めて出ていく事でミスリードを誘い、氷室を欺いたのである。
そして廊下で刃に真意を明かし、気配を抑えて再び音楽室に戻ってきていた。
ちなみにナギがその策を考えたのは、あの場でである。
嘘を見抜いてから彼と話している最中にその思考をしていたのである。
「ふふ、さすがナギ。早速目的の押しボタンを獲得するなんて」
「いや、これが手に入れられたのはお前のおかげだぞ。あの氷室を相手に出来るスキルがあるお前だからこそ、あいつからこれを奪えたわけだからな」
ナギは刃のその身のこなしを買って、このやり方を画策していた。
彼なら、氷室からボタンをかすめ取れると思ったからだ。
「あはは、そんな大したことじゃないよ。ちょっと気のベクトルを御して上手く煙に巻いただけだから」
何という事はないふうに笑って、刃はナギが持つボタンを指差した。
「それ、どうする?ナギが押す?」
「ああ、そうだな。もちろん私が押すつもりだが」
肯定しつつ、ナギは刃に言う。
「だが、お前いいのか。私が押したら、お前またボタンを探さなきゃいけなくなるぞ」
「僕は大丈夫だよ。別に1人でもボタン探せるし、ちゃんとクリアできる自信があるから」
それに、組んだ時点で見つけたボタンは1人しか押せないのは織り込み済だしね――と彼は言った。
「そうか。なら悪いがこれは私が押させてもらうぞ」
「うんっ」
ナギは刃に了承を取った上で、ボタンに手をかける。
そして、ポンと押した。
すると、しばらくしてまた室内に放送が響いた。
『おお、早速クリアーか。1番乗りとは、なかなかやるじゃないか』
理沙の声が室内スピーカーから聞こえる。
『三千院ナギ君、見事予選クリアだ』
「理沙……もしかしてカメラで見ているのか」
『ああ。でないとボタンを誰が最初に押したか確認できないからな』
ナギの質問に放送口から答える理沙。
どうやら教室のどこかに監視カメラと盗聴器が設置されているらしい。
「まったく、執拗な手の込みようだな。まあともかく、これで予選突破だ。しかも1番乗りで」
にっ、と笑んでナギは言った。
これで本選への参加が決定したわけなのだ。
「ふふ。じゃあ僕も続こっと」
刃が教室の奥の方へと歩いていく。
ナギが彼の背に言った。
「小鳥遊、よければ私も手伝ってやるぞ。ボタン探し」
「ありがと。でも、大丈夫だよ。もう見当がついたから」
刃は壁を見上げながら答えた。
彼が見つめている先の壁は、先程のやり合いで木片が直撃した部分だ。
老朽化している木造の壁は、衝撃によって一部が損壊してしまっている。
「見当?ボタンのありかがわかったのか」
「うん。この崩れのおかげで」
破損した壁穴の先に、光が見えていた。
本来ならこの壁の向こうに教室などはないはず。
だから通常であれば穴の中は暗いはずだった。
しかし、割けた壁の向こうはやけに明るい。
「この奥……何かさらに部屋があるみたい」
「なに?部屋だと」
ナギは壊れた壁の向こうを見つめた。
すると確かに、何か広い空間が存在しているような雰囲気が感じられた。
「まさか、隠し部屋か」
「ふふ、早速確かめてみる」
穴は刃が上に手を伸ばしたら届く辺りに開いている。
彼は手を伸ばして穴の下辺に触れると、そこを手でべりべりと引っぺがした。
壁はかなりボロく腐食しているため、手で簡単に取り壊す事が出来た。
しばらくして、壁は刃によって人1人通れる分に崩された。
そして、その先にはやはり空間が広がっていた。
「ビンゴみたいだね」
「本当に隠し部屋があったのか……」
壁の向こうの底部分にはちゃんと木目の床があった。
そして奥には木造の壁も見える。
どうやら壊れた壁の向こうにもう1つ教室が存在しているらしい。
早速刃は中に入ってみた。
すると、彼は予想外の物を見つけた。
「わぁッ、ピアノがあったよ」
「なに…?」
刃の後ろから入ってきたナギもそれを確認した。
部屋の中央に、何とグランドピアノが置かれていた。
「おいおい、まさかこんなとこにこれがあるとはな」
「ここに隠してあったんだねっ、ピアノ」
彼は愉しそうに言って、ピアノ前にある椅子に飛び掛けた。
座ってから鍵盤を撫でるように触り、感触を確かめる。
「凄い、ちゃんと手入れが行き届いてる」
「そうか?こんな旧校舎の中に安置してあったんなら相当傷んでるはずだが」
「意外とそうでもないみたい」
軽く鍵盤を押してみる。
軽やかなポロンという音が鳴った。
ピン、ピン、と続けて鍵盤を軽くノックする。
軽快な音が刃の指に連動して放たれた。
「へえ、なかなか良い感じに鳴るじゃん」
「うん、良い状態だよこれ」
彼は笑顔でピアノを奏でる。
そして、気付いたように言った。
「ふふ……みつけた」
1つの鍵盤の手前側面に、刻印が彫られていた。
『1』という数字の刻印が。
「おおっ、これはボタンではないか……!」
「やったっ、これで予選クリアだね」
彼は嬉しそうに、その鍵盤をタンと叩いた。
『くく、よく見つけたな。まさかこんなに早く発見されるとは思わなかった』
またスピーカーから理沙の声が聞こえてきた。
『小鳥遊刃君、予選クリアーだ』
刃もナギに続いて予選クリアーを達成した。
やり合いの中でたまたま開いた壁穴だったが、そこから隠し部屋の存在を察知した刃の洞察力が光った形であった。
「よかったな小鳥遊、さすがではないか」
「あはは、これで2人ともクリアーできたね」
笑顔で言い、刃は鍵盤を軽やかに叩いていく。
ポロン、ポロロンと流れるように軽快な音が室内に響いた。
刃の指の動きと共に、アクションによって弦がリズミカルに叩かれる。
楽しさと玲瓏さを持った繊細な音が、部屋の中を潤していく。
「ああ……相変わらず良いな、お前の演奏は」
「ありがと。ふふ、やっぱり弾いてると気持ちいい」
ピアノに身を預けるように、刃は情趣を鍵盤に乗せる。
室内に溢れたその美しい音が、廊下にも漏れて聞こえだした。
その音に、他の生徒達が何人か気付いた。
「あれ、これ、ピアノの音……?」
「すごく、綺麗………」
聞いた生徒は、その優しく美しい音色に心を奪われる。
まるで、幻想の中で桃源郷にでもいるかのような、そんな美しい力を持った旋律。
ただ純粋に、この音をずっと聞いていたい――
生徒達は、そんな思考を自然に抱いていた。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.23 ) |
- 日時: 2014/06/04 23:37
- 名前: プレイズ
- どうも、プレイズです。
いくつか修正した箇所があるので、そのお知らせをしておきます。
まず前回の更新分で、またナギに小鳥遊の事を刃と呼ばせちゃってた箇所があったのでそこを小鳥遊に直しておきました。
あと、結構前の投稿箇所ですが、本選を計4回やるとしていたんですけど、それを2回に変更しました。
4回だとさすがに長すぎてだれるし、書くのもきつそうだからです。作者の身勝手ですが、すみません。
では以下が今回の更新分です。
=======
同刻――
「うーん、なかなか見つからないな」
その頃1階の家庭科室にて、2人の生徒達が室内を物色していた。
彼女たちは机の中や調理台に隠された押しボタンが無いか、入念にチェックをしている最中だ。
「ああくそっ、ダメですね。どうやらここにはボタンは無いようです」
「……そのようね、千桜さん」
紫の髪をした淑やかな少女、生徒会副会長のため息が漏れる。
2人がこの教室内を探し始めてからもういくらか経ったが、未だにボタンは発見できないでいた。
この分では、おそらくここは外れだったらしい。
彼女は疲れたように椅子に腰を下ろした。
「はぁ……私、ちょっと休憩」
「えっ、ちょっと、大丈夫ですか愛歌さん」
疲弊しているふうな彼女を見て、千桜が声をかける。
副会長である霞愛歌は、病弱で身体が弱いところがあるためだ。
「もう、平気よこのぐらい。まだ始まったところだというのに、へばるほどひ弱じゃなくてよ」
「そ、そうですか?ならいいんですが」
不服そうに愛歌がこっちを向いている。
取り越し苦労、もといいらぬ心配に終わったようで千桜は安心した。
「しかし参加して本当に大丈夫なんですか、競技に。予選を通過して本選に進めば、今日は1日の長丁場になりますよ」
「もちろんちゃんとわかった上で参加しているわ。身体に過度な無理はさせないから、その辺りの心配は無用よ」
ぐっと軽く伸びをして、愛歌は椅子から立ち上がる。
「さ、じゃあ場所を移動しましょうか。もう早々にクリアーした子もいるみたいだし」
「そうですね。ここにはボタンは無いようだし、見つけるには場所を変えるべきでしょう。まだ時間に余裕はあると思いますが、既に予選通過者が出たというのは、急ぐ必要がありそうですね」
言ったついでに、千桜は意外そうに呟いた。
「しかしまさかあのナギがトップで予選を通過するとは、びっくりだな」
「ふふ、そうね。あの三千院さんが。でも1番乗り、というのはいかにも勝気な彼女らしいんじゃないかしら」
情景を察したように愛歌は軽く微笑む。
ここで、断っておく事が1つある。
予選のグループは、もらった控えの裏に書かれている番号によって組み分けされる仕組みである。
ちなみにナギが代理で受け取ったハヤテの控えには『1』と書かれていた。
なので、本来であればハヤテはナギ達と同じグループで予選を進めていたはずだったのだ。
しかし彼はエレベーターに閉じ込められていたため、到着が遅延する事が予想された。
エレベーターが再起動するまでのロスと時計塔からの距離的に、最初に始まる第1グループの予選開始時刻に遅れる事は避けられない情勢だった。
そのため、運営サイドが特例として、隔離されたハヤテ達を皆後半開始の3・4グループに配する事に決めたのだ。
彼らの移動で欠員になった分の前半グループの人数は、後半グループの生徒と入れ替える事で、もちろんちゃんと補っている。
「綾崎君と組めない現状では当落選上だと思っていたんですが、まさかいの一番に突破するとは思わなかったですよ」
「意外ね。それと小鳥遊さんもその直後にクリアーしていたようだし、あの子たちなかなかやりそうだわ」
「どうやら、あの2人は組んで動いているようです。こちらも負けてはいられませんね」
千桜と愛歌もまた、組んで予選にのぞんでいた。
2人はたまたま同じ第2グループになったのだが、同じ生徒会同士な事もあり組む事にしたのだ。
「さあ、次の教室に――」
扉に手をかけた千桜は、しかし違和感を感じて立ち止まった。
扉が開かないのだ。
「あれ?」
手に力を込めても扉が動かない。
何故か、鍵が閉まっているかのように固く閉ざされている。
「まさか………」
ルール上は、閉じ込められる事も場合によってはあるという話になっている。
もしや開始早々にそれが適応されたというのか。
「あ、愛歌さん。これ、ちょっと開かないですよ」
「ん?どうしたの千桜さん」
後ろから愛歌が顔をのぞかせた。
千桜に替わり扉のとってを握る。
しかしやはり彼女がやっても動く気配はなかった。
「あら……これは、どういう事かしら」
「まずいですね。もしかして閉じ込められたのかも」
おそらく、彼女たちが入室して予選開始の合図が鳴った後で、外から誰か運営スタッフが鍵をかけたようだ。
「へえ、同じ生徒会の私たちを閉じ込めるなんて、随分冷たい扱いをするじゃない…」
「しかし、どうしたものですかね。鍵はもちろん無いわけだし、手動では開きそうにな―」
『グシャアアアアア』
千桜の声を遮って破裂音が響いた。
扉を何かが、突き破っていた。
「え……?」
呆気にとられる千桜。
手元を見ると、キラリと閃く物が脇から差し込まれている。
それは、よく見ると鋭い刃物だった。
包丁である。
「なっ……」
千桜の脇下から伸びたそれは、扉の鍵周囲を突き刺し破って粉々に壊していた。
包丁の握り手は……愛歌であった。
「……ふふ、これで扉は、開いたわね」
「………!!?」
鋭い妖光を瞳から発し、愛歌は恐ろしさを纏った笑みを滲ませる。
彼女はいつの間にか、家庭科室にしまってあった調理用の包丁を持ってきていた。
「じゃあ…行きましょうか千桜さん」
「あ、あ……、、、」
すぐ傍らの相棒の変貌に、千桜は声を詰まらせてしまった。
ある程度彼女の性格は知っているとはいえ、それでも恐怖であった。
「さ、早く押しボタンを見つけてクリアしましょうか。でないと、生徒会の代表である私たちが予選落ちなんて事になってしまうわよ……ねえ」
固まった千桜の腕をつかみ、愛歌は笑顔でそう言った。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.24 ) |
- 日時: 2014/06/05 02:11
- 名前: kull
- こんばんは。
いきなりたくさん更新されてて驚きました。自分も見習わないといけませんね・・・。
とりあえず、愛歌さん怖いですww いきなり包丁を出すとかもう怖すぎますww
氷室が嘘ついてるのはなんとなーくわかりました。 本編でも出てこないし、なかなか出す小説も少ないので久しぶりに氷室を見た気がします。 久しぶりに見たのに、「あ、多分嘘だな」って分かるのはさすが氷室ですねww
ハヤテ達が後半になった理由等、細かいところの補足をしっかりしていてすごいですね。 自分も読んでて「あ、そういえばそうだった」と感じます。 ちなみに今回一番印象に残ったフレーズはキュリオシティでした。好奇心って意味ですよね。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.25 ) |
- 日時: 2014/06/08 01:31
- 名前: プレイズ
- kullさん、こんばんは。
また感想をくださってありがとうございます。
愛歌は、まあちょっとそういう所がある人ですから(でもさすがに包丁持ち出すのは度が過ぎたかもしれないw) ルール上は旧校舎内にある物は何でも使用可能なので、閉まったドアを壊すには、周りの使える備品を使うのはまあ理に適っているわけです。 だからといってあんな物を持ち出してきてしまうのはまあやばいですよねw 千桜が可哀想になってきたw
氷室にらしさを感じていただけたようで、嬉しいです。 まあ、氷室が嘘をついてるのは、あの描写だと結構わかりやすかったかもしれませんね。 自分で書いてて思いましたが、氷室はあれでナギ達を騙せてた気になってたのか?とちょっと彼を可笑しく思えてしまったり(オイ)w あんな安っぽい似非フェイクな形にしちゃったのを彼に申し訳なく思っています(コラw)
確かに氷室はここんとこずっと原作に出て来ませんよね。まあ私としてはそれが残念でもったいなく思っていたのもあり、こうして小説で出してみた、というのもあるんです。 この小説の舞台を白皇学院にして、そして大会という形にして多くの生徒を参加させるという形態をとったのも、そうした原作で微妙な扱いになっているキャラを色々出せて書けるから、というのが理由の1つにあります。
キュリオシティに関しては、kullさんがおっしゃるように、そんな感じのニュアンスですね。 まああえて好奇心という言葉ではなくそう言っているのは、ナギの心の声なんで、ナギがそのフレーズの方を好んで使った、と考えておいてください。
そのあえて表現した部分に興味を持ってもらえたっていうか、kullさんが気付いてくれたのが嬉しいです。ほんとにしっかり読んでくれてるっていうのがわかります。 ちゃんと読んでくれて、そして感想をくださってありがとうございます。
今後もよければまた小説を読んでやってください。ありがとうございました。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.26 ) |
- 日時: 2014/07/02 23:41
- 名前: プレイズ
- かかった鍵は包丁によって破壊され、無力化された。
ガチャリ、と家庭科室のドアが開いて愛歌達が出てくる。
「誰もいないようね」
「え、ええ。おそらく鍵をかけてすぐにここから離れたんでしょう」
「残念だわ……見つけたら少し叱ってあげようと思っていたのに」
自分たちを閉じ込めた生徒会役員に愛歌は多少なりとも怒りを抱いているらしく、鍵をかけた主を目にとめる気でいたようだった。
しかしその行為者は既に逃げた後だったので、事なきを得る。
「くす……誰だか知らないけど、命拾いしたわね……。まあいいわ、では次の教室に向かいましょうか、千桜さん」
「そ、そうですね。では次に行きましょう」
まだ底知れぬ黒い雰囲気を潜ませている愛歌に若干冷や汗をかきつつ、千桜は彼女と共に次の教室へと向かう事にした。
「ひいい……た、助かったです」
家庭科室のはす向かいの角で、少女が安堵した声を吐く。
愛歌達が出てくる寸前にドア前から退避した彼女は、九死に一生を得ていた。
「危なかったわね文ちゃん。私がこっちに誘導しなかったら、文ちゃん今頃この世にいなかったかもしれないわよ」
「あ、ありがとうですシャルナちゃん……。危うく副会長さんに刺し殺される所だったです……」
文は鍵をかけた後、ドアの近くで中の様子をうかがっていた。
だがいきなり包丁がドアを突き破ってきたために彼女は腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。
脇にいたシャルナが彼女をすぐにつかみ起こして奥の角へ連れていったので、どうにかその場から逃げられたのだ。
「あ、あの人怖すぎです。ちょっと副会長さん達を閉じ込めて驚かせてやろうと思っただけなのに、この仕打ちはあんまりです」
「同じ生徒会の同胞の間柄なのに閉じ込めた、というのが癇に障ったのかもね。まあ閉じ込めた事自体は身内だからといって優遇しない、というのを示すには良かったと思うわ。でも、文ちゃんは単に面白いから驚かせてやろうという愉快犯的魂胆があったから、それが悪い方に作用して天罰として跳ね返ってきたんじゃない?」
「うう……運営委員の仕事も楽じゃないですねシャルナちゃん」
危うく命が無くなる死の淵から逃れ、文はその理不尽さに嘆く。
「今回の大会はお・遊・び・要・素も存分に含んでいるんですよ。なので、愉快犯な意志があってもよいじゃありませんか!それで相手が悶え惑うなら、こっちとしても願ったり叶ったりなんですよぉ〜〜〜ゲヘヘヘヘ」
悪い悪戯顔でゲス笑いを浮かべ、文は今後の進行具合を想い描いている。
「全然懲りてないわね文ちゃん」
「ふっふっふ、文はちょっとぐらいの障害じゃあくじけないんですよ。逆にもっと面白い事をしてやりたくなるです」
「文ちゃんのその簡単には折れない熱意は素晴らしいと思うわ。でも、あまり羽目を外しすぎると危ないからほどほどにね」
愛歌に殺されかけたにもかかわらず猪突猛進な文にシャルナは溜息を漏らした。
この分だと、この後の運営進行もただでは済まなさそうだ。
「さて、どうにか予選競技には間に合いそうですが……」
ハヤテはナギ達のアイテムが入ったナップサックを背にしょって、時計塔から旧校舎へ向けて走っていた。
彼は第3グループに配される事が決まったので、予選開始時刻までには旧校舎に着けそうだ。
だが一応時間にそれほど余裕はないため、彼は今走ってそちらへ向かっている。
「どうした、何か不安な事でもあるの?」
「いや、僕はいいんですけどお嬢様が心配で」
隣を走っているカユラにハヤテが答えた。
ナギが第1グループに配された事は、開会式終了後に千桜からスピーカー通話で聞いていたのでハヤテは知っている。
「僕が付いていないと、お嬢様が予選を通過出来るかとても不安です。どうにか一緒のグループにしてほしいと千桜さんに頼んだんですが、時間の都合的にそれは無理だと言われてしまって……」
「ああ、ナギの事か。確かにハヤテ君がいないんじゃ、あの基本的な事が出来ないスーパーウルトラ引きこもりネトゲアニメオタクが予選突破するのは厳しいかな」
ハヤテに対し、ナギに関して辛辣な指摘をするカユラ。
確かにナギの独力のスペックを考えれば、そうかもしれない。
「カユラさん……まあ同意ですが、でも今回はマラソン大会のように体力使いに偏った競技ではないですし、上手く立ち回ればお嬢様にもチャンスはあるかもしれません。とにかく、どうにか予選を突破してくれればいいんですが」
「他に誰かナギと一緒にいる人はいないの?」
「ああ、小鳥遊さんが同じ第1グループなので一緒に付いててくれています。でも、それでお嬢様が予選通過をできるかはわかりません」
ハヤテの言葉を聞いて、しかしカユラは少し安心したような顔になった。
「ふーんそうか、“刃”が一緒か。なら大丈夫だと思う」
「……そうですか?」
何か自信がありそうなカユラに、ハヤテは半信半疑な顔をする。
「まあナギの事は心配いらないよ。それより………」
彼女はハヤテを挟んだ向こうを並走している少女に目を向けた。
エレベーターで居合わせた、グレーセーターの少女に。
「この人の方が私には不安なんだけど」
「フフ、それはまた辛辣ですね」
口元を緩やかに上げて、少女が笑みを見せる。
「私は、この大会に参加して望みを叶えたいってだけです。折角一緒のグループなんだから、仲良くいきましょう」
セーターの胸元をぽんと軽く叩き、少女はカユラに微笑んだ。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.27 ) |
- 日時: 2014/07/18 21:12
- 名前: プレイズ
- 「華藤さん。さっきした話からすると、貴方は競技においてライバルとなり得る生徒をリサーチするためにあのエレベーターに乗っていたって事でいいんですか?」
「ええ、そうです。当日参加する人の中にも、デキる方がいるかもしれないじゃないですか?だからあえてあの場へ皆さんと居合わせることにしたんですよ、私」
ハヤテの問いにグレーセーターの少女が答えた。
「そして、あの場で起きたアクシデントに対し、お二方は見事に的確な対処で対応されてました。わざわざ偵察に来た甲斐があったってもんです」
「いや、別にそんな評価されるような事では……」
先程の一連の身のこなしを称賛されるも、ハヤテは手を横に振って非肯定する。
「しかしデキる生徒かリサーチしようにも、あの場でそれをするのは普通なら難しいと思いますが。当初の予定では僕らはただアイテムを取りに行くだけだったんですから。まさかエレベーターが停止してああいう事態になるなんて、予想できないでしょうし」
「いえ。あのまま問題なく生徒会室に行けていたとしても、私はちゃんと選定チェックを出来ていたはずですよ。皆さんによるアイテムの取捨選択、実行委員への質問などの動向を通してその辺りは判断できますから」
その人の能力値を見定める判断意思を彼女は持ち合わせているらしい。
まるでスカウターでも使っているのかとハヤテは内心で突っ込んでしまった。
「さっ、あと少しで旧校舎ですよ。早く競技を始めたいですね。私は予選での皆さんの動き方が楽しみです」
「その感じだと、予選でも色々リサーチするみたいだな」
カユラが若干訝しさを隠した視線で少女に言う。
「フフ、まあもちろん予選通過を第一に優先しますよ?でも本当の本番は本選ですからっ。多少なりとも情報を集めた方が有利にはなりますよね」
悪戯っ子のような笑みを返し、彼女――華藤ゆり子はカユラの双眸を目で捉える。
「着いたらまずどうします?春風さんの話では最初にどこかの教室に入って待機しておくようにとの事でしたけど」
「そうだな……まあ私はどこでもいいよ。ハヤテ君はどう?」
カユラに振られたハヤテは、少し顎に手を当てて考えた。
「……そうですね。じゃあ、とりあえず保健室にでも入ってみましょうか」
「保健室か。ちなみに何で?」
「待機しておくにはよさそうじゃないですか。体調の悪い時に休息をとる部屋だし、もし開始前の待ち時間が長くなったりしても落ち着いて休めそうだなと思って」
「なるほど。そういう見方もアリですね。なかなか理に適った考えですよ。わかりました。ではハヤテ君の意見を尊重して、まずは保健室に行きましょう」
ゆり子らは、まずは保健室に向かう事にした。
『ビーーーー!』
放送口を通してブザー音が鳴り響いた。
『ただ今、第1グループの50人目の予選クリア者がでた。これにて、第1グループの予選は終了だ』
理沙が終了の合図放送を行った。
第1グループは既定の50人がクリアし終わり、これにてこの組の予選は終了となる。
『予選通過者はグラウンドの役員の元に集まってくれ。なお、予選を通過できなかった諸君は、残念だがここでドロップアウトだ。哀しいがこのまま家に帰還してくれ。しかし、それは虚しすぎるという生徒達のために、体育館に特設ブースを用意しておいた。そこに設置されている大画面モニターで各場所の映像が見れるから、気の向いた者は今後の大会進行を観戦して楽しんでくれ』
理沙によると、敗退した生徒達のために救済措置として観戦ブースを設置してあるらしい。
予選落ちした生徒達は、そこのモニターから観戦・応援が出来るらしい。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.28 ) |
- 日時: 2014/09/10 22:03
- 名前: プレイズ
- ここは、薄暗い美術室。
室内には、昔の生徒達が残した美術品の絵画や彫刻が置かれたままになっている。
絵は紙の材質が古びて劣化しており、保存状態はあまり良くないようだ。
部屋の中は美術品が所々に点在して置かれており、スペースがあまり自由には取れていない。
そんな少し動きを制限される室内条件の中、ここ美術室にて、ボタン争奪の争いが勃発していた。
「今度こそ決めるぞ」
「ああ、わかってる」
「さっさと終わらせろ」
暗い室内で、男子生徒達が獲物を狩る目でじりじりと間合いを測る。
彼らは、各教室を探し回った上でついに目的のボタンを見つけていた。
しかし、ボタンは見つかったものの、既に彼らより一瞬早く見つけた者がいたのだ。
(くそ、何て奴だ……俺達の攻撃を物ともしねえ)
ぜえぜえと息を切らして、数名の男子生徒が焦りの色を浮かべている。
彼らは今、一人の男子生徒を取り囲んでいた。
囲まれている中央の対象者は手に押しボタンを持っており、彼らはそれを奪い取ろうとしているのだ。
「どうした。……そんなもんかよ?」
「なに…!?」
「ぐ、なめるんじゃねえ!」
取り巻いている内の1人が少年に飛びかかった。
対象者の少年が持っている押しボタンを、彼はつかみ取ろうとする。
しかし、相手の少年は強烈な回し蹴りを打ち出した。
それは飛びかかった男子生徒のこめかみにヒットし、彼をくず折れさせる。
「ぐああっ」
「う、そ、そんな馬鹿な」
「何であいつが……こんなに強い…!?」
男子生徒達は驚愕の表情で対象者の少年を見やった。
少年は薄く不敵な嘲笑いを浮かべている。
「あの弱さの眷属といってもいい男だったはずの、あいつが」
「そ、そうだ、あいつがこんな強いはずがない」
「一体お前は誰だ…!!?顔がそっくりなだけの別人だろう」
生徒達に問われた少年は、だがそれが滑稽なように声を漏らした。
シニカルに彼らを見渡しながら、笑って告げる。
「はあ?何を言ってるのさ。僕は正真正銘の―――」
「―――東宮康太郎さあ」
その頃、離れた別の場所では――
ハヤテ達3人は、旧校舎の保健室へと向かっていた。
周囲の壁や床の朽ちた校舎内を歩き、少し薄暗い廊下を通って、目的地へと進んでいく。
しばらく行くと、先の方に保健室が見えた。
教室の上にかかっているプレートに掠れた字で『保健室』と書かれてある。
「着きました。ここみたいです」
ハヤテが早速ドアのとってを握り、開けようとした。
しかし、ガチャガチャと金属音がしてドアが開かない。
「あれ……開かないですね」
「もしかして鍵がかかってたりする?」
脇からカユラがドアの取っ手をのぞき込む。
ハヤテは何度か取っ手に力を込めたが、開く様子はなかった。
「……のようです、ね」
「これは。鍵がかかっているって事は――」
後ろにいるゆり子が言った。
「――まさか、中の人が閉じ込められているとか」
「なるほど。有り得るかもしれません」
ハヤテが頷く。
「千桜さんの話では、閉じ込められる場合もあるって事でしたから。今は第1、第2グループがまだ予選中でしょうし、中で誰かが閉じ込められている可能性はあると思います」
「そうか。でもどうする…?これはこの保健室にはしばらく入れないって事でいいんだよね。別の教室に移動しようか」
「でも、さっき校内放送で第2グループの予選通過者が今48名と言ってましたから、あと少しで予選は終わりそうです。もう数分待てば、生徒会の人が鍵を開けに来るんじゃないですか」
「それもそうか。じゃあしばらくここで待ってようか」
ハヤテ達は、とりあえず少しの間この保健室の前で待機している事にした。
「ふふ、ところでなんですが。少しお話ししてもいいですか?」
ゆり子が2人に話しかけた。
「はい、何でしょう」
「お2人って、どういうご関係なんですか」
「関係って…?」
唐突にゆり子はそんな事を訊いてきた。
カユラは意図がわからなそうに彼女を見つめて言う。
「そうだな、まあ日によっては同じアパートに住んでてよく知ってる間柄、ってとこ」
「そうですね。たまにカユラさんの住んでるアパートで暮らす事もあるし、以前はずっと同じアパートに住んでましたから」
「へーえ………」
興味有り気にゆり子は2人の顔を見つめる。
そして、ちゃかすように微笑んだ。
「たまに一緒に住んでるって……フフ、つまりロマンス的な関係って事ですね」
「へ…?」
「はい?」
しばし間の抜けた顔をする2人。
2人共にこの人は何を言ってるんだ?というリアクションをした。
「あの……何か勘違いをされているんじゃないですか?」
「またまた。そんな照れ隠ししなくていいですよ。今の話から明らかじゃないですかっ」
「いや、別にそんなやましい関係では」
「っていうか、何で今の話からそっち方面の話にいくのかわからない。きみ、恋愛脳すぎ」
呆れた感じの目でゆり子を見やり、カユラがやれやれと肩をすくめた。
「フフ、そんな謙遜しなくても。いいじゃないですか、そういう関係で」
「あのさぁ……」
カユラが不満を言いたげにゆり子に意識を向ける。
と、その時。
保健室のドア硝子に、人影が映った。
おそらく室内でドアの傍に誰かが来たのだろう。
その影は、何やら不穏な気配を醸し出している。
(何だ……?)
不審な様子にハヤテは、そいつが何か危険な事をやってきそうな空気を感じた。
そして直後、影は縦に揺り動いた。
何か来る。
執事はそう直感した。
影は何かを持って振り上げる動きを見せている。
「危ない!!」
ハヤテは咄嗟にカユラの元に飛んだ。
彼はドアの前にいた彼女の身体を突き飛ばして奥へ押しやった。
『バガァァァン!』
轟音と共に保健室のドアが吹き飛んだ。
けたたましい音を立てて、ドアは向かいの壁に当たった。
衝撃で形状が歪み、硝子が粉々に割れた。
「な、いったい何が……」
呆気にとられるようにゆり子が言う。
幸いにもドアから少し脇にいたゆり子は、ドアの直撃を受けずに済んでいた。
しかし、すぐ傍をドアが吹っ飛んでいき、危うく接触する所だった。
「ハ、ハヤテ君……!?」
彼女は、ドアが直撃した壁の方を見る。
ハヤテはそちらの方に突っ込んでいったからだ。
「く……だ、大丈夫ですかカユラさん」
下からドアを持ち上げて、ハヤテが顔を出した。
彼は飛んできたドアをかがんで躱し、直撃を回避していた。
「……………」
ハヤテの下にカユラが横たわっていた。
ドアからかばわれる形で彼女はハヤテに覆いかぶされている。
「カ、カユラさん?」
「……ああ、」
突然の出来事に半ば放心していたカユラは、ハヤテの声で我に返った。
「い、今どうなったの……?」
「ドアの奥に誰かが来て、それでいきなりドアを壊した……みたいです」
言って彼はドアが飛んできた方を振り返った。
そこにはドアがなく長方形の空間が開いている。
その入った所に、片手に椅子を持った一人の男が立っていた。
「お、お前は………」
「見損なったぞ綾崎。俺という相手がいながら」
その男は、瀬川泉の兄である、瀬川虎鉄であった。
彼はさっきのゆり子の話を聞いて激昂し、椅子をぶち当ててドアを破壊したのだ。
「俺という相手がいながら」
虎鉄はハヤテに対して憤りを露わにする。
「別の女と付き合っていたというのか!!!」
「な、何を言ってるんですかあなたは」
ハヤテは勘違い甚だしい眼前の男に、困惑した。
「まさか女と同じ家に住むようになっていたとはな。綾崎、お前はきっと騙されているんだ。そこの女に。俺だけの綾崎が、純粋な心の綾崎が、女などになびくはずがない。お前はきっと悪い女に嵌められたんだ」
「虎鉄さん、異常な変態思考もいい加減にしてください!」
「許さん……許さん許さん許さん!よくも俺の綾崎を、、!」
彼はカユラの方へ歩を進める。
自身が求愛するハヤテの傍から引き剥がそうとしたのだ。
「…ぐはぁッ!?」
しかし、その行為は途中で中断を余儀なくされた。
脇にいたゆり子が“裏拳”を虎鉄のどでっ腹に打ち込んでいたからだ。
「が……、、、、!」
ずるりと膝を折り、虎鉄は地面へと崩れ落ちる。
彼は一撃の内に意識を落とされていた。
「フフ、野蛮な下衆は邪魔ですよ。私、そういう人って嫌いなんですよね」
冷笑を送り、彼女は突っ伏した虎鉄を見下ろした。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.29 ) |
- 日時: 2014/09/20 21:31
- 名前: プレイズ
- 「か、華藤さん……?」
虎鉄をあっさりとのしてしまった彼女に、ハヤテは言葉を失う。
細い見た目からは想像できないような強さに、驚くよりも呆気にとられてしまったのだ。
「あれ……あ、ちょっと、え、気絶しちゃいました?」
ゆり子は伸びてひれ伏した虎鉄を見て、下手を打ったとばかりの表情を見せる。
失神させるまでは意図していなかったらしい。
「うわっ、やばっ。ちょっと壺を深く突きすぎちゃいました。どうしましょ、これ」
「と、とにかくまずは中に入りましょう。その変態はひとまずそこに置いておいて」
ハヤテはゆり子にそう言うと、自分の真上を覆っている扉を掴んで脇にどけた。
そして、上体を起こしながら下に顔を向ける。
「…大丈夫ですか、カユラさん。すみません、しばらく上にのしかかってしまって」
「いや、問題ないよ。おかげで助かった」
カユラはハヤテを下から見上げて、ある異変に気付いた。
「ハヤテ君、頬が切れてる」
「えっ?」
言われてハヤテは頬を手で触れてみた。
すると、指に赤い液体が付着した。
「あぁ……ちょっと破片か何かで切ってしまったみたいですね」
「…………」
ハヤテの頬を赤い血の筋が垂れ落ちる。
切り傷はほんの些細な程度だが、さっきの割れたガラスの破片がかすったものらしい。
「ごめん……私を庇ったせいで」
カユラは申し訳なさそうに彼の傷口を見る。
「いえ、何も気にする事ないですよ。カユラさんは何も悪くないですし、悪いのはそこで寝てる変質者ですから」
「まったくですよね。この人、勝手に妄想して勘違いしたあげくに激情して暴れるとか、有り得ない下衆です」
多少の汚い言葉を落とし、ゆり子はとりあえず倒れている虎鉄の両脇を持った。
そしてそのまま室内へと引きずっていく。
「華藤さん、そいつをどうするんですか?」
「一応ベッドで寝かせてあげようかと。まあ気絶はさすがにやりすぎちゃいましたし」
「そんな気を遣わなくても。床に放っとけばいいじゃないですか」
「ハヤテ君、優しい顔して意外と手厳しいんですね」
ゆり子はくすりと笑みを零した。
だが一応虎鉄をベッドまで引きずっていく。
そして、まず上体だけベッドの上に乗せ、脇腹と背中を上手くウレタンの側面に押し当ててベッドの上に彼の全身を乗せ上げた。
「ふう、ひとまずこれでよしです。後はしばらくすれば勝手に目覚めてくれるでしょう」
「ま、第2グループの予選はもう終わりますしどの道この人は失格ですから」
ははっと健やかに笑うハヤテ。
変態相手なのでちっとも手心が見られない。
「ハヤテ君、これを使ってよ」
「え?」
ハヤテが頬に感触を感じると、カユラが彼の頬に絆創膏を貼り付けていた。
「え?あ……ど、どうも」
「礼には及ばないよ。助けてくれたお礼だから」
カユラは絆創膏を自分の服のポケットにしまいつつ、保健室の中を見渡す。
「ここ、保健室なのにロクな消毒用品置いてないね。一応ベッドは3つほどあるけどさ。今ちょっと机とか棚とか見てみたけど、治療薬が全然ストックされてなかった」
「そうなんですか。それは、ちょっと不自然かもしれません。でも、まあここは旧校舎ですから、使われないから業者が撤去したのかも」
ハヤテは保健室の室内を少し調べてみた。
カユラの言う通り、怪我の治療用品などは置かれておらず、保健室らしさは部屋の中央に並んでいる3つのベッドぐらいだ。
『スイッチ押下を確認、見事クリアーだ』
その時、放送口から音声が聞こえた。
聞き覚えのある生徒会役員の声がする。
『東宮康太郎君、君で最後の第2グループ予選通過者だ。予選落ちせずにおめでとう、だな』
理沙が予選通過50人目のアナウンスを行った。
これで、第2グループは既定の予選クリア人数が達成し終わったようだ。
『これにて第2グループの予選は終了だ。クリアできなかった諸君は、残念だがこの校舎から退去してくれ』
理沙の無情な退去勧告に、予選落ちした生徒達はうなだれて校舎を後にした。
『さて、ではここでアナウンス交代だ。ここからはこの私、花菱美希がアナウンス役を務めさせていただこう』
ここで唐突に理沙から美希にボイスチェンジ。
理沙に代わって美希が放送口に座ったらしい。
第3・第4グループの予選では彼女がアナウンス進行役を務めるそうだ。
「この声は……オールバック先輩。てっきりアイテム進呈役だけ務めて済ませるものだと思ってた」
『ははー、出来ればそうしたかったんだがな。さすがにそれだけでは実行委員として務まらんよ』
「ぅわ!?」
自分の声に向けてリアクションを返され、カユラは驚いて声を上げた。
「せ、先輩。もしかして、聞こえてる……の…?」
『ああ』
美希はまるでその場で聞いているかのように流暢にラグなく返答する。
「まさか、盗聴器がこの部屋に……」
ゆり子は保健室内を見回した。
ぱっと見では、それらしき機器は見受けられない。
『ちなみに盗聴器類は素人では見つけられないように校舎内の各部屋・廊下・壁にまで至る所に設置してある。1つや2つ潰した所では意味のない行為だから』
盗聴器の存在を暴露する美希。
同時に校舎の各場所で生徒達の驚き・ブーイングの声が上がる。
それに対し、これは不正などの行為が行われた場合の証拠を取るために盗聴器を設置していると彼女は説明した。
『まあそれは置いておいて』
盗聴器の話は早々に切り上げ、美希は予選に関しての話を始める。
『ではそろそろ第3グループの予選を始めようと思ってるんだけど。諸君の準備はいいかな』
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.30 ) |
- 日時: 2014/11/23 21:43
- 名前: プレイズ
- どうも、ご無沙汰してましたプレイズです。
前回から2か月も経ってしまったー(汗)
ちょっと行き詰ったというか、スランプというか。
あとちょっとリアルの方が落ち着かなかったという理由で、間隔がこんだけ開いてしまいました。すみません。
では、以下からが本編です。
========
『では、早速予選を始めさせてもらおうか。それじゃあレッツゴー』
一通りルール説明をし終わった美希が予選開始のアナウンスを告げる。
ハヤテ達は、さっそくまず保健室内を探索してみる事にした。
室内にはベッドが3つある他には、薬品などを入れておく棚があるのと、その奥に机が1つある。
そして壁周りには物を置く長台が設置されており、その上には色々な動物系のぬいぐるみが置かれている。
「棚の方はざっと見た限りじゃ特に何も見当たらなかったけど……」
カユラは既に棚のチェックを一通り済ませていた。
だが一応もう一度調べてみるよ、と言ってまた調べる作業に入る。
「では、僕はこっちを見てみます」
ハヤテはその奥にある机の方を担当する事に。
机の上には特に余計な物はなく、卓上時計とペン立てが置かれているだけだ。
まず彼は机の引き出しを開けてみる事にした。
ガラ、と開けるとすぐに、何かが中に入っているのが確認できた。
机の中には、茶色い封筒が一枚入っていた。
「これは……」
開封して中身を取り出してみる。
すると中から1枚の白い紙が出てきた。
紙にはただ短くこう書かれていた。
【宝は会議室に有り】
ぎょっ、と目を見開いてハヤテは文面を見つめる。
ボタンの隠し場所を示していると思しきメッセージが見つかったのだ。
「カユラさん、華藤さん、ちょっと来てください」
2人を呼び、彼はメッセージの書かれた紙を見せた。
カユラは、しげしげと文を見つつ顎に手を当てる。
「へえ、これってつまりボタンの有りかを教えてくれてるって事?」
「多分そうだと。おそらく会議室にボタンが隠されているんじゃないでしょうか」
「でも、もしかしたらダミーかもよ。ボタンなんて端から置いてない場所だけど、わざとそこへ向かわせるためにこうしてメッセージを置いておいた可能性があると思うな、私は」
そう言って彼女は訝しむように紙を見つめる。
どうやら額面通りには受け取っていないようだ。
「フフ、疑り深いですね。わかりませんよ?本当に正しいボタンの有りかを書いてくれてるかもしれないじゃないですか」
「さあ、どうだか。でも私にはこんなあからさまにヒントを置いておくとは思えない。多分引っかけだよ、これ」
ゆり子に向けてこのメッセージ文を明確に『偽』と判断するカユラ。
正しいヒントと見せかけて、誘導して落とす罠だと考えたのだ。
「なるほど。これはダミーと判定しますか。どうしますか?ハヤテ君」
彼女はハヤテに判断を求める。
まあ私としては迷って半端な判断をするよりもきっちり決めてくれるのは良いと思いますよ、とゆり子はカユラの判断に肯定的だ。
「そうですね。仮にこれがダミーだった場合は、会議室までの移動時間が無駄なロスになってしまいますし。それに、生徒会の方々の無駄に遊び方向に力入れてるところを鑑みると……」
「うん、何か嵌める系のをやってきそうな感じがする。オールバック先輩とか明らかに何か隠して色々やってて楽しんでそうだったし」
「よくよく考えてみると、このメッセージは信頼性が低いですね。やっぱり……これは無視する事にしましょう」
ハヤテはカユラの意見に賛同し、会議室には行かない事にした。
「どうやら『偽』判定に決定みたいですね。では私もそれに従いましょう」
ゆり子も2人の意見に従うようだ。
「しかしいいんですか?もしこの文が正しいとお思いなら、華藤さんだけでも会議室に向かってもいいですよ」
「いえ、私はお2人に付いていく事にしたので、ハヤテ君達の判断に従うまでです」
彼女はあくまでハヤテ達に付いていくという。
彼女はエレベーター機内での行動から2人に興味を抱いているらしかった。
それで、前回の脱出後からこうして2人に付いてきているわけである。
「そうですか、ではまた探索を続けましょう」
3人は、この封筒はスルーして室内の捜査を続行した。
ハヤテは引き出しの中を調べ終わったので、今度は机の上の物を見てみる事にした。
といっても、特にこれといって怪しい物はない。
必要最低限の物が置いてあるだけだ。
机上の物はどうやら押しボタンに繋がる物品ではないらしい。
ハヤテは机から離れようとするが、その時ふと卓上の時計に目が留まった。
「ん……?この時計、時間が何かおかしいような」
よく見ると、時計のデジタル表示は2:22を指している。
今はまだ午前10時前後のはずなため、そんな時間なわけはなかった。
時計が壊れているのか……?と彼は疑問に思う。
「……もしかして、これは」
ハヤテはふと何かに気付く。
「どうしました、ハヤテ君?」
ゆり子がハヤテに訊いてくる。
彼は顎に手を当てて答えた。
「いや、この時計が時間が変にズレていたので。どうしてかなと」
「時間がズレている?……ああ、なるほど。確かにおかしいです。今午前10時頃ですもんね」
彼女も時刻のズレに気がついたようだ。
よく見るとこの時計のデジタル表示は時を進める事なく、その時刻のままで停止している。
ただズレて時を刻んでいるのではなく、2:22で機能停止していた。
時刻が止まっているのは不自然に感じる、いやむしろ意図的にすら感じます――とハヤテが漏らした。
「まるで何かを示しているみたいです。それが何なのかを今――」
言いつつ、ハヤテは部屋の中を今一度見渡す。
何か調べる箇所はないかと部屋を見回してみると、部屋の周囲に飾られているぬいぐるみが目に入った。
壁際には長台が部屋を一周するように設置されており、台の上にはぬいぐるみが色々と並べられている。
保健室によくある、飾りとして置かれているものだ。
動物系の物で占められているらしく、犬や猪、牛などの物がある。
ちなみに置かれているものの中にはキャラ物っぽいものが色々とあった。
アニメや漫画などで見かけるキャラクターものである。
彼は試しにその中の一つを手に取って見てみた。
黄色い色の、ネズミっぽいやつを。
「……特に変わった所はない、か」
回して背面なども見てみたが、何の変哲もない普通のぬいぐるみのようだった。
『ほにゃにゃち わ〜!』
「え……?」
不意にぬいぐるみから音声がし、ハヤテは少し驚いた。
どうやら手に取った際にお腹のボタンを押していたらしい。
押すと音声が出る仕組みになっているようだ。
「それは、ケ○ちゃんか…!」
一目散に駆けてきたカユラがハヤテの手からぬいぐるみを奪う。
これの造形は某アニメ作品のマスコットキャラによく似ていた。
「いや、でも何か違う……ケ○ちゃんはこんな不細工なフォルムではなかったはず」
「え?な、何かおかしいところでも……?」
「これは……上辺だけ似せて作っただけのパチモンだな。この適当に作った感の輪郭とかしっぽとか最高にイモい」
「は、はぁ……」
急に熱を帯びだしたカユラにハヤテはよくわからないので少し困惑。
「へえ〜よく見ると色々なマスコットキャラのがあるんですね」
今のを脇で見ていたゆり子が、興味を持ったように寄ってくる。
台上に置かれているぬいぐるみを少し見た後、彼女もその中の1つを手に取った。
「フフ、これとか可愛いと思いません?」
彼女は2人に掴んだぬいぐるみを見せる。
それは、白い身体にやたらと長い耳をしていた。
赤い目が何かを訴えかけるようにこちらを見ている。
『だから僕と契約して、魔法女装男子になってよぉ!!!』
「…………」
「…………」
彼女がお腹のボタンを押して、音声が発せられた。
何やら不誠実なワードが聞かれたが。
「……何、このキモイ猫」
カユラは冷めたような顔で、白くて耳がやたらと長いぬいぐるみを見やる。
『キュッぷぃぃ』
「こんなキャラアニメで見たことない。誰かがふざけてアニキャラっぽく作ったんだな、うん」
反吐がでるとでも言いたげな様子で彼女はそれを見下げた。
「え〜そうですか?可愛いじゃないですか」
「どこが?ケ○ちゃんの方が断然愛らしい。こんな奇形生物はノーセンキューだ」
もちろんさっきのパチモンではなく本物の方ね、と言い添えて彼女は別のぬいぐるみを漁り始める。
(う〜ん何かグダっちゃったけど、やっぱりあの止まった時計は何か不自然だ。あれはおそらく何かを表しているはず……)
ハヤテはさっきの壊れた卓上時計がやはり気になる。
2:22などという意味深な時刻で停止しているのは何故なのか。
そして部屋の周囲に雑多に並べられた数々の動物系のぬいぐるみ。
(まさか……)
彼は思い当たった。
あの止まった時計の時刻は、きっとアレを表しているのだ。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.31 ) |
- 日時: 2014/11/29 12:41
- 名前: プレイズ
- 「ところで、あそこの時計さ。…何かおかしくない?」
ぬいぐるみを漁っていた手をいったん止めて、カユラがハヤテ達に言った。
「時刻が2:22で止まってるんだけど、壊れているにしては、ゾロ目の時刻が不自然だし」
「ええ、僕らもそれに先程気が付きました」
既にその時計を見つけていたハヤテ達は、飲み込み済みというように頷いた。
「っていうか、あれ……?何だ、2人とももう知ってたわけ」
「はい。さっきカユラさんが棚を調べている間に、見つけたんです。直後に今の論争になったので、伝えるのが遅くなっちゃいましたけど」
すみません、と詫びてハヤテはまた顎に手を当てる。
「――もしかしたら、あの止まった時計はある物を表してるんじゃないでしょうか」
何かに気が付いたように、ハヤテが口を開いた。
彼は再び長台の元へ歩み寄ると、並べられているぬいぐるみを一つ一つ観察しだした。
「ある物……ですか?」
ゆり子が何の事かとハヤテに尋ねる。
ぬいぐるみの種別を見定めながらの、返答が返ってきた。
「あの時計の時刻は2:22で停止していました。この2:22という数値は、何かを指していると思うんです」
「あの時刻がですか?2が3つそろっているっていうのは、考えてみればまあなかなか意味深ですよね」
「ラッキー7的な、何かの意味があるとかなんじゃない?」
カユラが思いついたように呟く。
はい、と言って執事は頷いた。
そして補足するように続ける。
「2が3つ……そうです。ゾロ目で何か幸運的な意味があるんじゃないかと、僕もそう考えました。しかしラッキー2なんて聞いたことないですし、そういう抽象的な概念はおそらく無いと思います。では、他に何か限定できる意味があるか――、というと」
彼はそこで言葉を切って、ぬいぐるみの方を見渡した。
そしてしばらくの間、そちらを見て何かを見定めようとする。
しかし、時間をかけて見探したものの、彼はなかなか次の動きをしようとはしない。
どうやら探し物が見つからないらしく、彼は眉をひそめて息を吐いた。
「あれ、れ……おかしいですね」
「どうかした?何かぬいぐるみのどれかを探してたみたいだったけど」
「いや、ちょっと思っていたものが見当たらなくて」
少し困惑気味の執事に、カユラは時計の時刻の指すものは何なのかわかったのか、と尋ねる。
「はい、それは一応わかりました。あの止まった2:22という時刻は、おそらく日付の事を指しているのではないかと」
「日付?ええっと……つまり、2:22は2月22日を表している、ってこと?」
「ええ。おそらくは」
多分合っていると思うんです、と彼は言う。
「でも2月22日って、何かを指している日なわけ?」
「そう、その日はある動物の日とされているんですよ」
彼は該当の日付によって絞った対象を告げる。
「それは……“ねこ”です」
「猫?…2月22日って猫の日なの?」
「猫の日なんです。にゃーにゃーにゃーのゴロ合わせでそうなっているそうですよ」
ハヤテの薀蓄披露に…へぇ、となりつつカユラは問う。
「で、猫のぬいぐるみは?」
「それなんですが……ちょっと見当たらなくて」
辺りのぬいぐるみを一通り探したハヤテだったが、猫のぬいぐるみを発見する事は出来ずにいた。
犬や猿などの他の動物の物はあるのだが、猫の物だけがない。
「いや。それなら…あるよ」
「え…?ど、どこにですか?」
「猫、でしょ。――なら、アレじゃないの」
カユラはゆり子が持つぬいぐるみを指差した。
白い身体をした、やたらに耳が長いさっきの奴を。
「えっ。あれ猫なんですか」
「さっき言わなかったっけ。まあ見た目は気に入らないけどさ……一応猫の部類に入ると思うけど」
「フフ、まあ厳密に言えば宇宙生物とかになりそうですけどね。この子はれっきとした猫型でしょう」
ゆり子は面白そうに笑って、手に持つそれを眺めた。
こちらを向いているその宇宙生物(?)のぬいぐるみの顔を見つつ、ハヤテが結論を出す。
「じゃあ、時刻が指している対象はおそらくそのぬいぐるみでしょう。見た所他に猫のぬいぐるみはありませんから」
「という事は、この子のどこかに押しボタンが仕込まれているって事ですね」
彼女はなるほど得心しました、と言って
「でも、私さっき胸のボタン押したんだけどな〜〜。特にアナウンスとかがないって事はこのボタンじゃないんですかね」
他にボタンはないかとゆり子はぬいぐるみを回したり生地を押して中に何か入っていないかチェックしてみた。
しかし、他にボタンのようなものは確認できない。
「おかしいなあ……ほんとにこの胸のボタンじゃないんですよね?」
『君の願いは エントロピーを凌駕した』
再び彼女が胸のボタンを押し、ぬいぐるみのボイスが鳴った。
だが、特にクリアアナウンスのようなものは流れない。
う〜ん、とため息をつくゆり子。
『やれやれ、人間というのはよくわからないよ。表面しか目に映らなくて隠れた真実に目を向けようとしないのは、本末転倒じゃないかな』
彼女はまた胸ボタンを押してみる。
再度ボイス音が発せられた。
今度は何やら哲学ぽいことを言っている。
それを聞いたハヤテは、不釣合いだと言わんばかりに感想を漏らした。
「何かませた事言う猫ですね」
「フフ、面白いじゃないですか」
「っていうか、何かウザいんだけど」
カユラが見下げた目でそのぬいぐるみを見ている。
「何なわけ?隠れた真実だの何だの……」
「あ、ちょい待ってください、もしかして今のは」
さっきのボイスから何かを思い至ったようにゆり子が言う。
「もしかして」
彼女は手に持つそれを目前に引き寄せて、ぬいぐるみの腹部にあるボタンをよく見てみた。
すると、よーく見るとボタンの下部の側面に何かが、書いてある。
【 2 】
「2……ですって、、?」
ボタンの側部に書かれていたのは2番の数字。
これは、ボタンを押してクリアとなる対象のグループ番号である。
このボタンを押してクリアになるのは第2グループに所属している者だけ、という意味なのだ。
つまり、他のグループの者がこれを押してもクリアとはならない。
「ええ〜〜!!?それは、ないんじゃないですか」
「そういえば、ルール説明でそんな事を花菱さんが言ってたような……」
「うん言ってた。何かめんどくさいルールだなとは思ったけど」
「そういう事かーー。くー、鬱陶しいですっ。折角ボタンを見つけられたと思ったのに、ぬか喜びしちゃったじゃないですか」
悔しがるようにゆり子が地団太を踏む。
「そうか、2:22だけにボタンも第2グループ用のだったってわけね」
「他グループの人にとっては意地悪ですよね、これは。まあそれを込みでこういうルールを作ったんでしょうけど」
「あーー、ムカツク、ムカつきます!生徒会の人達にも何か殺意が湧いてきちゃいました」
「まあまあ華藤さん、また別の場所へ探しに行けばいいんですよ。まだ時間はありますし」
少しプチ切れショート気味のゆり子にハヤテが声をかけて収める。
「――くくく、残念だったな」
「「「…!」」」
不意に、後方から声がした。
3人のうちの誰とも違う声が。
そしてそれはハヤテの知っている声でもあった。
「あ、あなた……いつの間に起きて」
「おお綾崎」
気が付けば、ベッドで寝ていたはずの虎鉄が何故か目の前に立っている。
さっき裏拳を喰らって失神させられていたはずなのだが。
「ふふ、あの程度ではやられんさ。数分で意識を自動回復させれたぞ」
「く……そういう所は無駄に耐性がありますね」
いつもハヤテにボコられては平然と復活している虎鉄に、彼は呆れて見下げる。
そういえばさっきの事だが――、と虎鉄が続けた。
「どうやらボタンを見つけた気になっていたようだが。番号違いとは笑えるニアミスだな」
「……!その様子じゃ、寝ながらずっと起きていたって事ですか」
彼は意識を回帰させた後、ベッドで寝たふりをしながら様子をうかがっていたらしい。
「くく、そうだ。綾崎。あと一つ教えてやろうか。お前は俺がボタンを見つけられずに失格になったと思っているようだが」
満足さを隠せないといったように彼は笑いを零していく。
「ちなみにそのぬいぐるみのボタンは既に俺が押下済みだ」
「な……これは、もうあなたが押していたんですか?」
「ああ、お前たちが入ってくる少し前にな。時計の暗号を解読して見つけた。残念だったな。ハハハ」
満足そうに笑う虎鉄。
それを見てハヤテは渋い表情になった。
(ちっ……折角邪魔なこいつが早々とリタイヤしたと思っていたのに。まさかもうとっくにクリア済だったなんて)
彼も内心で地団太を踏みたい衝動に駆られる。
しかし行動に移すのは癪なので思い留まった。
「ところでそこの女。さっきは俺のどでっ腹にいきなり喰らわせてくれたじゃないか」
虎鉄がゆり子の方を向いて言った。
「おかげで1分ほど意識が飛んでしまったぞ。まあすぐに自力で回復させたがな」
彼は挑発するような口調に変えて彼女に語りだした。
「しかしさっきのは笑えたぞ。番号違いに気付かずにボタンを見つけた気になっているんだからな」
くくく、ハハハと嘲笑を交えつつ彼は言う。
「しかもそのボタンは既に俺が押していたやつだった。仮に番号が合致していたとしても、お前達は無駄骨な事をしていたってわけだ。押し済のボタンを別の奴が押した所で無効にしかならないからな」
可笑しくて仕方ない、というように虎鉄は横柄な笑みを飛ばしていく。
彼はゆり子の元に近付いて、彼女の耳元で言った。
「まったく、馬鹿な女ほど笑えるものはないな。さっきは笑いを堪えるのに必死だったぞ。まあ、そんな頭じゃ予選も突破できるか微妙な所だろう?いや微妙以前に予選落ちにな―」
「あ゛?」
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.32 ) |
- 日時: 2014/12/01 14:34
- 名前: プレイズ
- 『ガシャアアアア!!』
滅茶苦茶に破壊されたベッドの残骸から、激しく土埃が上がった。
そこに叩きつけたあげくに、壁へと投げつけたからである。
轟音と共に壁にはヒビが入り、衝撃で部屋が揺れた。
「………」
辺り一帯は酷い有様になっていた。
目につく物は激しく壊され、机などは天板が打ち割られている。
木造の床には既にいくつもの風穴が開き、所々が空洞と化していた。
抜け去るのは、ただ一陣の黄昏る微風のみ。
凄まじい圧の痕が部屋の中を一変させてしまっていた。
「………ドカスが」
苛立ちを端に残すように彼女は口元を締める。
前方の壁には、既にボロボロとなった虎鉄の身体が無残にめり込んでいた。
ゆり子の破壊衝動が爆発し、彼女を罵った男は葬り去られることとなった。
「……ぁ、、」
あまりの暴力的な場景に、カユラは呆気にとられてしまっていた。
同じくハヤテもこの状況をただ茫然と見ている。
「な………」
虎鉄の挑発が限度を越え、彼女を憤らせた事は間違いなかった。
ただし、その過程の行きつく結果がこれほどまでとは予想だにしなかった。
(な、何だこの……滅茶苦茶な――強さ、は)
室内は数刻にして元の面影が無くなり、凄惨として荒んでいた。
彼の言葉で受けた怒りの上昇がどれほどのものか、もうわからないほどに全てが壊されてしまっている。
「………はぁ……」
短くため息を漏らし、彼女は張っていた肩を緩めた。
コキコキと首を慣らし、くるりとこちらに振り返る。
「……すみません。ちょっと我を忘れてしまいました」
低くくぐもった声で、彼女は声を向けた。
激昂した眉の筋が未だ小刻みに伸縮している。
「ぁ、ああ。だ、大丈夫……か?」
「ええ。……だんだん、落ち着いて…きました」
高まった血圧によって顔面が紅潮した彼女は、息を若干乱しつつも軽く笑顔を作った。
手に付いた汚れを簡単に払うと、乱れた服を整えて着直していく。
「だ、大丈夫ですか?ひ、ひとまず落ち着きましょう」
「ご心配をどうも……。もう、平気……」
少しずつ気を鎮めて、ゆり子は平静さを取り戻し始める。
まだ戸惑いが冷めないハヤテは、とりあえず彼女を安静にさせる事にした。
「ここに座ってください。少し気を楽にした方がいいですよ」
「……ありがとうご、ざいます」
彼は机の椅子を持ち寄って彼女に勧める。
彼女は礼を言うと、ふらついた足取りで椅子に腰を下ろした。
(とりあえず、しばらく華藤さんを落ち着かせないと……)
激昂した熱を冷まさせるため、ハヤテはしばし探索を中断して休息を取る事にする。
多少時間はロスする事になるが、まだ既定の50人がクリアし終わるまでは猶予があるので問題ないだろうと彼は判断した。
(さて、ではその間にあの変態がまたいらないことをしたら面倒だから、今のうちにふん縛っておこう)
ハヤテは壁にめり込んでいる虎鉄の方へと向かう。
さっきのようにまた意識を戻してちょっかいを出してこられないように縄で縛り上げる事にしたのだ。
といっても、虎鉄は先程とは比べ物にならないほどに攻撃を打ち込まれていたため、すぐに目を覚ますことはまずないだろうが。
「まあ念のため、です」
さっき調べた机の引き出しの中には、一つ縄が入っていた。
彼は引き出しから縄を取り出すと、それを使って変態の身体を縛っていく。
「ハヤテ君、私も手伝おうか」
カユラがハヤテの元へ来て言った。
「…いいんですか?別にこんな醜い男を縛るなんて、カユラさんの手を煩わせるのは申し訳ないですよ」
「いや、手伝わせてよ。私としてもさっきのお返しがしたいところだし」
それと、今さっきの暴言のお返しもね、と付け加える。
「そうですか、わかりました。ではギチギチにふん縛ってやりましょう」
「激しく同意。じゃあ始めようか」
ハヤテ達は既にボロボロとなった虎鉄を、さらに縄で拘束する事にしたのだった。
「うう……な、何とかしてぇ〜〜彩ち〜ん」
呻くように助けを求める声が室内から聞こえる。
ダンダン、と叩くものの、固く閉ざされた鉄格子はビクともしない様子だ。
「くそっ…ちょっと待ってろ。後で何とかする」
手詰まりといった感じに彩葉が軽く両手を上げた。
彼は今、2階の会議室の中にいる。
何やらトラブルがあったようで、ドアの前で四苦八苦していた。
「うぇ〜ん!何で私がこんな目に合ってるのー!」
泉の嘆き声が虚しく響く。
2人はこの少し前、校長室を調べている際に、不審なメッセージを見つけていた。
茶色い封筒に一枚の紙が入っており、そこには【宝は会議室に有り】と書かれていたのだ。
良いヒントを見つけた、と意気揚々で会議室に向かった泉を彩葉はもう少し慎重に行けと止めようとしたのだが、彼女は我先にと会議室へ入っていった。
仕方なく彼も後を追って中へ入ったのだが。
すると、2人が入った後にすぐ、扉の開いた上から“鉄格子”が降りてきたのだ。
ガシャンと金属音がして、出口は鉄格子によって塞がれてしまった。
どうやらそれで閉じ込められてしまったらしい。
「あ〜もう、だからちょっと待てって言ったんだよ」
「ご、ごめ〜ん。だって、ボタンの有りかがわかったと思ったんだもん」
逸りすぎてまんまと罠にかかった泉に、彩葉は呆れたように頭をかく。
彼らはさっきから鉄格子を幾度も叩いたりゆすったりしているのだが、外れたりする様子はない。
よく見ると、鉄格子の下部の床には、鉄格子の棒先を納める用の穴が開いている。
上から降りてきた鉄格子の棒がその穴に嵌り、外れないようにロックがかかっているようだ。
「くそ。何かこれ、結構手の込んだ罠だぞ。簡単には外せないようになってる」
「何でこんな罠なんか仕掛けてるの〜?まるで私たちを閉じ込めるためみたいだよー」
「まあ、そうなんじゃないか。明らかにそれ目的だろうな、さっきのあからさまなメッセージといい」
「何で閉じ込めたりなんてするの?理由がわからないよ〜」
「さあ。ただ、だいたいの想像はつく。多分、引っかかった奴を足止めしてボタンを見つけさせないためだろう」
生徒会達の考える事を想像すると、おそらくボタン探しの妨害目的。
あとはその方が色々面白いからという愉快犯的な理由からだろう。
「けっ、胸糞悪りぃな。そんなつまらねえ罠にかかっちまったとはな」
2人の後ろから、別の声が聞かれた。
「全くだぜ。俺達は今こんなとこで手間を喰ってる暇はねえってのに」
「ほんと。気に入らないわ。私たちは予選なんてさっさと済ませてしまいたいものを」
「ま、とりま仕方ねえじゃん♪こんなとこさ早く抜け出して、さっさとボタンをゲッツ!するのな」
泉達の後方、会議室の中には他に4名の生徒達がいた。
彼らもまた、彩葉達と同じようにここを訪れ、中に閉じ込められてしまったようだ。
「なあ、あんたらもここへ来て閉じ込められたんだよな?」
彩葉が彼らに訊いた。
「おうよ。手っ取り早くボタンを見つけちまいたかったもんでな。封筒に入ってたメッセージを見つけて、すぐにここへ来たってわけだ」
「それがまさかこんな罠が仕掛けられているなんてね。仕掛けた奴を消し炭にしてやりたい気分だわ」
「同感だぜ。おそらく生徒会の連中の仕業だろうが……。俺達を嵌めるとは舐めた真似をしやがる」
彼らは自分たちを閉じ込めた実行委員達に腹を立てているようだ。
そんな中、彼らの一人が何かを見つけたように言った。
「おっ♪何か面白い物発見ゲッツ!」
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.33 ) |
- 日時: 2014/12/16 15:45
- 名前: プレイズ
- その頃、ハヤテ達はまだ保健室にいた。
室内の壁や床のほとんどが破れた惨状の中で、彼らは待機して休んでいる。
「どうですかゆり子さん。ご気分の方は」
「ええ、おかげさまでだいぶ良くなりました」
あれからしばらくの間休息を取ったので、ゆり子の精神状態はかなり回復していた。
この分ならもう大丈夫そうだ。
「よかったです。安心しましたよ」
「ご迷惑をおかけしました。たっぷり休んだので気持ちもすっきりしました」
彼女はゆっくりと椅子から立ち上がる。
くー、と伸びをすると鈍った身体を少し慣らした。
「あれ、そういえばさっきボコしたあの人は?」
気が付くと、壁にめり込んでいたはずの虎鉄の姿が消えている。
もしやまた復活しているのではないかと彼女は思った。
「ああ、あの変態ならあそこですよ」
ハヤテが反対側の壁際を指差した。
そこには全身を縄で雁字搦めにされた悍ましい虎鉄の屍が横たわっていた。
「あ、これは良い絵面ですね♪とてもいい気味です」
「私とハヤテ君で徹底的に縛り上げておいた。これなら仮に目を覚ましても簡単には抜けられないはずだよ」
「ですね。この人にはここで拘束される報いを受けてもらいましょう」
3人とも快い微笑みを見せている。
誰も縛られた彼の心配などしていないようだ。
「さて、では行きましょうか、ハヤテ君。もう気分の方は回復したので」
「大丈夫ですかゆり子さん」
「ええ、すっかりMP完全回復です」
ゆり子は感情が元のように落ち着いたようだ。
これなら行動に特に支障はないだろう。
「それなら安心ですね。じゃあ探索を再開しましょうか。保健室にはもうボタンは無い事がわかりましたし、別の場所に移動しましょう」
縛った虎鉄を床に放置すると、ハヤテ達は保健室を後にする事にした。
入り口から出て廊下を歩きながらカユラが言った。
「さて、次はどこに行こうか」
「そうですねぇ……」
次に行く場所を思案するハヤテ。
その時、ふと彼は地面の際(きわ)に何かの気配を感じた。
前方の床に近い高さに“黒いシルエット”が見えた。
シュ、とハヤテの足元をすり抜けてそれは後ろに駆けていく。
「ねこ……?」
視界の端に捉えたその姿は、猫のようだった。
「こらっ、待ちなさーい!」
「えっ?」
直後、廊下の奥から不意に声が響いた。
向こうから女子生徒が1人走ってくる。
「あ、ハヤテ君…!」
「ヒ、ヒナギクさん?」
やってきたのはヒナギクであった。
「どうされたんですか?今の通り過ぎていったのが何か」
「あの子、口にボタンを銜えてるの。だから今追ってるところよ…!」
「え、ボタンを…?今の猫がですか?」
瞬間に目の端でしか見れなかったため、ハヤテは口のボタンにまでは気が付かなかった。
(しまった。折角向こうからボタンがやってきてくれたのにみすみす逃がしてしまった)
内心で口惜しみ、彼は通り過ぎた猫の進行方向へと向き直る。
「え、今の猫ボタン持ってたんですか?」
「みたいです。急いで追いましょう!」
走り出しながらハヤテがゆり子に短く叫んだ。
既にヒナギクはハヤテより先行して先を行っている。
「……!あれは」
そのヒナギクのさらに前、廊下の先方にカユラの後ろ姿が見えた。
刹那にそれがボタンを銜えている事に気づいたらしい彼女は、逸早く反応して猫を追走していたのだ。
「!カユラ…!」
「ふふ、無敵先輩。悪いけどこの猫は私がもらった」
カユラが得意げな顔でヒナギクを振り返る。
猫の銜えたボタンに最も早く気付いて反応したため、彼女はヒナギクが自分たちの元へ来るより先にスタートしていた。
その分アドバンテージがある。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.34 ) |
- 日時: 2014/12/29 19:19
- 名前: プレイズ
- 「っ、その子は私が先に見つけたのよ…!」
前を行くカユラに向けてヒナギクが叫んだ。
「見つけた順番なんて関係ないよ。奪った者勝ちだから」
「……!」
カユラはヒナギクの言葉にどこ吹く風で返す。
これはボタン争奪戦。みすみすチャンスを譲る程、彼女は甘ちゃんではない。
「くっ、カユラさん、速い…!」
「いつの間にあんな先に……」
後方から追うハヤテとゆり子が、既に遥か前を行っているカユラに驚く。
彼らは猫がボタンを銜(くわ)えている事に、ヒナギクから聞くまで気付かなかったのだ。
「反応の速さは褒めてあげるわ。でもそれで勝ったと思ってるなら」
追いかけるヒナギクの口元が僅かに笑う。
次の瞬間、彼女は脚を速めた。
凄まじいスピードで彼女の身体が躍動した。
桃色の髪を揺らめかせ、ぐんぐん加速を開始する。
結構あったはずのカユラとの差が、みるみる縮まっていく。
「な……(は、速い…!)」
見る間に距離を詰められ、カユラは驚いた。
ヒナギクの脚が予想外に速すぎる。
「く……!」
焦った彼女は、追いつかれる前に猫を捕まえようと急いだ。
猫は前方の廊下を走って逃げていくが、カユラとの距離はもうほとんどない。
「さあ、キャッチだ!」
両手をぐいと伸ばして彼女は捕獲体勢に入る。
揃えられた手が猫の両脇から挿し込まれ――
するりと手応え無くカユラの手は空を切った。
「な、に……!」
猫は咄嗟に反応して身体を器用に捻り、彼女の手をかわしていた。
スタ、と地面に降りると方向を右に曲げてまた逃げていく。
「くそっ、逃げられたか」
軽く慷慨して、カユラは再度猫を追いかける。
身体の柔らかい猫は逃げるのも上手いため、キャッチの難易度も高い。
「この私が捕まえるのに手こずったほどよ。そう簡単に獲れるはずがないわ」
ヒナギクが安堵の息を吐きつつ、カユラに向けて言った。
彼女の3歩ほど後ろで。
「っ!?な、何でもう真後ろに…!」
「ふふ、私の脚を甘く見たわね」
キャッチミスをした僅かなロスの間に、ヒナギクはカユラに追いついていた。
優位に立っていたはずのアドバンテージは、あっという間に詰められて無くなってしまった。
「く、くそ…!」
ぐんとさらに加速し、彼女はカユラに並んだ。
恐ろしいまでの速さである。
「さあ、行くわよ!」
意を決してヒナギクが前に飛んだ。
猫に向けて両手を伸ばす。
しかし、それを察知した猫は身体を逆方向に逸らしてヒナギクの手をかわしにかかった。
猫の身体がヒナギクの手を見事にかわし……
……いや、かわしたように見えただけ、だった。
「うにゃァ!!?」
迫っていた手は“フェイント”だった。
猫がかわすより僅かに速く、彼女は手を引いていた。
そして、猫が逃げた逆方向に、先んじて手を置いていた。
猫はそのままヒナギクの両手の待つポイントへと、飛び込むしかない。
そうして、猫はヒナギクの手に見事に収まったのであった。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.35 ) |
- 日時: 2015/01/21 17:46
- 名前: プレイズ
- 黒猫はヒナギクの腕の中にしっかりと収まった。
逃げられないように両腕でがっちりとホールドをされている。
「ふう、やっと捕まえたわ。随分と手こずったけど」
「ぐ……ま、まだだ!」
カユラはヒナギクの腕から猫を奪おうと、抱かれた猫の方へ手を突き入れる。
「っと」
瞬間、ヒナギクは左手を前方に付くと、その腕をバネにして身体を跳ね上げた。
片手一本でハンドスプリングのように前方に回転しながら飛び、瞬時にカユラから距離を取る。
「な…!」
「悪いけど、つけ入らせる隙はないわ」
「く……、」
スタっと着地し、ヒナギクは片手に猫を抱いたままくるりと振り向いて言った。
猫は完全にヒナギクの腕の中に収まっている。
距離を取られた上、体勢も整えられてしまったカユラにはもう攻め手がない。
「さ、少しお口を開けてね」
言って猫の喉を軽く撫でるヒナギク。
すると、猫はこそばさから唸って口からボタンを落とした。
ボタンの側面には『3』の刻印がある。
「っ、3番…!ならそれを押せばこっちはクリアーだ。やはり渡せない……!」
カユラが再びヒナギクへ向かおうとするが、
「残念。私も3番グループなの。ボタン、押させてもらうわね」
ボタンから0距離のヒナギクは1秒も猶予を与えずボタンを指で押した。
『おお〜、さすがヒナ。やはり1番にクリアーしたか』
感心したように美希がアナウンスを流した。
「美希、どこかから映像で見てたの?」
『ああ、監視カメラからの映像でしっかりと見せてもらった。しかし相変わらずの超人ぶりだな』
「超人って、失礼ね」
『カッコよかったぞ。さすが私のヒナだ』
愉しそうに言うと美希はクリアーを改めてアナウンスする。
『生徒会長桂ヒナギク、トップで第3グループ予選クリアー』
******
「うおおお、会長がトップクリアーか。さすがだな」
「きゃー、桂さん素敵ー!」
「会長強すぎだろ!」
「あの人を降さないと優勝できないというの!?」
「やはり、桂会長が優勝争いの本命のようね……!」
「桂会長、カッコいい!」
ヒナギクのトップ通過の報に、校舎中、グラウンド、そして体育館の特設ブースから歓声が上がる。
彼女の人気は相当なもので、男子生徒はもちろん女子生徒からも声援が沸き起こっていた。
「ふふ、さっすが僕の桂さん!見事一番に突破か」
グラウンドでアナウンスを聞いていた東宮康太郎もまた、歓喜していた。
特別な感情を抱いている彼女が一番に突破するのは彼としても誇らしいのだ。
「しかし本選では、勝つのはこの僕。勝って貴方にイベント同席を申し込ませてもらいます。絶対に、あなたをこの手で物にしてみせる!」
優勝してのヒナギクとのイベント同席を熱望し、目に炎を宿す康太郎。
彼はヒナギクを欲して並々ならぬ熱意を燃やしていた。
******
「く、くそ…!」
ボタンを先に押されてしまい、カユラの顔が悔しさで歪む。
先に獲って押せるチャンスがありながら、僅かなロスの間に彼女に掻っ攫われてしまったのだ。
逆に、これでヒナギクは見事予選クリアーとなった。
それもトップでである。
「ヒナギクさん、カユラさん!」
後ろからようやくハヤテ達が追い付いてきた。
「猫はヒナギクさんが……。先を越されてしまいましたか」
既にヒナギクが猫を獲ってボタンを押下したのを彼は追いながら見届けていた。
追い付いた所で脚を止めて、彼は少し息を整える。
ハヤテは走って猫を追っていたものの、前との差は詰まらなかった(ヒナギクとカユラの脚が速かったため)。
そのため後方から追って見ている事しか出来ず、争奪戦には参加できなかった。
しかし、ボタンを真っ先に手に入れたヒナギクを彼は凄いと感心した。
「でも一番にクリアーするなんて、さすがヒナギクさん」
「まあ、これくらいはね。でもこれはまだ予選だし。重要なのは後の本選だから」
ハヤテに対し、笑顔で応じるヒナギク。
「ハヤテ君も早く予選なんか突破しちゃいなさい。貴方も出るからには優勝を目指してるんでしょ?」
「ええ、まあ一応は」
「私はね、ハヤテ君。これまでもそうだけど、今回は特に優勝を意識しているのよ」
彼女は決意を漲らせた目でハヤテを見やる。
「マラソン大会であなたに良い様にやられて不覚をとったのは忘れもしないわ」
「え?いや、そ、それは……」
ハヤテは過去のマラソン大会でヒナギクと相対した時の事を思い出す。
確かに彼はヒナギクを色々やってやりくるめていた。
Sな行為で少し遊んだような所もある。
どうやら彼女はその際の事を根に持っているらしい。
「あ、そ、そのですね。あの時は確かにちょっと度が過ぎていたと僕も思って―」
「今回の大会、私はあなたを倒して優勝するつもりよ。だから、覚悟しておきなさいハヤテ君」
ビシッと指を指されるハヤテ。
指名して宣言され、ハヤテは戸惑った。
「あ、あ〜〜……」
「ちなみにだけど。ハヤテ君は優勝賞品には何を望むつもりなのかしら」
「え?えーっと……それはまだ特に決めてないというか」
「決めてない?それはちょっと、どうなのかしら……?優柔不断なままやってたらダメよ」
「それは、まあ確かにそうですよね」
ハヤテは未だに優勝した場合の欲しい物を決めていなかった。
彼は当日に大会の開催を聞かされて、それから行きつく間もなくアイテムを取りに行く事になり、それから休む事なく予選に突入したためだ。
欲求願望など考えている暇がなかった。
「ちなみにヒナギクさんは、優勝したら何をもらうつもりなんですか」
「え?私?」
一瞬考えるように間をあけるヒナギク。
「もしやヒナギクさんもまだ……?」
「いや、私はとっくに決まってるわよ。言った手前、決めてないわけないじゃない」
「では、何を?」
「それは……」
言おうとした口を、だが彼女はなかなか継げない。
「ま、まあいいじゃない。私が優勝してからの秘密よ」
「は、はあ」
少し煮え切らない回答に、ハヤテは疑問を浮かべつつも頷いた。
「フフ、でもさすが生徒会長ですね」
「え?」
脇からゆり子が入ってきた。
「あら、あなたは……確か、2年の華藤ゆり子さんかしら」
「ザッツライト。はい、そのゆり子です」
フフ、と笑ってゆり子はヒナギクに挨拶する。
「よくぱっと私の名前が出て来ましたね」
「生徒の顔や名前くらいは把握しているわ」
彼女とヒナギクは、ほとんどこれまで会話した事がないのだが、ヒナギクは普通に彼女を知っていて名前を呼んだ。
この辺りはさすが生徒会長である。
「でも、どうしてあなたとハヤテ君……それにカユラが一緒にいるの?」
「ああ、それはというとですね」
彼女は、エレベーターでの一連の出来事とその後の経緯についてヒナギクに説明した。
「まとめると、あなた達は当日のアイテム取得に参加して、そこでエレベーターの止める位置が予定よりズレたために脱出時間が余計にかかり、その影響で予選開始時刻に間に合わないハメになったってわけね。それで特例で後半の組に回されて、後は3と4の好きな方をそれぞれ選択という形になった、と。でも驚いたわ」
聞き終わったヒナギクは少し驚いた様子だ。
「私、そんなトラブルがあったなんて生徒会の子から聞いてないんだけど」
「多分、会長さんは参加枠で運営からは外れてるから、知らされなかったんじゃないですか。きっと運営担当の生徒会の皆さんは、問題は運営側で何とかして、会長さんには競技に集中してもらいたいと思ってるんですよ」
「そうなのかしら。でも私は会長なんだから、ちゃんと報告されるべきだと思うんだけど」
「でも無敵先輩って今回は参加枠なんでしょ?なら運営に関する問題は運営担当の生徒会連中が処理するって事になってるんじゃない?」
「まあ、確かに私は今回参加枠で運営にはノータッチよ。最初の開会式だけは挨拶と説明をさせてもらったけど。それから後の事は、参加枠以外の生徒会役員達に完全に任せているわ」
彼女の話では、今回の大会運営に関してはヒナギクは絡んでいないらしい。
参加枠以外の美希達実行委員サイドの役員が取り仕切っているそうだ。
「ま、そういう事なら仕方ないわね。じゃあ大会中のトラブルの処理は美希達に任せるとして、私は競技の方に集中させてもらう事にするわ」
納得したヒナギクはくるりと身をひるがえして、歩き出す。
「じゃあまたね、ハヤテ君。あなたも予選なんて早くクリアしちゃいなさい。また本選で会いましょ」
「は、はい。ヒナギクさん」
軽く手を後ろ手で振って、彼女は去って行った。
「くう、、、無敵先輩強すぎ」
不満気にカユラが唸った。
先行していたにもかかわらず、走力で上回られて追い抜かれ、ボタンを奪われてしまったのだ。
彼女としては気分のよいものではない。
「折角なら一番にクリアしてやりたかったのに。くそっ」
「はは、まあ【無敵先輩】ですからね」
苦笑してハヤテが言う。
「ヒナギクさんに勝つのは相当に難しいと思いますから、致し方ないですよ」
「ふん、気に入らないな。それに、さっきの話じゃハヤテ君はあの無敵先輩に勝った事あるらしいじゃん」
「え?あ、あああれはまあ……たまたまというか運が良かったというか」
ヒナギクに勝った事を訊かれ、彼は謙遜して少ししどろもどろになる。
「フフ、しかし驚きました。まさか会長があそこまで物凄いとは思ってなかったので」
ゆり子が、先程のヒナギクの動きぶりに驚愕したように言った。
「後ろからしっかり見させてもらいましたけど、あれはマズイです。凄まじい動きでした」
「ああ、あんなの反則だ。あれだけのアドバンテージがあって追い付かれるなんて思わなかった」
まだ信じられないといった面持ちでカユラが息を吐く。
彼女はヒナギクが剣術等が強い事は知っていたが、身体能力のスペックまで凄まじい物を持っている事までは知らなかった。
そのため、彼女にとってはヒナギクの動きが予想外だったのだ。
「だがハヤテ君にしか眼中にない感じのさっきの態度は気に食わなかったな。次はあの無敵先輩に吠え面をかかせてやる」
「はは、まああまり固執しない方が……」
事実ヒナギクさんは最強クラスに強いですからね、と苦笑するハヤテ。
「でも、ヒナギクさんの動きに驚いたっていうのは、編入生のカユラさんはわかりますがゆり子さんは……?」
これまでも行事等で見る機会はいくらでもあったのでは?とハヤテは疑問を口にする。
「ああ、それはですね。私も実は編入生だからなんです。私は入学時からの在校生というわけではないんですよ」
「えっ、そうだったんですか?」
「はい。2年の4月から白皇に編入で入りました。だから会長さんの超人ぶりに関しては、話で聞いてはいましたが、実際に見たのは今のが初めてなんです」
「へえ、そうなんだ。じゃあちなみに君が今着てるそのセーターとかも前の学校の物とか?」
少し興味深そうにカユラがゆり子に訊いた。
「そうなんですよ、これは前に在籍してた学校の制服で気に入ってたので白皇でも偶に着ているんです。あ、普段はちゃんと白皇の制服着てますよ?」
彼女は気が乗った日にはごく稀に昔の制服をこうして着ているらしい。
「まあ本来は白皇の制服を着なきゃだめなんでしょうけど、中には自由な服で来てる人もいますから。私も偶にならいいかなと」
「ああ、そういえばいるにはいるな。フリーダムな着こなしで来てる奴。あの迷惑迷子な和服巫女とか」
「だれが、迷惑迷子なのかしら」
「うぉァっ!!?」
真横から急に存外な声がし、飛び上がるカユラ。
そちらを振り向くと、いつの間にか見知った和服少女が佇んでいた。
「な……さ、鷺ノ宮、伊澄……!」
「御機嫌よう、カユラ。そしてハヤテさま」
いきなり現れた伊澄は、ハヤテに微笑んで会釈する。
そしてカユラの方を向くと、
「人を迷惑迷子だなんて、失礼ね。北海道でちゃんと案内をしてあげたのに」
「な、何を……お前のせいで、あれで何回死ぬかと思ったと―」
ふふふ………
そう和やかに微笑む伊澄。
「お望みなら……また、京都旅行に連れていってあげましょう、か…?」
「な……」
瞬間、一陣の風が横薙ぎに吹いた。
風が強く頬に吹き付け、カユラは目を細める。
「そしたら、また楽しい旅になるでしょう……。何なら、あなたの故郷の北海道まで…お連れしてもいいですよ……」
「な、何を……」
伊澄は優しく笑んで、片手をカユラに伸ばした。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.36 ) |
- 日時: 2015/01/30 22:10
- 名前: プレイズ
- 「じゃあ、行きましょう。カユラ」
「――あ」
伊澄の手がカユラの手を掴む。
不意の事で、彼女は伸ばされた手をつい取ってしまった。
そして、彼女の身体も引き寄せられ――
――次の瞬間には、二人の姿はその場から忽然と消えて無くなっていた。
「え……?」
突然目の前の視界からいなくなったカユラと伊澄に、ハヤテは目をしばたたかせる。
ゆり子も虚を突かれたように立ち呆けた。
今さっきまでここにいた二人の姿が完全に消失している。
「あ、あれ?お二人はどこに?」
「い、いや……ど、どこへ行かれたんでしょう……?」
困惑しているゆり子にハヤテは判然としない返答しか出来ない。
伊澄に連れて動けばどこか特定のない場所へ誘われてしまう事はこれまでの経験から明らかだった。
どこへ向かったのかは、完全にランダムなため不明だ。
「っていうか、今の着物の女の人は……」
「あの方は鷺ノ宮伊澄さんといって、僕らの同級生の方なんです」
ハヤテは戸惑うように頭をかいた。
「伊澄さんは気が付けば自然に迷子になってしまうという、ちょっと困った特殊な能力を持っていまして。だから手を取られて一緒に付いて行ったら、帯同者も道連れでどこか知らない場所へ連れて行かれてしまうんです」
「え、そ、そうなんですか?じゃあ今の手を掴んじゃった時点で、剣野さんは――」
「おそらく、伊澄さん共々どこか遠くの場所へ行ってしまったのではないかと」
ハヤテは不可抗力でどっかに転送されたカユラを不憫に思って同情した。
多分、もう白皇の敷地内からも外に出てしまっているはずだ。
予選クリアのためには再び白皇学院まで戻ってこなければならず、伊澄同伴ではそれはかなり難しい。
「ああ……これは、当分カユラさんは離脱になりそうです。不憫ですが」
「ええっ、それは大丈夫…なんですか?」
「伊澄さんが白皇の近くまで奇跡的に戻ってきてくだされば、回帰する事も可能かもしれません。それを信じて祈るしか……僕らには出来ません」
カユラの憐れさに溜息をつき同情するハヤテ。
伊澄に手を取られて同期されてしまってはどうしようもない。
「カユラさんのためにも、僕らは何としても予選を突破しましょう。そして、それをせめてもの贐に―」
「えっ、い、いやいやちょっと待ってください!なにもう死亡認定かのように言っちゃってるんですか!?それじゃまるで剣野さんがもう帰ってこないみたいじゃないですか」
あまりに救いのないハヤテの言葉にゆり子があわてて突っ込む。
「いや、も、もちろん可能性がないわけじゃないですよ。ただ、正直言うと……」
「よ、よしましょうよ!そんなの哀しすぎじゃないですか。剣野さんはきっと戻ってきますよ」
そうでなきゃピエロすぎじゃないですか、と零すゆり子。
「はは…で、ですね。とにかくカユラさんが戻ってくる事を信じて僕らは予選を突破しましょう」
「そうですよ。私たちは剣野さんの突破を信じて、そして自分達がしっかり予選をクリアする事ですよ」
消えたカユラの身を案じつつ、彼女たちはとにかく予選の突破に集中する事にした。
「では、ひとまずカユラさんの件は置いておくとして。次はどこに向かいましょうか。今度はゆり子さんが行先を決めちゃってもいいですよ」
「私ですか?そうですね、じゃあ――」
彼女は少し思案顔になると、何やら考え始めた。
「う〜ん、それでは……あ!」
思いついたように手をグーに握って、彼女は掌をポンと叩いた。
「あそこなんてどうですか?」
「どこですか?」
「放送室とか」
彼女の提案してきた教室は放送室。
校舎の各場所にアナウンスを流すあの部屋である。
「ああ、そこがありましたか。意識から外れてました」
「放送室ってさっき放送流してた生徒会の人とかがいるじゃないですか。だから逆に何か隠してある確率高いんじゃないかな〜て思ったわけです」
「なるほど。言われてみれば、意外と面白いかもしれません」
ハヤテはゆり子の提案に頷く。
二人は次は放送室に行く事に決めたのだった。
放送室は2Fにあるため、ハヤテ達は階段を上ってまずは上へ向かう。
階段を上がり切って廊下を歩いて行こうとした時、不意に横から声がした。
「あれ、もしかしてハヤ太君?」
「え?ああ、瀬川さんですか」
廊下の脇に瀬川泉の姿があった。
彼女に気付いたハヤテは、見知った顔に話しかける。
「瀬川さんも後半のグループなんですね」
「うん、4番グループなんだ〜」
「僕らは3番グループです。首尾の方はどうですか」
「う〜ん、実はさっきまで彩ちんと一緒に回ってたんだけど…」
彼女は少しため息をついて言う。
「彩葉と?でも今は見当たりませんが」
「うん、実はさっきちょっとしたトラブルがあって。……私たち、ここの教室に閉じ込められちゃってたんだ」
自分の背後にある会議室を指して泉が言った。
「ここは……会議室ですか」
「うん。私たち、わけあってこの教室に入ったんだけど、その後扉が閉まって閉じ込められちゃったの」
泉は先ほどまで自分たちが陥っていた状況をハヤテ達に説明した。
「―――っていうわけなんだよ〜」
「それはまた災難な。大変でしたね」
「やっぱりハヤテ君達の判断は正しかったわけですね。あれはダミーだったんですから」
茶封筒に入っていたメモは罠であり、その通りに会議室に向かった者は閉じ込められてしまう仕掛けが施されていた。
押しボタンも当然だが見つからなかったらしい。
「でも、どうやって鉄格子から脱出したんですか」
「私たちの他にも閉じ込められた子達がいてね。その中の一人の子が会議室の掃除用具入れの中からハンマーを見つけたんだ」
「ハンマー、ですか?」
「結構大きめの、重そうな鉄のハンマーだったよ。いくつかあったから、それを使ってその子たちがここの壁を」
脇にある壁を指差す泉。
見ると、木造の壁の一部分が破られて破壊されている。
年月が経って腐食していたために、壁はハンマーで叩き壊せる強度だった。
乱雑に空けられた空洞が、強引にハンマーで破った状況を物語っている。
それを見たゆり子が口を両手で覆って言った。
「うわっ、これはまた大胆ですね」
「うん、壊してもいいからって皆バンバン打ち込んじゃって……。その甲斐あってこうして出られたわけなんだけど」
にはは…と泉は控えめに苦笑する。
「それで、彩葉はどうしたんですか?」
「脱出した後で、彩ちん何かお腹の調子を崩しちゃって。ちょっとトイレに行ってくるからって、トイレに行っちゃった。私には『長くかかるかもしれないから、俺が出てくるまで待ってなくてもいい。お前はどんくさいから出来るだけ早くボタン探しをした方がいいから先に一人で探しに行ってろ』って」
「なるほど。でも、瀬川さんはここでまだ待ってるわけですか」
「う〜ん、もう結構待ってるんだけど彩ちんなかなか戻ってくる気配がないんだよ〜」
どうしようかな〜と悩んでいる感じの彼女にハヤテが言った。
「では、僕たちと一緒にボタンを探しませんか」
「えっ、ハヤ太君たちと?」
「ええ、何か彩葉はまだかかかるっぽいみたいですし。なら僕ら三人で回った方が一人で探すよりいいのではないかと」
「そうですね、私も同感です。っていうかむしろ歓迎です。だって――」
とゆり子が付け加える。
「泉さんって動画研究部ですよね?」
「え?うん、そうだよ」
「私、動画サイトで白皇の動画研究部の動画をよく見てて。結構面白い動画があるんでいつも見させてもらってるんですよ」
「ええっ、そうなの?」
意外な様子でゆり子を見る泉。
「にはは、嬉しいな〜。私たちの撮った動画を楽しんでくれてるなんて」
「はい、だから色々お話を伺いたいと思って」
彼女の声に泉は気分をほぐし、頷く。
「うん、いいよ。じゃあ私、ハヤ太君たちと一緒に探そうかな」
彩ちんには悪いけど、一人で行ってもいいって言ってたしいいよね、と泉は自身の意向を通す事にした。
「決まりですね。じゃあ一緒に行きましょうか、瀬川さん」
「うん、よろしくね二人とも」
「はい、よろしくです泉さん」
会話の流れで、泉はハヤテ達と一緒に回る事になった。
「さて、ではまずは……」
「さっきの予定通り放送室に行きましょうか」
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.37 ) |
- 日時: 2015/03/30 13:03
- 名前: プレイズ
- 「ほえ、放送室に行くの?」
泉がきょとんとした顔でハヤテに訊いた。
「はい、次はそこへ行こうかと思って」
「そうなんだ〜。でも、なんでまた放送室に?」
彼女の問いにゆり子が答える。
「放送室ならアナウンス係の実行委員の方がおられますし、いかにもそこにボタンが隠してありそうだなって思って」
「ああ、確かにあそこは美希ちゃんや理沙ちんがいるもんね。自分のとこに隠してる可能性高いかも。冴えてるね〜。あ、そうだ」
あなたの名前は何ていうの?とゆり子に訊く泉。
「私は2年の華藤ゆり子っていいます」
「ゆり子ちゃんか〜、よろしくね」
「はいです」
名前の紹介を済ませ、笑顔になるゆり子。
次いでハヤテが言った。
「しかし放送室にボタンが確実にあるかはわかりませんからね。もしかしたら外れの可能性もあります。実際さっきの保健室がそうだったので」
「ううん、私も多分放送室にあると思うんだ。理沙ちん達なら裏をかいて自分らの持ち場に隠してそうだもん」
「ならしめたものなんですが。とにかく、まずは行ってみましょうか」
ハヤテ達は放送室へ向かう事にした。
2階の廊下を西へ進み、突き当たりの奥にその部屋はあった。
「こ、これは」
放送室に入ったハヤテは、まず一瞬どこか違う場所へ来てしまったのかと疑った。
室内が想像していたものとあまりにも異なっていたからである。
放送室といえば、普通校内に放送を流すための機材が整えられているものだ。
だからそこに機械装置が置かれているのは至極当然である。
だが、今彼らが足を踏み入れた放送室は状況を逸していた。
「何ですか…これは。何故こんな巨大なモニターが」
奥の壁面には一面に大画面が取り付けられており、そこには映像が映し出されている。
さながらどこかの映写室のようになっていた。
「やあ、ここに来るとはなかなか見所があるぞハヤ太君」
朝風理沙が現れ、彼らに声をかけてきた。
彼女は第1・2グループのアナウンスを担当していたため、まだここに残っていたようだ。
「あ、朝風さん。これはいったい」
「見ての通りさ。我々はここで校内の映像を観賞している」
彼女はあっけらかんと言ってみせる。
「っていうか、ここって放送室なんですよね?」
「そうだが」
「何故にこんな改造を?」
「我々実行委員は誰がボタンを押したかをライブで把握しておく必要があるからな」
「そして校舎内に放送も流す必要があるから」
理沙に次いで美希が言い添える。
彼女は放送椅子に座ってモニターを見たまま、声だけで応答した。
「だから放送室に動画機材を持ち込んでセッティングするのが理に適っていたというわけ」
「ああ…なるほど。ここで皆の動きを監視して、正しいボタンを誰が一番に押したかをチェックしてるってわけですね。そして放送も並行して出来る体制と」
「その通り」
まるで動画研究部の部室かと見紛うような動画視聴環境がこの部屋には整備されていた。
奥にある大きなモニターには、細かく区切られた別々の映像が映っている。
よく見るとそれらは校舎内の各場所の映像のようだった。
職員室の映像、会議室の映像、そしてその他教室と思しき数々の映像がある。
「ほえ〜、なるほど。美希ちゃん達はこれで私達がボタンを押したかを見てたんだ」
「お、泉か。参加枠ご苦労様だな。何か初っ端から罠にかかってたみたいだけど」
からかうような顔で美希が言った。
彼女はカメラを通して、仕掛けを施していた会議室の様子も見ていたと思われる。
「も〜笑わないでよ。大変だったんだよ」
「いやーだって見え見えの罠だったんだぞ。簡単にほいほいかかるようでは先が思いやられるなー」
「泉は生徒会の代表であるのと同時に我々動画研究部の代表でもあるからな。せめて予選落ちという汚点だけは避けてくれ」
同じく笑みを隠せない様子の理沙が言った。
予選落ちのあかつきには、その羞恥動画をネットにアップするぞと彼女は煽る。
「やめてよ〜。そんなプレッシャーかけられたら余計に慌てちゃいそうだよー」
「フフ、泉さんも大変ですね」
脇にいたゆり子が苦笑して微笑んだ。
その彼女を見て、美希が気付いたように言う。
「おや、君は今朝ハヤ太君達と一緒にアイテムを取りに来た……確かゆり子君だったかな」
「はい、その節はどうも」
朝のエレベーターが停止した一件で、ゆり子は既に美希と顔を合わせていた。
再稼働後に最上階へ向かい、そこでアイテムの受け渡しに立ち会ったからだ。その際に名も名乗っている。
「私もその件は聞いている。こちらのちょんぼで迷惑をおかけしたな」
「いえいえ、ハヤテ君や剣野さんのおかげで無事に皆アイテムを取得できましたし、私としては何の問題もありません」
理沙の言葉に、ゆり子は手を横に振って微笑む。
ゆり子自身は事前にアイテムを取得していたため、仮にあそこでタイムアウトになっていても大丈夫だったのだ。あくまで偵察が目的だったのだから。
にこりと笑って、彼女は部屋の周囲を見渡した。
部屋の中央には大きなデスクが一つあり、卓上をケーブル類が束になって占領している。
その内のいくつかは、別個に置かれてある無線受信器に伸びていた。
校舎の各場所にある監視カメラからの映像情報(電気信号)をそこから取り込んでいるためらしい。
「うわ〜これ、凄い量のケーブルですね」
「そりゃあこの大きなモニターに十数個もの映像を映すわけだしな。それ相応のパイプがいるんだよ」
ゆり子の声に美希が答えた。
大画面に映し出されている映像はかなりの数があった。
各場所の映像ごとに細かく分け隔てられており、そのため一つ一つの映像自体はさほど面積を占めていない。
ある程度近付いて注視しなければ、映像の細部までは把握できないくらいだ。
ふと、ゆり子が疑問を呈する。
「でもこんなに多くの映像を全部チェックするのは、不可能なんじゃ?」
「まあ普通はそうだろう。私と理沙で出来る限りチェックはしているが、それだけではとても全部は見切れないな」
「じゃあ、どうやって確認を?」
「まだ押してないボタンの近くに誰かが近付いたら、センサーが感知してくれる。その場合はそこの映像画面にランプが点くんだよ。ほら、あんなふうに」
美希が指差した方を見ると、区分けされた画面の一つにミニ電球のような赤い光が灯っている。
「あ、ほんとです。って事は誰かが見つけたって事ですか?」
「そう。ちなみにこの後ボタンが押されて、ボタンの刻印と第一押下者のグループ番号が合っていればランプが緑に変わるようになってる」
「へえ、そんな仕組みになっているのですね」
「さて、どれどれここは……ふむ、図書室か」
赤いランプが点灯したため、美希はその映像の場所を確認した。
画面には女子生徒が棚の前を物色している様子が映っている。
映像の下部には図書室と表示されているので図書室で間違いないようだ。
しばらくすると、少女がどけた本の奥に押しボタンが見つかった。
『やりィ、見つけたわ』
向こうの音声が放送室に流れてきた。
こちらの機具を操作すれば、盗聴器からの音声を自由に拾える造りらしい。
ちなみに放送室側の音声も、同様にして向こうへ流すことが可能とのこと。
『へへ。楽勝楽勝。はいクリアっと』
意気揚々に早速彼女はボタンを押した。
だが、特にこちらのランプに変化は見られない。
ハヤテが疑問を口にする。
「あれ、緑になりませんが……」
「というわけで番号違いというわけ」
彼女の発見したそれは、自分の番号のものではなかったようだ。
放送が流れない事に気付き、少女は憤慨して愚痴を吐いている。
「でも番号が同じかどうかなんてどうやって判別してるんですか?」
「君たちが最初にグループに分けられた時、各グループの実行委員がカメラを手に回っていたのを覚えているか?」
「え?ああ、そういえば何かカメラを一人一人に向けて撮っておられたような…」
「実はその時にビデオカメラで君達一人一人の顔の映像を撮らせてもらっているんだ」
実は予選開始前に、各グループごとの実行委員がカメラで生徒達の顔を撮っていたのです。
まあ、その時は文章でそんな描写はしてなかったんですけれども。
描写してない所でやってたという事で。そこは気にしない。
「そこで撮った情報から、センサーが顔認識して個人を識別できるようになる仕組み。だから監視カメラの映像から、ボタンをどのグループの誰が押したかもチェック可能というわけ」
「顔で識別?そんな事出来るんですか?」
「最近の認識技術をなめてはいけないぞハヤ太君。顔のデータさえ登録しておけば、それが可能になる時代なのさ」
ちなみに顔映像と共に、学生証で確認した名前まで一緒に登録してあるらしい。
「そんな細かな認識が機械に出来るんですね。ちょっとびっくりです」
「動画研究部の私が言うのも何だけど、凄いハイテクだよねえ」
泉がセンサーの技術力に感心したように言った。
「まあこれらのハイテク機器は、かく言う泉の親父さんの会社が作った製品を使わせてもらってるんだけどな」
「そういえば、瀬川さんは超大手電気メーカーのお嬢様でしたね。こうしてボタン押し形式の予選が施行出来るのも、瀬川さんのおかげなんじゃないですか」
泉に向けて微笑むハヤテ。
「ぅえっ?いや、そんな褒められるような事じゃないよ〜。たまたま自分の家がメーカーっていうだけだし」
「でも、予選の勝ち抜けの仕組みが上手く機能出来るのも、瀬川さんの協力があってこそですし。瀬川さんのおかげと言っていいと思いますよ」
「そ、そうかなー……」
評価するハヤテに泉は少し照れる。
(ふ、相変わらずのジゴロだなハヤ太君)
(全くだ。これを自然にやれるのが凄い。っていうか怖い)
ハヤテの天然ジゴロぶりに理沙達は肩をすくめた。
「ところで疑問なんですが、勝手にビデオカメラで撮って顔認証とかして、プライバシーの問題とかないんですか?」
「そのデータはこの大会以外の事には使わないし、終わればちゃんと破棄するから。このくらいは無問題さ」
ゆり子の疑問にあっけらかんとした様子で答える美希。
「フフ、さすがは動画研究部の皆さん。こなれてますね」
「むっ、何故我々が動画研究部のメンバーだとわかった…?ゆり子君さては君、スパイか何かか…!」
「いやいや、そんなたいそれたもんじゃないです…!私はただの一女子高生ですから!」
かぶりを振って彼女は否定する。
「私は皆さん動画研究部のファンっていうだけで」
「え?」
「ファン……?」
「そうなんだよ。ゆり子ちゃん、私たちの作った動画を一杯見てくれてるんだって」
泉が美希達に、彼女が動画研究部の動画を嗜好しているらしい事を伝えた。
「本当か…!?それは喜ばしい事態だぞ」
「はい、例えば『無人路面電車で行く白皇巡り』の動画なんか面白くて最高でした」
「おおっ、それは自信作だ。撮り手以外運転手も誰も乗っていない無人電車から見た白皇の情景をひたすら撮った動画だからな」
「え、それのどこが面白いんですか」
「わかってませんねハヤテ君。無人電車から見た白皇の風景ってとこがミソなんじゃないですか」
「それのどこに魅力が?」
「カメラは車窓の付近ではなく、窓から少し距離を離して車内の奥から撮られているんです。そうする事で無人の電車内の異様な様子を映しつつ、窓からのぞく白皇の壮観な景色が見事なコントラストとなって映える造りになってるんですよ」
「私達の撮った動画のセンスがわかるとは、ゆり子君はなかなか見込みがあるじゃないか」
美希がうんうんと満足そうに頷いた。
「あ、あはは…僕にはさっぱり良さがわからないですよ」
「つまらん常識男だなハヤ太君は。もっと変わった面白い価値観を身に着けた方がいいぞ」
「全くだ。その点ゆり子君は素晴らしいぞ。ちゃんと我々の動画の魅力を理解できるんだからな」
感心したようにゆり子を称える理沙。
「フフ、どうもです!」
「はは……まあ動画の話はその辺りで置いておいて、とりあえずは目的の押しボタンを探しましょうか」
ハヤテが脱線した話を戻して、ボタン探しを提起する。
「ああ、そういえばそうだったねえ。私達押しボタンを探しに来たんだっけ」
「ボタン?そうか、君らはこの放送室にボタンがあるとにらんで来たわけだな。だがしかし」
にっと笑って理沙が言う。
「残念だがこの部屋にはクリア対象の押しボタンはないぞ」
「え〜、ほんと理沙ちん?」
「本当だ。放送室にはボタンは隠してない」
「そ、そうなんだ……」
少しがっくしと肩を落とす泉。
「それは、嘘じゃないですか。朝風さん」
「なに?どういう意味だハヤ太君」
「失礼ですが信用できません」
理沙の言った事を真に受けず、ハヤテはここにボタンがあるとにらんだ。
「おいおい、私が嘘をついてるっていうのか」
「ええ。そう言ってボタンを獲らせない腹づもりのような気がするのですが」
「ははは…!それは何ともだな」
「理沙は嘘はついてないぞ。この放送室にはクリア対象になる押しボタンは設置していない」
美希も理沙と同じく否定してきた。
「ハヤ太君、美希ちゃんもこう言ってるけど……」
「どうでしょうね。お二方は色々と謀っていそうですから。何より運営委員ですからね」
「フハハ、我々を疑うのか。なら探してみるといい。この部屋の隅から隅までを…!」
身体はモニターの方に向けたまま、首だけをこちらに向けて美希は微笑んでみせた。
=======
はい、超久々の更新でした。 前回からまるまる二ヶ月も経ってしまっちゃいまして、おいおいと言う感じっすね(爆) 自分的に前回の引きが、なかなか続きが書きづらい感じになってしまったので、更新までにこれだけかかってしまいました。 とりあえずそのやりづらい続きが書けたので、次以降は更新スピードがある程度は小まめに出来そうかと思います。
さて、ところで最近原作の方では2学期が始まり、五大行事が開催される事になったようですね。自分も今五大行事の設定で2学期の話を書いてるので、少しシンクロしてるようで嬉しくなりました(自己満) こっちはボタンを押したらクリアですが、原作の方は押したらリタイヤというのが面白いですな。 おかげで少し更新意欲が増したので、今後はもう少し更新頻度を上げられそうです。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.38 ) |
- 日時: 2015/04/05 14:35
- 名前: プレイズ
- それから約10分経過。
あの後ハヤテ達は放送室内を隈なく探したが、しかし押しボタンは見つからなかった。
ケーブル類をどけた下や、無線受信器・放送機材の隙間などを色々探してみたものの、どこにも押しボタンらしきものは見当たらない。
「うーん……見つかりませんか」
「はっはっは、だから言っただろう。嘘などついてないと」
理沙が少し声高に潔白を宣言する。
「…どうやら朝風さんの言った通り、ここにボタンは無いみたいですね」
「ハヤ太君、疑い損だったな。そりゃ私達だって時には謀る事もある。だが今回はフェアにやっていたんだぞ。我々を信じるべきだったな」
「くっ、まさかほんとに正直に言ってたなんて」
「はっはっはっ、それは微妙に癪に障るぞハヤ太君」
ハヤテ達は放送室内の探索に手間を要したため、無駄に時間がかかってしまった。
探している間に既にもう20人以上はクリア者が出ているのだ。
「いつの間にか結構クリアした人が増えちゃいましたよ。これは少し急いだ方がいいかもしれません。速くボタンの方を見つけないと」
「あ、あの〜ハヤ太君、ちょっと思ったんだけど」
泉がおずおずと挙手した。
「何ですか、瀬川さん」
「このモニターの映像って……校舎の各場所の映像なんだよね?」
泉が壁に設置されている大画面モニターを指差して言った。
「……?そうですが、それが何か?」
「その映像を撮ってるのって、確か押しボタンを誰が押したかを見るため……だったよね…?」
「………?………!」
はっと目を見開くハヤテ。
「そういえば……。って事は、このカメラの映像をよく調べれば――」
「うん、多分ボタンがある場所がわかると思うんだ」
壁の大画面モニターには細かく区分けされた映像が広がっている。
これらは校舎内に設置された押しボタンの近くで撮られていると考えられる。
何故なら、ボタンを最初に押した人間の確認を取るために取り付けられているからである。
「なるほど。素晴らしい見解です。泉さん冴えてますよ」
「いやいや、そんな事ないよ〜。ちょっと引っかかっただけだもん」
「いえ、その引っかかりが良いんです。おかげでボタンを見つけるメドが立ちました」
ゆり子がパチパチと手を叩いて泉を評価する。
「にはは、ありがとうゆり子ちゃん」
泉は照れたようにはにかんだ。
「ふ、この部屋の利点に気付かれたか。上手くやり過ごすつもりだったんだが」
「まさか泉が気付くとはな。正直なめていた」
「ちょっと、美希ちゃん酷いよ〜、私だって予選クリアするために頑張ってるもん」
彼女は少し不服そうに頬を膨らませた。
「では、早速この映像を見てボタンの場所を確認してみましょうか」
ハヤテはモニターの各映像を見渡してみる。
「しかしこの大画面には相当たくさんの映像がありますけど、これって全部がボタンのある場所の映像なんですか?」
「そうさ。一グループ分にボタンが50個ずつあって、今予選をやってる第3・4グループの分は×2で今このモニターに映ってる映像は計100個あるわけだ」
「うわ!それは凄い数ですね」
「あれ、理沙ちん、この黄色く光ってるランプは何?」
泉が気になったように尋ねた。
区分けされた映像の内、いくつかの画面には黄色いミニランプが点いていたからだ。
「ああ、それは既にその場所のボタンが番号合致で押された後な事を表すランプだ。ボタンが対象者と番号が合った状態で押されたら、その後そこの区分の映像に常時黄色いミニランプが点くよう設定してあるからな」
「そうする事で、各グループごとに50個ずつあるボタンのどれが押されたかがわかるようにしてあるわけ」
理沙の説明に美希が付け加える。
このモニターの映像群は、赤・黄・緑の三色のミニランプによって、ボタンが押されている状況が明瞭にわかるようになっているのだ。
「ほえ〜面白い作りなんだね」
「ちなみに黄色のランプが点いてる区分のとこはもうボタンが押された所だから、以降はその箇所の映像はチェックする必要がなくなる。何せ映像の数がむちゃくちゃ多いからな。全てにチェックの目を行き届かせるのはまず無理だから、この黄色ランプが点くと負担が減って我々も助かるわけだ」
「なるほど、さすがは動画研究部の皆さん。動画の使いこなしが見事です」
ゆり子が感心したように頷く。
「いかにも。そこは我々動画研究部の真骨頂だからな。まあ我々としても効率よく映像チェックをしたいからだが」
理沙が少し得意げに言った。
「ところで今、黄色のランプはどれくらい点いてるんでしょうか?」
ハヤテは今現在の残っているボタン数を確認するため、黄色の灯りをチェックしてみた。
見た所、黄色のランプは37個ほど点灯している。
「今点いてるのは37個ですね。て事は、100−37で残りは63個。まだボタンの数には余裕があります」
「よかった〜残り少なかったらどうしようかと思ったよ〜」
「僕らは今この重要な放送室を使えるわけですし、押しボタンの場所をピンポイントで見つけてさっさとクリアーしてしまいましょうか」
ハヤテは今一度画面の映像群を見渡した。
その数は100個もあるが、それらは全てボタンの設置場所である。
映像から場所の見当をつければボタンの元まで間違う事なく行くことが出来るのだ。
手始めに彼はまず、先程女生徒が番号違いでクリアとならなかった図書室の映像をチェックしてみた。
「確か、さっきは番号違いでしたからまだボタンは生きているはず――」
ハヤテがにらんだ通り、そこの区分には黄色のランプは点いていない。
つまりまだここのボタンは生きているという事だ。
先程番号違いで愚痴を吐いていた女生徒は、その後他の生徒に見つかってクリアされるのを防ぐため、再びボタンの前に本を戻してカモフラージュをしていた。
だがハヤテ達はそれを映像を通して見ていたので、ボタンの隠してある位置は把握できている。
「よし、この図書室ならボタンは確保できそうですね」
「まずは1つゲットですね。他のも同じように見つけましょう」
指を一本立てて微笑むゆり子。
「しかし、この映像ではボタンの番号が3と4のどちらなのかがわかりませんからね。その辺がちょっと気になる所です」
「あっ、そうか。――そうでしたね!そういえば番号違いでぬか喜びしたの思い出しました。くー、もうそれは御免ですから!」
保健室での一件を思い出し、彼女は腕をわなわなとさせる。
「美希さん、映像ごとのボタンの番号はどうやったらわかるんですか?」
「そうだな、通常の映像からはわからないけど――」
――だが、そこまで教えるのもどうかな〜と零す美希。
「教えてください。お願いします、美希さん!」
両手を合わせてゆり子がお願いする。
彼女はもう番号違いでロスりたくないので必死の様子だ。
「…ふぅ、まあいい、君は我々の動画に理解を示してくれたからな。特別に教えよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
さすがは動画研究部の精鋭美希さん、と感謝するゆり子。
「通常の映像では番号はわからないが、このキーボードでちょっと操作すれば――」
彼女が少しキーボードのボタンで操作すると、画面上に数字が表示された。
図書室の画面上には【4】と表示されている。
「おおっ、数字が出ましたね」
「図書室は4……よかった、行ってたらまたロスるとこでした」
番号違いを回避でき、ゆり子が安心したように言った。
「美希さん、感謝します!これでクリアが見えてきました」
「礼はいいさ。まあこの放送室の利点を見抜かれた時点で君たちの勝利だったな」
美希の操作によって、今モニターには映像ごとに番号が表示されている。
3か4かはこれで一目瞭然だ。
「やりましたね。あとは場所に行ってボタンを押してくるだけです」
ハヤテが映像をチェックしつつ言った。
「瀬川さんは4番グループなので図書室のボタンを押されるといいですよ」
「うん、そうするね。ありがとうゆり子ちゃん、ハヤ太君。おかげで私でもクリアできそうだよ」
「何言ってるんですか泉さん。元は泉さんの指摘のおかげで、この映像全てがボタンの場所を示しているとわかったんですから。泉さんのおかげなんですよ」
「え?そ、そうかな〜……」
「そうですね。僕も瀬川さんのおかげで助けられました。こちらこそありがとうございます、瀬川さん」
ハヤテも微笑んで泉に礼を言う。
「に、にはは〜、そんなお礼なんて」
彼女は困って赤面した。
どんくさい自分では足手まといになると思っていた泉なのだが、ゆり子達の役に立てたのである。
それが単純に嬉しかった。
「ふふ。ちなみに、瀬川さんは優勝したら何を望むつもりなんですか?」
ハヤテが泉に、仮に優勝した場合の願望を訊いた。
「え?わたし?」
意表を突かれた泉は、小首を傾げる。
訊かれて彼女はしばし無言になって考えた。
「あ、え〜と………」
願望は、ちゃんとある。
ハヤテを鉄道旅行に誘うという虎鉄の願望の達成、のためのサポートをしたいというのが彼女の参加理由だ。
だが、深い所での想いは少し違う。
彼女自身がハヤテを旅行に誘って、彼と一緒に旅行がしたかったのだ。
虎鉄が勝てば、ハヤテを誘えて自分も一緒に行けばそれが叶う。
そして、仮に虎鉄が敗退しても、自分が優勝すれば彼を誘って一緒に旅行に行ける。
そう、彼女の想いはハヤテと一緒に旅行に行く事――。
大人数の集団で一緒に行くのではなく、彼との旅行をしたいのだ。
「に、にはは……ごめん、まだちゃんと決めてないんだ〜」
泉は本当の願望は言わず、はぐらかした。
「そうなんですか。実は僕もなんですよ〜」
「ハヤ太君も?じゃあ私達似た者仲間だねー」
気さくな微笑みを浮かべて優しく笑っている彼に、泉も柔らかく微笑み返した。
大会優勝だなんてたいそれたことは少し自信がなかった泉だったが、今ハヤテとゆり子に感謝された事で、少しだけだが自分にもやれるかもしれない――という想いが彼女に湧いていた。
『瀬川泉、第4グループ予選クリアー』
『華藤ゆり子君、第3グループ予選クリアー』
『綾崎ハヤ太君、いやハヤテ君か。第3グループ予選クリアー』
その数刻後、彼女らは見事に予選をクリアーしたのだった。
「――ふう、やっとクリアしたんですのね」
白皇学院某所、とある一室で一人の少女が呟いた。
彼女は彼のクリアーを告げる放送に耳を傾け、それを確認して息をつく。
「もしも予選で敗退するような事があったらどうしよう――――というのは杞憂に終わってくれたようですわ」
彼女はソファから立ち上がり、バサリと扇子を開いた。
口元に扇子を寄せ、彼女は他に聞こえぬように僅かに言う。
「ハヤテ……貴方にはどうしても優勝していただかなければなりません」
階下に広がっている森を眺めながら、彼女は想いを言葉に乗せて。
「期待していますわよ、私のハヤテ―――」
金色に輝く縦ロールを靡かせて、天王州アテネは彼の名を呟いていた。
=======
はい、今回はここまででございます。 ちなみに、前回と前々回の更新分で若干修正した箇所があります。 前回分:50個もの映像→十数個もの映像 前々回分:「なるほど。でも、泉さんはここでまだ待ってるわけですか」→「なるほど。でも、瀬川さんはここでまだ待ってるわけですか」 前々回分のセリフの修正は、ハヤテのセリフなのに泉さんと呼ばせてしまってたので瀬川さんに直しときました。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.39 ) |
- 日時: 2015/04/07 11:11
- 名前: プレイズ
- 『綾崎ハヤ太君、いやハヤテ君か。第3グループ予選クリアー』
アナウンスが響き、彼の予選突破が決定した。
今しがた執事は生徒会室で見つけたボタンを押した所だ。
泉とゆり子は既にクリア済み。
ちなみに、泉とは放送室を出る際に別れたのだが、ゆり子はクリア後もハヤテに付き添うというので今も一緒に行動していた。
予選をクリアする事に成功したハヤテは、ひとまず一息ついた。
「ふー…よかった、とりあえずこれで予選の方は突破できましたね」
「フフ。ハヤテ君、望みは決めてないと言っても予選突破に安堵しているあたり、内心ではこの大会を獲る気なんですね」
ゆり子がハヤテのほっとした様子を見て可笑しそうに言った。
「え?いえ、別に優勝を求めてはいませんけど」
「では、どうして今ほっとしているんですか?」
彼女に理由を尋ねられて、ハヤテは自然に答えた。
「僕は、本選でお嬢様のサポートをするつもりだからです。執事として」
今の所、特に優勝願望はないハヤテだが、予選の突破にはこだわっていた。
それは執事としてお嬢様のサポートをするため。
「だから予選落ちをするわけにはいかなかったんです。本選に出れないとお嬢様を手助け出来ませんから」
「……なるほど、そういえばエレベーターでも言ってらっしゃいましたね。主のためにアイテムを取りに来たって」
彼女は顎に人差し指を当てて、少し思慮をする。
「じゃあハヤテ君はその主さんが優勝できるようにサポートに徹して、自分は優勝する気はないと?」
「ええ、まあそうですね。僕は執事ですから。お嬢様のために尽くす事が第一ですので、優勝は二の次ですね」
特に優勝に執着する様子のないハヤテ。
「へえ、しかしわかりませね。ハヤテ君はかなりの実力をお持ちなのに、大会の優勝を、主とはいえ他人のために放棄するなんて。絶対に優勝しないといけないようなたいそれた望みを主さんがお持ちならともかくですが。そうなんですか?」
「お嬢様の望みはまだ聞いてないのでわかりませんが、僕にとっては望みの質は関係ありません。僕はただお嬢様の力になりたいんです。今の僕があるのは、助けてくれたお嬢様のおかげですから」
ゆり子が不思議そうに問うが、ハヤテは意志を持って答えた。
彼にとってはナギは恩人であり、生きる意味をくれた少女なのだ。
「僕にとってはお嬢様の力になれればそれが全てなんですよ」
「そういうもの、なんですか?」
共感が難しい様子で彼女は首をひねった。
『新谷大地君、ボタン押下を確認した。第4グループ予選クリアー。第4グループクリア45人目だ。これで第4グループ残りはあと5人。まだの人は急いで探した方がいいぞー』
クリアアナウンスが流れ、また1人予選を突破した。
既定の人数までは残りあと僅かになっている。
「うわっ…!やばいな、もう余裕ねえじゃん」
彩葉は未だボタンが見つけられず、焦っていた。
会議室を脱出した後、彼はトイレに立って泉と別れた。
そして、彼は泉が早くクリア出来るようにと自分が戻るのを待たずにボタン探索を進めろと進言。
待ち時間の分を探索にあてた方がよいと判断したためだ。
後で彼は一応元の場所へ戻ってみたが、既に泉はいなかったため、彼はその後1人で探索をしている。
「くそ、まさかここまでボタンが見つからないとは思わなかった」
彼は結構色々と教室を回ったつもりだが、彼の所属番号である4のボタンはなかなか見つからなかった。
たまに見つけたと思ったら『3』と書かれてあるものばかりである。
「く……もうだいたいどの教室も回ったんじゃないか?それかもしや見落としがあったか」
次はどこへ向かおうかと彼は急ぎつつ考える。
「あ、彩ちん。よかった、見つかった〜」
「……!うお、何だ、泉か」
角を曲がった所で彼は泉と鉢合わせた。
「びっくりさせんなよ」
「ご、ごめ〜ん。驚かせちゃって」
「ってか、お前意外に早い段階でクリアしたな。もっとアウトギリギリになると思ってた」
「にはは、私も驚いてるくらいだよー」
笑顔で微笑んでいる泉だが、対照的に彩葉は焦り顔だ。
「俺は今ちょっと急いでる。早く見つけないと予選落ちアウトになるから、んじゃな!」
「あっ、ちょっと待って彩ちん!」
走っていこうとした彩葉の手を泉が引っ掴んだ。
「って、何だよ…!俺今急いでんだぞ」
「私、ボタンの場所の見当がついてるんだけど…」
「は?」
泉の言葉に一瞬彼は疑問を浮かべた。
「ボタンの場所を知ってる?ほんとか」
「うん、さっきちょっと良い所を見つけてね。そこでボタンの場所を色々調べたんだ」
彼女は彩葉に、覚えているボタンの場所を伝える。
「確か―――にあったと思うよ。番号も4番のが」
「そうなのか?しかし、お前いったいどこでそんな事」
「それはまた後で教えてあげるよ〜。今はとにかく急いだ方がいいよ彩ちん」
「そ、そうだな。んじゃ俺はそこへ行ってくる。情報感謝する!」
彩葉は踵を返すと、教わった場所へと走って向かった。
そして、その後彼は泉の情報によって、どうにか予選をクリアする事に成功したのだった。
「さて、もうそろそろ予選は終了だな」
アナウンスの予選達成者が、両グループともに残り5人を切った。
既に予選を終了してグラウンドで待機しているナギは、両手を軽く伸ばして身体をほぐしている。
「今彩葉もクリアした事だし、これで私の知り合いは皆予選突破か」
「うん、どうやら本選には皆揃って進めそうだね」
ふふ、彩葉間に合ってよかったね、と微笑む刃。
彼は大会の概要冊子を手に持って、以降の予定を確認している。
「この後はいったんインターバルがあって、昼食休憩に入るみたい。その後、午後1時から本選が始まるらしいよ」
「そうか。じゃあまずはテラスで食事にするとするか。ハヤテ達ともそこで合流しよう」
ナギは携帯電話を取り出し、ハヤテに連絡を入れた。
「ん、何だ話し中か」
しかしハヤテの携帯は現在通話中になっていた。
「まったく。まあいい、後でまたかけ直そう」
「ふふ、タイミングが悪かったみたいだね。じゃあ僕らで先にテラスに行って待っていようか、ナギ」
「ああ。まったくハヤテのやつめ」
少しむくれつつ、ナギは刃と共にテラスへと向かう事にした。
「ん?何か辺りが騒がしいな」
その時、急に周りの生徒達がざわつき始めた。
皆、異変に気付いた様に上空を見上げている。
バラバラバラという回転音が周囲にこだまして響き渡る。
「お、おい、何だよあれ」
「何か、上から降りてくるわよ…!」
彼らが見上げる先の空に、一つの機体が姿を現していた。
ヘリコプターである。
「ヘ、ヘリ……?な、何でヘリがこんなとこに…?」
「わかんないけど、ちょ、何かこっちに近付いてくるわよ…!」
ヘリはグラウンドへ向けて降下してきている。
生徒達はあわてて走って遠くへと離れた。
だが、ヘリは予め生徒達から遠くに距離を取り、安全な地点に軌道を取っている。
「あれは、まさかうちのヘリか?」
ナギがヘリの機体を見て、気付いた様に言った。
これは三千院家の所有しているヘリらしい。
しばらくすると、ヘリはグラウンドの一角に着陸した。
扉が開いて、中から搭乗者が降りてくる。
「カ、カユラ…?」
降り立ったのは、知人の剣野カユラだった。
そしてその後ろから鷺ノ宮伊澄が姿を見せる。
カユラは降り立つとすぐに走って前へと駆けだした。
「ま、待って〜〜〜」
前を行くカユラの後ろ手を掴み、伊澄は置いて行かれないように追従した。
「お、おい放せ…!早くしないと間に合わないだろうが!」
焦り顔のカユラが伊澄に叫ぶ。
だが伊澄は放すと置いて行かれて自分が予選落ちになるため、手を放さず必死に付いていっている。
「おいおい、何だあれ」
呆気にとられたようにナギがその光景を見やる。
ああ、そういえばカユラと伊澄はまだクリアしてなかったっけ、と思い出しつつ。
「あ、おいナギ!こいつを何とかしろ!」
ナギの姿を見つけたカユラは、彼女に救援を要請した。
だがナギは溜息をついて言う。
「諦めろカユラ。伊澄は意外に頑固者なんだよ。引き離すのは無理だ」
「な、おい、私を見捨てる気か…!」
ナギの非常な物言いに慷慨するカユラ。
だが今は文句を言っている場合ではない。
一刻も早く校舎に入ってボタンを押さなければ、予選落ち確である。
「何だかピンチみたいだね、カユラ」
「……!お前は、刃か」
刃の姿を見つけて、カユラははっとなる。
「ふふ、良い事を教えてあげようか。多分、放送室に行けばボタンの隠してある場所がわかると思うよ」
「……!そ、そうなのか?まあいい、じゃあそうする」
彼女は頷くと、放れない伊澄を強い力で引っ張りながら急いで校舎内に入っていった。
=======
今回もまた修正箇所があります。かなり前に投稿した回のなんですが。 2014/11/23に投稿したNo30の回の分です。 修正箇所:@今はまだ午前11時前後のはずなため、→今はまだ午前10時前後のはずなため、 A確かにおかしいです。今午前11時頃ですもんね」→確かにおかしいです。今午前10時頃ですもんね」
ハヤテ達のグループの予選施行時間は、エレベーター停止で遅延してから向かったとしても、11時ではちょっと遅すぎなので整合性を合わせるために1時間早く修正しました。 今頃かよ、って感じですが。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.40 ) |
- 日時: 2015/04/10 18:33
- 名前: プレイズ
- 「くそ、くそっ、くそっ……!」
怒りとやるせなさから何度も悪態を吐き、カユラは階段を駆け上がっていく。
旧校舎内に掲示されていた案内図によると、放送室は2階の西の端にあるらしい。
一秒でも早くそこまでたどり着かなければならない。
「ねえ、カユラ。少し早すぎるわ、もう少しゆっくり」
「ええい黙れッ!!」
「ひいっ…!」
相変わらず手を放さない伊澄に向けて、カユラが怒鳴る。
「お前の超迷子現象のせいで最果ての北海道まで飛ばされたんだぞ!?何でそんな事が起こる!?おかしすぎだろうが!」
「何で、そんなに怒るの……??おかげでまた故郷に帰省帰りが、出来たじゃない」
「うるさい!黙れ!!」
悪びれるどころか的外れな事をほざく伊澄にカユラは頭を振って叫んだ。
つい20分ほど前、伊澄の超迷子力(実際には強制転移)によってカユラは何と北海道まで転送されていた。
あまりに現実離れした出来事に彼女は「え、ここ旧校舎だろ。何で雪降ってるの?」と信じられず。 いつの間にか室内から外に出ていて、超寒い風がビュゴーー吹いてる状態。
そして、近くにある道路標識を見るとそこには【釧路】と書かれてあった。カユラは目が点に。
おまけに眼前には湖が拡がっていた。看板を見ると、阿寒湖と表記されている。 釧路の観光名所である湖である。
雪が降る中、北海道の阿寒湖の極寒の寒さの中に二人は転送されたらしかった。
ははは、何の冗談だ、と携帯のGPSで場所を確認したらマジで北海道の釧路に位置表示が出た。
表示を見た瞬間、カユラの全身が青ざめて硬直。
その後、伊澄を問いただしたら「ふふふ、これぞ我が鷺ノ宮家の秘められし力……」 などとぬかしたので彼女は殴って絞め、今すぐ元の場所に戻せ!!!と憤慨。
しょうが ないわね、と伊澄は再びカユラの手を取るも、今度は何故か京都の祇園に飛ばされてしまった。
格式のある町屋が建ち並ぶ、古都の街並み。 そして風流のある茶屋が趣を誘う。 花街の通りを往々に道行く舞妓さん達。
カユラの目はまたしても点になった。
いい加減にしろ!何で京都に来てんだよ!?と彼女が叫ぶと「だから、京都旅行に連れて行ってあげるって、言ったじゃない」 とか言われたので彼女はまた殴って絞め、今すぐ元の場所に戻せ!!!次またおかしな県に飛ばしたら絞め落とすぞ!!!!とまくし立てた。
そして無理やり再度強制転移させたわけだが、おかげでどうにか東京には戻ってこれた。 しかし、着いた場所は何故か三千院邸だった。
「あああ、もう、何でだ…!どうしてこうなった…!」
頭をぐしゃぐしゃとかきむしりながら、カユラは校舎内を走る脚を加速させる。
伊澄が痛い痛いと訴えたが彼女は無視した。
話を戻すと、カユラは旧校舎へ戻らないといけないのに、何故か三千院邸に転送されてしまった。
伊澄に言い寄ると、行先を詳細には制御できなかったのだという。
三千院邸から白皇までは結構な距離があり、走っては予選終了までに到底間に合いそうもなかった。
困り果てたカユラの元に、しかし聖母マリアが現れた。
「あら……カユラさんと、伊澄さん?何故うちに……?今は確か白皇でイベントが開かれているはずですが」
「あ、マリアさんか…!あの、実は」
「……………」
少しの間、彼女たちを見渡すマリア。
そして口を開き、
「いえ、説明は不要ですわ。何故カユラさんと伊澄さんがここにいるのかは、だいたい察しがつきましたし……」
メイドは一瞬で理解した。おそらく伊澄の迷子力が発揮された結果だろうと。
「お急ぎでしょう。こちらからヘリを向かわせますわ」
「えっ、ほんとう?」
「はい。三千院家のヘリに乗って白皇へと向かってください」
マリアの咄嗟の機転により、カユラ達はヘリで白皇へと向かえる事になった。
後の展開は前回の通りである。
「あった、あそこが放送室か…!」
前方の奥に放送室のプレートが見える。
彼女はすぐにそこへ向かい、扉を開け放って侵入した。
「………こ、これは」
室内の状況を見た彼女は、放送室の場所を間違ったのかと一瞬思った。
そのくらい違和感ありありの放送室だったからだ。
壁には大画面のモニターが取り付けられており、放送机の上には無線受信器とケーブルの束が所狭しと占領している。放送用というより動画専門の研究室といった様相だ。
「何だ、今度は誰かと思ったらカユラじゃないか。それと伊澄君も」
奥の放送椅子に座る美希が振り向いて言った。
「オールバック先輩……?そうか、放送流す役だから放送室にいるのか」
「そう。ちなみに予選通過できる残り人数はあと3人」
「な、なにィ!?」
「まずいわ、カユラ。早くボタンを見つけないと」
「誰のせいだ!?」
………と、何やかんやで、カユラはモニターの映像からボタンの隠し場所を割り出した。
刃からは放送室に行くとわかるとしか聞かされていなかったのだが、賢い彼女にとってはそれで十分だったようだ。
「よし、だいたいわかった。残りのボタンがあるのは、1−Bに1つと音楽室に2つか」
「よくこの短時間で看破したな。ハヤ太君達よりも早かったぞ」
「…って事はハヤテ君達もここへ来たんだ、朝風先輩?」
「ああそうだ。しかし何だ、私には普通に苗字+先輩なんだな」
美希にはオールバック、ヒナには無敵と渾名を付けているのに、と理沙。
「ああ、だって朝風先輩は特徴を簡単には表しづらいから。なかなか見通せないし」
「おぉい!?それはつまり私はイメージが貧弱ということか!?それは結構ショックを受けるぞ」
不服だと抗議する理沙に、カユラはふっと微笑んで言った。
「いや、そうでもないよ。むしろ簡単には表せない良いキャラをしてると思う」
「そうなのかい…?はっはっ、ならばむしろ光栄だ」
「ほう、つまり私はオールバックで簡単に表せるキャラとな?」
脇から美希がカユラに言った。
「えっ?いや、別にそういうわけじゃないけど」
「ははー、そうかそうか。私はオールバック。面白い、うん面白いぞ」
巧妙に笑みを浮かべて、美希はキーボードのボタンを押す。
それによって、ガシャン!という音がして何かが閉まった。
「……?今の音は」
不審に思ったカユラがそちらを見る。
すると、入口の所に何故か堅そうな鉄の扉が出現していた。
「な、何だこれは」
出口を覆う形で、扉は閉ざされている。
それも、閉ざされているのは普通の扉ではなく【鋼鉄】の扉だった。
カユラが開けようとするが、がっちりとロックがされていて開けられない。
「ちょ、オールバック先輩。これはどういうこと」
「ふふん、忘れたか。予選においてもこれは一応脱出要素も含むんだぞ?」
「つまり……私を閉じ込めた、って事?」
「正解」
=======
はい、今回はここまでです。
また修正があるんですが、前々回でアテネの苗字を天王洲にしちゃってたんで天王州に直しました。よりによってアテネの苗字を間違うとは、あり得ねえやっちまっただ……
あと、今回美希にはカユラの事を「カユラ」と呼ばせてます。 前は「カユラちゃん」と呼ばせてたんですが、常時それだと何か違和感があったので。 たまに「カユラちゃん」と呼ぶって感じの設定でいこうかと(あくまで私の小説の設定ですw原作はどうかわからん)
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.41 ) |
- 日時: 2015/04/29 15:47
- 名前: プレイズ
- 閉ざされた入口、そして美希の言葉に信じがたい顔になるカユラ。
彼女は呆気にとられたように零した。
「な……、ど、どうしてこんな事を…?まさか今ので私に怒ったのか」
「別に怒ってはないさ。ただちょっと面白くないなーと思っただけ」
「私のオールバック先輩っていう呼称には別に悪意なんてないよ?ただ特徴……先輩でいうならオールバックの髪型で言い表しやすいからっていうだけで」
「それはわかってる。だが理沙はそう簡単には言い表せないのに私はオールバック(笑)で表せる。それがな〜。いや悪意がないのはわかってるんだ。ただ何か面白くない。だからこうして」
口の端に笑みを作って美希は言う。
「いじわるをしてみた」
・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「はぁ…!?」
彼女は理不尽でつい素っ頓狂な声を上げた。
「いや待って先輩、今そんな事で足止め食らってる場合じゃないんだけど」
「ほう、急いでいるなら“脱出”すればいいじゃないか。それがこの予選のルールなんだから」
「脱出って、こんな超固い扉を私に開けろっていうの…?」
彼女は鋼鉄の強固な扉を指して困惑顔で言った。
「ふふ、そりゃあやるしかないだろう。私達も慈善事業ではないから」
「朝風先輩……助けて」
意を組む兆しがない美希の様子に説得を諦め、カユラは理沙に助けを求めた。
「確かにこれは理不尽だな。もう時間も余裕もない状況でこのトラップは酷だろう」
「じゃあ、開けてくれる…!?」
「それはできない」
残念だが、と理沙。
「な、何で……!」
「この予選は脱出要素も有り故にこのトラップも正当な仕掛けだからだ。確かに発動させた理由が愉快犯的なのは君にとって不条理だろう。だが私としてもこの方が面白い。うん間違いなく面白いぞ」
うんうん、とにやついた顔で頷く理沙。
「な……あ、朝風先輩まで愉快犯なの?」
「くっくっ、それが我々動画研究部だ」
当然だろう、と誇らしげに彼女は言った。
「くっ…!もう先輩達には期待できない。何とか自力で脱出してやる」
彼女は美希らへトラップ解除を頼むのは無駄だと判断。 自力脱出を試みる事にした。
(さて、どうやってこの教室から外へ出るか……)
この鋼鉄の扉を突破する以外には、サイドの壁を何かで壊してそこから廊下に出るという手段も考えられた。
しかし、この放送室は2階の廊下の突き当たりに位置しているため、サイドから壁を破って廊下に出る事は不可能。
ちなみに窓も固い鋼鉄の板で覆われていて、窓からの脱出も不可なようになっていた。
つまり出るには入口の妨害扉を何とかするしかないのだ。
しかし、出現した鋼鉄の扉は入口の全体を完全に覆っており、簡単にはこじ開けられそうにない。
見たところ鍵穴のような物もなく、開けるには扉自体を壊すしかなさそうな感じだ。
「タックルしてみるか……」
肩ごしに扉へ打撃を与えてみるカユラ。
が、頑丈な鉄の固りはびくともしない。
鋼鉄製だけあって力押しには強いようだ。
なおも彼女は何度も身体をぶつけて衝撃を与える。たが、扉が破られる様子はない。
こもった音がこだまするだけで、扉にはダメージが通っていないようだった。
「はぁ、はぁ……くそっ、効かないか」
「ふぁいとーカユラ」
後ろで見ている伊澄が声援を送る。
「……お前、何か手伝え」
「そうね、私も力を貸すわ」
微笑んで言うと、彼女は右手を前に差し出した。
「……何?」
「握って」
「…………」
カユラの脳裏に先程の悪夢がフラッシュバックする。
「お、おいよせ…!また私を北海道へ飛ばす気か…!?」
「大丈夫、今度はちゃんと、上手くやるから」
伊澄の伸ばされた手に恐怖を覚えるカユラ。
「し、信じられるか!今度おかしな所に飛ばされたら終わりだ!」
「でも……私の力を借りないと、もう時間がないと思うわ」
その時、モニターの映像に新たに緑のランプが点いた。
「ボタン押下を確認した。知識佐智君、第4グループ予選クリアーだ。おめでとう」
「……!」
美希がクリアーアナウンスを流した。
また1人予選通過者が出たらしい。
モニターを見ると、1-Bの教室にボタン押下済みを表す黄色のランプが点灯している。
「これで通過できる残り人数はあと2人。皆、もう時間がないぞー」
放送で予選終了が間近である事を促す美希。
カユラも焦りを募らせた。
「くっ、まずい……!」
迷っている時間はなかった。
カユラは伊澄の手を取って、掴んだ。
「頼む。ピンポイントで音楽室へ転送してくれ」
彼女にすがるように求めるカユラ。
「……わかったわ」
伊澄は薄らと目を閉じると、妖気が二人の周囲を取り巻いた。
再び強い風がカユラの頬に吹き付ける。
「ぐっ……」
風圧を受けて彼女は目を細めた。
次の瞬間―――。
「あれ、カユラは……?」
美希が虚を突かれたように言った。
二人の姿は、忽然と消えて無くなっていた。
「何で急に姿が見えなくなったんだ。まさかこの部屋の外に……」
「まさか。扉には何も開けられた様子はないし、まだこの室内にいるはずだぞ」
言って理沙も腑に落ちない顔をする。
「伊澄君も姿が消えているな。二人ともどこに行ったんだ」
「この部屋のどこかに隠れているんじゃないか。しかし、もう時間もないのにそんな事してる場合なのか」
よくわからないなと言って美希は首を傾げた。
「着いた、わ」
伊澄の声にカユラは目をゆっくりと開けた。
するとそこは――――、一面の銀世界だった。
辺り一帯に、白い雪が吹きすさんでいる。
「………え、、、、、」
ビュゴーーーーという轟音と共に超冷たい風が吹き抜けていった。
寒い。
むっちゃ寒い。
「あ……あれ?、、あれれ〜〜?おっかしいぞ〜〜?」
90度くらい小首を傾げ、カユラは言った。
室内にいるはずなのに、何故か外に出ている。
だって雪が降ってるのだから。
超冷たい風まで吹いてるのだから。
おかしい。うん、おかしい。
「ここは……ど、どこだ……?」
困惑して壊れた疑問符を浮かべ、彼女は震える手で携帯のGPSを確認する。
表示されているのは北海道の地図。
東京の練馬ではなく、北海道の地図。
「ねえ、伊澄さん?ここはどこなのかな……?」
「あら………どうして、また北海道に来てしまったのかしら??」
???とはてなマークを浮かべる伊澄。
「……で……何か弁解は?」
「ごめんなさい、ちょっとミスったみたいだわ」
「ははは。って」
ゴガ!!と伊澄の後頭部に手刀をぶち込むカユラ。
「ぐえッ!」
「シャラップ!!この糞迷子野郎め!!」
強烈な打撃に伊澄は雪の積もった地面に頭から突っ込む。
カユラはぶるぶると身体を揺らして独り言ちた。
「嘘だ、こんなの嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
状況が信じられず、彼女は壊れたように繰り返す。
最果ての北海道までまた転送されてしまったのだ。
NANDE?DOUSHITE?
「あ、あはは、は………」
眼に光が無くなり、彼女は茫然と立ちつくした。
「カユラ……」
何とか起き上がった伊澄は、涙目で顔と着物に付いた雪を払いつつ、カユラを見上げる。
立ちつくす彼女は完全に自我を失って自棄状態になっていた。
「さすがに、これはまずいわ」と言い、伊澄はもう一度彼女の手を取った。
次の瞬間、また彼女たちは移動していた。
二人の姿はどこかの屋内に出現した。
今度は風が吹いていない、落ち着いた所に。
「え、あれ………?」
カユラが我に返ると、木で出来た床が目に入る。
ついさっきまでいた、見覚えのある景色。
辺りは同じく木の壁があって、どこかの室内のようだ。
「こ、ここは……?」
状況の急激な変化について行けず、彼女は理解がままならない。
さっきまでの雪の北海道とは状況が違いすぎる。
気が付くと、目の前には何故かグランドピアノがあった。
「ピ、ピアノ……?何でこんなものが」
「どうやら、着いたようね」
伊澄が安堵したように言った。
「え、着いたって……どこに?」
「音楽室よ、カユラ」
目の前のピアノからするに、ここはどうやら目的の音楽室のようだった。
カユラは信じられない。
「え。嘘、だろ……?今北海道にいたはずじゃん」
「やけくそでもう一度転移してみたら、ここに着いたわ」
伊澄の強制転移はラグがあるはずだが、今はたまたま上手くいったらしい。
「な、なにっ!?本当に音楽室なのか」
カユラはあわてて教室の外へ出て、プレートを確認する。
すると確かに【音楽室】と掠れた印字で書かれていた。
「お、おお…!や、やった、着いた…!」
目に光を取り戻し、彼女は急いでピアノの前に戻った。
「おそらくボタンはこのピアノのどこかに設置されているはず」
「え、どうして……?他のところかもしれないわ」
「見た所、ピアノがあるこのスペースは音楽室から隔離されている。見てみろ」
カユラは後ろの壁を指差した。
そこの壁に人1人分の細い空間が開いている。
「ここは音楽室の壁を入った奥に設けられた隠しスペースらしい。開けられている穴は細いから、音楽室に誰かが来ても気付かずにスルーしてしまう人が多そうだ。ここ、灯りが点いてないから少し薄暗いし」
「なるほど、確かにそうみたいね」
伊澄への説明を終えると、カユラは早速ピアノを調べ始めた。
蓋の内部をまず見てみる。
「あ、あった」
「え?もう見つけたの?」
ピアノの蓋の底の隙間に、小さな台座に付いたボタンが挟まっていた。
彼女が取り出すと、台座の脇に【4】と彫られている。
「くそ、4番か。私は3番が欲しいのに」
「私は、4番のグループよ」
伊澄が微笑んで手を上げる。
「ちっ、じゃあホラ」
彼女は仕方なくそれを伊澄に渡した。
「ありがとう、さすが、カユラだわ」
「くっ、じゃあもう一つのボタンはどこに……」
音楽室にはボタンが二つあるはずなので、あと一つあるはずだ。
彼女は再びピアノを探してみる。
「お、これは……ボタンだ…!」
しばらくして、彼女はまたボタンを見つけた。
鍵盤の手前側面に刻印があったのだ。
だがしかし、その番号は【1】。既に押下済みの物だった。
「く……そ!使い古しか!」
スカに悪態を吐くカユラ。
(って事は、これでピアノにはボタンが二つあったって事か。これ以上はあるとは考えにくい……)
3つ目もピアノにあるとは思えず、彼女は他の場所を探そうと考えた。
「カユラ、ここを見て」
「あ?何だよ、今急いで探してるんだけど」
伊澄の声がし、彼女はピアノの方を指差して言った。
彼女はしゃがんで下側からピアノの底部分を見つめている。
「もうピアノにはないよ。さすがに3つは」
「いいえ、あったわ」
伊澄がそう言うので、カユラは仕方なく再度ピアノへ向かう。
そして彼女が言う底部を見てみた。
「あ、あった……!」
そこにはボタンが裏向けに取り付けられていた。
見づらい死角の位置に隠してあったのだ。
そして、脇に掘られた番号は【3】。
「や、やっと見つけた……!」
ようやく目当ての番号のボタンを見つけ、カユラは目を輝かせた。
「ふふ、よかったわね、カユラ」
「ああ、何とかなった……!これで――」
伊澄とカユラは、ボタンをポンと押した。
すると、放送口から音声が流れた。
『カユラと伊澄君……!君ら、いつの間に放送室から出たんだ』
「オールバック先輩か。ふん、さあね」
「ふふ、さあいつでしょう」
微笑んで彼女らははぐらかす。
『ま、まあいい。ともかくクリアーだ。鷺ノ宮伊澄君、第4グループ予選クリアー。剣野カユラ君、第3グループ予選クリアー』
予選通過のアナウンスがなされ、彼女らは無事予選をクリアーする事に成功した。
『これで両グループ共に既定の50人が予選通過だ。皆よく頑張ってくれた。まだボタンが押せていない人は、悪いがゴーバックホームしてもらおう』
美希の締めにより、これにて予選は全て終了。
旧校舎でのボタン押しゲームは、少しの混乱はあったものの、皆それぞれ見事にクリアーしたのであった。
---理事長室---
ここは、白皇校舎の某所にある理事長室。
今、その部屋の前を一人の執事が訪れていた。
コンコン、と軽くドアがノックされる。
『どうぞお入りなさい』
中から応じた声がした。
それを確認して、執事は部屋の中へと入る。
「よく来ましたわね、ハヤテ」
中ではこの学院の理事長、天王州アテネが彼を迎えた。
「アーたん」
呼ばれた執事は目の前に立つ彼女の名を呼んで、相対した。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.42 ) |
- 日時: 2015/09/06 16:35
- 名前: プレイズ
- ハヤテはアテネから連絡を受けて理事長室へ呼び出されていた。
何やら『大事な要件』があるらしく、わざわざ個別にここで話がしたいのだという。
室内に招かれたハヤテは、アテネの口から予想だにしない話を聞かされる事になった。
「そ、それは本当なの、アーたん…!?」
理事長室に動揺した執事の声が反響する。
彼は思わず立ち上がっていた。
「もちろんですわ。嘘をついて何になりますの――あと、落ち着きなさいハヤテ」
口をつけていたティーカップを静かに降ろし、アテネは冷静に諭す。
彼女は一つ息を入れて、今一度ハヤテに目を向けた。
「おそらく、“王玉”を狙う何者かのスパイが大会参加者に紛れ込んでいるのは間違いありませんわね」
「い、いったい誰がそんな情報を…?」
「確かな情報筋の方からお聞きしましたわ。信頼のおける者からの、伝達です」
アトラクション大会で優勝し、そのあかつきに王玉を要求しようとしている者が紛れている。
彼女は腕利きの情報通からこの事を伝え聞いたのだという。
スパイの性別や名前は不明だが、王玉を狙っているという事は確からしい。
「そ、そんな。それはまずいんじゃ」
「ええ。もしそのスパイに優勝されでもしたら、賞品に王玉を要求されて敵の手に――」
王玉とは、王族の庭城であるロイヤルガーデンを開くために必要な魔法の石。
庭城を開けば、“王族の力”を手にする事も可能となる魔性の石だ。
「あれ?そういえば……優勝の賞品って、王玉をリクエストしてもちゃんともらえるんだ…?」
「当然ですわ。でなければ、スパイが参加したりなどしません」
「でも、世界で数個しかない王玉だよ。そんな代物を持ってる人なんて白皇関係者にいるのかな」
「それがいるのです。白皇の理事を務める金庭という女性が所有していますわ。その方曰く『優勝者がもし王玉を欲しいと言ってきたら、私のをくれてやる』との事ですから、王玉をリクエストされれば渡すしかありません」
アテネの話を聞いて、しかしハヤテは腑に落ちない。
「別に正直にスパイに渡さなくても、その理事の人に事情を説明すれば受け渡しを拒否してくれるんじゃ?」
「いいえ、それは出来ませんわ。もう既に交渉はしましたが、受けてくださりませんでしたから」
「え…!?」
「彼女にとっては、王玉が持つ特別な力による影響などどうでもよいのです。ただ王玉に値する者、つまり大会に優勝するような力を持つ者にこそ、その石は相応しいと考えていらっしゃるようですわ」
「これって、その人が言うような御託を並べて済む問題なのかな……。その人に直談判して説得した方がいいと思うんだけど」
「無駄です。彼女は『予想外の事が起きる方が面白い』という趣旨でこの大会を開催したようなものですもの。それに、正論が通じるようなヤワな人でもありません」
アテネから聞くところによると、その理事の女性は相当捻くれた気質で、あの帝をも恐れさせているらしい。
「あれっ、っていうか今回の大会って生徒会が催した大会じゃないんだ」
「ええ、主催は生徒会ではなく例に挙げた金庭理事ですわ。ですが生徒会は大会の運営進行を担っていますから、運営を取り仕切るのはあくまで生徒会の方々ですけれどね」
「ふぅん…そうなんだ。でも、だったら大会自体を中止すればよかったんじゃないかな。そうすればスパイが王玉を得る事も出来なくなる」
「私もそうしたかったのですが、それは出来ませんでしたわ。何故なら、私の元にこの情報が届けられたのがつい2時間ほど前の事。私はすぐに主催の金庭理事に中止の要請をしましたが、既に大会の開会式は済んでいて今更中止するのは難しい、構わずに続行すると突っぱねられてしまいました。今回の大会はこの理事が開催しているので、権限が最も大きいのも彼女です。理事長である私の要請でも、その方が了承しなければ中止には出来ない。その彼女は王玉を狙われている事を理由に中止など絶対にしない人です」
「そんな。じゃ、じゃあ一体どうすれば……」
困ったように考え込むハヤテに、アテネが身を乗り出してくる。
「そこで、ですわよハヤテ」
「うわっ!あ、アーたん」
いきなり不意に鼻先まで接近され、ハヤテはびっくりする。
「貴方に是非優勝してほしいのです」
「え?」
「ハヤテ、貴方が優勝してくだされば敵に王玉が渡る事もない。万事解決ですわ」
アテネは期待を込めた眼差しでハヤテに訴えかける。
「ぼ、僕が優勝をすればスパイの目論見を潰せるって事?」
「そうです」
「それは確かに…妙案かも。でも、別に頼むのは僕じゃなくてもいいんじゃ?例えばヒナギクさんとかでも。十分優勝を狙える凄まじい力を持ってるんだし」
ハヤテの指摘に、二本の指を斜めに交差させるアテネ。
「だめですわ。ただ優勝するだけでは足らない。私は王玉を手に入れたいのですから」
「…………」
「私の目的もまた、庭城を開くことです。そのためには王玉がいる。ハヤテが優勝すれば、もちろん私のために王玉を……求めてくれるでしょう?」
「なるほど、そういうことなんだね。うん、もちろんアーたんのためなら王玉を優勝賞品に要求するよ」
「ふふ、そう言ってくれると信じていましたわ。ですから、貴方でなければだめなのです。ヒナは何か他に明確な願望があるようでしたし、それに王玉に関する詳細も彼女は知りませんから」
優勝できる実力があって、さらに王玉の事を理解している。
そして自分と最も懇意の間柄なのは、他の誰でもなく綾崎ハヤテだった。
「お願いしますわハヤテ。貴方の力なら間違いなく優勝する事ができる。そして私のために王玉を求めてくれる――」
「……………」
「どうしたんですの…?何か迷いがある顔ですわね」
「えっ、いや、別にそんな事ないよ」
「嘘をつくものではありませんわよ。多分主の事を考えていたのでしょう…?」
「っ!!?」
ナギの助けをする事と今の件で考えていたハヤテは、アテネに核心を突かれてピクンと反応する。
=======
お久しぶりです。 前回の更新からなんと四ヶ月以上も経ってしまいまして…… 自分としては続きを書くのが難しい箇所だったので、なかなか続きが書けませんでした。 まあ言い訳なんですけどね(汗)
間隔があいたせいでモチベもちょっと落ちてしまって、さらにズルズルと伸びてしまった次第で。 大した中身でもないのにずっと書きあぐねてたのは、しょーもない始末です。 とにかくやっと書けたので、更新頻度を上げていきたいもの。
あと、前回の分で修正した箇所があります。 理事長室の場所を『時計塔の途中にある』と表記してたんですが、それは間違いだったので『白皇校舎の某所にある』に直しました。
※金庭理事を指した表現がありますが、この小説では原作の修学旅行レベル5は開催されてない扱いなので、ハヤテはまだ金庭理事の事は知りません。 あと、今作ではアテネが元年齢に戻っています。アリスの状態ではありません。 元の姿に戻す方法を帝から教えてもらい、元の姿に戻っているという設定です。元の姿に戻る方法を教えてもらう代わりに、自分の持っていた王玉は帝に渡した事になってます。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.43 ) |
- 日時: 2015/09/12 12:58
- 名前: ささ
- 王玉なんてそう簡単に…ってあ、
優勝者は望みの物品を手に入る。 優勝者が望めば学院は王玉を差し出さなければならない。 そして、理事長自身は参加できないから元恋人に頼らなければならない。 さぁハヤテはどうする。 楽しみにしています。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.44 ) |
- 日時: 2015/09/13 20:06
- 名前: プレイズ
- さささん初めまして(もしかしたら初めてじゃないかもしれませんが、記憶では多分初めてだと思うので)。
感想をくださってありがとうございます。
アテネは庭城を開くために何としても王玉の獲得をしたい、そしてそれを最愛のハヤテに託そうとしている。 しかしハヤテは本選でナギのサポートをしたいと考えていたため、バッティングしてしまってます。 ハヤテとしては、格別に大切な、愛おしいアーたんの大事な問題なので当然彼女に協力したいと想っています。重要な王玉を、アテネが獲得できるように是非手助けしたい。 しかし、彼の中でナギは、単なる執事と主では収まらない稀代で特別な少女。ナギのサポートをせずに……というのもハヤテには到底考えられない話。 さて、今後の展開はどうなっていくのか。あまり期待するとそれに応えられるか自信がないので、まああまり期待せずにお待ちください(苦笑)。 感想ありがとうございました。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.45 ) |
- 日時: 2015/09/13 22:55
- 名前: RIDE
- 参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=23
- はじめまして
小説読ませていただきました。
参加している全員がアトラクション攻略に熱心になっていますね。 攻略のためにどんな手を打ってくるか楽しみです
王玉も絡んでくるとは、さらに混迷な展開になさるとおもいます。 執筆頑張ってください。
それでは
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.46 ) |
- 日時: 2015/09/15 00:04
- 名前: プレイズ
- RIDEさん初めまして。
感想ありがとうございます。
この大会は白皇の全生徒が義務的に参加しているわけではなく、参加したい生徒だけが申し込んで参加している形式なので、参加者は全員がやる気のある状態になっています。 なので、優勝して望みの物を手に入れる、又は同席イベントをとり行う等、皆それぞれ願望成就のために熱心になってますw 各々がどう趣向を凝らすのかも見所ですね。 王玉も話に関わってくるので、今後上手く書いていけるか正直不安ですが(苦笑)。 有難い感想をいただいて嬉しいです。 それを活力にしていきたいと思っています。 感想ありがとうございました。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.47 ) |
- 日時: 2015/10/31 18:33
- 名前: プレイズ
- 「そ、それは……」
「隠さないでいいですわハヤテ。貴方にとって大切な守るべき存在なのでしょう」
苦慮している様子から彼の心情を慮るアテネ。
アテネは彼の心境を察する。
主であるナギが彼の中でどれほど大きい存在なのかを、彼女はよくわかっているから。
「……アーたん、僕は」
「隠す必要はないんですよ、ハヤテ。貴方にとって今一番傍にいたいのは、三千院ナギなのでしょう?」
言葉を言いよどむハヤテの意を酌んでアテネが言い添えた。
アテネの気遣いに、ハヤテは躊躇いを解いて彼女に言った。
「………――うん、そうだよ。アーたんの事はもちろん凄く大事だし助けになりたい。でも……僕にとってお嬢様は――特別な、守っていたい女の子なんだ。僕はお嬢様を、放っておけない」
「そう……やはりそうですのね。ならば、何も私の願望を最優先する必要はないですわ。協力を頼む前にここで確認しておきたかったのです。貴方の気持ちを」
ふっと微笑んで彼女は続ける。
「これは強要ではありません。貴方が守護に付きたい方を優先してくれてかまいませんわ」
「それはだめだよ。そしたらアーたんが困るでしょ?」
「私が一番協力を求めたいのは、他ならぬハヤテ。それは間違いありませんわ。でも、貴方が想う主のために、貴方は尽力すべきです。それを曲げさせてまで私はハヤテに協力を仰ごうとは思わないわ」
「アーたん………」
覚悟の有る眼差しを持ってアテネが言う。
ハヤテはそんな彼女を見て感じた。
アーたんは自分の欲求を抑えて、僕のために。
「わかりました。なら仕方ありません」
諦めたように微笑みを浮かべるアテネ。
「ハヤテ、貴方は主のために」
「いや。お嬢様はもちろん大事だけど、僕はアーたんに協力するよ」
「え?」
「かけがえのない大切なアーたんを放っておけるわけないでしょ」
ハヤテは確固たる意志を持った瞳でアテネを見やる。
彼はアテネに協力するつもりらしい。
「え?気持ちは嬉しいですけど、それは不可能な話でしょう…?ハヤテ、貴方は主の優勝をサポートするのですから。私に協力するという事は、主の優勝を阻む事になるんですよ」
「現状ならそうなるだろうね」
でも、と言ってハヤテは身を乗り出す。
「アーたん」
「っ!」
「さっき言ってた理事の人、いるよね」
アテネの鼻先まで顔を寄せ、ハヤテが言う。
「え、えっ?え、ええ。金庭理事がどうかしましたか」
「僕、その人に直談判してみようと思うんだ」
「……直談判?」
「直接会って話をさせてもらえないかな」
彼は何やら妙案を思いついたような様子だ。
「会って何をするんですの?」
「優勝の副賞として王玉を付けてもらえるように頼みたいんだ。それならお嬢様の優勝とアーたんの王玉も同時に達成できる」
「えっ、そんな事……」
思いもしない提案をされ、アテネは少し逡巡した。
「……無理ですわ。さっきも言ったでしょう?説得して簡単に折れるほどヤワな人ではないと」
「それでもやってみたいんだ。会って直接話して、僕が何とかするよ」
ハヤテは意志を漲らせた目でアテネに求める。
それに押されるように、彼女は首肯した。
「わ、わかりましたわ。一応会うだけでも会ってみますか…?」
その後、ハヤテはアテネに場所を教わり、金庭のいる部屋へと向かった。
そして、15分ほどして理事長室に戻ってきた。
「戻ったよアーたん」
「お帰りなさいハヤテ。どうでしたか」
あまり期待せずにアテネが訊くと、ハヤテは笑顔で返してきた。
「話してみたら、王玉を副賞に付けてくれるってさ」
「えっ…?ぇええっ!?」
予想外の結果にアテネは驚愕せざるを得なかった。
=======
また更新の間が開いてしまいましてすみません。 折角感想を2つも頂いていたのに前回から約二か月も経ってしまいました。 自分的に、また続きを書き進めるのが難しい箇所になってしまってなかなか良い文章が思いつかず、今回ようやく書けた感じです。 もっと早い事書けたらよかったんですけど、すみません。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.48 ) |
- 日時: 2015/12/13 19:53
- 名前: どうふん
- 参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=413
ハヤテ君、ずいぶんと大胆な提案だな。 しかし、そうすると間違いなく王玉は誰かの手に渡るけど大丈夫かい。 お嬢様を守りながら優勝を目指すのは結構大変そうだぞ・・・。 優勝するのがヒナギクさんなら、訳を話せば協力してくれるだろうけど。
プレイズさんへ
初めて感想をお送りします。 白皇学園の五大大会というのは、やたらとスケールと賞金が大きくて、さらには内容がバカバカしくて想像力を掻き立てられますから、自分で考えてみたい、と考える人は多いと思います。 本作は、その点に真っ向から切り込んだ内容ですので興味を持って読んでいます。
私は原作の良さはキャラクターにあると思っていますが、本作では、オリジナルキャラが、原作の登場人物の中に溶け込んでいて、違和感がないですね。 個人的には、オリジナルキャラでは小鳥遊刃、原作キャラではカユラが光っているな、と思っています。
あと、生きてくるのはだいぶ後かもしれませんが、アイテムを細かく説明されているところは感心しました。思い付きと勢いだけで書いている私には到底まねできないですね。
これから先、スパイも含めて本戦で何が起こるのか楽しみにしております。
どうふん
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.49 ) |
- 日時: 2015/12/14 19:30
- 名前: プレイズ
- どうふんさん、感想をありがとうございます。
仰る通り、これだと他者に優勝されたら必然的に王玉もそいつに渡る事になってしまいますね。 ハヤテとしてはナギをサポートしてナギに優勝をもたらし、同時にアテネのために王玉をゲットする必要があるわけです。 それを実現するには他に方法はないので、上記を承知でこの条件を金庭理事に提案したハヤテ。 何とか他者に優勝されないようにしないと、ですね。
ちなみに今作で五大行事の話を書いたのは、私としても一回そのネタで書いてみたいなあと思っていたのと、キャラをたくさん出せるというのが理由なんです。 前作では、話の内容上原作キャラをほとんど全く出せなかったので、その反動で原作キャラを色々出してみたくなったんですよねw 行事の内容を考えるのは確かに想像力を働かせるので結構楽しくもあり、結構大変でもあったりw
あと、キャラクターの感想を書いてくださってありがとうございます。 自分の書いた小鳥遊やカユラの良さがちゃんと伝わっているようでよかったです。 自分の書いたキャラの感想をもらえるのはやはり嬉しいものですね。 オリキャラが原作キャラに溶け込んでて違和感がない、と言ってもらえて作者冥利に尽きます。
アイテムの細かな設定に関してですが、実はあれを書いてからもう二年も経ってしまっているのが我ながらやばいなと思っている次第でしてw いくら設定を色々作って出しておいていても、それを使うまでに間が空きすぎてはダメだなと思うんですよね。設定被れというか。なのでそろそろさすがに使わないとまずいなと思い始めてきました(遅っ)。
さて、本編は長かった予選が終わって、ようやくこれから本選という所まできました。ってか予選終わるまで二年もかかるとかちょっと時間かかりすぎだろこれと自分でもツッコミたいくらいですw この後の本選をちゃんと書けるのか正直あんま自信ないんですが(オイ)、更新頑張っていこうと思いますので、暇な時にでもまた見て頂ければ幸いです。 感想ありがとうございました。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.50 ) |
- 日時: 2016/01/10 23:58
- 名前: プレイズ
- + + + + + +
「――王玉を副賞に付けてほしい?」
正面に座す執事の方へ、鋭い視線が向けられる。
「いきなり訪ねてきたと思えば突拍子もない提案をしてくるのね。いったい誰から私が王玉を持っていると聞いたのかしらないけれど」
ここはアテネから教わった、目的の人物がいる部屋の中だ。
この催しを主催する張本人、金庭理事を前にしてハヤテは話をしていた。
「三千院帝理事に聞きました。金庭理事が王玉を持っていると」
「へえ…?三千院帝が、君にそんな事を教えたの」
内心で静かに嫌悪を炊く面持ちを見せ、金庭は問いかける。
「それで、王玉が欲しいのあなたは」
「はい、欲しいです。喉から手が出るほどね」
並々ならぬ意気を帯びてハヤテがのたまう。
しかしそれをさらりと金庭は受け流す。
「なら優勝すればいい話でしょう。1位になって対価として王玉を望めばあげるわよ。これを」
キラーン、と反射光が煌めいた。
彼女が耳に付けている装飾具。
それは見紛う事ない王玉だった。
「ええ、確かにその通りです」
「ならわざわざ副賞付けする必要もないことよ」
「でも僕は三千院ナギお嬢様の執事ですから。ナギお嬢様の優勝を第一に考えたいんです。そしてお嬢様の考える優勝対価は王玉ではありません。だからただ優勝してもダメなんです。現行のルールでは」
「はあ?」
鋭い眼球で金庭はハヤテを射抜く。
「執事だから主に付く。それはわかる。で、主の願望は王玉じゃない。であなたは王玉が欲しい。なら主に付かず単独で行動すればいいだけの話よ」
「いいえ、それは出来ません。お嬢さまのための手助けを放棄する事は、僕にとっては執事を辞するのと同義ですよ」
「あら随分と自分勝手ね。主の助けがしたくて自分は王玉も欲しい。だから王玉を副賞に付けてくれ?それはまた図々しいこと」
気怠そうに背もたれに身を任せ、エメラルドグリーンの長髪がさざめく。
そして刺すような視線で射った。
「強欲なのは結構だけど、それなら自分の物一つに絞りなさい。あなたのはただ利己的なだけのわがまま。それで副賞に付けるなんて真似は認められないわね」
「利己的。確かにそうかもしれません。僕はどちらかを捨てることなんて出来ない」
――でも、一つ間違いがあります。とハヤテ。
「僕は王玉を欲しています。でもそれは自分のためではありません」
「自分が欲しいから、ではないというのね。自分のために求めているんでないなら、じゃあ誰のために」
「それは――アーたんです」
ハヤテは金庭の目を見据えて言う。
「アーたん…?」
「あ、しまった…つい癖で。こほん」
言い慣れている渾名を口走ってしまい、ハヤテはちょっと恥じらいを頬に出しつつ言い直す。
「それは――天王州アテネです」
「天王州アテネ…?それは理事長の事を言っているのかしら」
「そうです。僕は彼女のために王玉を獲りたい」
「何でまた理事長の名前が出てくるのかしらね」
ハヤテの理がよくわからないという様子で彼女はまた背もたれに背を預けた。
「彼女は王玉を欲しているんです。とても」
「へえ…?まあそれは私も知っているけれど。前に王玉を譲ってくれと頼まれたから」
「でも今アーたんは持っていない。という事は、貴女は渡さなかったという事ですよね」
「そうよ。私にとってもこの石は必要な物だからね」
耳から垂れる珠玉を指先で撫で付けながら金庭は話す。
その様子を見据えながらハヤテは疑問を口にした。
「にもかかわらず、貴女は今回の大会で優勝者に求められれば王玉を渡すと言っている。それは何故ですか」
「…………」
王玉を見つめていた目が、ゆらりとハヤテの方へ移った。
「へえ、なかなか目ざといのね。じゃあ『王玉を手にするのは、大会で優勝できるほどの者が相応しいと思うから』ではダメかしら」
「そういう理由なんですか。でもアーたんは今理事長ですから。生徒ではないので大会には参加出来ないんです。それだと不公平じゃないですか」
「まあそうね。確かに一理ある――」
じゃあ、あなたが天王州アテネのために優勝して対価に王玉を要求すればいい――。と金庭は言い添えた。
「何も副賞に付けるようにする必要がある?」
「ありますよ」
ハヤテは語気を強めた。
「アーたんは僕にとってかけがえのない大切な人なんです。幼い頃、日々の暮らしに絶望していた僕に光をくれた、幸せをくれた、そして愛情をくれた、かけがえのない人なんだ。だから僕はその人のために何としても王玉を獲りたい。でも、ナギお嬢さまも、天秤にかけられないくらい特別な女の子なんです」
「特別?」
「ええ。ナギお嬢様は路頭に迷ってどうしようもなかった僕を、雇って執事として働かせてくれました。そして色々ダメダメで朝は起きないし学校には行かないし怠慢でゲームばかりで基本的なことが出来ないダメ超人の女の子だけど、それでもそんな彼女と生活していく日々は僕に安心を与えてくれました。そして活力を与えてくれました。そして生きる意味を与えてくれました。だからこそ今の僕があるんです」
金庭の眼球にぶつけるように一気に言うと、ハヤテは続けた。
「だから、僕にはどちらも捨てられない。捨てることなんて出来ません。だからこうして、あなたにお願いに来ました」
「……何とも、贅沢な言い分だこと」
また背もたれに身を委ね、金庭は息をはあと吐いた。
「二人の女性に思いを抱いて、そして捨てられないと。28の身でフラれた私としては、そういう優柔不断な男は嫌悪するわね」
「28で、フラれた……?」
「……おっと、余計な事を話してしまったじゃない。ああまったく」
何かを思い出したように頭をかきむしると、彼女はハヤテの双眸を睨めつける。
「28歳でフラれたんですか……それはお気の毒に」
「……!」
「ああ、なるほど。わかりました。フラれた経験から、僕のような二人の女の子を捨てられないような男を見ると気に入らないってわけですか。だから王玉を副賞に付けることも認められないと」
ハヤテは理解したふうな顔になって頷いた。
「王玉を副賞に付ける。ただそれだけの事を飲んでくれないのは何でかなと思っていたんですが。そういうわけでしたか」
「別にそれが理由ってわけじゃないわ……」
「まあ、気持ちは察しますよ。きついですよね。その歳になってフラれるのは」
「……!」
ギロリ、と視線の鋭さが増す。
「でも、ちょっと大人気ないと思いませんか?自分が袖にされたトラウマを理由にこの提案をはねつけるなんて。アーたんは真剣に悩んで困っているわけですから。一回りも年下の子がですよ?それを二十歳も過ぎた、それも三十路間近の大人が意地になって嫌がらせするなんて、正直みっともないというか」
「な……何ですって…?」
タブーを強く刺激され、彼女の視線は鋭さを通り越して揺らぎを見せた。
「……ふん、まあいいわ」
目を閉じ、彼女は踏ん切りをつけるように耳に手をかけた。
「今回は特別に、王玉を付けてあげる。優勝の副賞にね」
カチャリと音をさせて、耳から王玉が取り外される。
「いいんですか」
「ええ。私もそんな小さなしがらみを気にするような人間ではないから、ね」
+ + + + + +
「ほ、本当にあの金庭理事が了承したんですか?」
要請が通った事が未だ信じられない様子でアテネはハヤテを見つめた。
そんな彼女に執事は笑顔で応える。
「まあ、僕が上手くやっておいたよ」
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.51 ) |
- 日時: 2016/01/11 20:22
- 名前: プレイズ
- * * * * * *
ここは白皇校舎の脇に構えられているテラス。
昼食時によく生徒達が利用する所だ。
予選を終えた生徒達は、ランチを食堂で取るかここのテラスで取るかに分かれている。
ナギと刃は構内の一角にあるテラスの方へやってきていた。
こちらの方が食堂よりも人の数が多くなく、落ち着いているためだ。
彼女らは既に席に着き、食事の準備を整えている。
ちなみに彩葉は泉達と一緒に食べるそうで、昼食後に合流すると連絡があった。
そしてハヤテからも先程連絡があり、急な用事が出来たので昼食は先に食べておいてくれとの伝言を受けていた。
ハヤテは少し遅れて合流するらしい。
「いったい何をやっているのだハヤテのやつは。折角一緒にランチを食べようと思っていたのに」
「まあ仕方ないよナギ。ハヤテも何か大事な要件があったんだろうし。でも大丈夫、多分もうすぐ来ると思うよ」
愚痴を吐くナギを刃がなだめる。
先に食べておいてくれと言われたものの、二人はハヤテが来るまで待つことにした。
「ところで、お昼からは本選だね。次はどんな面子で行くつもり、ナギ?」
「そうだな〜。さっきの予選じゃ事前に組み分けされちゃったが、今度はフリーだっけ。相手の都合さえつけば、誰とでも組んで臨めるのは良いな」
「また僕も一緒に行っていい?」
「ああ、もちろん。お前なら歓迎だよ」
「わ〜い、やった〜!」
嬉しそうに微笑む刃。
そんなふうに二人が談笑していると、前方から声がかけられた。
「お、ナギじゃないか」
前方から歩いてきたのは見知った女生徒だった。
「ん、千桜か。お前もここで昼食か?」
「ああ」
彼女はナギの隣に腰かけると、早速弁当を広げる。
「ふー、午前中は大変だったよ。ボタンを探すのにこれだけ疲れるとは思わなかった」
「疲れた?お前はクリアしたのそんなにギリギリだったっけ」
「いや、クリアはまあそこそこの順位で出来たんだよ。疲れたのは別の理由さ」
千桜は息をつきつつ、ウインナーを口に運ぶ。
「千桜さんって、確か愛歌さんとほぼ同時にクリアしてたよね。って事は愛歌さんと組んでたんでしょ?」
「そうさ。ただ、愛歌さんが……ちょっと色々とあったんだ」
「色々?ラブ師匠がどうかしたのか」
「………いや」
彼女の狂気ぶりを話そうかと思う千桜。
だが、これがもし愛歌に知れたら色々とまずい。
「いや、話すのはやめとく。後が怖いから」
「おいおい、気になるじゃん。言えよ千桜」
「ふふ、どうやら愛歌さんも相当なやり手みたいだね」
刃がシンパシーを感じるように微笑んだ。
「お、お前達もここでご飯か」
後ろからまた聞き慣れた声がした。
ナギが振り返ると、カユラがいた。
「何だカユラか。そういえばお前、ラストにギリでクリアしてたっけ」
「ああ。危うく予選落ちになる寸前だった」
気怠そうに溜息をつくカユラ。
彼女はナギのはす向かい側、刃の隣に着席する。
「カユラ、どうにか間に合ったみたいでよかったね」
「ああ、お前の助言のおかげで助かった。恩に着るよ」
「しかし何でまたあんな慌てるような状況になったのだ?まあ大方予想はつくけど」
ナギがスマホを弄びつつ訊く。
「それはあの迷子モンスターが……まあ色々あったんだよ」
「そうか、それは大変だったな」
「…もっともらしく言ってるけどお前の言葉には全く感情がこもっていない」
カユラの話を適当に受け流してナギはスマホいじりに勤しんでいる。
そんな彼女に「はあ」とため息をついてカユラは自分の弁当を準備した。
「あーカユラも苦労したんだな。その気持ち、少しよくわかるよ」
「ん、何?千桜も何かあったの」
「まあ色々とな」
千桜は何やら一人で共感している。
「ふっ、お前達そんなんで優勝なんて出来るのか」
彼女らを見つつ、ナギが余裕顔で言った。
「予選の段階でそんなくたくたじゃあ本選ではボロボロになってしまうぞ」
「鼻につく物言いだなナギ。予選の順位なんかには何の価値もない。本選でトップを取ればいいだけの話だろう」
千桜がふんと鼻を鳴らして言う。
「次の舞台、確か雄飛深館……だったか。そこでの争いが重要なんだから」
「そうだよ。本選の結果――それのみが、勝者を決める勝負なんだ」
刃が同調するように頷く。
「お嬢様ー!到着が遅れてしまってすみませーん!」
その時、聞き慣れた執事の声が届いた。
そちらに目を向けると、少し遠くに校舎沿いを走る一人の少年が見える。
ようやくハヤテのお出ましらしい。
彼はナギ達の元までやってくると、苦笑いして謝った。
「すみません。予定時刻をかなり回ってしまって」
「やっと来たか。まったくどこで油を売っていたのだお前は」
「あれっ、お食事の方まだ食べてなかったんですか…?先に食べてくれてよかったんですけど。すみません僕のせいで」
「まったくだ。馬鹿ハヤテ」
少しむくれた様子でナギが言う。
だがすぐに笑顔になった。
「まあいい。さあ一緒に食べるぞ」
「はい、お嬢様」
さして怒ってはなさそうな主を見て、ハヤテはほっと安心する。
「あっ、ですがその前にお渡しする物が」
思い出したようにハヤテは背中にしょっていたナップサックを降ろした。
そしてチャックを開けて、中から何かを取り出す。
「あ、それってもしかして、朝にもらってきたアイテムかな?」
「ええ、すっかり渡すのが遅くなってしまいました」
訊いてくる小鳥遊に答えつつ、ハヤテは一つずつ包みを開封していく。
「まずこれがお嬢様の希望したアイテムです」
「おおっ、ちゃんと取ってきてくれたのだな。さすがハヤテだ」
包装を解いた中から出てきたのは、高性能小型PCと黒い風呂敷に包まれた何か。
「ふうん、ナギはパソコンか。確かにお前に向いてそうではあるな」
「ああ。あの中ならまずこれを選ぶのは当然だ」
千桜に笑んで答えると、ナギはもう一つのアイテムを手に取った。
黒い風呂敷に包まれた丸い謎のアイテムである。
「へえ、意外と重さは軽いな。もう少し重量があると思っていた」
「それは何だ?封を開けないのか」
「なんだ千桜、生徒会だから知ってるんだろ?これが何か」
知らなそうな彼女に不思議そうにナギが言う。
「いや、一応当日取得のアイテムは見せてもらってたけど、そのアイテムは知らないな」
「知らない?そんなはずないだろう。お前は生徒会なんだから」
「でもそんなアイテムは見た覚えがないんだよ。ま、私は生徒会といっても参加枠だからな。運営サイドのする事はほとんど知らないんだ。把握してたのは最初の開会進行ぐらいさ」
千桜の話を受けて、ハヤテが呟く。
「という事は、それは千桜さんの知り得ないアイテムなんですね」
「まあそういう事になるかな」
「つまり、これは運営サイドの人が千桜さん達参加枠に内緒で足した物って事ですか?」
「その通りです」
「えっ」
ハヤテの横から別の声がした。
振り向くと、そこににこやかな笑顔で一人の生徒が立っている。
「あ、」
「何だ?そいつは」
見知らぬ顔にナギが怪訝な顔を浮かべた。
「あ、あなたは確か朝に…」
「お久しぶりですね」
胸に実行委員のバッジを付けた、生徒会役員がそこに立っていた。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.52 ) |
- 日時: 2016/01/17 18:01
- 名前: プレイズ
- 「おっ、何だ悠真君か。君もここでご飯かい?」
「いえ、ランチの方は既に早昼で済ませていますので。まだ時間が少々あるんで気分がてら散歩していたんですよ」
気さくに訊いてくる千桜に彼は笑顔で答えた。
「ん、そいつは千桜の知り合いか?」
「ああ。同じ生徒会のメンバーなんだ」
ナギに対して頷く千桜。
彼女は改まってナギ達に彼を紹介した。
「彼は生徒会役員の田中悠真君だ。一年生だがなかなか出来る期待のホープだよ」
「何っ、生徒会?」
「そういえば朝にエレベーターの中で見た」
カユラが思い出したように呟いた。
彼は当日参加の生徒達を最上階まで引率する役をしていた生徒だ。
「ふふっ、やだな春風先輩。そんな嬉しい持ち上げなんかしても何も出ないなんて事はないですよ」
「へえ、じゃあ何を出してくれるんだい?」
「3、 2、 1」
PONN!!!
カッ!!!
突飛音とともに彼の掌が閃光した。
「うわああっ!!?」
ナギの目の前で音と光が上がり、彼女は肩を飛び上がらせる。
煙が辺りに発生していた。
「な、な…!?」
「これはこれは。つまらない物を切って――いえ、出してしまいました」
彼の手にはいつの間にか蠢く影があった。
靄が晴れてそれが露わになる。
姿を現したのは、一羽の手乗り鳩だった。
悠真の手の甲に乗って羽をファサりと動かしている。
「あ、あ……」
「ナギ、大丈夫!?」
「お嬢様ー!?」
放心してへたり込むナギに慌てて刃とハヤテが駆け寄った。
いきなりの不意打ちにナギの鼓動は激しく乱されてしまった。
「なるほど、鳩か」
彼の手の上で鳩は翼を広げるポーズを取っている。
それを見て満足そうに千桜が笑った。
「相変わらず手際がいいな。面白かった」
「お褒めに預かり光栄ですね」
「……な、何が面白いのだ!」
やっと我に返ったナギが癇癪を起して叫んだ。
「心臓が止まるかと思ったではないか!何なのだお前は!」
「僕の得意技は『人にスリル・ショック・インテレストを与える』ことでして。略して【SSI】です」
指を数本立てた両手を交差させて悠真はのたまった。
「え、エスエス、アイ…?い、意味がわからないのだ。IT用語のSSIの事か?」
「ナギ。そこは【KYO】と返さないと」
カユラが『わかってない奴だな』という顔で言う。
「??それはどういう意味なのだ」
「KY=空気の読めない、O=男って意味」
「それは光栄な褒め言葉です。予定調和に流されず、淀みを歪ませる事によりSSIが生まれますからね」
また交差ポーズを作って言う悠真。
「こいつ…な、何かムカツクぞ。ハヤテ、何とか言ってやってくれ!」
「ええっ!?そんな急に僕に振られても」
不意にナギに同意を求められたハヤテは、反応に困る。
「いや、でもさっきのは凄いと思いましたよ。あんな手品みたいに鳩を出すなんて」
「ふふ。こんなのはほんのお遊びですよ」
鳩を乗せた手を空に掲げつつ彼は答えた。
すると、鳩は悠真の手元から飛び立っていった。
上空目がけて飛び去っていく。
「あれっ。逃がしちゃっていいんですか?」
「ええ。ちゃんと手なづけてありますから。飼っている鳥かごの元まで自分で戻ります」
彼は手品師か何かなのか、とハヤテは思った。
「あなたは手品師か何かですか?」
「そんな専門家ではありませんよ。まあSSIのためなら手間は惜しみませんが」
「彼は手品師ってわけじゃない。我流で色々からくりを考えて実行しているだけだよ」
千桜が悠真の所作を表すように言った。
「さすが。よくわかってますね春風先輩」
「ふん、いけ好かない奴なのだ」
「まあまあナギ。世の中には変わった人もいるんだよ」
刃がナギをなだめるように苦笑した。
「ほう、褒め言葉です。ですが変わっているといえば貴方もですね」
「え?」
刃を見て悠真が言った。
「見た所貴方は女子の制服を着ていらっしゃるようですが。愛らしい容姿には確かにお似合いです」
言いつつ疑問を持つように彼は続ける。
「しかし声を聞く限り、中性的ではありますが声帯の振るえはまず間違いなく男性の物。少なくとも女性では有り得ない。それが、何故そんな衣装を着ているんでしょう?」
「……!」
悠真の投げかける疑問に対し、刃は目をドクンと大きく見開いた。
「スカート、何て普通の男性ならまず着ません。わざわざそれを身に着ける意味が解せませんね」
「っ……」
「もしやそっちの方の趣向が――」
「やめろ!!!」
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.53 ) |
- 日時: 2016/01/31 12:24
- 名前: プレイズ
- 「やめろ!!!」
叫び声が辺りを劈いた。
悠真が後ろを振り返ると、彩葉が立っていた。
「おい。そんな事を小鳥遊に訊いてどうする。やめとけや」
「……ええと。貴方はどちら様でしょうか」
「俺はそいつのダチだ」
怒りを帯びた顔つきで彼は悠真の方へ近付く。
「どういうつもりだ」
「いえ、少し気になったもので。だっておかしいじゃないですか?こんな」
「そこまでにしてもらおうか」
有無を言わさぬ様に言葉を切る彩葉。
「その話は今はやめてくんないか。頼むわ」
「…………」
彩葉の静止に無言で悠真は見つめ返す。
その彼の肩にポンと手が置かれた。
「悠真君。悪いが今は彼の言う通りにしてくれないか」
「春風先輩……」
千桜も同調して悠真に静止をかける。
困ったように微笑みつつ『今はちょっとダメだ』と。
「ほら、だから言ったろ。KYOだって」
「ちょ、カユラさん。この空気でまたDAI語ですか」
呆れた様に言うカユラにハヤテが慌てる。
「おい、そんな事より」
ナギが彩葉を見て言った。
「お前、泉達と食べてたんじゃないのか?何で普通にこっちに来れてるのだ」
「ん?ああ、そういやハヤテにアイテムの事頼んでたの思い出してさ。アイテムだけ先に取りに来たんだ。泉達にはちょっとだけ抜けるって言って来たよ」
怒り顔を少し軟化させて彩葉は息をつく。
「ハヤテ、俺のアイテムはあるか?」
「彩葉のもちゃんとあるよ。これと……これかな多分」
ハヤテがナップサックから出してきたのは鍵束と鉤縄だ。
「おっこれだよこれ。一人で潜入奪取してくれて感謝するぜ。サンキューな」
「まあ僕だけのおかげってわけじゃないけどね。カユラさんにもかなり助けてもらったから」
「そう、私の活躍があってこそだ」
カユラが微笑みつつ言う。
「ん?カユラも何かしたのか」
「実は途中でエレベーターが止まってさ。それでそこから脱出して上まで行かないといけなくなったんだ」
ハヤテは朝の一連の出来事を話した。
「げっ、マジかよ。そんな事になってたのか」
「なるほど。それでこんなに遅くなってしまったというわけか」
「ええ。さすがにちょっと焦りましたよ。でも何とか開けて、カユラさんに抜けてもらってどうにかクリア時間に間に合いました」
「ま、だから私にも大いに感謝する事だな君達」
ふふん、と得意顔になるカユラ。
「おい、そんな事よりも」
ナギが悠真に言った。
「さっき言ってた風呂敷アイテムの件。これはお前達実行委員が秘密に足した物なのか?」
「ええ。もちのろんですね」
悠真は笑って返す。
「えっ、おい、私への感謝はスルーか」
「何でわざわざ千桜達にまで内緒で追加したりするのだ。同じ生徒会の関係なら隠す必要なんてないだろう」
「確かに春風先輩とは生徒会の仲です。ですが、先輩たちは参加枠として大会に参加してますからね。ならば一般生徒と同じように色々驚いてもらいたいなと。それで機密事項は色々秘匿にしてます。これもその一環ですよ」
「まあ私は薄々わかってはいたよ。何か秘匿してるのは。まして悠真君の性格ならね」
「さすがに察していらっしゃいましたか。春風先輩には参ります」
「ふふ、まあね(そのせいで愛歌さんがああなって、私は肝を冷やして死にそうになったけどな)」
とばっちりで被害を被っているのだが、それは言わないでおく千桜。
「では、この後の本選でも何かある覚悟をしておいた方がいいって事ですよね」
ハヤテが顎に手を当てて思案するように言った。
「今回の大会の名称が何だったか覚えていますか?」
「えっと確か、アトラクション大会でしたっけ」
「ええ。そのままの意味でお返ししますよ」
にこやかに笑って、悠真は踵を返す。
「では皆さん、暇つぶしに付き合って頂いて感謝します。そろそろ次の舞台で準備がありますので僕はこれで」
短く挨拶を済ませ、彼は歩いて去っていった。
「まったく、いけ好かない奴だったのだ」
ナギがぶすっとして言う。
「うん、私が言った通りKYOだったな」
「まあそう言うな。彼はああいう人なんだ。ちょっと変わってるけど有能なYNOさ」
「はは、千桜さんまで追従ですか」
カユラ達の話を脇に聞きつつ、彩葉が刃の傍に向かう。
「大丈夫か?あんま気にすんなよ」
「……うん」
目を伏せ気味で虚ろな様子の彼は、彩葉の方を見上げて少し微笑んだ。
「ありがとう彩葉。でも気にしないで。慣れてるから」
「だけどさ。やっぱスルー出来ねえぜ」
「僕なら大丈夫だよ。もうその話はいいから」
ふう、と息を吐いて彼は自分の鞄から包みを取り出した。
結びを解くと、中から弁当が出てくる。
「じゃ、気を取り直して食べよっか。ナギもハヤテもお腹すいてるでしょ?」
刃は弁当の蓋を『かぱっ』と取った。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.54 ) |
- 日時: 2016/02/13 21:37
- 名前: プレイズ
- 「おお…!!相変わらず美味しそうな弁当」
カユラが隣の刃の弁当をのぞき込んで言った。
中から現れたのは、色とりどりの秋の味覚弁当だ。
かやくご飯に小さな栗が散りばめられていて、松茸が上手くあしらわれている。
紅葉型にカットしたかまぼこ等秋を思わせる具材が多数あり、手が行き届いた見栄えだ。
「小鳥遊って相変わらず、料理得意だよね」
「あはは、ありがと」
カユラの言葉に刃は嬉しそうに微笑む。
彼はいつも自分で弁当を作ってきているのだ。
それも雑に済ませるのではなく、毎回メニューを変えて、趣ある弁当を彼はこしらえてきていた。
「これはきっと確実に美味しいはず」
「何なら一口食べる?」
「い、いいのか?じゃあお言葉に甘えてこの卵焼きをもらうぞ」
彼女が刃からおすそ分けをもらうシチュはこれが初めてではない。
これまでも幾度か試食させてもらった事があった。
彼が作ってくる料理は絶品で、彼女は一度食べて以来すっかりその魅力に憑りつかれてしまっている。
カユラは刃の弁当から箸で卵を一つ啄み、口に含んだ。
「む………」
甘噛みすると、味が口の中にじんわりと広がる。
心地よい甘味が水面を揺らがせる波紋のように行き渡った。
そして、絶妙なダシのコク味が味覚を満足させていく。
「ぐぅ…やっぱり美味しい。ハヤテ君の作る物にも負けてないと思う」
「ふふ、そう?嬉しいよ」
毎度の様に根負けした表情で味わうカユラに刃は自然な微笑みを浮かべる。
彼としては、自分の作った料理を食べて評価してもらえると晴れやかな気分になるのだ。
「by小鳥遊クックの幸福度数は格別だ。ナギの料理下手とは比べ物にならない」
「…何だと?おい、今なんと、ゥぐ言ったカユラ!?」
不意に卑下されたナギは、咀嚼しつつカユラにくってかかる。
「だってそうじゃん、女のくせにナギが真っ当な料理なんて作れた試しがない」
「う、うるさい。女だからといって料理が出来ないといけないなんて考えは間違っているのだ…!」
「ま、まあまあ。ナギはナギなんだし」
「はははは、まあ確かにナギはちょっと怠惰すぎるけどな」
軽く騒ぐナギを見て面白そうに千桜が言う。
「何だとー!」
「まあまあお嬢様。確かに小鳥遊さんの料理はレベルが高いですし、見習うべき所も多いですよ」
荒ぶる主を抑えて、ハヤテは刺激しないように注意しつつ意見を述べた。
ついっと彼は小鳥遊の弁当を見やる。
「また―――腕を上げましたね」
穏やかに、しかし凄みを実感したように評価するハヤテ。
「それって、見た目の事?」
「いや、美味しさに関してです」
「ふふ。食べてないのにわかるの?」
「あの細かな箇所にまで手が行き届いた品を見れば、食べなくてもわかりますよ。手練れの者が見れば一目瞭然です」
苦笑して評する顔には偽りの色はなかった。
自分を“手練れの者”と言う辺りハヤテにも自負があるのだが、そのハヤテをしてうならせる弁当らしい。
「はっ。ハヤテよ、料理ってもんは食べてなんぼだぜ?見ただけで味をどうこう言うのはナンセンスじゃん?」
諦観していた彩葉がちょっかいをだすように言った。
「まあね。確かに彩葉の言う通りだけど」
「見るのなら視覚に訴えかけるもんを見ろよな」
彼は刃の元に近付くと、弁当の中を指差した。
「この具材の色合いとかさ。違和感のない自然な組み合わせだ。料理ってのはまず何よりも見た目が重要だからな」
構成している具材の持つそれぞれの【色】の調和を彼は指摘する。
「色が薄めのかやくご飯の上に、栗や松茸等の秋の食材を乗せてアクセントに緑の紅葉を配置。そしてサイドには黄色が輝く卵焼きに紅葉カットのかまぼこ、茄子、あと蓮根や豌豆等。各具材の色主張が変に逸脱せず、秋らしい温かみを創り出している。なかなかベターだ」
「色合いなんて何でもいいではないか。大事なのは味だろ」
「確かに味が微妙なら本末転倒だ。だが見た目の好感さも、良質な料理には欠かせない」
目を色別に研ぎ澄ませて彩葉は続ける。
「色にも組み合わせのバランスってもんがある。噛み合わせの悪いパターンばっか集めたり特定の具材だけ不自然に多くすると、見る者に与える印象も微妙なもんになるから馬鹿に出来ない要素なんだ。ナギ、お前の作る料理とか見るとよ〜くわかると思う」
「ん?私の料理の色合いに何か問題があるのか?何もおかしくない、美味しく見える色合いだろ?」
ナギは疑問など持っていないかのように平然と言った。
「えっ、お嬢様それはちょっと」
「あれを美味しく見えると思えるのか、お前……」
「あれはむしろドブ川のヘドロを連想させる。暗黒術で腐らせた料理っていう表現がお似合い」
超絶的に下方向にぶれた彼女の編み出す料理は見る者に激しい不安感と危機感を抱かせる代物だ。
悪い意味で独特の色味でもって、その料理の本質を克明に表してくる。
「確かに見た目が全てってわけじゃない。だがナギ、ちょっとさ、お前のは目を向けるべき酷さだと思う」
「えーっ!そんな事ないだろ?なあハヤテ」
「え゛っ」
主に同意を求められ、ハヤテの反応がぶれる。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.55 ) |
- 日時: 2016/06/05 08:31
- 名前: プレイズ
- 「い、いやお嬢様。まあ彩葉が言うほど酷いとは思わないですけど」
「彩葉が言うほど……?なっ……じゃあハヤテも私の作る料理が酷いと思っているのか……!」
驚きに目を見開くナギ。
小さな肩が震えて、ビリッと雷光が走る。
「そんな事はありません。ちょっと個性的なだけで、とても魅力溢れる料理だと思いますよ」
「……ほんとうか?」
「まあお嬢様の料理は見た目よりも大事なものが備わっていますから」
目を閉じて想うように彼は言う。
「ーーお嬢様が作る料理は気持ちがこもっているので、愛がある素晴らしい料理だと思いますよ」
「き、気持ち?」
「ええ。僕を想って作ってくれたのがわかる、感情が包まれた素敵な料理だと思います」
「そ、そうか……そうだよな……!ほらみろ、ちゃんとハヤテはわかっているのだ」
ハヤテの言葉にパアっとナギの表情が晴れる。
「……なあハヤテよ、ちゃんと正直に言おうぜ」
「正直に言ってるよ。お嬢様の料理はしっかり“愛情”がこもってるから」
彩葉に断言するハヤテ。
それを聞いて、胸に両手をあててナギの顔が少し火照る。
「ハヤテ……。あ、愛があるなんて……そ、そんなストレートに…//」
「事実そうですから。お嬢様の料理は僕にとって、可愛い最愛の料理ですよ」
「え!?ぁ……ぅ、ぅん…//」
微笑んだハヤテのセリフがナギの心を撫でる。
機嫌の悪さも一瞬で吹き飛ぶレベルの破壊力だった。
「あーあ、綾崎君も甘いな」
千桜が苦笑して呟く。
ハヤテが小声で言った。
「僕は嘘は言ってません」
「見た目の言及から上手く逃げたじゃないか。さすがナギの執事だ」
「……コホン」
誤魔化すようにハヤテは咳払いした。
ちなみにナギは惚けているため千桜の話は耳に入っていない。
(……く…!ナギの気を一瞬でほぐすなんて…!)
ハヤテに向けてジェラシーの目が向けられた。
だが千桜との会話に意識を向けている彼はそれに気付かない。
「はあ」
溜息と共にカユラが立ち上がる。
彼女はいつの間にか弁当を包み終えていた。
「食べ終わったし先に失礼」
「えっ、もうお食事済んだんですか?」
ハヤテが意外そうに言う。
だが彼女はすたすたと歩いて行ってしまった。
アヤハ@ayaha_xp 【俺のダチがフラグを立てすぎな件について】
この顛末に気を病んだ彩葉はウザさをツイートしていた。
「フフ、これはなかなか面白そうな状況ですね」
木陰から隠れ見ている何者かが不敵に笑う。
目をきらりと光らせると、狡猾な蛇を思わせる舌なめずりを見せた。
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.56 ) |
- 日時: 2016/06/12 23:53
- 名前: どうふん
ハヤテ君、いつからそんなに口がうまくなった?「したたかに」、というべきか。 私の知る限り、こういう場合、君はいつもお嬢様に誠意溢れる無神経なことを口走ってぶん殴られるはずだが・・・。 プレイズさんへ
ご無沙汰しております。
オリジナルキャラの人物像の描写が増えていますが、当方としてはカユラと康太郎の動向に注目しています。 さて、いよいよ本戦ですかね。楽しみにしています。
どうふん
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.57 ) |
- 日時: 2016/06/19 12:33
- 名前: プレイズ
- どうふんさん感想ありがとうございます。
返信が滅茶遅れてしまってすみません;つД`)
>こういう場合、君はいつもお嬢様に誠意溢れる無神経なことを口走ってぶん殴られるはずだが・・・。 確かにハヤテなら本来その方がしっくりきますね。 うちのハヤテは何か口が上手いというか小賢しいというかw 今回は危機回避のために咄嗟に柔和なジェントル対応が出たという所でしょうか。
>カユラと康太郎の動向に注目しています。 まさか康太郎の事を覚えてくれていた方がいたとは……(;゚Д゚;) もうかなり長い事放置してるんでてっきり忘れられてるもんだと(オイ) 覚えててもらえてよかったねっ、康太郎。 今後の康太郎の動向に乞うご期待ください(★)
>さて、いよいよ本戦ですかね。楽しみにしています。 本選になかなか入らずに足踏みが続いてましたが、そろそろ。 ってか予選終わってからもうかなり月日が経っちゃいましたね(苦笑) いい加減本選入らないとグダってしまう(爆) 多分ですが、近々開始出来ると思います(ほんとかよ) 感想ありがとうございました(^▽^)
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Re: 脱出!!アトラクション大会 ( No.58 ) |
- 日時: 2016/09/05 02:28
- 名前: プレイズ
- その頃、校舎内にある食堂では霞愛歌とその彼氏が食事を摂っていた。
既に予選をクリアした愛歌は本選を前に一旦ここで休息している所だ。
彼女の向かいには、彼氏である青年が座っていた。
執事服に身を包んだ彼は、青羽誠史。
服が示す通り彼は愛歌の執事をしている。
同じ白皇の上級生で、なかなかのイケメンである。 「どうやら予選の方はちゃんと突破できたようですね」
「当然よ。まさか私が予選落ちすると思ってた?」
愛歌が苦笑混じりに言った。
「60%くらいは。計算高そうに見えて意外にまぬけなとこがありますから」
「は……?」
容赦ない彼氏評に副会長の眉がぴくりと揺れる。
「へえ…それは、随分、と甘く見られたものね。まあ?ちょっと本気を出せば簡単に突破できたわけだけど」
「ふうん、本気ね」
手元のコーヒーを口に運びながら、彼氏はパンフレットを広げた。
「で、この後が本選なわけですが。次の場所はどこでした?ここには記載がないみたいですけど」
「本選の開催場所は開会式で会長から通達がされたわ。それまでは伏せられていたけど」
「……何でわざわざ場所を隠す必要が?」
疑問そうに彼が訊く。
「さあ、何でかしら。まあおそらく?直前で明かすことによってサプライズ的な事をしたかったんじゃない?」
「そういうものですか」
愛歌の説明に微妙に首を傾げながらも、彼は続けて場所について尋ねた。
「で、どこでやるんですか?」
「“雄飛深館”という地下施設で行うそうだわ」
彼女は館についての説明を短くかいつまんで彼氏に伝える。
「ほう。そんな凄い施設があるんですね白皇には」
「まあね。ここにはまだまだよく知られてない奇っ怪な場所があるようだから」
時計塔や旧校舎、動画研究部ラボ等、色々な建造物が白皇敷地内には存在していた。
「しかしなんだ、不安というか」
「どういう意味?」
「君って貧弱だから。次の施設はだだっ広い敷地内を時には走ったりして動き回るそうじゃないですか。確実にへろへろになって平伏する姿が目に浮かぶ」
苦笑を浮かべながら彼がコーヒーを啜る。
彼氏の指摘に愛歌は淑やかな笑みを浮かべた。
「誠史君?私が優勝すると欠片も思ってないでしょ」
「正直言うと、微塵も思ってないかな」
ストレートな酷評に彼女の顔がさすがに引きつった。
「へ、へえ」
キッと誠史を睨むと、愛歌は続けた。
「ふん。見るといいわ、私が白皇の頂に立つ姿を」
「はい、まあ期待15%くらいで」
いつもの様子で彼は微笑んだ。
(くっ……ムカつく)
真に受けていない彼の反応に愛歌の気持ちは逆撫でされた。
(なによ、1位になった暁には貴方と)
彼女は優勝したら彼と2人きりでロシア旅行に行く願望がある。
これまでも幾度か彼とは旅行に行っているし、今更それを謳うほどでもないのだが。
だが、やはり愛している彼と特別な思い出を作るのは何度でも積み重ねたいものだ。
(今度こそ、旅行中にもっと本来のカップルらしい積極的な事をしてもらうんだから)
彼女が計画しているのはただの旅行ではなかった。
いつも肩すかしで終わっている彼との関係を一段階進めるため、愛歌はいつも以上のラブな旅行にしようと画策していた。
彼がそっちの気を一向に見せないので、強制的にそういう事をさせる内容を盛り込んだプランを用意したのだ。
もし彼女が優勝すれば、仮に彼が拒否ろうと旅行参加が必須となる。
そのためにも、今回優勝して理想の愛の旅行を実現させるつもりだ。
「そろそろ時間ですね。では僕はパブリックビューイングで観戦してますので」
「ええ、じゃあまた後でね☆」
「ぶっ倒れないよう、ほどほどに頑張ってください」
「もう。馬鹿にして」
むくれる彼女は一旦彼と別れて、集合場所の校舎前へと向かった。
雄飛深館へは皆案内してもらわないとたどり着く事ができないため、一度集合してから実行委員が先導して行く形を取るのだそうだ。
+++++++
今回は滅茶久しぶりの更新になってしまいましたね。
愛歌の彼氏の名前とか白皇上級生という設定は勝手に考えたオリ設定です。
彼氏の方は本競技には登録しておらず、観戦・応援に回ってます。
愛歌の執事なのに、ってツッコミはなしで(笑)
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