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タイトル Cross Drive
投稿日: 2008/06/14(Sat) 21:28
投稿者絶対自由



倉臼征史郎。通称クラウス。
 三千院家の執事として仕え、執事長の座まで上り詰めた知る人ぞ知る実力派の人物である。
 その腕前は全盛期であった頃よりは劣るものの、歳を感じさせないその身のこなし、そして豊富な知識……様々な観点から、常識的に考えれば有能、いや、頂点を極めたと言っても良いであろう。
 彼の一日は長く、そして多忙である。
 大概の日は全て出張等々で、三千院家本家、又は世界中各地に飛びまわっており、少ない休日の日も全て、三千院家のご令嬢である三千院ナギの傍に居る。
 つい最近、当のナギを安心して任せていられる執事を漸く見つけたが、その人間は直ぐに行方不明。現在何処に居るかまで解らない。その様な状況で一層、ナギから離れる訳にも行かなくなったのだが、出張の数は一向に減少へとは向かわない。故に、ハウスメイドであるマリアに全てを任せている。
 そして、代わりの執事として入ってきた男。名を綾崎ハヤテと言う。
 当初こそは気に食わない部分もあったものの、現在では『任せられる』と思い始めており、安心までは行かないものの、軽い心で出張先へと向かうことが出来る。
 兎にも角にも、クラウスがハヤテに少し≠ヘ感謝していると云う事である。


     ■


 三千院家の屋敷と云う物は、世界各地、至る所に存在している。
 無論、その中には滅多に使われていない屋敷も存在しており、滅多に使われない屋敷に配属されている使用人、執事等々も居るわけである。それでも一生雇い続けられる程の財力を持っている辺り、流石は三千院家と言える。
 そんな各地の屋敷を見て回るのも、クラウスの仕事である。
 多くの場合、あまりの使用率の低さに、毎日の掃除、手入れを怠る人間が希に居る。その様な人間が居ない様にと、対策を取ったのがこの執事長の徘徊である。
 結果、前よりは手入れ等を怠る人間は少なくなり、この策は成功とも言えた。
 無論、見て回る執事長の事など何一つ考えずに。
「……ふむ、此の辺りの屋敷は一通り回ったかな……」
 使い古したメモ帳にチェックを入れる。
 さて、と呟き、次なる屋敷へ行くために、用意していた車へと乗り込む。余談であるが、クラウスは車と言う物に目が無く、最先端の車もいいが、矢張り一人の男として、フェラーリや、ベンツなどの高級車の方がクラウスは好きである。
 故に、三千院家の財産に物を言わせて買い揃えた高級車の数は計り知れない。今、移動の為に乗っているフェラーリ・テスタロッサもそんな高級車の一台である。
 最大出力脅威の三九〇PS――約二九〇km/h――の欧州モデル。赤く塗られたそのボディは幾人もの車好きをうならす。開発された一九八四年当時、日本には七台しか存在せず、かなり希少価値が高い車として話題を呼んだ。尚、本来この欧州モデルのフェラーリ・テスタロッサは日本では運用が不可能であり、現在クラウスの乗っている欧州モデルが、どの様な経緯で日本に来たのかは、持ち主であるクラウス自身知らない。既に生産が終っていると云うのは余談である。
 そんなモンスターマシンのエンジンをうならし、久々の、ナギが住む三千院家へとクラウスは向かう。

 高齢になればなるほど、体の衰えの都合上、車の運転は歳に連れて腕は落ちていく。
 しかし、クラウスの駆るフェラーリ・テスタロッサは、歳の事など関係ないとばかりに、夜の首都高速を駆けていた。
 夜に響くエンジン音。メーターは既に一〇〇を越えている。無論、法律違反であるが、夜の首都高速にとってそれは日常茶飯事である。
 夜の首都高速は、パッシングと口笛の嵐である。若者たちが一九九〇年代に流行った漫画よろしくレースを繰り広げる……朝昼とは違った首都高速の姿である。
 激走する高級車。その横を駆けるマツダ・RX‐7……通称FC。初代RX‐7、SA22Cの後継機として開発されたフルチェンジモデル。駆け抜けるそれは、∞(アンフィニ)と呼ばれるFCの中での最高である二一五PSをマークしている。
 駆け抜ける真紅の機体と白銀の機体……深夜に走るその二機はまさに彗星の如く。純粋にスピードだけの勝負ならクラウスの駆るフェラーリ・テスタロッサの方が速い。が、複雑に入り組んだその首都高速において、重要なのはマシンの速度では無く、高度なドライビングテクニックが要求される。
「――っ」
 頬を流れる汗。
 無理も無い。一つ……たった一つ間違えば即死にいたるこのレース……クラウスの目も本気だった。
 直進の時点になったところで、手に滲む汗をタオルで拭き、再び視線を前に戻す。
 レースのルールは一つ、首都高速を抜けるまでの順位が暗黙のルールとなっている。
 そして、その出口は間も無くである。
 クラウスは一気に勝負に出た。
「!」
 それは自殺行為。まだ曲がりが残っている中でのトップスピード……モンスターマシンである欧米モデルの速度は一気に上昇する。その速度、優に二〇〇を超えている。一〇〇を原則として設計されている日本の車道では、先ず、曲がりきることは不可能である。
 だが、一つ、人の腕と云うモノでそれを曲がりきると云うツワモノも世の中には存在する。
 細かい振動……そして、タイヤのゴムとコンクリートが擦れ合い、鼻を付くような臭い……まるでマシンが水平移動をしているかの様な錯覚を覚える。そのレースを見ていた若者の何人が息を飲んだであろうか、果たして、クラウスの駆るフェラーリ・テスタロッサはそのカーブをクリアしていた。
 感歎の溜息が漏れる。それは綺麗な曲線を描いて曲がりきったのである。
 まさにこれこそ、現代の『赤い彗星』である。


 赤いマシンのエンジン音が止まる。
 首都高速での一軒を終えたクラウスは、三千院ナギが住む三千院家の屋敷のガレージにフェラーリ・テスタロッサを滑り込ませ、車を降りた。
 既に深夜一時。この屋敷の人間は、SP以外は全て眠りについているであろう――クラウスはハヤテが深夜まで勉強をしていることを知らない。二四時間体制の彼らに休息と云う言葉は余りにも少ない。
「たまには、この屋敷を取り締まる身として、らしいことをしておかねばな」
 そう思い、クラウスはSPが待機しつつ、侵入者をモニターする部屋へと足を運んだ。

「……」
 手の平で顔を覆った。
 無理も無い。目の前にある惨状は、酔いつぶれて鼾を掻いて寝ているSPが居たのである。
「ぬぁ! これは私が楽しみに取っておいたワインではないか! ……ぬぬぬ」
 肩が、腕が、否、既に全身が怒りで震えている。
 三千院家に仕える者がこの体たらく。深夜の見回りは愚か、モニターチェックまでまともにしない。挙句の果てに自らが楽しみにしていた極上のワインと、極上のチーズ等々を食い散らかし、酔って眠るなどと、クラウスにとっては許すことの出来ない事実。無論、ワインを飲まれたことの方の憎悪が強い。
「馬鹿者! いい加減、起きんかぁッ!」
 爆発した。
 突然のカミナリに戸惑いつつも、一瞬で誰であるかを判別した辺り流石と言える。SPはすぐさまに整列をして、冷や汗を垂らしながらクラウスをサングラス越しの目で視た。
 無論、誰が視てもクラウスは怒りの頂点であった。
『申し訳ありません!』
 一同、叫ぶ。
 が、しかしそれで怒りが治まるほどクラウスの怒りは生半可なモノではなかった。それは一目で解ったことも言うまでも無い。
「全くお前らは……」
 説教が始まるのも言うまでも無い。


     ■


「それで? 調子に乗って私のワインにまで手を出したのか?」
 頷くSP一同。
 話によると、珍しくナギから貰ったゲームで遊んでいた際、つい熱中してしまい、調子に乗った挙句に偶々クラウスの楽しみに取っておいたワインのことを思い出し、取り出して飲んでしまったとの弁解であった。
 全く莫迦らしいと云えば莫迦らしい理由であった。
「……ところで執事長」
 一番手前の筋肉質丸出しのSPがクラウスに話しかけた。
 何だ? と言って其方を向くクラウス。
「執事長も一つ、どうですか? ゲーム」
 笑顔を作って勧めている辺り、クラウスの機嫌を取っておこうと云う事なのであろう。わざとらしくその形相に似合いもしない笑顔を作って熱中していたと云うゲームのパッケージを目の前に出す。

『頭○字D Special Stage』

「……」
 罵倒? とSP一同が覚悟を決めたとき。
「いいだろう」
 とあっさり了承したクラウスに一同面食らうことになる。
「私とて、伊達にお嬢様に仕えている訳ではない。マリアほどでは無いが、この様な若者の遊びも心得ている」
 手に手袋をつけて、クラウスはPS2のコントローラーを取る。
 暫しの間見詰め合っていたSP達だったが、この際やってしまおうと云う概念が生まれたのか、純粋に楽しむことにした。腕に自身のある一人がコントローラーを握った。
 ゲームスタートのカウントダウンが始まる。此のゲームは様々なマシンの中から一つを選び、レースをすると云う王道、いや本格的なゲームである。他のゲームと違うのは、単にドライビングテクニック――コントローラー捌き――を競うのではなく、もっとリアルに近い駆け引きが必要となるのである。
「マニュアルで良いのかね?」
 クラウスが横目でSPを眺める。
「問題ないです」
 コントローラーを握る手に汗が滲む。
 刹那、カウントがゼロになった……

 レースとはスタートダッシュが肝心である。マニュアル操作の場合、ギアが一番下に入っているために、順調にスピードを上げて行ったとしても一定速度で止まってしまうのである。
 故に、如何にギアを変えるか……それが勝敗を分けるのである。
 クラウスの選択したスカイライン25GT‐TURBOは一気にギアをチェンジさせ、先導する。それを、SPが選択したスバル・インプレッサが追う形となる。
 ナギらしく、かなりやりこんであるのか、全ての類においてチューンは万全であった。つまり完全改造完了のマシンなのである。これなら、レースは五分と云える。
 先ず、最初のカーブ。此処から急なカーブが幾つか続くこととなる。このゲーム、壁にぶつかった方の負けである。
 最初のコーナーとだけあり、両者共にクリア。差はそのままである。
コースのマップから、このステージ、中盤にある超急カーブで決着が付くな
 そう、『赤い彗星』と謳われたクラウスのドライビングテクニックの腕はゲームでも健在であった。
「そこ――ッ!」
 車体が揺れた。誰もが、その急カーブ一歩手前のカーブで減速を行い、急カーブでドリフト、体制を立て直し、再び加速と云う常套手段を取るのであるがクラウスはソレをしなかった。
「な――」
「――に!」
 SP一同が驚く。あろう事か、
「みぞ走り、だとぉ!」
 このステージ、初級のステージだけにみぞ走りが出来る場所は少ない。更に、そのみぞ走りが出来る箇所は、かなり難しい場所に位置している。
 それを、いくも簡単にクラウスは通り抜けた。
 にや、とクラウスは一つ、笑う。
 それを眺めたSPは、一気に加速する。このゲームは三周する。しかし、離された距離は余りにも遠く、それを逆転することは、クラウスがミスをしない限りは不可能。レースはクラウスの独走で幕を閉じた。
 うなだれるSP。やり込んだ時間ならSPの方が上である。それでも負けたと云う事は……
「ふん、経験の差が戦力の決定的な差ではない。如何に、ステージを見極め、そしてマシンの性能を引き出したとき、勝敗は決する」
 手に取ったワイン。一口口にし、そう述べる。
 敵わない。瞬時に理解した。唯一勝てると思ったこのゲーム。しかし、戦う前に勝敗は決していた。
「なら……今度は私がッ!」
 一人、今度こそ、と意気込むSPが名乗りを上げる、刹那、

「私も仲間に入れてくれないかな」

 その声に、クラウスは振り向いた。
「……これはこれは愛沢家の方ではありませんか。何故夜分遅くにこの様な場所に?」
 そう、三千院ナギの友人である愛沢咲夜の父親が、眼鏡を光らせながら、部屋の入り口に立っていた。
「ナギちゃんとラジコンをすると約束していてね、今日はその為に咲夜と来ていたんだが、ハヤテ君と白熱しすぎてね、遅くまでレースをしていたからこのまま泊まっていこうと言うことになってね」
 歩を進める。そして徐に足元に置かれたコントローラーを取り。
「どうですか? 一つ」
 ふ、とクラウスが微笑する。
「今夜は眠れない夜になりそうですね……」
 そう言い放ち、レース開始のカウントダウンが始まった……


 夜は深けていく。
 白熱しすぎたクラウス達が馬鹿騒ぎをし、そのまま朝になり、部屋の惨状を見たハヤテとマリアが呆れ、一同、マリアに説教をされたのは言うまでも無い。

          CrossDrive
 それは、一夜限りの、交錯する戦いだった……



              /了

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どうも、絶対自由です。
またまたの投稿です。
アダルトな物語と云う事で、少し年代の高いネタを使ってみました。
車は男のロマン……と信じて疑わない自分です、こんなヤツでよかったのかな? と考えつつも、これしかネタが無かったので……。
これを視たことで、少しでも良き時間が流れたことを切に祈っております。


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