タイトル | : My Price |
投稿日 | : 2008/05/24(Sat) 18:32 |
投稿者 | : 絶対自由 |
綾崎ハヤテにとって、一番の幸せは主が健康で、そして笑顔で過ごしている事である。
それ以上のものを望むことは無い。綾崎ハヤテにとって、何も無い状態から拾ってもらい、そして居住スペース、食事、更には執事の仕事による給料まで貰っている。まさに地獄から天国への昇華である。これ以上の幸せは無い。
「マリアさ〜ん、此方の掃除は終ったので今日はもう良いでしょうか?」
ハヤテの声が飛ぶ。その相手であるマリアは、チェックをした後、良いですよ、と言ってハヤテに休みを出す。
礼を言ってハヤテは掃除した部屋を後にした。
時刻は三時半。最近ハヤテの掃除スピードが極端に早くなった。
日本の三月には学生に春休みと呼ばれる長期休暇が与えられる。学校によって様々だが、大方の高等学校では二週間や一週間の休暇が与えられる。テスト後と新学期に入るための労いの休暇と云った所である。
ハヤテが主である三千院ナギと通う白皇学院にも、最低限の休みが設けられている。名門と云うだけあり、休暇中の自学は怠らないであろう、と云う一種の信頼によるものでもあるであろう、白皇学院には約一ヶ月にも及ぶ春期休暇が与えられる。
ハヤテが外に出た後、マリアはナギの部屋へと入った。
「……最近ハヤテ、やけに外出をするな」
ナギが開口一番、マリアにそう呟いた。
「ええ、帰って来るのも何時も七時辺りですし……一体何をやっているんでしょうかね」
三千院家の門を出て行くハヤテを、監視カメラの映像で二人は眺める。
この春期休暇と云う長期休暇。白皇学院での長期休暇が始まって数日。休暇をハヤテと共に過ごしたいと思うのが――勘違いとは云え――恋人の思うことである。
が、この長期休暇に入って此の方、ハヤテは殆ど毎日の様に仕事を完璧にこなした後に、直に屋敷を出て行く。そして夜の七時、夕食前には戻ってくる。食事を作るのがハヤテの日には、五時半には帰って来る。
執事やメイドにも個人の事情と云うモノがある。故に、ナギは余り深く探らない性格なのであるが……
「矢張り、少しハヤテのことを調べてみる必要があるようだ」
この様な時には好奇心と云うモノが勝ってしまう。
三千院家の屋敷。三千院ナギが暮らすこの屋敷は小さい類の屋敷である。使用人を好まないナギの意向により、この屋敷には、執事であるハヤテとクラウス、メイドであるマリア以外は、最低限のSPのみが居る状態である。
SPを最大限利用し、街に分散させた。ナギはマリアと共に街中の一番人が見える場所へと移動した。
「……なんですか、これ」
マリアはナギに尋ねる。
無理も無い。マリアの目前には複数のPCと街の地図が広がっている。SPの繊細な場所と、ハヤテの居場所が点滅している。
「ふふ、三千院家の力を持ってすればコレくらいは簡単なのだ……P‐1其処を右」
腰に手をあて誇らしげに言うナギ。知ってますよ、とマリアは返す。
ハヤテは既に一つの場所に停滞しており、なにやら右に行ったり、左に行ったりしている。
それを眺めているナギ。
……ハヤテ君の場所が解っているなら其処にこっそり行けばいいのに……
マリアは微笑しながらナギを見る。
と、
「ハヤテが移動したぞ! Q‐1とQ‐6は後を追うんだ!」
何処かのアニメーションの主人公ばりにSPに指示を出す。
いいぞ、とナギは興奮した様子でPCの画面を見る。点滅しているハヤテの光は、三千院家とは別方向に向かっている。
が、暫らく眺めていた後、電子音が一つ鳴り、ハヤテの光が消える。
「な! おいQ‐1! どうなっている!?」
『申し訳ありません! 見失いました!』
流石ハヤテ君。付けられていた事をちゃんと知っていたみたいですね……
マリアは驚きながらそう思う。
「ええい、探せ! 探すんだ!!」
いい加減、自ら動きませんか? と思うマリアであった。
◇
結局諦め、マリアとナギが三千院家に戻ったのは六時半だった。
「あ、お帰りなさいませ」
既にハヤテは家に戻っており、何時戻ったのか、そして何をしていたのかを聞くこと無く、ナギとマリアは床に就くことになった。
「結局ハヤテが何をやっていたのか解らなかったな」
「まぁ、ハヤテ君にも色々あるんですよ。あまり深く追求しないほうが良いのでは?」
そんなマリアの言葉に、ナギは否を出す。
「駄目だ! もしハヤテが軽犯罪に在っていたり、知らぬ間に借金を増やしていたり、し、知らない女や男にもてあそばれていたら如何する気だ!」
ありえる話ではあるが、借金を増やしていることは無いと思うがさておき、明日こそはハヤテが何をやっているか突き止めようと意気込んでいるナギを他所に、マリアは眠らずに、ナギが眠るのを待っていた。
ナギが眠ったのを見計らい、マリアは寝室を抜け出す。
まぁ、ナギはそう言ってましたけど……取り敢えず本人に聞いて見ましょうか
三千院家の構造は対称になっており、向こう側の最上階にハヤテの部屋がある。階段を上がり、そして少し歩いたところにハヤテの部屋がある。光が漏れているので、起きているのであろう。時刻は一二時を回ったところである。
問題は一つ。深夜に、年頃の少女――無論マリア自称であるが――が、年頃の、思春期の少年の部屋に入ると云う事は、猛獣の檻に餌を入れるようなものである。
心配にはなったが、ハヤテがその様な人間では無いことを信じ、マリアはハヤテの部屋の扉をノックした。
響く、木製ドアの音。刹那の内に開いたハヤテの部屋の扉。
「どうしましたか、お嬢さ……あれ、マリアさん?」
予想外、と云った様な顔をし、ハヤテはマリアを見つめる。
「はぁ、あの、私が来ては問題ですか?」
「いえいえ! あの、御用は?」
取り敢えず立ち話も苦なので、ハヤテはマリアを部屋に通した。椅子を取り出し、マリアを座らせると、ハヤテ自身は、机の椅子に座った。
「……勉強していたんですか?」
机の上に広げられている教科書を眺めて、マリアはハヤテに問うた。
「ええ、折角お嬢様に通わせてもらっているのですから」
ノートを捲るマリア。間違いも目立つが、基本は出来ている。努力だけは怠らないようである。
「それで、マリアさんはどうして僕の部屋に?」
その言葉で本来の目的を思い出し、マリアは今日一日の出来事と、ハヤテが仕事を終えた後に出かけていく理由を問うた。
それを聞いたハヤテは、ナギがそれを気付いているとは思っていなかったようであり、驚いた様な顔を一回したが、正直に、ハヤテはマリアに話した。
ナギは再びハヤテを追跡しようと、準備を進めていた。
隣に居たマリアは居ない。用事があると言ってSPにナギを一任して、何処かへ出掛けて行ってしまった。
「まったく! マリアはまったく!」
腕を組みながらナギはPCを起動させる。
「む?」
が、PCが起動しない。故障であろうか、と思いナギは別のPCを取り出す。
「む? むむむう」
が、どれもコレも起動しない。ボタンを押しても電源すら入らない。不思議に思い裏を返し、止め金を外し、バッテリーのボックスを開ける。と、バッテリーが無い。
「何!!」
充電用のコードも無い。
これはありえない話である。三千院家のセキュリティは万全であり、不審者が忍び込む事は万が一にもありえない。が、現に目の前のバッテリーと電源コードが見当たらないのである。……そして、もし、侵入者以外の人間がコレをやったとなると、この家の中の人間がこれをやったことになる。
マリア、クラウス、そしてハヤテ。この三人のどれかである。
「……マリアか……」
即座に犯人を思い当たる辺り、ナギとマリアの付き合いは長いと云える。
結局、ナギはハヤテの後を追う事は出来ず、マリアの帰りを待つことにした。
ハヤテとマリアが帰ってきたのは同時だった。
PCの件に関して色々とマリアに問い詰めたかったが、今はハヤテとマリアがどうして共に帰って来るのかが問題であった。
ナギはハヤテとマリアを呼び、説明を聞くことにしたのだが……
「えーと、出来ません」
の一言で押し切られてしまい、ナギはハヤテとマリアに理由を聞くことが出来なかった。無論、PCのバッテリーやコードの件も聞きそびれ、ナギはその日PCを起動させる事は無かった。
◇
数日が経った。
PCのバッテリーとコードは返してもらったが、ハヤテに付けていた発信機が外されており、ハヤテを追跡することは叶わなくなり、更にマリアがSPに暫しの休暇を出したためにハヤテを尾行することは出来なくなった。マリアは相変わらずハヤテの追跡には付き合わず、一人では何も出来ないナギは刻一刻と近付いてくる春季休業の終了を退屈と共に過ごしていた。
残り二週間弱……春季休業はそれにて終了する。
「……二週間だぞ?」
マリアに向かってナギは言う。
「残り二週間だと言うのにハヤテのヤツは休みに入ってから私と数えるほどしか過ごしてはくれなかった!」
激怒とも取れるその叫びをマリアはなだめる。
ハヤテ君、早く帰ってきてください……!
笑顔を引きつらせて、マリアはハヤテの帰りを待つ。
そして、ハヤテが帰ってきたのは五時を一〇分ほど過ぎた辺りであった。
「ハヤテ! 今日という今日は教えてもらうぞ!」
ナギはマリアを部屋から追い出し、ハヤテと対峙した。
不機嫌な顔をしているナギを他所に、ハヤテの顔は何処までも、どうして? 等の疑問の表情をしている。
詰め寄るナギに、ハヤテは一つの箱を取り出す。
「すみません、お嬢様にプレゼントを渡すために……その、バイトをして居たものでして……」
その言葉に、ナギの表情が変わる。
「え? 私にプレゼント?」
はい、とハヤテは返す。
「学校にも行かせてもらい、そして勉強まで教えてもらったと云うのに、まだお礼のほうをしていなかった訳ですから。どうしたら良いかと思いましてヒナギクさん達に相談したら、何かプレゼントをしたら如何か、と言われたので。
お給料でお渡しする訳にも行きませんので、バイトをして溜めたお金で購入しようとしたんで時間が掛かって……そんなに大した物では無いんですけど」
箱を開けると、一つ、硝子細工が付いたペンダントが出て来た。
「結局、お給料の方も少し使うことになってしまいまして」
ははは、と笑いながら、ハヤテは申し訳無さそうに言う。
「いや、ハヤテがくれる物なら……なんでも……」
赤面しながら呟くナギ。心なしか、声が段々と小さくなっていく。
そんな会話が続いた後、
「でもハヤテ。私達はお金で繋がっているんじゃないんだぞ」
ナギが突然、そう切り出した。
「主と執事と云う鎖で縛られている訳ではない……私達は家族なんだ。マリアも一緒で」
「クラウスさんは?」
「ん? まぁ、クラウスも……そうだな」
その返答に、ハヤテは微笑する。
「兎に角! ハヤテ、そんな気を使うことは無いんだ。
だからコレを貰った礼に、ハヤテ、何か私から欲しいモノは無いか?」
そう言われましても、とハヤテは言いつつも、直に悩んでいた顔を元に戻し、
「なら、笑顔をください。
お嬢様の笑顔が、僕の幸せなんです」
それに答えるように、ナギは、飛切り極上の、満面の笑顔で、ハヤテに応えた。
その笑顔を護るために、ハヤテが居る。
笑顔を護っているハヤテが居るから、ナギも笑える。
ナギが笑うから、マリアが笑う。
――The smile is my motive power
Because you laugh, because you are
To defend the smile, I will fight
It is an oath as you――
/了
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初めての投稿です、絶対自由です。
『満面の笑顔』と云う事で、当初はマリアさんを主人公にしようと思ったのですが、物語上ナギを抜擢しました。
本当はもう少しスムーズで、無理矢理ではないストーリーにしたかったのですが、出来ませんでした。
自分の技量を呪います。
こんな滅茶苦茶な小説ですが、これを読んでいただいたひと時が、無駄ではなかったと思ってもらえるとありがたいです。
では。