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タイトル第9回お題:満面の笑顔 (2008/5/5〜6/1)
記事No66
投稿日: 2008/05/05(Mon) 01:50
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

------------------------------------------------------------------

今回のテーマは「満面の笑顔」。瀬川泉ちゃんみたいな、見る人全てを
幸せにするような極上の笑顔を作中に1回以上登場させてください。

【条件1】
元ネタは「ハヤテのごとく!」に限定します。
オリジナルキャラは、物語の主役やキーパーソンにならないレベルでのみ
登場可能とします。

【条件2】
えっちなのは禁止です。

タイトルMy Price
記事No74
投稿日: 2008/05/24(Sat) 18:32
投稿者絶対自由


 綾崎ハヤテにとって、一番の幸せは主が健康で、そして笑顔で過ごしている事である。
 それ以上のものを望むことは無い。綾崎ハヤテにとって、何も無い状態から拾ってもらい、そして居住スペース、食事、更には執事の仕事による給料まで貰っている。まさに地獄から天国への昇華である。これ以上の幸せは無い。

「マリアさ〜ん、此方の掃除は終ったので今日はもう良いでしょうか?」
 ハヤテの声が飛ぶ。その相手であるマリアは、チェックをした後、良いですよ、と言ってハヤテに休みを出す。
 礼を言ってハヤテは掃除した部屋を後にした。
 時刻は三時半。最近ハヤテの掃除スピードが極端に早くなった。
 日本の三月には学生に春休みと呼ばれる長期休暇が与えられる。学校によって様々だが、大方の高等学校では二週間や一週間の休暇が与えられる。テスト後と新学期に入るための労いの休暇と云った所である。
 ハヤテが主である三千院ナギと通う白皇学院にも、最低限の休みが設けられている。名門と云うだけあり、休暇中の自学は怠らないであろう、と云う一種の信頼によるものでもあるであろう、白皇学院には約一ヶ月にも及ぶ春期休暇が与えられる。
 ハヤテが外に出た後、マリアはナギの部屋へと入った。
「……最近ハヤテ、やけに外出をするな」
 ナギが開口一番、マリアにそう呟いた。
「ええ、帰って来るのも何時も七時辺りですし……一体何をやっているんでしょうかね」
 三千院家の門を出て行くハヤテを、監視カメラの映像で二人は眺める。
 この春期休暇と云う長期休暇。白皇学院での長期休暇が始まって数日。休暇をハヤテと共に過ごしたいと思うのが――勘違いとは云え――恋人の思うことである。
 が、この長期休暇に入って此の方、ハヤテは殆ど毎日の様に仕事を完璧にこなした後に、直に屋敷を出て行く。そして夜の七時、夕食前には戻ってくる。食事を作るのがハヤテの日には、五時半には帰って来る。
 執事やメイドにも個人の事情と云うモノがある。故に、ナギは余り深く探らない性格なのであるが……
「矢張り、少しハヤテのことを調べてみる必要があるようだ」
 この様な時には好奇心と云うモノが勝ってしまう。

 三千院家の屋敷。三千院ナギが暮らすこの屋敷は小さい類の屋敷である。使用人を好まないナギの意向により、この屋敷には、執事であるハヤテとクラウス、メイドであるマリア以外は、最低限のSPのみが居る状態である。
 SPを最大限利用し、街に分散させた。ナギはマリアと共に街中の一番人が見える場所へと移動した。
「……なんですか、これ」
 マリアはナギに尋ねる。
 無理も無い。マリアの目前には複数のPCと街の地図が広がっている。SPの繊細な場所と、ハヤテの居場所が点滅している。
「ふふ、三千院家の力を持ってすればコレくらいは簡単なのだ……P‐1其処を右」
 腰に手をあて誇らしげに言うナギ。知ってますよ、とマリアは返す。
 ハヤテは既に一つの場所に停滞しており、なにやら右に行ったり、左に行ったりしている。
 それを眺めているナギ。
……ハヤテ君の場所が解っているなら其処にこっそり行けばいいのに……
 マリアは微笑しながらナギを見る。
 と、
「ハヤテが移動したぞ! Q‐1とQ‐6は後を追うんだ!」
 何処かのアニメーションの主人公ばりにSPに指示を出す。
 いいぞ、とナギは興奮した様子でPCの画面を見る。点滅しているハヤテの光は、三千院家とは別方向に向かっている。
 が、暫らく眺めていた後、電子音が一つ鳴り、ハヤテの光が消える。
「な! おいQ‐1! どうなっている!?」
『申し訳ありません! 見失いました!』
流石ハヤテ君。付けられていた事をちゃんと知っていたみたいですね……
 マリアは驚きながらそう思う。
「ええい、探せ! 探すんだ!!」
 いい加減、自ら動きませんか? と思うマリアであった。


 ◇


 結局諦め、マリアとナギが三千院家に戻ったのは六時半だった。
「あ、お帰りなさいませ」
 既にハヤテは家に戻っており、何時戻ったのか、そして何をしていたのかを聞くこと無く、ナギとマリアは床に就くことになった。
「結局ハヤテが何をやっていたのか解らなかったな」
「まぁ、ハヤテ君にも色々あるんですよ。あまり深く追求しないほうが良いのでは?」
 そんなマリアの言葉に、ナギは否を出す。
「駄目だ! もしハヤテが軽犯罪に在っていたり、知らぬ間に借金を増やしていたり、し、知らない女や男にもてあそばれていたら如何する気だ!」
 ありえる話ではあるが、借金を増やしていることは無いと思うがさておき、明日こそはハヤテが何をやっているか突き止めようと意気込んでいるナギを他所に、マリアは眠らずに、ナギが眠るのを待っていた。
 ナギが眠ったのを見計らい、マリアは寝室を抜け出す。
まぁ、ナギはそう言ってましたけど……取り敢えず本人に聞いて見ましょうか
 三千院家の構造は対称になっており、向こう側の最上階にハヤテの部屋がある。階段を上がり、そして少し歩いたところにハヤテの部屋がある。光が漏れているので、起きているのであろう。時刻は一二時を回ったところである。
 問題は一つ。深夜に、年頃の少女――無論マリア自称であるが――が、年頃の、思春期の少年の部屋に入ると云う事は、猛獣の檻に餌を入れるようなものである。
 心配にはなったが、ハヤテがその様な人間では無いことを信じ、マリアはハヤテの部屋の扉をノックした。
 響く、木製ドアの音。刹那の内に開いたハヤテの部屋の扉。
「どうしましたか、お嬢さ……あれ、マリアさん?」
 予想外、と云った様な顔をし、ハヤテはマリアを見つめる。
「はぁ、あの、私が来ては問題ですか?」
「いえいえ! あの、御用は?」
 取り敢えず立ち話も苦なので、ハヤテはマリアを部屋に通した。椅子を取り出し、マリアを座らせると、ハヤテ自身は、机の椅子に座った。
「……勉強していたんですか?」
 机の上に広げられている教科書を眺めて、マリアはハヤテに問うた。
「ええ、折角お嬢様に通わせてもらっているのですから」
 ノートを捲るマリア。間違いも目立つが、基本は出来ている。努力だけは怠らないようである。
「それで、マリアさんはどうして僕の部屋に?」
 その言葉で本来の目的を思い出し、マリアは今日一日の出来事と、ハヤテが仕事を終えた後に出かけていく理由を問うた。
 それを聞いたハヤテは、ナギがそれを気付いているとは思っていなかったようであり、驚いた様な顔を一回したが、正直に、ハヤテはマリアに話した。



 ナギは再びハヤテを追跡しようと、準備を進めていた。
 隣に居たマリアは居ない。用事があると言ってSPにナギを一任して、何処かへ出掛けて行ってしまった。
「まったく! マリアはまったく!」
 腕を組みながらナギはPCを起動させる。
「む?」
 が、PCが起動しない。故障であろうか、と思いナギは別のPCを取り出す。
「む? むむむう」
 が、どれもコレも起動しない。ボタンを押しても電源すら入らない。不思議に思い裏を返し、止め金を外し、バッテリーのボックスを開ける。と、バッテリーが無い。
「何!!」
 充電用のコードも無い。
 これはありえない話である。三千院家のセキュリティは万全であり、不審者が忍び込む事は万が一にもありえない。が、現に目の前のバッテリーと電源コードが見当たらないのである。……そして、もし、侵入者以外の人間がコレをやったとなると、この家の中の人間がこれをやったことになる。
 マリア、クラウス、そしてハヤテ。この三人のどれかである。
「……マリアか……」
 即座に犯人を思い当たる辺り、ナギとマリアの付き合いは長いと云える。
 結局、ナギはハヤテの後を追う事は出来ず、マリアの帰りを待つことにした。

 ハヤテとマリアが帰ってきたのは同時だった。
 PCの件に関して色々とマリアに問い詰めたかったが、今はハヤテとマリアがどうして共に帰って来るのかが問題であった。
 ナギはハヤテとマリアを呼び、説明を聞くことにしたのだが……
「えーと、出来ません」
 の一言で押し切られてしまい、ナギはハヤテとマリアに理由を聞くことが出来なかった。無論、PCのバッテリーやコードの件も聞きそびれ、ナギはその日PCを起動させる事は無かった。


 ◇


 数日が経った。
 PCのバッテリーとコードは返してもらったが、ハヤテに付けていた発信機が外されており、ハヤテを追跡することは叶わなくなり、更にマリアがSPに暫しの休暇を出したためにハヤテを尾行することは出来なくなった。マリアは相変わらずハヤテの追跡には付き合わず、一人では何も出来ないナギは刻一刻と近付いてくる春季休業の終了を退屈と共に過ごしていた。
 残り二週間弱……春季休業はそれにて終了する。
「……二週間だぞ?」
 マリアに向かってナギは言う。
「残り二週間だと言うのにハヤテのヤツは休みに入ってから私と数えるほどしか過ごしてはくれなかった!」
 激怒とも取れるその叫びをマリアはなだめる。
ハヤテ君、早く帰ってきてください……!
 笑顔を引きつらせて、マリアはハヤテの帰りを待つ。

 そして、ハヤテが帰ってきたのは五時を一〇分ほど過ぎた辺りであった。

「ハヤテ! 今日という今日は教えてもらうぞ!」
 ナギはマリアを部屋から追い出し、ハヤテと対峙した。
 不機嫌な顔をしているナギを他所に、ハヤテの顔は何処までも、どうして? 等の疑問の表情をしている。
 詰め寄るナギに、ハヤテは一つの箱を取り出す。
「すみません、お嬢様にプレゼントを渡すために……その、バイトをして居たものでして……」
 その言葉に、ナギの表情が変わる。
「え? 私にプレゼント?」
 はい、とハヤテは返す。
「学校にも行かせてもらい、そして勉強まで教えてもらったと云うのに、まだお礼のほうをしていなかった訳ですから。どうしたら良いかと思いましてヒナギクさん達に相談したら、何かプレゼントをしたら如何か、と言われたので。
 お給料でお渡しする訳にも行きませんので、バイトをして溜めたお金で購入しようとしたんで時間が掛かって……そんなに大した物では無いんですけど」
 箱を開けると、一つ、硝子細工が付いたペンダントが出て来た。
「結局、お給料の方も少し使うことになってしまいまして」
 ははは、と笑いながら、ハヤテは申し訳無さそうに言う。
「いや、ハヤテがくれる物なら……なんでも……」
 赤面しながら呟くナギ。心なしか、声が段々と小さくなっていく。
 そんな会話が続いた後、
「でもハヤテ。私達はお金で繋がっているんじゃないんだぞ」
 ナギが突然、そう切り出した。
「主と執事と云う鎖で縛られている訳ではない……私達は家族なんだ。マリアも一緒で」
「クラウスさんは?」
「ん? まぁ、クラウスも……そうだな」
 その返答に、ハヤテは微笑する。
「兎に角! ハヤテ、そんな気を使うことは無いんだ。
 だからコレを貰った礼に、ハヤテ、何か私から欲しいモノは無いか?」
 そう言われましても、とハヤテは言いつつも、直に悩んでいた顔を元に戻し、


「なら、笑顔をください。
 お嬢様の笑顔が、僕の幸せなんです」


 それに答えるように、ナギは、飛切り極上の、満面の笑顔で、ハヤテに応えた。
 その笑顔を護るために、ハヤテが居る。
 笑顔を護っているハヤテが居るから、ナギも笑える。
 ナギが笑うから、マリアが笑う。

――The smile is my motive power
  Because you laugh, because you are
  To defend the smile, I will fight
  It is an oath as you――


          /了

-----------------------------------
初めての投稿です、絶対自由です。
『満面の笑顔』と云う事で、当初はマリアさんを主人公にしようと思ったのですが、物語上ナギを抜擢しました。
本当はもう少しスムーズで、無理矢理ではないストーリーにしたかったのですが、出来ませんでした。
自分の技量を呪います。
こんな滅茶苦茶な小説ですが、これを読んでいただいたひと時が、無駄ではなかったと思ってもらえるとありがたいです。
では。

タイトルピュア
記事No75
投稿日: 2008/06/01(Sun) 19:58
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
 ぶらーん、ぶらーん。
「ニャン♪」
 くるくるくるくる。
「ニャウ♪」
「うにゃー、可愛いいなぁ」
 釣り下げられて左右に揺れる携帯電話と、それにじゃれつこうとする黒い子猫。そんな平和そのものな
光景を、携帯電話をぶら下げた女の子……瀬川泉は緩みきった笑顔で楽しそうに見つめていた。
「ニャウ、ニャン、ニャン♪」
「はぅー、ケータイが好きなんて、変わった猫さんだね〜」
 自宅で暇をもてあましていた泉の前にひょっこりと現れた子猫。あまりの愛らしさに思わず抱いて自室に
連れ帰り、ミルクを取りに台所に行って戻ってきたところ……子猫は携帯電話を小さな手足で抱きかかえて
遊んでいたところだった。ひょいと携帯のストラップを持ち上げると、おもちゃを取り上げられた子供の
ように泉の後を付いてくる漆黒の子猫。そんなところを見せられると意地悪したくなって、子猫の届く
ギリギリの高さに携帯を釣り上げてみたくもなるもの。
「そういえば以前にケータイを持ってっちゃった、ハヤ太君とこの猫さんと似てるかも、この子」
「ニャーン♪」
 飛び上がって泉の手から携帯を奪い取った子猫は、毬のように携帯を抱きかかえるとゴロゴロと絨毯の上を
転がった。愛らしいその仕草が楽しそうで気持ちよさそうで、釣られて自分までゴロゴロと寝転がってみる。
自分が猫さんになったみたいで、幸せが胸いっぱいに広がる。こんな風にのんびりと暮らしていけたら楽しい
だろうな、勉強とかテストとかもないし……そんなことを彼女が思い浮かべたとき、ふと目を離した携帯電話
から聞きなれた男の子の声が聞こえてきた。
「プッ、プッ……はい、綾崎です。僕に何か(ニャーン)……ちょ、え、シラヌイ? 何でお前が僕に電話を、
って言うかどこにいるんだ?(ニャッ?)いや返事は無理か、タマじゃあるまいし……でもそれじゃ、この電話
どこから……」
「にゃ、にゃあぁ! ハヤ太君?!」
 あわてて携帯に飛びつく泉。予想もしない偶然とはいえ気になる男の子が電話の向こうにいるのだ、
訳の分からないまま切られちゃうのは困る!
「あ、あの……にゃはは、ごめんね、ハヤ太君」
「にゃははって……あの、ひょっとして瀬川さんですか?」
「う、うん、そうだよ♪」
 声だけで自分だと分かってもらえたのが嬉しくて、思わず声が弾んでしまう。
「やっぱりそうですか、いきなり猫の声が聞こえて来たから何事かと」
「あ、あれね、拾ってきた猫さんと一緒に遊んでたら、なんかの偶然でハヤ太君に電話がかかっちゃって」
「それって凄い偶然ですね。僕、ケータイの番号を瀬川さんに教えたことありましたっけ?」
「え、え、えっと……あったと思うよ」
 泉はしどろもどろに誤魔化した。ヒナギクから番号を聞きだして短縮番号に登録してるだなんて言えるわけが
ない。もちろん親友の美希や理沙よりは下の番号だけど、猫にとっては1番も9番も関係ないし。
「それより、さっき猫を拾ったって聞きましたけど。ひょっとしてうちのシラヌイだったりしませんか?」
「シラヌイ……っていうの? なんか神話に出てくる狼さんみたいな名前だね」
「すみません、お嬢さまが趣味でつけた名前で……額に白い十字の紋があるんですけど」
「十字の紋?……あぁ、あるよあるよ。それじゃこの子、ナギちゃんとこの猫さんだったんだね」
「良かった、いなくなったんで探してたんですよ。それじゃ今から迎えに行きますんで」
「あぁ、ちょっと待ってハヤ太君。もうちょっとこの子と遊びた(ブチッ、ツー、ツー、ツー)……」
 唐突に切られてしまった電話。飼い主が見つかったのは嬉しいけど、そんなすぐに引き取りに来なくたって…
…泉はちょっぴり寂しそうに携帯を見つめた。


 しかし落ち込んでなんかいられない。何はともあれハヤ太君がこれから家に来てくれるのだ。せいいっぱい
可愛い服を着ておもてなしをしよう、いろんなお菓子とかも食べてもらおう……残り少ない時間を惜しむように
子猫を抱いたままお屋敷を歩き回り始めた泉の前に、黒服のイケメン執事が現れた。
「あ、虎鉄君」
「お嬢、どうした? そんなにはしゃいで」
「うん、これからハヤ太君がうちに来るんだって♪ この猫さんを引き取りにくるんだよ」
「綾崎がここへ?」
 嬉しさのあまりオブラートなしで説明した泉の言葉を聞いて、虎鉄はピンク色の妄想を浮かべた。
愛しの綾崎ハヤテがここに来る、この子猫を引き取りに……それじゃ子猫を俺が抱いていれば、あいつは俺に
頭を下げて近づいてくるわけだ。日頃はツンデレぶりを発揮して肘鉄ばかり放ってくるあの綾崎が、俺の言いなりに……。

    「虎鉄様、お願いします。その猫を返してください、そのためだったら僕は何でもします」
    「ふっ、そんなに脅えることはない、スイートハニー。返してやるとも、お前が素直になってくれればな」
    「あぁっ、お優しい虎鉄様。どうか後生です、その猫がいないと僕は主人に虐められてしまうんです」
    「そうか、お前も苦労してるんだな……どうだ綾崎、いっそ俺のネコにならないか?」
    「ありがとうございます虎鉄様、こんな僕を拾ってくださるなんて、なんて男気のあるお方……」

「こ……虎鉄君?」
 虎鉄の肩が震え、背後からどす黒いオーラが立ち昇る。さすがの泉もその眼光に押され数歩引き下がった。
そして顔を上げた虎鉄の血走った眼光は、泉の胸に抱かれた黒い子猫へと向けられていた。
「ねこ……ねこ……」
「ニャッ?」
「ねこねこねこねこねこねこねこぉ……」
「シャ――――ッ!!」
 シラヌイが毛を逆立て、泉の胸から抜け出して肩へと登る。しかしそんなことでは虎鉄の執念は微動だにしない。
あの猫を手に入れれば綾崎を自由に……そのことだけで頭をいっぱいにした虎鉄は、超人執事の全力を挙げて
シラヌイへと飛び掛かった!
「ねこー!! ねこー!!」
「ニャウン!」
 だがシラヌイも超人執事と完璧メイドとホワイトタイガー猫の住むお屋敷に飼われているペットである。
瞬時に少女の肩を蹴り、長い廊下を一目散に駆け出した。そのまま必死に逃げ出す子猫とそれを追う虎鉄の姿を
呆然と眺めた泉は……しばらくして我に返ると、素っ頓狂な声をあげた。
「あぁっ、どうしよ、あの猫さんが逃げちゃったらハヤ太君に返せないよ! 早く見つけてあげないと!」


 そのままお屋敷を抜け出し、広い庭へと逃げ込んだシラヌイ。ジグザグに逃げるシラヌイの背後では、
地雷原の爆発のように轟音と叫び声が飛び交っている。あいつに捕まったらおしまいだ、と野性の本能が告げている。
だが生後数ヶ月の飼い猫の身では、瀬川家の庭を熟知している超人執事を振り切るのは不可能だった。次第次第に
距離がつまり、シラヌイに向けて伸ばされる指先の風切り音が背中や尻尾に突き刺さる。
 マズイ、マズイ、マズイ!!
 もはやフェイントなど混ぜる余裕もなく、全力でシラヌイは駆け続けた。それでも背後からの殺気はどんどん
近づいてくる。捕食されるモノとしての原始からの恐怖が背筋を走り、足をもつれさせる。頭から地面に転がり
込んだシラヌイに、黒い影が頭上から襲い掛かった。
「もらったぁっ!!」
「ニャン!!」
 痛みをこらえて後ろ足に力を込める。勝利を確信して大振りになった虎鉄の攻撃を、跳躍したシラヌイは間一髪で
かわした。宙に浮いた子猫の目に、前方に広がる緑色の金網が映った。必死で駆け続けていたさっきまでは気づか
なかった地上のオアシス。あの金網を潜り抜ければ、狩猟者の攻撃を振り切れるかも。
「ニャーーッ!」
 着地したシラヌイは再び駆け出した。一生分とも思えるほどの体力を前借りして金網に肉薄し、小さな身体を
使って格子をくぐり抜ける。格子をくぐってゴロゴロと転がった子猫の数センチ後方で、格子越しに手を伸ばした
虎鉄の右手が虚しく宙をかく。ギリギリで逃げ切った……そう息をついたシラヌイだったが、顔を上げた途端に
飛び込んできた背後の光景に全身の毛を逆立てた。
「ねこー、ねこー、ねこぉぉーーーっ(ブチブチブチブチッ)!!!」
 なんと、狩猟者は金網を素手で引きちぎっている! その眼は金色に輝き、身体はヒグマのように膨れ上がって
熱く猛々しい息を吐いているように子猫の目には映った。まだ終わってない、早く逃げないと……背後に眼を
釘付けにしたまま気ばかりが急いて地面を蹴った、その直後。
「ニャアアーーン!!」
 そこに金網があった意味を、シラヌイは全身で思い知らされることになるのだった。


「猫ちゃーん、どこなのぉ〜?」
 瀬川泉は声をあげながら子猫の行方を捜していた。子猫がどこを逃げているかは、そのルートを追うように
虎鉄が巻き起こしている轟音と砂煙によってだいたい把握できる。もちろん虎鉄を追ったところで追いつけるわけも
ないけれど、自分の家の庭のこと、どこを通ればどこに行き着くかは予想がつく。子猫が虎鉄に捕まらずに
駆け抜けるのを信じて行きそうな場所に先回りする、それしか彼女に出来ることはないのだった。
「ニャアアーーン!!」
「猫ちゃん?」
 そんな泉の耳に届いた子猫の悲鳴。あわてて駆け寄った先には緑色の金網と、その先に流れる小川、そして小川に
浮かぶ黒い小動物の姿があった。自宅の庭という一般人には無縁な場所でありながら、あえて危険だからと金網を
張ってある区域。子猫はよりによってその中に入ってしまったらしい。
「猫ちゃん! 待ってて、すぐ行くから!」
 女の子である泉には金網をよじ登るという発想はない。小さい頃に冒険してて、こっそり空けた通り穴があった
はず……そんなかすかな記憶を頼りに泉は川下へと走った。やがて草むらに隠された思い出の場所にたどり着き、
金網の穴に身体を差し込む。しかし子供の頃には簡単にくぐれたはずの穴なのに、今の泉にとっては勝手が違った。
どうやっても狭すぎて身体のあちこちが引っかかってしまう。とくに胸やお尻の辺りが。
「ニャァァ……」
「猫ちゃん!」
 次第に弱まっていく子猫の鳴き声。もう迷ってなんかいられない、泉は痛みをこらえて身体を強引にねじ込んだ。
服がビリビリと引き裂かれ身体中に血がにじむ。それにも構わず顔をしかめながら前進して……ようやく穴を
抜け出した泉の目の前を、小さな子猫が浮き沈みしながら流されていく。
「猫ちゃあぁん!」
 もう泉の頭には子猫を助けることしかなかった。ためらうことなく小川へと身を投じ、水をかき分けて子猫へと
近づく。しかし横から歩いていく少女より川下へと流されていく子猫のスピードのほうが速い。迷ってる暇など
なかった。少女は川底を歩くのをあきらめ、自分も川に流されながら必死で川下へと泳ぎ始めた。
「ニャ……」
「待ってて、もうすぐだから、今行くから!」
 何度も水を飲み込みながら泉は叫んだ。子猫との距離はあと3メートル、1メートル、30センチ……そして
ようやく小さな尻尾が泉の指にかかる! 必死で手繰り寄せた泉の胸元に、息絶え絶えの子猫の身体がすっぽりと収まった。
「良かった、もう大丈夫だよ猫ちゃん……って、えぇっ!!!」
 ようやく子猫を取り戻して笑顔を浮かべる少女だが……既に背が立たない場所まで流されてることに気づいて、
ようやく子供の頃に聞いた父親の言葉を思い出した。お屋敷の中の小川にもかかわらず金網まで張って侵入を防いで
いるのには理由がある。子供が溺れるからなどという生易しい理由ではない、なにせここは○ニー創業者のお屋敷なのだ。
庭の中には湖があり、川があり、沼があり……そして流れの速い川の行き着く先には当然、滝があって……。
「にゃあああーーーっ!!」
 後悔したときにはもう遅かった。子猫を抱いたまま滝の上から投げ出され、滝つぼへと転落する泉……思わず
眼を閉じた少女の頬に一陣の風が吹き、落下する浮遊感がいきなり消失する。がっしりした腕が彼女の腰を抱く。
泉が恐る恐る瞳を開いた先にいたのは、ヒーローと呼ぶには優しすぎる少年の顔だった。
「大丈夫ですか、瀬川さん」
「……ハヤ太君!」


「にゃはは、ありがとハヤ太君。助けてもらっちゃって」
「お礼を言うのは僕のほうです。シラヌイを助けてくれて、ありがとうございます」
「いやぁ、私もう必死で……」
 川辺に戻って互いの無事を確認する泉とハヤテ。危機一髪のところを助けてもらって、泉は上気した顔でハヤテの
ほうを見上げていた。そんな彼女のほっぺたを小さな舌がぺろぺろとなめた。
「にゃっ、くすぐったいよぉ」
「あはは、シラヌイには分かってるんですよ、自分を助けてくれたのが誰だか」
「うふふ、無事でよかったね、猫ちゃん」
 泉の肩によじ登り、顔を一生懸命になめ、のどに毛皮を擦り付けるシラヌイ。誰の眼から見ても子猫なりの親愛表現に
違いなかった。泉はそんな子猫の仕草を優しい瞳で見つめて……しばらくすると子猫を両手に抱えて、極上の笑顔を
浮かべながらハヤテのほうへと差し出した。
「はい、ハヤ太君。猫ちゃんを返すね」
「ありがとうござ……」
 ところがその瞬間、穏やかな空気が一瞬にして緊張した。さすがのハヤテですら反応が遅れるほどの速度で、
背後から伸びた太い腕が子猫へと襲い掛かる。
「ねこぉ――――!!」
「ニャン!」
 シラヌイは身をよじって泉の手から抜け出すと、頼れる避難先として少女の胸元へと飛び込んだ。それを追って
虎鉄の右腕が泉の腕の間を抜けて、子猫の感触とは違う、丸い膨らみの頂へと……。


「きゃーーっ!!」
「い、いや違うんだお嬢、俺はそんなつもりじゃ……」
「虎鉄君のえっち! 妹の胸に手を出すなんてサイテー!!」
 刺すような緊張感が消えうせたあとには喜劇が待っていた。子猫ごと胸を押さえて後じさる泉、とっさに
腕を引いたままの姿勢で狼狽する虎鉄、そしてその有様をジト目で見つめる綾崎ハヤテ。
「違うんだ、これは単なる弾みで……見てただろ綾崎、俺は決してやましい意図なんか……」
「人間としてはともかく、執事としては貴方に一目置いていたんですが……主人に手を出すなんて最低ですね」
「うおぉぉ〜〜!!」
 自分のしでかした過ちに心を削られ、よろよろと立ちすくむ虎鉄。そこへ泉の一言が止めを刺した。
「虎鉄君のばかーっ!」
 その瞬間、どこからともなく現れた黒服の男たちが虎鉄を押さえつけ、虎鉄の頭を地面にこすり付けた。
その黒服たちの頭上から、このお屋敷の主人の声がスピーカー越しに響いた。
「貴様、ワシの可愛い泉に手を出すとは不届きな奴! 灼熱地獄でも飽きたらぬわ、楽に死ねると思うな!」
「そ、そんな殺生なぁ〜」
 黒服たちに引き立てられていく虎鉄をみて、その場に残された泉とハヤテは顔を見合わせた。そんな少女の
ほっぺたを、今度こそ危険から脱した子猫がニャアと鳴きながら可愛らしくなめたのだった。


 こうして一件落着かと思われたシラヌイ奪還騒動だったが、最後の山場はこの後に訪れた。ハヤテとシラヌイを
客間に案内した後、ボロボロでびしょ濡れになった服を着替えに戻った泉の前に、瀬川父が立ちふさがったのだ。
「なんだその格好は! 高校2年生にもなって水遊びしたうえに服をボロボロにするとは、なんてはしたない!
もっとおしとやかさを身に着けなさい、罰として今日から一週間、メイド服でご奉仕の修行をすること!」
「えぇーっ、またなの〜っ?」


Fin.

タイトル第9回批評チャット会ログ
記事No76
投稿日: 2008/06/02(Mon) 01:48
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
6/1(日曜)に開催された、批評チャット会のログを公開します。
今回は初参加の絶対自由さんとのガチンコ対談だったわけですが、
お互いに多くの作品を書いて自分の弱点を知っているもの同士、
非常に密度の濃い批評が交わされました。
 その後の雑談チャットもおおいに盛り上がり、初めてのチャット
なのに随分以前から知り合いだったような気分になれました。
 互いにメチャクチャ言い合っても壊れない関係って、いいですね!

http://soukensi.net/odai/chat/chatlog09.htm