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タイトル 男の哀愁
投稿日: 2009/05/31(Sun) 19:54
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/

 この作品は「ハヤテのごとく!」本編の23年前を舞台にしています。
 原作199話(単行本19巻4話)以降の設定に沿っているため、それ以前に書いた「若者のうた prelude」の世界観とは
相違点がかなりあることをご理解ください。
 主要人物の年齢は以下の通りです。

倉臼征史郎(クラウス) 35歳
三千院紫子       13歳
鷺ノ宮初穂        8歳
橘美琴          6歳

紫子とクラウスの年齢差および関係は、ちょうど愛沢咲夜と巻田・国枝の関係に近いとお考えください。

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「わーっはっはっはっ、愉快愉快、久しぶりの酒がこんなに美味いとはのぉ! それ遠慮せんと飲め飲め」
「は、はぁ……」
 空中から次々と現れる酒の壺をキャッチしながら、三千院家の忠実なる執事、クラウス(35歳)は正面に座り込んで
豪快に酒をあおる人物のことを注意深く観察していた。人物、という表現は適切でないかもしれない。人間の言葉を話す
とはいえ、身長10メートルもの巨大な骸骨(がいこつ)……しかも頭から角を生やし全身から霊気を放っている眼前の
大男は、明らかにこの世の存在ではなかったのだから。
「どうした? 余の酒が飲めんと言うのか」
「い、いえ滅相もない。ご相伴させていただきますとも、はい」
 不機嫌になりかけた巨大骸骨に向かって、反射的にご機嫌取りをする。危うく現実から遊離しかけた思考をクラウスは
あわてて引き締めた。相手が何者であるのか、この花園が一体どこなのか、そんなことはどうでもいい。
自分は帰らなければならないのだ、帝様や紫子お嬢さまの待つ世界へと。そのためには目の前の相手、おそらくこの世界の
王か何かであろう人物の機嫌を損ねることは決して得策ではない。
「いやはや、お見事な飲みっぷり! ささ、どうぞどうぞ、お注ぎしましょう」
「お、そうかそうか。いやーやっぱり誰かと飲む酒は美味いのぉ。1人で寂しく飲んでも味気ないばかりじゃて」
「あの……あなた様は、ずっとここに、お1人で?」
「そうじゃ。若い頃に神々に無茶な注文をしてしまっての。それから家臣も家族も領民も、だんだん余の傍から居なく
なってしもうた……城の周りの花をいくら手入れしても、見てくれる者すらおらぬでは侘びしゅうてのぉ」
「さ、さようですか……」
「じゃから! ようやく出来た娘の笑顔が、余にとっては宝なのじゃよ」
 酒席の傍らですやすや眠る生後間もない赤ん坊を指さしながら、巨大な骸骨は嬉しそうに胸を張ったのだった。

     *  *

 そもそもの始まりは前日の夕方にさかのぼる。三千院家令嬢・紫子(13歳)の執事として、ミコノス島にある
三千院家別宅にリゾートに来て早3日。一緒に来ていた紫子の妹分・鷺ノ宮初穂(8歳)と橘美琴(6歳)と一緒に
隠れんぼをした後、夕食の席でのことだった。
「まぁ、綺麗な宝石……」
「えへへ、美琴が一番最初に見つけたんだよ!」
 夕食のテーブルに広げられた青い宝石の粒。まるで海魔女の涙を固めたような、雫の形をした神秘的な宝石だった。
お金持ちの家に生まれた少女たちにとって宝石は目新しいものではなかったが、見知らぬ宝物庫を冒険していて
自分たちで見つけた、という点に子供らしい喜びを見いだすのは無理もない。
「これ、王玉(おうぎょく)って言うんだって。隠してあったところに書いてあったよ」
「……玉玉(たまたま)?」
「もう、初穂ったら、漢字で書かないと分からないボケだなんて凄いじゃない、まだ8歳なのに」
「あ、ありがとうございます、紫子姉様……(ぽっ)」
「よおっし、それじゃこれ、みんなで1個ずつ分け合いましょう! 私たちの友情の証として」
「はい……」
「うわーい、お揃いだ〜、お揃いだ〜」
 楽しそうに歓談する3人の少女たちをクラウスは温かく見守っていた。妻子の居ない彼にとって22歳年下の紫子は
娘も同然である。他愛のないことで笑いあえる紫子たちの姿に思わず頬もほころぶというもの……しかし頭の片隅では、
父親でなく警護役としての意識もしっかりと働いている。彼の脳裏に浮かぶのは紫子たちを探すために進入した宝物庫の奥、
あの地下迷宮の光景であった。
《あんな迷宮がこのお屋敷に隠されていたとは……今回は無事に脱出できたとはいえ、小さなお嬢さまたちが遊びに
行って迷子になったりしたら危険きわまりない。しかし紫子お嬢さまは大人しく言うことを聞いてくれる方ではないし…
…ここはお嬢さま方に危険が及ばないよう、事前に調査しておく必要があるな》


 そしてその夜。主人たちが寝静まったのを確認したクラウスは単身で地下迷宮に足を踏み入れた。
「さて、と……」
 懐中電灯を頼りに石造りの地下道を進む。陽の差さない巨石に囲まれた地下道の空気はひんやりと冷たく、何の音も
しない静謐な暗い空間はいやがおうにもクラウスの神経を研ぎ澄まさせる。お化けや幽霊の類など信じぬ彼ではあったが、
さすがに心細くなるのは否めない。
 しかし大事な大事な女主人の安全を確保するためと思えば、男の自分がくじけるわけには行かないのだった。
『クラウス、ありがとう♪』……そう可愛らしくお礼を言う紫子の笑顔を脳裏に浮かべながら、クラウスは地道に慎重に
調査を進めた。一歩進むごとに周囲の危険と帰路とを確認しながらメモにボールペンを走らせる。しばらく続けているうちに
恐怖心も薄れ、歩くペースも徐々にあがっていった。誰もいない、何事も起こらない地下の空間。淡々と機械的に調査を
進めていけばいい、迷子になる心配さえなければ危険など何もない場所じゃないか……そう達観しかけた矢先のこと。
「……なんだ、これは……」
 地下に垂直にそびえ立った巨大な石壁と、そこに描かれた壁画がクラウスの懐中電灯に照らし出された。石壁に描かれて
いたのは高い崖の上に建てられた古風な城の絵、そしてその周囲に広がる花園の情景。古代遺跡の壁画といえば長い年月の
ために色褪せているのが大半なのに、持ち主にすら気づかれず放置されていたはずのこの壁画は見違えるような色鮮やかさを
持っていた。そう……まるで壁の向こうに、本当にそんな光景が広がっているかのように。
「……まさか、な。しかし面白いものを見つけた。紫子お嬢さまに話したらきっと喜んでくださるだろう」
 そう呟いて壁画の前を通り過ぎようとしたとき……。

 おぎゃあ!

「えっ?」
 不意に耳に飛び込んできた赤ん坊の泣き声。時代に忘れ去られた地下迷宮にはもっとも似つかわしくない、新しい生命の
息吹であった。空耳かと疑ったが確かに背後から聞こえてくる。まさかあの壁画の向こうから……半信半疑で壁画の前に
戻ったクラウスの胸に、白くて柔らかい何かが飛び込んできた。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
「おっとっと……い、一体なにが……」
 手に持っていた懐中電灯が床に落ちて砕け散る。暗黒に包まれた地下迷宮で、立ち尽くしたクラウスは両手に飛び込んできた
何かを落とさぬよう足を踏ん張った。姿は見えなくても泣き声の発信元をたどれば、腕の中にいる柔らかい何かの正体は分かる。
しかしどうして、こんなところに赤ん坊が……軽く錯乱したクラウスの頭に、今度は野太い男性の声が襲いかかってきた。
「娘を返せぇ〜」
「な、な……」
「娘を返せぇっ!!!」
 光の差さぬ地下迷宮で、クラウスの身体が激しく揺さぶられた。地震? 津波?……視覚と聴覚を奪われ周囲の状況すら
おぼつかなくなった青年執事は、反射的に腕に抱いた赤ん坊をしっかり抱きしめる体勢を取ったのだった。

     *  *

 そして。
 目を覚ましたクラウスの周囲には花園が広がり、巨大な骸骨が自分を見下ろしていた。そして骸骨は自らをキング・ミダスと
名乗り、赤ん坊を連れ戻してくれた恩人だからとクラウスを酒宴に誘ったという次第である。
「難儀なものじゃのぉ、黄金の呪いというのは……分かるかお主、触れたもの全てが黄金に変わってしまう悲しみが? 
妻を抱くことも娘に触れることも出来ぬ哀れな男の哀しみが?」
「は、はぁ……まぁ……」
「理解せよという方が無理よな……この娘はの、まだ這うことも出来ぬ歳じゃというに不意に下界へと飛んでいってしまう
癖を持っておっての。余自身で連れ戻すことも出来ぬし、途方に暮れておったところなのじゃ。お主が娘を受け止めてくれて
助かった、礼を申すぞ」
「はぁ……」
 常識と良識を旨として今日まで生きてきたクラウスにとっては驚きと当惑の連続である。しかし花園で骸骨と
酒を酌み交わすという状況にある以上、キング・ミダスの言うことを正したり否定しても詮無いことだった。
とにかく相手をおだてて気分良くさせて、どうにか元の世界に帰る方法を聞き出さねば……そう志したクラウスは
巧みに話題をそちらへと誘導したのだが、なかなか相手は思い通りの答えをくれなかった。
「つれないことを申すな。何百年ぶりかの飲み仲間じゃぞ。もう少しくらい哀れな老人の愚痴を聞いてくれても良かろうて」


 そして……外見では分からないが相当に酒の回ったらしいキング・ミダスは、次第にへべれけな喋り方になって
クラウスに絡み始めた。
「しかし、娘など詰まらぬのぉ……いずれは余の傍からいなくなってしまうのじゃからの。お主、妻子はおるのか?」
「は、はぁ……妻はおりませんが、娘同然と思って慈しんでいる姫君が、1人……」
「哀れな男よの! 娘が男親になつくなどホンの短い間じゃぞ。なまじ愛らしかった頃の記憶があるだけに、その後の
粗大ゴミ扱いやバイキン呼ばわりが身に染みるのじゃ。そうと分かっておっても娘を愛さずにはおれんのじゃから、
男など愚かなものじゃて」
「お、お言葉ですが!」
 それまで酒を口にしつつも冷静さを保ち脱出方法を探ろうとしていた彼であったが、紫子のことを中傷されたと
感じた途端に感情の針が振り切れた。それまでの我慢を吐き出すかのようにクラウスは声を荒らげた。
「ゆ、紫子お嬢さまのことを悪く言うのなら、陛下といえども許せませんぞ! 紫子お嬢さまはそんな薄情な方では
ありません。この私が丹誠込めて、よ、養育してきたのですからな!」
「知らぬと言うのは幸せなことよな。じゃが残念ながら、お主の姫君とやらも例外ではないぞ。そのうちお主がおらんでも
不在にすら気づかぬようになり、面と向かって『あ、いたの』とか言い出すようになるのじゃ」
「そそそ、そんなこと、あ、あり得ません! 紫子お嬢さまは、そそ、そんな……」
「余のように幽霊になってから後悔しても遅いのじゃぞ」
 一気に酒の回ったクラウスに対し、キング・ミダスはむしろ冷静な様子で皮肉っぽく切り返す。それを聞いてクラウスの
ボルテージはますます上がった。帝様や紫子お嬢さまに居ない者扱いどころか邪魔者扱いされるだって? そんなことが
あるもんか、自分は生涯を三千院家に捧げると決めたのだ。紫子お嬢さまにもそのお子様に対しても、自分は頼もしい
ナイスガイとして常にお側に付き従い続けなければならないのだ!
「そんな、こ、後悔など、するはずありません! 私は紫子お嬢さまの執事であり翼であり半身なのです、これからも
かけがえのない存在として……」
「あー、もうよいわ。余とお主とで論じても始まるまい」
「なっ!」
 ところが酔いの回ったクラウスの感情を受け流すように、キング・ミダスは胡座を崩してごろりと横になった。
そして指先でちょいちょいと陽の沈む方向を指さした。
「そこまで言うなら確かめてみるがいい。お主の姫君とやらが、お主の不在を嘆いているかどうかをな……言い忘れて
おったが、この城では時間の進みが下界より遅くての。2時間ほど飲んでおったから、下界では……そう、丸1日ほど
経った頃じゃ」
「なんですと! そんな、それでは紫子お嬢さまは、姿を消した私のことをさぞ心配して……」
「じゃから、確かめてみよと言うておる。それ、あっちに走れば地下迷宮に戻れるからの……楽しい酒宴であった、大儀じゃ」
 クラウスは一目散に走り出した。紫子の元へ、自分を待っている姫君の元へ……しかし酒を飲んで全力疾走するという
暴挙のツケは忘れた頃に彼の身体に跳ね返ってくる。花園を抜け、あの地下迷宮に戻ったクラウスに、来たときのメモを
見ながら経路を探す体力と思考力は既に無く……意識朦朧のまま暗黒の地下迷宮をさまよった彼は、地下の水たまりへと
頭から倒れ込んだのだった。


 ちなみに……クラウスとの酒宴から6ヶ月後(下界では6年後)に愛しい娘を下界に落としてしまったキング・ミダスは、
寂しさのあまり下界から金髪の少女を誘拐するという暴挙にでる。そして彼女を連れ出そうとする少年に対して激しい怒りを
燃やすことになるのだが……それはまた、別の物語である。


「あれぇ〜、おじさんこんなとこにいたんだぁ〜」
「服を着たまま海水浴、変な人」
 ……目覚めたクラウスは夜の海岸に打ち上げられていた。すぐ傍には紫子の友人、美琴と初穂がイノセントな笑顔を
浮かべながらこちらを覗き込んでいる。ぼんやり状況を把握したクラウスはウワゴトのように呟いた。
「ゆ、紫子、お嬢さまは……」
「ん? あっち」
 顔を上げた先では花火に興じる紫子と帝の姿があった。クラウスの側に駆け寄ってくる様子はない。ちょっぴり
落胆しながらもクラウスは身を起こし、主人たちの元へと歩み寄った。
「帝様、紫子お嬢さま。ご心配をおかけしました。不肖クラウス、ただいまお側に……」
「あ、クラウス居たんだ」
 え? まさか、そんな、そんな……。
 クラウスの視界がぐらぐら揺さぶられる。聞き間違えようもない紫子の声。異世界を旅して丸1日姿を見せなかった
執事に対し、あまりにも冷たい一言ではないか。だがそのことを遠慮がちに訴えた青年執事に対し、神々に愛された
少女の返答は明るかった。
「心配なんかしなかったわよ? でも大丈夫! あなたは最初からその位置だから! 頼もしいなんて勘違い!! 
せっせっ、せっせっ」
「せっせっ」
「せっ……せっ……」
 3人の少女による息のあったブリッジに、クラウス35歳はがっくりと肩を落としたのだった。


Fin.


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