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タイトル最終回お題:フリー (2009/05/01〜05/31) ←批評会は作者限定
記事No146
投稿日: 2009/05/01(Fri) 20:33
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

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2009年5月末日をもって、この「ハヤテSS批評サロン」を終了することにいたしました。
つきましては最終回として、自由課題での作品募集をいたします。

最後ということで丸々1ヶ月を準備期間といたしました。
奮ってご参加ください!

【条件1】
 オリジナルキャラは登場可能ですが、あくまで名無しの脇役に限ります。
(たとえばコスプレ会場のカメラ小僧とか、食堂のウェイトレスさんとか)

【条件2】
 えっちなのは禁止です。

(注:今回は作者限定チャットです。投稿者は作者IDの確認をお忘れなく!)

タイトルキミと飲もうか
記事No147
投稿日: 2009/05/25(Mon) 21:48
投稿者めーき
バタンと玄関が勢いよく閉められる音がした。
扉が壊れたんじゃないかと思うほどの強い音を聞いて、あいつが俺の家から出て行ったんだと、俺はただ単にそう思った。
きっと俺は引き留めなければいけなかったのだろう。今、追いかけなければいけないのだろう。
けれども、無理だった。
俺はただ部屋に立っていた。



そういえば、自己紹介がまだだったな。
俺の名前は薫京ノ介。歳は28。
一応、白皇学院の体育教師をやっている。
趣味はガンプラを組み立てること。
恋人は、…いない。
だが、気になっているヤツはいる。
そいつは俺にギャルゲー名人だとか2次元ジゴロだの失礼極まりない称号をつけやがった。
俺には興味ないというある意味死刑宣告もやられたし、無理矢理にあまり好きでもない酒を一緒に飲まされることもある。
それでも、俺はそいつに惹かれているんだ。
子供の時に惚れて以来、ずっとこんな調子だ。



全く、俺はバカか。
自分でそこまで理解しているというのに、なんであんなケンカなんかしたんだ。
きっかけはいつもと同じだったのに。あいつがいつものように俺をからかいに来ただけなのに。
今日は何であんなに傷ついたのだろう。
そこからは俺がキレて、あいつに言い返して。
あいつもキレて、俺に言い返して。
そんな嫌な言葉の応酬だった。
最終的にはあいつが俺に
「うっさい!黙れ、バカオル!!」
まるで子供のように大声で叫び、家を出て行った。



翌日になっても、俺はあいつに謝るかどうかずっと迷っていた。
腑に落ちない部分もあるが、俺から謝りに行ったら、おそらく丸く収まるだろう。
しかし、踏み出せないんだ。
小さなプライドが心で反抗しているようだ。
何故だ。俺はあいつと一緒にいたいはずなのに。プライドも捨てたらいいのに。
自分でもどうすればいいのか分からなくなってきているのは何故なんだ。



朝、白皇の校門を越えて、少ししたぐらい。
あいつが前を歩いていた。
当然だろう。あいつも白皇の教師なんだ。むしろ、会わない方がおかしい。
それでも、俺は少し動揺した。
しかし、これはチャンスだ。
このまま昨日は悪かったと謝るんだ。
ここで謝ったら、きっと溝はすぐ埋まる。
そういって自分を鼓舞するが、足は進むどころかゆっくりと減速していった。
そうしている内にあいつは脇道に入っていった。結局、俺に気付きもせずに。
心の何処かがそっと安堵した。
仲直りしたいのに向き合いたくない。今安堵したのは、きっと心のそんな部分だったのだろう。
俺はとうとう足を止めた。
「あれ、薫先生じゃないですか」
すると、後ろから声を掛けられた。
ゆっくり振り向くと、そこにはあいつのクラスの生徒、綾アハヤテが立っていた。
「ああ、綾崎か。早いな」
俺はできるだけ普段の表情になるよう努めて言った。
すると綾アもいつも通りの笑みで返してきた。
「おはようございます」
「今日は三千院は居ないのか?」
俺が綾アにそう聞くと、綾崎は少し疲れたように答える。
「ええ、今日はちょっとお休みで…」
きっと三千院のことだ。駄々をこねて、休んだんだろう。
何となく事情を察し、俺は沈黙する。
そこで、何となく綾崎に意見を訊きたくなった。
他人の意見も必要だろうと俺は口に出した。
「なぁ、綾崎。もしお前が三千院とケンカしたら素直に謝れるか?」
「はい?」
綾崎はポカンとした。まぁ当たり前だろう。
「ただの例え話だ。深く考えなくていい」
俺は綾アにそう言った。
そうですか、と言ってから、綾アは少し考えていた。
「場合によってですけど、多分、謝りますね」
綾アは俺に告げた。
「それが、三千院の言葉から始まった喧嘩でもか?」
「ええ。お嬢様ですし、僕ならそれが普通ですよ」
「その言葉で、お前が傷ついてもか?」
「え?」
しまった、深く訊きすぎた。
綾アは今ので俺の真意にちょっと気付いたかもしれない。
「先生、何かあったんですか?」
案の定、綾崎が質問を返してきた。
「いや、なんでもない。じゃあな、綾崎」
俺はこれ以上心の内がばれないようにと綾アから離れる。
その去り際に綾アが言った。
「あの! よく分かんないですけど、先生ならきっと大丈夫だと思います!」
そんな綾崎の言葉を聞きながら、俺は振り返らず、歩いていった。



綾崎の激励を聞いた日から9日経った。
勿論、あいつに謝れていない。
あいつに謝ろうとしても、やっぱり後一歩、踏み切れないんだ。
仕事上の理由で無理矢理にでも話さなければいけなくなったら良かったのだが、生憎、現実はそうはいかず、あいつと話す機会は皆無だった。
そんな、元の関係のようには戻れないんじゃないかと思い始めた頃。
俺はふと酒が飲みたくなった。
理由は特にない。ただ何となく。
おかしいな。酒なんてあいつに付き合わされなければ絶対に飲まないものだったのに。
これはあいつの影響かもな、と俺は自嘲のように笑う。
そして、行きつけの店へ進路を向けた。


店が見え始めた。
あの店は昔ながらの居酒屋という雰囲気が漂っていて、初めて来たときはその雰囲気を気に入ったものだ。
俺は足を止める。
あの店にはあいつもよく行っている。いや、違う。あいつが俺をあそこに連れて行った張本人だ。
ということは、あいつもあの店にいるかもしれない。
気付けば俺は違う方向に歩き始めていた。
あいつがいるかもしれない。そう思った瞬間に、体は動いていた。
会ったら、そのまま謝ればいいのに。
あいつと一緒にいたいと思っていたはずなのに。



それからずいぶん歩いた。
特にアテがあったわけでもない。ただ俺もあいつも知らない店に行きたかっただけ。
そこまでしなくても、酒なんて何処かで買えばいいのに。いや、それ以前に酒なんて飲まなくてもいいはずだ。
それでも俺は歩いた。
店に向かうときはまだ朱かった空も、いつの間にか暗く重くなっていた。
俺は人気のない道に出ると、小さな屋台を見つけた。
暖簾(のれん)にはデカデカとおでんという黒文字が踊っていた。
「…あそこにするか」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
体も少し冷えてきたし、ちょうどいい。
そう思って、俺は屋台に近づき、暖簾をくぐる。
その瞬間にうまそうなおでんの匂いが鼻に飛び込んできた。
「いらっしゃい」
暖簾をくぐるまで古いラジカセを弄っていた五十代ぐらいのオヤジが言った。
俺は少し古びた椅子に座り、熱燗と幾つかの具を頼んだ。
注文を聞き取ったオヤジはいそいそと用意を始める。
そして、俺がボーッとしている内に目の前に熱燗とおでんが並んだ。
「はい、お待ち」
オヤジはそう言って、再びラジカセ弄りに戻ってしまった。
俺はラジカセを弄るオヤジを少し眺めてから、目の前の酒を飲むことにした。
思い切りあおると、口いっぱいに広がるのは酒の味。
しかし、何かがいつもと違う。
何というか味気ないんだ。
何故かを考えながら酒を飲む。
本当は何故か分かっているはずなのにな。



追加で頼んだ二本目の熱燗もそろそろ空く頃。
オヤジがラジカセをカウンターの角に置き、再生のスイッチを押す。
すると、ザーというノイズ音が流れてきた。
「ああ、まだ調子悪いかな?」
そう言って、オヤジは再びラジカセを手に取った。
そしてまた少し弄ってから、再び角に。
「すみませんね。カセットぐらいしかなくて」
そして、俺に話しかけてきた。
俺は適当に返事をする。
オヤジが再生ボタンを押した。流れるのは相変わらずノイズ音で…
ドガッ!
オヤジのグーパンチがラジカセに炸裂した。
「ってオイ!」
思わず突っ込んだ。
「どうしたんですか?」
オヤジは不思議そうな顔でこっちを見た。
「どうしたんですかじゃない! 驚いただろ!」
「壊れた物を叩くのは当然でしょう」
「それでもグーはないだろ!」
オヤジは俺の突っ込みにやはり不思議そうな顔をした。
というかヘタしたら壊れたんじゃないか。結構な音がしたぞ。
そう思っていたが、ラジカセからはノイズに代わってテンポの良い曲が流れ始めた。
大丈夫なのかと思いつつ、その曲に耳を澄ます。
歌詞を聴く限り、ケンカしたカップルの歌のようだ。
ケンカしたきっかけは語られない。
しかし、男は仲直りしたがっていた。
なんだか俺とあいつみたいだなと思った。
まぁ、俺とあいつは付き合ってはいなかったが。
そんなどうでもいいこと考えながら、酒を飲みつつもその歌に耳を傾ける。
曲は終盤にさしかかり、男は踏み出す。
大事なのは自分のくだらないプライドなんかじゃないと決意し、彼女と酒を飲みに行くのだ。
そんな物語の結末に俺の酒を飲む手は止まっていた。
「………」
流れていた曲がいつの間にかバラード調の別の曲になっていた。
「良い曲だったな…」
そんな感想が自然と口からこぼれた。
俺の呟きが聞こえたんだろうか。オヤジは急に溜息をついた。
そして、まっすぐに俺を見る。
「お客さんも大切な人とケンカして、謝りづらくなってるクチですか」
図星だった。
驚いて、危うく皿をひっくり返すところだった。
「な、なんでわかったんだ」
俺が訊くと、オヤジは笑った。
「いやぁ、この曲をそんな顔して褒める人はみんなそうですよ」
少し顔が熱くなった。そんな顔をしてたのか、俺。
オヤジはそんな俺に真剣な表情で言った。

「お客さん、こんな所でボーッとしてないでとっとと謝ってきなさい。
 取り返しが付かなくなったら、絶対に後悔しますよ」

「それに、隣に誰かいてくれた方が酒もうまいですよ」
オヤジはさりげなく、そう付け加えた。
きっとこのオヤジも“そういうクチ”だったんだろう。
オヤジの結果は分からないけれど、その言葉には確かに心に染みこんでいた。
「……なぁオヤジ」
「なんですか」
「失敗したら、朝まで付き合ってくれるか?」
俺の言葉にオヤジは少し笑い、
「勿論」
と答えた。
俺は覚悟を決め、椅子から立ち上がった。
「悪い。特等席を二人分とっといてくれ!」
俺はそう言い残して、闇夜を走り始めた。
少しだけ後ろを振り返ると、オヤジは微笑んで手を振っていた。
ありがとな。
心の中でそう呟いて、今度こそ全速力で駆け出した。
今ならきっと謝れるだろう。
きっかけはあいつからだとしても、どうでも良い。
それくらい、受け止めてやった方が男らしいだろ。
謝って、あいつと一緒にあの屋台で飲もう。
そうだな、今の内にあいつに言う言葉も決めておこう。
「すまなかった」と…


俺はさっき行くのを止めた居酒屋に走った。
給料日からまだそんなに経っていないし、きっとあいつはあそこで酒を飲んでいるだろう。
さっきと違って足は背中を押されるように自然に進む。
それはやっぱり、あいつに会いたいと心から望んでいるからだろう。
だからそんなに時間も掛からず、目的地にたどり着くことが出来た。
が、さすがにここまで来ると緊張してきたぞ。
あいつに話しかけても拒絶されないだろうか。もう手遅れなのではないのだろうか。
そんな考えばかりが頭の中をグルグル回っている。
なかなか目の前の戸を開けることが出来ない。
その時、
「あ、薫じゃない。なにやってんの? 中にも入らず」
後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
とっさに振り返る。そこには、
「なによ」
ずっと話したかったあいつがいた。
目の前に現れたあいつに一瞬、逃げてしまいそうになったが、屋台での決意が俺をここに引き留めた。
そうだ、俺はこいつと一緒にいたいんだ。
覚悟を決めて、俺は言った。
「この前は言い過ぎた。…すまなかった。お詫びと言っちゃあ何だが、これから一緒に屋台へ…」








「え、なになに! もしかして奢ってくれんの!?」








はい?








「いやー ここであんたに会えて良かったわ〜」








おい。








「ところで、あんた最近話しかけてこなかったわね。何だったの?」








間違いない。
コイツ、あのケンカを忘れてやがる!?
俺はコイツのためにこんなに考えてたのに!?
思わぬ展開だ。俺は強すぎるショックを受けた。
しかし、あいつはいつも通りの顔でこっちを見る。
「何燃え尽きたような顔してんのよ。ほら、とっとと案内する!」
そうして俺の腕を引っ張ろうとする。
しかし、俺は脱力して、座り込んだ。何のために俺は…
あいつはそんな脱力している俺を急かす。
「ほら、なーに座ってんのよ」
顔を上げると、あいつの笑顔。
いつまでも変わらない笑顔がそこにあった。
そんな表情を見ると、なんだかこっちまで笑いがこみ上げてきた。
まぁ、いいか。
これからもこいつと一緒にいられるのだから。
俺は立ち上がり、あいつの方に向き直った。
酒が好きじゃなくてもこいつと一緒なら、



「雪路、飲みに行こうぜ」
きっと、一生飲んでいられるだろう。



「だからそう言ってんでしょ。とっとと案内しなさい!」
「わ、バカ! 髪を引っ張るな!」

fin

タイトル男の哀愁
記事No148
投稿日: 2009/05/31(Sun) 19:54
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
 この作品は「ハヤテのごとく!」本編の23年前を舞台にしています。
 原作199話(単行本19巻4話)以降の設定に沿っているため、それ以前に書いた「若者のうた prelude」の世界観とは
相違点がかなりあることをご理解ください。
 主要人物の年齢は以下の通りです。

倉臼征史郎(クラウス) 35歳
三千院紫子       13歳
鷺ノ宮初穂        8歳
橘美琴          6歳

紫子とクラウスの年齢差および関係は、ちょうど愛沢咲夜と巻田・国枝の関係に近いとお考えください。

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「わーっはっはっはっ、愉快愉快、久しぶりの酒がこんなに美味いとはのぉ! それ遠慮せんと飲め飲め」
「は、はぁ……」
 空中から次々と現れる酒の壺をキャッチしながら、三千院家の忠実なる執事、クラウス(35歳)は正面に座り込んで
豪快に酒をあおる人物のことを注意深く観察していた。人物、という表現は適切でないかもしれない。人間の言葉を話す
とはいえ、身長10メートルもの巨大な骸骨(がいこつ)……しかも頭から角を生やし全身から霊気を放っている眼前の
大男は、明らかにこの世の存在ではなかったのだから。
「どうした? 余の酒が飲めんと言うのか」
「い、いえ滅相もない。ご相伴させていただきますとも、はい」
 不機嫌になりかけた巨大骸骨に向かって、反射的にご機嫌取りをする。危うく現実から遊離しかけた思考をクラウスは
あわてて引き締めた。相手が何者であるのか、この花園が一体どこなのか、そんなことはどうでもいい。
自分は帰らなければならないのだ、帝様や紫子お嬢さまの待つ世界へと。そのためには目の前の相手、おそらくこの世界の
王か何かであろう人物の機嫌を損ねることは決して得策ではない。
「いやはや、お見事な飲みっぷり! ささ、どうぞどうぞ、お注ぎしましょう」
「お、そうかそうか。いやーやっぱり誰かと飲む酒は美味いのぉ。1人で寂しく飲んでも味気ないばかりじゃて」
「あの……あなた様は、ずっとここに、お1人で?」
「そうじゃ。若い頃に神々に無茶な注文をしてしまっての。それから家臣も家族も領民も、だんだん余の傍から居なく
なってしもうた……城の周りの花をいくら手入れしても、見てくれる者すらおらぬでは侘びしゅうてのぉ」
「さ、さようですか……」
「じゃから! ようやく出来た娘の笑顔が、余にとっては宝なのじゃよ」
 酒席の傍らですやすや眠る生後間もない赤ん坊を指さしながら、巨大な骸骨は嬉しそうに胸を張ったのだった。

     *  *

 そもそもの始まりは前日の夕方にさかのぼる。三千院家令嬢・紫子(13歳)の執事として、ミコノス島にある
三千院家別宅にリゾートに来て早3日。一緒に来ていた紫子の妹分・鷺ノ宮初穂(8歳)と橘美琴(6歳)と一緒に
隠れんぼをした後、夕食の席でのことだった。
「まぁ、綺麗な宝石……」
「えへへ、美琴が一番最初に見つけたんだよ!」
 夕食のテーブルに広げられた青い宝石の粒。まるで海魔女の涙を固めたような、雫の形をした神秘的な宝石だった。
お金持ちの家に生まれた少女たちにとって宝石は目新しいものではなかったが、見知らぬ宝物庫を冒険していて
自分たちで見つけた、という点に子供らしい喜びを見いだすのは無理もない。
「これ、王玉(おうぎょく)って言うんだって。隠してあったところに書いてあったよ」
「……玉玉(たまたま)?」
「もう、初穂ったら、漢字で書かないと分からないボケだなんて凄いじゃない、まだ8歳なのに」
「あ、ありがとうございます、紫子姉様……(ぽっ)」
「よおっし、それじゃこれ、みんなで1個ずつ分け合いましょう! 私たちの友情の証として」
「はい……」
「うわーい、お揃いだ〜、お揃いだ〜」
 楽しそうに歓談する3人の少女たちをクラウスは温かく見守っていた。妻子の居ない彼にとって22歳年下の紫子は
娘も同然である。他愛のないことで笑いあえる紫子たちの姿に思わず頬もほころぶというもの……しかし頭の片隅では、
父親でなく警護役としての意識もしっかりと働いている。彼の脳裏に浮かぶのは紫子たちを探すために進入した宝物庫の奥、
あの地下迷宮の光景であった。
《あんな迷宮がこのお屋敷に隠されていたとは……今回は無事に脱出できたとはいえ、小さなお嬢さまたちが遊びに
行って迷子になったりしたら危険きわまりない。しかし紫子お嬢さまは大人しく言うことを聞いてくれる方ではないし…
…ここはお嬢さま方に危険が及ばないよう、事前に調査しておく必要があるな》


 そしてその夜。主人たちが寝静まったのを確認したクラウスは単身で地下迷宮に足を踏み入れた。
「さて、と……」
 懐中電灯を頼りに石造りの地下道を進む。陽の差さない巨石に囲まれた地下道の空気はひんやりと冷たく、何の音も
しない静謐な暗い空間はいやがおうにもクラウスの神経を研ぎ澄まさせる。お化けや幽霊の類など信じぬ彼ではあったが、
さすがに心細くなるのは否めない。
 しかし大事な大事な女主人の安全を確保するためと思えば、男の自分がくじけるわけには行かないのだった。
『クラウス、ありがとう♪』……そう可愛らしくお礼を言う紫子の笑顔を脳裏に浮かべながら、クラウスは地道に慎重に
調査を進めた。一歩進むごとに周囲の危険と帰路とを確認しながらメモにボールペンを走らせる。しばらく続けているうちに
恐怖心も薄れ、歩くペースも徐々にあがっていった。誰もいない、何事も起こらない地下の空間。淡々と機械的に調査を
進めていけばいい、迷子になる心配さえなければ危険など何もない場所じゃないか……そう達観しかけた矢先のこと。
「……なんだ、これは……」
 地下に垂直にそびえ立った巨大な石壁と、そこに描かれた壁画がクラウスの懐中電灯に照らし出された。石壁に描かれて
いたのは高い崖の上に建てられた古風な城の絵、そしてその周囲に広がる花園の情景。古代遺跡の壁画といえば長い年月の
ために色褪せているのが大半なのに、持ち主にすら気づかれず放置されていたはずのこの壁画は見違えるような色鮮やかさを
持っていた。そう……まるで壁の向こうに、本当にそんな光景が広がっているかのように。
「……まさか、な。しかし面白いものを見つけた。紫子お嬢さまに話したらきっと喜んでくださるだろう」
 そう呟いて壁画の前を通り過ぎようとしたとき……。

 おぎゃあ!

「えっ?」
 不意に耳に飛び込んできた赤ん坊の泣き声。時代に忘れ去られた地下迷宮にはもっとも似つかわしくない、新しい生命の
息吹であった。空耳かと疑ったが確かに背後から聞こえてくる。まさかあの壁画の向こうから……半信半疑で壁画の前に
戻ったクラウスの胸に、白くて柔らかい何かが飛び込んできた。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
「おっとっと……い、一体なにが……」
 手に持っていた懐中電灯が床に落ちて砕け散る。暗黒に包まれた地下迷宮で、立ち尽くしたクラウスは両手に飛び込んできた
何かを落とさぬよう足を踏ん張った。姿は見えなくても泣き声の発信元をたどれば、腕の中にいる柔らかい何かの正体は分かる。
しかしどうして、こんなところに赤ん坊が……軽く錯乱したクラウスの頭に、今度は野太い男性の声が襲いかかってきた。
「娘を返せぇ〜」
「な、な……」
「娘を返せぇっ!!!」
 光の差さぬ地下迷宮で、クラウスの身体が激しく揺さぶられた。地震? 津波?……視覚と聴覚を奪われ周囲の状況すら
おぼつかなくなった青年執事は、反射的に腕に抱いた赤ん坊をしっかり抱きしめる体勢を取ったのだった。

     *  *

 そして。
 目を覚ましたクラウスの周囲には花園が広がり、巨大な骸骨が自分を見下ろしていた。そして骸骨は自らをキング・ミダスと
名乗り、赤ん坊を連れ戻してくれた恩人だからとクラウスを酒宴に誘ったという次第である。
「難儀なものじゃのぉ、黄金の呪いというのは……分かるかお主、触れたもの全てが黄金に変わってしまう悲しみが? 
妻を抱くことも娘に触れることも出来ぬ哀れな男の哀しみが?」
「は、はぁ……まぁ……」
「理解せよという方が無理よな……この娘はの、まだ這うことも出来ぬ歳じゃというに不意に下界へと飛んでいってしまう
癖を持っておっての。余自身で連れ戻すことも出来ぬし、途方に暮れておったところなのじゃ。お主が娘を受け止めてくれて
助かった、礼を申すぞ」
「はぁ……」
 常識と良識を旨として今日まで生きてきたクラウスにとっては驚きと当惑の連続である。しかし花園で骸骨と
酒を酌み交わすという状況にある以上、キング・ミダスの言うことを正したり否定しても詮無いことだった。
とにかく相手をおだてて気分良くさせて、どうにか元の世界に帰る方法を聞き出さねば……そう志したクラウスは
巧みに話題をそちらへと誘導したのだが、なかなか相手は思い通りの答えをくれなかった。
「つれないことを申すな。何百年ぶりかの飲み仲間じゃぞ。もう少しくらい哀れな老人の愚痴を聞いてくれても良かろうて」


 そして……外見では分からないが相当に酒の回ったらしいキング・ミダスは、次第にへべれけな喋り方になって
クラウスに絡み始めた。
「しかし、娘など詰まらぬのぉ……いずれは余の傍からいなくなってしまうのじゃからの。お主、妻子はおるのか?」
「は、はぁ……妻はおりませんが、娘同然と思って慈しんでいる姫君が、1人……」
「哀れな男よの! 娘が男親になつくなどホンの短い間じゃぞ。なまじ愛らしかった頃の記憶があるだけに、その後の
粗大ゴミ扱いやバイキン呼ばわりが身に染みるのじゃ。そうと分かっておっても娘を愛さずにはおれんのじゃから、
男など愚かなものじゃて」
「お、お言葉ですが!」
 それまで酒を口にしつつも冷静さを保ち脱出方法を探ろうとしていた彼であったが、紫子のことを中傷されたと
感じた途端に感情の針が振り切れた。それまでの我慢を吐き出すかのようにクラウスは声を荒らげた。
「ゆ、紫子お嬢さまのことを悪く言うのなら、陛下といえども許せませんぞ! 紫子お嬢さまはそんな薄情な方では
ありません。この私が丹誠込めて、よ、養育してきたのですからな!」
「知らぬと言うのは幸せなことよな。じゃが残念ながら、お主の姫君とやらも例外ではないぞ。そのうちお主がおらんでも
不在にすら気づかぬようになり、面と向かって『あ、いたの』とか言い出すようになるのじゃ」
「そそそ、そんなこと、あ、あり得ません! 紫子お嬢さまは、そそ、そんな……」
「余のように幽霊になってから後悔しても遅いのじゃぞ」
 一気に酒の回ったクラウスに対し、キング・ミダスはむしろ冷静な様子で皮肉っぽく切り返す。それを聞いてクラウスの
ボルテージはますます上がった。帝様や紫子お嬢さまに居ない者扱いどころか邪魔者扱いされるだって? そんなことが
あるもんか、自分は生涯を三千院家に捧げると決めたのだ。紫子お嬢さまにもそのお子様に対しても、自分は頼もしい
ナイスガイとして常にお側に付き従い続けなければならないのだ!
「そんな、こ、後悔など、するはずありません! 私は紫子お嬢さまの執事であり翼であり半身なのです、これからも
かけがえのない存在として……」
「あー、もうよいわ。余とお主とで論じても始まるまい」
「なっ!」
 ところが酔いの回ったクラウスの感情を受け流すように、キング・ミダスは胡座を崩してごろりと横になった。
そして指先でちょいちょいと陽の沈む方向を指さした。
「そこまで言うなら確かめてみるがいい。お主の姫君とやらが、お主の不在を嘆いているかどうかをな……言い忘れて
おったが、この城では時間の進みが下界より遅くての。2時間ほど飲んでおったから、下界では……そう、丸1日ほど
経った頃じゃ」
「なんですと! そんな、それでは紫子お嬢さまは、姿を消した私のことをさぞ心配して……」
「じゃから、確かめてみよと言うておる。それ、あっちに走れば地下迷宮に戻れるからの……楽しい酒宴であった、大儀じゃ」
 クラウスは一目散に走り出した。紫子の元へ、自分を待っている姫君の元へ……しかし酒を飲んで全力疾走するという
暴挙のツケは忘れた頃に彼の身体に跳ね返ってくる。花園を抜け、あの地下迷宮に戻ったクラウスに、来たときのメモを
見ながら経路を探す体力と思考力は既に無く……意識朦朧のまま暗黒の地下迷宮をさまよった彼は、地下の水たまりへと
頭から倒れ込んだのだった。


 ちなみに……クラウスとの酒宴から6ヶ月後(下界では6年後)に愛しい娘を下界に落としてしまったキング・ミダスは、
寂しさのあまり下界から金髪の少女を誘拐するという暴挙にでる。そして彼女を連れ出そうとする少年に対して激しい怒りを
燃やすことになるのだが……それはまた、別の物語である。


「あれぇ〜、おじさんこんなとこにいたんだぁ〜」
「服を着たまま海水浴、変な人」
 ……目覚めたクラウスは夜の海岸に打ち上げられていた。すぐ傍には紫子の友人、美琴と初穂がイノセントな笑顔を
浮かべながらこちらを覗き込んでいる。ぼんやり状況を把握したクラウスはウワゴトのように呟いた。
「ゆ、紫子、お嬢さまは……」
「ん? あっち」
 顔を上げた先では花火に興じる紫子と帝の姿があった。クラウスの側に駆け寄ってくる様子はない。ちょっぴり
落胆しながらもクラウスは身を起こし、主人たちの元へと歩み寄った。
「帝様、紫子お嬢さま。ご心配をおかけしました。不肖クラウス、ただいまお側に……」
「あ、クラウス居たんだ」
 え? まさか、そんな、そんな……。
 クラウスの視界がぐらぐら揺さぶられる。聞き間違えようもない紫子の声。異世界を旅して丸1日姿を見せなかった
執事に対し、あまりにも冷たい一言ではないか。だがそのことを遠慮がちに訴えた青年執事に対し、神々に愛された
少女の返答は明るかった。
「心配なんかしなかったわよ? でも大丈夫! あなたは最初からその位置だから! 頼もしいなんて勘違い!! 
せっせっ、せっせっ」
「せっせっ」
「せっ……せっ……」
 3人の少女による息のあったブリッジに、クラウス35歳はがっくりと肩を落としたのだった。


Fin.

タイトル最終回批評チャット会ログ
記事No149
投稿日: 2009/05/31(Sun) 23:27
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
 5/31(日)に開催された、批評チャット会のログを公開します。
 最終回にふさわしい力作が集まってくれました。次回のお題選定は
出来ませんでしたが、代わりに1年4ヶ月の運営を振り返っての様々な
回想や意見交換をすることが出来ました。今回を含めて6回もの投稿を
してくださっためーきさんには本当に感謝なのです。

 当サイトは本日をもって終了いたします。
 しかし、批判承知で書き手同士で思ったことを言い合う機会を設けることが
需要ゼロだったとは思いませんし、今後もそう望む方は現れると思います。
 私に出来るのはここまででしたが、どなたか遺志を継いでくださる方が
いらっしゃるなら、全力で応援したいと思っています。

 最後に今日まで参加or閲覧してくださった皆様、本当にありがとうございました。

http://soukensi.net/odai/chat/chatlog25.htm