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タイトル 炬燵最強説
投稿日: 2009/01/11(Sun) 20:44
投稿者黒獅子

東京のどこかにある普通のマンションの一角から“カリカリ”とノートにペンを走らせる音が聞こえる。
机に向かう少女は一心不乱にプリントに記載されている問題を解き、外から聞こえる喧騒には見向きもしない。
そう、その姿はまさに“学生の本分は勉強”という言葉をそのまま体現したかのような―
「あー! もう限界!
 やってられるかー! 」
前言は撤回させていただきます……



 声高らかにギブアップを宣言した少女―西沢歩―は、すぐさま部屋のベッドへともぐりこむ。
 気合を入れて取り組み始めた冬休みの宿題は、開始わずか15分で机の上に放置される結果となった。
 そうなるのも無理はない。
 なぜなら、今この部屋の暖房器具は故障が重なって全滅しているのだから。
 地球温暖化だのヒートアイランド現象だのといろいろ巷で騒がれようとも、冬は寒いといったら寒いのである。
 「あーどうしよう。
今日を逃すとしばらく時間は取れないし、何とかしないと間に合わないよぉ 」
一般的にクリスマスイヴとともに始まる冬休み。
 年が明ければイベントがごった返し、過ぎればすぐさま三学期。
勉強時間を確保することは中々難しいものである。
 そんな数少ない好機に、最悪のタイミングで訪れるこの不幸。
 しかし、そんな理由で宿題ができませんでしたなどとは絶対にいえない。
 そんなことが意中の少年の耳に入りでもしたら、それは彼女の中で破滅を意味するからだ。
 「今家には誰もいないし、あそこでするかな 」
 覚悟を決めて勢い良くベッドの中から飛び出し、勉強道具一式を脇に抱えると、歩は一目散に目的地へと急いだ。



 「はあ、やっぱ冬はこれに限るなぁ〜 」
 先ほどの焦り具合からは打って変わって、のんびりとした歩の声。
 原因は彼女が今体をも潜り込ませた日本の誇る暖房器具の一つ、炬燵である。
 誰もが認める普通の一家である西沢家には、多分に漏れずこの時期リビングに設置されている。
 赤外線から発せられた熱により冷え切っていた下半身は見る見る温まり、体全体が独特のけだるさに包まれる。
その威力はやはり他の器具を凌駕する。
 「さーてと。あったまってきたところでそろそろ始めようかな 」
 歩はペンを手に取り、宿題に取り組んだ。



「あはははー、やっぱアン○ッチャブルはおもしろいなー……って何やってるなかな私は!? 」
 なぜか気がつけばみかんをほおばりながらお笑い番組で爆笑。
 息抜き程度にテレビをつけてみればこの体たらくである。
 恐るべきは炬燵の居心地のよさ。
 そこにみかんも加われば、対抗することは至難の業だ。
「あーっ、こんなまったりしてる場合じゃないんじゃないかな?
 何とかそれなりのところまで仕上げないといけないんだから! 」
 迫り来る誘惑という名の大敵を、声を張り上げ何とか振り払うと、歩は再び宿題のプリントへと向かう。
 再び静寂に包まれる部屋。
 そのまま宿題が順調に消化されていくと思われたが、そこで現れるもう一つの誘惑。
 そう、睡魔である。
 炬燵の中に長時間入ってこれを体験したことないものはまずないだろう。
 次第に瞼は重くなり、集中力は四散し、頭は徐々に舟を漕ぎ始める。
 一介の女子高生が耐え切るわけもなく、意識は確実に夢の世界へと誘われる。
(ううー、だめ……もうげんか…… )
 白旗を揚げ、意識を手放し倒れこもうとする。
 だが、机の脇に置いた携帯電話が手にあたり、少々勢いをつけながら床へとダイブしてしまう。
「わわっ! ちょっ、大丈夫かな? 」
 慌てて異常がないかどうかを手に取り確かめる。
 ボタンを適当に押していじってみるが、特に問題はないようだ。
 そのときだった、開いた携帯に貼ってある思いを寄せる少年と撮ったプリクラが目に留まったのは。
「ハヤテ君、今頃何してるのかな? 」
 “親に借金のかたにやくざに売られ、臓器をとられそうになっていたところを世界有数の大富豪のお嬢様に救われた”などということはもちろんこのとき考え付くわけもなく、いつものようにバイトに明け暮れている姿を想像する。
 そしてまじめな彼のことだ、そんな忙しい合間を縫ってきっちりと宿題もこなしているのだろう。
 それに比べれば自分はなんと怠けていることか。
 「うん、これぐらいで投げ出してられないよね。
  私も頑張らなきゃ! 」
 今まさに眠りに堕ちようとしていた姿はどこへやら。
 両手でほほを叩き心機一転、歩は三度宿題へ取り組み始めた。



「はい、それじゃあ各自宿題を提出してくれ」
 冬休み明け早々のホームルーム、担任のその指示とともに順番に生徒たちが教卓へとプリントの束を重ねていく。
 その中の一人である歩は、得意満面な表情で宿題を提出する。
 課題を処理しきっていることは明白だ。
 しかも周りのクラスメイトのほとんどが終わりきっていないために、その喜びもまたひとしおである。
「おお西沢。お前が全部やってくるとは思わなかったよ。
 たいしたもんだなぁ 」
 いつもは憎まれ口を叩く宗谷からの感嘆の声。
 そしてそれに同調して彼女を褒め称える友人たち。
 “そんなことないよぉ”とは言ってみるものの、顔がにやけることを止めることはできない。
 (えへへへ、これは頑張った甲斐があったかなぁ)
 そんな上機嫌の最中、『彼』が話しかけてくる。
「宿題全部終わらせたんですか。
うわぁ、凄いですね西沢さん」
「へ? あ、綾崎君!? 」
思っても見ないハヤテからの褒め言葉。
 しどろもどろになりながらも、なんとか上ずった声で“ありがとう”と返す。
 しかし、会話はそこで終わらない。
「あの、実は僕まだ全部終わってないんですよ。
 それで、もし西沢さんがよければ放課後手伝ってもらっていいで すか? 」
「へ? そ、それって…… 」
 放課後、宿題を片付ける二人。
 クラブ活動も終わり、静まり返る教室。
 邪魔するものは誰も居ない。
そして……



「うん…… そういうことならもちろんいいよー…… 」
口の端が緩みきった状態で炬燵にうつぶせになりながら、歩は今まさに夢の中。
 “だめだよ、こんなところでぇ……”などと寝言を言っているあたり、内容はずいぶんとエスカレートしているようである。
 もちろん机上の宿題は未完成のまま。
 恋する乙女のパワーも、炬燵の持つ巨大な力には敵わなかったようで……

ー完ー

12日の批評会にはこれない恐れがあるので、時間内に来ないようならお好きなように扱っていただいてかまいません。
13日の方には参加させていただきます。


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