セイバーマリオネットJ SideStory  RSS2.0

かくれんぼ

初出 1999年12月13日/最終更新 2000年01月31日
written by 双剣士 (WebSite)
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前編

 春を彩る梅や桜の競演が終わり、夏の到来を告げる花のつぼみが期待にはちきれんばかりに膨らみ始める。暖かい風が肌を撫で、活気を取り戻した野山の動物たちが恋の季節を迎える。空では小鳥が、河では魚や蛙が、それぞれの短い一生を謳歌すべく元気一杯に跳ね回る。
 人間たちもまた活気を取り戻していた。今年も巡ってきた爽やかな春を花見の席で高らかに謳い上げたジャポネスの人々は、往来の増えた表通りで大きな声を張り上げ、春の食材に舌鼓を打ち、サーカス団の興行に胸を躍らせていた。新建設ブームで街中に張り巡らされた市電は、ピクニックやジャポネス城巡りに向かう若い人々で沸き返っていた。
 街や野山が活気にあふれる理由はそればかりではなかった。分厚い冬服を脱ぎ捨てた子供たちが甲高い笑い声を上げながら街中を走り回ると、その後を追うように陽気と笑顔の花が咲いていった。新しい友達との出会い、緑を取り戻した遊び場。子供たちがはしゃぐ理由はそれだけで十分だった。子供たちは砂山を作り、石を積み、テレビで見たヒーローを真似たりして、毎日暗くなるまで遊び回った。
 そして、子供たちの中心にはいつも1体の機械人形が居た。彼女は齢三百年を越える伝説のマリオネットであったが、少年のような純真さと少女のような愛らしさには一点の曇りも無かった。太陽のような明るさと忍者のような俊敏さを併せ持つ彼女を追いかけ、あるいは彼女に追いかけられて、子供たちはクタクタになるまで野山を走り回った。そして家に戻って夕飯を掻き込むと死んだように眠り、次の朝にはまた泥だらけになりに飛び出していくのが常であった。

 そんな初夏のある日。神流山・ポンタくんの里に、元気な声が響き渡っていた。
「ご〜じゅいち、ご〜じゅに、ご〜じゅさん、・・・」
 大きな木の根元に額を押し当てながら、ゆっくりと数をかぞえてゆくマリオネットがひとり。その子を中心として広がってゆく、何かをこすりつけるようなざわめき。ここはポンタくんの住処である神流山の森の中。同心円の半径は200メートルもあろうか。広がってゆくざわめきの中には《みゃ〜、みゃ〜》という、明らかに子供の声ではない何者かの声がかすかに混じっている。
「きゅ〜じゅはち、きゅ〜じゅきゅ、ひゃ〜く、っと。よぉーし、見つけるぞぉ!」
 数を百までかぞえ終わったマリオネットは、にっこりしながら振り向くとあたりを見渡した。顔を伏せる前までは、この木の根元の広場には30人・・・もとい30コを越える彼女の友達が並んでいたはず。それが今は誰も居ない。しんと静まり返った森の中の空間は、まるで時間が止まってしまったかのよう。
「あはは♪ さあって、どっこかなぁ〜」
 そのマリオネットは落胆するどころか、むしろ嬉しそうにつぶやいた。そして隣にあった大木・・・直径は太くないが背の高さは随一・・・の幹をあたかも坂道を登るかのように2本の足だけで軽快に駆け上がると、大木の頂上に座って眼の上に手のひらをかざした。
「ええっとぉ・・・あっ♪」
 そのまま幹を蹴って空中に身を投じる。そして30メートルも離れた大木の枝に掴まると、ブランコのように身を揺らして隣の木に乗り移る。それからその木をよじ登り、キツツキの掘った幹の穴を覗き込んで・・・。
「見っけ♪」
「みゃ〜♪」
 彼女の満面の笑顔を見て、幹の穴に隠れていた子ポンタくんの1コが恥ずかしそうに頭を掻いた。

 それから10分ほどして。つい先ほどまで閑散としていた森の中の広場には、人間の子供1人と子ポンタくん34コががやがやと騒ぎながら座り込んでいた。そしてその中央では彼らを探し集めた張本人が胸を張っていた。
「あははは、もぉーだらしないなぁみんな、もっとしっかり隠れてよぉ」
「ライム反則だよ、あれじゃどこ隠れたって見つかっちゃうよぉ」
 人間の子供・・・花形夢二はそう言って頬を膨らませた。まったく同感、と言うように子ポンタくんたちが鳴き声を上げる。実際、鬼役のマリオネット・・・ライムの探し方は豪快そのものだった。ぴょんぴょんと跳ねるように隠れ場所に駆け寄ってきて、木に飛び上がったり地面を掘り返したり茂みを掻き分けたり大石を持ち上げたり。ツバメ並みのスピードと親ポンタくん並みのパワーを持っているのだから手がつけられない。
「あははは、ごめ〜ん」
 悪びれずにけらけらと笑うライムに釣られて、夢二や子ポンタくんたちも笑い出した。どんなにむちゃくちゃでも、やっぱりライムと遊ぶのは楽しい・・・それは夢二や子ポンタくんたち、およびライムと遊んだ全ての子供たちに共通する思いだった。
 マリオネットであるライムは人間や子ポンタくんをはるかに凌駕する能力を持つアンドロイドなのだが、一度でもライムと遊んでみればそんな理屈は無用と分かる。子供相手に手加減をしてくれるからではない。むしろその逆・・・どんなことにも本気になって取り組み、些細なことで落ち込んだと思えば小さな幸運を見つけて飛び上がって喜び、それでいて偉ぶるでも自慢するでもなく子供たちと同じ視線で野山を駆け回る、そんなライムの姿をみんなが見てきたから。
「ねぇねぇ、じゃ今度は夢ちゃんがかくれんぼの鬼やらない?」
「いいよ。じゃいつも通り、ライムが隠れるのはこの木から見える範囲だけね、ハンデとして」
「は〜い♪」
 ライムは元気に片手を上げた。それを見た子ポンタくんたちもライムの真似をして一斉に片手を上げて「みゃ〜」と鳴いた。

 それからしばらくして。ライムを探して辺りを歩き回っていた花形夢二は、神流山に登る列車の駅の近くでふいに見知った少年の姿を見掛けた。
「あっ、小樽兄ちゃん!」
「よぉ夢二」
 少年・・・間宮小樽は、まっすぐに夢二を見返しながら片手を上げた。夢二の兄の愛人・・・もとい竹馬の友であり、ライムたちマリオネットのマスターである間宮小樽。ジャポネスの英雄としてもてはやされる立場でありながらも、毎日のように長屋で大騒ぎをし、あくまでご近所の若者として自分に接してくれる小樽のことが、夢二は大好きだった。
「いつまで遊んでんだよ、もう昼だぜ。早く帰ってやらねぇとおめぇの兄貴が心配するだろ」
「それがさぁ、みんなでかくれんぼしてたんだけど、あとライムだけが見つからないの。小樽兄ちゃん知らない?」
「ライムか? それだったら、この木の上に・・・」
 そう小樽が答えようとしたとき。彼が指差した木の上の方でざわざわと音がしたかと思うと、白い影がひょこんと小樽の隣に飛び降りてきて、小樽の首に抱きついた。言うまでもなく、夢二が探していた最後の1人である。
「あっ、ライム見っけ♪ 制限時間ぎりぎりだったよ。危なかったぁ」
「もう、言っちゃ駄目だよ小樽ぅ」
 ライムは拗ねたような声を出しながら、それでも嬉しそうに小樽にしがみついた。小樽はちょっと照れくさそうな顔をしながら甘えるライムを支えていた。もとより自分のマスターである小樽のことを「大好き」と公言してはばからぬライムである。小樽が列車から降りて自分の方に向かってくるのを木の上から見たときから、そして小樽が木の下に立ってこちらを見上げたときから、彼女はすぐにでも飛び降りたくて仕方なかったのだ。
「それにしてもよく分かったね、小樽兄ちゃん。ライムの隠れ場所」
「そりゃあ、まぁな。ライムの考えそうなとこって言ったら、だいたい分かるけどよ」
「本当? 小樽!」
 小樽から飛び離れると、ライムは胸の前でこぶしを合わせ、らんらんと輝く瞳で小樽を見つめた。
「ねぇねぇ、じゃ今度は小樽が鬼やって! ボク隠れるから。ちょっとだけここで待っててね♪」
 ライムはそう言ってにっこりと微笑むと、小樽の返事も聞かずにぴょんぴょんと跳ね回りながら森の奥に姿を消した。小樽は制止するかのようにライムの方に片手を伸ばしたが、ライムの姿が見えなくなるとやれやれと言った表情で額に手を当てた。
「おいおい、俺ぁ昼飯だから帰ってこいってライムを呼びに来たのによぉ・・・それに今更かくれんぼって歳でもねぇだろうに」
「ライムがあんなにはしゃいでるんだから、1回だけ付き合ってよ小樽兄ちゃん。はい、これ」
 小樽が薄目を開けると、彼に向かって手に持った何かを差し出す夢二の姿が映った。
「この笛、制限時間いっぱいの合図の笛なんだ。かくれんぼの鬼が降参するときは、この笛を吹いたらみんなが戻ってくることになってるの」
「・・・やらなきゃいけねぇのか、かくれんぼを、俺がこれから」
「そうだよ。でも笛を吹く前に、せめて20分くらいはちゃんと探してからにしてね。でないと隠れててもつまらないから」
 夢二は小樽の手に笛を握らせると、反対の手を引いて森の中の広場へと誘った。かくれんぼで百まで数えるのは広場の木の前。そう決まっていたから。

                 **

 神流山の木々の間を跳ね回りながら、ライムは期待に胸を膨らませていた。
「どっこに隠れようかなぁ・・・小樽のことだからちょっと難しめに・・・あ、でも見つけてもらえなくちゃつまらないし・・・」
 大好きな小樽が、自分を探しに来てくれる。ボクのことなんでも分かってくれてる小樽が、ボクの方に一歩一歩近づいてくる。もうすぐ。
 初めて小樽に会ったときのあの新鮮な気持ちが、ライムの心に蘇ってきた。ライムは口元を緩め目尻を下げながら、空中で3回転に2回転半ひねりを加え、隣の木の枝に無事に着陸した。
「・・・と、もうそろそろ百かぞえたかなぁ」
 ふと振り返るライム。うきうきして飛び回っているうちに、随分離れたところまで来てしまっていた。いつもみんなが隠れてる範囲に比べたら、ちょっと遠くまで来すぎてしまったかもしれない。小樽だからと思ってハンデのことは気にしてなかったけど、でもこの距離はきついかも・・・。
「ま、いいか。それに百かぞえてから隠れ場所を替えるのは反則だしね」
 ライムはあっさりと割り切ると、いま立っている木を隠れ場所にすることに決めた。きょろきょろと上下を見渡し、葉っぱでカモフラージュできそうな枝の傍に乗り移る。そして下を覗き込み、もうすぐ探しに来る小樽を木の上から見下ろしていられる位置であることを確認する。
「ここでいっか♪」
 枝に沿ってうつ伏せに寝そべりながら、ライムは幸せそうにつぶやいた。ここで待っていれば、そのうち小樽が探しに来てくれる。そんでもって、『見つけたぞ、ライム』といって自分のすぐ傍に顔を寄せて覗き込んでくれる。
「・・・楽しみだなぁ・・・」
 どんな顔して来てくれるんだろう。ううん、いつもボクが長屋に帰ったときに見せてくれるみたいな、何気ないけどあったかい笑顔を見せてくれるに決まってる。そしたらボクも笑い返して、小樽に抱きついてあげよう。
 『小樽、大好き』って。

 ぴぃ、ぴぃ。
 寝そべったままうとうとしていたライムは、耳元で響く何者かの鳴き声で眼を覚ました。片手で眼をこすりながら、そのままの体勢で顔を反対側に向ける。
「・・・うわあぁぁ♪」
 隣の枝のひとつに、鳥の巣が乗っていた。草で出来た醤油皿のような、薄型の鳥の巣。親鳥の姿はない。そしてその中で、白い何かがうごめいていた。ライムが覗き込んでみると、巣の中には生まれたばかりのヒナ鳥が1羽、卵の殻を頭にかぶったままで窮屈そうに身をよじっていた。
「あはは、可愛い」
 こんなすぐ傍に鳥の巣があるなんて、隠れようとしていたときには全然気がつかなかったよ♪
 改めてしっかりと見ると、巣の中のヒナは1羽だけではなかった。既に濡れた身体を乾かし始めているヒナ、卵から抜け出したばかりのヒナ、ちょっとずつひびが広がっていこうとしている卵、そしてひびこそ無いものの活発に揺れ動いている白い卵。
「おはよう、みんな。ううん、もう“こんにちは”だね♪」
 頬杖をつきながら、ライムは優しくヒナたちに話し掛けた。殻をかぶったヒナと視線が合う。ヒナは初めて見る自分以外の動物に興味を示したらしく、ライムに向かって小さな声で鳴きながら口を広げた。そしてまもなく、そのことに気づいた他のヒナたちもライムに向かって声を上げ始めた。
「あははは、みんな元気だねぇ〜」
 ライムは身を起こすと、最初に自分に気づいた1羽のヒナをつまみあげて手のひらに乗せ、自分の顔のすぐ傍まで持ってきた。恐れるものを何も知らない生まれたばかりのヒナ鳥は、自分の数倍の大きさがあるライムの顔にも臆することなく、身を引きずりながら近寄ってライムのほっぺたを突つき始めた。
「あはは、くすぐったいよぉ〜」
 ライムは笑ってそうつぶやくと、そのヒナを巣に戻した。最初のヒナが無事に戻ってきたことで警戒が解けたのか、他のヒナたちもライムの指をつつき始める。片手をヒナたちに委ねながら、ライムは反対の手で懐を探った。たしかおやつのバナナの残りがあったはず・・・しかし指に伝わるのは空虚な感触のみだった。こんな小さな友達が出来るなんて夢にも思わなかったライムは、とっくに午前のおやつを食べきってしまっていたのだ。
「・・・ごめん・・・」
 しょんぼりと肩を落とすライムであったが、構わずに指をつつきつづけるヒナたちを見て再び頬をほころばせた。ちょっと気持ちを落ち着かせて、巣の中に居るヒナたちを順番に数える。い〜ち、にぃ〜、さぁ〜ん・・・生まれたのが4羽、生まれる寸前の卵がひとつ。既に眼の開いた4羽はライムを母親と思っているらしく、しきりに指をつついて餌をねだる。
「そうだ、名前つけてあげるね・・・えっと、ひなおと、ひなおと、ひなおと、ひなお・・・」
 ・・・う〜ん。
 ライムの命名センスは周知の通りだが、これはいくらなんでもあんまりだ、とライム自身も気づいた。全然区別がつかないんじゃ名前をつけた意味が無い。
「じゃあ、ひなお、ひなた、ひなろう、ひなえもん、ねぇどう?」
 生まれたばかりのヒナ鳥たちは全身で賛意(?)を示していた。ライムは頬杖を突いて、いっそう鳥の巣に顔を寄せる。ヒナたちは嬉しそうに一層大きな声で鳴く・・・そこへ。
「ぴぃ〜〜っ!」
「うひゃあっ!」
 とつぜん頭をつつかれた痛みに、ライムはびっくりして身を起こした。あわてて頭に手をやると、今度はその手の甲に痛みが走る。そしてばたばたと言う羽根音と共に、1羽の小鳥がライムの眼の前の巣に向かって降りてきた。親鳥が戻ってきたのだ。
「あ、ごめんね、ボクこの子たち食べに来たんじゃないんだ・・・大丈夫、ボク何にもしないから、ね?」
 ライムはあたふたと説明したが、親鳥は敵意のこもった眼でライムを見つめ、再びライムに向かって襲い掛かってきた。うつ伏せになって動けないライムの手、顔、お尻、肩などを突つきまくる。早く出ていけ・・・親鳥の意思は明確で、鳥の言葉を知らないライムといえど誤解しようもない。だが今のライムには、この枝の上を去れない事情があった。
「ごめん、ごめん、ごめんってば・・・。でもボク、ここを動いたら反則になるんだよ。何にもしないって約束するから・・・」
「ぴぃ〜〜っ、ぴぃ〜〜っ!」
 そんなことで親鳥が納得するわけも無い。かといってセイバーマリオネットであるライムが親鳥を追い払うべく手を振れば、こんな小鳥など簡単につぶれてしまうだろう。ライムは両手で頭を抱えて防御の姿勢を取った・・・そのとき。
「・・・ぴぃ♪」
 頭の上から、親鳥の声とは違う小さな鳴き声が聞こえた。あわてて手を降ろしてみると、さっきまで巣に差し込んでいた手の人差し指に、最初に見つけたヒナ鳥・・・ひなおがしがみついて、ぴぃぴぃと元気そうに鳴いていた。巣から手を引きぬいたときについてきてしまったらしい。なるほど、これでは親鳥が必死になるのも無理はない。
「・・・そっか。ひなおを返して欲しかったんだね。はい」
 ライムはもういちど親鳥に謝ると、指にしがみついていたひなおを巣の中に戻してあげて、手を引いた。親鳥はその様子をじっと見つめて・・・自分のヒナが無事に返してもらえたことで少しだけ安心したのか、くわえていた小さな虫の死骸をひなろうのくちばしに突っ込むと、ライムをそこに置いたまま次の餌を取りに大空に飛び立った。餌にあずかれなかった他のヒナたちは、去っていった親鳥をじっと見送ると、再びライムに向かってぴぃぴぃと餌の催促を始めた。
「ごめんね、ボク今なんにも持ってないんだよ・・・小樽が迎えに来てくれたら、一旦帰って美味しいもの持ってくるから」
 だがその心配は無用だった。間もなく戻ってきた親鳥は、こんどはひなたの口に餌を突っ込み、大空に飛び立った。そして間をおかずに今度はひなお、ひなえもん・・・あたかもライムのことに関心を失ったかのように、親鳥はヒナたちの餌を運びつづけた。ヒナたちは依然として元気に鳴きつづけていたが、餌が2巡、3巡するうちに満腹になったらしく、お腹を大きく膨らませて巣の中でうつらうつらし始めた。
「あはは、みんなおねむなんだね♪」
 ふたたび頬杖を突いたライムは、眼を細めて小さなヒナたちを見つめた。さっきまでの元気が嘘のようにおとなしくなったヒナたちは、今ごろどんな夢を見てるんだろう。親鳥が次に持ってくる餌の夢だろうか、将来自分が空を舞う夢だろうか。それとも、生まれてすぐ友達になった白い顔のマリオネットのことだろうか。
「あれ?」
 巣の中にまだひとつ孵ってない卵が有ることを、ライムは思い出した。さっきまでは元気に揺れ動いていたのに、今は動かなくなってしまった卵。他のヒナたちを起こさないようにそおっとその卵をつまみあげると、ライムは両手で卵を挟んで暖め始めた。
「早く出ておいで、みんな待ってるよ・・・」
 親鳥に見つかったら叱られるのは分かっていたが、親鳥から餌をもらい損ねた5番目の友達が可哀相でならなかった。ライムは潰さないように気をつけながらその卵を袖の中に入れ、脇の下に挟んで暖かくしてあげることにした。

                 **

 山の天気は変わりやすい。さっきまでは抜けるような青空だったのに、いま小樽が見上げる空は西の方から黒い雲に覆われて、徐々に明るさを失いつつあった。そして雲の向こうからかすかに聞こえる、何かを転がすような低く重い音響。
「・・・プラズマ雲が来るのか」
 植民惑星テラツーにおける最大の脅威、独特の自然現象であるプラズマの放電。その破壊力は言語を絶し、いまだにテラツーにおける居住可能地域を制限せざるをえないほど。プラズマの落雷は直撃すればもちろんのこと、落雷の際に放出されるプラズマパルスを浴びせるだけで、近隣の電子回路システムに壊滅的な打撃を与える・・・人造アンドロイドであるマリオネットも例外ではない。
「ライム!」
 小樽は迷うことなく笛を手にすると、力いっぱい吹き鳴らした。かくれんぼ終了の合図。その笛の音を聞いた子ポンタくんたちがぞろぞろと姿を現し、中央の広場に集まって行く。すでに見つけ出されていた夢二は不安そうに小樽の袖を掴み、広場に集まった子ポンタくんたちはきょろきょろと隠れ場所に眼をやっている。
 そして1分・・・2分・・・5分。だが小樽が待っている相手は、一向に姿を現さない。そうしているうちにプラズマの雷音はすぐ近くまで来ていて、木々の倒れる音と相俟って小樽の耳を打ち、激しい雨粒となって夢二の背中を打つ。子ポンタくんたちは悲鳴を上げながらそれぞれの隠れ場所に散って行く。
「どこ行っちまったんだ、ライム!」

 ばりばりばり。
 プラズマの直撃を受けた巨木は、嫌な音を立てながら頂上から2つに裂けた。そしてその一方がこちらに倒れてくる・・・うとうとしかけたライムが目覚めたのは、正にその瞬間だった。
「あぶなぁ〜い!」
 ライムは咄嗟に立ち上がると、両手を広げて鳥の巣の前に立ちふさがった。倒れてくる巨木を受け止めたライムの足が、ずるずると木の枝を滑る・・・そして鳥の巣に触れる直前で止まった。巣の中の小さなヒナたちは、身を挺して自分たちを守ってくれた英雄に歓声を上げた。
「ふぅ〜、危なかっ・・・ひゃああぁ!!!」
 息をついたのも束の間。プラズマの直撃を受けた木に直接触れて、マリオネットであるライムが無事でいられるはずも無かった。がくがくがくと全身が震え、手足から力が抜けて行く。意識が薄れ、視界の周囲が暗黒に染まっていく・・・そして。
 ずるっ。
 滑ったライムの足が、生まれたての友達の入った巣をわずかに押した。薄い皿状の巣はバランスを崩し、ゆらゆらと揺れた後、4羽のヒナを乗せたまま木の葉のように空中に滑り出した。閉ざされかけたライムの視界に、元気いっぱいに鳴きながら宙を舞うヒナたちの姿が一瞬映った。
《ひなお!》
 声にならないライムの叫びと共に、乙女回路が大きく鳴った。
《ひなた! ひなろう!》
 ライムの頭にはそれしか浮かばなかった。足を滑らせ崩れ落ちる体勢のままで宙を舞う鳥の巣をひたすらに探し求め、それが視界に再び映った瞬間、ライムは枝を蹴って空中に身を投げ出した。揺れる鳥の巣が徐々に大きくなり、やがて伸ばしたライムの手に収まる。そして・・・。
《・・・ひなえもん・・・》
 その瞬間にライムの意識は途切れた。そして降りしきる雨の中で、何か柔らかいものが地に落ちる水音が響き、続いてずしーんと巨木の倒れる音がそれに重なった。

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2000年01月31日加筆:
 細部の言葉づかいや表現を修正。

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