セイバーマリオネットJ SideStory  RSS2.0

「ぼくの愛で小樽くんを」

初出 1998年12月13日
written by 双剣士 (WebSite)
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後半

(斜字体はアニメからの引用です)

「うお〜っ、花形美剣、完全ふっかーつっ!」
 その朝。風邪を治し、ゴージャスでブリリアントなハイパー花形として復活を遂げたぼくは、布団から飛び起きると豪快に伸びをした。
 冷たい空気がうまいっ!
 朝の光がまぶしいっ!
 ふふふ、あれほど手強かった冬の風も、今のぼくを止めることはできないのさっ!
 僕は大急ぎでパジャマを着替えると、小樽くんのポスターに向かって笑顔を向けた。絵の中の小樽くんは、つややかな白い歯でぼくに微笑み返してくれた。
 勇気百倍!
 歯を磨き、髪形を整える。蝶ネクタイの形を整え、鏡に向かって必殺の花形スマイルのリハーサル。病み上がりの顔色をごまかすため、薄くお化粧をする。
 鏡の中のぼくは、世界一‥いや小樽くんに次ぐ世界2番目の凛々しさを取り戻した。
 いざ出陣!
 ぼくは部屋の端まで下がると、小樽くんとの部屋の敷居壁に向かって全力で走った。そして両手を広げてダ〜イブ!
 ばぎゃっ!
「おっ樽く〜ん。おはよう朝だよ〜ん。どう、元気は出た? 食欲は出るようになった? さぁ、外を見てごらん。外は見事なジャポネス晴れだよ〜ん。まるでぼくたちの未来を祝福しているみたいじゃないか。いつまでもうじうじ悩んでるなんて、小樽くんらしくないよ〜ん。ほら、外へ出よう、ぼくと共に明日を切り開こう。さぁジャポネスっ子だろう小樽くん。長屋のみんなも心配してるよ。元気を出して、みんなに会いに行こう。ねっねっ‥って‥あれ? 小樽くん、どこにいるの?」
 飛び込んだ小樽くんの部屋。そこには、誰も居なかった。
「おっ樽く〜ん。どこにいったのぉ? ここかな、そこかな、あっちかなぁ?」
 座布団をめくり、障子を破り、畳を裏返し、たんすをひっくり返してみたが小樽くんはいない。すっかり憔悴したぼくの脳裏を、最悪の事態が駆け巡った。まさか、小樽くん、あのポンコツマリオネットたちの後を追って‥!
 ぼくは小樽くんの部屋の扉を突き破ると、そのままの勢いで源内じいさんの部屋に飛び込んだ。
「なんじゃ花形、朝っぱらから騒々しい」
「小樽くんは? ねぇ知らない、小樽くんはどこに居るの?」
「あぁ小樽なら、魚の仕入れに行っとるよ」
 何の緊張感もない源内じいさんの返事に、ぼくのアドレナリンは急冷却された。
「‥えっ?」
「何を驚いとる。今の時間、小樽がいつもやっとる事だろうが‥ああ、そういえば花形は寝とったんじゃったな。昨日の夕方、小樽が長屋のみんなに挨拶して回っとったよ。心配かけて済まなかった、自分はもう大丈夫だから、ってな」
「えっ? えっ? えっ?」
「小樽は強いやつじゃな。眼の色もしっかりしとったし、もう心配は要らんよ」
 拍子抜けするぼくの背後から、弟の声が聞こえてきた。
「小樽兄ちゃん、うちにも夕べ来たんだよ、お兄さま」
「へ?」
「お兄さま、うなされてたから‥よろしく言っといてくれって、僕に伝えて帰って行ったんだよ」
「夢二! なんでそういう大事なこと、ぼくに早く言わないんだぁ?」
「お兄さま、今朝、僕が話す前に小樽兄ちゃんの部屋に飛び込んでいったんじゃない‥」
 そのとき。桶に魚をいっぱい抱えた少年が、長屋の中に入ってきた。あれは‥小樽くん?
「お、小樽くん!」
「いよぅ花形、心配掛けたな。俺ぁもう大丈夫だからよ。これからもよろしく頼まぁ」
「小樽くん‥元気になったんだね。ぼくは、ぼくは、うれしいよぉ〜!」
 小樽くんに向かってダッシュしようとしたぼくだったが‥道の真ん中で、殺気を感じて急停止した。恐る恐る顔を上げると、その殺気の主は‥部屋の前で立ちすくむ、小樽くんだった‥。
「は・な・が・た〜ぁ‥」
「は、はい?」
「俺の部屋の扉に穴を空けて、部屋の中をこんなにしちまうのは‥おめぇしか居ねぇよなぁ‥」
「あ‥いや、その‥だ、大丈夫だよ小樽くん。ぼくの家の財力を持ってすれば、そのくらい‥」
「花形ぁ!」
 振り向いた小樽くんの右フックを浴びて、ぼくの意識は暗転した‥。

                 **

 とにかく、小樽くんは復活した。傷ついた小樽くんをぼくの胸で慰め、熱いベーゼで涙をぬぐう‥という当初の作戦は実現に至らなかったが、なに気にすることはない。時間はいくらでもある。
「ほ〜ら、新鮮な魚だい! うまいぜ、どうだい、買ってけよ」
 小樽くんが街頭で魚売りをしている。口調に曇りはなく、表情も明るい。それでこそぼくの愛する小樽くんだ!
 こう見えてもぼくは金持ちである。こんな苦労を小樽くんにさせなくても、ぼくと小樽くんの二人だけの愛の巣で一生を幸せに送れるだけの財力はある。だが小樽くんはそれを望むまい。小樽くんはジャポネス男児である。誰かの庇護の下でぬくぬくと暮らすような腑抜けた生活には耐えられないだろう。
 そうなれば、今のぼくが小樽くんにしてやれることは!
「ぜ〜んぶ、ちょうだい」
「へい毎度っ‥って、花形?」
「ぜ〜んぶ、ちょうだい、小樽くん。お釣はいらないよん」
 ぼくは金貨20枚を積み上げて、小樽くんに微笑みかけた。
「‥花形ぁ‥何の真似でぇ‥」
「いやだなぁ小樽くん。君とぼくの仲じゃぁないか。ぼくは君の商売に協力したいんだ。ただそれだけなんだよ」
「大きなお世話でぇ!」
 小樽くんが立ち上がり際に放った右アッパーカットがぼくの顎に命中し、再びぼくの意識は暗転した。なぜ?

                 **

 ゆったりと流れるジャポネス川。そこを行き来する、客船・漁船・釣り舟など大小さまざまな船の数々。
 ぼくと上州屋の手代たちは、川岸の土手に身を潜めてそのうちの1隻を見つめていた。庶民観光用の、ジャポネス川下りに使う木製の船1隻。もちろんその舵を握っているのは愛しの小樽くんである。
「いいか、お前たち」
 ぼくは振り返って口の前に指を立てると、ぽけ〜っとした表情の手代たちに向かって命令をくだした。
「あそこの、船腹の丸のなかに樽って書いた、あの船だ。お前たちこれから川岸に行って、順番にあの船に乗せてもらえ。そして帰ってきたら、また列の後ろに並んで順番を待つんだ」
「お坊ちゃん、なんでそんなことをするんです?」
「うるさ〜い。父さんにこき使われてるお前たちを気の毒に思うからこそ、気晴らしをさせてやろうってんじゃないか。たくさん乗って、案内をしてもらって、愉快な気分になって、今日1日を楽しんでればいいんだ。分かったな、お前たち」
「愉快な気分に、ねぇ‥わしらにとっちゃ、ジャポネス川の遊覧なんて、いつも走ってる道沿いをただ眺めるだけのことなんですが‥」
「つべつべいうな〜っ。いいか、間違えるんじゃないぞ。あの、樽って書いた、あの船だ。もし他の船に乗ったら、その船代はお前たち持ちだからな。ごまかすんじゃないぞ。ぼくはここからじっくりと見張ってるからな」
「はぁ‥ま、美剣お坊ちゃんがそこまでおっしゃるなら‥あれ、お坊ちゃんは行かれないんで?」
「ぼくはここで見てる」
「???」
「いいから、さっさと行ってこい。ほら、船代だ。買い食いしてもいいが、そのときは半分を船頭さんにあげるんだぞ」
 手代たちは首を捻りながら、川下りの列に並びに歩いていった。
 ど〜だ小樽くん。君の仕事の客を増やしてやったぞ。プライドの高い君のことだ、ぼくが自分で何往復もすれば「情けは受けねぇ」と怒り出すかもしれないが、手代たちが楽しみたいってんなら文句は言わないだろう。あいつらが日頃ぼくの父さんに馬車馬のようにこき使われているのは、事実なんだから。
 お、小樽くんが戻ってきた‥客を降ろして、新しい客を乗せたぞ。
 あ、あいつらめ‥うまくやったな、全員いっぺんに小樽くんの船に乗っちまった。団体料金にして安く上げようってのか? まぁ、いい。その分たくさんの回数だけ小樽くんの船に乗るんなら、あいつらのセコさも大目に見てやろう。
 それにしても、危なっかしい連中だなぁ。うちの手代どもは父さんの影響で体格だけはいいから、全員で一つの船に乗ると‥あ、あ、あ‥ふう、ぎりぎりセーフ。沈まずに済みそうだ。まぁ川ではたいした波もないだろうし、舵を取ってるのが小樽くんなんだから大丈夫だろう。
 船が出るぞ‥川を下ってこっちに近づいてくる。凛々しいなぁ小樽くん‥おい、そこの手代1号どけ邪魔だぞ、ここから小樽くんが見えないじゃないか、しゃがめしゃがめ‥お、小樽くんに鯛焼きを分けてやろうってのか、感心感心。ぼくの言い付けをちゃあんと守ってるじゃないか。
 お、手代2号がいか焼きを。
 手代3号がトウモロコシを。
 手代4号が‥おいおい、いっぺんに差し出してどうするんだ。いくら小樽くんでも食べきれる訳が‥ちょっと待てよ、そんなことより、体重のあるあいつらが一度に船の片方に寄ったら‥。
 ばしゃーん。
 あ、転覆した。

                 **

「小樽くん、大丈夫?」
 川に落ちて川岸に泳いできた小樽くんに手を差し伸べるぼく。美しいなぁ。こんなつもりじゃなかったんだけど、これは思わぬチャンスかもしれない。
「いやぁ、気をつけなよ小樽くん。偶然ぼくが通りかかったからいいものの‥」
「‥すまねぇな、花形」
 お、小樽くんが、ぼくの手を握ってくれた! ひっしと小樽くんの手を引いて、川縁に引き上げる。小樽くんの体は思ったよりも軽く、勢いに乗ってぼくの胸へ‥ああっチャンスチャンスチャンス! ぼくは小樽くんの背中に手を回し‥。
「美剣お坊ちゃ〜ん! すみませぇん、しくじっちまいました」
 そのとき掛かった脳天気な声で、ぼくの身体は凍り付いた。
「‥花形、おめぇ‥」
 小樽くんの身体が震えている。川の水で凍えてしまった‥んじゃ、ないんだろうな、やっぱり。
「お、小樽くん‥誤解だよぉ、ぼくはただ‥」
「いいかげんにしやがれ!」
 小樽くんの身体が反転し、天地が反転し‥冷たい衝撃とともに、ぼくの身体は川の中へと放り投げられた。あわてて川から顔を出すと、小樽くんはぼくに背を向けて川縁に座り込んでいる。身体の震えはまだ止まっていない。
「ご、ごめんよ小樽くん。悪気はなかったんだ信じてくれぇ‥」
「‥わかってるよ」
 あれ? 意外なことに、背中越しの小樽くんの声は優しかった。
「おめぇはおめぇなりに、俺に気を使ってくれてるんだよな‥ありがてぇとは、思ってんだよ。実際、おめぇや長屋のみんなのおかげで、俺はずいぶん助かってんだ、これでも」
「小樽くん‥」
「なぁ花形、おめぇだから、話す‥ジャポネスガーの中で、有ったことを。俺とライムたちとが、どんなふうに別れたのかを」

                 **

「な、何だ‥[脱出]?‥おめぇら‥まさか、おめぇらが! おい、戻せ! 俺は、お、おめぇらを‥」
「小樽、言い付け守らなくて、ごめんね」
「決めたんだ小樽。あたしたちがいちばん守りたいのは、あんただから」
「わたくしたちはマリオネットです。ただの人形に過ぎなかったわたくしたちに、心をくださって有り難うございました。小樽さまがくださったこの心で、私たちはテラツーを救ってみせます」
「うっ‥くうっ‥だめだ〜っ! そりゃぜったいだめだ〜っ! 身代わりなんてさせねぇぞ。おめぇらの代わりはいねぇんだ!」
「小樽、小樽ありがとう。いっぱいいっぱい、いろんなこと教えてくれて、ありがとう。小樽の優しさ、小樽の強さ、ぼく忘れないよ」
「おめぇらは人形なんかじゃねぇ! おめぇらは、俺にとって、俺にとって本当の‥」
「小樽っ! ぼくたちのこと、忘れないでね! ぼくも忘れない! ぜったい、ぜったいどんな事があっても! 小樽、大好き!

                 **

 いつしか、ぼくは涙を流していた。手代たちもおいおいと泣いていた。
「だから、俺はあいつらを忘れねぇ。あいつらを忘れることで胸の苦しみが癒えるのなら、胸が苦しいままでもいい‥けどよ、沈んでても始まらねぇんだ。あいつらは、俺やおめぇや、みんなに未来をくれるために、あそこに行ったんだからな」
 胸にぐさっと来る言葉だった。未来をくれと言ったのは他ならぬぼく自身だったから。
「だからよ、笑ってようぜ。花形」
 小樽くんは振り返ってそういうと、急に走り出して川に飛び込んだ。そして、
「ぷは〜っ。ほらよ、何て顔してやがんだ花形。そらそらっ」
 急にはしゃぎ出して、ぼくに水を掻けてくる小樽くん。それはぎこちない笑顔だったが、胸の奥に詰まっていた何かを吐き出した後の、どこか吹っ切れたような笑顔だった。その笑顔を見てぼくは、今朝から見てきた小樽くんの笑顔が作られたものであったことにようやく気が付いた。
 放心したように小樽くんを見つめつづけるぼくに、子供に返ったかのように水を掻けてくる小樽くん。その笑顔がびしょびしょに濡れているのは、きっと川の水のせいだ。そうに決まっている。
「‥やったなぁ、負けないぞ小樽くん」
 ぼくは反撃を開始した。それを機に手代たちも互いに水を浴びせ掛け始めた。狂ったように。それぞれの、いま精一杯の笑顔を浮かべながら。

                 **

 翌朝。ぼくは夜が明けないうちから家を出ると、徹夜で作った張り紙を町内に貼り付けに回った。今回は弟の手も手代たちの手も借りなかった。ぼくの手で作り、ぼく自身でやりたかったのだ。
「‥あれ、何やってんでぇ花形」
「あ、小樽くん小樽くん。これこれ、見て見て」
 最後の張り紙を長屋の入り口に貼っている時に、起き出してきた小樽くんが現れたので、ぼくは胸を張って説明した。
「どーだい、これ。十手を構える小樽くんと、花をくわえ流し目を送るぼく。勇と美の究極の結晶。ぼくの自信作なんだよ、この張り紙」
「‥趣味悪りぃな‥なになに、寺小屋開講の、お・し・ら・せ‥キュートでセクシーな花形先生と、ワンダフルでナイスガイな‥おい花形、なんでぇこりゃあ。なんで俺が寺小屋の講師なんざやらなきゃならないんだ?」
「まぁまぁ、そんなに照れるなよ、お・た・る・くん」
 ぼくは小樽くんの耳に口を寄せると、ちょっとまじめな声でささやいた。
「夕べ、真剣に考えたんだ。あのマリオネットたちのことを忘れられないというのなら、みんなで笑えるような思い出にしてしまおうって‥あの娘たちのことを、みんなにも知ってもらおうって‥あの娘たちがくれた未来だってことを、これから育つ子供たちにも分かってもらおうって。小樽くんの胸の中だけに仕舞っておいたんじゃ、小樽くん辛いだけだよ。だけど、ガルトラントをやっつけた時みたいにパレードする気にはなれないだろうからさ。時間を掛けて、ゆっくりと‥そう、これから生まれてくる女の子たちにも、知っておいてもらった方がいいと思うんだ」
「‥花形、おめぇ‥」
「そして、それができるのはぼくと小樽くんしかいない。そうだろ、小樽くん」
「‥おめぇ、本当はいいやつだったのかもな‥」
「やだなぁ、やっとぼくの魅力に気づいたのぉ?」
 小樽くんの顔とぼくの顔が急接近。今度こそ、今度こそ、自然に心を通わせる時が来た‥と思った途端、うるさいガキどもの嬌声と足音が近づいてきた。
 ちっ。
 まぁ、仕方ない。ぼくが言い出したことだ。最初くらい、びしっと決めなくては。
「よおよお元気なガキども、さっそく張り紙を見てくれたのかい? 紹介しよう、ぼくがこの寺小屋の校長であり、キュートな魅力でジャポネスにその名を轟かす‥」
「小樽先生!」
「小樽先生、遊ぼ! ほらほらこっちこっち」
「‥おいおいおめぇら、いきなり何だってんだ‥」
 ‥暴風のごとくガキどもが通り過ぎた後。小樽くんは連れ去られ、ぼくの周りには木枯らしに巻かれた沢山の紙屑が舞っていた。放心しながら丸められた紙屑を開いてみると、それはぼくの張り紙の左半分‥ぼくがポーズを決めている姿の部分だった。
「‥あんの‥くそガキどもぉ‥」

                 **

 そんな、ある日。

「‥と、いうわけでだ。あと数年もすれば、ローレライの細胞から作ったクローンが成長し、テラツーに人間の女性が復活するってぇわけだぁねぇ‥くおらぁ〜っ、何を騒いでおるのだ、ひよっこどもぉ〜っ! ちゃんと勉強しないと、ぼくのようなヴィヴィッドで、ブリリアントな大人にはなれんぞぉ〜っ!」
「へっ、花形先生みたいなしらたき兄ちゃんにはなりたかねぇや」
「なるんなら小樽先生みたいな粋なジャポネスっ子になりてぇや」

 こ、小生意気な小便たれどもめが。ぼくがせっかくテラツーの歴史を教えてやっているというのに、ちっともまともに聞こうとせん。しかもへ理屈だけは一人前だし‥まじめに聞いてくれるのは弟の夢二だけ。やはりぼくの弟は出来が他のやつとは違うなぁ。
 と、いつものように生意気なガキどもをしつけていると、障子を開けて小樽くんが現れた。

「‥うっせえなぁ、なに怒ってんだ花形‥こほっ、こほっ」
「だ、だ、だ、駄目じゃないか小樽くん。ちゃんと寝てなきゃ」
「おめぇの声で、眼ぇ覚めちまったよ」
「ねぇねぇ、小樽兄ちゃん。今日はテラツー歴史資料館の、完成式典がある日だよ」
「テラツー‥歴史資料館‥」
「あれ、知らないの? ほら、ジャポネス歴史資料館の跡地にできた‥」

 ここしばらく明るくなっていた小樽くんの表情が、急に暗くなった。そりゃあそうだ。ジャポネス歴史資料館には、色々な‥本当に色々な思い出が、有りすぎる。

「当然行くよね、小樽先生」
「行こう、行こう」
「‥‥‥」
「‥小樽、くん‥」

 無邪気にはしゃぐガキどもに、小樽くんは返事をしなかった。辛そうな表情で長いこと迷っているみたいだった。

                 **

 結局小樽くんとぼくたちは、テラツー歴史資料館の完成式典を見に行った。
 式典は素晴らしいものだった。挨拶に立ったテラツー唯一の女性ローレライは、マリオネットにそっくりの人だった(というか、マリオネットの方が彼女を真似て作られたそうだが)。彼女はぼくが言った通り、あと数年で彼女のクローンが育ち、テラツーに女性が復活すると言ってくれた(それを『正常な状態に戻る』と言ったことには多少の反発があるが)。
 そして彼女は、これまでのテラツーを共に支えてくれたマリオネットたちに言及し、彼女たちに感謝をし、決して忘れてはならない、と明言してくれた。そして特に功績のあったライムたち3人を彫像にして、この資料館に残してくれることになった。
 ぼくは、自分と同じことをこの女性が考え、心を砕いてくれていたことに感激した。寺小屋の講師なんてぼくの柄ではないのは分かっていたのだが、やはり間違っていなかったんだ、と実感できた。きっと小樽くんも喜んでくれるだろう、と思った。
 だが、いつのまにか小樽くんは姿を消していた。そしてその日の夜遅くまで、長屋には帰ってこなかった。

                 **

 そして、翌朝。忘れられない日の始まり。
 いつものように朝起きて、小樽くんの部屋の扉を開ける。なにかいい匂いがするなぁ‥と思って中を見ると、何と小樽くんがかまどに向かっているではないか。病み上がりだと言うのに。

「お、おわっ、あああ、お、小樽くん、何やってんだよ。こんなに朝早くから」
「何って、見りゃあ分かんだろ」
「見りゃあって‥こんなに沢山ご飯炊いてどうすんだよ。とても二人じゃ食べきれないよ」
「いいんだよ‥あちっ」
「あっ、ほおらぁ、慣れないことするからだよ。ぼくがやるから、はい、ほら貸して」
「いいんだってばよ!」
「お、小樽くん‥」
「‥作りてぇんだ。俺が」

 ぼくの手を振り払い、慣れない手で漬物を切り分ける小樽くん。何があったのか知らないが、すこしだけ眼の輝きが戻ってきたように見える。

 そうか、小樽くん。気の済むまで作りたまえ。君が作ったご飯は何人前だろうと、このぼくが食べてあげるよ。
「おおっと、胃薬、胃薬っ!」

 小樽くんが、やっと自分からやる気になってくれた。ぼくはそれが嬉しくてたまらなかった。小樽くんが作ってくれるご飯を残すなんて、とんでもない。ぼくは長屋を飛び出して、胃薬を買いに街へと駆け出した。
 そして、しばらくして。両手いっぱいに胃薬を抱えたぼくは、上機嫌で長屋に向かって歩いていた。
 すると、ふいに背後から空気を切り裂く音がして‥振り向いたぼくの眼に、白と桜色と赤の竜巻が迫ってくるのが見えた。
 ぼくの脳裏に、かすかな既視感が浮かんだ。ぼくはその正体を見極めようと、目を凝らした。
 そしてその一瞬が命取りになった。その3色の竜巻は、逃げ遅れたぼくを空中高く跳ね飛ばし、傘貼り長屋の方へと一直線に突進した!

「小樽ぅ!」
「小樽さまっ!」
「小樽っ!」
「ただいまっ、小樽」
「おっ、お帰りっ!」

 小樽くんの部屋の屋根を突き破り、ぼくは部屋の床下に激突した。その一瞬の間に見えたのは、懐かしい3人のセイバーマリオネットと、小樽くんの‥そう、ぼくが好きだった小樽くんのあの笑顔だった。

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