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めいどさん☆すぴりっつ(上)

初出 2005年12月14日
written by 双剣士 (WebSite)
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 この物語は、連載58話および単行本3巻末のおまけ漫画をモチーフにしています。未読の方でも意味が通じるように書いたつもりですが、なるべく上記作品をご覧になってからお読みになることをお勧めします。

************* 上編 *************

「けど準備とかするんだったら、その前に(チョコ渡す相手の)リサーチとかしといた方がいいんじゃねーの?」
「ん? それはどういう事かな?」
「いや、オレもそうだけど男って意外と甘い物苦手だったりするじゃん? だからそんな奴が甘ったりいチョコなんてもらってもさ……捨てるのも悪いし結構困るっつーか……」
 バレンタインデーの相談に来たビデオ屋の馴染み客に対し、したり顔で男性心理の講釈を始める橘ワタル。そんな彼の言葉を聞いた1人の女性が、『カシャーン!』と給仕用のお盆を床に落とした瞬間から、この物語は始まる。
「結構……困ってたんですか?」
「え?」
「チョコレート……毎年喜んでくれているものと思っていたのに……」
「や!! バカ! ちがっ……!! 例えだよ!! 例え!!」
「私がにぶいばっかりに若にそんな迷惑をかけていたなんて……」
「だから!! それは……!!」


「……で、家出したわけかいな、サキさん」
「ああ」
 本編ではすっかりご無沙汰の愛沢咲夜、久方ぶりのSS登場である。ふらりと遊びに来たビデオ屋の軒先で、不服そうに店番をする親友に彼女は容赦ない突っ込みを入れていた。ビデオを借りるよりこっちの騒動の方が面白いし。
「んで、ワタルそれ止めてやらんかったんか?」
「止めたさ! なのにサキのやつ、こうと決めたら頑固で……」
「あくまで一般論や、迷惑やなんて思てない……おおかた、その程度の言い方しかせなんだんと違うか?」
 図星を指されて口ごもる橘ワタル。咲夜は呆れた顔をして溜め息をついた。
「女心のわからん奴っちゃのー、お前も。お前が必要だ、お前のチョコは絶品だ……嘘でもそのくらい言うたらんかい」
「そ、そんな恥ずいこと言えるわけねーだろ!」
「恥ずぅても何でも、そこで言うたるんが男の器量や。そんなんやから伊澄さんに相手にしてもらわれへんのやで」
「う、うっせーな!」
 顔を真っ赤にしてそっぽを向くワタル。ちょっといじめ過ぎたか、と思った咲夜は作戦を変更することにした。どうせこのままビデオ屋にいても、面白いことは起こりそうにないし。
「ま、こんな面白い……ちゃうちゃう、大変なとこに来たんも何かの縁や。サキさんが戻ってくるまでの代わりのメイド、うちから貸しといたる」
「いらねーよ、料理だって掃除だって、俺のほうがサキより上手いんだから」
「まぁまぁ、そなぃ言うなって……その代わり教えてくれへんか、サキさんがどこ行ったか」
「知るわけねーだろ、家出なんだから……でも、こんなときにサキが頼りそうな場所と言ったら、やっぱレイ婆ちゃんのとこかな……」


 貴嶋サキの祖母、貴嶋レイ。橘グループの総帥・橘円京の魂の同志として正義のために世界を転戦している彼女は、その世界では有名な伝説のハウスメイドである。
 娘夫婦からは迷惑がられている超熱血マザーではあるが、孫娘のサキからみれば優しく頼もしいお婆ちゃん。メイドとしての自分の不甲斐なさに落胆したサキが、真っ先に祖母のことを思い浮かべたのも無理からぬところ。
「お婆ちゃん、お願い! 若の役に立てるようになりたいんです、私に本当のメイド道を教えてください!」
 旅の疲れをいやしに帰国していたレイ婆ちゃんの元を訪れたサキは、真剣な面持ちで石畳の上に平伏した。可愛い孫娘との再会に目を細めていた貴嶋レイは、彼女の訴えを聞いた途端、一転して険しい表情を浮かべた。
「……メイド・獅子のあな」
「えっ?」
「幾多のメイド志願者が挑み、夢破れて挫折して行った修行法……あまりの苛酷さゆえに語る者すら途絶えてしまった修羅の道……この婆の胸だけにしまったまま墓場まで持ってくつもりだったがね」
「しゅ、修羅の道……」
「しかし、やり遂げた者は……確実に強くなる」
「お婆ちゃん!」
 眼を輝かせる孫娘に対し、伝説のハウスメイドは沈痛な面持ちで問いかけた。
「やるかね、サキ?」
「はい、ぜひ!」
「いいじゃろう、では今からお前を孫とは思わぬ。弟子としてビシビシしごいてやるから、覚悟おし!」
「はい、師匠!」
 なんだかんだ言ってノリの良い貴嶋サキは元気に敬礼した。かくして歴史上もっとも意欲的にして、もっともポンコツなメイド志願者が誕生したのだった。


 そのころ、ビデオ・タチバナでは。
「ワタル坊ちゃま、お風呂が沸いてございます」
「ワタル坊ちゃま、夜食の時間でございます。お召し上がりくださいませ」
 若いながらもテキパキと仕事をこなす有能なメイド少女の働きで、橘ワタルはちょっとした王侯貴族の気分を味わっていた。
「……なんか、悪くねぇよな、こういうのも……」
 咲夜に礼を言うのは癪ではある。だが生活が快適でゴージャスになったことだけは、さすがの彼も認めざるを得なかった。ほかほかの湯船に浸かりながら、少年は小さな声でつぶやいた。
「ナギのとこのマリアさんほどじゃねぇけど、良く気が回るし物も壊さねぇし……いや、サキのほうが飛び抜けて水準を下回ってただけなのか、今まで?」
 サキが祖母の屋敷に転がり込んだことは咲夜の情報網から漏れ聞いている。心配することなど何もない。少年は極めて脳天気に、これまで普通だと思っていた生活レベルの採点をやり直すのだった。


 レイ婆ちゃんの熱血メイド指導は、さっそく翌日から始まった。
「さて、それじゃこの階段を1階まで降りて、また10階まで戻ってきてもらおうかね」
「それだけでいいんですか? だったら私でも……」
「5秒以内」
 貴嶋サキは豪快にコケた。
「そんなの人間には無理ですよぉ!」
「甘ったれるなぁ!」
 ばしぃぃーーーっ! レイ婆ちゃんの愛のハリセンチョップが唸り、サキの脳天をたたき伏せる。
「メイド勤めは苦難の連続なんだよ! それを何だい、やりもしないうちから師匠に向かって文句ばかり」
「でもぉ……」
「嫌なら出てお行き。経験ないことは怖い出来ないと泣きわめいて、ワタル坊ちゃんに尻拭いしてもらうがいいさ」
 サキは涙を拭いながら立ち上がった。ここで諦めたら一生ダメメイドのまま、そのことは自分が一番良く分かってる。そんな自分を変えたくてここに来たのだ。
「や、やります、やらせてください!」
「しゃべってるうちに5秒経ったね。今度のリミットは4秒だ。戻ってこれなかったら朝ごはん抜きだよ」
「はい、行ってきます!」
 頑張って達成出来るような時間じゃない。制限時間のことは考えないようにしながら、サキは下り階段へと一目散に駆け出した。そして……お約束どおり、階段に差しかかる直前にスカートの裾を踏んずけた。
「きゃっ、わわっ、あぁああぁ〜〜!!」
 前のめりに身を乗り出した貴嶋サキ。そのまま階段に顔をぶつけた彼女は、そのまま頭を下にして豪快に階段を滑り落ち、9階の踊り場まで転がって大の字になった。
「んきゅぅぅ〜」
 サキの顔は青アザと擦り傷だらけ。だが休む暇など与えてはもらえない、目覚ましと消毒を兼ねたバケツの水が彼女の顔にぶちまけられる。
「ひゃっ、しみるぅ……」
「ボサッとしてんじゃないよ、ほら立ちな!」
「ふぁ、ふぁあぁい〜〜」
 ふらふらと立ち上がるサキに差し伸べられる、しわくちゃの手。転げ落ちたはずのサキに間髪入れず追いつきながら、息ひとつ切らせずに手を貸してくれるお婆ちゃん。相変わらずの優しさ、そして驚くべき脚力。そのことに気づいて顔を上げかけたサキの顔に、すぽんと何かが被せられた。
「まったく仕方がない子だね、女の子のくせに顔ばっかり腫らして……これを被っておおき、少しはマシになるだろうから」
「これ、お婆ちゃんのサンバイザー……?」
「特別だよ、ケガしてリタイアされちゃ修行にならないからね」
「お婆ちゃん!」
 感極まって抱きつこうと振り返ったサキ。その目の前には、慈愛に満ちた老婆の顔……ではなく、いつものようにヒーロー向けの装甲サンバイザーを被った祖母の姿があった。あふれかけたサキの涙が一瞬にして引っ込み、小さな口が真ん丸に開かれる。
「えっ……?」
「何を驚いてるんだい、バイザーなんて幾らでも予備はあるもんだよ」
「でも、さっきまでは何にも……」
「疑い深い子だねぇ」
 レイ婆ちゃんは自分のサンバイザーをつかみ、無造作に外した。その下からは前のと寸分違わぬサンバイザーが現れた。
「えっ、えっ?」
 バイザーを外す、その下にはまたバイザーが。
 そのバイザーも外す、下にはまたまたバイザーが。
「キ〇肉マンですかっ!!」
 驚きの声を上げた貴嶋サキはよたよたと後退し……またしてもスカートの裾を踏みつけて、8階へと下る階段を滑り落ちて行った。顔面にサンバイザーをつけたまま、今度は後頭部を下にして。


 そのころ。ビデオ・タチバナの奥の食堂では、幸薄い13歳の少年が豪勢な朝食に舌鼓を打っていた。
「いやぁ、美味いよこれ! 普通の味噌汁なのに作る人次第でこんなに違うもんなんだなぁ」
「ありがとうございます、ワタル坊ちゃま」
 冷たい表情で一礼する愛沢家のメイド。ワタルは上機嫌で箸を戻そうとして……ちょっとした違和感を感じて顔を上げた。
「なぁ、あんたは食べないのか?」
「後でいただきます」
「なに遠慮してんだよ、朝ぐらい一緒に食おうぜ」
「とんでもございません、主人と使用人が食卓を同じくするなど。わたくしのことは、どうぞお構いなく」
「なに堅いこと言ってんだよ、ここには2人しか居ないし、俺がいいって言ってんのに」
「けじめでございます、ワタル坊ちゃま」
 何度勧めても首を縦に振らない敏腕メイド。やがてワタルは説得を諦めて、1人ぼっちの食事を再開した。天上の美味と思われた朝食の味噌汁は、もうすっかり冷めてしまっていた。


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