ハヤテのごとく! SideStory
お姉さま以上、ヒロイン未満(上)
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************* 上編 *************
「いやいや……マリアさん、誰ですか? これは」
「ハヤテ君♥」
「いやいや……すべてのナオンはワシのものって……僕は鬼畜ですか?」
「だめですか? だったら……ちゃんと選ばないとだめですよ?」
「へ?」
「あ、だったら今度はハヤテ君が描いてみてくださいよ」
「ええ? でも〜〜」
「もぉ、決断力のない人ですね〜〜」
自分の主人の気持ちを理解すべく深夜にナギのマンガを読みに来て、同じことを考えていたマリアから意味深な忠告をされた綾崎ハヤテ。マリアと別れて自分の寝室へと歩きながら、少年はその言葉の意味を考えていた。それは言葉を発したメイドさんのほうでも同様だった。
【マリア Side】
ふう、ちょっと切り出すのが突然すぎましたかねぇ。ハヤテ君、きょとんとした表情してましたし……でも甘い顔ばかりしてるわけにも行きませんよね、なにしろハヤテ君、まるっきり自覚が無いようですから。
【ハヤテ Side】
ショックだなぁ、『すべてのナオンはワシのもの』って……まるで僕が女の子を片っ端から口説いて歩いてるみたいじゃないか。そんなふうに誤解されるのもショックだけど、よりによってマリアさんに言われるなんて……。
2人はそれぞれの部屋のドアの前で立ち止まると、手をノブに伸ばした姿勢のままで数秒間、物思いにふけった。
【マリア Side】
ハヤテ君がお屋敷にきて以来、あの子が昼も夜もハヤテ君のことばかり考えてること。私から見れば見え見えなんですけどねぇ。伊澄さんたちも気づいてるみたいなのに、当のハヤテ君ときたら……まぁ、意地っ張りで甘え下手なナギの性格のせいもあるんでしょうけど。
【ハヤテ Side】
僕がお屋敷にきて以来、お嬢さまのために……そりゃ色々失敗もしたけど、僕なりに頑張ってきたんだけどなぁ。マリアさんはそのこと、分かってくれてると思ってたのに……まぁ、非常識なことは一切信じようとしないマリアさんの性格のせいもあるんだろうけど。
マリアとハヤテはふるふると頭を振って雑念を振り払うと、ふんっと息を吐いて気合を入れてから自室のドアを開いた。
【マリア Side】
「おお、遅かったなマリア」
ベッドの上では、パジャマ姿のナギが身を起こしてマリアを待っていた。
「ナギ……先に休んだんじゃなかったんですか?」
「さっき夢の中でブリトニーちゃんの大冒険のネタがひらめいてな。これは忘れたら大変だと思って……どうしたマリア、浮かない顔してるけど?」
「あ、いえ、なんでもないんです」
扉の外での思索が表情に出てたのかしら。マリアは小さな主人を心配させないよう笑顔を作った。
「そうか、それより聞いてくれ。この話をマンガに描けば、これは入選とか有望新人デビューどころじゃない、全日本マンガ大賞まちがいなしだと思うんだ!」
「はい、はい」
電波満載のナギの妄想話を、理解できぬまでも受け止める覚悟をしたマリア。ナギは嬉しそうに意味不明な妄想を次々と語り始めた。こうして静かにナギによる理不尽マンガ論議の第2ラウンドが始まった。
【ハヤテ Side】
「おお、遅かったなハヤテ」
ベッドの上では、毛皮をまとった白虎・タマが胡座をかいてハヤテを待っていた。
「タマ……シラヌイがきて以来、庭で寝てたんじゃないのか?」
「さっき2ちゃんを見てたらオレたちのスレッドが荒らしにあっててな。これは放っといたら大変だと思って……どうしたハヤテ、浮かない顔してるじゃねぇか?」
「あ、いや、なんでもないけど」
扉の外での思索が表情に出てたんだろうか。ハヤテは無遠慮な侵入者にナメられないよう表情を引き締めた。
「そうか、それより聞いてくれ。この荒らしを完全排除すれば、オレたちは親切な名無しどころじゃねぇ、スレの神と呼ばれる存在になれると思うんだ!」
「やるのは勝手だけど……わざわざ僕を巻き込むな! こんな夜中に」
やる気満載のタマの正義厨気取りを、理解はしても協力しない覚悟をしたハヤテ。タマは不満そうに鼻を鳴らした。こうして静かに異種格闘技戦の深夜枠ゴングが鳴った。
******
草木も眠る丑三つ時(午前2時過ぎ)。それぞれの戦いを終えたマリアとハヤテは、ベッドの上で眠れない夜を過ごしていた。頭に浮かぶのは寝室に入る直前の思索の続きに他ならなかった。
【マリア Side】
このままってのは、やっぱりまずいでしょうかね……ナギとのことはまぁ、ハヤテ君と一緒のお屋敷にいる訳ですから焦ることないとしても。
【ハヤテ Side】
このままってのは、やっぱりまずいんだろうなぁ。……マリアさんとは明日からもずっと、僕と一緒のお屋敷で暮らして行く仲な訳だし。
横たわったまま額の髪を掻きあげるマリアとハヤテ。
【マリア Side】
だいたいハヤテ君は周囲から向けられる視線に鈍感すぎるんですよ。咲夜さんや伊澄さん、それに前の高校での知り合いだというあの女の子からも慕われてるってのに、本人には全然その自覚がないどころか、自分は不幸体質だと思い込んでるんですものね。あれじゃナギがやきもきするのも無理ありませんわ。
【ハヤテ Side】
だいたいマリアさんは周囲から向けられる視線に鈍感すぎるんだよな。お嬢さまや僕、クラウスさんやタマ、その他にも沢山の人たちに頼りにされてるってのに、本人は出番がないの人気がないのと事あるごとに自分を卑下しまくってるんだもんな。あれじゃ作者が扉絵とかでプッシュしたくなるのも無理ないよ。
心のなかでぶつくさと文句を言いながらも、2人の思考は互いの生い立ちへと移ってゆく。
【マリア Side】
でも考えてみれば、ハヤテ君って気の毒な人生を送ってきてますものね……無職でグータラなご両親を抱えて、小さい頃から年齢をごまかしてバイトやお手伝いに精を出す生活を続けて、そしてご両親に売り飛ばされてここに来たんですもの。周囲に気を使って嫌われないように嫌われないようにと振舞うのが、あの子にとってはもう自然なことになってしまってるんでしょう。でもその分、心の奥底までは誰も入らせない、みたいな。
【ハヤテ Side】
でも考えてみれば、マリアさんって可哀そうな人生を送ってきてるもんな……ご両親の顔も名前も、自分の本当の名前すら知らない孤児として生まれて、このお屋敷に拾われてからたった1人で頑張って今の地位を築いてきたんだもの。人一倍有能なメイドさんとして働き続けて周囲の期待にこたえ続けるのが、あの人にとってはもう自然なことになっちゃってるんだろうな。でもその分、心の奥底までは誰も入らせない、みたいな。
お互いがお互いに同情し合っていることなど、当人たちは想像すらしていない。
【マリア Side】
一応お屋敷では明るく振舞ってくれてますから、ひょっとして当人もそのことに気づいてないのかもしれません。だけどこのままにしておく訳にはいかないですよね。このままじゃハヤテ君自身も不幸ですし、ナギとの仲だって進展しそうにありませんし……せっかく一緒のお屋敷にいるんですもの、私に何かしてあげられることはないでしょうか?
【ハヤテ Side】
一応お屋敷では明るく振舞ってくれてるから、ひょっとしたら当人もそのことに気づいてないのかも知れない。だけどこのままにしておく訳にはいかないよな。このままじゃマリアさん自身も幸せになれないし、お嬢さまの情操教育にだって良くないだろうし……せっかく一緒のお屋敷にいるんだもの、僕に何かしてあげられることはないのかな?
こんな具合にお節介な決意に行き着いたところで、ふと額の汗をぬぐったマリアとハヤテは自分の頬の熱さに驚いた。
【マリア Side】
……って、なんでさっきからハヤテ君のことばっかり考えてるんでしょう、私ったら!
【ハヤテ Side】
……って、なんでさっきからマリアさんのことばっかり考えてるんだろ、僕ったら!
ちょっと頭を冷やさなきゃ。同じ結論に行き着いた2人は寝室を抜け出し、何か飲み物を探そうと厨房へと足を踏み入れた。
「あら、ハヤテ君? どうしたんです、こんな夜中に」
「ま、マリアさん? 僕はその、なんだか眠れなくてちょっと……」
「仕方のない人ですね。はい、冷たい牛乳でいいですか?」
「あぁ、ありがとうございますマリアさん……って、あれ、2つ出すんですか、コップ?」
「い、いいじゃないですか。私にだって眠れない夜くらいありますよ……」
乾いた笑顔を浮かべあいながら、なぜかドキドキする胸を押さえるのに必死な2人であった。
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