ハヤテのごとく! SideStory
お熱いのが好き、Baby!
初出 2005年05月11日
written by
双剣士
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『萌えSSなんて無理、そう考えてた時期が俺にもありました』な第3章
貴嶋サキから『世界の末端で〜』のビデオを借りる約束をした綾崎ハヤテ。殿方と肩を並べて歩くのはちょっと、と彼女が敬遠したために、サキがビデオを取って戻るまで映画館の外で時間をつぶす次第となったのだが……予想外の幸運で浮かれ気分になっていたハヤテを待ち構えていたのは、黒塗りのリムジンと金髪ツインテールの少女であった。
「ハヤテ! お前いったいどこへ行っていたんだ?!」
「ひぃっ、お、お嬢さま……って、あれ、そのマスクどこかで……」
「お嬢さまではない! 私は愛と正義の戦士、マスク・ザ・マネーだ!」
その少女の目元には、奇妙としか呼びようのない派手な装飾のついたアイマスクが飾られている。精神的に3歩ほど後退しながら、彼はいまさら見間違えようもない漫画オタク少女に向かって疑問の声を投げかけた。
「お嬢さま、どうしたんです、その格好?」
「私はマスク・ザ・マネーだ! 三千院ナギは、そのぉ、お前が帰ってくるのを屋敷で信じて待っていると言っていたのだが……あんまり遅いから、私が代理で様子を見に来たのだ!」
「は、はぁ……」
突っ込みたいところは多々あれど、変身した魔法少女を元の名で呼ぶことはルール違反であり、万古不変の鉄の掟である。とりあえず合わせておかないと話が前に進まないので、呼び方に注意しながらハヤテはおそるおそる返事をした。
「そ、それはマネーさん、わざわざどうも」
「お前がお使いをサボって女と遊んでいると言う噂を耳にしたのだが、女はどこだ? 隠すと為にならんぞ」
「そ、そんな、遊んでなんていませんよぉ!」
子供が想像するような遊びを、サキさんとした覚えはありませんよ。そういうつもりでハヤテは即座に否定した。女と会っていたことを肯定も否定もしない、彼特有の微妙な言い回し。嘘を言ったという自覚が当人には皆無なだけに一層たちが悪い。
そしてそれを三千院ナギ……もとい、マスク・ザ・マネーは自分なりの解釈で受け取ることになる。これもまた鉄の掟の一環に違いない。
「そうか……そうだよな、私にベタ惚れしているハヤテが他の女に目を向けるわけないよな、うん」
小さな声で噛みしめるように漏らされた少女のつぶやきは、もちろん少年執事の耳には届かない。自分の返事に納得してもらえたと早合点したハヤテは、さっそく映画を調達する目処がついた喜びを彼の主人に伝えようとした。
「それより聞いてくださいよ! 例の映画、売ってもらうのは無理だったんですけどね……」
「売ってもらえない? だったら映画館ごと買い取ればいいだろ、なにを詰まらないことで蹴つまずいてるんだ」
ハヤテの言葉を最後まで聞かず、マスク・ザ・マネーは堂々と映画館の受付に歩み寄ると、手にしたアタッシュケースから札束の山をどかどかと積み上げて見せた。売り子の女性が卒倒し映画館の支配人が揉み手をして駆け寄る中、ハヤテは三千院家の大人買いの豪快さに全身をピクピクと痙攣させ、息苦しさにあえぐように口をパクパクと開け閉めしていた。
………………………………
そして10数分後。
「さて、これでマスターテープを屋敷に配達してもらう段取りはできたな。さ、帰るぞ」
「あ、あのぉ、お嬢さま」
ようやく痙攣から立ち直った常識人の少年は、得意満面でリムジンに戻ろうとする少女におずおずと問いかけた。
「なんだ?……じゃない、私はマスク・ザ・マネーだと言っているだろ」
「いえその、せっかく街中まで出てきたんだったら、このまま目の前の建屋に入っちゃえばいいんじゃないかと思って」
「え?」
考えてもいなかった指摘に金髪少女は動きを止めた。そう、何も高いお金を払ってマスターテープを買い取らなくても、このまま普通の入場料を払って客として映画館に入ってしまえば新作映画を見るという目的は達する。警備のために全席貸し切りにしたとしても、かかるお金は1800円×300席=54万円で済む。要は少女が街中に出てきてしまった時点で状況は大きく変わったのだ。
「な、何を今ごろ言ってるんだ。私が……いや、三千院ナギがこんなとこまで出てくるわけないだろ」
「でも貴女は、お嬢さまじゃないんですよね、少なくとも今は」
「ぐっ……」
口ごもるマスク・ザ・マネーと畳み掛けるハヤテ。少年の脳裏には出掛ける前にマリアと交わした会話の一言一句が明滅していた。お嬢さまを街中に連れ出す絶好の機会を、このまま見過ごすわけには行かない。せっかくマリアさんが期待してくれてるのに。
「だ、だからといって私がここで映画を見たってしょうがないだろ、私はマスク・ザ・マネーで、ナギじゃないんだぞ」
「じゃあ下見というのはいかがです? お嬢さまの代わりに僕の様子を見に来たんでしょ、そのついでってことで」
「ついでって……」
「さあ行きましょう、僕について来てください」
金髪少女の手を引くと、ハヤテはニコニコしながら映画館の入り口へと進んで行った。マスク・ザ・マネーは最初こそ軽い抵抗を見せたが、そのうち少年に引きずられるように脚を動かしはじめた。そして小さな声で、まるで自分に言い聞かせるみたいにぼつぼつと言い訳を始めた。
「ま、まぁ、強引なのもたまには良いか……あくまで下見、そう、ナギの代理なんだもんな、うん」
**
「いよいよですね、お嬢さま?」
「あ、あぁ、そうだな」
そんなわけで気前よく全席を買い取って、ナギ・ハヤテおよびSPの男たちは映画館の席の中央に陣取った。せっかく実現させたお嬢さまの映画鑑賞を楽しいものにしようと、少年執事はポップコーンを買い揃えたりパンフレットを読んで聞かせたりと一生懸命に盛り上げる。意外に気乗りしない様子のツインテール少女は変身前の名前で呼ばれていることにも気づかず生返事を返していたが、場内の照明が消され始めると急に表情を変え、大きな声で文句を言い始めた。
「おい、停電か?」
「え、どうしたんですお嬢さま」
映画館で電気消すなんて当たり前じゃないですか。そう言葉を継いだ直後にハヤテは少女にまつわる数々のエピソードを思い出した……ナギが以前にお化け屋敷を異常に怖がっていたことを。夜は怖いからとメイドのマリアと隣り合わせで床についていることを。そしてそんな彼女が屋敷内に映画館を持っているということは、おそらくそこは少女を怖がらせない何らかの工夫が仕込まれた空間であり……そういう映画館を彼女は当たり前だと思い込んでいるはずだということを!
「わざとやってるのか? 怖いじゃないか!」
「あ、あのっ!」
「帰る!」
驚くより呆れるより、ハヤテの頭に走ったのは焦燥感だった。暗いところが苦手なお嬢さま、このままじゃせっかく入った映画館を早々に飛び出して行きかねない。引きこもりなお嬢さまのトラウマがまた増えてしまう!
「待ってください!」
理屈も何もない。席を立とうとした少女の細い身体にハヤテは夢中で抱きついた。少女が狼狽し背後のSPたちに緊張が走るなか、ハヤテは必死で小さな主人を説得しようと声をからせた。
「何をする、放せ!」
「行かないでください! ここに居てください、でないと僕……(マリアさんに叱られてしまいます)」
「放せ、放せ……よ、よせ、こんなところで」
必死の思いは伝わる。少女の抵抗が弱まり、振り払おうとする声に恐怖とは違う微妙な感情が混じった。少年執事はなおも一直線に踏み込んだ。
「お願いします、ちょっとだけ辛抱してください。怖くなんかないですから、僕がそばについてますから」
「…………(照)」
薄暗がりのなかで少女の顔が真っ赤に染まる。自分の言葉がもたらした心の波紋に気づかぬまま、ハヤテの説得の言は続いた。
「お嬢さま、(そとで映画を見るのなら)少しぐらいの逆境が何ですか! 僕と一緒に乗り越えましょう、ねっ?」
「あ、あぁ……わかった、お前がそこまで言うなら……」
そのとき、ナギたちの頭上から懐中電灯の光が投げかけられた。怖がりの主人を守るためSPの男性たちが携行していた道具が遅ればせながらその存在を主張し始めた瞬間であった。他の観客のいない貸切の空間の中、スポットライトを当てられたようにくっきりと浮かびあがる、固く抱き合う男女の姿。身体の震えが止まったことに少年は安堵のため息を漏らしたが、抱きつかれた少女の心臓は(恐怖とは別の意味で)バクバクバクと早鐘を打っている。
「お嬢さま、お待たせいたしました。これで怖くはございませんでしょうか?」
「あ……あぁ、そうだな
(……いいとこだったのに、余計なことを……)
」
少女の声に混じった残念そうな響きは、当然ながら鈍感少年の耳には入らない。
「良かったですね、お嬢さま。じゃ映画が始まりますよ♪」
そして光に包まれた少女を確認すると、ハヤテはさわやかな笑顔とともに身体を離して自分の席に戻ってしまった。取り残された少女は名残惜しそうに右手を彼の方に伸ばしたが、少年は気づく様子もなく脳天気にポップコーンを頬張っている。数瞬のためらいの後、マスク・ザ・マネーはツンと顔を背けて勢いよく自分の席に座り込んだ。
「楽しみですね、お嬢さま♥」
「……あぁ……」
少女が逃げないと分かって再び盛り上げ会話モードに入った少年執事と、どこか不機嫌なマスク・ザ・マネー。しかし怒ったような表情とは裏腹に、少女の左手はさわさわと隣の少年の膝元をさぐり、少年とのつながりを探し始めた。そしてまもなく探しあてた少年の小指を、ためらいながらもきゅっと握りしめる小さな手。暗いところだからできる、意地っ張りな少女なりの感情表現。だがこれに対し、鈍感さにおいて神の領域に達しているハヤテの返答は、
「あぁ、すみませんお嬢さま、気が回りませんで」
素早く手を引くと、少女の手の位置にポップコーンの箱を無造作に置いたのであった……。
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筆者あとがき:
『ナギに誘われ、綾崎ハヤテは流行の恋愛映画を見に行った』
普通ならこの1行で済んでしまう展開を文章化するのに、延々3章を費やしてしまいました。読者のみんなは付いて来てくれてるのかな、長すぎて読むの放棄されてたりしないかなぁ。心配しきりな今日この頃なのです。
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