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お熱いのが好き、Baby!

初出 2005年05月04日
written by 双剣士 (WebSite)
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ドタバタするかと思いきや想定内で収まってしまった第1章

「……ふむ」
 大金持ちの引きこもり少女・三千院ナギはお気に入りの巨大ロボ漫画を読み終えると、小さな声で溜め息をついた。
 今週の話は新手の敵も主人公の試練も出てこない平凡な話であった。久しぶりのオフに(地球の平和を守る戦士たちにそんなものがあるのか限りなく疑問だが)街中に繰り出した主人公が、ゲーセン制覇3連荘を軽く済ませた直後に偶然、憧れていた女性隊員と顔を合わせる。普段とは違う着飾った彼女の姿に胸をときめかせつつ、映画に買い物に遊園地と定番のデートコースを一緒に回り、平和の貴さとそれを守る自分の使命の重さを再認識する……そんな甘々のエピソード。
 少し前までのナギなら『読んで損した』と断じていたに違いない、中休みにも似た回であった。しかし今は……漫画を胸に乗せて瞳を伏せ、物思いにふける自分がいる。そして空想の中のデートシーンでは女性隊員の立場に自分がいて、主人公の方には……あの鈍感な新米執事の顔が浮かんでくるのだった。

                 **

「なぁハヤテ……知ってるか? 『世界の末端で○○を叫ぶ』ってやつ」
「あぁ、今話題の映画ですよね。いっときベストセラーになって、TVドラマ化も近々あるって」
 ある日の朝食の席。マリアの作ってくれた絶品の朝御飯に舌鼓を打っていた借金執事・綾崎ハヤテは、彼の雇い主から突然振ってきた流行映画の話題に何の気なく答えた。
「そ、そうか、そんなに話題になってるのか……」
「いやぁでも、今どきありえないですよね、あんなベタベタのラブストーリー」
 目の前の少女がかすかに頬を染めているのにも気づかず、若干16歳の少年執事は無神経に笑い声を上げる。普段からゲームやアニメばかり見ているお嬢さまが、あんなの見たがるわけないよ……そんな先入観もあっての軽口であった。そのせいもあってハヤテは、続くナギの言葉に一瞬反応が遅れた。
「ハヤテは、ああいうのに興味ないか?」
「……え、ああ僕ですか? いや僕は別に……」
「興味あるよな? 見てみたいって思うよな?」
「いや僕はそれより、デ○ルマンとかの方が……」
「誰かと一緒にああいうの見てみたいって、お・も・う・よ・な?!」
 テーブルの向こうから押し寄せてくる猛烈な圧力に、ハヤテの危険探知センサがけたたましくアラームを鳴らす。空気が歪んで13歳の少女の姿が当社比256%にまで拡大されて迫ってくる。張子の虎のように少年はブンブンと首を縦に振った。
「ナギ、あんまりハヤテ君をいじめると可哀相ですよ」
「いじめてなどいない、確認しただけだ……さて、ところで今日はいい天気だな、ハヤテ? 絶好の映画日和だと思うだろ」
 さっきの気迫はどこへやら、椅子に腰を下ろすとわざとらしく顔を横に向ける三千院ナギ。見え透いた誘導尋問に隣席のマリアはくすくすと忍び笑いを漏らした。だが一方の少年執事のほうは相変わらずの鈍感ぶりを発揮する。

《こ、これは……暇をやるから映画にでも行って来いってことか? 誰かと一緒ってことは映画の券が2枚あるって意味? やった、マリアさんの好感度をアップするチャンス!》

 心の中で狂喜したハヤテはナギの元に駆け寄ると、ひざまずいて少女の手を固く握りながら瞳をきらきらと輝かせた。
「ありがとうございますお嬢さま! 綾崎ハヤテ、この御恩は決して忘れません!」
「そ、そんなに大げさに言うな……照れるじゃないか」
「それじゃさっそく準備してきます!」
 羽でも生えたかのような勢いで食堂を飛び出していくハヤテ。そしてドアをくぐった直後、首だけ室内に戻した少年は……まだ自分の幸運が信じられないかのような表情で、おずおずと小さな恩人に問いかけた。
「あの、お嬢さま……本当にいいんですよね、好きな人を映画に誘って?」
「ば、馬鹿、そんな明け透けな言い方……ま、その、なんだ。ハヤテがどーしても見たいって言うんなら、それは尊重すべきだと思うぞ、うん」
「ありがとうございますっ!!」
 元気いっぱいに飛び出していくハヤテと、わざとらしく咳払いをするナギ。そんな2人の様子を見ていた美人メイドさんは額に手を当てながら、何気ないそぶりで席を立つのだった。
《これは、さすがに……まずいわね〜》

                 **

《ナギの言いたいことは見え透いている。でもハヤテ君はナギの気持ちに気づいてない》
 両者の食い違いに唯一気づいているマリアとしては、この状況を放置するわけには行かなかった。ハヤテの自室へと急ぎながら、彼女は可及的速やかに事態を収拾する方法について思案していた。
《ハヤテ君が誰を誘うつもりか知らないけど、今回はナギに合わせてもらうしかないわよね……でもナギのことだから、一緒に行きたがってるだなんて意地でも認めないでしょうし。ハヤテ君をその気にさせるしか、ないわけなんだけど……》
 幼いころから妹のように接している女主人の性格を彼女は誰よりも熟知していた。屋敷に引きこもってばかりのナギにとっては勇気の要る決断だっただろうし、できれば願いをかなえてあげたい。
《でもハヤテ君にその気がない以上、あんまり親密にさせるのもまずいのよね。あとでナギの傷が広がるだけだし……かといってハヤテ君がその気になっちゃったら、それはそれで困るし》
 巷間を賑わせている幼女がらみの事件報道の数々が、走馬灯のように脳裏に浮かぶ。ナギの本心をハヤテに打ち明けるのはリスクが高すぎるように思えてならなかった。もっとも彼女は気づいていない……この優柔不断さこそが事態を加速度的にややこしくしている元凶だということに。
「ハヤテ君、入ってもいいかしら?」
「あ、マリアさん、どうぞ♥」
 軽いノックをしてから執事室のドアを開けるマリア。1歳下の少年の輝くような笑顔が彼女の目には眩しかった。ごめんねハヤテ君、と心の中で手を合わせながら、マリアは慎重に言葉を継いだ。
「あの、ハヤテ君……さっきの映画の話、いったい誰を誘うつもりかしら?」
「え、誰って、その……こんなストレートな展開になるとは思ってなかったなぁ……」
 ハヤテの頭の中で《ひょっとしてマリアルート確定?》なるネオンが明滅しラッパを持った天使たちが飛び交っていることなど、マリアは知る由もない。敏腕メイドの洞察力も、不思議なことにその点だけには及ばないのだった。
「もしまだ、決めてないんでしたら……」
「……(ごくりっ)……」
「ナギを誘ってあげてくれませんか?」
 いかにも軽い調子で提案してみる。ハヤテの瞳の光が急速に力を失っていく中、マリアは考える暇を与えぬよう矢継ぎ早に語りたてた。
「あの子がSF系以外の映画に興味を持つなんて、すごく珍しいことなんですよ……ここは情操教育の一環ということで、ね♪」
「は、はぁ……でもお嬢さまがくれた、せっかくの機会なのに……」
「ハヤテ君は借金返済するまで、40年間このお屋敷にいるんでしたよね?」
 卑怯な言い方と承知しつつも、マリアは少年がぐうの音も出せない話題に切り込んだ。
「ま、まぁ、その……はい」
「だったらお休みくらい、またもらう機会がありますよ。それよりナギの成長に責任を持ってもらわないと」
「……責任、ですか」
「ハヤテ君、このままナギのペットで満足なんですか?」
 話しているうちに頭の中が整理されてくる。うん、この路線で行きましょう。マリアはぐいぐいと少年執事を追い詰めていった。
「今のままのナギだとハヤテ君、そのうち合体変形とか17分割とかして見せないといけなくなりますよ?」
「む、無理です無理です、普通に死にます!」
「でしょう? あの子が外の世界や現実の世界に興味を持てば、普通の女の子らしい趣味とかに目覚めるかもしれないじゃないですか」
「それってお嬢さまらしくないような……」
「それに実際、私も助かるんですよね。なにせハヤテ君がお屋敷に来て以来、毎日のようにお屋敷のどこかが壊されて片付けも大変ですし……修理費だってかかるし」
「……うぐぅ」
「ハヤテ君の借金、このままだと雪だるま式に……」
 たとえ修理費に数億かかろうとも、それを執事に肩代わりさせるほど三千院家の収入はみみっちいものではない。最後の部分は単なるハッタリであったが……借金の怖さを身をもって体験している少年執事にとって、これほどの殺し文句はなかった。


 20分後。
「お嬢さま、僕と一緒に映画に行きましょう」
「え、いいよ別に。私なんか誘ってくれなくても……第一、私はそんなに見たいわけじゃないし」
「大丈夫、僕が守るから……ほら、勇気を出して」
「(ぽっ)……し、しょうがないやつだな。そこまで言うのなら付き合ってやっても……い、いいぞ」
 頬を染めながら差し出された手に自分の手を重ねる少女。だがその直後に、少年執事と美人メイドのもくろみはあっさりと崩れ去る。
「それじゃ行きましょうか! ここからだったら△谷がいいかな、それとも川○の映画館かな……」
「……??? 映画ごときで、何でわざわざそんなところに行かなきゃならないんだ?」
「へ?」
「映画館くらい、うちの敷地内にある。さぁ行こうか、ハヤテ」

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筆者あとがき:

 こういうのを書いてみると、流行ネタのストックが自分の中にほとんどないことに気づいて唖然とします。おかげで全然ギャグに切れがない……ちょっと無謀だったかなぁ。

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