ハヤテのごとく! SideStory  RSS2.0

ラブ師匠ウォーズ(中編)

初出 2009年02月08日
written by 双剣士 (WebSite)

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************* 中編 *************

 それは普段どおりの光景。豪勢な料理の並べられた夕食の席での出来事だった。
「ハヤテ」
「はい、お嬢さま」
「口元が汚れた。拭け」
 食事の手を止めて尊大に命令を出すのは、このお屋敷の主人である三千院ナギ。壁際に立って少女を見守っていた使用人の2人は顔を見合わせた。
「ナギ、甘えるのも大概になさい。汚れくらい自分のナプキンで拭けば済むことでしょう?」
「うるさい、私はハヤテに頼んでるんだ。食器を床に落とした時だって使用人を呼んで拾わせるだろ、それと同じだよ」
「そ、それはそうですけど……」
「いいんです、マリアさん」
 困惑するハウスメイドを笑顔で制すると、三千院家執事・綾崎ハヤテは主人のもとに歩み寄り、テーブルからナプキンを拾い上げて主人の口元へと近づけた。ところが、
「ちょっと待て、ハヤテ」
「はい?」
「なんだそれは。私の顔は直接触れるのも嫌なくらい汚らわしいと言うのか?」
「い、いえ別に、そういうわけでは……」
 今夜に限って妙なところに絡んでくる13歳の少女は、ナプキンを使わず指で拭け、と少年執事に命令した。少年は戸惑ったが主人の厳命とあれば仕方ない。
「では……失礼します、お嬢さま」
「(ぱくっ)」
「……!!」
 すると少女は予想外の行動に出る。頬についたソースをぬぐった少年の指を、素早く顔を振ってくわえ込んだのだ。驚きを隠せないハヤテの指先を、ナギは口の中で存分に味わい……そっと離した指と口の間には、細い唾液の橋が架かる。そして震えながら指を引っ込めるハヤテに向かって少女らしからぬ艶めかしさで微笑むのだった。
「うん、これでいい。せっかくの夕食だから隅々まで味わいつくさないとな」
「お、お嬢さま……」
「これからも頼むぞ、ハヤテ」
 そういって正面に向き直り食事を再開するナギ。対するハヤテは彼女の右脇に立ち尽くしながら、呆けた表情で指先をハンカチでぬぐっていた。そして部屋にいる皆が次の行動に注目する中、少年はいつもどおりの表情で口を開いた。
「もう……お嬢さま、食べ盛りなんですね。ほっぺたについた分まで食べなくていいんですよ、お替りはまだまだありますから」
「…………!!」
「…………(ふぅっ)」
 食事をする少女の背中がわずかに震え、それとは対照的に見守っていたハウスメイドの緊張が一気に解ける。しかしその元凶たる少年執事は自分の言葉のもたらした波紋に気づくことなく、わがままな妹を見守るかのような優しく澄み渡った瞳でナギのことを見つめるばかりであった。


《ふぅっ、どうにかセーフだったみたいですわね、あの仕草》
 はらはらしながら展開を見守っていたメイドのマリアは、心の中で安堵の溜め息をついていた。彼女だけは知っている。ナギの奇異な行動は、あのラブ師匠メールマガジンに書かれていた内容を参考にしているということを。

恋人がほっぺたに食べ残しをつけてるときは言葉では指摘せず、キスする振りをして唇でぬぐってあげましょう
⇒ ほっぺたの食べ残しは優しく指先でぬぐってあげましょう。ナプキンを使うなんて他人行儀はしないこと

 ラブ師匠からのアドバイスは過激の度合いを近頃どんどん増してきている。こんな内容をナギの目に触れさせるわけには、と以前にも増して懸命にアドバイス内容の骨抜きを図るマリアだったが……しかしナギがプレミアコースへと契約を変更したことで、マリアには迷いが生まれていた。これまでのように小学生レベルの触れ合いばかり書き送っていたのではナギが不審に思うかもしれない、あくまでハヤテ君が変な気を起こさない範囲内で、徐々にボディタッチを増やしていく内容に変えていかないと……と。
《でも……ハヤテ君のセーフティゾーンって、どのくらいなんでしょうか……?》
 いかに天才メイドといえども恋愛経験ゼロの17歳である。男性にとって『妹』から『異性』に変わる境界線がどこかなんて、想像だけで判断するには限界がある。
 今回の『指先でぬぐう』アドバイスは一種の賭けだった。こんなお行儀の悪い仕草は普段のマリアなら絶対に認めないのだが、それだけに『ラブ師匠からのアドバイス』としてナギが信じ込む可能性は高いし、今後のハヤテの行動を見極めるリトマス試験紙になりうる。さすがにナギが指先をくわえ込むなんて大胆行動に出ることまでは読めなかったが……どうやら今回は一線を越えずに済んだようだった。
《良かったですわ、あのくらいまでならハヤテ君はオーケーなんですね。これからの参考になりそうです》
「マリアさん? どうしたんですか、ぼんやりして」
「……え、えぇ? あ、ああ、いえ、なんでも」
 不意に呼びかけられて、物思いにふけっていたマリアは顔を上げた。ここは厨房の一角、ナギの夕食を見守った2人が場所を変えて遅い夕食をとっているところ。さっきまであれこれ考えていた少年をすぐ目の前にして、マリアの頬は思わず紅潮した。
「どうしたんですか、お嬢さまのことで何か心配事でも?」
「い、いえいえ、なんでもないんですよ、ハヤテ君」
 心配げな少年の視線をあわてて受け流すマリア。だが心の動揺が収まるにつれ、胸の奥に小さな炎がともる。それは“意地っ張り”という名の赤々とした炎であった。
《なんてことでしょう、私はハヤテ君より年上のお姉さんなのに……このままじゃ威厳が丸つぶれですわ》
 こういう詰まらないことに拘ってしまうこと、それ自体が幼さの証であることに彼女は気づいていない。
「……あら、ハヤテ君。ほっぺたにお弁当さんがついてますよ」
「えっ?」
「もう、しょうがない子ですね」
 向かいに座ったハヤテの頬についたご飯粒に手を伸ばし、そのまま自分の口へと運ぶ。ハヤテにとってセーフティと確認済みの、年下をたしなめる仕草を目の前でやってみせたマリアは、心の中で大いに溜飲を下げていた。しかし人生経験の浅い彼女は知らなかった……同じ仕草でも行う人間によって、まったく逆の印象を相手に与えることもあるという事実を。
「あ、やっ! マ、マリアさん……それ……」
「?? どうしたんですかハヤテ君、しっかりしてくださいな」
 さきほどとは逆に顔を赤らめて口ごもるハヤテに対して、満足そうな笑顔を浮かべるマリア。なんだかんだでこの2人、鈍感さでは似たもの同士なのである。


(後編に続く)

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