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ラブ師匠ウォーズ(前編)

初出 2009年01月03日
written by 双剣士 (WebSite)

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************* 前編 *************

「まぁたしかに私はラブ師匠と言えなくもないわ」
 意味深な一言から始まった、霞愛歌と三千院ナギの恋愛相談。友達の相談という建前でアドバイスを求めてきたナギに対し、不特定多数向けという建前のメディアであるメールマガジンで事細かに指示……もとい、いじりネタを提供する愛歌という図式がしばらく続いていた。
 三千院ナギは妙に律義なところがある。お礼を兼ねた感想メールをせっせと書き送ってくるのを微笑ましく見守っていた愛歌だったが、経過報告と次回要望が次第に具体的になっていく様からナギの“ターゲット”を察知するのに時間はかからなかった。なにしろアドバイスを求めるシチュエーションの多くが、お屋敷の中で完結する状況ばかりなのだから。ナギがお屋敷の中で接する異性の中で、恋愛対象になりそうなのは1人しかいない。
《ふ〜ん、三千院さんが綾崎君のことを、ねぇ?》
 数々の超人的技能を備えつつも、純朴で女慣れしてそうにないクラスメートの顔が愛歌の脳裏に浮かぶ。彼とはたいして深い付き合いがあるわけでない愛歌だったが、積極的に女の子にアプローチしそうなタイプでないことは先日の下着買い出しの一件からも容易に察せられた。きっとナギからのアプローチだって、単なる子供のわがままくらいにしか彼は受け取っていないだろう。
《難攻不落、か。三千院さんも気の毒に》
 対象カップルを具体的にイメージできればアドバイスも出しやすい。霞愛歌は半ばロールプレイングをするような感覚で細かい指示を書き送り、ナギから感謝感激の返事を受け取っていた。しかしあるとき、年下の同級生から飛び込んできた一通のメールが愛歌の指先を凍らせた。
「それで、ラブ師匠……そろそろ初心者向けレッスンは終わりにして、その、肉体的な刺激の手順というものを……」


「う〜ん、これは……さすがに放置しておけませんわね」
 ナギからのきわどい要望メールを目にした人間がもう1人。三千院家警備部門の総元締めであり、ナギの姉代わりでもある17歳の敏腕ハウスメイドである。彼女はもちろんナギがハヤテに向ける想いに気づいていたが、同時にそれをハヤテが受け入れる行為が“犯罪”であることも承知していた。
「メルマガを運営するくらいだから、きっと相手は恋愛の達人……あのハヤテ君が無難にあしらえるとは思えませんし」
 お屋敷内の監視カメラ映像すべてを掌握し、少年執事の身に当人には内緒で発信機まで取り付けたこともある彼女である。お屋敷内から送受信される携帯電波を傍受するなど造作もない。ナギの書き送った詳細な情報を元に恋愛の達人が本気を出したら……マリアは想像して身震いした。もっとも彼女は相手が同い年の病弱女子高生であるとは知らないのだが。
「こんなことはしたくありませんけど……あの子のためですもの。緊急避難、緊急避難です」
 そうつぶやきながらマリアは、三千院家お屋敷内に巡らされた携帯電話基地局の設定をこっそり変更した。ナギ宛のメールが自分の携帯へと届くよう、そして自分からナギへのメールがラブ師匠からのものと偽装されるよう転送設定を書き換える。メールマガジンなら到着時刻が数十分遅れたって気づかれにくいことを利用した割込み検閲作戦である。


男の子の腕を抱くときは、彼の肘をあなたの胸の谷間に押し付けちゃいましょう
⇒ 男の子と手をつなぐときは、優しく卵を抱くように両手で包み込んであげましょう
街を歩いてるときは足をくじいた振りをして、時々しゃがみこんで見せましょう。そのとき胸の谷間とスカートの間を彼の正面に向けること!
⇒ 街を歩いてるときは足元に注意して転ばないようにしましょう。ドジっ子アピールより元気溌剌の方が、きっと彼だって楽しいはずですよ。

《マリアの様子が、近ごろおかしい》
 ナギは身辺を世話するメイドの変化に薄々気づいていた。表面上は普段のマリアと何の違いもない。だが最近はやたらと携帯電話をいじってる時間が増えたみたいだし、そのたびにしきりと自分の目の前から隠れようとする仕草を見せる。お料理のレシピを教えてくれるメルマガに登録したんです、と笑顔で答えてはくれるものの、携帯電話を覗き込もうとすると全力で拒否する。まるで後ろめたいことでもしてるみたいに。
《……男、か?》
 いくら家族同然とは言っても、マリアだっていつかは自分の傍を離れる。心の奥で薄々は覚悟していたとはいえ、現実にその兆しが見えてくると心平静では居られなかった。相手はだれか、その時はいつか……気になって気になってたまらなくなったナギは、寝室でマリアの隙を窺った。そして数日後、ようやくマリアの携帯を盗み見ることに成功するのだが……。
《な、なんじゃこりゃああぁ〜〜!!》
 マリアの携帯にはラブ師匠からのメルマガがずらりと並んでいた。そしてそこには、自分へのメルマガとは比較にならない過激で実用的な内容が書き込まれていたのである。


 そしてある日のこと、白皇学院の教室にて。
「ラブ師匠!」
「え、あの、学校でその呼び方は……」
 呼びかけられて顔を上げた愛歌は絶句した。目をらんらんと輝かせ鼻息荒くした三千院ナギが、怖い顔をして仁王立ちしていたのだから。
「あのメルマガの、プ、プレミア会員になるには、どうしたら?!」
「プレミア会員? そんなもの……」
「ぜひ教えてください! あんな子供だましではなくて、もっとアダルティで超実用的な……そういう情報もあるんでしょう?」
「…………」
 プレミア会員とやらに心当たりはなかったが、こんな聞き方をされて黙ってはいられない。良かれと思って書き送ってきたアプローチの手練手管を“子供だまし”と断じられてしまったのだ。それは愛歌の嗜虐心を燃えさからせるのに十分な一言だった。愛歌は思いっきり黒い笑顔を浮かべながら返事をした。
「いいわよぉ、お望みとあらば……月額2000円の会費さえ払ってくれれば、もっともっとグレードアップした内容を送ってあげるわ」


 かくして愛歌→マリア→ナギ→愛歌という奇妙な円環構造が図らずも成立する。愛歌の過激な恋愛指南はすべてマリアの手で薄められ、内容を差し替えられたことに気づかぬナギが一層のグレードアップを懇願するという自己増殖ループが構成されてしまったのだった。3者ともに勘違いの構造に気づかぬまま、電波で飛び交う乙女たちの言葉の槍は激しさを増して……。
 そして渦中の少年、綾崎ハヤテが局外中立でいられなくなる瞬間も、刻一刻と迫りつつあった。


(中編に続く)

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