STORMY FESTIVAL
「なぁシャオ、台風あけの祭りの伝説って知ってる?」
「台風あけのお祭り、ですか?」
一通り洗濯物を干し終えたシャオは、きょとんとした表情でぽつりと言った。
「いや、実はさ、あたしが中国へ旅行に行って訪れたところの伝説なんだけど、
そこだと台風へ向かってそれをくぐると、伝説のお祭りがあるんだ。
そのお祭りは台風の真後ろにあるっていう伝説のお祭りで、
そこでそのお祭りに参加した二人は、その年とても幸せになれるんだ。」
那奈は得意げに説明した。だがシャオは
「はー・・そうですか。なんだか前に翔子さんに教えてもらった梅雨の言い伝えに似ていますね。」
と、翔子に教えてもらったことを思い出して言った。
那奈はそのシャオの言葉に驚いた。
彼女は翔子が以前シャオに梅雨の言い伝えを吹き込んだことを知らない。
「え?あ、それはきっとその伝説がこっちに伝わったとき変わっちゃったんだよ。
そういうのってよくあることだし…」
咄嗟に彼女はその場を取り繕った。しかし
「でも、私が中国にいたときには、そのような伝説は聞いたことがありませんが…」
シャオのするどい突っ込みに、那奈はまたしても動揺した。しかし那奈も負けていない。
「き、きっとシャオが支天輪の中にいたときか、シャオが仕えていたところとは違う地方の伝説だったんじゃないかな…」
またもや咄嗟に思いついたことをシャオに言った。
「はあ…そう言われるとそうかもしれないですね…」
シャオは那奈の言ったことを額面どおりに受け取った。
念のため確認しておくが、彼女の言ったことは全てウソである。
「…で、シャオ、その祭りに行ってみないか?太助と一緒に…」
「え?」
「二人ともさ、夏休みだっていうのにもかかわらず、平日と同様“二人だけ”で何かやるって事ないじゃない。
いい機会だから、行って見たらどう?」
実は最近那奈は内心、二人の関係がなかなか進展しないのにもどかしさを覚えていた。
シャオは薄々ながらでも、結局は女性である以上恋愛感情を持っているので、
こういうことになれば嫌でも進展すると那奈は踏んでいる。
それに元来女性はこの手の話になると、異常とも言えるほどの機転、行動力などが優れる。
シャオはこの定義に忠実に従っていた。(既に実証済)
だからシャオにこのような話を持ちかけたのだ。
「でも、台風がこなきゃ…」
シャオはもっともなことを言った。その表情には少しながら雲がかかっている。
那奈はそれを見てニヤリと笑い、彼女の雲を割った。
「大丈夫。さっきニュースで天気図を見たら、台風は九州のほうに上陸したって話だよ。だからもう少しすれば…」
「そのお祭りに参加できるんですね。」
ぱっとシャオの表情は明るくなる。今にも行きたそうな表情だ。
「そういうこと。あ!そうそう。これだけは忘れちゃ駄目だよ。
できるだけ二人だけの時間は手をつないでいること。
この条件を満たさなきゃ祭りに参加できないからね。
伝説の祭りっていうのは神の力が働いているって話だから。
条件を満たさなかった二人はまず行くことができないからね。
後で太助にも言っといてね。」
「はい!」
彼女の返事で、那奈はそのことについての大きな不安要素を片付けるよい方法が思いついた。
「そうだ!できるだけ早朝に出たほうがいいかもしれないよ。」
「え?なんでですか?」
「まあ“善は急げ“って言うし、それにできるだけ長い時間太助といたいだろ?」
シャオはそれを聞いて言葉に詰まった。数瞬の間、部屋は外からの雑音しか聞こえない。
「…ええ…」
シャオは少し顔を赤らめながらポツリと呟いた。
那奈はそれを見て内心喜んだ。
「だろ?だから早朝から行動を起こしたほうがいいよ。」
「はい!わかりました。」
数日後、那奈の言った通り、台風が太助達の町に上陸し始めた。
「太助様!起きてください太助様!」
太助は身体を揺さぶられて目を覚ました。
半身を起こして時間を確認すると、時計は朝5時を指している。
「どうしたんだシャオ?こんな朝早く…」
眠い目をこすりながら彼女に聞いた。
「お願いです太助様、早く着替えてください」
「え?」
「お願いです。急いでください。」
「あ・・ああ。」
太助はシャオが部屋から出て行った後、腑に落ちないまま着替えることにした。
外から雨風の音が聞こえる。台風が上陸しようとしていることは太助にも分かった。
太助は、何かただ事じゃないと思った。
着替えるとシャオが部屋の外で待っていた。彼女の手には太助が時々使う雨合羽が乗っていた。
「?」
「これを着てください。」
シャオは雨合羽を太助に差し出す。
「これって雨合羽?外に行くのか?」
「はい。ちょっと遠くのほうまで行かなきゃいけないので…」
彼女は何故だか少しじらして言った。
これは那奈から言われた行動ではなく、彼女がごく自然にとった行動だった。
「遠く?」
「お願いです太助様。そこまで一緒に来てくれませんか?」
「俺も行くの?!」
太助は思わず声をあげた。思わずシャオは太助の口をふさいだ。
そして彼女はあたりを確認する。ルーアンたちが起きると思ったのだ。太助はわけが分からず、
そのままになっていた。そして彼女は太助を向く。
「お願いです。来てほしいんです。一緒に…」
太助はシャオの声が何故か切実に聞こえた。そして太助は小さく笑った。
「…分かった。いいよ。どこへ行くか知らないけど、一緒に行くよ。」
これが始まりとなった。それを、息を潜めていた那奈が全てを見ていた。
「よし!じゃああたしは“あれ”を取って来ないと・・」
太助は雨合羽を纏い、玄関へ向かった。シャオは自分の雨合羽を纏う途中、那奈に会った。
「那奈さ…」
那奈はシャオの口をふさいで小声で『頑張れよ』と言った。
シャオはそれでこくりと頷き、太助のもとへと走っていった。
那奈はそれを見送った後、こっそりルーアンの部屋へと忍び込んだ。
ルーアンは小さな寝息を立ててぐっすり寝ていた。
忍び足で那奈は、部屋にある鏡台の上にあった白いコンパクトを手に入れ、何事もなかったかのように持ち去った。
そして彼女は台所のテーブルの上にある書置きを見つけた。
『太助様と一緒にお祭りに行ってきます。すぐに帰れると思うので、心配しないでください。
シャオリン』
那奈はそれを見て、大きなため息をついた。
「やれやれ、随分簡単な文だな・・・・そうだ!」
那奈は一つの妙案を思いつき、白いもう一枚の紙に、シャオの書置きを見ながらある文を書いた。
『皆さんには悪いですけれど、太助様と旅に出ます。
数日で戻りますから、あまり心配しないでください。
それと、私たちをどうか、捜さないでください。
シャオリン』
「これでよし。」
彼女はあえて、誤解を招くような文を書いた。
理由は、これを読めばいつものメンバーは混乱するだろうし、少なくともそれだけ時間を稼いでおけば
ふたりきりの時にしか言えないだろう太助の『告白』も言えるだろうと考えたのだ。
彼女はそこまで計算していた。
全てを書き終えたとき、彼女は何事もなかったかのように、シャオの置手紙とすりかえた。
二人が5分ほど走って、ようやくシャオが探していた祭りにたどり着いた。
「ここでいいの?シャオの探していたのは?」
「はい!」
既に人の行列がいろんな店の前にできている。
二人がそれに加わろうとしたそのときだ。
「太助様、ちょっと待っててください。」
「シャオ?」
シャオは人目のつかないところへ姿を消した。
それから数秒ほど経って…
「太助様。」
シャオが後ろから声をかけた。振り向くとそこには着物姿のシャオがいた。
どうやら先程は女御に服を着物へと変えてもらっていたらしい。
「あ・・」
太助はその姿にしばし見惚れた。
いつか宮内神社の祭りに行ったときの着物姿と同じように、「かわいい」と思ったのだ。
「どうかしました?」
「あ…いや、別に。じゃあ行こうか。」
しどろもどろしながら太助は答えた。
その様を、一つの視線が捕らえていた。
そしてその影は二人へと近づいていった。
「どこへ行こうか…」
「ねえそこのお二人さん、肝試しなんかどう?」
影―――二人に声を掛けたのは太助達より少し年下の少年だった。
緑のかかった髪を短く切りそろえ、黒い瞳は大きかった。
でもその瞳は、なにやら怪しい雰囲気とも見て取れるような光が輝いている。
「?肝試し…ですか?」
「そうそう、今あそこでやっているからやってみない?カップルには結構人気な所だよ。」
「はぁー…そうですか。太助様、行ってみませんか?」
シャオは楽しそうだと思ったのか、太助を誘う。
ちなみにシャオは、カップルという言葉がどういう意味を持つのかを知らない。
「え…俺は…」
またもやしどろもどろする太助を見て少年は太助をからかった。
「おいおいお兄さん、彼女の前でかっこ悪いところを見せちゃ駄目だよ。」
その言葉に押されたのか、それとも馬鹿にされたと思ったのか、太助は行くことにした。
「わかったよ。じゃあ行こうか。」
「そうこなくっちゃな、お兄サン。肝試しは社のところを右に曲がったとこだから。」
「ありがと。」
二人は礼を述べ、最初に社へ行くことにした。少しの間少年はその二人の姿を見送っていたが、
やがて二人に、まるで罠にかかった獲物に対して浮べるような笑みになった。
少年は肝試しの担当だったのだ。
「へへ…久しぶりに面白そうな相手だな。」
少年は裏道を走って二人の先回りをした。
太助とシャオは少年に言われた通り、社のところを右に曲がったところに来た。
そこは祭りの光もまともに届いておらず、受付の係員の所にある簡単な照明がなければ、
ほとんど漆黒が支配しているような、恐怖感を象徴するような闇だけが広がっていただろう。
そう思わせるほど、暗いところだった。
「ここですか?肝試しをやっている所って。」
「そうです。ルールは簡単です。この道に沿って進むとその先の大木の根元に折り紙がありますから、
そこで鶴を折ってこちらへ戻ってきてください。道をそのまままっすぐ進めば、ちゃんとここへ戻れますから。
それではどうぞ。」
係の人に促されて懐中電灯を受け取った後、二人はその道に入ることにした。
係員の視界から二人が消えかけた頃、もう一人の係員が受付に来た。
「…交代の時間で〜す。暑い〜…」
着物を着た緑のかかった髪を尻尾のように束ねた少女だった。山野辺翔子である。
「ああ、臨時バイトの人ね。それじゃあ後よろしく。」
係員と交代したあと、ふと肝試しのコースに目をやった。
するとそこには彼女には見覚えのある、いや、見慣れた二人がいた。
「ん?あれもしかして七梨じゃ…なんでここに?」
翔子は持っていた缶ジュースのプルタブを空けながら言った。
疑問に思いながらも、彼女は深追いせず二人を見送った。
入って一分後、シャオは太助に聞いた。
「あの太助様、肝試しって何ですか?」
「え?知らなかったの?」
「ええ、でも、さっき教えてくれた人の話を聞いて、なんだか楽しそうなものだと思ったんです。違うんですか?」
「…どうだろ…」
太助は苦笑いしながら答えた。その時
太助の顔に何かやわらかくて水っぽいものが当たった。
「あてっ!」
それは蒟蒻だった。視界が狭くて気付かなかったが、この辺りには幾つか蒟蒻が吊るされていたのだ。
シャオは目を凝らしてその蒟蒻を見た。
「太助様、何でここに蒟蒻がたくさん吊るされているんですか?誰かが忘れていったんでしょうか?」
何も知らないシャオは言った。
「…プッ・・・あはははっ!!!…」
太助は思わず吹き出した。シャオは何故笑ったのか分からない。
「え?太助様、どういうことです?太助様ぁ!」
太助はしばらくの間その場で笑っていた。
シャオは相変わらず、なぜ笑ったのか分からなかった。
「…やっぱりこれじゃどっちも怖がらないか…しかし、彼女のほうは怖がらずボケるとは・・・・・・すごいな。」
物陰から二人を観察する少年は思わず感心した。
先程二人を誘った少年である。
「よし、次で驚かせてやるか。」
少年は先回りした。
しばらく二人が歩いた後、シャオはさっきの笑った理由を聞いた。
「太助様、何でさっきあんなに笑ったんですか?」
「え、あ・・いや、さっきの蒟蒻は誰かが忘れたわけじゃなくて、脅かすためのものだったんだよ。
肝試しは、もともと人を怖がらせるものなんだから。」
「はあ…そうだったんですか。」
「そういうこと!」
物陰に隠れていた少年は二人に気付かれないように言った。
そして彼が仕掛けておいたものを使うことにした。
突然植え込みから音が発せられる。
そこから出てきたのは、大きな骸骨の人形だった。
だが二人は音には反応したものの、何が出てきたのか分からない。
だが彼の仕掛けはこんなものではなく、その大きな骸骨人形を二人の目の前へ横切らせようと、
少年は人形を動かした。しかし
「がっ!!」
少年がよく見えず、加えておもいっきり動かしたせいか、人形は太助の頭に当たった。
人形とはいえ、随分固くできているので、太助は石をぶつけられたような衝撃を受けた。
太助の意識は飛んだ。そして地面に倒れる。
「太助様ぁ!!」
シャオは倒れた太助の名を呼ぶ。しかし太助は答えない。
それを見て少年は物陰から出てきた。
「あちゃー、ぶつかっちゃったか。よく見えなかったからな。お兄さんごめ…」
少年が謝ろうとしたとき、シャオはその少年を怒りの形相にらんでいた。
いや、正確にはその少年の姿はシャオには見えないのだが、そこに誰か人がいることは分かっていた。
彼女は太助を傷つけられたことで、怒りを通り越して、そして切れた。
「え…お姉さん?」
シャオより夜目のきく少年は彼女の表情が見て取れた。
そしてそこから彼女の怒りがひしひしと伝わった。
「・・理由はどうだか分かりませんが、太助様を傷つけましたね!許しません!
来々!天鶏!!」
シャオは支天輪を少年のほうへ向け星神を呼び出した。
全身を炎で纏った鳥、天鶏は少年へ向かって飛翔する。
「な!なんだあ?」
少年は混乱しながら天鶏に追いかけられていった。
数分して、太助は意識を取り戻した。
「あ、太助様。大丈夫ですか。」
先程の怒りの形相は何処へ行ったのか、シャオは笑って話し掛けた。
「ん、あ、大丈夫。」
太助は半身を起こそうとすると地面に手をついた。その時地面とは違う滑らかな物に触れた。
「ん、これは折り紙?ここだったんだ。」
係員の人に言われた大木の根元にある折り紙を太助は拾い上げると、シャオに一枚差し出した。
そして二人は仲良く鶴を折っていった。
それからしばらくして、太助たちはゴールへ着いた。
「太助様、面白かったですね。肝試しって!」
「そうだな。」
「え?やっぱり七梨なのか?」
二人に聞き覚えのある声が耳に入った。二人がその声のしたほうを向くと、そこには翔子がいた。
「翔子さん!」
「やっぱりシャオに七梨か!」
驚き混じりで山野辺が叫ぶ。
「山野辺?何でここにいるんだよ。」
意外そうに太助は翔子へ叫ぶ。
「それはこっちが聞きたいよ。何でここにいるの?」
太助と翔子は、まったく訳が分からなかった。
三人は場所を替えて事のいきさつを説明することにした。
そして彼らは、場所を社の前へ移し、そこに座った。
「で、何で山野辺がここにいるんだよ?」
まず太助が切り出した。
「ああ、あたしは盆休みが近いということで、ここに来たんだよ。」
「え?田舎ってここなの?」
「この近くにある家さ。で、暇つぶしに小遣い稼ぎでもしようかと思って、
ここの祭りの手伝いをすることにしたのさ。そしたら七梨がいるだろ。驚いたよ。
・・・で、二人は何でここにいるんだい?」
「いや、それは・・・」
太助には上手く説明できなかった。
シャオはそれを思い出し、太助の代わりにシャオが説明する。
「実は、台風明けのお祭りに行きたかったので、ここに来たんです。」
「え?台風明けの祭り?」
翔子は鸚鵡返しに言う。
それを聞いた太助は不思議に思った。てっきり山野辺が吹き込んだことだと思ったのだ。
「え?山野辺が吹き込んだことじゃなかったのか?」
「いえ。那奈さんに教えてもらったんです。」
「那奈姉…」
姉の顔を思い浮かべて太助は呆れる。それを尻目に翔子は大笑いをした。
「ははは。那奈姉もいいことするじゃん。いい姉を持ってよかったな七梨。」
「あのな…」
「それはそれでシャオ、そのお祭りに行くと、一体どうなるって言ってたんだ?」
翔子は興味を持って聞く。
「そのお祭りに参加した二人は、その年とても幸せになれるって言っていました。
以前翔子さんに教えてもらった言い伝えは、ここから来たんだろうって言ってました。」
翔子はそれを聞いて、また笑った。
どうやらそういう思考においては、那奈と翔子に共通するものがあるらしい。
「なるほど、なあ七梨。」
翔子はいきなり太助と肩を組むなり、耳元で小声で囁いた。
「ちゃんとしっかり幸せにしてやれよ。」
「山野辺!」太助は赤くなる。
その時、暗い道から太助達のもとへ駆け出してくるものがいた。
肝試しでシャオ達を脅かそうとした少年である。
「ハアッ・・ハアッ・・やっと振り切った…て!あ!さっきのお兄さんにお姉さん!」
「あれ、君確か俺達に…」
「どうしたんだ翼、何かあったのか?」
「翔子姉ちゃん!」
「あれ、知り合いですか?」
「知り合いも何も、あたしの従弟さ。翼っていうんだ。」
「そんなことより姉ちゃん!」
「落ち着けって、一体何があったんだ?」
翼と言う少年は事のあらましを説明した。
「…なるほど、翼が七梨たちを脅かそうとして二人を誘ったってわけか。」
「あ・・お兄さん、さっきはごめんなさい。」
「いや、いいよ別に。そんな気にしてないから。」
「ごめんね。逆に脅かしたりして…」
「・・そういえばお姉さん何者?それにあれって一体何なの?」
混乱しながらも翼は訊く。
「私は守護月天、主様を不幸から守る月の精霊です。それとあれは星神といって、
私のお友達みたいなものです。さっき出したのは天鶏といって、全身が炎の鳥なのです。」
「へー。」
「随分簡単に信じちゃうな。」
「だってあんなのをいきなり見せられたら信じるしかないだろ。」
「そうだな。ん、なんか人が集まってきたけど…」
太助は社の前に人が集まってきたことに気がついた。
「あ、そうだ。もうそろそろ打ち上げ花火が始まるんだっけ。」
「姉ちゃん、もう時間だよ。」
翼が腕時計を見て言う。
「じゃ、始まるな。」
翔子が言った途端、花火が上がる音がした。
一同は視線を向ける。紫に燃える花火が轟音とともに輝く。
「綺麗ですね太助様。」
それを見た翔子はそっと、太助に耳打ちする。
「七梨。邪魔者二人は失礼するよ。甘い一時を過ごしなよ。
あと、いいシチュエーションなんだから、いっそのことこの場で告白したらどうだ?」
「山野辺!」
太助が振り向いて叫んだときには、もう翔子たちはいなかった。
花火は彼をからかうように爆発している。
気を取り直した太助はシャオと一緒に、しばらくの間その花火を見ていた。
すると、シャオが花火を見ながら太助に話し掛けた。
「太助様、ひとつ聞いていいですか。」
「…なに?」
太助は不思議そうに言う。。
「…太助様は、私がどうしてなにも言ってなかったのに、一緒に来てくれたんですか?」
「え!?」
シャオの表情は、少し切ないものがあった。
「私、電車の中でいつも思っていました。もしそのお祭りがなかったらどうしようって。
本当はないのかもしれないって、いつも思っていました。
もしそうだったら、太助様になんて言われるか、もしかしたら
本当に嫌われちゃうかもしれないって……すごく怖かったんです。」
「…そういえばそうだよな。あの時は勢いで言っちゃったけど、よくよく考えれば随分非現実的なこと言っちゃったよな。」
那奈はコンパクト越しにその会話を聞いて、思わず自分の頭を軽く叩いた。
でもすぐに真剣な表情へ戻る。
「でもいい機会だな。さて、太助はなんて答えるつもりなんだ?」
「本当は一緒にいられるだけで楽しくて…でも同時に怖かった…。」
シャオの声は少しこわばっていた。でも太助は微笑んで言った。
「なあシャオ…俺は、もし見つからなかったとしても、
シャオのことを嫌いになったりなんかしないよ。
前にシャオに言ったじゃん。『もっと安心して自分のやりたいと思ったことをやってもいいんだよ。
それでもし困ったことが起きても、言ってくれれば、俺が助けてやる』ってさ。
シャオはやりたいことをやったんだから、俺は気にしないし、言ってくれれば助けてやるし、それに…」
太助はそこで口を止める。シャオは怪訝そうに尋ねる。
「太助様?」
太助は意を決して口を開いた
「俺もここに来るまで、結構楽しかったしさ。」
太助は笑った。それを見たシャオも、心の底から笑った。
太助はこのとき、あえて本音を語らなかった。
言いたくないわけではないが、なぜか言えなかったのだ。
二人が笑い終わる頃には、最後の花火が大きく花開いていた。
「ふーん、我が弟ながら、なかなかいいこと言うねぇ。さて、これからどうするのかな?」
「おーい七梨。どうだった?」
からかい混じりに翔子は太助に大声で訊いた。
「あれ、あの子は?」
「花火が終わった後、暗いから先に帰らせたんだ。で、どうだった?」
話をはぐらかされた想いが混じって、更に強く訊いた。
「あのな山野辺…」
「翔子さん、花火綺麗でしたよ。見ましたか?」
「そうだよ山野辺、なんであそこにいなかったんだ?」
翔子は途端に話題を変えられたことに内心憤ったが、それを押し殺して話をあわせた。
「あ、いやちょっと違うところで花火見たかったから…」
そして翔子は太助の方に手を回して自分のところへ引き寄せ、耳元で囁いた。
「で、どうだったんだ?言ったのか?」
「…言ってないよ。」
翔子はそれを聞いて大きな溜め息をつく。
「お前・・・あの時、言わなくていつ言うんだよ?」
「いつか言うよ。……………きっとな。」
翔子はその言葉を聞いて安心したのか、太助から離れて二人に聞いた。
「さて、と。これから七梨たちはどうするつもりなんだ?どこかに泊まるのか?」
「いや、特にあてはないけど…昨日は何とかしのげたけど今日は…」
「おいおい七梨…」
翔子はその言葉が気になった。
「太助様。帰りましょう。軒轅に乗ればすぐ帰れますから。」
「そうだな。長いこと留守にしたし・・・
じゃあ山野辺、俺達はもう帰るから。」
「おいおい・・・」
翔子は更にその言葉が気になる。しかし、真実は聞けず終いとなった。
シャオは支天輪から軒轅を呼び出し、二人は軒轅に飛び乗った。
「翔子さんはいつ戻ってくるんですか?」
「んー、後2,3日したら帰る予定だけど。
なあ七梨、さっきの言葉、あれって一体なんだ?」
「き、気にするなって。」
赤面した太助の顔を見て、翔子はニヤリと笑う。
「隠すなよ。後で聞きにいくぞ。」
「さようなら翔子さん。」
「じゃあな。」
翔子に別れを告げ、二人は家へと帰っていった。
雲を割る一匹の龍の影が、夏の月に写った。
二人が帰ってきたときには、時計は10時を回っていた。
「ただいまー」
太助が居間へと入ったとき、そこにはルーアン、たかし、乎一郎、花織がのびていた。
一日中口喧嘩とかをしていたので、すっかりバテてしまったのだ。
キリュウに至っては、長いことそこにいて圧倒されたのか、ソファーでのびていた。
「な、なんだあ?」
「お帰り。」
「那奈姉!どうしたんだよこれ。」
「とりあえず、そこの連中は放っとこう。
明日になれば明日で色々あるからな。もう寝たほうがいいかもよ。」
「・・・那奈姉、一体何があったんだ?」
「知らないほうがいいよ。とりあえず、早く寝な。」
太助はまだ腑に落ちないが、それでも言われるままにすることにした。
「・・・・ああ、おやすみ。・・・本当にルーアン達放っておいていいのか?」
「あたしが何とかするからさ。」
それを聞いて、太助は部屋へと戻っていった。
「那奈さん・・・・・」
シャオが入ってきた。
「どうだったシャオ?楽しかった?」
「ええ、でも・・・」
「何かあったのか?」
「・・・・・太助様が言ってました。『もっと安心して自分のやりたいと思ったことをやってもいいんだよ。
それでもし困ったことが起きても、言ってくれれば、俺が助けてやる』って。
私は守護月天です。なのに、太助様はなんでそこまでしてくれるのかが・・・よく分からなくて・・・」
それを聞いた那奈は呆れ顔をしながら溜め息混じりにシャオに言った。
「シャオ、そういうことで疑問を抱くのはよくないよ。“答え”がないから。」
「え?」
シャオには意味が分からなかった。
「人はね、そういうことに関しては理屈に合わないことをするんだよ。
シャオが疑問を抱いているものはそれなのさ。
理屈に合わないことに対して疑問を抱いたところで答えは出ないんだ。
そういうときは太助の言った通りにすればいいんだよ。
自分の気持ちを大事にすることは太助にとっても、そしてシャオにとっても大事なことなんだからさ。」
シャオはまだわけがわからない表情だったが、やがてにっこり笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・はい。じゃあそうします。」
「よしよし。じゃあシャオも早く寝なよ。疲れてると思うからな。」
「はい。」
シャオは返事をして、去っていった。
夏夜に響く虫の泣き声がする中、那奈は庭に出て一言呟いた。
「そう、恋とか愛とか、そういうのに理由はないんだよ。それが理由なんだから。」
END
といっても、もう夏終わってますが・・・・・すみません。
しかし前作の話を読んで、ウソを吹き込んだのが翔子じゃなくて、那奈姉さんだったということを誰が見抜けたでしょうか!
さてさて、この小説について色々解説をしていこうと思います。(一種のネタばれですが。)
“最強陽天心!!大王アンゴルモア”について
特にこれといってありませんが、このネーミングについていうと、
“小説まもって守護月天スウィートサマーアゲイン”で、破壊王Xに対抗しようと思っていたら、
ちょうど執筆時がノストラダムスの大予言の時期だったので(実際は外れでしたけど)そこから採りました。
“オリジナルキャラ 翼”について。
今回はユイ初のオリジナルのキャラを折り込んでしまいました。
ちなみに翼という名前は、最初は翔子さんの「翔」の字を使って“翔”という名前にしようと思ったんですけど、
ちょっとひねりが欲しかったので、“翼”という名前にしたんです。翼君は、ユイにしてはまあいいキャラだと思っています。
“あまりこういう小説に少ないキャラクターの外見を書き加えること”について
今回は守護月天小説を知らなくても、大体の人が読んでも分かるようにした作品にしたかったので。
少し不慣れでしたけど、まあこれも小説家の宿命ということで挑戦してみました。
こういう地の文って、小説家の技量が測られるものなんですね。最近執筆してて気付きました。
那奈の言葉「恋とか愛とか、そういうのに理由はないんだよ。それが理由なんだから。」の意味。
これは言葉どおりですね。
たとえば、「あの人のどこがいいの?」と聞かれた場合
そこで述べられたことがあまりに具体的だとして、もしそれが否定されたら、果たしてその人のことを嫌いになるのでしょうか?
そう考えたら、それで嫌いになったとしたらそれだけしか好きになっていない、と思うんです。
「外見がどうであれなんだって、好きなものは好きなんだ。」そういう人のほうが正しいと思うんです。
でもま、シャオの場合はこの例とはちょっと違いますけど・・・・・
本当のことを言うと、人って言うのは“雰囲気”で好きになったりするそうです。
心当たりは皆あると思います。(私も例外ではありません)
後、最後に皆さんにお詫び
2作目の投稿がすっかり時期外れな時になってしまって
本当にすみませんでした!(― ―;;;;)