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「いぶの夜」暴走編

初出 1999年01月13日
written by 双剣士 (WebSite)
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第6幕・おしえて七梨先輩(の、ボツ原稿)

「追試、だってぇ?!」
 一本だけ立った癖毛をアンテナのように振り回しながら、山野辺翔子は烈火のごとく七梨太助を睨み付けた。
「あは、いや、みんなには知られたくなかったんだけどさ‥」
 ばつが悪そうな笑顔を見せる太助。その首には、眼を閉じて至福の笑みを浮かべる愛原花織がしっかりとしがみついていた。
「あ、あの、先生から呼び出されちまってよぉ‥俺のために明日の朝、数学の追試をやるから学校に来いって言うんだ。来年にすると冬休みが思いっきり楽しめないだろうから、今夜一晩だけ我慢しろって言われてさ‥」
「そ‥それで、今夜のパーティは中止だって言ったってのか‥」
「主殿の気持ちも察してやってくれ、翔子殿」
 太助の部屋のストーブの前でしゃがみこみながら、万難地天キリュウが口を挟んだ。
「男の沽券、というのに関わるんだそうだ。こんなことが皆に知られたとあってはな‥だが気の利いた別の理由を思い付くほど主殿は器用ではない。それで黙って中止とだけ告げ帰ってきたそうだ」
「わかります‥あたし、七梨先輩の気持ち、とっても良く分かります!」
 花織は小猫のように、太助の胸にほっぺたを擦り付けた。翔子の肩が小刻みに震える。
「こんな大騒ぎにする気はなかったんだ。だけど、ルーアンたちが擦り寄ってくると一夜漬けなんて出来ないだろ? だから、今夜は一人にして欲しいって言って、全員を追い出したんだ。俺がやったのはそれだけだよ」
「私たちも主殿の心意気を察してな。真剣に自分の試練に立ち向かおうとする主殿を、全力でお助けしようと誓ったのだ。ところがたかし殿や乎一郎殿を始めとして、来客が次々と来るものでな‥」
「そんな‥そんな、ことで‥」
 うつむいたまま震えていた翔子は、きっと顔を上げると、ずっかずっかと太助の方に歩み寄って右手を振り上げた。
「こんな大騒ぎを招いたってのかぁ!」
「待ってください、山野辺先輩!」
 さっと振り返ると、花織は両手を広げて太助の前に立ちふさがった。
「七梨先輩は何も悪くないんです。ぶつんなら、あたしをぶってください!」
 毅然としてひとつ年上の先輩を睨み付ける花織。翔子の手は急停止し‥。
 一瞬後に再加速して、花織の左のほっぺたを思いっきりひっぱたいた!
「愛原!」
 太助の絶叫。花織はほっぺたに左手を当て、ゆっくりと正面に向き直った。その眼には、演技ではない本物の涙が溜まっていた。
「‥ぶ、ぶったぁ‥先輩が‥あたしを、ぶったぁ! ひぃ〜ん!」
「やかましい! だいたい愛原、さっきのお前の話と全然違うじゃんか! 何が、『シャオたちの勘違いで出られない、助けてくれ』だっ!」
「びえぇぇ〜ん!」
「可哀相に‥泣くなよ、愛原」
「七梨、お前も調子に乗るなぁ!」
 びった〜ん。
 景気のよい音が太助の左頭部で鳴り、太助は花織を抱いたまま部屋の壁に激突した。はぁはぁと息を付く翔子の手には、ハリセンチョップ‥いや、長さ60セ%チほどに伸びた短天扇が握られていた。しゃがんだままのキリュウが口をあんぐりと開けている。
「お前の、お前たちのせいで‥分かってるのか七梨! シャオのやつが、いまどんな思いでいると思ってるんだ!」
「あ、ああ、シャオなら‥さっき出雲から電話があったよ、そう言えば。いまシャオと一緒に居るってさ」
「おにーさんと? なんで、おにーさんが出てくんだよ!」
「俺にも何が何だか‥そういや、ふたりっきりだとか何とか‥」
 ばっちぃぃ〜ん。
 翔子の左手がうなり、2メートル弱に伸びた短天扇が花織と太助の右頬を強打した。二人はベランダから跳ね飛ばされて宙を舞い、ルーアン先生たちの居る庭の家具の山に向かって頭から墜落した。
「お、お、お前ってやつは‥見損なったぜ七梨!」

                 **

 そのころ、ホテルで眼を覚ましたシャオリンは、素っ裸で迫ってくる宮内出雲に本能的な恐怖を感じていた。
「い、出雲、さん‥なに? どうなさったんですか」
「シャオさん‥」
 ずりずりとベッドの上で後じさるシャオリン。しかし花織オリジナルの効果が抜けきれず、脚が思うように動かない。
「離珠? どこなの?」
「‥離珠さんなら、魔法瓶の底に閉じ込めました‥もう誰にも邪魔はされませんよ、シャオさん」
「い‥いやぁ‥来々、車騎!」
 反射的に手で顔を覆う出雲。しかし、支天輪からは何も出てはこなかった。
「‥ふっ、星神たちも、野暮な真似はすまいと思ってくれたようですね‥」
「車騎! 瓠瓜! 天陰!」
 シャオリンは絶叫するが、彼らはみな七梨家の外で伸びている。出雲の吐く息が間近に迫り、錯乱したシャオリンはついに叫んだ。
「来々、北斗七星(対人用の最強星神)!」
合掌!

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