
偽花嫁、請け負います
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十数分後のHELPS事務所。大輔から……正確には、大輔の代弁をする由宇子から……依頼の内容を聞いた一同は、さっそく仕事の割り振りに入った。
「は〜い、それじゃ花嫁さん役はボク、早河恵! 頑張りま〜す」
「……ま、適任かもな」
「恵ちゃんにしか出来ないわよね」
拓海が相手でないとはいえ、ウェディングドレスが着られると聞いた恵はすこぶる機嫌が良かった。このがさつな社長令嬢に大役が任せられたのには理由がある。彼女の特技は変装で、容姿や声やしゃべり方はおろか、身長や体型に至るまで完璧に真似ることが出来るのだ。今回の依頼は花嫁の代役、つまり花嫁本人がそこにいると見せかけなければならないので、女の子なら誰でも良いというわけには行かない。高額の依頼金が提示された理由もそこにあった。
「……心配だ」
……だが、子供の頃から恵のことを知る従兄の拓海にとっては、胸穏やかでは居られない。
「なぁにぃ、拓兄ちゃん、焼いてるの? ウシシシ」
「羨ましいなぁ、恵ちゃん。私だって拓海さんと……」
「そうじゃない! 恵、お前の変装は簡単にボロが出るから心配なんだよ! とくに大人しい性格の女性の真似をするときにはねっ!」
「失礼だなぁ。ボクの変装を見破れるとしたら、それは拓兄ちゃんだからだよ」
「はいはい、のろけるのはその位にしときなさい」
笑いながら楓音が仲裁に入るが、拓海の悩みは収まらなかった。拓海は自分が恵のサポートに付くと主張したが、さすがに花嫁の控え室に男性を張り付かせるわけには行かない。そして協議の結果、花嫁の友人ということで詩織が恵のそばに付くことになった。恵には一言たりともしゃべらせず、お嬢さま然とした対応は詩織に切り盛りしてもらう。それが拓海を含む一同の見いだした妥協点であった。
「うぅ〜、ボクってそんなに信用無いの?」
「大金の掛かってる仕事だ。我慢しろ」
「ちょっとは否定してよぉ〜」
不平を鳴らす恵のことは放っておいて、一同は次の話題に入った。依頼人から頼まれた内容はここまでなのだが、どうにも気になることがある、と大輔が主張。花嫁の到着が遅れてるだけなら結婚式の時刻を延期すれば済むのに、わざわざ偽の花嫁を雇ってまで予定を守ろうとする理由が分からない。花嫁の不在を知られたくない、何らかの理由があるのではないかと。
「ということで、大輔さんはこれから依頼人に直接会って話を聞くそうです。楓音さんは大輔さんに付いていってください」
「えっ、大輔さんのサポートなら由宇子ちゃんが行くんじゃないの?」
「ううん、私は和宏さんたちの方を見なきゃならないから」
大輔は重々しく頷いた。いつのまに港での出来事を大輔に話したんだ? と他の面々は頭に?マークを浮かべたが、大輔と由宇子の間には不思議なことが一杯なんだ、と自分で自分を納得させた。実際、こんなことは珍しくないのだ。
「でも、あたしなんかじゃ……」
「拓海さんは式場に行かせたら冷静じゃ居られないだろうし、徹さんには透明人間として色々と探って欲しいことがあるしね。ちょうど良いじゃない、楓音さん綺麗な格好してるんだし」
「えっ? そそ、そんな……」
「良かったな楓音。馬子にも衣装、ってやつだ」
「…………」
徹は机の下敷きにされた。楓音が片手でスチール机を振り上げた瞬間の残像を、一同は一生懸命に消し去ろうと務めた。
「でも、それじゃ和君のことは由宇子ちゃんが1人で面倒見るの?」
「1人じゃないよ。拓海さんには事務所に残ってもらうし、盗聴器のお陰で向こうの様子は分かるし……船が走ってる間はとりあえず危険はないわけだしね」
倉品由宇子はにっこりと微笑むと、皆を安心させるかのように言葉を継いで見せた。
「それに……和宏さんと千彰さんだって、HELPSの一員なんだもの。大丈夫だよ」
プロローグ部分はここまでです。ここから先は、
- 依頼人に会う大輔・楓音・徹たち
- その頃の和宏と千彰たちの状況
- 偽の花嫁役を演じる恵と詩織
- 事務所に残った由宇子と拓海
に分かれて、4つの視点とそれぞれの選択が相互に絡み合いながら物語が進行します。
今後の執筆にご期待ください。
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