Re: 群青(紅クロス) 一話更新 ( No.1 ) |
- 日時: 2015/02/28 02:08
- 名前: 明日の明後日
- うっひょぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!←かつて親交のあった作家さんのSSを発見したときの心の叫び
・・・失礼、取り乱しました。お久し振りです、明日の明後日です。 S●NYさんの小説が新たに投稿されていてテンションが上がってしまいました(笑
旧ひなゆめで同じタイトルを目にした記憶がありまして、感想も送ったような記憶がありますが、そのときは確か一話完結であったと記憶しています(失礼ながら内容までは覚えていないのですが汗 今回は長編とのことで、期待値が上げ上げの上げ上げで私の中で大いに盛り上がっております(意味不明
紅は読もう読もうと思いながらも未だに読んでいないのであまり真に迫った感想は述べられないとは思いますが思ったことをいくつか挙げていきたいと思います。
第一に、(一話目の)主人公を西沢さんに設定した点。 ありそうといえばありそうなトラブルですし、ひょっとするとその辺の女子高生も巻き込まれてたりするんじゃないかっていうようなトラブルですが、その渦中の人として西沢さんを選らんだことは、原作(この場合は「ハヤテのごとく!」)の設定を大事にしているということが窺い知れました。 ありそうな事件だからこそ、(原作での設定が薄れつつあるとはいえ)ザ・普通の女子高生である西沢さんをチョイスしたことは名人選であると言わざるを得ません(これから商売道具にしようというのに遠慮なく顔を殴る犯行グループには苦笑を禁じ得ませんでしたが
次に、ハヤテの残酷さというか容赦のなさというか徹底ぶりというかが極まっている点。 ここ最近ではハヤテはとにかく優しいというか、相手の顔色を窺っているような印象が見受けられるというのが個人的な印象なのですが。 本作では敵に対しては一切の容赦がないというか使命優先というか。ナギがギルバートに誘拐されたときのアレを彷彿とさせるような印象。目的のためなら他の何もかもがどうでもいい姿勢というか。
文章の巧さについては、今更語るべくもないと思うのでそのあたりについては割愛させていただきたいと思います。
まとまりを欠きつつあるのでこの辺で失礼します。 なんにせよ、再びS●NYさんの小説が読めるかと思うと心が躍るといった思いです。 応援していますね。
それではここら辺で。明日の明後日でした。
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Re: 群青(紅クロス) 一話更新 ( No.2 ) |
- 日時: 2015/02/28 22:03
- 名前: S●NY
- まさか、こんなに早く感想を送ってくださるとは思っていなかったので、驚いています。レス返しです。
おひさしぶりいいいいいいいいいいいいですぅうぅうぅS●NYです。
えー、7年ぶりに紅が発売されたということで、興奮して書いてしまいました。 以前書いたものは冒頭のみでしたので、今回はがっつりストーリーを書いてみようかなと思っての投降です。 期待されちゃってますので、更新がめちゃくちゃ遅い僕ですが、頑張っていきたいと思います。 ハヤテのごとくはとても好きな作品ですので、キャラを大切に扱っていきたいなと2次作品を作るたびに思っています。(毎回酷い目にあわせてるじゃねーかとか思わないで) 今作のハヤテは少し残酷で、少し冷めているのかも知れないですが、原作でもナギと出会う前にはこういう性格だったよなぁと思いながら書いています。 明日の明後日さんが書かれていますようにギルバートや。他には虎鉄、タマに対する態度に近いのかもしれません。 それがハヤテの素なのでしょうか。やさしいハヤテももちろん素だと思っていますが。 これから、ナギや原作のキャラ達と絡んでいく中で、S●NYなりのハヤテを書けたらなと思っています。 頑張ります!ご感想、ありがとうございました。
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Re: 群青(紅クロス) レス返し ( No.3 ) |
- 日時: 2015/02/28 23:15
- 名前: S●NY
『第二話 五月雨荘』
「ぶぅあっくしょいっ!!」
盛大なクシャミをして、綾崎ハヤテは町を歩く。 ああ、どうしよっかなぁ、と一人呟いた。 やってしまった。 今月はもうお金が無くて、どうしようもなくて、超ピンチで。 ギリギリになって転がり込んできた仕事に、マジですか!と嬉々として飛びついたのだが。
「お金ないよおおおおおおおおおおおお」
叫ぶ。 なんだこの不幸は、自分のせいか畜生。 街中でボロボロの制服で、わけの分からない事を叫ぶ少年。 警察にでも見つかったら、すぐに補導されるだろう。
「って、そうだ。制服どうしよう……」
コンクリとの摩擦によってべりべりに剥がれてしまった制服。服としての意味を半分以上失っている。 この学校指定の制服。実のところ非常に高い。さすがは金持ちの学校、というほど高い。 制服も新しく用意して、それだけで来月の食費はほとんど消え去るだろう。 少年のお先は真っ暗だった。
「あぁ、寒い」
ハヤテが高校生になってから、初めての冬。 つまり彼が揉め事処理屋を始めてから一年もたっていないということ。 それなりにうまくやれているはずだ、と思う。 多少の感謝と多大な憎悪と、いくらかの謝礼を貰いながら、ハヤテは何とか生きてこられた。 『あの頃』の自分が今の僕を見たらどう思うだろう。こうして生きていられる僕をみてなんと言うだろう。 怒るか、呆れるか、それとも喜ぶか。もしくは、
「……さむっ」
とりあえず自分は今、商店街にいるわけで、すぐ傍にはコンビニ。そして外は寒い。なら選択は一つだ。 ハヤテはというとコンビニに入り、冷えた体を温めながら新聞に手を伸ばした。 まだ読んでいなかった今日の新聞に目を通しておこうと思う。 ここのコンビニはサボり癖の多い店員がほとんどで、たとえ半裸の男が店内で全紙面熟読しようとも文句を言われない。 ハヤテにとって非常にありがたい店だった。 制服の下のワイシャツはなんとか無事だったので、別に肌を露出しているわけではないのだが。 紙面の大半を飾るのは相変わらず陰鬱な事件ばかり。 自分より先にトイレに入ったから、という理由で母親を刺殺した中学生。 電車内で泣いていた赤ん坊を母親から奪い、窓からほうり捨てて殺したサラリーマン。 注意を無視したという理由で、小学生を射殺した警察官。 5歳以下の幼児ばかり狙った連続強姦事件に、塾帰りの子供たちをナイフで襲った麻薬中毒の高校生。 あまりに腐りきった最近の世相に「神様はいるのだろうか」と、一度親友の宗谷に聞いてみた事がある。
「そりゃ、いるだろ。だから『この程度』で済んでるんだよ。神様がいなかったら、きっともっと酷い世の中になってるぜ」
と、あっさりとした口調で返された。 なるほど、それじゃ神様もいっぱいいっぱいなのだろうな。と思う。 だから、『僕はあの時助けてもらえなかった』のだろう。『あんな事が起こったのだろう』。 はぁ、と重い息を吐き出した後、ハヤテは新聞をラックに戻し、外に出る。 外に出た途端、冷たい風が体中にまとわりつくようにベタベタと触れてきた。また気分が悪くなった。 空はこんなに晴れていて、だけど空気は腐っている。この町の下卑た空気を吸って自分も生きているのかと思うと、たまらなく吐き気を覚えた。 ハヤテは背中を丸めて、風の冷たさに閉口しつつ、商店街を抜け、並木道を歩いてゆく。 ハヤテが今年の初めから住みはじめた五月雨荘は、駅から徒歩十分程の位置にある古いアパートである。 トイレは共同で、風呂はなし。鉄筋コンクリート製の二階建て。 住人は、自分のほかに3人しかいない。その上、ひとりはいつも何処かに旅立っており、部屋にいることなどまったくといっていいほど無かった。ハヤテも一回しか会った事が無い。 部屋は六畳一間。小さな台所はあるが、家具は最低限のものしか持っておらず、ほとんどが貰い物か拾い物。もともと物欲はそれほど無いハヤテは、現状に不満は無い。 が、あえていうなら暖房器具が欲しいところである。 この季節になると、暖房器具の無い自分の部屋に住むことはほとんど拷問のようにも思えてくる。 先日見たチラシに、炬燵布団のセットが2割引きで売られていたが、もちろん日々の食費でひぃひぃ言っている自分が手を出せるものではない。 ……地球温暖化しろ。 心の中でと恨めしく、大自然に最高の反逆を働いた。 「うぉっぷ、こんな遅くまで外をぶらつく非行少年確保―!!仕事してきたの!?お金貸して」 「今日も飲んだくれてますね、先生」
五月雨荘の玄関で靴を脱いでいると、ドタバタと品のない足音を響かせながら女性が抱きついて来た。 靴を下駄箱に入れながら、ハヤテはヒラリとかわす。
「いやいやいやーん。家ではぁお姉ちゃんって、いってぇ。お金もかしてえ」 「姉の自覚あるならお帰りくらい言ってください。あとお金はなしです」 「なんでじゃー!!」
酔っ払いの頭を右手で抑えながら、ハヤテは自室である5号室に向かう。 右手の下では、両手をバタつかせながら桂雪路が後をついて来ていた。 桂雪路は、五月雨荘6号室の住人であり、白皇学園の教師であり、同時にハヤテの義姉である。 10年前、ハヤテは大勢の友達と、家族を唐突に失った。 大切な人たちを唐突に、無慈悲に、残酷に失ったのだ。 ハヤテは死のうと思った。 自分の身に降りかかった不幸から、悪夢から逃げ出したかった。 死ねば逃げられると思った。 でも、死ねなかった。 怖くて。恐ろしくて。 家族を失い、友を失い、もう一人で生きていくことなんて出来ないと思っていたのに。 死ねなかった。 そんな、生きる勇気も死ぬ勇気もなかった自分を引き取ってくれたのは桂家の人々だった。 桂家の扉を叩いたあの日、ハヤテの虚ろな目に映ったのは、桂家の夫妻と、その傍らに立つ同い年の女の子。 桂ヒナギクと、その姉、桂雪路だった。
「綾崎くーん、お仕事失敗しちゃったのー?」 「失敗してないです。……なんで急に苗字で呼ぶんですか」 「お姉ちゃんって呼ばないからだーい。でもよかったわ。ボロ雑巾みたいだからー。失敗したのかと。なら、お金かしてー」 「貸さないって言ってるでしょ!ボロ雑巾みたいな制服を買いなおさなきゃならないんですっ!」
床板を軋ませながら、ハヤテは自室の前に付く。 が、そのまま鍵を開ければこの酔っ払いがずかずか入り込んで来るのは明白だった。 はぁと嘆息し、隣の6号室へ。
「ダメよ綾崎くん!いくら、ムラムラのイケイケの男子高校生だからって酔った先生の!それも義姉の部屋に押し入るなんてっ!!あっは、それなんてエロゲぷげらっ」 「……寝ろ」
義姉の首根っこを掴むと、広げられたままの布団に放り投げた。 それにしても酷い部屋だ。一昨日、この部屋の片付けをハヤテが行ったにも関わらず、すでに掃除前の状態に戻りつつあった。 広げられた布団から一歩も動かず、食事から着替えまで行えるような配置になっていることに、ハヤテは頭痛を覚える。 完璧な汚部屋である。
「風邪引かないように、ちゃんと布団かぶって寝てくださいよ」 「あー、うごけないー。綾崎くん、たのんだわー」
あまりの横暴。あまりの怠惰。 傍若無人ぶりに、頭を掻き毟りつつ雪路の身体に布団を掛ける。
「へへー。綾崎くんは昔っからやさしー。そんな綾崎くんにお知らせがありまーす」 「……なんです?」
酔っ払いの相手を真面目にするほど疲れることはない。 適当に相槌をうって、部屋を出ようとする。
「綾崎くんには、女難の相が出ています。ねえ聞いてる綾崎くん。そら綾崎くん。ほれ綾崎くん。部屋から出るなよ綾崎くん」 「女難の相?……っていうか、うるさっ」
なにか今日はいつもより絡んでくるなと思いつつ、もう一度雪路のほうを振り返る。 雪路は、布団から顔を上げて、猫のような口でふふーんと笑いながら、こちらを見ていた。 お酒でほんのりと赤みかかった頬が色っぽい。
「ふふーん。綾崎くんがお姉ちゃんって呼ぶまで、名前を読んでやらないぞぉ」
ハヤテはそれを聞いて、肩をがっくり落とした。 何を言っているんだこの人は。早く寝てくれ。僕も早く部屋に帰って休みたいんだ。 彼女を姉というまで、雪路は絡んでくるだろう。 数年間一緒に過ごしてきたのだ、雪路の扱い方は、少しは分かっているつもりだ。 なにを考えているのか、まったく理解できないが。理解するつもりもない。
「はいはい。おやすみなさい、お姉ちゃん」 「うーい!!おやすみーっとくらぁ、ハヤテくんっ!!」 「もう寝てくれっ!!」
付き合いきれずに、ドアをバタンと閉めた。 どっと疲れる。なんなのだ、あの人は。 昔からこうだ。なにかと彼女にはかき乱される。本当に困ったものだ。
「女難の相かあ」
自室の鍵を探しながら、右手でそっと顔を撫でてみる。 顔が少し熱くなっていたが、雪路とはまったく関係がないに決まっていた。 眠たそうに、とろんとした瞳がちょっとかわいいとか思ったなんて、そんなことはない。 そんなことは無いに決まっているのだ。
「恋の悩みかね?いいね、青春だ」 「うわっ!黒須さん!!」
耳元で突然囁かれた女性の声に驚いて、大きく退く。 見つからない鍵を鞄の奥から発掘しようとしていたハヤテは、バランスを崩して壁に激突。
「恋をする姿は美しい。命短し恋せよ少年、だよ」 「べつに恋とか、そういうわけではないですから」
慌てるハヤテを余所に、黒須はまったく動じない。ハヤテは彼女が取り乱すところなど、一度も見たことが無かった。 まったく不思議な人だ。 初対面の際ハヤテが抱いた黒須の感想は、このアパートの自縛霊。もとい奇妙な人だ。 その芝居がかった台詞も奇妙さに拍車をかけているが、一年も一緒にいると大分なれてきた。 黒須は五月雨荘4号室の住人で、腕利きの医者である。が、本当に医者の免許を持っているかどうか、それは分からない。 彼女曰く、かなりのスピード狂らしく、愛車は特注のランボルギーニ・ガヤルド・スパイダー。 はっきりいってこのボロアパートには浮き過ぎている。が、本当に自動車の免許を持っているかどうか、それも分からない。 それが、この一年間で知った彼女の情報。それ以外は、年齢も出身もフルネームすらも一切不明。 謎の美女。そのイメージが実態を伴って具現化した姿が、黒須といえなくも無かった。
「しかし、あれだな。青い春と言っても相手が義理の姉とは、中々インモラルではないかね?」 「ち、違いますってっ。さすがにあんなの意識できませんっ」
慌てて否定する。 酒癖も悪く、浪費癖があり、男勝りなあの怪力。 彼女のことは嫌いではないし、実は少し尊敬しているハヤテでも、さすがに女性としてアレを見ることなど出来なかった。 だれか、アレを貰ってくれるような、心の広い人間はいないものか。 しばし考えてみるも、まったく思いつかない上に、不毛なことこの上ないと結論づけた。
「じゃあ、僕はそろそろ……」 「ああ、引き止めて悪かった」
そういって黒須は自室へと戻っていく。彼女の振り返りざま、長い黒髪がぱさりと肩から落ちて、甘い匂いが漂った。 その横顔と、かすかに香る香水の匂いに少しどきりとする。
「そうだ少年。君に女難の相がみえているよ」 「女難の相?」
ハヤテは慌てて聞き返すが、黒須はすぐに部屋の中へと入ってしまった。 ……女難の相、ね。 その単語を聞くのは、本日2度目だ。 けれど、思い当たる節などいまのところは無いのでどうしようもない。 ぼろぼろになった鞄の内ポケットの中から、部屋の鍵をようやく見つけたハヤテは。 先ほどの会話たちを放り捨てるように頭を振って、5号室のノブを回した。
「ただいま」
部屋の電気をつけながら、だれも居ない空間に挨拶した。 ボロボロになった学生服を脱ぎ、私服に着替える。次に窓を全開にして、空気を入れ替えた。 冷たい夜風に当たりながら少しの間、黄昏れる。アパートを囲む樹木が空気を浄化するのか、排気ガスの臭いはしない。
「さて、と」
ハヤテは一度大きく伸びをすると、窓を閉め、食卓兼勉強机であるちゃぶ台に明日提出の宿題を広げた。 はっきりいって勉強は苦手だ。揉め事処理屋の仕事は様々で、深夜まで行うことも多い。 二日、三日徹夜は当たり前で、睡眠時間は昼間の授業中という事も少なくなかった。 特に白皇は進学校、授業に遅れれば進級も怪しい。せめて提出点だけはと、眠い頭を必死に回転させて、数字の羅列と格闘を始める。
「あー……。参考書どこやったっけな」
勉強は苦手だ。 中学を卒業して一人暮らしを始めたハヤテだったが、始めは学校に通うつもりは無かった。揉め事処理屋として、一人で食って行くつもりだったのだ。 それに猛烈に反対したのはヒナギクである。 なぜそんな危ない仕事をするのか。なぜ事前に相談してくれなかったのか。なぜ家から出て行く必要があるのか。学校には行け。 桂家の夫婦はハヤテの好きなようにして良いと言ってくれたが、ヒナギクだけは決して譲らない。 結局ハヤテが折れる形で、ヒナギクと同じ白皇学園に通う事となり、ひとり暮らしは認めてくれたものの、雪路の住むアパートに下宿する事となった。 始めは学費も生活費も自分で払おうと思っていたハヤテだったが、桂家の夫妻はそれだけは許してくれなかった。 白皇に通うお金は桂家が負担してくれている。もし、留年するようなことがあったら家に戻れとは、ヒナギクの談。 生活費はなんとか、その場凌ぎ的に稼げてはいる。しかし、結局のところ自立できていないのだと思うと、ハヤテは自分が情けなく思うこともあった。
「……ふぅ」
息を吐いて落ち着く。やっとの思いでプリントの左半分を埋め終わる。すると、誰かが部屋のドアをノックした。 五月雨荘の各部屋には貧弱な鍵しかないが、防犯という意味では鉄壁。 それを聞いたのは引っ越してきた初日、雪路からだった。聞けば雪路も、一人暮らしの際はここに住むように、桂夫妻に言われてきたそうだ。 泥棒も強盗も訪問販売も通信販売も新聞の勧誘も宗教の勧誘も。絶対にありえない。 ここはそういう場所。 そういう「暗黙の了解」が成り立つ場所。 だから、ここを訪れる人は住人の知り合いか、確かな用事が存在する人。 ハヤテはのっそりと腰を上げてドアに向かった。
「どちら様ですか」 「俺だ」
名乗る必要はない、という口調。 それを許される人間が、あらゆる傲慢を許された人間が、この世には極僅かに居る。 ハヤテは慌ててドアを開け、そこで動きをとめた。 知り合ってもう長いのに、いつも数秒見とれてしまう。それは同姓である自分すら。 すらりと伸びた足に、筋肉質な身体、小さい顔と額の十字傷。 大人の男性。それでいて女性にも、10代の少年にも見えるような意地悪そうな瞳の輝き。 彼の名前は、戦部大和。 思わず頭が下がった。
「お久しぶりです。大和さん」 「元気そうだな」
堅苦しい挨拶はなしだと言い、大和は僅かに口角を上げる。 彼を部屋に招こうとしたハヤテは、そこでようやくあることに気がついた。 彼が羽織ったトレンチコートの影に隠れるように立っている。 それは、小学生ほどの小柄な少女だった。
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Re: 群青(紅クロス) 第二話更新 ( No.4 ) |
- 日時: 2015/03/01 19:29
- 名前: S●NY
- 大和の影に隠れて立つ少女の手には、大きな旅行鞄がひとつ。
今日の訪問と関係があるのかと思いながら、ハヤテはヤカンでお湯を沸かしていた。 普段は水道水を飲んでいるハヤテも、来客があったときのために一応お茶の葉は用意している。 ちゃぶ台に三人分のお茶を用意して、正座。大和の言葉を待つ。 大和は出されたお茶を一口飲むと、話を切り出した。
「この子を守ってやってくれ」
いきなりの本題。ハヤテは大和の隣に座る少女を見た。 一瞬、目を奪われる。 少女は美しすぎた。 まるで絵本の世界から飛び出してきたような、可憐で儚い少女だった。 絹のようにきめ細かな白い肌と、鮮やかな金色の髪。二つに結ばれた髪の先まで、思わず視線を向けてしまう。川の流れのように澄みきって美しい。 細い手足も、薄い唇も、伏せられた眼差しも全てに気品があり、神々しい。 少女趣味など微塵もないハヤテですら、思わず見ほれてしまうほどの危険な色気。
「……仕事の依頼、ですか?」 「そうだ」
大和は軽い口調だが、ハヤテの心臓は高鳴っていた。 戦部大和はただの知り合いではない。恩人であり、ハヤテの大先輩なのだ。 世界最高の揉め事処理屋。それが彼、戦部大和である。活躍の場は世界規模で、ハヤテのような駆け出しには、まさに天上人。 そんな彼からの依頼。ハヤテの目は泳ぐ。 多忙な彼は自分に来た依頼を他者に頼み事がある。それは、もちろん彼の信頼している人間に限る。 興奮する気持ちを抑えて、落ち着くように努力する。 問題は内容。そう、仕事の内容なのだ。 この少女はいったい誰なのか。
「三千院ナギ。今年で13歳になる」
ハヤテの疑問に先回りするように、大和は答えた。 年齢のわりに小柄だとハヤテは思った。と、同時にある疑問が思い浮かぶ。
「……あの三千院ですか」 「他にあるか」 「……いえ。ないです」
三千院。 その名を名乗るのは、この国でひとつだけ。その資産は世界全体の数パーセントにも及ぶとされる大財閥。名家中の名家だ。 この少女が……。
「……この子を、僕が守るのですか」 「そうだ」 「誰に狙われているんです?」 「いえない」 「狙われる理由は?」 「いえない」 「なぜ僕に?」 「適任だと思ったから」 「いやだって、これは三千院からの依頼ですよね!?僕なんかより、大和さんのほうがっ」 「俺はお前が適任だと言った」 「そんなっ」 「それにここなら安全だろう」 「それは……そうですけど」
有無を言わさない大和の言葉に、ハヤテは言葉に詰まる。 いや、待てよ。今、なんていった。
「この子とここで暮らすんですかっ。この部屋で預かるんですかっ」 「問題あるのか?」 「……あるでしょう」
初めての護衛の任務。それも、誰から狙われているかも、狙われる理由も明かせない。 おまけに少女は有名な大財閥三千院の娘で、年端もいかない少女を六畳一間のボロアパートで匿えという。 これほどまでに胡散臭い話は無かった。しかしこれは、戦部大和の依頼である。
「ちょっと、考えさせてください……」
空になった茶碗を持って台所へ。ヤカンに残ったお茶を注いで、ゆっくり飲む。 じんわりとした温かさが、喉を通って胃の深い場所に送られた。落ち着け。 冷静になれ、冷静になって考えろ。 護衛の任務は初。守るのは自分と保護対象の2人に増える。それも、相手が分からないから、常に自分は後手になる。守らなければならないのは非力な少女。 あの大きな荷物。大和はハヤテが首を縦に振るつもりで来ているに違いない。これは自分の恩人からの依頼。自分はどうすればいい。 いつまでも答えの出なかったハヤテは、茶碗を置いて少女の方を向く。 そこで思わず目を見開いた。 それまで目を伏せ、固く口を閉ざしていたナギがこちらを向いている。 その瞳は、うっすらと涙で濡れていた。 ハヤテはその幼い瞳に吸い込まれるような感覚を味わう。 それは、助けを求めるような、苦しみもがく様な、悲痛な瞳。 年端もいかない少女が、何者かに狙われている。そして、自分に助けを求めている。 少女が狙われるこの世の不条理と、伝説の揉め事処理屋が自分に任せると言ってくれた期待。 ハヤテは自分の中に、何かがふつふつと沸いてくるのを感じた。 そこからのハヤテの行動は早かった。
「……受けます」 「いま何ていった?」
ハヤテの瞳はまっすぐナギを見つめている。
「その護衛。引き受けます」
その言葉に、大和は満足そうに微笑み。ナギは驚いたように目を見開いた。 ナギのその視線にハヤテはゆっくりと頷くと、ナギは顔を赤らめて俯く。 さぁ、ここからが大変だ。 抱えた仕事は今までで最大。けれど、決して苦痛ではない。むしろ気分が頗るいい。 それはこの選択が間違っていなかったからだろう。この少女を必ず守る。 そうハヤテは思った。 この時は。
☆
大和を途中まで送ることにしたハヤテは、ナギを部屋に残し外に出た。 帰り際、もう一度大和に自分の疑問をぶつける。
「でも、どうして僕のところに?」 「不満か」 「そんなことはないですっ。ただ……」 「俺はな、物事は全て自分の直感に従って決めている。だから、今回はお前に任せた。お前が一番適していると思う」 「どういうことです?」
含みを持たせた。胃のなかが気持ち悪くなる問答。
「それはいえない」
ばっさり言い捨てられた。これ以上の追求は無視するぞと含みを持たせて。
「ハヤテ、これでもお前には期待している。大丈夫、お前ならうまくやれる」 「また悪巧みか」
突然、暗闇から殺気の混じった声が聞こえた。 五月雨荘を囲む樹木の傍から、彼女は現れる。その姿はさながら魔女の様だ。 「記憶もないうつけがフラフラするなよ、大和」 「陰鬱な性格を正してから出直して来い、黒須」
彼女の存在に気づいていたのか、突然表れた黒須にも大和は驚かない。 二人は睨み合い、冷めた瞳を交し合った。ハヤテも詳しくは知らないが二人は旧知の仲らしい。 顔を合わせれば必ず嫌みのようなものを言い合うのだ。 それでも、今日ほど殺気に満ちた黒須は見たことが無かった。
「お前が何をするのも勝手だがな。前途ある少年を修羅の道に引きずり込むのは感心しないな」 「今回ばかりは善行だ。それも大切な約束を果たすためのな」
大和はそう言って、自嘲気味に口角を吊り上げる。
「……古い、約束でね」
一瞬ここではないどこかを見ていた瞳に、再び光を宿す。 大和はばさりとトレンチコートを翻し、ハヤテのほうを向いた。
「あとはよろしく頼む。また、近いうちに連絡する」
古い約束とは何だったのか疑問に思うが、大和はきっと答えてはくれないだろう。 答えは自分で見つけるしかない。手取り足取り全てを教えてくれるのは子供時代だけだ。 今となっては、自分の分かる範囲でなんとか折り合いをつけるしかないのだろう。 大和が五月雨荘の敷地を後にした時、すでに黒須も消えてしまっていた。まるで自分の役目は終わったと、闇夜に溶け込むように。 かすかに残る彼女の香水の香りが、確かにそこに居た証だった。 黒須には、これから預かる三千院ナギのことについて話しておこうかと思ったのだが。 まぁ明日でもいいかと、ハヤテはとりあえず自室に戻ることにする。 これからしばらくの間の同居人。しかも小さな女の子。 13歳といったら、けっこうな思春期なのではないか。そんな子と狭い部屋で暮らすことに、今更になって不安を覚える。 どう接したらいいのだろう。 誰かに命を狙われているのなら、不安だろうし。ここはやさしく接するべきか。 部屋に戻ると、ナギは先ほどと同じように行儀よく正座していた。ハヤテの帰りを待っていたのだろうか。 ハヤテはなるべくやさしい口調を意識しながら、彼女に挨拶する。
「これからよろしくね」
そしてゆっくり。少しの衝撃で壊れてしまいそうな陶器を扱うように、ゆっくりと彼女の近づく。 彼女の頭を撫でようとしたハヤテの右手は、しかしバチンと跳ね除けられた。
「気安く触るな。一般庶民」
……あれ。 唖然とするハヤテの前で、ナギはすっと立ち上がり自分の旅行鞄の前に立つ。 鞄をがさごそと乱暴に漁り、其処から取り出されたのは最新型の携帯ゲーム機。 慣れた手際でゲームをセットする。横にごろんと寝転がって、カチャカチャとボタンを押し始めた。 ……なんだこれは。 ハヤテは開いた口が塞がらない。先ほどまでの可憐な少女は何処に行った。目の前の光景は幻覚か。
「名はなんというのだ?」 「……えっ」 「日本語もわからんのか。名前を聞いているのだ」 「……綾崎ハヤテ」 「覚えよう。それで、私の部屋はどこなのだ?」 「ここだけど」 「なに?じゃあ寝室は?」 「ここだけど」 「食堂は?」 「ここだけど」 「リビングは?」 「ここだけど」 「風呂は?」 「ない。けど、近くに銭湯があるから……、うわっ」
そこまで言ってハヤテの顔面に携帯ゲーム機が投げつけられた。 慌ててハヤテはそれをキャッチする。 ナギはというと、むすっとした顔でハヤテの顔を睨むと、部屋をぐるりと見渡し、もう一度ハヤテの顔をみる。 すぅっと息を吸い込んだ。
「バーカ!バーカ!こんな貧相な部屋で人が生活できるわけがないだろっ!私を馬鹿にしているのかお前はっ」
とても他の住人には聞かせられない言葉だった。 これは夢だ。これは夢だ。 現実から目をそらすように視線を巡らせたハヤテは恐ろしいものを発見する。 ……なんだこの目薬。 え、じゃあなんだ。さっきのは。 さっきの涙は……。僕に引き受けさせるための、演出? ……。 ……なんだと。
「こら!聞いているのかっハヤテぇっ!!」
ナギの怒声を聞きながらハヤテは思った。虚空を見つめながら。 女難の相か。
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Re: 群青(紅クロス) 第三話『麗しの姫君』更新 ( No.5 ) |
- 日時: 2015/03/04 22:00
- 名前: S●NY
- 早朝の学校は、ハヤテが一番好きな時間だ。
ハヤテの通う白皇学院は日本有数の私立名門校であり、大富豪の子女や、天才的な才能を持った生徒が多数所属している。 広大な敷地を持ち、住所は『東京都杉並区ほぼ全部』という異例の学校。 桂家に養子として迎えられていなければ、自分が関わることなど絶対にありえなかった世界。そこが、白皇学院だった。 自分にとってあまりにも場違いな空気に、普段のハヤテは意識していなくても萎縮してしまう。が、今は早朝の7時。 大きなグランドの遥か向こうに数人の運動部員を見かけただけで、下駄箱から廊下まで、ほとんど人気はない。 大きく伸びをすると、真新しい空気で満たされているような清涼感を味わった。 ハヤテはしかし、教室のある校舎には向かわずそのまま北へ。 行き先は学院の中央。そこにそびえ立つのは、時計塔。 ハヤテはその最上階に用があった。 重々しい扉を開け、エレベータに乗る。ごうんごうんという一定のリズムを刻みながら、一瞬の浮遊感と重力に引っ張られるのを感じていると、目的地でゆっくり停止。 着いた。 白皇学院の時計塔。その最上階である、『天球の間』。 開けられた窓からは澄んだ空気が入ってきて、白いカーテンを天使の羽のように揺らしていた。 白皇学院で最も高くそびえ立つこの塔には、昇ったばかりの日の光がきらきらと雪のように舞っている。 ハヤテが初めてこの場所に来たとき、天国があったらこういう場所なのだろうなと思ったほど。 その光に照らされた場所で、彼女は待っていた。 「おはよう」
ティーカップをソーサーに置いて、一言。 一挙手一投足。これほど絵になる女性は、ハヤテは数えるほどしか知らない。
「おはようございます。ヒナギクさん」
桂ヒナギク。白皇学院の生徒会長にして雪路の妹。 辞書で『大和撫子』の意味を引いたら『桂ヒナギクのこと』と書いてある、とは男子たちの彼女に対する評価。 清楚で慎み深く、いつも穏やかに微笑み、それでいて堅苦しくない。 容姿と性格が完璧な彼女は常に男子の注目の的であり、女子からも絶大な人気を誇っている。 が、ハヤテは知っている。彼女は怒ると物凄く怖い。 彼女と初めて会ってからどれだけ彼女を怒らせてきただろうか。 まず、出会った初日に3回怒られた。うち2回引っぱたかれた。 確かに、他の生徒に対してのやさしい姿も凛々しい姿も幾度となく見たことはある。 しかし、ハヤテの前だと常に怒っているイメージしかない。 そして今現在も彼女は確実に怒っていた。 これ以上機嫌を損ねないように、びくびくしながら此処に来た目的を話してみる。
「そのぅ。昨日の電話でも言いましたように……」 「ハヤテくん」 「はいっ」
無理だ。もう怖い。 今の彼女の目はアレだと思う。なんといったか。 そう、養豚場のブタでもみるかのように冷たい目だ。残酷な目だ。
「私が何を言いたいか分かる?」 「……はい」 「分かってないっ!!」
ヒナギクはばたんと机を叩くと声を荒げた。立ち上がった拍子に椅子はがたんと揺れ、ティーカップはかちゃかちゃと音を鳴らす。 そのままつかつかとハヤテの前へ。 胸倉を掴み挙げた。
「なんでそんな危ない真似ばかりするのっ。だから言ったじゃない揉め事処理屋なんてするなって!家を出て行くなって!」
ヒナギクの眉尻が下がる。それでも目は怒っていた。
「制服もボロボロになって。傷だって増えていくし。……知ってる?人間の身体は脆いの。簡単に壊れるの。でも大事に使えば一生使えるわ。私はね、あなたと一緒に。ずっと一緒に……」
そういって、ハヤテの胸にぽさりと頭をつけた。 ヒナギクの肩は震えている。ハヤテを掴む腕も、足も。 ハヤテからは彼女の表情は見えない。
「ハヤテくんに……、言っておきたいことがあるんだけど……」 「な、なんでしょう」 「私のために……、毎朝朝食を作ってくれない……?」
それは突然すぎた。 一世一代の告白。それもアメリカ定番のプロポーズ。 誰もいない生徒会室。美しい朝日に照らされたこの場所で、いきおい任せとはいえ、ヒナギクは今しかないと思った。告白するならここしかないと。 ヒナギクは以前からラブ師匠なる人物に恋愛の教授を受けていた。それはもちろん鈍感で、ひ弱そうで、情けなさそうな男に想いの丈を告げるため。 攻めるなら、洋風でおしゃれな台詞で押しまくれとは、ラブ師匠談。
「ヒナギクさん」 「……はい」
ヒナギクの肩にゆっくりハヤテの手が置かれる。 潤んだ瞳でハヤテの顔を見上げた。そこには、満面の笑みのハヤテ。
「そんなに僕のご飯気に入ってくれたのですかっ。だから家から出るのも反対していたんですね。そうだっ、今度ごはん作りに行きますよっ。お義母さんにも会いたいしっ」 「ばーか!!」
瞬間、ハヤテの目の前がチカチカと点滅したと思ったら、真後ろにあったはずの出口が目の前に迫っていた。 同時に貫くような痛みが頬に走る。空中で半回転しながら壁まで吹っ飛ばされた。
「もう知らないっ。換えの制服なら用意しといたからさっさと着替えなさいっ。生徒会の備品なんだから、早く新しい制服買いなさいよっ」
そういって地面とキスするハヤテの上にパサリと制服が落ちてくる。 ヒナギクはぷりぷりと怒りながら、定位置である会長の椅子に腰掛けた。
「で、今回の仕事はどうだったの?」
昨日の一件でボロボロになった制服を脱ぎ、カーテンの陰に隠れるようにして着替えるハヤテにヒナギクの質問。 制服に袖を通しつつ、ヒナギクに事の顛末を伝えると彼女は渋い顔で頭を抱えた。
「なんでそうなっちゃうの」
ハヤテは何かまずいことをしたかなと、ヒナギクの顔色を伺う。
「なんでそんな中途半端なことをしたのよ。ハヤテくん」
どうやら料金を受け取らなかった事に、ヒナギクは酷く不満があるらしい。
「仮にもプロなんだから、そんなことは絶対にしちゃいけないわ」 「……いや、でも」 「聞きなさいっ」
はい……。と力なく頷いた。やっぱり彼女は恐ろしい。
「報酬を受け取らなかったってことは、あなたが仕事に自信を持ってなかったって事でしょ。過程はどうであれ、報酬は報酬として受け取らないと、安易に値下げしたり受け取らないのは、プロとして誰からも信用されなくなるわよ」
確かに正論だと思った。あの仕事はハヤテ自身あまり誇れたものではないと思う。 そんな中途半端な仕事を続けていたら、揉め事処理屋としての評判は確実に落ちていくだろう。 常に全力で、気を引き締めてかからなければならないと思う。 前から思っていたが、ヒナギクの言うことは常に正しい。知識も経験も彼女の方が上なのだと、ハヤテは常々思っている。 だから別に説教されても、怒りもしないし、ヒナギクを嫌いになったこともない。 彼女の言葉からは、確かな愛情も感じられたから。 しばし説教を聴いた後、ヒナギクが先ほど飲んでいたティーカップに口をつけている間に、時計を盗み見る。 時刻は7時半をまわったところ。目的の制服は手に入れたし、ヒナギクの言うことを肝に銘じてさっさと教室に戻ろう。 ヒナギクの怒りが収まったのを見計らって別れの挨拶をすると、ハヤテはエスカレータへ。
「あ、ハヤテくん」 「なんでしょう」
帰り際にもう一度呼び止められる。 ボロボロになった制服はヒナギクが処分してくれるらしい。 ここは大人しく行為に甘えておこうと思う。
「それと、ご飯作りに来てくれるの待ってるからね」 「はいっ」
ハヤテが返事を返すと、ヒナギクは満足そうに笑った。同時にエスカレータの扉が開く。 自分の料理が褒められるのはやはり嬉しい。 養子として引き取られてすぐの頃、どうにか義母の手伝いが出来ないかと勉強したのだが。 一人暮らしをするようになってからも、自炊が出来るというのは非常に活躍してくれた。 桂家に引き取られて自分の人生はまったく変わったと、そう思う。 何をしても、どう生きても自分には何か恐ろしいことが付きまとっていた。そんな人生。 でも、桂家の人々との生活は自分にかけがえのない幸せと安心をくれた。 そうだ、あの場所はやさしすぎた。それがハヤテにはこの世のものとは思えないほどの恐怖にすら思えた。 だからハヤテは……。
「おお、そこに居るのはハヤ太くんじゃないか」 「今日も薄幸そうな顔だな、ハヤ太くん」
教室に向かう廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。 振り返ると、花菱美希、朝風理沙、瀬川泉の生徒会三人組の姿がある。
「皆さんおはようございます。泉さんも、おはようございます」 「ハヤ太くんおはよー」
ハヤテの言葉に小さく手を振りながら、泉は答える。
「おやおやおやー、ハヤ太くんは私と美希は一纏めにするのに、泉にだけは挨拶するらしいですな」 「疚しいなハヤ太くん。そのようなラブラブな行為は2人っきりの時にしてもらいたいものだ」 「ちょっと、美希ちゃん理沙ちん!ハヤ太くんはそういうつもりで言ったんじゃないよぉ」
三人組はいつも通り忙しない。 なぜ2人が泉をからかっているのは、ハヤテにはいまいち分からないが、そういえば泉には用事があった。 始業にはまだ時間があるので、今のうちにお願いしておこうと思う。
「あの、瀬川さん。ちょっと用事があるんですけど、今いいですか?」 「「「!?」」」
その言葉に三者三様のリアクションが返ってきた。 美希は口を大きく開け、理沙は目を大きく見開いた。泉はなぜか顔を真っ赤にしている。 時が止まったように動かなかった三人だが、はじめに口を開いたのは理沙だった。
「な、なんだよそれ、大切な話か!?甘酸っぱいやつかっ!!そういう話かっ!!いやいやいや、ハヤ太くん。ダメだよ。うちの泉はそんな簡単にはあげられないねっ!!」
その言葉を聞いて、泉が慌てて理沙の前に立つ。その顔はお湯でも沸かせそうなほど赤い。
「な、ななな、何いってんのー!理沙ちんちがうって、そういうのじゃないからっ!!」 「でもこいつぅ今の話の流れ聞いてたんだろ!そういうことだとモゴモゴ」
なおも暴れる理沙の口を塞いだのは、美希だった。 困惑した顔はそのままに、ハヤテと泉を交互に見る。
「あ、ああ。分かったよハヤ太くん。ほら、行きなよ泉」 「モゴゴ!?」
う、うん、と泉は呟く。 暴れる理沙と、それを制止する美希を見ながら泉はそろそろとハヤテの傍に。
「それじゃ、行こうかハヤ太くん」 「え、いいんですか?朝風さん暴れてますけど」 「いいから、いいから」
どういうことかまったく分からないハヤテの背中を、ぐいっと押して先を急がせる。 ハヤテと泉は、階段へと消えていった。
「ぷぅはぁ!なんで素直に行かせたんだ?あそこはもっと泉をいじるとこだろ?」 「まぁ待てよ。私にも考えがあるんだ」
いつもの美希らしくない態度に、理沙は首をかしげる。 考えとはなんだ。
「お前も泉がハヤ太くんの事を憎からず想っていることは気づいているだろ?」 「そりゃぁなぁ」
普段の泉の態度を見ていれば、余程の朴念仁でなければ気づいて当たり前だ。
「私も泉の友だ。いい加減あの二人をくっつけても良いのではないかと思っている」 「まじかよ」
美希は煮え切らない二人の関係に、いい加減うんざりしているようだ。 たしかに理沙も、二人を見ていると下手なラブコメかよとツッコミたくなる時もあった。 しかし、それにしても美希の意見は突然すぎる。
「そして泉とハヤ太くんがくっつけば、ヒナもあの朴念仁のことを諦めるだろう!!」 「そっちが本音か」
なんというまどろっこしい作戦だ。 しかしそれを口に出してしまうあたり、美希もそこまで嫌な考えを持っているわけでもないのだろう。 純粋に泉を応援したいという気持ちもあるに違いない。
「まぁ、良いんだけどさぁ」 「どうした?」
煮え切らない理沙の態度に美希はどうしたのだろうと思う。
「なんでもない」
理沙は、そう言って美希と並んで教室へ。 自分でもよく分かっていなかった。なぜこんなにモヤモヤとするのだろうか。 泉は親友だ。その気持ちを叶えてあげたいと思う。けれど……。 消化不良な気持ちをぐぃっと腹の奥へ押し込んで、自分の机に向かう。 自分はどうしたのだろう。 思い浮かぶのは、泉とハヤテの後ろ姿。その光景が網膜から離れない。 知らぬ間に生まれ始めたその気持ちに気づくのは、理沙にはもうしばらくの時間が掛かる。
泉はハヤテを階段の踊り場まで連れてくると、少し怒った様な顔をした。
「あとで理沙ちん達に説明するの大変なんだからね。少しは気をつけてよぉ」 「あ、すいません」
その言葉を聞いてため息が出た。ハヤテは自分の仕出かした事を絶対に分かっていない。
「もう。それで、話ってなぁに?」 「仕事の依頼なんです」 「あーあ、やっぱりねー。そーだと思った」 「え?」 「なんでもないの。つづけてー」
一瞬がっかりしたように見えたのだが、なんでもないというのならそうなのだろう。 ハヤテは、女性にあまり深いことを詮索しないほうが良いだろうと思い、それ以上追求しない。 さっそく本題に入る。
「三千院の情報を集めてください。真偽不確かなものまでありったけ」 「……三千院?」
大財閥である三千院とハヤテがまったく結びつかないのだろう。珍しく怪訝な顔でハヤテを見つめた。 ハヤテは事情を簡潔に説明する。念のため、三千院家の人間の護衛を頼まれるかもしれない、という曖昧な言い方に留めておく。 相手が泉とはいえ、有名企業のご令嬢に迂闊な話は出来ない。何処から情報が漏れるか分かったものではないからだ。 しかし、泉の兄はプロの情報屋として活動している。 個人的な理由で泉の兄には会いたくないハヤテは、泉を通して仕事の依頼をしているのだ。 それに毎回付き合ってくれる泉は、ハヤテにとって非常にありがたい存在だった。
「ふえー。でもその話ちょっと変だねー」
話を聞いた泉は、顎にひとさし指を当てて首をかしげる。 泉はこう見えて勘が鋭い。普段なにも考えてなさそうで、物事の確信を突いてくる。 ハヤテは真剣な顔で、泉に次の言葉を促した。
「なぜですか?」 「三千院を守るのは近衛隊の仕事だからだよ」
泉いわく、公にはその存在が認められていないが、三千院財閥には近衛隊と呼ばれる集団がいるらしい。 彼らは一族の護衛を全て取り仕切っていて、重火器の使用すら許可され、戦力は自衛隊に次ぐほどのものだと言う。
「そんなマンガみたいなのがあるんですか……」
お抱えの軍隊とは恐れ入った。これが世界屈指の大財閥というものなのだろうか。 そう感心しながらもハヤテは考える。 近衛隊の事情に関しては泉の言うことに間違いないのだろう。泉の兄に任せればある程度の情報は手に入るはずだ。 表社会の情報を手に入れることに関して、彼ほど信頼に足る人物は他に居ない。 しかし、それなら尚のことナギの護衛を外部に任せるのはおかしい。不自然だ。
「誰から聞いた仕事なの?」 「大和さん」 「…………」
大和の名前が出たとたん、泉は口を噤んだ。 泉は大和にあまり良い印象を持っていない。それどころか以前、「私、あの人苦手かなー」と珍しく距離をとった事がある。 兄の職業柄、彼の噂を耳にしているからだろう。活躍すればそれだけ多くの恨みを買う。 悪評がゼロなどありえない。良い噂より悪い噂のほうが広がるのは、どこも同じ。
「ハヤ太くん。気をつけてね」 「大和さんのことですか?」
泉はこくりと頷いた。
「あの人に付き合っていたらいつか大変な目にあっちゃうかも、そうなったら私嫌だよ。今回の仕事だって、きっと凄く危ない気がする」
泉の勘はよくあたる。それは間違いない。 いままで泉が危ないと思った仕事は、ハヤテ自身回避してきた。そのおかげで首の皮一枚繋がったことも、すでに何回もある。 が、今回はあの大和からの依頼。受けないわけには行かなかった。 それでも、不安そうな泉の顔を見ていると決心も鈍る。 やっぱり受けなければ良かったかなぁと考えながら、ちょうど昨日の出来事を思い出した。
昨日はあれから大変だった。 ナギが言うには目薬は大和の指示だという。ハヤテが台所に立って背を向けた隙に、目にさしたのだ。 さらに、ハヤテの返事を聞いて驚いた顔をしたのは「こいつ単純だなぁ」という類のもので、俯いたのは笑いを堪えるため。 携帯ゲーム機を弄るナギの横で、ハヤテは頭を抱えていた。 騙された。完全に大和の策略にはまったのだ。しかし、いまさら断るわけにもいかない。 ハヤテは不満たらたらのナギに六畳一間の存在を説明した。
「ふぅむ。庶民とはすごいのだな。こんな狭いところで暮らしができるのか……」
物凄いカルチャーショックを受けているようだ。 ハヤテはこの少女と暮らすという無謀さをようやく実感していたが、後悔してももう遅い。 これからの同居人に再び自己紹介。
「僕は綾崎ハヤテ。よろしくね」 「その笑顔はやめるのだ。気色悪い」
まったく可愛げのない反応だった。 ナギはゲーム機を置いてハヤテのほうを向く。偉そうに腕を組んだ。
「私は三千院ナギだ。私のことはお嬢様と呼ぶのだぞ」
やっぱりか、とハヤテは思った。 そりゃそうだ。仮にも三千院の人間、使用人にも当たり前のようにお嬢様と呼ばれ育てられてきたのだろう。
「分かりました。お嬢様」 「む、やけにものわかりが良いではないか。なんというか、そう言われるのは慣れてなく……まぁいいっ。とりあえずそう呼ぶのだ」
ハヤテとしては、そう呼ばなければ話が進みそうになかったのでしたことだが、ナギは満足そうだ。
「さて、ハヤテ。もう私は疲れたのだ。用意をしてくれ」
用意って、寝床ということだろうか。 これからのことを思うと少し気が重たくなったが、ハヤテは彼女の希望に従う。 客用の布団などないので、ハヤテは押入れから自分の布団を引っ張り出し畳に敷いた。
「床で寝るのか……」
ベッド以外で寝るのは初めてなのか、ナギは苦虫を潰したような顔になる。 しばらく嫌そうにしていたが、眠気の方が勝ったのだろうか。 「まぁ許してやるか」と横柄にいい、口に手を当てて上品に欠伸をしてから布団にもぐる。 ハヤテはそれを確認したあと電気を消す。しばらくして、彼女の寝息が聞こえてきた。 なんと物怖じしない子なのだろう。ハヤテは本気で感心する。 初めての部屋。初対面の人間の目の前でこうも自然に振舞えるのかと、その豪胆さは自分の幼い頃とは比べ物にもならない。 ところで、一枚しかない布団は彼女に取られてしまった。自分は制服でも羽織って寝ることにしよう。そう思ってあることに気づく。 ボロボロだったんだ。 明日までに何とかしなければと考えて、ハヤテはヒナギクに連絡することを思いついた。 生徒会室に備品として制服があったはずだ。それを借りることができないだろうか。 ハヤテはナギを起さないように部屋の外にゆっくりでる。 立て付けが悪いドアは、それでもみしみしと大きな音を鳴らしたが、ナギは起きなかった。 ハヤテはホッとする。余程疲れていたのだろう。 結局、朝になってもナギは目を覚まさず、ハヤテはこっそりと部屋を抜け出し学校に来たのだった。
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Re: 群青(紅クロス) 第四話『白皇学院』更新 ( No.6 ) |
- 日時: 2015/03/17 23:50
- 名前: S●NY
- 「ハヤテぇ!!何処に居るのだ!!ハヤテぇぇぇぇぇっ!!」
ナギは激怒していた。 目を覚ますと男臭い布団を引っ剥がし、首が痛いことに気がついた。 なんと薄い枕だろう。ついでに布団も薄く、なにか臭う。 よくこんな場所で寝ていられたものだ。昨日の自分はそれほど疲れていたのか。 辺りを見回すと、昨晩使用人になった少年の姿はない。食事の準備もされていないようだ。 こんなこと、ナギの人生で一度としてなかった。ハヤテを探すため部屋を出る。
「ハヤテぇ!ハヤテぇっ!!……おのれぇ、私が呼んでいるというのに、ハヤテっハヤもぐぅ!?」
ハヤテの名前を呼びながら廊下を闊歩していたナギは、突然口元を押さえられ黙らされる。 なにものだっ!!眉間に皺を寄せ、口元を押さえつけられた手を噛み千切ってやろうとした途端、それを察したように手は離れる。 変わりに身体を抱きしめられた。
「なにこのこぉ鬼かわいいぃいいい、お肌すべすべだぁああああ」
なんなんのだこいつは。仮にも三千院である自分にべた付いて来る奴などナギは初めてみる。 どうやら敵意はなさそうだが、その口はアルコールの臭いが充満している。酔っているのか。
「お嬢ちゃん、お名前は?」 「三千院ナギである」 「わぁぁぁ声も話し方もかわいいいいいいいい」 「は、離すのだっ!お前は誰だっ」 「白皇学院の先生やってます雪路でぇっす。二日酔いで午後から出勤でぇす。……うぷ」
おええええええっと近くにあったバケツに覆いかぶさってなにやらやっている。 離れてくれたのでナギにとっては一安心だが、目の前の光景はあまり見たいものではなかった。 ひどく苦しそうなので背中を撫でてやる。ありがとぉとか細い声がバケツを通して聞こえてきた。
「お前はここの住人か。私はハヤテを探しているのだ、見なかったか」 「あー、ハヤテくん?」 「そうなのだ」 「うーん、学校じゃない?」 「……学校?それは同年代のものが集まり学問を学ぶ場所か?」 「そうよ。ナギちゃんは学校行かなくていいの?」
その言葉を聞いたナギは雪路の目を覗き込む。 雪路の心の奥底に潜り込むように。
「行っていない。学校とは学問を学ぶと同時に社会に出る下準備を整える場所だろう?」 「まぁ、そうね」 「ならば私には必要ないのだ」 「なるほどねぇ。……ふむ、じゃあ行ってみない?学校」
雪路は午後から学校へ向かうという。そこにはもちろんハヤテもいる。 ハヤテの午後からの授業は丁度雪路が担当するらしい。ハヤテの隣に席を並べることもできるという。
「いかないのだ」
ナギはきっぱりとそう言う。 しかし、その表情には微かな未練が見えた。
「ただ、食事が……」 「なんだ、もう起きたのか」
突然かけられた声にナギと雪路は身体をびくりと硬直させた。 ナギは自分のお腹に手を当てて、雪路は口を膨らませている。
「うぷっ、くぷ」 「口を開くんじゃない。どうしても話したいなら口の中のものをバケツに出してからにしたまえよ」
ぐぅええええええええええっと雪路はバケツに再び覆いかぶさる。 ナギは突然表れた黒ずくめの女性から目を離さない。
「お前は何者なのだ?」 「私は黒須だ。どうぞよろしく、少女」 「うむ、よろしく。私は三千院ナギなのだ」
堅苦しい挨拶をすませた後、ナギは黒須をしげしげと眺めた。 全身真っ黒の服装に、腰まで届きそうなほど伸びた髪も真っ黒だ。そこに艶はなく、絵の具の黒をべたりと塗りたくったような色。
「……お前は魔女か?」 「いや、私は悪女さ」
突然のナギの言葉に、気分を害したふうもなく黒須は答える。
「悪女?」 「男を手玉に取り、金を貢がせ優雅に生きる、女として最上の生き物だよ」 「それはすごいのだ」
黒須の言葉にナギは本気で感心する。 尊敬の眼差しを向けられる黒須は、眉を少し曲げると少女の未来が不安になった。
「ところでお腹は空いていないかね」 「腹ペコだ」 「少年からお金をもらった。私は料理ができないが、コンビ二弁当くらいは用意できる」 「おおっ」
ナギは目を輝かせる。が、すぐに頭を疑問符で埋め尽くされた。
「コンビ二弁当とはなんなのだ?」 「ついてきたまえ」
人差し指と中指の間に野口英世をひらつかせながら、黒須は背を向ける。 ナギはとてとてとその背中を追った。
「しかし黒須はすごいのだな。ハヤテを手玉にとっているのか」 「……正確には私じゃないがね」
そんな会話をバケツの中で聞きながら、雪路は自分の義弟の将来を真剣に案じたのだった。
「ぶわっくしょい」 「うわっ、汚ねぇなぁ」
ごめん。とハヤテは鼻を押さえた。 昼間はそれほど寒くはなかったが、やはり日が暮れると冷えてくる。 ハヤテは学校からの帰り道、親友の宗谷と会っていた。
「まったくこれで口まわり拭けよ」 「ありがとう。あれ?これ……」
差し出されたのは水色のハンカチ。以前自分が使っていたのと同じものだ。
「歩から預かった。あとこれも」 「あ、お金」
渡されたのは茶封筒。中身は1万円札が5枚。
「いらないっていったのに」 「そういうなっての。歩の親御さんまで家に来て渡してきたんだ。本当はもっと寄こそうとしてきたんだぜ」
そういう宗谷は不機嫌そうだ。悪いことをしたなとハヤテは反省する。
「お前なぁ、お金受け取らないのはまだしもハンカチとか渡すんじゃねーよ」 「ごめん」 「お前に会わせろってすげーうるさかったんだ。学校でもお前のことが噂になってる。勘弁してくれよ」 「ごめん」 「嫌なことはなるべく早く忘れたほうがいい。特に俺達みたいなのが関わらなくちゃならない事はな」 「うん」
確かにそうだ。あれは単なる事故だ。避けようのないことだったのだ。彼女がなぜあんな目に遭ってしまったのか、それさえ覚えていてくれれば。もう、自分から飛び込んでくることはないだろう。 自分と関わったことは、彼女の受けた仕打ちは、忘れてしまったほうがいい。 忘れなければ、自分のようになってしまうから。
「ありがとう。実は急な出費が増えて困ってたんだ」 「出費……新しい仕事か?」 「よく分かったね」 「分かるさ。お前は神か仏かってくらい物欲のないやつだからな。それとも女でもできたのか?」 「ち、ちがうよっ」
否定はするが、女性が絡んでいることには違いない。 宗谷は慌てるハヤテをみて、ふーんと意地悪そうな顔をするがそれ以上は追求してこなかった。 再び真剣な顔になる。
「俺の力はまだいらない?」 「……多分、まだ」 「そうか、情報がほしくなったら何時でも言えよ。俺もがんばってしらべるから」
宗谷はそういって右腕をぱしぱしと叩いた。自分の力を誇るように。 南野宗谷の祖父は、裏世界では名の通った腕利きの情報屋だった。 戦前戦後の混乱期、そして高度経済成長期に暗躍した凄腕の情報屋であり、その人脈はすべて孫の宗谷に受け継がれている。 本来ならば宗谷の父の代で廃業するはずだった情報屋だったが、ハヤテが揉め事処理屋をすると聞いた宗谷は半ば無理やり後を継いだのだ。 宗谷はハヤテにとって、唯一無二といってもいい親友だった。 情報屋ともなればそれだけ命を狙われる。そんな世界に自分のために踏み込んでくれた親友。 三千院という権力の巣窟を覗き込ませる危険は、できれば避けたかった。
「ずいぶん遅くまでしゃべっちゃったなぁ。じゃ俺は帰るわ」 「うん。またね」
じゃあなー、と手を大きく振る宗谷を見送って、ハヤテは帰路につく。 日は地平の彼方に沈みかけ、傍を通る車もライトを付けて走っている。 冷たい風がぴりぴりと頬を叩き僅かな光を背中に浴びながら、ハヤテは暗闇に向かって歩き始めた。
部屋に帰ってきたハヤテを待っていたのは、腹減ったーの大合唱だった。 おもに叫んでいるのは食器を箸でチンチンたたいている雪路だが。
「おそいぞー。先生そんな非行少年に育てた覚えは無いぞー!!」 「なんで義姉さんが部屋にいるんですか。黒須さんまで……」 「少年、それがこんな時間まで子供2人を見ていたものに言う態度かね」 「ハヤテェ!遅いではないかっ!お腹がすいたのだっ!!」
帰って早々この大惨事に頭を抱えたハヤテだったが、ふと部屋が暖かいことに気づいた。 部屋の隅を見てみると、電気ストーブが置いてある。
「これナギちゃんの入居祝い。部室から持ってきたわ!」 「……『持ち出し厳禁』って書いてありますけど」 「いーのいーの」
今日の帰り際、動画研究部の部室の前を通ったとき、雪路ちゃんおうぼうだよー、だの、くぉおおおおおポーカーでしょうぶじゃぁああ、だの五月蝿かったのはこれが原因か。 ハヤテとしては部屋が暖かくなるのは大歓迎ではある。
「今準備するから待っていてください」
そう言って、四人が囲むちゃぶ台の上にガスコンロと鍋が置かれた。 思わぬ臨時収入が入ったので奮発してみたが、やはり正解だったようだ。 鍋の中身は湯豆腐。 黒須も雪路も料理はそれほど上手くないので、必然的に鍋の管理はハヤテになる。 鍋物は初めてなのか、ナギは興味深そうに煮え立つ鍋を見ていた。 ハヤテが器に豆腐と白菜を入れて渡すと、ナギはフーフーと冷ましながら食べ、少し笑う。気に入ったらしい。 その間に雪路は缶ビールを10本もあけ、黒須もちびちびとやっていた。
「そんでぇ、ヒナとはどこまでいったの?」
酔いが回ってきた雪路がハヤテの首に腕をまわすと、強引に引き寄せる。 赤ら顔で据わった目をした姿は、酔ったおっさんと変わらない。
「別に、なんにもないですけど」 「じゃあ、いいんちょさんか!!こぉのスケコマシ!!」 「変なとこ触らないでください」 「いいじゃんかぁ、ケチ、ケチ、ケチー。私にも潤いをくれぇぇ」 「苦しいです」 「ああぁん、うれしいくせにぃー」 「……息、臭いですよ」
ひでぇ!と叫んで雪路の身体が離れる。そのまま、乙女心が傷ついたぁとボヤきながら今度はナギの傍に。
「ナギちゃんこいつどう思う?酷いよね!?酷いよね!?」 「ハヤテ、あまり雪路をいじめるなっ」
自分がいなかった間にどれだけ仲良くなったのか。 もともと女性ばかりで肩身が狭かったところに依頼主まで懐柔されては、ハヤテも天を仰ぐしかない。
「いつの間にそんなに仲良くなったんですか」 「一緒に買い物に行ったもんねー」 「そうだぞ!!アイスクリームは美味しかった」 「あ、ハヤテくん。あとで500円貰うわよ」
目の前に暴君がいた。 しかし文句を言っても仕方がない。姉とはそういうものだと、桂家で過ごしてハヤテは分かっている。 ため息をひとつ吐いて、自分の皿の豆腐をつつく。 ちらりと目をナギのほうに向けると、雪路の股の間に座り楽しそうにご飯を食べていた。 ハヤテは雪路とナギの関係を見て少し羨ましく思う。どうやらナギは自分に心を開いてくれていないらしい。 自分の笑顔を気持ち悪いと言って跳ね除けられてしまった。しかし、ナギの傍にいる雪路は顔を弛ませて笑っている。 それに呼び方も。
(……お嬢様って言わなくてもいいのかよ)
自分とは何が違うのだろうか。 ハヤテは真剣に考える。自分の役目はこの子を守ること、でも依頼主が心を開いてくれなければ仕事にも支障が出る。 そもそもナギが誰から狙われているのか、それすらも自分は分かっていない。
「……あの、お嬢様」 「ん、なんだ?」
さっきまで雪路と楽しそうに話していたのに、ハヤテの方を向くと眉間に皺が寄っていた。 ハヤテは気にせず続ける。
「どんな奴に狙われているのか、大和さんから聞いていませんか?」 「雪路、この白菜はうまいな。気に入ったぞ」
無視された。
「楽しい食事の席で仕事の話とは感心しないな、少年」 「そうだそうだー」
大ブーイングだ。
「んー、でもさナギちゃん私も気になるわ。こんないたいけな処女を誰が狙っているのか」 「おい酔っ払い、やめてください」
雪路のあまりの言動に慌ててハヤテもストップをかける。 釘を刺さなければ、エロ親父と化した雪路は何処までいくか分かったものではない。
「……ふむ。誰に狙われているか、か」
雪路の言動を意にもかけず、ナギは自分の皿を見つめて黙り込んだ。 その顔には困惑の表情が見える。ハヤテは静かにナギの言葉を待っていた。
「ハヤテ、お前の知りたいことに私は答えられない」 「どうしてですか」 「なにも語るな、と大和から言われている」 「そんな……」 「よくは分からないが、そういうことは言わぬが花らしい」
わけがわからない。 それもまた、大和の直感とかいうものなのか。 それとも自分を試しているのか。 ハヤテが何処までできるのか、それを計るのが大和の目的という可能性。それにしても、ナギの護衛というのはリスクが高すぎると思った。 悩むハヤテをナギはしばらく見つめていたが、やがて雪路に湯豆腐を取ってくれるようにお願いする。 そして、熱々の湯豆腐から昇る煙を顔に浴びながら、呟いた。
「……本当にお前で大丈夫なのだろうか」 「え?」 「なんでもないのだ」
そう言うと、ナギは再び雪路との会話に花を咲かせたのだった。
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