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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス)
日時: 2014/06/29 13:09
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

どうも、壊れたラジオです。
前作『疾風の狩人』がスレを埋めてしまったので、人生初の2スレ目に移る事になりました。
いや、結構ここまで来れるもんだなと思いました。

応援してくださっている方のおかげだと思います。
今回の話からは、どっちかと言うと短編と言うか、前作のようにつながりと言うものがあんまり無いかなと思っています。
一編ごとに、全く別の狩猟に行っていたり……まあ、そうしないとキャラクターを出せませんし。


と言うわけで、前回中途半端なところで終わったユクモ村編の前後編を入れた後、新しく話を作っていきたいと思います。

前作『疾風の狩人』は上のURLから行けると思います。





では、ここでやっておきたかった登場人物についてです。


ハヤテ<弓>
通り名 『蒼火竜のハヤテ』
装備
・リオソウルZシリーズ
・カイザー・ボウU(本作オリジナル武器)、琥牙弓アルヴァランガ、
・姿としては、私の大好きなある作品の完全無欠ハヤテくん+原作のハヤテくん÷2ぐらいです。身長はここ最近で伸びたため、175pくらいです。
しかし、それ以前は原作のような体格だったので……?


ヒナギク<太刀>
装備
・レイアSシリーズ
・飛竜刀<双炎>

・原作よりもやや負けず嫌いの面が増えてしまっているヒナギクさん。
見ようによっては彼女のファンから怒られそうだと一番危惧しています。

アユム<ヘビィボウガン>
装備
ユクモノSシリーズ
真ユクモノ重弩

・一番ブレが少なそう……と思ったら原作よりもあか抜けてなかったり……。
でも使いやすいです。


ソウヤ<ランス>
通り名 『白海竜のソウヤ』
装備
・ラギアZシリーズ
・ネオ・クルスランス

・原作ではほとんど登場しない彼ですが、ハヤテの男友達と言う重要なアドバンテージを持っていると思ったので、結構出したいと思っています。


コテツ<大剣>
通り名 『黒轟竜のコテツ』
装備
・レックスZシリーズ
・黒轟大剣<大王虎>(本作オリジナル武器)

・まだ登場していない彼ですが、そのうち登場します。
扱いは……たぶんいいですよ。たぶん……。


チハル<弓>
装備
・ブナハXシリーズ
・アルクトレスブラン、アルクトレスルージュ、アルクトレスジョーヌ

・一番キャラの崩壊が著しい彼女。プロフィールで千の顔を持つと書かれていたので、こんな顔があってもいいかなとか思ってます。ホントすいません。


サクヤ<ハンマー>
装備
ボーンシリーズ
ボーンハンマー→ブルタスクハンマー

原作と性格はほとんど変わらないです。
でも、この話ではハヤテに対する当たり方が違うので…どうなるでしょうか?


シン<スラッシュアックス>
通り名『鋼龍殺し』『金獅子』
装備
・怒天シリーズ
・鋼氷斧(本作オリジナル武器)、海王斧ナバルディード

原作のシンさんがカッコよかったので、大きな役を任せたかったんです。
でもほとんど出てこないから、キャラが難しい……大変です。


ハンター以外の職種のキャラクター

イスミ
ユクモ村の村長の家系の一人娘。
原作と違って、特殊な能力は発揮しない。(ただ、発揮しないだけで、持っていないわけではない)
過去にハヤテに助けられた経験がある。

初穂
イスミの母。
原作のほどぼうっとしているわけではないが、天然は残っている。
現在の村長が寝込んでいるため、代理をやっている。
サクヤやナギとは親世代からの付き合い。紫子とも原作通り仲が良い。

カシワギ
この作品内では、撃龍船の船長。
ハヤテとは旧知の知り合いであり、協力的。

ナギ
性格、容姿、能力などは殆ど原作と変わりないが、体力だけは少しまし。
両親が存命しているため、そう言った意味での暗い性格はほとんど無い。

紫子
やはり原作とは違いはほとんど無い。
存命しているのは、過去にある出来事が……
(メタな言い方をすると、生きている彼女とナギやシンとの関わりを書きたかったから)

クラウス
ナギの執事。
今回はハヤテが執事をやっていないため、ナギの専属。
ただ、話の通じないシンと心の通じないナギ、常識の通じない紫子の所為で苦労は原作よりもおそらくヤバい。

ユキジ
元ハンターで現在ユクモハンターアカデミー教官。
昔は歴代きっての美人ハンターとして有名だった。
酒乱の気は原作とは一切変わらないが、ここぞと言う時に見せる面は本物。

カオル
ユキジの幼馴染。
ハンターとして天性の才能ではなく、努力でユキジのそばにいた人。
それが認められて、現在ユクモギルド・ギルドナイト陣の分隊長を務める。

シオン
タンジアギルドマスター秘書。
原作の少年モードをさらに女性的にしたような容姿。
キリカの秘書だが、原作程には陶酔していない。
むしろ、行動の破天荒な彼女に少々手を焼いており、ため息が絶えない。
また、タンジアギルド管轄内に、常に交渉やらなんやらで飛び回っているため、休みはほとんど無い。過労。





と、今まで出て来た主要なキャラクターはこんなものでしょうか。
ハンターはこれからもっと出ると思います。
目指せ!ハヤテのごとくキャラコンプリートを目標としています。




今まで出て来たモンスター

『水獣・ロアルドロス』
“獣”とついてはいるが、狂暴な海竜種である。
頭部の周りにある巨大な海綿質のたてがみはボスの証であり、陸上で活発に行動するための生命線である。メス個体である『ルドロス』と共に孤島に出現する。

『迅竜・ナルガクルガ』
流れるような黒い体毛を持つ体躯と、体長の半分以上を占める長大な尻尾が特徴の飛竜種。
本来は暗闇に生息し、暗視能力と優れた聴力で獲物を追うが、縄張りに侵入してきたハヤテを撃つために襲来する。

『海竜・ラギアクルス』
名前だけの登場。
沖合において、孤島を周囲を観光するクルーズ船を沈めた為、狩猟が解禁される。
蒼く長大な体躯を持つ海竜種で、背中に膨大な電力を生み出す背電殻を持つ。
狩りの際はその巨大な体で蛇のようにとぐろを巻いて渦を起こして獲物を取り囲んで窒息させた後、その電光でとらえる。

『水竜・ガノトトス』
渓流に出現した魚竜種。
ゲーム本編では渓流には出現しないが、ここ最近に起きた地殻の変動によって新しく出来た水路によって遡上。
渓流に通っていた観光船、貨物船を襲撃し、大きな被害を出した。
裏設定では、船を襲った訳はそれに乗っていた人間が目的ではなく、沈めた貨物船に積まれていた大量の肉類に味を占めた為に、見境なく船を襲っていたため。

『翠水竜・ガノトトス亜種』
ガノトトスと同じ時期に渓流に出現した魚竜種。
両者にこれと言った関連性は無く、ただ同時期に入り込んだと言うだけだが、エサが豊富にあった為、ガノトトスといさかいを起こすことは無かった。

『青熊獣・アオアシラ』
ヒナギクとの対決の際と、ジンオウガとの戦闘時に出没した牙獣種。
アルマジロのような甲殻と、全身に生え揃う青い体毛が特徴。
口の中の牙とごつごつした腕は強力な武器ではあるが、普段はハチミツや果実を好み、よっぽどの事が無ければ人間に被害を与える事は少ない。

『角竜・ディアブロス』
砂漠に生息する超大型の飛竜種。
砂色の頑丈な甲殻を持ち、強力な日光から身を守っており、普通は地面を潜航して生活している。
巨大な二本の角とカッターのような歯を持ち、植物食のモンスターとしては規格外の凶暴性を持つ。
これは砂漠の食料の少なさをカバーするための広大な砂漠を防衛する為。
退化した翼は飛行よりも、その固い爪と翼膜をシャベルの様に使う事によって地面を掘り起こすことに適性がある。


『峯山龍・ジエン・モーラン』
大砂漠に生息する最大級の古龍種。
普段は砂の海の中を潜航しており、砂の中の微生物を吸い込んで食べるデトリタス食者。
余分な砂は排気孔から吹きだすが、あまりにも巨大な生物の為に吐き出すその噴出物は局地的な砂嵐を起こしてしまうほど。
定期的に移動する習性を持ち、毎年決まった方角へと移動するが、その航路は曖昧であり、時折人間の街に突っ込んでくることがあるため、それを防ぐために撃龍船とハンターが動員される。
背中からは大量の貴重な鉱石や、ジエン・モーラン自身の素材が得られるため、勇気と豊穣の象徴とされるが、バリスタ(大型の弩砲)や大砲を使わなければまともに傷をつける事も敵わない。
また、その表皮は砂の所為でくすんでいるが、繁殖期などはそれをそぎ落として美しい蒼色をした甲殻を呈する。“峯山”の異名はここからきている。

『大猪・ドスファンゴ』
最近になって渓流で確認されるようになった牙獣種。
ブルファンゴは以前から生息していたが、そのボスであるドスファンゴが現れるようになったのはごく最近であり、目撃情報も少ない。
茶色いブルファンゴとは違い、全身真っ白な体毛に覆われている。
キノコが好物。

『雷狼竜・ジンオウガ』
渓流ではもはや伝説ともなっていた牙竜種。おとぎ話の中にはある程度その記述が認められるが、その存在は長らく確認されていなかった。
しかしハヤテの故郷である孤島近辺にもある程度の数が生存しているため、情報自体は存在する。
ただし、ハヤテの知る孤島種に比べると大陸種である渓流の個体は巨大になる傾向がみられる。
体格に恵まれ、山間部のさらに奥地の激しい渓谷などに生息する為、四肢や爪の発達が著しい。
それだけでも十分な脅威ではあるが、背中にラギアクルスの物に近い背電殻を持ち、そこに引き付けた雷光虫との共生によって莫大な電力を生み出す。




とまあ、こんなもんでしょうか……。




では、ユクモ村前後編はまた後ほど……。
では。



















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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.1 )
日時: 2014/06/29 23:29
名前: タッキー
参照: http://hayate/nbalk.butler

どうもタッキーです。
masaさんの感想で99スレ目だったのでこちらの方に感想を書かせていただきます。

いやぁ〜、ゆっきゅんの登場の仕方には少し驚きましたけどなんだか納得できますね。やはり44マグナムなんでしょうか?シンさんに銃を向けたってことは出会い方は意外と原作っぽかったり。
それにしてもナギはやるときはやる子ですからね。ハヤテの言葉をきちんと伝えられたようでよかったです。

麻痺投げナイフの使い方は絶妙でしたね。落とし罠を設置するための時間稼ぎに使うとは。たしかにあれだけ深い穴を掘っているのだから時間がかかって当たり前ですよね。なのにゲームでは・・・ま、まぁ、もはやモンハンってツッコんだら負けですからね!し、仕方ないですよね!
それよりまさか麻酔を解いてくるとは思いませんでした。やはり超ド級のジンオウガは一味も二味も違ったようですね。もしゲームだったとしてもやってほしくないです。とくにラージャンとかラージャンとかラージャンとか・・・

なんというか、たとえ相手が自分を殺そうとしていたりして必要なことだったとしても、命を奪うという行為は悲しいことなんでしょうね。ハヤテがジンオウガを倒せたことへの達成感や嬉しさをあまり表に出していないところから、優しさというかそういうものを感じました。
内心では嬉しさや安心といった気持ちがあるんだと思いますが仕方ないですよね。もしかしたらハヤテがジンオウガのようになっていたのかもしれないし、怖かったんですから・・・
それにしてもアイルーたちは度胸がありますね。心配だったとはいえハヤテに付いて行ってたんですから。頼もしいアイルーってホント心強いですよね(笑)

ハヤテが帰ってきたらきっと皆盛り上がるんでしょうね。いや、その前に女性陣からの・・・どうやってもハヤテって不幸なんですね。ゆっきゅんの銃弾だって当たっちゃうかもしれないですね。



今回からは4の設定も入るということでなんだか面白くなりそうです。やはり操虫棍とかチャージアックスがでるんでしょうか?自分ガチ武器が操虫棍なんですよ。ミラボもダメ元でいったらギリギリ討伐できたんですよ。ソロで。自分でもびっくりしました。
でもこの話の設定だったら、狂竜化やシャガルでもやばいのに、ダラとか出てきたらシャレになりませんね。

あとやっぱりコテツ君は大剣でしたか。黒轟大剣とか鋼氷斧とか使ってみたいです。あとカイザー・ボウも。
ていうかシンさん、海王斧ナバルディードって・・・もしかしてあのデカブツ倒したんですか!?現役のままだったら古龍をコンプリートしちゃいそうですね。

これからはコテツ君やソウヤ君の出番、そして個人的にはヒナギクさんとアユムの出番が楽しみです。アユムは出てきたなかでは雄一のボウガン使いですし、ヒナギクさんは自分が大好きなキャラなので。

次回も頑張って下さい。

それでは。


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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.2 )
日時: 2014/06/30 22:05
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

感想どうもありがとうございます!

masaさん
絶対的な強者に対して怯え、街が混乱に陥るのはモンスターハンター2(dos)でありました。
それを再現してみたかったんです。

プラシーボ効果と言うか、ただ恐怖が伝染しただけですね。
ギルドナイト陣はこういう事もやるんじゃないかと思った結果です。

ユキジについては……援護の使用がありませんね、ホント。

ゆっきゅんに拳銃を使わせたのは本編からのオマージュです。
シンさんはこの話ではひたすらカッコよくしたいと思っています。
話数で言ったら今回の後半か、この次スレくらいでシンさんの回想が入ります。
ここで二人の出会いを入れると思います。

騒ぎの収まり方については自分でもいささか強引かなと思いましたが、批判が来なくてよかったです。
こうでもしないとナギを出せませんでしたし。

ジンオウガの攻撃が通じなくなったというより、ハヤテが慣れたと言うべきですね。
まあ、原作では雷喰らおうが火球喰らおうがハンターぴんぴんしてますし。
その強いハンターの体を今作のハヤテは持っているというわけです。
さすがに動けなくはなるようですがね。

落とし穴の使い方については少し原典から変更しました。
使った場合、設置に時間がかかるという設定で、かなり長く拘束できるものの使いにくい切り札的なアイテムという事で。

ジンオウガは死の間際に戦おうとしたというよりも、麻酔薬の効果に逆らって戦おうとしたものの、エネルギーの限界を迎えて完全に死亡したと言う感じです。
撃破したはいいものの……。

では。


タッキーさん
ゆっきゅんの登場シーンは上の通り原作リスペクトです。
シンさんに銃を向けたシーンも入れたいかなと思っています。

ナギはいざと言う時には強い子ですからねぇ……こういうシーンを入れたかったです。

麻痺投げナイフや落とし穴。
各種アイテムは現実に会ったらこんな感じで面倒くさい物なのかなと考えた結果です。
まあ、ゲームに突っ込んだらそこで面白さが無くなりますから、そこは諦めましょう。

ジンオウガを倒した時。
そして、最近最初の方のスレの拙い所を書き直しているのですが、そこでもガノトトスの死に対して同じような状況を入れています。

ハヤテがモンスター含め、生物の死に対してこういう心境になる理由はこのスレッドの中に入れるハヤテの回想篇で入れる事にします。

まあ、アイルーたちはハヤテの万が一の時に備えるのが仕事ですし。
ちょっと離れたところからつかず離れずの位置にいたという事で。

ハヤテが帰ってきた時のシーンについては、他に書きたいことがあるので結構さらっと流すと思います。
すいません。


4の要素に関しては、入るとしてもほんのわずかだと思います。
もしかしたら入るかもしれないシンさんの回想では、4の世界が中心となりますが。

コテツ君の武器は最初から大剣にするつもりでいました。
理由は……まあなんとなくです。
ハヤテ→遠距離の技量を活かした狩り。
ソウヤ→中距離、高ガードを活かした堅実な狩り。
だったので、コテツ君は力を活かした近距離戦とかいいかなと考えた結果です。

オリジナル武器に関しては批判が来なくてよかったです。
でもどうしても彼らのモチーフとなっている別名や、戦わせたいモンスターの素材で作ったその武器群は無かったので、そうするしかありませんでした。


海王斧ナバルディードに関しては――――――そのうち話すことになります。
まあ、シンさんは今は謎だらけという事に(自分の中では)なっていますけどね。
お楽しみです。

では。






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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.3 )
日時: 2014/07/01 18:50
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

ユクモ村編
最終話前篇『少女の決意』

































目を開いても、そこには何もなかった。
まるで瞼を閉じているかのように真っ暗で、一条の光も見えはしない。

どちらかと言うと、何も無いと言うよりもそこにはひたすら真っ暗な空間が世界の果てまで連なっていると言った方が表現的には正しいのだろうか。
しかし自分は文作家ではないから、どんなに頭をひねってみても素晴らしい詩的表現と言うものは浮かんでこない。

人には分相応、不相応と言うものがあるのだ。
豚に木から跳べと言っているようなもので、ハンターにロマンティックな叙事詩を唄わせること自体が間違っている。
とはいえ、この状況でそんな事を考えている暇なんかあるまい。


ハヤテは出口を取り合えず探してみてみたが、淡く初めから期待などしていなかったので、そんなものが見つからなくても大した落胆は感じなかった。






(さて……どうしたものか)






これが現実か夢かは分からない――――――いや、このどう考えても非日常な光景が現実であるという可能性はあるまい。
多分夢だが、この明らかな非日常と言うのを受け入れ始めている自分と言うものがあった。



こんな光景に出合ったことは何度もある。
と言うより、最初にハヤテがG級となったその直後の狩りから、狩猟に出た後は頻繁にこの夢の世界に来るようになっていた。

ジンオウガとの戦いで臨死体験した時は色合いが違ったが、大体いつもはそんな感じだった。
しかし、今回の夢はそのどの夢とも感覚が違っていた。





自分が立っている地点は、色合いが逆転したかのように光っている。
影の部分が光、光の部分が影と言ったような感じだが、そこだけが怪しく光っていた。

試しに歩いてみたら、コツコツと革靴で歩いているときの音がした。
この変な空間でも重力とかその他もろもろの概念と言うものは存在するようだ。



変なところに迷い込んだら余計な動きをしない方が無難とは言うが、ここはどうせ自分の夢だ。
夢の中で何か起こったとしても、現実にはどうとも影響などないだろう。

こういった夢を見始めた頃の自分ならば、現実と夢の境が良く分からなくなって混乱していたかもしれない。
慣れた今では、もはや大した恐怖も感じない。



過去からの罪の意識も、現在の罪の意識も消えはしない。
しかし、それはもはや変わらない。いつかそれで自分が裁かれることがあるのならば、それでもかまわないだろう。

彼は一種の諦念とも覚悟と取れる事を思いながら、その暗闇の中を歩いていた。










夢の中でぶらぶらと歩いていても、どうとでもならないだろう。
しかし、いつまでたっても何も見えてこない光景と言うのはなかなか気分が悪い。

時間的に言ったらこのあたりで覚めるかなとぼんやりとそんな事を思った。
夢と自分が知覚でき、しかも起きる頃合いも大体分かる夢と言うのは珍しい気がする。





思った通り、眼前から暗闇に亀裂が走った。
そこから眩いばかりの光が差し込んできて、思わず目を逸らした。

覚醒の瞬間に見る光景と言うのは忘れているだけで、本当は得てしてこういう物なのかもしれない。
光を右掌で覆いながら、ゆったりと手を伸ばした。











「――――――……――――――。」









後ろから、空耳だと言われても信じてしまいそうな小さな声が響いた。
掠れた、喉の奥から必死で絞り出したかのような声に、ハヤテは思わず振り向いた。

この空間は洞窟並に音を反響する性質があるらしく、その啜り泣きのような声は不気味な音となって彼の耳にどこか不気味で、不快に鼓膜を揺らした。





ハヤテの足元と同じく―――と言うよりも、全身が朧な光によって薄く光っているそれは、消えかけのランプのような儚さを持って、彼の前に対峙していた。

目を凝らしてみたところで、それがはっきりするわけでも無かった。
ハヤテにはどうにかこうにかそれが人型に見えたが、見る人によっては大分見え方が違っているかもしれない。




一瞬、子供のころに読んだ童話の中で出て来た幽霊のようなものかと彼はふと思った。
しかし、幽霊ならばまだ良かったかもしれない。

ここまで目の前にはっきり出て来た幽霊と言うものは、その時点でかなりの恐怖が薄れてしまっている。
それに、ここが自分の夢ならば―――現実ではない。
幽霊などもともと現実味が薄い、人の脳が作り出す幻影だ。それは宗教も同様だ。

しかしこんなものを見る夢と言うものを持っているという事は、自分は結構信心深い性質なのかもしれない。
それに、いつも見ていた夢よりは、現実味がないという点では遥かに可愛げがある。






ハヤテがそのぼんやりとしたなにかとしか形容がしがたいそれに向かって口を開こうとする。
我ながら現実の無い虚栄に話しかけるなどアホっぽいが、これは夢なのだからこれぐらいの不思議体験をしても罰は当たらないかと思ってしまった。




しかしその瞬間、そのぼやっとしたものは突然明確なイメージと形を持って、自分の前に姿を現した。
薄い靄が晴れていくと言えばいいのか、それともつけていたベールを外したというのが正しいのか。
とにかく、夢かどうかも定かではないそれに、ハヤテの原住民族以上の視力で、猫並の暗視能力を持つ目がピントを合わせていく。





そこに現れたのは、たった一人の少女。
この世には不釣り合いなほどの、まるで彫刻のような白い肌と顔立ちが目に入った。

淡い桜色の長いドレスを纏ったその少女は、この暗闇の中で輝くばかりの美貌を彼に向けた。
表情にはこの暗闇に形容されるかのような悲痛な表情が浮かび、その瞳には薄く涙の膜が張っていた。



どうしたのかとハヤテが口を開こうとするが、声が出ない。
声帯や肺がまるで麻痺薬を塗ったかのように動かない。声が出せない。

何も言ってこないハヤテに対して彼女がどう思ったのかは分からないが、こちらを責めるような表情で小さく口を動かした。





しかし、それでも何も聞こえない。
唇や表情からして、嗚咽を溢すほどの強い悲しみのまま彼を責めているようだったが、彼は何も聞くことすら出来なかった。





何も聞こえないのが分かったのか、それともこれ以上何かを言っても無駄だと思ったのか。
彼女は諦めと絶望と後悔の表情を浮かべたまま、その体を小さく縮めた。


ハヤテが手を伸ばそうとしたが、それよりも早く彼女を包んでいたロングドレスのビロードが、彼の前にまるで津波が膨れ上がるかのように立ち上がった。








思わず顔を背け、手で顔を覆った。
もう一度ハヤテが目を開けた時に其処に在ったのは―――。




























先ほどの淡い桜色の翼を持つ、美しき飛竜の女王の姿だった。





哀しいまでの狩人としての性か、この美しい飛竜に対しても思わずありもしない背中の武器に手を伸ばしてしまった。

そんな自分に嫌気がさしつつも、モンスターを前にしてはそうなるのは彼だけではあるまい。





しかしその飛竜はハヤテに対して牙を剥くことは無かった。
その桜の花びらを紡いで作ったような、艶やかな翼を暗闇に大きく広げ、真っ暗な空間の中に輝く桜の吹雪を舞い散らせて舞い上がる。

ハヤテは思わず手を伸ばしたが―――その手が何かを掴むことは無かった。






その飛竜が飛び去った瞬間、後ろの暗闇の亀裂からの光が強い引力を発した。
気づくと、ハヤテはその光の中に飲み込まれていた。











































*                 *











「ん……」





文字通り、ボウっと目が覚めた。
ジンオウガとの戦いで臨死体験した時のように飛び起きるわけではない。
見ていた夢がはっきりと夢だと分かっていた以上、焦って飛び起きる必要などないからだ。

むしろ今の状態が覚醒しているのか、それとも今見ているのが夢の続きのような気もしてくる。
体がなかなか動かないから、少なくとも体の方はまだ覚醒していないのだろうか。
金縛りとかのオカルトチックな事は、現実を見なくてはいけないハンターにとってはあるまじきことだったが、先ほどの夢の内容で固まっているとも取れる自分が言えた口ではあるまい。





先ほどの夢――――――。






(とうとう幻想まで見るようになったか)





自分の思考やら、信条を守ろうという気持ちのダメージがとうとう脳の働きにまで影響を出し始めたことに、ハヤテは今唯一動く瞼をゆっくりと閉じた。

その一方で、むしろそれでいいのかもしれないとも思っている自分がいる事にも気づいた。
―――勿論悪夢などいいものではないが、そういう風に考えた方が心には重荷ではないのかもしれない。
人間の体や、実際には無い臓器であるココロと言うものは上手く出来ているものだ。
無駄のないその働きを考えると、それら一連の夢は自分の心を壊さないための防衛手段なのではないかと思ってしまう。

自分が過去に犯してきたその報いがこのような形で現れるだけなら、それでいいかもしれない。

体がゆっくりとだが動くようになって、ハヤテは背中に力を入れた。
起き上がろうとすると、鈍い痛みが全身から響いた。
筋肉痛にしては鋭くない――――――という事は……。


ゆっくりと昨日の記憶が戻ってきた。
自分は、ジンオウガと戦って、それを何とか倒して―――それで?

そこからの記憶が朧げだが、覚えていないという事は大したことは無かったのかもしれない。
若しくは、それに気を使う余裕も無かったか―――だ。


ジンオウガ。






あいつは確かにそこにいた。
自分は確かにそれと戦い、あいつの強さと奥底にあった悲しみを確かに見たのだ。

自分にとっては疑いようのない、この双眸で。
その犠牲ならば、この体の痛みぐらいは大したことではないだろう。

夢の中で、何をしても平気だろうと思ったのは大きな間違いだった。
―――痛くて、痛くて仕方がない。




一息吸い込むと、ハヤテは体に力を込めた。
先ほどの痛みが襲ってくることが憂鬱だったが、このままのうのうと寝ていたくも無かった。

体の奥から、末端の神経に向かって覚醒させていく。
昔から過酷な訓練で体が筋肉痛やら相当なダメージから動かなくなることがあったが、神経を無理やり命令することで、ハヤテはその訓練を休むことが無かった。

鍛え上げられた神経は、ハヤテの狩猟の力に直結していた。






しかし、今回はどういうわけか体が動かない。
指先や足の指の感覚はあるから、どこかで神経が切れているわけではないし、動かそうとするたびに激痛は走るが、彼にとっては起き上がれないと言うほどではない。

このぐらいの痛みで起き上がれないのならば、ジンオウガ戦ではとっくに自分はクエストをリタイアして逃げ帰ってきていたはずだ。
それに昨日の―――少なくとも記憶がある限りでは―――怪我には適切な治療がされていたのか、表面の傷自体はそこまで痛むものではなかったため、ハヤテは眉を潜めた。





しかし、一つピンとする事があった。
ハヤテは嫌な予感を感じて、動かせる首を下にゆっくりと向けた。
しかし枕に頭を載せているため、可動範囲はそこまで大きなものではないし、鞭うったように首に来る鈍い痛みにハヤテは顔をしかめた。


それでも目線を下に向けた。
―――先ほどから、体の左半身に何か重みを感じていた。
少し体温が上がっているように感じたが、それはその圧迫感によるものだ。


左腕と左半身の上に載っているそれは、漬物石のように固いものではなかった。
ふよふよとしていてなんだか頼りなく、腕の上に合わせて容易に形を変えてしまうほど柔らかい。

人肌程度の暖かさは、自分にゆったりと掛けられている羽が詰められた布団に熱として籠っている。
人にとって適度な温度とはこれぐらいの事を言うのだろうか。
誰しも子供の時はこんな感じの場所にいて、それを懐かしいものと感じる本能があるのだろう。
しかしそれを幼児期に一切経験していない彼からすると良く分からない物体と言う認識しかなかった。



重いと言えばきっと新たな火種になるだろうから何も言うまいと心に決め、ハヤテは動く右腕をゆっくりと動かした。
―――まあ、ゆっくりとしか動かないだけなのだが。




力を掛けると結構な痛みが襲ってくる。
彼は首の下ぐらいまで深くかけられている布団の端をつまみ、ちょっと持ち上げてみた。



























彼は驚愕しなかった。
ただし呆れからため息はついたし、寝たままで肩をすくめて見せた。

ただし、自分以外意識が覚醒しているものがいないところでそんな事をやっても意味など無かったが。
―――そう、自分以外の人間がこの静かな部屋にいたのである。






驚愕しなかったのは、あくまでもその“彼女”の性格を知っていたからであった。
しかし、ここまで貞操観念が緩いと異性であるこちらが心配になってくる。

ハヤテがわずかに身じろぎをしても、その彼女は全く起きる様子は無い。
むしろ自分の体にさらに体を押し付けて、スヤスヤと気持ちよさそうに眠る始末だった。



―――その上で、彼女のある程度成長した体が自分の体に触れて、柔らかくしなやかな身体が形を変えているのはいただけない。
と言うか、ただ単に目のやり所に困ると言うのが本音であり、一応健全な人間であるハヤテにとっては刺激が強すぎる。

強く触れるたびに、布団の中で寝息か刺激によるものなのか……。
考えようによってはどちらとも取れる、くぐもった声がハヤテの耳に届いた。





いつまでもそうしているわけにはいかない。
サクヤの時もそうだったが、この状況がどう考えても好意的に解釈されることは期待しない方がいい。
期待値的にはマイナス値に食い込む可能性もある……運の悪さには定評がある自分は特に。



考えていて悲しくなったが、今はそれどころではない。
早め早めに危険な爆弾となるだろうアイテムやらなんやらは、さっさと処理するに限る。

声を出そうとする声帯はまだひりつくし、肺の下にある横隔膜のあたりが激しい痛みに襲われる。
その中ででも、命の危機に比べればきっとその程度軽い物だろう。

息を吸うと、ハヤテはその自分の上に載って休んでいる物に対して、抗議の声を発した。

























「起きてくださいチハルさん―――」




半ばやけになったかのような声音で言うと、夢の中かどこかで聞こえたのか彼女は僅かに身じろぎをした。
起こされる直前は非常にそういう声は鬱陶しいものだが、ハヤテにしてみればこの状況を作っている本人がそんな事を言うのは本末転倒だ。


今度は左手を動かしつつ、声をかけてみた。
流石に直接体を揺すられたら起きるだろうと思ったのだが、起きないどころか自分が意図しないところにまで触れてしまい、ハヤテは動揺する。





―――どうする。この状況。
非常に濃い数日間を過ごし、今の今までぐっすりと(悪夢を見ていたが)寝ていて、覚醒したばかりのこの頭をまたいきなりフルスロットルで稼働させねばならない。

しかしそれによって出て来たのは苛立ちでも何でもなく、只の諦念と焦り。
まあ、この状況になった経緯は置いておく。
それよりも、今はこの後の対応が大変だ。

彼女は現在、いつもの装備を付けていない。
はっきり言ってインナーだけでここに入り込んでいる。
年頃の少女が、あまり何かを身に着けないまま、同じく年頃の男子と同衾している。
―――要するに、この状況を見られると最も厄介な事に巻き込まれるのは……。





一刻の猶予もない。
ハヤテは今までの経験から、無駄に高性能な自分の頭脳を活用し、持てる知識をハイスピードで検索して一つの答えにたどり着いた。
我ながら無駄なエネルギーを脳に使ってしまった。
今ので寿命がちょっと縮んだかもしれない。



彼女の性格からして、自分をおちょくって楽しんでいるだけの可能性が高い。
何時もはそういうおちょくって楽しい人間がいないのか、それともいつもは自分がいじられているからその憂さ晴らしなのかは知らない。
しかし、自分がいつもこういう状況においても何かをしない事が分かっているから、安心してこんなことを出来るのかもしれない。

――――――そこまで考えて、自分が異性だと思われていないようで少し傷ついた。
しかし、解決方法は単純になった。

確認を取ればいいだけだ。






「…チハルさん。起きてますよね?」
「あ、気づきましたか。」





全く悪びれもせずに、あっさりと彼女は上体を起こした。
左半身から重みが一気になくなると共に、圧迫感も消えた。

重いと言うのは女性に失礼だと思ったからあえて言わなかったが、ここまで清々しいとちょっと腹が立つ。

彼女の体にかかっていた羽毛布団が落ち、横になっている自分の腹のあたりにバサッと落ちた。





「昨夜はお楽しみでしたね、ハヤテくん」
「…そーいう事言うと勘違いされるのは僕だけじゃないですよね。この状況だと。」




いきなりの爆弾発言にはもう驚かない。
慣れたくは無いが、もはや昔からの事だった。
ある意味、全てを見切っていると思って、ハヤテは僅かな冗談を交えて返した。
―――朝っぱらからこんな重たいジョークを言うようになるとは誰が予想しただろうか。





「その言い方だと、楽しんだことは否定しないみたいに聞こえますけどね。―――あ、突然ですがキスしても構いませんか?」
「どーしてそう言う話になるんですか!!?」





―――訂正しよう。
彼女の行動パターンを読めるようになった―――あれは嘘だ。
何年たったところで、変化球兼、超大型アクロバット爆撃機のようなこの会話についていけると思った自分がバカだった。
……いや、ついていく必要自体がもう無いんだけども。





「別にその程度、外国では挨拶程度らしいですよ?」
「外国じゃあそうかもしれませんけども!?この国じゃそんな年頃の人がそんなふしだらな貞操観念じゃいけまーせん!!!」
「別に減るものではありませんし。ホラ、Please kiss me.」
「えらく発音がいいなオイ!いや誰にでもこんなことしちゃダメでしょ!?おちょくるにしても限度ってものが……」
「ま、こんな事は誰にでもするわけではありませんけどね――――――と、ここまでは冗談で、ところで話は変わりますが。」





どこまでが冗談かすでに分からんわ。
ハヤテの精一杯の反撃をいとも簡単にかわした彼女は、先ほどまでの感情が浮かびにくい表情を少し緩めた。

―――アカデミーのころはもっと真面目な性格の人だと思ってたんだけどなぁ。
ハヤテは横になったまま小さくため息をつき、肩をすくめた。


その様子をあまり気にすることもなく(ちょっと憎たらしい)彼女は立ち上がると、彼の枕元あたりに再度腰を落とした。
いきなりだったので何が何だか分からず、少し首を上に逸らしたが、枕のせいでそこまで頭が持ち上がらない。
それに体の神経は一応動くようだったが、肉体の方がダメージを喰らっていたのか、なかなか動かない。

そうしている内に頭が、ハンターとは思えないようなきめの細かい肌をした白い手によってすっと持ち上げられた。
そのまま、枕とは違う感覚が後頭部に伝わって、ハヤテは少し慄いた。







「…なに……やってんですか?」




しどろもどろになりつつ聞いた。
頭を上げると、自分の頭は目線の先に彼女の顔を見上げるような位置―――つまり、彼女の膝の上にあった。

シチュエーションとしては思春期の男子ならばよく頭に思い浮かべるタイプだろうが、いきなり唐突にやられたら、まずは誰しもがきっと驚くだろう。
堪能する人間もいるだろうが――――――そんな気にはハヤテはなれなかった。


一体彼女は自分が動けないのをいいことに何をするつもりなのだろうかとか、この状況を誰かに見られたら…とかいうマイナスな事しか浮かんでこない。
非常に損な性格かもしれないが、悲しいことに、それがこの男の性質だった。






「いえ……寝ているとき、うなされていたようですから。」





寝ているところを見ていた―――という事は最初から起きていたのか。

少しむっとしたが、彼女の表情は真剣だった。
なんとなくこちらも神妙な気持ちになってしまう。





「―――いつまでもその事で悩んでいたら、ハンターなどできませんよ。」




突然何の脈絡もなく、彼女が口を開いた。
あまりにも唐突で、ハヤテの口からは聞き直しとも疑問とも取れる声が漏れただけだった。

そのままの瞳で、彼女は自分に対してじっと見据えてくる。





「物語で、よく親の報いが子供にと言う話は聞きますが、そのほうが納得しやすいのかもしれませんね。親が何か悪いことをしたらその報いが子供に…良いことをしたら助かるといった具合に。」


ひそやかな声が耳元で発せられている。





「そうしたら、自分を責めるだけで済みますから。命を奪ってきたから、その報いだと考える事も出来るでしょう―――あなたならば。」


そのままつぶやくと同時に、頬に添えられている手に、わずかに力がこもった。







「―――しかし、どうすることも出来ない事もあるでしょうから…すべてを背負い込む必要は、無いんじゃないですか?それは傲慢と言うものですよ。」






そのまま、口を閉ざしてしまった。
ハヤテはその様子を、少しの驚愕と共に見ていた。

思った以上に彼女は聡かった。
自分がなぜうなされていたのか、悪夢の内容も全て把握していたのだろうか。
こんな話をしたのは、自分の中にあるどうしようもない恐怖を抑えるためかもしれない。



しかし、その言葉は見慣れた悪夢よりもさらに現実味を持った恐怖として心の奥底にのしかかってきた。
―――冷たい因果の中で生きるしかない、信条の中にある闇を見た気がした。






「―――さてと。」





何事も無かったかのように、彼女はその表情を元に戻して立ち上がった。
その瞬間、支えを失った自分の頭はゴトンと固い床にぶつかった。結構酷い。

少しまずいですね、と彼女が窓にかかっているカーテンを開けた後、こちらをちらりと見た。
その表情に、面白がる笑みがあり、ハヤテは冷や汗を流した。

圧倒的な光量が、暗闇に慣れた目を突きさしてきて、ハヤテは思わず目を閉じた。
あの夢の最後のシーンに似ているような気がしたが、今はどうでもよいだろう。





「…何がまずいんですか?」
「いえ……抜け駆けしてしまいましたから…ねぇ。」





―――抜け駆け?
一体何のことだと思ったが、その瞬間ハヤテの自分に対する攻撃意識に反応するセンサーが素早く作動する。

後ろから二つの、膨大な敵意の奔流を感じて、いまだにギシギシとしか動かない首の筋肉を鞭打ち、恐る恐る後ろを振り向いた。






「―――ハヤテ君……今までこの部屋でいったい何を……」
「に〜ちゃん……それにハルさん……ちょっとお話がしたいんやけど?」







どす黒いオーラを醸し出している、般若の形相をしているお二方がそこに降臨していた。
太刀やハンマーはエネルギーの溜めにより、オーラが出るが……その様子はどのオーラの様子にも当てはまらない。

だらだらと流れる冷や汗のまま、彼はチハルの方を向いたが―――そこには誰もいなかった。






結局のところ、ユクモ村を救った英雄の背中は、怒りや嫉妬に燃える二人の獅子か虎によって蹴っ飛ばされる運命にあったようだ。




























*               *


















地獄の鉄拳制裁によって再び自分が気絶した後(よりにもよって“後”で)、チハルがちゃんと状況説明をしてくれたようで、再び起きた時には怒りの雰囲気は無かった。

誤解が解けたのはいいのだが、最初から誤解を招くようなことを彼女がしなければいいだけじゃないかと思うのは自分だけだろうか。

遅い朝食を食べながらそんな風に思った。






一般的に見てもグレードの高い朝の食事なのだろうが、どうにも鉛を食っているような感覚が抜けない。
多分ダメージが臓器とかにも及んでいるせいで、なかなか食べ物を受け付けないらしい。

そういうわけで、結局のところ薄味で仕上げた吸い物ぐらいしかまともに口に入れていない。





「でもよかった―――ちゃんと帰ってきてくれて。」



隣にヒナギクが座っている。
彼女はすでに家で食べて来たらしく、今の今まで寝ていた自分の世話をしようと来てくれたらしいが、殴られて結局二度寝(?)をすることになったのは頂けない。


サクヤとチハルはここに宿を取っていたので、いるのは当たり前だ。
…ただ、途中で抜け出したのだろう。
サクヤは起きると、彼女がいない事に驚いたらしく、もしやと思って自分の部屋の前に来た時に、ヒナギクと出会って今に至る……と言うわけだ。


戻ってこれたのは単純に良かったと思うし、村人たちを自分の意志のまま守れたのもうれしい。
しかし―――。








「それにしても―――帰ってきた時には驚いたわ……まさかあんな運の悪いのがホンマに居るとは思わんかったし。」
「―――それ言わないでください。」




サクヤが腹を抱えているのを見て、ハヤテは少し顔をしかめた。
今ここでこうなら、その当初はどんだけ腹抱えて笑っていたのだろう?


話を聞く限りでは、自分はかなりの時間意識がなかったらしい。
昨日の明け方あたりに帰ってきたらしいが、その時の記憶は無い。
そして、一日眠って日が明けて目覚めた……と。

実に一日以上寝ていたことになる。
これは最初のG級クエスト以来かもしれない。



只それよりも彼女らの意識に残っている、とんでもなく愉快と言うか―――自分の不幸性がめちゃくちゃ出ている出来事があったらしい。

聞くことすら億劫だったが、知らないで笑われるよりはずっとましだと思い、恐る恐る聞いてみた。

すると概要と言うのはこういう事だったらしい。































雷が止んだのは、静かになった渓流を人々が見下ろし、山の端が白んできた頃らしい。
人々が先ほどまで闇にほとばしっていた蒼い光が消えたのを怪訝そうに見つめていると、しばらくしてこちらに向かってくる蒼い鎧を纏ったボロボロの少年が門の前に現れた。


雷が止んだ。
自分たちが信じた少年が帰ってきた。
その二つだけでも、村人たちが歓喜の声を上げるには十分だった。

それは観光客も、ハンターたちも変わらなかった。



一斉に駆け寄る人々だが、彼の様子がおかしいことに気づいた。
心此処に非ずと言った様子で虚空を見つめている彼の姿に異様なものを感じたようだ。

ヒナギクたちが駆け寄って声をかけると、覚えてはいないがちゃんと自分は一言二言返したらしい。
ちゃんと無事であったことに、全員が安堵して、再び歓声が巻き起こった。





ここまでならば、感動的な英雄の帰還のワンシーンだろう。
しかし、この話には少し続きがあり――――――。










今までの心配で神経が張り詰めていたのか、サクヤがハヤテに飛びついた。
情がいつもはあまり出ないチハルも、この時ばかりは例外だったのか、観衆に見られていても気にすることなく彼に抱き付いた。



それが少しいけなかったらしく、もはやボロボロであと少しダメージを受ければHPの全てが吹き飛ぶだろうというレベルだったハヤテの体力がそこで一気に消し飛んだ。

瞬間的に肺の中の空気が押し出されていたらしく、思わず咳き込んだという。





そしてとどめとして、頭の上から何か礫のようなものが落ちてきて、それが命中。
最後の一撃で、ハヤテの意識は遠い彼方へと飛んでいった―――と言う訳らしい。

聞けばそれは、村人たちを鎮めるために、あの貴婦人が威嚇射撃をした時の弾丸だったらしい。
真上に放たれたそれは、落下してどこかの屋根に引っかかっていたらしく、村人たちが走り寄った時の振動で落ちて来たのではないか、と。





彼女はよっぽど運が悪くなければ当たらないと言っていたらしいが、ところがどうして、運の悪いやつがいたじゃないか……と言うのが事の顛末だ。



ハヤテは思わず頭を抱えた。
どこまで自分は運が悪いのだろうか。
と言うかそんなインパクトの大きい出来事は一生自分について回りそうだ。

―――おそらく、彼のファンからすると完璧な彼の唯一のチャームポイント的な感じで概ね好評ではないかなと彼女たちは思っていたが、あえて言う必要はないと言うのが全員の見解だった。

おそらく、少しのあてつけのようなものがあったことだろう。






「まあ〜何にせよハヤテ君が起きたことだし〜……やる事は決まってるよねぇ。」





今まで黙っていたアユムだが、目の前に出された一流の旅館の食事を一心不乱に食べているからであった。
朝飯は食べて来たと聞いたのだが……どうやらあの胃袋は無限大のようだ。
消化器官としては優秀なのだが、彼女の体のエネルギー効率自体は悪いらしい。

それよりも、やる事があると聞こえたのだが、何のことだろう。
もうジンオウガを討伐したという報告はギルドに届いているはずだ。
ハヤテとしては、役目を解かれてタンジアに戻るくらいしか考え付かなかった。





「やる事って……今から何やるんですか?」
「ふっふっふ〜。甘いんじゃないかなハヤテ君……村の脅威は去った、英雄も帰ってきた。そうするとやる事は一つでしょ!」



彼女は、びしっという効果音がつきそうなほど勢いよくどこかを指さした。
何をそんなに張り切る事があるのだろうか。








「ジンオウガ討伐記念と英雄を祝っての宴!これしかないでしょ!」






そう声高らかに宣言したが、この中には賛同するものがあまりいなかった。
白けた雰囲気になり、彼女はあわあわし始めた。






「ええっ!?大事じゃないかな!?英雄を祝うのって!花火とかおいしいドリンクとか食べ物とかお菓子とか!!?」
「……あなたが食べたいだけじゃないの?……アユム……」




喰う事しか頭にないのか、と言った様子でヒナギクが呆れてため息をつく。
ハヤテは苦笑いを浮かべるしかなかったが、今度はヒナギクがアユムをフォローしに回った。







「でも、そういう事をしたいと思っている人がいるのは確かよ。村人のみんなも、あなたが起きたら正式にお礼を言う儀を執り行いたいって言ってるし……」




ハヤテは考え込んだ。
そういう事をしてもらえるというのは、きっとハンターとしては光栄なことだという事はすぐに分かる。

しかし――――――。






ハヤテの心境が分かっていたチハルが複雑そうな顔をしていた。
しかし村の大多数はそれを知らないうえに、行う方針で話が進んでいるのだから、断るのも気が引けるだろうと思っていた。










「―――駄目ですね。そんな時間はありません」








広間を分断している襖が静かに開き、凛とした声が響く。
それに気づいたハヤテがそちらをちらりと振り向くと、同じ様に彼女らもそちらを向いた。

後ろから現れたのは、ギルドマスター秘書のシオンだった。








「ダメって……どゆ事?」




アユムは彼女が誰か分かっていないのだろうが、いきなり入ってきた人間が意見を否定したことに口を返した。

シオンはやれやれと肩をすくめると、ハヤテの方をちらりと見た。






「ハヤテ君のここでの滞在期間は、もうすでに昨日の時点ですぎています。これ以上の滞在期間の延長は、タンジアギルドとしては看過できるものではありませんし――――――現在、こちらの状況は落ち着きはしたものの、いまだ予断を許しません。」
「だから……どゆ事?」




ハヤテは少し苦笑した。
確かに彼女の言うとおりだし、ここでもう少し様子を見たいという残念な気持ちもあったが、口実が出来たとも感じていた。


アユムは頭がそこまで(ボウガンに関すること以外)頭がいい方ではないらしく、シオンのいった事が良く分からないと言ったような顔をしている。

対照的に、ヒナギクはどういう事かがはっきり分かったのか、はっとした表情でハヤテを見た。




彼女には悪いが、確かにハヤテの状況は危ういものだった。
これ以上のわがままは言えまい。ギルドあってのハンターだし、迷惑をかけているのは明らかにこちらだ。
場合によってはハンターとしての資格が危うかったかもしれない。
とはいえ、そう簡単にG級ハンターを手放せないという心理を利用したという引け目もあった。








「つまり、ハヤテ君は出来うる限り早く荷物をまとめてタンジアに帰還していただきたいのです。今回の狩猟の報奨金はユクモギルド経由で送っていただきますからご心配なく」




まあ、当然の判断だろうな。
ハヤテは便宜を図ってくれた彼女に頭を下げた。

きっと、あの自由奔放なギルドマスターでは対応するのが難しかっただろう。






「まあ、ちょっと裏技を使いましたし……こちらにとっても、悪い条件ではありませんでしたから、おそらく大丈夫でしょう」




シオンはちらりと後ろの部屋を見た。
ハヤテはその瞬間、『裏技』の意味を知って苦笑した。






「ああ、お菓子ですか……」
「まあ、結構な量を買う事を約束していましたから……その代り、私の手持ちは少なくなりましたが」
「――――――謹んで、その金額を払います。」





そういうやり取りをしていると、誰かが立ち上がった気がして、ハヤテは後ろを見た。
ヒナギクが立ち上がり、入口の方へと向かっていく。

ハヤテは眉を潜め、彼女に向かって声をかけた。







「ヒナギクさん?一体どこに……」
「…え―――ええ、ちょっと行くところがあって……」
「そう、ですか」





彼女にしてはしどろもどろなはっきりとしないセリフにさらに疑問を感じたが、深追いしたり詮索したりするのは良いことではないような気がして、ハヤテは上がりかけた腰を落とした。



その瞬間、彼女の顔がわずかに歪んだような気がした。
ハヤテが怪訝な顔を浮かべるよりも早く、彼女は部屋を出た。
廊下に出たその背中が、壁で見えなくなってしまうのには時間がかからなかった。





「いったい……どうしたんでしょう、ヒナギクさん……」





そういって振り向くと、全員が深いため息―――あまりこういった出来事には口を突っ込まないシオンでさえ―――をついて、こちらを見ていた。






「にーちゃん……ホンマにこういう事に疎いと……いつか刺されるで…後ろからグサッと」





サクヤの恐ろしいセリフに、ハヤテは疑問の声を上げた。





「え…どういうことですか……」
「どこまで鈍いんですか……朝の一件にしろ……ふつうは女性の側から言われなくても分かりますよ……こういう事は」





そう言われても分からないものは分からない。
ハヤテがそう首を傾げていると、頭のそんなに強くなさそうなアユムでさえ、何がどうなっているのか分かっているらしく、食べ終わった皿を片付けて立ち上がった。






「じゃ、ヒナさん追ってきま〜す♪」





そんな声を上げて、彼女はさっさとヒナギクを追って出て行ってしまった。
出ていく前にヒントぐらい教えてほしかった彼だったが、シオンに止められる。

彼女は彼が見たこともないようなにっこりとした笑みのまま、自分で考えなさいと彼を見据えていった。
その様子に結構恐ろしいものを感じ、ハヤテは頬に一条の汗が伝ったのを感じた。







考えると言っても――――――そもそも解き方の分からない問題の場合は、例を挙げてもらわないと一人では永遠にできるようにはならない。

やり方を知らないのに、そもそも正しい答えなど出てくるはずがないのだ。
しかし、今この状況では自分は一人でその答えを出さなくてはならない――――――。





それに、ここで彼女に何かを言わなくては、何かが終わってしまうような気がした。

気味の悪いそんな感覚が襲ってきて、ハヤテはとりあえず考えてみる事にした。
悩んでいたのは、数分か―――数時間だったかもしれない。
狩りの事についてはどこまでも澄み渡る脳みそだったが、こういう時にはとんと頭の中に靄がかかったかのように上手く動かない。




しかし、塵も積もれば山となる。
そこまで長く考えて、一つの結論にたどり着いた。
























そうだ。
彼女の姉である、先生に教えてもらおう。
ハンター育成アカデミーの時の正確な教えのように、あの様子について的確な判断をくれるかもしれない。


考え込んだ末の結論と言うのが、思いっきり人頼みだったことについては、彼女たちは深く突っ込まない事にした。

まあ、出来ない割には上手くやったのではないだろうか。
とりあえず、血筋から解決法を考えたのはいい方法ではあるし。



行動は早い方がいい。
ハヤテは立ち上がると、旅館の外に出た。





































*              *












「よかったんか?シオンはん……」





時間無いんやろ、と彼女がシオンに尋ねた。
こういった事は仕方がないでしょうか、とシオンは答えた後、サクヤとチハルの方を向いた。






「あなたたちこそ、よかったんですか?」
「ああ……」
「まあ……」





主語の抜けたこの会話は、もしここに彼のような鈍感男がいて聞いていても、全くの害にはなるまい。

チハルがゆっくりと口を開いた。







「許したわけではないですが…あの二人の場合、このまま別れた方が厄介ですし。この村の防衛にも影響が出る可能性も捨てきれません。そうなると大変だと言うだけです」
「ま、うちもに〜ちゃんには万全な状態でいてもらうほうがいいしなぁ……けど、スタートラインぐらいには立ってもらった方がフェアやと思うし」





どちらにせよ、あの鈍感よりは人の心の機微に鋭い彼女たちなりの思いやりだろう。
シオンはそれを聞き、その表情を少し崩した。



































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Re: 疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.4 )
日時: 2014/07/01 19:36
名前: masa

どうもmasaです。

他のハンターならともかく、ハヤテに詩は無理でしょ。出来たとしても、ハヤテに好意を寄せる女性陣をKOする内容でしょうね。

そう言えば、迷ったら動かないか正確に動いた道を覚えるのが良いみたいですね。方向音痴の自分には的確な言葉ですよ。
まあ、ハヤテには関係ないか。

人は同じ景色を見続けると、不安に駆られるなどの精神に影響を与えると聞いた事があります。多分、ハヤテが歩いててそんな感覚に陥ったのはそのせいでしょうね。

ハヤテが見た夢って何なんでしょうね?自分の勘ではハヤテ自身が抱える過去の傷だと予想しています。

流石のハヤテも血戦の疲れで指一本動かせないほどのダメージを!?と思いきや、乱入者ですか。しかも布団に潜り込むという大胆さを。
ハヤテの強力すぎて捨てたいが、呪われている様に捨てられない「不幸スキル」があれば、あらぬ誤解を受けるのは超当然ですね。

チハルは大胆ですね〜。まあ、ハヤテの考えた理由はどっちも違うと思いますよ。こっちの世界じゃ「一緒に寝たいから」と言う理由で布団に潜り込む人はいますから、それが正解でしょう。

どうやら、チハルはハヤテの過去を知っているみたいですね。だからこそ、あんな慰め方が出来たんでしょうから。
ハンターは特に命を奪う。と言う事に直結してますから「感謝」を忘れたら駄目だと、そう思いますね。

まさか、あの時のゆっきゅんの威嚇射撃の弾が当たるとは。「ハヤテの不幸スキル」が病原菌みたいに伝染して行ったら、「人口100万人クラスの国が丸ごと崩壊」なんて事が起こっても不思議はないかも。

ここでのアユムは凄いですね。「魔女菅原」「アンジェラ佐藤」「ロシアン佐藤」と言った女性フードファイターに負けない気がします。
いや、勝つか。

アユムはたまにはいい事言いますね。何処かの有名漫画家が「戦いの後は宴」という信条があるらしいですから、それに則るのが普通でしょうね。まあ、時間の関係で無理みたいですが。

皆がハヤテに呆れるのは当然ですよね〜。普通なら勘違いを覚悟である考えを浮かべるのに。分からないとは。


さて、ハヤテとヒナギクがどうなるのかは次回みたいですね。楽しみです。



次回も楽しみにしてますね。
では。

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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.5 )
日時: 2014/07/01 22:34
名前: タッキー
参照: http://hayate/nbalk.butler

どうもタッキーです。

ハヤテが夢の中であった少女、というより桜色の飛竜(モンハン知らない人にはネタバレになるかもと思い、あえてこの呼び名で)がなんだか気になりますね。チハルさんがそのことを知っているっぽいので二人の過去に何があったのかより気になります。
ていうかチハルさんが大胆!キスをねだるなんて・・・なんだかハヤテが紳士(鈍感野郎)ということがよくわかりますね。ヒナギクさんとサクヤさんが怒るのも無理ないです。

ハヤテだったら当たるかも、とは思っていましたが本当に銃弾に当たるとは。女性絡みといい、それ以外といい、ハヤテは結局不幸なんですね。

アユムがハヤテを祝いたい気持ちもわかりますね。宴ですよ!宴!食べ放題じゃないですか!ではなく、やっぱりアユムもヒナギクも自分の村を救ってくれた人に何か感謝をしたかったんですかね。

それにしてもハヤテを一発殴ってやりたいですね。あそこはヒナギクさんを追いかけるべきでしょ!抱きしめてやるべきでしょ!そして・・・(これ以上は長くなるので割愛します。)
ま、まぁそれがハヤテっぽいというか、なんというか。でもやっぱり殴りたくなりますね。
それにしてもチハルさんたちは優しいですね。少し感動しました。

でもハヤテのユキジのところに行く選択はあっているのか?面白くなりそうですけど不安要素もたくさんありそうな気がします。これを含め、次回のハヤテとヒナギクさんがとても楽しみです。

それでは。
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.6 )
日時: 2014/07/02 19:03
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

感想ありがとうございます。

masaさん
まあ、ハヤテには無理でしょうね。心の機微には鋭いですが、こう言った恋愛とかそういう物にはとんと疎いのがうちのハヤテ君です。

まあ、おなじ情景を見ていると気分が悪くなりますが、その辺はさらっと流してください。
夢の内容に関してはそのうち分かります……まあ、すぐに分かるでしょう。
回想篇ではあの人たちが登場するかも…。

体がダメージで動かなかったのは確かです。
そこに彼女が乗っていたので動けなかっただけです。
誤解に関しては、前作のサクヤとの再会シーンですでに受けているので、それを彼は知っていたので。以前にもあったのでしょうが。

補足しておくと、チハルは彼の過去にあった出来事を知っているわけではありません。
しかし、彼に何かあったことだけは彼の信条や様子から理解しているというだけです。
「感謝」と言う事は別に意図したつもりは無かったですが、そういう理解も出来るのかと思いました。


まあ、ゆっきゅんの威嚇射撃に関しては『運の悪い人間じゃない限り』と伏線を入れたので気づく人がいてくれるかなぁ、と思っていましたが……。

フードファイターについて詳しいことは知りませんが、
ここでのアユムは多分、『平均的なフードファイター』が食べる量を普通に食べるでしょうね。
狩りに行ったあとはきっともっと食べます。

その有名な漫画については知りませんが、彼女の場合きっと食べたかっただけですね。
ハヤテの鈍感さは心を鈍感にして生きる必要が無かったため、この世界では純粋培養です。
それゆえに厄介ですが―――と言うよりも、慣れてるだけだと思います。

では……。


タッキーさん
まあ、飛竜に関してはそのうち出てきます、その時まで待ってください。
上で書いたようにチハルさんはその飛竜については知りません。
彼女のハヤテに対してのみの洞察力や今までの会話や彼の信条から、何かあったのだろうと憶測を立てているだけです。

大胆さに関してはもうここまでキャラが崩壊したのならばもうヤケだ、と言う感じです。
ごめんなさい。
まあ、この鈍感君は蹴っ飛ばされても治らないでしょうね。
きっと。

祝いたいと思ったのは二人だけでなく、ユクモ村の大多数の人です。
ま、それだからこそアユムも必死になったんでしょうが。

私はハヤテのごとくキャラでは、ハヤテ君とアテネとシンさんとゆっきゅんがダントツで後は大体全員同じくらい好きです。
CPではシンさんとゆっきゅんがダントツですが、本編での絡みがほとんど見られないので、せめて妄想だけでも……と言った感じです。
その次がハヤテくんとアテネですが、しばらくはこの二人の絡みは書かないと思います。

次のユクモ村最終の後編はヒナギクさんの話になります。
ご期待にお応えできるかどうかは分かりませんが、そういう要素強めになる…でしょうか。

アユムはどうか分かりませんが、ヒナギクさんとかソウヤ君はこれからも出番はあると思います。


では……。


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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.7 )
日時: 2014/07/04 01:51
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

どうも!
ユクモ村編はこれで完結です。
今回はヒナギクさんの要素が強めです。

あと、お絵かき掲示板にハヤテ君『リオソウルZ』を書いてみました。
よろしければどうぞ。
では







*                *







ユクモ村編
後編『少女の決意』







旅館を飛び出すハヤテに従業員たちは怪訝そうな目を向けて来た。
しかし、彼の足が前に出されるスピードは一切落ちず、むしろカーペットの上のよく掃除されて僅かしか残っていない埃すらも舞い上げんばかりだった。


すれ違った人々の間をすり抜ける。
前の引き戸から恋人と思しき二人が入ってきたのを見ると、ハヤテはそれが閉じられないうちに飛び込んだ。
その二人が小さく悲鳴を上げたが、その正体までは知覚できなかった。



まあ、鎧をつけていない身軽になったハヤテを目で追うなど無理に等しい。
その彼の持つ知覚神経をフルで使わねば反応出来ないようなスピードで走ったり行動したりできるのだ。
瞬間的には、風の最高スピードすら超えられる。

しかし、体の方はモンスターの攻撃で傷付いてしまうほどの強度しかないため、狩場では結果的に鎧を纏わねばいけない。
それに、防具を纏わずにモンスターと対峙するなど非常識である上に、狩る対象となっているモンスターにとっても失礼だ。



今その事に頓着する必要が無いハヤテは、どこかの小説の加速器官を搭載した半人半機械人間のようなスピードで、目的地に向かって走って行った。





































呼び鈴を鳴らすと、泥酔していなかったのかユキジが姿を現した。
一瞬ヒナギクがここに来ているんじゃないのかと思い、自分の配慮の無さを悔やんだ。

しかしその事を出て来たユキジに尋ねてみると、どうも朝出ていった限り、彼女はここには戻ってきていないらしい。

それにユキジは今起きたばかりの様子だった。
寝ぐせはついているし、目を眠そうにこすっていることにハヤテは嘆息した。
妹はしっかり者なのに、どうして姉はこうなのだろうか。
―――いや、彼女は“昔は”しっかりしていた。

それがこんなに落ちぶれて―――――昔の反動が出て、一気にダメ人間に化した…とか?







「……なんか失礼な事考えてない?」
「い…いえ〜…そんな事は〜……」






昔と変わらなかったのは勘の良さだけらしい。
ハヤテの考えていたことの全て把握するのは無理だろうが、何か自分に対して不愉快な事を考えていたのは掴んだようだ。

しかしその事にしつこく頓着することは無く、まあいいわと言って家に入るように促した。
勘の良さは先ほどの事だけでなく、急いできたハヤテの様子に、何か話があるという事も同時に知覚したようだった。






「まあ、昔の教え子だしね……酒とそのつまみぐらいしかないけど、話があるなら家の中でしましょう。」
「――――――ほんとにダメ人間になってしまわれたんですね、先生……」





思わず口に出てしまったが、ヒナギクに言われ慣れていたのか、それとも痛いところを突かれたのか、彼女はうっと言葉に詰まった。

このままでは埒が明かない。
そう思ったハヤテは失言(と言っていいものなのか)をとりあえず撤回し、外履きを脱いで家の中に上がった。
幾らかダメージを受けていたようだったが、すぐに回復したらしく、彼女はハヤテの後を追って、居間の扉に手を掛けた。






























*                *





















「ヒナの様子がおかしいから、それがどうしてか教えてほしい……ねぇ……」
「ええ……あんまり良くなくて……もしも僕が何かしたのなら、それでこの村の防衛に影響が出るのも避けたいですし……どうしていいやら―――」





ハヤテとユキジは居間に正座し、向き合って話した。
彼女はどっかにしまってあったらしい酒の瓶と愛用の猪口を使って、また一杯やっている。

―――ジンオウガ戦の時にギルドナイトや教官の招集があった時に泥酔してすっぽかしたと聞いた。
それで半年間の減給を喰らったらしいが、まだ懲りていないらしい。



最初の一献をグイッと開けると、ユキジは口を開いた。






「まあ、あんたがそうやって悩む必要はないんじゃない?結局はあの子の問題だし。」
「それは……そうなんですけど……」





納得していないハヤテに視線を外し、もう一度瓶から別の猪口に酒をなみなみと注ぐ。
それをハヤテに向かって差し出すと、ユキジは座り方を崩した。

あまりにもこちらが真剣な表情をしていて、最初は何事かと思ったが、話を聞くうちに理由が分かり、そこまで固く考える必要がないことが分かったからだろう。






「“出会い”、“別れ”、“喜び”に“悲しみ”……人って面倒くさい生き物なのよ。」




どこか懐かしむような表情でこちらを見て来た彼女に、ハヤテはその猪口に伸ばしていた手を止めた。

そのまま、大きく息を吐いた後でまた口を開いた。






「でも、それはいつか“思い出”に変わるんじゃない?」
「……すみません先生……僕にはさっぱりです」





彼女の言いたいことが抽象的でつかめず、ハヤテは困ったような顔をした。
その様子を見た彼女は何かに少し気づいた様子で、ああそうかと小さくうなずいた。

少し何か考え込んだような表情をしている。
今から言おうとしていることを話すべきか、そしてそれを話すに値する人間かどうかを見極めているのかもしれない。


その中に、きっと自分の求めている答えがあるのだろうと、ハヤテは姿勢を正して身構えた。

しかし、彼女はその様子を見て小さく吹きだした。
そんなに骨董無形な事をしているつもりは無かったハヤテは、豆鉄砲を喰らったような顔をした。





「ああ、ゴメン。あんまり真剣な顔をしていたから笑っちゃったわ」
「―――ひどく有りませんか、それ……」





そういって恨みがましい目をしたハヤテに、これでさっきの失言はチャラねといって、それ以上の言葉をふさいでしまう。






「…ま、結構真剣な話だっていうのは確かだけど……私たちの過去の事だしね。―――でも、そこまで畏まるほどの事じゃないから、と思っただけよ」
「先生たちの……過去、ですか?」





そんなプライベートな事、彼女の同意もなくしゃべってしまっても大丈夫なのだろうか。
そして、自分がそれを知るに値するほどの人間なのかどうか分からなかったハヤテは、どうしても身構えてしまう。






「あなたは信用してもいいだろうし、言いふらされたとしてもそんなに困るところは話さないから大丈夫よ。それに、あの子もあなたには知っておいてほしいんじゃないかなぁって思っただけ――――――これでも何年も姉やってんだから」





そういって、彼女はおどけたように笑った後、もう一度猪口の中の酒で喉を潤した。
それを床にコトっと置くと、しばらく口の中を湿らせて開いた。








「結論から言うと、私たちはこの家の本当の子供ではないわ。」






のっけから非常に重たいセリフが来て、おいおい大丈夫かとハヤテは目を見開いた。
この家の人……ガノトトスを倒した後に来た、『お母さん』と呼ばれていた人だろうか。
それだったら、あんなに若いのにも理解が行く。





「あ、お義母さんに関しては特殊よ?一応あの人、私の母親だったとしてもおかしくない年齢だし。」
「あ……そうですか」





そう考えた瞬間に釘を刺された。
それ自体が重大な驚きであったし、それだけでも十分学会発表ものだが……そういう事を話しているのではない彼女が咳払いを一つして、話を戻した。





「まあ、要するに養子ね。私たち姉妹は昔はこの村から遠く離れた場所に住んでいたんだけど、ある日に、両親がいきなり蒸発したの―――大きな借金を残して」
「……」





ハヤテは一言も発しなかった。

いや、発せなかったのだ。
彼女たちに、ここまで重たい過去があったとは知らなかったし、その様子をヒナギクやユキジが今まで見せたことは無かったからだ。

見せていたのかもしれないが、アカデミーで彼女が教鞭をとっていた時は自分はまだ初心者だった。
その頃の彼では、見る事が出来なくても当然だったろう。

一言も発さない彼を気にする様子もなく、独り言でも言っているように彼女はつづけた。






「私は今のあなたくらいの年齢で、ヒナに至ってはまだ5歳か6歳だった。そんな子供がそんなお金返せるわけないじゃない?このままじゃ借金取りとかに襲われるし、仕方ないから今まで住んできた家を出て―――数日間、真っ暗で凍えるような路地の中で、途方に暮れていたの。」





絶体絶命の状況だったのだろう。
彼女の表情には、その頃の絶望やらなんやらが浮かんでいるように見えた。

しかし話は当然そこで終わるはずがない。
終わったとしたら彼女らは今ここにいないはずだ。





ところが、と彼女はかぶりを振った。






「たまたまそこに来ていたハンター……今の私たちのお義父さんなんだけど。その人が変わり者でね。身寄りのなかった私たちをいきなり引き取ってくれたの」
「それは……勇気のいる事ですよね…」
「まあね。養子っていろいろと面倒なことも多いし。それを気にすることが無かったっていう点では、かなり変わった人だとは思うかな。」





少し呆れたような顔をしていたが、彼の事は今でも感謝しているのだろう。
彼がアカデミーでは見たことのない笑みを浮かべていた。





「まあ、二人の間には子供が出来なくて、子供が欲しいっていうのもあったのかもしれないけど。―――でも感謝しているわ。私にハンターとして生きていく方法も教えてくれたから、手っ取り早く自分自身で借金を返せたし。」





引き取ってくれた二人は、それを自分で出してくれるって言ってたけどね、とユキジは付け足した。
ハヤテはそれを聞きながらぼうっと考えた。

借金を自分の手で返したかったのは、引き取り手の人に迷惑を掛けたくなかったからだろうか。
それとも―――それが自分たちと捨てた両親との間に残った、変な言い方かもしれないが、最後のつながりのようなものだったからだろうか。





「ああ、それでも。ヒナが慣れるまでには大変だったかなぁ……あの子、ちょっと気難しいところもあるし。それに―――元の両親には可愛がられていたし、ね」
「ああ……」





幼かった彼女にとっては、両親に捨てられるというのは大きな心的ダメージになったことは想像に難くない。
可愛がられていたのならば尚更だ。

しかし、それがどう今回の話に加わってくるのかが分からなかった。





「それでもあの子は強かったから、そのうちゆっくりとだけれど、この環境にも慣れてきて、遠くからハンターとしての修業を終えて帰ってきた私と一緒に強いハンターになるんだって言っていた―――その時は安心したわ。やっと昔のあの子に戻ってくれたことや、今の両親がそれを支援してくれたいたことに―――ま、リオレイアの時はその期待が大きすぎたせいだけど……。」





ハヤテは苦笑して返した方がいいのかと思ったが、どうにもその気にはなれなかった。
でも……と彼女が少し沈んだ様子でつづけた。






「―――あんな別れを経験したあの子の心情は、そんなに簡単に変わるものじゃないわ。どんなに環境が良くなっても、過去に与えられた“傷痕”は消えない」
「―――“傷痕”―――」




ハヤテは彼女の言葉を反芻した。
そうよ、と彼女はうなずいた。





「失う事を恐れているからこそ、それに対しては過敏に反応してしまうのかもしれないわね。だからこそ、一度親しくなった人と離れるのが辛かったり、その時一瞬一瞬が大事なものに感じるのかもしれないわ。」
「……そうですか」





話がすべて終わり、張り詰めていた気が抜けたのか、彼女は長い息を吐いた。
ハヤテはしばらく、頭を垂れて、考え込んでいた。

理由は分かったし、その気持ちは理解とまでは行かなくとも、納得は出来る。
もしかしたら……彼女が酒と言う方向に逃げるのは、彼女も程度の差こそあれ、その傷を負っているからなのだろうか。





しかし、それを自分に知ったところで、どうすることも出来ない。
過去は変えられない。
人に限らず、生物は誕生を選べないし、その生まれ落ちたところで生きていくしかない。


だからと言ってあきらめるわけにはいかない。
自分は、決して生まれてきたことを後悔するつもりはないし、この生き方を変えるつもりもない。
たとえ、他の命の流した血で己の血を洗う事になっても。


彼女は、ヒナギクはこの生に後悔しかないのだろうか。
それを知らない事には、自分には出来ることなどなかった。






「さっきも言った通り、あなたが気にすることではないわ。これはあの子の問題だし。」
「……」





ハヤテはその言葉を聞いてはいたが、頭には入っていなかった。
今までの不意打ちで言われたショッキングな出来事に、考え込む事しかできなかった。





「昔の事は変えられないけど、思い出は心に残るわ。それがないことが、一番本当に人間にとっては悲しい事なのかもしれないけどね。」





彼女はそういうと、瓶を手に取った。
しかし、その中身はほぼ無かったらしく、ため息をついて立ち上がった。
後ろの棚に常備している酒瓶をごそごそとやっている彼女を後ろから、ハヤテはぼうっと見ていた。






「お〜い。ユキジいるか〜」





外の方から引き戸が開くような音がして、若い男の声がした。
ユキジの交際相手か?と一瞬勘ぐったが、この人にそんなのがいるはずがないので、只の客だろうと思ってハヤテは一言、お客に対応すると言って立ち上がった。


居間から廊下に出て、一直線上にある玄関の方を見ると、そこには声と同じく若い男性がいた。
彼はハヤテを見て一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに誰か分かったのか破顔した。





「ああ、ジンオウガを討伐した英雄ハンター君か」
「え?…ああ、どうも……」




話は聞いているよと彼が右手を伸ばしてきたので、ハヤテはその手を掴んだ。





「俺は、カオルだ。ここの家のユキジに用があってな……と言っても、どちらかと言うならば町のギルドナイト本部からの通達に来ただけなんだが。」





ああ、とハヤテは納得した。
先日のユクモ村ギルド陣営で、彼女だけが参加していなかった。
そうなると、いろいろと面倒な事態になることぐらいは誰でも分かる。

なかなか戻ってこなかったことを疑問に思ったのか、ユキジが居間から出てきてこちらを向いていた。
そして血相を変えて飛び出してくる。





「あ、出て来た」
「ちょっとちょっと!ギルド陣のお偉方はなんて!?私の減給は撤回出来たんでしょうねぇ!!?」
「いや……反省の色がないとの判断で、もっと重くなりそうだとも隊長は話していたぞ」





そんなぁ、とか私のお酒がぁ!とか騒がしく叫ぶ彼女に、ハヤテは少し呆れの表情を浮かばせた。
ちらりとカオルを見ると、彼も同じような表情を浮かべていた。





「そういえば、お前がどうしてここに?」




彼が疑問に思ったのか、話を振ってきた。
ハヤテが答えあぐねてどもっていると、いつの間にかケロッとしていたユキジが、今までの事の顛末を彼に伝えた。

それを聞き、二、三度うなずいていた彼だったが、全て聞き終わった後、ハヤテに向かって口を開いた。






「ま、お前ぐらいの歳だと分かり辛いかもしれないけど―――若いうちなら、勢いで何とかなるんじゃないか?」
「―――勢い……?」





ハヤテは眉を潜めた。
カオルのセリフにユキジはやれやれと首を振っているが、どこか同意している節があるのか、反論はしなかった。






「若いうちは、勢いだけで事に当たるのもいいものだぞ。まあ、失敗して痛い目に遭う事もあるが、それも経験だ。痛みを伴わない成長は無いし、それを経験するから強くなれるんじゃないかな。」
「――――随分と、経験的な意見ですね。」





ハヤテがそういうと、カオルは苦笑した。
きっと彼も、そういう経験をしてきたのだろうし、自分もそれを乗り越えて来た。


しかし、ハヤテは憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
確かに何をすればいいのかは分からないが、何もしない事には始まらないのは確かだ。
あのディアブロスの時のように。








「ありがとうございました、お二人に感謝します。」
「まあ、お礼を言われるようなことはしていないけどね」
「そーだな。」




彼が慇懃に頭を下げると、二人は手をひらひらと振って返してきた。
初見ではしっかり者の人と破天荒な人でさっぱり似ていない二人だったが、こうしてみると意外と似た者同士なのかもしれない。





ハヤテは踵を返し、そのまま外履きを履いた。
そのままかかとの部分を直すと、来た時と同じようなスピードで、無駄に早く駆けていった。

その後姿を見ながら、ユキジとカオルが苦笑する。






「―――あんた、今何考えてた?」
「ま、同じことだろうな」




二人は顔を見合わせた。
そのまま、ユキジが大きく伸びをし、居間へと戻っていく。





「おい、どこへ行くんだ。ギルドの教官職の書類、また残ってんだぞ。お前の」
「いいじゃ〜ん……ジンオウガも一段落したんだから」
「その報告書だっつーの……お前が戦闘不参加した始末書が残ってんだよ」
「えええ〜〜〜〜……」





何かにつけてサボろうとする彼女の襟首を掴んで、外に連れ出そうとする。
しかしハンターだったせいで無駄に強い彼女を動かすのは大変だ。





「ん〜〜〜……じゃあ、帰りに酒奢って〜」
「なんでそうなる!!?」
「だって私の給料しばらく減っちゃうし〜」
「お前のせいだろお前の!!!……ったく…分かったよ」





わあい、と言って自分よりも早く前を駆けていく彼女を追いながら、ギルド本営に付いたら怒鳴られるのにとも思った。

そして、二人は同じことを考えながら、街の中を駆けていた。












((お前の弟は――――――ホントにお前にそっくりに育ったな……イクサ))



































*                   *













街の外れにある、小さな岩棚。
そこには、上の山脈から雪解け水が落ちて来た、非常にきれいな清流がある。

小さな段差には、白い水の流れがカーテンのようにかかっている。

その白い飛沫のカーテンの後ろには、小さなくぼみがあり人が数人入れるほどの大きさがある。
しかしここは町の外れである上に、滝が邪魔になるため、知っている人間はほとんどいない。

つまりここを知っているのは、昔からハンターとしての訓練をこういう所でしていた、ヒナギク自身とアユムだけだった。





この場所を知った時、彼女は水が立てる音しか聞こえないここをいたく気に入ったものだ。
姉との口論をした時や、訓練がうまくいかないとき―――それに、過去の事が思い出されて、どうしようもなく辛くなったとき、この場所で長く座り込んでいた。

余計な感情が一切入ってこないここにいると、心の整理が出来る。
だからだろうか、ここにいると心がすっと楽になり、頑張っていく力がわくのだ。





しかし今はその限りではなかった。
どれほどここで心を鎮めようとしても、落ち着こうと何度息を吐いても、
どうしようもない感情の奔流が体の中からあふれ出ていくような気がして、彼女は両足と自分の頭を手で抱いた。





両親と別れた時と似たような感情だった。
どうしようもなく悲しくて、寂しく薄ら寒い感情が覆う。
あの時の絶望は、今でもはっきりと覚えているが、それとは少し違うことに気が付いた。

むしろ、物心ついた今だからこそ感じる感情なのかもしれない。
幼かったあのころとはわけが違うのだ。
自分の中に残っている、稚拙な心を消せずにいた。





「ヒーナさん」





上から小さく呼びかけられたことにはっとして顔を上に向けると、そこには自分のよく見知った親友の姿が目に入った。


アユムはいつもの人懐こい笑みに、どこか母親が子供に向けるような慈愛の表情を浮かべながらゆっくりとしゃがみ、ヒナギクに目線を合わせた。
まるで子供にやるようなやり方だったが、何故か怒りはわかなかった。
むしろそれが当然のような気がして、自分の幼さの方に羞恥と怒りがわいた。





「何?」
「う〜ん……ヒナさん、ハヤテ君が帰っちゃうから寂しいんじゃないかなと思って♪」
「なっ……」





瞬間的に自分の体温が上昇したのが分かって、ヒナギクは言葉に詰まった。
頬が紅潮していて、どんどん熱を帯びていくのを消せずに、うろたえながらも口を開いた。






「そ……そんなわけ……」
「ほんとに?」




アユムの顔が、いつもは見たことがない真剣な顔をしていた事に声が出なくなってしまう。
そして彼女は少しはにかんだ後、ヒナギクの隣に腰を下ろして、つぶやくように言った。





「私は――――――寂しいよ?」
「っ……」
「だって、村や町がピンチに陥った時颯爽と出撃していって、そのピンチを救ってくれた……こんなヒーローみたいな人、ホントにいるんですねぇ……」




どこかうっとりしたような表情で彼女は目の前の滝を見つめながら言った。
その様子にヒナギクはどこか動揺している自分がいる事に気づいていた。

彼女は正直だ。
何に対しても嘘が下手と言うか……思った事をしっかりと口に出してくる。
そこが彼女の良い所でもあるし、他の人の事をすぐに気付いてやれると言う事でもある。

そんな彼女に対して、ヒナギクも友人として高い信頼を寄せていたが、彼に対することでも本当に思った事を口に出しているだけだろう。


ヒナギクは、一種の羨望を感じていた。
口に出すことはなんだか負けたような気がしているし、どうにも恥ずかしさが邪魔をしてくる。





「ね、ヒナさん、いつも言ってますよね。遠くから来た初心者ハンターさんたちに。」
「え?」
「―――『少しくらいわがままを言わないと、幸せをつかみ損ねるよ』って……。」




はっとして振り向くと、隣の彼女はにこっと笑ってこちらを見ていた。
彼女の言葉に、思わず返したが、すんなりと返答が返ってくる。





「―――いったい何を」
「ううん、きっと、それは今のヒナさんにも当てはまるんじゃないかな〜って思っただけだよ」





全て見透かされていた。
こう行っては悪いが、何時もの頭回転が弱い彼女からは考えもつかなかった。

顔から湯気が出てきそうな気がした。
そんな顔を誰かに見られたくなくて、ヒナギクは腿に顔を伏せた。
隣ではそんな様子を見てアユムが笑っているような感じがする。猛烈に恥ずかしい。






「お話は終わりました?」
「あ、うん」







アユムの後ろから、良く通る声が飛び込んできた。
自分たち以外知らないここを、何故知っているのだろうかと思ったのだが、たぶんアユムが連れて来たんだろうかと憶測がついた。





「あれ、でもチハルちゃんどうしてここに?」





ヒナギクは思わずズッコケかけた。
知らなかったんかい!!!じゃあどうやってここが分かったのだろうか。
以前からここに隠れていると誰も気づかず、大騒ぎになった程だし、今まで誰も見つけたことは無い。
誰も来てくれないから、自分からわざわざ出ていかないと分からないのだが、それを見つけたのはどういう事だろう?






「ああ、なんとなく歩いていたら、人の通ったような草の踏み跡があったので。ハンターとしての追跡術を使っただけですよ。」





アユムはどうやらこういう事に関してのおつむはやはり多少の難があるようだ。
まあ、一人や二人に知られても特に問題はなさそうだし、彼女は口が堅そうだ。
頼めば黙っていてくれるだろうし、そもそもこの地方のハンターではない。





「まあ、ここにいたことは誰にもばらしませんから、ご安心を」
「そう……ありがと」




彼女もそういう事はわきまえていたのか、それ以上はいう事は無かった。
しかし、『あ』と思い出したような表情をした後、口を開いた。






「そういえば、ハヤテ君から伝言を預かっていたのでした。」
「伝言?」





アユムが素っ頓狂な声を上げる。
本当に何も知らずにここに来たのね…と思いつつ、自分もその名前には少しならず反応してしまった。
―――いまは、あまり聞きたくない名前だったが。

それでも、聞かないわけにはいかないだろう。
少し怪訝そうに彼女に問うと、チハルは手短に用件だけを伝えて来た。











「――――――『午後5時頃、ユクモ村のハンター育成アカデミーの道場に来てほしい』と言っていましたね。―――何をするつもりなんでしょうね、彼。」
「?」






訳が分からずに、口をぽかんと開けてしまった。
もう大分時間が経っていたらしく、白い飛沫に差し込む光は少し傾き始めていた。





















































*                 *








アカデミーには卒業以来もちょくちょく通っていた。
後進の手本となるためだった。

ハヤテと比べると劣ってしまうだろう。
しかし、それはハヤテが異常なだけであり、ヒナギクのハンターとしての技量は一般的なハンターを上回るどころか、十分にG級ハンターの階段に足をかけているともいえる。

要するに比べる対象が間違っているだけであり、このあたりの新米ハンターにとって、彼女は羨望や憧れの的である事は確かだった。

ユクモ村付近にはここしかアカデミーが無いので、結構な人数がここに入学してくる。
彼女の生来の顔立ちや、その才能に憧れる人間がいる事は確かで、それではどうにもならない事に努力で何とかしてきた彼女を尊敬する人間も多いし、信頼もされている。





アカデミーの中に入ると、訓練の合間に休んでいた新米のハンターや、訓練しているハンター見習いたちが目ざとく気づいて黄色い声を上げている。
それに会釈して手を振り返しながらも、体はある方向へ向かっていた。

自分がいた時と同じ建物をそれとなく見ながらも、彼女は新米だったころに足しげく通ったその場所へと向かっていた。






「ね、さっきの見た!!?」
「ええ!!!見た見た!」



座学教室の前で、何人かの女性が黄色い声で話し込んでいた。
ヒナギクはなんとなくデジャヴを覚えて、その話に歩きながら耳を傾けた。






「この村を救ってくれたあの人がここに来てくれるなんて……」
「〈蒼火竜〉様の腕前を、この目で見られるなんて!」
「ああ!もう!!なんで私この時間の授業取っちゃったのかしら!!!見に行けない!」
「サボっちゃえば?教官たちも見に行くみたいだし。」
「そうね!!行こ行こ!」





彼女たちがキャーキャー話しながら、彼女が向かおうとした方向に走って行ってしまった。
彼女はその様子に呆れたが、それ以上に心の中にもやもやと張っているこの感情が何かわからずに、歩を進めた。











































空気の中を切り刻んで、何本もの矢が用意された的をライトボウガンのマシンガンのような速射よりも早く貫いていく。
―――そう、貫いているのだ。
矢はブッ刺さるどころか、的の中心をぶち抜いて飛び、後ろにさらに用意されていた的をいくつも貫いて、やっと停止する。


あんなものが人間に向けられたのならば、どうなるかはアホでもわかる。
味方に回せばこれほど心強いものではないが、敵に回すと厄介なこともしかりだ。
タンジアギルドが手放したがらないのも、戦力にした時の力が計り知れないのも良く分かる。
―――彼の性格からして、戦争には加わらないだろうが。
もしも彼を怒らせることになれば、きっとタンジアは大きなカードを失うことになるだろうと言う確信が、彼の立場を微妙にしているのだった。

そして、その事が自分にこんな感情を抱かせているのだと思うと、無性に腹が立った。





彼のデモンストレーション中、腕前が見せられるたびに歓声が上がる。
彼と同じガンナー科のハンターたちは、当然のごとく男子女子問わず、大きな歓声が上がる。

何分か続いたそれが終わった時に彼がどこかの高貴な人の使用人がやるような気取ったお辞儀をしたが、それが様になっているのが凄い。
それを見た者たちが失神して隣の者たちに支えられているが、鈍感な彼の事だ。
どうしてそんな事が起こったのかなど知る由もないだろう。








「ここを貸してくださって、有難う御座いました。ですが……早くいかないと6時限目の授業が終わってしまいますよ。みなさん早く教室にお戻りください。」





ハヤテがそういうと、明らかに全員が落胆したような表情をしたが、彼のいう事には従うのだろうか。
教官に噛みつく新米ハンターも多いと聞くが、さすがに憧れの人間からの忠告は聞き逃せないのかもしれない。
―――その中に、教官自体が含まれていたのがはなはだ疑問だったが。授業を教官がサボってどうする。





「あなたたちが目指すハンターになりたいのならば、努力をしなくては。ここで時間を使っている時間は無いですよ。」





いや、立派なハンターの技量を見る“見稽古”も十分効果があると思うのだが。
そうヒナギクが思ったが、ハンターたちはその言葉に従って道場の外へと出ていき始めた。

その人の波が無くなった時、ハヤテがこちらに気づいたのか、その顔に笑顔を浮かべた。
あ、来てくれたんですね、とかのんきな事を言いながらこちらに向かってきたハヤテに、少しの殺意がわいた。



自分がこの訳の分からない感情でこんなに頭がぐるぐるしているというのに。
この男の態度は何だ?

ヒナギクはその憤りのままの口調で、ハヤテに返した。






「なに?いきなり人を呼び出しておいて……?タンジアのG級ハンター様はそんなにお暇なの?」





自分でも驚くほどの棘のある口調になってしまった。
ハヤテが少し怯んだのが見えて、また少し殺意がわいた。

しかしそれは今度は彼にではなく、そんな事でこうしてすぐに怒ってしまう自分に対してだった。

しかし、出た言葉は取り戻せない。
その言葉を繕う事が出来ないまま、その口調で話していた。





「さっさと要件を言ってくれないかしら?私も忙しいんだけど。」
「そうですね……まあ、そんなに時間は取りませんよ。」





ハヤテの少し悲しそうな声に少し心が痛んだが、その表情を今更崩すことが出来ずに彼を見据えていた。

しかし彼はその表情を鋭いもの―――狩場で見たような―――に戻した。
そのまま、彼女には信じがたいセリフを口にした。





「僕と勝負をしましょう、ヒナギクさん」


























*             *









彼のセリフが理解できなかった。
いや、理解は出来ていたのだが……その根本的な意味が全く分からなかったのだ。
その疑問を感じたまま彼にぶつけた。





「勝負って……どうやって?もしかしてまたモンスターを狩るとか?」




もしそうならこちらに勝ち目など無い。
しかし彼は真剣な顔をしたままで笑った。





「いえ、違いますよ。」





ハヤテはそういって、一本の木刀をこちらに投げてよこしてきた。
そのサイズは大体いつもヒナギクが使う飛竜刀と似たような長さであり、手に持ってみても同じくらいのずっしりとした重さがついた。

訳も分からずにハヤテを見ると、彼は隅に置いてあった革袋から、一本の長い棒を取り出した。
それはちょうど彼がいつも使う矢と鏃のような形をしているが、そのすべては真っ黒に塗られた木で出来ている。
それの意図が分からなかった彼女を見て、ハヤテはそれをあちこち確認しながら言った。





「これは、弓の“近接戦闘訓練用”の特殊な鏃ですよ。」
「な……」




そこでようやく彼の意図しているところが分かり、ヒナギクは息をのんだ。
つまりは、彼はこの場でこの木刀と木の鏃を使って戦おうと言うのだ。

ガンナーと剣士で――――――近接戦では圧倒的な差があるこの二つの武器種で。





「―――ふざけないで。ガンナーと剣士で勝負しようなんて、侮辱以外での何物でもないわ」




そういって脅すような声で彼に返した。
自分にも剣士としての意地がある。彼のこの挑戦は侮辱か何かにも等しかった。






「侮辱?とんでもない。」
「な?!」
「僕はアカデミーでみっちり鍛えていますから……やろうと思えば、非常事態に弓に最低一本常備されている特殊な鏃一本でモンスターを討伐できるようにしているんです。―――そう簡単に、人に負けるようには出来ていませんよ。」







しかし彼女の怒りが伝わらなかったのか、それともそれを狙っていたのか、彼はまたふっと笑う。
その様子がヒナギクの怒りにさらに火を注いだ。






「―――いい度胸だわ……いいわ、勝負よ」
「それでこそ、負けず嫌いのあなたですね。」




余裕綽綽の彼の鼻っ柱を折ってやる。
ヒナギクは手に持った木刀を正眼に構えた。
彼はどこで用意したのだろうか、それは彼女がアカデミー時代に愛用していたものだった。

『正宗』

そう銘打たれた木刀の柄は使い込まれて、皮の部分が飴色に変色している。
漆塗りの木刀の先は少し剥げているが、それは彼女が長年使い込んだ努力の証だ。




型のように隙の無い構えをしたヒナギクとは対照的に、ハヤテは2メートルくらいの鏃の柄を軽く握っただけで、ぶらぶらと構えている。
構えているというよりも、脱力していると言った方が正しいかもしれない。

隙だらけのその頭部に狙いを定めて、ヒナギクは飛び出した。
蹴られた道場の床が大きな音を立てて反響する。




彼女の渾身の一撃はおそらく常人では目で追えず、その餌食となるだろう。
加速されたその切っ先は、すさまじい威力を誇る。
当たればただではすむまい――――――常人ならば。



鋭い一撃はそのスピードを緩める事が出来ずに、床を叩いた。
パアン!!!と張り手をした時のような大きな音が、不快にヒナギクの鼓膜を揺らした。





(躱された!!?)



ヒナギクがそう思った瞬間、後ろから鋭い一撃の感覚が彼女を襲う。
長年の特訓で鍛えた剣のセンスから素早く判断し、床を蹴って前に飛ぶ。



空気がそのエリアだけ切り裂かれたような音と風圧を肌に感じて振り返った。
鏃を一切の容赦もなく振り切ったハヤテが、冷たい目をしたままこちらをじろりと見据える。

一切の妥協も容赦もない。
彼は今、狩場にいるつもりで戦っているのだ。
その事に強い恐怖を感じながらも、どこか高揚する自分がいる事にも気づいた。





(あの隙の無さそうな構えはおとりね……)




ヒナギクは慎重に構えなおした。
このまま切りかかって行っても、あっという間に先ほどのようになるだろう。
それでは終わらないか、彼に仕留められて終わりだ。

しかしそう考えると、彼の一見隙だらけの構えが、アリのはい出る隙間もない空間に見えるから厄介だ。



素早く切りかかる。
頭を狙うと見せかける。その後で剣先を翻して胴を狙うつもりだった。

しかし上手くいかなかった。
彼は切りかかってきた自分が頭を狙ってきたのに全く怯まず、下から鋭く逆手に持った鏃で切り上げた。
どこにそんな力があるのか、アオアシラの剛腕で吹っ飛ばされた時のように、彼女をあっさりと放る。

アオアシラの時とは違い、空中で体制を整えて着地する。
しかしその瞬間に彼が近接してきて、鋭く切り付けてくる。
何とか剣の背で打ち払うが、力に押されて下がってしまう。



少し距離を取って、ヒナギクはもう一度彼を見据えた。
この素早い、まるで瞬間移動のような動きをしても全く息の上がらない彼の身体能力には頭が下がる。

しかし、彼はあくまでもガンナー。
どうしても、剣士としては負けられなかった。






「もう終わりですか?」
「まだ……まだ!!!」




胡乱な声で聴いてくる彼に噛みつきながら返し、彼女は構えなおした。











































*                *







息が上がってくる。
そのせいで正常な判断が出来なくなってくる。

しかし、さっきと呼吸やスピードが一切変わらない彼の斬撃は、自分を容赦なく襲ってくる。
彼、本当はミュータントとか機械ですと言われても自分は驚かない気がする。





「息切れですか?もう降参します?」
「するわけないでしょ!?」




ゼイゼイと息は上がっているが、降参する気など毛頭なかった。
負けず嫌いだと自他ともに認めてはいる自分の心に嘘はつけない。

その様子を見ていた彼は、ため息をついた後に口を開いた。





「まあ、いいです。では、一つ教えておきますが―――あなたの戦いは“型”にはまりすぎています。それじゃあ……僕だけでなく、モンスターにも勝てませんよ。あなたは、過去に囚われすぎています――――――あなたは、今の生に、後悔しかありませんか」





その言葉には、頭の血管が切れるような音がした。
自分の今までの努力が嘲笑われたようで、過去が否定されたようで。





「と。」




気づくと体が動いていた。
何時もよりも何倍も速いその斬撃はハヤテの腕をとらえていた。

しかし彼は少し不意を突かれたような声を出しただけで軽くいなした。この化け物め。

しかし彼女は止まらない。
型になど、一切嵌っていない斬撃はハヤテの体の芯をとらえ続けている。
先ほどまで全くかすりもしなかった彼を追えていることに驚いたが、今はそんな事は気にかからない。






「―――ふざけないでっ……」
「ん?」



いつの間にか声が漏れている。
自分でも気づかないうちに、声が出ていた。

止める事が出来ない。





「ふざけないで!」
「―――何を」




感情が抑えきれない。
彼を狙うのは、自分であって自分のものではない斬撃。
敵を屠るために鍛え上げられた必殺の斬撃。

先ほどまでは考えられないほど、彼を追い詰めている。
しかし、湧き上がってくる感情を抑えきれずに、暴走する心のままに叫んでいた。






「私の過去をあなたに否定される筋合いはないわ!可愛いくは無いかもしれないけど、それを否定したり後悔したりなんかしない!!!」






そのまま振り上げた木刀が振り下ろされた。
ハヤテはそれを片手で受け止めたが―――その鏃の握りが甘かったのか、真っ二つに折れた。

それを見た瞬間、彼女の中から湧き上がる激情が消滅する。
体にどっと疲れが襲ってきて、思わず前のめりに倒れこんでいた。
彼がそれを支えてくれるが、先ほどまで感じていた怒りも何も無かった。
残ったのは、動き回った後の気怠さと、呼吸の乱れのみ。

ヒナギクはしばらくの間、何もできずに彼の胸に顔を埋めていた。


























*               *







「さっきはすみませんでした。あんなこと言って……」
「ああ……」




ハヤテが持ってきていた水筒を渡してくる。
それを受け取って飲むと冷たい水が喉を駆け下りて、いがらっぽかったのが治る。
こういった運動の後に冷たいものは体に悪いらしいが、たまにはいいだろう。





「でも、どうしても聞いておきたかったんです。あなたが―――あなたの今までの生に、後悔を持っているかもしれないと思いましたから。」




彼が申し訳なさそうに、自分の隣に座り込んだ。
先ほどの自分の姿を思い出すと再び顔から火が出そうだった。

でも、彼のこの言葉はどういう意味なのだろう?




「朝、いきなり僕の部屋から飛び出したでしょう?何かあったのかと思って、先生に聞きに行ったんです」
「――――――それで?」
「聞きました。全て。」





そう、と彼女はつぶやくように返した。
しかし、割と怒りは浮かんでこなかった。
こういう時は本人の口から言わせるのが普通なのにな、と思っただけだった。

彼に対して余計な事を、とも知られたくなかった、とも思わない。
むしろ、いつかは知られて当然だという気までしている。そんなはずないのに。





「―――気持ちは、分からないでもないです」
「私の気持ちなんて、あなたには分からないわ」
「いいえ、分かりますよ」




何でよ!と彼に噛みついた。
これは自分だけの問題であって、彼は悪くないのに、思わず当たってしまう自分に嫌気がさした。
しかし彼は自分の責める声に全く怯まずに、口をゆっくりと開いた。





「だって――――――僕も似たようなものですから」
「え……」




言葉に詰まった。
自分と同じとはどういう事だろう。
聞きたいという興味と、それを知ってしまえば何かが変わってしまう気がして、聞きたくないという気持ちがせめぎあった。

しかし、結局は聞いてしまった。





「僕は、子供の頃に身寄りがなかったのを祖母……とはいっても血はつながっていないのですが、その人に育ててもらったんです。祖母はモンスターの研究をしていたので、僕がモンスター図鑑を作りたいと思ったのは、彼女の影響ですかね」
「―――そう、なの」
「でも、僕は生みの親と過ごした記憶はありませんから――――――その意味では、あなたの気持ちは理解できていないのかもしれませんけどね」





薄く笑う彼に、彼女は何かを言う事が出来なかった。
自分には少なくとも共に暮らした、幸せだった思い出があった。
しかし彼にはそれが無いのだ。

記憶がないと言うのは、それに関して具体的に悲しむことが無いという点ではいいのかもしれない。
でも、記憶や思い出自体がないということは、人にとってもっとも不幸な事ではないのか。





「―――あなたはさっき言いましたよね。後悔はしていないと」





彼は目線をずらすと、天井を見上げていった。
彼女がそういって頷くと、彼は満足そうな顔をした。





「それを聞いて安心しました。それに、あなたは僕との勝負に勝ちましたしね――――――きっと、この村を守っていけるでしょう」




彼がそういってにこりと笑顔を見せて立ち上がろうと足に力を入れる。
この機を逃すと永遠に彼がどこかに行ってしまうような気がして、彼女はその腕を伸ばした。

細い指で彼の上着(彼はこの村の伝統衣装を着ていた。たぶんここに置いてあったのを借りたんだろう)を掴むと、彼はバランスを崩してよろけた。
怪訝そうな顔を向けてくる彼に問いかけた。






「ね、あなたは―――疑問に思ったことは無い?」
「疑問?」
「うん」




ハヤテは問いの意味が分からなかったらしく、聞き返してきた。
それに少し頷くと、彼は跪いて彼女と目線を合わせた。それでも彼の方が高かったが。





「それぞれの両親が私たちを捨てた時……何か、連れていけないような理由があったんじゃないかって、思ったことは無い?」
「理由―――。」
「そう…もしかしたら、どうしても一緒に行けない理由があったんじゃないかって、今でも思ってる―――私がおかしいのかな」





彼女もまた、ユキジと同じように、両親とのつながりを否定しきれていないのかもしれない。
思い出の中だけになってしまった人間は、自分を覚えている人間の中でしかもう生きることが出来ない。
彼女が忘れてしまえば、永遠にいなくなってしまうのかもしれない。

それが、許せないのかもしれない。






ハヤテはしばらく口ごもっていたが、おもむろに立ち上がった。
ヒナギクの腕を掴んでいたため、いきなり上に引っ張られる形になった彼女は驚いた顔をした。





「ちょっと何を……」
「行きたいところがありまして……お供していただけませんか?」




お供って―――私はアイルーじゃないんだから、と思ったが断る理由が咄嗟に思いつかなかった。
『あ』や『う』とどもっているうちに彼は話をまとめてしまったらしい。
自分の腕を引っ張って行ってしまう。
少々強引なその引き方には少し呆れたが、それと対照的に紅潮する顔を見られたくなくて、手を後ろに引っ張って抵抗した。

それに結構時間がたってしまい、もう外は夕暮れになりつつある。
東側はもう星や月が出ているかもしれない。
そんな時間帯に、今からどこへ行こうと言うのか。





「今からどこへ行こうって……」
「渓流ですよ―――夜の狩場で、何もせずに歩き回るっていうのも乙なものですから」




今から渓流に行こうとする彼の意図が全然つかめなかったが、抵抗してもきっと無駄だろうと思った。
彼はいつもはそう見えないのに、こういう時に限っての頑固さとかは折り紙付きらしい。
何時もそうすれば場に流されないのになと思いつつも、その渓流での散歩と言うものに興味があったことも否定しきれずに、ヒナギクはハヤテの後をついて行った。
































*             *








「ちょっと……これはどういう事!?」
「見ての通りの意味ですし、言った通りの意味ですよ」




夜の街道とか、二人で月下の渓流を歩くと言うロマンティックな情景が浮かんでいたのは数分前までだった。

今の彼女の顔に浮かんでいたのは、怒りと恐怖だった。
おまけとして目には大粒の涙が浮かんでいて、その泣き顔のままハヤテを睨みつけている。
凄く怒っているのだろうが、この彼女の表情で怒られても怖くもなんともなかった。


二人が今いたのは、渓流の門からベースキャンプに至るまでの道中。
つまりは、あの断崖絶壁である。
右手にある頼りないロープ以外は、体を支えるものなど何もないのだ。

下にはハヤテが絶景と評した風景が月の光に照らし出されていたが、ヒナギクにとっては千里の地獄でしかない。
そんなところにわざわざ連れて来た彼の意図が分からない。
慰め?この奈落の底のように広がるこの風景を見たら慰めになるのだろうか?そのつもりだったら逆効果だ。


固く目を閉じ、恨みがましそうな顔をして見せた。
顔は見えないが、きっとこの様子を見た彼は苦笑していることだろう。腹立つ。

彼女はそこで石のようにうずくまって動かない作戦を決行した。
しかし彼は全く気にする様子もなく、その体の力をあっという間に抜いてしまい、自分を立たせてしまった。

ああ、このまま処刑台に連れていかれるのか、と言う心持だった。
大げさと言う人もいるだろうが、こちらは大まじめだ。
背にしていた崖の感覚が無くなった。
彼のせいで前に足が出てしまう。後ろに支えが無くなったこと自体が恐ろしい。

目を閉じて真っ暗になった空間では、何も目では知覚できない。
しかし自分の体がガタガタと震えてしまっているのを、はっきりと感じていた。



しかし孤独の波が勢いよく自分に向かって牙を剥いているような感覚に襲われる直前に、後ろから温かみを感じてそれが霧散した。
人肌程度の温かみが、自分の背中それにそこから伸びた腕が肩を抱いている。

こんな温かみが出せる人間と言うのは限られているだろう。
少なくとも自分が知っている中では姉であるユキジと両親―――――そして、後ろにいるであろう、いじわるで誰よりも優しい少年だけだ。





「僕が支えています。どうか、目を開けてくれませんか」




こんな時に、優しい言葉をかけるな。
こんな状況に連れ込んだのはあんたじゃないか。

しかし、そういわれた瞬間になぜかふっと気持ちが楽になって、気づくと目を開けていた。





「……あ」




小さなため息とも、驚愕とも簡単とも取れる声が喉から漏れた。
そこから見えたのは、他の言葉では言い合わらせないような絶景だった。


広大な渓流の森が眼下に広がっている。
その森には薄い霧がかかり、空の満月からは少し欠けているが、十分に強く優しい光によって、まるでベールのようにきらきらと輝いている。

地平線にある山脈が天を貫き、白い雪化粧を纏っている。
雲がかかっており、頂点の雪がキラキラと煌めき、森につながるふもとの近くには巨大な滝が毎秒何万トンと言う水をたたえ、この近辺の村を潤している。

下を見てみると、あれほど恐ろしかったはずの渓流の風景がさも当然のように目に飛び込んできた。
夜風でさわさわと揺れる、温帯特有の広葉樹の葉と、尖った山岳から流れ落ち、水しぶきを上げる滝がうっすらと見える。

その隣を流れる、轟々とうねる大河。
山の一部が崩れてできた、灰色をした崖と、水の浸食作用でできた洞窟。



この世の物とは思えない光景が其処に在った。





「どうですか?あなたの故郷の風景は、美しいでしょう?」




隣を見上げると、ハヤテの微笑んだ顔が目に入る。
夜風でゆらゆら揺れている、男性にしては長い髪が目に入ったが、それがどうしてもぼやけている。





「あれっ……なんで私泣いて……」




子供のような嗚咽が止まらなかった。
拭っても拭っても、自分の目が乾いてはくれなかった。

泣き過ぎると目が溶けてしまうよと両親から聞いたのは何時だっただろうが。
今思えば泣いている自分への慰めか何かだったのだろうが、今はそれが現実になりそうな気がして、体を小さく縮めた。

しかし彼の腕の力が強くなった。
思わず体を震わせてしまったが、彼はそれを知ってか知らずか、口をゆっくりと開いた。





「無理やり、連れてきてしまってすいません……ですが、どうしても見てほしかったんです。あなたの守ってきた風景を。あなたの今まで生きて来た場所を」




始めが謝罪なのは、なんとなく彼らしくて笑えた。
しかし泣き笑いのように顔が歪んでしまっていたかもしれず、彼女は見られたくなくて目の前の光景に視線を移した。
―――しかし彼の言葉を聞いていても、この光景を見ていても、どちらにしても涙が止まらなかったのだからどうしようもない。





「でも、この風景は最初からあったんです。昔から。あなたが怖がって目を開けて、見ることが出来なかっただけで。」





彼がそう言って同じように視線を目の前に移した。
遠く、遠くに向けられた視線は、誰に向けられているのだろう。

その言葉に声を返すことが出来なかった。
僅かな泣き声が喉から漏れた音しか聞こえない。
彼は静かな声でつづけた。





「理由はあったのかもしれません。無かったのかもしれません。心に深い傷があるのかもしれません――――――ですが」




彼はこちらを向き、少し笑って見せた。
その表情に、その泣き顔できっとおかしくなっているだろう自分の顔がまた真っ赤に染まっていくのを感じた。





「今ここで見ているものは、それほど悪くはないでしょう?」





頬がこれ以上ないくらいに真っ赤に染まったが、顔を逸らすことは無かった。
そう言って笑う彼に、自分が持てるだけの笑顔を向けて。

この光景は、やはり未だに恐ろしかった。
しかし以前から感じていた、得体のしれない恐怖が無くなっていたことにも気づいた。





「まだ、怖いですか?」





自分の心境を知ってか知らずか――――――こういう時に限って鈍いこの唐変木は、そう聞いてきた。

そうね、と彼女は答えたが、彼に今まで一度も見せたことが無いような穏やかな表情を浮かべて彼に向き直った。
その目で彼の目を見つめると、ニコリと微笑んだ。





「……怖いわ。でも、悪くない気分よ」




























*                *









目に眩しい光が飛び込んできた。
今日もまた朝が来たようだ。

心に晴れやかなものを感じながら、ヒナギクは布団を体から退けた。
昨日は大掃除をすることになって、夜遅くまで起きていたが……彼女にとっては苦でも何でもなかった。
元々整理整頓は好きな方であったが、今回の場合はその限りではない。

窓際の埃を払うと、満足げに少し笑った後、部屋の端においてある大きめのバッグに目を向けた。
それを見て心が高揚するのを感じた。

その後思い出したかのように箪笥から衣服を取り出して体に纏う。
その上から、着慣れた装備を体に着けた。
玄関に置いてあるレギンス以外の装備を身に着けて点検し、体中にある金具を締め付けて固定する。
何時もよりはるかに金具や装備の素材の調子がいいような気がする。体が軽い。

鏡の前で一回転して、おかしいところがないか確認した。
何時もだったらやらない事だったが、今日は何故かやりたい気分になるほど心が浮かれていた。


確認を終えると、彼女はバッグを掴んで、その部屋を出て廊下を走り出した。
ドアが閉まった音が聞こえるよりも早く、彼女は家を飛び出していた。





































「<蒼火竜>様……本当にありがとうございました。このご恩は、この村が存続する限り、伝えていくことになるでしょう」





初穂がハヤテにそういうと、見送りに来ていた人々が次々に賛辞の言葉をハヤテにかける。
なんとなく気恥ずかしい気持ちになって、ハヤテは少しはにかんだ。

後ろではチハルとサクヤがこちらを笑顔で見つめている。
門の前で、大きな歓声に見送られて自分の本拠地に戻ると言うのは大きな栄誉だろう。





「そういえば、ヒナギクさんは?」
「え?そういえば見てないかな〜?」




彼女の姿が見えなかったことに彼はあたりを見渡した。
一緒に狩りに行ったんだし、見送りぐらいはしてほしかったなと彼は思った。

しかしその瞬間、大観衆をかき分けてこちらにやってくる彼女の姿を、彼の感覚神経は捉えた。
近くに来た彼女と目が合った。





「あ、そういえば言い忘れてました」




ヒナギクの姿を見た瞬間、初穂が思い出したかのように言う。
何のことかと思ったが、その観衆の波を抜けて来た彼女が持っていたものに目が行った。





「ヒナギクさん?―――何ですかその荷物……」
「ああ、これ?」




ハヤテが聞くと、彼女は何かいいことがあったのかと言うぐらいの笑顔で返してきた。
彼女の持っている荷物―――どう考えても旅行に行くためのような大きさではない。

まるでどこかに引っ越すかのような……もしかして、更なる高みを目指すためにハンター修行の旅に出るとか?
それなら彼女の姉である先生がやっていたことだし、理解は出来るけど……なぜ今?

ハヤテの理解できないという表情に、ヒナギクだけでなくアユムや初穂、イスミに至るまでも何やら笑顔を浮かべている。

頓狂な顔をしているハヤテに、ヒナギクは一枚の書類を取り出した。





「え、なんですかコレ―――えっと……ユクモ村専属ハンター、『ヒナギク』氏の実力向上のため、タンジアギルドに一時的に身柄を移す―――ひいては、その実力向上のための同伴ハンターを<蒼火竜>・『ハヤテ』氏に任命する……ってえええええええええええええっ!!!?」




ハヤテの驚愕の声が、朝のユクモ村に響いた。
何千人といる観衆にも負けないほどの絶叫が響き、彼女たちは思わず耳をふさいだ。

彼女が抗議の声を上げるが、彼の慌てたような声にかき消された。





「どういう事ですかコレ!?いつの間にそんな話に……」
「見て字の通りよ。ユクモ村には強いハンターが必要だし……ここにずっといるよりも、タンジアの港からいろんな狩場に行って経験値を稼ぐのが一番いいから」





たしかにそうではある。
実力をつけるには、習うよりも慣れよだ。
しかしその事ではなく、あまりの唐突さにハヤテは驚いていたのだ。





「いつそんな話が……」
「あのディアブロスの時よ」





ディアブロス?
――――――って、あ……




「そうか……あのディアブロスはG級……それにクエストを受けたのはヒナギクさんだったから、その時のハンターランクポイントで……」
「そ、仮にG級の狩場を解放されて、ついでにこの大陸内なら自由に渡航できる権利を得たの。とはいっても、まだランクは上位なんだけどね」





そういう事か。
しかし気になる事がある。





「ええ……でもここの専属ハンターは……」
「それならダイジョーブなんじゃないかな!」




アユムが横から割り込んでくる。
そちらを向くと、ニコニコ笑った彼女が目に入った。
―――君も一枚噛んでいたんだな。





「しばらくは私一人で頑張るけど―――もうすぐユクモアカデミーの飛び級卒業生が出てくるからね!その子と力を合わせて頑張るから、ヒナさんも頑張ってきてほしいな!」
「ええ、どちらが先に名前を上げるかを競争しましょう。―――負けず嫌いの私に勝てるかしら?」
「こっちこそだよ〜!」
「――――――いやちょっと待ってください!?」




ハヤテの突っ込みに彼女たちが振り向く。
自分をほったらかして自分の進退に大きく関わるような話をしないでほしかった。





「でも、何故僕が……」
「だって、ハヤテ君ほど良く知ってるG級ハンターいないし」




ああなるほど……と思ってしまった。
見ると、初穂やイスミが懇願の目をしている。

―――ユクモ村の防衛が重要だという事は今回の事で分かったのだろう。
一刻も早く、G級ハンターを得たいという気持ちもあるのかもしれないと彼は思った。
ここで断ったら恥をかくのは―――彼だろう。





「分かりました。ですが―――本気で僕とチームを組むのなら、結構手加減は出来ませんよ?」



ハヤテがそういうと、ヒナギクはにこりと笑って返してきた。





「もちろん!そうじゃないと意味ないわ。」
「そうですか―――」




その言葉を聞くと、ハヤテは初穂やイスミ、彼女の母の方を向いて口を開いた。





「その役目を謹んでお受けいたします。彼女には、あなたたちの期待に恥じないようなハンターになってもらえるよう、僕も努力を惜しまない事を誓います」




少し変えてしまうと告白のようなセリフだった。
少し赤くなりつつも、人々に背中を押されて彼女がこちらに歩み寄ってくる。

勿論彼は書類の事を誓っただけだったのだが、鈍感な彼が自分の気持ちなど分かっているはずもない。
しかし、それでもよかった。

まだ言うつもりはない。と言うか、ぜひ彼の口から言わせたいのだ。
こんな時にも負けず嫌いの発動する自分には呆れがでるような気がするが、それでも今はまだ、このままの関係でよかった。







「に〜ちゃん……ホンマにまたかいな……しかもチームを組むって……」
「これは……敵に塩を送り過ぎたかもしれませんね」




後ろから刺すような視線がハヤテに突き刺さっており、彼は壊れたぜんまい人形のようにゆっくりと後ろを振り向いた。





「えええと……お二人は一体どうしてそんなに怒っているのでショウカ……?」





彼の背中には、またしても足跡がつくことになるだろう。
きっと彼のこの鈍感は一生治るまい。

だから言ってやる必要はない。
彼がそれにいつか気づくことがあるまでは。




彼の声が、良く澄んだユクモ村に響き渡り、それに遅れて人々の少し呆れた声や笑い声が響いていた。


































*               *








「……」
「―――どうした、ナギ」




ナギはユクモ村の門を屋敷から見下ろしていた。
隣では夜遅くまで起きていたせいでエネルギー切れになった紫子がすうすうという寝息を立てながら寝ている。

シンが膝枕をし、彼女がその上で寝ているのだが……なんとなく逆のような気がする。
若しくは、小さな子供の面倒を見ている歳の離れた兄弟だろうか。
実の親にそんな事を思うのもおかしな話だが、ナギは気にならなかった。


彼女が見つめていたのは、蒼い鎧を纏った少年。
自分と歳がそれほど変わらない筈なのに、この村を救うことすら出来る強い少年。



『英雄』
その二文字がこれほど似合う人間はそうもいるまい。
その眩しいほどの彼の雄姿に、彼女は彼女の今まで止まっていた時間が再び動き出したような気がした。





「ち……父!!!」




気が付くと彼女は大きな声を出していた。
猫のように眠っている紫子を少しおちょくりながら、彼は彼女の方を向いた。





「どうした――――――いつもの気まぐれか」
「ち……違う!!!」




結構酷い。
まあ確かに何時も気まぐれはあったし、そう思うのも無理ないかもしれないが。
しかし、今回の事は彼に会ってから―――雑誌の中でを含み―――ずっと心の中で描いてきたことなのだ。
決して気まぐれではない。





「わ……私は――――――私は!!!」









































ユクモ村編……終了




*                    *

いやあ……長かった。
やっとユクモ村編が終わりました。
今回はヒナギクさん色強めでしたが……原作のあのシーンだけはどうしても変えられませんでした。
どうしてもやりたかったんです。この世界でも。
あのシーンの熱烈なファンの方に、あのシーンを変えるな!という方もいるかもしれませんが、それはすみません。

次からは、舞台はタンジアに移ります。

では、また。

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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.8 )
日時: 2014/07/04 04:03
名前: タッキー
参照: http://hayate/nbalk.butler

キターーーーーーーーーーー!!!!!!!!!

どうも、タッキーです。
興奮が冷めないので今回も感想を書かせていただきます。

ユキジはあぁ見えてもしっかりお姉ちゃんやってますからね。結局カオルさんにお酒奢らせましたけど、カッコよかったです。こういうユキジのカッコいいところとだらしないところの組み合わせがとても上手で自分にはとても嬉しい場面でした。

なんだかんだで甘いところを見るとやっぱりカオルさんは原作通りユキジに惚れているよ様子。やはり勢いは大事ですね。女の子を映画に誘ったりとかすのにも必須ですからね。
それにしてもイクサ兄さんと知り合いだったとは。凄く興味深い展開です。原作のほうでは結構荒れたりしてますけど、ハヤテとそっくりということはやっぱり優しいお兄さんのようですね。

やはり秘密の場所って心が落ち着くんですね。アユムがヒナさんを説得というか励ましてるというか・・・何だか今回は自分にとっておいしい話がたくさんでとても嬉しいです。どちらかというとヒナさんよりアユムの方がお姉さんっぽい感じなのは原作通りですね。チハルさんに対するヒナさんの勘違いも面白かったです。

この作品ではハヤテとかが化物みたいな設定だから忘れがちですけど、やっぱりヒナさんも結構すごい方なんですね。これからの成長が楽しみです。

ハヤテはホント相変わらずですね。失神までさせるとはさすがキラースマイル。でもやっぱり見て学ぶっていうのも大切ですね。やり方とか手本がないとできないことも多いわけですし。ヒナさんがハヤテにツッコミたくなるのも無理ないですね。

ハヤテってガンナー・・・ですよね?特別な訓練をしているからって剣士、それもヒナギクさんと張り合えるとは・・・もういっそ剣士になってもいいんじゃね?とか思ったりしてます。

ヒナさんの感情が爆発するシーンも含めて原作と似せてあるのがとても嬉しいです。やはり高いところからの絶景は重要ですね。ヒナギクさんが泣き出してしまったところもとてもよかったです。
あと、やはり風景描写がよくできていると思います。自分の作品にも同じような場面があるのですが、伝えたいことは同じなのにどうも上手く書けてないので、こういうのはとても参考になります。


鏡の前で一回転するヒナさん。もうやばいです。こういう女の子っぽいところをハヤテにも見せてくれればいいのに・・・
それにしてもハヤテとヒナさんがチームですか!なんというか・・・ありがとうございます!!せめてヒナさんが付いて行くだけでもと思ってたのにまさか一気にチームになっちゃうとは!それにハヤテの言葉がもうさすが!ヒナギクさんの心境もよく表現できてると思います。ちょっと締まらないあたりもハヤテっぽくてよかったです。もう一度言います・・・ありがとうございます!!

これからの話もとても楽しみです。

それでは。
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.9 )
日時: 2014/07/07 23:25
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

どうも!感想ありがとうございます!
登山行ってて、更新ができませんでしたが、新章を書き始めようと思ってます。

ユキジは基本的にダメな人ですが、だからこそかっこいい所のギャップがあるのではないですかね。場面が上手く出来ていたという意見はうれしいです。
カオルさんとユキジの関係は……まあ、原作と似たようなものですね。勢いに関しては、原作にもあったのを使いたかったんです。
イクサ兄さんに関して、やっぱり劇的な登場になるんじゃないかなと思っています。つながりは思っているよりも大きくなりそうですし。

アユムに関しては、やっぱりこういうシーンは入れたかったですしね。そちら様にとって美味しい話と言って下さってよかったです。

ヒナさんは結構強い方です。本編の通り、G級に片足をかけるくらいですし。
ハヤテがおかしいだけです。また、ハヤテの近接戦に関しては……まあ、近いうちに書きますね、多分。

あのシーンだけは、原作とどうしても似せたかったので、批判が来なくてよかったです。
ヒナさんには、あの渓流の絶景を見てほしかったのもありますが。

ヒナさんはたまにハヤテの前で見せる女の子っぽいところが、私にとって結構ツボなので。
それに共感してもらえる人がいてくださってよかったです。

ヒナさんとハヤテ君は最初からチームにするつもりではいました。
そのほうが面白そうでしたから……まあ、締まらなさはハヤテの特権ですよね(笑)

では、新章スタートです。









































*              *







































第三章





序章『少女の手記』










故郷、『凍土』であの時起きた出来事の意味を、私は今も考え続けている。
あの時の私は、今まで自分が生きて来た世界と離れるのを心のどこかで拒んでいた。
その時に起きた、あの衝撃的な出来事。








―――そして、あのときに決意したことが、未だに正しかったのかと。










自らの家の掟に従い、幾世代もの間、幼いころに故郷を離れて全く違う所で生きていく。
定住することで栄えて来た人と言う生物としては、異端だったのかもしれない。
特に、高貴な人間だと、生まれる前からなぜか決められていた身分からすれば。
それは何故だと聞かれても到底わかる事ではあるまい。
自分は生まれ落ちたとところで生きていたに過ぎない。決めたのは自分ではないからだ。









そして、その掟が自分と、自分の大切にしてきた人に深い傷を負わせることになった。
長年過ごし、もはやあちらの方が故郷なのではないかと思い始めた時期に、それは突然やってきた。
その揺らぐことのない、ある意味純粋な規範と言うものが、この国の礎にあったことは否定しない。
だが、それは時として鋭く研がれた刃のように、自らの喉元に牙を剥くのだ。












その掟は、多くの人間のさまざまな思惑からできていて……その純粋さが誰も疑いようのない所まで来ていたのは、大きな誤りだったのではないか。
たとえ、自分を守るためだったとしても、なぜか高貴な人間と決められていた自分を守るにしても、周りの人間たちが自ら進んで血を流し続けていることを望んだのだとしても、長い年月、誰もその事を疑い続けて来ず、多くの犠牲が出たことの意味をそれまでの間に深く考え込んでおくべきだったのだと思う。











その中で出会った彼も、最初に会った時はそれに似ていると思った。
戦い続けて血にまみれ、如何なる敵が相手だったとしても一歩も引くことない、もはや彼一人で強力な兵器と呼べるほどの力を持つ彼。
しかしその実、怪我をし、老いて使い物にならなくなれば、あっという間につき捨てられるであろう道しか残されていない彼。
そうまでして、彼をその職に駆り立てたものは何か?疑問でしかなかった。






そしてその彼もまた、自分がそういう立場の人間だから救いに来たのだと、単純にそれが仕事だから来たのだと思っていた。
















しかし、彼に触れるうちに自分の心境に変化があるのに気付いた。
あの時の事を思い浮かべると、彼のあの表情が真っ先に心に浮かぶのは何故だろうか。

巨大で狂暴な怪物を前にしても一歩も引かずに身を挺して自分を守るその背が、心の中に残っているからだろうか。
それとも、彼の心の中にある、“狩人”としての誇りや信条を直接聞いたからだろうか。









































そして、今の彼が歩いている道は、一体今どこにあるのだろう。








































自分ではもう見えないだろう、彼の目指す高み。
その悲壮なまでの茨の道は、今どこまで連なっているのだろう。
それだけが、今は心に張り付いていた。


















それに、自分の付き人や古くからの近衛兵たちは見てしまっている。
長年の鍛錬を積み、一枚岩のように団結した、いわば人間としては最強のはずの彼ら。
それが束になっても一切敵わぬ怪物をあっさりと屠り、自分を救いだした彼。








狩人の象徴たる武器を高く掲げる事もなく、それが当然である事もみんな知っているはずだ。
しかし、それが今まで危機の象徴にならなかったのは、彼もまた掟に縛られていたからであるだけだ。
それがもし人に向けられたのだとしたならば―――そして、その力を自分たちのものに出来たのならば。








時の為政者たちならば考えそうなことだ。
そのためには、あらゆる手段を厭わないかもしれない。
皮肉なことに、彼の鍛え上げた信条は、同時に彼を強烈に縛る鎖に変化してしまったのではないか。その事が気がかりだった。






現在は彼は掟によって彼らは強力な戦力や、兵器にならない事は誓われている。
しかし、未だ彼らがいる状況は変わらないし、決して予断を許さない。








もし何らかの事があって、他国との戦に彼らがどうしようもなく駆り出されるようなことがあれば。
優しい彼の事だ。自分の大切な人間を守るために、どれほど苦悩したとしても、結局は自分の手を汚すことになるだろう。








そして自分はその中に入っているのだろうか、と胸中に浮かんでくる。
あの力を自分たちに向けられたくない。
そう思う事が、辺り一帯の自制を促しているのが、唯一の救いだろう。







彼らの技量は一朝一夕に会得できるものではない。
ましてや、彼の領域はもう人ではたどり着けない所まで来ているかもしれない。
だからこそ、その均衡が崩れれば、その時に人間の世界も生物たちが生きる世界も、滅びの危機に直面するかもしれない。
―――昔のおとぎ話のように。
































そのような恐怖は、誰にとっても見過ごせることではない。
だから、どこの人間も彼を欲しがるのだろう。
そして、それはこの国も例外ではなさそうだ。









自分は、この国を守りたいという気持ちは人一倍にあるつもりだ。
しかし、これでよかったのだろうかと言う気持ちはずっと消えないだろう。
この国が危機に瀕したとしたならば―――――私はどんな手を打つだろうか。









自分がどんな手を打つにしても、その手は必ず彼や、彼の周りを大きく左右することになるだろう。









































――――――それほどの力を持つ、強い人間である彼を。










































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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.10 )
日時: 2014/07/07 23:32
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

第三章
第一話『水面下の暗殺者』












天が吠えた。
薄暗く湿った……と言うか、もはやびしょびしょの森の中が真昼のような光に包まれた。
先ほどから降り続いている雨の量は、バケツどころか空のどこかで栓が抜けたかのようだ。





雷の音が腹に響いてくる。
先日のあの雷狼竜の雷光を遠巻きに見ているときはすさまじい不安感に襲われたものだが、現在はそうでもなかった。
むしろ、現在のこの状況では自分の気配を消してくれるので、ありがたいとすら感じられる。







薄く光沢をもつ緑色のヘルムをかぶった少女は、目の前にある雑草の後ろに屈み、その間から視線だけを遠くに向けていた。
先ほどまで同行していた彼の姿は今は見えないが、同じ状況ならば彼はもっと上手く隠れるかもしれない。
一般的に見れば自分もそれなりの実力はあるのだが、それ程に彼の気配を消す隠密スキルは高いのだ。
ナルガクルガが夜に忍んで森の中に隠れているかのように、一切の気配も感じない。












少し髪をかき上げてみた。
どこかおかしいわけではなかったけれども、何分も―――事によっては何十分かもしれないが、先ほどからずっとここに潜んでいる。
タイミングを合わせなければいけなかったからだ。
しかし、先ほどから鎧の合間を縫って水滴がどんどん染み込んでくるのは厄介だった。

帰ったら真っ先にシャワーを浴びたいなと思いつつも、“狩場”で余計な事は考えるなと彼に釘を刺されていたのを思い出して、少し下に向いていた視線を戻した。







今自分がいたのは、『水没林』と言うフィールドだった。
今まで自分が狩猟に赴いていた砂原、そしてユクモ村のある渓流にもほど近い。
しかし、その狩猟地としての特性には、全くの差異があった。







ここは熱帯の湿地であり、非常に広大な熱帯雨林である。
タンジアの港から出て、数日ほどの場所にあるのだが、一帯は浅い淡水で没している。
そのため、船で狩猟地に遡上できるほどだ。








ここは、年間を通じて温暖で雨量の多い地域である。
熱帯雨林としての特徴として年間2,000mm以上の降水量があり、一年を通してかなり温暖である。
その膨大なまでの降水量は乾季になったとしてもあまり枯れることは無い。










そして水没林に見られる植物の7割が樹木だ。それでなくては水没『林』の名前が泣く。
樹冠と呼ばれる、高さ30 - 50mにも達する木々が、まるで天を突く槍のように生えている。
実際に、その木々は熱帯性の広葉樹であり、葉は横に広がっていて、何層ものそれは自分のいる場所に大きな影を落としている。
それでも降り注ぐ雨を全て防ぐ事は出来ないのか、自分の体にはまるでシャワーのように滴る水が降り注いでいるが。
―――とある本の森の主が体を揺らしたら、どんな量の水滴が落ちてくるだろうか。











つる植物や着生植物が多いのもこのような森林の特徴であり、やろうと思えばこの蔓を使って、ここにある岩棚とかそういったものを上る事が出来る。
だが、高所恐怖症の自分にとって、こんなところを上る事は無いに等しい。
と言うか、絶対迂回する。










しかしこの辺りには過去の人類の建造物が多いらしい。
ぱっと上を見ると、石を何十段にも積み重ねたピラミッドが見える。
もはや苔むして小さな丘にしか見えないそれだったが、地質調査員の研究によって、過去の神殿のようなものだったのではないか?との意見が出ているそうだ。
しかし、ハンターとしての問題はそこではない。


距離とか時間の問題で、そこを乗り越えるためには嫌でもアレを登らなくてはならないらしい。ちくしょうめ。
彼女は小さくため息をついた―――もちろん、それを悟られない程度に。












地表付近では下草が生長しにくく、土壌の発達は良くないそうだ。
気温が高くて分解速度が速いためとか、昆虫類が落葉を素早く裁断して自分の巣に持ち込んでしまうかららしいが、このエリアではもっと分かりやすい理由がある。






―――ただ単に水没していて、下草が生えないだけだ。
くるぶしほどまでの水では、今着用している『レイアSグリーヴ』の太腿のあたりまで密着した装備では入る余地はないが、何しろ歩きにくくって仕方がない。
何時ものように走ろうとしても、水や水底の泥に足を取られて走りにくい。
ジャブジャブと音を立ててしまうから、モンスターにも気づかれやすくなってしまう。

但し、彼は別だったが。
水音を立てない。足もとられない、その上めちゃくちゃ早い。
追いつけなくて文句を言いそうになったが、それを即座に理解したらしい彼は一言。
―――『慣れれば何とかなる』―――ホント化け物だ。























日光の届く水没林の低層の植物が育成できる場所では、ここにしか生えない特殊な薬草が生息し、深く暗い場所では珍しいキノコ類が生息する。
それらのものは他の地域では絶対に取れないものが含まれていることが多く、このあたりの人間の生活基盤となっている。
それにこの地域では河川の浸食作用や、水の影響によって珍しい鉱石が地表に露出している場合がある。
例えばシーブライト鉱石やデプスライト鉱石などはその典型だ。
正しくは鉱石ではなく、古代にこの地域に生息していた水生生物の化石だが、相当な強度や特殊な性質を持ち、加工難度は高いが希少な素材としての価値は高い。










また、多彩な生態系が形成されており、河川や湖沼の中にも多くの動植物が生育する。
例えば虫などはここでよく見かける生物の一種だろう。
この湿気た環境では蚊が多くてうんざりするが、裏を返すと虫の資源が豊富という事だ。
アイテムとして使える<にが虫>や<光虫>などはもちろん、装飾品としての価値があるほど美しい虫や、武器の素材となるほどの強力な虫もいる。
布団を干すには向かない環境だが、昆虫採集にはうってつけだ。


























そして忘れてはならないのは、その森自体が重要な資源だという事である。
ここは故郷であるユクモ村と同じく、林業が盛んだ。
―――まあ、近くにこんな豊かな森があるのだから、利用しようと言うのが人の性だ。






固く粘り気のあるユクモの木は撃龍船や武器などの用途に向いているが、加工が結構難しいし、しかも限りがあるから高い。
対してここの木は強度こそそれほどではないが、柔らかくて加工がしやすいうえに、湿気に強い。家や木材で作成する様々な用途に使いやすく、人気の代物である。
このあたりの人間にとっては、おそらく収入のほとんどを占めているだろう。
――――――そう、只一つの職を除いては、おそらく最も高い収入だ。
しかもその一つの職は非常に危険だ。もっぱらこちらの方が安全で手っ取り早く儲かるだろう。












































理由は簡単だ。
その木材は、主に大きな船によって、この湿潤な森を貫通する大河を運ばれる。
タンジアにも水没林から来た業者は多くいるが、全員が全員、ついた途端に安堵のため息を吐く。










―――海でモンスターと邂逅する危険があるから?
それも理由の一つだろう。
何せタンジアの港の近くの海域は非常に豊かなせいで、屈強なモンスターがうじゃうじゃいる。
彼が帰還命令を直々に出されるほど、常に切羽詰まっているくらいなのだから。













しかし彼らを苛んでいるのはそこではない。
海は広い。モンスターと邂逅することはあるにはあるが、この広さでは確率は下がるだろうし、モンスターたちも好き好んで人間の乗る船を攻撃したりしない―――縄張りに入らなければ。
その縄張りも広いので、モンスターが積極的に気づくことは無いし、すぐに出れば攻撃はしてこない。
厄介なのは、その縄張りが狭い位置にある時だ。













それは、川だ。
横幅は狭く、モンスターにもよるが、須らくその川一帯を縄張りとしていることが多い。
入ったとしたならばすぐには出られないし、一方通行な分、見つかりやすい。

そして先ほどの通り、生態系が複雑な奥深い森林。
気温と湿度が高いため、人には厳しい環境だが反面水気を好むモンスターが棲むには好条件となっている。











そして、船が通れるほどの大河であるという点がさらに事柄を厄介にしている。
つまりは、それほどの大きさのモンスターならば、海から遡上できるわけだ。

水没林には程度の差こそあれ、常に巨大な川が轟々とうねっている。
それに今の水の量からして現在は雨季だろう。
しとしとと濡れそぼった葉が目の前で揺れているが、今いる場所は木陰であり、たぶんここから目の前にある開けたところに出ればあっという間にぬれねずみになる事請け合いだ。

この状況からして、おそらくは水没林の豊かな食料を求めて、海からモンスターがやってきていることはどう考えても明白だろう。
―――と言うよりも、そのせいで問題が出たからこうして自分たちがここに赴いているわけなのだが。










































―――生態系
湿地に適応したモンスターが多く存在するこの地は、どこの狩場にももれず危険だ。

海洋の主・ラギアクルス然り。
地を這う水流・ロアルドロス然り。
一筋縄ではいかない相手ばかりがここには出現する。

しかもこの時期は水かさが増し、陸上に住むモンスターたちは高台に追いやられる。
そこに入り込んできた海竜種や魚竜種が幅を利かせるわけだが、陸上に追いやられたモンスターたちが、同じく陸上に避難した人間たちを襲う可能性も高い。













そのモンスターたちに対処するのが今回の任務のわけだが―――無茶苦茶キツイ。
自分は今まで渓流や砂原でハンターをやってきた訳だから、水中戦なんてほぼやったことは無い。
アカデミーで習いはしたが、それっきりだった。
熱帯の湿地に広がる、複雑な生態系を擁した奥深い森林の中を駆け巡るのが精いっぱいで、その水中戦はほぼ彼に任せっぱなしだった。









申し訳ないとは思うが、彼はそれに対して慣れていけばいいと言っただけで、狩場を振り分けてくれた。
彼はここに幾度となく来ていて、狩場にも慣れているのだろう。
―――彼の事だから、今まで行ったフィールドについて、全て暗記しているかもしれないが。
























しかし、どうしても緊張は抜けない。
自分はついこの間G級の狩場を仮に解放されただけだ。
それと知らずに戦ったディアブロスを除けば、初めてのG級の狩りと言うものに、得も言われぬ緊張感が体を襲っていた。
彼も、最初の方はこんな気持ちだったのだろうか。
―――それでも、一人で戦い抜いたのだろうか。

そんな彼には頭が下がるばかりだが、そうも言っていられずに口を堅く結んだ。
彼はそんな事をすると逆に緊張するのではないかと言っていたけれども、いつもこうしていたのだから、今更変えようが無かった。











































目の前に映る水面が少し気泡を上げる。
はっと物思いから覚め、危なかったと思いながらそこを見た。

彼女がいたのは、水没林の<エリア1>。
ベースキャンプの近くだったが、そこは水没林の情景を思い浮かべるにはよいところだと思う。

濁った水が水面に円形の輪をいくつも作り、さざなみとなっている。
浅い水底には泥がたまり、少し身を動かすたびに、妙な音と感触が足の裏に伝わる。

そしてそこに生えた木々は苔むしてツタが生えており、なんとなく密林と言うのはこんな感じなのかとぼんやりと思うようなものだった。
幾つも無造作に映えている木々を、その水面に映しているが、その僅かな揺らめきさえがモンスターの挙動に見えてくる。

エリア1と2の境目は水深が深くなっている。
色が少し暗くなっているが、その様子はタンジアに来た時に見た海の様子に似ている。
そこには流れはほとんどない。
まるで大河の流れから取り残された水たまりのように、少し深く濁った水が見渡す限り前方に連なっている。
































あまり動いて刺激しない方がいいかもしれない。
彼がそう言ってここに飛び込んでからどれくらいが経っただろうか。
こういった事は短い時間だったとしてもそれに釣り合わないぐらい長く感じると言うが、それは本当のようだ。
彼は今まで一人で戦ってきて、そう思う事はあったのだろうか。
それとも、戦っている間は、時間を忘れてしまうようなものなのだろうか。

つらく苦しいことほど長く続くと言うが、人を待つのは予想以上に大変だ。
自分が戦えないという、ジンオウガの時のような口惜しさが湧き上がってくるが、ここで自分が向かったところで足手まといになる方が確実だった。
それに、彼の作戦を成功させるためにはここで待った方がいい。

そう思って、アイテムポーチに手を掛け、中身を確認する。
雨雲の中を見据えながら、このアイテムは使えるだろうかと考えた。
しかし、今までも使ってきたのだから、おそらくは――――――。



そのアイテムを取り出し、セットしようと体を動かした。
おそらくそろそろ頃合いだと感じる。彼がうまくやったのならば。
―――いや、彼の事だ。本当に上手くやるに違いない。

今までしゃがんで待機していたため、上手く動かない体を持ち上げた。
水に座り込めず、ずっと伏せているのは体に悪すぎる。
背中の自分の武器に手を掛けながら、注意深くその水深の深い部分と浅い部分の継ぎ目にそれを仕掛けた。































































































その瞬間、水面が爆発する。
あまりにも唐突で、心臓が一気に早鐘を打つ。

水飛沫がまるで柱のように立ち上がった後、スコールのように降り注ぐ。
―――まあ、今現在絶賛大雨注意報が出るくらいの勢いで雨が降っているのだから痛くもかゆくもない。
水面からしぶとく生えている雑草にそれが勢いよく降りかかるが、いい迷惑だろう。









(―――しまった)




その飛沫の中から飛び出した物体は、自分の予想をはるかに超える跳躍を水中から見せた。
黒々とした影が頭上を大きく、まるで弾丸のように飛び越えていく。
完全に見当違いだった。彼女の仕掛けた罠に引っかかることなく、完全にかわされた。













(足を引きずっていたら、のそのそと陸に上がると思ったのに……)












思惑を完全に無視したそれは、着地の瞬間再び水しぶきを無遠慮に上げる。
まあ、モンスターに人間への遠慮会釈があったらの話だが。

思わず手で顔を覆ってしまうが、すり抜けた水が幾らか口や鼻に入ってしまう。
鼻の中にじんわりとした痛みが響き、少し咳き込んだ。
それ程の水飛沫―――と言うより大波を起こした、そのモンスターを見つめた。

目の前にいる紫色の巨体を持つモンスターは、こちらに向かって喉の奥から絞り出したような声を上げ、威嚇をしてくる。
背中の武器をすらりと抜くと、聞きなれた金属音と素材がこすれあう音が響き、今までの緊張を消した。


































目の前にいたモンスターの名は、『灯魚竜・チャナガブル』。
主にこういった淡水の大河に生息する大型モンスターである。
特徴としては、鱗の無い滑りのある皮に覆われており、首が短すぎて頭と胴が一体化しているように見える等、奇妙な進化を遂げている。







『魚』とついているが魚竜種ではなく海竜種であるものの、海竜種の中では特殊な体躯を持っており、現在も研究の対象となっている。






身体つきも扁平で、短い四肢には爪らしき物も存在しない。主に水中で生活するモンスターではあるが肺呼吸であり、おまけにその体型のために泳ぎが不得意であるなど、一層奇妙さを助長している。
しかしその扁平な体を活かし、水底に潜り体色を変化させつつ、下顎の先端から生えた髯をイキツギ藻と言う水生小型モンスターが好む水草に擬態させて獲物を待ち伏せている。









特筆すべきは、その大顎である。
その口は非常に大きく、チャナガブルの体長の約15メートルの半分程度を占めるほどの大きさがある。
その口で、水草と間違えてチャナガブルの存在に気付かずに近付いてきた獲物を水ごと吸い込んで丸呑みにしてしまうのだ。
口に生え揃っている牙は咀嚼のためではなく、飲み込む際に獲物に食い込ませて逃がさないための物であり、吸引力と胃袋の大きさも凄まじい。

また食欲も旺盛で、討伐された個体の体内からその個体とほぼ同サイズのモンスターが丸ごと出てきた例もあった。












生物としての面白い特徴として、頭部から垂れ下がるように伸びた触手状の器官があり、その先端に球体(提灯球)が付いている。
この提灯球の内部には発光性のバクテリアが大量に存在しており、チャナガブルが刺激を送ると凄まじい閃光を発して周辺の動物を失神させてしまうのだ。

これによって獲物を捉える事もあるが、その余りにも強すぎる光は外敵から発見されやすいという弱点を持つ諸刃の剣であるため滅多に使わない。
と言うよりも、外敵に発見された場合に近くで発光させる事で相手の眼を眩ませて逃げると言う手段で使う事の方が圧倒的に多い。
それは、これほどの巨大なモンスターに対してさえ、天敵がいるという現在の恐ろしい状況をやすやすと想起させてくれる。












また、興奮したり水や空気を大量に吸い込んだ時には身体が大きく膨らむ。
この時背中から無数の棘が飛び出し、あたかも剣山のようになり、攻撃能力も激増する。
尻尾の先端にも強力な神経毒を持った棘が多数生えており、これを振り回して棘を突き刺し敵の動きを封じる事もある。




海で発見された例はあまり無いが、彼の故郷の海域では目撃例が僅かながら確認されている。
この事から、チャナガブルは海洋にも淡水にも適応できるモンスターだという事だ。
また彼のモンスター図鑑によると、水没林で発見された個体はどれ程大きな個体でも雌雄の判別が付かないのだという。
一方海で捕獲されたチャナガブルは産卵が可能な雌個体であったという事例があり、このため彼は、チャナガブルは産卵の際には海に向かうと予測を立てている。


























その狡猾な狩りの方法から、『水底に潜む暗殺者』とも呼ばれている。



































しかしこの事は、近隣住民にとっては厄介な事極まりない。
あの大口は小さな船なんかだと、あっという間に吸引して飲み込んでしまうだろう。
―――と言うよりも、実際にそういう被害が出たからここに赴くこととなったわけだが。

水没林に遠くの港からの食糧や生活必需品を運んできた船が何隻もここのあたりで消息を絶っていた。
そのうち、何とか帰還できた交易船の船員の話によると、水中でその交易品を残らず飲み込んでしまう黒い影の存在を見たという。



ギルドはこれを調査。
大雨の中、水中調査をした調査員の判断と、彼が今まで研究してきたデータと照らし合わせた結果、そのモンスターを『チャナガブル』と認識。
水没林の人々の危険を鑑みて、これを素早く討伐することを自分たちに依頼してきたのであった。

自分にとってはハンターランクを上げる機会であった。
早く彼に追いつき、対等―――というか隣にいてふさわしくなりたいと言う気持ちもあったし、周辺の人たちを助けたいという気持ちもあった。
それは、彼も同じだったことであろう。


























しかし厄介なことに、モンスターはチャナガブル一頭ではなかったらしい。
そのチャナガブルが侵入したことにより、元々そこに生息していたモンスターの縄張りを刺激してしまったらしい。






そのモンスターがよりにもよって<大海の主>、『海竜・ラギアクルス』だったのが考え物だった。
水中船が出来ない自分に変わって、彼――――――ハヤテはその二頭を水中で相手取る事になってしまったのだ。















海中で地の利を生かして攻めてくる二頭相手では、さすがの彼でも苦労はするだろう。
得意の電撃と海中での機動力を生かすラギアクルスに、水底に潜んで隙あらば突き上げてくるチャナガブル。
いくらモンスターの危険性ではラギアクルスの方がさらに上で、チャナガブルを追い払いやすいとはいえ、これはあんまりだろう。

しかし、彼は怯むことなかった。
水中でラギアクルスを消耗させ、自分の待つ陸上に追い詰めたのだ。

地上に上がってしまえば自分の土俵だった。
二人でラギアクルスを追い詰めて、先ほど捕獲に成功した。
そして彼は、今まだ近辺にいるだろうチャナガブルを探しに行ったのだが―――。















それが、今ここに現れた。
どうやら彼は水中でかなり奴を傷めつけたらしい。
ぬめって滑る皮に幾筋もの筋が出来て、そこから血を流している。

体中に生えた剣山のような棘は焼け爛れ、あちこちがボロボロに折れている。
水中でラギアクルスを仕留める前に同時に相手取っていたはずなのに、その非常に不利な状況でもこうまで有利に戦える彼にはどこまで行ったら追いつけるのだろう?






















チャナガブルはそこまでおつむがいい方ではないだろう。
自分を見て牙を剥いているところを見ると、先ほど奴を傷めつけたであろう彼と自分を混同しているのかもしれない。
こちらが同種のモンスターの個体をいちいち見分けられないのとほぼ変わらないのだろうが……。





自分の武器の太刀―――『飛竜刀<双炎>』を構えた。
その瞬間にチャナガブルはその大きな口をさらに大きく開く。

水面を蹴って飛び出した。
何時もに比べて、全然スピードが出ていなかった気がする。
足を取られて上手く走れないが、ジャブジャブとチャナガブルに突進していく。




















チャナガブルは自分を噛みつぶそうと大きく口を開けたまま突進してくる。
地の利で言えば、奴の方が遥かに優位なのだろう。
オールのような膜がついた手は、この浅瀬を上手く掴めるし、力強い突進はそれだけでも脅威だ。
体重は主に水の中で住むモンスターだけあってかなり重い。
もし踏みつぶされればただでは済まない。



しかし彼によって傷付いた体ではその力を最大限発揮することは出来ない。
よたよたと動くその体は見切りやすい。

攻撃を素早くかわし、その体に袈裟懸けを振り下ろした。
その一撃はチャナガブルの体についた傷を更に抉り、血しぶきがスコールの中に舞い散った。
















悲鳴を上げるチャナガブルは、怒りで白い息を吐きながらこちらに向かって上の顎を振り上げた。
あの上あごを、まるで斧のように振り下ろすことで、ニードルのような歯を獲物に突き立ててダメージを与える――――――進歩的とは言えないが、ここまで巨大なモンスターがそれをやると、人間にとっては重大な脅威だ。


チャナガブルがサイドに向かって噛みつこうとするのを見た瞬間、素早く横に跳んだ。
バチン!!!とばね仕掛けの猛獣用の罠が閉まるような音を立て、顎が素早く閉じられた。
顎を閉じる力が強いのは、ガノトトスなどの魚に似たモンスターに共通の特徴だ。


















その顎が勢いよく閉まった瞬間、飛竜刀を横薙ぎに払った。
不気味に黄色く発光するチャナガブルの片目を切り裂き、その光が消える。

巨大な咆哮がそのエリアに響いた。
片目がつぶされた痛みにチャナガブルは吠える。





しかしそれには怯まない。
こんなもの、あのディアブロスやジンオウガに比べればはるかに可愛い。

太刀の練られた気が体中にほとばしる。
“鬼人”のごとき“気刃”が刀身に赤いオーラとなって現れる。























「やあああああああああああああああああっ!!!!!」






体中に湧き上がってくる力のまま、大きく叫んだ。
その力のままに、鋭い切れ味を誇る太刀の連撃を連続で叩き込んでいく。
遠心力に、“鬼人化”のオーラによって力を増した連撃は、チャナガブルの滑りやすい皮膚を過たずに捉えて切り裂いていく。

















(イケる!!!)





そんな事が頭の中に浮かんでくる。
戦いのこの状態が、脳内のホルモンを異常分泌している。
そのせいで少しハイになった自分の感覚は、勝利を信じて疑わない。

剣技の最後のとどめのように声を上げ、腕や肩や足――――――全身に込められた気刃の力を解放した。
遠心の力の加わったその最大の一撃は、まるで相手を倒すためだけに練られた、必殺の一撃。














チャナガブルの体を貫通し、飛竜刀を鞘に納めた。
カチン!と小気味良い音と共に、使い慣れた刀身がその姿を隠した。

ドスン!と言う音がして振り向くと、チャナガブルの巨体はそこに倒れこんでいた。
しばらくの間水面が揺れていたが、次第にそれが小さくなっていく。




それが完全になくなり、雨による波紋だけになった時、体から力が抜けて、そこに座り込んでいた。










































「……やった……倒した……」










G級のモンスターを初めて自分の力で倒せたことに、体のそこから嬉しさがわいてくる。
単純にクエストを達成できたからとかではなく、自分にできた新しい目標に近付けた気がして、思わず小さく拳を握った。

しかし、先ほどのラギアクルスとの戦いもあり、少し体が疲れている。
それにチャナガブルを待っていた時の緊張感が一気に抜け、大きくため息をついた。
座り込んだせいで装備の中に水が染み込んでくるが、それが気にならなくなっていた。


足のグリーヴのつま先に目を落とした。


























































目の前に、小さくカメラのフラッシュのような光が散り、はっとして前を向いた。
その光のちらつきはどんどんその感覚を短くしていく。





しまった、と思ってチャナガブルを見た。
奴はぐったりとその体躯を水面に付していたが、その頭部についた提灯のような組織をちらちらと揺らめかせている。
最後の力を使い、チャナガブルはその提灯に刺激を送っているのだ。

立ち上がろうとしたが、一度弛緩した体を動かすには無理があるし、そうでなくても座った状態から立つのにはタイムラグが生じる。
それにどちらにせよ、この距離ではチャナガブルの閃光は避けられまい。

ハヤテの図鑑によると、その閃光の威力は閃光玉の数倍近くあるらしい。
ハンターの視界どころか、屈強な他の大型モンスターの視界さえも奪ってしまうその閃光を回避するのはこの距離では無理だろう。


































「……まだ詰めが甘い……」
「!」







後ろからそんな声が響いた瞬間、振り返る暇もなく幾筋もの鋭い音が自分の頬を掠めた。
それは空気を切り裂いて飛んでいくと、過たずに全矢チャナガブルに命中した。







ズドドドドドド!!!と矢が命中したとは思えない音を立て、2メートル近い鏃が深々とその体に突き刺さる。
高熱の炎を纏った矢は、ぬめる皮膚をあっという間に乾かすため、滑ることなく突き刺さる。
おまけに体を焼き尽くすというおまけつきだ。

閃光攻撃をしようとしたチャナガブルだったが、それは叶わなかった。
最後の苦しげな断末魔を上げた後、その提灯にも力がこもらなくなる。
チャプン……とそれが水面について、小さなさざなみを立てた。
そして、このエリアにおいて、動くものは二つだけになった。





やっぱり陸上の方が矢の威力が高いな、と自分の弓を見ながら、彼はこちらに目を下した。
その様子に、勝ったと思って気が緩んでしまった自分に対して少し落ち込んでいると、追い打ちをかけるかのごとく、彼が口を開いた。





















「……言ったはずだぞ。狩場で気を抜くんじゃねぇよ。」












分かってるわよ、とむくれた様に返すと、分かっていないから言ってるんだと返された。
その言葉は完璧なまでに正論だったので、何も返せずに口ごもってしまう。



ていうか、この前まで誰に対しても慇懃な言葉使いだったのに、こうしてチームになって同伴ハンターになってからのこの口の悪さは何だ。
確かにハンターとしての訓練だし、厳しくなることも予想はしていたが……この化けの皮がはじけ飛んだような性格の激変は何なんだ。
―――もしかしてこっちが彼の本性で、慇懃なのは作ったキャラ……とか?と思ってしまう。

ハンターとしての技量が彼の指示に従っていると、どんどん伸びていくのは分かる。
しかし、彼の口調とか言葉とかは正論過ぎる上に口が悪いから自分にグッサグッサと刺さってくる。



















今日だけでも――――――
『遅い!!!三秒で回り込め!!!』
『動きがトロいぞ!!!こっちがおとりになるからさっさと動け!』
『斬撃が遅いぞ!お前はカメかバカ!』
『モンスターの動きをよく見ろ!正面から突っ込むなこのアホ!!!』
などなど……。これは自分に対して放たれた暴言の一部である。


























そりゃあ確かに遅かったり上手く動けなかったかもしれないけども!
自分はG級の狩場をつい最近解放されたばかりだし!!!
そんなバカとかアホとか連呼する必要はないのではないか!!?
―――そういう事を言うと、そんなんじゃG級にはついて行けないがいいのか?と聞かれそうなので、言わない事にする。








自分は多分努力家だと自負していた。
彼を努力で見返してやりたいという気持ちもあるし、言っていることが正論なのも分かってる。
このままではきっとG級にはついて行けないから、本気で教えてくれているのも分かる。
分かってはいるが――――――正論だからこそモヤモヤが抜けない。














しかし、彼のこういう側面を見ているのは自分だけだと考えると、一種の優越感が出てくるのは惚れた弱みだろうか。
そういう事を考えると、火でもついたかのように顔が熱くなるが、割と嫌な気はしなかった。
それが、この彼の口の悪さに対する耐性になっている気がするのも確かだった。

しかし、やはり一番の理由はまた別のところにあった。














































倒したチャナガブルに対して、両手を合わせて目を閉じている彼の後姿を見ながら、
自分――――――私……ヒナギクはそんな事を思っていた。




































* *



ハヤテ君の事についてはすみません……
原作で隠れドSみたいな感じがあるので、いっその事こういうハヤテ君もいいかなと思いました。後悔はしていません。

まあ、普通はいつもの原作の口調に戻りますんで……この口調になるのは特殊な時だけという事で……。


では……。





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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.11 )
日時: 2014/07/08 00:35
名前: タッキー
参照: http://hayate/nbalk.butler

どうも、タッキーです。毎回の感想、失礼します。

なんというか・・・ハヤテが予想以上にSですね。厳しくなることは予想していましたがまさかここまでとは・・・
ていうかGラギアとチャナって!チャナはともかくラギアは雷属性でレイアSとは相性が悪いので成功しただけでも褒めてあげるべきなんじゃ・・・あ!ごめんなさいハヤテ君!そんなに睨まないで!
や、やはりG級で危険だからこそ、ここまで厳しくなるんでしょうね。これに関しては、むくれているヒナさんが可愛いので凄くアリだと思います。
それにしてもヒナさんも乙女ですね。ハヤテの変わり様を自分だけが知っている側面として捉えるとは。でもそれは根本的なところでは変わらないハヤテを見ているからかもしれないですね。

最初のモノローグ的なものはおそらくあの人ですかね?いや、でもあの人かも?とても気になります。

次回も楽しみにしていますね。

それでは。
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.12 )
日時: 2014/07/12 22:32
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

感想どうも有難うございます!

ハヤテがSになるのは少なくとも狩猟地と、あと少々の例外だけです。
何時もはちゃんと優しい彼に戻ってくれるのでご安心を……。

前回の狩猟に関しては、今回で補足を入れます。ヒナギクさんは今のところ上位ですから、Gラギアに挑めるほどのランクは無いですから。

ヒナさんに関しては、この話では彼女の視点寄りになるかもしれないのでお楽しみに。
こういう面に関して、ヒナギクさんはものすごく初心で乙女だと思います。
それこそ異性に関しては、手も握ったこともないんじゃないですかね……。
しかし、根本的にハヤテが変わらないと言って下さればうれしいです。

モノローグの人に関しては初登場する人で、重要な人でもあります。
誰かは……お楽しみです(笑)


では……














*             *
























第三章
第二話『タンジアの港』


















「あー、もう!」









狩猟地『水没林』からほど近い、ハヤテの拠点としているタンジアの港。
そこにあるクエストカウンターの向かい側にある食事場に、少女の不機嫌そうな声が響く。





「何大声出してんですかヒナギクさん……」













そう言って怪訝そうな、又ははた迷惑そうな顔をするのは、向かい側に座った、蒼い鎧を纏った若い少年だった。
狩猟地でのドSっぷりはどこへ行ったのやら、慇懃な口調に戻って話しかけている。




その様子は慇懃とか丁寧さをはたから見ている限りでは感じるだろうが、狩りに一緒に行っている自分からすれば慇懃無礼にしか見えない。
彼の様子が自分のストレス指数を上げているのは確かだが、それだけでここまで不機嫌になるほど彼女は狭量ではない……と、思っている。















「……はあ……せっかく倒したと思ったのに……」













ヒナギクは自分の目の前に給仕人が出したガラスのコップの中の水を揺らしながら、テーブルに突っ伏していた。カラカラと中の氷が揺れる音がする。
二人は狩猟地から戻ってきた後、クエストカウンター近くの食堂にいた。

そこで彼女は、目の前でため息をついている彼をじろりと見つめた。
自分でG級のモンスターに対抗できると思っていたのだが、結局詰めが甘くて、彼から詰めが甘いとまで言われてしまった。
これが落ち込まずにいられるだろうか。













「……ま、ラギアクルスはG級モンスターではなかったとは言え……チャナガブルのG級個体に初めてで対抗できたのは及第点だとは思いますよ。」












今回のG級モンスターはあくまでもチャナガブルのみだった。
ラギアクルスまでもがG級だったとしたら、それでこそ彼女が参加できているわけはないし、その辺りも理解はしていたが、それでもどうしても口惜しさは消えない。
少し膨れて見せたが、彼は理由に納得すると、意外にあっさりとそんなセリフを返してきた。







自分にダメ出しをした本人がいう事ではないだろうと思ってしまうが、目の前の唐変木はちらりとも気づく様子を見せない。
しかし、多少なりとも褒められたことに少し気分が高揚してしまうのは―――やはり惚れた弱みなのだろうか。
少し悔しくて、素直に返せずにそっぽを向いてしまった。











しかし鈍感な彼がそれ以上気づくことは無く、さらりと近くの給仕人アイルーに何かを注文している。
ヒナギクはここの食堂を使ったのは数回だったし、ここに来てまだ日が浅い。
ここのおすすめのメニューなど知るわけもないし、そういう意味では彼に任せておいた方が賢明だ。

















―――何が今日は頑張りましたからいいものを食べようだ。
思わず彼のセリフに反目しかけたが、こういう所でさりげなく気を使うことが出来る彼にどう対処していいのかわからない。
…飴と鞭ってこういう事なんだろうかと柄にもなく考えてしまった。






ふと、意識を遠くに向けると、自分に対して何か視線を感じて、彼女はまたため息をついた。
そして、その視線の数は一つや二つではない。
この大きな食堂全体から、逃げ場なく、四方八方から突き刺さる視線が、彼女のテンションを下げる一要因になっていることは確かだった。
自分はこんな視線を受けるために来たわけではない。
しかし、こういった感情は本人ではどうしようもないことは、目の前にいる唐変木よりは心の機微に鋭い彼女ならば分かってしまう。

小さくため息をつくと、極力視線が合わない様に、テーブルにある木目に目を落とした。
































































ここに来てから、大体一週間くらいが経っただろうか。
故郷を離れた寂寥や不安は確かにあったものの、彼がついているという安心感や見たことのない世界への純粋なあこがれが、彼女のそんな気持ちを力強く後押しした。





勿論、チームを組んでからの彼の狩場での性格の豹変に気づく由もなかったが、それでもここに来てからの日々は充実していたように思う。
―――ただ、彼の周りの人間との関係では一悶着あったことは忘れられない記憶になるだろう。















クエストカウンター近くの石畳の上を、にぎやかな雑踏が埋めている。
時刻はそこまで遅い時間ではないが、ここでは当然ともいえる光景なのだろうか。

彼にそうやって聞くと、「まあ、港町ですしね」とやけにあっさりと返してきた。
やはり慣れているらしい。











































『タンジアの港』






話には聞いていた巨大な貿易港だったが、それは彼女の予想のはるか上だった。
砂上船よりもはるかに巨大な船体に、これまた巨大なメインマストを張った貿易船が一日に何度も出港と入港を繰り返している様子にも初めてここに来ただろう彼女は目を見張った。








海の近くの街らしく、海風でも風化しにくい石でできた建築物の街並みにも見とれた。
ユクモ村とは全く違う風景に、やはりここは違う地域なんだなと深く思い直したのかもしれない。
しかし、その雑踏を歩いていく人間たちは服装などこそ違うものの、何かを買い求めに来た若い夫婦だったり、親の衣服の縁を掴んでいる幼子だったり、散歩している老夫婦だったりと、故郷とあまり変わらない光景だったことになんとなくほっとしたのを覚えている。

しかしここにいる人間は、少なくとも故郷にいたような顔立ちの人間と言うのは僅かで、ほとんどが外国系の顔立ちをしていた。
彼によると、ここは世界屈指の貿易港のため、海外からの観光客や商人、果ては会議に来た高級官僚や貴族、王族も含まれていらしい。


人の大波をぼんやりと、それとなく目で流しつつ、彼の後について歩いて行った。










その様子がここの地理をほとんど知らない人間だという事がバレバレで、他の人にもそれを気づかれて目立ち、少し恥ずかしい気持ちになってしまった。
そんな自分に近くにいた野菜なんかの食品を売っていた店の主人が話しかけて来た。
ここに来るのが初めてかと言う問いに答えると、その人は少し笑うと、頑張れよと励ましてくれて、果物を一つ自分に投げてよこしてきた。
その様子がなんとなく温かく感じて、ここの人たちはみんなこういう感じなのかな、となんとなく思っていた。















彼……ハヤテはここではとんでもなく有名らしい。
―――と言うか、ここから遠く離れたユクモ村ですらあれほどの知名度を誇っているのだから、彼の拠点であるこのタンジアで有名で無い方がおかしいだろう。




しかし、フードをつけないと街を歩けないっていうのは何だ。
確かに人気なのは分かるが……彼は芸能に関わる人間でも役者でもないのだから、そこまでやる必要はないんじゃないのかと思っていたが……甘かった。









その店で彼が顔を出すと、やはりと言うか顔見知りだったらしく、その主人が「やっと帰ってきたか!」と嬉しそうに彼の背中を叩いた。
しかしその声の量はどう考えても大きすぎて、慌てる彼の願いはむなしく、周りに気づかれる結果となった。



なんとなくデジャヴを感じるような光景が目の前で繰り広げる事になったのは割愛したほうがよいかもしれない。

どう考えても、巻き込まれない方が身のためである。
しかし、その店の主人が自分と彼を交互に見やって言った事はその場の空気を変えるには十分だった。
















『ん?……もしやその子はお前の……蒼い火竜もついに番いを見つけたか?』
そう言って大きく笑った彼の声に、その場の空気が一瞬で固まったことはまだ記憶に新しい。
―――と言うか、それで冷ややかな視線を向けられたのは彼女である。








彼はその隙を幸いと思って逃げた。
後ろからなんか追いかけられていたような気がするが……一番被害をこうむっているのは自分なのだから、追いかけられなくても文句を言われる筋合いはあるまい。

―――と言うか、周りからの視線に動けなくなっていたの方が正しいかもしれない。
ハヤテ君……あなた今までどんだけフラグを立てていたの……と思わずにはいられなかった。
しかも弁解せずに逃げたものだから、結果的に自分に何かドロドロとした嫉妬やら羨望やらを向けていた人たちに対してこの一件がうやむやになってしまっている。









その結果、未だに周りから好奇と嫉妬と羨望と……その他諸々の衆目に晒されている自分の立場に立って考えてみて欲しい、と今この瞬間も思っていた。

少し恨みがましい視線を彼に向かって送っていたのだが、狩猟で腹が減っていたのか、それとも単に鈍いだけなのか、彼は彼女とその周りからの視線には皆目気づかずにメインの食事が出される前のパンを黙々と齧っている。
―――まあ、彼の感覚器官の精度からして、後者の方が強そうだ。






少し腹が立ったが、言っても無駄だという事もこの数日間で分かってしまっている。
まあ、人の噂も七十五日とは言う。
勿論七十五日なんてものすごく長いだろうが、只の慣用句に突っ込む気力も失せている。





目の前のパンが入っているバケットに手を伸ばし、その中に入っていたシンプルな丸パンを掴んだ。















―――悔しいことに、モヤモヤしている彼女の心とは裏腹に味は絶品のパンが口に入ってくる。
これが激マズとかだったら、このモヤモヤを吐き出す通路になったのかもしれないが、舌の上にある感触は、自分の期待とは全く異なる味わいだった。
気分が乗らないのにおいしいものを食べると言うのは、ここまでしっくりこないものなのかと大きくため息をついた。
美味しいはずなのに、そのおいしさがどうしても表現できない。
まあ、ここが食事である以上、まずい物なんか出したら彼ら料理人の沽券に関わるだろうことも分かっている。

どこかちぐはぐな心持で、黙々と齧る事になってしまった。
それに全く気付くこともなく、ここの『ヘブンブレッド』は絶品でしょう?と呑気に言ってきた、もやもやの元凶たる彼の背中を蹴っ飛ばしたくなったのは言うまでもない。
そんな事を思う自分はやはり血の気が多いのだろうか?
―――勿論、そんな事をすれば大変なことになるのは分かっていたので、何かをすることは無かったが。






















「お待たせしましたニャー!」








元気な声が食堂に響き、ハヤテは振り向いた。
あ、来ましたか、と言って給仕人のアイルーににこりと笑いかける。
―――その優しさを、狩場での自分に片鱗でもいいから見せてほしい、と思わず肩をすくめた。

しかし、そのアイルーが持ってきた皿に驚いて、ヒナギクは目を見開いた。


















「ちょ……ちょっと大きすぎない!?」














その皿の大きさは、アイルーが一人で持ち上げるには少し大きすぎる。
と言うより……今下で支えているであろう数人が見えない。
人間とアイルーには大きな身長差があるから、当たり前と言えば当たり前なのだが、それを差し引いても大きすぎる。





載っている料理の量も大概だ。
両手の指でも数えたりないぐらいの量の小皿を大皿の上に載せて彼らは持ってきたようだが、傍目から見ると危なっかしい。






その料理の高級さにも少し引いてしまった。
一番小さな皿に乗っている女王エビのソテーですら、さっきメニューの表で見た時はその高額さに驚いたのだが……今持ってこられたものは、先ほどヒナギクが見ていないページに載っていないものばかりだった。








ああ、裏メニューですよ、と彼はこともなげに言った。
しかし、裏メニューって……このキングターキーとか、普通のハンターが複数のクエストをこなして出来たくらいのお金じゃないと買えなかった筈なのだが……。
……そのくらいのレベルのものをこれだけ用意するとは、彼はそんなに儲けているのだろうか。














「……ああ、勿論毎回こんな料理を食べているわけではないですよ。クエスト終わりだけですし……G級の報酬は結構なものですから。」
「まあ……そうでしょうけど……」














ずらりと並べられたそれらには、少し気後れしてしまう。
それに、もしかして、こんな量を二人で食べるつもりなのだろうか。













「え?ハンターですし……これぐらいは食べるんじゃ……」
「いや、こんなに食べらんないわよ!?っていうか、どんだけ頼んでんの!?」
「え、いつもソウヤ君とかコテツ君と食べるときはこんなもんですけど……」












ハヤテがしれっと返してきた言葉に、ヒナギクは思わずげんなりする。
まあ、確かにG級ハンターたちが割り勘で出すなら、このくらいの金額は大した出費ではないのだろう。

それに、彼らはいくら凄腕のハンターとはいえ、育ち盛りの少年たちであることも確かだ。
これぐらいの量を食べないと、過酷な狩りなどやっていられないのかもしれない。
















「あなたたちみたいな育ちざかりの男の子と一緒にしないでよ!」
「ええ〜……アユムさんがあそこまで食べてたから、ヒナギクさんもハンターだからてっきり結構食べるものだと……」
「一応私も女の子よ!?っていうかアユムを基準に考えないで!?……あなたたちのエンゲル係数ってどうなってんのか怖い……」











ヒナギクはそこまで言い終わると、小さなため息をついた。
そして、どちらともなく少し吹きだしてしまった。
先ほどのモヤモヤとかそう言ったものが、なぜか一瞬で吹き飛んでしまう。

その笑いのもとは……今はここにいない、ユクモ村の親友の事だった。
彼女には、やはり自分の心を癒す効果があるのかもしれないと感じた。
――――それが、どれだけ遠く離れていたとしても。














「ハヤテ君。さっきのはちょっとアユムに失礼だと思うんだけど?」
「―――ヒナギクさんこそ笑っていたから、同類ですよ」













自分でもおかしなことを言ってしまったと顔に書いているような彼が腕を組んで思案顔をすると、こらえきれなくなったヒナギクが腹を抱えて笑い出した。
テーブルに突っ伏しているが、先ほどまでとは違う事は一目で分かるだろう。
















「……流石にそこまで笑うのもいかがなものかと……」
「ご…ごめ……」















ハヤテがそういっても、笑いに未だにお腹の痛みが引かないのか、体を震わせて笑っている。
しかしさすがに周りの視線があるのが分かっているのか、声を押し殺していた。
ひとしきり笑った後、彼女は目の縁に溜まった涙をぬぐった。
















「でも、アユムがいたら、あっという間にこの食堂潰れちゃうわよ?……ああ、違うわね。美味しいものが多いから、アユムのお財布がまずくなるのが先かしら」
「それでお金が無くなってヒナギクさんを頼ることになるのが目に見えてますね。それで、ヒナギクさんは文句を言うでしょうけど、結局奢る事になりそうです」
「やめ……ちょっと収まってきたのにっ……」

















ハヤテが返した言葉に、彼女はまた笑い出した。
遠く離れているし、彼にとっては付き合いは短い友人だが、以外にも良く分かっていることがおかしくて、しばらくヒナギクは突っ伏すことになってしまった。
―――自分は意外と笑い上戸なのかもしれない。
















「アユム……元気でやってるかしら?」















ヒナギクのぼそっと言った言葉に、エビに手を出しかけていたハヤテは苦笑した。
その手をひっこめると、もう一度手拭いで自分の前の木目を拭く。















「もうホームシックですか?あなたはG級の狩場を解放されたとはいえ、まだ上位です。<火山>や<凍土>はまだ解放されていないんですよ?」

















彼のいう事はもっともだ。
ヒナギクに解放された狩猟地は、今のところ渓流以外では<孤島>と<水没林>のみだ。
この二つのエリアは他のエリアに比べると比較的危険度は低いエリアであり、G級になったハンターが最初に侵入できるエリアだ。
その上にあるエリアを解放するには、今からどんどんハンターランクを上げて、名実ともにG級ハンターにならなくてはいけない。
名目上はそういう理由でここに来ているため、今こんなところでホームシックにかかっては意味がないと彼は思っているのだろう――――彼女の覚悟が揺らぐ事態になっては元も子もない。
それに、ここに来てまだ一週間だ。
そんなに早く望郷の念に駆られていては、G級ハンターになどなれはしない。



彼の言葉はそういう含みがあったのだろう。
結構ドSなのは知っているが、しかし彼女は少し含みの解釈が違う方向にされたと、慌てて弁解する。



















「そうじゃなくて、アユムは今一人であそこの専属やってるから、大丈夫かなって」
「それを、望郷の念と言うのではないですか?」















彼の容赦のない言葉が突き刺さる。
にこやかな表情が消え、こちらを見つめる二つの瞳に、思わずたじろいだ。

まるで本物のリオレウスに睨まれているようで、心底背筋が冷えた。
一切の言い訳も誤魔化しも認めないというようなその瞳に、彼の心の中にある毅い覚悟を見たような気がして、思わずハイと言ってしまう。

……我ながら、大変な人のところに来ちゃったわね、と思ってしまったのは甘えだろうか?
















「……そのためには、あなたが強くなれば済む話ですよ」
「…!―――そうね」













それでも、ここぞという時に飴を放り込んでくる彼に、ああ、それでもいいかなと思えてしまう自分はおそらく重症だ、とため息をついた。





その様子に彼は少しだけ微笑むと、あっさりと精神を切り替えた。
その変わり身の早さにはもう慣れてしまったので驚かない。
―――と言うか、狩場とこういうプライベートの場での雰囲気の違いが大きすぎるのだから最早今更と言うだけなのだが。




キングターキーの腿肉をナイフで切り落として齧っている彼の姿は、何故だか凄腕のハンターには見えなかった。
食べ方の節々に、どこかで礼儀作法を叩き込まれたような跡がなぜか見受けられた。
姿勢も他のハンターがやるようにがっつく感じではなく、背筋を伸ばして黙々と食べている。
―――もしかして、こう言った礼儀作法も彼の人気の一要因になっているのだろうか。
そんな事を考えていたが、あながち間違いではあるまい。


















「?どうしたんですか」
「え?あ……」
















結構な時間ぼうっと彼を見ていたらしく、肉の油を手拭いで拭き取っていた彼と目が合った。
いつまでもそこに座りっぱなしで手を付けないヒナギクに怪訝そうな顔をしたハヤテに、彼女は声を出した。
とはいえ、突然声を掛けられたかのようにしどろもどろになってしまって答えられなかったのだが。















「食べなければ冷めますよ?それにハンターなんですから、体をしっかり作るためにも食べられるときに食べておかないと」
「ああ、うん……」













そうなんだけど、と口を開いた。














「真剣な話、本当にこんなに頼んでよかったの?」
「ああ、そういう事ですか」















彼女はお金をそこまで持ってきているわけではなかった。
何せ、いつものようにここで手ごろな食事をとるつもりでいたのだからだ。

それを察したのか、彼は少し呆れたような顔をした。

















「自慢ではないですが、僕はあなたよりもG級のハンター歴は長いですし、ちゃんと貯蓄もありますから、このぐらいは何ともないですよ。あなたが心配することは無いはずです」
「―――でも」
「まあ、それでも納得がいかないのなら、これはあなたがG級の狩場を解放されたお祝いという事で、僕からのささやかな贈り物として貰ってもらえませんか?」















ちょっとズルい、と彼の答えに彼女は膨れて見せた。
そう言われてしまっては、無下に断る方が失礼に当たる。
相変わらず逃げ場をふさぐのがうまい、と思いつつ、気おくれさせない彼の振る舞いに少しくらくらする。
まあ、『女人には払わせるな』っていう兄さんからの教えの一つなんですけどね、と情けなさそうに苦笑する様子に、さらに神経までがやられそうになる。





―――ここで負けていたら、只のピエロだ。
彼の事だから、こんな感じでいろんなところで人を落としているのだろうから、自分がそのうちの一人になってしまいそうで嫌だった。
しかも彼の場合、完全に無自覚でやっているからとんでもなくたちが悪い。

さっそく彼から言わせるという決意が揺るぎそうになったのを、何とか理性で押さえつけると、彼女は腹立ちまぎれに目の前にあった小皿の一つに手を出した。
―――彼女にとって苦々しいことに、口に入れたピンクキャビアの味はこの世のものとは思えないほど極上のものであった。














































*             *









ユクモ村での彼に対する周りの反応から、彼の本拠地の評判とか反応について、ヒナギクは大よその予想はつけていたが、ここまですごいものだとは思わなかった。

この町の民衆や、この食堂に集まるハンターはもちろんの事だ。
しかし、遠い国から来た高級官僚や貴族なんかが歩いているたびに彼に声をかけているのだ。
しかもその数が一人や二人ではない。
このタンジアで、そう言った会議でもあったのだろうか?それともあなたたち暇なの?と思わず言ってしまいそうなほどの数が、彼の通るルートを見計らったかのように歩いてくる。













大体は世間話とかその辺りだが、自らが治める地域のハンターの育成状況や、モンスターの様子などが主である。
大方、G級最強クラスの実力を戦力としてほしいのは見え見えだ。
そのために、彼を何とかして自分たちの地域に取り込もうとしているのも分かる。
方法としては……婚姻による養子関係だろうか?

―――しかし、完全な政略結婚だという事は見え見えなのに、相手方の女の子が須らく、と言うか全く嫌な顔をしていないのもすごい。
彼によると、今まであった官僚や貴族の人たちとは狩猟に言った時に知り合った人なのだという―――ホント女たらしだ。












ハンターとそういう人とはつり合いが取れないと思われるかもしれないが、実はそういう事は無い。
ハンターと言うのは危険が伴う代わりに、報酬は高い。
死にたくない人間以外ならば、手っ取り早く稼げる職業であり、G級ハンターとなれば、稼ぎはその辺りの下級貴族を上回ってしまう。

それに年間通してほとんどの時間を狩りに回す彼ならば、その辺りの王族と肩を並べられるかもしれない。
質素倹約を旨としているらしい彼は稼ぎのほとんどを故郷の孤島に送っているらしいが、結局その金額がどうなっているのかは聞いたことがない。










それに全ギルドと国との条例によって、ハンターは特別な待遇が許されている。
下位ハンターの最序盤でも、一般国家に仕えている公務員のような扱いを受け、国からの補助も出る。
上位からは待遇が上がり、上位最終版クラスからG級序盤にかけては下級貴族と同程度の待遇を全大陸において受ける事が保障されている。










そしてG級でも最高ランククラスの彼の待遇もそれ相応である。
つまりは、その辺りの地方の貴族とならば釣り合うどころか、上回ってすらいる。
彼らが慇懃な態度を取るのは別段おかしいことではない。
それに、それで最強の兵力を得ることが出来るのなら、まさに海老で鯛を釣るだ。
















彼らと別れ、さっさと歩いてゆく彼の後姿を見ながら、彼女は大きくため息をついた。
我ながら、難儀な人に入れ込んでしまったようだ。人生の一生の不覚かもしれない。
しかしどうしても嫌な気になる事はならなかった。

人脈の広さには驚いたし、感心もしたが、ヒナギクは彼のすねを蹴飛ばした。
彼は大きく怯み、なぜ……と言いながら片足立ちで跳ねていた―――少し溜飲が下がった面持がした。


また歩き出すと、周りから再び視線が突き刺さり始めた。
先ほどまでの路地とは違い、歩いているうちに大通りに出たことに気づいて嘆息する。

今のこの時間は、家に帰ろうとしている人や、自分たちのように食事場や商店街から帰っていく人たちであふれる時間帯だ。
その真っ最中の大通りに入り込んでしまえば、嫌でも人目に付く。
勿論、彼女に刺さる視線の主が発する声も。





















「あの<蒼火竜>様が、誰かとチームを組んでしまわれるなんて……」
「あの方が同伴ハンターになって下さるなんて……なんて羨ましい……」
「羨ましいと言うか、もはや憎らしいわよ……」











先ほどからずっと言われ続けている声に、彼女はげんなりとして肩を落とした。
なら、さっさと誰か彼とチームを組んでいればよかったじゃないか、只のひがみではないかと彼女は思ったが、この前ソウヤにぼそっと聞いた結果、彼女らがあまりにもお互いを牽制する結果、こういった硬直状態になり、結果的には誰のものでもない状態を維持しようという話になってまとまったらしい。
…そこに、イレギュラーが現れた、と。



はっきり言ってひがみだと思う気持ちは変わっていない。
彼も了承してくれたし、何よりこの状況がなんとなく優越感を感じられていたのは事実だ。
―――しかし、いつまで経ってもこういわれ続けていると、さすがに参ってくる。
彼の手前、はっきりと自分に言ってこないのが、さらにたちが悪い。















「最近、女性ハンターの方とか、民衆の人が結構よそよそしいんですよね……どうしちゃったんでしょうねぇ……」













明らかに原因はあんただっつーの!
そういう心の叫びを文字通り心の中だけに抑えこみつつ、ヒナギクは少し気分が下がっていた自分の頭を押さえた。

こめかみを押しても、気分は良くならなかった。















「どーしたんですか?気分でも……もしかして、やっぱり食べ過ぎた、とか?」















彼が怪訝そうにこちらを見つめてくる。
確かに残すのが嫌だったから、先ほどまで何とか食べる事になっているのに必死だったけれども……。
どこをどうしても鈍い彼の口をいい加減塞ぎたくなってくる。

彼はそんな様子を見たが、おそらく何かを分かっているわけがないだろうと彼女は踏んでいた。
気づくようなことがあれば、自分はきっとすぐに世界の崩壊を疑うだろう。



しかし、彼は我が意を得たりと言う表情をした後、口を開いた。















「もしかして……最近感じている視線が原因―――何でしょうか?」
「!」














気づいた!?この唐変木で鈍感で女たらしの大馬鹿野郎が!?
自分が考えていることはよもや分からなかっただろうが、何か自分に対して失礼な事を考えていたのが感じ取れたのか、彼は不意に『明日の訓練は二倍ですね』としれっと言った。酷い。



いやいやそうじゃなくて、と彼は逸れかけた話を元に戻した。
















「そういえば最近、ヒナギクさんに向かって、なんか変な視線が刺さっているのを感じたんですけど……それで悩んでるんですか?」
















気づいていたのなら早くいってくれればよかったのに……と思わないでもないが、鈍感な彼にそこまで言うのは酷だろう。
彼の感覚器官から言えばそういう視線に気づくのは容易だろうが、それがどんな感情を持っているのかは鈍感が邪魔して分からない。
それはそうだ。彼の感覚はあくまでも殺意や敵意を感じるものだ。
相手がモンスターならばその二つが分かればいいのだが、人間相手にはどうしてもそう言う訳にはいかない。
気づいただけでも及第点としてもよいかもしれない。
―――そんなレベルの鈍感に嘆息したが、まあそうねと返した。



彼は顎に手を当てて少し考えこんだ。
結構恰好をつけた仕草だというのに、それをやって様になっているのが腹立つ。

しばらくして、『ああ、そうか』と手をポンとたたいて、こちらに向かって笑いかけた。
















「まあ、綺麗だったり可愛い人は同性から疎まれたりするって話を聞いた事がありましたね!たぶんそれですかね」
「にゃっ!!??」
















いきなりなんてことを言うのだろうか、この朴念仁は。
やっぱり彼は根本的に鈍感だった。一切治る余地がないほど、脳髄には鈍感の二文字しか詰まっていない。と言うか根本的に何も分かっていない。
―――ああ、そうかそういうことだったのか、なんて一人で納得しないで。私を置いて私の話をしないで!?って言うか今、私の事可愛いとか綺麗とか言った!?ちょっと待ってちょっと待っていきなりすぎるじゃない、今までそんな事一度も言わなかったじゃない。ダメージが強すぎる……いつも朴念仁だからかしら。
―――まずい、嬉しいけどいきなりすぎてしどろもどろになってるわよ絶対!ああもうこんな顔見られたくないのに、何でいきなりそういう事言うかなこの唐変木……ああもう!ちょっとそこの人たちそんな目でこっちを見ないでよ!?こっちだっていっぱいいっぱいなのにうう……。

ああもう、誰でもいいから彼の口をふさいでよ!!!
口からポンポン爆弾を出させないで!?



ちょっとそこの男性陣!!!
なんか遠くで唇でその口塞いじゃえと言う野次が飛んだ気がする!!!
ちょっと真剣に考えてよ!?というかそんなの無理無理無理!!!








自分で考えたことに、どんどん底なし沼のように足を取られて自分自身で自爆する。
そのループに陥り、頭を何かで殴られた様にぐるぐるとしている彼女に気づかずに、彼は勝手に一人で納得していた。
そのせいで、彼女を見る視線が一層厳しくなったのは言うまでもない。













































「オ〜ウ、こんなところにナンかもどかしいカップルっぽいのがイマスね〜」
















彼女の思考をもとに戻したのは、なんかこの国の言葉に慣れていないっぽい外国人のような声だった。
後ろを取られた上に、こんな姿を見られて羞恥心がすさまじい勢いで出て来た彼女はそちらをバッと振り向いた。

そこにいた人間と思しきものに、彼女は首を傾げた。















「チョ!人間と思しきモノってヒドスギます!ワタシはれっきとした人間デス!」
「ああ、もうそれは分かったから……」













ところがどうして、こういう事に結構鋭いことはもう放っておくことにした。
その人はこのタンジアの衣装を着ていたが、その顔立ちはなんとなくこの国の人間っぽい感じはしなかった。
そのくすんだ金髪を前頭に撫でつけて、まるで前を向いた頭殻のようにしていて、そしてカッコつけて腕を組んで、どこかの家の壁に背をつけている。

―――ハヤテがやればきっとものすごく絵になるんだろうなと思ったが、その男がやったらただただ失笑を招くだけではないだろうか。あ、水かけられた。

















「チョ!下に人いるのに水かけるとはどういうコトデスカ!?」
「―――ああ、すみません。花に水やっていたもので」













男は突然上から降ってきた水に抗議している。
―――もしかして、無意識にこの男にイラッとするものを感じてこのタイミングで水やりをしたのではないか?と思えるほどなんか自然だった。

うわあ、漫画っぽいと彼女が思っていると、どうにか取り出した手拭いで顔を拭き終わったらしいその男がこちらを―――と言うかハヤテの方を見据えた。
……頭のリーゼントっぽい髪が水でつぶれていたのを見て、少し吹きだしてしまったが、幸い男が気づく様子は無かった。

















「ようやく見つけましたヨー!<蒼火竜>のハヤテ!!!今度こそワタシの依頼を―――」
「あ、ヒナギクさん。近くに有名な焼き菓子を売ってる店があるんですが、そこに行きません?」
「チョット!!!話を聞いてくだサイ!!!」
















その人の声をあっさりとスルーする彼。
あまりに自然すぎて、もしかして自分以外にその人の声が聞こえていないのではないかと言う感じになって、思わずあたりを見渡した。

しかし周りを見ても、『ああ、またか』みたいな、ハヤテに対する憐れみのような視線がちらほらとある程度だった。
他の人は……関わりたくないのかもしれない。先ほどまでハヤテの周りにいた、自分に対して視線を送っていた人たちがいなくなっている。




















「う〜ん……僕の感覚、ちょっとおかしいんでしょうかね……なんか幻聴が聞こえるんですよ。」
「ワタシを幻とか架空の存在みたいな言い方しないでくだサイ!!!チョット気づいてるでしょハヤテサン!!!」

















彼の場合は、感覚器官が研ぎ澄まされているが故の幻聴ではないか?と思ったが、自分にも聞こえている以上幻聴ではなさそうだ。
―――あまりにも聞きたくない部類の幻聴だったが。

しかし、この男の存在自体を認めたくないと言うが如くスルーしている。結構酷い。

















「ああモウ!!!これでも喰らうデース!!!」
















男が何やら光物を取り出し――――――ってナイフではないか!?
ヒナギクは目を見開き、彼に向かって声を出そうとした。

ハヤテに向かって男がナイフを突き立てようとしているのが見えて、思わず目を閉じた。









しかしその心配は杞憂であった。
数瞬後に、なんか鈍い音が数発したように感じた。
こう――――骨が幾つか砕かれるようと言うか、肉が引き裂かれているというか…そういうのを連想しそうな音がして目を開ける。



















「―――こんなとこで暴れるとか……死にたいんですか?」
「ノーノー……暴力はヨクナイ……」
















ハヤテがその男を完全に後ろ手に地面に向かって組み伏せていた。
心なしか、その男の頭部から赤い液体が流れているのは気のせいだと思いたい。

周りの人も咎めるような素振りを見せていない。
こんなところで暴力沙汰を起こすのはどうかと思うが、突っかかってきたのは彼だし、周りの人も結構慣れているのか、集まってきた数人の野次馬も『またこいつか』とか『<蒼火竜>様も大変ですね〜』とか言うぐらいで去って行った。
―――結構日常的なのかこの風景。




















「―――ハヤテ君……その人、一体誰?」
「え?ああ……」












出来れば紹介したくなかったんですけどね、と彼はその男の首根っこを掴んで持ち上げた。



―――地味に痛そうだ。っていうか死んじゃうから。
そんなセリフが出てきそうになるが、今の彼に口答えするとろくな目に合わなさそうなのでやめた。
人がぼこぼこにされているのに、申し訳ないと言う気持ちが一切出てこなかったのはものすごく不思議だった。






















「この人は……僕にいつも変な依頼ばかりをしてくる困った人で―――名前は確か……なんでしたっけ?」
















覚えてないんかい!!!
っていうかそんなよく知らない人にさっきキャメルクラッチを掛けてたのはどこの誰!?
加速度的に突っ込み度数が増えていく。今ならあのサクヤに対しても突っ込みが出来そうだ。

首根っこを掴まれている彼もその事に心底驚いたようで、まるで漫画のように目玉を飛び出させているような感覚に陥るほど大きく目を開けて抗議をしている。
―――まあ、最初っからこの男は漫画の中のキャラっぽかったが。
















「ノー!!!何度も何度も依頼をしてきたワタシの顔すら覚えてイナイのデスカー!!?」
「―――だってあんたの依頼を聞いたことはあっても受けたことは無いし。」
「ヒドイ!?」

















その男に向かって、ものすごく冷ややかな視線を送っている彼を見ても嫌な気分がしないのは、惚れた弱みと言ってもいいのだろうか。
―――それとも、心のどこかで自分もこの男に対して、こんな風に扱うべきだと言う感情があるからだろうか。

どちらにせよ、結構酷い。
それに、とにかく話を聞かない限り話が進まない。場合によっては退行すらしそうだ。















「と……とにかくあなたは誰……?」
「は……話を聞いてくれマスカ……」











出来れば血を見たくはない。
ハンターとして見るのは慣れているとしてもだ。人間の血は見たくない。














「ヒナギクさん。このクソ野郎にそんな気を使ってやる必要はないですよ」
「ヒドイ!!!ヒドすぎますヨハヤテサン!!!」














なんだか今日のハヤテはいつもにもまして黒い。
狩猟地でも黒かったけど、今はその黒さがとんでもないことになってる……。
その男にヘッドロックを掛けながらそう言うハヤテにヒナギクは少し呆れた。



―――呆れたの一言でいいのだろうか。もう泡吹いてるし……。
少々動揺しながらも、とりあえず名前だけでも聞いておくことにした。

ハヤテにとりあえずヘッドロックを解かせた。
相当締め上げていたのか、しばらくゲホゲホと咳き込んでいた。

















そんな中で名前を尋ねると、男は咳き込みながら答えた。




























「ワ……ワタシは……ゲホっ……結社……ゲホッゲホッ………ラッキー」
「くどい」





ハヤテがそう言って、あっさりとチョップを叩き込んだ。
しかしそれで一瞬で咳が止まったらしいその男に、どこの機械だよと思ってしまう。


そしてその男は、今度はよどむことなく口を開いた。
















































「…ワタシは『結社・ラッキークローバーズ』のギルバートデース……以後お見知りオキヲ……」












































































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Re: 疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.13 )
日時: 2014/07/12 23:31
名前: masa

どうもmasaです。

まあヒナギクが怒るの無理ないか。普段は優しいくせに戦地に赴けば厳しくなる。ギャップが強い分ねえ。

自覚している甘さを指摘されればヒナギクの性格からすればイライラもしますよね。それが好意を向ける相手ならなおさらかな。

ハヤテの場合、原作もですが、普段甘い飴しかくれない分鞭が飛んで来た時は凄いんですよねえ。まあ、普段が普段だから言い返すのが大変なのですが。
ヒナギクへの視線ってもしかして、「人気者のハヤテとコンビ組めてる女性」だからですかね。もしそうなら、「嫉妬」ですね。

貿易が盛んの国なら、外人が多いのは普通でしょうね。飛行機なんてないでしょうし、あったとしても飛べるモンスターのせいで難しいでしょうし。
ヒナギクが懐かしさや真新しさを感じたのは普通でしょうね。

やっぱりハヤテは有名人なんですね。まあ、「絶対的な強者」を死闘の末倒せるんですから、強さと人格者って事で有名なんですね。

ヒナギクが弁明したとしても「殆ど意味無し」でしょうね。驚異の天然ジゴロなハヤテとコンビ組んでるんですから、そう言う意味での嫉妬に代わるだけですね。ほおっておく以外に選択肢は無いかも。

食事処でご飯がまずかったら、確かに大変ですねえ。「疲れて帰って来たのになんだこの飯は!!!」っと、血気だってるハンターに暴れられるのは想像が難しくないですし。
まあ、ヒナギクの現状を考えたら「不味い食事」の方がいいんでしょうが。
ってか、戦場では下手な優しさは足を引っ張り合い、「死」という結末が待ってるでしょうからね。

こっちのハヤテはお金持なんですね。原作じゃ確か「手持ちは5000円にも満たない」ぐらいしか持ってないはずですから。
まあ、ハンターとはいえヒナギクも女性ですからね。「スープチャーハンを45分で28皿食べられる「魔女菅原」」レベルの大食いなら両手で数えられない量の料理を食べるのは容易でしょうが、無理というものですよ。アユムはそんなレベルの人たちと互角なんですから、基準にしない方がいいですね。
まあ、きっかけはどうあれ、モヤモヤが払拭出来て良かったです。

ハヤテは流石ですね。「全く自転車に乗れなかったアイドルをたった一晩でパフォーマーレベルに成長させた」って言う実績はこっちでも健在そうですね。
崖から突き落とそうとした瞬間、優しく抱きしめるって感じかな。
おまけに「断ったら人格を疑われる」という優しさ?を見せるんですから。

ハヤテは気付いてたのか。ヒナギクへ向けられる痛い視線を。まあ、理由なんか分かんないでしょうが。
分かったら分かったで「大きな大きな厄介事」を引き起こすのは想像が難しくないですね。「コンビを組みたいが、一歩が踏み出せない」という女性陣が何かしそうですから。
まあ、黙らせる方法はキスが1番でしょうが出来る訳ないですね。出来てたら悩んで無いですし、出来たら出来たら苛めに発展しそうですから。

まあ、でなくてもいい・・・ゴミムシだっけ?ゴミクズだっけ?が出ましたね。
ハヤテの態度を見る限り「迷惑という言葉を取ったら存在できなくなる」という感じなんですね、この作品でも。無理ないか。
回りも特別気にせず、初対面のヒナギクでさえそんな感情を抱くとは。よっぽどむかつくのかも。


まあ、厄介事以外の匂い以外はしませんが、とりあえずは次回を楽しみにしてますね。
では。
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.14 )
日時: 2014/07/13 22:48
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

感想ありがとうございます!
まあ、素早く強いハンターに仕立て上げなければいけませんから、温厚なハヤテでも厳しくならざるを得ないのです。
普段は温厚な性格なのですが、ちゃんと鍛え上げるには甘い性格ではいけないので。

自覚していることを突かれてイライラするのは仕方ないと思います。まあ、正論ですしね。
正論を突きつけられると腹が立つのは誰でもそうなような気がしたので……。

ハヤテの場合、飴は狩猟地ではほとんどないです。
ほぼ鞭だけですが、タンジアの港に戻ってきた時は普段の温厚な性格に戻ります。

ハヤテが有名人なのは、多くのハンターが集まるここで、多くの人たちに尊敬を受けている方が大きいですがね。
ついでに顔立ちもよいため、それで集まってくるミーハーな人や本気の人もいます。

お金持ちと言うか……確かに報酬はいいですが、今回の話で理由が話されます。
別に普段使えるお金が多いと言う訳ではありません。
ま、アユムは基準にしない方がいいでしょうね(笑)

まあ、こういった人を強くするような方法は……どぎつい方法しか浮かばないんでしょうかね。
まあ、それ相応に実力はかなり高くなるでしょうが。

ハヤテは気づいているのでしょうが、人の心の中の機微には疎すぎるのは<鈍感+2>のせいです。

まあ、あのゴミクズに関しては、こういう人間もこの世界にはいるのだという事を示したかっただけです。
まあ、気分を害されたのならば謝罪いたします。

厄介しか思い浮かばないですが……では、お楽しみに
ではどうぞ。



























*                  *


























第三章
第三話『酔狂な依頼』














「で?今度は何の用なんですか?」










ハヤテが見るからに鬱陶しそうな顔を浮かべながら、ギルバートと名乗った男に口を開いた。







結構対応がヒドイのだが、彼がここまで露骨な対応をするというのは珍しい。
狩猟地でのヒナギクへの対応も相当ひどいが、それは彼女のハンターとしての成長を願っているからに他ならない。
それは彼女も重々承知している。











しかし一端狩猟地から離れた普段の彼は歯に幾重にもオブラートを包み込んでいるような少年である。
幾ら魂胆が見え見えの官僚や貴族を相手にしても、胸が悪くなるようなやり取りをギルド重役会議の中でされてもその貼り付けたような笑顔を一切変える事がない。
慣れているからの精神の強さの象徴でもあるが、それは彼が今まで歩いてきた茨の道の結果でもある。
故に、どんな嫌な相手であっても、ポーカーフェイスを崩さず、相手を極力不機嫌にしないような対応がいつでも可能な忍耐力その他諸々を得ている。







実際、初対面の時のヒナギク自身と彼の関係においてのやり取りで、はっきりとそれが分かっていた。
あのときの自分はどう考えても思い出すと火が出そうだったが、彼の対応に有り難いと思っていた。













しかし、今目の前で繰り広げられているやり取りは、彼女の思考の容量を激しく超えていた。
彼は全く容赦なく、ギルバートに向かって冷ややかな視線を向けている。
その表情はまるで―――彼の信条に泥を塗るような事をしている人間に向けているようだった。

―――そんなに嫌なことが過去にあったのだろうか。


















「どんな依頼でも『話だけ』は聞いてあげますよ」
「最初カラ何もする気がナイ事が見え見えデスヨー……ハヤテサン……」













最初から依頼を受けない事が見え見えなのは誰が見ても当然だ。
しかし話だけは聞くあたり、彼は結構律儀なのだろうか。
頭の横をポリポリと掻きながら、明らかに相当いやいやらしく、大きくため息をついた。







しかしギルバートはその様子をこちらの要求が通ったと解釈して、さっきまでとは打って変わって堂々と偉そうに胸を張った。
















―――その様子がなんとなく腹が立ったのは何故だろうか。
それが、彼に初めて会った時の自分のような相手の話を聞かない勝手な人間を連想させたのだと気づいて、ヒナギクは頭を少し抑えた。


























「ハヤテサン!あなたにあるモンスターの狩猟を依頼したいのデス!!!」
「はい、却下です」
「ナゼデスカー!!?」













狩猟依頼と言った瞬間、間髪入れずにハヤテがバッサリと却下した。
ギルバートはまさかそんなさっさと却下されるとは思っていなかったのか、驚愕の声を上げた。







さ、ヒナギクさんさっさと戻りますよと声を掛けられたので、思わずうなずいてしまった。
彼の行動はなんだか自然すぎて、有無を言わせないような雰囲気があった。
―――堂々としていれば意外と誰も突っ込まないと言うのは本当らしい。




















「ちょ……ちょっと待ってクダサイ!!!」
「ったく……ホント何なんですか……」

















またしてもとんでもなく嫌な顔を浮かべるハヤテにギルバートは少し怯みあがるが、引くつもりとかこっちの都合を考えるつもりなど全く一切ないらしい。





大げさな身振りや手振りを加えながら、ハヤテに向かって一気にまくしたてる。



























「ハヤテサン!あなたに頼みたいのはとある“飛竜”の狩猟なのデース!!!」
「“飛竜”?」

















ヒナギクは首を傾げた。
飛竜種と言うのは、モンスター種の中でも上位に位置する強力なモンスター群である。
リオレウスやリオレイア、ティガレックスなどが含まれるが、生態系上位のモンスター程数が少ないため、かなりレベルの高いハンターにしか狩猟を許していない。











その多くは前肢が翼になっており、飛行する能力を持つ。
この世界でモンスターと言えば、大体の民衆達は真っ先に挙がるのが飛竜種だろう。
その影響力は都市だけでなく、辺境の子供たちや権力を誇示したい人間の力の象徴となるほどだ。
その筆頭が、現在ハヤテのモチーフともなっている<リオレウス>族のモンスターである。










それ程の強力なモンスターを確実に狩りたいのならば、そういう意味ではハヤテに頼むのは適任なのだろう。
その辺りで言えば間違ってはいないのだろうが、どうしてハヤテはここまで露骨に嫌そうな顔をするのだろうか。





















「で、今度は何が目的なんですか?」
















ハヤテが言った『目的』の意図が掴めずに、ヒナギクは怪訝そうな目を彼に向けた。
それと対照的にギルバートは何かたくらむ変な人間のような(もともと変な人だったが)表情をしながら、顎に手を当ててフッフッフという声を上げた。
―――周りの人間の、白けた視線にも全く気にしていないようだ。





絡まれてるハヤテを憐れむような視線が自分をさっきまで突き刺してきている視線と同数だけあったのだが、そういう自分のイタさにも気づかないようだ。






















「狩って欲しい飛竜の名前は、『氷牙竜・ベリオロス』デース!」













































*                *










































「ベリオロス……」












ヒナギクがぼそっと声を上げる。
ギルバートのきらきらした目にハヤテはなんとなく殺意を抱いたらしい。
―――悪いことに、それを否定できなかった。



















『氷牙竜・ベリオロス』






永久凍土の厳しい環境に適応し、その地域一帯に君臨する四足歩行型の飛竜である。
氷原に立つ姿はまるで、白銀の地に住む『迅速の騎士』のような立ち振る舞いをしている。







雪景色に溶け込む白銀の体躯、そして何より口外にまで伸びている琥珀色の大きな牙が特徴であり、大きく発達した鋭牙は鋸のようなギザギザの溝が付いており、獲物や外敵を守る毛皮や甲殻を深々と穿ち、一撃で致命傷を与える脅威の武器である。







全身の至る所に堅い棘が生えており、爪は氷壁を容易く抉るほど鋭い。
これ等を氷原や壁に引っかける事で驚異の瞬発力を生み、軽快かつ迅速に動きまわる事が出来る。
また、その硬度故に獲物を捉えるための武器としても利用している。









雪を巻き上げ、棘を使って壁を利用し、地の利を活かした様々な戦法を取る。
飛行できない外敵に対して低空飛行で接近戦を仕掛け、天井の低い洞窟の中で飛行し相手を攪乱するなど、その知能の高さを示す報告も多い。









その活動的な性質も相俟って非常に危険性が高く、凍土に生息するモンスターの中で最も活動的な生物である。
広い氷原では勿論、洞窟内にも姿を見せる事があり、凍土においてはベリオロスの脅威を第一に考えるべきとされているほどである。











そのまま獲物の肉を引き裂き、内臓を優先して食べる習性を持つが、これは極寒の地で活動するのに必要なエネルギーをより多く得るためである。
その為、ベリオロスに食われた跡と言うのは鋭利な牙で噛み裂かれた様になっており、非常に分かりやすいとされている。













その背面は驚異的な強度を持ちながらも驚くほど軽い甲殻に、腹部は手触りの良い厚手の毛皮に覆われている。
その手触りの良さは王族すらも認めるほどであり、G級の特に優れた個体から取れる毛皮と言うものは滅多に手に入らない一級品とされている。

また、先端が二股に分かれている尻尾はその太さの割にとても柔軟に動く。
その上この尻尾も上面は甲殻に覆われており、見た目以上に高い強度を誇る。












他の四足歩行型の飛竜と同じく歩行に適した前脚をしている。
主な四足歩行型飛竜と言うものは非常に原始的であり、翼はほとんどが未発達である種が多い。
ナルガクルガやティガレックスにしろ、羽ばたいて飛ぶのは苦手であり、リオレウスなど程の飛翔能力はほとんど持っていない。











しかしベリオロスは四足歩行型飛竜にしては珍しく翼も大きく発達しており、地上での移動に前脚を使う飛竜種の中ではトップクラスの飛行能力を持つ。
そして必要とあらば、同型の骨格を持つ飛竜によく見られる『滑空』ではなく、翼をはためかせながらの『飛行』を行うことも出来る。









これは、極端に低温の環境に置いて、少ない獲物を捕らえるために広域を探るのに適応した結果である。
獲物に襲い掛かる際には速度を得るため、高所からの滑空に移行する場合が多い。
全体重をかけた上で速度まで得た滑空攻撃はポポの巨体を一撃で吹き飛ばすほどの威力を誇り、熟練ハンターであろうとも致命傷になりかねない。
飛行能力を活かして崖や氷壁の上まで登り、下を通る獲物や自分を追ってきた外敵に奇襲を仕掛ける戦法を得意としており、上空からいきなり襲われて消息を絶ったというキャラバンや村人も多いと言う。







地上においても素早い動きで外敵を翻弄するなど、他の同骨格モンスターにも引けを取らない運動性能を誇っており、総合的な運動能力に極めて恵まれた飛竜であると言えるだろう。
但し飛行能力は索敵程度であり、飛行速度に関して言えばそこまで速いわけでは無い。
言ってしまえば短距離を移動するのであれば駆けた方が速い。










これほどの実力を持っており、凍土に現在君臨している最強クラスの竜の一角である。



だがしかし、今現在ギルドのクエストカウンターにおいて、ベリオロスが被害を出したという情報は入ってきてはいない。
エリア『凍土』において、そう言った話が入ってきていない事を見ると、彼の依頼は完全に私利私欲から来るものだという事は容易に想像がつく。







それは―――ハヤテが一番許してはいないタイプの依頼だろう。
瞬間的に、ハヤテがこの男をこんなに邪険に扱う理由が分かった気がする。
根本的に彼とは合わない人間であることが、彼の依頼の節々から感じられるのだ。









ハヤテが腕を組みながら、ぎろりと睨みつけた。
しかしそう言った眼で見られるのはもう慣れているのか、単に自分に都合の悪いことは目に入らないだけなのか、ギルバートは自分のペースを崩さない。

ハヤテが口を開いた。
























「で、何故ベリオロスを狩りに行かなくてはならないんですか?」
「ハヤテサンには、ベリオロスの素材を取ってきてほしいのデース」













素材?とハヤテが首を傾げた。
モンスターの素材と一口に言っても、かなりの種類がある。
大型モンスターともなれば、体の細かい部分にまで素材が分けられる。
体の表面だけでも、細かい部分ならば『鱗』。それが折り重なって頑丈な鎧になっているときは『甲殻』。
その他、牙や爪など武器として使える頑丈な部分などが素材として非常に有用だったりする。
また、武具の素材としては向かないが、モンスターの内臓や肉は珍味とされることもあり、その方向での需要もある。














しかし、モンスターの素材は非常に貴重だ。
それは単純にそのモンスターが危険であるという理由だけではない。
ハンターは当初は、『人々の生活を脅かすモンスターの討伐』が主であったが、長い年月をかけてその内容は変化している。







基本的に、ハンターはハンターズギルドに登録することが義務付けられており、
ギルドを通して依頼を受け遂行する。
しかし富・名声といった欲望のため、純粋に生きるため、自分の力量を試すためと
志望理由は様々である。










原則としてハンターは第三者からの依頼をギルドの仲介して受注することでしかモンスターの狩猟は許可されず、なおかつその依頼で指定されたモンスター以外は狩ってはならないとされている。
いくら欲しい素材やアイテムがあるからといって勝手にモンスターを狩ることは密猟とみなされる。











つまり素材を得ようとするならば、そう言った依頼で倒したモンスターのものしかはぎ取れない。
そして、ハンターはそこで倒したモンスターの数や種類をギルドに正確に報告しなければいけないと言う決まりを負っている。
それに逆らえば、いくら凄腕のハンターと言えど、一生ハンターの資格を剥奪されるどころか、ギルドからの刺客によって秘密裏に消されることになっている。





それはモンスターの数を守るための制度でもある。
彼らも自然の担い手であり、絶滅させないための方針でもある。

















つまりは、今回の依頼は完全にギルドの方針に逆らっていることになるのだ。
しかしこういうコトに関して、すべての面でギルドの目が行き届いているとは限らず、こういった事もある程度黙認されているような節がある。
治安の悪い地域によっては、こういった方針に抵抗を示す人々もいる。







そう言った地域の場合、モンスターは彼らの外貨を手に入れるための手段のため、自分たちの地域のモンスターを狩って何が悪いと言う意見もちらほらと見られる。



しかしそれによって絶滅したモンスターもいる。
長い目で見れば、不利益を被るのは彼らだという事に気づかなくてはいけないだろう。




















それに、ましてやギルバートはそういう地域の出ではない。
私利私欲のためだけにモンスターを狩ろうとする人間に対しては、ハヤテの信条が許さなかった。
彼の信条は、モンスターを狩るのは人間の領域を侵し、もう戦う以外どうしようもなくなったとき以外だ。








ベリオロスの素材から作った『琥牙弓』に関しても、その信条に従って倒したベリオロスから作ったものである。
理由もないのに、生態系の頂点である飛竜を狩る気にはなれなかった。







しかしギルバートはハヤテの信条に全く気付かないのか、そのままぺらぺらと語り続けている。






















「……」
「ハヤテサンに取ってきて欲しいのハ、ベリオロスの『凍結袋』デース……それがこれから来る季節のための最新の発明のために必要なのデース!!!」














ハヤテはいらいらしながらその話を右から左に聞き流していた。
もとい、話をほとんど聞かずに、ストレスを積み重ね続けていた。
左足のレギンスで足をかんかんと叩き付けると言うおまけつきだ。
すぐにさっさと去りたいのだろうが、彼の律儀な性格がそうさせているのか、ここで話を聞かずに逃げたほうが後から面倒くさくなると分かっているからだろうか。








ベリオロスや、氷属性を操るモンスターの体内には超低温の液体が溜まった、通称『氷結袋』がある。
この液体は一瞬で周囲を氷結させるほどの冷凍効果を秘めており、素材として取り扱う際には細心の注意が求められる代物である。






ギルドの研究によると、火山のマグマの中に何十時間と放り込んでいても全く燃えることは無く、引き上げてみても決して氷点下以上の温度にはならないと言う代物である。





液体はベリオロスが大きく息を吸い込んだ後に勢い良く吐き出され、口外に出た瞬間に大気中の水分と結合して、超低温の氷塊ブレスとなる。
ブレスは氷結袋の収縮とベリオロスの非常に強靭な肺からの息が組み合わさることで強い螺旋状の気流を発生させており、着弾すると破片が冷気と共に竜巻状に舞い上がる特性を持つ。


これを逃げようとする獲物はこのブレスで氷漬けにして捕らえるのだ。



















ハヤテのアルヴァランガの中にも、この袋が組み込まれている。
とはいえ、彼の武器に組み込まれているのは『氷結袋』の上位互換である『凍結袋』。そのG級素材の『瞬間凍結袋』である。















しかし……一体そんな武器に使うような危険な代物を使って何をするつもりなのだろうか。
見た目からしてこの男は武器商人でも何でもなさそうだし――――――それにしても発明とは?



ヒナギクは首を傾げた。
その様子を見てギルバートは食いついたと思ったのか、ペラペラと語り始めた。


















「これから来る夏!ギルドの配布する氷だけではこのアツい夏を越えられナイ人が出てくるのは確実デース!!!そしてそういう時にベリオロスの凍結袋から生産される無尽蔵な氷を売りさばけば、きっと大きく稼げるコト請け合いデス!そのタメに……」














ギルバートの言葉が最後まで紡がれることは無かった。
先ほどよりもはるかに大きく、鈍い音を立て彼の体が大きく吹き取んだ。





見ると、ハヤテの左手がまっすぐに振りぬかれていた。
普通は弓は右手で引くものだが、ハヤテは左腕でも引ける様にしている。
そして、ハヤテの弓力は中型のモンスターならばそのまま吹き飛ばせるだけの威力を誇っている。
そんな腕で殴られれば、人間の体などどうなるかは想像できるだろう。



















「ナ……ナニをするんデスカ〜〜!!!ハヤテサン!!!」

















そう言って抗議してくるギルバートに、ハヤテはごみを見るような視線を向けた。
いや、そんな事を言ってはゴミに失礼かもしれない。
左手の拳に握り過ぎて筋を立てながら、光の無い瞳で鋭くにらみつける。









相手のモンスターにすら向ける事もない表情にギルバートは怯んだ。
その顔はあまりの拳打の威力で大きくへこみ、鼻がつぶれて赤い筋一条を流している。



















「行きましょう、ヒナギクさん……話すだけ無駄です」
「あ……うん……」














さっさと踵を翻し、街道を歩いていく。
道の端に点灯している無尽灯が、彼を照らして地面に淡い影を落としている。
狩猟地で体に着けていた蒼い装備は、街道の人々に考慮して上半身の防具は外しているが、足腰に着けられた装備はそれによってテラテラと光っている。





その後姿に、ヒナギクはなんとなく彼の今まで歩いてきた道が見える気がした。
彼とほとんど知り合って時間は経ってはいないし、自分の事に関して口数の多い方ではないから、ほとんど彼については知らない。


















その事がもどかしかった。

















それでも、戻ったら、一体今まであの人間と何があったのだろうか聞くことが出来れば、少しは過去の彼について知ることが出来るのかもしれない。





ヒナギクは殴り倒されたギルバートの事を振り返る事もなく、少し距離の開いてしまったハヤテの後ろを小走りで追いかけていった。
























































*            *









































「すみません……見苦しい所を見せました」

















彼が寝床にしている小舟に戻ってくるやいなや、彼が頭を下げて来た。
不幸と言うものは往々にして重なると言うが、彼に関してはこれ以上ないほど似合っているかもしれない。










ハヤテはG級ハンターであり、報酬も相当になるはずなのだが、生活の拠点と言うものは相応ではないようだった。
彼の報酬を内訳にすると、様々な生活費やアイテム代、それに武器や防具の購入や生産に改造費がほとんどである。

更にその残った報酬は彼の故郷に送っており、その場所の設備に使用されているのだと言う。












それに彼にはこれと言って趣味がない。
趣味らしい趣味と言えば、彼が調べて来た情報をモンスター図鑑に纏めることぐらいだが、それに必要なインク代に使うぐらいで、彼の手持ちに残している金額はほとんどない。
彼が質素な生活を好んでいることもあり、その生活はG級の凄腕とは思えないほどの生活だった。








彼は船に引っ掛けているハンモックに腰かけた。
彼女は小舟を止めているロープを伝って乗り移るが、ぎしっと船が揺れる音がしたのには少しびくっと体を揺らした。





長い事どこかの旅館や民宿を借りるわけにもいかなかったのと、ごく個人的な理由もあって、彼女は今現在ここに身を寄せていた。







年頃の男女二人が同じような場所で同衾するのはどうかと言う声も出そうだが、彼女としてはむしろそうなってくれた方がいいと思っている節があった。

まあ、朴念仁のこの少年にそんな事を期待する方が間違っている気がしないでもないが。

















そういう話になった時、彼は自分のあやふやな説明にも『まあそうか』とかなりあっさりと了承した。
こういう場合、男のほうが連れ込もうと策をめぐらすと思うのだが、彼の場合は全く一切そういう事には疎いらしい。
自分にそう言った魅力がないと言われているようで、なんとなく腹が立ったが、住むところが保障されているのはどちらにしろよかったと考えた方がいいかもしれない。

そして自分がここに住むとなった結果、ハヤテはあっさりと今まで自分が使っていたベッドを彼女に使うように言い、さっさと町の小道具屋で用意してきたらしい布やベルトでハンモックを作ってしまった。














なんだか家主に対してそれは少し失礼に当たるんじゃないか、とか、いきなり今まで男子(しかも思い人)の使っていたベッドを使うことになったこちらの心境を考えろ、と言う気持ちにならないでもなかった。
しかし結局使うことになってしまった自分は少しそう言った欲望に弱い人間なのかと思ってしまった彼女であった。

























「ううん……見苦しくは無いと思うけど……私も少しむかついたし」




















ヒナギクが思っていたことを言うと、ハヤテはそうですかとつぶやいた。
しばらく何か考え込んだ表情をした後、彼は大きくため息を吐いた後、もう一度口を開いた。

その内容は、ヒナギクの聞きたかったことだったが、彼はそれを知っていたらしい。





















「あの人……ギルバートは変な発明で儲けようと考えてる人でしてね……そのためには、モンスターの絶滅とか、そういうことをほとんど考えないんです」
「何それ……ギルドの制約に逆らうようなことじゃない……」
















ヒナギクは声を荒げる。
彼女もいっぱしのハンターだけあり、ギルドがモンスターの狩猟を制限している理由についても、ある程度の理解をしている。

それに、彼女の生来の正義感と言うものも手伝っていた。






















「まあ、ロアルドロスの海綿質の皮を垢すりに使いたいとかいう依頼とか、どこかのわがままな王族に贈る為にモンスターを狩れとか、そういう依頼ですね……まあ、依頼を受ける事が出来ないハンターもいますから、無下に断り辛い人もいるのが現状ですね」


















ああ、そういう……とヒナギクは妙に納得してしまった。
彼のような凄腕はまだしも、新米とか彼とは実力が離れたハンターだと、実力を示すことが出来ない事もある。
しかし、あいつのような依頼を受ければ、大型モンスターと戦う機会を得られる。
実力を示す機会でもあり、素材を得ることも出来るので、それにやすやすと引っかかってしまう人がいるのが現状だ。







それに、ハヤテほどのハンターはそうはいないため、組織に組み込むことが出来れば、強力なモンスターの素材をより楽に得る事が出来るようになるだろう。
実際にそういうハンターがいる以上、多分払いはいいのだろう。
ハヤテを狙っている、そう言った密猟の組織も多いと言う。






しかし、彼のハンターとしての心得がある以上、そういったものに彼がなびくことは無いだろうと彼女は考えていた。
そう言った面が、彼女を入れ込ませている一因ともなっているだろう。































「……彼、隠し子らしいんですよ」
「!」


















ハヤテがぼそっと言った一言に、自分の口からえ、と言う言葉が漏れた。
まあ、彼から聞いただけなんで信憑性は無いんですけど、と彼は前ふりをした後、ハンモックにコロンと転がった。


















「そういう家庭環境で育ったから、ああいう性格になったと考える事も出来るんですよね。そういう事を考えると、やっぱり社会的な環境って重要なんですかね」
「そう……ね」













彼女も人の事を言えないような事情が昔あったことを思い出しているのだろうか、少し表情に陰りを見せている。
ハヤテは少し苦笑した。


















「まあ、だからと言ってあんな依頼を受けることは無いですし、認めることは無いですがね。最近は飛竜愛護団体の力もありますから、そう言った依頼がまかり通るとは思いませんし」
「……」
「そう言った環境に絶望することや、孤独でいる事は悪いことではありません。それによって反骨心から力が生まれる事も否定しません。それによって生まれる力を誰に、どんな風に向けるかで、その人が決まると言うだけです―――だからあなたがそんな表情をする必要はありませんよ」



















―――まあ、そういう存在の人間もいる事を、お忘れなきよう。

ハヤテはそういうと、毛布をかぶってしまった。
なんとなくその言葉に気持ちが楽になった気がして、彼女は大きく息を吐いた。



















「…ありがと、ハヤテ君」
「いえいえ。早く寝てください。明日は……まあ一応は休みにするつもりですが、武器の整備とかいろいろありますから、早めに寝てください。」



















彼はそういうと、ヒナギクとは反対側―――つまり海の方向を向いてしまった。
彼はいつもこうやって眠っているのだろうか。そして、何をいつも見ているのだろうか。

何時もずっとうなされている目の前の少年は、一体どんな夢を見ているのだろうと思いながら、彼女はベッドに正面から倒れた。
枕の中に頭を突っ込むと、彼の匂いが鼻の中を突き刺した。
―――ってそんな事を言ったら自分が変態の様ではないか。いやしかし―――。









































結局、その日長い間寝る事が出来なかった。







































*                   *


















































「はあああああ!?どーいう事ですかコレ!!?」




















長く眠れなくて、結局月がほとんど落ちるまで眠れなかったヒナギクは結局かなりの間眠ってしまっていたらしい。
彼女は飛び抜けて寝起きが悪い訳ではない。それどころか一般の人と比べても朝には強い方ではある。

しかし、今響いたこの朴念仁のせいであると、声を大にして言っても誰も責めま―――




























「きゃああああああ!!!な……なに一体……」



















考え事をしていたのは、彼の大声が響いてから0.3秒ほどの間だけであった。
つまりは、その大声が響いた瞬間にびっくりして飛び起きたのである。

大声の主、兼自分の最近の不眠の原因たる彼の姿が、寝ぼけ眼の自分の視界に飛び込んでくる。
目の前が涙でかすんでいたのを拭うと、彼が誰かと話し込んでいるのが見えた。
彼の顔が濡れているところを見ると、彼も起き抜けで身支度をしている途中だったらしい。





















「ああ……おはようございますヒナギクさん」
「うん……おはよう……だけど一体何が……」
「あ、朝から失礼しています」





















ハヤテが彼女が起きたことに気づいて笑顔を向けてくるが、それがなんとなくぎこちない。
彼が気づくことによって、話をしていた人がこちらに気づいてひょこっと彼の後ろから姿を現した。







制服を着ていることからして、タンジアの港のギルドガールのようだ。
彼女はこちらに対して『ほえ〜これが<蒼火竜>さんのチームの……』と言うような表情をしていたが、すぐに気持ちを切り替えたらしい。
ギルドガールには知識だけでなく緊急時に対する精神の切り替えの早さが求められるので、この反応はある意味当然であろう。















そのギルドガールの申し訳なさそうな苦笑とハヤテの苦虫を噛み潰したかのような表情からして、何かあったことは明白だろう。
しかもそれがモンスター関連だった場合、それに対応するのはすごく大変だ。

自分たちは昨日に狩猟に行ってきたばかりであり、休みもなしで(この際、自分の過去の事は置いておいて)戦うのは大変だろう。

























「何かあったの?」
「ええ……まあ……」















彼が少し濁したような表情をしたので、これは何かあったのだろうとは簡単に予測がつく。
やはり彼にとって不幸と言うものは往々にして重なるらしい。

しかし、何があったのかを聞かないといけないだろう。
寝ぼけ眼の目をこすりながら起き上がると、体にかかっている毛布がずり落ちた。























「どういえばいいのか……」
「そうですよねぇ……」
















彼女の質問にどう言っていいのか掴みあぐねている二人に、ヒナギクは首を傾げた。
それ程の大変なことがあったのだろうかと少し嫌な予感がわいてくる。












































「ハッハッハー!!!とうとうワタシの依頼を受ける事になりましたネー!!!<蒼火竜>のハヤテー!!!」















彼らの後ろから響いた声に、三人が一斉にそちらを向く。
そこにいたのは、昨日のギルバートだった。







見るだけでなんとなく嫌悪感がわいてくるかのような笑みを浮かべながら、ハヤテを指さしている。







ハヤテは再度苦虫をダース単位で噛み潰したような顔をして、彼を睨みつけた。
隣にいたギルドガールもさすがにそこまでではないし、鬱陶しいとはいえ接客業のため苦笑を浮かべているものの、なんとなく生理的に嫌そうでその表情がこわばっている。
かく言うヒナギクも、理由がなんとなく分かってしまう。
























「え〜と……それがですねぇ……」












ギルドガールが言いにくそうにヒナギクに口を開いた。














「それが……凍土で<ベリオロス>が出現したらしく……このまま放っておけば被害が出ると言う理由から、そこの……えっと、まあそこの人がこれ幸いと思って、依頼をしたんです……」













なるほどそういう事か。
ギルドはこういう事に関しては厳しいが、ある程度の理由があれば意外と簡単に通らせることが出来る。




ベリオロスの出現と彼の依頼のタイミングが良さすぎるのが気になったが、そうなってしまった以上、ハヤテが断らせる理由がなくなっている。






彼女はため息をついてつづけた。






















「そして、運の悪いことに今回のベリオロスはG級なのです。凍土出身の<黒轟竜>殿は……現在他の依頼で、火山に『火薬岩』を採取しに向かっておられまして……対処できるのが今<蒼火竜>殿のみなのです……」














結果的に、彼が拒むことは出来ないという事だ。
彼もその事に頭を抱えているらしく、肩をすくめている。






ギルバートの意図通りの行動はとりたくはないが、モンスターの被害が出そうになっていることは見逃せない。
しかしその依頼に従えば、そう言ったパイプが出来たと勘違いされることにもなるし、モンスターの素材を求めての乱獲につながる可能性もある。




イレギュラーと言うものは一度認めてしまえば、あとはなし崩し的だ。
ハヤテはそういう面に関して悩んでいるのだろう。













しかしギルバートは突如舞い込んできたチャンスに文字通り舞いあがっているのか、勝ち誇ったような表情をしている。
―――彼が戦うわけではないのに、という反目が浮かんでしまう。























「HAHAHA!こうなってしまえば、ハヤテサンは戦わざるをえまセン!アナタのハンターとしてのココロエがあるデショウ!?」
「む……」














昨日少し彼に同情してしまった自分を殴ってやりたい。
こいつは環境とかそういうの関係なく、只のクズだ。
と言うか、自分だけでなく、こいつを殴ってやりたいと思うのは自然な事ではないだろうか。













「Oh?何か文句でもあるのデスか〜?そこの栄養の足りていないお嬢サン……」
「―――ねぇハヤテ君……こいつ殴ってもいい?」















ギルバートが明らかに自分の体の一部分を見てそんな事を言った。
頭の欠陥が切れたような音がして、彼女はハヤテの方を見てにっこりと笑った。

ハヤテは少しびくっとした後、『ああ、うん』と返してきただけだった。

























































「……」
「……で、結局のところどうしましょうか……」















ぴくぴくと死にかけのゴキブリのように痙攣している物体をさらりと放っておいて、ハヤテが口を開いた。

ギルドガールがその小さな顎に手を当てて考え込む。




















「個人的には、行ってもらった方がいいでしょうね……被害がいつ出るかは分かりませんし……」
「まあ、そうですよね……」
















ハヤテががっくりと肩を落とした。
まあ、いつ被害が出ないとも限らないし、不安の芽はさっさと摘み取っておくに限る。
それにタンジアの港は数あるギルドの中でも一級の大きさを持っており、様々なギルドを統括している存在からすれば、辺境ギルドから何をしているのかと糾弾される可能性も無きにしも非ずだ。





しかもベリオロスは凍土においては最強クラスのモンスターである上に、村に接近している以上放っては置けないし、しかもG級ともなれば被害は計り知れない。
その周囲の人々の事を考えると、出なければいけないのは明白だ。





















「すみません……素材の取引については、この人に渡らない様に便宜を図ってもらえませんか?」
「ええ、まあそうするのがいいでしょうね……」

















依頼者との関係から、こういう事に関してはギルドは契約を至上としているので、素材の取引などを考えると結構厄介だが、彼らのような私利私欲でモンスターの素材を欲しがるような輩に金で売るほど落ちぶれてはいないだろう。

















「まあ、ギルドマスターに事情を話せば何とか……」
「お願いします……はあ……」
















ハヤテはため息をつくと、近くのギルドの男性職員にさっきまで口を聞いていたものの処理を頼むと、アイテムボックスの中を漁り始めた。





幾らかのアイテムを取り出すと、それをポーチに取り出してどこかに向かおうとする。

















「どこへ行くの?」















ヒナギクが怪訝そうな顔をして問うと、ハヤテはこちらを振り向いて少し微笑んだ。
その表情には、ギルバートの意図に期せずとも従うことになってしまった不満が浮かんでいたが、それと同様に少しの本心の笑顔が浮かんでいた。

























































「凍土には、僕の知り合いがいまして―――菓子折りくらいは持って行かないと、不敬に当たりますから」





























































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Re: 疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.15 )
日時: 2014/07/14 14:40
名前: masa

どうもmasaです。


ハヤテのヒナギクへの鞭は「愛のある鞭」ですけど、ゴミムシへは「何もない痛いだけの鞭」ですよね。虎鉄が原作通りなら、虎鉄に対してもかな?

まあ、ハヤテは世の中の渡り方を知っているからこそ、自分に対して何かされても我慢できるんでしょうね。まあ、「迷惑しかない」と思えば別ですね。原作でも虎鉄しかり、ここでのゴミしかり。
ハヤテの対応とヒナギクの対応。どうやら「世間一般的に無視するのが最大級の礼儀」なんでしょうね、ゴミムシへの対応は。
「敢えて堂々とする」か。マジシャンは観客から見える位置に堂々と仕掛けを施すって聞いた事ありますが、それですかね?

ベリオロスは解説を聞く限りじゃ「極地に対応した最強種の一角」みたいですね。
これは他のモンスターにも当てはまりますが、「倒せればそれ相応の見返りがある」ですね。

まあゴミムシの魂胆は「予想通り」ですかね。ハヤテが邪険に扱うのは当然ですよね。
違うかもしれませんが、「命に感謝をする」これが出来るハヤテだからこそ、「やむを得ない狩猟のみする」が信条になるんですね。
しかし、「私利私欲のために狩猟せよ」か。比較的温厚なハヤテが鉄拳制裁を加えるのは当然ですね。
これが「暑い夏を越す為に、貧困で苦しむ人たちへ無償で氷を配りたいから素材を取ってきてくれ」という依頼だったら、ハヤテは悩みつつも依頼を受けたでしょうね。

ハヤテのあの対応を「見苦しい」というなら、「ハンター全員が見苦しい」って事になっちゃいますよ。それぐらいのゴミですし。

ベリオロス討伐任務か。まあ「被害が出る可能性があるので、狩ってくれ」という依頼なら受けるしかありませんよね。
まあ、ゴミムシに素材が行けば「他のギルドから冷たい目で見られる」は予想できる未来ですよね。
冷たい目で見られるだけならともかく「あそこのギルドはモンスターを乱獲するから、依頼が行かない様にしよう」なんて事にもなりかねませんよね。

何となくですが、「依頼主である自分が素材を受け取れないのは何故か」に対して「だったら、五千兆円払ってください。だったら差し上げます」になりそうですね。


ハヤテの知り合いが誰かを気にしつつ、次回を楽しみにしてますね。

では。

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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.16 )
日時: 2014/07/15 21:26
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

感想どうもありがとうございます!

ヒナギクに対しては―――愛の鞭って言えるんでしょうかコレ……。
まあ、ギルバートに対しては鞭じゃなくて棍棒ですね。トゲ付きの。
コテツに関しては、この短編の後の話に初登場する……予定です。
どんな反応をするかはお楽しみに。

世の中の渡り方を知ってるって言っても、原作とは違う理由からですけどね。
ハンターとしては嫌な依頼者とも付き合わねばいけませんから。
まあ、ギルバートに関しては、礼儀でも何でもなく、ただ面倒だからですね。
堂々としていれば、誰も突っ込まないと原作のタイトルにもありますし。

まあ、ギルバートに関してはこういった奴もこの世界にいると言うのを知って欲しかったからあえて出しただけです。
原作キャラを網羅したいと言うのも勿論ありますが。

貧困で苦しむ人々とか、人を助けたいと言う必死の依頼ならば、ハヤテは邪険に扱いません。
モンスターの事も考えているとはいえ、あくまでも困っている人も助けるのがこのハヤテ君です。

まあ、ゴミ虫に対する依頼内容は、きっと変わるでしょう。
これからの話をお楽しみに。
ギルドの面子から言っても、金で渡したらそれこそ恥ですしねぇ。
そもそも金を積んでも渡してませんよ。

お金を積んでください、とも言わないと思います。
恐らく、さっさと帰れの一言で終わるでしょう。



では、次回あの人がやっと本格的に出てきます。


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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.17 )
日時: 2014/07/15 21:30
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

第三章
第四話『泣かない涙』














読書に限ったことではないが、何か集中出来る事を見つけると、心が非常に楽になるものだ。
しかし、そう言った感情的な精神論ではどうにもならない事もあるのだ。


先ほどから、と言うよりも、あの時からずっと心の奥に深く深く根を張っている、この事象がそれと言えるかもしれない。





読んでいるのは、“人を救う”とか“人間の愛”とかを語ったよくある信教の聖書のようなものだった。
情操教育で散々読んできたせいで、読書と言えばこう言った本を読むことにだんだんとなりつつある。
昔は普通の年頃の少女らしい本などを読んでいた気がするし、修業先にいた方―――自分にとっては保護者のようなあの人に幼いころは読んでもらったのを覚えている。


細い指で、分厚い本を構成している一枚一枚のページをこするように捲っていくが、その目や頭がそこに書き込まれている活字に集中しているかと言えばそうでもない。



字を見て、それを頭の中で変換すると言う過程に何ら問題は無いはずなのだが、ほとんど頭に入っているような気がしないのだ。
ずっと昔から読んでいて、暗記してしまっているから読んだ気がしないのだと言われてしまえば、最早何も言えないのではあるが。





小さくため息をついてその本を閉じた。
内容に飽き飽きしてしまったとか、バカバカしいと思ったわけではないが、これが自分の立場からして学ばねばならない事だから昔からやってきたと言うのは知っている。
それが鬱陶しかったのかもしれない。


軽く伸びをしてみると、ずっと同じ体勢のまま長く座っていたせいなのか、体に倦怠感が一気に襲ってくる。

ちらりとあたりを見渡してみると、薄暗いのに気付いた。
見れば本を積み重ねてできた小さな塔のようになっている物の後ろに置いてある燭台の蝋燭がかなり小さくなっていた。
考えてみると、この部屋に入ってからそれを気にした様子も無かった。




小さく息を吐いて、椅子から立ち上がった。
机に備え付けられている引き出しを開けて蝋燭を取り出そうとしたが、もうそれが尽きているのに気付いた。
そういえば、この部屋を自分以外に使っているのを見たことがないことを思い出した。
きっとこの部屋を掃除することも、長い事使用人は忘れているのかもしれない。

しかし掃除自体は自分でやれるので気にしたことは無かった。
ただ、こういった事に気づかなかったのは久しぶりだった。
何時もなら、部屋を掃除するときは何が足りないのかをほとんど完璧に把握していると自負していたのだが、どうにも抜け目があったらしい。



使用人を呼ぶのが億劫だったし、この部屋にこれ以上いる気は無かったこともあって、彼女はほとんど空になった燭台を持ち上げた。

下に少し蝋がこびり付いていた燭台に、僅かな火がともっていたが、少し息を吹きかけただけで消えてしまった。
白い煙を上げるそれからちらと目を逸らして、本棚が幾重にも並び、僅かな明かりを失って黒々としている通路を抜けて、ドアの前まで来た。


鉢植えや、遠くから届いた書物などが木箱に入れられてそばに積まれているが、そのドアの隙間から漏れる薄い光に照らされているだけで、かろうじて物の姿を保っているが、黒々とした影にしか見えなかった。



金属製のひんやりとしたドアノブが、外の様子を伝えているように思えて、一瞬動きを止めてしまった。
しかし、そうしている理由も無かったので、その考えはあっさりと消えて、次の瞬間にはドアを開けていた。


















































『凍土』




この大陸のギルドの管轄エリアの北限にあたる地域である。
大陸の北部にある極寒地帯で、北極圏にも近い寒帯地域である。


他の地域の寒冷地の例に漏れず日照量が年間を通して非常に少なく、気温も非常に低い。
この地方の人間が温度を言えば、大体はマイナスが抜けている。
氷点下の気温が覆い尽くすそのエリアには全域に渡って分厚い永久凍土や万年雪があり、極寒の世界の彩りを無くしている。



それはまるで“時間の止まったかのような”世界であり、ただ、しんしんと舞い落ちる雪だけが、確かにこの世界の時間が進んでいる事を示している。




短い夏(と言っても気温は氷点下以上にならないものの)の間は白夜が出現する。
冬は長く、冬至の前後は極夜となり気温がほとんど上がらない状態が続き、ここに住む全ての生物にとって過酷な環境となる。


広大な氷床や氷河では滑昇風という風が吹き、雪が降っていなくても頻繁に地吹雪(ブリザード)を引き起こすと言う、住んでいてメリットがあるのかと思えるほどの環境となっている。



また、寒冷な気団のみで構成され前線を伴わない極低気圧が時々強風や雪をもたらす。
氷雪気候では土壌は氷河や万年雪の下に隠れていて、滅多に現れることはない。

氷河の薄いところでは、地下に潜在的な永久凍土が存在している。
これは、現在よりも気温が高かった時代につくられたものであり、採掘すれば過去の生物がそのままの姿で保存されて出てくることがある。



しかし人間と言うものは頑健にできているらしい。
過去何百年に渡って、この地域で居住している人間がいるどころか、巨大な国を作っているほどである。


その場合、強風や低温に耐えうるまた、南極の棚氷や北極の厚い海氷の上では建物を設置して居住する。

そしてこの地域はちょうど、他の大陸とは陸続きの陸橋が海洋の氷山によって構成されている。
バルバレギルド管轄の『氷海』はこの地域にちょうど隣接しており、重要な交通路となっている。
この地域の栄えて来た理由と言うものは、そこに起因することが多いだろう。


重要な大陸間の交通路としての機能は誰にとっても重要であり、ここの人間にとっては外部からの外貨を手に入れる手段でもあり、生活の基盤でもある。
その能力は船が発達したとしても未だに衰えることは無い。


また最近は、低温や台地を覆う氷雪という苛酷な自然環境を利用した学術研究がベースになっており、居住地では生活に関連した産業も成立している。氷河の下に眠っている天然資源を利用しようとする動きもある。







また植生はあまり豊かではないとはいえ、人間が生活するに足りるだけの栄養を取る事は出来る他、ここにしか生えない貴重な薬草は豊かな交易品の一つとなっている。

また、天を突くように尖った山脈がここと外界を隔てているが、その地域では非常に優れた鉱石を採掘することが出来る。
それは武具に使えば、その辺りのモンスターとならばそれだけで渡り合えるほどの優れた武器となる。
その影響もあって、こういった地域にはハンターのみが侵入を許されており、しかもそのハンターも限られている。
只し、それが国家間の摩擦になっていることも、忘れてはならなかったが。



食料としては、この地域で生産出来たり、得る事が出来るのは順当と言うか意外というか、かなり限られている。
それでも非常に寒冷な地域でも生育できる穀物類や、この地域に住むために栄養豊富な体に進化した草食種モンスターの肉、それに先ほどの薬草類に、独特の形をしたこの国の海岸線によって得られる、非常に豊かな漁業資源だ。

この国の海岸線の沖には寒流が通っており、それが海岸の下にある大陸棚にぶつかる事によって、豊富な栄養を含む海を形成しているという。




また、この地域で生産されるもの―――たとえば先ほどのモンスターから取れる毛皮や鉱石などは大きな交易品だ。
それで得られる他国の物資が、この国での生活を豊かにしている要因だろう。

『住めば都』とはよく言ったものだ。






しかし、そう簡単には問屋は卸してくれない。
この『凍土』は狩猟地の中でも指折りに危険な場所の一つなのだ。


それはギルドの『ハンターの狩猟制限』にも表れている。







ハンターが凍土に入れるかどうかはギルドの判定によって決められる。
先ほどの鉱石や物資の乱獲を防ぐためとの見方も出来る事は出来るが、もっと大きな理由がある。



その一つがこの地域で非常に多く起きるであろう、『低体温症』などがあげられるかもしれない。
低体温症とは、人を含む恒温動物の体温が、正常な生体活動の維持に必要な水準を下回ったときに生じる様々な症状の総称であり、人間では35°C以下に低下した場合に低体温症と言われる。
恒温動物の体温は恒常性により、通常は外気温にかかわらず一定範囲内で保たれている。
しかし、自律的な体温調節の限界を超えて寒冷環境に曝され続けたり、何らかの原因で体温保持能力が低下したりすると、恒常体温の下限を下回るレベルまで体温が低下し、身体機能にさまざまな支障を生じ、この状態が低体温症である。

そして低体温症は必ずしも冬季や登山など極端な寒冷下でのみ起こるとは限らず、濡れた衣服による気化熱や屋外での泥酔状態といった条件次第では、夏場や日常的な市街地でも発生しうる。
しかしここは違うことなく、超極寒の地域である。
人が住むエリアと言うものは、その中でもわずかではあるが気温が地域であるのだ。



しかしハンターが赴く、狩猟地としての『凍土』はそんな生半可な温度の場所ではない。
零下三十度以下の外気温に晒されていれば、いかに頑健なハンターが、保温性に優れた防具をつけていたとしても、長時間そこにいてはただでは済まないだろう。








しかし、それだけが理由ではない。
それだけで、ここまでギルドが厳しくなるわけがないのだ。





寒さに関しては、一応ではあるが対策を立てる事が出来る。
一番手っ取り早い方法としては、『ホットドリンク』や『ホットミート』によって、寒さを一時的に消すと言う手段がある。
ホットドリンクは、回復薬などと同じようなビンに入った赤い飲み物であり、寒さを無効化すると言う効果を持つ。
ホットドリンクについては飲んだことのある彼女にとっては非常にインパクトのある味であった。
家事全般が得意で、こういった味に対する知識も深い彼女だったが、その時は不思議な感覚に陥ったものだ。




何故なら、調合素材はにが虫とトウガラシ。
トウガラシはまだしも、こういった家で虫を食べたり、調合する習慣は無かった彼女にとっては衝撃的であり、知らなくても無理は無かった。


しかし味はともかく、こういう事に関して多少の知識はあった彼女は、おそらくにが虫の増強効果でトウガラシの体温上昇効果を高めているのだろうと予想を立てていた。
また、別途味付けを加えていないと想定すると、相当刺激の強い飲み物である可能性がある。





但しだが、雪山の山頂付近や凍土の冷気が強い場所では効果時間が半減するが、凍土でモンスターと戦う短時間程度なら耐えきる事を助けてくれる非常に有効なアイテム―――と言うか、この凍土で死なないための必需品レベルであるとされる。

実際に命の危機に陥ったことがある彼女にとっては、それはよく知っていることであった。












この天空が最初から決められている天候はどうにもならない。
人はそれと戦わねばならないと言うハンデを背負っているが、それは人の知識と努力でどうにかなるものだ。


それでも、そういう事でもなんとかならない事があるのだ。















*               *

















小さく息を吐き出してみると、それは白い靄となって空気中に飛散した。
ここが本格的な寒さを持っている地域ではなく、今の時刻が昼とは言え、この凍土の光量と言うものはそこまで大きいものではない。

むしろ、晴れていた方が放射冷却の原理で冷え込むので、憂鬱な気分となるので、こういったある程度曇っていた方が暖かいのだ。

また、カマクラ効果で雪が積もって家が埋もれていたほうが中は暖かい。
氷雪の嵐が直接吹き付けるよりもましと言う程度だが、この辺りの民家はそれに対応した暖房機能を備えた家ばかりなので、気にするまでもないだろう。





二重に張られた窓が、長い廊下の横にずらりと並んでいる。
それ程明るくない廊下は、端の方が黒々としていて見えていない。
その様子がなんとなく、永久に続く悠久の道のように見えた。

燭台には火がなく、先ほどまでともされていた火の熱が少し残っていただけだった。
特殊な構造をしている上、この辺りでは最も優れた機能を持っているこの巨大な屋敷の中にいるとはいえ、外の氷点下の気温は無慈悲にも浸食を始めているようだ。




手に息を吐きかけながら、ドアの横にかけてあった自分のコートを手に取って体に纏った。
燭台ごと包み込むように羽織れば、寒さが増す。
本当だったら陶器か何かで作った湯入れを持っていた方がいいのだろうが、それをわざわざ取りに行くのも少し億劫だった。

自分の家の中でコートを羽織るのはどうかなと思いつつも、この寒さでは如何ともし難かった。




自分の屋敷の構造は知り尽くしていた。
それが、数年ばかり前に戻ってきたばかりで、その当時はほとんどどこになにがあるかの勝手を知らなかったとしても、ある程度住めば聡い彼女でなくても、その構造を把握するのはそれ程難しいことではないだろう。


彼女はしばらくの間―――と言うか、今までの人生のほとんどをここではない場所で過ごしてきた。
それがいきなりある日に突然、生まれ故郷であるこの地域に戻ってくることになった為、寒さにはことさら強い訳ではない。
呼吸のたびに吐き出す息の温度に、自分の体にある熱がどんどん逃げて行っているような感覚になった。


コートと共にかけてあったマフラーを幾重にも巻くと、それでやっと寒さが少し和らいだような気がする。
その毛糸に染みついた匂いが鼻を刺した。








コツコツと言う、自分の履いている靴の音だけが反響して響く。
静かな屋敷の中を考えると、使用人たちはどこに行ったのだろうか。






そこまで考えて、昨日の事を思い出した。

―――そういえば、昨日彼らに暇を出したのだっけ。

昨日の今日なのに記憶はひどくぼんやりとしていたが、思い出してみれば昨日自分の口からそんな事を言ったような気がする。
どうしてかは分からないが、自分に対して仕えて来た彼らを休ませたいと思ったのだろうか。

しかしそれがどうにもしっくりこなくて、考え直してみると、案外理由は簡単だったかもしれない。





















(不思議なものですね……昔は私が仕える側だったというのに)

























過去、幼いころに、修業の一環として送られたある家での思い出が頭によぎった。
自分はそこで、ある人に仕えていた。
それは短い時間だったけれど、自分にとっては非常に重要な思い出で――――――出来る事なら、ずっとそこで、彼女の成長を見ていたかった。

そう思っていた。
彼女自身、その時は永遠に続くものだと思っていた。





しかし、終わりは突然現れた。
ある日に遠方からの客人が来たと思うと、一対一で話すこととなった。
そしてそこで、幼いころから伝えられていなかった真実が伝えられたのだ。



この地域のしきたりで、領主の子は生まれた時から遥か遠方の、この地域の領主の信頼に値するものの家に送られ、そこで上に立つものの器に相応しい人間になるように教育されるのだ。
―――とはいえ、預けられていたあの家の家族の様子からして、上手く自分がそんな器を持てたかどうかは分からないが。


あの家の領主もそれを快く受け入れていたらしく、その人の娘の方とその夫に育てられていた。
その奥様や旦那様は変わった人だったけれども、自分に確かな愛情を注いでくれていたのだ。

そんな自分は、一度も見たこともないこの故郷よりも、育ってきたその場所の方に、故郷への憧憬にも近い執着を得ていたように思う。
しかし、それが終わったその時に、自分はここに戻ることになった。







その時には深く落ち込んだものだけれど、それをより一層深くしたのはあの家の人々の反応だった。

何時も感情を隠すこともなく表現する奥様の辛そうな表情には心が痛んだけれども、それよりも強く心に残っているのは、その奥様の一人娘―――自分が主従として仕えていたその少女の事だった。





決して―――自分の前ですら今まで涙を流すことのなかった彼女が涙を流した。
『私の前からいなくならないでくれ』、と服の端を掴んできた彼女の手の感触が、今でも残っている。

彼女は、今どこでどうしているだろうか。
それが今の今までずっと心の中に残っていた。




自分がこの環境にいつまでも慣れる事が出来ないのは、そういう事もあるのかもしれない。
使用人に仕えられることがなんとなくしっくりこないのは、彼女に仕えていたころの自分の名残だろうか。


















(……いい加減にしませんとね……)



















誰ともなくそう思った。
離れるのは悲しかったけれども、それが最初から決められていた事なのならば、自分にはどうしようもない。
その頃はそう思うしかなく、黙ってこの家の人間のいう事に従っていた。

それに、いつまでもずるずると引きずっていては、この家の人間―――少なくとも自分に敬意を払っている人間に対して失礼であろうと言う面持ちであった。
どこか引っかかる心をそのまま押さえつけて、暮らしていく気持ちでいた。





―――しかし、それは本当に正しい選択だったのか?と以前の自分ならば悩んでいた事であろう。












































外には今現在ちらほらと雪が降っているだけで、そこまで積もっているわけではない。
光が出ていないため、それは鈍い白を纏いながら地面に向かって落ちていく。



それを見ながら、彼女はこれからどうしようかと歩きながら考え込んでいた。

彼女は食の細い性質であった。
ここに来て唯一の集中が出来る書物や、この辺りの地域の事を記した書類に目を通していて気が付くと、食べずに一日過ごしているという事もあった。

昔は用意する側だったからだろうか、用意されると言うのはなれないもので、置かれていた食事がいつの間にか冷めているという事が非常に多い。

やってしまったな、と使用人に申し訳ない気持ちになる事も多かった。




朝から特に何かを食べていたわけではないが、昼過ぎになっていても何かを食べようと言う気にならなかった。
厨房に行けば食品はあるだろうし、、彼女自身はトップクラスの家事スキルを持っていたので、作ること自体はそれ程難しいことではない。


しかし最近は自分で家事をすることはほぼなかった。
あまり使用人がそれをやらせてくれなかったと言うのもあるが、彼女自身、やる気が起きなかったのだ。

前のお屋敷にいた頃は、そういった事をするのがとても楽しかったような記憶があるのだが、ここに来てからはどうにもやる気が起きなかったのだ。



決して倦怠などの理由ではない。
ただ……なんとなく、自分が自分のためだけに何かをすると言うのがつまらなかったのかもしれない。



元のお屋敷では多かれ少なかれ、誰かのためにやる事があって、それをやっているときは本当に楽しかったのだと思う。
そう思うと、ひきこもりで中々起きてくれなかった彼女を起こすのも、良い思い出のように思えるから不思議だ。




しかしここで今何かを作ったとしても、それはおそらく自分のためだけにしかならない。
食事をどんなに手の込んだものを作ったのだとしても、鉛のような味しかしないだろうなとなんとなく思っていた。

そうすると、後にやる事はと考えても、中々思いつかない。

あまりにも手持無沙汰で掃除でもしようかと思い立った。
年頃の女の子としては虚しいような気がしたが、何もしないよりもましかもしれない。




そう思って窓のサッシを指で拭ってみた。
しかし、手には埃が少しついてきただけで特筆して掃除をするべきと言うまでも無かった。
その代わりに、金属製で冷え込んだ金具の冷たさが指に這い登ってきた。

手を放して、その指を燭台に触れさせて温めた。
それと共に大きく息が吐かれて、靄が目の前を覆った。





軽く落ち込んだ気持ちになる。
廊下にいつまでも出ていても寒いだけなので、彼女はいつの間にか目の前まで来ていた自分の部屋のドアノブに手を掛けた。



入った瞬間、少し冷え込んでいたものの、人がいたような雰囲気の暖かさが肌を刺す。
朝、起きた時にベッドは直されておらず乱れたままで、その上に彼女が前夜に来ていた寝巻がぐしゃぐしゃのまま置かれている。

ここに来る前の彼女ならば考えもつかない事だったが、今そういう事を気にするつもりは無かった。




ベッドに飛び込むと、その羽毛で出来た柔らかな生地は自分の体重で深く沈んだ。
そのまま枕を抱え込んで、その中に頭を突っ込んだ。
―――彼女が仕えていた少女がよくやっていたような行動だが、なんとなく心が落ち着くような気がした。

昔、自分はこれを窘める側だったのに、と思いつつも、なぜかやめる気にはなれなかった。













枕をさらに強く抱え込むと、その下にあった堅いものに手が当たる。
彼女は、それをその白い手で握って取り出して、窓から来る僅かな光に透かしてみた。












黄金色に輝くその小さな鱗は、長い鎖の付いたペンダントとなっている。
彼女が『お守り』と称していつも持ち歩いていたものだったが、いつの間にか枕の下に入れてしまっていたらしい。







それを見た瞬間、先ほどからずっと心で思っていた事が再び鎌首をもたげた。
あの時の彼は、今どうしているだろうか?














































*                 *





























ドアをノックする小さな音に、彼女の体は素早く反応した。
元いた家では来客は日常茶飯事だったので、それに慣れてしまったのかもしれない。


幸い自分は他人に見られても見苦しい格好をしているわけではないし、この部屋に入られて、見られて困るようなものはもともと存在しない。

ベッドから立ち上がると、白いロングスカートの皺を直す。
先ほどまで手に持っていたペンダントの鎖を首にかけると、ドアに向かって口を開いた。






「……どうぞ」
「―――失礼します」






ドア越しに、女性にしては少し低い声が響いて、ドアノブが金属音を立てた。
ギィ、とドアが鳴り、ゆっくりと開いた。

そこにいた人物に、彼女は首を傾げた。






「……シオンさん?どうしてここに……」






タンジアギルドマスター秘書、シオンが頭を少し下げた。






「突然ご訪問して、申し訳ありません。火急の事があります」
「火急?」





彼女は首を傾げた。
タンジアギルドからの使者が来たという事は、何かモンスターかハンター絡みの事があったと考えるのが妥当だろう。


しかし、この辺りを統括しているギルドから何かあったとは連絡は来ていない。
―――ただ、彼女も今の今まで書斎にこもっていたので、何があったか知って居なくても無理は無かったが、何かあったとしたならばそれは領主のこの館に届くはずだ。


それが現在何も来ていない事を考えると、この地域出身のハンターが何かタンジアで問題を起こしたのだろうか。

シオンは結構聡い。
彼女の考えていた事は大体予想がついたのか、小さく首を振った。






「凍土出身のハンターたちは、タンジアでもしっかりと活躍してくれていますよ。ご心配なく」
「そうですか。では、何故タンジアからわざわざ?」





彼女がそれを問うと、シオンは二枚の封書を取り出した。

薄い方と、分厚い方があり、その分厚い方の封書を受け取った途端、彼女は自分の鼓動が早まったのが分かった。
片方の見慣れた封書を受け取った瞬間、その重さに心が動いたのを感じた。







彼女の案件に関しては薄い封書の方らしい。
もう一方のそれを彼女に手渡すと、口に手を添えるような仕草を取った。

声が極力漏れない様にしているのだろうが、今ここには自分たち以外誰もいないのだから別に心配をする必要など無かった。


彼女が声を気にしなくていいと言うと、シオンはそうですかと口を開いた。







「……実は、先日、ここの交通路を使用していたキャラバン隊が突然消息を絶ったのです」





その言葉を聞いた途端、彼女の体が一気に硬直するのが分かった。
体中に鳥肌が立ち、封書を持つ手も震えている。



キャラバン隊が運ぶ交易品は、ここの人々の生活にとっても非常に大きい。
幾つかの生活必需品はこのルートで手に入れていることもあるし、こちらからの輸出もストップしてしまう。

その上、その主要な交通路で何か被害があったとしたならば、その後の対応が難しい。
最悪、長期間通行がストップしてしまう事も考えられる。

都合上陸路で運ばざるを得ない物資に至っては、別大陸への通商がストップしてしまえば大きな痛手だ。













そして、最も重大なのがその理由に関してだ。
それが単なる雪崩や氷雪による遭難ですら危険であるし、この地域の人間までもが被害に遭わないとも限らない。

そして……最も危険な理由がある。



















その第一の理由とは、勿論この地域に生息する、ハンターが相手にしなくてはならないだろう、モンスターたちである。



この極限的な状況では、食料を確保するのも命がけである。
それはそうだろう。食料を取ることが出来なければ、待っているのは超低温のブリザードによる葬礼だけなのだから。

そして、この地域には生息しているエサとなる草食動物の数も限られている。
それを何が何でも捕獲しなくてはならないため、ここに生息する大型モンスターたちは、何とか適応しようと究極的な『専門的(スペシャリスト型)進化』を遂げている。



ベリオロスにしろ、その発達した牙は獲物の頸動脈を確実に噛み切って捕獲するため、この環境に適応するために強いられたものなのだ。



そして、体温を上手く調節する為、他の地域に比べるとここに住むモンスターは大型化する傾向がある。
その方が熱が体から逃げにくく、活発な動きが可能となるからだ。





そして、ここでは氷の浸食によって出来た洞窟などが至る所にある。
それは雪や吹雪が入ってこないと言えば聞こえはいいが、須らく他のモンスターの巣窟になっていることが多い。
人間がそうであるように、モンスターも出来るだけ外の環境の中に出たくないと思うのは当たり前だろう。















そう言った光の届かない洞窟や凍てつく冷気に鍛えられ、独特の進化を遂げたモンスターの巣窟となっているこの地域。
そしてモンスターは須らく巨大な体躯を持っている。

モンスターの死体が氷漬けのまま残っている、一部ではモンスターの墓場とも呼ばれているこの地域が、幾多のハンターや、大型モンスターすら屠ってきたと言うのは、すぐに分かる話であるだろう。







そう言ったモンスターが、あまりの飢餓ゆえに、彼らの本来の縄張りである凍土の奥深くから出てきて、人畜を襲い始めたとしたならば、非常に危険な結果を招きかねない。







この辺りの街には人間が生活するために他の生物を労働力として導入するのがほぼ必須となっている。
その代表格が、この地域に生息している小型モンスターの<ポポ>である。



ポポは反り返った巨大な牙と長い体毛が特徴の大型草食獣であり、見た目は全く異なるが、分類学上はゾウに近い動物である。





雪山や凍土、氷海などの寒冷地域に群れを作り、餌となる植物を求めて移動しながら生活を送る、大人しい動物である。

危険が迫ると群れの仲間と共に逃げようとする事が多いが、場合によっては自分や子どもに危害を加える者に対して反撃を仕掛ける事もある勇猛さも持っている。


その体格と群れの仲間意識は小型の肉食生物にとっては脅威であり、弱っている子どもならまだしも、無暗にポポに襲い掛かる事は少ない。

寒冷地域の村や街ではアプトノスやガーグァ同様に荷物の運搬などに使われ、耕作といった農業への貢献も大きい。








但し幸か不幸か、肉は栄養価が高く味も良い。
そして値段も安いという三拍子揃った優良食材であり、この辺りの地域の人間にとっては貴重な栄養源であり、家畜化もされている。

舌は珍味として有名であり、品評会が開かれるほどの人気を博し、凍土の名産品ともなっている。










但し、これは人間に限ったことではない。
栄養価が高いという事は、凍土の生物――――――特に大型モンスターにとっては非常に貴重な食糧源である。


しかも体格も大きいが、彼らにとっては脆弱な被捕食者に過ぎない。
大型モンスターに取って歯牙にもかける事が無い存在であり、彼らの下の層に位置している。






そして、キャラバン隊の車を引くのはポポである。
普通に考えれば、そのキャラバン隊を狙ったわけは、人間に飼いならされて野生の動きが鈍ったポポ、という事になる。

こうなれば、味を占めたその大型モンスターは、その主要ルートに待ち伏せる様になるだろう。
キャラバン隊は定期的にこのルートを通るだろうし、いくつものキャラバン隊がいなくなったという事は、そのモンスターはきっと今もそこに身を潜めているだろう。





それが今のところストップしたという事はこれ以上の被害が出る事は無いだろうが、そのモンスターがどんな行動をとるかが分からない。

そのまま諦めてどこかに放っておくと言う手もあるにはあるが、その間交易がストップすると言う危険がある。
それは大きな痛手だろうし、まかり間違ってそのモンスターがこの町に飛来してくれば、さらに大きな被害が出る事になるだろう。






人を囲い、人を守るべき領主としては、それを見過ごしてはいけないだろう。



彼女が震えているわけを、そう言った感覚だろうと思っていたシオンはそこまで彼女の反応がおかしいものの様には思えず、震えの原因は恐怖か何かだろうと思っていた。










―――勿論、恐怖と言う感情は間違っていない。
先ほどの理由でこれからの事を恐れていたという事も確かにあった。


ただ、彼女が震えていた原因はそれだけではない事に、シオンは気づいていなかった。







「……その原因は?」






震える声で尋ねてくる彼女に、シオンは彼女に渡した封書を指さした。
油紙で包まれているその紙束の薄い方の封に手を掛けた。

ペーパーナイフを取ってくるのがもどかしくて、固く糊付けされている封印を破って開くと、三回ほど折りたたまれた紙を一枚取り出した。








「……なるほど……」
「ご理解いただけましたか?」





彼女はその手紙に目を通した後、小さく息を吐いた。
彼女は聡い――――――この少ない文面から、おおよその状況については把握してしまったらしい。










「つまり、今回の件に関してお互いのギルドは極秘裏に対処しようという事ですか?」
「ええ。理由が外に漏れてしまえば、最悪パニックにもなりかねません。それは双方のギルドに取って好ましくない事ですから」





どうしましたか?と言う怪訝な声で聴かれて、彼女ははっと我に返った。
どうやらおかしな表情をしていたらしく、シオンの眉を潜めた表情に思わず笑みを作って返した。






「何か、ご不満でも?」
「いえ……」





不満が無いと言えばうそになる。
今回の件は、はっきり言って嘘をつくようなものだ。
そうして何事も無かったように片付けられては、その犠牲になった人はどうすればいいのだろうか。


一応ギルドからは補償金などは出ることを考えているだろう。
その辺は当然だろうが、それだけでいいのかと言う気持ちになってしまう。









































―――いや、自分が考えていたのは、そこまで崇高な理由ではなかっただろう。

先ほどもそうだったが、この状況がなぜか他人事とは彼女には思えなかったのだ。
勿論、領主としてこの地域に関しては他人事で無いのは確かだ。それは間違いない。



そういう意味ではなく、この今の状況が、昔の自分と重なる気がしたのだ。
そう、あの時のような――――――。









































思考がおかしくなりそうだったので、彼女は咳払いを一つ小さくした後、シオンの方を向いた。






「状況は理解しました。凍土の管轄責任者として、この件を許可します」
「ご配慮に感謝します」






シオンが頭を下げた。
協力をしてもらうのはこちらなのだから、そこまで畏まる必要はないのではないかと思ったが、彼女もそれに倣って頭を下げた。

では、とシオンがもう一方の封筒を指さしながら言葉を継いだ。






「タンジアギルドから、G級ランクを持つハンターを、こちらの案件の対処のために派遣します……とはいえ、G級ハンターは限られているので、誰かは分かっているでしょう」







シオンのセリフに、彼女は図らずも苦笑した。
―――と言うのも、過去にここの専属ハンターだった人間について話を聞いたことがあったからだ。






この地域を専属としているハンターは、今現在名前を上げているハンターとなっていることが多い。
例を挙げれば、ここ出身で、凍土を中心に何年か専属をやっていた、<黒轟竜のコテツ>などはその一例だろう。

今の彼はこの凍土からタンジアに飛び出し、優れたハンターとして腕を振るっていると連絡で聞いたことがある。
但し……彼は話に聞いたところによると(自分はその時にこの地域にいなかったため)、一種の変態らしく、最近はここよりも更なる過酷な地域である『火山』に入りびたりであり、戻ってくることがほぼないのだと言う。







そのせいで、この地域が今こんな状況になったとしても、連絡が取れない事が多々ある。
凍土に対して、黒轟竜は望郷の念を抱かないのだろうかと、こぼしているのを町の人間が幾らか溢しているのを聞いたことがある。



その事はタンジアギルドの悩みの種でもあるらしく、その度に別のハンターを赴かせなくてはいけない上、それがG級だった場合、彼らの防衛にも大きく穴が開くため、大きな頭痛の種であるらしい。
警告勧告は出していると言うが、あの変態にどれほどの効果があるか……とギルドマスター秘書の少女が話しているのを聞いた。

そしてそう言った場合、こちらに派遣されてくるハンターと言うものは大体一人に限られてくるのだ。
残念ながらこの地域はタンジアギルドの支部のようなものであるし、辺境の地域でもある。
出来ればこの地域でG級のハンターを育成したほうがいいとは思うのだが、そんな人外(もとい、超人)はそこまで何人も何人もいるものではない。

現在のこの辺りには専属ハンターはいる事はいる。
―――と言うより、いなければそれはそれで問題だ。
出来るだけ自分たちの力で何とかしなくては、このあたりのギルドの沽券に関わってくるのだ。
ただ、現在の専属ハンターは一番優秀な人間でも、まだ上位に上がったばかりであり、G級の強靭なモンスターに対抗するには無理があり過ぎる。
受け取り用によっては自殺行為とすら取れる。




そうなると、どうしても遠方のギルドから助太刀を頼まねばならない事になる。
タンジアには残りのG級ハンターは二人いるらしいが、片方は水中戦を得意としており、氷の大地での狩猟は向かないのだと言う。
出来ない事は無いらしいが、その彼は熱帯地域出身のため、凍土での戦闘が根本的に向かないのだと言う。












つまり、その尻拭いをするのは結局、もう一人の少年だという事になる。
彼も冷帯出身ではないが、その実力や、並外れた身体能力から、かなり長期間の氷点下の環境に耐えられるのだと言う。








―――聞いた話では、三日間ここで訓練した際、インナーと支給されたナイフやらのみで耐えきったと言うのだから驚きだ。

本当は人間ではなくてモンスターだと言われても、誰もがあっさりと納得するような気がする。
―――あの時も、そう思ったものだ。










































彼女はもう一方の封書を開いた。
その封書は先ほどの封書よりも糊付けが甘く、すぐに開ける程度であった。

先ほどのものは極秘だったため、外に漏れる事が無いようにと言う配慮からだったが、今回のものはそういう都合は一切ないのと、彼の性格から自分が受け取った時に簡単に開ける様に、と言う配慮からだろう。





相変わらずの彼の気配りに少し心の奥がうずいたが、それを押し込めて中から手紙を取り出した。

彼とはあの時の短時間しかじっくりと話したことが無かったが、意外と筆まめであるのだ。
見せてもらったモンスター図鑑を見るだけでもそれが良く分かるが、こうして時折自分を気にかけているかのように届いてくるこの手紙は、今の彼女の支えていると言っても過言ではなくなっていた。




ずっしりと重たい封書から手紙を取り出すと、幾重にも束ねられた紙の束が出て来た。
二つ折りにされてはいるが、それでも封書の中が窮屈だったと言わんばかりに、バサッと広がった。
その紙の中には、紙面の大きさとは裏腹に、狩人を職業にしているとは思えないほどの、執筆家が書いたかのような細かい字が所狭しと並んでいる。


彼らしい飾り気のない文字だったが、彼がどんな気持ちでこれを書いていたのかはすぐに分かる。
彼女並の賢さが無くても、それはちゃんと伝わるほどの心情は込められていた。


書いてあったのは、彼の近況など。
事細かに記されているそれを読んでいると、彼が今そこにいるようで、文字を追うごとに、自分の心が高揚するのが分かった。











「……まるで恋文ですね」











シオンが微笑みながらつぶやいた言葉に、彼女は束の間言葉を失った。
しかしその意味を噛み砕いて理解した瞬間、朱でも入ったかのように真っ赤に染まる。








「そ……そんなものではないですよ……」
「その反応だけですぐに分かってしまいますよ。そんな赤い顔をされては、嘘をつく方が難しいでしょう?」






彼も罪な人ですね、とシオンが言う言葉に、耳までが熱を帯びていくのが自分でも理解できる。

―――確かに、シオンのいう事は一理ある。

彼はそれと分かってはいないだろうが、高貴な人間の間では顔を合わせるという事はほとんどない。
婚前のあいさつにしろ、それは全て手紙で事が足りてしまう。

一度もお互いの顔を見たことが無かったと言う人間もこの階級ではいたぐらいだ。







そんな中で、彼からの手紙を頻繁に受け取っていると言うのは、こちらからすれば異質な状況だと言えるかもしれない。

これが他の人間にばれたらどうなるだろうか?







身分違いの人間―――過去に見たことがある演劇で、そういう二人が主人公だったものを鑑賞したことがあったのだが、それならば須らく幸運な結果とはならなかった。

しかし今回の場合ならば、そんな話にはならないだろう。
むしろ、こちらが丁重に受け入れる側になる事さえ考えられるだろう。











凍土には、先ほども言った通り、重要な鉱山が境界にある。
それは他国との大きな摩擦にもなるが、その為の牽制として彼を配置することが出来れば……。

この家の人間に限ったことではないが、防衛面において重要な戦力になったり、外交のカードに使えるモノがあるのならば、それは全て利用しようと思うだろう。

自分たちがこういう関係だとこの家の、上の人間が知ったとしたら、それを理由に彼を取り込もうとする可能性は捨てきれない。





そこまで考えて、赤くなった顔を何とか収めようと、手紙を懐にしまい込んだ。
シオンはそこまで見届けると、また深く一礼した。





「では、私はこれから向かう所がありますので、失礼します―――頑張ってくださいね?」
「な……!何をですか!!!」





彼女の最後のセリフに、自分でも驚くほどの素っ頓狂な声が出てしまう。
それを見たシオンはにこりと笑って踵を返し、部屋からさっさと出て行ってしまった。


上気して、肩を上下している彼女を見たら、この人間は何があったのだと思うだろう。
未だに収まらない胸のあたりに手を添えた。






























中々動悸は収まってはくれなかったが、何とかそれを収めた後、彼女は懐に仕舞っていた手紙の束を、部屋にある低いテーブルの上に置いた。



寒くなってきたので部屋の壁に備え付けられた暖炉に薪を入れ、手早く火をともした。
明々とした火は、最初こそ弱かったものの、少しずつその強さを増していった。





火が薪を舐め始めた時、彼女は手紙を取り、暖炉のそばの椅子に座った。
息をつめ、さっきはほとんど目を通す確認のような読み方だけで終わってしまった文字を追った。

彼は二週間に一度か二度、彼の近況を綴った日常のあれこれを、こちらに対して分厚い手紙にして送ってくる。
ハンターとして忙しい彼がこんなに長い手紙を書くのは並大抵の苦労ではないはずだ。

彼の仕事柄、長い休みなどあってないようなものだ。
下位のハンターならば暇なときも自分で勝手に決められるのだろうが、彼ほどのギルドお抱えのハンターになれば、そう簡単に自分の時間もとれまい。





自分にこうして送ってくるのは、大変ではないかと返す手紙に綴ったことがある。
しかし彼の返答は淡白なもので、『こうして文章にすれば自分の生活を見直すことが出来るし、新しく気づくこともあるから、気にしなくてもいい』とのことだった。





随分と彼に対して入れ込んでしまっているなと苦笑しながら、今回の手紙に目を通した。
今回はいつもと比べても同じか、それ以上に筆量が多かった。





最近、ユクモ村に向かい、非常に危険な目に何度も遭ったのだと言う。
ああ、彼の不幸性はまだ治ってはいないのだなと思い、同情の念や変わらない彼に対して笑みが思わず浮かんでくる。

彼女の今の使用人たちは、彼女がこんな表情を出来ること等、おそらくつゆ知らないだろう。










































彼とは、自分が関わったとある事件で知り合った。
あの『お守り』も彼から受け取ったものだ。

絶体絶命の危機の中で、ものすごくインパクトのある会い方をしたから、それは未だに自分の心に残っている。
そして、最近はそれが折に着けて思い出すようになってきている。





あの事は自分に取って、人生で一番不幸な事であり、そしてまた幸運なことであったのだと思っていた。
相反する二つの事だったが、そう思えてくるのだから仕方がない。






こうしたやり取りをすることで、彼の内面にある何かを知る事が出来るような気がしていた。
しかし、本当にあってみないと分からない事もあり、今もどうして……と思いながらそのままになっていることも多い。
おそらく、それは彼にとっても同じであるような気がする。











気持ちが逸れそうになって、彼女は文字にまた目を戻した。
最近起こった事について語られている部分に目を落とすと、はっと目を見開いた。


































――――――ユクモ村で、“三千院”と言う豪商の人々にお会いしましたのですが、そこで同時に、私は非常に衝撃的な事件に遭遇しました。
ユクモ村の近辺にある狩猟場“渓流”にて、一人娘のお嬢様が遭難なされたのです。

そして厄介なことに、その時渓流には“大猪・ドスファンゴ”が出現していました――――――






























手紙を持つ手に思わず力が入った。
その文字に見間違いが無いかを思わず確認してしまったほど、動揺していた。
はるか遠くに離れていたと思っていた彼女たちと、こんなところでまたお会いすることになるとは……。

しかも、それは自分ともつながりの深い彼だったと言うから驚きだ。
ここから渓流と言うのはひどく離れており、しかも情報もそんなに多く入ってくるわけではない。

ここに戻ってきてからずっと定期的に彼女らからの手紙が届いていたが、最近はどういう事か滞っていた。

しかし、そんな近況では手紙が出せないのは当然だろう。
何かの導きがあったかのような感覚に陥ってしまう。





しかし、彼の書いてきた手紙の内容は愉快なものではなかった。
自分と別れたばかりの頃の彼女から、どんな成長を遂げているかは分からなかったが、彼女の知る限りの彼女からして、そんなところで遭難してただで済むとは思えない。

彼女がどうなったのかが怖くて、手紙を読む目が止まってしまいそうになったが、どうしても続き気になって、紙をめくってしまった。















































―――――――こんな事を伝えれば、きっとあなたは心配なさるのでしょう。
実際に私もこういった事に遭遇することはあまりなかったので、普段の狩りとは違う緊張感の中に身を置く事となりました。
幸いにも、彼女は僅かな怪我で奇跡的に助けることが出来ました。不幸性の私としては上手くやった方ではないでしょうか。



しかし、どうにも不幸は往々にして重なるもののようです。
その渓流に置いて、突然絶滅したと思われていたジンオウガが出現し、村自体に崩壊を招くような事態となりました。



幸い、何とか狩猟は成功しました。
その代わりに、非常に手痛い一撃を置き土産として貰う事になりましたが。
しかし、何故突如何の前触れもなく出現したのかと言う疑問が残りますので、調査は続行していただく予定です。
何もないことを望んでいますが、恐らくそうは行かないでしょう。
煙のない所に火は立ちませんから。



また、私が狩猟に向かっている間、その家の方々に多くの点に於いて助けて頂いたようです。
特に、その一人娘の方が、住民がパニックになるのを防いでくれたそうで――――――

















































そこまで読んで驚いた。
ゆっくりと文字を追いながらも、彼女はあの家にいた頃の彼女を思い出していた。
だだっ広い部屋で、窓のカーテンをほとんど締め切って、豪勢な布団の中で昼前まで寝ていた彼女と、それにおふざけで迎合する奥様。
それを何とか起こそうとする自分と、一家を何とか成り立たせている旦那様の事を。





その頃の彼女を知っている身からすると、彼女のその変わりようには驚くだろう。
それも、彼のおかげあるのだろうか。

屋敷にいた時、彼女が好んで読んでいた雑誌の事をふっと思い出していた。
その雑誌に大きく取り上げられていた写真に載っていたのは――――もしかして。








ああ、そういう事か。と思わず納得した。
彼は気づいてはいないだろうが、あの子がそこまで勇気を振り絞れたのは……。



彼女はふっと笑った。
自分が長い事仕えてあまり変える事が出来なかった彼女を、いきなり大きく変える事が出来た彼に対する小さな嫉妬だろうか。

おそらく違うだろう、と彼女の中に小さな思いが胸の底に落ちて広がった。
はるか遠くにいる彼女は、今頃またいつものような生活に戻っているのだろうかと思うと、その漠然な思いはさらにゆっくりと広がっていく。



その雑誌を読んでだらだらとしている彼女を結構叱りつけたような記憶がある。
だが―――







(私も、人の事は言えないかしら)






そう思いながら、彼の書いた跡を、その指ですっとなぞった。
彼はそこで筆を止めるつもりは無かったらしく、その後の事についても長々と連ねていた。






“三千院”の人々は、その出来事をあまり大きくしないよう、事件解決後に幾らかの護衛を引き連れて、元いたタンジアに帰ったのだと言う。








その事に安堵しつつも、彼女はゆっくりと紙をめくっていた。
いつの間にか大きくなった火が、明々と彼女の白くきめ細かい肌を照らしていた。

ゆらゆらと火が揺れるたびに、亜麻色の髪に薄く陰影がかかって揺れている。






頁が残り少なになってきた時に、なんとなく好きな本が最後に近付いてきた時のような焦燥感に襲われた。

自分は随分と早く読んでしまう性質らしい。
ゆっくりと読めればいいのに、と思わないでもないが、こういう事に関して変えられない事を考えるのも仕方がなかった。



それでも、努めてゆっくりと読むことに徹し、最後の紙に手を掛けた。

彼の字は最後までぶれる事がなく、淡々と綴られていた。
内容は、こちらの事を気遣う内容だった。
こういう事をするから、多くの人に勘違いを植え付ける原因になるのではないかなと思いつつも、頬が緩んだ。















































――――――そちらはお変わり無いでしょうか。
と、言ってももう慣れてしまった事を何度も聞くのもそろそろやめた方が良いような気もしますが。
寒さや気候の変化は『凍土』では当たり前なのでしょうが、どうか体にお気をつけて。








そしてまた、この手紙を読む頃には、大体の状況がご理解出来た頃だと思います。
あの事とこの事とは、全く関わりの無いようなことですから、あなたが気に病む必要は一切ないでしょう。



















貴方は決して、間違ってはいません。あの時も今もずっと。
私が言うのもおかしいでしょうが、大丈夫です――――――

















































そこで、手紙の文章は切れていた。
それを手に持ったまま、彼女はうつむいた。



今まで送った文面に、そんな自分がずっと思ってきたことを込めたつもりは無かった。
しかし、彼は自分が思っている以上に聡かったのだろう。

人の心の機微には普段疎いくせに、こういう時だけ自分に一番効果のある言葉を叩き込んでくるから性質が悪い。





彼が手紙を書く理由。
その理由は、彼が自分自身の事を鑑みるためだと言っていたけれど、それは本当にそれだけなのだろうか。

彼も、もしかしたら自分と同じものを抱えているのかもしれない。
確証はないが、ふとそんな事を思った。




これほど細かく綴るのは、自分自身の心を鑑みると同時に、何か彼にしか分からないもののために、彼の心を準備させるためなのかもしれない。



もうすでに、自分では見えないところを一人で走っている彼には、こちらには到底わからないような心境でいるのだろう。
だから、いつどうなっても大丈夫なように、こうして自分の跡を残そうとしているのかもしれない。



彼の逐一送ってくれる手紙が、何故自分に送られているのかは分からない。
しかし、こういう手紙のおかげで、中々入って来辛い情報を得ることが出来る。
その中には、彼の口には出さない本音のようなものが感じ取れる。
そう言った、彼の周りの機微が、ありありと伝わってくる。





いずれ、どうなるかが分からないからこそ、こうして彼は自分の心境を逐一整理しているのだろう。
それを、誰かに見ておいてほしいのかもしれない。

そういう事で、自分に何かできる事があるのならば―――と言う心境が、今は心の中を占めていた。











































なんとなく、彼に今すぐ会いたくなった。
何時も文面を読み終わった時よりも強く、そう思った。
日に日にそんな感情が強くなってくるが、今日それが突然、火のように胸を焼いた。
それがさらに万力のようなものに締め上げられているような気がして、ふと目をつぶった。





この家の人間は、自分の事を物わかりの良い人間だと思っているだろうが、実際のところはそうでもない。
むしろ、こういう事に関しては自分はそれ程融通の利くような人間ではない。

過去の事を未だにずるずると引きずっている時点で、それは明らかだろう。






それでも、彼に会うことが出来れば、その曇ったものを取り払えるような気がした。
諦めざるを得ずに、あの家を離れた時にそのままここにたどり着いていたのならば、きっと今自分はどうなっていたかは想像がつかない。



あと一歩で、自分がこの世から消えてなくなってしまいそうだったあの出来事があって、彼に会ったから、今もこうしてここにいるのだ。
―――それにしては未だにこうして悩み続けている自分がいるのは情けなかったが。







あの時、仮初の平穏の中では生きられないと分かって、その瞬間に心の中にあった壁が消えたのだ。
それが崩れ去った時には、自分には選択肢が残っていなかった。
自分の背負っているものに向き合って、どうにかしない限りは、その先は無かった。

それに気づかされたのだ。














考え事をしている間、手の上でペンダントを弄んでいた。
暖炉の光に呼応して、ちらちらと虹色の光を煌めかせているそれを、首から外して手紙の束の上に置いた。






ため息をついて机のものを片付けようと立ち上がると、足が手紙の束に触れてしまう。
ばらばらと崩れるそれに小さく声を上げるが、気づくと、上半分の紙が床にバラバラに散らばってしまう。




幸い、暖炉で燃えたものは無かった。
それをため息をつきながら拾い上げる―――ため息をつくと不幸になると言うが、そもそもため息は不幸になった時につくものである。





最後の一枚―――ラストの頁に手を掛けた。
しかし、拾い上げた瞬間にそれは二枚に分かれた。

どうやら、もう一枚紙があったらしい。
頁同士がくっついてしまっていて気づかなかったようだ。





彼女は首を少し傾げると、それを拾い上げた。




























そこには、たった一行が彼らしく几帳面に左に寄せられて、日付と共に書かれていた。





























































――――――近いうちに、そちらに向かいます。その時にまた、直接話しましょう――――――




























































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Re: 疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.18 )
日時: 2014/07/15 22:35
名前: masa

どうもmasaです。

最初に出てきた本に囲まれてた人って誰でしょうね?
使用人どうこうと言ってたから、ヒナギクじゃないですし、ナギは暗所恐怖症ですから、ナギでもないですし。
ゆっきゅん!?はもっと違うか。

寒さというのはテレビなどでは危険だとよく言ってますよね。
確か、温度が低いと、筋肉の柔軟性が落ちて関節の可動域も狭くなるって聞いた事あります。だからこそ、トップアスリートは柔軟に時間をかけるとも言ってましたね。
ちなみにですが、寒い時に体が震える生理現象は「シバリング」と言うそうですよ。まあ、そのシバリングによる体温調節は2時間が限界らしいですが。

最初と中間に出てきた人ってもしかして。まあ、そのもしかしては言いませんが、多分あってると思いますよ。

モンスターは好んで人を襲うと言うのは無いようですが、「お腹が空いたが、襲うべき生物が居ない」という状況なら話は別ですね。
モンスターからすれば微々たるものですが、「食べないよりマシ」ですし。
まあ、「人間しか襲わない偏食家」も居る可能性もあるでしょうが。

虎鉄か。やっぱり変態なんですね。ハヤテを襲うかは分かりませんが、変態は何処の作品でも変態なのか。

どうやら自分の予想は当たっていたようですね。ここでのハヤテはあの人までおとすか。怖い怖い。

手紙を見る限りじゃハヤテと「その人」の間には何かあったみたいですね。何かはいずれ語られるのを待つしかありませんが、余程の事でしょうね。

ハヤテと「その人」があったらどうなるのですかね?まあ、「修羅場」かな。



次回も楽しみにしてますね。

では。





そう言えば、ルカは出るんですかね?後、何気にカユラが出るのかも気になります。

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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.19 )
日時: 2014/07/15 23:24
名前: 壊れたラジオ
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=203

感想どうも有難うございます!

あれ……そんな分からなくしたつもりは無かったんですが……。
この話で最初から最後まで出て来た人物は、シオンを除いて一貫しています。
視点は全て『彼女』と呼ばれている人、その人一人のつもりだったのですが……。

まあ、寒いと言うのは多方面で危険だという事で片付けておいてください。
そこはあまり深く掘り下げるところのつもりは無いので。

後、本文である通り、モンスターが襲うのは人ではなく、牽引しているポポの方です。
街に襲い掛かってくるのも、その家畜を狙っての事です。

コテツは変態です。ハイ。
ハヤテとの関係は、この章が終わったら明らかになると思います。

この話の『彼女』に関しては、次で名前がやっと出ます。
修羅場になるかどうかは、見てのお楽しみです。


ついでですが、ルカとカユラに関しても話はすでに作っています。
ルカは彼女がメインの話がありますし、カユラに関しては、出番が大きいと思います。

では。
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.20 )
日時: 2015/03/28 19:00
名前: 壊れたラジオ




第三章
第五話『白い国』


ゴトンと床が揺れた。
心地よい揺れは規則的に続いていたが、その大きな揺れは彼女の意識を覚醒させるには十分だった。

頭を床にぶつけたが、毛織物で出来た敷物があった為、痛みは感じなかった。
ふっと寝起きで重い瞼を持ち上げると、白い布で出来た屋根が目に入った。
ゆっくりと体を起こし、燭台に火をつける。ぼうっとした灯だったが、薄暗いこの空間では十分な光量だった。

それを今まで自分が眠っていた毛布付きのテーブルの上に置くと、彼女―――ヒナギクは屋根材と同じくフェルトで出来た扉をめくった。






















そこは、白銀の世界だった。
太陽の光を反射するそれらによって、一瞬目の前の風景が遮られたが、すぐに目が慣れて、それらの風景が目に入って来る。

山も谷も、真っ白な雪のベールによって被いつくされている。
真っ白な高い山脈は晴天を突くかのごとくそびえたち、雲一つない空にアクセントを加えている。
谷間に流れる川は、その山脈から流れて来たであろう雪解け水が轟々と流れている。





「あ、起きましたか。」





ヒナギクは初めて見る風景に目を奪われていたが、不意にそんな声が響いてはっとした。
その声が響いた方向に目を向ける。


そこには鎧の上から外套を羽織ったハヤテがいた。
幾ら寒さには強いとはいえ、こういう時まで無駄に我慢する必要などない。抜群の状態でいることほど重要な事は無いからだ。

何時ものどこか間の抜けたような声―――とはいえ、彼のポリシーである、『気を抜くときは抜き、込めるときは思い切り込める』と言う方針を取っているためだが―――を保ったまま、ハヤテは笑顔を浮かべてこちらに向かって歩いていた。

足元は真っ白な雪に覆われていたが、それはヒナギクが思っているよりもずっと深くて柔らかいらしく、ハヤテの足はすねまで埋もれている。
しかしそれを全く気にせず、まるで散歩でもするかのような軽やかさで進んでいる。


ユクモ村でも冬になればそれなりに雪は降るが、その厄介さはある程度知っているはずだ。
少し降るだけでもかなり厄介ではあるのに、彼はそんな事気にすることも無いらしい。

流石に特待生と言うべきなのだろうか。
と言うよりも、この程度の雪で動けなくなるようではそれになる事さえ不可能であると言うことなのだろうか。
流石に化け物レベルの人間は違う、とヒナギクは苦笑した。





「何を考えているのかは知りませんが、慣れればあなたもきっと普通にこれぐらいの雪なんて大丈夫になりますよ。」





自分の考えが読まれていた事に、ヒナギクはさらに苦笑を深くした。
人間の心の機微には疎いのに、こういう事はすぐに読むことが出来る彼は、変なところだけが高性能だ。
もしかして、人間の情動―――特に恋愛に関するところを他の能力に割り振ってしまっているのではないかと考えてしまう。





「ま、これが出来る様になれば、水没林で水が腰まであっても素早く動くことが出来るでしょうけどね。―――とはいっても、フィールドの解放される順番を考えたら、水没林で慣れてからこっちに来ることになるのが普通の筋でしょうが、ね。」
「…そうね。」





自分が特殊であることも、ヒナギクには分かっていた。
幾らG級の狩場を仮に解放されているとはいえ、それはあくまで一部の比較的行動しやすいフィールドだけ。

例えば、ハヤテの故郷の『孤島』。
豊かな生態系に支えられたこの島は、正しくは一つの島ではなく、いくつかの諸島から成る一つの国のうちの一つの場所である。
豊かな海、山に囲まれた生態系豊かなこの場所は、モンスターにとってエサの豊富なパーティー会場だ。時には別の場所から、普通はこの地域に生息しない筈のモンスターが来るほどだ。
結局のところ、多くはびこっているモンスターたちの影響で非常に危険度の高いエリアだが、それでも『凍土』や『火山』のような極限の環境に生息する特殊なモンスターには敵わない。

これは、孤島の危険度が低いと言う訳ではなく、凍土や火山の危険度が圧倒的に高すぎると言うべきだろう。
それに、土地柄の影響も関係が深い。





孤島や水没林、渓流は温帯〜亜熱帯に位置し、人間にもモンスターにも過ごしやすい環境だ。
つまり、人間にとっても動きやすい環境である以上、人間とモンスターの間にある行動の自由度では、そう大きな差は無い。
そう言った意味では、孤島は確かに相対的にはレベルがそう高くは無いエリアだという事は分かる。

しかし、凍土や火山は違う。
人間にとって、非常に不利なこの環境。灼熱や極寒の地では人の行動能力には限界があるし、そう長い事滞在することも、それなりの準備が無くては不可能だろう。
少なくとも、ハンターのアイテムポーチに入るものだけでは確実に不可能だろう。
ハンターの全員が全員、ハヤテやソウヤのような化け物ではないのだ。



それに加え、この地域に生息するモンスターたちは適応のために異常な進化を遂げている。
食料の少ないこの環境では、生物は極限まで追い詰められるため、どんな手を使ってでも食料を取ろうとする。共食いはごく当たり前のことだ。



そして、確実に獲物を捕らえるために進化した巨大な肉食動物たち。
地の利を生かして攻めてくる動物たちに対して、人間は圧倒的に不利な状況にある。
それに、ハンターが全員超人ではない以上、いつもその狩場の周辺にある国々は崩壊の危機にぶつかっているともいえる。
特に、ここほど危険ではないとはいえ、『砂原』の近くに存在したある村は、ディアブロスの襲撃によって崩壊の危機に陥ったこともある。

この辺りに生息するモンスターの危険度はそれらの比ではないだろう。
だから、こうしてタンジアからハヤテが駆りだされる事態になっているのだ。





ヒナギクはハヤテの狩りについては来たが、参加できるわけではない。
しかし、ハヤテの意思や考え、そしてヒナギク自身もG級のモンスターをいくつか倒したこともある。
ギルドにそう言って掛け合うと、特別に凍土のフィールドに入れる事となった。
とはいえ、ハヤテがベリオロスを相手取っている間に、凍土にある貴重な物資をサブターゲットとして納品すると言うのが彼女の任務だった。
ただし、このG級の序盤にレベルの高い凍土に入って物資を得られると言うのは、大きなアドバンテージであったし、ハヤテに旅代などを全て負担してもらう気は無かったので、彼女にとってはまさに渡りに船だった。

凍土で取れる特殊な鉱石は、勿論武器にも転じる事が出来る。
この辺りで取れる鉱石や素材には、強力な氷属性のエレメントが染み渡っていることが多い。
そろそろ『飛竜刀』だけではG級のあらゆるモンスターに立ち向かうには力不足だと感じていた。
勿論この武器には愛着もあるし、実力もある業物だったが、正直なところ、他の武器も用意しておきたかった。
そういう意味でも、この凍土での経験は重要なものになるだろうとヒナギクは感じていた。





考え事をしている間に、頭の上に何かが落ちてくる感覚があって、ヒナギクははっとした。
すぐに右腕が動いて、その物体を掴んだ。
ハヤテとの訓練や、狩りの結果、自分の感覚が研ぎ澄まされているように感じた。
以前も目で見ないで、気配だけを頼りに武器で切り付けるという事はあったものの、自分の意思では制御できずに、ほとんど感覚のみに頼っていた。
しかし、彼と狩りに幾度も行き、感覚も精神もある程度鍛えた今、その感覚をある程度制御し、自分が追うべきものだけを正確に追う事が出来る様になった。

勿論、未だにハヤテには及ばないが、随分と上達したものだとヒナギク自身にも自覚があった。
誰しもが化け物並みの実力を得られるわけではないが、鍛え上げればそれに近い所までは行けるのかもしれない。
ならば、その高みを目指そうと彼女は思っていた。





その物体は、果物だった。
ハヤテが投げてよこしたものらしく、彼も同じものを齧っていた。
薄緑色をしたそれは、ちょうど彼女の拳ほどの大きさをしていて、香りの良い芳香が彼女の鼻を擽った。
そういえば、昨日は日が沈み、星が出始めてすぐに眠ってしまったような気がする。
はっとして太陽の方向を見ると、それはもう結構な高さまで登っていた。

長旅で自分は相当疲れていたのだろうなとヒナギクは思うが、そう考えると昨日の夜から今の時間まで何も口にしていない事に気づき、急激に空腹が気になり始めた。


彼女は手にしたそれを一口齧った。
その芳香に違わない強い甘みを感じた。口の端をみずみずしい果汁が伝う。
しかし、その瞬間口の中に鋭い酸味を感じて、彼女は口をすぼめた。





「なにこれ!?この皮、ものすごく酸っぱいんだけど!?」
「ああ、言えばよかったですね。」





ハヤテはそれを齧りながら、しれっと言った。





「それはこの辺りの農家の方が育てている木の実なんですけどね、冬から春にかけて実をつける木なんですよ。この辺りの名産です」
「…そうなの。だから何よ…」





ヒナギクは口の中の皮をすぐに飲み込んでいるようだが、口の中の酸味はすぐには無くならないらしく、眉を潜めながらハヤテに聞いた。
彼はどうもこの酸味に関しては気にしていないらしい。
まあ、僕も前までは好きじゃなかったんですけど、とハヤテは前置きをしながら話を進めた。





「この木は、冬から春にかけて実を作ります。そして、夏の暖かい時期にかけて成長するんです。」





そこまでなら、他の木と変わらないわね、とヒナギクは答えた。
しかし、もう外側の皮を食べるつもりはないらしく、小さなナイフで外側の皮をむいている。
結構そういったこまごまとしたことは得意らしく、長い緑色の筋が彼女の手の下に連なっていた。





「木が成長するためには、栄養分が必要です。そのために栄養を蓄えた実は非常に甘いんです。人に取って美味しいものは……他の生物にとってもおいしいんですよ。しかし食べられてはこの木には元も子もありません。」
「あ、だから外側を酸っぱくして……」
「そうですね、そうすれば他の生物には食われることなく、木は自分の子孫を残すことが出来るんです。」




ヒナギクは納得したような顔をして、また果物を齧っている。
ハヤテはそれを見ながら、『…まあ、皮をむいて食べてしまう人間にはかないませんけどね』と言ったため、ヒナギクはなんとなくばつが悪いような気持ちになった。





「でも、それだけじゃないんですよね。この木の特徴は。」
「え?」





この実の特徴だけでも面白いが、まだ何かあるのだろうかと彼女は思いながら、言葉に耳を傾けた。





「鳥類には味の感覚が分かりません。なので、鳥には食べられてしまうんですよね、この木。」
「え、意味ないじゃないそれ……」
「ところが、そうじゃないんですよね」





ハヤテはふっと笑うと、目を細めた。





「鳥は、木の実を丸ごと飲み込んでしまうんです。鳥類の胃は、柔らかい実は消化できても、種までは消化できないんです。そして……」





そこまでハヤテが言うと、ヒナギクは何かに気づいたかのようにうなずいた。





「そっか……鳥が遠くに飛んで行ったら、種は糞と一緒に其処に落ちて、成長していく……そしたらその木の生長することが出来る場所が増えて、色んな所に住むことが出来るようになる……」
「そういう事です。」





あれ、とヒナギクは怪訝そうな声を上げる。





「って事は……この近くで普通に実を落とした木は、皮のおかげで他の生物に食べられなくても済む……で、鳥に食べられても、結局は遠くに行くことが出来るから、木にとっては有利になる……」
「そういう事です。」





ゆったりと微笑んでいるハヤテとは対照的に、ヒナギクは曇った顔をしたままうつむいた。
近くで、さわさわと木がゆったりと揺れている。その冬の木々に葉は殆ど無く、日の光を浴びても枝の影が真っ白な雪にコントラストの様に映るだけだった。






「どうかしましたか。」
「え…うん……なんだか少し気持ちが悪いと思っただけよ。動物の様に動くわけでもないし、声も出さないのに、何でそんな事が出来るんだろうなって……」
「ああ……」





そうですね、とハヤテはゆっくりと頷いた。
口を閉じてしまうと、木々の合間を通り抜ける風の音が静かに音を立てているのが分かる。
その枝にとまる鳥の声が響く。その声を聴きながらハヤテはふっと言った。





「あの鳥は、春から夏にかけて……つまり、エサが豊富になる時期にここから遥か南から渡って来るそうです。」





祖母が昔、僕に教えてくれたんです、と言いながらハヤテは薄く笑った。
彼の祖母とは、前に話していた、彼を育ててくれたと言うモンスターの研究者のお祖母様の事だろうか。





「不思議ですよね。時計も暦も持っていないのに、あの鳥は自分がいつ移動すればいいのかを知っている。誰に教えられるわけでもないのに。この実をつける木々だって同じです。しゃべったりもしないし、考える事もないのに、なぜかうまい方法を知っている。」





少しの間、ハヤテはふっと黙り込んだ。
その後、ゆっくりと口を開く。





「生物は不思議で、僕には分からないことだらけです。でも、努力していけば、そういう事をいずれ解き明かすことは出来るとは思っていました。」





彼の吐き出した息が虚空にふっと消えた。





「でも、それはきっと無理でしょうね。人の一生は短すぎますし、それを全て見るには世界は広すぎます。……祖母が言ってました。」





少し何かを憐れむような目をした彼は、こちらを向いた。
多分、憐れんでいたのは他の何物でもないのだろう。





「僕は、その中でモンスターの生態を探る事にしました。すべてのものを見るのは無理でも、その一つの物の持っている一つの事実を見るという事が出来るのではないかと思ったんです。」
「あなたのお祖母様と同じ様に?」
「ええ。」





彼女の問いに彼は薄くうなずいた。
ずっと彼の書いているモンスター図鑑は、きっと素人が見てもすごいと分かるようなものなのだろうが、あれにはそう言った意味があったのだ。
しかし、あれが全てではない事も彼は知ったうえで、これからもずっと書いていくのだ。
それが永遠に終わらないと知っていて。





「きっと、全てを知ることが出来なくても、僕に出来る事を全てやれば、きっとのちの人が何か別の事を解き明かしてくれるかもしれません。後世の人の目の前を照らしてあげるのが、今の自分たちに出来る事なのだと、祖母も言っていましたから、僕もそうするつもりですし、そうなりたいんです。」





子どもの頃、そういった事を自分の膝にのせて語ってくれていた祖母の言葉を、自分はきっと意味も分からぬまま聞いていただろう。
最近になって、ようやくあの時に祖母が何を言いたかったのかを分かり始めたばかりなのだ。
彼は人生経験の豊かな人間では、まだ無いと感じている。
しかし、過去に聞いた言葉の端々が、自分が答えに詰まっているときにふとひらめくことがある。





「モンスターの事を知ることが出来れば、他の生き物の事も、きっと何か掴むことが出来ると思いますよ。……それが、今の世代の人間ではなくて、ずっと後の事になったとしても。」






彼はそう言った後、さわさわと揺れる木々をもう一度振り返った。
その横顔は太陽の光を感謝した雪の光によって遮られた。















*              *















季節は春。
タンジアと同じく北半球に位置するこの地域は温帯と亜寒帯のちょうど境目に位置する。
タンジアギルドの管轄するエリアの中では最北端に位置するところであり、同時に凍土を管轄するタンジアギルドの支部がある『雪の国』の国境でもある。


『雪の国』の中では最南端に位置するこの国には四季がある。
と言うのも、『孤島』『水没林』『砂原』には四季がないのだ。

孤島は温帯の南に位置する上、暖流が島々をぐるりと回っているので、一年中温暖な気候が続く地域である。
常夏と言う訳でもなく、一年中過ごしやすい気温が続き、温度の変化が殆ど無い。
その地理的に近い『氷海』はまるで逆の環境となっているが、それはこの辺りを流れる寒流によって防がれているためにこのような環境になっているのだと言う説もある。

水没林は熱帯性の気候であるため、四季は無く雨の多い『雨季』と雨が降らない『乾季』が存在する。
とはいえ、他の年隊雨林とは違い、乾季にも孤島と同じ程度の雨量がある為、水が全て消えることは無い。
むしろ、雨季に高台に追いやられていた生物たちが水の引いた低地に入り込んできて、より豊かな陸上生態系を築くことになる。

砂原は一年を通して乾燥しており、非常に高温になる。この三つの中では最も過酷な環境であり、雨も時折降るだけだ。
しかし、こう言った環境を好む生物もおり、奇妙な生物もうじゃうじゃと生息している。
また、こう言った過酷な環境に住む生物は体に栄養分を蓄えていることが多い為、それを狙う捕食動物には、格好の獲物だろう。



温度こそ違うが、『渓流』には四季がある為、この地域に一番近いかもしれない。
高い山脈から流れてくる、膨大な雪解け水の光景や、春が来る前の谷間の光景も、渓流の風景によく似ている。
彼に初めて渓流の風景を見せてもらった時は夏の終わりだったけれど、春の初めにあそこからまた風景を見たとしたら、きっとこんな感じなのかもしれないとヒナギクは思っていた。

しっとりと湿った雪が、山麓の針葉樹の森にかかっているのが見える。
あれもその内溶け落ちて、あの大河を構成する水になるのだろう。





ヒナギクはハヤテの外套の腕のあたりが膨らんでいるのに気づいた。
ハヤテは外套の前を止めており、それが何かは分からなかった。
怪訝そうな顔をしていたのに気付いたのか、ハヤテは少し笑うと外套の前を開いた。





「いや、少し時間があったので、いろいろと買い込んできました。まだ長旅になるでしょうから。」






そういう事か、と彼女は納得した顔になった。
ここはまだ『雪の国』の最南端だ。目指すのは中央部に位置するフィールド、『凍土』なのだから、まだこれからもう少し旅をしなくてはならない。

狩場のフィールドと言うのは、ギルドによって管轄されている狩猟地で、巨大な野生動物区でもある。
但し保護されていると言う訳ではなく、人間が入る事が出来ないと言うだけであり、時折そこから危険なモンスターが入り込んでくることがある為、ハンターが増えすぎない様に、また、減り過ぎない様にするために狩猟が解禁されたり、一定期間禁漁区になったりすることもある。

今回のハヤテの目的でもある『氷牙竜・ベリオロス』も、そのフィールドと人間の生活範囲の間に出没し、このままでは生活に危険が及ぶと判断されたために狩猟が解禁されたのだ。





ハヤテは彼女が乗っていたもの―――巨大な幌馬車のステップに足を駆けた。
しかし、馬車と言うには語弊があるだろう。そもそもこれを引いているのは、家畜化されたポポであり、ウマではない。
飼いならせば、非常に大人しい動物(ただ敵に狙われた時は攻撃的になるが、それは仕方がない)なので、こう言った雪山や凍土での力仕事は彼らに任せる事が多い。
こうした馬車をけん引させたり、重い物を移動させたり、この辺りでは、豊かな水資源があるから、農作物を取る時や、畑の耕作にも使われているのかもしれない。

先程、彼が買ってきたと言うこの果物も、そうした耕地で育てられたものなのだろう。



そして、もう一つ。
馬車と言えばついているのは車輪だが、この馬車についているのは平らな二つのソリである。
ただ、これはまあこの地域ならではと言えるだろう。
きっと雪の解けた時期には普通の馬車も使うのだろうが、今のこの雪がまだ多く残っているような時期には使えないのだ。
車輪の幅は狭い為、雪に簡単に沈む上、きっと大きな負荷がかかって前に進まない。

その点面積の広いソリならば雪に沈むことは無い上、滑るように進むから、揺れも少ないし快適なのだ。
今まで自分がゆったりと眠れたのはそのおかげもあるだろう。



ヒナギクは凍土に来るのは初めてだったから、ポポに引かれたこう言った乗り物に乗るのは初めてだったが、とてもこのやり方が気に入っていた。
ハヤテはヒナギクが頭を出していた幌馬車の入り口からその中に入ると、一息ついてから座り込んだ。

毛皮で作られた内部は非常に暖かく、外が零下に近い温度であることを忘れさせる。
ハヤテが外套を脱ぐと、さっきちらりと見えた紙袋のようなものが全体を表した。
かなり大きな包みで、中にいろいろなものが入っている。
食料品が主だったが、ハンターに必要なホットドリンクなども見受けられた。
彼は脱いだ外套を、そばにあった衣装賭けにそれをさっさと引っ掛けた。
ハンターらしいきびきびとした動作だったが、外套には皺ひとつない。



ハヤテは彼女にハンターとして必要だと思ったものを手渡して、アイテムポーチに入れておくように言った。
いつどこで、何が起きるかが分からないからだと言う。
彼女もそれはそうだと思っていたが、彼のその真剣さは目を見張るほどだった。





「ねえ……ちょっと気を張り過ぎてない?ここはまだ凍土じゃないでしょ?」
「そうですが……万が一という事もありますから、準備は入念にしておきたいんです。」





以前、彼には道中で何かがあったのだろうか?
それとも、彼に近しい誰かだろうか?

ヒナギクはふとそんな事を思ったが、今考えても仕方がないし、この真剣な状態の彼に話しかけるのもはばかられて、彼女は彼と同じようにアイテムポーチの確認を始めた。





ある程度それが終わった後、彼は食料品の整理を始めた。
そこから果物や野菜などの腐りやすいものと、干し肉、干し魚や穀物から出来たものから成る腐りにくいものを選別し始めた。
ハヤテは腐りにくいものを少し取り分けた後、その残りを近くにあった木箱にしまい込んだ。
そしてそれをおもむろに持ち上げると、馬車の隅の埃を軽く払ってそこに置いた。
そして腐りやすいものをやはり先ほどと同じように取り分けると、別の箱にしまった。
その後で馬車の入り口をちょっと開けると、外にある収納のスペースにしまい込んだ。
これから北に向かう為、外はどんどん冷え込む。
こうしておけば、外の零下の温度によって自然の冷蔵庫の様になり、保存がきくのだ。



ハヤテは戻ってくると、テーブルに備え付けられている毛布をめくると、そこの一段低くなっているところから、大きめの陶器で出来たものを取り出した。
それは炭を使った手あぶりであり、こうして毛布で密閉されたところに置いておけば、非常に暖かくなる。
彼女は昨日からこの中に入って暖を取っているうちに眠ってしまったらしいが、さすがに炭が無くなってしまえば自然に消えてしまう。
その少しほんのりと温かみが残ったそれを取り出すと、ハヤテは炭をいくつか足して火をつけた。
その上に金網をのせ、先ほど取り分けた干し肉と薄く焼かれたパンを置いた。



それを終えると、もう一つの紙袋からいくつかの包みを取り出してヒナギクに渡した。





「……僕は、こういうのを女性に買ったことが無いので、気に入るかどうかは分かりませんが……」
「これって……」





ヒナギクが油紙で出来た包み紙を開くと、そこからは外套や手袋、マフラーなどの防寒具が姿を現した。
手袋やマフラーなどの防寒具は、彼は自分の分は持っていたが、さすがに女性用のそう言ったものは持っていなかった。
ヒナギクは凍土に来たのは初めてだったし、渓流の冬はそこまで冷え込むわけではないので、簡単な防寒具しか持っていなかったのだ。
それではこれから来るであろう北国の寒さに対してまずいと思ったのか、彼はこう言ったものを買い込んできたのだった。





「タンジアで買ってもよかったんですが、こう言ったものはこの辺りで買った方が、いいものを置いてますから。」





そういう事か、とヒナギクは思った。
タンジアは暖かい為、防寒具はそこまで必要とされていないので、いい加減なものや、粗悪な質のものが多いのだろう。
しかしこちらではこう言ったものは必需品であるし、取り扱っている店も多い。
しかも良いものを売らなければ、評判が落ちて売れなくなり、最悪の場合つぶれる可能性もある。

自分に出来るだけいいものを、と言うだけでなく、本当に自分がチームとして大事に見られているような気がして、彼女の心に温かいものが浮かんだ。





「ありがと、ハヤテ君。とってもいいと思うわ、これ。」
「いえ、気に入っていただけたのならよかったです。」





ハヤテが微笑んだ。
それを見て、彼女も思わず笑みを浮かべた。

それを壁にかけている間に、先ほど金網の上に置いた干し肉とパンが香ばしい匂いを上げ始めた。
ハヤテはそれを木皿に取り上げた後、手あぶりをテーブルの下に戻した。
そしてパンを二つ折りにたたむと、その中に干し肉と野菜を挟み、先ほど買ってきた袋の中からいくつかの小瓶を取り出した。

その瓶を開くと、香料の良い匂いが車の中に広がって、彼女を刺激した。





「まあ簡単ではあるし、少し遅いですが、朝食です。」
「簡単……ね。」





ハヤテは簡単とは言ったが、十分においしそうだ。
特に、先ほど果物を少し齧っただけでお腹が活性化している彼女にとっては。

少し齧ると、干し肉についていた塩がみずみずしい野菜によって良い味わいになる。
パンは香ばしく焼かれているが、野菜の水分によってぱさぱさとした感じは無い。
これらの食糧には、きっと良いものが使われていたんだろう。
水資源の豊富なこの地域は、やはり食料品の生産も盛んなのだ。

渓流での主食は、やはりそこの豊かな水資源を利用したイネ科の穀物を食べていたが、ここのあたりでは、この穀物が主に食卓に出るらしい。

ここから北の地域では温度が低い為、水はあってもイネ科の植物は育ちにくい。
その代り、寒冷な環境でも生育する小麦などの穀物が盛んに生産されているためだろう。



歯の間でつぶれた香料のかけらを舌の上で転がしながら、ヒナギクはここ数日の事を思い出していた。








数日前、二人はタンジアの港から、この『雪の国』への直通の便に乗った。
但し、行くことが出来たのはタンジアを含んでいる国と、『雪の国』との国境までだった。

『雪の国』の反対側には『氷海』がある為、巨大な砕氷船が無くては遭難してしまうし、そもそも『雪の国』には海上にある港は多くは無い。
彼らが目指したのは、そのうちの一つで、凍土に最も近い場所だった。
飛行船を使う事も出来たが、高所恐怖症の彼女をそれにのせる事には躊躇われて、こうした遠回りをする結果となった。

ヒナギクにはそれが少しだけ申し訳なかったが、ハヤテはそれを気にも留める事は無かった。





碇を落とし、停泊した船から降りると、タンジアとは全く違う空気が肌を刺した。
温度が低く、海風は乾燥している。

漁師たちの姿は殆ど見えなかった。ハヤテにそれを聞くと、この時期の魚は長い冬に体に蓄えた栄養を使い切った後なので、あまりおいしくないからこの時期は猟に出ないのだと言っていた。
春から秋にかけてのたくわえで生活している彼らは、極力体力を使う事のない家にいて、力を蓄えているのだと言う。

確かに、今の海は漁には向かなさそうだ、とヒナギクは思った。
空気は乾燥している上に、指先がかじかむほど寒い。
きっとこんな手では網を引くのも釣り糸を引くのもままならないだろう。
それに船に乗っていた時にも感じていたが、随分とこの辺りの海は荒く、四方八方から波風が立っている。
ハヤテによると、この辺りはタンジアの沖合から来る暖流と、この辺りに流れる寒流とがぶつかり合っているため、このような荒波が立つのだと言う。
こう言った場所は海流によって流れてくる微生物が大量に集まる為、それを食べに来た魚が良くとれるそうが、今の季節はそのようには見えない。


自分だったら、こんなに四方八方から白い波しぶきが立つところで漁師はあんまりやりたいとは思わないかな、と彼女は漠然と思った。





彼女が海から見たこの港は、真っ白だったが、それは雪ではなく石材だった。
タンジアと同じように木材を使うと潮風で痛んでしまうからだろうが、少し違う印象を与える。
どこか物寂しい、冷たい雰囲気がある。



それに、タンジアほどの活気は無い。
勿論、世界最大の貿易港と一つの村の港を比べる方が間違っているが、それにしても貨物船の数が少ないような気がする。

彼は、少し笑うと言った。





「ここは、今の時期はこうですけど、春や夏、秋は活気に満ち溢れてますよ。冬は、ここに住んでいる人が何とか生活できるだけの物資があるだけなんでしょう。」





それはそうだと彼女も思った。
冬には作物はほとんど取れないし、ここの人々の生活も春から秋にかけてのたくわえで暮らしているのだろうが、交易できるほどの余裕はないのかもしれない。

もっとも、年中休みの無いハンターに比べれば、きっとどんな生活も楽に見えるものだが。





ハヤテがさっさと港の石畳の上を海岸線に沿って歩き始めた。
ヒナギクは考え事をやめて、小走りで彼の後を追った。たまに石の上に落ちている干からびたヒトデや貝殻、海藻を踏まない様に歩きながら、口を開いた。





「ねえ、ハヤテ君。どこへ行くの?」





ヒナギクがそう言って問うと、ハヤテはこちらを振り向いて言った。





「この近くに、貸し馬車の店があるんですよ。そろそろ春が来るとはいえ、雪がどんどん増えて歩いていくのは骨ですから。」
「その貸し馬車ってギルドが扱ってるの?」
「いえ、ギルドが扱っていると言う訳ではないですが、凍土へ行くハンターであれば、少々割引をしてくれるので、よく利用しています。」





ハヤテは何ともなくそう答えた。
それ程多くの回数をここに来ているという事を示す言葉だったが、彼にとってはそう気にすることではないらしい。
それならば、彼に任せておくのが確実だろう、とヒナギクは思い、それ以上何も言うことなく、彼の後を追って歩いて行った。





港の船着場の真っ白な石の上を数分歩いていると、こじんまりとした建物が見えて来た。
その丸っこいアーチのような屋根には真鍮で出来ているらしい看板がかかっていたが、塩を含んだ風に少しやられて青緑色になっている。
しかし十分に読むことが出来て、錆びた看板には『DONGURI』と書かれていた。





「ねえ、こんなこと言ったらここの人に失礼かもしれないけど……本当に大丈夫なの?」





ヒナギクの怪訝そうな声に、ハヤテは少し苦笑した。





「まあ、外だけ見たところでは変に思われるかもしれませんけど、中はちゃんとまともですよ。」




フォローしているのか、そうでないのか分からない曖昧な言葉を口にしたハヤテは、何の躊躇もなく、ドアについていた呼び鈴を鳴らした。
その鈴も少し錆びていたのか、澄んだ音ではなく、でこぼこしたものがこすれたかのようなくぐもった音を立てた。

数瞬空いた後、中から声が聞こえて来た。
どうやら中に人はちゃんといたようだ。その声を聴くと、ハヤテはドアノブに手を掛け、そのドアを押し開けた。
少し油が切れているような音を立てながら、ゆっくりと扉は開く。
薄暗い家の中は自分の目が慣れていないのか、よく見えなかったが、なんとなく怪しい予感しかしなかった。



入らないんですか?と小首を傾げて聞くハヤテに、ヒナギクは多少うろたえたものの、ここまで来たからにはどうしようもないし、彼が大丈夫だと言うのだから、それを信じて入ってみる事にした。

ヒナギクがドアに手を掛けた時、ふと横を見ると、大きめの看板が目に留まった。
緑の板に、チョークで書かれた白い字は随分前に書かれたものらしく、こびり付いて中々落ちなくなっているようだった。

その看板の周りの装飾も随分痛んでいたが、その内容に一応目を通してみる。
そこには、このさびれた場所(今の季節だからかもしれないが)には似つかわしくないファンシーな文体で書かれていた。





………………………………………
この店は、あらゆるものを取り扱っています!
軽いお食事、飲み物、貸しボート、各種薬など!
また、貸し馬車の雪山仕様も各種取り揃えております!
何か困ったことがあったら、『DONGURI』へ!
………………………………………



……やっぱり、怪しいと思ってしまった自分はきっとおかしくは無いだろう。










*                  *











少し薄暗い店内は、ところどころ青臭い匂いが漂っていた。
さっき看板には薬を取り扱っていると書いていたから、きっとそれの匂いだろう。

殺風景な外装とは違い、内部の装飾はそれなりにまともだった。
タンジアの港にもあった、喫茶店や焼き菓子の店の内装に少し似ていて、どこかおしゃれな雰囲気が漂っている。


きっと夏ならば、この店に来る人は多いのだろう。
観光客はボート遊びも好きだろうし、お腹がすいたらここで食事もとるのかもしれない。

しかし、今の季節はお客が少ないのだろう。
もしかしたら、この時期は営業をお休みしているのかもしれない。


カウンターには火の気はないし、水がめにもほとんど水がはいって居ない。
よく料理に使うであろう香料の瓶も、棚のガラスの向こう側に仕舞われている。

こんな状況で、馬車なんか借りられるだろうか、とヒナギクは思った。





「あら、ハヤテくんじゃない!随分ひさしぶりねぇ〜?」
「あ、マスター!今日はこっちに来ていたんですね。」





ふと、ハヤテと知らない人の声が聞こえた。
その方向を見ると、薄暗い部屋に一条の光が漏れていた。
木製のドアの合間から、光が漏れていて、そこから先ほどの声が聞こえて来たのだ。


ヒナギクは近くのカウンターを手で探りながら、フローリングの上を歩き、ドアノブに手を掛けた。
そのドアは外のドア程痛んではいなかったらしく、簡単に開いた。





「あら?この子は?」





ドアを開けて目に入ったのは、背の高い男性だった。
鼻筋が通り、黒い髪をしたその人は、彼女を見て首を傾げた。

敵意などは無く、ただ単純に知らない人間が現れたことへの疑問の様だった。

ハヤテが、こちらをちらりと見た後、男性の方に向いた。





「ああ、この人は、今僕とチームを組んでいるハンターなんです。正しくは『渓流』の専属ハンターですけどね。」
「あ、よろしくお願いします……彼とチームを組んでる、ハンターのヒナギクです。」





ハヤテが改まったような口調で自分を紹介したので、自分もしっかりとあいさつをしておかなければいけないような気がして、ヒナギクは頭を下げた。

そんな彼女に好感を持ったのか、その男性もにっこりとほほ笑んで頭を下げた。





「よろしくね、ヒナギクちゃん。私はカガ・ホクト。この店のオーナーよ。……と言っても、いつもはここにいないんだけど。」
「へ?」






少し疑問に思ったヒナギクに、ハヤテが付け足した。





「彼は、ここだけでなくて、他の場所のオーナーでもあるので、いつもは本店にいる事が多いんです。でも、時々こうしてこういった場所にある支店に来ることもあるんです。それが今日とは思いませんでしたけど。」





まあ、一種の見回りみたいなものかしらね、とホクトが言った。
そして、小さくため息をついた。





「ここを任せていた子は、今は休暇なの。この時期はどちらにしろお客さんはほとんど来ないから、閉めているの。夏だったら、観光客でいっぱいになるけど、今は遊ぶところが少ないからね。」





やはりそうか、とヒナギクは納得した。
……と言うか、ハヤテはここが閉まっていて馬車を借りられなかったらどうするつもりなのだろう?と考えた。


でもねぇ……とホクトが深いため息をつくのを聞いて、二人はそちらを向いた。





「いくら店がお休みだからって、掃除とかをしないでいるのはどうかと思うけどね。外から見たら看板も店の外装もちょっと駄目になってきてるから、修理してもらわないといけないのに……春のこの店の再会に間に合わなくなるわよ……」





彼は調理場のテーブルを指でさっと拭った。
少し埃をかぶっていたのか、木の元々の色が指の跡に浮かび上がっている。

ハヤテもそれが少し気になっていたのか、少しため息をついた。
それが小さめの埃を舞い上げた。





「ねぇハヤテくん……時間ある時でいいから、ちょっと手伝ってくれない?」
「あはは……」





ハヤテはホクトの言葉に苦笑いを浮かべた。
しかしそれは冗談めいた言葉だったし、ホクトはその後すぐに冗談よ、と薄く笑った。





「…ま、この店は趣味でやっているようなものだから大丈夫だし、あなたも忙しいでしょうから、強制するわけではないけれど。」
「それを聞いて安心しました。お手伝いに関しては……」





まあ、ハンターを続けられなくなったときにでも、とハヤテは言った。
ホクトは気持ちを切り替えるかの様に、さて、と言った後に手を叩いた。





「ここに来たって事は、凍土に行くための馬車が欲しいんでしょう?」
「ええ、ですがご迷惑でしょうか?」





ハヤテが聞いた。
一応、今この店は閉まっているから、彼も借りる事はためらわれたのかもしれない。
しかし、その心配は無かったようで、ホクトは笑って近くの鍵入れから、鍵を取り出した。
金属の輪にはいくつかの鍵が付いていて、ジャラジャラと揺れている。





「心配いらないわ。この辺りの平和を守ろうとしているハンターには休みなんてないものね。それに、使ってもらわないと、馬車も痛むでしょう。」
「ありがとうございます」





ハヤテとヒナギクは頭を下げた。
ホクトはこっちよ、と指さしながら、ガラスのはめ込まれたドアを指さした。
寒冷地でよく見る家のシステムに違わず、二重扉となったそれを順番に開けて、外に出た。



冷たい風に触れると、体がきゅっと閉まるような感覚がして、彼女は身を縮めた。
今から行く地は、ここよりももっと寒いと言うのだから、少し気がめいって来る。
それに気づいたらしいホクトが、ヒナギクに言った。





「途中に、いくつかの村があるから、そこで何か体をあったかく保てるものを買った方がいいかもしれないわね。凍土に行くのは初めてなんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「まあ、寒い所にあまり行った事の無い人は、見ればそうと分かるものだからかしら……ね。」





顎に人差し指を当てて微笑む彼は、男性と言うよりも、中性的な感じがする。
父性と言うよりも、彼からは母性を感じて、ヒナギクは苦笑した。





「でも、彼がチームを組むとは思わなかったわ。……ずっとこれからも一人で狩りを続けていくものだと思っていた……」





ふと、彼がそんな事を言った。
ハヤテはここの勝手はもうすべて知っているのか、さっさと歩いて行ってしまった。
きっと今頃は馬車がとめてある倉庫にでも行っているのだろう。
外で待つのは寒いだけなのに、と思いながらも、ヒナギクはホクトのいった事が引っかかった。





「ハヤテ君、チームを組むことが無かったんですね。」
「ええ、ソウヤくんとかコテツくんとかとは結構一緒に戦う事はあったけど、正式なチームを作ったことは一度も無かったわ……でも」
「でも?」





言いよどんだホクトに彼女は眉を潜めた。
次にその口からでる言葉を聞き逃さない様に、耳をそばだてた。





「でも、その彼が初めてチームを組んだのが、あなたみたいなかわいらしい女の子だとは思わなかったわ。少しびっくりしちゃった!」





明るい顔をして、彼はあっけらかんと言った。
ニコニコ笑う彼とは対照的に、ヒナギクの顔はこれ以上ないほど真っ赤に、一気に染め上がる。
両手を自分の両頬に当てて、上目づかいで彼を見上げる。
彼は結構背が高い為、自然とそうなってしまうのだが、どこか小動物のような雰囲気を持った彼女にホクトはますます笑みを深めた。





「な…いきなり何言ってるんですか!」
「え〜、だって、長い事チームを組まなかった彼が、いきなりチームを……それも女の子と組んだのよ?何かあるかもって考える人も多いと思うけど。」
「なっ……ちょっ……」





それ以上口が利かなくなり、動悸が激しくなる。
外の空気で冷え切った手を頬に当てれば冷やせるかと思ったが、その手の方が熱くなってしまうのでどうしようもない。
その様子を見ながら、ホクトはやはりニコニコとほほ笑むだけだった。
しかしその顔を少し真剣にして、神妙な顔つきで言った。





「でも、覚悟なさいね?彼、この上なく鈍感だから。」
「ええ……まあ……それは……」





分かり切っていることだ、とヒナギクはため息をついた。
頬の赤みがゆっくりと引いていく。
それを思い出すと、否が応でもそうなってしまうだろう。





「彼が行くところ行くところフラグが立つようなものだからねぇ……」
「そうですね……ちょっとは気にしてくれればいいんですけど。」
「それは自分に対して?それとも他の誰かに対して?」
「な……そんなの他の人に対してにきまってますっ!!」





素直じゃないんだから、と彼は笑った。





「あ、でもどうしようもなくなったら私の店に来てね?相談には乗れるし……惚れ薬くらいは置いてあるわよ?」
「ぶっ!?何に使うんですかそんなの!」





ちょっと食指が動いてしまったのは気のせいだろう。いや、気のせいだと思いたい。
ヒナギクはそんな事を考えながら、また赤い顔のまま黙ってしまった。



白い町並が続いている町の角を曲がり、それが途切れている場所が見えて来た。
雑草が大量に生えているが、そこには丸太で出来た柵があるのが見えた。



柵の向こう側を見ると、茶色の大きな毛玉が幾つも寝転がっている。
あれがこの辺りでは一般的な家畜であるポポだろうとヒナギクは思った。
つまり、ここはホクトが所有する馬車をひく動物を置いてある牧草地と言う訳だ。



ヒナギクの隣でホクトがため息をつき、『ちゃんと管理しなきゃだめじゃない』とつぶやいていた。
多分、ここもその店を管理している人が管轄しているのだろうが、雑草がぼうぼうなところを見ると、しっかりと管理できているわけではないのだろう。

草が引っかかってなかなか柵は開かなかったが、女性ハンターと男性二人の力があれば、開くことは出来た。





「う〜ん……どの子がいいかしら……」





彼は考え込むような表情をして、辺りを見回している。
牧草地は結構広く、さっき入ってきた白い町の方向を除けば、小高い丘の三方の端は見えない。
その中に、点々とまばらにポポが思い思いの場所に寝転がっている。



しばらく品定めをしていた彼だったが、そのうちの一頭を起こして引いてきた。
この動物は本当に大人しく、人なれしているのか、寝ていたところを起こされても、気性が荒くならないようだ。





「じゃ、倉庫の方に行きましょうか。」
「はい。」





彼がポポを引いていく後ろから、ヒナギクはついていった。
白い町と牧草地のちょうど境目に見えている、大きめの平屋の建物の前に着き、ホクトは一端ポポをすぐそばにあった杭にロープを括り付けた。



ハヤテの姿が見えなかったが、ホクトは前もって鍵を彼に渡していたらしく、目の前のドアは開いていた。
なるほど。両開きのドアの片方だけが、人一人通れるぐらいに開いていた。





「中の馬車、好きなのを選んでおいてと言っておいたの。彼の見る目は確かだから、大丈夫だと思うわ。」





ホクトはそう言ってその開いたドアから入っていった。
彼女もその後をすぐに追っていき、扉の中に体を滑り込ませた。










中はそれ程暗くは無かった。
壁の上に着けられた窓は全て開けられており、光が差し込んでいる。
それに照らし出されている、木造づくりの馬車はなんとなく不気味な影を作っていた。


ふと、ヒナギクは気づいた。
幾つかの荷馬車は普通の車輪がついているが、残りの3分の1程度の馬車には車輪がついておらず、代わりに板がついている。
まるで、自分が昔、小さな子供の頃に丘で遊んでいたソリのようだ。





「う〜ん……今の時期はここには雪は殆ど無いけど……もっと北の方に行くとなると、やっぱりソリ型の方がいいかもしれないわね……」





ホクトはいくつかの荷馬車に手を触れながら言った。
彼によると、雪の上では車輪は沈んで動かなくなるため、豪雪の地域ではソリ型を使う事が多いのだと言う。

しかし、この町には雪は殆ど無かったため、どこかで乗り換える必要が出るかもしれないという事だった。





「まあ、なんとかなると思いますよ。雪は無くても、それなりの距離なら大丈夫だと思いますし。」





奥の方から、ハヤテがひょこっと顔を出した。
どうやら、馬車を選び終わったらしい。





「すみません、これを借りていきたいのですが……」





ハヤテが指さしたのは、少し大きめのソリ型の馬車だった。
白いフェルトで覆われ、四角い台座の上に固定されている。





「大きすぎない?乗るのは、私達二人だけでしょう?」





そうヒナギクが聞くと、ハヤテは笑った。





「まあ、長旅になりますから、狭いと体調を崩す可能性があります。それに持って行くものも結構多いし、途中でも買い足すので……万全の体調でいるためには、少しぐらいお金をかけてでもいいものを使うべきですよ。」
「そうね、それがいいかしら。」





ハヤテの言葉にホクトが同調し、ほぼそれの馬車を使う事に決まった。

内装を改めてみると、結構高いんじゃと心配になるが、彼は気にしていないらしい。
何時もならこんなのには乗らないんですけど、と彼は前置きをして、『まあ、あなたにとっては初めての狩猟地ですし、万全の状態でいて欲しいですから』などと言われては折れざるを得ない。

自分でも自分の単純さに彼女自身呆れた。





「じゃ、気を付けてね。」
「はい、いろいろとありがとうございました。」





ホクトとハヤテがポポを繋ぎ、ハヤテは御者台に座って手綱を握った。
ポポをそっと撫でながら、ホクトは微笑んだ。

ヒナギクが入口から顔を出して言った。





「あの、本当にありがとうございました……いろいろと。」
「いいのよ。あなたみたいな可愛い女の子の相談ならいつでも乗ってあげるわよ?……特に、彼の事に関しては……ね?」





最後の声はひそやかに、ハヤテに聞こえない様にヒナギクに耳打ちした。





「いつの間にそんなに親しくなったんですか?ふたりとも……」
「何でもないのよ。ね、ヒナギクちゃん」
「ええ、そうですね、ホクトさん」





二人は顔を見合わせて笑ったが、話に全く入れないハヤテは少し首を傾げた。
なんだか秘密が多いな、と一人ごちたハヤテは、懐を探った。





「借用代です。でも、あそこの管理人には……」
「私の方から伝えておくから、心配しないでいいわよ。それよりも、自分が今やらなきゃいけない事に集中なさい。」





ハヤテは少しはっとしたような顔をした後、微笑んだ。
銀貨を数枚、ホクトに手渡すと、手綱を引いてポポを歩かせ始めた。
少しの間は雪が無いので、道端のあぜ道で揺れるが、それはすぐになくなるだろう。

地平線の向こうで手を振る彼が見えなくなるまで、ヒナギクは手を振り返していた。









*         *



ごめんなさい。
学校の授業が忙しすぎて、更新が出来ませんでした。
これからもゆっくりですが書いていこうと思います。前も言った通り、ネタだけはあるので……


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Re: 疾風の狩人2〈dos〉モンハン3rd,3G,4クロス ( No.21 )
日時: 2015/03/28 20:05
名前: masa

どうもmasaです。
連載再開を心待ちにしてました。


雪深い山か。平和な世界のヒナギクさんだったら、子供のようにテンションを上げていたでしょうね。
もしかしたら、雪にダイブしたりして。・・は無いか。ゆっきゅんならともかく。

ってかすねまで埋まる雪道をすらすら歩くって何気に凄いな。大雪に慣れているはずの北海道民ですらそんな事無いはずなのに。
慣れても無理だよ、チミ。

極地に対応したモンスターの討伐ほど危ない任務は無いでしょうね。
人間がその環境に適応するのは土台無理な話ですから、短時間での討伐が必須。その短時間での討伐は「化け物クラス」のハンターにしかできないでしょうね。
まあ、ハヤテの事を言ったのですが。

やっぱり、ハンターにとってあたりの気配を敏感に察知する能力は必須のようですね。ヒナギクさんなら、大丈夫ですよ。
まあ、ハヤテの事だから「見聞色の覇気」を会得して居そうですね。していたとしたら、広大な狩場すべてをカバーできるなんて芸当出来るかも。

で、ハヤテ君よ。果物あげるなら、声を掛けないと。当たった拍子に潰れて中身が出てしまい、モンスターの標的にされる。なんてことが起こるかもしれないんだから。

生態系の不思議をすべて解明するなんて難しすぎですよね。まあでも、凄いのは事実ですよ。
植物は自分を食べる虫から身を守るために「エッセンシャルオイル」と言う虫が嫌がる物質を出したり、渡り鳥は長い距離を飛行してもちゃんと目的地に行けたり。どうすれば、生き延びるのかを知っているんですよね。

ハヤテのモンスター研究は鈴音さんの影響だったんですね。あの人はここでも「とても優しい偉大な人」なんですね。やっぱ、鈴音さんは大好きですよ。

準備をきちんとしておくことに関して賛成ですね。だって、相手も生物である以上「気紛れを起こして普段とは違う行動をとる」なんて起こりますから。
「準備してないから待って」なんていっても無駄ですからね。

ハヤテはやっぱりジゴロか。さりげなくヒナギクさんが喜ぶ防寒着を用意しておくんですから。
なんか、ハヤテの最期は「嫉妬に狂った女性ハンターに殺される」になる気がする。

あのマスターはここでもからかい好きなんですね。ヒナギクが困るであろう言葉を巧みに選んでぶつけたんですから。
まあ、それで一々反応しちゃうヒナギクさんは可愛かったですが。
ん!?ヒナギクさん、惚れ薬要らないの?ある変態なら「いただこう。いくらだ?金なら望むままにくれてやる」なんて言いそうですけど。


さて、無事に出発できたみたいですが、道中でハヤテの不幸スキルが発動しないことを祈りますね。
準備は万端とはいえ、何が起こるか分からないのが人生ですからね。


次回も楽しみにしていますね。

では。
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.22 )
日時: 2015/03/29 00:45
名前: タッキー
参照: http://hayate/1212613.butler

惚れ薬と広い馬車・・・これはアレですね。ハヤテくんアレなこと考えてますね。いいぞもっとやれ!!

 コホン・・・

はい、久しぶりに投稿されたということでテンションが上がっております。タッキーです





相変わらず表現が上手というかなんというか・・・。自分はモンハンやってるので凍土とかの景色のイメージが浮かびやすいのかもしれませんが、それを差し引いてもしっかり頭の中でイメージをつくることができました。
それにしてもハヤテとヒナさんのやり取り。お前らもう結婚しちゃえよー!!みたいな?とにかく微笑ましくて、ハヤヒナを書いている自分としてはとても嬉しくなる展開でした。ありがとうございます。ホクトさんがヒナさんをからかうシーンも自分においしい展開でした。

自然の雄大さというか節理というか・・・。正直いくら人間が頑張ってもそれを解き明かすのは無理だというのが自分の考えです。でもそれを追い求めるのロマンというか、これって人間の本能みたいなものなんですかね?

準備とかに関しては・・・うん、大事。準備はホント大事!自分はこの前4Gのオンラインで錆クシャいったときに「あ、ホットドリンク忘れた・・・」ということがありました。ま、結局一本も飲まずに済んだんですけど。だけどせめて砥石は忘れないようにしたい!ガンナーのあと剣士に切り替えるときとかめちゃくちゃ忘れる。ヒナさん気を付けて!マジで詰むから!でもハヤテは弓だからあまり問題はない・・・かな?ビンとその調合分は忘れないようにしたいですね。

ハヤテのべリオロス戦も見ものですが、ヒナさんのサブターゲットも気になっております。なんせモンハンには乱入という迷惑極まりないシステムがありますからね。睡眠のウザいアイツならともかく、ハヤテと一緒でも厳しいであろう暴食なアイツがこないことを祈っております。

それでは次回も楽しみにしています。勉強頑張ってください(人のこと言えない
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.23 )
日時: 2015/03/30 01:08
名前: 壊れたラジオ

レス返し
masaさん
すみませんずっと連載が出来なくて……
それでも待っていて下さった人がいたことに感激しています。
最近ホントに忙しいんですよね……今は春休みだから良いとはいえ、それが終われば……いや、考えないようにしよう(オイ)。

きっとヒナギクさん(こっちのも)も小さい頃はダイブしてましたね、きっと。
ゆっきゅんはきっとやります。誰が止めるのも聞かずに、雪が積もった次の日には誰よりも早起きをして、白銀のキャンパスの中に飛び込むでしょう……たぶん。

ハヤテは脚力が異常なので、きっと腰ぐらいの雪ならばボスボス蹴っ飛ばして歩くと思います。
人間ブルドーザーですね(ここは笑いどころじゃないです)。

まあ、ハヤテはきっと化け物です。分かり切ったことですが。
今更それを認めるのもどうかと思いますけど。

ヒナギクさんは……きっといつかなれると思います。今後の展開をお楽しみに。

まあ……果物に関しては、彼女の感覚がちゃんと働いていたかの、ハヤテなりのテストなんでしょう……荒っぽいけど。
果物の見た目のイメージはなんとなく山リンゴっぽい感じです。だから当たると堅いのでつぶれはしないイメージで書いてました、はい。(それはそれで危ないけど)

生物はすごいですよね〜。
わたしは生き物を調べたりするのが大好きなので、モンスターハンターの世界にこう言ったものの見方を組み込めないかと最近考えています。

鈴音さんは……数少ないハヤテの家族の中で、さらに数少ないちゃんとしたひとですから。
きっとそれはどこに行ったって変わる事は無いでしょう(映画版のハヤテに対してあそこまでの愛情を示したのを極端に解釈しなければ)。
いずれ、彼女もきっと登場するでしょう。

準備は大事です。
登山に行く時とか、忘れ物をしたら命取りになる事もありますからね〜。ハンターだってきっと同じです。
ゲーム機の向こうからきっとプレイヤーに文句を言ってることでしょう。

ハヤテのさりげない優しさは美徳でもあり、危うさでもあります。
それは今回ほんの少し、掘り下げようかなと思ってます。はい。

マスターの性格も、きっとこんなもんかなと自分で解釈しましたが、違和感があると言われなくてよかったです。
何時もは彼もタンジアの港にいると言う設定です。

最後に、彼の不幸スキルに関しては……その予想が外れる事は、恐らくないでしょう。
彼の周りには、いつだって不穏な空気が漂っていますから。




タッキーさん
広い馬車と惚れ薬?そんなものがどんなに徒党を組んでもきっと破れないのがハヤテ君の鉄壁のガードです。

いやはや、待ってくれる人の期待に応えられないヘタレ文書きですが、これからもよろしくお願いします。

表現に関して、昨年書いたときに改めて読み返すとへったクソだなぁ……と思ったので、勉強の合間にいろんな本を読んで、好きな表現とか風景描写を読み取ってました、はい。

それが予想外に自分の拙い部分を指摘する結果となって、以前書いたものに赤面して悶絶しています。

ヒナさんとハヤテ君のやり取りは、傍から見てむかつくぐらいのものを目指してます。
でも付き合ってない。もげろ、と言わしめるような感じにしたいです。
砂糖は……吐けるといいなあ。

わたしが生物が好きなのは、『獣の奏者』とか『Walking with Dinosaurs 驚異の恐竜王国』、『地球大進化』『プラネット・アース』などに起因しています。
あの雄大な自然と生物の命のやり取りを自分も文として書けたらいいなと思ったとき、漫画で好きだった『ハヤテのごとく』とゲームで好きだった『モンスターハンター』を組み合わせたら面白いものが書けるんじゃないかと思いました。
少しでも体感していただけるのなら、本望です。

わたしは……最近ギルクエでシャガルマガラかラージャン、時折ゴーヤ君を狩るだけです。
モンハン持ってる友達ほとんどいないので、殆どソロです。
準備しないと、確かにあの屈強なこんちくしょう共には勝てませんね(笑)。
経験者の体験談です。

最後に……ハヤテの狩猟、ヒナギクさんの任務。
きっと一筋縄ではいかないでしょう。
それでも、面白いと思っていただけるようなストーリーにするつもりです!








それでは、続きをどうぞ!





………………………………………………………………………………………





第三章
第六話『雪に咲くは緋色の花』






ヒナギクは少し辟易としていた。
山の天候は変わりやすいとは言うが、北国の天候もここまで不安定だとは思わなかったからだ。
最早、ここに来たばかりの頃の、あのすばらしい気持ちは戻っては来ない。
ひゅうひゅうと幌馬車の外で音を立てる風の音を聞きながら、ヒナギクはそんな事を思った。


ユクモ村では、寒くて厳しい雪の季節の後には“春一番”と言う飛び切り冷たい突風が静かな森や山、凍り付いた谷間の川面や池、湖に吹き渡る。

しかし、それがユクモ村に居座る冬の季節を一気に追い払っていくのだ。

それが駆け抜けた後、また渓流には一気に生命が満ち溢れる。新緑が萌え、川面には澄んだ雪解け水が海まで一気に駆け下り、雪の下に埋もれていた栄養をまた大地に満ち溢れさせる。

それに従って、どこかに隠れていた命たちもまた活動を再開する。
土の下から、水の底から。そしてまた、遠くの空の果てに消えていた者達まで。

また次の一年を、素晴らしい生命の営み、そしてサバイバルの日々が訪れるのだ。



ヒナギクはため息をつきながら、手あぶりの上でしゅんしゅんと音を立てている金属製の薬缶に目を向けた。
その中からは白い蒸気が人の吐息のように立ち上るが、すぐに虚空の中に消えていく。
蒸気が勢いよく吹きだし始めたのを見計らって、彼女は手に革製のミトンをつけると、その薬缶の取っ手を掴んだ。
彼が買ってきたらしいそれは、取っ手に断熱性の持ち手は作られておらず、そのまま触ると火傷をしそうだったが、外の寒さと合わせてしまえば尚の事だった。

それを近くにあった陶器製の容器に移しながら、外から聞こえる音に耳を澄ませた。



さきほど言った通り、“春一番”は春の訪れを知らせるものだ。
幼いころ、強風の所為でほとんど外に出られず、両親にも危険だから出てはいけないと釘を刺されたことがある。
家の中よりも外の方が好きだった自分は、一度だけ両親のいいつけを破って外に出たことがある。
しかし、風の所為で飛んできた砂や葉っぱが自分の全身に襲い掛かるし、屋根瓦などの重いものまでが飛んできて、非常に怖い思いをした。
すぐに姉が連れ戻しに来たが、こっぴどく怒られた。あのころの姉はとても頼りになるヒーローの様だったが、今はその面影が今は殆ど無い。



本人がいたらきっと怒るだろうことを考えながら、彼女は薄く笑った。



しかし、両親からはこんな話も聞いた。
あの風は、ここに住んでいる生き物たちに春の訪れを教えてくれるだけではなくて、冬を吹き飛ばして暖かい日差しを持ってきてくれるのだと。
その光を浴びて、いろいろな植物や、動物―――花や草木や鳥に魚、大きな生き物まで、そのすべての生き物に恵みを与えてくれるのだと。
それを聞いて以来、子供ながらに自分は感動したのだろう。
その頃から、家の窓の中から、億劫に外を吹き荒れる風を見る事は無くなった。



自分はその時から少しずつ、幼さをなくしていったのだろうか……と僅かな寂寥が胸の中にうずいた。




ただ、今外で吹き荒れている風はそう言った勢いの良い春一番のような突風ではなく、どちらかと言うとユクモ村の秋の終わりに吹く“木枯らし”の風のような印象を与える。
それが吹く度に、自然の生命力が弱まっていくのが、自分の感覚で手に取るような感覚で分かる。
それは、家の中にいても、外にいても少しも変わらず、秋の終わりの憂鬱さを駆り立てるのに十分だった。
それは何年たった今でも変わっておらず、未だに外から聞こえてくる物悲しい吐息のような響きに、心の底から億劫な気持ちになるのだ。



しかし、今それを考えていてもしょうがない。
ヒナギクは軽く首を振ると、陶器の蓋をしっかりと締めた。
そしてもう一度、水がめから水を汲むと、薬缶にそれを移した。
その水は馬車の内側の水がめに入れていたが、さすがに少しの間外に止めておいて、人のいた暖かさの無い馬車の中にあったせいか、かなり冷たかった。
柄杓から少しこぼれた水が指を伝い、その冷たさに少し鳥肌が立つ。

彼女は素早くそれを手あぶりの上の金網の上にそれを移すと、冷えた手をその陶器製の表面に少しの間くっつけていた。
そして一つため息をつくと、先ほどの陶器製の容器を薄い布で素早く包んだ。
容器は中に入れた熱湯のおかげで、ほんのりと温かみを持っていた。
幾ら陶器製で熱が通りにくく、逃げにくいとはいえ、こうしておいた方が熱はもっと逃げにくいし、あまり高温になり過ぎて低温やけどを起こすこともない。

ハヤテが近くの村から買い込んできたものの一つの湯入れをもって、ヒナギクは入口のフェルトに手を掛けた。





外では、激しい吹雪が舞っていた。
中からも聞こえていた風の音からはある程度予想していたが、あの短時間でここまでひどくなっているとは思わなかった。

小さな針をいくつも突き立てたような強烈な寒さが入口から容赦なく吹き込み、ヒナギクは思わず目をきゅっとつむった。
車の中はある程度暖かかったため、体感気温は半端ではない。
薬缶のそばにいて、僅かに赤みが差した頬は一気に冷えて白く変わってしまう。

その中で彼女は目を開いた。
先ほど―――――と言っても、もうずっと前の様に感じるぐらい、自分の気持ちは沈んでいたが―――――見た粉雪などがかわいらしくちらちらと振っているのではなく大粒の雪が彼女の顔や、馬車のフェルトに次々と風にあおられてぶつかって来る。
まるで雪合戦自由形(人間でないものの参加も可)のような雰囲気だが、そんなに生易しいものではなく、この辺りの人間ではない自分たちを拒む城塞のようだとヒナギクは感じた。
びゅうびゅうと吹き付けるそれは、まるでこの先に二人が進むのを遮ろうとする壁の様に立ちふさがっていた。

それだけでなく、雪山の悪天候は空気中の僅かな水分までも凍り付かせているらしい。
ここに来て、初めて外の風景を見た時に遠くの山脈を見たけれど、その時に其処にかかっていたあの真っ白な巨大な雲。
まるでその中にそのまま突っ込んだような、濃密な霧があたりに立ち込めていた。
真っ白な霧は視界を遮っており、僅か数メートル先までをカーテンの様に包んでいる。
モヤモヤと立ち昇るそれは、まるでユクモ村の温泉の蒸気の様だったが、あれのような暖かさなど微塵もない。それどころか、自分たちの体温をじりじりと奪おうとする悪魔の吐息のように思えてくる。


今、馬車の外はほとんど何も見えず、危なげで滑りやすい雪の上を、何とか前に進んでいるようなものだ。
キュッキュッとソリの重みが降り積もっている雪を固めながら進んでいる音だけが、今自分たちのいる足元に地面が確実にある事を示している。


時計や、昨日休息を取ったところからの出発時間を考えると、もうおそらく昼頃だと言うのに、空にはこの悪天候を司っている巨大な積乱雲でもあるのか、まるで夜の様にあたりが暗い。

ハヤテのそばにある小さなランプが無くては一寸先も見えていないところだった。
しかしそのランプの光に照らされて浮かび上がるのも、やはりこの辺りを取り囲む霧だけだった。

















昨日の一夜を、二人は近くにあった村に滞在し、宿を取って休息した。
馬車の中で寝るよりも、そう言ったしっかりしたところで休息が取れるならそれに越したことは無い。
それに彼女の体はある程度広いとはいえ、足を延ばせるほどの大きさは無い馬車の中で眠ったことで、少し寝違えてしまっていたため、柔らかいベッドはありがたかった。


その宿の窓から見えた星空は、自分が今まで見たこともないようなものだった。
そもそもの星の数が違う。光の海のような星空は、渓流で見た時よりもずっとずっと近くに感じられた。
彼は、空気の中にほとんど水分が含まれていないからだろうと言っていた。不純物が無い、透き通った空の空気を思い切り吸い込むと、何とも言えない澄み切った感覚が体の細胞一つ一つにしみこむような気がした。
その夜は、今まで経験したことがないほど良い心地のまま眠りにつくことが出来、旅の疲れを癒すことが出来た。



次の日、窓から差し込む光で目を覚ました。
彼女の目覚めは良い方だったが、冷え込んだ部屋の中、ベッドから中々出る気が起きなかった。
いつまでもそうしているわけにはいかなかったし、隣の布団からは彼の姿は無かったから、何とか起上がった。
着替える時は部屋の寒さが肌を刺したが、ふと窓の外を見ると粉雪が舞い散っているのを見た。
天気は晴れと言う訳ではなく、僅かに曇った空から、しんしんと綿毛のような雪がそっと窓の縁に降り積もっていた。
すっと指先で縁に溜まった雪を掬い上げると、布団の中の温かみがほんのりと残っていた自分の体温で、すっと溶けてしまった。
ヒナギクはふっと息を一つ吐くと、窓を閉めた。
少し冷えた指先をさすりながら、クローゼットにかけておいた冬用の服や防寒具を一着ずつ着込んでいった。
その後で、彼のベッドと同じように自分が使ったものを綺麗に整理しはじめた。

それを終えると、この部屋に持ち込んでいた荷物を纏め始めた。
武器や防具は馬車に積んであったので、それ以外の自分の荷物を手早くまとめると、彼女は木製の鍵入れに入れてあったこの部屋の鍵を取り出した。
チャリン、と金具がこすれあうような音が彼女の耳に響いたが、この部屋の音はそれっきり。
まるで外の銀世界と同じように、静かな音を立てて部屋を出た。
ちらりと部屋の中をドアの外から覗き込むと、誰ともなく小さくうなずくと、彼女はドアのそばにあったランプの灯を落とした。
その後、部屋に鍵をかける音が響いた後、それきり静寂が訪れた。

支度を整えると、彼はもう支度を終えて、いろいろと買い込んだものを馬車に運び入れていた。
自分が長く眠っていたばかりに、ほとんど手伝う事も出来なかったことにヒナギクはまた申し訳ない気持ちになったが、彼はやはり気にも留めなかった。

ふと、彼が空を見上げた。
先ほどから降っているこの雪を物憂げに見つめていた。
彼女は理由を聞いてみるが、山の天気は変わりやすいし、こう言った北国ではいつ寒さが激しくなるかが分からないからだと彼は答えた。





「これは、早めに出発して次の目的地に着かないといけないかもしれませんね」
「そうね。それがいいと思うわ。」





ヒナギクも同意する。
どちらにしても、早めに狩場に移動できることほど良いことは無い。

ハヤテは馬車の管理をしていた宿場の従業員に銅貨を渡すと、御者台にまた飛び乗った。
ヒナギクもそれに従って馬車の中に入った。





「ハンターさん。ここから先、もっと寒さは厳しくなるでしょうぜ。防寒対策は万全にしておいてくだせぇ。」
「はい、ありがとうございます」





気のよさそうな、ある程度歳を召した従業員が笑い皺を深くした。
ハヤテはそれに笑顔で答えると、外套を纏ってマフラーを巻いた。そして手綱と一体化した毛皮の手袋をはめて、木製の御者台の段差になった部分に座り込んだ。

ぶらぶらと足を揺らしながら出発の準備をしているハヤテをよそに、男性はフェルトの中から顔を出したヒナギクに目配せをした。





「……そうそう、昨日は同じ部屋にお泊りでしたが……何か進展はあったんですかい?」
「なぁっ!?」





彼がヒナギクにだけ聞こえる様な声で、にやりと笑いながら言った。
彼女はまたしても紅潮し、言葉に詰まってしまった。からかわれることに対する耐性はそれ程高くは無いのに、昨日の今日でそんな下世話な事を聞かれた彼女は叫ぶ。





「そんなわけないじゃないですか!だいたいそんな関係じゃ……」
「え〜、何だお楽しみじゃ無かったのかい……誰がどう見たって、お嬢ちゃんはあいつにホの字にしか見えないんだがなぁ……」
「もう!」





昨日のマスターにしろ、この人と言い、何故自分ばっかりがからかわれるんだろう?とヒナギクは紅潮した頬を隠すかのようにうつむき、正座して服の端をぎゅっと掴んだ。
その男性はその煙草のヤニが少しついた歯を見せてカラカラと笑いながら、彼女の肩を少し叩いた。





「まあ、若い人間のそう言ったものは、ある程度歳を取った人間には簡単には分かるもんさ。それに隠す必要なンかねぇじゃねぇか。」
「……心の機微とかあるんですっ!若い人間にはっ!」





そうヒナギクが言い返すと、彼はまた人の良い笑みを浮かべた。





「まあ、頑張れや。……おいにーちゃん!お前がどうするかは知らんが、とりあえず大事にしてやるんだぞ!」
「へ?」
「ちょっとちょっと!?何を……!」





マスターの時みたいに、なんかまた仲良くなってるなぁ、とそんな事を漠然と思いながら、ぼうっとやり取りを聞いていただけのハヤテに、彼の言葉は理解すること等出来ずに、素っ頓狂な声を上げた。
ヒナギクは激しく取り乱しているのも、何故か分かっていない彼の様子を見て、男性は『……もしかして……』と言うような表情をした後、憐れむような表情を彼女に向けた。

それを直視するのがなんとなく嫌で、ヒナギクはぷいと目を逸らした。
そしてそのまま、馬車の中に身を滑り込ませて、それきり出て来なくなった。





「……何があったんですか?」
「はあ……いつか背中をグサッと刺されますぜ?それもかなり近いうちに……」





ええ!?それは嫌だ!と言うような表情を浮かべるハヤテ。
いきなり自分の殺害の予言をされても困る。それも生粋の占い師とかではなく、とある村の宿の従業員からされたとなったら、もっと嫌だ。

考えていることを悟ったのか、彼はやれやれと首を振った後、『まあ、気を付けて下せえ』と言って、宿の方へ向かって言った。
雪の上に残っていく彼の足跡を見ながら、ハヤテは首を傾げた。

今考えても仕方ないことだ、と自分に言い聞かせて、ハヤテは手綱をしっかり握った。
ゆっくりとポポが歩みを進めていく。
ソリがゆっくりと雪の道を滑り、ハヤテは一息を付いた。



ポポが雪を踏みしめる音が、静寂の中に響いた。
朝焼けの光が自分にかかる。勿論それはそれ程暖かい訳ではなかったが、どこか心が安心する。
それに呼応して、白銀の雪は融けた水あめのような色に染まって、柔らかい光を反射してちらちらと光る。
それに加えて、空気中の水滴が凍り付いたものが、朝焼けの空にまるで宝石を砕いて散らしたかのように煌めいているのを見て、ハヤテは思わず息を吐いた。その真っ白な靄はたちまち空に消えていったものの、ハヤテには気にならなかった。

ヒナギクを呼ぼうかと思ったけれど、さっきの彼女の調子からしてすぐには出てきてくれないだろうなと苦笑した。
そして、ハヤテはまた前の風景に向き直った。



これから少し下りに入る。
雪にすべる事が無いように注意しなくてはいけない。
重い馬車はスピードが出た時に制御が難しいので、上手くポポのスピードを調整しなくてはならない。
とはいえ、彼らは鈍重な動きが主なので、あまり気にすることはあるまい。

下の谷間には、寒冷地によく生息している針葉樹の常緑樹が生えている。
そのとげとげしい葉っぱにはそれ程雪が積もっているわけではなかったが、朝日に緑が萌えて、枝の隙間に積もった雪は光を反射してきらきら光っている。
まるで、祭りの時の街並みにいくつもつるされているランタンの様だった。
ただ、ポポにとってはああいった木の葉は堅すぎて食べるのに向かないから、きっと興味など無いだろう。

天を突く山脈はまだ日の当たっていない方は真っ暗だったけれど、山の端が白み始めている。
その斜面にもまた、大量の雪が降り積もっているらしく、なめらかな山肌を形作っていて、それが遥か下の谷底まで続いている。
時折、雪が剥げ落ちて蒼い地面をむき出しにしているが、それが特徴的な模様を形作っている。

しかし、高所恐怖症の彼女は見られないに違いない、とハヤテは思った。
勿体ないが、仕方ないのかもしれない。
あの時の様に無理やり見せるのも何だったので、またの機会という事でも構わないだろう。



しかし……とハヤテはため息をついた。
その原因は、西の空にかかっている、巨大な雲だった。
目の前にある巨大な白い山脈に牙を剥くかの様に、西の空から流れてくる真っ黒な雲に不穏な空気を感じながら、ハヤテは前方を見据えた。
今日、通らなくてはいけないのは、あの雲の下にある谷間にある雪道だ。
何時もならば、山脈に邪魔されて雲が入れないため、あそこの天候は比較的緩やかであるし、別に遠回りと言う訳でもない。
何も無ければいいけれど、とハヤテは上からしんしんと降り積もる雪を降らせる、薄い雲を見上げた。























「ハヤテ君。あなたが今持ってる湯入れ、もうそろそろあったかくないでしょう?」





ヒナギクがそう問うと、御者台に乗って手綱を握っていたハヤテが振り向く。
御者台にはかなり多くの雪が降り積もり、彼のいるところ以外は真っ白な雪に埋もれている。
ランプの発する熱が雪をある程度溶かしてはいるが、焼け石に水で、その周りに円形の穴が出来ている。
ハヤテは外套についているフードを深くかぶり、マフラーを幾重にも巻いている。
しかしフードには上から降ってきたらしい雪が積もっていたし、マフラーの周りは白い雪と透明な氷で包まれている。体温や吐息で一回溶けた雪がこの寒さで再び氷結したのだ。
幾らハヤテが超人だったとはいえ、何時間もこの寒さの中でポポを制御しているのは楽な事ではないだろう。
しかし彼はそんな彼女の心配を意に介さない様に、ああ、と気の抜けたような声で応えた。





「いえ、まだ大丈夫だと思いますよ?それに、あなたの方こそ体を冷やさない方が……」
「私は大丈夫よ。そんな状態でいたら、あなたの方が風邪ひいちゃうから。」





こんな状態でもこちらを気遣ってくる彼には正直頭が下がるが、それはどうしても彼女の良心に冷えた水を掛けられ続けているような感覚がして、彼女の口調は自然と厳しくなる。

強引に彼の懐から湯入れを奪った。
彼女が思った通り、それは随分と冷え込んでいた。





彼の予感は正しかった。
少し前、ぐらりと天気が傾いた。
山脈にかかっていた黒い巨大な雲が二人の頭上に移動してきたのだ。
その雲を持ってきた強力な西からの風は雲が降らせる大雪を、零下の凶器へと変えた。

雪の所為で、目を開ける事すらままならない。
昨日見た、星空のようなロマンチックな情景はもうそこには無く、一寸先も見えない暗闇と霧が立ち込める、ホワイトアウト状態に陥っていた。

馬車をひくポポは平気だ。
元々こう言った環境に生息する生物であるし、その体は寒冷地に非常に高い適応をしている。
その体に生える大量の体毛は言わずもがな強力な防寒具であるし、その下には大量の皮下脂肪があって、体温の発散を防いでいる。
それに体毛の生える向きも特殊で、全てが下に向かって生えている。こうすることで、雪が背中に付着しても、下向きの毛によって体に積もることなく滑り落ちるのだ。
足の裏には分厚い皮で出来たクッションのようなものがあり、指は大きく広がっている。
これはポポの体重を支えるだけでなく、雪道の中でこの重い生き物が地面に沈みこまない様にしている。
そのため、彼らはこの大雪の降り積もる柔らかい地面に沈み、はまり込むことなくスムーズにその体を進めることが出来る。

また、彼らの呼吸システムにも大きな特徴がある。
ポポは大きな鼻腔を持ち、そこに大量の血液を通しているが、吐き出す息の通り場所と吸い込む息の場所は全く別である。
そこにはそれぞれ毛細血管が張り巡らされており、吸い込む時はその血の熱によって空気を暖め、効率よく取り込むと同時に、体内の温度が下がらない様にしている。
逆に吐き出すときは血管に吐息から熱を取り出して体内に還元する。こうすることによって、彼らは体内の熱を極力逃がさない事によって、エネルギーの効率を良くしている。
これもこの環境に適応した驚くべき進化と言えるだろう。





しかし、人間にはあいにくそんな素晴らしい身体的特徴は無い。
こういう時は、過去から受け継がれてきた知識をどうにか上手く利用するしかないのだ。

湯を入れたばかりの新しい湯入れを彼に渡すと、少しの安心感と、何故か溜飲が下がったような気がした。
こんな時まで辛抱をして、他人を頼らない彼にいつの間にか自分は行き場の無い思いを感じていたのかもしれない。





「……僕は、そんなにやわい体はしていませんよ。この程度の寒さは慣れっこです。」
「……」
「それに、その湯入れはあなたに買ったものなんですから、自分で暖を取っていてください。……まだ道のりは長いんですから。」





彼の言葉に、彼女はうつむいた。
道程が長いのはあなたも同じだろう、と言う言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
こんなことなら、馬車の中で引っ込んでいないで、天気がましだったころに彼から馬車の扱い方を教えてもらえば良かったかもしれない。
そうすれば、彼と交代交代に御者台に乗ることが出来、彼の負担を少しでも減らせたかもしれないのに……とヒナギクはため息をついた。

よっぽどひどい顔をしていたのか、彼はそのフードの影の下から微笑んだ。
良くは見えなかったが、きっといつものような柔らかい笑顔を浮かべているのだろう。
それが余計にやりきれない気持ちを強めている事までは、彼はきっと気づいていまい。

大切な人のために少しでも役に立ちたい。
彼女は自分のその気持ちを少しでも汲んでほしいとも思ったが、それを言ったところできっと彼は困ったように笑うだけだろう。
彼にとっての大事にするとは、きっとそういう物で、自分とは幾らか食い違っているのだ。

彼にとってのそれは、相手を危険から遠ざける事。
自分にとってのそれは、大切な誰かと何かに共に立ち向かう事であり、多くの感情を共有する事なのだから、それが食い合うはずはない。
まるで歯の数が上手くかみ合わない歯車が機械の中に組み込まれているように、スムーズには動かない。

それにはきっと、この自分の正直でない性格を直すのと、彼の鈍感と優しさをある程度削る必要があるだろう。
どう考えても、そんな事は今の自分たちには荷が重すぎる。
正直な気持ちを頭の中で浮かべるだけで、全身の血液が逆流して沸騰してしまうような自分の情緒では、それを口にする事さえきっと難しい。
はっきり言ってG級ハンターになる方が簡単に思えてくる。

彼の唐変木を直すのはもっと難しい。
それこそ、G級のモンスターすべての生態を解き明かして、一冊の本にそれを纏めろと言われているのに等しい。
何とも情けない話だが、出来ないものは出来ないと割り切らなければ、ハンターには向いていない。





そして、自分の気持ちよりも彼の唐変木よりも重大なのが、彼自身の性格だ。
彼は自分の事は二の次で、いつも他の人――――だけでなく他の様々な生き物たちに慎重に気を配っている。
生来の優しさがそうさせるのだろうが、ある程度それをそばで見ていると、その危うさが手に取るように分かる。
このままでは、いつ限界を迎えるのかが分からない。それを支える人間がそばにいなければ、きっといつかそれは折れてしまうだろう。

しかし、彼自身誰かにそばにいて欲しいという雰囲気を出したことはただの一度もない。
自分がそばにいるのだって、ギルドが自分の能力の育成のために、信頼の厚い彼にそれを任せたに過ぎない。

彼について自分が知っていることは、まだわずかにすぎない。
昔、何かあったのだとしても、それがどうして……と思わずにはいられない。
そう言った気持ちは、彼もまた感じているのだろうか。それは分からない。

しかし、そこで止まるわけにはいかないのだ。
G級ハンターになるのと同じで、彼のそばにいる時間の中で、話の中で必要な事を見出して、粘り強くいれば、きっとその心の奥底にたどり着けるのかもしれない。

近道などは無い。
強いて言うならばきっと、遠回りに見える道こそが、最も最高の近道となるのだろう。
それがおそらく、自分の性質を変え、彼の性質を変えるきっかけとなるだろう。






ヒナギクは冷えた湯入れを脇に置くと、中から取り出した湯入れを彼に押し付けた。
しばらく黙っていたハヤテだったが、何も言わずに彼女から布で包まれたそれを受け取って、懐の中に押し込んだ。



ほんの少し外にいるだけで、全身から熱が奪われているような感覚に襲われる。
こんなところにずっと座っていて、自分よりも多く着込んでいるとは言っても、辛いはずがない。
彼女はそう思って、彼のつけている毛皮の手袋の下に手を滑り込ませた。





「……冷たい」
「え、そうですか?」





彼の方が座高も高い。
上の方から彼女の耳に間の抜けた声が聞こえる。
やはり、ずっと外にいては冷え込むだろう。氷の様に冷たいその指に、自分の指を絡ませた。





「どこが平気なのよ。こんなに冷たくなってるじゃない……」
「あはは……すみません」





苦笑いをしながら、それでも自分に対して申し訳なさを出す彼に彼女はうつむいた。
顔から火が出た様に熱い。
外は零下で極寒のはずなのに、露出している皮膚から白い靄が出ているのではないかと勘繰ってしまうほど体が熱く感じられた。
普通にしていると、恥ずかしすぎてそう簡単に触れること等出来はしない。
こうして口実をつくらなくては、体に触れる事も出来ない自分の臆病さに少し腹が立った。



それでも、彼はそんな自分の気持ちを知ってか知らずか、苦笑いを浮かべるだけだった。
多分、難しい顔をしていたから、また自分が何かやらかしてしまったのだろうかと思案している最中なのだろう。





(ばかね。そんなわけないのに)





むしろ、自分のまだまだ至らない部分に辟易としているだけなのに、それを自分の所為とすぐに勘違いしてしまう彼はやはり優しいのだ。

こういう事に関してとんと疎い彼の動揺を見て、僅かに口の端が緩んだ。
女性は男性を振り回すものだと、どこかの本に書いてあったけれど、それをこの彼に当てはめてしまってもいいのだろうか。
分かって居ながら、彼に正直に言えずに振り回し、動揺させてしまう自分はきっとひどい奴に見えてしまうかもしれない。

少しだけ、彼には申し訳ない気持ちになったけれど、せめていつも厄介な自分の性質が邪魔してしまう分、こんな時ぐらい正直になっても罰は当たらないだろうか。
それが、彼に気づかれることのない事であったとしても、そのそばにいて暖かさを感じることぐらいは許されるだろうか。





(まだ、正直にはなれないけれど)





またいつか、と彼女はそっと目を閉じて、彼のそばに寄り添った。
彼の腕と自分の腕を絡ませ、体の間にあった隙間が出来ない様に自分の体を押し付けた。
いきなりいつもとは全く違う行動をとった彼女に、彼はあっけにとられたような顔をしたが、振り払うような事はしなかった。




















*                *
















不意に、冷たい風が自分の肌に染み込んできた。
さっきからどのぐらいの時間がたったのだろうか、自分は思いもかけず眠ってしまったらしい。
自分の体には分厚い毛布と羽根布団が掛けられている。先ほどまで感じていた、包み込まれているような暖かさは、どうやらこれだったようだ。

そんな事を思いながら、彼女はしばらくの間ぼうっとまどろんでいた。
自分はどれくらい眠ってしまったのかとか、今は何時なのだろうと言う考えが浮かぶ。
目をこすりながら、小さく欠伸をした。空気を吸い込んだことで、少し眠気が飛ぶ。


そう言えば、彼はどこに行ったのだろうか……自分は眠る前に、何か幸せな感覚に包まれていたような気がするけれど……。



しかししばらくすると、彼女の頭はゆっくりと冴えわたっていく。
そして、彼女は自分が眠りに落ちる前の一番新しい記憶を思い出した。思い出してしまった。
彼がどうしたかと言う先ほどの寝ぼけ眼の疑問も、今となっては燃え盛る火の中に燃料を投じるようなものだった。





「あああ……」





ヒナギクは小さなうめき声をあげた。
自分はなんてことをしてしまったんだろうか。
彼女は自分の頭を抱えた。布団の中でそんな事をするものだから、傍目には白い蓑を纏ったオオミノムシの様に見える事だろう。そしてその蓑からは、きっと赤い顔をした芋虫が顔を出している。
ごろごろと車の中を転がっても、その恥ずかしさは消えないし、体も持つ熱さもひいてはくれなかった。

あまりにも心地よい感覚だったから、きっとそれが夢であったと言われても信じたに違いない。
しかし、自分は一度もこんな布団に入った記憶は無いし、その覚えているよりも後の記憶は無い。
そして何よりも、その握っていた……握られていた手の感触がそれが夢でない事を証明していた。

――――――夢なら、どんなに気が落ち着いただろうか。
幾ら、良い空気だったとはいえ、あの時の自分はちょっとどうかしていた。
確かに正直になりたいとは思ったけれど、いきなりあれはいくらなんでもない。
彼の事だから、絶対にこちらが変になったか、どうかしたかとしか思っていないに違いない。

そして、非常に厄介で余計なお世話な事に、自分の頭はその記憶をフルカラーでリプレイする始末だ。
吊り橋効果とでも言うのだろうか、若しくはあの時の自分は泥酔状態だったのかもしれないと希望的な観測をしてみるが、それにしては意識も記憶もはっきりしすぎている。

彼の前でやってしまった自分の姿を思い直して、また思考のループに落ち込んでしまう。
それを繰り返した彼女の頭はもうすでにオーバーヒート寸前だった。

今更ながら激しい羞恥がわいてきて、出来る事ならこのまま大声で叫びたかった。





「あ、起きましたか。」
「きゃあああああああああああああああ!?」





いきなり頭上から降ってきた声に、ヒナギクの体はそれと分かるほど大きくはねた。
体に押し込まれていた羞恥は大声となって響く。
彼女は目を見開き、上半身を起こした。
体にかかっていた毛布と羽根布団はずるりと体から落ちて、そこに積み重なった。
上気した頬のまま肩を上下させ、胸を抑える彼女に、ハヤテも声をかけただけでそこまでびっくりされるとは思わなかったのか、ぎょっと目を見開いていた。





「あ……ごめんなさい。」
「まあ、いきなり声をかけた僕が悪かったですけど……そんなに驚かなくても……」





取り合えずヒナギクは大声を出してしまった事を詫びるが、その自分が驚いたわけを、寝起きにいきなり声を掛けられたからだと勘違いする彼の鈍感はもう常軌を逸している。
と言うより、彼自身もさっきの事の当事者のはずなのに、全くもって気にしていない。
まるで自分がバカなだけの様に見えてきて、ヒナギクは少し膨れた。彼は、本当は全て知った上で鈍感を演じているのだと聞かされても、自分はもう驚かないかもしれない。



しかし、彼の行動を総合すると、先ほど冷たい風が入り込んできたのは、彼が入口を開いたからだったのだ。
ひんやりとした風がわずかに入って来て入口の縁に当たって下手くそな木管楽器のような音を立てるが、ハヤテが後ろ手にそれを閉めると、風の音は外でひゅうひゅうと空気を切るようなものに戻った。




ん?とヒナギクは考え込んだ。
冷たい風が入って来るのを感じたのは、自分が目を覚ました時だ。
その時には、彼は馬車の中をのぞき込んでいた。つまりは中にいた自分を見ていたわけだ。
それはつまり、今までの行動を彼に全て見られていたに他ならない。





(いっそ……いっそ私を殺して……)





羞恥がピークに達し、彼女は今まで感じたこともないほどに体が熱くなるのを感じた。
消え入りそうな彼女の後悔の声はハヤテにも聞こえていた。

恐らく、彼は自分がごろごろと転がっていたのも、寝相が悪いだけ。上げていた声もただの寝言としか思っていないのだろう。
そう思われるのも、それはそれで嫌だった。しかし気づかれなかった事には少し安堵したが、こうも完璧にスルーされると、むしろ腹が立ってくる。

こんな時にだけ、耳の鋭い彼はこちらがどうしてこんな気持ちになっているのかすら分かってはいまい。
どこか体調が悪いのかと真剣に心配してくれる彼には悪いが、あいにくそろそろその原因が自分にあると気づいてほしいものだとヒナギクは思った。










しかし、彼女の怒りは長くは続かなかった。
彼が御者台から車内に入ってきたという事は、今ポポを制御している人がいないという事。

勿論、彼がそんな危険な事をするはずがない。
けれど、何か馬車を止めなくてはならない事情があったという事だ。



確かに、今のところこの馬車が動いている気配はない。
外の風や雪は先ほどよりもひどくはなっていないが、ましにもなっていない。出ている霧の量も変わらず、前後左右、全ての方向に真っ白なブラインドを下ろしている。

自分が寝ていたのは、2時間ほどだと言う。
しかし、せっかく顔の赤みが引いてきていたのに、彼がまた爆弾をいきなり投下した。





「ヒナギクさん、さっき御者台で寝てしまった時、僕の手を握ったままだったので……荷台に運んでもしばらくはその場を動けなかったんですよ。」





頬を掻きながら、ほんの少し困ったように笑いながら、ハヤテはそんな事を言った。
それはヒナギクの言葉を詰まらせるに十分な一撃だった。


つまり自分は、しばらくの間彼の手をずっと握っていたらしい。
確かになんだか眠っている間もずっと手が暖かかった気がするが……と彼女はそこまで考えて、真っ赤になった。

夢の内容(それもかなり恥ずかしいものを。この場で言えないくらい)を完全にフルカラーで思い出してしまったのか、頭の上から蒸気が噴き出しそうになった。





(なんで最近こんな目にばっかり……)





昨日から、ずっと赤面させられ続けているような気がする。
彼女は少し頭を抱え、心の中で一人ごちた。きっと目の前のこの人は自分がこんなことで悩んでいるなど、全く気付いていないだろう。
自分はそんなに弄られやすいのだろうかと本気で心配になって来る。

本気で悩んでいる彼女をよそに、ハヤテ自身はそんな事があったと軽く話しただけで、それ以外の意図は無かったらしく、それはさておき、と話はつづけた。





(もういいもん……)





それに対して、ヒナギクはもうあきらめたのか、若しくは拗ねてしまったのか、きゅっと服の裾を掴んだ。
その様子にハヤテはやはりどこか調子が悪いのかと勘繰ったが、それには答えてもらえずに、少ししゅんと落ち込んだ。





「……で、何があったのよ……」





このままではいつまでたっても話が出来ないので、ヒナギクは努めて明るくハヤテに尋ねた。
しかし、いきなりそんな口調で尋ねられたハヤテは彼女の変化に少し怪訝そうな顔をした。
ただ、彼もまたいい加減に話を続けないといけないと思ったのか、彼女の変化(機転)に感謝しながら話し始めた。





「実は、少し前にポポが動揺し始めまして……」
「動揺?」





ヒナギクが首を傾げると、ハヤテは神妙な面持ちでうなずいた。
彼が狩場以外でこんなに真剣な面持ちをするという事は、なにかまずい事でもあったのだろうか。
彼女は深く息を吸い込むと、何秒かかけてゆっくりと吐き出した。

それを終えると、ハヤテはまた重い口を開いた。





「ポポのような草食動物は、敵の大型肉食獣の気配を敏感に察知しますから、近くに何か危険なモンスターがいるのかと思って、馬車を止めて、少しあたりを見て来たんです。」





その言葉にヒナギクは息をのんだ。
草食動物のような敵に狙われやすい生き物が敵が近くにいるときに動揺する様子は良く知っている。
ユクモ村近辺にいたガーグァや、ケルビ(小型のシカ型モンスター)がそうだった。
彼らは主に群れをつくって生活する。体が大きくても小さくても、狙われやすいことを知っているから、お互いに守りあえるようにしているのだ。
飼いならされたポポは単独だが、野生にいた頃の本能が残っているのだろう、その感覚は顕著に残っているのだろう。



しかしそうではなく、この四方が霧に囲まれて、いつ遭難するか分からない雪山に一人であたりを見回っていたハヤテの方にもっと驚いた。
幾ら凄腕のハンターで、この辺りに慣れているとはいえ、迷ったとしたらどうするのだろう。

せめて自分も連れて行ってくれればよかったのに、と彼女は思わずにはいられなかった。





「なんで起こしてくれなかったの?一人じゃ危険すぎるじゃない!」
「いえ、こういう状況では一人が馬車に残っていてくれないと困りますし……そういう役目は慣れてますから。」





ハヤテはそう言って、腰に巻いた赤い毛皮のベルトを指さした。
かなりの長さのあるそれは雪が大量にくっついていた。
なるほど、これを自分と馬車に括り付けて、迷っても戻ってこられるようにしていたわけだ。


また、馬車が狙われる可能性もある。
ある程度の実力のあるハンターがこちらに残っていれば、対処は出来るかもしれない。
それに、馬車に一人残っていれば、自分に何かあってももう一人が目的地について、どうにかすることが出来る。

やり方としては賢いかもしれないが、あまりにも危険すぎる。
何も言葉を発せないヒナギクに、ハヤテは彼女を連れて行かなかったことについて、なにか勘違いをしていると思い込んで、慌てて口を開いた。





「いや、誤解しないでください。ヒナギクさんに残ってもらったのはあなたを信用していないわけではなくて……ちゃんと実力をもってるあなたなら、ここを守れると思ったからですよ!?」
「……」





――――違う。
彼女は唇を噛みしめた。
彼に信頼されているのは面映ゆかったし、嬉しくもあったが、そうではない。

眠りに落ちる前と同じだ。
彼は本当に分かっていないし、なかなか変わってくれない。

なぜ、そうやって自ら危険なところに自分から率先して突っ込んでいくのか。
残るよりも、辺りを一人で探索する方が明らかに危険度が高い。
そんな誰もが好んでやらないようなことを、なぜ自分から買って出るのだろうか。

どうして、わざわざ自分から誰かのために危険を冒しに行くのだろうか。
あのディアブロスの時然り、ジエン・モーランの時然り、そしてユクモ村の危機の時然り……なぜ、自分の事を大事に思ってくれないのだろう。



それがもどかしくて、彼の胸ぐらをぎゅっと掴んだ。
少し、目の前がぼやけて、自分が泣いていることに気づいた。
うつむいてしまっているので見えないが、ぼやけつつも視界に入っている彼の腕の緊張具合からして、きっと目に見えて動揺しているに違いない。



ここ最近、からかわれたりしていたのだ。
こういう時ぐらい、自分が動揺させる側に回ったっていいだろう。
そんな事を思いながら、彼の外套に顔を埋めた。






















*                  *











ハヤテはしばらく動揺していたのか、何がどうなっているのか分からないと言うように何も発せなかった。
心臓がしばらくの間、大きく脈を打っているのが聞こえていた。

しかしだんだんとそれが落ち着いてくると、ハヤテは大きく息を吸い込んだ。
外套の上からでも、ハヤテの胸が上下するのが分かって、話の続きをするのだろうと思い、彼女は耳をそばだてた。





「……近くを少し見回ったのは、すみませんでした。軽率な行動だったかもしれません。」
「……良いわ、もう。ちゃんと考えがあっての事だったんだから。」





それで?と優しく促すヒナギクの口調にハヤテは一つほっと息をついた。
先ほどまでのやるせない気持ちは、もうずいぶん収まったような気がする。
しかし、彼とこうして密着している状態は……きっとまた後から死にたくなるほど恥ずかしくなるかもしれない。
自分でまた墓穴を掘ってしまった事に気づき、意外と自分は感情的なところがあるのかしらと感じたが、今はもういい。
腹をくくったようなものだ。離れるタイミングを見つけそこなってしまったから、しばらくこうすることにした(そこ!計算通りとか、口実が出来て良かったとか言わない!今も死ぬほど恥ずかしいんだから!)。




その様子に、安堵した彼はそのままつづけた。





「少なくとも、今は近くにそんな生物の姿は見えませんでしたし、気配はありませんでした……」
「そう……よかった……」





気配って……あなたの感覚器官はもはや何なんだと突っ込みたくなるが、彼がそう言うのならば間違いはないのだろう。
そう思ってしまう自分は随分と彼に入れ込んでいるなと苦笑する。





「とはいっても……この暴風雪ですし、風や霧の所為でちょっと正確な事が分からないので、注意は必要ですが。それよりも」
「それよりも、何?」





ハヤテが口を濁す。
それが引っかかって、彼の方を見上げた。
多分今の自分の目はちょっと赤いだろうが、今はそんな事に頓着している暇はない。





「それが……ちょっと変わったものを見つけまして……たぶん、ポポが動揺した原因は、それだと思います。」
「?」





ヒナギクが眉を潜めた。
ハヤテは乾いた唇を舐めると、彼女の手を握った。
そのまま立ち上がると、ヒナギクの手が引っ張られる。

どうしたのだろう、とヒナギクが怪訝そうな表情を浮かべると、ハヤテの目が少し細まった。
まるで、何か重要なものを見つけた探偵のような鋭い瞳を携えて、彼はいつもより一オクターブ以上低い声で静かに言った。





「ちょっと、一緒に来てください。たぶん、口で言うよりも、見た方が分かりやすいと思いますし……あなたにとっても良い勉強になる……かもしれません」







ヒナギクは素早く馬車の中に積んであった自分の防具と武器を纏った。
その上から、先ほどまで着ていた防寒具の中でも、一番上に羽織っていた最も分厚いものを着こんだ。

ボタンを一つずつ締め、首にマフラーを巻いて、フードをかぶる。
かなりの重装備だが、馬車の中の暖かい空気に比べれば、外は氷点下なのだ。これぐらいしなければ、体を動かさない限り寒くて仕方がないだろう。

準備を終えて外に出ると、彼女に氷点下の気温が襲い掛かる。
ハヤテが飲んでいたものなのか、ガラス製のコップの中に入っている水は芯までカチコチに凍り付いている。
自分が寝てしまう前にはあんなのは無かったから、その2時間の間に凍ったものなのだろう。結構大きなグラスの中の水が完璧に凍ってしまうのだから、随分と長い事彼は外を見回っていたのだろう。



胸が締め上げられるような感覚があったが、彼が馬車の下から伸ばしたその手を掴むと、それが少し和らいだ気がした。
彼の手も自分の手も防具越しだったが、彼の手の暖かさは十分に感じられた。

彼の手を取って馬車から飛び降りた。
地面の雪はある程度固まっていたのか、彼女が思ったほど深くは沈まなかった。
ただ、ここ数時間の大量の降雪によって新しく柔らかい雪はやはりそれなりに降り積もっており、彼女は少しバランスを崩した。

それを素早くハヤテが肘のあたりをしっかりつかんで支える。





「ハヤテ君、手がさっきよりも……」





先ほど馬車から降りるときも思ったが、彼の手がずいぶん暖かい事に気づいて、ヒナギクは不思議そうな声を上げた。
自分が寝ている間外を探っていたならば、もっと体は冷えていそうなものなのに、と。

ハヤテはああ、と何かに気づいたように口を開いた。





「ヒナギクさんがさっき渡してくれた湯入れのおかげですよ。あれ、とても保温効果高いんですね」





そう言って笑うと、彼は懐から自分が湯を入れて彼に押し付けたそれが出て来た。
僕もこれに買い替えようかな、と微笑みながら笑う彼はやっぱり女たらし何だろう。





「まだ温かいですから、あなたが持っててください。」
「え……でも……」
「僕はもう外で随分動いたので、熱いくらいですから。……ちゃんと必要になったら、自分から言いますから。」





小さな声だったが、はっきりと聞こえた。
彼女は少し吹きだすと、それを受け取った。
几帳面な彼らしく、その湯入れは自分が渡した時のまま、綺麗にくるまれたままだった。





「分かったわ、ありがと」





微笑みながらそれを外套の下に抱え込んだ。
まだかなり暖かいそれは、この寒さの中では正直本当にありがたかった。

彼はそれを見てふっと笑うと、また別の方向を向き直った。
ヒナギクはその視線が向いている方向を追った。





「……本当にポポが怯えてるわね……」
「ええ……」





ハヤテは、馬車につながれたポポの横腹を撫でて、落ち着けようとしている。
しかし、あちらこちらをきょろきょろと見回したり、防寒のために小さく進化した耳がパタパタとせわしなく動いていたり、どこかそわそわと足を動かし続けている。
踏みしめられた雪が、斜面を小さな雪玉となって転がっていくが、数メートル進んだところで霧に隠れて見えなくなってしまう。
しかし、ポポには何か人には見えていない何かが見えていて、それから今すぐにでも逃げようとしているような感じがした。

その様子はあまりにも不気味だ。
特に、何かの気配を感じられているポポはまだしも、それが全く何かが分からない人間にとっては非常に恐ろしい。
お化けもそうだが、何か得体のしれないものと言うのは、現れるまでが一番恐ろしい。
それが何か分からない間は、人間の想像力は無駄な知識をフル活用して、ありもしないものをそこにいるかのように錯覚させるし、逆にそこにあるはずのものをあたかも存在しないかのように知覚させてしまう時もある。

この暴雪と暴風、濃密な霧の中では、さしものハヤテの感覚器官でさえも正確な事をとらえる事は出来ない。
まさに五里霧中の中で、手探りであがいているようなものだ。それでも、自分に出来る限りの事を全てしなくては、その不安を消すどころか、立ち向かう事すらできない。

二人は、真剣な顔で目配せをした。






「一体、何があったのかしら……」





顎に手を当てて、難しいことを考えるような表情をしたヒナギクに、ハヤテはポポを撫でる手を止めた。
そして、馬車の前方から少しずれた、斜面の上の方に目配せをした。





「そうですね、多分その答えは……さっき、僕が見つけたあれだと思いますから、少しついてきてください。」





と、その前に……とハヤテはさっきの自分がつけていたベルトをもう一本取り出すと、ヒナギクの方に放った。

彼女はそれをキャッチすると、うなずいて腰のあたりに結び付けた。
その間に彼はそのベルトのもう片方を馬車に結び付けた。





「一応、二人とも命綱をつけていきますけど……僕の命綱を離さない様に、ついてきてください。」





ハヤテの真剣な声が聞こえる。
猛烈な風と雪の所為でほとんど目が開けられず、霧の所為で彼の顔もぼんやりとしか見えないが、きっと彼が狩場で見せるかのような真剣な顔をしているのだろう。

ただ、あのドSな一面が出ていないのが、ここが狩場かそうでないかを表している。


ヒナギクはうなずいた。
そして、赤いベルトと、それにつながるロープを右手で掴んだ。
ハヤテはそれを確認したらしく、そのロープ越しに力が入ったのが分かった。

そのまま、彼は首だけをこちらに向けて言った。





「万が一離れてしまったら、その時は自分の命綱を頼りに戻ってください。場合によっては……一人で逃げる事も考えておいてください。」





その言葉に思わずそんな事が出来るわけないと口を開こうとしたが、彼があまりにも真剣な口調で言ったので、言い返すことが出来なかった。

確かに、そうしなくてはいけない時もあるだろうが……ヒナギクはやはり納得できなかった。

なので、ヒナギクは空気をいっぱいに吸い込んで、彼に向けて言い放った。





「なーに!?天下の<蒼火竜>サマがずいぶん弱気じゃない!行く前からそんなんじゃ、村の人たちが不安がるわよ!!」





努めて軽い口を叩いたつもりだった。
真剣な状態のハヤテにこんなことを言ったらきっとものすごく怒られるだろうが、それを覚悟で、自分の意思を言い放ったのだ。

しかし彼は何も言わなかった。
こちらを見て、少し目を見開くと『そうですね』と言うように軽く笑うと、また前を向いた。

















向かい風が打ち付ける。
防具や防寒着でしっかりと囲われている部分はいいものの、顔のどうしても露出しなくてはいけない部分は容赦なく寒さに晒される。
まるで茨で作ったタワシを顔面に押し付けられているような感覚だ。

それでも、風は止まないし、それに運ばれてくる雪は体の至る所にくっついては融け、また氷点下の寒さによって凍り付いていく。
手先はかじかみはじめていたが、何とか彼の腰につながっているロープの感触は手に残っている。


このままじゃ数時間後には人間の形をした氷の彫像が二つくらい出来てるんじゃないかしらと割と本気で思いながら足場の悪い斜面を登って行った。

しかし、上っていた時間はそれ程長い訳ではなかった。
大変な時間ほど長く感じると言うが、極寒・暴風・暴雪・濃霧に全身重武装での足場の悪い雪山ハイキングもそれに当てはまるらしい。

大体十分ほど直線に進んでいたが、前方は何も変わり映えのしない真っ白な空間、上空は真っ黒な、これまた何の変わり映えのない空間が続いていた。
なんだか、ここだけどこまで行っても何も変わらない異空間に入り込んだ気がして、ヒナギクはちょっと不気味な気持ちに襲われた。





「大丈夫ですか?」





不意にロープの上端から声が響く。
ハヤテだ。こちらに手を差し伸べている。






「いや、この足元はとても不安定なので。」





彼はそう言ってヒナギクの手を掴むと、一息に引っ張り上げた。
自分がそのときに足を掛けたところは確かに雪が緩くなっており、足場は簡単に崩れてしまった。
下に緩やかな清水が沸いている場所だったらしく、雪がそこだけ融けて、崩れやすくなっていたのだった。
防具とその他の物の所為で自分は結構重いはずなのに、それをいとも簡単にひっぱりあげる彼に今さら驚きは感じなかった。
しかし自分の足場も悪いはずなのに、他をずっと気にかけている彼は、本当に強い。

――――――でも、その気遣いを自分にだけ向けて欲しいと考えるのはわがままだろうか。
彼のこう言った面―――大きかれ、小さかれ―――に惹かれている人も多いから、それは難しい気もする。





「―――いつか本当に刺されるわよ……ハヤテ君……」
「宿の人にも言われたんですけど……それ……」





あの人も同じような事を言っていたのか……と、少し驚いたが、彼を少し見れば、そんな事を考えるのは誰にとっても同じなのかと思うと、少し笑えてくる。
クスリとほんの少しだけ笑うと、握っていた手を離した。





足場の悪い所を超えると、少しの変化があった。
勿論、目の前の真っ白な霧、地面の柔らかくて歩きにくすぎる雪の地面も真っ黒で大粒の雪を投げ落としてくる空も変わり映えしないが、一つだけ変わったことがあった。

地面が斜面ではなくなったのだ。





「丘の上……かしら……」
「そうですね。ここは谷と山の間にある場所で……岩棚の様になっているんです。」





彼はその後に、多分と付け足した。
まあ、この状況では確認する術など無いから、仕方がないだろう。





「脆い斜面が削れて谷底に落ちて、固い部分だけが残ったみたいですね。」





霧がここまで深く出ていたことに、初めて深く感謝した。
きっとここからは深い谷底が見えるんだろう。
高所恐怖症の自分にとって、それほど恐ろしい事は無いが、見えていないだけかなりましだ。

ほっと溜息をつくとハヤテはそれを合図にまた歩き出した。
ロープを掴んだまま、ヒナギクも後に続く。





「あれです……一応、臥せてください。」





おもむろに、ハヤテがひそめるような声を出して止まる。
ピンと張られていたロープがたわみ、彼の背中に彼女は手を当てた。
どくどくと心臓が防具の下で暴れるのを聞いて、ヒナギクは胸のあたりでこぶしをきゅっと握った。
乾いた唇を舐めた。しかし、氷点下の気温は一瞬で唇から潤いを奪っていった。
彼の防寒具を掴む手の力が強くなる。

彼はそれを察してか、彼女の肩に手を置くと、静かにしゃがませた。





「……出来るだけ、物音をたてない様に。」





くぐもった声が腹の底に響く。
彼女は小さくうなずいた。


みしみしと柔らかい雪に、二人分の体重が沈んで音を立てる。
足の防具をつけているとはいえ、動きにくい雪の中を膝立ちで移動するのは中々に骨だ。

しゃがんで風の方向にあいた襟元から冷たい雪が入り込んできて、体がびくっと震えた。
しかし、体にある震えをハヤテに対して誤魔化せたのは幸運だと思った。










それが見えた。
ヒナギクは手で口を覆った。
雪に半分埋もれているそれは、茶色の毛を風の中に弄ばれているが、それ以外の動きは一切ない。
この地で体に雪が積もらない様に発達した体も、物言わぬ骸になってしまった今では、何の役にも立ちはしない。

あちこち、鋭利な傷痕の入ったところから、大きな―――人間の身の丈ほどもある白い柵のようなものが飛び出しているが、その至るところに赤い肉片がこびり付いている。
この辺りに生息している草食動物としては大きめの彼らも、それをはるかに上回る巨体を持った動物にはかなわなかったのだろう。





其処に在ったのは、『草食竜・ポポ』。
ハヤテたちをここまで運んでいたのと、同じ種類ではあるが、別の個体の骸が横倒しの状態で暴雪にその身をさらしていた。

彼の死骸は息絶えた時、そのままの姿のまま、雪の中に沈んでいたのだ。
































*                 *



つづく



















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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.24 )
日時: 2015/03/30 02:31
名前: タッキー
参照: http://hayate/1212613.butler

ヒナさんいけーー!!いっちゃえーー!!!

はい、毎度毎度叫んでいてすいません。タッキーです。

人の価値観とか考え方とかの食い違いはもどかしいものがありますね。他人のことにしか気を回さないハヤテが自分のことを心配する人たちの気持ちを理解するのは難しいとは思いますが、いつかそれを分かってくれることを祈ってます。

それにしても今回のヒナさんはいいですね!ええ、めちゃくちゃよかったです!!なんか長くなっちゃいそうなのであえて割愛しますけど、とにかくよかったです!こう、悩みながらも雰囲気で少しだいた(ry

ポポの生態とか、そういうのはとても分かりやすかったです。ホントに生き物の生態とか好きなんだなぁと素直に思いました。冬の星空が綺麗なのはハヤテの言った通り空気中に不純物が少ないからだと聞いたこともありますし、実際自分もそう感じています。冬の空気は夏よりもおいしいですしね。

それから、和やかな場面と真剣な場面の温度差が絶妙で、読んでいるこっちとしては雰囲気がビシビシ伝わってきました。部屋の中にいるのに、まるで自分も凍土に放り込まれたかのような錯覚が(多分冬の夜なのに窓とか開けているせい

最後にでてきたポポなんですが、まぁそうなっちゃうよな〜と。周りより少し足が遅いだけでモンスターに目を付けられてそして食べられてしまうという厳しい世界なので、そこは本当に仕方ないことだと思っています。弱肉強食ってホントに怖いです

次も楽しみにしています
それでは
この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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Re: 疾風の狩人2〈dos〉モンハン3rd,3G,4クロス ( No.25 )
日時: 2015/03/30 03:20
名前: masa

どうもmasaです。

強風の中で外に出るって、どんだけ無謀なの。危ないで済めばいいけど、そんな事無いでしょうし。
まあ、雪路がヒナギクさんを怒るのは超超珍しいかも。今じゃ雪路は怒られることはあっても、怒るなんて絶対にないでしょうし。

やっぱりと言うか、ハヤテの不幸スキルは健在ですね。山の天気は変わりやすいとはいえ、吹雪になるとは。ある意味で、凄いな。
そう言えば、積乱雲は「空の立ち入り禁止区域」でしたね。いくらハヤテでも、積乱雲は退治出来ませんね。

宿に泊まった、だと!?同じ部屋で布団を並べて!?
なんていうか、大胆だな。年頃の男女が一緒の部屋で布団を隣合せて。
まあ、ヒナギクさんが着替え中にハヤテが入ってくるなんて展開は起こらなかったか。あれ?

ヒナギクさんがからかわれるのは仕方ないでしょ。分かりやすいし、過敏に反応するし。そういう時は適当にあしらわないと。
まあ、ハヤテが気付くのは難しいでしょうね。それこそ、ナギがトライアスロンを完走する位。
で、予告?予言?はあれくらいなら誰でも出来るでしょ。有名な占い師じゃなくても。それこそゆっきゅんでも。

ほう。大胆行動2ですか。自分の体温で相手を温めるとは。てっきり、「考えたが実行に移せなかった」みたいな展開を予想してましたからね。

靄に包まれた辺りの探索を1人でやるなんて、危険極まりないですよね。モンスターが「気付かれない様に気配を殺して近付く」なんてやってきても不思議は無いですからね。
そんな事になれば、間違いのない死が待ってますから。

え!?ポポの死体!?しかも、自然に負けて死んだわけではない。つまり、捕食者が居たって事ですよね!?
それって不味いんじゃ。視界の利かない現状じゃ戦う事になったら、普段なら問題なく狩れる相手でも苦戦は必至なんじゃ。
ともかく、戦闘にならないことを祈るしかないですね。戦えませんから。


次回も楽しみにしてますね。

では。

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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.26 )
日時: 2015/03/31 17:49
名前: 壊れたラジオ

感想ありがとうございます!

タッキーさん
ヒナさんいけー!いっちゃえー!とは私も言いたい気分ですが……彼女の性格から、それにはきっと時間がかかるだろうなあ、と思います。
まあ、ナチュラルな雰囲気があるのが、この二人の良い所ではありますが。

ハヤテのやり方は原作と同じですが、その根底にあるものは少し違うだろうなと思います。

ヒナさんはハヤテの前ではとことん女の子という事で(それをわかってはもらえないけれど)。

生き物の生態は本当に好きです。
おすすめは結構前の物になるんですが、『地球大進化』は私にとって鉄板です。
生物の営みが太古から続いている様子が垣間見えて、時折号泣してしまう時があります。

雰囲気にかんして、そう思っていただけて光栄です。
わたしが雰囲気を出そうとするのは……ラノベと言うよりは児童書の方が好きだからでしょうか。
いや、ラノベに比べると吹き出しが少なくて風景描写の方がなんとなく多いような気がして……ラノベの中では、風景描写の多いものを好むこともありますが。

今回のポポは……どういった事情でここにいたのか、想像して貰えればうれしいです。


masaさん
ヒナギクさんも、きっと子供の頃はお転婆だったんですよ、きっと。
原作でも男勝りでしたから、中よりも外で遊ぶ方が好きだと勝手に想像してました。
男の子の様に外で遊べない日に憂鬱な気持ちになる事も、あったんでは無いでしょうか。

不幸スキル……ああそうか、確かにそうですね。
ただ単にすっと目的地につくよりも、こう言ったてんやわんやがあった方が面白いかなぁと思ったんですが、そうやって考える事も出来ますね。

宿に一緒の部屋に泊まりましたが、きっとご想像通りの事があったでしょう。
隣の部屋に泊まっていた若い男性(30代)に聞いてみれば、夜に一緒に風呂に入った若い男の子と別れて部屋に入った瞬間、女性の大きな悲鳴となんか鈍い音がしたそうです。
その後、『ノックは?』『人類最大の発明……』という言葉が聞こえて来たとか……。

ヒナさんは大胆な行動をとりましたが、きっと寒さにやられたんでしょう(オイ)
ハヤテの将来や、いかに?

ハヤテ君は、一人でいた時間が長いから、きっと外を見回りに行く事なんて日常茶飯事だったんです。
自分以外いませんからね。

最後に、ポポの死骸について……きっと普通な展開にはなりません。こうご期待!








* *









第三章
第七話『嵐吹雪て、春日は遠く』





ヒナギクもハンターである以上、モンスターの死骸と言うものはそれなりに見慣れている。
渓流のような美しく豊かな光景でも、と言うよりも豊かであるからこそそこに生息するモンスターも多い訳であり、こう言った生命の命のやり取りの後の光景と言うのはそれなりに目にしてきたことである。
狙われやすい小型の草食竜や、中型の哺乳動物、飛べない鳥竜などの死骸は、狩場にはありふれたものだし、時折大型の捕食者たちの遺骸も転がっていることがある。
それに、根本的に自分たちはその遺骸を作る側なのだから、それは見慣れているのが当たり前のものとも言える。
蠅が集っていることもあるが、それも当たり前のことで、それを食料とする生き物もいるのだ。
つまるところ、その死骸もまた、命をつなぐための自然界の一つの歯車となっているという事で、重要な立ち位置を占めている。
生物の体に、無駄なものなどどこにもないのだ。粉々になった骨はいつか地面に埋もれ、また命を育むための豊かな栄養源となるのだ。





それなのに、目がひきつけられたのは何故だろうか。
雪に埋もれたその死骸は、物言う事もなく、その雪の中に身を隠そうとしている。
このまま放っておけばこの雪の下に閉じ込められ、次の春の日に雪解けと共にまた太陽の下にその姿を現すのだろう。
―――いや、それ以前に、この極寒の地に春の風が吹くことなどあるのだろうか。
これはずっと雪の下に埋もれたまま、二度と日の目を見る事のない死出の旅に出かけるのかもしれない。
しかも、この辺りにはその埋もれた後にその骸を栄養分として利用しそうな植物が殆ど見えない。
この分厚い雪のさらにした、むき出しの土の地面の下にその命が眠っていたとしても、春が来ないのならば、その我慢も無駄になるだけなのではないか。





ヒナギクはそんな事を思いながら、白い霧にけぶる地にしゃがみ込んだままそんな事を考えていた。










幾分と見当違いの事を考えているなと自分でも思い、自嘲気味に鼻を鳴らした。
どんなにひどい環境でも、生物は最後の瞬間まで生きようとする。それに、植物が見当たらないわけではない。
渓流や水没林に生えていたような下草や、水辺に生える苔むした地面は確かに見えなかったが、ここに来る途中にはほんの少しだが木々があった。
針葉樹の一種らしいそれは、とげとげしい葉っぱをしていて、どうにも自分の足場の悪い地面を補助してくれる手すりにするには向かなかった。
その尖った葉は自分の防具の柔らかい生地の下にある皮膚にわずかに突き刺さってしまった。



しかしそれは、この寒冷地に適応した結果であるのだ。
暴雪と暴風が激しくなる前にハヤテが教えてくれたところによると、植物はその葉を使って呼吸するのだと言う。
そんな穴は見えなかったが、目に見えぬほどの小さなそれを介して彼らも自分たちも同じように生きているのだ。
そして人間と同じように、その呼気には水蒸気が含まれている。
しかしこの環境では溶けた液体の水と言うのは非常に貴重であるから、それを失わないために葉っぱの表面積を小さくして、水分の蒸発を防いでいたのだ。



砂漠のサボテン類の棘もその為に、同じように進化した葉らしいが、この真逆の環境で似たような進化をすることは割と珍しくない事なのだと言う。
共通点があれば、何故か生き物たちはその中で最も上手く生きられる方法を模索する。
人間の様にその頭を使ってどうにかするのではなく、自分の体を大きく変えてまで、そこに生き残ろうとするのだ。



それは、きっとこの極限の状態に生息する生物にとっても変わらないだろう。
ここが厳しいと考えるのは人間の主観であって、動物や植物などからしてみれば、きっと得難い生きる場所なのだろう。
この死骸だって、この地に生きる生命あるものにとっては、その命をつなぐために重要な立ち位置を占めているに違いない。










何故か、少しぼんやりとしていて、黒々としていた頭の中にぼんやりと淡い光の様に浮かんだのは、ハヤテが見せてくれた、いくつもの蔵書の姿だった。
それには色とりどりのインクで描かれた何百種類もの生き物たちが書かれていて、それが生きて目の中を掠めていくような光景が目の中に浮かんでくる。
この空のどこか、こことはきっと違う場所だけれど、変わらず太陽の下で生き生きと生きているであろう彼らの絵や精緻な文章は、彼のお祖母様の書いたものなのだと言う。


書をいくつも売ったり、古本を買いとったりしているタンジアの巨大な書店にもいくつも見受けられたものもあったが、それは全て彼女の研究し、まとめた論文や図鑑の写本なのだと言う。
それに書かれていたのは、書店で取り扱っているような活版印刷の機械的な、型にはまった文字ではなく、美しいが人肌の暖かさが感じられる手書きの文章だった。
一枚一枚手書きで書かれたそれは、彼女が亡くなる時に、彼の夢の一つの手助けとなるよう、彼女から寄贈されたものなのだと言う。
彼の兄はそう言った事には興味が無かったのか、それともそう言ったものを必要とせず、他にやるべきことが自分にはあると思ったのか、一枚も受け取らずに彼に全て譲ってしまったのだと言う。
それ以来、兄は遠くに行ってしまって、こちらが手紙を送っても返事が来るのは僅かですし、そもそも定住しているわけではないから、今どこにいるのかすらも分からないんですけどね、と彼はやりきれないような表情を浮かべて笑った。



そこからは言うに言われぬ寂しさが伝わってきて、胸が締め付けられた。
彼にはあまり家族と言える人がいない。そのうちの祖母が亡くなり、兄ともほとんど連絡が取れないとなるとなると、それは孤独を感じるには十分だろう。



自分も姉が――――――いつもはああだけれど――――――いなくなったら、きっと心には空虚なものを感じるだろう。
彼は、いつもそんな気持ちを抱えて来たのだろうか。
彼女はぎゅっと目をつぶった。










その隣で、ハヤテは自分の肩に手を掛けたままで、こちらに振り向いた。
自分は随分複雑な顔をしていたのか、彼は感情の機微を図りかねてぐらつく椅子の上に座っているかのような表情を浮かべていた。
ハヤテは彼女がどうしてそんな表情をしているのかが分からず、少しうろたえていた。
彼女にはそれが少し申し訳なかったし、余計な事を考えてしまった自分に腹立たしい気分になった。
どうにもこんなことを考えてしまったのは、このどこか非現実的な風景のせいかもしれない。
勿論、この辺りに住む人間にとっては、死骸などはこんな風に雪の中で倒れているようなものなのだろう。
だがあいにく、自分はこんな風景を見たのはこれが最初であるし、こんなふうに雪の中に倒れこんでいるものを見たことがない。
しかし、これから高みを目指す自分にとっては、こんなものでうろたえていてはいけないだろう。


大丈夫だという事を口で伝える代わりに、肩に乗っている彼の手に自分の手を重ねて、ゆっくりとおろした。










ハンターであるヒナギクはこう言ったものを見慣れているだろうと思っていたのに、少し反応がおかしかったことに、ハヤテは少し自分の配慮の無さを悔やんでいた。
良く考えてみれば、ハンターである前に、年頃の少女だったのだ。
それに初めて来たばかりのこの地で辺りに転がっている死骸と言うのは、彼女が今まで見て来た場所にあったそれらの物とは勝手が違う事を考えていなかった。



しかし、肩にのせた彼の手を彼女がゆっくりとおろしたのを見て、ハヤテはほんの少し胸のつかえが取れたような気がした。










二人は慎重に、ゆっくりとそばに近付くと、辺りを警戒するかのように二、三度周りをきょろきょろと見渡した。
この周辺に生息している肉食動物にとっては、まだかなりの肉片の残るこの死骸は十分なごちそうだ。
その匂いに引き付けられるのが、この哀れな獲物を殺した張本人なのか、それともそのおこぼれに預かろうとしているだけの生き物なのかは分からないが、必要十二分の警戒をしておく必要はあるだろう。
とはいっても、この霧と大雪では正確なことを掴むのは、特にどれか特定の五感が優れているわけではない人間では難しい。
その中でもトップクラスの感覚を持つハヤテですら、この環境では曖昧な事しかつかめないのだから当然だろう。










しかし、そんな事は他の生物にとっては関係がない。特に、こう言った環境に非常に適応したある種の生物たちにとっては。

その生物群とは、環境に大きく適応した肉食動物たちである。
肉食動物、とりわけ大型の肉食動物は、鋭い五感を持っている。
その大柄な体を維持するためには、かなり多くの食料を必要とするためだ。特に飛竜種ではそれが顕著である。
彼らはその巨大な体で大地を我が物顔で駆けたり、風の様に大空を羽ばたいて行動する。
しかし、そのためには大量のエネルギーが必要であるし、内温性(体温を一定に保つ体のシステム)を維持するためにはやはり多くの獲物が必要となって来る。
それに、獲物を追うにしても待ち伏せをするにしても、体力の消費は免れない。



こう言った環境で生き延び、覇権を得るには、自分が持っている狩猟のチャンスを確実に活かすことが求められる。
そのために、何キロも上空から獲物を見つけて襲い掛かれるような視覚を発達させたリオレウスやリオレイアのようなリオス科の飛竜。
暗闇で逃げ惑う獲物を待ち伏せ、先回りし、狡猾にそれを仕留められるように広範囲の振動数の音を捉えられ得るような聴覚を持ったナルガクルガ。

それに鋭い嗅覚を発達させ、その獲物を何キロも追尾するティガレックス。
特にティガレックスは血を流して弱った獲物をしぶとく何キロも追跡し得るほどのスタミナと嗅覚を持っており、獲物をぐちゃぐちゃにして食べてしまう。
とはいっても、その暴虐な力によって、獲物は血を流して歩き回る前に、その牙にかかって殺されてしまうのだが。



とにかく、これらの肉食動物は限られたチャンスを最大限生かすことが出来る様に進化を遂げているのだ。
その力は、人間など足元にも及ばないだろう。







ただし、今自分たちの周囲にあるのは非常に濃密な霧と、暴風である。
しかも、上空にある分厚い雲の所為で、ほぼ真っ暗な空間が広がっている。
どれか一つならば、きっと危険度はかなり上がったであろうが、不幸中の幸いと言うべきか、今はそれが全て折り重なっていて、狩猟を行う動物にとっては非常に不利な環境が整っていた。

ハヤテは、獲物を挟んで風下の方へと移動した。
濃密な霧と、暗さのおかげで目を頼って狩猟を行う生き物には見つかりにくい。
それに風下にいれば獲物の匂いに隠れる事が出来る。それに大型の肉食動物は、獲物に襲いかかるために比較的高い場所にいるはずだ。



彼らが獲物にするこう言った草食動物は、下草を食べるにしても低い木の皮をはがして食べるにしてもほとんどの場合下を向いているため、頸椎はそこまで高くは上がらない。
しかし彼らは敵が来ても素早く察知できるように、目は体の側面についていることが多く、鼻腔も左右につながっている上、耳は非常に可動性が高い。
こうすることによって、どの方角から敵が来たとしてもほとんどの部分をカバーできるのだ。
草食動物の多くは、相手と戦うために牙を磨くのではなく、戦いを避けて逃げる事を選んでいるのだ。

その中では、ポポは異端な生物と言えなくもない。
耳が小さいのは体温調節のために仕方がないとはいえ、それ以外の性質が優れていると言う訳では決してない。
目は長い毛の下に隠れがちで、そこまで視界は広くはないし、耳の可動性もよくない。

最も優れているのは非常に大きく発達した鼻であるが、それの本来の用途は雪の下の地面にある植物の根を探し当てるためである。
それに、その嗅覚の強さで言えば、必死で獲物を取ろうと極限に特化させたそれを持つ肉食動物にはかなわない。

しかし、ポポには他の草食動物とは大きく異なる武器がある。
それは体の大きさと、鼻面に大きく発達した巨大な牙である。

肩までの高さは大よそ4メートル。
体重は3トン〜4トンであり、6トンに達するものもある。
この体でもってすれば、小型の肉食竜などは襲るるに値しないだろう。あくまでも体格勝負では、であるが。

その恐ろしげな二対の大きな牙は、本来の用途は先ほどの嗅覚で発見した木の根を、分厚い雪と、下の凍った地面から掘り出すためのものである。
しかし、それは勿論、時として武器となる事もあるのだ。

ポポは社会的な動物であり、ある程度の小規模な群れをつくって暮らす。
彼らは広大な凍土のエリアを、季節ごとによって大規模な渡りを行う習性があるのだ。
大陸のある決まった範囲を、まるで周回するように一年で一周し、その辺りに生え揃ったイネ科の雑草類やコケ類、低木に生える柔らかい葉や水分が多い地域に生えるシダ類などを、その巨大な図体に押し込まれた胃にため込む。
それは腹の中で何段階にも分けられて発酵し、ゆっくりと消化、吸収されていく。
その間にも、体は栄養を求めて動き続けるのだが、そのプロセスには大きな時間がかかる。
そのため、大規模な移動の最中に、彼らは栄養をその道程の途中に取る必要は殆ど無い。
体の中に蓄えた、膨大な量の植物が消化されている間に、ポポは次の食物の多く存在するところに、休みをあまりとることなく移動できるのだ。
それにこうして、その特定のエリアの植物を食い尽くす前に移動することによって、その植物は全滅することがないどころか、ポポが食べて更地になった場所には他の植物がない上に、ポポが落としていった栄養豊かな糞が肥料の役割をしてくれるため、彼らが来る前よりもさらに多くの植物が育つことが出来る。
一年たって、戻ってきたポポたちはその豊かに実った植物を食べて、また栄養を蓄えて別の地域へ向かっていくのだ。

一定の場所に定住せず、様々な場所で行動することにより、彼らはその体を維持しているのだ。

また、大きな群れをつくる事は別にメリットがある。
こうしていれば、お互いを守りあうことが出来、より強力な―――場合によっては自分達よりも強大な敵に立ち向かう事が出来る。
ポポは稀に数万頭規模の群れをつくって行動することもあるが、そうなってしまえばほとんどの肉食生物も手が出せない。
前述の通り、ポポは社会的な動物であり、傷付いたり、敵に襲われたりする仲間を助けようとすることもある。
それが子供を持つ母親ならば特に顕著で、時には自分から敵に立ち向かう事もある。
その時にはその大きな牙は非常に強力な武器となる。長さは3メートルほどもあるそれをめったやたらに振り回せば、その脅威は中型の肉食生物など比べるまでもない。

飛竜種でさえ、彼らを狙う時に真っ先に狙うのは健康で血気盛んな個体ではなく、小型で弱った個体なのだ。





とはいえ、肉食動物もそれだけで音を上げるほど、あきらめが良いようには出来ていない。
草食動物の感覚器官には抜け目があり、彼らはそこを巧妙についた狩猟方法を編み出すことがある。

大型の飛竜種は、主に高い場所に居座る。
標高が高い所の方が、様々な方角を効率良く見渡すことが出来、獲物を発見しやすいと言うメリットもある。

しかしそれだけではない。
草食動物がエサを探すとき、その目はどうしても下を向いてしまうし、注意をしようにも一瞬気が逸れてしまう。
視界が広い為、非常に広範囲をカバーできたとしても、唯一見えない方向がある。

それは頭上だ。エサを探すために下を向くと、どうしてもその範囲だけが死角となる。
飛竜種にとっては、実に大きなアドバンテージとなる。
何せ、彼らはその名の通り、飛行を得意としているため、上空から襲い掛かるのはお手のものだ。
その体重の重さもある為、飛び立つにはどうにも物音をたててしまうことになるが、元から高い所にいるのならばその心配などいらない。
その場所から油断している相手に素早く飛び降りて、羽ばたかずに高い所から滑るように滑空して襲い掛かれば、一切物音をたてることなく頭上から不意を撃つことが出来る。
大型の肉食動物にとって、走って追いかけるのはエネルギーの無駄遣いだ。
その巨大な体が持つ、強大な力を活かすには、待ち伏せでエネルギーを節約しつつ、仕留めるときには最小限の力で獲物を捕らえるのが一番だ。
そう言ったわけで大型の飛竜種たちは、主に渓谷のような険しい場所に生息している物も多い。
谷底は、豊かな水が削りだして作った地形の為、そこには河が流れていることが多く、そこには多くの植物が生えている事も多い。
そう言った場所は彼らの獲物にとっては格好のエサ場となっているはずで、それを狙うモンスターのたまり場にもなっている。
ただ、今の時期は谷底の水はほぼ凍っている上に、土壌は雪で埋もれているのでその限りではないかもしれないが。





今回ハヤテが獲物の風下に移動したのは、その肉食動物の生態を逆手に取る為の行動だった。
高い場所にいるという事は、彼らはハヤテたちがいるところよりも標高の高い所にいるはずだ。
ここは、山が崩れて出来た岩棚。おそらくこの上にも同じようなでこぼこしている場所が連なっているだろう。
航路が間違っていなければ、自分達は今まで谷に近い場所を進んでいたはずだから、ここは比較的標高の低い場所のはずで、捕食者がいるならばここよりももっと上のはずだ。

この暗さと濃霧では視界は殆ど役には立たないだろう。
とはいえ、モンスターの視力の良さ、特にこの獲物を殺した生き物の視力の良さは分からないから、油断は出来ない。
そして、風下にいる事によって、嗅覚もある程度封じる事が出来る。

風は主に、山の斜面を駆け下りる。
そもそも、自分たちを阻んでいたこの暴風は、この山脈の向こうのフィールド、『氷海』の一地域から運ばれてきた強力な前線によるものであり、向こう側で大量の雪を下した後で山卸しとなって、国境の山脈を一気に駆け下りるのだ。
今回の場合、ここにかかっていた巨大な積乱雲と合わさってこの悪天候を生み出しているのだが、捕食者に見つかっておらず、戦う必要のない今では非常に有利な状況でもあった。
自分たちが肉食動物よりも下におり、風が高い所から低い方へ吹き降ろすという事は、自分たちの匂いが風に乗って彼らのもとに届くことは無いという事だ。
それにこの暴風と雪ならば、匂いを薄れさせる上に、風同士がぶつかってバラバラになり、匂いがどの方向から来るか、正確に特定することを難しくしてくれるかもしれない。

それに、この風の強さならば、ある程度音もモンスターに対して遮断できるかもしれない。
こう言った場所に生息する、聴覚に頼って狩りをする生物は猛吹雪の中でも獲物の立てる音を聞き分ける事が出来る種類もある。
風が渓谷や森、河を吹き渡ったり、山を駆け下りたりする音と、獲物が雪の上で立てる音は振動数が違う為に聞き分ける事が出来る。
ただ、ここまで強い暴風であると話は少し違ってくる。
言わずもがな音は空気の振動である為、風に流される。
風下にいれば、少しは上にいる捕食者に対しては隠れ蓑になるだろう。

但し、油断はできない。
風下には、上にいるかもしれない巨大な生物にはかなわないかもしれないが、小型でも凶暴な生物が虎視眈々とこの雪山に迷い込んだ貴重な獲物を狙っているかもしれないのだ。
しかも、季節は冬の終わりから、春の始まりだ。
移住をしている者たちはどうか分からないが、この辺りで極限の冬を過ごし、秋に蓄えた栄養分を使い切り、長い冬眠から目覚めた飢えた視線は、どこから自分に牙を剥くかは分からない。
気を抜いた一瞬が、自分の命の終わりになるのだと言う緊張感を、ここでは常にもっていなくてはならない。





ハヤテは今出来うる限りの事で、最良の手段を取ろうとした。
しかしそれでも、冷や汗が額を流れた。
別に暑くもなんともないのに勝手に流れたそれは、たちまち凍り付いて、彼の目の上あたりに不快に居座った。
彼はそれを腕の防具の指先を覆う柔らかい素材で出来た部分で取り払うと、顔に吹き付けてくる風を手で覆って雪を払いつつ、ヒナギクにこちらに来るように手を振って促した。

もう一度あたりを見渡した後、そのポポの死骸に手を触れた。










「あれ、全然臭くない……」





ヒナギクが些か呆気にとられたかのような声を上げた。
その死骸は、彼女が渓流で見ていたような死骸のような、不快な匂いがほとんどしなかったのだ。
渓流に落ちていたような死骸―――例えばガーグァの物は、少し時間が立つだけで蠅が集り、死骸を食うシデ虫によって皮や羽が剥がれたり、そうでなくともそれ以外の小さな動物によって食い荒らされて、きわめて無残な姿を晒していた。
その上、肉が腐った時にはとんでもない悪臭が彼女の鼻を突いたこともはっきりと覚えている。
腐肉食性の動物にとっては、非常に素晴らしいごちそうの匂いに思えるのかもしれないが、あいにく自分には家の前に定期的に捨てるような生ごみに近しい感情しかわかない。


しかしこのポポの死骸からはそんな匂いは一切ない。
むしろ、はぎ取ったばかりの生肉のような色艶をしているし、血の色も空気に触れて変化したようなどす黒い色ではなく、今そこで怪我をして流れ落ちたもののようだ。





「この寒さのせいで、肉が腐らないんですよ。家にあった、氷結袋を内臓した冷蔵庫や、氷に囲まれた氷室と同じです。」





そういう事か、とヒナギクは納得した。
確かに、ハンターのアイテムボックスには、狩場で採ってきた、肉類や内臓類、植物や魚などの腐りやすいものを別個に入れておく冷蔵機器がある。
それ以外でも夏の間に氷を保存しておくために地面を掘り、保温性の高い藁を積み上げて作った氷室も同じようなものだ。
そう言った低温の場所に入れておけば、少なくとも次の狩りの合間程度ならばアイテムを保持することが出来る。
それと同じように、この氷点下の環境では、ポポの死骸は確かに腐りにくいだろう。

ハヤテはその顔に残った、幼いころの面影を少し表に出したような笑みを浮かべて口火を切った。





「しかし、これではこの動物がいつ死んだのか……それが分かりません。そこで、あなたに問題です。このポポの死んだと思われる時間を探るには、どうすれば良いでしょうか?」





ヒナギクはあっけにとられたような顔をした後で、眉を潜めた。
そんな事をしている時間があるのだろうかと思ったが、彼がここに自分を連れて来たのはそういう意図もあったのかと今更ながらに納得する。





「ああ、それに死後の時間を探る事は、この獲物を倒したと思われる生物がどんな行動をとるか、それなりに分かるので、非常に大事なことだから、意味は有りますよ」





ハヤテが自分の考えたことを先読みしてにっこりと笑った。
彼に聞くまでもなく、そう言えばハンターズアカデミーでもそういう事を言っていたような気がするのを彼女は思い出していた。

肉食モンスターは一回の食事で腹いっぱいになるまで食べる。
平均して、倒した獲物の70%を普通の大型肉食竜は食い尽くすそうだが、この極地のような獲物が手に入りにくい環境に生息するモンスターの中には、獲物の90%をも食い尽くす種類もいるそうだ。
そう言ったモンスターは獲物の骨を噛み砕いて飲み込み、髄液などの非常に栄養価の高い部分までをも利用しようとする。
そしてその後で、どうしても食べた後の消化しきれない部分をペレット(未消化物の固まり)として吐き出すと言う。

しかし倒したモンスターがポポやアプトノス(温帯〜熱帯に生息する、大型の草食竜)だった場合、よっぽど巨大なモンスターか、その群れでなければ食べきる事は出来ない。
今回の死骸は食い切られていない上にかなり大量の肉がまだ残っているから、恐らく一体の動物が倒したものなのだろう。
これほど大きな動物を一体で倒すことが出来るそのモンスターには少し背筋が凍るが、希望も持てる。
他を気にすることなく、それだけをとりあえず注意すればよいのだから。

そして、このポポがどれくらいの間死んでから立っているのかが分かれば、そのモンスターの空腹具合が分かる。
その捕食者は倒してからおそらくすぐにこの肉を食べたはずだ。
自身の空腹もあるだろうが、そうしなければ獲物を他の動物に奪われてしまう可能性もある。
その前に、食べられる時に食べられるだけ食おうとするだろうから、満腹になるまで腹に肉を詰め込んだだろう。
そうなれば体重が重くなり、動きが緩慢になってしまう。この状況はたとえ大型で力の強い肉食動物だったとしても非常に危険だ。
鈍い体を安全な場所……おそらくこの上にある自分の巣に戻るために、ここを立ち去ったはずだ。

そしておそらく、また空腹になった時に降りてきて食べに来るはずだ。
つまり、死んでからの時間を調べれば、これを食べた生き物が今どんな状況にあるかが分かる。
少ししか時間が立っていないならば、その生き物は巣で眠っている可能性が高い。
意味もなくうろうろと満腹の鈍い体で外を歩き回るのはエネルギーの無駄遣いだ。栄養を確実に摂取する手段がそこにあるのならば、無駄に動く必要などどこにもない。
張り詰めた神経を休め、次の狩りへの力を蓄えるのが一番であるからだ。
逆に、時間が立っているのならば、少し注意の度合いを高めなくてはならない。
時間がたち、空腹を感じているならば、そいつはまたこちらに戻ってきて、肉の余りを漁りに来るであろう。

そう言う事は、この特殊な環境だったとしても全く変わらないようだ。
むしろ、そう言った地で経験を積ませるためにこう言った事をさせようと言うのが、ハヤテの思惑なのだろう。


彼女はじっと考え込んだ。
そうしていると、雪や風の冷たさがなんとなく忘れられるような気がするから不思議だった。
まるで自分の周囲の空間がゆっくりと狭まっているような気がしたが、それは不快ではなかった。

――――――こんな気持ちになるのはいつ依頼だろう。
初めてではなかった。前にも同じような経験をしたことがあるような気がしたが、思い当たる節がすぐに見つかった。

ユクモ村のハンターズアカデミーにいた時、分からない問題にぶち当たった時に、似たような気持ちになったのを覚えている。
座学にしろ、実践にしろ、何か分からない事があると、こんな気持ちになっていた。
前の自分はその感覚がなんとなく嫌で、努力を惜しまなかった。
一刻でも早くハンターになって、誰かの期待に応えようとしていた自分には、その分からない事があるという事がもどかしくて、必死でそれをなくそうとしていたのだ。

しかし、今はそんなに嫌な気分がしない。
むしろ、それを解き明かしたいと言う気持ちがいっぱいで、『覚えなくてはいけなかった』座学とは全く面持ちの違う感覚だった。





(ハンターズアカデミーでは、腐り具合や血の固まり方……それに死後硬直からそれを判別していたけれど……)





ヒナギクは考え込んだ。
しかし、アカデミーの座学で習った事を当てはめようとも上手くいかない。
記憶の中にある事柄を一つ一つ探っていく。
幸運なことに、彼女は非常に頭が切れる方だったし、記憶力も良い。
それに人並み以上に努力を重ねていたから、それなりの知識は頭の中にあった。

しかし、ユクモ村のハンターズアカデミーの教育と言うのは、こう言った極地のモンスターの講義はさわり程度しかやらなかった。
そもそもこう言った地方のアカデミーと言うのは、その近辺で活動できるようにするハンターを育成するための機関であるので、主な講義はその地方近辺のモンスターや地理、狩りの方法の講義が主となる。
だからこうした別の地方に来た時には、教えられていない知識が多々ある為、引っかかってしまうことになるのだ。

ハヤテはきっとそれを見越していたのだろう。
それでも、ヒナギクはその頭を限界まで回転させた。

その時、ふっと胸に去来することがあって、そこからじんわりとした淡い光が自分の胸に広がっていくような感覚が不意に襲ってきた。





(そう言えば……)





ヒナギクは、少し前の事を思い出していた。
自分がまだアカデミーにいた頃―――とは言っても卒業直前で、まだ姉が現役のハンターであった頃だが―――の事が、何故かくっきりと頭の裏に浮かんだ。

そう言えば、それは最後の試験の時だったか……教官代理の姉と共に渓流の狩猟地に足を踏み入れたのだ。
教官とその生徒とはいえ、それ以前に姉と妹である自分たちを一緒に最終試験の場所に連れて行ったりしていいのかと、ユクモギルドのここぞと言う時の詰めの甘さには嘆息するしかないが、結局のところ自分たちがそんな不正をするような人間ではないと相手方からある程度の信頼はされていたのだろうかと考えれば悪い気はしない。



最終試験の内容とは、その狩場においての行動において、いかに正しく、適切で模範的な行動をとる事が出来るかだったのだ。
そう言ったわけで、一日じゅう渓流の至る所を歩き回ったのだが、その中の記憶の一つに、この状況に合致するような出来事があって、彼女の心にまるで過去の記憶がくっきりと映る水面の影の様に去来した。

その場所はどこだったか、恐らく山麓にある豊かな水源に支えられた、深い森だったように思う。
木の枝が幾重にも絡まりあい、昼であるにも関わらず太陽の光があまり入らずに、木の葉の影がゆらゆらと揺れて自分の影を隠していた。
近くからさわさわと聞こえる川のせせらぎが聞こえ、それは鬱蒼とした森の中に、どこかしっとりとした空気を漂わせていた。

その静寂と薄暗い森の中に、それは湖畔のしじまの様に、ひっそりとそこに沈んでいた。
小型の草食獣、ケルビの体が半分雑草と落ち葉の中に埋もれていた。
渓流付近に生える木はある程度の時間がたつとその色合いを失って枯れ、地面に落ちる。
それは地面に落ちた時に、それを分解する生物によってまた木を構成する栄養となるのだが、それと共にこう言った死骸を分解する役目も果たしているのだろう。
角の生えたその体は、湿った土の上に転がっていたが、幾分か食い荒らされたのかボロボロだったから、随分時間が立っていたのだろうが、腐った肉や皮は白骨化しているとは言い切れないほど残っていて、強い腐敗臭を放っていた。

彼女の姉……ユキジは、よく見ておきなさいと言いながら、おもむろにその鼻腔に指を入れた。
突然の事に驚いたが、言われたとおりに黙ってそれを見ていた。
幾らかその中を探っていたが、すぐに指を抜いて、それを少しの間観察していた。





「見てみなさい」





そしてそう言って、不意にこちらにその指を向けて来た。
その指は湿り気を持っていたのは分かったけれど、そこまでベトベトと言う訳でもなさそうだった。

ユキジに思った事をありのままそう伝えると、彼女は満足そうに笑った。





「まあ、今はそれでいいわ。でも、こう言ったものは結構どこでも役に立つから、覚えて置く事ね。」





彼女はそう言うと、手拭いでそれを拭って立ち上がった。
それきり何もいう事は無く、自分もそれ以来気にすることも無かった。

はっきりと理由を聞いておけばよかったかもしれない。
あの時に思わせぶりな事を言って、それ以外何もいう事も無かった彼女も彼女だが、それを気にせずに深く聞くことも無かった自分もうかつだったとヒナギクは唇をかんだ。
もしかしたらそれはこの状況で何か掴める手がかりとなったかもしれないのに。



しかし、ヒナギクはそれが何かの手掛かりになるかと思い、口を開いた。
長い事口を開いていなかったためか、唇がかじかんでいて、出た声は自分が驚くほど小さなものにしかならなかった。





「もしかして……鼻の中……かしら」





しかしその小さな声はハヤテに聞こえたらしい。
若しくは、彼女が答えるのを興味津々と言った感じで待ち続けていたのだろう。

彼は少し目を丸くした。





「―――どうして、そう思いました?」





その声色には、少しの驚きが含まれていたが、何故か少し楽しそうな笑顔を浮かべていた。
こちらに疑問をもって問いかけるような表情に、わくわくとした気持ちが隠し切れずに顔に浮かんでいるように見えた。

それで?とハヤテがそっと促した。
優しい声音を聞き、先ほどと同じ表情を見ながらヒナギクは少し戸惑ったように答えた。
しかし彼が微動だにせずにこちらをじっと見据えて言うものだから、語尾が尻すぼみになってしまうような気がした。




「昔、ちょっとお姉ちゃんがそういう事をしていたことがあって……鼻の中の粘液が何か関係しているんじゃないかなぁって……」





ハヤテがうなずいた。
フードとマフラーの下で、その顔がゆっくりと動いたのが見えて、ヒナギクはつづけた。





「肉や血は、空気に触れて変質するから死後時間を図るのに役立つけど、この状況じゃ肉は腐らないし、血も凍るけれど空気によって黒く固まったりしないし……でも、鼻の粘液は……特にこの辺りの動物のはなかなか凍らないんじゃないかと思って……」
「わあ……」




ヒナギクがそう言い終えると、ハヤテは感嘆を含んだような声を上げた。





「驚きました。ほとんど正解です。」





ハヤテがにこりと笑うのを見て、彼女はどこか誇らしいような気持ちになった。
しかしその表情を見た瞬間、昔のあの姉の表情が今までとは全く違ったものに見えてくるから不思議だった。





(あの時……お姉ちゃんは私が自分で答えを見つける事を望んでいた……?)





それはきっと彼も同じなのだろう。
ニコニコと笑顔を浮かべている彼は本当にうれしそうだ。

彼は少し手招きをし、ポポの頭がある方に移動した。
彼女はその後について、体を低くしたまま彼のそばに近付いた。


そして彼はもう一度雪の上に深くしゃがむと、雪を少しだけ腕の防具の硬い部分で掘り起こした。
そして、あらわになったポポの鼻腔に、ハヤテは手をひじのあたりまで突っ込んだ。
その大きさは昔見たケルビの物とは比べ物にならないほど大きく、彼の拳が防具ごとすっぽりと入るほどだったが、彼はそれにあまり頓着せずにその中を探っていた。

少しグチュグチュとした音が聞こえてきて、ヒナギクははっとした。
やっぱり、鼻の中の体液は凍っていなかった。





「いや、驚きました。それはアカデミーでは教えない事ですから。」





それを教えてくれたのは姉だったのだが、その僅かな時間に教えられていたことを覚えていたこと自体にハヤテは驚いていたのだ。

ハヤテは彼女をしげしげと見ながら言った。





「モンスターの唾液や鼻の中の体液は血液の様には見た目に大きな変化はあるわけではありません。そして、それはモンスターが死亡すればその供給は止まります。しかし、水分は蒸発するので、いずれそれは完全になくなってしまいます。そのスピードは環境によってかなり変化はしますが、それを覚えていればある程度の死後の時間を図る目安になるでしょう。」





そういう事か、とヒナギクは腑に落ちなかったことがすんなりと心の中に入ってきた気がした。
こう言った場所での経験は、座学では経験できないような事が、机上ではどうにもすんなりと理解できない事が身をもって体験できる。

きっと、姉やハヤテが意図しているのはそこにあるのだろう。
自分で気づき、考え、試行錯誤の末に答えを見つけ出していく。
そして、今まで何も知らなかったことを発見すれば、その時にはなぜか一段上の階段に上っている。
その階段に終わりはない。きっと永遠にそれを続けていくのだ。
それこそが、ハンターとしての醍醐味なのだろう。

その楽しさを――――――ハヤテは今までも感じて来たからこそ、この職業に身を置いてきたのだろう。
それが命を奪う苦しみの対価として釣り合っているからこそ、彼はやめること等出来ないのだ。





しかし、と彼はにやりと笑った。
そして、一度鼻腔から取り出した手をひらひらと振って見せた。





「しかし、それはあくまでも目安です。この極寒の環境では水分はなかなか蒸発しませんから、短時間ではそれ程の差は出ないんですよね。……この場合、どうすればいいと思いますか?」





ヒナギクは眉を潜めた。
良い考えだと思ったのに、と落胆のため息をついた。
それを見て、ハヤテは苦笑した。





「まあ、考えが外れる事は日常茶飯事です。それをもって、どうその考えを修正していくのかが大切な事なんですよ。」





その言葉を聞くと、彼の書いていたモンスター図鑑がなぜか思い出された。
彼と共にタンジアに来た時、自分が破いてしまったディアブロスの頁を書き直すためにもう一度目を通す機会があったのだが、そのすべての頁には書き足した跡やインクで横線が引かれて修正された場所があった。

彼だって、最初からうまくいっていたわけではないのだ。
何度も間違え、学びなおし、その度にまた書き直し続けるたびに、それはその者たちが持つ本来の姿に少しづつ近づいていったのだ。

その歩みは微々たるものだったのかもしれないが、それは確実に彼の求める真実に近づいていたはずだ。
それに比べれば自分はまだ分からぬことの方が多い。



しかし、今はそれでもいいのだ。大事なのは、これからどうするかなのだから。





ハヤテはポポの鼻を撫でると、もう一度手を突っ込んだ。





「しかし、鼻の中の体液がキーワードだという事は正解です。」





ハヤテはそう言って、少し鼻の壁を防具の棘の部分でひっかいた。
そのリオレウスの鋭い棘があしらわれた防具は鼻の中の粘膜を少し傷つけた。

彼が手を取り出すと、少し白濁したスライムのような液体が付着していた。
匂いはそんなにひどくはない。アオアシラのあの真っ黄色な唾液に比べれば、それは幾分かましだ。





「なに?これ……」





怪訝そうな声を上げ、眉を潜めた彼女に彼は薄く笑った。





「これは、ポポの鼻にある、一種の不凍液です。少し、触れてみてください。」





彼に言われて触れると、それはほんのりとした温かみを保っていた。
人肌程度の温度とでもいえばいいのだろうか、それはこの極寒の環境の中では異様ともいえる感覚がした。





「ポポは鼻腔の中にあるこの液体を鼻の上にある毛細血管によって温めるんです。そしてこれは空気に温度を伝えやすいと言う性質があって、ポポが吸い込んだこの極寒の空気を一気に温めて体の中に取り込めるようになっているんです。そうすれば、体の中の内臓や血を、外の冷たい空気に晒す心配はありませんから。」





なんと上手く出来ているのだろう、と彼女は目から鱗が落ちるような面持ちだった。
彼が買ってきてくれていた果物にしろ、正しく自分の故郷に戻れる鳥にしろ、そしてこの環境の中で非常に変わった呼吸器官を発達させたポポにしろ、本当に上手く出来ている。

その生命の強さに感嘆しつつも、うすら寒いものを背中に感じて、ヒナギクはそれを打ち消すかのようにかぶりを振った。
そして、口を開いているハヤテの言葉に耳を集中させた。





「先ほども言った通りこれは不凍液なので、凍りません。それにポポが死ぬと供給が止まるので、それの減り具合でも時間を見極める事が出来ます。しかし、短時間であるならばこの液は外気の冷たさに晒されても、一定の温度を保てるんです。」





その時間は、大体4〜5時間くらいなんですよ、とハヤテは言った。





「って事は、モンスターはこれを食べてからまだそんなに時間は経っていない……じゃあ、モンスターはとりあえずこの近辺にはいないか、巣に戻って休んでいる……?」





肉は草よりも消化がしやすいとはいえ、それでもそんな数時間でそれをエネルギーに変えられるような器官をもつものはいないだろう。
さっさと消化して、ろくすっぽ吸収しないうちに外に排出するよりも、ゆっくりと吸収して次の獲物が現れるまでのエネルギーを蓄える方が効率がいいからだ。

そこまで考えてヒナギクははっとした。
彼は一度ここに来ている。という事は、この死骸の検分もその時にしたはずだ。
それはつまり、大型モンスターが近くに存在せず、安全である事を見越して、自分をここに連れて来たという事に他ならない。

彼は、ただ単に自分に経験を積ませるために、ここに連れて来たと言う訳だ。
ハヤテの配慮には頭が下がるばかりだが、いつかは自分でそれを全て判断できるようにしなくてはならない。
そのための第一歩を踏み出させてくれたことに感謝した。










*             *










(これは酷いな)





ハヤテが少し雪を掘り起こした。
防具をつけているとはいえ、雪の冷たさはその布越しにも伝わってくる。
その差し込むような冷たさを忘れようと、ハヤテはポポの雪に埋もれて少し氷が張り付いた毛に手を触れた。

酷く食い荒らされてはいるが、それ以外にその体にはほとんど目立ったものは無い。
確かに傷はあるものの、そこからは血が殆ど出ていない。これは倒されて息が絶えた後に捕食者が肉を体の中から抉り出すときについたものなのだろう。

背中の少し上、大きく盛り上がった肩甲骨の上あたりに、深い傷がついていた。
それは深々と突き刺さった後、後ろに思い切りひっかいた跡のようだ。
その傷は肋骨に沿って、その合間に深々と突き刺さり、皮に分厚い皮下脂肪、筋肉やそのすぐ下にあった内臓に深々と食い込んでいた。
また、同じようなものが何本も肋骨に平行な方向に、体の背部から腹部にかけて走っていた。骨にその爪が当たらなかったために、その傷は非常に致命的な一撃となったのだろう。

ここからすると、やはり捕食者は上からこの哀れな獲物に襲い掛かり、鉤爪だらけのその脚で上から掴みかかった末に、その全体重をかけてその体を引き裂いたのだ。
そして、ティーボーンステーキに相当する脊椎のあたりにまで深々と食い込んだ爪によって神経は切断され、殆どこの獲物は動けなくなっただろう。

ハヤテは今度は頭の方へと向かった。
その爪の一撃は大きなダメージを与えただろうが、それが致命傷と言う訳ではなさそうだった。
その傷口から流れた血が、大量に降り積もった雪の下に緋色の花を咲かせている。それはポポの後方から連なっていたから、少しの間彼は動き、逃げようとしていたのだろう。

決定打となったのは、この頸椎の傷だ。
ポポの巨大な体に流れていた大量の血によって、まるで真紅の池の様にも見えるそれは雪の下にやはり埋もれていたが、その下からまるで磨りガラスを通したかのようにその存在感を表していた。

流れ出した血は、首元の深い傷から出たもののようだった。
毛皮がまるで太く鋭い剣を突き立てられたような深々とした傷によって真っ二つになっている。
その下にあった肉と、太い気管支にまで傷は及んでいる。
それは切り裂かれた後、ものすごい噛力によって圧力がかかったのか、ぐちゃぐちゃに潰されているうえ、頸椎の骨までがちょうど真ん中で寸断されている。

これでは、いかに巨大な生物であったとしても死は免れない。
その一撃はまるで獲物を殺すためにだけに完成させられた必殺技だ。
ほとんど抵抗も出来ないまま、この獲物は喉笛を切り裂かれて絶命したのだろう。

そんな事が出来る捕食者とは、ある程度限られてく。
しかしそれよりも、ハヤテには気になる事があった。





(しかし、どうしてポポはこんなところにたった一頭でいたのだろう?)





ハヤテはポポの体を少し調べながら、釈然としない思いを抱えていた。
ポポは群れをつくって暮らす動物だ。それなのに、このポポの近くには他の生物の動いたような跡は見られなかった。
このポポが群れでいたとするならば、その周りには大型動物が移動したときに出来るような跡が出来るはずだ。

ハヤテはポポの牙を撫でる。
それは、今のハヤテの疑問をさらに深くする代物だった。



このポポはメスだろう。
ポポはオスとメスで性的な差はあまり見られないが、その見分け方の一つが体格の差と牙の長さだ。
ポポのオスは大きくねじれた、長い牙を持っている上、メスに比べて非常に体格が大きく、攻撃的で乱暴だ。

それに対してメスは小柄で、比較的まっすぐで細い(オスに比べては、だが)牙を持っている。性格は温厚で大人しく、それに臆病だ。
また、ポポは大概、メスや子供だけからなる小規模〜中規模の群れを構成する。大規模な群れになるのは稀ではあるが、それを構成するのもやはりメスと子供ばかりである事に変わりはない。
彼らは、弱い立場である為、そうしてお互いの身を守ろうとするが、彼らは非常に賢い為、その群れの中には非常に優れた社会システムがある。
年寄りのリーダーのメスがおり、それを頂点とした暮らしをしている。リーダーのメスが食事をすれば群れは立ち止まって食事をし、眠るときは集団で眠る。
そうすることによって、うかつに他のモンスターが近づけない様にしているのだ。

それに対して大人のオスのポポはかなり巨大で、体高が6メートル、体重が10トンを超える事もある。
体格がほとんど同じくらいの大型モンスターに対しても逃げずに威嚇をしたり、時にはその牙で立ち向かう時もある。
飛竜種の多くは空を飛ぶために、軽くて丈夫な骨を持っている(砂原に生息する重厚な骨を持つディアブロスなどはその例外)。
しかし、その体重の軽さは時には弱点ともなる時がある。特に体重の重く、強力なオスのポポはどうにも獲物にするには向かない。
メスに比べるとその体は大きいが、その肉は堅く、メスや子供に比べると非常に味では劣る。
こう言った獲物を狩るのはコストが大きすぎるし、効率が悪すぎる。捕食者も好き好んで狙わない。
そんな暇があるならば、より簡単に倒せる群れの中の弱いものを狙うほうが割に合っている。

そう言ったわけで、オスのポポは繁殖期以外は他と群れる事がほとんどない。
但し繁殖期にいったん入ってしまうと、交尾できるメスを探して、何キロも後ろからメスの群れを追いかけるのだ。



しかし、今回見つかった死骸はその単独行動を好むオスではなく、まだ中型の若い雌である。
群れの中で生活するような個体の死骸が、こんななにもない、寂れたところで見つかるなど少しおかしい。

勿論、足跡が見つかっていないのは、この大雪の所為もあるだろう。
この白刃を滅多やたらに振り回しているようなこの雪では、足跡などはきれいさっぱり消えてしまうに違いない。

しかし、この辺りにはポポが食べられるような植物など殆どない。
ここを通るよりも、もっと他の時折休憩できる場所があるようなところを通った方がいいし、そもそもこの危険な渓谷を通らなくてもよかったはずだ。



それに、時期の問題もある。
冬から春にかけてのこの時期、ポポはここよりも南の亜寒帯の湿地平原にいるはずだ。
標高が高いものの、山にせき止められた雨雲によって、そこには雨が降り注ぐため、一年を通してその地は湿っており、ポポが好んでエサとするコケ類やシダ植物、低木などが生えそろっている。

冬の間はこの辺り一帯は雪に埋もれ、エサがほとんど取れない為、彼らはそちらに移動しているのだ。このあたり一帯に生えている、寒帯の針葉樹林は彼らの口には合わないようだ。
夏になるとこの辺りには地面が現れ、その短い夏の間に繁殖を行おうと膨大な数の植物が芽をだし、成長していく。
その青々と実った自然の恵みを得るために、ポポたちは何百キロと言う距離を移動してくるのだ。

しかし、このポポの姿は、明らかに季節外れだ。
一年を通して凍土の環境に身を置く種類のポポもいるにはいるが、その地域には彼らが食物と出来るぎりぎりの量が残っているだけでよそ者が入り込む余地は無いし、先ほどのとおり、この辺りは彼らが生息するには適さない。
このポポがどちらの種類であったとしても、どうにもしっくりこないのだ。



移動の時期から外れ、たった一体でこの辺りをさまよっているポポにハヤテは首を傾げた。





(移動の時期を間違えた?じゃあなぜ一体で移動を?メスのポポの群れの団結は固いから、抜けようとは思わない筈……という事は、一体で動かなければならない理由があった……?)





ハヤテはそこまで考えて、可能性のありそうな事を一つ一つ整理していく。
今までの経験から、ポポが一頭で行動する時を思い出していく。





(はぐれた?でも、こんな他の個体の跡が全く見られないところまで歩いたという事はかなり時間が立ってるはずなのに、胃の中には大量の植物があった……。)





そこまで考えて、はぐれたのではないと判断する。
しかし、それ以外の理由が思い浮かばずに首を傾げた。





(このポポはメス……オスならば単独では行動するけど、野生のメスは……野生?)





ハヤテははっとした。
まるで目の前の靄が一気に取り払われたかのような感覚に、彼は思わず手を叩いた。
隣でヒナギクが呆気にとられたような顔をしたが、ハヤテはそれにも気づかない。

そうだ、このメスが野生だと考えたのは自分の思い込みだった。
このポポが、『自分たちが今まで乗ってきたポポと同じように』人間に飼われていた個体だったのだとすると、全てのつじつまが合う。

一頭でいたのは、馬車を牽いていたため。
ポポはよく家畜化されているモンスターだが、オスは気性が荒くてあまり飼育には向かない。
その点メスならば非常に飼いやすく、人なれもしやすい。
自分達の連れていたポポも、この死骸と似たような大きさのメスだった。
そして、こんなところを通っていたのは、ここが人間にとって凍土への近道だったからで、こんな時期にいたのもその乗っていた人間の都合だったからだ。



ハヤテはとっさに立ち上がると、ポポの周りを見渡した。
この獲物を倒した肉食動物は、きっと手綱や口に噛ませる金具などが邪魔で、遠くに投げ捨てただろう。
それはもうこの雪の所為で深く沈んでしまっているから、見つけるのは難しい。

しかし、このポポの死骸にはひっくり返された後は無い。
それに肉食動物は獲物を腹から食べるだろうから、必然的にその死角となる背中側には、何かが残されているはずだ。

――――――このポポを使っていた人の身元の手掛かりとなるようなものが。





「あった……」





ハヤテがつぶやくと、ヒナギクは怪訝そうな顔をしたが、ハヤテが手に持っているそれを見て、目を見開いた。





「それって、手綱!?って事はこのポポは……」
「ええ、人に飼われていたものなんでしょう。そして、このポポの死んだ時間からして……まだ、その人が近くにいる!」





ハヤテはすっと立ち上がった。
こんなに目立つことをするのは危険だったが、背に腹は代えられない。
このポポが死んだのが数時間以内だとしたら、その人はこの近くにいるかもしれない。
この極寒の環境の中でさまよっているのならば、非常に危険だ。

モンスターの脅威だけではない。ここは、人間……特にハンター以外の人間には厳しすぎるだろう。





ハヤテはふっと目を落とした。
その紫に染め上げられた皮には、金糸で刺繍がされている。
それでも恐らく高価なものではないだろうが、ハヤテはそれに少し見覚えがあるような気がして目を細めた。





(この模様……どこかで)





ハヤテの瞼の裏に、なにかが浮かんでくるような気がして、何とか記憶を引きずり出そうと頭を回転させた。

そして、ふっと頭に浮かんだのは、ある時兄が見せてくれた……。
幼い自分の手が、椅子に座っている自分とは歳の離れた兄の太腿にかかっている
そしておぼろげな記憶では、自分は彼の手にあった手紙に目を落としていた。
その頃の自分では、まだ難しい字は読めなかった。しかし、その手紙の周りを取り囲んでいた不思議な模様が、何故か強く目に焼き付いていた。





「……これは……」





彼は息をのんだ。
そう言った人物がここにいるならば、早く救出しなければならない事には変わりはない。
それでも、その人がどうしてここにいるのかが分からずにうろたえた。





(いや、それどころじゃないか……)





しかし、自分がやるべきは別にある。
ハヤテは深呼吸をすると、グイッとその手綱を懐に押し込んで、素早く両手を地面につけた。

いきなり速く走る前の姿勢を取ったような彼の姿に、ヒナギクはぎょっとして目を見開いた。


ハヤテは夜目も効くが、今のこの状況では役には立たないだろう。
とんでもなく体力を使ってしまうが、この状況では仕方がない。一刻の猶予もないのだ。

ヒナギクが呆気にとられて、声を発していなかったのが助かった。
幾ら風の音がうるさいとはいえ、他の雑音が無いに越したことは無い。


そのまま、ハヤテは感覚を薄く膜の様に広げていく。
意識の網がじわじわと広がっていく。暴風と暴雪の中が、その網が水底を引っ掻くように広げるたびに均等になって行く。
礫のような雪の一つ一つ、風にざわめく枯れた木々の音、遥か下から聞こえる、凍った川面の下から響くせせらぎの音もはっきりと知覚できる。

細く、鋭利に研がれたその感覚は、僅かに何かが触れた。
一瞬、何かこの雪の中を動くものは、小さな哺乳動物かと思ったが、それが出す、僅かなうめき声をはっきりと聞いた。





(……いた!)





その瞬間、風の勢いが増した。
ハヤテは駆け出すと、全く物おじせずに雪の斜面に身を躍らせた。
高く飛び上がると、斜面に沿って自分の体は一気に落下していく。
着地の瞬間に鈍い衝撃が来る。ボフンと雪が水飛沫の様に立ち上がる。
すねを板で殴られたかのようなだったが、ハヤテは気にせずにその斜面を滑り降りた。
柔らかい雪に足を取られ、バランスを崩しそうになるが、何とか培ってきた運動神経とバランス感覚で、先ほどとらえたその場所へと一気に下っていく。
ソリすべりの様に白い雪を蹴飛ばし、切り裂き、背後に雪煙を立てながらハヤテは驀進する。
進んでいると言うよりも、全身を使いながらきりもみをしながら滑っているようだ。



不意に、何か大きなものがそこに転がっているような感覚がした。
咄嗟に大きく伸ばした手に、何かがぶつかったが、それは防具に着けていた柔らかい生地が捉えることが出来ず、するりと手から離れてしまった。

ハヤテは無我夢中でそれに爪を立てた。生地の下から指の筋が立つのが分かる。
鉤のようにした指はそのでこぼこしたものの隙間に引っかかった。

彼は全身の力を込めて滑るスピードを緩め、必死でそれにしがみついた。





その真っ暗な空間の中で目を凝らすと、その下敷きになった小さな隙間から小さな白いものが見えた。
ハヤテはその下に積もった雪を退けた。
下に出来た隙間を広げ、ハヤテはその間に腕を肩の付け根まで突っ込むと、渾身の力を込めて、その物体を持ち上げた。
ぐちゃぐちゃになってはいたが……それは自分たちが今まで乗ってきた馬車とほとんど大差ない。

かなり重い(と言っても、そのサイズの馬車を持ち上げられる事が出来る方がおかしいが)。
しかも足元が悪くてつるつると滑る。
肩の下の筋肉が持ち上がるのを感じて、ハヤテは歯を食いしばった。

ハヤテは同じく下敷きになっていた大きめの木材を一本引っ張り出すと、それをつっかえ棒の様に馬車の隙間に嵌めた。
それはめきめきと心もとない音を立てていたが、ハヤテには十分な時間だった。


その白いものを引っ掴み、勢いよく引っ張りだした。
その瞬間に木材が壊れて、大きな馬車は斜面を滑り始めた。
ハヤテが咄嗟にそれをかわすと、馬車はものすごい勢いで彼を掠め、霧の彼方に消えていった。
そこには巨大な渓谷が口を開けていたらしく、それは自分のすぐ下にあった崖の下に落ちていった。
この暴風の中でもはっきり響いた破砕音に、ハヤテはぞっとした。

あと少し遅かったら、自分もこの人ももろとも崖の下に落ちていたかもしれない。
その人を背中に乗せると、ハヤテは斜面の上を見据えた。
自分が滑ってきた後はもう雪に埋もれていたが、自分の体に着けている命綱は切れていなかった。

彼女は降りて来られないだろう。
下が見えてはいないとはいえ、ここの標高は高い。
しかし、背中にある体の事を考えると、そう悠長にしている暇もない。

体は冷え、全く動かずにいる。息はしているものの、力が弱い。
一刻の猶予もない。





ハヤテは苦虫をかみつぶしたような顔をした後、大きな声で上に向かって叫んだ。
この状況で大声を出すのは危険極まりない行為だったが、そうでもしなければ意思を伝える事が出来ない。














*              *






いきなり駆け出したハヤテに、ヒナギクはどうしようもなく立ち尽くしていた。
ほとんど何も見えないが、彼がこの斜面の下に消えていったのだけが分かり、胸が締め付けられそうになるほどに気が気ではなかった。



この下には何があるのかすら分からない。
覗き込んでも何も見えないが、何か見えたところでこの高さだ。自分はきっと何もできないに違いない。

彼の命綱のロープがするすると斜面の下に下っていく。
それを見ながら、彼女は手の前で拳を握った。





「ヒナギクさん!先に馬車へ!」





その時、ふいに下から大きな声が響いた。
このどこに危険が潜んでいる状況下で大声を出すと言うのは非常に危険な行動だったが、そうしなくてはならないほど切羽詰まっているという事だ。





「ハヤテ君!?一体何があったの!?」





彼女はそばにあった木をしっかりと握りながら、下にいるであろう彼に向かって叫んだ。
その声は風に乗ってすぐに届いたのか、すぐさま彼の声がまた響いた。





「詳しい話はあとです!馬車に帰って、緊急用の救命セットを用意してください!」





ヒナギクははっとした。
下に、この馬車を操っていた人がいたのだ!
それも、まだ生きているのだと言う。

彼女は、それを聞くや否や、一気に走り出した。
足が雪にとられるが、そんな事に頓着している余裕はない。
自分達が歩いてきた道は雪に埋もれてしまっていたが、彼女の腰に結び付けられたロープは、確実に目的の場所に続いている。





(セットは……確か馬車の床に仕舞われていたはず……)





恐ろしく焦り、どくどくと太鼓の様に鼓動を撃つ心臓と、はやる足とは裏腹に、ヒナギクの頭は驚くほど冴えわたっていた。

ハヤテの特訓によって、前よりもはるかに鍛えられた精神によって支えられ、ヒナギクは足場の悪い雪道を下って行った。

















*                 *

つづく






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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.27 )
日時: 2015/03/31 19:44
名前: タッキー
参照: http://hayate/1212613.butler

きょ、極限の状態・・・うっ、頭が・・・

どうもタッキーです
4Gを買った初日に極限のゴリラに乱入されたあげく成す術もなくペチャンコにされて少しトラウマになっています。ヤツが降ってきてそのアイコンが出た瞬間 (゚д゚;) ファッ!?←まさにこんな状態でした

いくら大型のモンスターではないとはいえ、草食系のモンスターが万単位で群れている中に突っ込んでいく勇気はないです。ポポとかならまだしもリノプロスとかブルファンゴとかだったらもう・・・(震え声

それにしても鼻の粘液ですか・・・ハンターなら通らないといけない道なんでしょうけど、触るのはちょっと遠慮したいです。ていうかモンスターの生態よりハヤテの生態の方が気になります(今更

あと相変わらずこの二人は他人のことになると危険を顧みないというか・・・。まぁそういうの大好物ですけど、少しは自分のこと大切にしてくれないとこっちが心配になるというか・・・。なんだかんだでヒナさんも人のこと言えないなぁ〜と思いました

それでは短い(?)ですが今回はこれぐらいで
次回も楽しみにしています

この作者は、誤字脱字の連絡を歓迎しています。連絡は→[チェック]/修正は→[メンテ]
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Re: 疾風の狩人2〈dos〉モンハン3rd,3G,4クロス ( No.28 )
日時: 2015/03/31 21:49
名前: masa

どうもmasaです。

命のやり取りか。死体を見慣れるなとは言いませんが、何も感じないようになるなと言いたいですね。
いくら相手が「害をなすもの」であったとしても「命ある生物」なんですから、多少でも申し訳ない気持ちを持たないと。
それを無くしたら、ハンターは辞めた方が良いですね。

イクサ兄さんはここでも放浪癖が付いてるんですか。まあ、悪い事をしている訳では無いんでしょうから、良いですけど。
いや、弟に寂しい思いをさせているという意味では駄目か。

ポポって結構頭が良いモンスターなんですね。強さ、と言う意味でも十分ですし。
ある意味では人間に近いものがありますね。武器を持ち、集団行動する。と言う意味で。
モンハンを知らない自分は、あまり強くない生体だと思ってましたから。

ハヤテは流石ですよね。極限の環境下でも、冷静沈着に判断し、最良の手に出るんですから。まあ、それが無きゃG級になれないと言われたらそれまでですが。
とは言え、相手が分からない以上は完璧と言えるかどうか。

そう言えば、ヒマラヤなどの高地での遭難者の遺体はそのままである事が多いって何かのテレビで言ってましたね。
確か、凍ってしまうから、腐らないとか。

ヒナギクさんは流石ですね。極限の環境や敵がいるかもしれない圧倒的な緊張感。その中でも的確に自身の知識を総動員し、ハヤテが出してほしいと思っていた答えに行き付いたんですから。
まあ、ユキジはやり方があったでしょ。他に。ハチャメチャとはいえ女なんだから、妹の前とはいえ自重しろ。

そう言えば、教師と生徒が兄弟の場合、贔屓とかの可能性も視野に入れて、会わせないようにしているって聞いたはずですが。
信用してても、そこは守らないと。

ハヤテよ、いくら教えるためとはいえ、いきなり鼻の穴に手を突っ込むかね。汚いでしょ。
まあでも、ヒナギクさんの役に立ったんだから、意味はあったけど。でも、その手をやたらに人に着けるなよ。小学生の男子じゃないんだから。

ポポを殺した生物は相当な強者だったんでしょうね。「一撃で」圧倒的なダメージを与え、殺したんですから。
まあ、それを的確に見抜いたハヤテもハヤテですが。

成程。殺されていた個体は人に飼われていた生物だったんですね。
ハヤテの判断力が高くなかったら、危なかったですね。

ハヤテが助け出したかつての知り合いは誰なんでしょうね?「若しかして」っと思う人はいますが、敢えて言わないでおきます。


何やら波乱尽くし。どうなるか気になります。


そう言えば、牧瀬恋葉は登場するんでしょうか?(自分の小説には出す予定ですが)気になります。


次回を楽しみにしていますね。

では。
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疾風の狩人2〈dos〉(モンハン3rd,3G,4クロス) ( No.29 )
日時: 2015/04/02 19:42
名前: 壊れたラジオ

感想どうも!

タッキーさん
僕が初めて会った極限モンスはあのトゲトゲのピーちゃんでした(村クエから進めていたので)。
最初、何だこいつはと思って背中に嫌な汗がじっとりと染みついたのを覚えています。
―――まあ、今は暇な時にギルクエの休憩がてら倒すくらいになってますが(笑)。

リノプロスやドスファンゴはもう考えない様にしてます。
戦う前に肥し玉ぶつけて追っ払います。

鼻の粘液に関して、そこまでヒかれるとは思いませんでした……。
動物の診察とか、体調管理ではこう言った事は意外と良くやるので……おかしい事とは思ってなかったんです、すみません。

最後に……まあ、この二人に関してはしばらくはこのまんまでしょう。たぶん。
今回をお楽しみに。




masaさん
ハンターとしての気概は、ハヤテに何度も言わせていますが、そうでないやつもいるんです。
あのリーゼント野郎がその筆頭です。

イクサ兄さんは、きっといつか出てきます。
それがいつになるかは分かりませんが……原作にも負けないくらい衝撃的な形を考えたので、お楽しみに。

ポポの生態は、象の生態をもとにしています。
原典の一つであるモンスターハンターの系統樹によると、ポポは象に近い生物なので。

ヒマラヤでは……クレバスとかに死骸が落ちていたり、氷漬けになった遺体がその辺に落ちてたのが衝撃的でした……。
重いから、山の遭難者はそこに置き去りにするしかないんだとか……。

ヒナギクさんはどこに行っても頭が良いです。
今はまだ経験不足ですが、いずれハヤテにも負けないハンターになるでしょう。

鼻の粘液を調べるやり方が、ここまでドン引きされるとは思いませんでした……(二回目)。
いや、ホント生物の体を調べたりするとき、みんな躊躇なく動物の鼻や口、挙句の果てには肛門(体温を測るにはここが一番)にも手を突っ込むし、手に手袋とかつけてるから大丈夫かなあと思ってたんで……。
でも、不快な思いをされたのならばすみません……。
こう言った事も、この世界では日常茶飯事で教えられると思って下さい。
良くも悪くも、ハンターが幅を利かせているような世界ですしね。

ポポを殺した生物は、きっとすぐに分かります。こうご期待。
嘗ての知り合いは……想像されているのが誰か、私には分かりません。
まあ、お楽しみに……(笑)

ハヤテたちの波乱は、きっとここからが本番です。

最後に……私はハヤテのごとくキャラを、それこそどんなにマイナーな人でも出す予定なので、キャラの出番の心配をなさる必要はないと思います。

では、今回の話を、どうぞ!






















*                *




























第三章
第八話『寒空の尋ね人』





馬車の柱には、燭台の金色の光がゆらゆらと揺れている。
立てかけられた蝋燭は、どこか心もとない様子があったが、それはこの薄暗い空間を照らし出すには十分だった。

その中に、深刻そうな顔をしたハヤテのこわばった表情が浮かび上がっていた。





「……体温が低いわ……大丈夫なのかしら……」
「大丈夫ではないですが……やらない事には始まりません。それに、あの外の状態に何時間もいて、まだ命があっただけでも儲けものと考えなくてはいけません……僕たちに出来る事を全てやって、後は信じる事しかできません。彼の生きる力を……」





ハヤテはそう言うと、もう一つの燭台に火を移すと、それを手にもって馬車の暗がりの中を探り始めた。
彼はあの寒い中、人一人を背負ってきたと言うのに、体力は全く落ちないようだ。
やはり鍛えたハンターは違うらしく、手が強張っている様子は見えないし、体力をそこまで消耗しているようには見えない。





「……ヒナギクさん、救急セットからホットドリンクと……元気ドリンコを。」





ハヤテはこちらを見ずに、静かな声でそう言った。
ヒナギクはハヤテの言葉に軽くうなずくと、馬車に備え付けられていた救急セットからいくつかの小瓶を取り出した。

こう言った地域の馬車には、緊急の時のために幾つかのアイテムを積み込んでおくことが義務付けられている。
狩場や、それに準ずる場所―――特に狩猟地に近接している場所を通る通行路には非常に多くの危険が潜んでいる。
そう言った地を通る、この馬車を利用している人間が危機に陥っているときは当たり前ではあるが、今ここで出会ったような遭難者や緊急救助者を救出したり、命を取り留めたりするためだ。
中には、こう言った環境下で命をつなぐことが出来るような有用なアイテムが入っているが、それは一部ギルドから貸し馬車を営む店のオーナーに無償で配布されている。


ハヤテやヒナギクなどのハンターも、こういった救出依頼を受ける事もある。
ハンターでも危険な狩猟地では、一般人やハンターに関連する職業に就くそれ以外の人々にとっては危険すぎる。
しかし、不慮の事故が起こった場合、遭難者は不幸にもこう言った狩猟地に迷い込んでしまう可能性がある。

そう言った場所にはハンターしか入り込むことが出来ないため、必然的に救出しに依頼を受けて出るのはハンターという事になる。
ナギの時に関しても、かなり特殊な状況ではあったが、そう言った理由でハヤテたちが出る事になったのだ。



それに、ハンターズアカデミーでも緊急救出用の授業があり、様々な状況に対応できるように訓練を積んでいる。
ハヤテはもう長年ハンターをやっているので、救出の手順もよく知っているし、ヒナギクはそう言った経験は無いものの、一応の知識としては知っていた。



しかし、今回は少し勝手が違った。
ここは凍土の周辺であり、渓流や孤島とはわけが違う。

吹雪が千刃の様に叩き付けるこの地では、人間の体温はものすごいスピードで奪われる。
それによって引き起こされるのが、低体温症と凍傷だ。



低体温症とは、恒温動物の体温が、正常な生体活動の維持に必要な水準を下回ったときに生じる様々な症状だ。
人間では体温が35度以下に低下した場合がそうである。低体温症と診断される。

恒温動物の体温は、恒常性により、常に一定範囲内で保たれている。
しかし、自律的な体温調節の限界を超えて寒冷環境に曝され続けた場合、体温の下限を下回るレベルまで体温が低下し、身体機能にさまざまな支障を生じる。
この状態が低体温症である。

低体温症は必ずしも冬季や登山など極端な寒冷下でのみ起こるとは限らない。
濡れた衣服による気化熱や屋外での泥酔状態といった条件次第では、夏場や日常的な市街地でも発生しうる。
今回の場合、零下30度の猛烈な外気温に晒されたことによるのが直接の原因であることは明白だ。

軽度であれば自律神経の働きにより自力で回復するが、重度の場合や自律神経の働きが損なわれている場合は、死に至る事もある症状である。
これらは、生きている限り常に体内で発生している生化学的な各種反応が、温度変化により、通常通りに起こらない事に起因する。

ジンオウガの発電機構である化学反応と同じだ。
生物の体内にある酵素や様々な機構は、一定の温度で最も活性化するのだが、それは普通、恒温動物の平均体温がそうである。
しかし、低温であるとそう言った機構は活性化せず、身体に様々な影響をもたらすのだ。

特に恒温の動物―――人間も含めて―――が利用する酵素は、温度が40°C前後で最も活発に働くものが多いが、これは人間の体温に近いため、体内で効率よく働くことができる。

俗に『お腹を冷やすと体を壊して下痢になる』と言われるが、その原因の一つは消化管の温度低下によるものが挙げられる。
消化器官の内部にあるこれらの消化酵素の働きが鈍り、消化作用が阻害されるからだ。
それに加え、体の主要な栄養素となるブドウ糖をはじめとする糖類の生成過程の働きも、やはり温度が低いとその活性さは失われ、やはり供給が滞ってしまう。
特にこの糖類によって主に動かされている脳に関して、あまりに供給が滞ると、重篤な状態を及ぼすこともある。





ヒナギクはしゅんしゅんと音を立てる薬缶の湯を近くの盥に移した。
それには水がめから汲んだ冷たい水がなみなみと張られていて、透明なそれはこの暗闇で黒々と染まり、その盥の縁が不気味に揺れていた。
彼女が薬缶から沸騰した水を注ぐと、その静かな水面が白くぼこぼこと泡立った。

ヒナギクはある程度注ぎ終わると、その中に指先を少しふれた。
沸騰した熱いお湯は、冷たい水によって冷やされてぬるま湯になっている。
しかし、水や空気にはある特徴があり、温度の高いものは上に、低いものは下に流れると言う特徴がある。
彼女が手を深い所まで突っ込むと、底冷えするような冷たさが腕を這い登り、思わず目を閉じた。

少し鳥肌が立つ腕をすぐに引き抜きたかったが、彼女はそのまま手を盥の中でぐるぐるとかき混ぜた。
盥の中をかき回して、温度が均一になるようにすると、盥の中の水は妙な生暖かさを呈していた。

ヒナギクはまた薬缶からお湯を付け足して、同じように温度を確認した後、またかき混ぜた。
今度は人肌より少し暖かい程度の温度となり、彼女は小さく納得するかのようにうなずいた。




低体温症にはある程度の種類と段階がある。
そのうちの一つ、代表的なものは一次性低体温症とも呼ばれ、純粋に寒冷曝露を原因として体温が35度以下に低下した状態である。
単に「低体温症」とのみ言う場合、通常はこちらを指す。

症状としてはまず、周囲の環境への無関心から始まる。
他の物事に全く興味がわかなくなり、何とも言われぬ気怠さ、倦怠感が現れる。
これは寒さにより低温への対処のために、脳が代謝を低下させて体を守ろうとするときの反応ではあるが、危険を知らせる信号でもある。
それがさらにひどくなると何が起こっているのかが全くつかめずに錯乱し、幻覚までをも見る事がある。
それがさらに進行すると、昏睡状態に陥り、仮死状態となって全身の筋肉が硬直する。
最終的には、それが体の中心部まで侵食し、ほぼ死亡状態になる。
心室が細動し、適切に体に血液を送り出すことすら出来なくなり、患者は重篤な心障害を起こして完全に死亡する。





患者がどの段階の症状を呈しているかによって必要な対処法が異なる。
特に錯乱、昏睡状態以上の低体温症では、一般的な冷えに対する感覚で迅速に慌てて温めると、かえって死を招く危険がある。
いや、確かにすぐに温めるのは非常に重要なのだが、大切なのはその温度と、それにかける時間である。

全身の内で最もすぐに冷え始めるのは、指先やつま先のような体の末端である。
そこからじわじわと体の中心へと向かって冷えていくのだが、だからと言って急に冷え切った手足を温めると、一気に心臓へ負担が掛かってショック状態に陥る可能性がある。

また、脳はこの時代謝を低くし、温度を下げて血流を減らしているのだが、こう言った場合の冷温での代謝低下によって脳が守られていた場合、急激に加温すると、脳の酸素・栄養消費が増大して供給不足に対処できなくなり脳死に至ることがある。

そのため、低体温症の患者を発見した場合は直ちに風雨に晒されるような場所を避け、人肌程度の温度を保つことが出来る場所に移動させるのが先決である。
その衣服が濡れていたり、雪や氷で冷え切っている場合は、それらを乾いた暖かい衣類に替えさせ、暖かい毛布などで包みこみ、それ以上の体温低下を防ぐ事が何より重要である。
そう言った時に使用する衣類は緩やかで締め付けの少ない物が望ましい。こう言った場合の患者の血流は非常に緩やかになっているため、それを圧迫すればその僅かな血流を妨げ、酸素の供給を停止させ、余計にひどい状態に陥る可能性もある。



ヒナギクは、その盥に入ったぬるま湯をいくつか用意すると、その彼の腕や足をそれに浸し始めた。
暖かい毛布から手足を出された彼は、目を閉じたまま少し眉の間に不快そうに皺を作った。
しかし、それが暖かい湯に浸されると、しばらくは歯を食い縛っていたが、その内長いため息を一つついたかと思うと、すっと体を分厚い毛布の上に沈めた。
先ほどの険しい表情も消え、心地よさげにまどろんでいる。

まあ、先ほどの極寒の吹雪が吹き荒れ、太陽の光のかけらもない八寒地獄のような状況に比べれば、しばらく外に出ていて火鉢や燭台も消えた、あまり温めるような要素が無いようなこの馬車の中も快適に感じるのは道理だろう。



ハヤテが予備の湯入れや、応急薬(回復薬と同程度の回復効果のある薬剤。ギルドからよく支給される)、それに現在彼にかかっているよりも分厚い毛布をさらに取り出してきた。
今のこの状況で彼の喉は応急薬を飲むことは出来ないだろうが、しばらくして落ち着いたら飲ませる必要があるだろう。
こう言った応急薬の多くには、非常用のものらしくたっぷりと含まれる水分と、大量の栄養分が含まれている。
それは回復薬ほどの傷の回復効果は無いが、非常に体に吸収されやすい栄養分が含まれており、ハンター以外の人間の体にもとても効果が強い。
ハンター用の強烈な回復薬を飲ませるよりも、こう言った場合の重篤な栄養不足には応急薬の方が向いている。
ハヤテはその予備の、小さめの湯入れに湯を入れると、水筒のような形をした蓋を強く締めた。
そしてそれを毛布の中に突っ込むと、彼の脇の下や鼠蹊(股下)などの太い血管がある辺りにそれを挟み込んだ。
こうすることで、ゆっくりと体の中心部から温まるようにするのだ。

注意するのは、温めるのは主に静脈で、動脈にはあまり近くならない様にすることだ。
酸素や栄養を多く含んだ動脈にそれを当てると、前述の通り急激に血管が拡張されて全身に栄養分がいきなり行き渡る事になり、ショックを起こす可能性がある。





「……僕の声が、聞こえますか?」





ハヤテが彼の耳元で囁くような声を発した。
手を口の端に当て、声が漏れずに耳に届くようにしていた彼の声が届いたのか、その人は薄目を開けて彼の方を向き、ゆっくりと薄くうなずいた。

この人がここに運び込まれた時、目は薄く開けていたが、その目は焦点があってはいなかった。
顔面は蒼白で、ハヤテが何とか背負っていたが、その手に力はこもらず、だらりと垂れていた。
ハヤテが彼を馬車の柔らかい敷物に体を横たえると、糸の切れた傀儡の様にがっくりと全身の関節が折れて、危うく体が床にたたきつけられるかと思った。
勿論彼がそんな事をするはずもなく、ゆっくりと慎重に体を下ろさせると、顎を上に向けて気道を確保した。

彼は瞳孔を開いて、感覚や脳の調子を確認した。
かなり重篤な状態にあったようだが、瞳孔は開いていなかったし、脳にも大きな異常をきたしているわけではなかったらしく、彼はほっと吐息をついて頷くと、手早く介抱を始めた。

その手際の良さに彼女は少しの間呆気にとられていたが、ハヤテの自分に何か言う声が響いて、我に返った。
彼がこちらに戻ってくるまでには時間が少しあって、彼女もある程度の用意が出来ていた。

彼はあの足場の悪い地面を伝って来たから時間がかかったのだと彼女は確信めいたことを思っていたが、今はそれどころではない。
その彼の苦労に報いるために出来る事は、何としてもこの人の命を取り留める事だ。










その人の体を素早く先ほどよりも分厚い毛布でくるんでいるハヤテに、救急セットからホットドリンクを取り出して渡した。
彼はその毛布でその人の体を圧迫しない様に、気道がつぶれてしまわない様に気を配りながらも、彼女からホットドリンクを受け取った。

その蓋を歯で食いちぎり、いつ取り出したのか大きめの匙にそれを少量たらした。
そしてその人の体を少し持ち上げると、慎重に喉に流し込み始めた。
低体温症の場合、体を内部から温めるには、暖かい飲み物を与えるのが一番だ。
また、ホットドリンクのような体の代謝を高めるようなものも非常に有用である。

このホットドリンクはハヤテたちハンターが飲むような激烈な効果を持つようなものではなく、緊急用に馬車に備え付けられているものだ。
それは希釈され、飲みやすいようにある程度の味付けがされている。
この意識が混濁したような状況でいきなり希釈されていないホットドリンクを与えるのは非常に危険であるし、体の代謝が下がっているので、消化器官も正常に活動していない。
そのため、こうして人肌程度に温められた緊急用のホットドリンクを少しずつ流し込むことがもっとも効果を上げる事が出来る。
こういう時こそ、焦ってはいけない。ハヤテがハンターとしての生活で学んだことだ。

とりあえずどんな方法でもよいので体を温めるようにして、温かい甘い飲み物をゆっくり与える。
ただし目が醒めるようにとお茶の類いを与えると、それに含まれている利尿作用で脱水症状を起こすので避ける。
アルコール飲料の摂取は、確かに一時的に体が温まるが、熱放射を増やしたり眠気を誘ったりし、余計に事態を悪化させる危険があるので避けるべきである。体の温まる甘い飲み物は効果的だが、意識がはっきりしていないと飲み物で溺死する危険性があるので、意識障害が在る者には飲ませてはいけない。
少し回復してから与えるのが有効だ。










それを5匙位をゆっくりと与え終わると、その人は大きなため息をつくと、またうとうとと眠り始めた。
それを見て、ハヤテはゆっくりとため息をついた。
ある程度落ち着いたのだろう。
その人の様子を絶えず気にしておらねばならず、知らず知らずのうちに息を詰めていたのか膝立ちになり、緊張していた体をゆっくりと敷物の上に下ろすと、頭を低くしていた。

極度に頭に血が上った状態を維持すると、このように頭に銀砂が散る。
昔のまだ体を鍛える前の自分もキツイ訓練の後、しばらくはこんな風にうずくまっていることも多かったが、今回はそれどころではない緊張だったから致し方ないだろう。
何せ、人一人の人生が懸っていたのだから。






彼が不意に立ち上がった。
ヒナギクは怪訝そうな顔をしたが、ハヤテはそれを意に介すことなく、フェルトの扉を少し捲って外を眺めた。

ひんやりとした風が、少しずつ温まってきた馬車の中に入ってきて、彼女の頬を刺した。
彼が影になって居てほとんど外は見えないが、この風の調子からしてあまり外の風景は変わり映えしていないようだ。

ハヤテがこちらを振り向いた。
少し深刻そうな顔をして、彼は口を開いた。





「……少し、馬車を移動させましょう。ずっとここにいるのは、危険です。」





彼はそう言った。
治療の間に、かなりの時間がかかってしまった。
外の風景が分からず、どれほどの時間がたったのか分からないが、あのポポの死骸は見た時にはすでに大よそ数時間は過ぎていた。

ここでさらに時間が過ぎてしまった。
あのポポを倒した捕食者が、どれほどの大きさを持っていて、どれほどの獲物の量で満腹になるかが分からない以上、ここを早めに立ち去るのが賢いやり方だろう。

捕食者にしても、まだ未だ生きていて、反撃される可能性のある獲物を狙って手傷を負うよりは、そこに落ちていて反撃のされる心配のない獲物を貪った方が圧倒的に楽だ。
そこに大量の肉が残っているならば尚更だろう。


その死んだ獲物に気を取られているうちに、ハヤテは移動するつもりでいた。





「……それに、ある程度調子が戻っているとはいえ、その人の状態はまだ予断を許しません。早めにこの最も近くにある村でちゃんとした治療を受けてもらわないと。」





それも道理だ。
ハンターがこの場で出来る治療はあくまでも応急処置のみ。
正式な医術師に診てもらい、治療を行ってもらうに越したことは無い。

低体温症を起こしている時に無理に動かすと、手足など末端や表皮の冷えた血液が体を動かすことで血管が拡張することも手伝って体内をくまなく循環してしまい、内臓の発熱量を低下させ、心臓や脳の体温も下げ、全身が芯まで冷えることになる。
ポポが呼吸の時に、何故ああまでして肺に取り入れる空気を暖めようとするのかは、こう言った内部からの冷えを防ぐためであるのだが、人間でもそれは同じことが言える。

低体温症の際は「会話が上手く出来なくなった」段階においての早期注意が必要である。
この人の意識はゆっくりとではあるけれど、だんだんとはっきりとしてきてはいるが、早めに正規の医術師に診察を受ける事が何よりも大事だろう。





「そうね。そのほうが良いと思う……でも……」





その言葉にハヤテは怪訝そうな顔をした。
ヒナギクが自分の前で口ごもる事は決して珍しい事ではなかったが、この緊急時に黙り込む理由が見つからなかった。





「えっと……ハヤテ君は大丈夫なの?ただでさえ、この人を運んできて疲れてるんでしょう?」





おずおずと彼女の口から発せられた声に、ハヤテは微笑んだ。





「その心配はいりません。いつも一人でここに狩りをしに来るときは……寝ずに目的地までいく事も多かったですし。」





そのほうが速くつけますしね、と何ともなしにあっけらかんと言い放ったハヤテにヒナギクは絶句した。
きっと彼は、その時々、いつもいつもその地に住んでいる人の身が心配で、一刻も早くその場所に着こうとしていたのだ。
その為には、自分の体など気にしないのだろう。そうやって気に掛ける人も身の回りにあまりいなかったから(ソウヤ君は多分ハヤテ君の同類だったから、気にならなかったんだろう)、そう言った感覚を芽生えさせる結果になったのだ。

ヒナギクは口を噛んだ。
しかし、今はそのハヤテの言葉を信じるしかない。
自分が馬車を扱えたとしても、彼はきっとこの人の看病に相当気を回すから、心も体も休まる機会がない。

どちらにせよ、未だ予断を許さない患者がいる以上、どのような方法を取ったとしても彼の負担は減らない。
この状況で取ることが出来る、最も良い方法は………すぐにでも近くの、体を休められて、この人を見せる事が出来る診療所を持つ村にたどり着くことだろう。

ヒナギクがどこかまだ腑に落ちないような表情をしながらも、こちらを見てぎこちなく笑ったのを見て、ハヤテはうなずき、また扉に手を掛けた。

また冷たい風が入り込んでくるが、彼は気にも留めずに御者台の雪を払い、そこに埋もれていたランプに再び火をともした。





「……でも、どうしてこの人がこんなところに……」





フェルトが閉まりゆく最後の瞬間、ハヤテがそんな事をつぶやいたのが聞こえた。
彼は誰ともなく言ったつもりらしく、彼女の方を一度も振り向かないまま、はっと我に返ったかのようにそのフェルトの扉を閉めた。

中に吹き込んでいた風がふっと止み、それと同時に馬車の中には燭台に光るゆらゆらと光る小さい炎に照らされるだけになった。
















*                 *











火鉢の中に入った炭が明々と熱をもっている。
その熱は馬車の中を心地の良い温度に保っていて、ヒナギクの吐き出す息も外の様には白く染まらない。

救出された人の息は今は落ち着いているし、強張っていた両手両足もいまはほんのりと熱をもっている。
ヒナギクはそれを見てほっとした。




一時はどうなるかと思ったが、この人の生命力は意外と強かったらしく、何事も無ければきっちりとした状態で医術師に見せられそうだ。

彼女は冷めて来た盥に、またお湯を付け足すと、またほっと息をついた。





低体温症を起こしている人は寝させてはならないと言われている。
低体温になると代謝が下がり、脳も非常に鈍くなる。
この状態では、人は強烈な、抗いがたい眠気を感じるが、それに決して負けてはならない。
代謝の下がった状態でさらに代謝の下がる行動をとらせる―――つまり眠らせると、完全に生命活動を停止させる事にもなりかねない。
眠ると代謝や震えによる熱生産が低下するので、十分に温まるまでは覚醒状態を維持させるのが常である。

よく、小説や読み物の中で、雪山で遭難した人々がお互いに叱咤激励して眠らない様にしている光景を見るが、それにはこう言った理由があったわけだ。





ヒナギクはしばらくは体を小さく揺すったりして彼の意識を保っていたが、だんだんと意識も体の調子もしっかりした今は眠らせてもよさそうだと判断した。

何時間も雪の中に閉じ込められていたのだ、こう言った暖かい場所でゆっくり眠っても罰は当たるまい。

彼のいう事を聞くところによると、馬車の下敷きとなっていたのが不幸中の幸いだったのだと言う。
馬車がひっくり返り、中に閉じ込められたことによってあの風から奇しくも彼の身を守る事になっており、降り積もる雪は強烈な断熱効果を発揮していて、ある種の雪洞(カマクラ)となっていたのだと言う。

こう言ったところで吹く風は体感気温を著しく下げるだけでなく、実際に体の熱を恐ろしく奪う効果を持っている。
雪山で遭難した時、この吹雪をはじめとする、強力な地面風からどう身を守る事がまず重要となってくるのだ。

そしてまた、雪はそうは見えないが、実はある程度の厚さがあれば、毛布の何十倍もの保温効果を持つ。
馬車がひっくり返り、その周りを深い雪で覆われると言うのは不幸としか言いようのない出来事だが、その中で起きたいくつもの偶然が彼の身を守っていた。



しかし、油断は出来ない。
低体温症が軽度のうちは本人が寒気を訴えて加温に躍起になるが、中度に進むと逆に意識水準が低下して保温に無関心となってくる。
『大丈夫』の返答が大丈夫では全くないこともある。



寒い時は体を動かせばいいだろうとはよくいうが、それは健常者の場合である。
発症している人間に運動させたりすると、手足から停滞していた低温・低酸素・高カリウムの血液が心臓に戻り、心室細動等の異常を引き起こす事もあるので、出来るだけ安静を心掛ける必要がある。
もっとも、今は馬車に乗って移動している状態の為、その心配は今のところいらない。
――――――勿論、それが無理やり走らなくてはならないと言う状況に陥ったならば、話は別であるが。


彼女は湯を付け足した盥の中に両足をもう一度、刺激を与えない様にゆっくりとつけた。
どうやら、冷え切っていたものの、凍傷を起こしてはいないようだ。
その事に、ヒナギクはまた安堵して、息を吐いた。

凍傷は、低温が原因で生じる皮膚や皮下組織の傷害である。
極度の低温はもちろん、0℃を少し下回る程度の温度でも長時間さらされると生じ、低体温症とも並んで寒冷下の環境では注意せねばならないものの一つだ。

零下の環境で皮下の血管は収縮を始めるが、これは体の中心部の体温を逃がさないためである。
極度の低温にさらされるとこの保護作用によって皮下の血行は極端に悪化し、部位によっては血行不全を起こしてしまう。
こうした部位はやがて凍ってしまい、低温に血行不全が重なることによって体組織は凍結し深刻な損傷が生じる事がある。
凍傷は心臓から遠い部位および寒冷にさらされる表面積が大きい部位に最も生じやすい。
その部分は主に両腕や両足であり、そのほかには耳や鼻、頬などにも発生する。

凍傷は早急に治療されなければ組織傷害は非可逆的なものとなる。凍傷に冒された部位は組織の血流不足によって最初は紫色に変色し、低酸素状態により神経障害を生じ知覚が失われる。
初期の神経障害は治療で完治するが、神経組織が壊死してしまうともはや治療が不可能となってしまう。
一般的に凍傷は皮膚の変色に加え、灼熱感やうずくような感覚、部分的・全体的なしびれ感、そして時に激しい痛みを伴う。
この時に治療が行われなければ、冒された皮膚は徐々に黒くなり、数時間後には水疱が生じる。
患部や血管が高度に傷害されると壊疽が起こり、最終的に切断が必要となることがある。
その程度が著しい場合は筋肉や骨にまで壊死が起きてしまい、死に至る事もある。


しかし運び込まれてきた時には、僅かに指先に血が通っておらずに少し色が変わっていたこの人の指先も、今はもう普通の人と同じく、元の色と思われる肌の色に戻っており、赤々とした、暖かい色身に染まっている。
このまま、暖かい湯につけていれば、そこまで心配する必要はないだろう。





彼女は両足と同じように左手、右手の順番にお湯を付け足しなおし、毛布をもう一度巻き直すと、そばにあった小瓶を取り上げた。

その色付きガラスの様に褐色に染められた小瓶の中には、琥珀のようなつやを持つ液体がなみなみと含まれている。
それを先ほどのハヤテが彼にやっていたのと同じように、大きめの匙に掬った。

蜂蜜ようにドロドロとしてはいなかったが、水やお湯よりははるかに粘着性を持つそれは、水分を多く含む部分と、油脂を多く含んだ二層に分かれて匙の中に溜まった。

その蜜が蝋燭の明かりに光っているのを見て、ヒナギクはそれを慎重にその人の口へと運んだ。
これはギルドから支給されている『元気ドリンコ』と言うれっきとした薬である。
栄養を大量に含んだ蜂蜜と、発熱をすると言うキノコにしては珍しい特徴を持つ、ハヤテの強撃ビンの調合材料としても使用されるニトロダケを混合した液体である。

これは応急薬とは違い、その人の体に即座に動くための栄養である糖類を循環させ、ニトロダケの効果によって体を温めると言うプロセスを持つ。
勿論、大量にいきなり与えるのは危険だから、少しずつ与えるのが定石だ。

スタミナを回復させる肉類はまだ消化器官の弱った人には食べられないし、同じくそれを無尽蔵に増やすことが出来る『強走薬』の類は激烈すぎて心臓に大きな負担を与える事になる。


唇にその匙をつけると、その人は一口一口舐めるように飲み下した。
彼女はそれを3〜4度繰り返すと、一端それを置いた。
あまり、一気に与えすぎるのは良くないから、数時間おきに少しずつ量を増やしながら与えなくてはならない。
大変な作業だとは思うが、外で暴風の中手綱を操るハヤテに比べればなんてことはない。
むしろ、ここで自分がやらなくては、さらに彼の負担を重くすることになるだろう。
それを軽くすることが自分にもできるならば、こんなのはなんてことはない。





(……でも)





ヒナギクは眉を潜め、その辺りを指でつまんだ。
汗を少し吸った髪が目の前に落ちて、少し揺れた。

彼女の耳には、先ほどの彼の言葉がこびり付いていた。





(彼がどうしてここに……とハヤテ君は言ってた……この人は、彼の知り合いなんだろうか)





そこまで考えて、彼女は軽く首を振った。
彼の事だ。きっと自分が及びもつかないような交友関係をもっているに違いない。
この人も、そう言った者の一人なんだろう。

そう思い、ヒナギクは自分で一番納得の出来る答えを思い浮かべて、大きく息を吐いた。
彼の事を今もまだ、ほとんど知ることが出来ていない自分に、少しの寂寥と焦燥を浮かべながら、その人の寝顔をゆっくりと眺めていた。












*                *









(……くそ、吹雪がまた強くなってきた。)





瞼を開けるのが億劫な程の風や雪が自分の顔に吹き付ける。
今まで感じたこともないほどの寒さを感じながら、ハヤテは歯を食いしばった。

無理もない。
今まで自分がここに来たのは、殆どが春から秋にかけてだった。
冬の季節は、いかにこの辺りに生息する大型モンスターとはいっても、行動はある程度抑制され、活発化はほとんどしないから、依頼が来ることはほとんど無かった。
それに、それでもこの季節に活動をするようなものは、秋の間に獲物を蓄える事が出来なかった弱い個体がほとんどであることが多いので、ハヤテがわざわざ出向くまでもなく、凍土の専属ハンターの手によって対処できるような物がほとんどだった。

しかし、昔ハヤテがここに来た時にいた凍土の専属は、今はタンジアに召し抱えられている上、そいつは一種の変態らしく、ギルドの要請もほとんど無視して『火山』にこもりっきりだ。
その彼に対して、若干の責めるような気持ちが湧き上がったが、喉まで上がってきたそれを何とか飲み込んで、ハヤテは目線を挙げた。

この状況で目は挙げたくない。
両耳は、端が金属の蓋でも嵌められているかのような、奇妙な反響が風の音によって作り出されて、不快な響きをとどろかせているし、開いた眼にはまるで金属の冷たい針をいくつも突き立てられているような感覚がする。
鼻腔に、冷たい雪と風が入り込んで、近くにある脳が底冷えするような感覚がして、ハヤテはぎゅっと目をつぶった。

それでもハヤテはしっかりと革製の手綱をしっかりと握り、前を見据えた。
下を向いていては、この濃霧の中で方向を見失う事になりかねない。
ある程度の方向や時刻は把握できているとはいえ―――この辺り一帯は、先ほどの崖のような場所が至る所で口を開けている。

少しでも気を抜けば、モンスターに襲われるのと同等の結末が自分たちに降りかかるかもしれないのだ。
ハヤテは雪の中から姿を見せている、小ぶりの針葉樹の枝を片手でかき分けながら、その下をくぐった。
どのぐらいの雪が積もっているのかは分からないが、この雪の下にはこの細い枝の何倍も太い幹があるのかもしれない。

ハヤテはふと、先ほどの彼の顔を思い浮かべていた。
あの手綱の文様と、ここ最近の彼からの手紙を思い出すと、どうして彼がここにいたのかはなんとなく想像がつくが………その彼の目的となるようなものがここにあるだろうかと眉を潜めた。

まあ、あちらのギルドとしても、何か思う所があるから、彼を派遣したにすぎないのだろう。
如何なるときに、適切な行動をとれるよう、何手も何手も先を読むのがギルドのやり方だ。
きっとその一環で、何らかの調査をさせるために、彼を派遣したに過ぎない。
何も無ければそれでいいが、何かあった時に考えられ得る被害を考えると、それは安いものだ。





不意に、馬車が少し揺れた。
咄嗟に後ろにいる二人の事が気にかかったが、中から何も驚いたような言葉が聞こえない所を見ると、何事も無かったようだ。
ここに来る前に、それなりに大きく揺れる事はあったから、気にすることは無かったのだろう。

ふいと前を見ると、ちょうどポポが太い幹を持つ枝を避けているところだった。
地面に張った根は非常に太かったらしく、ところどころ盛り上がって大きな雪の吹き溜まりを作っていた。
先ほどの揺れはそれに引っかかったものだったようだ。

それにはとげとげしい緑色をした葉が生えていたが、それを食べる事の出来ないポポは全く意にも介せず、その歩みを進めている。
先ほどから、ずっと物思いをしていて、自分に迫っていたそれに気づかなかった。





(……危ない危ない)





前を見ていたのに、集中をしていないなどハンターにはあるまじきことだ。
こんな状況では、いつ命を奪われても文句など言えない。





(でも、僕はちゃんと避けていた……そんな意識はしていなかったのだけれど)





ポポは、彼がぼうっとしている間にも、木々や張り出した岩、雪が少し剥がれ落ちてごつごつとした岩肌を呈している場所を、スムーズに進行していた。
彼は、自分が命令を気づかない間に出していたのかとふと思ったが、どうもそうではない事が分かった。



天気は一向に変わらず、分厚い雲に覆われているだろう空を、さらに深い霧が覆っている。
まるで雲がそのまま溶けだして、自分の周りを取り囲んでいるように感じられる。

ハヤテは顔を曇らせた。
この状況では、いかに自分の感覚でも先を捉えるのが難しい。
これ以上進めないかと勘繰っている間にも、霧はさらに濃く、深くなってゆく。
次の村までは大分距離が開いている。
しかし、太陽が分厚い雲に覆われて、一条の光も出ていないとはいえ、一応の昼間の間に其処に着けなくては、この危険な空間の中で、昼間よりもさらに危険度の増した夜の闇をやり過ごさねばならない。

横を見ても、何も見えず白い空間が広がっていて、まるでそこだけ切り取られた場所に放り込まれたようだ。





(引き返すのは……無理か)





そう思った瞬間、体が不意に左に引っ張られた。
ランプが倒れ、そのちらちらと輝く火が一瞬消えそうになる。

これが消えるとこの暗い中を照らし出すものが無くなってしまうし、手綱を離すわけにはいかない今、もう一度火をつけるのは骨だ。
ハヤテは素早くそれを支えて、元の位置に戻した。

眉を潜めて、ポポの足の向きや肩甲骨、腰の位置を見渡した。





その瞬間、背筋が凍ったような気がした。
さざなみのようなものが下から吹き上げてきたような気がして、ポポがもう一度その体を大きくひねった。

ハヤテは息をのみ、下を眺めた。





(崖か……)





今、自分は山肌から大きくせり出した崖の上にいたのだ。
心もとないその地面は、彼らを支えていた柔い雪が崩れてしまえば、あっという間にこの千尋の谷へと自分たちを飲み込むだろう。

霧で下は見えないが、吹き上げて来る上昇気流を肌で感じながら、ハヤテは心底腹の底が冷えた気分だった。
これが、後何度続くのだろうか、とハヤテは唇を震わせた。

しかし、ハヤテの頭にはまた別の事が浮かんでいた。





(ポポは……何かが見えているのか?)





奇妙な事だが、ポポは崖や岩、邪魔な木を見る前にそれを上手く躱している。
この霧では、自分達よりも目がそれ程良くないポポではまるでカーテンを閉め切ったようにしか見えない筈なのに、それを意にも介さないかの様に進んでいる。
おまけに、全ての障害物とは、ある一定の距離をもって躱している。まるで、それが其処に在るのがもともと分かっているかのようだ。






(一体、どうやって……?)





そこまで考えて、ハヤテははっとした。
ポポの耳は、ハヤテが手綱から動きを感じ取る一瞬前に、せわしなく動いている。
地面につけた鼻はひくひくと動いているらしく、ポポの頭部に着けられた口枷から、その小さな振動が感じられる。

それを感じる一瞬前に、風のさざなみがハヤテの耳にも伝わる。
ハヤテの感覚では、風はいろんな方向へ吹き、衝突し、バラバラになって吹き荒れているように聞こえる。
それには方向性も何もなく、てんでバラバラなものにしか聞こえない。
まるで楽譜を別々に、それぞれ全く違う曲を書いたものを配布して、指揮者もなしに個人個人が自分勝手に楽器を吹き鳴らしているようにしか思えない。



しかし、その音はポポには全く違うものに聞こえるのだろう。
それにハヤテがどんなに鼻や耳に意識を集中させても何も感じられないが……ポポには何か別のものが感じられているのかもしれない。



よくよく考えてみれば、それはごく当然の事かもしれない。
ポポは野生にいるとき、エサを求めて、極寒の環境の中を何百キロも旅をするのだ。
その時、道程にはきっとこう言った猛吹雪や濃霧が立ち込めているときもあるのだろう。
そう言ったところで仲間とはぐれ、迷う事はすぐさま死に直結する。
個体で行動するオスであったとしても、長く次のエサ場につくことが出来ないのは非常にまずいことだ。

そのためには、こう言った能力がほとんど必要不可欠だったのだろう。

その環境に適応するために発達した、風に吹かれて揺れる彼らの剛毛が雪をはじいている。
ハヤテはそれを声もなく見据えていた。



















*                  *







ポポが不意に、また動揺を始めた。
せわしなく揺れる耳は、先ほどの何かを感じるような動きではなく、まるでそれに聞き耳を立てるかのようにそばだっている。
背中の毛はざわざわと、明らかに風ではない揺れをそれに含ませている。
出来る限りの情報を集めようとしているのか、頭だけでなく全身を使って辺りを見渡している。
その鼻が動いているのが手綱から伝わってきて、ハヤテはごくりと固唾を飲み下した。






(……また?もう、あの死骸は近くには無いはずなのに……)





ポポが動揺したのは、近くに落ちていたあのポポの死骸の所為だと思っていた。
死骸があると言うのは、それだけでもなんとなく心が落ち着かなくなるようなものではある。
しかしそれだけでなく、その近くに敵が存在したと言う証拠でもあるし、ポポの鼻はいいから、その捕食者の匂いに怯えていたと言う可能性も挙げられる。

また、ポポは非常に頭のいい動物でもある為、すこし変わった行動をとる事が知られている。
ほとんどの場合、肉食動物の方が知能は高い。
獲物を捕らえる能力、追いかける能力、如何なる地理の上を走ったりするための空間認識能力のほとんどにおいて肉食動物はかなり高い脳を持っている。

しかし、ポポは体が大きく、栄養を大量に摂取する為、草食動物にしては大きな脳を持っている。
その脳は、大陸内を周回するための記憶を司る範囲を大きく占めており、彼らの広大な行動範囲をカバーするための一助となっている。

そして、その二次的な副産物として生み出されたのが、高度な社会性である。
彼らは仲間に対して非常に深い情を持つが、それはそれ以外の同族にも変わらないと言う。

ポポは道端で死亡している仲間を見つけると、まるで墓参りのような行動をしているように見える事がある。
その長い牙と短い鼻で、その死んだ仲間をさすり、優しく撫でるのだが、それはまさに死を悼んでいるかのように見えるのだ。
未だにその行動の真意は掴めていないが、初めてその話を祖母から聞いたとき、自分はその不思議な話に心を躍らせたものだ。

生物も、人間と変わらない。
いや、人間も生物と変わらないと言うのが正しいだろう。
姿かたちこそ違うけれど、その根本にあるものは得てして同じような物なのかもしれない……。

それは、彼の興味や、関心を強める一つとなって、今ここにある。











(……でも、今はそれどころじゃないか)





ハヤテは息をつめ、また周囲を見渡した。
その周りには変わり映えのしない、真っ白な霧があたりに立ち込めていただけだったが、どこか嫌な予感がして、ハヤテの背中には嫌な汗がじっとりと染みついていた。

慣れると言うのは怖いもので、このように自分が感じるときは何か危険な事が迫っているのだという事を、否応なく伝えているのが分かっていた。

ポポの動揺は、その墓参りをしようとする本能と、捕食者の匂いにどうするかという感覚(人の様に考えていたわけではなく、あくまで本能だろうが)がせめぎあっていたのだと考えていたが、それはどうにも違っていたようだ。

そして、自分たちがとった行動――――――特に、あの人を救出するために自分たちが取ってしまった一つの行動を思い出して、ハヤテは歯噛みし、眉の間に皺を作った。





ハヤテは、先ほどの人を救出した時の様に精神を薄く広げていく。
雑音を遮断し、精神を網の様に広げると、動き回る風がひとつながりのぐちゃぐちゃになってしまった糸のように感じられる。

目を閉じているから、霧の影響はない。
極限まで集中し、研がれた刃物のような鋭さを持つ神経を球体の中に張り巡らされた蜘蛛の巣で出来た感覚の糸の上に一本一本仕組んでいく。
これに囚われた相手は、まるで蜘蛛の巣にかかった獲物の様に、自分に知覚される。






(……何か、今引っかかったような……?)





分散し、あちこち一定の方向を持たずに吹き荒れる風は自分の近くに大きな障害を作っており、感覚の針を刺激する。
しかしそれには規則性がある事も彼は知っていた。
幾ら一定の方角を持たないとはいえ、上から下に向かって吹きおろす事には変わりない。
それをハヤテは一つ一つ除外しながら、それとは決定的に違うものを探していた。



その針の上を何かが掠めた。
しばらく前から、僅かに感じていた嫌な気配―――悪寒とでもいえばいいのか―――がわずかに強まったような気がして、ハヤテはその方向に生える感覚の針を研ぎ澄ませた。

その方向に流れる、一本一本の風の向きを取り払い、その悪寒の正体をハヤテは必死で掴もうとする。





(……山卸し…?にしては、地面に向かって直角すぎる……)





網の中で動くそれは、一見ではただの風の様に見えた。
普通の人や、動物ならただ山から吹き下ろした風にしか感じなかったかもしれない。
しかし、瞼を閉じた真っ黒な闇の中で、それはやおらはっきりとした流れの影を作って、自分たちの頭上へとものすごいスピードで近づいてくる。





ポポが大きくその身を逸らして、天空に向かって吠えるのを聞き、ハヤテはとっさに目を見開いた。

不味いことにその動揺して響いた大きな声によって、集中が切れてしまった。
だが、先ほどまでに捉えていたハヤテの感覚は、それを見まごうことが無かった。







その瞬間、頭上から鏑矢が鋭く風の中を切り裂くような音がした。
てんでバラバラに響く木管の楽器が吹き鳴らされた中に、いきなり場違いの金管楽器に息を遠慮なく吹き込んだような音が、ハヤテの頭上から降ってきた。
それと同時に地面に暴風が叩き付けられるように吹き荒れ、御者台に降り積もっていた分厚い雪を吹き飛ばした。



しかし、感覚でそれを捉えていたハヤテは、すでに反撃の準備をしていた。
何時も肌身離さず、背中にかかっていた蒼い強弓が勢いよく展開される。
そこから燃え出る、この状況下では考えられないほどの熱風が吹き渡り、御者台に乗っていた僅かな雪を蒸発させて白い湯気を上げる。
それに素早くつがえられた巨大な鏃が、天空から吹き付ける雪を焦がしたと瞬間、それは引き絞られた弦から解放され、白い靄の向こうに閃光のごとく吸い込まれて、消えた。






「ガアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」





ハヤテは、その奇妙な風を感じた方向に驚くべき正確さで矢を打ち込んだ。

それから瞬き一つもしないうちに、一寸先も見えぬ霧の向こうで、野太い声が響いた。
その声が、ハヤテの矢が命中して悶えている声なのか、それとも縄張りを侵したものに対しての憤怒の声なのか……。
それをハヤテが掴むよりも早く、風は向きを素早く変えた。
その巨大な体をさらに大きくひねり、空中で方向を素早く転換したために、吹き付ける風がハヤテを襲った。
元々が吹雪いていて立つのもやっとだったのに、その突風がハヤテに襲い掛かった為に彼は体制を崩した。
思わず目の前を防具で覆う。手から武器を取り落としそうになり、ハヤテは歯を食いしばって手に思い切り力を込めた。
武器の握り手が少しミシっと言う音を立てて軋んだが、今はそれに頓着は出来なかった。





頭上に大きな圧力を感じて、ハヤテは思わず上を向いた。
その瞬間、白く巨大な体が、靄の中で自分を掠めていったのが見えた。
雪の中に保護色の様に溶けて消えてしまいそうなその甲殻は、この環境下で異常に発達した進化の芸術だ。

あまりにも近いことに、ハヤテは息をのんだ。
その甲殻の模様は、あまりにも雪に似ていて、靄やその物体自体のスピードも合わさって、まるで吹雪の中を翔る一陣の風の様にしか見えなかった。
そして、それはまるでそれがそこにいる事を遠くの白い影の中にいるのすら忘れさせてしまうようで、他の人よりはいいだろうと自負している自分の目でも遠くにあるようにしか見えなかった。






それは一瞬で自分の目の前から過ぎ去り、雪と霧の中に姿を消した。
吹雪の中でも全く関係なく、それの起こした風が吹き荒れていた吹雪に逆らって通り過ぎ、巨大な壁に何か恐ろしく大きなものが衝突したかのような音を立てた。

しかし、ハヤテの鋭い目はこの吹き荒れる吹雪の中でも、それを見逃さなかった。
血走った眼の眼光が尾を引き、琥珀色の巨大なものがスピードで歪みながら、血の海の色をした大きな口腔を大きく開きながら頭上を通り過ぎるのを。





暗雲漂う空――――真白な靄に覆われて、一寸先も見えない頭上からまるで大きな雪玉の中に紛れるように急降下してきたそれは、船の白く巨大なマストを膜の様に張ったその翼を体の脇にたたんだ状態で、空気を切り裂いてきた。



ズシャアッ!!!と言う、ものすごいスピードのついた、巨大な物体が雪の中に突っ込んだ音が、馬車の背後で響いた。

ハヤテは馬車を素早くおり、背後に背を低くしたまま回り込んだ。
騒がしくするポポには少し悪いが、少し静かにしてほしいとも思った。
―――とはいえ、天敵がそばにいると言うのに、落ち着けと言うほうが無理な話かもしれないが。

そのまま彼は馬車の後ろにしんがりでもするかの様に立った。





(……ポポが逃げてくれればいいんだけど……)





ハヤテはそんな淡い期待をした。
この先どうなっているかは見えないが、とにかくこの環境から馬車に乗っている二人だけでも逃がすことが出来れば、少なくとも安全だ―――ここにいるよりは、はるかに。

馬車からおりて、取り残された自分は―――まあ、何とかなるだろう。
こう言った環境で戦うのは慣れている。
本当はこんな不利な状況で戦うのは勘弁願いたいが、出来ないことは無い。
この二人が村に行き、援軍を呼んできてくれた方がずっといい。
こんなところで共倒れになっては元も子もない。

しかしポポは動揺してせわしなく動いているだけで、上手く逃げられてはいない。
野生にいた頃ならきっと逃げていただろうが、家畜となって久しいこのポポは野生の勘が鈍っているのかもしれない。



ハヤテは小さく嘆息した。
この霧の向こうには……確実に何かがいる。
何か、底知れないほど大きく、この地に慣れた凶暴な生物が―――。

ここまで近くなれば、最早ハヤテのいつもの感覚でとらえられる。
この霧を挟んで相対している、その何かの息遣いを感じながら、ハヤテは背中の矢筒に手を掛けた。






シャクっと言う音が、研ぎ澄まされた耳にいやに響いた。
始めはこちらの様子をうかがっていたのか、その感覚は非常にゆっくりだったが、それがだんだん感覚が短くなり、次の瞬間には自分の心臓の鼓動と同じようなテンポでこちらに接近してくる。

ハヤテは唇を舐めた。
口の中はカラカラで、吹き荒れる冷たい空気を口に含むたびにひりひりと痛んだが、今はそれが気にならなかった。







真っ白な霧の中から現れたのは、爛々と光る瞳だった。
こう言った視界の悪い環境で生物が発達させる目の仕組みとは生物によっては全くの逆である。
視界を役に立たないものと切り捨てて、限られた脳の領域を視覚以外のところに割り振るか――――――もしくは、それを異常なほどに発達させるか、だ。



その輝く目は、この視界の悪い環境下でより多くの光を取り込むために、いくつかの遮光膜が張られている。
太陽が出ているときは、太陽自体の光だけでなく、すさまじい反射性を持つ雪の光を遮るために、その遮光膜を幾重にも張って目を守ると共に、逃げる獲物をしっかりと捕らえる事が出来る。
逆に洞窟の中や、薄暗く視界が悪いとき、こう言った濃霧や豪雪で前が見えない時はその遮光膜を段階的に開放することで、目に入る光の量を調節するのだ。

更に視界が悪いときは、瞳孔を開いて大量の光を取り込むことで真っ暗な中でさまよう獲物を翻弄し、狙いを定める事が出来る様になっている。
そんな時、光の反射率が非常に高くなっているため、その瞳は恐ろしく不気味な眼光を呈するのだ。



そして、その眼光に照らされたその口元は、血の海の色に染まっていて、まるで真っ白な画用紙の上に赤いインクをぶちまけたような色に染まっている。
普通は唾液や酸素に触れてどす黒く染まるところなのだろうが、この極寒の環境ではその口元の血すらも腐ったり変色したりしないらしい。





その人間の胴体などまるで一飲みに出来そうな真っ赤な口には、この生物の特徴を最も表しているものが生えていた。

長さは一メートルをはるかに超える橙色のそれは、人の腿よりもはるかに太いにも関わらず、非常に鋭く研がれており、巨大なハンターナイフをそのまま頭蓋骨に埋め込んだかのようだ。
その獲物を殺すために進化した鋭利な牙の側面には、分厚いステーキを切り裂くために肉用のナイフに取り付けられている細かい鋸歯のようなものが無数についている。

返り血の大量についたそれは、獲物を屠るたびにその色の深みを増す。
どこかの貴族にとっては、垂涎ものの素材だという事を聞いたことがあるが、そう言った人々がこの真実を聞いたら、どんな顔をするだろう。
―――多分、十人が十人蒼白な顔をして、その素材から出来た品を投げ捨てるかもしれない。






その翼は、まるで雪を散らして染め上げたビロードのようだ。
鱗や甲殻の色、それに生え揃う体毛は雪の模様を影まで巧みに描いたかのようで、この雪の大地に溶け込み、それに気づくことの出来ない哀れな獲物を屠るに適している。
船のマストに張られている殆どの帆よりも巨大なそれは、その生物の巨躯にやすやすと空を駆けさせることが出来るだろう。

しかし、その翼に生え揃うとげとげしいものは、どんなに高貴な位にいる人間だったとしても手が出るほど欲しいと思わずにはいられない優雅なそれにはどう考えても不似合だ。

獲物を殺すために進化したそれは、翼がこの巨大な生物に空を掴ませる事が出来る様にしているのとは対照的に、空気の中を切り裂くときに其処にだけ乱気流を生み出し、先ほどのような不快な音を立てる事になる。
最も、それを聞くころには獲物はしとめられていて、地に伏すから全く問題など無いのだが。

空を駆けるために発達したその巨大な腕と後足は、地上を風の様に駆ける時にもまた便利だ。
雪山を上る時に使用するハーケンのような爪が、甲殻で武装された腕の先に鎧の装飾の様に張り付いている。
それだけでなく、一本一本が人間の胴よりもふと長いスパイク状の棘が翼にあしらわれている。
ただし黒ずみ、鋭く研がれたそれは、それは鎧の装飾のような身を守るために備え付けられたものなどではない。
これは、動きまわり、暴れる獲物をしっかりと取り押さえて切り裂き、地に押し倒すための凶器だ。
ポポの分厚い毛皮や皮下脂肪、筋肉を抉って内臓を削りだすそれがこの小さな生き物に向けられれば、どうなるかはどんなアホでも分かる。
しかしそれだけでなく、この大量に生え揃った鉤爪や棘は、別の役目も果たしている。

この雪の大地は時に凍り付き、非常に滑りやすくなる。
こう言った状況は、普通追われる側の草食動物にとっても、追う側の肉食動物にとっても不利な状況となる。
しかし、この生物はそれを非常に賢い方法でクリアした。

それがあの爪と、生え揃った棘だ。
これをこの生物がもともと持つ万力をもって凍った大地に杭の様に突き立てる事で、つるつると滑りやすい凍土の地をがっしりと掴み、一切スリップすることなく獲物を追いかけることが出来る。
そして知能の高いこの動物は、力任せに獲物を追いかけるだけでない。



この棘を利用し、山の高い所や断崖絶壁の上でバランスを取って待ち伏せ、獲物を見つけるや否や翼を体にぴったりとつけて急降下し、その鉤爪をもってその肉を一気に抉り取る。
これでも十分な一撃となる事が非常に多い。
さっきのポポの体に有った、上から下に引き裂いたような跡はその結果だろう。
スピードの乗ったそれは、最早上空から降って来る凶器だ。
そして、万が一襲撃に失敗、若しくはこの一撃で倒れなかった獲物がいたとしても、彼には関係がない。
その翼に生え揃った棘が柔らかい雪の上でも、滑りやすい氷の大地の上だったとしても、靴の裏にあるスパイクの様にがっちりと地面を掴んでくれるおかげで、すぐに次の行動に映る事が出来る。
凍土の上を素早く、一瞬の隙も見せずに飛び回り、獲物を追い詰めていく。
そして、その生物の持つ最後の武器は、狩りの終わりにとどめとして使われる。

最強の隠し玉は最後まで取っておくものだとはよくいうが、その生物にもそれは当てはまる。
言わずもがな、それはあの口腔に生える、二本の巨大な牙だ。



あの牙は、あの短い頭を見ればその使い方が手に取るように分かる。
この生き物は、ポポのような大型草食生物―――その中でも特に大きいものを獲物として付け狙うだろう。
そう言った生物をあの鉤爪と蛮力で押さえつけた後、暴れる獲物を大人しくさせるには素早く息の音を止めるのが重要だ。
幾ら彼らが強いとはいえ、反撃されて傷を負っては元も子もない。
だから、彼らはその獲物を一瞬で沈黙させるために、あの牙を磨いたのだ。

前後に短い頭は、強い力を長時間持続させることに非常に向いている。
頭蓋骨にはいくつもの隙間が空いており、そこから力をある程度逃がすことにより、自分の頭部には大きな負担をかけず、獲物を噛み裂くことに特化しているのだ。
そして、その強力なあごを使って狙うのは、その獲物となった生き物の喉笛だ。
ここをつぶされてしまえば、どんな生物でも無事ではいられない。

そして、この生物の牙の使い方は非常に巧みで、空恐ろしくなってしまう。
あの牙をもって、あの短い頭で食らいつけば、それは綺麗に気道、首の動脈、静脈を一噛みで切断する。
一気に重要な器官が三つも噛み裂かれれば、いかに大きな生物だったとしても反撃のしようがない。静かに死を待つだけだ。
そのまま食らいついたそれがしばらく食いつけば、その内頸椎が折れて完全に絶命する。

そして、この生物は捕えたごちそうを食う時に、まず内臓から食うと言う特徴を持つ。
動物の内臓には大量の栄養が含まれているため、効率よくエネルギーを取りたい場合には当たり前ともいえる。
あのポポの死骸の中から、内臓がほとんどなくなっていたのはそう言う訳だ。
そのためにあの短い頭部は非常に役に立つ。
内臓を食うためには、狭い頭部をもってそれを抉り出す方が有利だからだ。
そして、あの鋭い牙で内臓を切断して、丸呑みにしていく……。
あの鋭い鋸歯は、そう言った意味でも役に立つのだ。

―――また、その際、消化器官だけは振り払って食べる。
この巨大な生物も糞だけは苦手なのだろう。雪に埋もれてはいたが、ポポの周りには小さく刻まれた藁を含んだ固まりがあちらこちらに飛び散っていた。






そのすべてが計算ずくで作られたようなその体の設計は、この極寒の地で生きていくために、必死で適応しようとあがき、苦しみぬいた末に獲得した特徴なのだ。

ハヤテはそれに対して、深い感銘を感じたが――――深くどんよりとした思いもまた、胸の中に抱えていた。






(……まったく、厄介なものが相手だよ……)






自分が今まで歩いてきた道を思い出して、今更それを再確認するのはどうなのかと思いつつも、ハヤテはため息をつくのを抑えきれなかった。

自分が相手としなくてはならないのは―――その地獄を耐え抜き、悠久の時を生き延びて来た、この辺りの生態系の頂点に立つ生物。
しかも、そのホームグラウンドで戦うわけだ。

完全アウェー、周りの吹雪や霧が自分の嘲笑うブーイングの様に聞こえてくる。














「……オオオ……」










目の前で、その名前の由来となった牙をむき出しにして、不愉快そうな声を上げるのは、『氷牙竜・ベリオロス』。

『零下の白騎士』とも言われる、狂暴で恐ろしく殺傷能力の高い捕食者の視線が、じっとハヤテを睨みつけていた。























*                      *



つづく

あ、このスレの冒頭にある登場人物紹介を書きたし、モンスター紹介も書き足しました。






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Re: 疾風の狩人2〈dos〉モンハン3rd,3G,4クロス ( No.30 )
日時: 2015/04/03 00:22
名前: masa

どうもmasaです。


ハンターの仕事は、色々あるんですね。モンスターの討伐、依頼物資の採取、そして遭難者の救出。大変なんですね。

寒さ、と言うのはやっぱり大敵ですよね。以前も言いましたが、シバリング(寒い時などに体が震える現象)は2時間が限界ですし。
よく聞くのは、寒さのせいで指などが壊死してしまう現象ですね。
救出者は大丈夫そうで、良かったです。

取り敢えずは、ハヤテの迅速な手当てのお蔭で「死」と言う最悪な結末だけは回避できたみたいですね。
手足の指の壊死と言う事態も回避できたみたいですし。
まあ、それは冷静さを中々失わないハヤテのお蔭ですよね。

幾らハヤテでも、命の危機がある相手を救うとなれば、限界以上の集中力が必要ですね。何とか安心できるまでに回復させる事が出来たなら、脱力しても仕方ないですよね。
で、移動は当然の選択ですね。何時までもそこに居たら、モンスターに自分自身と言う餌を提供していると同意義ですから。

遭難した場合、「寝てはいけない」と言うのはそう言う理由ですか。漫画などの場合、「寝たら死ぬぞー」と言って、ビンタしまくって「それで死ぬでしょうがー」と言うのはおなじみですね。今は関係ないですが。

ヒナギクさんも流石と言えますね。ハヤテの指示もあったかもしれませんが、治療を的確にしてたんですから。
幾ら習ったと言っても、本物の危険な人を目の前にすれば、冷静さを保てないでしょうから。

ハヤテも移動中でも考え事はしちゃうんですね。まあ、助けた人間が知り合いなら仕方ないか。
でも、ポポは流石ですね。操縦者の指示が無くても、危険個所を避け、後ろにも迷惑かけない様に出来てるんですから。

ついに、敵に出会っちゃいましたね。まあ、ハヤテの不幸スキルを駆使すれば、普通か。
おまけに過酷な環境下での戦闘。色々とやばいですね。
そして、その相手は救助者を襲った生物で、ハヤテでさえも、「厄介な相手」と認識するぐらいですからね。
勝てないまでも、追い払えるかどうか。



次回を楽しみにしていますね。

では。

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