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三角定規(ヒナギク誕生日記念 一話完結)
日時: 2013/03/03 22:46
名前: ピアノフォルテ

 唐突だが、私は今、非常に神経質になっている。
 嫌な事があったわけではない。むしろ、期待に胸を膨らませているからこそ、私はピリピリしてしまっている。
 卓上カレンダーを見て日付を確認。三月三日。桃の節句つまりはひな祭り。つまりは私の誕生日。
 とある唐変朴に鯉――もとい恋をしてしまった記念すべき日でもある。本当は、もう一つ忘れられない日でもあったのだが、悲しい記憶を辿ってしまうより、その朴念仁を思ってしまう時間が多くなってしまっている辺り、私も随分と馬鹿になってしまっている。
 或いは、誰かを思わずにはいられないのは、別れの日だからこそ、なのかもしれない。


 兎にも角にも、その男は実に気の効く人物である。身の回り全ての人物の誕生日を把握しているらしい。……私の誕生日も、まだ覚えてくれているだろうという期待くらいは、寄せても許されるだろう。
 生徒会の仕事も、今日だけは開けておこうと言う努力のおかげで、殆ど残っていない。
 たまには休んで下さい。と生徒会の面々にも言ってあるので、時計塔に構えられた生徒会室には、私だけしか居ない。
 さて、これだけお膳立てしたのだから、ちょっとはロマンチックなプレゼントシーンになるはず。過度な期待はしていないが、取りあえず短い間だけとは言えど二人きりになれるのだから、それだけで充分だ。
 緊張したら緊張したぶん失望させて、しかもそこから強烈なリバウンドをかましてくれるのが私の好きな人である。
 「でも、ちょっと遅いわねえ」
 たまさか机の上に置いてあった三角定規を弄ぶ。
 高校では余りお目に掛からない道具だが、誰かが忘れていったのだろうか。
 底辺を机にそわせて、直角二等辺三角形の頂点を、指で支えて立てる。
 素直では無い私の恋の形は、丁度こんな形だ。
 向かって左端の頂点が出発点ゼロ。右端が、「好きだと言う思いが彼に伝わる座標X」だとすると、私の好意表現は何故か、Y軸方向のベクトルを持って右斜め上45度を向いてしまうのだ。
 いやいや、横のベクトルも増えているから良いじゃんと言うなかれ。「今の好意の位置」をαとし、この点0、X、αを結んだ時に出来る平面の形は、常に直角二等辺三角形の形を維持し続けるのだ。
 要するに、Xはどんどん遠のいてしまっているのである。
 人知れず、私はため息を吐いてしまった


 待つのに、飽きる。という事はなかった。徐々に辺りが暗くなり始めても、私の鼓動は一向に収まりそうにない。時が過ぎるにつれ、彼が来る可能性と、鼓動が高まる。
 けれど、下校時刻を過ぎても、彼は結局来なかった。
 元々約束していたわけではないし、私が勝手に期待してから周りしてしまっただけとはいえ、流石に泣きたくなった。
 誕生日に一人きりにされてしまうのは、かなり悲しい。
 期待がしぼんでしまった頃、エレベーターの動く音がした。
 猫みたいになっていた背中を伸ばして、腕組をする。
 って、なんで怒ってるみたいになってるのよ、私。だから誤解されるのだと、何度やれば学習するのか。
 そうこうしている間に、もう来るしっ。止まれっ、エレベーターよ。10――いや3秒ほど止まって。――勿論無理な訳で……ええい、ままよ!!せめてポーズを改めよ!!
 「おい、ヒナはなんで、こんな所で初代プ○キュアのポーズとってるんだ?」
 そうして、とてつもなく恥ずかしい所を、友人の千桜に見られてしまったわけだ。
 ――ちょっと、何写メに撮ってるの?
 顔から火が出る。穴があったら入りたい。そして誰かそのまま埋めて下さい。お願いだから。
 「まあ、良い。今から言う事を聞いたら、こいつは消してやろう」
 千桜が、悪童の笑みを浮かべた。
 「貴女、そんなキャラだったっけ」
 「……ふむ、『送信』……っと」
 スマートフォンの画面に、千桜の人差し指が伸びる。
 「ちょっと待って!!用件は何よ」
 慌てて止める。寸での所で止まった指先に、冷や汗が流れてしまった。
 「もう少しだけ、ここにいろ」
 「……それだけ?」
 うむ、と千桜が頷いた。
 「それだけだ」
 どうやら本気らしい。訝りつつも私は首肯を返す。
 「わかった。どのくらい居ればいいのかしら」
 「居れば解るさ。これはもう、消しといたから」
 私に画面を見せて、私の情けない姿が消えた事を確かめさせると、千桜は再びエレベーターに乗って帰ってしまった。
 私は、意味が分からず途方に暮れてしまった。


 ◆


 本当に、手が焼ける。
 ある男の番号をコールしながら、私、春風千桜はこっそりと微笑んだ。
 あの厳しい少女が、誕生日だからと仕事を開けたと思ったら、どうやら随分と可愛らしい企てをしていたようである。
 3回のコールで、少年は出た。
 「もしもし、私だ。君の探し人なんだが……ああ、うん。彼女だ。やはり時計塔に居たらしい。
 済まないな。私が情報を伝えてしまった為に、却ってややこしくしてしまったみたいだ。
 ……ふふ。何故君が謝る。じゃあな。健闘を祈るよ」
 本来は、立場上ヒナギクだけに肩入れ行為をするのは謙遜してしまうところだが、今日は彼女の誕生日である。このくらいのプレゼントは、友人としてしてあげなければなるまい。
 私は電話を切った。きっと、今頃、あの少年は全力で彼女の元へ向かっているだろう。
 それは彼にとって、彼女が唯一の存在だからではないけれど、いつかそうなればいいなとは、思わずには居られなかった。
 ああ、でもそれじゃルカが報われないから、やっぱりそれはそれで困るな。
 まあ、ハヤテ君よ。誰を選ぶにせよ、私は君と、彼女たちの友人だ。どう転んでも、祝ってやるさ。


 ◆


 そして翌日。私は、またも三角定規を弄んでいた。
 自分の不甲斐なさに腹が立つ。鈍感な彼にはもっと腹が立つ。
 でも、やっぱりプレゼントは嬉しくて、それが可愛らしいクマのキーホルダーだったからなおさらで。
 私は新たに見つけた、三角定規を山に見立てる。
 てくてくてく。30度の勾配を、クマを登らせた。


                                 fin

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 ヒナギクさん、誕生日おめでとうございます。
 ハヤごと人気No.1キャラなので、正直登場させるのはかなり難しいキャラクターです。
 また、恋愛の代表格(最近はルカがその位置に居ますが)なので、書くなら、幾ら飽和していようと恋愛ものだろうと。
 男性の私には女性の恋心なんて全く分からないので、ズレていたらアレですが。まあ、ヒナも意外とズレた所有りますし、逆にそれっぽいかも(失礼)?


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Re: 三角定規(ヒナギク誕生日記念 一話完結) ( No.1 )
日時: 2013/03/04 20:58
名前: きは
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=92

こんばんは、きはです。

ヒナギク誕生日記念ということもあって、楽しく読ませて頂きました。
それでいて、ピアノフォルテさんの一人称小説を読むのは新鮮なので、その部分でも楽しませて頂きました。


知的、ですなぁ。
一読して話の全容を踏まえてから読み直すと、そのような嘆息が漏れてしまいそうです。
特に最後の部分。練りに練っているなぁと感じずにはいられませんでした。
ポイントは、題名にもある三角定規ですね。最後のシーンで三角定規の形が変わっていることが、この小説で伝えたい恋愛の要素なのかなぁと。

ヒナギクは自分の恋愛の形を、直角二等辺三角形を用いて説明しました。

  「今の好意の位置」をαとし、この点0、X、αを結んだ時に出来る平面の形は、常に直角二等辺三角形の形を維持し続けるのだ。

この時、「今の好意の位置」αと「好きだという思いが彼に伝わる座標」xをx軸に限定してみると、距離の比は1:1となります。
伝わりたいがために近づこうとすると、限りなく遠ざかってしまう。そんな現状を表している例えでした。
それに対し、最後に登場した三角定規は、30度の勾配と表現しています。この三角定規は、直角二等辺三角形じゃないんですよねぇ。
三辺の比が、1:2:√3という直角三角形になります。

少し深読みをして、最後に見つけた三角定規でヒナギクの仮説(?)に当てはめてみましょう。
すると、αとxをx軸に限定してみた二つの距離の比は、3:1になるのです。
1:1の時と比べると、かなり彼に伝わる座標へと近づいているのです。
――それでも、遠のいていってしまう分には、変わりませんが……(笑)

以上の部分を暗示させているのが、以下の一文であると私は考えています。

  自分の不甲斐なさに腹が立つ。鈍感な彼にはもっと腹が立つ。

この一文には、伝えられない自分よりも、伝わらない彼(ハヤテ)の方に腹を立てている描写があります。
言葉を換えると、好意を伝えられない事実よりも、好意が伝わらない現状にヒナギクは腹を立てているのでしょう。
それはきっと、思いが伝わる座標に近づいているからだと思います。
1:1だった距離の比率は、3:1へと変わりました。
この度合いの変化が、「もっと」という三文字で暗示されていることに思わず感心しました。
うん。すばらしい作品でした。ありがとうございました。
……次は、漸近線を取り上げてくれるのかなと思っていたりします。

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Re: 三角定規(ヒナギク誕生日記念 一話完結) ( No.2 )
日時: 2013/03/05 22:57
名前: ピアノフォルテ

 >きはさん
 一人称小説は、きはさん含む、ひなゆめ止まり木作家の偉大な方々へのオマージュでもあります。なので、きはさんにお誉め頂けるのは光栄の極みです。

 ……とこどでじつは、三月三日の誕生日、当日まで忘れていました(笑)
 なので、練ってあったプロット(元は三人称でした)を慌てて一人称小説に置き直して投稿しました。朝から始めて、推敲を繰り返し、なんとか滑り込みで間に合いました。
 結果としての出来は上々。一人称初小説「まつり」で得たコツを、ちょっとは活かせたのかなと。


 考察に関しては、私からは突っ込むところがありませんね。相変わらず見事。どこまで読み込んだらそんなに解るのか。恐ろしい限りです(笑)


 ……それにしても、漸近線ですか。ほう、これはまた良いネタを頂きました(←次を全く考えていなry)。
 形になるかはまだ解りませんが、アイディアは浮かんできたので、またのんびり練っていこうと思います。

 それでは、有難うございました。
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