Re: 新世界への神話 4スレ目 6月14日更新 ( No.24 )
日時: 2020/06/21 21:41
名前: RIDE
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=24

こんばんは
今週の分を更新します。


 2
 スセリヒメとなったナギを前に、マサキは茫然としていた。

 もっとも起こりたくなかった事態を前にして、一瞬思考を停止していた。

 ナギをスセリヒメにさせないこと。それに失敗した今、自分の敗北は明らかであった。

 だがそれを、マサキは認めたくなかった。それ故に、彼はさらなる暴挙に出ようとしていた。

「かくなる上は三千院ナギ、貴様をこの場で仕留めさせてもらう!」

 これまで闘争を起こしても、殺人はやろうとはしなかった。それは明智天師と呼ばれた男としてのプライドがストップをかけていたのかもしれないと、マサキ自身この時はそう思った。

 迫っていくマサキに対して、ナギは立ち尽くすことしかできなかった。恐怖で足がすくんでしまったこともあるが、ナギでは逃げられないことを察していたのかもしれない。抵抗などする前にやられてしまうのも目に見えている。

「待て!」

 だがマサキはナギの手前で突如止まってしまった。

 彼の目前に、剣先が突きつけられていたからだ。

「この女に手出しはさせねえ。助けてもらった恩もあるしな」

 マサキは、自分に剣先を向けている男を睨んだ。

「ダイ・タカスギ…!」

 ナギの背後から、ダイが剣をマサキに突き付けていた。先程の光によって、ダイは石像化から解放されたのだ。

「石になっていたとはいえ、事情は大体わかっているぜ。明智天師、いやマサキ、見苦しい真似はよせ」

 ダイは剣と共に威圧をマサキに向ける。それは貫禄にあふれており、彼が戦士であることが十分わかる。

 対峙しているマサキは迂闊に動けなくなった。ハヤテたちとの戦いで力を大きく消耗した今の自分がダイと戦って勝つというのは、容易なことではない。自分と相手の力を見誤ってしまうほど、マサキは熱くなってはいない。

 戦うのは不利だ。ならば、不本意だが逃げるしかないのか。

 しかし、退路も既に塞がれてしまっていた。

「逃がしませんよ」

 龍鳳の間の入り口には、伊澄が立ち塞がっていた。

 これにはマサキだけでなく、ダイまでもが驚いていた。

「おまえ、どうやってここへ…?」

 突如現れた伊澄。彼女の身なりは汚れなどない綺麗なままである。ここまで来るにはハヤテたちのように戦っていくか、自分でも険しい抜け道を通らなければならない。しかし、彼女にはそんな困難を突破してきたような様子には全く見えない。

 困惑する彼らに、伊澄はなぜかしたり顔でこう言う。

「真実も正解もいつも一つ。だけど、そこに至るまでの道も一つしか限られているとは、あなたたちの思い込みにすぎませんよ」
「いや、迷子になっていたら偶然ここに着いただけだろ」

 伊澄が極度の方向音痴だということをよく知っているナギは、ただ呆れるばかりだった。

 そこへ、ハヤテたちが遅れて登場した。彼らはまず、近くにいる伊澄に目がいった。

「伊澄さん、何故ここに?」
「説明が必要か?」

 有無を言わせない、というより呆れて何も言えないという口調でナギが言うと、同じく彼女をよく知るハヤテはああ、と何とも言えない表情で納得していた。

「それより、お嬢様。お嬢様なら期待に応えてくれると信じていましたよ」

 ナギの手首に着けられている龍鳳のリング。そして石化から復活したダイ。これらを見て、ハヤテたちは状況が理解できた。

 これまでの自分たちの戦いが、それを通して強くしていった心が報われたのだ。自分たちが信じたナギがスセリヒメとなったことが、今は喜ばしい。

 逆に、窮地に立たされたのはマサキであった。傷ついたハヤテたちはともかく、ダイに加え伊澄までいては実力行使などできない。伊澄の名と「術式・八葉」をはじめとした力はマサキにも知れ渡っており、一目置いていた。

 更にそこへ、エーリッヒたち黄金の使者がこの場に現れた。

「マサキ、もう終わりです」

 エーリッヒは、静かに宣告する。

「あなたほどの人が悪あがきなどすべきではない。素直に負けを認めなさい」

 しかし、それを聞き入れるマサキではない。

「ふざけるな!力や資格があるとはいえ、年端もいかない少女を再び死地へと送り出すことになってもいいというのか!」

 マサキの叫びは、自らの中にそれまで溜めていた切実な思いを叩きつけるかのようであった。

「先代のスセリヒメであった黒沢陽子のように、使命だと言って追い詰め、まだ若い命を散らす。それでいいのか?そんなことがあっていいというのか!」

 いつしかマサキは、目から大粒の涙を流していた。それもただの涙ではない。

「先代は、陽子はまだ子供だったんだ!彼女には未来があったんだ!あの場で死ぬべきではなかったのだ!あれしかなかったとはいえ…」

 それは、血涙だった。マサキの慟哭はこの場にいる全員の心に響いた。まるで、足元からすべてが崩れ落ちる錯覚さえ感じる。

 だからこそ、ハヤテはわかったのだ。

「マサキさん、あなたは先代のスセリヒメを…黒沢陽子さんのことが好きだったのですね」

 恋愛感情までいっていたかどうかはわからない。

 ただ、その敬愛は空よりも高く、海よりも深かったのだろう。だから陽子が死んだ時、世界が崩れ落ちるほどの絶望を味わったのだろう。

「陽子は、周りにいる者たちを引き付け、笑顔にさせた。心に光を灯させたのだ。私は、そうありながらも自らも微笑んでいた彼女が愛おしく、守りたいと思ったのだ。しかし、この霊神宮は彼女を捨て石同然に切り捨てることしかできなかったのだ!」

 陽子への愛情、それに対する自らの無力感。

 ハヤテにはマサキのその心がよく理解できた。自分にも、何よりも守りたいと思う人がいる。その人、ナギが亡くなってしまえばと想像してしまうと、マサキのことも理解できる。

 そんなハヤテだから、言わずにはいられなかった。

「けどい、黒沢陽子さんはあなたに悪事をさせるために犠牲になったわけじゃない!僕にも自分のすべてだと言えるナギお嬢様がいる。お嬢様は、僕が困っているところは見たくないからと言って助けてくれました。陽子さんも、今のあなたの姿は望んでいないと思います!」

 更にハヤテだけではない。マサキに語らずにはいられない者は他にもいる。

「私たちも、あなたと似たような思いをした。先代のセフィーロの柱だったエメロード姫をこの手で死なせてしまった。けど、よくはわからないけどその黒沢陽子って人が亡くなったのはあなたのせいじゃない。自分を責めなくていいんだ」
「それに、その人のためにと言って三千院さんを襲うなんて卑怯じゃない!あなたはその人に責任を押し付けているだけよ!」
「黒沢陽子さんはあなたたちを愛していた。だから、捨て石になることも厭わなかったと思います。彼女が愛したものを、あなたが壊すというのですか!」

 光、海、風の三人も言葉に心を込めて語っていく。魔法騎士として戦ってきたときの記憶と感情を思い出しながら。

 彼らの言葉に、マサキは心が揺らぎだす。

「わ、私は…」

 だが、マサキから漆黒のオーラが噴き出し、先程の戦いのように彼を覆い包み込んでいく。

「なるほど。あれがマサキに植え付けられた悪意というやつか」

 オーラを見た黄金の使者たちは、初めて見るそれに慄いた。

「ええ。私もこれほどまでとは思いませんでした」

 あのエーリッヒでさえ、顔を引きつらせていた。予想していた以上に深い闇に、自分でも手をつけられないと直感してしまう。

 口にはしなかったが、賢明大聖は弟であるマサキを救ってほしかったはず。賢明大聖の弟子として、師の願いはできれば叶えたいものだが、自分たちでは無理だ。

「おまえらはさがれ。俺がやる」

 そんなエーリッヒを見てか、ダイが戦いを始めようと一歩前に出る。

「俺はそいつに一杯食わされたからな。その落とし前はつけなきゃ気が済まねぇ」

 それは本心であろう。だがそれだけではなく、身内であるエーリッヒたちにマサキを討たせないという思いもあるような気がした。どんな感情に由来してかはわからないが。

 いずれにせよ、ダイは本気だ。そしてマサキも、この場にいるすべての者に敵意を向けてくる。

 ダイは二振りの刀を出現させ、柄の底同士を連結させて槍のように構える。ダイとマサキの間に緊張が走る。

「待ってくれ」

 そのダイを、ナギが制止した。

「ここは、私にやらせてくれないか」

 それを聞き、ダイは怪訝そうな顔でナギを見た。

「おまえが、戦うのか?」

 ナギは到底戦える人間ではない。マサキに瞬く間にやられてしまうのが目に見えている。スセリヒメとなった以上、ナギをここで危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 だがナギの考えは、彼らと違っていた。

「戦いなどしない。ただ、少しあいつと話すだけだ」

 話をする。

 それを聞きダイは呆気に取られてしまう。今更話すことなんてあると思えないし、相手が素直に話を聞くと思えない。

「わかった」

 だがダイは、大人しく引き下がった。

「巻き込まれたとはいえ、俺は部外者みたいなもんだからな。ここの事情はおまえらで任せるべきだろう」

 それに、戦わずに終わらせることができるならそれに越したことはないからな。そう付け加えてダイは槍を下げる。

 そして、決着を自ら引き受けたナギとマサキが対峙する。

 スセリヒメの運命を終わらせようとしたマサキと、運命を引き継いだナギ。この対立が今、終わりを告げようとしていた。

 ナギは、穏やかな口調でマサキに語り掛けた。

「マサキ、もういいだろ」

 ナギにとっては、慎重に言葉を選んだつもりだった。しかし、マサキは先程のようにいきり立った。

「もういい、だと…」
「ああ。おまえは十分戦った。でも、もう終わりにしていいんだ」
「そんな言葉で大人しく引き下がれるか!」

 確かに、マサキがこの戦いに、霊神宮に、スセリヒメにかけた思いは大きい。言葉一つだけで片付くわけがない。

 いつもならマサキの怒号に怯んだだろうが、ナギは怯えずに語りだした。

「黒沢陽子も、そう思っている」

 陽子の名前が出たところで、マサキは怒りを抑える。

「と言っても、龍鳳に宿っていた残留思念のようなものを感じだけだがな。けど、それからはおまえや霊神宮を恨んではいなかったぞ」

 そして、ナギはマサキにあるものを差し出した。

「ただ、これを渡しそびれただけだ」

 ナギの手の中にあるものは、光を放っていた。

「これは…」

 マサキは目を見張った。

 それは、羽の形をしたバッジのようなものであった。見た目からして金属できていることがわかるそれは、虹色の輝きを放っていた。

 まるで、龍鳳の羽根を連想させる。

「私へ送ると言っていたもの…」

 マサキの脳裏に、過去の出来事が浮かんでくる。




 五年前。まだ陽子が亡くなる前のこと。

 自分が霊神宮における業務から休憩している時、同じく休みに来た陽子と出くわした。

 いくらか会話をした覚えはあるが、内容は覚えていない。他愛のないことだったような気がする。ただ疲労と、これから起きこるであろう戦いに、気が気でなかったので、陽子のことに構おうとしなかった。

 ところが、陽子の方はこちらの心を見透かしていたのか自分に労いや励ましの声をかけてきた。その言葉は、マサキの心に深く浸透していった。怒りも気怠さも消え、ただ明瞭になっていく。

 そして、陽子は自分がいるから頑張れる、それは賢明大聖たちも同じだと言い、日頃の感謝と共にその証を龍鳳の羽根を送ると言った。

 最初は恐れ多いとして拒否した。龍鳳の羽根は最高の使者と認められた者にしか送られないものだから。それは賢明大聖に送るべきものだと。

 だが陽子は、あなただって立派だと言った。




「陽子は、自分は弱さというものを知っていて、その弱さと向き合い、戦っている人だと」

 羽根を受け取ったマサキの手は、その時の感動で手が震えていた。

「私に力をくれたのだ…」

 その力の名を、ハヤテたちは知っている。

「違いますよ。あなたは元々その力を、勇気を持っていたのです」

 弱さを知り、認め、前へと進む心。

 それは正しく、勇気と言えよう。

「ハヤテさんの言うとおりだ。あなたは霊神宮の腐敗に目を向けてきた。自分の中にある悪意とも戦ってきた。それ自体は勇気のあることだと、僕は思う」

 佳幸も彼なりの思いと言葉をかけていく。マサキは悪人ではなく、自分たちと同じ使者だ。声をかけずにはいられなかった。

「それに、あんたは一人じゃない陽子さんも言っていたじゃないか」
「そうだ。周りを見てみろ」

 エイジとナギが示したもの。

 それは、エーリッヒたち黄金の使者だった。

「おまえを疑っていたとしても、それでもこいつらはおまえへの忠誠心は失わず、一部を除いておまえから離れようとはしなかった。それは、おまえを認め、信じていたからではないか」

 そう言われ、マサキはエーリッヒたちを見やる。彼らの目もまた、ハヤテたちと同様に暖かみがあった。

 みんなマサキを思っているのだ。あなたは一人じゃないと。

「あの時の陽子の言葉が、今になって心に響いてくるとは…」

 マサキは涙を流していた。その時に気づけなかった後悔もあったが、陽子や、エーリッヒたち、そしてナギやハヤテたちの思いに心が大きく感動したからだ。

「おまえなら、自分の内にある闇を払い除けることができる」

 ナギがそう言うと同時に、傍らにいた龍鳳が人型形態となった。

 龍鳳の人型形態は、美しい大人の女性だった。やや茶のかかったブロンドの長い髪と水晶を思わせる瞳を持ち、背中には八枚の翼が虹色の輝きを放っている。そして、その手には神々しい杖が握られている。

「私たちが今、その手助けをしよう」




今週はここまでです。
続きは来週更新予定です。