Re: 新世界への神話 4スレ目 5月10日更新 ( No.19 )
日時: 2020/05/17 22:08
名前: RIDE
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=24

こんばんは。
今週の分を更新します。


 3
 エイジは先を急いでいた。

「みんな!俺もすぐに行く、待ってろよ!」

 翼の間から出たエイジは、ハヤテたちに追いつこうと走っている。彼らは当然この先で強敵と戦っているに違いない。仲間たちが戦っているときに自分だけがいつまでも後れを取るわけにはいかない。

 何よりも、自分の為にたた戦うと決めたのだ。このまま戦わずに終わってたまるものか。

 そしてエイジは第十の間、圧の間へと勢いよく突入した。

 中を進みながら状況を確認する。人の気配がしない。仲間たちはもうすでにここを離れたのか。それとも…。

 そんなことはないと不安を払ったエイジは、目前に倒れている人影をひとつ見つける。気になってその顔を覗き込んだ。

「こいつは…ラナロウか」

 男の顔は知っている。黄金の使者の一人だ。ここで倒れているということは、先に行った仲間たちがやったに違いない。でも、仲間たちがいないところを見るとこの間を抜けたのだろうか。

 その少し先に、もう一人倒れている。今度は、エイジもよく知る人物だ。

「伝さん!」

 エイジは伝助の元へと駆け寄り、容態を確認する。

「大丈夫か!」
「うっ…エイジ君…?」

 呼びかけたことに気が付いたのか、伝助はうっすらと目を開けた。

 見たところ深く傷ついている。口元に血がこびりついているところを見ると、血を吐いたのだろう。

 その伝助は、エイジの肩を手で押した。

「エイジ君、早く行って皆に追いつきなさい。急がなければならないのはわかっているでしょう?こんな体では追いつけはしませんが、僕の心も一緒に…」

 そう言い、エイジにあるものを手渡した。それを確認したエイジは、それにこめられた伝助の心をも受け取った。

「伝さん…伝さんのように、俺も俺の約束を守って見せる」

 伝助の誠実の心。エイジがそれを感じ取ったのを見て伝助は微笑んだ。

 今のエイジなら心配することはない。安心して先へと行かせられる。

「僕も後で行きますから…エイジ君、行きなさい…」

 それを聞き、エイジは伝助を置いて去っていった。

 伝助の心を手にして。

「次の間は何だ?」

 第十一の間の前まで来たエイジ。陽の間である。

 確認するや否や、エイジは中へと入っていく。内部のすべてが凍りついているのを見て、ここで戦ったのはヒナギクか氷狩だろう。

 さらに進んでいくと、その推測を裏付ける二体の氷像が立っていた。一体は黄金の使者と思われる人物。そしてもう一体は…。

「氷狩さん!」

 エイジは氷狩の氷像へと近づいていく。これが氷狩本人であるということは何となくだがわかる。しかし、氷属性の精霊の使者である彼が何故。一体どのような戦いがここで行われたのか。

 思わずエイジ氷狩の氷像に手を触れていた。

“何をしている、エイジ…”

 その時、エイジの心に声が響いてきた。

 それは氷狩の声であった。氷像となっても意識はあるようで、エイジの心に直接伝えに来たのだ。

“おまえにはまだ戦いが待っているんだろう?ならばおまえの戦いに行け”

 そして、エイジの元にひとひらの雪が舞い落ちてきた。エイジがそれを手にした時、雪はあるものへと変わった。エイジはそれを大切そうに握り締めた。

「氷狩さん…氷狩さんの何分化の一の勇気、受け取りました」

 氷狩からもらった勇気は、エイジをさらに奮い立たせた。一歩、また一歩と踏み出すことを促していく。

 自分のことよりも、前へ進むことを後押ししてくれた氷狩。そのことに感謝しつつ、エイジは次の間へと向かう。

「いよいよ十二の間の最後だな!」

 第十二の間である月の間へと突入したエイジ。周囲には目もくれず、ただまっすぐに走っていく。

 そんな彼の前には、無数の矢に突き刺されている黄金の使者、リツが倒れていた。そして、もう一人…。

「拓実さん!」

 こちらも深手を負って倒れている。拓実はエイジに気がつくと、彼の方に顔を向け、苦しそうに息をつきながらも語り掛けた。

「エイジ…早く行くんだ…」

 拓実の目には強い意思が込められており、それを見たエイジは助けようとした手を思わず引っ込めてしまった。

 ここで拓実を助けてはいけない。自分は先へと行かなければならない。仲間を置き去りにしてでも。そう決めたのだ。

「拓実さん、ここで俺が見捨てても拓実さんなら大丈夫だと信じているから」

 それを聞いた拓実はふっと微笑んだ後、傷みながらなんとか腕を伸ばしてエイジにあるものを渡した。

 しっかりと受け取り、エイジは月の間を後にした。ここを抜ければ明智天師の間は目前だ。

 その道を走るエイジだが、行く手に次々と異形のモノが倒れていることに訝しむ。

 これらはすべて傀儡兵だ。みんな先頭によって倒されたようである。ということはここで戦闘が起こり、誰かがこいつらと戦ったのだ。

 その誰かは、少し進んだところで見つけた。

「花南姐さん!ヒナギクさん!」

 道の脇でぐったりと座り込んでいる二人を目にし、エイジは心配になって駆け寄っていく。

「騒がないで」
「少し疲れただけよ」

 いつもの強気な調子で返事をする。大したことはなさそうだが、疲労は隠しきれてないようだ。もう少し先へ進んで戦う力もないほどに。

「私たちのことより、早く明智天師の元へ行きなさい」
「ハヤテ君たちが先に着いているはず。助けが必要なことはあなただってわかるでしょ」

 彼女たちはそう言うが、エイジは気がかりだった。女の子二人を残していくことが不安だった。

「けど、二人は…」
「私たちの心配をするなんて早いのじゃないのかしら、エイジ?」
「戦う相手はもう一人だけでしょ。なら、いいじゃない」

 確かにその通りだ。それに、この二人がそう簡単にやられるとは思えない。

「わかったよ、二人とも」

 それにしても、とエイジは思った。

「いつの間に仲良くなったんだ?」

 二人は肩を寄せて座り込んでいる。互いに身を預けているその光景は、エイジの言うとおり仲の良さというものがうかがえた。

「まさか。仲良くなんてなっていないわよ」

 花南はあり得ない、と言わんばかりにため息をついた。

 それをどこか面白く見えたヒナギクは、クスっと笑う。それが聞こえたのか花南は彼女を睨むがそれだけだ。どうやら悪口をたたく気力もないようだ。

「それよりもあんた、先に行くならこれを持っていきなさい」

 そう言い、花南はエイジにあるものを差し出した。

「なら、私も」

 同様にヒナギクも手を取り出し、エイジに花南と同じものを受け取らせようとする。

 二人の勇気と友情の心そのものと言ってもいいそれを、エイジは手に取り走り出す。

 遂にエイジは、明智天師の間の前まで着いた。

「ようやく…ようやくここまで来たぜ」

 目指していた場所を前にして、エイジは緊張で喉を鳴らした。

 ハヤテたちは先にいるという。もう明智天師との戦いが始まっているに違いない。彼らがやられることはないが、苦戦しているのは確かだろう。

 自分も今からそこへ行くんだ。そして戦う。

 決意を込めて、エイジはその一歩を踏み出そうとする。

 その瞬間、エイジに向かって死角から攻撃が放たれた。とっさにそれを察したエイジは寸前のところで避けることができた。

「誰だ?」

 まだ敵がいたのか。一体誰だ。

「よく避けたものだな」

 先に進むことばかりに目を向けていたため、自分の死角にまでは注意していなかった。しかも、そこは影に覆われており、身を隠すには絶好である。

 しかし奇襲が失敗した以上、二度はない。それに、エイジもすでに暗闇からでもその気配を感じている。

「姿を見せろ!」

 この呼びかけに素直に応じたわけではないだろう。しかし、隠れるのは無意味なので、大人しくしたがったようだ。

 影の中から、その人物が姿を現す。

 それは、エイジも見覚えのある人物だった。

「ミーク?」

 天の間を守っていた黄金の使者、ミークだ。天の間での戦いで異空間と共に消えたはずの彼女が、今ここにいて、血走った目でエイジを睨んでいる。

「明智天師ノ敵…全テ殺ス…」

 本当に様子がおかしい。なんだか理性を失った獣のように、目の前のエイジに対して牙を剥いている。

 そしてエイジは気づく。今のミークは、あれに違いないと。

「おまえ…傀儡兵だったのか」

 異形のモノというべき傀儡兵。姿形こそヒトのままだが、彼女から放つ気配は異形のモノのそれと同じだ。

「でも、どうしてここに…?」
「おそらく、明智天師…マサキの奴にここに落とされたんだろう」

 そう言って、背後からエイジと肩を並んだのは。

「優馬さん!」
「真の主であるマサキがゼオラフィムを呼び寄せたから、ミークは異空間を維持できなくなった。しかも主であるマサキは邪魔な虫でも払い落とすかのようにこいつを扱ったんだ」

 優馬はミークに憐みの目を向けている。

「マサキにとってこいつはゼオラフィムの使者の代行だったのかもな。表立って動けない自分のかわりに働いてもらうための駒として」

 ミーク自身は師であるマサキのために戦っていた。だが、当のマサキは弟子としては見ていなかった。

「ミークのマサキに対する敬愛も、そうあるように仕組まれていたのかもしれないな」

 そう考えると怒りなのか、虚しさなのか、よくわからない思いが込みあがってきた。

「けど、今は目の前にいるこいつを倒すことを考えなくちゃな」

 感傷を振り払った優馬。それを見たエイジも彼に倣う。

 そうだ。相手がどうであれ、それが自分たちが止まっていい理由にはならない。本当にナギやハヤテたちを助けたいのであれば。

 ところが、身構えたエイジを優馬が制した。

「優馬さん?」
「おまえはさがっていろ。マサキとの戦いに、なるべく力を温存してもらいたい」

 そう言い、優馬はユニアースと一体化する。

「第一、こいつの相手は俺がしていたんだ。ここは俺にやらせろ」

 自分が戦っていた相手なのだ。ちゃんと決着つけなければ気が済まないのだろう。その気持ちはエイジもわかる。

 それに、最後の戦いを前に力を無駄に使いたくないのも事実だ。だから、ここは素直に優馬に任せることにした。

 優馬は膝に力をため、蹴りの態勢に入る。対するミークも、精霊と一体化した姿となった。おそらく彼女のものと言っていたクラウディアとだろう。

「ゆ、優馬さん!」

 エイジは少々不安になった。見たところ、優馬は力を激しく消耗しきっている。ミークの方もそうだろうが、彼に比べればまだ余裕があるように見える。これで勝負になるのだろうか。

「任せろと言ったはずだ!」

 しかし、優馬はそれでもやる男だ。口にはしないが、エイジの為に。そしてエイジも優馬ならやれると疑っていないため、それ以上口出ししなかった。

 構えたまま動かない優馬に、ミークが仕掛けてきた。その拳を優馬に叩きこもうとする。それに合わせて、優馬も回し蹴りを行う。ギャロップキックだ。

 激突の後、交錯。

 その末、倒れたのはミークだった。ギャロップキックが見事に入ったのだ。クラウディアとの一体化も解ける。

 優馬も力を使い果たしたのか、振り返って勢いよく腰を下ろした。彼の目は、ミークを見ていた。

 マサキの代わりに戦うことを使命とされた人形を見る優馬の心中は、エイジにはわからない。

 ただわかるのは、優馬は戦った相手のことまで案じてしまう、優しい人物であるということだけだ。

「どうしたエイジ、行かないのか?」

 そう言い、優馬もまたあるものを差し出した。

「俺はもう行けない。だから、かわりにこれを持っていけ」

 エイジはそれを受け取った。優馬の魂の資質である優しさを、それから感じた。

「おまえたちなら、必ずあいつらの助けになる。だから行け」

 頷き、仲間たちの元へ向かおうとするエイジだが、ふと気になって足を止めた。

 おまえたち?

 てっきり自分の一人しかいないと思っていたが、他に誰かいるのか。

「気づいていたのか」

 その言葉と共に、もう一人男が姿を現した。

「あ、あんたは!」

 エイジは驚いた。この場に自分たち以外の人間がいたことにもそうだが、この男がまさかこの場にいることの方が何よりも大きい。

 対して、優馬は予想していたと言わんばかりのすまし顔であった。

「ミークが戻ってこれたんだ。一緒にいたおまえもここにいるはずだからな」
「そうか。しかし手を貸してやればよかったかな?」
「いや、エイジにも言ったがミークは俺がやらなきゃいけなかったからな。誰にも手を出されたくはなかった」

 言葉のやり取りの中に、緊張感が漂う。この男のことを考えれば、それはむしろ当然だろう。

 しかし、態度を柔和させたのは優馬の方からだった。

「だが、綾崎はおまえの助けが必要だろう。あいつのためにおまえも早く行け」

 この言葉に、男もエイジも目を丸くした。てっきり男は行かせないとか許せないというようなことを口にするのかと思ったからだ。

 二人の顔を見た優馬は、不服とばかりに鼻を鳴らした。

「俺だってガキじゃないんだ。必要ならたとえ気に入らない相手の力も借りるさ」

 それに、と優馬は続けて言った。

「俺がおまえを許しても、おまえを救ったことにならない。綾崎に許されてこそ、おまえは救われるはずだ」

 この男とハヤテの関係を知れば、そう考えるのは当然だろう。

「だから行け、綾崎の為にも。あいつもおまえと話すことを望んでいるはずだ」

 男を諭す様子を見て、エイジは改めて思った。

「…優馬さんって、やっぱ優しいじゃん」

 かつて敵であった男でさえこのように送り出したのだ。その心は、やはり優しさと言えるだろう。

「うるさい!早く行け!」

 照れ隠しに怒鳴る優馬を尻目に、エイジたちは明智天師の間へと入っていくのだった。




今週はここまでです。
続きは来週更新します。