Re: 新世界への神話Drei 7月9日更新 ( No.80 )
日時: 2016/10/09 21:18
名前: RIDE
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=24

お久しぶりです

本編更新します


 4
 情けねえ。

 倒れながら達郎はそう思っていた。一矢報いることもなくいい様にやられ、醜態をさらす羽目になるとは。

 ただの一撃も当てられなかったことが、益々喪失感を煽らせていた。

 自分の技が見かけ倒しだというシェルドの指摘も、今なら受け入れることができる。考えてみれば、自分は結構派手好きであった。

 そう、昔から…。




 それは、幼いころだった。

 両親が経営している、女性のための美容室にいた達郎は、あるものに目を奪われていた。

 それは服屋などで見かける展示用のマネキンであった。ただ、そのマネキンにはきらびやかなドレスを着ており、人を引き付けるような美しさを持つように仕立て上げられていた。

 達郎も、子供心ながら釘付けとなっている。思わず手をドレスの方へと伸ばそうとした。

「ダメよ達郎」

 不意に声をかけられ、達郎は驚いて身を大きく震わせる。

 いつの間にか、彼の後ろには母親が笑顔でそこにいた。

「それに触っちゃダメ。折角ここまできれいにしたのだから、崩れちゃお見せできるものじゃなくなるでしょ」

 強く、それでいて優しく温かい調子で諭され、達郎は空中で止めていた手をひっこめた。

「ごめん…」
「わかればいいのよ」

 まさに母性溢れる笑みに、達郎もすぐまた明るくなった。

「それにしても、キレイなドレスだな」

 達郎はこういう美しい服が好きだ。それは好きな親の仕事からの影響によるところもある。

「これを着た女の人は、もっとキレイになるだろうな」

 何より、達郎が美しい服を好きな理由がそれにあった。女の人がキレイな服を着てより美しくなる。子供だから、そんな夢見がちな思いがあった。

 けど両親は女性をキレイにしてきた。劇的という訳ではないが、両親が手を施す前よりも美しくなっている。だから達郎はそんな仕事をしている両親を誇っていた。

「けどね達郎、お父さんはこのドレスよりキレイなものを仕立てられるのよ」

 母がこう言うのだから、達郎は益々敬意を増していく。

「それって、本当なの?」

 目を輝かせて尋ねる達郎。そんな彼の前に、母はあるものを差しだした。

「これを使ってね」

 何か特別なものか?

 しかし、その期待は裏切られた。

 達郎の目に映ったのは、何の変哲もない無地のジャケットであった。

 達郎のテンションは、急激に下がっていった。表情から見ても明らかである。

「…本当なの?」
「本当よ」

 疑り深い目を向ける達郎に対しても、母は笑顔のままだった。

 ちょうどその時、店員がこちらに近づいてきて客が来たことを伝えに来た。

 母は、達郎に向かって言った。

「あなたも見てみる?」

 その言葉につられ、達郎は見学することにした。

 客は女性だった。三十代半ばの歳で、親友同士のパーティに出るため少しおめかししてほしいとのことだ。

 ある一室で客と一緒に待つ達郎。客は特別美しいという訳ではないが、一般の人が見ればまあきれいだなと思わせる程度だ。

 どうやら父と母はあのジャケットを使うつもりだ。達郎は不安で一杯だった。父を疑うつもりはないが、本当にうまくいくのだろうか。

 しばらくして、母が部屋に入ってきた。準備ができたようだ。

 客を連れていく母。立ち入ることができないので、達郎は部屋で待っているだけだ。

 その間は、あのジャケットに対して疑っていた。

 だが、その気持ちは客が戻ってくると一瞬に吹き飛んだ。

 客はあのジャケットを着ていた。しかし、ただ着ているのではない。

 ジャケットとスカーフをはじめとした小物やアクセサリーといったものとうまく工夫されているのだ。化粧やヘアスタイルも派手ではないが、上手く引き立たせている。

 一言で表すなら、着こなしている。

 客が満足そうに帰っていった後も、達郎は感動していた。

「すごいな。お父さんは」

 同時に、父への尊敬の思いも大きくなっていた。

「あんな地味なジャケット使って、あの女の人をキレイにするなんて」

 店に飾ってあったドレスよりも、明らかにキレイだと感じた。一体どのようにすればあのようになるのだろうか。

 興味津々という気持ちが目に表れていた。それを見て取った父は達郎に言った。

「僕が特別何かしたってわけじゃないさ。あの人の気持ちがあの服をキレイに見せているのさ」
「どういうこと?」

 首を傾げる息子に、父は悟りかけるように続けた。

「この店は、普通の女の人でも美しくなれる。それはそうなりたいという気持ちがあってこそだ。それは服も同じ、普通の服でも気持ち一つで変われるんだ。わかるかい?」
「わかんない」

 達郎には理解ができなかった。服は単に服に過ぎないのではないのか。

「まあ、今はまだわからなくてもいいさ」

 まだ幼い息子には難しい話だということに気づき、苦笑しながらも話を終わらせた。

「そのうちわかるさ。飾り気のないものは、その人を最もよく表わすということを」




この回想は達郎に何をもたらすかな…?