Re: 新世界への神話Drei 1月1日更新 ( No.68 )
日時: 2015/05/06 21:57
名前: RIDE
参照: http://soukensi.net/perch/hayate/subnovel/read.cgi?no=23

約4か月ぶりの更新となります


どうぞ。


 3
 精霊と一体化している状態だということに、サイガは驚きを隠せなかった。

「嘆きの叫びが響く中で、一体化ができるだと!?」

 グリーフズシャウトを聞いたものは皆戦意を喪失してしまう。精霊の使者ならば一体化ができなくなってしまう。ヒナギクや佳幸がそうであるように、例外は存在しない。

 だというのに、何故。しかしよく見ると、ハヤテの背後に微かに人影が見える。

「あれは…まさか幽霊か?」

 そう。幽霊神父のリィンである。霊の力を司るファムザックの使者であるサイガには幽霊が当然のように見えるのだろう。

「ほう、私が見えるのか。まあ驚きはしないがな」

 ハヤテの背後では、リィンが我が物顔でサイガに目を向けていた。

「もしかして、神父さんが助けてくれたんですか?」
「ああ。私は神の使いだからな。こんな悪霊を追い払うなど…」

 いかにも自分が神聖であることを出張するリィンだが、サイガはそれを無視していた。

「まさか、既に霊に取りつかれている奴がいたとは…」
「えっ…?」

 がっくりと肩を落とすサイガは、敵を前にしても構わず口を開き続ける。

「この技は霊をとりつかせて相手の気力を下げるものだ。だから、それよりも先に霊が取り憑かれている奴には全く効果がないんだ」

 つまり、リィンのいつまでも成仏しないという鬱陶しさがハヤテを助けたということなのだ。助かったのはよいのだが、素直に喜べないものである。

 ハヤテはつい複雑な顔をリィンに向けてしまう。

「…すみません、あなたに対してお礼が言えません」
「何だねその態度は。まるで私が間抜けみたいではないか」

 リィンは口を尖らせるが、恰好をつけたところでこの結果なので恰好悪いとしか言えない。

「私よりも、敵の前でショックを受けてペラペラと自分の技についてバラしたあいつの方が間抜けではないか」
「う、うるさい!おまえのような幽霊に言われたくないわ!」

 リィンに指差され、我に返ったサイガはまた戦闘中にあった冷徹さを取り戻していた。

「だが、たった一人で勝てるわけがない。おまえの仲間たちは俺が呼んだ悪霊によって戦意を失って…」

 そう言いながらサイガが佳幸たちの方を向くと。

「あ、あれ?」

 なんと、佳幸たちはいつの間にか悪霊たちから解放されていた。これもまたサイガは驚くことしかできなかった。彼らの力量では悪霊を払えないことは、先程から明らかになっていたことだ。

 そこでサイガは見た。いや彼だけじゃない。ハヤテたちも今はじめて気づいた。

 それまでいなかったはずの存在が、そこにいた。

「あの…ここはどこでしょう?」
「伊澄さん!?」

 和服でおっとりとしたナギの親友の姿に、皆仰天していた。

 悪霊が消えたのは、彼女の力によるものだろう。それは不思議ではない。

 謎なのは、ここまで来れたということだ。この霊の間に着くには一本道を辿るしかない。しかし伊澄には途中にある三つの間を通過したようにも、そこにいる黄金の使者と遭遇したようにも見えない。

 伊澄だから、迷子の二文字で済ませるだろう。だが、いつも思うが本当に謎である。

「皆さん、お揃いで。ところで、何をなさっているんですか?」

 こちらのことなどお構いなしに、ゆっくりとした調子で語る伊澄。そんな彼女にハヤテたちは呆れて何も言えなかった。

 ただ一人、怒りで震えている男がいた。

「ふざけるなよ…」

 サイガであった。こうまで簡単に、しかも相手にはその気はないのに技を破られてしまい、自分がこけにされたように見えた。それが彼のプライドを逆撫でさせた。

「この俺を舐めるのも、いい加減にしてもらおうか」

 そう言うと同時に、サイガの背後にオーラが浮かび出てきた。

 マインドというのものは知らなくても、既に二度も黄金の使者と戦っているハヤテたちは察していた。これからサイガは、全力を込めて攻撃を仕掛けてくると。

 ハヤテたちはその一撃に備え、身構える。

「こいつを呼ぶまでもないとは思っていたが…」

 サイガは、自分の右手に力を集中し始めた。

「おまえたちには、身の程を知らなければならないからな」

 その力はエネルギーの塊となり、だんだんと大きくなり象られていく。

「あれは…巨人?」

 そして、サイガよりもはるかに巨大な、おぞましい亡者の姿となった。

「こいつは、フレイツガイスト」

 サイガはそのエネルギー体に愛おしげに顔を向ける。対照的に、ナギたちは危ないものを感じていた。ホラーなものを愛でる男の姿に引いてしまっている。

「可愛いだろ?」

 本当に、危ない男にしか見えなかった。

「フレイツ、獲物はあいつらだ」

 サイガはハヤテたちを指差す。

「行け」

 その命令を受け、フレイツガイストはハヤテたちに向けてゆっくりと頭を下げていく。

 そして、その口を大きく開いていく。

「もしかして、このまま私たちを丸呑みするのでしょうか?」

 こんな時でも、おっとりとした口調なのは風。

「いやー!あんなのに食べられるなんていやー!」
「そうなのだ!そうなのだ!」

 ナギと海は恐怖で半ばパニック状態となっている。

「ま、煮ても焼いても食えない奴が混ざっているけどね」
「まったくだわ」

 自分たちがそうだというのに、他人事のように拓実と花南は口にする。

 このように様々な反応を見せた彼らを、フレイツは一口で呑みこんだ。

 逃げたくてもそれはできなかった。あの巨人の霊を前に、足が何故か動けなかった。

 恐怖で足が竦んだわけではない。あの霊が金縛りのようなものをかけていたのだろう。

 ハヤテたちは成す術なくフレイツガイストに呑みこまれてしまった。当然フレイツは幽霊なのでハヤテは肉体的な痛みはなかった。

 ただ、それまでうるさい程響いていたナギたちの悲鳴が突然途切れてしまった。

「お嬢様?」

 振り返ってみると、なんとナギがその場で倒れていた。

「だ、大丈夫ですかお嬢様!」

 駆け寄って呼び起こそうとするが、返事がない。気を失っているように見える。

 そして、ナギだけではなかった。周囲を見るとヒナギク、光、佳幸たちまでもが意識を失い倒れている。立っているのはハヤテと伊澄だけであった。

「どうしてお嬢様たちは…」
「魂を食われちまったのさ」

 混乱するハヤテは、サイガの話に耳を傾ける。

「そいつらはフレイツガイストに魂を喰われた。今ここにあるのは魂の抜けた抜け殻だ」

 魂を喰った?

 理解し難いが嫌な予感に青ざめるハヤテに向けて、サイガはさらに続けた。

「霊に取りつかれた奴や除霊師の魂は無理だが、その他の奴らは皆フレイツの身体の中に入っちまったな」

 笑いを含めながら話すサイガに、ハヤテは怒りが込み上がっていく。

「魂を喰うことで、フレイツは力を増す。奴らの魂は、フレイツの餌となったわけだ」

 そこまで言った時サイガの横をかすめてフレイツに向かって何かが飛んできた。

 伊澄が呪符を投げつけたのだ。彼女もまた、サイガやフレイツに怒りを抱いているのだ。

 呪符は見事にフレイツに命中した。その瞬間激しいスパークが起こったが、フレイツの方は何ともないようであった。

「やっても無駄だ」

 サイガは付け加えた。

「フレイツは今まで十万の魂を喰ってきた。いくら嬢ちゃんが除霊師として優秀だとしても、一撃で浄化できるのは一体分だ。フレイツを完全に浄化できるまで、嬢ちゃんの体力が持つかな?」

 伊澄の力がどれ程の容量があるか知らないが、技を十万回近く使うほどあるとは思えない。

「なら…」

 ハヤテは即座に標的を切り替える。

「あなたを倒します!」

 サイガに向かってハヤテは駆けだす。

「疾風怒濤!」

 怒りを込めて必殺技を繰り出す。猛スピードで風を纏いながら迫るハヤテに対して、サイガは両手に力を込めそれを受け止めた。そしてハヤテを押し返す。

「おまえらだけで俺を倒せるものかよ」

 サイガは軽く手首をスナップさせ、取るに足らないということを見せつける。

「そもそも、俺を倒しても喰われた奴がどうにかなると思えないけどな」

 そうだ。仮にサイガを倒したとしても、フレイツに喰われた後なのだ。もうすでに消滅してしまっているかもしれない。今さらといってもいいぐらいだ。

「大丈夫ですよ」

 しかしハヤテは、そんな心配は抱いていなかった。

「お嬢様は、色々なものに守られていますから」





今回はここまでです