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タイトル第29回チャット会は中止しました
記事No166   [関連記事]
投稿日: 2013/02/17(Sun) 22:03
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
管理人以外の投稿者がなく、批評してくれる参加者も
現れませんでしたので、残念ながらチャット会は中止しました。

ま、長い休止期間の後の1回目が思惑通り行くわけないですね。

タイトル竜狐の対決
記事No165   [関連記事]
投稿日: 2013/02/10(Sun) 07:13
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/

「シャルナちゃんシャルナちゃん、悪いけど文はもう、シャルナちゃんと一緒に帰ったり休み時間におしゃべりする暇は無くなるのですよ」
 いきなり突きつけられた決別宣言に対し、シャルナの脳裏には寂しさよりも疑問のほうが先に立った。白皇学院に入学して以来、
学内学外はおろか夏休みや海外旅行にいたるまで常に一緒に居た日比野文とシャルナ。自分と離れた日比野文が何をしようというのか、
皆目見当が付かなかったから。
「文は生徒会長になるのですよ! この学園をパラダイスにするのですよ! これから忙しくなるのですよ!」
「……あぁ、そう」
 そういえば生徒会選挙が始まるんだっけ、とシャルナは学内掲示板で見た内容を思い返していた。インドからの留学生である自分には
縁遠い話題だと思っていたけれど、親友の文ちゃんがそれに関わる気でいたとは。生徒会といえば積極性あふれる優等生たちが集まる場所
なんだろうし、放課後だけでなく日常も何かと仕事が増えることだろう。これまでのように自分と2人でおしゃべりをしたり遊びに行くような
時間は、確かに残らなくなるのかもしれない。
 ……まぁ、仕方ないわよね。文ちゃんはいろいろとアレな子だから、優秀な人たちと一緒に何かをするのはきっとプラスになる。親友だからと
いって邪魔しちゃいけない。
「頑張ってね文ちゃん。私も応援してるから」
「ふぁい! 文は頑張っちゃうのですよ!」
 高らかに拳を天に突き上げる日比野文から思わず視線をそらしたシャルナは、ようやく訪れた胸の痛みを表情に出さないよう奥歯をかみ締めるのだった。


 決別したとはいえ親友が関わる以上、生徒会選挙に無関心ではいられない。シャルナはそれとなく生徒会選挙の制度と見通しについて
情報を集め始めたのだが……その見通しは惨憺たるものだった。
 生徒会長の立候補者は2名。新人の日比野文と、現職にして2期目を目指す桂ヒナギク。だが2人の対決は一騎打ちの盛り上がりとは程遠い、
消化試合にも似た冷めた雰囲気に包まれたものだった。なにしろ桂ヒナギクといえば学年主席の特待生にして剣道部のエース、
しかも学園トップレベルの美貌と気さくな人柄で知られた有名人であり、葛葉キリカ理事長代理との抗争を含む数々の伝説を残しつつ
1年生ばかりの生徒会を無事にまとめ上げた“リア充の星”である。そんな彼女が2期目を目指すとなれば競ったところでピエロも同然、
しかも対抗馬である1年生は知名度ゼロ……事実上の信任投票、台本の決まってるプロレス選挙、2重の意味での鉄板選挙と
陰で揶揄されているような状況だったのだ(『鉄板』に秘められた2つ目の意味については誰もが黙して語らなかった)。
《まぁ、会長になった文ちゃんなんて想像もできないし……これだけ差があれば負けても諦めがつくってものよね、きっと》
 どうやら日比野文が当選しそうに無いと悟ったシャルナは、どこかホッとしている自分自身に嫌なものを感じて、激しく頭を振ったのだった。


 やがて生徒会選挙が正式に告示され、2週間の選挙戦が始まる。しかし現職の強みを生かして初日からポスターや知人ネットワークを駆使する
桂ヒナギク陣営に対して、日比野文の空回りっぷりは目を覆わんばかりだった。
「ふぁい! 学食の皆さんこんにちは、生徒会長候補の日比野文どぇす! ふーみんって呼んでくだ……」
「こら! 逃げ場のない食堂や教室での選挙活動は禁止です! 初日から何やってるんですか、あなたは!」
「え、えぇっ、そんな……」
 常識の無さがどうこうというより、その程度のことすら忠告してくれる子がいなかったのか、と話を聞いたシャルナは頭を抱えた。そして美術の授業でも、
「ふぁい! 屋外写生中の皆さんこんにちは、文が来たからにはもう安心ですよ! くそ面白くもない写生なんか放っといて、文のほうに注目……」
「授業中になにやっとんじゃゴルァ!」
「ひ、ひぃ〜〜ん……」
 こうして日比野文の知名度はゼロから徐々に上がっていったのだが……それは頼れる生徒会長候補としてではなく、傍迷惑な珍獣としての
それだった。そんな彼女の評判をシャルナはしばらく静観していたが、それでもなお次々と耳に飛び込んでくる彼女の武勇伝を聞いているうち、
ふと思い至ったことがあった。
《ひょっとしてあの時の文ちゃんの言葉……選挙活動で忙しくなるから空いた時間に私と遊べなくなるって、単にそれだけの意味だったんじゃ? 
もしそうなら、勝手に別れの言葉と思い込んで拗ねていた私って……》


 文ちゃんに謝ろう。でもなんて言って謝ったらいいんだろう。『文ちゃんに嫌われてると思い込んでごめんなさい』なんて言われたって困るわよね?
 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたまま、鞄を手に提げて下校するシャルナ。だがそんな彼女の耳に、元気な親友の泣きそうな声が飛び込んできた。
「こんにちは! 文の話を聞いてください! この学園をパラダイスにするですよ! 文に力を貸してください!」
 学園の門塀の上に登って、下校する生徒たちに向かって声を張り上げる日比野文がいる。スカートを下から覗かれるのも構わずに、
通り過ぎる生徒たちに必死で訴えかける少女が目の前にいる。だが珍獣の噂ゆえかスカートのことを気にしてか、生徒たちは目を伏せたまま
足早に通り過ぎていくばかりだった。文の話を聞くために立ち止まろうとするものは誰一人としていなかった。そしてその足元では、
門塀の上から撒いたであろう文の写真入り宣伝チラシが次から次へと踏み潰されていった……。
「文ちゃん!」
 もう言葉なんて選んでいられない。考える前に唇と身体が勝手に動いた。シャルナは鞄を放り出すと、一目散に文のもとに駆け寄っていた。
「なんですかシャルナちゃん。文はとっても忙しいのです」
「私もやるわ! 一緒にパラダイスを作りましょう!」
「えっ……シャルナちゃん、シャルナちゃんは分かってくれるのですか! さすがはシャルナちゃんです!」
 瞳に涙を溜めかけていた日比野文は一瞬にして笑顔を取り戻すと、塀の下にいるシャルナに向かってダイビングタックルを浴びせてきた。
そして文と一緒に倒れこみながら、シャルナは胸の奥のしこりが綺麗に洗い流されていくのを感じていた。
《まったくもう……文ちゃんったら、私がいないとダメなんだから》


 勝ち目がないのは分かってる。この子が底抜けのアホだというのも分かってる。だけどこのままじゃ悲惨すぎる。せめて文ちゃんが立ち直れなく
なる程のダメージを受けない程度には善戦させてあげなくちゃ……そう思って日比野文の参謀役に名乗りをあげたシャルナだったが、担ぐ神輿の
スカスカっぷりは彼女の想像を超えていた。
 例えば生徒会長の立候補用紙には、推薦人2名の名前を書く欄があるのだが、
「私の名前が勝手に書かれてることには今更ツッコまないけど……もう一方の『アルマゲドン』って誰?」
「ふぁい、文が飼ってる犬なのですよ! チョココロネをあげるって言ったら気持ちよく名前を貸してくれたのですよ!」
「……せめて人間の名前にしなさいよ。しかも最初から買収してるし……」
 また立候補にあたって、新生徒会の政策について聞いたところ、
「せーふくですか? さすがはシャルナちゃん、文がさりげなくジャージに履き替えたのを見抜かれてしまったのですよ!」
「制服じゃなくて政策。学園をパラダイスにしたいんでしょう? どんなパラダイスを、どうやって作るのか、よ」
「そんなの決まってます、文が何もしなくても宿題やテストで満点がもらえるような学園ですよ! これぞ学生にとって究極のパラダイスですよ!」
「……文ちゃん、本気で言ってる?」
「ふぁい! 働くとか頑張るとかは下々の輩に任せておいて、時計台の上から天下国家を論じるのが真のセレブであり、上流階級の子弟が集う
名門学院で身につけるべき教養なのですよ! これこそがNEET革命の第一歩だって、文のお兄ちゃんも力説していたのです!」
《だめだこいつら、早くなんとかしないと》
 なんで遠い異国に留学に来て、こんな子のサポートをしなきゃならないのかしら……インドの王族出身のシャルナにとっては悪夢としか思えなかった。
だが考えてみれば、責任の一端は自分にあると言えなくもない。ゴールデンウィークを利用して日比野文と一緒に旅行したとき、インドの実家に
寄った彼女を『異国からはるばる来た友人』として歓迎してしまったのがマズかった。あの召使に囲まれた上げ膳据え膳な日々の思い出が、
文のパラダイス構想に影響を与えてしまったことは想像に難くない。きっと帰国後に大喜びで家族にしゃべり、引きこもりのお兄さんと意気投合して
しまったのだろう。


 とにかく。
 こんな有様ではヒナギク会長に勝てるわけがない。付け焼刃でまともな政策を覚えさせたって初日からボロを出すのは確実だろう。
シャルナは正攻法をあきらめ、搦め手から反撃することにした。
「こうなったら、握手券商法を取り入れましょう」
「え、なんですかシャルナちゃん?」
「文ちゃんの演説を最後まで聞いてくれた人には、握手のついでに回数券を渡すの。もし文ちゃんが会長になった暁には、その券を沢山もってる人から
順にセレブの仲間入りをさせてあげるって言って……こうすれば耳を傾けてくれる人もいるんじゃないかしら。元手はタダだし、結果がどちらに転んでも
リスクはないし」
「なるほど、それで文が会長になったら、なにその紙切れ?とか冷たく突き放して文だけが特権独り占めというわけですね! さすがです
シャルナちゃん汚いです、でもそこにシビれる憧れ……」
 まずはグーパン、続いてチョップ、アイアンクローを決めた後、最後のとどめはしょーりゅーけーん。
 息もつかせぬ4連コンボで文の軽口を封じたシャルナは、引き続いてもうひとつの打開策を口に出した。
「でもね文ちゃん、どんなにサービスが良くても、それだけじゃ足りないの。実績の欠片もない私たちが現役の会長さんを倒すのに、
欠かせないのはなんだと思う?」
「ほぇ? 文の絶世の美女スマイルですか?」
「ちがうわ、敵失よ。スキャンダルとも言うわね」
 文の首筋に冷たい風が吹き抜けたが、もともと色黒であるシャルナの表情はさほど変わったように見えなかった。
「まぁ、そっちは私に任せてもらうわ。文ちゃんは明日の朝までに、握手券を100枚ほど用意しておいてちょうだい」
「かいちょーさんの弱点なら、あの時のパンツ丸出し……」
「……ああ、文ちゃんは余計なこと考えなくていいから」

    ――*――*――

 インド人のシャルナが別の意味でブラックな面を見せた、その翌日。
 白皇学院の生徒会長・桂ヒナギクはいつものように、早めに登校して生徒会室で書類の処理を行っていた。別に選挙期間中であっても
生徒会の仕事が減るわけじゃない。それどころか生真面目なヒナギクは今期の仕事を来期に残すまいと、普段にも増して猛烈なペースで
要承認書類に目を通し会長印を押していった。再任することはほぼ確実なのだから手抜きしても問題ないとは言っても、それとこれとは別なのだ。
 そんな彼女の耳に、軽やかな携帯コール音が飛び込んでくる。この着信音は小さい頃からの彼女の親友、花菱美希のものだ。
いつも遅刻ぎりぎりの彼女がこんな時間に電話してくるなんて珍しい。
「おはよう美希、今朝は早いのね」
「なに暢気(のんき)なこと言ってるんだヒナ、学校にはもう来てるのか?」
「う、うん、生徒会室にいるけど……一体どうしたの?」
「学園中が大騒ぎなんだよ、新聞部の号外が出ててさ! 今から理沙たちとそっちに行くから!」

【桂会長のご乱行! 剣道場の外でも木刀や真剣を振り回し、襲われた人や建屋は数知れず!】
【放課後はヒーロー? 桂会長、顔を隠して男装し、商店街の催し物に出演との噂!】
【会長権限の私物化? 桂会長の親族が宿直室を占拠! しかも学内での飲酒疑惑すら浮上!】
【副会長の霞女史、秘かに学園敷地の切り売りを画策! 理事一族との繋がりを盾にした横暴の数々!】
【生徒会書記の国語能力に疑念あり! 議事録の記載に『和菓子』と『我が師』が混在!】
【衝撃の事実! 桂会長と春風書記が同人誌の即売会にサークル参加したとの目撃証言! 我らが女神にオタ疑惑?】

 ヒナギクの元に届けられた新聞部の号外には、現生徒会にまつわるゴシップ記事が所狭しと並べ立てられていた。それらはヒナギクに近しい人間なら
誰でも知ってる程度の、校則にも法律にも触れない些細な出来事ばかり。しかし彼女と直接の親交がなく、美貌の優等生会長を偶像化しアイドル視している
一般の生徒たちにとっては、その脳内イメージを揺るがすに十分な過激な内容ばかりと言えた。
「明らかな選挙妨害だぞ、これは! ヒナのイメージダウンを狙って誰かが流したに違いない!」
「すぐに反論しろ、ヒナ! この記事を相手方に利用される前に!」
 義憤に駆られてヒートしていく理沙と美希、そして彼女らとヒナギクの間に立ってオロオロしている泉。しかしそんな親友たちの慌てぶりを目の当たりに
したお陰か、ヒナギクの顔色は落ち着いたものだった。
「反論は必要ないわ。書き方は悪意たっぷりだけど、どれもみんな事実なんだもの……選挙期間中だけ猫を被って皆を騙すなんてイヤだし」
「ヒナ!」
「それでいいの、ヒナちゃん?」
「ええ、こんな子は生徒会長にふさわしくないって皆がそう思うなら、それはそれで仕方ないでしょう……私は私だもの、生き方を変えるなんて出来ないわ」
 桂ヒナギクは静かに、だがしっかりと顔を上げて、心配してくれる親友たちに向かって断言したのだった。


 彼女の堂々たる態度が功を奏したか。その後も生徒会に寄せられる投書は大半がヒナギクへの励ましの言葉で、幻滅した旨の意見は十数通に留まっていた。
ヒナギクたち現生徒会への支持は以前ほど磐石ではなくなったものの、なおも確実に過半数を維持する勢いを保っていた。
 だがヒナギクたちが反論しなかったことに味を占めた新聞部は、さらなるゴシップを求めて学内外を駆け回った。そして彼らの活動とシャルナの放つ毒牙とが
結合した結果、3日後の朝には新たな号外記事が白皇学院の生徒や教職員たちにばら撒かれることとなった。その記事は学院全体に大パニックを引き起こすに
十分だった。


【桂会長にオトコの影? 立ち入り禁止のはずの生徒会室にお気に入りの男子生徒を連れ込み、風呂まで使わせていた疑惑が急浮上!】
【ヒナギク会長に隠し子疑惑! 学内で公然と『ママ』『パパ』呼ばわり! お相手は例の男子生徒か?】
【桂会長、隠し子を伴い男子生徒と一つ屋根の下で暮らしていたとの目撃証言! そこには某芸能人Rの姿も! 天使は地に落ちてしまった!】


 こうして不本意な形で時の人になった桂ヒナギクは、教職員に向けた理事長室での事情説明と、全校生徒に向けた新聞部主催の釈明会見に引っ張り出される
ことになった。影の共犯者ともいえる理事長と霞愛歌の口添えもあって前者では『おとがめなし』の裁定をもらえたが、後者はそう簡単には行かなかった。
「では会長、今回の報道内容を否定されるわけですね? 隠し子騒動も男子生徒H・Aとの同棲も事実無根、身に覚えの無いガセネタだと?」
「……それは……ええ……そう見られても仕方ない状況は一時期ありましたけど、報道されている類の行動は全く……」
「全面的に否定されるわけでは必ずしもないと?! そこんとこ詳しく!」
「ですからその……外国からきたお姫様になつかれて、少しの間でいいから一緒に暮らして欲しいと頼まれまして……」
「それがなぜ、同級生男子と同じ家でなければならなかったのでしょうか?」
「それは……成り行きというか何というか……私にもよくわからない事情があったみたいでして……」
 いつもの凛々しい桂ヒナギクの姿とはまるで違う、辛そうに唇を噛みながらたどたどしい口調で言葉を濁す生徒会長の姿を見て、取材に当たった
新聞部の面々や会見映像をみた生徒たちは一様に同じ印象を持った。
《ヒナギク会長は何かを隠している!》
 本人からそれを聞き出せないと悟った彼らは会見終了後にヒナギクの友人たちへと矛先を移す。その友人たちの口から飛び出してくる言葉は……。
「う〜ん、確かにヒナちゃんと一緒に、男の子の家にご飯を作ってあげに行ったことはありましたけどぉ〜」
「ヒナのことを『ママ』と呼んでた可愛い女の子のことなら、私たちも見たよな」
「確かあのとき、ヒナは赤い顔して『子供を産むような行為はしたことない』って言って、でもH君の方は『はっ?! もしかしてあの時……』とか言ってたっけ」
 こうしてゴシップ好きで言葉足らずな友人たちの証言によって、ヒナギクに向ける生徒たちの視線はいっそう険しさを増すばかりであった。


 そんな折、桂ヒナギク擁護の論陣を張る1年生が現れる。

   「桂ヒナギク先輩の、なにが悪いというのですか?
    好きな男の子と一緒に暮らしたい、子供を可愛がってあげたい、
    どちらも女の子なら当たり前じゃないですか! そうでしょう?
    私たちだってそうしたい気持ちはあるし、将来そうする人も多いんです!
    私たちの両親もご先祖様も、ずっとそうしてきたじゃないですか。
    恥じることなんて何一つ無いはずです!
    なのにどうしてヒナギク先輩だけ、こんなに注目され奇異の視線を向けられるのか?
    ……それは彼女が生徒会長だからです。みなさんに選ばれた公的な立場だからです。
    可哀想だと思いませんか? みなさんに選ばれて、みなさんのために尽くして、
    それなのに当たり前のことをしただけでみなさんに責められるなんて!
    先輩は悪くなんてないんです。悪いのは私たちです。彼女に重責を課した私たちです。
    ……もう、いいじゃないですか。先輩を解放しましょう。窮屈な檻から出してあげましょう。
    先輩は会長をもう一期やるって言っています。責任感ある態度はご立派です。
    でも皆さん、先輩だけに貧乏くじを押しつけるのは、もう止めにしませんか?」

 シャルナ・アーラムギルの訴えは、ゴシップを面白がるあまり苛めに近い状況を作ってしまったことに良心の呵責を感じていた全校生徒たちの心に
ジーンと染み渡るものだった。
「学園をパラダイスにするですよ! テストを満点にするですよ! 楽して遊んで卒業証書ゲットなのですよ!」
 正直いって、シャルナの後に演説する生徒会長候補・日比野文の公約には誰もが胡散臭さを感じていた。しかしヒナギクを普通の少女に戻すには
他に選択肢はないし、大盤振る舞いな公約といえど実際その半分も実現してくれれば儲けもの。こうして支持者増加と言うより反対者なしという形で、
毎日昼休みと放課後に催される日比野文の演説会には多くの人が足を運ぶようになった。気を良くした日比野文はますます気前の良い公約を連発し、
その受益者の証ともいえる握手券は先を争うように彼女の支持者たちへと浸透していった。
 こうして一方的な争いと思われていた生徒会選挙は、じっくりと着実にその潮目を変えつつあった。いまだに態度を決めかねている浮動票の動向次第では
日比野文が新会長に選出される可能性もゼロではない。ついに選挙戦終盤にはそんな状況すら生まれつつあった。


「なんだこれ、いったい何が起こってるんだ?」
「さ、さぁ……」
 引きこもりの天才少女・三千院ナギとその忠実なる執事・綾崎ハヤテ。突発的な海外旅行に行っていた彼ら2人が白皇学院に戻ってきたのは、
生徒会選挙の投票を2日後に控えた、そんなある日のことだった。

    ――*――*――

 白皇学院で持ちきりの噂と釈明会見映像を目にしたハヤテは、即座に時計台の上にある生徒会室へと向かった。
『私のアパートで暮らしてたことがヒナギクの黒歴史扱いだって? ふざけるな!』とブチ切れるナギの声に背中を押されながら。
「ヒナギクさん!」
「……ああ、久しぶりねハヤテ君。なんだか何ヶ月も会ってなかったような気がするわ……」
 少し見ない間に、小綺麗だった生徒会室はすっかり雰囲気が変わっていた。未決済の書類は乱雑に積まれて半ば崩れており、大切にされていた
ティーカップのセットも使われっぱなしのままテーブルに放置されていた。生徒会室のあちこちには様々な色彩のビラがくしゃくしゃに丸められて
放り投げられていた。もしここにお酒の瓶と臭いが加わっていたら桂先生の部屋と一緒だな、と綾崎ハヤテは不謹慎にも苦笑してしまった。
そしてその笑みを、生徒会室の主は別の意味に受け止める。
「驚いた? 哀れよね、笑っちゃうわよね。史上2人目の1年生生徒会長ってさんざん持ち上げられてた私が、今じゃこの有様よ…
…他人の評価なんて残酷なものだわ」
 こんな風に自嘲するヒナギクをハヤテは見たことがなかった。いつも自信に満ちあふれ、太陽のように輝いていた桂ヒナギクはもう居なかった。
ハヤテは表情を引き締めると、おずおずとここにきた用件を切りだした。
「会見の映像、見ましたよ。ヒナギクさんらしくないじゃないですか、あんな不自然な受け答えをして……あれじゃみんなに疑われて当然です。
なんであんな……」
「……だって!」
 ヒナギクはテーブルに拳を打ち付けると、ようやく顔を上げてハヤテと視線を合わせた。
「悔しいじゃない、あんな風に言われるなんて……短い間だったけど、私、楽しかったのに。アリスちゃんやルカ、千桜や歩、そしてナギやハヤテ君…
…いろんなことを一緒に出来て嬉しかったのに。それを不純とかふしだらとか決めつけられて、騒ぎが大きくなるから無かったことにしなさいって
先生たちにも言われて……情けなくって涙がでるわよ!」
 アパートで暮らしたあの夏の思い出を否定されたくない。プライドの高いヒナギクにとってそれは、自分の評判が下がることなんかより遙かに大切なのだった。
「……すみません」
「どうして謝るの? 謝ったりしないでよ。あの夏を過ごしたことが生徒会長として不適格だって言うなら、私はそれでもいいって思ってるんだから…
…ほんの少しの我慢よ。今はみんなに好き勝手言われてるけど、選挙が終わったらそれも無くなるわ」
 桂ヒナギクは支持率が下がってることに落ち込んでいるのではなかった。地位に恋々とするより自分の生き方を貫く。学校中から非難され傷つくことが
あっても、心の芯が揺らぐことは決してない。小さい頃から逆境に耐えつつも人生の正道を歩んできた彼女は、どこまで行っても桂ヒナギクなのだった。


 ……だが人生の裏街道ばかりを歩いてきた借金執事・綾崎ハヤテは、そんな彼女の覚悟を素直に受け止めることが出来ない。
「そんな、ヒナギクさんが全部を背負う必要なんてないですよ! 今回のことは僕が悪いんですから」
「ハヤテ君……」
 自分と一緒に逆風に立ち向かおうって言ってくれるの? ヒナギクの胸の奥にしまった恋心に小さな灯りがともる。しかし鈍感さでは類を見ない少年は、
少女の期待を完全に裏切った。
「だってヒナギクさんに一緒に暮らして欲しいって頼んだの、僕なんですから! ヒナギクさんは絶対嫌だって言ったのに、顔を見る度ぶん殴るくらいに
僕のことを嫌ってるのに、僕とアーたんのために嫌々つきあってくれたんですから!」
「……えっ?」
 あんまりな言い分に石化するヒナギクを尻目に、ハヤテは高らかに自分の勘違いを歌い上げる。
「アーたんの母親役を頼んだのは僕、ルカさんのサポートを頼んだのも僕です! ヒナギクさんに嫌われてるのを知ってて、迷惑のかけ通しなのも承知で、
いつもいつも無理難題を押しつけてきたのは僕なんです! それでヒナギクさんが会長になれないんだとしたら、それは全部僕のせいなんです!」
「…………」
「僕、これから新聞部に掛け合ってきます。ヒナギクさんは僕なんか好きじゃないんだって、出来の悪いクラスメートのために嫌々つきあわされただけ
なんだって! そうすれば誤解もきっと解けますよ」
「ハ……ハヤテ君の、バカ―――ッ!!!」
 異次元から現れた妖刀・白桜がうなりを上げ、乙女の怒りを浴びた鈍感執事を生徒会の壁へと弾き飛ばしたのは、その直後の出来事だった。


 そして。そんな2人のやりとりを隠しカメラを通じて動画研のモニタで見ていた面々は、ハヤテが豪快に吹き飛ばされた瞬間『ですよねーっ!』と
一斉に声を上げていた。
「うん、この映像があればヒナへの誤解も解けるよな」
「良かったよぉ、ハヤ太くんがヒナちゃんのこと好きじゃなくて」
「まったくだ、私のヒナがあんなやつになびかなくて、本当に良かった」
 三者三様の視点から安堵の声を漏らす生徒会三人衆。そしてその脇では、今回の秘密中継に参加した新聞部有志たちが部室に撤退すべく
一斉に立ち上がっていた。
「いや、この映像を見られて良かった! 投票日より前に会長の真意を聞けて安心しましたよ。明日はこれで号外を打ちます。
桂会長に黒い疑惑など無かった、彼女は頼まれて断れなかっただけの、正義を貫く純白の騎士だったってね!」


 こうして翌日の朝に配られた3度目の号外記事では、新聞部のスタンスは180度変わっていた。そしてその日の午後、選挙投票日の前日に当たる
全校生徒向けの立ち会い演説会の冒頭では新聞部の面々が壇上に登って一斉に謝罪し、桂ヒナギク会長の名誉を回復すべく応援演説を買ってでたのだった。
 この行動が浮動票のみならず、消極的ながら日比野文に投票しかけていた生徒たちに与えた影響は絶大だった。こうして本来の支持層を
一気に取り戻した桂ヒナギクは、翌日の投票で下馬評通り圧倒的な票数を獲得し、無事に生徒会長職の再選を決めたのだった。


《これで良かったのよね》
 力及ばす落選に至った日比野文陣営であったが、参謀役のシャルナは逆にホッとしていた。勝ち目なんて微塵もないと思っていたから卑怯な手も
使ったし、実現できそうにない公約の連発にも目をつぶったのだ。もしもあのままの勢いが続き、学園一のアホ会長が本当に誕生していたら…
…会長自身はともかく、シャルナの神経は擦り切れていたに違いないのだから。
 とはいえ、目の前の親友に向かって本音を吐くほどシャルナも薄情ではない。
「残念だったわね、文ちゃん。あと1日投票が早ければ、奇跡も夢じゃなかったのに」
「ふぁい! 来年こそは絶対当選してみせるですよ!」
 落選したとはいえ選挙中の手応えばっちりだった日比野文は、ぜんぜん落ち込んでなど居なかった。良かった、文ちゃんが元気でいてくれて…
…当初の目的を達したシャルナは胸をなで下ろす。しかし文の意識は早くも来年の選挙戦へと飛んでいた。
「よぉし、来年は頑張るですよ! やっぱり握手券だと支持者の数に限界があったのです。来年は全校生徒に向けて、宿題なしのパラダイスを
打ち立ててみせるのですよ!」
「……どうやって?」
「ふっふっふっ、文には秘策があるのです。あの『夏休みの敵』っていう極悪非道の問題集があるじゃないですか。あれの模範解答を7月末までに作って、
生徒向けの裏ネットに流すのですよ! これを裏の公約に掲げれば当選間違いなしなのですよ!」
「いや、だから、どうやって? あれを1週間そこらで全部解けるほど、文ちゃんって頭良かったかしら?」
「まさか! 文の理想は遊んで暮らせるパラダイスですよ、宿題なんてやるわけないでしょう!」
 嫌な予感を感じて半歩後退りするシャルナの腕を、日比野文は瞳を輝かせながらガッシリとつかんだ。
「シャルナちゃん、私たち友達ですよね?」


 それから1年後、桂ヒナギク引退後の生徒会選挙に再出馬した日比野文は型破りだが効果絶大な裏公約を掲げ、見事に生徒会長に当選する。
 その裏公約がどうなったかは……夏休みの終了直後、生徒会長のリコール規定を求める動議が満場一致で採択されたことから、お察しいただきたい。


Fin.

タイトル第29回お題:『○○は、私が居ないとダメなんだから』 (2013/01/19〜02/17) ←批評会はオープン参加
記事No164   [関連記事]
投稿日: 2013/01/18(Fri) 23:35
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

------------------------------------------------------------------

 3年半ぶりの更新再開です。初回のテーマは、上記の台詞を入れることを条件とします。
 マリアさん→ナギ、ヒナギク→雪路などが定番ですが無論それとは違う2人でもいいし、
世話を焼いているつもりが実は相手に依存している逆転関係などを題材にするのもありです。


【条件1】
 作品の中に、以下の1行を必ず使用するものとします。
   『○○は、私が居ないとダメなんだから』
 「○○」にはハヤテ原作キャラの名前、あるいは「彼」「彼女」「あの子」などの
代名詞を入れてください。そして上記の台詞を、別の原作キャラにしゃべらせてください。

【条件2】
 条件1の台詞ですが、語り手キャラの人称や口癖に合わせて多少変えてくれても構いません。
  (例)お嬢さまったら、僕が居ないと全然ダメな子なんですから ←OK

【条件3】
 今回はオリジナルキャラの使用を認めます。
 ただし条件1の○○に当てはまるキャラと、その台詞を言う語り手キャラは
必ずハヤテ原作マンガまたはアニメに登場するキャラから選んでください。

【条件4】
 えっちなのは禁止です。

(注:オープン参加式ですので、このスレッドへの投稿では作者IDは発行されません)

タイトル新アニメ記念チャット会は中止しました
記事No163   [関連記事]
投稿日: 2012/10/08(Mon) 21:12
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
管理人以外の投稿者が現れませんでしたので
残念ながら批評チャット会は中止とします。

仕方ないですね。

タイトル僕のメイドさんとお姫様とクラスメイトが修羅場すぎる
記事No162   [関連記事]
投稿日: 2012/10/08(Mon) 19:45
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
チャット:参加
感想:遠慮なく
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「うわぁ―――!! 焼肉だ―――!!」
 極上焼肉の匂いと照りかえる油の輝きに胸躍らせる少女たちの歓喜の叫びが、高級焼肉店「じゅじゅえん」の店内に木魂する。
 それは白皇学院の期末試験最終日。ムラサキノヤカタに住む少女たちにねだられて、借金執事・綾崎ハヤテが試験の御褒美として
高級焼肉店にみんなを連れて行くという大盤振る舞いをする日であった。焼肉を初めて食べるというナギ・マリア・アリスの3人は
もちろん、千桜・カユラ・ヒナギクたちも目を輝かせている。
「ハヤテハヤテ、夢じゃないよな? 箸でつかんだ途端に破裂するとか言うオチじゃないよな?!」
「大丈夫ですよ、お嬢さま。遠慮しないでお腹いっぱい食べてください」
「でもでも、ハヤテにおごってもらえるなんて今でも信じられないぞ。何か危ない仕事でもしたんじゃないのか? お金持ちの令嬢を
誘拐して身代金を取るとか、ファミレスに強盗に入るとか」
「お嬢さま。これは御褒美なんですから難しい詮索は無しですよ。みんなが思いっきり楽しんでくれることが僕への御褒美なんです、さぁ」
「うん!」
 年相応の子供らしい笑顔でうなずきながら煙を上げる焼肉へと視線を移す三千院ナギ。その向かいに座る春風千桜がぽつりとつぶやく。
「綾崎君って……モテるタイプだよな〜」
「え? そんなことないですよ千桜さん。こんなこと滅多にあるわけじゃないですし」
「いや、機会の多い少ないじゃなくてさ……相手に気を使わせない心配りというか……アイツと話すときもそうだし」
「ああ、ルカさんにはこのこと内緒ですよ? さすがに2連続でおごるのは無理ですし」
「……そうやってちょっとだけスキを見せるとこなんかも……」
 肩をすくませてゴニョゴニョと口ごもる千桜と、なぜか同じように頬を染めるヒナギク。だが年少組の元気な声が、そんな空気を
一瞬にして吹き飛ばす。
「ん――― おいし――― ありがとうハヤテ!! 焼肉とっても美味しいぞ!!」
「はぐっ、はぐっ……これが、焼肉……の、味……ですのね……」
「神の恩寵、天上の美味……ありがとう執事君……」
「あ……ありがとうございます」
 3人の喜ぶ声を皮切りに、生徒会の2人も箸を伸ばし始めた。しかしそんな様子に頬をほころばせるハヤテに、ちょっと引いた位置から
この光景を眺めていたメイド服の女性が声をかけてくる。
「でも……どうやって、こんな高級焼肉を……」
「え? そ、それは……企業秘密です」
「は?」
 咲夜に渡した1枚の肩たたき券が巡り巡ってこうなったとは、さすがに言えないハヤテであった。

    * *

 その後、高級焼肉店の網の上では食べ盛りの少女たちによる仁義なき骨肉の争いが繰り広げられることになる(焼肉だけに)。
  ・食べる速度の遅いナギやアリスの前からカユラたちが生焼けの肉を奪い取る『領海侵犯』
  ・怒ったナギたちがモヤシやタマネギを使って築き上げた『ベルリンの壁』
  ・好きな肉を奪われないうちに自分の領土内に確保しようとする『レアアース争奪戦』
  ・マリアの仲裁により国境が取り払われ、肉や野菜を順番に配給される『大マリア共栄圏』
  ・そしてその共栄圏の枠外で生焼け肉を調味料の瓶と交換する『闇の市場経済』
  ・焼けるのが遅いゆえ大マリア共栄圏から除外された網の隅部をめぐる『湾岸戦争』
  ・それが高じて、共栄圏とは別の国境線を引いてゴリ押ししようとする『コショウ盤ライン』
などなど、名門学院の学生らしい知的で複雑怪奇な抗争が、少女たちが満腹になるまで続いたのであった。
 だが、本当の地獄はこれからだったのである……。

    * *

 それは、春風千桜の何気ない一言から始まった。
「そういえば綾崎君、ほとんど肉を食べてないんじゃないか?」
「え? そ、そんなことないですよ、マリアさんからの配給もありましたし」
 この宴の間、ハヤテは年少組の世話ばかり焼いて自分ではほとんど何も食べていない。もちろんマリアは彼の分の肉をちゃんと
確保していたのだが、焼きあがった肉は結局すべてが別の少女の胃袋へと納まっていた。ハヤテが箸をつけたのは年少組が食べないまま
焦げかけていたキャベツやピーマンばかりだった。
「ハヤテ君、ひょっとしてお肉が嫌いだったんですか?」
「い、いえそういうわけじゃないですけど……今日は皆さんの労をねぎらう御褒美なわけですし」
 マリアの問いかけをさらりとスルーする綾崎ハヤテ。仁義なき争奪戦の最中は「それじゃ遠慮なく」と肉の奪い合いに興じていた面々も、
胃袋の膨らんだ終盤ともなると献身的な少年執事の腹具合を気にかけずには居られなかった。焼肉が食べたいと最初に言い出した春風千桜は特に。
「綾崎君も遠慮しないで食べてくれ。綾崎君にはいつも世話になってるし……一緒に期末試験を受けた仲間じゃないか」

 がっちゃ――ん!!

 その瞬間、高級焼肉店に甲高い音が響き渡った。皿と箸を落とした桂ヒナギクが、全身を震わせながらこう漏らしたのである。
「ちょ、ちょっと待ってよ……それじゃなに? 私たちは同じ試験を受けたクラスメイトから、タダで焼肉をおごってもらってたわけ?
 試験を終えた御褒美を、同じ試験を受けたハヤテ君におねだりしてたわけ……?!」
「な、なにを言ってるんですかヒナギクさん。僕はそんなこと全然……」
「……すっかり忘れてた」
 愕然とするヒナギクをなだめようとしたハヤテだったが、火の手は最近やってきた編入生からも上がった。
「アパートについてる親切な執事君だと、勝手に思い込んでた……執事君も学生だったんだ。一緒に学校行ってたのに完全に忘れてた…
…これは洒落にならない借りを作ったことになる」
「カユラさん、それは……」
「そうでしたわね……どちらかといえば、私が皆さんにおごってあげなきゃいけないんでしたわ……あまつさえ期末試験を受けてない私が、
風邪を引きながらも頑張ってくれてたハヤテ君のおごりに甘えてしまうなんて……」
「マ、マリアさん、いいんですよそんなこと、僕は皆さんが……」
「それを言うなら私も同罪ですわ……3食昼寝つきで試験も受けず、ハヤテに甘えまくっていたのは私のほう……こちらから御褒美を
渡さないといけない立場でしたのに」
「アーたんまで!!」
 燎原の火のごとく、あっという間に燃え広がった反省と後悔の蒼い炎。それは楽しい御馳走の雰囲気を瞬く間に冷却して重苦しい空気へと
変えてしまっていた。困ったように辺りを見渡すハヤテに、こんな空気を作りたいわけじゃなかった千桜が助け舟を出す。ところが……。
「な、なぁ、そういうことだからさ。公平に割り勘ってことにしないか? アパートに帰ったら、綾崎君にお金を返すってことで……」
「却下だ!」
「お、お嬢さま?!」
 1人だけ黙っていた三千院ナギが、千桜の提案を即座に否定する。
「ハヤテは本来、こんなに金回りのいいやつじゃないんだ。どうやってお金を作ったか知らないけど、今日この日のために普通の人の
10倍20倍の血と汗を流したに違いない。それも私たちと同じ試験勉強をしながらだぞ……割り勘で返すって? そんなことで
ハヤテの気持ちに報いられるものか!」
「あ……」
「焼肉の恩は焼肉で返すしかないんだ! マリア、オーダー追加! とびっきり最高級の焼肉を1人前、すぐに持ってこさせろ!」

    * *

 かくして最高級の焼肉を、誰かと奪い合うこともなく堪能できることになった綾崎ハヤテ。だが当の本人は喜ぶどころか
逆に引き気味であった。1つには追加オーダーしたことによる予算増加の心配、もう1つは6人の美少女たちがじっと見つめる中で
食べ続けるという居心地の悪さである。とはいえ6人はすでに満腹なのだから、嫌でもそういう形にならざるを得ないのだが。
 そしてやがて、あることに気づいた剣野カユラが第2幕のゴングを鳴らす。
「執事君、あーん」
「え、えぇっ! カユラさん?!」
 焼肉を箸につかんでハヤテの口元に差し出す、嬉し恥ずかしのポーズをとるカユラ。ななな何をするのだと金切り声を上げるナギに、
彼女は普段どおりの眠そうな表情で言い放った。
「考えてみると、執事君が焼肉食べるのは当たり前。恩返しにも何にもなってない……今さら割り勘にされても困るから、
せめてサービスしてあげる、あーん」
「さ、さ、サービスぅ?!」
「ちょ、カユラさん、それ、困ります、そのぉ……」
「あーん」
 ぐいぐいと迫るカユラと、じりじり後じさるハヤテ。するとそこへ2枚目の焼肉が差し出された。
「ハヤテ、あーん」
「あ、アーたん?!」
「恩返しというなら私だって同じ。いつも感謝してますわ、あーん」
 ハヤテにとって懐かしい笑顔を浮かべたまま迫ってくるアリス。だがハヤテの方はパクッと食いつくことは出来なかった。周囲の目もあるが
それより何より……こういう幸運に際してどう振舞うべきか彼には分からなかったのだ、これまでの人生になかったことだけに。
「そういうことでしたら、私もやってあげましょうか。日頃からハヤテ君には助けてもらっていますし……はい、あーん」
「……こ、この流れだと、言いだしっぺの私が尻込みするわけにも、な……綾崎君、あーん」
 カユラ、アリスの2人にマリアと千桜まで加わった攻勢に、ハヤテは壁際へと押し込まれてしまった。いっそカユラが最初に差し出して
くれた肉を素直に食べていればと後悔しても後の祭り。美女と美少女と美幼女に迫られるというエロゲ的展開に期せずして陥ったハヤテは、
リア充すぎる展開を前にして逆に背筋を凍らせていたのだった……『いったい後でどんなオチが待っているんだろう』と。


 こうしてハヤテが嬉し恥ずかし後怖しのジレンマに苦しんでいるとき、ナギとヒナギクの2人は視線と箸を激しく行き来させながら
次の一歩を踏み出せずに固まっていた。目の前で繰り広げられているのは男子のみならず恋する乙女にとっても垂涎(すいぜん)の
シチュエーションである。だがそれだけにツン属性の2人にとっては、他の4人とは段違いの勇気が必要とされるのだった。
ザコとは違うのだよザコとは!
《ほらハヤテ、あーん……って、こんな恥ずかしいことが出来るか! それに今の空気じゃ、ハヤテのやつ絶対に素直には口に入れて
くれないぞ。かといって私の肉が食べられないのかって命令して食べさせるのもアレだし……》
《ハヤテ君、あーん……きゃー恥ずかしい、言えないわよそんなこと! でもこんなこと出来るチャンス滅多にないし……恥ずかしさを
紛らわすにはやっぱり、お相子って形を取るべきかしら? でもこれ以上食べて、食いしん坊って思われるのも嫌だし……》
 第三者的に言えばハヤテに恋愛感情のない4人が『あーん』してる状況なのだから、ナギとヒナギクだって真似をすればいいのである。
だがそこはやはり、2人に共通するもうひとつの属性『負けず嫌い』が見え隠れする。
《やっぱりほら、私がお肉を食べさせるからには……ハヤテに1番に喜んでもらいたい(もんな)(わよね)》
 だがそうやって逡巡しているうちに、壁際に追い込まれたハヤテに4人の魔の手が迫る。そして選ぶに選べないハヤテが、4人分まとめて
口に入れてやるとばかりに大きく口を開いたとき……2人はあわてて立ち上がった。
「こらハヤテ、鼻の下を伸ばしてだらしないぞ! マリアたちもだ、そんな押し売りみたいなことしてサービスになるもんか!」
「そ、そうよそうよ、それにこんな人目のあるところで破廉恥なこと、生徒会長として認められないわ!」
「お嬢さま! ヒナギクさん!」
 地獄に仏とばかりに顔を輝かせるハヤテを見て2人は失策を悟った。当面の危機を脱した代わり、自分の手でますます『あーん』の
ハードルを上げてしまったのだから。
《《私のバカ―――ッ!!》》
 そんな2人の気持ちを知ってか知らずか、借金執事へと迫っていた4人の魔女たちは首だけ方向を変えて口々に文句を言い始めた。
「でもたっぷりサービスしておかないと、おごってもらった分を返さなきゃならないし」
「たまにはハヤテにだって、食べ切れないほどの幸運があっていいと思いますわ」
「今日だけはハヤテ君にも、デレデレする資格があると思いますし」
「べ、別に綾崎君に含むところがあるわけじゃないけど……これくらいのお返しはしとかないとな」
 下心のあるナギたちと、善意または打算が100%を占める4人とでは、説得力に差がありすぎる。不利を悟った2人は方向の転換を図った。
「で、でもハヤテは困ってるじゃないか! そんなやり方でハヤテが喜ぶわけないだろ!」
「そうよ! ここはちゃんと順番を決めて、1人ずつハヤテ君にサービスするべきだわ!」
「それじゃ最初は私だな! ハヤテへの感謝の気持ちは誰にも負けないし!」
「ちょっと待ってよ、これは試験終了の打ち上げなんだから、生徒代表の私が先頭に立つべきでしょ!」
「何を言うんだヒナギク、領海侵犯を黙認したへタレ同盟国は黙ってろ!」
「何ですって、そんなの自分で守らないのが悪いんじゃない! ハヤテ君の分の肉まで食べてたくせに!」
 こうして仲間割れを始めた2人の低レベルな争いを、首だけを曲げていた4人はゲンナリと見やった。ハヤテはその瞬間を見逃さなかった。
差し出された4枚の焼肉を宙へと跳ね上げると、瞬時にテーブルに駆け寄って焼く前の生肉を載せた皿でそれらを受け止め、
そして網の上にあった生焼け肉ともども一気に口の中へと放り込んだのである。
「こ、これで……ぜんぶ僕が、い、いただきました。ぜんぶ食べちゃいましたから、も、もう、喧嘩は止めてください……」
 そして焼肉と生肉をいっべんに喉に詰め込んだ綾崎ハヤテは、そのまま白目をむいて倒れ伏したのだった。

    * *

 その後。体調回復した後で会計に挑んだハヤテは、店員さんの示す金額を聴いた途端に安堵のあまり床に膝をついた。
ヒナギクが店の外から駆け寄ってくる。
「よ、良かった……追加分が予算を超えなくて。てっきり1人で皿洗いのオチがつくかと……」
「ハヤテ君、大丈夫?」
「えぇ大丈夫です。いやぁ良かったです、これも先生の制服が高く買ってもらえたおかげですよ」
「先生の制服?……ちょっと、詳しく聞かせてもらえるかしら、ハヤテ君……?」
 安心して口を滑らせてしまったハヤテは、ヒナギクの手に握られた木刀を目にして不意に悟った……本当のオチは、これからだということを。


Fin.

タイトル新アニメ記念:食べ物ネタ (2012/09/09〜10/08)←批評会は作者限定
記事No161   [関連記事]
投稿日: 2012/09/08(Sat) 22:18
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

------------------------------------------------------------------

 10月3日から始まるハヤテ新アニメを記念して、批評チャット会を復活します。
 お題は食欲の秋にちなみ「食べ物ネタ」です!

1.「ハヤテのごとく!」登場キャラが好物の食べ物を食べる、というシーンを必ず含めてください。
  原作に出てくる食べ物はラーメンやハンバーグなど数種類しかないので、必要に応じて
  原作に出てこない「これが好き!」を補うことも可とします。

2.えっちなのは禁止です。

3.オリジナルキャラは登場可能ですが、あくまで名無しの脇役に限ります。

4.小説の冒頭に、以下の2行を記載してください。

  チャット:「参加」「不参加」のいずれか
  感想:「不要」「よい点のみ」「お手柔らかに」「遠慮なく」のいずれか

  記載を省略された場合は「チャット不参加」「よい点のみ」と解釈します。
  たとえ作者がチャットに来られなくても「感想不要」でない限りは批評をして、ログとして公開します。


(注:今回は作者限定チャットです。投稿者は作者IDの確認をお忘れなく!)

タイトルゴールデンウイークSP2・批評チャット会ログ
記事No160   [関連記事]
投稿日: 2010/05/17(Mon) 00:00
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
 5月16日(日)に開催された、9ヶ月ぶりの批評チャット会ログを公開します。
 今回は管理人からの投稿1本のみでしたが、読んでくださった読者からの
鋭いご指摘をいただけて、小幅な修正を施すことになりました。
 また久々のチャット会ということでいろいろな意見交換をすることも
できました。サイト更新停止から丸1年が経ちましたが、こういう機会を
また設けて行きたいと考えられるようになりました。感謝です!

http://soukensi.net/odai/chat/chatsp05.htm

タイトルヒナママの野望
記事No158   [関連記事]
投稿日: 2010/05/16(Sun) 19:53
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
 娘をフリフリに着飾って何が悪い!!!
 女として生まれ母として身を立てたからには、誰だって一度は愛娘とのお花畑なひとときを志すッ
 世界一可愛い天使との楽園など一瞬たりとも夢見たことがないッッ、そんな母親は一人としてこの世に存在しないッッ
 それが心理だ!!!
 ある者は娘が生まれてすぐにッ      ある者は夫の無理解にッ
 ある者はご近所のママ友からの冷笑にッ  ある者は金銭上の制約に屈して
 それぞれが娘と戯れる夢をあきらめ現実的な道を歩ませた
 優等生 スポーツ少女 家事上手 気配り上手 社交家 芸術家 女教師 サラリーマン
 しかしッッッ  娘が16歳になってもあきらめなかった者がいるッッ
 偉大な親バカママ1名!!!
 この地上で誰よりもッ 誰よりもッ 娘の愛くるしい姿を切望した1名ッ!!!
 ファイナル!!!
     (元ネタ・グラップラー刃牙 http://nekobako.sh4.jp/kikaku/meigen/292.html


「おはようヒナちゃん……あら、どうしたの? その頭」
「うん、なんか寝癖がついちゃったみたいで……恥ずかしいからあまり見ないで」
 ある日の朝。食卓で朝食の準備をしていた桂ヒナギクの義母(ヒナママ)は、部屋から下りてきたヒナギクの姿を見て
驚きの声を投げかけた。いつもなら快活そうな笑顔を浮かべて朝の挨拶をしてくるはずの娘が、今朝はまるでイスラム女性の
ように頭から深々と頭巾をかぶった姿で現れたからである。
「まぁ……だったら学校に行く前に軽くシャワーでも浴びていく?」
「いい、時間ないから」
「だったらお母さん行きつけの美容室なんかどうかしら? あそこならどんな髪型でも自由自在よ」
「いいってば、放っとけば直るから……いただきます」
 取り付く島もない返事を返す娘。ヒナママは不満そうに娘の表情を覗き込んだ。文武両道に才色兼備、申し分のない
完璧少女として周囲から羨ましがられる娘ではあったが、ヒナママに言わせれば1つだけ不満な点がある。付き合いが悪いと
言うか弱点を見せてくれないと言うか……とにかく愛想がなさ過ぎるのである。
『困ったことがあるなら相談して欲しい、娘の悩みを聞いてあげるのも母親の務め』
 そう日頃から娘に吹き込んでいるのに、ちっとも期待に応えてくれない。無理に首を突っ込もうとすると目くじらを立てて
怒り出す。年齢の割にしっかりしてる証拠だと他の人には諭されるのだが、ヒナママとしては納得がいかなかった。
困って甘えてくる娘を優しく包み込んであげる、これこそ母親の果たす役割と言うものではないか。どうしてこの子は自分に
甘えてくれないのか? 本当の母親じゃないからって遠慮しなくていいのに。
「ねぇヒナちゃん、寝癖くらいだったらお母さんでも直してあげられるわよ? 一緒に洗面台に……」
「いいってば!」
「そんな遠慮しないで、私たち家族じゃないの。困ったときはお互い様でしょ」
「遠慮なんかしてないって、触らないで!」
 やけに頑強に抵抗するヒナギクと、どうにかして娘の役に立ちたいと親切の押し売りをするヒナママ。そんな2人がせめぎ合いを
繰り広げる最中、ヒナギクの頭巾がポロリと頭からずれ落ちた。そしてその下から飛び出してきたのは……ロバのように大きな、
ふさふさとした2本の獣耳。それを目にした2人の反応は対照的だった。あわてて隠そうとするヒナギクに対し、両手を胸の前に
組んだヒナママは瞳をキラキラさせながら歓喜の声をあげたのである。
「キャーッ、ヒナちゃん可愛いっ! 最高! グッジョブ!! ねぇ写真撮りましょう、お父さんにも送ってあげなくちゃ!」


「なるほど、確かになんらかの呪いにかかっているみたいですね。でもま、いいじゃないですか、かわいくて」
「よくない!!」
 こうなった原因に心当たりがないでもない。登校する前に鷺ノ宮家に飛び込んだ桂ヒナギクは、今朝母親から告げられたのと
同じ言葉を伊澄から聞かされて反射的に金切り声を上げた。
「こんな耳じゃ今後どうやって生きていったら良いかすら分からないわよ!! 恥ずかしくて学校にも行けないし……もうどうしていいか……」
 珍しく落ち込んだ姿を見せる、白皇学院最強の生徒会長。長いロバ耳がしゅーんと前に倒れている様子が分かり易すぎるくらいに
彼女の内面を表している。普段から卓越した能力を見せ続けそれを誇りにしている桂ヒナギクにとって、指差して嘲笑されそうな弱点を
衆目に晒して歩くというのは耐え難いことなのだろう。しかし呪いを解いてくれそうな光の巫女の言葉は冷たかった。
「根本的ですか……でもそうなるとお金がかかりますよ? ですが会長さんには大変お世話になっているので、通常価格の
93%OFFというスーパープライスでお受けしますよ」
「え、本当?」
「ええ、たったの……1億5千万でお受けします」
「…………」


 ちょうどそのころ。桂家ではヒナママが鼻歌を歌いながら楽しそうに便箋に文字を書いていた。
「ふふふ〜ん、ああーヒナちゃんヒナちゃん、可愛かったなぁ〜」
 ヒナギク本人の困惑とは裏腹に、ヒナママは超ご機嫌であった。普段からフリフリのお洋服とかネコ耳の被り物とかを着させようと
しても断固拒否していた愛娘が、とうとう可愛い獣耳を自分から身につけてくれたのである。娘ができたらこうしようああしようと
お花畑回路をフル稼働させてきたヒナママにとっては、野望実現に向けた大きな一歩と言えるのだ。ヒナギクは外国の王様の呪いだと
いっていたけど、この際は魔神でも亡霊でも何でもいい、ヒナママとしては天に感謝したい気分なのである。
「こんな機会は滅多にないんだもの、帰ってきたらたくさん写真を撮ってあげないとね〜。あぁそうだわ、こないだ泊まりに来てくれた
綾崎君とのツーショットなんかもいいわよね〜」
 呪いのお陰で最初の一歩を踏み出せたのなら、さらなる進展を望むに際してもそっち方面の力を借りるべきだろう。
恐らく生涯2度とないチャンスに胸を躍らせたヒナママは、長年夢見てきた家族の愛の情景を実現させるべく、思いつく妄想の限りを
便箋に書き綴ったのだった。これから買い物に出るついでに、呪い関連を家業とする某家の要望ボックスへと投函するために。


 そして、その日の夕方。1億5千万円を稼ぐ方法に悩んだヒナギクはハヤテの勧めに応じて、再び鷺ノ宮家を訪れていた。
「デス度10%の仕事でいいんですか?」
「ええ、まずは易しい仕事で経験をつまないとね」
 伊澄が提示した仕事はデス度90%(5千万円)と50%(1千万円)と10%(3万円)の3種類。目標金額を考えればチマチマ
稼いでなど居られない、虎穴に入らずんば虎児を得ず! と当初は高らかに宣言したヒナギクであったが、デス度の高い仕事には
飛行機や東京スカイツリーが付き物と聞いてあっさりと前言を翻していた。
「そうですか、ではお願いしましょう。ちょうど生徒会長さん向けの依頼が来ていたことですし」
「え、そうなの?」
「はい。可愛いロバ耳が大好きな奥様から、童心に返った娘と彼氏の熱々ツーショットを1度でいいから見てみたいという依頼が」
「……か、変わった依頼だけど……それって本当の娘さんにやってもらわないと意味がないんじゃ」
「ええ。ですから生徒会長さん向けだと申し上げました」
 伊澄の言葉を聞いたヒナギクの背中に、氷のように冷たい悪寒が走りぬける。だが先に90%と50%の仕事を断ってしまった手前、
もう他に選択肢は残っていない。隣にいた少年の弱気な言葉も彼女の負けん気に拍車をかけた。
「ヒ、ヒナギクさん? 嫌なら無理しなくても、3万円くらいなら別の方法で……」
「いいえ、私は白皇学院生徒会長・桂ヒナギク! この程度の試練に逃げ出すわけには行かないのよ!」
 高らかに本日2度目の決意宣言をするヒナギク。だが……。
《すごい、ヒナギクさん……なんという強い決意!!》
《それほどまでして、飛行機や東京スカイツリー絡みの仕事を避けたかったんですね》
 聞いていたハヤテと伊澄の胸に浮かんだのは、感嘆や尊敬とは微妙に違う感覚なのであった。


 そして、その夜の桂家の夕食の席で。
「はい、ハヤテ君あーんして」
「は、はい……美味しいですよ、ヒナギクさん」
「うふふふ♪☆♪」
 テーブルの右側には綺麗なピンク色のドレスを着飾ったロバ耳姿のヒナギク。対する左側には青いセーラー服とネコ耳アイテムを
装着した綾崎ハヤテ。可愛い娘とその彼氏がお気に入りの萌えアイテムを身につけて目の前でイチャイチャを繰り広げている。
娘を持って10年余、何度も夢見るほどにまで望み願っていた愛くるしい子供たちの情景が、すぐ目の前にある。ヒナママは
至福のときを噛みしめていた。
「ほらほら、綾崎君からもお返しして」
「そうですね。さぁヒナギクさん、ハンバーグをどうぞ」
「(口を前に突き出して)ん……」
「いや〜ん、か・わ・い・い〜っ!!!」
 小さな愛玩動物を見るような視線で娘たちを温かく見守るヒナママ。その一方で、ハンバーグの切れ端を差し出す振りをして
顔を近づけた若い男女はこっそりと色気のない会話を交わしていた。
「ヒナギクさん、我慢ですよ我慢。これは仕事なんですから」
「わ……分かってるわよ、言われなくたって」
 現世の桃源郷にあって脳ミソを蕩けさせている母親は、もちろんそんな裏事情など知る由もない。ヒナママは若い2人の仲を
もっともっと接近させるべく、楽しそうに横槍を入れた。
「ところで綾崎君、ひとつ聞いてもいいかしら?」
「なんですか、お母さん」
「前に来てくれたとき、ヒナちゃんはあなたのこと名字で呼んでたと思うんだけど……下の名前で呼び合うようになったのはいつ頃から?」
「……ぶっ!!!」
 飲み込んだハンバーグを喉に詰まらせるヒナギク。彼女にとってはハヤテへの恋心を自覚したヒナ祭り祭りの思い出に直結するの
だから動揺するのも無理はない。だが鈍感さなら誰にも負けない借金執事は、あっさりと母親の質問をスルーするのだった。
「ああ、そういえばいつの間にか変わりましたね……まぁヒナギクさんとは付き合いも長いし、そろそろ打ち解けてもらえたって
ことじゃないでしょうか」
「……そうなの、それは良かったわ。じゃ私も下の名前で呼んでいい? いずれ一緒に住むことになるかもしれないし」
「一緒にかどうかはともかく、呼んでくれるのは構いませんよ、下の名前でも」
「本当? じゃハ、ハヤ、ハヤテ君って……きゃっ☆」
 年甲斐もなく若い子相手にはしゃぎまくる母親の様子を、蚊帳の外に置かれたヒナギクは冷ややかに見守るのであった。


 こうして堅物なヒナギクにとっては拷問とも言える時間が過ぎていくのだったが……あくまでお仕事モードで母親のツッコミを
受け流すハヤテの姿を見ているうち、ヒナギクの心に微妙なさざ波が生じてくる。
《何よ、ハヤテ君たら仕事仕事って……ひとの気も知らないで》
 お節介な母親の監視つきとはいえ、好きな男の子とひとつ屋根の下で夕食を取っているのである。時間とともに羞恥心の薄れてきた
ヒナギクの胸に浮かんできたのは素朴な疑問と痛烈な反省だった。
《せっかくハヤテ君とイチャイチャできるチャンスなのに、なんで私、こんな不機嫌な顔してるのかしら? 
ハヤテ君は私に嫌われてると思ってるのに、これじゃますます誤解を深めるだけじゃない。気持ちを伝えなきゃ前に進めないって
決心したはずなのに、なにやってるんだろ私?》
 恋人(=西沢歩)持ちの男をクラスメートのよしみで泊めてあげた前回とは事情が違う。今のヒナギクは自分の気持ちを自覚しているし、
ハヤテのほうは恋人(=天王州アテネ)と別れたばかり。きっかけはともかくこういう状況になったからには、もっと積極的に
自分の気持ちをアピールしてもいいはず。ハヤテの鈍感さは日頃から身にしみているのだから。
《そ……そうよね。いまさら恥ずかしがっても始まらないわよね。演技の振りして大胆に迫ってみても……》
 そう頭を切換えようとした刹那。顔を上げかけたヒナギクの動作が、何か思い当たったように突然停止する。
《……あ……》
 楽しく談笑を繰り広げていたハヤテとヒナママも、娘のただならぬ様子に目を見張った。
「ヒナギクさん、どうしたんですか?」
「ヒナちゃん?」
「……ねぇ、ハヤテ君……」
 偶然訪れた好機を逆手に取るには真面目すぎる性格のヒナギク。このとき彼女の脳裏には、忘れたくとも忘れられないギリシャの
夜の一幕が明滅していた。あのあと天王州さんとの間に何があったのか……それを知らないままでは、一歩も前に進めない気がする。
「お願い教えて。天王州さんに振られたって言ってたけど……いったい何があったの?」
「あ、あの、ヒナギクさん?」
「……ま、まぁ、なんだか深刻な話になりそうね……それじゃ後はお若い方同士で……」
 空気を読んだヒナママがわざとらしく席を立つ。食堂に残されたネコ耳姿の綾崎ハヤテに向かって、ヒナギクは声を張り上げた。
「ギリシャで私と別れた後、天王州さんとハヤテ君の間に何があったの? 僭越なのは百も承知だけど私には聞く権利あると思う…
…ハヤテ君の背中を押してあげたんだから」


《ど、どうしたんだろヒナギクさん? いきなり僕とアーたんの話を持ち出すなんて……》
 突然重い話題を振られて当惑する綾崎ハヤテ。だがここで些細な行き違いが生じた。ヒナギクのいう『私と別れた後』は当然
ミダス王との最終決戦で捕らわれのアテネを救い出した後のことを指すのだが……ハヤテはあの場に居た謎のヒーローの正体が
ヒナギクであることを知らない。したがってヒナギクの言葉を、ハヤテは『レストランでヒナギクを接待した帰り道でのこと』と
解釈することになる。
「あのあと、ですか……」
「ええ、お願い。どうしても聞いておきたいの」
 ヒナギクが何故そんなことにこだわるのかハヤテには見当もつかないが、彼女がこれと決めたら譲らない性格であることは
嫌というほど知っている。ハヤテは重い雰囲気にならないよう、なるべく軽い調子で話し始めた。
「えっと、あのあとは(あのお屋敷の若い執事に)失神するほどボコボコに蹴り倒されまして」
「えっ?」
 目を丸くするヒナギクにかまわず、ハヤテは言葉をつなぐ。ちなみに肝心なところの主語や目的語を省いてしまうのはハヤテの
話し方の悪いところである。
「それで気がついたら(怪我の治療のために)ベッドの上に寝かされてまして」
「……え、え、べべ、ベッドぉ?!」
「その後はもう、(ミダス王の英霊に)襲い掛かられてボロボロにされちゃいまして……命からがら逃げ出したというところで」
「…………」
 顔をトマトのように真っ赤に染めたヒナギクに向かって、照れくさそうに頭を掻いて見せるハヤテだったが……。
「いやぁ、情けない限りですよ。ですからヒナギクさんが気にするようなことは……」
「……ハヤテ君のエッチ! 変態! 色情魔! ふふふ不潔よ、二度と顔を見せないで頂戴!!!」
 いきなり猛烈に怒り出したヒナギクの手に木刀正宗が宿る。そしてハヤテはボロ雑巾のように桂家を追い出されてしまったのだった。
「あ……あれ? 僕なにか、ヒナギクさんを怒らせるようなこと言ったかな?」


 そして、そんな2人の様子を見ていたヒナママは。
「あーあ、若いっていいわねぇ〜♪」
 若者たちの痴話喧嘩を物陰から眺めながら、懐かしそうに口元を緩めていたのだった。


 ちなみにその後。ロバ耳の呪いが解けて以前どおりの無愛想に戻った娘に向かって、ヒナママはしきりに海外旅行を勧めるようになる。
「ねぇヒナちゃん、今度はアフリカ旅行なんてどう? あっちにはフクロウの神様やネコちゃんの神様が居るって話を……」
「お断りです! もう海外なんか絶対に行きませんから!」
 夢よもう一度というヒナママの野望は、それ以前の段階で娘にシャットアウトされてしまうのだった。


Fin.

タイトルゴールデンウイークSPの第1お題SS批評会は中止しました
記事No157   [関連記事]
投稿日: 2010/05/15(Sat) 20:06
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
残念ながら投稿者が現れませんでしたので、「今年のGW」の
批評チャット会は中止とします。残念です。

タイトルSP1は未定、SP2は参加予定
記事No156   [関連記事]
投稿日: 2010/04/15(Thu) 21:06
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
SP1「今年のGW」への作品ネタはまだ未定です。
メインキャラたちの描写は別の作品でやっているので、ここではシスターか
エイトを主役にしようかなと考えているところ。

SP2「ヒナわふたー」に投稿する作品はすでに筋が決まっています。
ロバ耳ヒナをみて大喜びするヒナママの姿を中心に据えることになると思います。

ちなみに私は、投稿するしないに関わりなく両方のチャット会に参加するつもりです。
今回の批評チャット会は投稿の有無にこだわらないオープン方式ですから。