[リストへもどる]
一括表示
タイトル第4回お題:呼び名 (2008/2/12〜3/2)
記事No27
投稿日: 2008/02/12(Tue) 00:27
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

------------------------------------------------------------------

「呼び名」をテーマにした物語を投稿してください。
元ネタを「ハヤテのごとく!」にしてくれれば、その他の制約はありません。

タイトル乙女の逆鱗4
記事No31
投稿日: 2008/02/28(Thu) 12:22
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
「よし、決めた!! 落ち込んでても仕方ないから……今日から私は、心優しい女になる!!!」
 バイト先での会話で普段の自分の態度を反省した桂ヒナギクの一大決心。だが鉄は熱いうちに打ての
格言どおり、怒りっぽい彼女が少女漫画のヒロインめいたオーラをまとうようになるには、ひとつの
大きな試練を乗り越える必要があった。これは原作中で描かれなかった、決意の翌朝に起こった物語である。


「おはよう、日比野さん」
「あー、おはようございますぅ、パンツ丸見えの人」
「ちょっ……!!」
 待って、待ちなさい桂ヒナギク。あなたは心優しい女になるんでしょ、この程度のことで切れてちゃダメよ。
「も……もう、しょうがないわね。あなたも高校生なんだからちゃんとした呼び方を覚えないと。
このあいだ自己紹介したでしょう?」
「あ、そうでしたっけ、えーと確かあの時は、デコっ広なちっちゃい人と男の子みたいな喋り方の
ノッポの人が一緒にいて……」
「ひ、日比野さん? もうちょっと何というか、言い方ってもんが……」
「……そうそう、アダルティで黒いパンツの話をしたんでした!」
「くっ……」
 覚えてるのはそこだけかっ! と反射的に振り上げそうになった拳をヒナギクはかろうじて抑えた。
我慢よ我慢、下級生相手に鉄拳制裁なんてしたら怖がらせるだけじゃない。この子には悪気なんて
無いんだから……たぶん。
「そうじゃなくて……覚えてない? 私、この学院の生徒会長なんだけど」
「あ、そうそう、そうでした! 木の上から回転しながら飛び降りる、オサルさんみたいな生徒会長さん!」
「あ、あのねぇ……」
「そんでもって顔に傷なんかつけちゃった人ですよね? やっと思い出しました!」
 満面の笑顔でうんうんと首を振る日比野文(ひびの ふみ)を前にして、ヒナギクのほうはげんなりと
脱力していた。どうやらこの子は、出会ったときの印象が全てで名前のことなんて欠片も覚えていないらしい。
まぁいいわ、パンツ丸見えと呼ばれるよりはマシな方向に来てるし……ここは優しい上級生らしく、
正しい言葉遣いというものを教えてあげようじゃない。
「そうじゃなくて。私の名前は桂ヒナギク。下の名前で呼んでくれていいから」
「かつら……ひまつぶしさん?」
「ヒナギク!! あなた人の名前も……」
 思わず上げてしまった怒鳴り声をあわてて押し殺す生徒会長。出口を失ったエネルギーは下級生の肩に置かれた
手の平へと伝わり、天然少女の鎖骨をきしませた。なにしろ剣道部エースが無意識のうちに放った握力である。
壷ひとつ持ち上げるだけでもふらつく非力少女に耐えられるはずもない。
「い、い、痛いですぅ」
「あ、ああ、ごめんなさい」
 あわてて手を放したヒナギクの前で、文は両肩を押さえてうずくまった。そして恨めしそうに涙を溜めた目で
見あげながら、今度は天然とはちがう固い意思を込めた言葉を放った。
「かつら……暴力女さん」
「ち、違うわよ。今のはちょっとした弾みで……オホホホホホ」
 自分がどんどん汚れていくのを否応なく自覚させられていくヒナギクであった。


「おはよう、文ちゃん」
「あ、シャルナちゃん! 聞いて聞いて、この暴力女さんがね……」
 重苦しい空気の中に平然と割り込んできた浅黒い肌の少女。たしかインドからの留学生とか言ってたっけ…
…と記憶の回路をつなぎなおしているうちに、異国から来たツッコミ少女は丁寧な仕草で一礼した。
「おはようございます、生徒会長さん」
「あ……お、おはよう、シャルナさん」
「すみません、文ちゃんはいじってる分には面白い子なんですけど……心に余裕のない人にとっては、
毒を吐いて歩いてるみたいなとこがありまして」
 言ってることは当たってるけど、あなたの毒吐きも大概よ……そう鼻白んだヒナギクは、やがてシャルナの言葉が
文だけでなく自分のことまで揶揄してるように思えて微妙な気分になった。しかし2度と声を荒らげるわけには
いかない。せっかく心優しい女になると決意したのに、いきなり暴力女呼ばわりされるのは困るのだ。
なんとか誤解を解いておかないと。
「あの……ごめんなさい、大丈夫だった?」
「うぅ……」
「ほら文ちゃん、オオカミに手を差し伸べられたウサギさんみたいな顔をしないで」
 シャルナの説得の仕方に微妙に傷つきながらも、ヒナギクは努めて優しげな笑顔を作った。もやもやした思いを
お腹の奥底に封じ込め、胸の鉄板で蓋をする。日頃から自然な形で努力を積み重ねてきた彼女にとっても、
これはなかなかの苦行であった。
「だって、パンツ女さんって呼んだら怒るし……」
「お……怒らないわよ、怒らないっば、オホホホ……」
「オサルさんみたいって言ったら怒ったし……」
「そ、そうだったかしら? オホホホ……」
「……そこは怒って当然だと思いますけど」
 シャルナの冷静な突っ込みに、付け焼刃なヒナギクの笑顔は一瞬にして凍りついた。
「いくらなんでも失礼でしょ。文ちゃんだってパンツ女なんて言われるのイヤじゃない?」
「でも私、パンツ丸見えにして歩いてないし」
「歩いてなんか……い、いいえ、オホホホ」
 自分の暴発をせき止めるのにも次第に慣れてきたヒナギク。
「そうじゃなくて、ちゃんと名前で呼べばいいじゃない。先輩なんだから」
「だってややこしい名前なんだもん、この人」
「えっと、生徒会長さん……失礼ですが、お名前は?」
「桂ヒナギク」
「かつら、ひみゃ……外人の私には発音しにくい名前ですね、確かに」
 嘘つけぇえぇぇー、とヒナギクはお腹の底で木刀正宗を振り回した。ここまでさんざん流暢(りゅうちょう)な
日本語を喋りまくっておいて、いまさら外人も何もないでしょうに。
「だったら生徒会長さんって呼べばいいのよ。あるいは会長さんとか」
「……そっか、かいちょーさん! かいちょーさんで良かったんだ!」
「え、えぇ、そうね」
 ようやく立ち上がった日比野文は、嬉しそうに「かいちょーさん」「かいちょーさん」と連呼しながら
ヒナギクの手を握って振り回した。あまりのテンションの違いにヒナギクはオロオロとするばかり。
「わかりました! これからかいちょーさんって呼びます! かいちょーさん」
「え、えぇ、分かってくれて嬉しいわ、日比野さん」
「それじゃお先に失礼します、黒くてアダルティなかいちょーさん!」
「ぶっ……!!!」
 最後に爆弾を落としてから、文は楽しそうに学校へと駆け込んでいった。そして喉から湧き上がる何かを
必死で押しとどめるヒナギクの脇を、色黒のツッコミ少女がさりげなく駆け抜けていった。
「それじゃ私もお先に……あの、あまり気になさらないでください。文ちゃんはつい本当のことを言って
しまうだけなんですから」


 2人の下級生が巻き起こしていった暴風雨を、どうにかお腹の中で封じきることに成功した桂ヒナギク。
ふと顔をあげた彼女の目の前には晴れやかな朝の風景が広がっていた。鳥の鳴き声、舞い散る桜の花びら、
時計台の鐘の音、通り過ぎる生徒たちの雑踏……その全てが愛おしく穏やかに感じられる。人類はみな兄弟、
世はすべて平穏にして事もなし。かつてないほど清々しい気分に包まれたヒナギクは、朝の空気を胸いっぱいに
吸い込みながら学院への道を歩き始めたのだった。
《そうよ私は心の優しい女なの。あの竜巻に耐え抜いたんですもの、何を言われたって怖くなんかないわ》

 そう、今のヒナギクにとっては姉の浪費癖もティーカップの破損も、もはやたいした出来事ではなくなっていたのである。
 もっとも彼女自身がそれでよくても、そんな彼女を見た周囲のほうは逆にやきもきすることになるのだが…
…それはまた、別の物語になる。


Fin.

タイトル痴話喧嘩
記事No32
投稿日: 2008/03/02(Sun) 13:19
投稿者ウルー

「ねえ、歩」
「ん? どうかしたのかな、ヒナさん」

 夕暮れ時、喫茶どんぐりでのことだった。
 客もマスターもいない店の中でバイトに勤しむ――まあ、することもないので適当に雑談しているだけなのだが――二人の少女。

「それよ」
「へ?」

 ヒナギクからビッと指差され、歩は半歩仰け反った。ついでに、目の前の少女が言わんとしていることが分からず、ハテナを一つ二つ、周囲に飛ばす。

「なんだか他人行儀だわ。そろそろさん付けを卒業する時期だとは思わない?」
「ああ、そういうことですか」

 二人が知り合ったばかりの頃、歩はヒナギクの家に泊めてもらったことがある。その時に、「ヒナギクと呼んでほしい」と言われたのだが。

「そんなに嫌なんですか? さん付け」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、別にいいじゃないですか」
「むぅ……」

 不満顔のヒナギクに、歩は苦笑する。要するに、なんとなく、ということなのだろう。そんなヒナギクを歩は、なんとなく、可愛いと思った。

「しょうがないですね〜。それじゃ、こういうのはどうかな?」
「うん?」
「これから私が、ヒナさんの耳元で色んな呼び方を囁いてみますから。それで、今後のヒナさんの呼び方を決定!」
「……耳元で囁くことに意味はあるのかしら?」
「まあまあ、いいじゃないですか」

 ニコニコと、それでいて悪戯っぽく笑う歩に不審げな視線を送るヒナギクだったが。

「……まあ、いいわ。やってみましょう」

 元々の話題の発端が自分ということもあってか、結局は了承した。

「じゃあ、早速いきますよー」

 歩がヒナギクの右隣に移動する。お互い、その気になればすぐにでも相手を抱き締められるほどの距離だ。
 ヒナギクは耳にかかっている髪をかき上げ、歩はその耳に口を寄せて、

「ヒナちゃん」

 囁いた。

「……えっと……なぜ、ちゃん付け?」
「いや、なんとなく。ダメですか?」
「歩に言われると、なんだか子供扱いされてるような気がするわ」
「えー? そんなことないですよー」

 そんなやりとりの間に、歩は、ヒナギクがちょこちょこと距離を開けていることに気付いた。

「ヒナさん?」
「……いや、その。やっぱり、耳元で囁くとか、そんな必要は無いと思うのよ。普通にやればいいんじゃない? 普通に」

 ヒナギクの頬が薄っすらと赤いように見えるのは、夕陽のせいだろうか。否。例え夕陽のせいだとしても、そうではないことにしておく。

「ヒナさーん!」
「きゃっ!? ちょ、ちょっと、歩?」

 歩は小動物的な素早さで一気に距離を詰めると、両腕を伸ばして、ヒナギクが逃げられないように抱き締めた。ヒナギクの、頬の赤みが増す。

「可愛いなぁ、もう。じゃあ次行きますねー、次」
「だ、だから、ちょっと待ってってば!」

 じたばたと暴れるヒナギクだが、歩の抱擁から逃れることは叶わなかった。もっとも……ヒナギクが本気だったなら、それも簡単なはずなのだが。
 結局、この、恋敵でもある友人とのスキンシップは、ヒナギクにとっても満更ではないのだった。

「えっと、次は……そうですねー」
「…………」
「ヒナギク」

 囁かれた声は、どこか凛々しさを感じさせるものだった。というより、普段よりも男の子っぽい声、とでも言うべきか。

「どうですか? 一応、ハヤテ君の声真似なんですけど」
「あ、そうだったの。……って、な、な、なにバカなことやってるのよ!?」

 言われるまで分からないほど似ていなかったが、そう言われたことで、ヒナギクはその光景を夢想してしまった。


 大きめの、純白のベッド。そこに、ハヤテとヒナギクは並んで横になっていた。布団がかかっていて、はっきりとはしないが……お互い、何も着ていないのではないだろうか。ヒナギクはハヤテに抱きつき、ハヤテはヒナギクに、こう囁きかける。
 ――愛してるよ、ヒナギク。


「って、何よ今のはッ!? 私、そんなハレンチなこと考えないわよ!!」
「い、いきなり、どうしたのかな?」

 顔を真っ赤に染め上げて意味不明なことを叫び始めたヒナギクを、歩は心配そうに見つめる。だが、抱擁を解くことはしない。
 ここで、ヒナギクが思わぬ反撃に出た。

「ふんだ、もう西沢さんのことなんて知らないんだから!」
「え……? あ、あの、ヒナさん……?」

 ぷいっとそっぽを向くヒナギクに、これまで優位に立っていた歩が初めて動揺を見せた。

「あら、どうかしたの西沢さん」
「え、や、その……あ、歩って呼んでくれるんじゃなかったのかな……?」
「ふーんだ。そんなこと言っても、ときめいたりしないんだから。同じ手は通用しないわよ」
「な、何を言ってるのかな?」

 二人の体勢――歩がヒナギクを抱き締めている――は変わらないままだから、傍目にはイチャついているようにしか見えないのだが、歩にとっては割と深刻な問題だった。このままは良くない気がする。なんとなく。

「ヒ、ヒナさん、機嫌直してくださいよ」
「別に機嫌悪くなんかないわよ、西沢さん」
「……じゃあ、私だって桂さんって呼んじゃいますからね!?」
「え」

 何がじゃあ、なのかは歩自身よく分かってはいない。だが、涙目の歩から放たれた苦し紛れの抵抗は、それなりに効果があったようだ。

「な、なによ。西沢さんの好きにすればいいでしょ」
「……桂さんの頑固者っ!」
「う……」

 今度は、歩がぷいっとそっぽを向き、ヒナギクがオロオロし始める。

「ちょ、ちょっと、西沢さん」
「なんですか、桂さん」
「…………」
「…………」

 互いに譲らず、膠着が続くと思われた状況は、

「……悪かったわよ。ごめんね、歩」

 実にあっさりと瓦解することになった。

「……いえ、こちらこそ。ヒナさん、ごめんなさい」

 お互いに謝って、お互いに照れくさそうな笑顔を浮かべる。ヒナギクの身体を抱く歩の両腕に、ぎゅっと力が込められる。

「……こんな風に意地を張ってばかりだから、ハヤテ君にも誤解されちゃうのかなぁ」
「うーん、そうかもしれませんね。でも、ヒナさんの気持ちを知ってる身からすると、そういうの……ふふ、すごく可愛いんですけどねー」
「そ、そう?」
「そうですよ。私が男の子だったら、ヒナさんみたいな子、ソッコーで手篭めにしちゃうんじゃないかな?」
「て、手篭めって……変なこと言わないの」

 薄っすらと頬を赤らめるヒナギクが最高に可愛くて、歩は両腕に込める力をさらに強くする。

「ちょ、ちょっと。痛いわ、歩」
「やっぱり、負けられませんね」
「え?」
「あの競争ですよ」

 ヒナギクは、先日の観覧車での告白を思い出した。
 歩がハヤテを口説き落とすのが先か、ハヤテがヒナギクに告白してくるのが先かの、競争。

「ハヤテ君にヒナさんを渡すのは癪なので、これは是非とも勝たないとなー、と」
「何よそれ。目的が変わっちゃってるじゃないの」
「ふふ」

 すぐ傍にある、本気とも冗談とも取れない歩の笑顔。それを見ながらヒナギクは、なんとなく、思う。
 この子には、ずっと……もしかしたら一生、かなわないかもしれないな、と。



Fin.

タイトル白昼夢
記事No33
投稿日: 2008/03/02(Sun) 20:50
投稿者パレット
 ──ああ、またか。
 マリアに半ば叩き出される形で学校へと向かい、数日ぶりに教室の扉を開けた三千院ナギがその光景に抱いた感想は、起床時から引き継いだ沈鬱な気分を更に悪化させるものだった。よくこう何度も、と呆れながら、自分の席へと向かう。
「おはよう」
「おはよう、ナギ」
「おはようございます、お嬢さま」
 ナギの挨拶に返事をしたのは、桂ヒナギクと綾崎ハヤテの二人だ。窓際の最後尾にナギの席があり、ナギの一つ前にはヒナギクが、隣にはハヤテが座っている。今のナギにとっては、何の因果かと思ってしまう席組みだ。しかし二人にとっては、授業中に寝ているナギを起こすことができるのも含めて、都合良いことこの上ないらしい。
 そのようなほぼ隣同士である席で、いつもならば世間話に熱中しているはずの二人が、今日は静かなもので、互いに正反対の方向を向いている。改めて見ると、その様は小さな違和感を感じさせた。おや、と思いながらナギは席に着く。
「ハヤテ、ヒナギクと何かあったのか?」
 折角久しぶりに学校に出てきたというのに、こんな雰囲気の中で過ごしていてはたまったものではない。とりあえずの話を聞く対象としてナギが選んだのは、隣に座る少年だ。普段は人当たりの良い前の席の少女は、しかしこのような状況に限って、驚くほどに意固地になる。
「別に、綾崎君とは何も無いわよ」
 だから、このように割り込んでくるのも予想できたことではあった。ナギが何かを言う前に、「ええ、桂さんとは何も無いですよ」とハヤテも平坦な声で応じる。二人共に名前の呼び方が変わっていることに、やはり珍しいパターンだなとナギは軽く目を見開いた。
 この二人の喧嘩自体は見慣れたものだが、その大半はヒナギクからの一方的な折檻または言葉攻めであり、その原因はハヤテの、主に女性に対しての無自覚な行動にある。
 しかし、そのようにしてヒナギクに何度も焼餅を焼かれているうちにハヤテも成長したのか、最近はヒナギクに詰め寄られると、自身が無自覚な行動を取り、それをヒナギクが意識しているのだということを自覚するまではできるようになっていた。そのためハヤテは、ヒナギクの怒りを受けるとその理由を察して、事態が悪化しないうちに機嫌を取るといった方針を取っている。事後の反省ができるようになっただけで根本的な解決には至っていないが、それでもこれによってハヤテ及び周囲の被る被害は確実に減少した。
 しかしそれは、今の状況にそぐわない。ハヤテがヒナギクに向けるのは許しを請う視線ではなく──そもそも視線を向けてすらいない。ヒナギクももちろん同様であり、今回は焼餅などではない、実に珍しいことであるが、純粋に喧嘩をしているのだろうとナギは察していた。



 ハヤテは自分のことを好きではないと、薄々感づいていたからであろうか。ヒナギクは自分よりもあらゆる面で優れているのだから、何もおかしくないと意識していたのだろうか。
 ハヤテがヒナギクのことを好きだと知った時に感じた、納得が混ざり込んだ孤独感。その正体が何であったのか、ナギには未だに理解できていない。
 人前で泣くことは無かった。ただ、それを知った夜、マリアを寝室から追い出して一人きりでベッドに入り、枕に顔を押し付けた。暗闇に一人きりだとは意識しないようにした。それでも体は震えて、いっそう強く目を瞑った。マリアが部屋から遠ざかる足音が聞こえないと気づいていたから、声を出してしまわないようにと、ずっと歯を噛み締めていた。自分の歯がぎりぎりと嫌な音を立てるのを、ナギはその時、初めて聞いた。
 失恋という事柄に際して、自分が何がしかの行動を起こしたのは、その一夜限りのことであるとナギは記憶している。いくらか胸に残っているものはあったが、思いを抱いていた年月に比して、それはごく小さなものであるように思われた。これならきっとすべてを受け入れて、ハヤテとヒナギクにも変わらず接することができる。ナギはそう思っていた。
 何かが変わったと言うのならば、自分以外のすべてがそうだった。自分の前ではばつが悪そうにしているハヤテとヒナギク。知人に会う度に向けられる、どこか気遣うような目。自分の様子を伺うような、慎重な態度。
 不愉快で仕方ないそれらを打ち払うために、ナギは、自然な振舞いを強調した。過剰に心配する友人には冗談交じりで返し、意地の悪い笑みを浮かべて、ハヤテとヒナギクの仲をひやかした。その言動が説得力を持たなかったのは最初の頃だけだった。時の経過はすべてを薄めていき、いつしかハヤテとヒナギクも、ナギの前で、恋人同士としてあるようになった。二人の間に問題が生じた時、ナギがそれを仲裁するということにもなった。
 仲睦まじい二人を、かつては微妙な立場にいた者として、少し冷めた目で、からかいながらも見守っている。
 現在のナギの立ち位置については皆がそう思っているはずであり、そして、それはナギも同じだった。



「さて、どうしたものか」
 がたがたと机の脚が床を擦れる音を聞きながら、ナギは手に持った箒をおざなりに左右に振った。
 ハヤテとヒナギクはそれぞれが教室の反対側に陣取り、一方は机を、一方は箒を黙々と動かしている。一日が終わろうとしているのに、未だ喧嘩の原因すら知れない。それなりの時間が確保できる昼休みに話を訊こうとしていたが、授業が終わるなり二人ともが弁当を持って別々の方向へと去ってしまい、それもできていない。やれやれと溜息をついたところに、見知った顔が寄ってきた。
「いつも大変だね、ナギちゃんは」
「大変だと思うなら代わってくれ」
 半眼で睨むと、瀬川泉は苦笑を顔に貼り付ける。成り行きを面白がっている花菱美希や朝風理沙とは違い、泉はこの状況を穏便に収めたがっているのだとは、ナギも理解している。だが、二人の喧嘩に彼女が関わると何故か事態が悪化することが多く、ナギが仲裁することが問題を解決するに最も近い道であると経験則で知れた現在となっては、泉はいち傍観者に納まっていた。
「それは無理だけど……喧嘩の原因を教えてあげるくらいはできるかなって」
「え、知ってるのか?」
「うん、えっとね……」
「犬と猫」
 重大発表といった面持ちで手を握った泉に、冷めた声が割り込んだ。
 ナギが声の聞こえた方向を見ると、花菱美希が気だるそうに箒に体重を預けているのが目に入る。
「君は、犬と猫のどっちが好きだ?」
「ん? 私か?」
 美希の目が自分を向いていると気づいたナギは、自分の飼っているペットを一瞬思い浮かべて、
「猫だな」
 それを受けて美希は、「そうか」と一言、ヒナギクに目を移す。遮られた形の泉が何かを言いたそうにしているが、実際のところは彼女自身がそのような冷たい扱いを望んでいるという認識が、ナギたちの間では一般的だ。
「君はヒナと同じだな」
 ん、とナギは小さく呻く。美希は箒に添えていた右手をすっと上げて、ハヤテを指差した。
「ちなみにハヤ太君は、犬が好きだそうだ」
「……まさか」
 そんなくだらないことで、と言い掛けてナギは止める。二人がそんなくだらないことで喧嘩するような人間なのかどうか、ナギはよく知っていた。
「今日の朝、君が来る前に、どっちがいいかって仲良く言い争ってたよ」
 予想外にして予想内のオチに、ナギは、今日何度目かの溜息をついた。
「……まあ、そんなくだらない理由なら、ちょっと遊んでもいいか」
 しかし、肩を落とすのは一瞬。真っ当な喧嘩という、滅多にない事態に対して慎重になっていたナギは、だから、その鬱憤晴らしも込めた解決方法を模索することにした。ふふふ、と笑いを浮かべるナギを、美希は面白げに、泉はごくりと唾を飲み込んで見つめている。
 程なくして、一つ、それを思いつく。
 普段なら、いくつかの案を出して、その中で最も自分が楽しめそうなものを選ぶことにしている。だが、今回思いついた、今日の二人の振る舞いにヒントを受けたそれに、ナギは、得も言われぬ魅力を感じていた。
 他の方法を検討することもしない。理由もわからないままに、それをしようという決定だけがナギの中にあった。夢うつつにあるようなふらふらとした足取りでハヤテの元まで辿りつき、その腕を抱いた。両手の中の腕を通して、ハヤテの狼狽が伝わってくる。「お、お嬢さま!?」と慌てる声を、ナギは聞いていなかった。
「なあ、ハヤテ」
 恋人と二人きりであるかのような、甘い声。こんな声が自分に出せたのか、とどこか冷静に思う気持ちがこみ上げてきて、そしてナギは、不意に夢から覚めた。
 どうしてこんなことをしているのだろう。疑問に思うと同時に、周囲の状況がやっと理解できてくる。
 軽く目を見開いている美希。わあ、と口に両手を当てている泉。あんぐりと口を開けてこちらを見つめているヒナギク。そしてすぐ傍にいるハヤテの視線は、不可解な行動に出た自分の方を向いているようでありながら、ちらちらとヒナギクを気にしていて──ナギは、自分の頭がすうと冷えるのを自覚した。
 どうしてこんなことをしているのか──ハヤテとヒナギクが仲直りするきっかけを作ろうとしているのに、決まっていた。
「いや、ちょっと思いついたことがあってな」
「な……何ですか?」
 頬を引きつらせるハヤテ。ナギは、にいと唇の端を吊り上げる。
「今日はハヤテ、ヒナギクのことを『桂さん』と呼んでいただろう? それで思いついたんだが、ハヤテは私を『お嬢さま』以外の言い方で読んだことは無かった気がするんだ。理由はわからないが、ハヤテは今、他の人を普段とは違う呼び方で呼んでみたい気分なんだろう? いや、隠さなくていいぞ、そうに違いない。及ばずながら私も協力しよう。特別にしばらくの間、私を『ナギ』と呼ぶことを許可しよう。そら、呼んでみろ」
 ナギが一息に言い終えると、教室の中を沈黙が支配した。
 誰もが呆気に取られている気配。その中でナギは、こほんと一つ咳をする。
「どうした、早く呼んでみろ」
「え、あ……ナ、ナギ……お嬢さま?」
 おそらくは反射で答え、慌てて『お嬢さま』を付け足したのであろうハヤテに、ナギは、くすりと笑う。
「違う違う、『ナギ』だ。『お嬢さま』はいらない」
「えっと……ナ、『ナギ』……」
「ほら、もっと愛を込めて」
 泉と美希の噛み殺した笑い声が聞こえてきたあたりで、ナギは、背後に人の立つ気配を感じた。ハヤテが、あ、とそちらに目を向ける。振り返るまでもない。桂ヒナギクがそこにいる。
 所在なさげに俯くハヤテ。自身の──自身が現在受けている行動に照らし合わせて、ヒナギクの怒りを呼び覚ましてしまったのだと思っているのだろう。そんなハヤテの心情を推し量りながら、ナギはちらとヒナギクに顔を向ける。ヒナギクが怒りに身を任せているのではないことは、その目を見る前からわかっていた。
 苛立っているような、申し訳なく思っているような。ヒナギクは、自分がどうしてこんなことをしているのか承知していて、だからおそらくその両方なのだろうと思いながら、ナギはくつくつと笑い、視線でハヤテを指す。ヒナギクはそれを、たしかに汲み取った。
「ねえ」
「あ、う、……ごごごごめんなさいすみません、ヒ……桂、さん……」
「ヒナギクと呼びなさい」
「……へ?」
「いいからヒナギクと呼びなさい、ハヤテ君」
 人前でこんなことをする羞恥からだろうか、ヒナギクの顔は赤く、体も小刻みに震えている。ハヤテが「あ……」と呟き、「ヒナギクさん」と呼ぶに当たって、泉と美希の笑い声が響いた。
「なーんだ、もう終わりか」
 ナギはハヤテの手を離し、その傍を離れて自分の席まで行くと、鞄を手に掴む。そのまま教室の扉まで歩きながら、
「それじゃあ私は帰るからな。ハヤテ、掃除は任せたぞ」
「あ、お嬢……」
 ハヤテがかけた声が途切れる。その理由を理解して、ナギは、ハヤテがもう一度呼びかけてくる前に、振り返り、素知らぬ顔で言い放つ。
「いつもと違う呼び方をする期間はもう終わったんだろう? 私のことはこれからも『お嬢さま』でいいよ」
 呆気に取られるハヤテを残して、ナギは教室を後にした。



 教室を出たナギが向かったのは、白皇学園の敷地内にある森の中だった。
 ベンチに腰掛けて、木々の合間の空を見上げる。学園の敷地の外には、SPが車を用意して待っている。一人きりになるこの時間を、今日はどうしてか、ゆっくりと過ごしたかった。
 ──そういえば、名前で呼んでもらったことは無かったんだよな。
 綾崎ハヤテと共に過ごした、それほど短くはない時間。思い返してみても、そこに、彼が自分を『ナギ』と呼んだ記憶は無い。もしかしたら一度くらいは、と考えても、思い出されるのは、自分のことではない。『ヒナギクさん』『マリアさん』『西沢さん』『咲夜さん』『伊澄さん』──『お嬢さま』。
 あの頃に呼んでもらっていたら、どう思っていたのだろう。
 少しだけ見た、夢。ハヤテは、ヒナギクにしたように、自分のことを名前で呼んでくれている。そういう関係になっている。ヒナギクに対しては『桂さん』がそうであるように、『お嬢さま』は、意地を張って使う呼び名になっていたのだろうか。自分も意地を張って、ハヤテを何か別の呼び名で──そこまで思って、自分がそれ以外の名で彼を呼んだことが無いのだと気づいて、ナギは、一度だけ目を擦った。

タイトル第4回批評チャット会ログ
記事No34
投稿日: 2008/03/03(Mon) 02:04
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
3/2(日曜)に開催された、批評チャット会のログを公開します。
前回以上に熱い議論が交わされ盛り上がったのはいいのですが、4時間半あまりもかかるというチャット会長期化の問題が浮かび上がりました。
 これは何とかしないと。(← copyright by 貴嶋サキ)

http://soukensi.net/odai/chat/chatlog04.htm