タイトル | : 嘘と奇跡と優しさと |
記事No | : 126 |
投稿日 | : 2008/12/12(Fri) 23:58 |
投稿者 | : 黒獅子 |
今回も投稿させていただきます。 ちょっとルールと抵触していないか不安ですが。 それではどうぞ。
ギン! ガッ! ギィイン! ロイヤルガーデンの巨大なホールに、剣を打ち合う音が響き渡る。 打ち合う二人の一方は、金色の髪を美しくはためかせながら華麗に舞う少女、そしてもう一方はその少女の剣捌きに必至で喰らい付く水色の髪をした執事服の少年。 「さあ、ドンドン速度を上げますわよ。 しっかり付いてきなさい、ハヤテ 」 「う、うわわわ! 」 宣言どおりに鋭くなるアテネの剣に、情けない声を上げながらハヤテはたじろぐ。 その間にも容赦なく剣速は増して行き、防戦一方となっていく。 いつものように剣が弾き飛ばされ、稽古が終わるのも時間の問題。 (さて、そろそろ頃合ですわね) 最後の一撃を決めようと、剣を大きく振りかぶる。 「っ、今だ! 」 「えっ!? 」 予想だにしないハヤテの反撃。 完全に狙い済ましたその一撃にアテネは対応しきれず、いつもとは逆に剣を弾き飛ばされ、鈍い金属音とともに床へと落ちる。 「やった! やったよアーたん! 」 初めて取った一本。 それが今まで自分を鍛えてくれていた相手からである以上、その喜びもまたひとしおである。 「ハヤテ、あなた…… 」 「えへへへ、アーたんが最後の一撃は振りが大きくなってスキができやすいから狙ってみたんだ 」 作戦通りの結果に、得意満面のハヤテ。 少し前までは事あるごとに泣きじゃくっていた姿はどこにもなかった。 「そう、たいしたものね 」 その著しい成長に顔をほころばせる。 だが、それと同時に彼女の中に言い知れぬ不安が走った。 成長した、つまりそれは彼が“変わった”というこの事実に。 「アーたん、どうしたの? 」 自分の心中が表情に出ていたのか、ハヤテが不安そうに尋ねる。 その声に我を取り戻し、何とか平静を装うとする。 「いえ、何でもありませんわ。 今日はこれまでとしましょう。 私は少し風に当たってきますから、食事の支度をお願い 」 この感情を悟られるわけにはいかない。 そういい残すと、足早にバルコニーへと向かっていった。
「はぁ……、はぁ…… 」 ハヤテの視界から外れたと判断すると、すぐさま駆け足となった。 そのため、目的の場所に到着した頃にはすっかりと息が上がっていた。 それはあたかも自分の思い描いた想像から逃げ出すように。 変わっていくハヤテ、変わることのできない自分。 その二人のどうしようもない違いに気づいてしまったから。 (ハヤテは私と違って城の外に出ることができる。 そう、彼は本来ならここに居るべきではない。 彼には帰るべき場所がある。 だから…… ) 漠然としたものであっても、一度現れたその不安は簡単には消えてくれない。 『僕とアーたんは……ずっと一緒だ 』 彼は確かにそういった。 しかし、それは本当に果たされるものか? 彼は強くなり“変わった” ならばその胸の内にある思いも“変わる”時が来るのではないか? もしそうなれば、自分はそのとき耐えることができるのだろうか。 この永遠と呼べるほどにふさわしい時の中、孤独に生きることを強いられた自分に。 誰かと過ごすことの喜びを知ってしまった自分に。 考えれば考えるほど、その思考は悪い方へと傾いていく。 「こんなことなら、出会わない方がよかったというの?…… 」 思わず口から出た言葉は、あまりにも残酷な結論を紡ぎだす。 そんな自分に、想像する結末に、嫌悪と恐れが止まらない。 だから気づかなかった。 この城のもう一人の住人が、自分の執事である永遠を誓った相手が、そんな姿を見て何かを決意したことに。
「ハヤテー、ハヤテー、どこに居るのですかー? 」 それから数日、アテネの中でその不安が消えることはなかった。 いや、むしろ大きくなっているといっていい。 原因はハヤテの行動である。 「ご、ごめんアーたん。 遠くに居たから中々聞こえなくって 」 あの日からというもの、一人で動き回ることが格段に増えていた。 そのため用事があって呼びつけようにも、探し出すのに一苦労しなければならない。 「全く、主である私を差し置いてこそこそ何をやっているというの? 」 「べ、別にそんなんじゃないよ。 ちょっと城の中を探検してただけだよ。 まだ、何処に何があるか全部分かったわけじゃないし 」 もうここに来て随分と日も経ち、一通りの案内は自分がしたのだから本来ならばもうそんなことをする必要はないはず。 目的が別にあることは明白であった。 しかし…… 「そう、ならかまいませんわ。 それではお風呂を沸かしておいて頂戴 」 「え……う、うん 」 特に追求することもなく用事をいいつける。 ハヤテは不思議に思いながらも風呂場へと向かっていく。 それは聞かなかったのではない、聞けなかったのだ。 下手に問い詰めて話がこじれてしまうことを怖れてしまったために。 ハヤテに嫌われてしまうのではないかと思ったために。 (何をやっているのかしら、私は。 本当なら、主の威厳というものを示さなければいけないというのに ) そのギクシャクした状態はその後も続き、そして事件が起こった……
「ハヤテー、ハヤテー 」 その日も返事は中々返ってこない。 彼を待つ時間が長ければ長くなるほど、アテネの中では不安が膨らんでいく。 そしていつにも増して返ってこない返事は、彼女があらぬ想像をするには十分な材料であった。 (まさか、本当に…… いや、そんなこと! ) 考えが頭の中をよぎったその瞬間、無意識のうちに足は駆け出していた。 『もう親の元に帰りたくなったから? 』『自分があんな態度をとってしまったから? 』 結論の出ない思考のループに苛まれながら、その小さなからから搾り出すように執事である少年の名を叫ぶ。 かつて彼がそうしたように、この城から世界中に聞こえるように。 だが、幼い少女が一人の人間を探すにはこの城はあまりにも大きい。 息が切れ、声は枯れ、精根尽き果てようとしたそのときだった。 普段使うはずのない近くの厨房から大きな爆発音が聞こえたのは。 「ハヤテ! ここに居たの!? 」 「わわ! アーたん!? 」 想像以上に駆けつけるのが早かったためであろう。 ハヤテはかなり驚いている。 しかし、それはアテネも同じこと。 今まで必至で探したその少年は、服にこげあとがいくつか残っているのは理解できても、クリームまみれになっていたのだから。 「あ、あなたいったい何をしていたというの? 」 「えっと、その…… ケーキを作ろうと思っていろいろやってたら、オーブンが爆発しちゃって 」 申し訳なさそうに答えるその姿の周りを見渡すと、今までの失敗作だろうか、歪な形に仕上がったスポンジの山に生クリームがデコレーションされた“ケーキもどき”ともいえるものの山が目に撮れた。 どうやら、今まで一人で何度も作っていたのだろう。 「ケ、ケーキ? どうしてそんなものを急に? 」 「だって今日はクリスマスでしょ? だからケーキを作ってお祝いしようと思って 」 「クリスマス? 」 よもや、この城の中でそんな言葉を耳にするとは思わなかった。 「そうだよ。だって僕がこの城に来てから数えたら今日がその日になるはずだもん 」 “嘘だ” 瞬時に気づいた。 ハヤテが几帳面に日にちを数えているところなど見たことがない。 それでなくても、まともな時間感覚などこの城の中でつかめるはずがないのだ。 しかし、それを追求しても仕方ない。 アテネは話をあわせて質問をすることにした。 「そう、でもどうして急にそんなことをしようと思いましたの? 別に二人で作ってもいいことですし 」 「だって、アーたん最近元気ないみたいだったから。 何か楽しんでもらえないかなと思って…… 」 「私が…… 私の為に?…… 」 「そうだよ。だって、僕はアーたんにはずっと笑ってて欲しいから 」 屈託のない笑顔で答えるハヤテの姿にアテネは心のわだかまりがと晴れていくのを感じる。 いったい自分何を心配していたというのだろう。 不安の根源であったその少年は、自分のことをこんなにも考えてくれているというのに。 あのときの彼の誓いの言葉が、偽りのない本心であることは分かりきっているというのに。 (そう、誰にも分からない、分かるはずのないそんなことで悩むのは無駄ですわ。 だって、今この時を楽しめなくなるということはとても愚かなことですもの ) だから、彼女は行動に移した。 今を楽しむため、彼が最も望むことを。 「ア、アーたん? 」 視界に留まった出来損ないのケーキ。 その一つを指先ですくって口に含み、一言。 「見た目はともかく、味は悪くありませんわ。 メリークリスマス、ハヤテ 」 極上の笑顔というクリスマスプレゼントを沿えて。 「ありがとう。 メリークリスマス、アーたん 」 そして、暖かな空気が二人を包み込んだそのとき、奇跡は起こる。 先に気づいたのは、ハヤテの方であった。 「あ、アーたん。雪だよ、雪が降ってるよ! 」 「え? そ、そんなはずは…… 」 ありえないはずだ。 この城で季節を感じることが起こるなど、今まで一度もなかったのだから。 しかし、たしかにハヤテの視界の先である窓の外を見れば“それ”は確かに降り注いでいる。 「うわー! すごいね! ホワイトクリスマスだよ、アーたん! 僕こんなの初めてだよ! 」 ただでさえ雪を見れば心は躍る。 それがこんな狙い済ましたタイミングであれば尚のこと。 「ねえ、アーたん。 庭に出ようよ! こんな凄いことちゃんと見ないと損だよ! 」 「え? ちょ、ちょっとハヤテ!? 」 相手の承諾を得ることもなく強引に手を引き、二人は枯れることのない花が咲き誇る庭へと向かう。 そこに映し出された光景は、降り積もっていく雪に間違いない。 (いったいどうして。こんなことは今まで一度も ) それは、その城に住むという神の気まぐれか。 だとすれば、なんとも見事な演出か。 ならば、これに酔いしれるのも一興というもの。 だから、もう一度あの言葉を聞こう。 この今を確かにするため。 「ハヤテ…… わたしとあなたは……ずっと一緒よ 」 「うん。 僕とアーたんは……ずっと一緒だ 」 今はこの言葉を信じ、この黄金に輝く日々をともに過ごそう。 たとえ二人を分かつ日が、この先に待ち構えているのだとしても……
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