ぴたテン SideStory
キュートな天使の作り方
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本作品は、2002年12月〜2003年2月に当サイトにて連載していた『キュートな会社の作り方』の続編です。ぴたテン本編とは設定およびキャラクターの役割が異なっていますので、ご注意ください。
【1】 2004.12.08
若葉の芽吹く春が過ぎ。
慌ただしくも熱く激しい夏が過ぎ。
日暮れの早さが身にしみる秋が過ぎ。
そして、いま。
ひたすら耐え忍ぶしかない冬の真っ只中に、彼らはいた。
「お疲れさん。じゃそれ、よろしく頼むね」
「お任せください。ありがとうございました」
いかにも投げやりな口調で背を向ける若店長に元気よく別れの挨拶をして。頭を上げた綾小路天は、傍らのコンテナに目をやって小さな溜め息をついた。
返品された、コタロー君人形。
かつて、てひひ商事の屋台骨を支えていた人気商品が、今では不良在庫の山として彼のもとに帰ってきていた。
数年前まで、コタロー君人形は人気グッズとして根強い売り上げを誇っていた。宣伝もない、量産もされない、ひたすらに美紗社長の思い入れのこもった愛らしい少年の人形。不思議な魅力を備えたその人形は全国区に名を知られることはなくとも、わずか5人の小さな商事会社の主力商品としては余りある収益を毎月届けてくれていた。
しかし、ハートフルコメディー『ぴたテン』の発売がその流れを変えた。コタロー君はその主人公として一躍全国に名を知られることになり、人形の売り上げは2桁以上も上昇し……そして『ぴたテン』の連載終了につれて売り上げは下降線に転じたのである。今では最盛期の1%を下回り、連載前の水準すら割り込んでしまっている。
《連載化を思いついた湖太郎が悪いんじゃない。俺や部長が、調子に乗って販路を拡大したから……》
コミックやアニメに展開されたことによってコタロー君人形はブームに乗った。しかしそれは息の長い商品であることをやめ、大量消費財のひとつとしての立場に身をおくことでもあった。熱狂は、いつかは醒める。人形自体には何の違いもないのに、“古い”という価値判断が客足を止めてしまう。それは幾多のヒット商品が辿ってきた非情な道でもあった。
ブームに乗った1年間の総売り上げは、それ以前の10年分にも匹敵する。しかしそれがなんになろう。てひひ商事には次から次へとヒット作を生み出す体力などなかったし……それに精魂込めたコタロー君人形が客から見放されていく現実は、社長の美紗にとってはあまりにも辛すぎる。てひひ商事のムードは次第次第に暗く沈んでしまった。一時は波に乗って社員や支店を増やした商事会社も、いつのまにか残っているのは設立当初の5人だけになってしまっていた。
《このままじゃ、いけない》
危機感はてひひ商事だけのものではなかった。○ャラ○シー○ンジェルのようにキャラを増やして延命を図ってはどうか。休載しても絵柄が変わってもストーリー展開が変わってしまってもいいから、とにかく最終回を先延ばししてはどうか。商魂たくましい販売店の一部からは、そんな声すら挙がった。『ぴたテン』はてひひ商事の私有物ではない、との強硬意見すら天たちの耳には届いていた。
しかし美紗社長のこだわりがその全てを封殺した。日頃は仕事に厳しい副社長の早紗も、このときは妹のこだわりを擁護した。『ぴたテン』は湖太郎が普通の少年に戻る形で完結し、連載していた雑誌のラインナップから綺麗さっぱり姿を消した。その後その雑誌の発行部数が下降線を辿っても、ベテラン作家陣が姿を消して目玉作品に乏しい状況が続いても、『ぴたテン』の続編が紙面を飾ることはなかった。
営業部員だった綾小路天には、会社の上層部の気持ちが理解できなかった。ファンが望んでるんだから連載を続ければいいじゃない、という程度の考えしか当時は持っていなかった。だが……今になって振り返ってみると、終盤の展開が延命のためのエピソードを挟みにくいものだったことだけは認めざるを得ない。“美紗と湖太郎”の物語は既に完結してしまっていた。“紫亜”の物語も小説版の作者の手によって語りつくされてしまった。せっかく意味深な終焉を迎えた作品について、いまさら後日談などを付け加えるのは野暮というものだろう。そのほかの登場人物、“天”や“小星”たちも平凡な日常に戻ったこと自体に味があるのであって、いまさら別の作品に登場させては前作ファンからの非難を招きかねない。
「……引きずってるのは、オレも同じか……」
返品を車に積み終えた綾小路天は寂しげに自嘲した。立場こそ違え、会社のメンバーたちが実名で登場する作品に思い入れがなかったといえば嘘になる。順風のときはそれが勇気の源にもなっただろう。しかし作品が完結した今となっては、かつての思い入れは重い足かせに転じてしまった。
『ぴたテン』に代わる新たなヒット作の企画案を出したのも1度や2度ではない。しかし指摘されて見直してみると、綾小路天の出す案はいずれも前作の紛い物と言われても仕方のない代物であった。なまじ設定や雰囲気が似ているだけに、それらの案は美紗社長の激しい拒絶に遭うことになる。しかし社長とて対案があるわけではないのだ。
《いくら考えても、登場キャラたちが“美紗”や“湖太郎”に似てしまう……いっそ彼ら抜きで話を……そのためには学校を舞台にするのをやめて……》
ハンドルを握りながらあれこれと思案する綾小路天。そんな彼の視界に、どこからか落ちてきた白いテルテル坊主が突然飛び込んできて、フロントガラスに跳ね返って落ちた。そのとき彼の脳裏に天啓がひらめいた。
「あっ……?!」
綾小路天は路肩に車を止めると、急いで頭の中を整理した。そして浮かんだアイデアに実績も勝算もあることを確かめると、さっそく得意先の販売店に向かうべくハンドルを切った。現在の客層をリサーチして、新企画が受け入れられる確信を得るために。
その夜。てひひ商事の事務所であり食堂であり会議場でもあるマンションの一室に、白い布と黒い文字で作られた堂々たる垂れ幕が掛けられた。成長著しい営業部員からの新提案に、てひひ商事の中核メンバーたちは……ただ1人を除いて……諸手を挙げて賛成した。
まじかる・さっちゅん制作委員会
【02】 2004.12.18
「美少年、あんた何考えてんのよ! そんなのが売れる訳ないでしょ、アタシは絶対反対よっ!」
強硬に反対しているのは、てひひ商事の副社長にして敏腕営業部長の早紗。だが珍しいことに、今回ばかりは彼女は少数派のようだった。
「そう言い切れるものでもないですよ、魔法少女ものってのは昔からあるテーマなんですから。潜在的な客層は大きいと思います」
と主張するのは、提案者にして営業部員である綾小路天。
「早紗さんなら可愛いから、人気が出ると思いますよ、きっと」
と微笑むのは、黒髪の社長秘書にして社員たちのお料理担当の紫亜。
「そういえば“早紗”って、ぴたテンでは裏方の役割ばっかりで意外と出番少なかったですからね。たしか“早紗”の関連グッズとかも作らなかったし……」
と記憶をたどるのは、営業部員にして前作『ぴたテン』の隠れ原作者である樋口湖太郎。
「そうっスね、さっちゅん差し置いて私ばっかり目立っちゃって、申し訳なかったっス。ここは張り切って、ご恩返しをしなくちゃっス」
と張り切って両腕を突き上げるのは、てひひ商事の社長にして早紗の妹の美紗。
飛躍的な急成長を遂げゲーム業界の風雲児と呼ばれたてひひ商事の、これが構成メンバーの全てであった。イノセントな美紗社長の醸し出す雰囲気に染まりきって、売り上げ転落のさなかにあっても沈む船から逃げ損ねた5人だとも言えなくもない。この場において理性的かつ総合的な判断ができるのは早紗ただ1人。普段ならば彼女の意見が即会社の方針となるのだが……今回はどうやら、そう簡単に行きそうもなかった。
「みんな頭を冷やしなさい! ぴたテンは終わったの、もう終わっちゃったの! あんだけアニメやラジオドラマに出といて、まだ未練があるわけ?」
「だから、今度はさっちゅんの番っスよ♪」
「アタシはいいんだってば!」
あくまで無邪気に笑顔を浮かべる妹と、顔を真っ赤にしながら反論する姉。世間知らずと苦労性がここまで極端に片寄った姉妹も珍しい。
「あのぉ部長、別にぴたテンの続編じゃないですから、これ。ヒロインがあの“早紗”だってことは分かる人にだけ分かればいいことで、基本的に前作を知らない人でも楽しめる話にしようと思います。その方がお客さん増えるし」
「まぁ、それじゃプリティサミーやリリカルなのは路線ですね?」
「安易過ぎるでしょうか……」
「いえ、早紗さんのイメージにぴったりです! とっても楽しそうで♪」
「でしょ、でしょ?」
「あ、あんたたちは……」
あの純朴だった美少年と大和撫子な美少女が、オタクアニメの話題で盛り上がっている。楽しそうに意気投合する綾小路天と紫亜を、早紗は恨みがましい視線で睨みつけた。みんなしてオタクな趣味に染まることないじゃない、そりゃ教え込んだのはアタシだけどさ……なまじ紫亜とくっつけて美少年の居場所を作ってあげたお陰で、常識のタガが外れちゃったのかも知れないけど。
「とにかくダメ、何が何でもボツ! もっとましなの考えてきなさい」
「駄目、かなぁ……」
「私は良いアイデアだと思いますけど」
「ですよね。確かに過去にも他所でやられてたパターンだけど、繰り返されるってことは人気があるってことだろうし」
「そうっス。全然オッケーっス。さっちゅん結構お節介焼きだから、きっと楽しくて幸せなお話になるっス」
営業部長からの拒絶命令は、あっさりと脳天気カルテットに跳ね返された。数的劣勢、歴代ヒット作の傾向、そしてヒット作を渇望している社内事情、すべてが早紗にとっての逆風として作用している。しかし諦めて流されるわけには行かない。
「だ……だからぁ、調子に乗るんじゃないっての! アタシが売れないって言ってんのよ、アタシがいままで間違ったことある?」
「でも、いままで沢山の案をボツにしてきて今に至るわけですし、代案があるわけでもないし。だったら、ひとつくらい試してみても……」
「不思議少年、口答えなんて10年早いっ!」
「……もし売れなくっても、それは仕方ないっス」
ぽつりと漏らした美紗社長のとんでもない発言。口論していた早紗と湖太郎はそれを耳にして、経営者らしからぬ言葉に全身を凍らせた。昔を懐かしむように、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ美紗。
「もともと、お金儲けしたくて会社を始めたんじゃないっス。コタロー君やみんなが大好きで、他の人たちにも幸せを分けてあげたくって……」
「……美紗さん……」
「テンちゃんのお陰で、久しぶりにみんなが一緒に頑張ろうって気持ちになれたっス。私、この企画つぶしたくないっス。またみんなで楽しく働きたいっス」
「やりましょう、美紗さん!」
「社長……オレ、頑張ります!」
「そうですね、また、みんなで……はい」
涙ぐむ美紗社長を勇気づけるように、彼女を囲みながら決意の言葉を述べる湖太郎、天、紫亜。そんな彼らの蚊帳の外に置かれた早紗は暗くうつむきながらその場に立ち尽くしていた。そして美紗たちの興奮が収まったころに、冥府から沸き上がるような低い声でボソボソとつぶやいた。
「……アタシはどうでもいいわけ?……あんたのいう“みんな”ってのに、アタシは要らないってわけ?……」
「そんなこと言ってないっスよ。もちろんさっちゅんだって一緒に……」
「ふざけないでよ!」
早紗は目を腫らしながら大声を上げた。社員の3人はもちろん妹の美紗でさえも、こんな感情的な早紗を見るのは生まれて初めてだった。
……次回へ続く。
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