Kiss×sis  SideStory  RSS2.0

初出 2010年04月01日/再公開 2010年11月29日
written by 双剣士 (WebSite)
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「ねぇ美春、まだ住之江くんに告白しないの?」
「……うぐっ!!」
 お昼休みの昼食タイム。クラスメートと席を寄せ合ってお昼を食べていた玉秀高1年2組・三国美春は、前振りなしで投げ込まれた友人からの質問に思わず喉を詰まらせた。
「ちょっ、いきなり何を言い出すのよ?!」
「いまさら隠しても無駄だって。授業中のあんたが住之江くんの方をじっと見つめてること、私たちにはバレバレなんだから」
「そ、そんなんじゃないったら!」
 クラスメートの誰と誰がくっついたの離れたのという種の話題は、花の女子高生にとって定番中の定番と言っていい。違う違うと口先だけで否定しようが別の話題を振ろうが、そう簡単に振り払えるはずはないのだった。まして指摘された当人が顔を赤くしているようでは説得力など皆無。
「いまさら恥ずかしがらなくてもいいわよ。アタシたちの中じゃあんたたち2人、事実上の公認だから」
「なんでそうなるのよ? ただ席がすぐ前ってだけじゃない」
「いーや、あの視線はオンナの視線だったね、どう見たって」
「なっ……なによ、それ?!」
 うんうんと頷き合うクラスメートたちに囲まれて三国美春は防戦一方。だが有効な反撃など出来るはずもなかった。美春が住之江圭太に向けている感情は、クラスメートと恋人とを結ぶ数直線の上には決して載らない類のものだったのだから。
「それにしても物好きよね。美春だったら彼氏なんて選り取り見取りのはずなのに、よりによって住之江くんとは」
「実のお姉さんと休み時間のたびに不埒な関係に及ぶエロエロ大魔王でしょ、彼って?」
「こないだはお姉さんと2人で風紀委員室に閉じこもって、なかなか出てこなかったって聞いたわよ? なかで何をしてたんだか」
「あ、あたしは住之江くんが女子トイレに入っていくの見た!」
「桐生先生も要注意人物だって言ってたしね。赴任したての先生にそう言わせるって相当じゃない?」
 ……だが口さがない女子たちに同調して悪しざまに非難できるほど、美春は彼のことを嫌っているわけでもない。
「そ、そうじゃないったら! 住之江くんは、その、好きで自分からそうしてるわけじゃないし……お姉さんたちがアレだから、そりゃガードの甘すぎるところはあるけど」
「あー、ごめんごめん。美春としては聞き捨てならないわよね、彼氏の悪口なんて」
「か、彼氏なんかじゃないったら!!」


 そう……実際のところ傍からどう見えようとも、三国美春が住之江圭太に向けている視線は断じて恋慕などではなかった。美春自身に言わせれば、それは8割の恐怖心と2割の後ろめたさ……そしてちょっぴり背徳感の混じった感情と言える。
《だって……住之江くんには恥ずかしい所いっぱい見られてるんだもん。誰と何をしゃべってるか、どうしたって気になっちゃうわよ》
 出会ったその日は全身で抱きしめられ、中学の卒業式の日には体育倉庫での2度目の抱擁、そして高校に入った直後の生活指導室のロッカーとその帰り道……奥手な美春にとっての『恥ずかしい出来事』は住之江圭太と出会った日から始まり、現在までほぼ全てが彼との関係で埋め尽くされていると言っても過言でない。それに状況に流されたとはいえ体育倉庫では自分からそう望んだこともあったし……そんな少年と毎日顔を合わせているのだ、意識するなと言うほうが無理であろう。
「はぁ……」
 昼食を終えた美春は顔と頭を冷やすために、女子トイレに閉じこもって溜め息をついていた。あのままクラスにいたら女子全員からあることないこと吹き込まれてしまうし、かといって真実を話すことなんて絶対できない。口下手な美春にとっては逃げ出す以外の選択肢はなかったのだ。
《なんだか、住之江くんやお姉さんたちと付き合うようになってから不幸の連続だわ。私はただ平和に暮らしたいだけなのに》
 ただ全ての責任が圭太にあるかと言うとそうでもない。美春の知る限り、住之江圭太という少年は女の子とのスキンシップに抵抗がなさすぎる面はあるものの、基本的には良い人なのだ。自分との秘め事を面白おかしく吹聴するようなタイプではないし、それを盾にして自分を脅したり付きまとったりもしない。恥ずかしい思い出など無かったかのように飄々と日々を過ごしていて、免疫のない自分ばかりがやきもきしている状況。おかげで破滅的事態からは免れているのだが、逆に言えばいつまでたっても終わりが来ないとも言える。
《いっそ彼が口を滑らせてくれれば、先生にも訴えられるし私だって嫌いになれるのに》
 そう夢想しないこともないではない。もしもそうなったら……ゾクゾク震える自分の背中を美春は両腕で抱きしめた。そうなったら自分は学校に顔を出せなくなるだろう。圭太には停学なり退学の処分が下され、圭太の姉たちや桐生先生も彼に愛想を尽かすに違いない。全てを失った圭太はトボトボと美春の家を訪れ、すべての元凶である彼女に溜まりに溜まった恨みをぶつけて来るかもしれない。心身ともに傷ついてしまった自分はそんな彼に抵抗できず……。
「あっ……あぁあっ!!!」
 高校の女子トイレの一室で、三国美春は甘い背徳感に全身を震わせたのであった。


《……最低》
 深くて暗い自己嫌悪に陥った美春は、女子トイレから教室までの道をぼんやりしながら1人で歩いていた。悪い人じゃないと分かってる圭太のことを疑うなんて彼に申し訳ないし、そうなったときを想像するのがすっかり癖になってしまってる自分が本当に情けない。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
《このままじゃいけない……住之江くんと親しくするのは、やっぱりこれっきりにしよう》
 このままじゃ自分はダメになる。胸の痛みを感じながら美春は哀しい決意を決めた。住之江くんは何も悪くないんだけど、また同じことばかりが繰り返す日常に戻るのは寂しいけど……教室へと歩きながら、寂しい気持ちを封じ込めた木枠に1本ずつ釘を打ち付けていた、その刹那。
「お〜い三国、ちょっと話が……」
「……え、住之江くん?!」
 物思いにふけっていたところに声をかけられ、ふと顔を上げる美春。そこには縁切りしようと決意したばかりの相手の姿があった。驚きと後ろめたさで思わず足を止めた美春の方に少年はズンズンと近づいてくる。心の準備など出来てなかった美春は両手を胸元に当てながら立ちすくんだ。
「な、なに?」
「あのさ……」
 言葉を濁したままじりじりと距離を詰められて、思わず後じさりしてしまう。美春の背中を冷たい汗が伝った。これって何、住之江くんはどういうつもりなの?……そう首をかしげた時、ふとトイレでの妄想が頭をよぎった。
《もしも住之江くんが暴力に訴えてきたりしたら》
 ドキドキと高鳴る胸。ブルブル震える手。呼びとめておきながら用件を言わず一歩一歩近づいてくる彼のことが怖くて怖くて仕方ない。お願い来ないで住之江くん、と身体が悲鳴を上げている。もう私の気持ちなんてお見通しだって言うの、別れたいだなんて言っても許さないって?……そんな不穏な感情がどんどん膨らんでくる。少年との距離が2メートルまで縮まったところで美春の不安はついに爆発した。
「い、いやぁ……来ないでぇっ!!」
「あ、三国っ!!」


「来ないで、お願い許してっ!!」
「お、おい待てよっ!!」
 こうして生徒たちであふれかえる昼休みの校舎において、美春と圭太の追いかけっこが始まった。えも知れぬ不安と恐怖に背中を押されてやみくもに逃げ出し駆けまわる美春、だが陸上部のホープである男子の足には敵うわけもない。振り切ることのできないまま美春の足は屋上へと向かった。転落防止用の金網が周囲を取り囲み、美春の逃げ道をふさいでいる。引き返そうにも少年はすぐ後ろに迫っている。
「なんで逃げるんだよ、俺は一言だけ話を……」
「いやっ、聞きたくない、許してっ」
「いったいどうしたってんだよ……」
 逃げ場をふさがれた美春は金網に背中を押しつけながら、少しでも彼と距離を取ろうと後じさる。しかし一歩ずつ踏み込んでくる少年に対しては儚い抵抗に過ぎない。2人の距離は2メートル、1メートル半、1メートルと徐々に縮まって……それに反比例するように美春の胸は高鳴るのだった。私どうなっちゃうの、何をされてしまうの? 不安と恐怖で頭がいっぱいになり、喉がからからに乾いてくる。ところが少年の顔が汗の匂いとともに近づいてくるにつれて、美春の感情は微妙に変化してきた。
《お願い来ないで住之江くん、こんな風に迫られたら……離れられなくなっちゃう!!》
 別れようと決意したはずの少年がすぐ手の触れられる距離まで接近してきている。混乱する美春の中で、目の前の現実が過去の記憶と重なった。抱きしめられたときの優しいぬくもりとクラクラしそうな彼の匂い、捻挫しておんぶされた時の広くて頼もしい背中……甘い記憶を触媒にして、限界を超えた恐怖心が反転する。
《ダメよ、いけないわ住之江くん……私をどうするつもりなの、逆らうなんて許さないって言いたいのね?!》
 身体を縛っていた戦慄が甘い痺れを帯びてくる。瞳がうるんで瞼が重くなる。じわじわと息のかかる距離まで近づいてくる彼の唇を前にして、美春の唇もひとりでに前へと突き出されていくのだった。しかしそんな彼女の行為を嘲笑うように、少年の唇は美春の顔の横を通過してさらなる奥まで踏み込んでくる。それはあたかも、首元への刻印を狙う吸血鬼の口付けのように。
《ああ……》
 所有される、魂を縛られてしまう……恐怖と期待をないまぜにした美春の全身から、すっと力が抜ける。白い首筋を彼の前にさらしながら美春は熱い吐息をもらした。そんな彼女の耳に飛び込んできたのは、魂の主人からの熱く情熱的な契約の言葉……などではなかった。

「三国、ホック外れてるぞ、スカートの」
「…………えっ?」
「こういうのって皆のいる前じゃ大声で言えないからさ。お前が急に逃げ出すもんだから、こんなになるまで言えなかったけど……三国?」
「……す、住之江くんのバカァ――――ッ!!!」


 こうして。スカート半脱ぎのまま校舎内を逃げまくった少女とそれを追い回した少年の2名は、担任の桐生先生にこってりと絞られることになるのだった。
「また貴方なの、住之江くん……どれだけ女の子がらみで問題を起こせば気か済むのよ?」
「ち、違うんです先生、住之江くんはそんな、やましいことをしてたわけじゃ……」
 ビンタの後で頬を腫らしたまま「俺は悪くないのに……」とうつむき続ける住之江圭太と、被害者でありながら彼のことを擁護し続ける三国美春。エロエロ大魔王とその従僕という彼らの校内イメージは、こうしていっそう強化されることになったのだった。
 そして……。
「圭ちゃん、ひどいよ! よりによって三国さんとだなんて!」
「圭太、溜まってるなら言ってくれれば、私がいつでも受け止めてあげるのに……」
 教師の叱責を終えた2人のもとに双子姉妹が怒鳴りこんできたときの狂騒ぶりについては、もはや詳述するまでもないであろう。


Fin.

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