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チャージ

初出 2009年04月01日/再公開 2010年11月29日
written by 双剣士 (WebSite)
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「母さん」
「ん?」
「俺、明日から朝練やって、その足でそのまま学校行く。朝ごはん要らないから」
 家族5人が揃った夕食の席で、俺は昼間のうちから用意していた台詞を一気に吐き出した。そしてそれに激しく反応したのは母さんではなく、予想通り……住之江あことりこ、俺の親愛なる姉ちゃんたちだった。
「えぇ〜っ、そんなのひどい! 圭ちゃんと手をつないで登校できなくなるじゃない!」
「練習で発散するほど朝の元気がたまってるなら、私がいくらでも手伝ってあげるのに……」
「りこっ、はしたないこと言わないっ!」


 俺の名は住之江圭太すみのえ けいた。家から結構距離のあった中学校をこの春に卒業して、家のすぐ近くにある玉秀高に進学した高校1年生。姉ちゃんたちは同じ高校の2年生だ。
 世の学生たちの例に漏れず、家を出る直前の数分間というのは限りなく貴重である。あと5分寝ていられたら、通学で乗る電車が後2分遅かったら……そう溜め息をつく友人たちから見れば、高校の近くに家があって姉弟ともども歩いて通学できる俺みたいな立場は羨望の的だろう。しかも学内でも美人姉妹と評判の高い姉ちゃんたちと並んで登校してくるわけだから嫉妬や憎しみの感情を抱くのも分からなくはない。実際に面と向かって嫌味を言われたことも何度かあるし。
 だけど、あいつらは何にも分かっちゃいない。
 家を出る時間が遅くなったことで、姉ちゃんたちが……俺と一緒にいられる時間が増えたと喜んだ姉ちゃんたちが、毎朝どんなアプローチを仕掛けてきてるかなんて。


 俺が寝てる間に俺のベッドに忍び込んで、目が覚める頃には両脇にしがみついてる姉ちゃんたち。
 「おはようのキス〜♥」と朝っぱらから濃厚な唾液交換をした後、「圭ちゃんの鼓動って気持ちいい」と再び抱きつき体制に入る我が家の長女、あこ姉。
 そのあこ姉が朝ごはんの支度をしに台所に行った後、「あこだけズルイ」と頬を膨らましながらディープキスと全身舐め回しを始める双子の次女、りこ姉。
 ……ここまでは良いんだ。いや全然良くはないんだけど、高校に入る前からやってたことだし流石に慣れた。
 ただ最近は……洗面所で歯磨き粉を口移しで渡そうとしたり、朝食の席で「あーん」の交換を迫ったり、テーブルの下で足先を伸ばして互いの股間を刺激しあったり、制服の襟が曲がってるからといって朝食後に部屋に引きずり込もうとしたり……余分な時間があるのをいいことに、寸暇を惜しむように俺にちょっかいを出して来るんだ、うちの姉ちゃんたちは。
 困ったことに両親は知っていながらそれを止めてくれない。止めるどころか「連れ子同士で血縁はないわけだから、思う存分やりなさい」とけしかけて来るような有様だ。普通の姉と弟だったら「それなんてエロゲ?」な世界なんだろうけど、うちの姉ちゃんたちは双子の姉妹、互いの考えてることなんて嫌というほど分かってる。仲は良いから修羅場的状況には至ってないけど「独り占めは無理でも負けるのだけは嫌」とばかり、隙あらばと弟の俺に猛アタックを仕掛けてくる。家族の存在がブレーキどころか互いの尻叩きをする促進要素として働いてるわけだ、我が住之江家は。


 ……誤解のないよう言っとくが、俺は別に姉ちゃんたちが嫌いなわけじゃないぞ?
 姉ちゃんたちは客観的に見ても美人な部類だし、やり方に問題はあっても義理の弟にすぎない俺に愛情を注いで気遣ってくれてることはひしひしと伝わってくる。俺だって姉ちゃんたちのことは好きだ、あくまで家族としてだけど……姉ちゃんたちがああも明からさまに恋人的スキンシップをねだりさえしなければ、せめて家の外でまで俺のことを追っかけまわしてキスを迫るようなことをしてこなければ、俺たちはごく普通の仲のいい姉弟でいられたはずなんだ。
 だが現実はさっき言ったとおり。家族は頼りにならないし、友人に相談したってノロケと取られて笑われるか「ちくしょう、俺と代われ」と言われるのが関の山。毎朝こんなドタバタをしてるせいか同じ中学から来た友人からは「圭太お前、学校が近くなったのに以前より疲れてねぇ?」と首を傾げられてる。朝練とでも名目をつけて早めに家を出るようにしないと、正直もう身が持たないんだよ。


 と、前置きが長くなった。
 あこ姉は俺の肩をがくがくと揺さぶりながら、涙をぽろぽろ流して翻意を迫ってきてる。お姉ちゃんのこと嫌いになったの?とお門違いの言葉を吐きながら朝に家族が揃うことの大切さを力説してる。本当の理由を言うわけに行かない俺は、姉ちゃんが嫌だなんてとんでもない、高校の陸上部についていくのが大変だからだよ、の一点張りであこ姉の説得を跳ね返す。我ながら嫌な性格になったよな、大人になって汚れていくってこういうことなんだろうか。
 一方のりこ姉は文句をぶつぶつ言いながらも、あこ姉のように泣きついてきたりはせずに夕御飯を口に運んでいる。説得は2人きりのところでやる、と胸に秘めてることは想像に難くない。りこ姉の考えそうなことだ。でもりこ姉の場合「2人きりの説得」が言葉だけの応酬で済むとは思えないんだよな。「身体で繋ぎ止める」とか平気で言い出すようなタイプだし……あ、別に期待してるわけじゃないぞ?
「まぁまぁ、あこ、そのくらいにしておきなさい。男の子が何かを始めようとしてるときに、足手まといになっちゃダメよ」
 お、珍しく母さんがいいこと言ってる。しゃくりあげてたあこ姉は恨めしそうに母さんのほうに視線を送ると、とぼとぼと肩を落として自分の椅子に戻っていった。さすが3児の母……って待てよ、今の言葉どう聞いても恋人に掛けるアドバイスじゃね? 俺たちは姉弟だぞ、姉弟!
「そうだな。大人の男へと成長していく圭太にどうやって付いていくか。お前たちの勝負はそういうところで決まるのかもしれないな」
 ……って、父さんまで火に油を注ぐようなことを!

    *  *

 翌朝6時。
 身支度を整えた俺は、家族を起こさないよう注意しながらカバンを背負って玄関へと向かった。学校が始まるにはまだ2時間もあるのだけど、中途半端な時間だと姉ちゃんたちが起きだして「いってらっしゃいのキス〜♥」をしたり「自分も一緒に朝練やる!」と言い出して面倒なことになる。それを防ぐには早めに家を出るのが一番だ。校庭や学校の周囲を走ってるだけじゃ時間をつぶせないから、今日はちょっと遠くのランニングコースまで足を運ぶつもり。
「よぉっし、頑張るぞ!」
「頑張って、圭ちゃん」
「ああ、ありがと……って、えぇ?」
 玄関で気合を入れた俺は背後からの声に仰天した。振り返ると台所から、半纏はんてんを着込んだあこ姉が眠そうな目をこすりながら手を振ってる。いくら朝ごはんの支度があると言っても6時前に起きてきて台所にいる必要なんて……え、台所?
「あ、あこ姉、自分の部屋で寝てたんじゃないの?」
「圭ちゃんなら絶対こうするだろうと思って寝ないで待ってたの、お台所で」
「寝ないで待ってたって……」
 お姉ちゃんなんだからそのくらい当然、とあこ姉は笑う。姉ちゃんたちの思惑を外そうと今朝は早起きしたのに、それもあこ姉にはお見通しだったらしい。お釈迦様の手のひらにいると気づいた孫悟空のように俺はがっくりと肩を落とした……ところが。
「夕べはごめんね、わがまま言って」
「……へ?」
「圭ちゃんは私たちのために、推薦を蹴って玉秀高に入ってくれたんだもんね。このうえ陸上部の練習まで我慢しろなんていう権利、お姉ちゃんにはないよね」
「……それじゃあ……」
「私ね、圭ちゃんのこと精一杯応援することに決めたの」
 あこ姉は少し寂しそうに微笑んだ。上のお姉ちゃんだからといって無理ばかりしているあこ姉。そう思うと素直に喜べなかった俺は、複雑な表情を浮かべながらあこ姉の瞳をじっと見た……するとあこ姉のまぶたがスッと落ち、がっくりとあこ姉の膝が落ちた。
「あこ姉!」
「……あはは、ごめんごめん。ね、圭ちゃんに渡したいものがあるの」
 寝不足で立ってるのも辛いだろうに、あこ姉は笑顔を浮かべたまま駆け寄った俺の手を振り払うと、台所の奥から2つの風呂敷包みを持ち出してきた。
「はい、圭ちゃん。お姉ちゃんからのお昼のお弁当と、間食のおにぎり。走ってるときでも食べられるようにしておいたからね」
「あこ姉、これ……1人で全部、用意してくれたの?」
「こんなことしか私には出来ないから。もし良かったら、お腹がすいた時に食べてくれる?」
「ああ! ありがと姉ちゃん」
 あこ姉から風呂敷包みを受け取った俺は、弁当を詰めるために背中のリュックをおろした……すると反転した俺の背中に、丸くて固いものがコツンと倒れこんできた。
「……あこ姉?」
「ごめん、お姉ちゃん電池切れみたい……」
 弁当を渡し終えて安心したんだろう、徹夜で弁当を作って俺の出発を待っていたあこ姉は、そのまま力なく俺のほうに倒れこんできた。さすがに今回ばかりはキスをねだる気力もないらしい。
「ごめん……ちょっとだけ、このままでいさせて……ほんのちょっと……」
 向き直った俺の胸に顔をうずめたあこ姉は、弱々しくそうつぶやいて……そしてそのまま、すやすやと寝息を立て始めた。
「……ん……圭ちゃんの匂いだぁ……むにゃ……」

    *  *

 朝7時過ぎ。
 あこ姉を部屋へと運んでから家を出た俺は、隣町をぐるっと回るランニングコースを1周し、2周目の走りへと移っていた。1周目終了時にあこ姉のおにぎりで腹ごしらえをしたお陰で体力は充実してる。こうやって早起きしてトレーニングするのも良いもんだな……そんな感慨を抱きつつ軽快に駆け続けて川辺に差し掛かった、ちょうどそのとき。
「やっほー、圭太」
「……え、りこ姉?」
 川辺の草むらで座り込んでいたのは、白い体操服にブルマ姿という絶滅寸前の格好をしたりこ姉だった。家からここまでは俺の足でも20分、りこ姉の足なら倍かかってもおかしくない。通学路から遠く離れた隣町にこんな格好でいるってことは……まさか?
「りこ姉、なんでこんなとこに? まさか俺のこと追いかけてきたんじゃ?」
「そのつもりだったけど、すぐ見失っちゃって。ぼんやり歩いてたら足をくじいちゃった。ごめん」
「え?」
 横座りしたりこ姉の右足首は真っ赤に腫れていた。陸上部の俺だからわかる。ここまで腫れるってことは、くじいた後も相当無理して歩き続けたってことだ。素人のくせにバカなことを。
「なんで助けを呼ばなかったんだよ! こんな無理して、バカみたいに俺の後なんか追いかけて……」
「心配してくれるの?」
 痛そうな表情してたくせに一瞬で瞳を輝かせるりこ姉。えぇい、なにドキドキしてんだ俺。俺たちは姉弟なんだぞ。
「圭太、てっきりUターンしてくると思ってたから……ちょっとでも早く会いたくて頑張っちゃった」
「あっぶねぇ……」
 それじゃもし俺がランニングを1周で切り上げてたら、りこ姉は独りぼっちでここで待ち続けてたってことか。
「ね、Uターンじゃないのにこうして会えたってことは……愛の力?」
「バカ言ってんじゃねーっ! ほら、早く保健室行こう、いやその前に!」
 俺はりこ姉を両手で抱っこすると、そのまま川辺を駆け下りた。りこ姉は驚いたように一瞬目を丸くしたが、すぐにキャーキャー言いながら俺の首にしがみついてきた。


 りこ姉の足首を川の水で冷やした俺は、湿布をしようと背中のリュックから風呂敷を取り出した。するとりこ姉は怪訝そうに聞いてきた。
「あれ、その風呂敷……」
「ああ、これ? 今日の弁当の包み。気にすることないよ」
「……ごめん」
 『弁当』という言葉だけで全てを察したか、りこ姉は顔を曇らせた。
「あこは圭太のためにお弁当を作ってあげられるのに、私は圭太の足を引っ張ってばかり……」
「なに言ってんだよ。ほら手当て終わった、あとは学校に戻って保健室に……」
「待って」
 抱え上げようとした俺のことを厳しく制止したりこ姉は、上半身を起こすと両手を広げて俺の目をじっと見た。
「おんぶ」
「え?」
「私のことおんぶして、圭太はトレーニング続けて」
「な、なに言ってんだよ。怪我してるんだぜ? 早く保健室に行かないと」
「圭太の邪魔したままじゃ私の気がすまない。私を背負ったままトレーニングすれば、少しは圭太の役に立てる」
 こういうときのりこ姉は梃子でも動かない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。おんぷなんかしたら両手使えないじゃん、陸上のフォームが崩れるだろ」
「問題ない。手を動かさなくても下半身は鍛えられる」
「そういう言い方やめろって!」
 どこまでが冗談でどこからが本気なのか……いや愚問だな。りこ姉はいつだって本気なんだ。


 結局のところ、俺は隣町へのランニングを中断してりこ姉を保健室に連れて行くことにした。ただし保健室まで、りこ姉をおんぶしてランニングしながら移動する。それが俺とりこ姉の間で成立したギリギリの妥協点だったから。
 俺の背中にしがみついたりこ姉はさっきまでが嘘のようにおとなしくなった。その代わり薄い胸を俺の背中にギューッと押し付けて、俺の背に合わせて身体を揺らしながらハァハァと荒い息をつくようになった。「圭太の背中、汗の匂い……」とかつぶやく声が途切れ途切れに聞こえてきたが俺は徹底的に無視した。意識したら最後、短距離のスタートみたいな前傾姿勢を取らなきゃならなくなるのは目に見えていたから。

    *  *

 ……で、このまま保健室に飛び込めれば良かったんだけれども。
 りこ姉を背負って校門に着いたのは7時45分、たくさんの生徒たちが登校してくる時間帯のど真ん中だった。生徒たちの中を駆けて行く俺と、その背中で荒い息をつくブルマ姿のりこ姉の姿はあまりにも目立ちすぎていた……そして当然、この人とも最悪のタイミングで出くわすことになる。
「あーっ、りこったらズルイズルイ、圭ちゃんにおんぶされて登校だなんて!」
「……(Vサイン)……」
「きぃーっ、降りなさい、りこ! そんで私に交代よ、圭ちゃん!」
 このとき俺の身体に圧し掛かった疲労感と顔から流れる汗の粒は、ランニングだけのせいではなかった……と思う。


Fin.

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