かぐや様は告らせたい SideStory  RSS2.0

早坂愛がニートになるまで

初出 2025年01月06日/最終更新 2025年01月13日
written by 双剣士 (WebSite)
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「さて、それで早坂さんの希望する進路は……」
「転職希望です」
「転職……?」
 高校2年での三者面談。四宮かぐやの近侍ヴァレットにして四宮家長男・四宮黄光おうこうのスパイであった早坂はやさかあいが望む将来像はそれだけだった。幼い頃から同い年の主人の傍で四六時中働き続けてきた彼女にとって、望みうる未来とはただただ今の罪深い立ち位置から逃れることでしかなかった。だがそれをすれば優秀かつ寂しがりな主人が四宮家で孤立することは火を見るより明らかであったため、情の深い彼女は主人が嫁ぐまでその希望が果たされることは無いだろうと考えていた。

 しかしその後。他人を信用しない氷の姫君と呼ばれていた四宮かぐやは好きな人との触れ合いを通じてみるみる普通の少女となっていき、生徒会の人々のみならず周囲の友人とも支え合える関係性を築けるよう成長を遂げた。今のかぐや様なら私がいなくてもきっと大丈夫……そう意を決して修学旅行を機に近侍ヴァレットを辞める意を告げた愛。かぐやからの引き留めや四宮家からの妨害はあったものの、ようやく自由な立場とかぐやの対等な友人という立ち位置を手に入れた彼女は、このまま穏やかな日々が続けばいいなと楽観的に考えていた。
 その後に訪れた四条家との抗争と四宮家のお家騒動で、人身御供にされかけたかぐやを救うべく愛は暗闘する。もちろん自分一人でどうにかなる相手ではないことを彼女は骨身にしみて熟知していた。だが秀知院生徒会の全面協力に加え、思いがけず自分の両親や四宮家三男・雲鷹うんようの助力まで得られたことで不可能に思われた救出作戦インポッシブル・ミッションは望外の成功を収め、四宮かぐやは旧家のくびきから逃れた自由な立場を獲得することに成功した。それは愛にとって、近侍だったころの懸念というか心残りがひとつ残らず解決された御伽噺のような奇跡の展開であった。遠距離恋愛にせっせと精を出す旧主人を温かく見守りながら、『平穏』という言葉の本当の味を愛は生まれて初めて噛みしめていた。
 だが、そんな日々は長くは続かない。高校3年の夏休みが始まってすぐ、四宮家当主の雁庵がんあんが亡くなったことをきっかけとして。

  ***

「父さんたち、四宮家を辞めることにしたよ。さっきの雁庵様の告別式が最後のご奉公ってやつだな」
「あんなことがあったんですもの、黄光様の下でやっていけるわけないですものね」
「うん……」
 この日が来ることをとっくに覚悟していたのだろう、早坂愛の両親はけろっとした様子で彼らの決断を一人娘に告げた。愛としてもこの事態を予想しなかったわけではない。四宮雁庵の秘書としてその遺志を守ったという建前があるとはいえ、早坂家の3人は例の騒動で次期当主・黄光に敢然と盾突いたのだ。主人である雁庵亡きあと、四宮家に居場所があるはずも無かった。
「それでだね、父さんたちは母さんの実家を頼りにして、アイルランドに移住することにしたから」
「……えっ?!」
 しかし続く言葉は愛の想像を超えていた。
「日本にいると、どうしても四宮家関連企業やそのライバル社からの軋轢があるだろうからね」
「愛がかぐや様の元を去る時にも色々あったけど、雁庵様の側近だった私たちはその比じゃないと思うのよ。円満退職なんて出来る訳ないから、今日このまま国外脱出することにしたの」
「そ、そんないきなり! パパとママが居なくなったら私はどうなるの?」
 常日頃から一人娘をほったらかしにしていた両親とはいえ、突然国外に高飛びすると言われては心穏やかでは居られない。当然あなたも一緒よ、そう言ってもらえることを期待して愛は両親に詰め寄った。しかし彼女の期待は実を結ばなかった。
「愛は気にしなくていいのよ。このまま高校卒業まで秀知院にいると良いわ、卒業までの学費はもう払い込んであるから」
「愛の生活基盤は日本にあるのだし、独り暮らしだってしてるだろう? 父さんたちと違って雁庵様の秘密を知る立場でもないから、何もかも捨てて逃げる必要はないさ。追手は私たちが引き受けるから、お前は好きなように暮らしなさい」
「やっと手に入れた娘の青春を邪魔するほど、ママたちも野暮じゃないわよ」

 こうして独り日本に残ることになった愛。青春を満喫しろと両親には言われたものの……独り暮らしの部屋のベッドの上で仰向けになりながら、彼女は見慣れた天井に向かってポツリとつぶやくのだった。
「私……何がしたかったんだっけ?」
 高校最後の夏休みは始まったばかり。普通の学生なら受験に向けて精を出すところだが、かぐやの進路についていくだけだろうと漫然と思っていた愛は受験勉強などしたことが無かったし、肝心のかぐやは1年遅れでスタンフォードに行くと明言している。唐突に訪れた白紙の未来図に、自分の意思など通らない人生を送ってきた元近侍ヴァレットはただ戸惑うばかりであった。

  ***

「……ふぅっ」
 考えたところで答えなど出るわけがない。幸いお金と暇はある。とりあえずやり残したことを片付けようと考えた愛は、修学旅行で回るはずだった京都の街並みを半年遅れで散策することにしたのだった。ここなら却って秀知院の知り合いと顔を合わせることも無いだろう……そんな彼女の期待は、最初の仏閣で手を合わせた瞬間に裏切られる。
「あれ、愛? 何でここに居るのよ?」
「マキさん……」
 賽銭箱の前で並んで手を合わせていたのは四条しじょう眞妃まき。秀知院の同級生にして抗争相手である四条家の長女、そして今ではかぐやの親友というややこしい立場にいる少女である。当初は気後れしたものの当人のフランクかつポンコツな性格のお陰で友人と言ってよい関係を結べている相手であったが……その隣にいる少年に対しては、そうはいかなかった。
「み、帝さん……」
「……よっ」
 四条しじょうみかど。四条眞妃の双子の弟にして、高3から秀知院に編入してきた愛たちのクラスメート。だが彼との関係はお世辞にも親密なものとは言い難かった。何しろ先日の四条家との抗争で彼はかぐやを嫁取りしようとした張本人であり、それを阻止するために愛たちは動いたのだ。かぐやの意思がはっきりしていたことと眞妃が間に入ったことで間接的な協力関係は得られたものの、帝から見て自分たちが印象良かろうはずがない。
 知らず知らずのうちに身を引き締める愛だったが……張り詰めた空気に風穴を開けたのは、自称恋愛マスターたるポンコツ少女であった。
「こいつったら、かぐやの前では格好つけてたくせに未だに傷心を引きずってるらしくてさ。こういうときは家族で旅行するのが四条家の伝統なの」
「伝統って言うな。姉貴が去年のクリスマスにインド行ったときの埋め合わせをしてやるって俺を無理やり連れだしたんだろ。それで行き先が国内の京都って舐めてんのかよ」
「あんた秀知院の修学旅行に行ってないんだから気を遣ってあげたんでしょ。ほらほら、ここでかぐやと御行は手を取り合って青春してたのよ。それを想像してどん底まで落ち込んでおけば、あとは上がる一方じゃない」
「姉貴は鬼か! ヘラヘラと人の傷口をえぐりやがって、こちとら初恋の姫にフラれたばっかなんだぞ! ここで姫と御行が一緒にいたことを想像しろって、想像しろって……ぐあぁあぁー、胸の傷口が開くぅ〜〜」
「想像だけで済むんだからマシだって思いなさい。私なんか翼くんと渚のイチャイチャを毎日見せつけられてるのよ。このお寺でだってあの2人の様子をずっと見てたし……あー死にたい、いっそ殺してぇ〜」
「……」
 勝手に自爆したうえに頭を抱えてしゃがみ込む四条姉弟のことを、激しい既視感を感じながら見下ろす早坂愛であった。あの修学旅行前半のかぐや様はそれどころじゃなかったんですけど、と声掛けしたほうがいいものかどうか、今の彼女には判断が付かなかった。

  ***

 その後。挨拶だけして別れるつもりだった早坂愛は四条姉弟に引きずられて京都の豪華料亭で昼食をとる……はずであった。しかし本家手配のリムジンでの移動とガイド付き旅行を除けば脳内デートしかしたことのないポンコツ3人が、国際都市京都の喧騒に巻き込まれて予定通りの行動が出来る訳もない。右往左往して疲れ果てた3人は、近場のファミレスに腰を落ち着かせることにしたのだった。
「四条家だったら京都に別邸とかお持ちでしょう。車で迎えに来てもらった方が良かったのでは?」
「ふざけないでよ。四宮家を辞めたばかりのアンタを私たちが連れまわしてると家の人に知れたら、周りから何を言われるか分かったもんじゃないわ。これは弟の傷心旅行で、たまたま友達と出会ったから一緒にお茶するだけ。これくらいのお店でちょうどいいってもんよ」
 多分に強がりが入ってはいるものの、あくまで失敗ではないことを強調する四条眞妃。こういう気配りはちゃんとできる人なんですよね、と言葉には出さずに愛は感心した。なんだかんだ言っても、この人はかぐやと肩を並べるくらいに優秀な人なんだ……恋愛面以外は。
「で? アンタは何しに来たの、この時分に京都なんて」
 ファミレスの席に着いて一通りの注文をして、店員が去ったところで四条眞妃は早坂愛に問いかけた。穿った見方をすれば四宮家の内情を探る質問に聞こえなくもない。さすがに正直に答えるわけには行かなかったが……悪意など欠片も無い眞妃の瞳に少し気圧された愛は、嘘をつかない範囲で少しサービスしてあげることにした。
「まぁ、私も傷心と言えば傷心ですかね……かぐやが白銀会長を追って夏休みの間アメリカに行っちゃって、相手してくれなくなったので。ちょっと自分探しをしたくなったんです」
「え……嘘でしょ、アンタ御行みゆきのことが好きだったの? かぐやと同じ人を好きになったのに言い出せないままかぐやを応援しなきゃいけない立場だったとか?」
 愛の思わせぶりな言葉を明後日の方向に解釈して声のボリュームを上げる眞妃に向かって、悪戯っぽく言葉をつなぐ。
「そうですね。かぐやからは毎晩のようにノロケ話を聞かされてましたし……2人きりになったときに彼に告白してフラれたことや、彼の家に1人で泊まりに行ったこともありましたから」
「なんてこと! こんなところに同志がいたなんて! アンタの気持ち、私には手に取るようにわかるわ!」
「御行のやつ、こんなブロンド美人にコナ掛けられて振ってやがったのかよ。もうダチだなんて思わねーからな」
 勝手にあれこれ解釈して盛り上がる四条姉弟。白銀しろがね御行みゆきの株は2人の中で大暴落したに違いないが、当の御行はすでに秀知院に居ないので実害は無いはずだった。とはいえ少しからかい過ぎたかもと思った愛は軌道修正を図るのだが……。
「もういいんです。私はあの2人のことを心から応援していますし、そのためなら何でもする覚悟なんですから。マキさん、このことはあの2人には言わないでくださいね、お願いですから」
「なんて健気な! 渚と翼くんのことを見守る私の立場とまるっきり一緒じゃない! 愛、今日からアンタを心の姉妹と呼ぶわ、お姉さまって呼んでいいのよ?!」
「あ、私4月2日生まれなんで、同学年の人は大概年下なんですが」
「オ―マイガッ!」
 流れるように噛み合うボケとツッコミ。再び激しい既視感を感じる早坂愛に対し、眞妃はスマホの画面を突き付けてきた。
「アンタのこと見直したわ、愛。私たちじゃロクなアドバイスも出来ないでしょうから、とっておきの相談サイトを教えてあげる。子安先輩のお墨付きよ!」
 眞妃が差し出してきたyoutubeチャンネル「借金5億円チャンネル」に目をやった愛は、喉の奥で「うげっ」と淑女らしからぬ呻き声をあげた。そこに映っていたのは愛も個人的に良く知る中年男性であり、旧主人かぐやの天敵でもある、白銀父の目つきの悪い相貌であったから。だがそんな愛の様子に気づくさまも無く、眞妃は自分が相談したときの動画を見つけ出して愛の前で再生し始めるのだった。

  ***

 5億円の借金を抱えたホワイトおじさん、今日も元気に配信するぞぉ。今日の相談は……ハンドルネーム「四條畷しじょうなわてマキシマムエンペラー」さんから。好きな人が親友と恋仲になって、2人の邪魔はしたくないけど胸が苦しくてたまらない、どうしたらいいですか、か。
 まぁ良くあることだね。君はそのまま見守ることも、2人の仲を壊して自分の幸せを追い求めることも出来る。どちらを選ぶのも君の自由だが、こうして相談に来るってことはきっと、君は2人の仲を壊すことはできない優しい人なんだろう。
 こういう時は視点を広げてみると良い。若い人は2つどちらかの選択肢しかないと思いがちだが、世の中には他にも沢山の選択肢があるものなんだ。2人の仲を見守りながら別の相手を見つけてカップル同士で交流を続ける手もあるし、その好きな人が困ったときや親友と喧嘩したときに頼りにしてもらえるようなポジションを作ってそこに居座るのもいい。あるいは進学や就職を機に地元を離れて、新天地で別の幸せを探すことも出来るんだ。2番目に好きな人と一緒になった方が幸せになれるって格言も世の中にはあるくらいだしね。
 思い通りに行かないことなんて人生にはしょっちゅうさ。まかり間違って手痛い失敗をしても大概のことなら立ち直れるし、歳をとってからだってやり直せる。借金を5億円抱えたおじさんが言うんだ。信じてくれてもいいと思うよ。
 ただひとつおじさんからアドバイスするとしたら、人との縁を大切にしなさい。成功にしろ失敗にしろ、自分だけで悩むんじゃなくて他の人の力を借りること、貸してあげることが大事なんだ。それさえ大切にしておけば君はこれから何だって出来るし、何度だって立ち直れる。いま君の周りにある両親や友人との縁は、これから君が空へと舞い上がるための翼の羽根一枚一枚だと思いなさい。楽しいこと嬉しいこと辛いこと悲しいこと、いろんな縁を身にまといながら空を飛ぶんだ。どんな人生をこれから歩むにせよ、その翼が君の強みであり個性であり財産になるのだから。


  ***

 京都から戻った早坂愛は、四宮かぐやがアメリカから一時帰国するタイミングを見計らって四宮家に遊びに行き、卒業後は世界を回る旅に出ることを告げた。白銀父の名前は出さなかったものの、愛の表情はすっきりとしていた。
「四宮家のしがらみから逃れるためじゃなくて、新しい縁を集めるために世界を回ってみたいの。これまで働いてきた狭い世界をやっと足抜け出来たのに、いつまでもその周りに留まるのもどうかと思うから」
「そう……」
 四宮かぐやは微笑みながら愛の言葉を聞いていた。寂しくないと言ったら嘘になる。しかし自身も財閥令嬢の立場から写真家の道へと踏み出しつつあるかぐやにとっては、新しい道を探そうとする親友の決断に異を唱えることなど出来ない相談だった。
「まぁ最初は両親の所に行って、子供の頃の分まで思いっきり甘えてこようと思うけどね。旅立つ前には充電が必要だし」
「羨ましいわ」
「何言ってるの、かぐやは甘える相手をもう見つけてるでしょ」
 クスクスと笑い合いながら将来を語り合う2人。だが愛の行き先のひとつにアメリカ西海岸の名が挙がったとき、かぐやの胸に暗い影が落ちた。なんと言ってもカルフォルニア州には白銀御行の通うスタンフォード大学があるのだから。
「愛さん、会長にも会いに行くつもり……?」
「うん、もちろん。あの人も恩や縁のある1人だしね」
 屈託なく語る愛の瞳にかぐやは見覚えがあった。それはかつて白銀御行にハニートラップを仕掛けた魔性の甘え上手、スミシー・A・ハーサカと同じ輝きを帯びていたから。四宮家近侍の枷から解き放たれたハーサカと御行が異国の地で再会したときにどんな化学反応が起こるか……かぐやの背筋に冷たい針が刺さった。
「それだけはやめて、お願いだから! せめて来年私がスタンフォードに行くまで!」
 その後、白銀御行の下宿先に通い詰めるかぐやの日課に、部屋にブロンドの髪が落ちていないかをチェックする工程が加わったことは言うまでもない。

  ***

 そして数年後。日本の飲み屋で開催された旧生徒会の同窓会に参加した早坂愛は、甘えんぼ属性全開の性格になっていた。
「やっぱ書記ちゃんだわーー、ぎゅーさせてー♪」
「も”〜〜!! 誰かこのでっかい赤ちゃん引き取ってくださいよ!」
「ふふふ、お断りです」
 藤原千花の悲鳴に対して助け船を出すメンバーは誰一人としていなかった。


Fin.

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