かぐや様は告らせたい SideStory  RSS2.0

秋来たりなば春遠からじ

初出 2023年04月01日
written by 双剣士 (WebSite)
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# この物語は原作28巻「四条しじょう眞妃まき柏木かしわぎなぎさと田沼翼の最終回」の続きに当たる短編です


 あれはたしか、夏休みを終えてすぐのころ。生徒会室で御行みゆきゆうを相手に私はこう言った。
「私もこの夏を越えて吹っ切れたワケ。次の恋を見つけて、今の恋なんて上書き保存してやろうって思ってるの」
 その直後になぎさと翼くんの破局騒動があったんだけど、あの子が私に遠慮してると気づいた私は面と向かってこう言い放ったんだっけ。
「もう大好きなんでしょ翼くんが。手放しちゃ駄目でしょ」
「でも付き合ったままじゃマキちゃんと気まずい……」
「別れたって気まずいわよ! いい? なぎさ、アンタは私の近くで見てなさい」
「……」
「翼くんを見事に吹っ切って次の恋愛に向かっていく、そんな逞しい私の姿を見てなさい!」
 うん、たぶん私の人生でも一二を争うカッコイイ台詞だったんだと我ながら思うわ。まぁどちらも直後にショックで泣き崩れることになる訳なんだけど、7年越しの初恋の終わらせ方としては上出来すぎるくらいじゃないかしら。私以外は誰も傷つかず、誰とも仲違いせず、昼ドラみたいな遺恨が残ることもなく、未練の欠片も残らない形でスッキリ終わることができて、おまけに子供まで出来ることになったんだものね。マンガでもなかなかこうは行かない、完璧すぎる青春の1ページだと思うわけよ。

 ただ問題は……カッコイイ台詞とは裏腹に、次の恋愛がまるっきり私のところに訪れてくれないことなのよね。あの瞬間が本当に私の人生のピークで、後はもう下り坂を転がり堕ちるだけなんじゃないかしらと思ったりもする今日この頃なわけよ。

  ***

「……って、聞いてる? ゆう
「聞いてます、聞いてますってば。聞くだけならいくらでも聞いてあげますって」
「悪いわね、愚痴ばっかり聞いてもらって。でも誰かに吐き出さないと気が狂いそうなんだもん」
 御行みゆきがアメリカに行き、生徒会も代替わりした今となっては、生徒会室は私のオアシスではなくなった。かといって他の友人たちにこんな話は出来ない。私の旧友たちはどこかでなぎさともつながっていて、なぎさの妊娠を聞いて祝福ムード一色なんだから。仕方なく私はLINEでゆうに連絡して、屋上手前の階段踊り場で恋愛相談の延長戦をしているわけなのだ。
「はい、ハーブティーですよ先輩。以前のように沸かしたてとは行きませんけどね、ポットで用意してきたんで飲んでください」
「ありがとう……ゆうだけよ、私なんかに優しくしてくれるのは」
「気持ち悪いこと言わないでください。四条しじょう眞妃まきはそんな安い女じゃないって、先輩が言ったんじゃないですか」
「ちょっとくらい甘えさせてくれたっていいじゃない」
「ツンに切れがないからデレてもあんまり効きませんね。絶不調ってのは本当みたいだ」
 年上の私にこう言う毒舌を遠慮なく浴びせてくれる、それが私が彼を気に入っているところ。口に出しては言えないことだけど。
「でも良かったですよ。田沼先輩のことをグズグズ引きずってるようならいい加減にしろと言いたくなるところでしたが、新しい恋に向かおうという気持ちだけは持ってくれてるみたいで。まだ一歩目を踏み出すまでには至らないようですが」
「踏み出したい気持ちはあるのよ。でも運命の人がどっち側にいるかなんて分からなくない?」
「だからって立ち止まってる訳にも行かないでしょ。目をつぶって踏み出してみたらどうです?」
「そんなの危ないじゃない。私は四条しじょう家の人間よ、つまらない小石に爪先をひっかけるわけには行かないの!」
「この秀知院にいる人たちが小石に見えるようなら、卒業後はますます周囲が危なく見えるだけだと思いますけどね」
「……どうしてそんなこと言うの……?」
「またこれだ。急に可愛くなるの反則ですって」
 お約束の軽口を交わす私たち。ゆうの言ってることはわかる。でも翼くんという太陽を小さいころから見つめ続けてきた私には、陽が沈んだ後の夜の闇の歩き方なんて分からない。誰かナビゲーターが居てくれればいいのに。
「それを僕に聞きます? 人選ミスにも程があるでしょ」
「だってアンタ、子安先輩との大失恋を経て、今では伊井野さんや不知火さんとよろしくやってるじゃない」
「言い方! 僕は別に乗り換えたわけじゃ……あ、そういえば」
 私としては軽口の延長で話を振っただけで、別にゆうに期待してたわけじゃない。だけど意外なことに、本当に珍しいことに、ゆうはこのとき役立ちそうなアドバイスをしてくれたのだった。
「そういえば知り合いに一人いますね。学年で一二を争う美人でありながら特定の彼氏を持たず、でも必要とあらば最高レベルの男子たちをとっかえひっかえ侍らせては振りまくっている、不敗伝説持ちの肉食女が」

  ***

「あの、連絡くださった四条しじょう先輩でしょうか? 初めまして、どうぞこちらへ」
「ごめんね、忙しいところに押しかけて。実は折り入って相談があって」
「はぁ……」
 風紀委員準備室を訪れた私を出迎えてくれたのは大仏おさらぎこばちさん。丸眼鏡を外せば芸能人レベルの超美人という噂は聞いていたけれど、風紀委員長たる彼女が裏では肉食女子だったというのは新鮮な驚きだった。私やなぎさの周囲には居なかったタイプの女子。きっと貴重なアドバイスをしてくれることだろう。刺激的な言葉をオブラートに包みつつ、私はここに来た理由を彼女に説明した。
「……というわけで、新しい恋を始めたいのなら貴女あなたに相談するのがいいって聞いたのよ」
「石上がそう言ったんですか?」
「ええ」
「……ひとの気も知らないで……」
「なにか言った?」
「いいえ、なんでも」
 何故だろう、初対面の先輩に対する慎ましげな態度がいきなり吹っ飛んで、悪鬼を調伏する不動明王みたいな厳ついオーラを一瞬彼女が背負ったような気がする。これが肉食女子の持つ迫力というやつだろうか。
「まぁいいです、石上みたいな恋愛オンチに何を言われたって痛くもかゆくもありませんから」
「……けっこう気にしてる?」
「まさかそんな。それで相談とは何でしょう? 失礼ながら、四条しじょう先輩のような綺麗な方なら引く手あまたかと思いますが」
「ま、まぁ、それはそうなんだけど、ね……ほら、やっぱりあるじゃない? 四条しじょう家の娘と釣り合う格ってものが」
 相手は初対面の女の子、御行みゆきゆうのように本音をぶつけられる相手じゃない。我ながら邪魔くさいとは思いつつも、私は『四条しじょう眞妃まき』の仮面を被らざるを得なかった。しかし大仏おさらぎさんの言葉には遠慮の欠片もなかった。
「なるほど。たぶんそれだと思いますよ、先輩を邪魔しているものは」
「えっ?」
「先輩みたいな上流階級の方には、200点や300点を取って当たり前、100点未満なんてカスみたいに見えるんでしょう。しかもご自分は学年3位、上にいる白銀先輩と四宮先輩は恋仲。釣り合う相手がいないのも無理ありません」
「……ねぇ、やっぱり何か怒ってない?」
「いいえ全然」
 ここに来たことを私が後悔し始めたころ、ようやく大仏おさらぎさんの憤怒のオーラが弱まってくれた。
「まぁ冗談はこのくらいにして……でも、釣り合う相手かどうかを考えるのが良くないのは本心ですよ。恋愛相手と言うのは試験やオーディションを勝ち抜いてくるわけじゃない、ただ縁あって先輩の前に現れてるだけなんですから。採点すること自体が失礼です」
「100点とか言い出したのは貴女あなたの方じゃ……」
「先輩?」
「なんでもないですごめんなさい。でもね、やっぱり恋をするにはトキメキが欲しいというか、胸にキュンと来るものが最初にないといけないと思うのよ」
「いい歳してどんだけ乙女なんですか」
「うぐっ」
「どうせ一生に出会える男性の数は有限なんですから、相対的に上位であればいいんです。それにこちらが高く評価していても、相手がこちらを好きになってくれるとは限らないわけですから、こちらの順位付けなんて無意味と言ってもいいです。深く考えずに数打ちゃ当たる方式をお勧めしますよ」
「そ、それはいくらなんでも……ほら、女の子は身持ちって大事だし、ストーカーに会っちゃったら危険だし」
四条しじょう先輩の弱点その2、デモデモダッテ」
 大仏おさらぎさんは手厳しすぎる一言で私の反論を封じた。伊井野さんが正義を振りかざす子になったのは、案外この人のペースに飲まれないための防衛行動だったのかな……逃げ場を失った私の思考は勝手に寄り道を始めた。

  ***
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  ***

 大仏おさらぎさんの舌鋒はそれから1時間ほど続いた。確かに実用的だし説得力はあると思うけど、痛いところをそこまでグサグサえぐらなくてもいいじゃない……すっかり辟易した私が席を立とうと腰を浮かしかけたとき、不意に彼女の口調が変わった。
「あの、ちょっと話は変わりますが……ごめんなさい。初対面と最初に言いましたけど、四条しじょう先輩のことはいろいろ聞いていたんです。ミコちゃん経由で」
「え、えっ? 伊井野さんが私の話を?」
「はい。ミコちゃんから見れば先輩は、石上に馴れ馴れしく近づいてくるハエみたいなものですからね」
 あんまりな言い方だが妙にしっくりとくる。私と伊井野さんは親しい関係とは言えないので大仏おさらぎさんの言葉は意外だったが、そういう接点であれば納得できた。でも当時の私は翼くん関係の愚痴をこぼすばかりで、石上のことはただの友達だと思ってたんだけどなぁ。伊井野さんから見ると印象悪く見えたのかもね、大仏おさらぎさんが私に手厳しい言葉ばかりぶつけるのって、もしかしてその延長だったのかも。
「あ、でも悪い意味でじゃないんですよ」
「え?」
「ミコちゃん言ってました。生徒会の人たちは優秀に見えて中身は意外とポンコツだけど、他人の世話を焼くことにかけては間違いなく尊敬できる人たちだって。そして四条しじょう先輩や子安先輩も、きっと同じタイプの人間だって」
「あ、いや、私は別にそんな」
柏木かしわぎ先輩のことは恋敵だけど憎めない。四宮先輩のことも実家が仇敵同士だけど憎めない。なんだかんだ言いながらも当人同士は仲良しで、相手が困ってるときには迷わず手を差し伸べられる。そんなことしても自分には得など無いどころか損をするくらいなのに。四宮家のお家騒動のときだって弟さんの損になると分かっているのに、それでも全力で友人のフォローをしてしまう。四条しじょう先輩はそういう人だって」
「……」
 なんか改めて言われるとむずがゆい。私はしたいことをしていただけなのに。
「正義でも打算でもなしに友人のために行動できるって凄いことだって、ミコちゃんは感激しながら話していました。正義一辺倒だったミコちゃんを変えてくれたのは白銀先輩たちのお陰ですけど、間違いなく四条しじょう先輩もその中に入ってると思います。ありがとうございました」
 深々と頭を下げる大仏おさらぎさん。私は照れくさくて彼女を直視できずに視線を泳がせた。でも大仏おさらぎさんはそんな私に、続く一言で冷や水をぶっかけてきた。
「だから四条しじょう先輩が私に会いたいと聞いて楽しみにしてたんですけど、何の用かと思えばご自分の恋愛相談なんですもの。がっかりして口調が厳しくなるのも仕方ないですよね♪」
「……悪かったわね。どうせ私はポンコツですよ!」

  ***

 その後。ようやく大仏おさらぎさんとの話を終えた私は、廊下を歩きながら彼女の最後の言葉を思い起こしていた。
『本人に自覚はなくても、見ている人は見ているんですよ。四条しじょう先輩のことを好きな人はきっと沢山いるし、これからも沢山現れると思います。ただ先輩の方はそれに気づかないばかりか、好いてくれる人より自分が好きな人の方ばかり追いかけて、挙句の果てにその人を別の人に譲っちゃう悪い癖があるみたいですね。先輩の最大の弱点はそこかも知れません』
 確かに当たってる。当たってはいるのだけど……。
《そんな弱点を直せって言われても、今更どうしようもないじゃない。思わせぶりな誉め言葉を並べてくれたけど結局これからどうすればいいかは答えが出なかったし、とんだ時間の無駄だったわ》
「マキちゃ〜〜ん!!」
 思惟にふけりながら歩いていた私の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。『四条しじょう眞妃まきを好きな人』ランキングがあるとしたら数年にわたり王座を死守しているに違いない親友の声。悲しいことに私に幸せを運んできてくれるどころか、逆に好きな人を奪っていった張本人なのだけど。
なぎさ、身体はもういいの?」
「うん、もう安定期に入ったから出歩いていいってお医者様が。学校は退学することになっちゃうけどね」
 なぎさはお腹に手を当てながら幸せそうに微笑んだ。まぁ愛する人の子どもを宿したからには、高卒かどうかなんて些細な問題なのだろう。翼くんの子どもがなぎさのお腹にいると思うと胸がチクチク痛むけど、それをなぎさに悟らせちゃいけない。私は柏木かしわぎなぎさの親友なのだから。
「まぁ仕方ないわよね。翼くんのお嫁さんになるんだから胸を張って退学なさい。私はいつでもなぎさの味方だから」
「うん、ありがとう。それで、ね……お腹が目立たないうちに、形だけでも結婚式を挙げようということになって」
 脳裏で鳴る雷鳴に表情をひきつらせた私に、親友のなぎさはおずおずと封筒を差し出して来た。
「急だからあまり多くの人は呼べないんだけど、マキちゃんにはどうしても来てほしくて……非常識、かな?」
「……な、なに言ってるのよ」
 ここで躊躇ったら私は四条しじょう眞妃まきではなくなる。震える右腕を無理やり動かして招待状を受け取った私は、声の震えに気づかれぬよう笑顔とともに一呼吸で言い放った。
「親友の晴れ舞台を見逃すわけないでしょ!」
 あぁもう、行ってやるわよ祝ってやるわよ! せいぜい幸せになりやがれ!


Fin.

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