寄宿学校のジュリエット SideStory
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初出 2017年01月09日/呼称訂正 2017年01月17日
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双剣士
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オレたち2人を取り囲む敵の人数、およそ40人。
いずれも腕っ節を買われて任についている強者ぞろいで、細身の剣を構えたままオレたちに飛びかかるタイミングを伺っている。
背中合わせのペルシアからも緊張が伝わってくる。あいつらの力量はペルシアの方がよく知っている。オレはこういうシーンで定番の台詞を、頼もしい彼氏らしくつぶやいた。
「安心しろペルシア。オレの命を賭けてでも、お前のことは守ってやるから」
「バカにしないで! 私が守られるだけのお姫様とでも思ったの? 私が倒す分を横取りしたら承知しないから」
……そうだよ、これでこそペルシア。誇り高き金髪の白猫、オレの終生のライバルにして最愛の女性。こう言うだろうとは思ってた……だが。
「悪い、それはちょっと無理だと思うぜ」
「なんですって!?」
ペルシアの反論に息を合わせて、40人の男たちが飛びかかってきた。思った通り、全員が一斉にオレ狙い……当然だよな、ペルシアの家の使用人たちが、主人の娘に剣を向けられるわけ、ないんだから。
ここで時間を少し遡る。ダリア学園の卒業を間近に控えたオレたちは、今後の行く末について相談していた。
オレの属する東和国とペルシアのウエスト公国は積年の敵国同士。両国の中間に位置するダリア学園で初等部から顔をつきあわせていたオレたちは、中等部までは宿敵として、高等部の3年間は秘密の恋人同士として互いの存在を意識しあってきた。いろいろと障害の多い高等部生活ではあったが、間違いなくオレの人生で最良の日々だったし彼女にとってもそうだと信じたい……だがそれも、ダリア学園を卒業すれば終わってしまう。
このまま別れたくない、という点ではオレたち2人の意見は一致していたが、その方法については対立していた。兄貴や両親からつまはじきにされてきたオレは東和を捨てることに何の躊躇もなかったが、伯爵令嬢たるペルシアは逃げるのはイヤだという。オレたちの仲を知られたら勘当されると分かっていても、筋を通さないわけには行かないのだと。
「勘当以前に引き裂かれるに決まってるだろ」
「そんなことはさせないわ」
「じゃあオレが婿に入ればいいのか」
「お父様が東和の男を身内にするはずないでしょう」
「だったら座敷牢コース確定じゃねーかよ」
「座敷牢って何? とにかく尻尾を巻いて逃げることだけはできないわ」
「いや、だから逃げる以外の選択肢は全部バッドエンドなんだって!」
「だったら犬塚、これまでの人生すべてを私に捨てろと言うの?」
「世界を変えるとか言ってたくせに、土壇場で何をビビってんだよ!」
「聞き捨てならないわね、表に出なさい」
こんな堂々巡りを何度も繰り返すオレたち。だが卒業の日が近づくにつれてオレの覚悟も固まってきた……上等じゃねーか、世界を変える手始めにペルシアの頑固親父をぶん殴ってやるか、ってな。
そして今。伯爵家の護衛をぶん殴りかいくぐりねじ伏せたオレたちは、王宮かよと思うほどに広く豪奢な部屋で、側近たちに囲まれた恰幅のいい金髪の中年と向かい合っていた。
「お帰り、ジュリエット。しばらく見ない間に素性の悪い野良犬に懐かれてしまったようだな。さぁそいつは執事に預けて、もっと近くに来て顔を見せておくれ」
「お父様……」
表情を堅くしてオレの手を握りしめるペルシア。この手を離したら二度と会えないことを彼女も分かっているんだろう。
「お初にお目にかかります。オレは……」
「黙れ、薄汚い黒犬めが」
ウエスト語のオレの挨拶を、娘に笑顔を向けたままで一瞥もなく跳ねつける頑固親父。ムカっときたがこれは予想の範疇だった。こうやって最初から敵意をむき出しにしてくれるなら、かえってやりやすいというもの。
なんせ相手は大貴族様だ。一度は温かく迎えておいて夜のうちに謀殺、という心配もあったからな。
「お父様、私は……」
「早くこっちに来なさい、ジュリエット」
有無をいわさぬ口調で呼びかけ……いや命令をするペルシア伯爵。優しい父親の顔はもはや無く、ウエスト公国を支える大貴族の威厳が冷たい向かい風となってオレたちに吹き付けられてきた。予想はしてたがやっぱり怖い。護衛ども100人とは比較にならねー。
……だが、ここでビビってるようじゃペルシアの彼氏としてここに立つ資格はねーだろ。
「ペルシア伯、オレは貴方のお嬢様と真剣な交際をしております。今日ここにきたのは……」
「キャンキャンとうるさい犬だな。おい、さっさと連れ出せ」
「無礼なのはどっちだよ。言葉が分からないなら別の方法にしようか、あぁ」
ウエスト語から東和語に切り替えたオレの口振りを聞いて、頑固親父が初めてオレに視線を向けた。横のペルシアがとがめるような視線をオレに向けるが構いやしない。どうせオレにはお上品な交渉ごとなんて無理なんだ。
「もう一度言うぞ。オレとペルシアは恋仲になって、卒業後もそれを貫くと決めたんだ。ここに来たのはあんたに許しをもらうためじゃねぇ、あんたが敵か味方かを見極めるためだ!」
「叩き出せ!」
「動かないで!」
鋭く響く声に全員の動きが止まる。いつのまにか抜刀したペルシアは剣をオレの右に突きだし、オレに飛びかかろうとした黒服執事を牽制していた。そして黒服執事がしぶしぶ後退すると、ペルシアは剣を持ったままの手でオレの頭を軽く叩いた。
「いたっ……」
「まったくもう、バカなんだから……せっかく練った作戦が台無しじゃない」
そう言ってペルシアは片目をつぶると、前を向いてオレと頑固親父の間に立ちはだかった。
「お父様、彼の無礼は謝りますが、別に許していただかなくても結構です」
「なんだと……」
「私は彼と一緒になります。国と国との垣根を越えて、世界一幸せになってみせます! それを邪魔するものは皆、私たちの敵です。それがたとえウエスト公国でも、お父様であっても!」
堂々たるペルシアの宣言に静まりかえる室内。唖然とする者、舌打ちする者、臨戦態勢を整える者……だがそんな中、オレはペルシアのあまりの格好良さに一瞬ボーッとしてしまった。
そしてその一瞬の隙をついて、背後からオレたちの天敵が現れたのだった。
「失礼しますよ、ペルシア伯」
「えっ……」
「あ、兄貴……」
静まりかえる室内にするすると入ってきたのは、犬塚
藍瑠
(
あいる
)
……ダリア学園OBにして今は東和の外交官をやってるオレの兄貴だった。
「不肖の弟がお騒がせして申し訳ない。こいつは子供のころから、親や俺の言うことなどまるで聞かない出来の悪い暴れ者でしてね。もう犬塚家から放逐するしかないなと一族で合意した矢先だったのですよ。ですからこいつのしでかした不始末と、東和国とは無関係ということで」
「てめっ、そんなこと言いに来たのかよ!」
「しかしそちらの御令嬢も、横紙破りでは似たようなもののようで」
思わず激昂しかかるオレを横目に、兄貴は矛先をペルシアへと移した。
「伯爵令嬢とは思えぬ粗野で下劣な振る舞い。この2人を東和だのウエスト公国の枠にはめようとするのは、もう諦めた方がいいのではないですかな?」
「あ、兄貴……」
「お前たちの好きにしろと言ってるんだ、
露壬雄
(
ろみお
)
」
兄貴が、あの堅物で陰険な兄貴が、オレとペルシアの後押しをしてくれている……信じられない展開にオレたちが呆然としていると、今度は頑固親父の横の扉から見知った男女が現れた。
「いやいや、若さとはいいものですな〜。『自分たちを邪魔する者はみんな敵』ですか、録音して学園に流してやりたいくらいですわい」
「ちょっ、なんで……黒犬寮の寮監が、白猫の寮監と一緒に!?」
「あなたたちのことは、ずっと見守っていたのよ」
いけすかないヤツだと思っていた白猫寮の女寮監が、気持ち悪いくらい優しい声でオレたちに話しかけてくる。
「いつオープンにするのかと職員一同で賭けてたのに、まさか卒業まで隠し通すとはね。大損だわ今年は」
「賭けるって……今年はって……あんたたち、いったい……」
「ダリア学園は元々、東和とウエストの融和を目指して作られた学校。両国を結ぶカップルができることに、反対するわけなかろうが」
「えぇ〜!!」
いかつい顔の寮監からの事も無げなカミングアウトに、オレたち2人は絶叫した!
「ってことは……もしかして……」
「あぁ、監督生になれば明かされる、知る人ぞ知る学園の秘密だ。そうでもなければ敵国の子弟が通う学園に、王女殿下だの伯爵令嬢が寄宿させられるわけないだろう」
「じ、じゃシャルちゃんも、とっくにそのことを知って……」
「当然ですわ。思い出してご覧なさい、シャル王女は露壬雄君をライバル視したことはあっても、黒犬だからと壁を作ったことは一度もなかったでしょう?」
言われてみれば……!!
「ちなみにカップルができるのも君らが初めてじゃないぞ。何を隠そう、第1号はワシら」
「ねぇ〜〜♪」
顔を合わせる度にいがみ合っていた黒犬と白猫の寮監同士が、実は夫婦だった……!? UMA発見レベルの驚愕の事実に頭が溶けそうになるオレたちに、兄貴がさらなる爆弾を落とす。
「露壬雄、もうひとつ言っておこう。東和とウエストの第1号カップルにしてダリアの生き字引であるあの2人が、ペルシア伯の脇の部屋に控えていたという事は」
「……ま、まさか、ペルシア伯爵も、グル……?」
声を震わせるオレに向かって、頑固親父の仮面を脱ぎ捨てたペルシア伯は人の悪そうな笑みを浮かべた。
「大言を吐いたからには実行してもらうぞ、娘を世界一幸せにしてくれるのだろう?」
「えっ、ちょっ……」
「あぁ、言っておくがジュリエットの婿になっても、伯爵号を継がせるわけにはいかんぞ。まだ民衆に受け入れられるには時間がかかるし、お前自身の力も見せてもらわんとな」
「いえ、この弟にはそんな器ではありませんので、その点はお気遣いなく」
「違いない。わっはっはっはっはっ」
室内が笑いの渦に包まれる。ディスられてるのがオレだということに忸怩たる点はあるが、もうそんなことはどうでもいい。ペルシアとの仲が認められたという、目の前の奇跡に比べれば。
「……ふっ、ふざけないでよ……」
ところが。大団円ハッピーエンドになりかけた伯爵家の空気をぶち壊したのは、今夜のヒロインであるペルシア当人だった。
「私たちの今までの苦労は何だったの? みんなして私たちを笑っていたの? お父様もシャルちゃんも前からずっと、このことを知っていたって言うのぉっ!!!」
……こいつのプライドが空より高いのを忘れかけてた……。
「みんな嫌い、大嫌い!」
「お、おい、ペルシア……」
「あなたも何よ、急にヘラヘラして! もう顔も見たくないわ!」
「おいっ!!」
オレの制止の手をすり抜けて、ペルシアは屋敷の外へと走り出してしまった。皆の承諾を得るまでもない、オレはあわてて後を追った。
「待てってば、ペルシア!」
「ペルシア!……えっ?」
起きあがったオレはあたりを見渡した。ここは見慣れた黒犬寮の部屋、時刻は朝7時半過ぎ……するとあれは、ゆ・め?
「犬塚……ペルシアの夢、見たのか?」
振り返ってみるとベッドの横には蓮季が座っていた。黒犬の中でオレたちの秘密を唯一知る、オレの大事な幼なじみ……その暗い顔を見ているうちに今の状況が脳裏によみがえってきた。今はダリア卒業間近なんかじゃない、1年生の正月休み明け初日だということも。
「なかなか犬塚が起きてこないから、起こしに来たんだゾ……でもごめん、せっかくペルシアの夢を見てたのに……」
「あ……あぁ、いや、いいんだ蓮季。そんな良い夢じゃないんだ、ちょうどペルシアに逃げられるところで……」
「えっ?」
顔を上げた蓮季の表情が困惑に染まり、その後みるみるうちに輝きを増していった。そして……。
「犬塚〜〜♪」
「お、おい蓮季、くっつくなぁ!」
「最高の初夢なんだゾ、きっと正夢になるんだゾ!! 正月早々縁起がいいんだゾ、がんばろーな、犬塚♪」
「ち、違う、そういうんじゃ……あれ、どんな夢だっけ?」
首っ玉に全力で抱きつく蓮季をあしらいながら、オレはさっきの夢……幸福だか不幸だかよく分からなかった夢の内容を、必死で思い出そうとしていた。
Fin.
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